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GOOD NIGHT
バスルームから、ドライヤーが唸る音。
開け放たれたままバスルームのドアから、熱を持った湿気が部屋に入り込む。
濡れたバスタオルを・・・・・その辺に置いてしまうと怒られるから・・・

「濡れたタオル!どこにでも置かないでね!」

ほらね・・・。

「どこに置けばいい?」

バスルームを覗いて、彼女に訊く。

「そこのカゴにいれておいて・・・」

濡れた髪が重たげにドライヤーが作り出す熱い風に靡く。
彼女の髪を通りに抜けた熱が、僕の肩にかかる。

カゴね、カゴ・・・。

「キミのも?」
「お願いします」

鏡越しから瞳と瞳が合う。
彼女は鏡越しに、僕が2枚のタオルをカゴへ入れたのを確認してから、かちんっとドライヤーのスイッチをoffにした。
櫛を手に取り、簡単にシャンプーの香り豊かなハチミツ色の髪を整える。

春も半ばの季節だけれど、夜はまだ冷える。
長袖のコットン地に唐撫子色のパジャマを着た彼女の背中に、僕は手を添えてそっと撫でる。

「なかなか、暖かくならないね」
「ほんと、桜もまだ4分咲きって言っていたわ・・・今年は遅いわね?」

櫛を元の位置に置いて、彼女は僕を見る。

「髪、もう乾いたの?」
「キミより短いしね」
「ダメよ、ちゃんと乾かさないと風邪引いちゃうわっ」
「大丈夫だよ。それよりさ。ちょっと何か飲まない?」
「喉が渇いたの?」
「うん・・・温かいものがいい」

僕の手に促されてバスルームから出る。
彼女を先にバスルームから出し、ライトをoffにしてドアを閉めた。

「あ!まだ浴室の換気乾燥機は切らないで、電気だけ」

はい、はい。

もう一度ドアを開けて、換気乾燥機をonにする。
静かに壁が震え始めた。

バスルームのドアを閉めて、オレンジ色の間接照明だけの部屋で彼女を見る。
風呂で温まり、ドライヤーの熱気を浴びて頬が紅く、少し逆上せたように碧瑠璃色の瞳が とろり と潤んでいた。

「キミは、何か冷たいものがいるみたいにみえるけど?」
「う~ん、飲みたいけど、きっと寝てる間に冷えちゃうわ・・・ハーブディを飲む!」
「カモミール?」

部屋のドアを開けて、彼女をキッチンへ誘う。

「そうね、それがいいわね。ジョーは?珈琲とか言わないでね?」
「りょ」
「緑茶もだめ!・・・珈琲と変わらないわ!ジョーは宵っぱりなんだから、今日はダメ!」

彼女の部屋を出て、階段を下りる。

「・・・薄い目でも?」
「カモミールじゃだめかしら?」

階段を下り、誰もいないリビングを抜けてダイニングの入り口で、ライトをonにする。

「いいけど。何か物足りないな」

彼女がキッチンのライトをonにした。

「カフェインが足りないんでしょ?」
「・・・・」
「も!・・・・ジョーには温めたミルクでいいかしら?」
「イワンじゃないんだから」
「じゃあ、温めたミルクにブランデーは?」

ごそごそとキッチンに備え付けられた棚の中に頭ごと突っ込んで何かを探している。

あったわ!っと、棚の中から嬉しそうな、声。

「見て!やっぱりまだあったわ!」

彼女は得意そうに、けれど悪戯っ子のように キラリ と、瞳を輝かせて、僕にソレを見せた。

「ああ、グレートの・・・・それ、彼の秘蔵の・・・だろ?」
「少しくらいいいじゃない!一昨日、酒のツマミだって、私がワインに付けておいたお肉を焼いて食べちゃったんだもの!いいのよっ」

ぶうっと頬を膨らませて、一昨日のことを思い出して機嫌が悪くなるけれど・・・怒ったキミをなんとか宥めるために、グレートは確か・・・、ま、いいか。

「キミがいいなら、ね」
「じゃ、ジョーはこれね。私もそうするわ!」

彼女はにっこりと笑ってミルクパンをコンロに置き、冷蔵庫からビンで売られている”ちょっと特別”な牛乳を出した。

「それ飲むの?」

いつもはパックのなのに。

「んふふ。ちょっと奮発!美味しいブランデーには、やっぱり美味しいミルクよね?」

僕は彼女が使い終わった”ちょっと特別な牛乳”のビンを受け取り、冷蔵庫の中に戻した。
コンロの火を弱火にして、沸騰しないように気を付ける。

キッチンの床は底冷えする。
足下からヒンヤリした空気を感じた。

「冷えない?」
「ん~・・・まだ大丈夫。でもあんまり長くここには居たくないわね?」
「僕が用意するよ?リビングで待ってる?」

彼女の肩を、僕は腕を伸ばして引き寄せる。
彼女の躯の動きが作った柔らかな風が、使ったばかりの彼女のお気に入りのシャンプーの香りで僕の鼻腔を楽しませる。

「リビングで飲むの?」
「部屋の方がいい?」

彼女の肩を両腕で抱いて、彼女のこめかみにキスをひとつ。

「・・・今、何時かしら?」
「1時過ぎてるよ、きっと」

そのまま彼女の頬に唇を寄せて、キスをひとつ。
くすぐったそうに、瞳を細めつつ・・・ミルクパンから瞳を逸らさない。

「明日、早いのに・・・」
「早いって言っても、9時までに用意ができたらいいよ」
「だから、7時には起きないと」
「・・・・8時半でも間に合うよ」

彼女の耳元で、抗議してみた。

「ジョー1人ならいいけれど、・・・博士も一緒よ?だめ。絶対に間に合わないわ!」
「そうかな?」
「飛行機は待ってくれないもの!タクシーは待ってくれるけど・・・」
「予約した?」
「ええ、ちゃんとジョーが教えてくれたタクシー会社に」
「よくできました」

彼女の唇にキスをひとつ。

ミルクパンの中のミルクが ふつふつ と、泡を出し始め、僕はそっと彼女の肩から腕を解いた。

「帰ってくるのは1週間後なのね?」
「一週間弱・・・正確には4泊5日」

ミルクパンから用意した2つのマグにミルクを注ぐ。
注がれるマグから立つ湯気が運ぶ、懐かしい香りを胸に吸い込んだ。

「・・・ボストンよね?」
「直行便がないのが、残念だよ。NY経由で行くけど」
「博士、大丈夫かしら・・・もう少しゆっくりしてから日本へ戻ってくる方がよくない?」

彼女はグレート秘蔵のブランデーのキャップを回しながら、心配そうに僕を見た。

「そう言ったんだけど、ね。キミ1人ここに残して置くのが心配なんだよ」
「1人じゃないわよ、イワンは昼の時間ですもの、それにグレートと帳大人が交代で泊まりに来るわ」

ブランデーをカップに大さじ1つずつ入れて、元の棚に慎重に戻す。
僕はマグを2つ手に持ち、キッチンの入り口で彼女を待つ。

「それでも博士は心配なんだよ」
「も!私は子どもじゃないのよ?」


・・・だから、心配なんだけどね。


ミルクパンをシンクに置いて、水を張る。
彼女は、さっ とキッチン全体を見渡してから入り口のライトをoffにした。
僕は彼女の前を歩く。だから今、全神経が背中に向いている。

「・・・部屋で?」
「部屋ね」

ダイニングのライトをoffにする彼女のために、一呼吸足を止める。
リビングを抜けて階段を上がる前に、僕は足を止めた。彼女はそのまま足を進めて階段を上がる。彼女が3,4段上ったところで僕も階段を上がる。


マグから流れる湯気が僕たちの歩いた道に記を付ける。


彼女は自分の部屋のドアを開けて待っていてくれる。
先に僕が部屋に入る。
彼女が部屋のドアを閉めた音が聞こえた。

彼女の分のマグをベッドのサイドテーブルに置く。

「せっかくNY経由なんだから、ジェットと一緒にゆっくりすればいいのよ」
「・・・一緒に日本に戻ってくるんだから、そうれも良かったんだけどね」

僕はベッドの枕元に腰を下ろして一口、ブランデー入りミルクを口にした。
少し熱めの白いそれは、まったりとした甘みを含みながら喉を通る。

「博士のお体が心配・・・」

彼女は僕の隣に座るかと思いきや、僕の両膝を割って小さなスペースを作り、そこに座った。
僕は両膝で彼女を挟み、ミルクを零さないように気を付けながら、彼女の背中にぴったりと僕の胸と腹をつけて抱き込んだ。

僕が手に持つミルクが、彼女の胸前に差し出される形になり、彼女はそのマグを僕の右手ごと包み込んで・・・僕の分のミルクを飲んだ。


2つ淹れた意味がないよ?


「多分、博士が僕らの中で一番元気だよ、散々キミに土産は何がいいか訊いていただろ?昼間」
「そんなの関係ないわ!・・・博士はすぐ無理をなさるから、周りがきちんと見ておかないとダメなのよ?」

僕は空いている左手をサイドテーブルに伸ばして、彼女の分のマグを渡す。
彼女はそれを受け取る。

左手から消えたマグカップの重さ。
その重さを恋しがるように、彼女のウェストに左腕をまわして彼女の脇腹を撫でた。

「やだ!くすぐったいっ ミルクがこぼれちゃうっ」
「ああ、ごめん」
「も!気を付けて!」

彼女は躯を捩って抗議する。
僕はウェストにまわした腕に少し力を入れた。
彼女の頭に顎を乗せるようにして、ミルクを飲む。

壁にかけられた時計の秒針が耳に かちり こちり と、妙にくっきりと聞こえた。

マグに唇をつけて、ちびちび とミルクを飲む彼女を、彼女の頭上から眺める。
僕の躯に彼女の体温とミルクの熱が混ざり合う。

「博士は、大丈夫だよ。・・・ジェットと一緒の帰りだけが心配」

ごくり。と、などを鳴らしながら飲んだ。

「う・・・確かにそれが一番の大きな試練かもしれないわ・・・」
「だろ?ジェットと一緒にNYに滞在した上に、彼と日本に帰ってくる。そっちの方が博士にとっては辛いかも」
「・・・そうねぇ」
「飛行機の中で、絶対に・・・自分で飛んだ方が早い!って、飽きたら言う出すんだよ、きと。・・・美人なスチュワーデスさんがいれば、話は別だけど。・・・まあ、いたらいたで」

・・・・また騒ぐんだけどね。


また彼女は ちびちび とミルクを飲む。
僕はもう、ほとんど飲み終わった。

「美人なスチュワーデスさん。ねえ・・・」


・・・・なんかその言い方、気になるな。



マグを左手に持ち替えて、サイドテーブルにそれを置く。

彼女の瞳は僕の左手の動きを眺めている。
僕は両腕をしっかりとベルトのように彼女のウェストにまわして、隙間がないくらいに彼女にぴたりとひっついた。
彼女の右肩に顎を乗せて、僕は彼女を見る。

「来週の水曜日の2時に空港に着くから」
「はい」

優等生の、滑舌良い返事。

「昼間は1人なんだから、気を付けるんだよ。帳大人やグレートは店が終わってからここに来るんだから、さ」
「ええ、ちゃんと気を付けるわ」

彼女は深く頷いた。

「淋しかったら、時差なんか気にしないで電話すること」
「大丈夫よ、たった4泊5日だもの」

くすり と笑う。

僕は顎を持ち上げて彼女の頬にキスをひとつ。

「我慢しないこと」
「あら、我慢なんかしてないわよ」

彼女は僕の方へ振り向いて、僕の唇にミルクで温まった、いつもより熱のあるキスをひとつ。

「・・・・我慢しないこと!」

僕は念を押して、僕の唇から離れた彼女の熱を追いかけて、もう一度キスをした。

「・・・96時間くらい、電話を繋ぎっぱなしになっちゃうもの」

唇を尖らせて、彼女は俯きながら呟いた。


・・・・参った。
それって24時間x4日間=96時間・・・ってこと?


「すぐだよ、キミが・・・そうだね。新しい御菓子のレシピを覚えて、日本食のレパートリーを2つくらい増やした頃には帰ってきてる」
「ジョーの食いしん坊!」
「旅で一番辛いのは、キミの御飯が食べられないこと、だからね。楽しみに帰ってくるよ」
「美味しいの、マスターしておくわ!」
「・・・・楽しみにしてる」

彼女はサイドテーブルにミルクが少しだけ残ったマグを置いて、目覚まし時計の時間を確認し、躯を伸ばしてサイドテーブル脇の間接照明のライトをoffにする。

僕は彼女を抱いたままベッドにもぐり込んだ。
彼女の頭を腕に抱え込むようにして抱く。

「ジョー、お休みなさい・・・」
「お休み・・・フランソワーズ」











かちり こちり と秒針の音が部屋に響く。
ぶううんっと薄く、低く、浴室から聞こえる、振動。























「あ!ジョー!!浴室の換気乾燥機を切ってないわっ」

・・・・はい、はい。












「んふふっありがとう・・・・お休みなさい」

・・・・・オヤスミ、可愛いフランソワーズ。



96時間、携帯電話を繋ぎっぱなしだと、いくらくらいかかるかな?
払えないことないから、いいか、別に。


僕は彼女をベッドの中でしっかりと抱きしめる。


お休み。フランソワーズ・・・・大好きだよ。

end.


・言い訳・

「0093」番を踏んでいただいたR・・・さまへのキリリク・ストーリーでした。
頂いたリクエストは、「9と3がメインでほんわか、ほのぼのとしたお話」で9の幸せ!を。とのことでした。

ふっふっふ!
9と3の幸せな(?)日常は大好物でございます!
何もないから楽しい・・・(笑)
私自身も初心に返ったような気分で書かせて頂きました・・・。

時間を忘れて・・・(汗)
かなり忘れて・・・( ̄-  ̄ ) ンー

書いていて幸せでした・・・。

・・・・感想お待ちしております・・・・
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Day by Day・21
(21)

この邸で徹夜をして朝を迎えない限り、ジェロニモよりも早く邸のキッチンに立つ者はいなかった。
ジェロニモは朝一番にコップ一杯の水を飲んだ後に、日本茶を淹れる。
少し濃いめに淹れるのが、彼好みだ。

「?」

キッチンシンクに昨日の夜のものとは思えない水滴。
珈琲サーバーの電源は切られていたが、そこにはまだ暖かい珈琲が残っている。

「・・・・行ったのか。しっかり前にすすめ、フランソワーズ。」

コンロにかけたポットがひゅううっと鳴り始めたところで、火を止めた。

「ったく、一言くらい挨拶して出かけやがれっ!!」
「痕跡を残さないように、バスと電車を使うって決めたじゃないか。ここからだと、かなり時間がかかるんだよ?・・・2人は気を遣ってくれたんだよ、朝早いから・・・ジェットは絶対に起きられない時間だしね」
「起きられなくてもよ~、起きてたぜ?絶対」
「・・・・徹夜?」
「おう!・・・今日はお前も徹夜になるぞ?」
「・・・・(なんだかよくわからないけど)昼寝しておくよ」

「・・・うむ。イワンも一緒に出かけたようじゃのう」
「イワンは連れて行かないって言っていた、姫だったんだがなぁ」
「009だな、説得させたんだろ003を」
「我が輩としては・・・だな、別なことで3人で出かけて欲しかったなぁ・・・絵になるぞお」
「信じて待ってるアルね・・・きっと笑顔で帰ってくるネ」


ドアのインターホンに取り付けられているチャイムが鳴る。


アランは、フランソワーズが腕に抱く赤ん坊など存在しないかのように乱暴に腕を伸ばして、愛しい女性を抱き寄せようとしたが、その腕は見事にジョーによって丁寧に払いのけられた。

「・・・彼女は赤ん坊を抱いているんです、無茶しないでください」

フランソワーズとの包容を邪魔されて、アランは鋭くジョーを睨みつけたが、ジョーの発した”赤ん坊”と言う言葉に冷たいものがアランの胸に流れ落ちた。

ドアを開けた時に、飛び込んできた美しいき思い人の姿は、今、ジョーの背中に隠れてしまってアランはその姿を確認することができない位置にいる。

アランは慌てて2人を、いや3人を部屋に入ることを促した。


セミ・スイートの部屋に設えられたリビングの、躯が沈み込みすぎる白緑色のソファに緊張と不安が入り交じった面持ちで座るフランソワーズの隣に、ジョーは座る。
今はジョーの腕にイワンは抱かれている。
そんな3人を真正面から見たアラン。だが、それは一瞬のことで、今は彼の眼が、全身が、フランソワーズただ1人に向けられていた。彼の視線はフランソワーズの足下からゆっくりと舐めるように観察する。
もうすでに、”赤ん坊”のイワンの存在も、ジョーの存在さえも彼の目に入っていない。

サイボーグになった自分を見る研究者から投げかけられた、物のように”実験体”を見る視線。
フランソワーズがサイボーグだと知った人間の好奇と、恐れが入り交じった”人でないもの”を見る視線。
そのどちらもフランソワーズの胸を苦しめ、逃げ出したい衝動に駆られたが、アランのその視線は・・・それ以上にフランソワーズの胸を痛め、追い込んでいく。

「・・・まず、これをお返ししておきます。」

ジョーはイワンに注意しながら、テーブルの上に受け取った手紙とチケットが入った封筒を置いた。
アランはジョーの言葉も、その封筒さえも反応を示さなかっった。

「改めて、彼女の名前は・・”マリー”です。あなたが仰る女性とは、関係ありません」
「・・・・・嘘はいい、彼女はフランソワーズだよ」

ジョーの言葉に返事を返したが、その視線は”マリー”であるフランソワーズに注がれたままだった。

「・・・何を根拠に?」
「見れば、わかる!!!!」
「あなたの仰る、”フランソワーズ”の年令を考えてみてください・・・現実ではあり得ない」
「私を馬鹿にするなっ!」

アランはジョーに殴りかからんばかりに、その身を乗り出した。

「落ち着いてください・・・あなたがそこまで言うのなら、何か証拠を提示してもらえませんか?僕は”マリー”のそばにずっと居るんです。あなたの言うフランソワーズでないことは、いくらでも僕が証明してみせます。けれど、あなたは彼女が”フランソワーズ”だと言い張り、彼女を怖がらせてばかりだ」
「怖がらせる?」

荒くなった呼吸を整えながらフランソワーズの目の前に座り直し、自分をじっとりと鉄を溶かすような赤黒い炎を込めた目で見る壮年の男が放つ、媚びるような視線に混じる、ねっとりとした隠しきれない男の欲望を含んだ熱気。に、フランソワーズの背に悪寒が走る。思わずフランソワーズは隣に座るジョーの腕に手を伸ばし、そのシャツを握りしめた。

「フランソワーズが、私を怖がるわけがないじゃないか?私たちはパートナーなんだよ?お互いを信頼し合って初めてできる難しいパ・トゥ・ドゥなどをこなしてきたんだ。それに、Mr.シマムラ・・・君が何者かわからないが・・・私よりも君の方がよっぽど・・・彼女を怖がらせているんじゃないか?」
「どういう意味です?」
「人前に堂々と出られる・・・とは言い難い、みたいだね?」
「調べたんですか?」
「全て、フランソワーズのためだ。悪いが・・・私は君が彼女と一緒にいるのが不満だよっ」

アランはジョーの腕のシャツを握っているフランソワーズの手を睨み付けた。
その視線は、銃で撃たれたかのように熱い痛みをフランソワーズの手に残したが、それでも彼女は手を離さなかった。

「僕の生まれや育ちが悪いと・・・仰るんですか?」
「君は、彼女に良い影響を与えるとは思えない。そして・・・似合わないよ・・・相応しくないね、君のような人間はっ」
「似合う、似合わないで・・・勝手に他人の交友関係に口を挟まないで欲しいですね」
「・・・フランソワーズと、どこでどう出会ったのか知らないが・・・ああ、同じ学校だったね?嘘はいいから・・・。そんなすぐわかるような嘘をついてしまう理由って言うのも、興味ないからね。もう十分だろう?君にはさ。とにかく、もういいよ、君のような人とこれ以上一緒に居ても、フランソワーズのために何もならないからね、今日からは彼女は私と一緒に行動するから」

ジョーはその瞳の奥で瞬時に009として、アランの言葉の端々から感じる何かに反応した。が、腕の中でもぞもぞ動き、ジョーの注意を引いたイワンのテレパスが頭に流れ込む。

<心配ナイ、009。彼ハ君ノ事ヲ 簡単ニ調ベタ結果、003トノ接点ト 君ガ電話デ 話シテイタ事ノ 矛盾ニ気ガツイタ ソレダケダ。>

ジョーはイワンの言葉に頷くかわりに、彼の背中をそっと撫でた。

「どういう意味ですか?」
「そのままだよ、フランソワーズは私と一緒にツアーをまわってフランスへ帰るんだ」
「誰が決めたんですか?」
「もちろん、私だよ?ああ、ジャンに連絡しないとね?」
「・・・・・・・・ジャン」
「そうだよ!!君の兄さんのジャンだよ!懐かしいだろう?」

フランソワーズがようやくジャンの名前を出したアランの言葉に反応した。
彼女からの反応があったことに喜びを隠せないのか、勢いに乗ってアランはフランソワーズに話しかけようとした。が、フランソワーズの一言でアランは次の言葉を飲み込んでしまう。

「知りません」

アランは目を見開いてフランソワーズを見つめた。

「ジャンと言う方がどなたなのか・・・私には兄はいません。いないんです。・・・・なぜ、なぜ、私はあなたと一緒に行動しなければいけないのです?意味がわかりません。・・・・あなたと、その”フランソワーズ”はどのような関係だったんですか?バレエのパートナーだったんですよね?・・・・今、彼女があなたのそばにいないのは、彼女があなたのそばにいたくない理由があるからじゃないですか?」

グレートに言われたことを、忠実に守りながら言葉を紡いでいく。
あくまでも”マリー”として、フランソワーズの情報をできるだけ得ること。フランソワーズと”マリー”としての自分の接点を出さないように会話を進めること。そして、出来る限りジョーを通して話すこと、だったが
アランはジョーの何を調べたのか、彼は完全にジョーを見下した態度で会話する。そのアランの態度がフランソワーズは腹立たしかった。こうも人を軽く視ることができるのだろうか?アランはそんな人間であったのだろうか?と、フランソワーズが知るアランを思い出そうとする。

<人ハ 時間ノ流レノ中 デ いくらデモ 変ワルンダ。彼ハ、モウふらんそわーずガ 知ッテイル時ノママノ彼デハ イラレナカッタンダ。人ガ人ヲ変エルンダ。僕タチハ沢山見テキタハズダヨ? ソウヤッテ”変ワッテシマッタ”人間タチヲ>
<イワン・・・> 

フランソワーズはアランを間近で見た瞬間に、彼女自身の瞳で理解した40年の時の重み、と、流れ。
アランはその顔に、フランソワーズがよく知るアランの面影を残しつつも、彼ではなかった。
ポスターに載っていたアランの写真をみつけたとき、バレエ公演の舞台に彼が立ったとき、そのどちらもアランであったが、フランソワーズの胸に突き上げた衝撃と哀しみ、自分が人でない姿でこの世にいる憔悴感に、彼女の思考は過去に絡め取られて、今現在のアランを見ていなかった。

環境が人を変える。

イワンのテレパスで送られた彼の言葉から、流れ込んでくる003として出会った人々との記憶。

人が、人によって変わっていく。
人が、人によって変えられていく。

B.Gとの戦いの中で、いきすぎた科学力に、その悪魔のような兵器に魅入られた人たち、その家族。そしてそれらによって翻弄され、自分を見失った人。失った時間、失った人としての躯。

人は変わる。

アランも例外ではない。
そして、フランソワーズも・・・。

同じ空でも、違う青。
同じフランソワーズでも、彼女はアランの知る過去のフランソワーズとは別人である。

同じ海でも、違う青。
同じアランでも、彼はフランソワーズの知る過去のアランではなく別人であった。


「ああ、フランソワーズ、可哀相に・・・知らないふりや、嘘をつく必要はないんだよ?やつらに何をされたかしらないが、私はちっとも気にしてないよ?私たちはちょっとした気持ちのすれ違いはあったけれども、お互いを理解して愛し合っていたじゃないか?」
「・・・・やつらって誰ですか?」

ジョーにたいする態度とは180度変えて、アランはフランソワーズに話しかけるが、ジョーは彼の言葉に食いついていくために、アランはジョーを疎ましく思い始めていた。

「君が一番よく知ってるんじゃないのかっっ!!・・・まったく、嘘ばかりついて、本当にろくでもないな、君たちは!!いい加減にしてくれっっ」
「僕が・・・よく知ってる?・・・いったい何の話です?」
「ウルサイな!!私はフランソワーズと話していたんだっっ!黙っていろ!自分が加わっている組織だろっっ」
「!!」
「何の組織だとおっしゃるの?」

ジョーの言葉を取り合わないアランに、フランソワーズが改めてアランに聞き返した。

「・・・・・・・フランソワーズ、君が・・・君を連れ去ったやつらだよ・・・すまない・・・本当にすまなかった・・・・私には何も力がなくて、君を見つけ出すことも、何もできなかった・・・やっと掴んだのは、君を連れ去ったやつらが”ブラックゴースト・死の商人”と呼ばれる、とてつもない大きな組織だったってことだ・・・私は何も知らなかったんだ、まさかあの時に話した相手が・・・」
「・・・・・話した、相手?」
「そうさ、あの日・・・・・偶然に、話しただけさ」
「・・・誰とお話なさったの?」
「あいつらさっっっ」

憎々しげに吐き捨てた言葉、そしてアランはその視線をジョーに向けて睨み付けた。

「・・・・・」

ジョーはただ、黙ってアランの視線を受け止める。
何か、ジョーたちが思っていた、予想していたこととは違う糸が見え始めていた。

<・・・・・・ジョー>

フランソワーズはアランのジョーにたいする態度が気になり、脳波通信で話しかけた。

<気にすることないよ、ろくでもない生まれで・・・人に偉そうにいえるような事をしてきてない人間だっていうのも、本当だしね・・・・・>
<そんな・・・そんな風に言わないで・・・・・>
<僕のことはいいから、話しを進めて・・・僕が彼から聞き出すことは無理みたいだから>
<・・・・>
<続けるんだ>

ジョーに背中を押され、フランソワーズはアランに話を促すように言葉をかけた。

「あの・・・、私がモルディエさんが仰るフランソワーズにとても似ていて、モルディエさんが、私のことをフランソワーズだと思われてしまうほどの・・・何かとても辛いことがおありだったのでしょう?これも何かの御縁ですし、言葉にされた方が気持ちも楽になると思いますわ・・・私を、その・・・私をフランソワーズだと思って頂いてもけっこうです・・・今だけなら・・・ですから、よろしければ、話して下さいますか?いったい・・・何があったのか・・・・」
「フランソワーズ・・・そんな言い方しないでくれ」
「・・・・私は、フランソワーズではありません」
「・・・何かを忘れてしまっているのかな?」
「・・・・」
「ああ、きっとそうだね?哀しいことや辛いことがあると、記憶も混乱するだろうしね?・・・いいよ。君が訊きたいのなら、全部私が知っている限りを話してあげよう・・・それで君が満足して、きっと私と一緒にフランスへ帰る気になってくれると思うからね」
「・・・・・フランスへ?」
「そう!!!君の愛するフランスへだ!何も変わってない。君の住んでいたアパルトマンも、部屋もそのままにしてあるんだよっ君がいつでも帰ってこられるように・・・ジャンがそうやって待っているんだから」
「・・・・・・!!」
「さて・・・どこから話そうか・・・」

ーーージャンが、兄さんが待っているの?・・・・私の帰りを、ずうっと?・・・ずうっと待っていてくれているの?あの、あのアパルトマンで、あの部屋で?

ジョーはフランソワーズの動揺を見逃さなかった。
腕に抱いていたイワンを膝の上に乗せて片腕で支える。そして、空いたもう片方の腕で自分のシャツを握っていたはずの、今は力無くだらりと膝の上に置かれた白い手を、強く握った。

冷たくなった手に、震える指先。

アランはジョーの手がフランソワーズの手を取っていることに気がつかない。
ぶつぶつ、と視線をテーブルに落として考え込んでいる。

なにをどこから、どのようにフランソワーズに話そうか考えている様子だった。が、そんな姿がどこかジョーの目に異常に映っていた。

<イワン・・・彼は・・>
<・・・ドコカの配線ガ狂ッテイルカラコソ、人ガ考エツカナイコト ヲ 思イツイテ 行動デキル・・・トテモ彼ハ、真っ直グデ、自分ニ正直ダヨ。何モ疑ッテナインダヨ、自分ヲ。彼は自分ノ世界ヲ持ッテイル。芸術家ダネ、本物ノ>
<・・・・・僕には、理解できないな>
<009ニ、芸術ヘノ理解ヲ求メルツモリハ ナイヨ>

フランソワーズはジョーに握られた手を見つめて、その温もりに甘えてしまいそうになる自分の気持ちを叱咤し、一瞬。ほんの一瞬だけその手を自分から握りかえしてから、ジョーの手から自分の手を離した。
ジョーは何ごとも無かったように、またその手をイワンへと戻す。

「あの日から、ずーっと君の誤解を解く時間がなくてイライラしたまま、つい飲み過ぎてしまってね・・・」

フランソワーズとジョーの手が離れてから数秒後に、アランは視線をフランソワーズに戻して話し始めた。

「そう、・・・君がちゃんと私の話を訊いてくれなくってね・・・疲れていたんだね?あの時は・・・・私も気がつかなくて、悪かったよ・・・・、機嫌が悪いと意地っ張りな君は、もっと意地っ張りになって頑固で、本当に困ったよ・・・」

アランは嬉しそうに、くすくす と笑い出した。
昔の彼がそうだったように、彼の癖のある笑い方は、眉を下げ、目尻が上がった緑がかった瞳は明るかった。

ーーー・・・アラン・・・・・・・・・

今、やっと・・・目の前にいる彼が、フランソワーズの記憶にある彼と重なって見えた。


####

フランソワーズ、君も私と同じ気持ちであると、絶対的に自身を持っていた。
プロのダンサーを諦めて、大学へ進学を決めてからも君は踊ることを辞めなかった。
私のパートナーとして舞台に立ち続ける君を、私以外の人間がどうして理解できるだろうか?
君がアメリカのバレエ団の奨学金試験を受けると訊いたとき、私はひとつも驚きやしなかったんだ。
君が踊ることを諦めていないことは、私が一番良く知っていたからね。

でも、どうしてアメリカなのさ?
なぜ私の居る、フランスで踊らないんだ?
私とのパートナーを解消する?

どうしてだい?


こんなにも息が合った踊りを。
こんなにも気持ちが通じ合った私たちを。


君は、私の手を離れては踊れないはずだよ?


私の手を離してはいけないんだよ?


君は、私以外の人間と踊ることはできないんだよ?


君の翼は私が居て初めて風に乗ることができるんだよ?


君がアメリカで踊るなら、私もアメリカへ行かないといけないじゃないか?


行く必要ないじゃないか、アメリカなんて。


私がフランスに、ここに居るのに・・・・何を考えているだい?


さあ、考えを改めて・・・私の元へ来るんだ、フランソワーズ。


君の気持ちも、私の気持ちも一つ。



「・・・・・・・アラン、ごめんなさい、今は。今は私・・・あなたの気持ちに答えることが出来ないわ」

何を言って居るんだい?
私の気持ちに答えるだって?
そんな必要ないよ、ちゃんと私はわかっているんだから。
君が私にたいして、どう想っているか・・・。簡単なことだよ、私も同じ気持ちなんだからさ。

「踊りたいの・・・自分の可能性を広げたいの・・・・だから私はアメリカを選んだのよ。誰も私のことを知らない、新しい世界で踊りたいのっ!・・・・だから、今はあなたのことを・・・そういう風には考えられないし・・・今後パートナーを組むことも、考え直したいの・・・。新しい環境に身を置いて、もう一度バレエをやり直したしたのよ」
「フランソワーズ、君の気持ちはわかっているよ。アメリカのバレエ界は今からだ。今からどんどん伸びてくるからね・・・でも、それと僕の気持ちとは関係ないよ?・・・ずっと君を想っていた・・・これからもだよ、君がアメリカに行ってしまうのは辛いけれど、離れていても僕たちなら大丈夫だよね。すぐに僕もアメリカへ追いかけるから」

バレエスクールは、夏のサマースクールの公開準備に追われて、3日間ほどの休校になっていた。
教室は自主練習の生徒のために開けられていたが、夏休みの”おまけ”のようなこの3日間は、公演スケジュールがないオフ・シーズンの時期だけに、ほとんどの生徒は自主練習を自主休暇にして夏の終わりを惜しむ。今、スクール内はゲストとして海外公演に出かける予定のダンサーたちに、警備員・・・そして留学を控えたフランソワーズ。

トウが床を打つ音やピアノ、手拍子にかけ声、いつも絶え間なく聞こえてくる厳しい声に、少女達の囁き。などが消えてしった人の気配がないクラスや廊下。大きなスクールなだけに、フランソワーズは静まりかえったスクールに響く自分の息と、トウの音。時折壁に取り付けられたバーが古くなったのか、軋む。
大きなガラス窓から差し込む真夏の太陽は、油がひかれた床に照りつけて室内の気温を上げる。
鏡に反射する陽をよけながら、鏡の中で自分の姿勢を入念にチェックしていく。
バーレッスンを初めてまだ1時間と経っていなかったが、すでに彼女の来ているレオタードは汗に濡れていた。

フランソワーズは1人、留学準備に追われながらも必ずスクールにやって来る。
レッスンが入っていないクラスルームでバーレッスンに励み、アメリカに着いても変わりなく踊れるように自分を高めていく。

フランソワーズがバーから離れ、床に置いた水とタオルを手に小休憩を挟んだとき、彼女の先輩にあたり、今ではスクールで幼年部を教えているミレーヌがクラスルームに顔を出した。

「まあっフランソワーズ、今日も来ていたの?」
「こんにちは、ミレーヌ・・・ええ、本当はサボっちゃおうかと思ったんだけど、落ち着かなくって」
「あんまり無理すると、大切な留学前に倒れちゃうわよ?」
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
「ね、隣のクラスルーム使って良いかしら?今日は特に暑いんだもの・・・風通しの良い部屋に移りたいの」
「どうぞご自由に!1時間ごとに部屋を変えても、誰も文句言わないわよっ」
「あはは、それもそうよね!ね、終わったら一緒にちょっとお茶しない?まだ話しだけなんだけれど、私もちょっとアメリカにご用ができそうなのよ?」
「?!本当に?」
「詳しいことは後でね?いい?誰にも言わないでよ、まだ話しだけなんだから!」
「ええ、もちろんっ」
「じゃ、隣にいるから終わったら声をかけてね」
「ええ、ミレーヌ。後でね」

フランソワーズは水を一口、渇いた喉に含ませた。

窓から見える大通りを挟んだ向かい側は教会があり、広々とした敷地内は一般に開放されていた。
道を彩る生命力溢れる木々を揺らす緑風。

窓を開けてレッスンに励んでいたミレーヌの耳に大通りを歩く人々のたわいない会話に、笑い声が聞こえてくる。時おり、子どもたちの笑い声が夏の香りを乗せた涼やかな風とともにクラスルームを駆け抜けた・・・いつもの穏やかな夏の午後に、フランソワーズの悲鳴が聞こえた。

ミレーヌとすれ違いざまにフランソワーズのクラスルームに入っていったのは、彼女のパートナーだった、アラン。
ミレーヌは教室から飛び出して、隣のフランソワーズが居る教室のドアを勢いよく開ける。彼女の目に飛び込んできた2人の光景に、ミレーヌはガラスが割れんばかりの悲鳴を上げて、先ほどまで彼女が一緒にレッスンをしていたダンサー達の元へと駆け込んだ。

アランは、ミレーヌの声に弾かれたように顔を上げてドアを見る。
堅いトウシューズが、立てることがない音を立てながら廊下を走り行く。

ーーー人が来る?

アランはドアから視線はフランソワーズへと戻す。

床に倒れ込んだ自分とフランソワーズ。
自分の腕が組み敷いたフランソワーズは顔中を涙で濡らしながら、弱々しく否定の言葉を呪文のように繰り返している。じっと、冷静にそんなフランソワーズを見る。

「?」

何度も踊りの中で、彼女の体を支え、抱き上げてきたか・・・・・。
彼女の体の隅々まで、ぼくは知っていたはずなのに。

彼女が足を上げるときの癖。
腕の伸ばすときの視線。

ぼくと彼女の呼吸が ぴたり と合った瞬間に、会場から大きな拍手が波のように襲ってくる。


フランソワーズ、君はこんなに華奢だったんだね。
ぼくの腕の中にすっぽりと納まってしまったよ?
君の香りがいつもより強く感じる。
室内にばかりいるから・・・なんて綺麗な白なんだろう、君の肌は。

子ウサギのように震えて。
大丈夫。ぼくの気持ちは知っているだろう?
ぼくと君は最高のパートナーなんだ。

舞台の上でも、そしてこれらかの未来も。


フランソワーズ。

ぼくの
   フランソワーズ。
私の


私は、何か間違ったことをしたかい?
いいや・・・ただちょっと君が緊張していただけだよね?
想いはひとつ。
離ればなれになる淋しさを・・・君は受け止めてくれるよね?


・・・・・何を、そんなに震えているんだい?

なんで泣いて・・・?

怖がらなくてもいいだよ、ぼくに任せて?

・・・・・・・こんなに愛してるのに!!

悲鳴を上げるなんて・・・・!

これじゃあまるで、ぼくは・・・・・ぼくは!!!!!!!!



アランは、震えるフランソワーズを抱きしめたとき、その肩を強い力で捕まれ、2、3人のダンサーと警備員によってフランソワーズから引きはがされた。
ミレーヌはすぐにフランソワーズに駆け寄り、彼女を抱きしめる。

「大丈夫よ!もう大丈夫・・・・もう、大丈夫よ・・・・・」

震える彼女をしっかりと腕に抱きしめて、泣きじゃくる彼女を慰める姿を最後に、アランはスクールから去ることになった。

それから2日後。
彼はバレエスクールに個人的に呼びだされ、未遂であったこと。フランソワーズ側から通報しないと言うことから、彼自身の今後のことを考えて、バレエスクールから”自主退学”を要求した。
彼の言葉は誰にも届かず、自主退学の書類にサインをさせられた。


=====22 へ 続 く

モルちゃん(アランのコトです・・笑)とフランソワーズの過去が始まりました・・・。
えっと、9はちょっと楽屋で待機です。
凹んでる様子です・・・モルちゃんに色々言われたので。

ま、いいじゃないか。
たまには!
・・・とか言いながら
早く現代に戻りたい・・・(笑)
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ギルモア邸見取り図~LOVExぜろ9 の話しはこの間取りで!~
某月某日
話を書くにのに、私は意外と細かく色々なことを設定してないと、文章で描写できないんだ~!
そんなことを、私がゼロナイ一色に染まっていることを危険視しているラグビーさんに語った。
お部屋(ギルモア邸)の図面があったら最高だよ~!
なんて、調子に乗って言ってたら・・・描いてくれました(笑)
忙しいのにね・・・大変なのにね・・・ありがとう(ノ_<。)うっうっうっ

☆short storyのような設定が決まっていないお話以外は、
 (3/13/08'~以降はなるべく全部のお話に、このギルモア邸設定を使ってますけれど)
 このギルモア邸でお話が書かれています。
 (特に「Day By Day」は完璧にこの邸です!)

1階
girumor1st_convert_20080405005650.jpg
クリックして画像大きくしてくださいね~/イラスト(c)ラグビー

洋館なので・・・それらしく・・。
*左から玄関(吹き抜けの空間)左側に客間(このうえが003の部屋)
(階段下にトイレ有)
*吹き抜け奥・リビングルーム→地下の階段とダイニング、キッチン。
*キッチンの隣→バスルーム→ギルモア博士の寝室
*ダイニングの隣→トイレ→収納(洗濯室として使用)→コモンスペース(子ども部屋001)
*コモンスペースから、左側に006の部屋→005の部屋。


2階
ギルモア邸2nd
クリックして画像大きくしてくださいね~/イラスト(c)ラグビー

*階段上がって廊下を挟んで左側が003の部屋(ユニットバス・有)
*階段上がり口正面は2階用のコモンルーム
*その隣が右に向かって、ゲストルーム→2ndバスルーム→収納室→007の部屋。
*ゲストルームから廊下を挟む(階段右側)が004の部屋→隣、002の部屋→008の部屋。
*002の部屋から廊下を挟んで右側が008の部屋。(007の部屋は008の向かいにある)
*008の部屋の隣で、002の部屋から右に曲がった突き当たり右側に009の部屋。
 その部屋の正面は収納室。

9と3の部屋が遠いのがドラマです!
******
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ぎるもあ劇場・ギルモア邸図面完成記念ストーリー?
「みんなのお部屋はどこだ!」
(shortなので・・・連載もの、とかとは一切関係ございません)

************
クリスマスを迎える前。
やっと手に入れた新しい住居となる、彼ら00サイボーグ達の条件を満たした洋館の地下工事に目処が立ち始めたころ。
ドルフィン号から少しずつ洋館へと生活を移していこうと話が決まり、それぞれの個室をどこにするか、を話し合うことになった。
リビングには、すでにミーティングが出来るようにと特注のソファとテーブルが置かれ、キッチンはすでにフランソワーズと張大人の城となっていた。

「フランソワーズは2階のバス付きの部屋で決まりだったな」

アルベルトが、洋館の図面に003と書き込んだ。

「1階のここは、博士の寝室に、エレベーターで地下へ下りられるようにしてあるからさ」

ピュンマが指をさす。

「そうだったな」
「1階希望」

ジェロニモが呟いた。

「ワタシも1階がいいアルネ!キッチン近い、なにかと便利アルから」
「んじゃあ、こっちが006で・・・キッチンの近い方でいいんじゃねえ?」

ジェットが乱暴に005,006と書き込む。

「あとは、2階だね?」
「我が輩は、なるべく角がいいねえ・・・ここいいか?トイレも近い」
「襲撃された時のことを考え配置を決めると・・・ま、いいんじゃないか?」

アルベルトは007と角部屋に書き込んだ。

「僕は海側がいいね・・・」
「だいたいどこも海側じゃねぇかよ!」
「ここの下は、ドルフィン号の出入り口側だから、ここでいいよ、ボク」

ピュンマはジェットからペンを取り上げて、自分で008と書き込んだ。

「玄関口の吹き抜けに窓がある、この部屋は004だよなぁ?」

グレートが図面を人差し指で、とんとん、と指した。

「あ?!ちょっとマテよ!!そこは俺だっつうのっ」
「ダメだよ!ジェットがここだとっ階段使わないだろ?!」
「んじゃあ、こっちっっ!」

バスルームを挟んだ007の隣を指さした。

「あ、そこはゲストルームあるネ!」
「ゲストルームだあ?!」
「ここに居を構えるんだ・・・誰がどういった形でこの邸を訪れるかわからんしな」

アルベルトは、ジェットの手を乱暴に図面からどかせて”ゲスト”と書き込む。

「んじゃ!もうっっここと、ここしかねえじゃねえかよ!」

ピュンマが勝手に、004の隣の部屋に002と書き込んだ。

ああああああああああああああああ!
「ここだと、ジェットも大人しいだろ?それに、ここの窓を出ればすぐに邸全体を見渡せるしさ?」
「車道から見えない。飛ぶところを見られない。色々と便利だ。」
「なら、ここが、ジョー・・・・っと」
「あ!!そっち!!オレそっちでいいんだぜ?!」
「やだよっ!ボク、ジェットの隣なんてウルサイに決まってるしさっっキミを大人しくさせるなんてアルベルト以外、誰もできないよ」
「迷惑な話だ」

溜息を吐きつつ、アルベルトは図面全体を見る。

「・・・・ジョー、淋しくないアルか?」

ふと、張大人がジョーの部屋の位置を見て呟いた。

「大丈夫だ、やつなら心配いらんよ。張々湖」

にんまりと笑うグレート。

「滅多に、使わないんだろうね・・・」

呆れつつも嬉しそうなピュンマ。

「そういった意味でも、ここがジョーの部屋でいいだろう?」

アルベルトが、念を押す。

「ユニット・バスもある。」

ジェロニモが言い切った。

「んじゃあっっっここ、こうしろっつうんだよっっ!」

003の部屋に009と書き殴り足した。

「「「「「あ!!!」」」」」

「ちょっっっと!それはさすがに、ダイレクトすぎるだろ?」

ピュンマが抗議する。

「そういう考えがあんだろ?!変に気ぃ使うから、奴らが”僕たちは別に~”とか言い続けやがんだよっ」

わいわいと騒いでいるところに、キッチンから焼きたて美味しそうな香りが漂ってきたかと思うと、パウンドケーキと人数分の珈琲をトレーに乗せたジョーとフランソワーズがリビングに入ってきた。

「どう?もう決まったのかしら?」

すでに自室が決まっていたフランソワーズはお茶の準備に立ち、ジョーはそれほど部屋の配置に興味がないらしく、フランソワーズを手伝っていた。

「「「「「」」」」」

ばばばばっと図面を隠す、ジェット以外の仲間たち。

「?」

ジョーはトレーをテーブルに置きながら訊ねた。

「それで、僕はどの部屋で寝ればいいんだい?」

「ここだあああああああああああああああああ!」

ジェットは隠された図面を仲間の手から素早く取り上げて、ジョーの目の前につきだした。

リビングにいる全員が肩をすくめ、ジェットが宇宙の彼方、星になってしまう衝撃に構えた、が。

「・・・ふうん、そっか。見てよフランソワーズ」
「え?」
「ほら」

突き出された図面に書かれた003と並ぶ009の文字。

「あら」
「ね?」
「まあ・・・でも、ここもジョーの部屋よ?」
「あ、本当だ」
「でしょう?」
「・・・まあ、キミにも1人になりたい時だってあるだろうし、この方がいいんじゃないかな?」
「そんな時なんてないわよ!・・・ずっと一緒がいいもの」
「・・・フランソワーズ」
「ジョーの方こそ、迷惑じゃない?」
「そんな!!!嬉しいよっ」
「本当に?」
「本当だよっ」
「良かった!」

フランソワーズは花が咲きこぼれるように、華やかに微笑んだ。

「じゃあ、ここは必要ないかな?」
「あ、待って・・・博士の手前・・・ね?」
「ああ・・・そうか、そうだね。イワンはここ、1階のスペースじゃいつかダメになるだろうから、ここの部屋はそれまで僕の名前で、荷物だけ置いておこう。でも、少しずつイワンの部屋にしていこうよ」
「素敵な考えね!!」

ジェットは図面を2人の前に突きだした状態で、固まっている。
他のメンバーも、呆気に取られて放心状態である。

にっこりと微笑みながら、パウンドケーキを切り分け始めるフランソワーズ。
それを優しくみつめながら、ケーキ皿をトレーからフランソワーズにわたすジョー。

「・・・・てめぇらあああ!!ここじゃなくて別に新居構えやがれっっ」

ジェットの言葉は当然、無視。の2人。

<・・・この屋敷のほら、ここ。使用人かこの邸の管理人の人が住んでた家じゃない?>

ピュンマが外観図面の、ギルモア邸敷地内にある今は誰も住んでいない、取り壊した方がいいような・・・古い小さな2LDKの平屋を思い出し指さした。

<時間がいる。>
<まあ、急ぐ必要もないと思うけどさ>
<黙って建てるのか?ピュンマ?>
<いつかはそうなるんだったら、少しずつでもねえ・・・・ここの敷地内だから便利だろ?>



こそこそと脳波通信で、自分たちの”新居”の話しが進んでいるとは知らず、
2人はにこにこと幸せそうにケーキを人数分用意していた。

end.

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Day by Day・22
(22)

湿気踏んだ木の椅子に煙草の臭いが染みつき、壁という壁が、元の色が何色だったかを判断できないほどに煙に燻された狭い部屋。換気はバーの奥にある猫の額ほどのキッチンと、地上へと繋がる階段のみ。
蒸しかえる室内に深夜0時を過ぎたこの店には、店のオーナーと4人しか座れない、少し斜めになったカウンター席にアランが1人。そして・・・見るからに怪しげな、夏の夜に黒のスーツをきっちりと着込んだ男が3人がテーブル席にいた。

男達はアランの様子を先刻から伺っていた。

「ヤツでどうだ?」
「ああ、年齢的にもいいんじゃないか?」
「・・・・こんなところに居るんだ、そう足もつかないだろうが、女がいいらしいからな。今回は」
「女か、面倒だな」
「じゃ、ヤツはやめとくか?」
「昨日もいただろ、アイツ?ターゲットが見つけられない場合は、アイツでいいだろう・・・」

「ぼくの名前は・・・アランだ」

のそり とカウンター席から虚ろな目で立ち上がり、黒スーツの男達のテーブルのそばに立つ。
聴こえてないと思われていたのか、それとも聴かれても気にする必要がないのか。アランは酔ってはいたが男達の話す言葉を聞き逃すほどではなかった。
ここ、3、4日店の開店と同時に店に入り、閉店と同時に店を去るアランは、この男達が常連ではなく自分と同じ時期にこの店に出入りし始めたことを、先刻、マスターに聴かされていた。

「・・・酔っぱらいの名前なんかに興味ない、向こうで飲んでな」

鷲鼻の男が感情なく言い捨てる。

「ぼくのこと・・はな、話していただろ?」
「・・・・」
「お、お前、お前らも、ぼ、ぼくが・・・ぼくがふ、フランソワーズを襲ったっ・て思ってるのか!!!!!」
「!」
「!」
「おい!」

アランは自分から見て右側に座っていた長身の男に向かって全身で殴りかかろうとした。が、男は見事にアランの拳を受け止めて、立ち上がって腕を彼の背中へとねじり上げた。

「あああああああっっっ」
「うるさい・・・酔っ払いが!」

遠慮無くねじり上げられたアランの腕が、肩から悲鳴を上げる。

「肩が!ぼくの肩が壊れる!!!! ぼくはダンサーなんだ!!肩が!あああっ肩が!!」
「ったく・・・」

男はアランを床に投げ捨てる。
アランは床に体を打ち付けて床に蹲りながら、痛む肩を庇った。

「ダメだな・・・こいつ、連れて行ってもすぐに廃棄処分じゃないか?」

髪の長い男が、喉を鳴らして嗤った。
床に蹲ったまま動かないアランのズボンの尻ポケットから覗く一枚の写真を、長身の男が引き抜いた。

「ほ、えらい美人な・・・・おおかた、この娘にでも振られんだろ?」

写真を2人に見えるようにテーブルにおいた。

「へえ、いいじゃねえか・・・」
「ダンサーか・・・鍛えられてんだろうな?ある程度は・・・普通の女と違ってよ」
「フランスのバレエ界ってのは、精神的にも肉体的にはかなりのもんらしいな・・・みんな、あのオペラ座のエトワールを目指して、毎日踊って、ライバルを蹴落とす・・・」
「ふ~ん、こんな美人が改造されたら・・・まるで映画みてえな話しだな」
「・・・永遠に年を取らない、美しいままな姿だ。遊ぶのにはもってこいだな・・・へへ。相手してもらいてぇぜ」
「年頃も良い感じだな?」
「おいっ・・・」

鷲鼻の男が足でアランを突いた。

「この娘、お前のガールフレンドか?」

アランの涙ぐむ目の前に写真をつきだしてみせた。
アランは慌てて写真を取り返そうと、傷まない方の腕を伸ばすが、鷲鼻の男は ひらり とその手を交わす。

「ま、飲もうぜ。・・・先に手を出したのはお前だぜ?」

長身の男はイスを引き寄せて、再びテーブルについた。
髪の長い男が、アランに席に着くようにすすめる。

「・・・話せよ。なんなら・・・・・・・オレらがお前の恨み?を晴らしてやってもいいんだぜ?」


にやり と嗤った男を見上げながら、アランは写真に写るフランソワーズを見た。
写真の中のフランソワーズは花が咲き乱れるように・・・鮮やかな微笑みをアランにむけている。


「フランソワーズ・・・・」


アランが最後に見たフランソワーズは、恐怖に目を閉じ、体を震わせ、腕で、全身で、こころで、フランソワーズ自身、すべてでアランを拒絶した姿。

「フランソワーズ・・・・訊いてくれ、ぼくは、ぼくは・・・キミを襲ってなんかないっっっっ」

「この娘のこと、詳しく訊かせろよ」
「悪いようにはしねえ。礼だって・・・それなりに、なぁ?」

男達の低い嗤い声が、不気味に床に響いた。

誰かに聴いて欲しい。
誰にも届かなかった、フランソワーズにさえも届かなかった、ぼくの気持ちを。
誰でもよかった。



誰でも。



それが、悪魔でも。


けれど・・・それが、それが!!「死の商人との取引」だったなんて・・・知らなかったんだ!!!!!



フランソワーズを連れ去っていく、黒いスーツの鷲鼻の男、長身の男、髪の長い男。
彼らは後にフランソワーズが得ていたアメリカ行きを、奨学金をぼくにくれた。
突然にかかってきた、身に覚えのない内容の電話と、届けられた書類。
何事もなかったようにぼくは、それが当然のように、まるでぼくが”フランソワーズ”であるかのように受け入れた。

誰も何も疑問をもたなかった。

ぼくはフランソワーズが行方不明になった。と、訊かされたままアメリカへ旅立つ。
黒いスーツの男達はいったい何者で、どこへフランソワーズを連れ去ったのか、ぼくは知らない。

警察もジャンも、フランソワーズの行方を必死で捜した。
ジャンは、フランソワーズが連れ去られていく場面に遭遇していた。
ジャンは時間が許す限り愛しい妹、ファンションを捜す。

ぼくもジャンと同じように「その場にいた」けれども、誰にも知られていない。
・・・・黒いスーツの男たちと交わした会話を、あの酒場での出来事を誰にも話していない。



話せるものか!!


話せるはずが・・・・ない。


私はジャンとは別に、単独で男達を探した。
あの、酒場にも足を運んだが男達は現れず、何の情報も得ることはできないままに数日後には、・・・潰れていた。マスターがどこへ行ったのか誰も知らなかった。

私が時間をかけて掴んだことは、"B.G(ブラック・ゴースト)死の商人”と言う組織の名前と、そのとてつもない・・・自分が生きる世界とはまったく別次元の・・・小説のような、現実感のない・・・世界の話し。

調べれば、調べるほど・・・恐くなった。
バレエ団に入団して、プロとなり・・・舞台に立つようになって数年が過ぎたとき。
鷲鼻の男か・・・3人のうち誰なのか、それとも3人ではない誰かからの電話を受け取った。

「・・・・いいか。せっかく手に入れた”幸運”を無駄にするな。これ以上、”組織”を調べ続けるなら、フランソワーズは・・・・永遠に帰ってこないぞ?チャンスがあればいつか・・・。いいか。これは最初で最後の警告だ」


チャンスがあれば?
彼女は、フランソワーズは帰ってくるのか?!


「彼女は美しい姿のまま、永遠の若さを手に入れて・・・眠っているよ・・・」

美しいまま?
永遠の若さ?


年令には、自然の摂理には逆らえず、体力の限界から引退を決意した年に、ジャン・アルヌールに数十年ぶりに手紙を送った。それは、クリスマスカードとなって返ってきた。

彼はフランソワーズを待ち続けていた。
私はフランソワーズを探し続けていたかった。

男の電話の後、組織を調べるのを止めた。
理由は簡単だった・・・警告の電話の後、組織は”見せしめ”かのように、それとも偶然だったのか?
住んでいたアパートが火災に遭い、すべてを、私が得ていたもの全てを焼き付くされた。
残ったのは、バレエ団のロッカールームに置いていた・・・数枚の彼女の写真。

私は写真の彼女に語りかける。
私は君のために、フランソワーズの代わりに生きてきたんだ。
フランソワーズが歩むはずの人生を、私は君のために歩んだ。

ああ、フランソワーズ、君はぼくであり、私が君だったんだね?
フランソワーズ、君が私の元へ戻ってきて初めて・・・・私たちの人生は完全になるんだ。



ああ、フランソワーズ。

私のフランソワーズ!

永遠の若さを手に入れて、どこに眠っているだい?
君を目覚めさせるために、ぼくはどこへ向かえばいいんだい?
君を手に入れるために、私はどこへ向かえばいいんだい?

戻っておいで、私のもとに。
私の全ては、君のものだよ、フランソワーズ。

わたしと、君は2人で・・・「あの日」から1つの人生を歩んできたんだよ。


思い出す「あの日」は8月17日の午前。

私は君のアパルトマンの隣の建物の物影から君を見送るつもりだった。
その後、どこにも現れることはなかった・・・君の写真と一緒に消えた黒ずくめの男達。

不安は現実のものとなる。

黒い車。
長身の黒いスーツを着た男。
強い蒼の瞳が私を見つめる。
倒れていくフランソワーズの体。

唇が形作る二つの言葉。




た す け て ア ラ ン





thanks、ア ラ ン







ア ラ ン? ぼく?それは・・・私?

僕のせいじゃない。
僕のせいじゃない。
僕のせいじゃない。

私のせいじゃない。
私のせいじゃない。

私の・・・・・?!


####

8月17日 午前。

「じゃあ・・・兄さん」
「ファンション、また飛行機のキャンセルで戻ってくるかもしれないから、ねえ?ま、気楽に行っておいで・・・十分に体に気を付けて、来年の春には一度戻ってくるんだから・・・・ちょっとは女の子らしくなっておいで?」

パリの小さな街のアパルトマンのエントランスで。大きなスーツケースを傍らに置き、フランソワーズはたった1人の肉親である、ジャンと強く抱き合った。

「兄さん・・・我が侭を許してくれてありがとう」
「ただの我が侭なら、行かせてないよ。可愛いファンション・・・君の夢だ、しっかりな」
「ええ、ええ。兄さんも・・・私がいない間は色々とダニエラにお願いしてね?」
「・・・今、その名前を出すか?」

ジャンは妹を腕から離し、ちょっと怒ったように今から旅立つ妹を睨んだ。

「お邪魔虫は当分アメリカよ?」
「・・・・・ファンションを邪魔だなんて思う女性(ひと)を選ぶつもりはないよ、僕は!」
「シスコン、卒業するんじゃないの?」
「・・・・ああ!もうっ!!さっさと行けよっ」
「ま!冷たい兄さんね?」

フランソワーズは ぷうう っと頬を膨らませて抗議した。
そんな妹を眩しげに観るジャンは、母親譲りのきらきらと輝く亜麻色の髪を、愛しげに撫でた。

「・・・・・ファンション、頑張るんだよ。いいかい?僕のハッピーポイントは、全部君のものだ。だから・・・使い切っていいんだ。辛いこと、哀しいこと、少しでも嫌なことがあったら、思い出して使うんだよ。可愛い、可愛い、僕のファンション・・・」

ジャンはもう一度、愛しい妹を強く、きつく抱きしめた。
フランソワーズは腕の温もりを、ジャンの香りを、忘れないように必死でこころに刻み込む。

「兄さん、・・・・行ってきます」


一台の車が、2人が立つアパルトマンから少し離れて停まった。

フランソワーズは愛しい兄の頬に、行ってきますのキスをひとつ。
ジャンも、愛しい妹に別れと、再会を願って頬にキスをひとつ。

スーツケースを手に、フランソワーズは大好きなアパルトマンから、ジャンから離れていく。
フランソワーズは震える頬を必死で我慢して微笑み続けている。
絶対に泣かない。と、彼女は自分に誓ったのだろう。

ジャンは、小さくなっていく妹の後ろ姿を見送る。
あと数メートルフランソワーズが進めば、彼女は角を曲がり、完全にその姿が見えなくなる。

路肩に寄せて停められている車をフランソワーズが横切った。
車はフランソワーズの歩みに合わせるかのように徐行し始める。


軍人としてのカンが、ジャンに危険を知らせる。
ここ数週間の間にパリで”誘拐”が多発していると、新聞の記事が脳裏をよぎる。

黒い車。
黒い男。


「ファンション・・!」

ジャンはフランソワーズを呼び止めようと、声を出す。

フランソワーズの真横についている車が、ブレーキを踏まれてタイヤと地面の摩擦で啼く。
後部座席のドアがフランソワーズの道を阻むように開いた。
夏の太陽が燦々と照りつける中にくっきりと浮かぶ、長身の黒スーツを男。
フランソワーズの視界が黒い影に覆われるた瞬間、素早く車から降りフランソワーズを車へと押し込んだ。


慣れた動作。
ーーープロだ!


ジャンは走り出す。

フランソワーズは悲鳴らしい悲鳴を上げる隙がない。
彼女は目を見開き、口を動かし助けを求めているが声になっていない。

長身の男は、ジャンを見た。
いや、ジャンの遙か後方にいる人間に視線を送っている。

「thanks アラン・・・・」

長身の男はニヤリと嗤う。
ジャンの姿を長身の男の目が捉えるが・・・余裕の態度。

「ファンションっっっっ!!」

フランソワーズの口に白い布があてられた。
人形のように崩れ落ちた彼女を、長身の男は抱え込むように車に乗り込みむ。

ばたん と、ドアを閉められた。

「ファンショーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンっっっっっっっっっ!!!」

全力で走るジャン。
腕を、体を伸ばし、妹を乗せた車に指が触れた。が、車はジャンの手を振り払い走り去る。

前のめりになり倒れるジャン。
目を皿のように見開いて、妹を連れ去った車を睨む。少しでも情報を!と・・・。




別れのキスは、再会を祈ったものだった。





神よ・・・・・僕たちは両親を失い、たった2人だけの家族なんです。
どうか、どうか、可愛い僕のファンションを・・・・フランソワーズを・・・・・助けてくださいっっっ!!!!

僕に幸せなんかいりませんっっ!
妹を、ファンションを・・・・助けてください・・・・・。

神よ・・・この世にあなたがいるのなら・・・どうか、僕の可愛いファンション・・・を・・・・。



薄れていく意識の中で。
フランソワーズの瞳は2人の男を見つけた。
1人は、必死で走ってくる、ジャンの姿。
1人は、アパルトマンの影に隠れるように立つ、アランの姿。

フランソワーズは助けを求めた。

フランソワーズは叫んでいたつもりだったが、それは空気を動することはなかった。
彼女の瞳は必死で2人の男に注がれる。

「Thanks、アラン」

耳に届いた名前。

アラン?

助けを求めている、2人のうちの1人の名前。

アラン?



あなたなの?




ア ラ ン・・・・・あ な た が ?




目覚めたとき。

見慣れない部屋に寝かされていた。
堅い寝台の上。
白い壁。
白いライト。

不気味な緑色の服。
紅いマフラー。


人ではない躯となって。
人ではない”眼”と”耳”の力を手に入れて。

「初めまして003。君のコードナンバーは003。サイボーグ003だ」

003?

サ イ ボ ー グ ?


「気分はどうかな、003・・・いや、実物は写真よりもいいじゃないか・・・目覚めてくれて嬉しいよ」



次ぎに
目覚めたとき。

再び・・・
見慣れない部屋に寝かされていた。
堅い寝台の上。
002,004の姿を確認して安心した。
白い壁。
白いライト。
年老いた・・・憎むべき科学者。

紅い防護服。
黄色いマフラー。

「久し振りじゃの・・・003。気分はどうじゃ?」

003・・・・。そう、私のコードナンバーは003。

サ イ ボ ー グ 0 0 3

「・・・・時はきた。君たちの不備あった点はすでに改良された」

001を抱いた科学者は、003の顔をのぞき込み・・・微笑んだ。

「フランソワーズ・・・・が、君の本当の名前じゃな?」

「?!」

「005,006,007までの候補者がすでに改造を始めておる・・・・未来を、失われた未来を自分の手で取り戻す気はないか?・・・・フランソワーズ」


失われた未来。


目覚めたとき。
おとぎ話のように、バレエで何度も踊ったプリンセスのように王子様のキスはなかった。
けれど、私には未来があった。


009・・・・ジョー。

私たちの未来はあなたにあった。
40数年の時を経て、私はあなたに出会った。


####

イワンのテレパスが、アランの言葉では説明仕切れない、不明瞭な部分を補う。
時に、言葉となって。
時に、アランが思い出す映像となって。

ジョーは、踊るフランソワーズをイワンのテレパスを通して、アランの記憶の中から見た。
人であった、生身であった頃のフランソワーズをジョーは知らない。

ジョーが知っているフランソワーズは、すでにサイボーグとして戦闘の実践も経験もある女性だった。
映像で見る彼女は、ジョーがよく知るフランソワーズであり、フランソワーズではなかった。

自分が生まれるずっと前に生きた人。

サイボーグになっていなければ、出会えなかった人。
運命と言う言葉はあまり好きじゃない。
運命なら、すべてを諦めて流れるままに生きていただろう。

それでも、これが運命だと言うのなら・・・。
アランがいなければ、彼女と出会えなかった。


なぜ、フランソワーズが?

どうして、フランソワーズなんだ?
どうして、フランソワーズが選ばれた?
どうして、フランソワーズがサイボーグに?

戦いの中で、フランソワーズを見る度に思っていた。

思っていただけだ。
俺は最低な男(ヤツ)だ。
キミの過去を知って・・・それでもキミがサイボーグにされたことを喜ぶ、俺がいる。

キミと出会うために・・・。



「ジョー・・・」

小さなフランソワーズの囁きに、ジョーは我に返る。

アランの告白はフランソワーズにとって、「あの日」から時間は確実に流れていた。という確認のような・・・
ただ、それだけだった。
真実を知れば、もっと今以上に苦しむと思っていたフランソワーズの胸は、不思議なほどに軽かった。フランソワーズ自信の胸の心境に、その軽さ戸惑いを隠せない。
その様子がジョーやイワンには、アランから話しを訊いたばかりのフランソワーズの狼狽にみえた。

アランの話しは、ほとんどがフランソワーズの知らない時間に起こったことだ。
サイボーグにされたきっかけがアランだったとしても、フランソワーズは彼を責めることができない。責めるどころか、彼が不憫にさえ思えてくる。
アランがB.Gと接触していなかったとしても、彼らは年頃の女性を捜していたと言う。
フランソワーズがサイボーグに改造されることが、運命だったとすれば・・・アランは偶然そのきっかけになっただけ。

運命なら、どんな手によってでもフランソワーズはサイボーグの道へと進むしかなかった。


日本で出会ったことによって辛く苦しんでいたのは、フランソワーズではなく、アランだった。


彼はずっと「あの日」から今まで・・・どんなに自分を責め、追い詰めてきたのだろうか。
こころ安らぐ日はあったのだろうか?バレエを踊ることが、彼の唯一の救いであり、罪を償う行為だったのではないか。
自分の罪の意識に堪えられず、すり替えていく記憶と想い出。
フランソワーズに好意を寄せ、想いを重ねることで、アランは長い時間を堪えてこられたのではないだろうか。
「あの日」から抜け出せないまま、過去に囚われているのは、アラン。
罪の意識が愛情に変わり、愛の感情はすべて彼の罪となって足枷となる。

アランの人生は常フランソワーズの代わりに歩んだ人生。と、彼は感じていた。
彼自身の人生は、彼自身で築いたものであるにも関わらず。


” 私 の フ ラ ン ソ ワ ー ズ ” の言葉は ” 私 の 罪 ” 
 
アランの精神は限界にきている。

それは、彼の目が焦点を失いつつも妖しくフランソワーズを捉える、瞳の光。
小刻みに揺れる体。
がくがく と打ち合う膝頭。
唇から離さない親指の爪を話しの合間に噛み続ける。
何度かジョーが話しの合間に口を挟むが、全く彼の言葉を耳に入っていない。
フランソワーズも、その様子に彼女から声をかけたが、アランは話し続けた。

アランは、自分と話している。
アランは、自分の中のフランソワーズに話している。

彼は、現在(ここ)にいながら、こころは過去に還っている。

アランは・・・ずっと過去に生きていた。


<もう。いいわ・・・ジョー、イワン>
<フランソワーズ?>
<イワン。あなたも、もう。気づいているのでしょう?・・・お願い、イワン・・・・アランを助けてあげて?>

フランソワーズを求め、手に入れることが、アラン自身が罪から解放される鍵。
アランが自分を取り戻すこと。それはフランソワーズと「あの日」に返ること。けれども、それは不可能だ。

時間は戻らないことを、彼は気づいていない。

<・・・・ドウシタイ?>
<彼は、自分の力で・・・人生を成功したことに・・・私のことは、昔、バレエでパートナーだった・・・>
<彼ノ中デ、ふらんそーずガ 幸セデナイト ダメ ダヨ。彼ノふらんそわーずヘノ想イハ強イ。消スノハ難シイ。キッカケガアレバ思イ出スカモシレナイ、危険モアル。ソレニ 代ワルヨウニ、ふらんそわーずガ幸セナ記憶ヲ・・・チャント、彼ノ前カラ姿ヲ消シタ設定デネ>
<・・・それなら>
<ジョー?>
<・・・・・・グレートに感謝しないとね・・・こうしようか?>
<・・・ジョー、君モ読ンデタノ?>
<5巻まで無理矢理、ね・・・・ギルモア博士が先に読みたいって言うから、それ以上は読んでない>
<ジョー、イワン?>
<ああ、フランソワーズも帰ってから読むといいよ・・・君がヒロインになるんだから>
<ふらんそわーず、イツデモ合図ガアレバ・・・実行スル>

####

力を使い果たして眠ってしまったイワンを、ダイニング奥にあるコモンスペースに作った”こども部屋”のベッドに寝かせた。005と006の部屋、そしてギルモアの寝室を結ぶようにある広いスペースの一角がイワンのための”こども部屋”。リビングのベビーベッドに寝かせる方が好ましく思えたが、009からの報告を訊いている仲間と博士が集まっている。
夜の時間になったイワンには関係ないかもしれないが、話し声などでその眠りを不快なものにはさせたくない。と、フランソワーズの配慮だった。
子ども部屋スペースのベビーベッドは揺りかごのように左右に揺らすことができるタイプのために、フランソワーズはギルモア邸にあるベビーベッドの中でも、一番このベッドを気に入っていた。
背もたれがない飾りイスに座り、壁に背を預け、ゆっくりとベビーベッドを揺らす。

窓から入る天満月(あまみつつき)の光柔らかに、柄杓星が輝く春の夜空。

イワンを連れて”こども部屋”に行ったきり、戻ってこないフランソワーズの様子を見にきたジョーは、彼女のシルエットが、すでに夢の住人であることに気がついた。

「・・・フランソワーズ・・・風邪を・・・・」

ベビーベッドの揺れに合わせてフランソワーズは、船を漕ぐ。

「っだよ?寝ちまったっmふぃ’あぴrgh」
「・・・・五月蠅い」

<息が!ジェロニモ!息が!>

ジェットの声の大きさに、ジェロニモの大きな手で鼻も口も覆った。

「せっかく、姫に第一シリーズを1巻から貸そうと思っていたんだが・・・」
「明日でもいいアルネ!」
「新刊、ジェットから借りるの?」
「ピュンマ!そんな邪道なことを我が輩っっっっっあわわわわ・・・スマン」

グレートは自分の口を押さえながら小さくなっていく。

ぞろぞろとリビングから姿を現したメンバー達は、揺れるベビーベッドを眠りながらも、その手で揺らし続けるフランソワーズを見ながら、囁き合った。

「このままじゃあ、いかんの、誰か部屋に連れて行ってやりなさい」

ギルモアはフランソワーズの寝顔を一瞥して、微笑みながら地下へと降りて行った。
アルベルトはギルモアの言葉に頷き、ぽんっとジョーの肩を叩く。

「ま、そういうことだ」
「・・・そういうこと?」
「オレでもいいんだぞ?」

ニンマリとアルベルトは片方の口角を上げて嗤う。

「あ、ボクでもいいよ?」

ピュンマがひょっこりと、ジョーをのぞき込むように会話に参加する。

「我が輩も、かまわんぞい?」
「ワタシでもいいネ!」
「あ;wr gじょr」
「ジェットでもいいらしい。オレも運べる」

「・・・・」

ジョーは、無言でフランソワーズに近づき、ベビーベッドの縁に置かれた彼女の手をそおっと離させる。

「・・・ん・・・・・・」

小さな声が、形良い唇から漏れて、ジョーは一瞬手を止めたが、安らかな寝息が聞こえ始めたので、そのままフランソワーズの背中と膝下に腕を通して羽のようにふうわりと抱き上げた。
ことん と、彼の胸に頭を預けるフランソワーズ。彼女の手は無意識にジョーの胸のシャツを握っていることを、ピュンマは見逃さない。
にやにや と、声も出さずに笑い合う仲間達に見送られながら、ダイニングを抜け、リビングを通り、階段を上る。


彼らの姿が見えなくなったところで、やっとジェロニモがジェットの顔半分を覆っていた手を離した。
彼はわざとらしく深呼吸をする。

「ったくよぉぉっジェロニモ!!せっかくジョーで遊べるチャンスをっっ」
「いい加減にしろ・・・ジェット。フランソワーズが起きてしまうだろう?」
「うるさくてかなわんぞ・・ジェットののトリ声は耳にキンキンと良く響くんでなあ」

グレートが耳を塞ぐ仕草を見せる。

「トリ声だあ?!」
「イワンも寝てるアル!!静かにするネ!!」
「あんまりジョーをからかってると、大変な目にあうよ?・・・あ、フランソワーズを起こしていても一緒かな?」
「んああ?!っっんだよっそれ!!」


「”加速装置の時間の狭間で一瞬で灰にしてやる。この世に1ミクロだってその細胞を残さない・・・消してやるよ、フランソワーズを傷つけるやつは、許さない”」


ピュンマは嬉しそうに、微笑みながらしっかり、はっきりと言い切り、そのピュンマの台詞にメンバーが全員顔を見合わせた。

「加速装置ってこたああ・・・009か?」
 
ぼそりとグレートが呟いた。

「違うよ、”ジョー”だよ!」

ピュンマはグレートの009と言う言葉を訂正した。

「名台詞だな、それは」
「でしょ?アルベルト・・・灰にならなくてよかったね、この前」
「・・・・・それを言うなら、ジェットだろ?」
「でも。何か足りない。」

ジェロニモが低く言った。

「十分ネ!ジョーにしては珍しいアルよ?」
「ピュンマ。」
「何?ジェロニモ」
「ジョーはまだ、だな。」
「あ。そう思う?実はボクもそう思うんだよね・・・もうちょっとな気がしないでもないんだけど?」
「むう。蹴られたくない、余計なことはしないぞ。」

ジェロニモはそう言って、そのまま自室のドアを開けて部屋へと戻った。

「ワタシも疲れたアル・・・寝るネ」
「まだ終わったわけじゃないから・・・続きは明日だな?」

アルベルトがまとめるように言った。

「オヤスミね」

張大人の部屋はここ、1階のジェロニモの隣にある。
彼もまた自室へ引き上げた。

「お、ピュンマ、オレの部屋に来いよ!」
「ええ?」
「昼寝、したろ?・・・徹夜だっつうただろう!」
「・・・ええマジなの?」
「おう!オレは大まじめだっっ!!」

そのまま解散となり、それぞれの部屋に戻っていく。


フランソワーズの部屋で、ジョーは彼女をベッドに降ろしたとき、彼女の手が自分の胸元のシャツを掴んで離さないことに気がついた。
ジョーは くすり と笑って、そおっとその手を外す。
掛け布団を彼女の肩までかける。
彼女のトレードマークのカチューシャをはずして簡易テーブルの上に置いた。

「おやすみ・・・・お疲れ様、フランソワーズ」

ーーーまだ、終わってはいないけれど・・・・。今はゆっくりと休んで。

「・・・・・ジョォ・・・・・・」
「・・・・え?」

不意に自分の名前が呼ばれて、思わず聞き返してしまう、ジョー。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
「?」

フランソワーズの呟きは聴き取れず、さほど気にすることなくジョーはフランソワーズの頭を2,3度撫でてから部屋を出た。



「・・・・・・・・・・き・・・・・・・・・・・・・あり・・・が・・・と・・・・・・・・う」







フランソワーズの部屋のドアが音もなく静かに閉まった。




=====23 へ 続 く

・ちょっと呟く・
凹・・・。

こんなあっさり?
あれ?

まだ、もうちょっとモルちゃんがんばります・・・いや、がんばってくれないと
広げた風呂敷穴だらけ・・・(TロT) エーン

・・・こんなの納得できな~い!!て思われたら・・・どうしよう・・・

って、まだ続きますからね!

あ、徹夜ネタ募集(笑)
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Day by Day・23
(23)

本格的な春の訪れを告げるように、温かな空気がギルモア邸を包む中、フランソワーズはキッチンに立ち、珈琲サーバーに残った珈琲を空いたマグに淹れてから、リビングに置かれたままだったいくつかのカップを、のろのろと洗い始めた。
昨日、アランと会っていたことを夢のことのように感じつつ・・・彼女の中で、またひとつ過去が思い出になり、そのページが閉じられる。再びそのページを開くとき、優しい思い出としてフランソワーズのこころを温めてくれることを信じるしかなかった。

「・・・さようなら、アラン・・・・・ちゃんとあなたに言わないといけないわよね?」

まだ、やるべきことは残っている。けれども今、彼女は別れの言葉を口にした。

イワンが力を使った後、アランはそのまま意識を失った。
彼を寝室へと運び、ホテルのフロントに電話を入れ、ルームサービスを届けるように頼んだ。
アランが目覚めたとき、すべてが新しく始まるはずである。

フランソワーズは自分の瞳でを確認したかった。
アランの新しい人生を見送るために。そして、彼女が自分の失った人としての人生を・・・・。

「・・・・ちゃんと、あなたに言いに行くわ・・・絶対に」

泡立てたスポンジから、レモンの香りが彼女に届く。
カップが微かにぶつかる音。
フランスは硬水のために、手が荒れてしまい勝ちだったフランソワーズは、いつも手袋をはめて食器洗いをしていたことを不意に思い出した。日本は軟水のために、フランスほど手荒れの心配はないらしいが、フランソワーズの手は水で荒れるようなことはない。

「嬉しいような、哀しいような・・・ね」

「なにが?」

ビクンっと躯を跳ねさせながら、フランソワーズは振り返ってキッチンの入り口を見つめた。
ジョーが、申し訳なさそうに立っていた。

「ごめん・・・珈琲、もうない?」
「・・・あ、残っていたのを、こっちに淹れたの・・・冷めてるから、レンジで温めなおすわ」

フランソワーズは泡のついた手を水で流し、引き出しを開け、ラップを取り出してカップにかける。レンジにの中にカップを置き、タイマーをセットする。
「30秒くらい・・・かしら?」
「完全に冷めてた?」
「いいえ、・・・人肌くらいには温かかったわ」
「・・・・じゃあ、それくらいだと思う」

ピ。と電子音が鳴り、レンジ内がオレンジ色のライトを光らせてカップをまわし、温める。

「・・・・すごいわよね」
「レンジが?」
「ええ。ビックリしたもの・・・初めて見たとき」
「・・・・・そう」
「ジョーが生まれたときには、電子レンジはもうあったのかしら?」
「高級品だったけどね」
「・・・・・そうなの」
「よかったんだね?」
「え?」

フランソワーズは、ジョーの言葉が何を意図して言るのか読み取れずに、ジョーをみた。

「・・・・・ちゃんと、キミから訊きたい。これで、本当に良かったんだね?」
「・・・ジョー・・・」

真っ直ぐに、ジョーはフランソワーズの空色の瞳を見つめた。

「キミは、これで・・・全部終わったと思う?」
「・・・・」
「俺は思わない」
「・・・・・・」
「・・・・・お兄さんのこと」
「・・・え?」
「キミは思い出せた?・・・お兄さんの声を」
「・・・・ええ。イワンのお陰で、イワンのテレパスを通して・・・アランが覚えていたジャンの声。ジョーも聴いたでしょ?」
「本当に?」
「?」
「・・・・・本当に、あれはキミが聴きたかったお兄さんの声だった?」
「ジョー・・・」
「今も、思い出せる?キミが聴きたかったお兄さんの声」
「・・・・・思い出せないわ、イワンを通して聴いたのは、ジャンの声だって・・・わかったの。でも、わかっただけだったわ・・・・人の記憶も曖昧ね?・・・きっとアランが聴いた兄の声と、私が聞き続けていた声とは少し違うのかもしれないわ・・・でも、同じなのよ、きっと。」

ジョーはフランソワーズに近づいて、より強く彼女の瞳を見つめる。

「会いたいなら、早いほうが良い」
「?!」
「時間は、待っていてくれないよ・・・会いたいなら、怖がる必要はない。会いに行くべきだと思う・・・・アランは言っていただろ?・・・・・キミの兄さんは、今でも同じアパルトマンでキミの還りを待っている。って」
「・・・・嘘かもしれないわ」
「彼が嘘をついているようにみえた?」

フランソワーズの顔をのぞき込むような仕草をする、ジョー。

「・・・・」
「もう一度言うよ。時間は流れ続けるだけで、待っていてはくれないんだ。会いたい気持ちが少しでもあるんだったっら、迷う必要はない。会いに行くべきだよ・・・・後悔しないうちに。彼が・・・生きてるうちに」
「あ・・・・」

空色の瞳に浮き上がってきたそれを、彼女はジョーから顔を逸らして堪えた。

ピーー。と、タイマー終了を知らせる音がキッチンに響く。
ジョーはレンジの扉を開けて、熱くなったカップを平気で手に持った。

「便利だけど、哀しいね・・・。フランソワーズ、躯はサイボーグかもしれないけれど、こころは、キミの兄さんが愛したファンションのままだよ・・・」

「・・・・・ありがとう」

ジョーはカップを手にキッチンから出たが、引き返し、顔だけキッチン内をのぞき込むようにしてフランソワーズを見た。

「会いに行く気持ちが固まったら、言って欲しい。あと・・・・礼なら昨日の夜に言ってくれたから、いいよ、もう」
「?」

ジョーが去り、フランソワーズは再びシンクの中のカップを洗い始めた。

ーーー昨日の夜?・・・私、お礼をジョーに言ったかしら・・・?

服は昨日のままではあったけれども、きちんと自室で朝を迎えていた。
久し振りに深く眠れたような、スッキリした目覚めだった。
とても、幸せな夢を見ていた気がするが、いったいどんな夢を見ていたのかフランソワーズは思い出せなかった。

####

2階の廊下で、自室から出てきたピュンマとすれ違う。

「・・・調子悪いの?・・・ジョー」
「・・・?」
「・・・まあ、色々あったせいもあるんだろうけど、さあ・・・」
「・・・・そうだね」
「ゆっくり休んだ方がいいよ・・・珈琲じゃない方がよくない?」
「・・・・いや、今はこれがいいから」
「ふうん」

ジョーは廊下を曲がり、最奥にある自室へと入っていった。

「なんかあったら呼んでよ!」

ピュンマの言葉を耳にしつつ、ジョーはドアを閉め、珈琲が入ったカップをサイドテーブルに置き、躯を仰向けにしてベッドの上に倒れ込んだ。

聞き間違いかもしれない。


はっきりとは聞こえなかった。
”ありがとう”という礼の言葉はしっかりと聞こえたが、問題はその前の単語だった。
彼女は、寝言で自分の名前を呼んだ。
そして、部屋を出て最後に聞こえた言葉は”ありがとう”との間に、彼女は言った。

ーーー・・・・・好・・・・き・・・・・・・・・・・・

彼女を想う。
胸が焼かれるように痛み出す。

彼女の髪の感触を
彼女の肩の震えを
彼女の腕の柔らかさを
彼女の指先の繊細さを
彼女の頬の温かさを
彼女の唇の甘さを

フランソワーズを想う。
痛みの後に襲う・・・恋しさ。愛おしさ。

頬を流れ落ちる熱。
濃くなったアンバー色の瞳が、開け放たれたカーテンの陽の光よって、瞳を覆った熱が光る。

天井を見上げるが、涙で濁った視界はただの白い固まりにしか見えない。
両腕で顔を覆う。

真っ暗な闇。
胸に溜まった、焼けこげた息を吐き出す。
補助脳が壊れたかのように繰り返し、繰り返し、フランソワーズの声を再生する。

数十分後、部屋から穏やかな寝息が聞こえ始め、サイドテーブルに置かれた珈琲は飲まれることなく、冷たい黒い液体となった。

ーーー好き?・・・・って言ったんだ・・よ・・・ね?

####

日が長くなりつつあることを感じながら、リビングのカーテンが閉められて電気が灯る。
リビングでは、夜の時間のイワンがベビーベッドに寝かされて、ジェットがソファに寝ころび雑誌をパラパラとめくり、ピュンマがノートパソコンを開き、なにやら一所懸命に画面を睨む。アルベルトが単行本を読み、グレートは特番の”可愛いペット大集合!”を観ている。ジェロニモは、新しく拾ってきた木片を手に、テレビに映る玉乗りする猫に複雑な表情を浮かべ、博士の声に反応した。

「ジョーはどうしたんじゃ?」

キッチンでは帳大人とフランソワーズが夕食の準備をしている。地下から上がってくる途中で2人に声をかけたギルモアなので、確認済みだった。

「部屋にいるみたいですよ、博士」

ピュンマは画面から目を離さずに答えた。

「ふむ・・・何かと忙しかったしのう、どこか不調を言っとらんかったか?」

全員に尋ねるようにギルモアは言ったとき、ピュンマ以外のメンバーはそれぞれに”聴いてません”と反応を見せた。
彼は報告した方がいいのかどうか迷ったが、もし”本当”に調子が悪ければ、素直に自分から博士に相談しているだろうと思い、余計な心配をさせるのもどうか?と考えて黙っていた。

「もうすぐメシだしよっ、オレがちょっと呼んでくるぜ」
「いや・・・、時間が来たら降りてくるじゃろ」
「今、行ってくるぜ!」

ジェットは躯に反動を付けて上半身を起こし、足早にリビングを出て行った。

「人の話を訊くってのは、犬や猫でもできるんだけどなぁ」

画面に映る子犬たちの初めての”お手”の練習風景を観ながら、グレートは呆れたように言う。

「訓練が必要。」
「幼少時に躾られるもんじゃないのか?」

ふんっと鼻を鳴らして、アルベルトが呟く。

「・・・次回のメンテナンスで、補助脳にでも”人の話を訊く”とインプットしなきゃならんかのう・・・」

冗談とも本気とも取れる博士の言葉に、その場にいた1人を覗いて全員が目を丸くした。

「博士、どうせやるなら”完璧”に改造しなおしてください」

アルベルトは本気で訴えた。

####

ジェットは階段を駆け上がり、自分の部屋を過ぎて廊下を曲がる。最奥ピュンマの隣に位置するジョーの部屋前に立ち、乱暴にノックした。

「お~~~~っい、ジョー!メシだぜっ」

右手で休みなくドアをノックし続けながら、大声でジョーを呼ぶ。

「おおおおおいってばよっ!ジョー!!!いねえのかよっ!」

短気なジェットは、ダンっとドアを1発、強めに叩いてから「入んぞ!」と、部屋主の返事も聴かずにドアを開けた。

電気が付けられてない暗い部屋。
開けられたカーテン。
夜の色に染まった窓。
ヒンヤリとしたフローリングの床。
ジェットはの耳に聞こえるのは、一定のリズムを正確に刻む寝息。

「・・・・・寝てんのかよ」

ジェットはルームライトに手を伸ばしかけたが、その手を自慢の赤毛に移動させてくしゃくしゃと髪を掻きむしる。短く息を吐いてベッドに近づき、寝ているジョーを見下ろした。
ジョーは横向けに躯をくの字に曲げて、膝を抱え込むように丸く、小さくなって眠っていた。

ジェットは、こういう体制で眠る子どもたちを多く観てきた。

ジェットがNYで暮らしていた頃。道ばたで生活する子どもたち、ジェットが自分のチームで保護した子どもたちは、みんな「母親の胎内に戻りたい」と、訴えているかのように、躯を小さく、小さく、丸めながら膝を抱えて眠るのだ。
チームで一時期的にであるが、面倒をみた2人の姉妹も今のジョーのように眠っていたことを思い出す。チームの1人だったレイモンドの女は、その姉妹をいつも背中から包み込むように抱いてやっていた。と、思い出した。

護って欲しい。
抱いて欲しい。
温めて欲しい。

アイシテホシイ。

淋しい。

「・・・・・あ~・・ったく・・・009とこいつが同一人物なんて、誰が信じんだよ?」

寝食を長く00サイボーグの仲間として過ごしてきたジェットは、何度も009が寝ている姿を目撃している。狭いドルフィン号では、女である003以外は相部屋だったために、嫌でもお互いの寝起きを見ることになった。
009は大概、寝返りを打つ以外はメンテナンス中か?と疑いたくなるほど、真っ直ぐに仰向けで眠っていたのだ。

ジョーの安らかな寝息は、彼の眠りがとても深いことを告げている。
ジェットはそのままジョーの部屋を出て行き、リビングを通り過ぎてダイニングルームへ向かう。キッチンから顔を出したフランソワーズを捕まえて、ジェットは言った。

「・・・ジョーがちょいと気分が良くねえらしいんだ、様子を見にいってやってくんねぇか?」

ジェットの言葉に驚いて、フランソワーズは慌ててジョーの部屋へと走り出した。
フランソワーズが駈けだしていく姿を見ていたジェットに、どこで聴いていたのか、超大人がお玉片手にジェットへと詰め寄る。

「ほんとアルか?ジェット!!」
「ジョーのヤツ、ぐっすり寝てやがった」
「フラチョワーズを騙したアルかっ!」
「だ~か~ら! 寝てやがったけど、オレには”気分が優れない”風にみえたんだよ!・・・それだけだっ」
「・・・・微妙にセーフね・・・でもデザート半分ね!」
「なんでだよっ!」
「彼女に余計な心配させた分ネ!」

####

ジョーの部屋のドアは開けられたままであった。
フランソワーズは、開かれたドアを2度ほどノックしてから、滅多に入ることがないジョーの部屋に、些か緊張しつつ、ルームライトが付けられていない部屋に入った。

ジョーの寝息がフランソワーズの耳をくすぐる。
フランソワーズはベッドまで近づき、小さく丸くなりながら、膝を抱えるようにして眠るジョーをのぞき込んだ。

「・・・ジョー?」

遠慮がちに声をかける。
フランソワーズが見る限り、彼の寝顔や安定した寝息はジェットが言っていたような”気分が優れない”ようには思えなかった。
フランソワーズは柔らかな栗色の髪にそおっと触れてみる。
いつもは長い髪で隠れてしまっているジョーの顔が、目蓋を閉じたままではあるが、その両目を見ることができた。

寝顔は小さな男の子の表情。
東洋人は幼く見える。と、言うが寝顔はさらに幼さを強調するようだ。
ジョーは普段、特に年令よりも幼い印象を人に与える。整った顔立ちだが、少し下がり気味に見える眉に、しっかりとした二重にアンバー色の瞳。”甘い顔立ち、優男”と、メンバーに言われていたことがあったが、フランソワーズには、どちらかと言うと”優しく、少し困った風な顔立ち”の印象がある。
眠っているジョーの顔は”下がり気味に見える眉”が下がり、普段は判らないが、ジョーの長い睫はしっとりと頬にかかり、明るい場所で見れば影を作っていただろう。少し開いた唇は、拗ねているかのようにちょっとばかし突き出すような形をして、静かな寝息を立てていた。

長い時間を一緒に過ごしてきた。
009として、メンバー最後の希望、最強の戦士として出会った。
戦いの日々は、毎日の小さな出来事を特別にしていく。


ーーー小さな事を積み重ねていく日々の中で・・・いつから彼を想うようになったのかしら?


サイドテーブルに置かれたデジタル時計が、8;34pmと映し出しす。

イタズラな考えがフランソワーズの胸をくすぐる。
これだけぐっすりと寝ているなら、大丈夫かもしれない。

彼女の唇に甦る感触。

ーーーどうして、キスしたの?

ジョーのベッドに片膝をついて、体重を乗せる。
フランソワーズの躯の重さに沈むマットレス。
両足がフローリングの床から離れた。
両腕で自分の躯を支えながら、フランソワーズの瞳に、眠るジョーの顔が近づいていく。

日本人にはその習慣がないのだから、仕方がない。
だから、眠ってしまっているうちにお礼のキスを・・・

キス?



ーーーキス?!

フランソワーズは自分の頭に浮かんだ言葉に冷静さを取り戻し、今からしようとしていた行動にパニックに陥った。近づけていた上半身を勢いよくジョーから離したために、バランスを崩したフランソワーズはベッドの下へと背中から落ちた。

どんっ!と人が床に落ちる音。
ジョーは音に敏感に反応し、瞬時に部屋の様子を確認。
フローリングの床に不思議な体制で倒れているフランソワーズに驚いた。

「フランソワーズ?!」

ジョーの部屋で勝手に床に倒れている自分を、ベッドの上からジョーが見下ろしている。フランソワーズの羞恥心の針はすでに限界を振り切っていた。
ジョーはベッドから降りてフローリングに倒れているフランソワーズを助け起こす。

「・・・フランソワーズ、どこから落ちた・・・の?」

フランソワーズの手を取り、背中に腕をまわして彼女の躯を支えながらジョーは訊ねた。

「あ、あ、あ、・・・あ、あの、ジェ、ジェっ」
「あ?ジェ?」

フランソワーズはまともにジョーを観ることができず俯いてしまい、恥ずかしさに舌が上手くまわらない。

「気分!」
「・・・・・・気分?」
「じぇ、ジェットが、気分!・・・だから、様子を・・・それで・・」
「・・・・・・・ジェットが気分だから様子?」
「そうなの!・・えっと、あの、ジェットが、気分がすぐ、すぐれてないって」
「・・・・・・・ここ、俺の部屋だよ?ジェットの部屋は・・・」
「違う!ちがっっ・・違うの!!あの、ジェットが言ったのよっ」
「・・・・・・何を?」
「ジョーが、き、き、き、気分が、ジョーの気分が、その・・よ、よ、よくないっから・・・よ、様子を見て、見てこいって・・・・」
「ジェットが、俺の気分が良くないと言ったから、キミが様子を見に来てくれた?」
「・・そ、そう」
「・・・・・少し、気分が冴えなかった」
「・・・・・!」

ジョーの言葉に俯いていたフランソワーズは、顔を上げた。

暗い部屋の中。
床に座り込んだフランソワーズの背中を支えるジョーの腕。
紅い顔で恥ずかしがっていたフランソワーズだが、ジョーの言葉に彼女の瞳が心配げにジョーを観る。

ーーーフランソワーズ

「フランソワーズ・・・」
「・・・?」
「・・・・フランソワーズ・・」
「ジョー?」
「・・・・・・・ごめん、もう少し1人でいてもいい?」
「あ・・・ご、ごめんなさいっ私・・・」
「いや・・・・ごめん。大丈夫だから、気にしないで」
「・・・・・お夕食は?」
「今日は、いいよ・・・」
「・・・・ジョー?」
「ちょっと、疲れが出たか・・・な」

ジョーは力無く笑った。

「起こしてしまって・・・ごめんなさい」
「気にしないで。心配してくれてありがとう」
「・・・博士には?」

ジョーは首を振って断る。

「それほど、じゃないよ・・・」
「・・・・何かあったら言ってね?・・・いつもジョーに迷惑をかけてばかりで、こんな時くらいは・・・」
「迷惑じゃない。思ったことも、一度もない」
「・・・・ごめんなさい」
「謝る理由もない、よ」
「・・・でも」
「・・・・迷惑じゃない、から」

ジョーの笑顔。

「・・・・・私、行くわ」
「・・・・・うん」

ジョーはフランソワーズの背中に腕をまわしたまま、彼女が立ち上がるのをリードし、ドアまで彼女を見送る。

「・・・みんなには寝ているって伝えておくわ」
「・・・ありがと」

フランソワーズは心配そうにジョーを見つめる。
ジョーは彼女に心配させまいと、笑顔を崩さない。
フランソワーズは部屋から一歩出て、ジョーの正面に向かって立ち、背伸びをする。

「早く、気分がよくなりますように、と・・・」

彼女の優しい空色の瞳がジョーの琥珀の瞳に近づく。

「色々と・・」

背伸びで不安定になった躯を、ジョーの胸元のシャツを握ることで支えた。

「ありがとう、ジョー」

ジョーの頬にキスをひとつ。

「?!」

頬に、フランソワーズの唇のあたたかな感触。

「・・・・日本風のお礼ってどうすればいいのか、わからないの」

フランソワーズはジョーのシャツを離し、くるりと背を向けて廊下を走るようにジョーの部屋から去った。
ジョーはフランソワーズの背中を見送る。
彼女の姿が消え、ジョーは膝からその場に崩れ落ちた。

「フランソワーズ・・・・」

ーーーキミは、誰を・・・想って・・・好き・・・だ・・と・・・言った・・・?

彼女の気持ちを、あの言葉を、確かめるための勇気はなかった。

#####

昨日の午後から今朝までジョーは自室で休んでいたために、1日遅れでアランの件についての報告を兼ねたミーティングが昼食前に開かれることになり、全員がリビングに集まったことを確認した後、009は昨夜のミーティングがキャンセルになったことを詫びたが、誰も009を責める理由がなく、ミーティングは穏やかに始まった。

「イワンの力のお陰で、私は”フランソワーズ”の娘、マリーということになってるのだけど・・・その、グレートのお気に入りの漫画がベースだって・・・どういうお話なのかしら・・・」
「ぜひ、読んでくださいいいいいっ!姫!!うむ、ジョーっお前の目の付け所はさすがだなあ、うん!ではっっ我が輩が簡単にあらすじを、んん、ああああ~、、ん。ゴホンっ え~・・・」

グレートはソファから立ち上がり、全員が見えるように庭先に抜けるガラスドアの前に立った。
春の心地良い陽の光が、ライトのようにグレートに降り注ぐ。

「時は、戦後まもないころ、フロレンシアは身分違いの恋の相手、ジョシュアとの仲を幾度となくはげしいいいいいいくっっ邪魔をされ・・・彼のために身を引く決意をかためたフロレンシアは!!!!
1人、アメリカに旅立つのである・・・。
ジュシュアは、同じようにフロレンシアを愛するマックスにより、フロレンシアの旅立ちを知った日はっ!
皮肉にもっ幼なじみの婚約者サラとの婚約発表パーティの夜っ!
サラを妹のように愛し慕いつつとも、愛するフロレンシアとともにアメリカへ!
希望の大地へと愛する者同士が手と手を取り合って旅立つ・・・が!!!!! 
不運にも船舶事故でジュシュアは帰らぬ人となりっ、記憶を失ったフロレンシアは、愛するジュシュアとの結晶フローラを産むのであ~る!!! って、まあ、こんな感じの話しでなあ・・・ふっふっふ。ここから面白いんだ!」

感情を込めて語ったその”漫画”のあらすじに、フランソワーズは絶句する。
なんとか気持ちを立て直し、ジョーに真剣な面持ちで訊ねた。

「・・・・ジョー・・・」
「なに?」
「・・・これを、どうやって?」
「フランソワーズはずっと慕い続けていた”結ばれるには障害がある恋の相手”が、留学直前にランソワーズを迎えにくる。彼と一緒に全てを捨てて、日本で暮らし”マリー”を産んだ。と、言うことにイワンはしたんだ。・・・イワンはフランソワーズとその相手は旅行中の不慮の事故で亡くなったために、親友であった学者の家に養女となっている、と付け加えたよ・・・あ。これはアランが知らない設定だね・・もしもに備えてだ」
「・・・・あの短時間で」
「だから、007に感謝しないと、ね?」

ジョーはにっこりと微笑みながら珈琲を一口飲んだ。
何度も自慢げに頷きながら、グレートはソファに座る。

「それで、今後はどうするっつうんだよ、009」
「アランは一時的にB.Gと接触したことが明らかになった。その後、B.Gがアランの動きに気づいて、彼に忠告の電話を入れている。その時の内容から、フランソワーズが”年を取っていない”可能性を知ったようだ。B.Gの知識がある程度あった彼だ、彼女が”年を取らない”状態であることに、何も疑問をもたなかったのはそのせいだと思って良いだろう・・・」
「飛行機の件は?」

008が訊ねる。

「16日のキャンセル・・・それは」
「・・・B.Gの息がかかっていたとしても、現在(いま)に何も繋がらないわ・・・だから」
「003がそういうなら、そのままがいいアル」

しかしジョーは引き続き調査は続けることを提案した。

「・・・僕としては・・・どんな小さなことでもクリアにしたい。できれば、飛行機の件はB.Gとは関係なくても、はっきりさせておいた方がいいと思っている。引き続き調査はしたい」

009は006と、003の2人を見る。
003は戸惑いながらも009の言葉に頷き、005は003が009の言葉に賛成した態度に、彼も009の意見に賛成の意を表した。

「アランが現在、B.Gか彼らに関係している組織と繋がりがあるかはまだ判らない。今回のことで、彼の記憶を操作した矛盾点が、どのように影響するかも未定だ。アランが日本に居る間は、定期的に彼を見張ることにしよう。ツアー中であっても、だ。僕らがここで初めて接触した人間だからね。当分は注意が必要だろう」
「留学の件。」

005が問う。

「それも、もう・・・B.Gが、私がいなくなった穴を埋めるために・・・アランにしたようなものだわ。もしくは、アランへの情報と口止め料、ね?B.Gが仕組んだことだわ。それこそ調べる必要はないと思うわ。いまさらよ・・・」
「それで気持ちの整理はつくのかい?003?」
「ええ、大丈夫よ、004・・・・会ってよかったと思うの。考えていても堂々巡りだったもの・・・ちゃんと向き合えた。そして・・・色々とわかったもの。恨むなら、アランじゃない。B.Gよ。彼もB.Gの犠牲者だったの・・・」

全員がフランソワーズの表情から、彼女が本心でそう言っているのかを探ろうとした。が、彼女の顔からは微塵も不安や、迷いなど、彼らが心配するような要因は何も見えない。00メンバー、そしてギルモアはここで初めてアランの件に関しての問題を80%クリアしたことに、安堵した。
それは、あくまでもフランソワーズの”プライベートな問題”を知らない00メンバーとギルモアの思う、数字である。

「・・・今日は、ここまでだ」

009が全員の顔を見回してミーティングの終わりを告げたとき、張大人とフランソワーズはキッチンへ向かった。
程なくして、夜の時間のイワン以外の9人がダイニングテーブルの席に着き、湯気立ち昇る熱々の飲茶を堪能し始めた頃に、ギルモアが申し訳なさそうに口を開いた。

「・・・・その・・・まだ100%問題が解決したわけじゃあないとは解っておるんじゃがのう・・・じ、じ、実はの・・・コズミくんから連絡があってのう・・・2週間ほどヨーロッパの方へ呼ばれたらしく。それでのう・・・その間さくらちゃんを・・・預かってくれんかとぉ・・・」

「っっっっっんなああああああああんだってええええ?!」
「えええええ!」
「あいやあああああああああああああああ!」
「!」
「むう・・・・」
「あちゃああ、そりゃタイミング良いんだか、悪いんだか・・・博士」
「・・・」
「・・・」

それぞれが、それぞれの個性を生かしたリアクションを披露して、一通り納まったところでギルモアは言葉を続けた。

「・・・通いのミツエさんもいるが、あくまでも通いじゃし。あんな大きな屋敷に若い女性を1人にするのは危険じゃし・・・2週間ホテル暮らしも考えたそうじゃが・・・それはそれで・・・可哀相じゃろ?・・・儂も・・・今回の件がきちんと終わっていないから・・・その、はっきりと断るべきじゃったかもしれんが・・・のう。知っている娘なだけに・・・ちと言いづらくてなあ。いや、こちらが忙しいのを承知の上での話じゃからして・・・」

ギルモアは困ったように、大きな鼻をぽりぽりと掻き、小皿に乗せたエビシュウマイから飛び出したエビを箸で弄る。

「・・・いつからですか?博士」

ジョーは箸を止めて、博士に訊ねた。

「うむ・・・来週末からじゃ」
「アランの件は・・・さっきのミーティングで言った通りです。イワンの力を信じてますし・・・後は細かい不明瞭な点を繋いでいくこと、ですから・・・」

ジョーは自分の向かい側に座るフランソワーズに自然と視線をむけて言った。

「・・・・・ごめんなさい。個人的な問題をここまで引きずってしまって・・・」
「いや!!フランソワーズ!!気にする必要はないんじゃぞ?!・・・B.Gが関係していたんじゃし、最優先すべきはフランソワーズ、お前のことじゃっっっ」

イスを倒して立ち上がるような勢いでギルモアは強くフランソワーズに言った。

「さくらのやつ、やるじゃぁねえか!どっかの誰かさんたちにも、爪の垢を煎じて飲ませてやりてえ行動力だぜ!」

取り皿一杯に自分の好物だけを装った皿を、満足げに箸でつつきながらジェットは言った。そんな彼の右隣に座るピュンマの肘が鋭くジェットの二の腕を突いた。

「・・・反対ですね、オレは」
「アルベルトはいつも反対じゃねえかよっ」

ジェットの向かい側に座ったことを後悔しつつ、反対の意見を述べる。彼が口を開くたびに、色々なものがアルベルトにむかって飛んでくる。

「ホテルでもいいんなら、そうしてもらってください、博士」
「・・・う、うむ・・・」
「どんな小さな不明瞭な点がある限り、気を抜きたくない。アランはあと1ヶ月は日本にいるんだ・・・イワンの力が優れているのは知っていても、だ。注意するに超したことはない」
「過剰反応せず、シンプルにいきたいって言ってたじゃねえかよ、この間はぁぁぁ」
「状況が違う」

アルベルトは取り皿を脇に寄せて、ジェットの口から飛んでくる”もの”から、自分の皿の上に乗る椎茸の包み蒸しを守った。

「そ、そのホテルなんじゃが・・・・もしもその時は・・・その、さくらちゃんが寂しがらないように・・・フランソワーズが、一緒に泊まってくれる気はないかと・・・言われていてのう・・・彼女がダメなら・・・他の・・・・・その、ジョーや・・・ジョーや・・・・ジョーだったり・・・ジェットやピュンマでもかまわないそうだが」

これ以上はしゃべらん。と、ばかりにシュウマイを2つ無理矢理に口に放り込んだ。

「・・・ジョー狙いじゃないですか!!」

ピュンマが声を荒げて叫んだ。
博士とフランソワーズ以外のメンバーがジョーに視線を送る。

「返事は早い方がいいんですか?」
「うぐ」

ジョーの質問に、博士は口の中のシュウマイを片づけるのに忙しく頷くだけだった。ジョーは溜息を吐きつつ、提案した。

「・・・・・どうだろう、2週間の間はコズミ邸とギルモア邸に別れるのは?メンバーも日によって換わればいいし、ここに彼女を2週間も居てもらうのは、何かと僕たちの生活が不便になるし、色々な面からみてもあまり好ましいとは思えない・・・アランのことも動きに制限が出るのは、大事をとって今は避けたい」

ジョーの提案に今のところ全員が賛成した・・・のを見て、ジェットは勢いよく叫んだ。

「んじゃあ!さっさと決めちまおうぜっ!」
「・・・・今?!」

ピュンマがジャスミンティーを吹き出した。

「おうよ!」
「・・・・今、決めることかぁ?」

ゴマ団子にかぶりつきながら、グレートは眉間に皺を寄せた。

「せっかく、みんな揃ってんだしよっ、ちゃちゃちゃ~~~~~っとぉっ決めちまおうぜっ!」
「結局、そうなるんだな?」

アルベルトが箸を置きつつ面白くなさそうに呟いた。

「てめえ、賛成していたじゃねえかよっっ」
「・・・・まだ本決まりではない様子だったからな」
「っけ~~~~~!これだから、オヤジは面倒臭せええええ!賛成しちまったんだかんよっ男に二言はねえだろおっっ」

ジェットとアルベルトが言い合いをし始めたときにフランソワーズはキッチンへ用事がある”フリ”をして立ち上がったが、その姿をジェットは見逃さない。

「おいっ!フランソワーズっお前はコズミ組だかんな!」
「?!」
「当たりめ~だろ?女1人が留守番する家に、男がぞろぞろ行けるかっつうの!決定な!」
「・・・・・そんなっっ!!邸のことは、イワンのことはどうするのよっ!!」
「そんために、張大人はギルモア組!んでっ、イワンもだろ?」

ジェットはひょろりとした長い指を折りながら考え始めた。

「んで、ジェロニモ、グレートはどっちがいいんだ?」
「「ギルモア組(だなぁ)」」

2人の声が重なった。

「5,6,7ギルモア組、んで、コズミ組は3,9・・・」
「・・・コズミ組、俺が?」
「・・・・ジョー、当たり前じゃないか!!」

隣の席に座るピュンマは両手で、がっっ とジョーの肩を強く掴んだ。

「君は(ホテルの件で)ご氏名だったの、忘れたワケじゃないよねっ?」

にっこりと、白い歯を輝かせながらジョーに笑いかける。

「・・・関係ない。ギルモア邸希望」

ピュンマの微笑み攻撃をかわしつつ、訴えた。

「「却下!」」

ジェットとピュンマにあっさりと断られた。
ミーティングかミッションと関係してないかぎり009の力は発揮されない。

「ピュンマと、オレもコズミ組だろ?」
「・・・そのメンバーはある意味、不安じゃのう・・どうじゃ、ジョーとジェロニモかグレートが代わらんか?大人と、フランソワーズでもいいんじゃが?」

ギルモアは、不安げに意見したが、ピュンマの白い歯が再び輝いて見事に意見を退けた。

「で?アルベルト、お前はどっちだ?」
「もちろんギルモア組だ」
「ならん!!!!!」
「博士?」
「アルベルトはお目付役として、コズミ邸に行ってくれんか?・・・2週間ずっととは言わん、ギルモア組のメンバーと代わる代わるで良いから、のう?」
「・・・・博士、そんなに信用ないですか?ボクたち・・・」
「どんな小さなことにも過信せずに、全力をつくす、じゃろ?」

ギルモアのウィンクが見えないハートの形となり、アルベルトに向かってひらひらと飛んでいく。
結局、ジェット、ピュンマ、ジョー、フランソワーズ、そしてアルベルトの5人がコズミ邸へ向かうことになった。



====24 へ 続 く



・ちょっと呟く・

まだ、モルちゃんは完結してません!引っ張ってみますよ~ん。
お嬢さん、大胆です!これぞ、フランス娘!!
さくらちゃん、お久しぶりね・・・?

ジョー・・・は、やっぱりジョーですから・・・・・(ー'`ー;) ウーン
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Day by Day・24
(24)

珈琲サーバーをセットしたのが、7時50分。

キッチンへ向かう途中でリビングのテレビをつけた。
いつの間にか毎日、同じ局のニュースを観る週間ができてしまった。
あと15分もすれば、NH○にチャンネルをかえる。
偶然見てしまった朝の連続ドラマは、その後が気になり仕方がなく見続けている。
キッチンで珈琲を淹れ、戻ってきたところで壁の時計は8時04分を指す。

アルベルトは、珍しい先客分の珈琲をテーブルにおいた。
今朝の新聞を膝に置き、珈琲の香りを胸に流し込む。

「早いじゃないか・・・」
「珈琲、ありがと」

ジョーはアルベルトが淹れた珈琲を一口飲んだ。

「色々、お前さんも気を揉んだ・・・な。今回は」
「まだ終わってない、よ・・・」

アルベルトは ばさり と新聞を広げた。
新聞の紙とインクの香りが、珈琲に混じってジョーに朝らしい雰囲気を伝える。
リビングのカーテンはすでに開き、春らしい日差しがリビングを陽の色に明るくする。
微かに聞こえる穏やかな波の音が心地よい。
テレビの音量は最小にされており、ときどき聞こえるアナウンサーの滑舌良い声が波に絡まる。

ジョーはテレビを観るでも、何をするでもなく、ただソファに座っていた。
テーブルにおかれた湯気が立つマグを手に取る。

「終わってない・・・か。で、あのお嬢さんの願いを聴いてやるのかい?」

新聞の文字を追いながら、アルベルトは訊ねた。

「彼女の問題だからね。・・・それで彼女が・・・終わらせられるなら」
「やれやれ。・・・優しいだけじゃ、女に振り回されるだけだぞ?ちゃんと手綱をひいておかないと、後で後悔することになる・・・。これは経験者からのアドヴァイスだ」
「振りまわされて、後悔したんだ?」
「昔は色々とあったさ、オレにもな?」

アルベルトは、彼らしくニヤリと口角を上げて笑う。
ジョーは珈琲の香りを吸い込んだ。

「・・・・・別に、アルベルトが考えているようなことは、ないよ?」
「最近の子どもは素直じゃないのが流行かい?」
「・・・生まれつきだよ、俺は」
「余計なことは、言わんが・・・・ちゃんと支えてやれる位置にいたら、もっと楽だったろう?」
「・・・・」
「お嬢さんも、お前も、な」
「・・・・そう?」
「もっと、堂々と対応できただろ?あんなに悩ませなかったさ。男の胸に一晩抱かれりゃ、何もかも忘れて夢をみる。夢を見続けさるのが男の勤めさ・・・可愛いやつに、現実はいらん」
「・・・・そうかな?」
「そういうもんだ」

8;14amをニュースの画面が表示する。
アルベルトは新聞をテーブルに置き、チャンネルを変えた。

「・・・・無理だよ」
「自信がないか?」
「・・・・ないね。そんな夢を見ているだけで幸せになるような女じゃない、だろ?」
「一筋縄ではいかないか。・・・男として乗りこなしがいがあるだろ、じゃじゃ馬は魅力的だな」
「・・・馬なんかにたとえんなよ」
「じゃあ、花はどうだ?そろそろ満開らしいぞ?・・・両手に花。色男は大変だな?」
「・・・・・両手?」
「両手だろ?yesもnoに言ってないんじゃ、な?」
「・・・・・・・勝手に」
「だったらはっきり言えばいいじゃないか、自分の気持ちを」

アルベルトは珈琲を飲んだ。

「・・・・」
「恐いか?女を傷つけるのが」
「・・・・・そうじゃない」
「じゃ、なんなんだ?」
「・・・・なんだろう?」
「オレが訊いてるんだが?」
「断ったことないから、かなあ」
「?!」
「・・・・・今まで、断ったことないんだよ」

ジョーは少し困ったよう答えた。

「来る者拒まず・・・か?」
「理由なんてないよ。ただ・・・・・1人が嫌で、さ。誰でも良かった」
「今もか?」
「・・・・・・よくわからない」
「そっちの道は、お前さんの方が詳しいかもな?」
「アルベルトには、負けるよ」
「よく言う・・・・」

「アルベルト、人を好きになるって・・・・どういう気持ちなんだろう?」


「訊けばいいじゃないか・・・春だしな」


####

ギルモアがコズミ博士に連絡を入れ、ジョーの提案は喜んで受け入れられた。
メンバーを変えながら、の予定で、明日から2週間コズミ邸とギルモア邸と別れて暮らすことになる。
コズミ邸へ向かう前日の夜。
遠足にでも行くかのようにはしゃぐジェットを筆頭に、コズミ組のミーティングが始まった。
ミーティングとは名ばかりで、今まで繰り返し確認してきた、自分たちがサイボーグとして気をつけなければいけない注意点などの復習のようなものだった。

「それで、メンバーチェンジはいつだ?」

ギルモアの頼みで、”お目付役”としてコズミ組に加わったアルベルトは不満そうに言った。

「・・・いつでもいいんじゃねぇか?」
「その、メンバーチェンジは、アルベルトだけなの?」

フランソワーズは紅茶を飲まず、両手にティカップ包みながらその温かさを楽しんでいた。
紅茶はグレートが淹れたくれたフルーツフレーバーが入った紅茶だった。フランソワーズに届けられるピーチの香りが、明日からのことを思うと沈みがちな気持ちを優しく励ましている。

「なんだよ、イヤなのかよっ」
「・・・そうじゃないわっ、2週間もいたら・・・イワンの昼の時間が来るじゃない・・・」
「あ、そうだったね。いつだったかな?」
「ちょうど今日から11日後あたり・・・でも最近は周期が乱れてるから・・・なるべく2日前には・・・」

ミーティングはダイニングルームで行われていた。
夕食の後片づけも済み、テーブルにつく5人はジョー、ジェット、ピュンマ、フランソワーズ、そしてアルベルト。
それぞれに、出された紅茶だが、どうやらピーチの香りがするのはフランソワーズのもののみらしい。

「フランソワーズが全部イワンの面倒見る必要なんてねえんだぜ?ここに残るやつらだってできんだからよっ」
「そうだけど・・・・」
「メンバーチェンジは、アルベルトから順にローテーションしていこう。1人2,3日ずつ入れ替わっていけばいいと思う」

口調は009のそれらしきニュアンスを含みながら、ジョーはテーブルに頬杖をつき、面倒臭そうだった。

「それがいいな」

両腕を組んで、深くイスに腰掛けながらアルベルトがジョーの意見に賛同する。

「ちょっとまてよっ!つーことはっジョー、てめぇもかよっ」
「もちろん」
「却下!却下却下!きゃ~~~~~かっっ!意味ねぇじゃんっ」

どんっ、とジェットはテーブルを叩いて立ち上がった。

「意味・・・?」

ジョーはジェットを睨む。

「そうだよっ!とにかくっお前はダメだっ!あと、フランソワーズっ!前も言ったぜっ!!女1人の留守の家に見慣れねぇ男が3人も4人もっ出入りしてたらっ近所の目ってもんがあるだろうよっ!」
「うん・・・確かに。ジェットが珍しくまともな事、言ってるね?」

ピュンマが深く頷いた。

「そんなにイワンが心配ならっアイツが昼の時間になるころにっイワンもコズミ組でいいじゃねぇかっ」
「無茶言わないでっ・・・・さくらさん、イワンのこと知らないのよ?」
「え?!マジっ???」
「・・・・お前・・・極力イワンは一般人に関わらせないって決めただろ?前に」

呆れたようにアルベルトは言い放った。

「そうだっけ?・・・んでもよっ!!イワンの世話はフランソワーズじゃなくってもデキんだからっなっ!!」
「とにかくっ!最低でも3日間はこの5人でってことで、後はこっちのメンバーの様子とで変わっていけばいいんじゃないかな?初めはアルベルト、君が誰かと変わればいいし、ね?」
「そうしてくれ、こんなことくらいで話し合う時間がもったいない」
「っっだとぉぉぉっ!」
「明日の11時にここを出る、今回は車じゃないから・・・」

ジョーがイスから立ち上がり、念を押すように言いい、彼が立ち上がったことで話しは終わりを意味した。

「フランソワーズ、ちょっといいか?」

ぶつぶつ文句を呟くジェットを横目に、ジョーはダイニングルームを後にする。
アルベルトはジョーを追うようにリビングへ向かおうとした足を止め、何かを考えるように顎に手をあてて、フランソワーズを呼び止めた。フランソワーズはみんなが飲んでいたいティカップを片づけながら頷いたが、イワンの様子を見に行くから、とダイニングの奥にある、1階のコモンスペースへとアルベルトを誘う。そこがイワンのための”子ども部屋”のスペースとなっていた。

イワンのオムツを変え始めたフランソワーズは、話しを切り出さないアルベルトに痺れを切らせて、彼女から話しかけた。

「なにかしら?アルベルト」

アルベルトは静かに聞き返した。

「・・・・・・・会いに行くんだってな?アランに」
「・・・まだ、日程が決まってないから、みんなには言ってないんだけど。。009から訊いたの?」
「いや、悪い。偶然・・・聴いてしまってな」
「そう。・・・いやね。その時に声をかけてくれればよかったのに」

フランソワーズはくすっと笑ってアルベルトを見る。
彼はコモンスペースにある出窓に腰を下ろして、フランソワーズを見ている。
カーテンが引かれた出窓から、夜の冷気がアルベルトの背に沁みる。

「会ってどうする?記憶は差し替えてあるんだぞ?」
「・・・言いたいの、一言」
「何を?」
「・・・・さよなら」
「言ってどうする?イマサラ」
「一度も・・・・ちゃんと彼に言ってないの・・誰にも、言ってないんだもの」
「・・・・誰にも、言う暇なんかなかっただろ?」
「だから、よ。だから・・・・言えるチャンスがあるなら・・・言いたい」
「”本当のところ”はどうなんだ?」
「・・・なあに?」
「お前さんの気持ちはどこにある?」

前に水族館で買ってきたブランケットを、イワンを包むようにかけながら、フランソワーズは ふくふく としたイワンの頬にキスをひとつ。

「・・・・良い夢をみるのよ・・・イワン」

アルベルトはそんな2人を少しばかり頬を緩めて見守る。

「ねぇ、アルベルト・・・訊いて良いかしら?」
「なんだ?」
「・・・・あなたは帰るの?」
「様子を見ているが、そうだな。この調子じゃあ、折を見て博士に相談して・・・帰るな、故郷へ」

フランソワーズは背もたれのない飾りイスに座り、揺りかごのように左右へ揺らすことができる、ベビーベッドをゆっくりと押した。

「時間は戻らないのよ・・・もう、同じ街じゃないわ」
「そうだな」
「帰っても、誰も・・・私たちに気づかない」
「気づいても・・・信じないだろう、な」
「それでも、帰るの?」
「それでも帰るさ」
「・・・・・いないのよ、あなたが愛した人は・・・もう・・・・」
「言われなくても、自分がよく知ってるさ」
「・・・・ごめんなさい」

フランソワーズは唇を噛み、俯いた。
肌身離さずアルベルトの首にかけられた、金色の鎖に通された細い指輪。
しゃらり と、その鎖を服の下から取り出して、アルベルトは愛しそうに指輪を握った。
時折、ベビーベッドが揺れに軋む、音。

「わかっているから、帰るのさ・・・国にはあいつが愛した全てがあるから、な・・・・」
「ジェットは、どうするのかしら」
「帰るだろうな・・・アイツの場合、実はこっそり帰ってるかもしれんぞ?」
「・・・飛んで?」
「ああ、飛行機代もいらんだろ?」
「ふふ、ジェットらしいわね?」
「お前さんは、どうするつもりだ?・・・・さよならを言って、全てと別れる覚悟があるのかい?」
「わからないわ」
「・・・生きているんだろ?」
「アランが言うことが、本当なら・・・」
「イワンにも、聴かれたろ?」
「・・・・009は知っているんだろ?・・・・なんて言ってる?」
「会いに行った方がいいって。早いうちに、後悔しないように・・・・時間はまってくれない、から・・・」
「その通りだ・・・時間は流れ続ける」
「アランは、変わっていたわ」
「時間は人を変える・・・変わらないのは、そうだな・・・・・思い出か?」
「思い出も、時間とともに薄らいでいくわ・・・・」
「もう、アランのことは、このままにしておいたらどうだ?生きていく中で、触れずにすむならそれでいいこともある」
「アルベルトは反対なの?それとも・・・」

フランソワーズはベビーベッドから手を離し、真っ直ぐにアルベルトを見た。

「反対すると思ったかい?」
「ええ、その話しだと思ったわ」
「反対したら、会いに行くのを止めるか?アランに”さよなら”を言わなかったら、会いに行くのか?・・・・兄さんに」
「・・・・どうしたらいいの?」
「答えはお前さんの中に出てるんじゃないのか?」
「・・・・」
「・・・ジョーは支えになってないのか?」
「え?」
「ジョーじゃ、お前さんを支えるには役不足・・・力不足か?」

フランソワーズはふいっと顔をアルベルトから逸らした。

「どうしてそこでジョーの名前が出てくるのよっ」
「おいおい、今まで散々ジョー、ジョーって頼ってたじゃないかい?」

ニヤニヤと嗤い出したアルベルトを、フランソワーズはぷうっと頬を膨らませて睨む。

「彼は・・・彼は009だものっ!今はちゃんと報告する義務があるんだからっ」
「それで、ちゃんと自分の気持ちは報告したのかい?」
「自分の・・・報告?」

ぴたり。と、フランソワーズの顔が凍った。
アルベルトは立ち上がり、フランソワーズの頭にぽん、と手を乗せてその亜麻色の髪を撫でた。

「素直な女は可愛いぞ?・・・どんな女でもな・・・たとえ男勝りなじゃじゃ馬でも、な」
「失礼ね!」

アルベルトの独特な口角を上げて嗤う表情が、優しい。

「オレは反対しない。好きにしろ、フランソワーズ。・・・ただな」
「?」
「時間が戻らないように、死んだ人間も・・・戻ってこないんだ。生きているときにぶつかっておけ・・・・・・アランだろうが、兄だろうが・・・ジョーにもな?」

「・・・・アルベルト」

ルームライトに反射する金色の鎖が、アルベルトの胸元で きらり と、輝いて揺れた。

「Gute Nacht」

フランソワーズの頬に、自分の頬を合わせるようにしてオヤスミのキスを贈る。
アルベルトの後ろ姿を見送りながら、フランソワーズは再びベビーベッドを揺らした。


「蹴られっぞ?」

ダイニングを通り過ぎようとしたとき、キッチンからアルベルトの背に聞き慣れたウルサイ声。

「たまには、蹴られてみるさ・・・」
「オヤジは治りが遅いんだぞ?」
「まあ、オレはここまで、だ」

缶のプルトップを開ける音が聞こえ、ぬっと長い手がアルベルトの前に伸びた。

「オヤジ、つきあえよ」
「オヤジ、オヤジと言うが・・・オレはまだ30だぞ?」

ビール缶を受け取り、ジェットを見るアルベルトは、呆れてはいるが怒っている様子はない。

「外、行こうぜ」

自分の分の缶のプルトップを開けながら、顎でリビングを指した。
2人は、リビングのガラス戸から庭へ出る。

明るい月の光は滲み、暈がかかっている。
星は柔らかく光り、夜空は広がる。
風のない海の波は穏やかに、なく。

春らしくなった季節、上着を着なくても外はそれほど肌寒くない。

「で、何を話してたんだよ?」
「・・・・蹴られるって言ってなかったか?」
「カンがあたっただけだ」
「・・・・・お前・・・・」

ジェットは ぐびっと、美味しそうに喉を鳴らしてビールを飲む。アルベルトも黙ってビールを飲んだ。

「恋しいか?」
「・・・ビールは、やっぱりな」
「オレは帰るぞ」
「・・・・わかってる、同じだ・・・遅くても来年にはな」
「オレは夏を過ぎたらって考えてたぜ」
「そんなに早くか?」
「ちんたら、仲良しこよしで群れてんのはっ性に合わねぇ・・・」
「よく言う、ブルー・ローズ団のリーダーが」
「・・・あいつらとは群れてねぇよ、ただそこに居たんだ」
「どっちも一緒だ」
「うるせっ!」

ジェットは、一気にビールを飲み干して、ぐしゃり。と、缶をつぶした。

「焦っても、仕方ないんだぞ?・・・お前の勝手なお節介で、余計におかしくなってしまったら意味がない」
「サイボーグでなかったらっっあいつらとっくにジジィとババアになっちまってるぜ?!・・・お互いの気持ちが通じ合う前になっ」
「ふんっ、そりゃあいいな。究極の純愛じゃないか?」
「バカだぜっ」
「いいか、余計なことはするな。そして・・・・・お前も・・・少しは素直になったらどうだ?」
「何がだよっ」
「お前だって・・・・」
「・・・あ?!」
「・・・いや、そうだな。お前の方が素直だな。バカな分」

アルベルトは飲みかけのビール缶をジェットに渡した。

「ビールは故郷のが一番だな・・・日本もアメリカも薄くて口に合わん」

####

フランソワーズは1時間ほどイワンのそばにいた。
ベビーベッドから彼を抱き上げて、その腕に、膝の上に乗せて、温かな赤子の体温に躯を、こころを癒す。
イワンから香ってくるミルクの香りが、フランソワーズの胸の中にあるわだかまりを解きほぐしていく。

「・・・イワン、あなたなら答えてくれるのかしら?」

アランにあった後、会いに行ってよかったと、こころの底からフランソワーズは思っていた。
思っていたはずだった。
ホテルでのアランの告白は、フランソワーズにとって時間は確実に流れていたという確認のような、ものだった。それ以上でも、以下でもなかった。フランソワーズ自身が知ることができない、時間に起こったことだったのは事実。
彼女が過去に戻ることができたとしても、それを防ぐことは不可能だったと思われる。
アランの告白を受け入れてさえ入れば、変わっていたかもしれないけれども・・・。

アランから真実を知れば、今以上に苦しむと思っていたフランソワーズは、彼の告白を聴いた後、不思議なほどに胸の中に何もなかった。自分の胸の軽さ、何もないこころに戸惑ったことを思い出す・・・が、時間が経つにつれて、胸に広がる違和感はなんなのだろうか。

アランは偶然、B.Gと居合わせた。
偶然、フランソワーズの写真を持っていた。

偶然が重なった、だけ。

それだけのために?

それだけのために、私はサイボーグにされたの?

それだけのために、兄さんと離ればなれになったの?

それだけのために?


アランを憎み、恨む気持ちはない。
彼も犠牲者なのだ・・・と、自分に言う。

私の代わりに生きてきた。
私の代わりに踊り続けた。

私の代わり?


違う!!


そんなことを、望んでいたわけじゃない。


じゃあ、何を彼に望むの?
謝罪の言葉?

アランに失われた、サイボーグとして生きてきた時間の分を謝罪の言葉で埋められても、フランソワーズのこころにある違和感は消えない。


自分のことを忘れて、アラン自身の人生を生きて欲しかったのは事実。



私の人生は、私のもの。
誰のものでもない、私の自身のもの・・・失われた時間も、サイボーグとして生きた時間もすべて、誰も代わることができない。




私の代わりなんて、いない。


誰も私の代わりなんてできないっ

勝手だわ・・・!
何がっ何がっあなたにわかるのっ!!

踊っていたくせに!
私が踊るはずだったアメリカでっ!

人としてっダンサーとしてっ生きていたくせにっ!!

あの時っ
あの時っ!

あなたは、私に何をしたかっ・・・・あの時・・・・。

もしも・・・もしも、あなたを受け入れていれば・・・私はここにはいなかった?

幸せだった?

人であった?

兄さんと離れずにすんだ?

サイボーグにならなかった?

仲間に出会わなかった?



ジョーに・・・出会えなかった・・・・。



フランソワーズは、そっとイワンをベビーベッドに戻して、コモンスペースのライトを消した。
ダイニングルームのライトもつけられたまま。
彼女はキッチンに入り、戸締まりの確認をする。
ダイニングルームのライトを消して、リビングルームへ。

誰もいない、ライトが消えたリビングルームのソファに倒れ込むように座る。



誰も私の代わりはできない。



私の代わりに生きた。と言うあなたを、視たくなかった、訊きたくなかった・・・
あなたの中にいる、作られた私を消したかった・・・のかも、しれない。




何もできない。
何も変えられない。
変えられたのは、人の記憶だけ。


私はアランじゃない。
アランも私じゃない。


あなたに、さよならを、言いたい。
言わなければ、いけないと思う。


・・・さよならを。
人であった、私にさよならを。
すれ違った気持ちに、さよならを。
過去に、さよならを。

アランに、さよならを。

私の代わりに生きた・・という、罪にさよならを。


彼が求めるものを、フランソワーズは答えられなかった。
プロを諦めて、違う道へ進んだ時期もあったが、踊ることは諦めなかった。
ただ、踊ること。

踊り続けることが、全てだった。

人であった間、異性に・・・こころ惹かれることは、なかった。


不意に、アルベルトの言葉を思い出す。

ーーージョーは支えになってないのか?ーーー

「・・・・ジョーはずっと、支えてくれているわ・・・初めて会ったときからずうっと・・よ?」

好きなの。
初めて会ったときから。

009のときも、ジョーのときも、ずっと。

サイボーグになって初めて知った、人を好きになるという気持ち。
人であったときには気づかなかった、人が人らしい気持ち。
躯を奪われたからこそ、気づけたこと。

サイボーグであっても、こころは人でありたいと願う・・・。
人として生きていきたいと願う。
人として・・・。

胸に居座り続ける違和感は、アランのせい?
もう・・・・これ以上、彼に関わっても何もないのに・・・?

終わるの。
彼にさよなら、を言えさえすれば、すべて終わる・・・。


え?



・・・・何が終わるの?
何も始まっていないのに・・・?



フランソワーズは立ち上がり、混乱する思考をそのままに自室へと向かい、熱いシャワーを浴びて明日に備えた。



ーーーアランに再会して・・・私は・・・・

####

翌朝の10時ごろ、荷物と共にリビングへ降りてきたジョーは、フランソワーズが用意した朝食を食べるためにダイニングテーブルへ着いた。表面をバターで焼いたホット・チーズサンドに、ポテトサラダ。プチトマトが添えてあり、デザートのイチゴはガラスの器に盛られ瑞々しく、ジョーの目を楽しませる。

「珈琲はもう少しまってくれるかしら?」

朝に用意した分がなくなったらしく、フランソワーズは紅茶をジョーに出した。

「ありがと。紅茶でも十分だよ」
「あとは、ジェットだけね」
「まだ、寝てる?」
「多分・・・そうじゃないかしら?・・・も!ピュンマかアルベルトに起こしてもらわないと!!」
「・・・・昨日・・」

ジョーは、不意にダイニングルームでアルベルトがフランソワーズを呼び止めていた声を思い出した。

「?」
「・・・・・いや、昨日はよく眠れた?」
「ええ、・・・・眠れたわ」
「そう。今日は車じゃないし・・・時間もかかる、人数もね・・・荷物もあるから」
「少し困ったわ」

眉を下げて溜息をついたフランソワーズを、ポテトサラダを掬い取った手を止めてジョーは見る。

「どうした?」
「・・・・いったい、何日分を用意したらいいのか・・・一応1週間を予定して用意したのだけど」

フランソワーズの女の子らしい悩みに、ジョーは思わず頬が上がる。

「多くても、俺が持つから心配ない」
「そんなに多くないわ・・・」
「気にしないで、持って行きたいだけ持って行けばいいよ?・・・男が4人もいるんだから」

ジョーはポテトサラダを口に運び、ぱくぱくと空っぽだった胃を満たしていく。
フランソワーズはジョーから1席あけてイスに座った。

「そうもいかないわよ・・・イワンのことが心配だから、やっぱり私は1週間くらいで戻りたいわ」
「・・・・そんなに心配?」
「ええ、もちろん!起きたばかりのイワンがどれほど機嫌が悪いか、ジョーは知らないのよ!」
「機嫌、悪いの?」
「とおおっても!」
「ふうん・・・」

フォークにプチトマトを刺して、口へと運ぶ。
フランソワーズは壁にかかる時計をちらりと見て、溜息交じりに呟いた。

「・・・・それにしても、ジェットは時間に間に合うのかしら?低気圧で朝が弱いって可哀想」

ジョーは ぴたり。と 手を止めて、目を丸く見開きフランソワーズを見た瞬間、彼の肩は大きく揺れた。

「・・・・・・ふ・・・はははっ!ち、違うよ、それっ」
「え?」

突然声を出して笑い出したジョーに驚き、戸惑うフランソワーズ。

「あはははっ・・・・ふ、フランソワーズっっっ・・・」
「え?ヤダ・・・・なに???え?」
「はははっ・・・フランソワーズっっはっっ!!違うよっ」
「え?なに?・・・なにがそんなに可笑しいの?やだ、ジョーっなによっ?」
「ごめん、ご、ごめんっ」

ジョーは短い深呼吸を繰り返し、息を整えて笑うのを堪えるが、どうにも彼のツボにはまったらしく、まだ肩は揺れ続けている。そんなジョーにだんだん腹立たしくなってきたのか、フランソワーズは、ぷうっと頬をふくらませた。

「なんなのっ!!」
「・・・・低血圧だろ?・・・て・い・け・つ・あ・つ」
「だからっ!ジェットはっていきあ・・・つ・・・・・・!!!」

自分の間違いに気づいたフランソワーズは、一瞬にしてその顔をテーブルの上のイチゴよりも鮮やかに紅く染めて、両手で顔を覆い隠した。

「低気圧じゃなくて、低血圧だよ・・・っっははっ・・・」
「も!やだっっっっ!!そ、そんなに笑わないでよっ酷いわっ」

くるり、とジョーに背を向けてイスから立ち上がりつつもジョーに抗議する。

「ごめんっでも、つい、さ」

くくくっと笑いをこらえつつ、ジョーは謝った。

「も!!」

テーブルに置いたトレーを乱暴に手に取り、フランソワーズはキッチンに向かうその背に、ジョーの声が聞こえた。

「可愛いね・・・」

独り言のように呟かれた言葉を耳にして、フランソワーズは どきん。と、大きく跳ねた心臓の音に弾かれて、反射的にジョーの方へ振り返ってしまった。
フランソワーズが振り返ったことで、つい口に出てしまった言葉に気がついたジョーだが、言ってしまった以上、どうしようもなく、はにかむんだ笑顔でフランソワーズを観ながらもう一度、その言葉を繰り返した。

「可愛いね、フランソワーズは」

ジョーのはっきりとした言葉を聞き、フランソワーズは持っていたトレーで顔を隠し、慌ててキッチンへと逃げ込んだ。

ホット・チーズサンドを口に運び、じゅわり。とパンに染みこんだバターと、とろり。と挟まれたパンから出るチーズを味わう。紅茶が入ったティーカップを持ち上げたとき、ジョーは自分の手のひらが汗をかいていることに気づき、小さく舌打ちを打つ。フランソワーズとの会話にどれけ自分が緊張していたかを改めて自覚したとたんに、手が震えだし、膝の上紅茶をにこぼしてしまった。
ジョーは小さく溜息を吐く。

ダイニングルームの窓から見える空は高いが、少しだけ開けられた窓から、部屋に流れ入る澄んだ空気が花冷えする今日を伝えていた。

####

時計が11時を10分前を指していても、部屋から出てこなかったジェットは、ピュンマとアルベルトの2人がかりで叩き起こされることになり、ジェットが出発間際に適当に詰め込んだ荷物は一体何が入っているのか、スポーツバックを歪に膨らませていた。時間は予定より1時間も遅く、コズミ邸の最寄り駅に着いた。そこからジョーがコズミ邸に連絡を入れる。通いの家政婦であるミツエが対応し、ジョーは遅れていることを詫びて、駅からはバスではなくタクシーを捕まえてコズミ邸へ向かうことを伝えた。

「遅かったのう、珍しい」

タクシーがコズミ邸正面門に着いたとき、コズミが門前に立って5人を出迎えた。

「すみません、コズミ博士。・・・こいつが例によって例のごとくっ」
「ああ!? いって・・・っおいっ手っ離しやがれっ」

アルベルトはジェット自慢のつんつんと跳ねる赤毛の頭を乱暴に掴んで、ぐいっと下に押しつけて日本風に謝らせた。

「いやいや、車じゃないと聴いておったしな、いいんじゃ、いんじゃ。無理を言ったのはワシじゃからの?いやいや、よく来てくれたな、アルベルトくん、ジェットくん、ピュンマくん、島村くん、それにフランソワーズさん」

コズミ博士は1人ずつの顔を見ながら、名前を呼び礼を言う。

「センセっ!みなさんお疲れでしょうから、さっさと上がってもらって下さいな。ねえ?さくらちゃん」

さっぱりとした物言いの、細身な初老の女性がさくらと共に、玄関に立つ。

「いらっしゃいっ!久し振りねっ!!元気だった~?」

さくらは小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせながら、5人を出迎えた。


「あ、それはそのままでいいのよ?」

通されたコズミ邸の客間で、いつものように歓迎を受けた。
出された桜餅に、塩漬けされた桜の葉を剥がして食べようとするジェット、ピュンマ、フランソワーズをミツエが止めつつ、楽しい時間が過ぎていく。

「ミツエさんはジェットくんと、フランソワーズさんは初めてだったのう?」
「ええ、さくらちゃんからお話は伺ってますけれどねぇ、お会いするのは初めてですわ。手伝いのミツエです、もうここには、そうねえ、20年近く通ってますかしらねぇ、センセ?」
「もう、そんなになるかの?」
「ええ、2,3年ほど私の我が侭でお暇を頂きましたけれど」

00メンバーたちがコズミ邸に身を寄せていた時期に、ミツエの姿がなかった。その時期、ミツエの3女が不慣れな海外での出産を助けるために、日本を離れていたことは訊いていたs。

「年を取ると、物覚えが悪くなるから確認させてくださいな。ええっと、年長のあなたが、アルベルトさんでしたわね?」
「ええ、お世話になります」
「島村くんはギルモア先生と何度もお会いしてるから、覚えてますわ!いい男は忘れないもの、ね?」
「・・・・どうも」
「そして、ピュンマくん、お久しぶりね。あなたがいらっしゃるときは、だいたい買い物中なのよねえ?」
「そうですね、タイミングが合わなかったですね。今日からヨロシクお願いします」

ピュンマの爽やかな笑顔にきらり。と白い歯が光る。

「ハンサムさん揃いで、私がなんだかウキウキしてきますわ!! こちらの・・・ジェットくんね?素敵ねえ、あなたも」
「ミツエ!オレに惚れんなよ?」

ジェットの無遠慮な、マナーも何もない口調に慌てて隣に座っていたピュンマとフランソワーズがその口を塞ぐ。

「;阿hjrgひrqprぎじゃえp」

「す、す、すみませんっっ!!」

代表するかのようにフランソワーズが謝った。が、ミツエはころころと楽しそうにコズミと笑い合う。

「いやねぇ、こんな孫もいるおばあちゃんなんか相手にしないでしょう?でも、惚れるのは私のかってだものねぇ、センセ。いい男がこんなに揃ってたら迷っちゃうわ」
「よかったのう、この2週間は選り取り見取り、楽しんでくれたまえよ、ミツエさん」
「ええ、ええ。センセ。素敵な2週間になるでしょうね、センセは2週間と言わず、もっとゆっくりなさってくださいな」
「・・・それはちっとばかし、淋しいのう?」

淋しいと言いつつも、コズミの顔は笑ったままである。

「それで、お人形さんのように綺麗なあなたが、フランソワーズちゃんね?あら、ちょっと長いわね?」
「初めまして、お世話になります。あの・・フランソワーズと読んで下さい」
「あら、こんな愛らしいお嬢さんを呼び捨てになんてできないわよ・・・そうね、フランちゃんあたりがいいかしら?」
「「「フランちゃん?!」」」

ジェット、ピュンマ、アルベルトの声が重なって、フランソワーズを見た。
その視線を受けながら、フランソワーズはおろおろとミツエにむかって答えた。

「あ、あの・・・どうぞ、ミツエさんが呼びやすいように・・・」
「そりゃ、可愛いのう!フランちゃんかっ!!なんで今まで思いつかんかったかの?」
「へえ、フランちゃんかぁ、ボクもこれからフランソワーズのこと、そう呼んでいい?」
「ええ?!」

ピュンマの言葉に大きなアクアマリン色の瞳をさらに大きく見開いて驚く。

「な、ジョー。フランちゃんでいいよね?」
「・・・・フラン、でもいいと思うけど?」
「おっ呼び捨てかよっこいつっ!」
「・・・”ちゃん”をつける方が・・・・なんか変な感じがするから、さ」
「日本人なのに?」
「・・・・・・滅多に使ったことないよ」
「使ってみたらどうだ?フランソワーズで」

ニヤリ、と口の端で意地悪さを含んだ嗤いをジョーにむける。
ジョーはちらり、とアルベルトを一瞥しただけで、何も答えなかった。

「フランちゃん、よろしくね」
「あ。はい・・・お世話になります」

にっこりと笑顔を向けられて、ミツエの笑顔につられてフランソワーズも花が咲きこぼれるような明るい笑顔で答えた。

さくらは黙ってお茶を啜りながら話しに耳を傾けているだけで、会話に参加する様子を見せなかった。
彼女はジョーを見つめている。
先ほど、他のみんなと変わらない短い挨拶を交わしただけで、何も以前とは変わっていなかった。
ジョーはさくらの告白から初めて合う今日、意識することも、避けることも、恥ずかしがることも、焦ることも。何もみせなかった。

普通すぎて物足りない。

今日の日を迎えるまでに、幾度となく様々に状況にたいしてシュミレーションしてきたさくらは、物足りなさでこころが沈むが。しかし、その態度がジョーがジョーらしく、逆にさくらの胸を優しく痺れさせる。


「ギルモア邸と同じように過ごして下され、留守をヨロシク頼みますな」

翌日の夕方に、コズミ博士は助手が迎えに来たタクシーに乗り込み、ヨーロッパへと向かった。

======24 へ 続 く

・ちょっと呟く・

色々迷ってます・・・。
ちゃんと辿りつけるかなあ(笑)

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Day by Day・25
(25)




フランソワーズはミツエに、客のように気を遣わないで欲しい。と、言った上で、1日目はミツエについてまわり、コズミ邸の家事内容を把握した。そんなフランソワーズの様子が微笑ましく、4人の娘を育てたミツエは、その日のうちに6人目の娘ができたとばかりに、フランソワーズと親しくなった。

「どっちが日本人だか、わからなくなっちゃうわ!」

ミツエが冗談でもらした言葉に、出かける前のコズミは面白そうに笑っていた。

ミツエの手伝いに、躯を動かしているフランソワーズ以外ははっきりいって暇であった。
アルベルトとピュンマは早々にコズミ博士から許可をもらった書庫に入り浸る。ジョーも何冊かの本を持ち出して、陽当たりの良い縁側に座布団を敷きくつろいでいる。ジョーの背後でジェットが長い手足を畳の上に大の字に広げて呟いた。


「暇だ・・・・」
「・・・・・・」
「なんでこんなに暇なんだ?」
「・・・・・・」
「おいっ!」
「・・・・・・」
「なんでこんなに暇なんだよっ!」
「五月蠅いな・・・・・・」
「ジジイかお前らはっっ!!昼日中から黙々と本なんてよっ!!不健全だ!」
「・・・・・・」
「不健全よね!」
「お!!さくら!」
「お昼御飯、もうすぐですって。さっき朝御飯を食べたばかりなのにっね?」


さくらはスタスタと歩いて、ジェットの長い足を跨ぎ、ジョーの隣にぺたり。と座った。


「何読んでるの?」
「・・・・・・」


ジョーは無言で表紙のタイトルを見せた。


「・・・・何それ」
「本」
「面白い?」
「それなりに」


”日本の近現代文学史・上巻”と書かれた重たそうな本を、胡座をかいた膝の上に乗せて読む。


「何が書いてあるの?」
「・・・・この時期に活動した作家の代表作品をまとめてる」
「今、どの人の、何を読んでるの?」
「樋口一葉。”たけくらべ”・・・いまから、”にごりえ”」
「どんな話し?」
「・・・・・読む?」
「ええ?!イヤよっ日本語だもんっっ!!」
「・・・・え?」
「私、日本語は話せるけど、書くのも読むのも苦手なの!!まあ、書くのはパソコンを使うからまだいいんだけど・・・」
「なんだぁ、さくら、もしかすっとオレよりダメなのか?」
「げええ!それだけは避けたいわ!!ジェットより私の方が読み書きできないんじゃ、もう恥ずかしくて大学なんて行けないわよっ!」
「じゃ、もう行けないなぁ、せっかく入学したのに、残念だったな?」


ジョーは呆れながらジェットの方へ振り返る。
ジェットが日本語の読み書きに困らない、こうやって日本語で会話が出来ているのは全部補助脳にある通訳機と言語変換器のおかげであるからだ。さくらにはそんなものが脳内に組み込まれているはずがなく、ジェットが大きな顔で言えることではない。


「んじゃ、ま。オレは本の寄生虫となってる2人をメシに呼んでくっからよっ」


ジェットは反動を付けて、一気に立ち上がり伸びをする。


「ねえ、お昼を食べたらどこかへ出かけましょうよ!!もうすぐ桜が満開になるのよっ」


コズミ邸のダイニングルームに大人が6人揃うと、さすがに狭いので、広いテーブルがある客間に用意されることとなり、滞在中の食事はここですますことになった。
ミツエが作った和食がテーブルを彩る。フランソワーズが盆に乗せた急須と人数分の湯飲みを運び、席に着いたところで昼食が始まった。


「お若いのに、みなさん本が好きなのねぇ?・・・なんだかセンセが3人も4人も増えたみたいだわ」
「色々面白いのが揃ってるんですよ。ここは楽しいです」
「コズミ博士は乱読家で、助かりますよ・・・ギルモア博士は興味があるもの”のみ”ですから・・・」


ピュンマとアルベルトは読書好き。と、言う点でとても似たもの同士だった。ジョーも読書家と言えばそうであるが、その傾向はコズミ博士以上にばらつきがある。その時々の気分で本を選び、読むときは集中して何冊も読みこなすが、読まなくなると、まったく手に取らず文字さえも追わなくなってしまう。


「でもよ、昼食ったらからでかけっぞ?」
「ええ?訊いてないよ?」
「さっき決めたんだぜ?知ってたら、そりゃ超能力でも身に付いたってことだぜっ」


ジェットがぐるぐるとおみそ汁をかき回す。


「オレは遠慮しておくぞ、今ちょうど面白くなったところなんだ・・・止める気はない」
「・・・たまには日に浴びねぇと、腐るぞ?」
「たまには鳥かごで大人しく歌ってるのはどうだ?」
「っっだとおお?!」
「でっっっ!!何処に行くんだい?ジェットっ!!」


売り言葉に買い言葉。
ギルモア邸のようにくつろいでくれ。と、コズミ博士に言われてはいるが、ここで2人の言い争いを始めるわけにもいかず、ピュンマが慌てて仲裁に入った。


「お花見なんてステキよねえ?もっと早く言ってくだされば、お弁当にして差し上げたのに・・・」
「今日は様子を見に行って、お花見は日を改めて決めましょうよっっ!!ねえ、ギルモア邸にいるみなさんもお誘いして、み~んなで行くのどお?」
「おおおっ!いいじゃねえかっ!!場所取りやら任せようぜっ帳大人にも頼んで豪華な中華弁当ってのもいいよなっ」

「「・・・花より団子」」


ピュンマとアルベルトの呟きが見事に重なった。


「ねえ、ジョー!!桜よっ、外で桜を見ながら食べる御飯は美味しいんだものっ!桜の下でゆったり読書も素敵じゃない?!」
「・・・・・そうだね」
「フランちゃん、お花見は知ってる?お花見はしたことあるの?」
「ニュースで少し聞いたくらいで、映像とか。実際はないです」
「ボクもだよ、ジョー以外は全員、未経験だよね?お花見っ」
「じゃっっ絶対に行かなきゃ!観なきゃ!!春の日本に居ながら、お花見未経験なんてっ御寿司を食べてないのと一緒よ!!」
「おおおっし!!決まりだな!!今日は下見っ!んでっ桜の咲き加減と、場所取りの段取り!」
「お弁当!!」
「「イエ~~~~~~イ!!」」


さくらとジェットは立ち上げり、2人でハイ・ファイブで、ぱちいいいんっと乾いた音を響かせた。


「・・・・・もう1人ジェットがいる?」
「・・・ジェットのノリについていける人間とは、ある意味貴重だぞ?」


慣れている、もしくは興味がない。と、ばかりに黙々と箸を進めるジョーは、どう反応、対応していいのか判らずに、昼食の手を動かすことで、その場を凌いでいるフランソワーズをちらりと観た。
彼女はミツエの隣、ジョーの真正面に座っている。
さくらとジェットは座って昼食をかき込みはじめ、すぐにでも出発したい様子だったが、それをアルベルトの一言が落ち着かせた。と、いうよりも悩ませた。


「花見はいいが、どこに行くのかちゃんと調べろよ?駐車場があることも重要だな。メジャーな場所は人だらけで、弁当どころじゃないぞ?」
「ああ?・・・なんだよっ面倒くせえなあっ」
「どこも込んでるわよね?・・・きっと。だって、徹夜して並ぶんでしょ?」
「徹夜だって?!」


ピュンマが思わず叫んでしまった。


「場所取りのためらしいわっ。そんなに桜を観ながら御飯が食べたいのね?」
「やはり日本人は祭り好きと言うか、イベント好きと言うか・・・だな。弁当云々は諦めて、散歩がてらに桜を愛でるが、一番いいようだが?」


アルベルトの案に、ジェット、さくら、そしてピュンマが情けない顔をする。
そこに優しくしっかりとした声が届いた。


「大丈夫ですよ、私がとってもよい穴場を知ってますから!今日はそこへ桜の咲き具合を見に行ってらっしゃったらいかが?」


ミツエの言葉に、さくらの瞳がきらり。と輝く。
ジェットは、パチンっっと指を鳴らして、ミツエにウィンクを一つ投げた。


「さすがっオレのミツエだぜ!!」


ミツエにたいするジェットの態度は注意してもかわらず、アルベルトは我関せずを決め込んで白米を味わい、ピュンマはコリコリと沢庵を咀嚼する。ジョーは食事を終て黙って食器を重ね、フランソワーズは湯飲みに緑茶を注いでジョーの前に置いた。


向かい側から伸ばされたフランソワーズの白い手を、ジョーの視線が追う。
ただお茶を出してくれた。それだけのことなのに正確に打ち続けていた心臓のリズムを乱した。


「・・・・ありがと」
「ジョーは行くの?」
「・・・・読みかけの本がある、キミは?」


フランソワーズの問いかけに、ジョーの心臓の強弱が激しくなっていく。


「片づけをお手伝いするから・・・」
「せっかくだから、行ってきたら?」
「お花見まで楽しみはとっておくわ・・・それにね」
「・・・・?」


微笑んだ彼女の笑顔が淡く光るように見えて、一つ大きく心臓が跳ねた。


「コズミ博士が前に話していたことを覚えていて下さって、本を下さったの」
「本を、キミに?」
「ええ、とても素敵な本なの、だから午後はゆっくりと本を読むわ」
「・・・・そう」


ジョーはコズミ邸に来てから2日間の間、まともにフランソワーズと会話をしていないことに、もどかしさを覚えながらも、別の意味で、妙な緊張から解放されていることに安心していた。しかし、ギルモア邸ではないにしろ、同じ邸にいながら意識しなければ会話をするチャンスがない、彼女との接点がないことに、改めて自分とフランソワーズの関係が”サイボーグとしての仲間”であることのみ。と、感じてしまう。 


「ジョーはもちろん行くわよね!」


ジョーの隣に座っていたさくらが、彼の腕を強引にひっぱり ぎゅうっ と抱きしめる。手に持った湯飲みから熱い緑茶が零れそうになり、ジョーは慌ててそれをテーブルにおき、その腕をやんわりと解こうとしたが、さくらはより強く彼の腕にしがみつく。


「あったりめぇだろっ!誰が車運転すんだよっ!」
「・・・ジェットも、さくらも運転できるだろ?ピュンマだって・・・」
「ああ、良かった。誰もボクを誘ってくれないのかと思ったよ?」


ピュンマはフランソワーズから緑茶を受け取りながら、わざと情けない声を出した。



「じゃ、私とジェットとピュンマ、それにジョーの4人ね!!」

さくらは甘えるようにジョーの腕に頬を寄せる。
ミツエはフランソワーズも行くことを促したが、彼女は残ることを強調する。その姿にアルベルトは小さく溜息を吐きつつ、緑茶を啜りながら見る。そしてその視線をジョーへと移動させた。
ジョーはなんとか腕をさくらから解放しようとしているが、さくらはニコニコと満面の笑みで頑として腕を離さないつもりらしい。


「・・・・もし、オレも行くなら、フランソワーズ・・・お前も来るか?」
「え?」


突然のアルベルトの申し出にフランソワーズは目を丸くして驚いた。


「ま!疲れるどころかっ私はまた1人娘ができて嬉しいのですよ?・・・でもねぇ。午後から特に手伝ったいただくこともないし・・・ねえ、本は逃げやしないのだから、行ってらっしゃいな」
「フランソワーズ、どうせなら一緒に行こうよ?」


ピュンマも加わって、フランソワーズを誘う。


「行きましょうよ、せっかくだし・・・ねえ?ジョー?」


さすがにこれ以上は断り辛くなったフランソワーズに、子猫のように愛らしい瞳をフランソワーズに向けながら、さくらが甘えるような声で彼女を誘った言葉。であるが、それはジョーへと流れていった。
ジョーはもたれかかってきたさくらの体の重さを押し返すようにして、反動を利用しながらさくらから逃れた腕を、重ねられた食器を持つことで腕を捕られないように防ぎつつ立ち上がった。


「みんなで行ったら、楽しいと思う・・・ミツエさんも・・・どうですか?」





####


コズミ邸に誰も人がいなくなるのは問題ではないか?と、一瞬、躊躇しながら言ったが、夕方までには戻ってくると言うことですんなりと受け入れられた。
大人7人が乗れる車がないので、ミツエの車とさくらの車の2台に分かれて目的地へと向かうことになり、コズミ邸から南西に向かって1時間ほど車を走らせた。


ローカル線しか止まらないと言う、無人駅。
駅に付属されていたパーキングスペースに2台を並べるように止めて、ミツエの後ろについていく6人の不思議な団体。
自然が多い静かな住宅地の中を歩いていく間に、道々ですれ違う町の住人たちから、無意識なのだろうが向けられる奇異と好奇の視線に、この町では日本人じゃない僕たちは珍しいのかなあ?などと、のんびりと思うピュンマ。


ミツエがこの町に10年ほど住んでいたという話しと、他愛無い会話が途切れ途切れに交わされつつ、駅から歩くこと10分ほど。
近くに学校があるのか、時間通りにセットされたチャイムの音と一緒に、風に乗って聞こえてくる声は、明るく華やいでいた。


「この道を行った先が広い植物公園になっていてねえ、大きな河津桜がたくさんあるんです。この町の唯一の見所だと思うわ」


坂道の続く道を、息を乱すことなく歩き続けるミツエにジョーは関心しつつ、歩道を振り返ると、少しずつ見下ろせるようになってきた町と、徐々に広がり近づいてくる、うっすらと筋雲がかかる空。
ジョーは思わず立ち止まり、町と空の境目に見入った。




人が住む町。


朝がきて、人は起き出し、1日が始まる。
夜が来て、人は家に帰り、眠りにつく。



毎日を繰り返して、時間の流れに日々を重ねて変化する。




重ねすぎて重みを増した日々を時間は流れてくれるのだろうか?
改造された日から、ジョーは数えることを止めてしまった。
ミッション時に進行の目安として使うただの数字となった、年、月、日、週。時。分。秒。


忘れていた、忘れようとしていた何かが ふらり とジョーのこころに現れた。



誰も俺を知らない。



独り帰り着いた、誰もいない部屋。
「ただいま」と言った言葉を受け取る者はなく空気に散っていく。


人が住む町に人は溢れているのに、誰もジョーを知る者はいない。
彼を知ろうとも、しない、町と人。





「きゃあ!」
「?!」


最後尾を規則正しく左右交互に前へと出す、自分の足下だけに集中して見ていたフランソワーズは、立ち止まっていたジョーに気づかずに頭のてっぺんをジョーの胸にぶつけた。


ぶつかった瞬間に、揺れた亜麻色の髪から風が悪戯ごころでフランソワーズの香りを ふわり とジョーの鼻腔へと届ける。
どきり。と2つ心臓が、お互いの音が重なり合って大きく跳ねたことに気づかない。


「ごめんなさいっ」
「いやっ、ごめん・・・急に立ち止まったから」
 「っ私が前を見てなかったからっ」
 「ぼうっと立ってたし」


微妙に重なり合う言葉の語尾と語尾。
アクアマリンの瞳とアンバー色の瞳がお互いの姿を映し合う。





ーーー好きって・・・・・言った?
ーーーどうして・・・・・キスしたの?





触れ合った視線と視線に熱がこもる。


「おいっっ!なにやってんだよっ置いてくぜっ!」


ジェットの声に ぱっ とお互いに離れて距離を取った。
「ごめんなさい」と囁いた声を残して、ジョーの横を通り過ぎるフランソワーズ。と、すれ違うように、ジョーに駆け寄ったさくら。


「どうしたの、ぼうっとして?」


上目遣いに見上げてくるさくらの問いの言葉を、曖昧な微笑みだけ口元に浮かべ、何も答えずにジョーは歩き出す。慌ててさくらは跳ねるようにしてジョーを追いかけ、自分よりも歩幅が広いジョーに合わせるように小走り気味に坂を上る。


「ねえっ、どうしたの?」
「・・・・別に」


さくらはジョーの瞳が見つめる方向をなぞっていく。
彼の視線の先には、先頭を歩くミツエとアルベルトに追いつく、フランソワーズの背中。


「ふうん・・・」


ジョーの視線の先にいる彼女を見るのは辛く、気持ちよい風に混じった微かな花の香りに誘われて、道に点々と散る花びらに視線を落とした。


丘を登りきった先には植物公園とは名ばかりの、光に弾かれる新緑が目に沁み入る樹々に囲まれた、ただ広いだけのグラウンドが広がる。
隅っこの方にペンキが剥げた数脚のベンチ。
無骨なセメントで作られた水場に2つ並んだ蛇口。


ミツエは左奥へと通じる、豊かに生い茂った木々に隠れた小径の先へと歩く。
小径はすでに花びらの絨毯が出来上がっており、ミツエは少しその歩み緩めた。


樹々に覆われた道の視界は狭く、唐突に抜け出た小さな空間に足を止めた。
光と空と風と桜。桜、桜、桜の樹々に囲まれた、まあるく切り取られた小さな世界は春の色。
見上げる空はぽっかりと青く抜け落ちて、鳥の鳴く声、羽ばたく羽音。
桜の花は色鮮やかに、香り豊かに瞳を桃色に染めていく。
陽は樹々の隙間からこぼれ降り、息を飲んで感動に胸を震わせる訪問者たちを歓迎した。


大きく開ききった桜は、地面を花びらの絨毯に変えている。


「あら~・・ちょうど一昨日あたりが見頃だったのねえ」


のんびりとミツエが言った。



「うわあぁ・・・・・」
「すごい・・・な」
「キッレー!!!ミツエさんっすごいっ!」
「すごいでしょう?この町の唯一自慢できるのは、ここくらいなものなのよぉ」
「ひゃ~~~~~~っっ」


ジョーは無言で、まあるい小さな広場の中央へ歩き出し、くるり と360度まわってみる。


桜。桜。桜。桜。桜。桜。桜。そして、桜。



ジョーにならって中央へとよってくる、さくら、ジェット、ピュンマにアルベルト。
フランソワーズは小径の脇に立つ桜の木から、ゆっくりとまあるい世界の端っこを沿うように視線を上に保ったまま歩き出した。
ジョーの躯が無意識に、フランソワーズの歩みに合わして目線を、躯を、回転させていく。


陽の光を透かした桜の形の影が、歩調に合わせて揺れるフランソワーズの髪を飾る。
うっとりと見上げる瞳は、もう一つの空。
風もなく舞い散る花びらを、白い小さな手を伸ばして受け止める。
柔らかく薄い桃色のそれを大切そうに、手のひらに乗せて微笑んだ。


重力を感じていないのか?と思わずにはいられないほどに、フランソワーズの足取りは軽やかに、桜の木の下を歩いていく姿は、ジョーの胸を淡く揺れて桜色に染まる。
意識すれば、するほどにジョーの耳に甦るフランソワーズの声とひとつ単語。



ーーー好き・・・・?




ジョーの視線とその思考を遮るかのように、さくらは彼の真正面に立ち、服の袖を強めに引っ張った。


「ここなら徹夜で並ぶ必要もないわよねっ!少しくらい散ってもここなら十分よっ」


さくらの声に我に返ったジョーだが、まだ彼のこころは桜に囚われたまま戻ってこない。


「・・・・そうだね」
「本当にキレイ!!ね?ジョー!私、さくらって名前でうれしいかもっ」


ジョーは微笑んでさくらの言葉に頷いた。
彼の瞳に映る自分を見つけて、高ぶる胸を落ち着かせながら言葉をつないでいく。


「だからっなるべく早く来ないとだめねっ!」
「・・・・そうだね」
「んじゃっ早速むこうに電話すっかなっ!明後日くらいでいいよなっ?」


ジェットはドシンっとジョーの肩に腕を回して体重をかけ、ジョーとさくらの会話に参加した。
ジョーはジェットの腕の衝撃でやっとこころが桜から解放された。


「・・・重いっ」


眉間に皺を寄せつつ、その腕を持ち上げて自分の肩からどける。
ピュンマはジョーを挟んでジェットとは反対の位置に立ちながら、さくらに話しかけた。


「でも、ここでお弁当とか広げて騒いでもいいのかな?・・・こんなに綺麗なところだし・・・」
「・・・そうよね、ここ、そういうの大丈夫なのかな?」
「少しくらいいいんじゃね?」
「少しって・・・少しですめばいいんだけどねぇ?」


肩をすくめて苦笑するピュンマはジョーを見た。
ジョーの視線は再びフランソワーズと、彼女が歩く先にいる人物にむけられている。


フランソワーズは、足を止めた。



「1人で何してるんだ?」
「桜を見ながら歩いてるのよ?」
「見ればわかる」
「じゃあ、訊かないで?」


桜の木にもたれかかるようにして立っているアルベルトに話しかけられ、ずっと桜を見上げていた首を戻した。首がだるく感じるが、そのだるさが心地よい。


「いいのか?」
「綺麗ね、桜」
「放っておいて平気か?」
「日本文化の素晴らしさのひとつは、四季がはっきりしているせいかしら?移り代わっていくのを肌で感じるわ」
「気にならないか?」
「本当に、素敵・・・」


フランソワーズは再び視線を上に上げて、アルベルトの横を通り過ぎる。
アルベルトは、やれやれ・・っと溜息を吐き、フランソワーズのように空を見上げた。
円を描いて切り抜かれた空の青を、取り囲むのは陽の光を透かす桜たち。


「夜桜の方が見応えありそうだ・・・・・・・簡単に惑わされるぞ?男はそういう生き物だからな」



<余計なお世話です・・・・・いつからそんなお節介になったの?>




脳波通信で少しだけ怒ったような声が届いた。

ーーー季節的なものだ。日本の春は人を狂わす力があるらしい・・・。 





ジョーは2人が何事かを話しているの知り、その会話が聞こえないと解っていながらも、耳を傾けて意識してしまう自分に、舌打ちする。


ーーー・・・何を、気にする必要が・・ある?


フランソワーズがアルベルトから離れて歩き出したのを目にして、ジョーは、ほっと意味のわからない焦りから逃れつつも切なさを感じた。





1人、歩くフランソワーズ。
そのまま1人で歩いて行くのだろうか?



どこへ?

どこへ行く?


キミは1人で行ってしまう?



バレエを見に行った日。
キミが、本当のキミであった日。
アランにキミが再会してしまった日。


走り抜ける乗用車が吐き出す排気ガスの臭い。
一瞬だけ浴びる、舞台上のスポットライトのような強過ぎる車のライト。
カーブでタイヤがアスファルトと擦れる音が、妙に生々しい。


ジョーの腕に、フランソワーズの躯の重さが甦る。
泣いて、震えて・・・すがる彼女を抱きしめた。



思い出す。



ずっと、永遠に、抱きしめていたかった。





願ってはいけない。
叶えられない望みだ・・・けれど・・・




もしも。
キミが・・・俺を想ってくれているのなら・・・?




そんな奇跡が・・・・?ある、はずがない。







======26 へ 続 く

・ちょっと呟く・

ジョー、初恋? ねえ、初恋? 初恋なの???
アルさまフィーバー!お節介な30男!

ちょっと少女漫画らしくなってきた・・・?
いや、まだでしょうねえ・・・。
乙女心は難しいねえ?>ジョー
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月の船
33歳、独身。職業・・・お稽古事で暇つぶし。


自慢じゃないれど、家は笑っちゃうほど裕福で、働く必要がないだけなのだ。
年の離れた2人の兄に、年子の姉。
末っ子の私は、親の好きに甘やかされて。


私はそれに甘えて育った。


ふらふらな人生。
ふらふらなダメ人間
ふらふらしていても、お金に不自由がなく・・・もっと最低なダメ女。


親を安心させるために、世間映えするお稽古事と、友人を通してたまに引き受ける寝言のようなエッセイやらなんやら・・・言われるままに書いている。

そんな ふらふら な私が、ふらふら と、男の子を拾ってしまった。
生まれて初めて、人を拾ってしまった。


人生、何が起こるかわからないなあ。



ふらふらと歩いて親が買ってくれた、1人には広すぎる3LDKのマンションに帰る途中に、拾った。

何も考えずに、一緒に帰ろうか?

と、訊ねたら、彼は ふらふら と私のマンションにまで一緒ついてきた。
私以上にふらふらしてるなあ。


いいのかなあ。
だいじょうぶかなあ?


見ず知らずの男の子を、自宅に引っ張り込むなんて・・・。
引っ張り込んでから考えたって仕方がないんだけど。イマサラ出て行けなんていうのも面倒臭い。


・・・まあ、いいか。


彼を見て、悪い人ではない気がした。
女のカンってヤツ?

一生に一度くらい、使いたかったから。
ここでそれを使ってみたのかもしれない。


拾った子は綺麗な綺麗な男の子。


映画のような、三流恋愛小説のような、見飽きたシナリオのドラマのような。
そんな現実離れした出会い。

綺麗な綺麗な男の子は、何が原因なのかわからないけれど、片腕が不自由だった。
役立たずの動かない腕をぶらりと下げて、彼は公演のベンチに座り、大きく、美しく、その存在を主張している月の明かりさえも届かない、この都会で見えない星を探していた。



綺麗な、綺麗な男の子。
名前もない、男の子。



琥珀色の柔らかな髪。
日本人っぽいけど、日本人っぽくない顔立ちが、冷たい街灯に浮かび上がる。
タレ目ぎみだけれど、くっきりとした二重の綺麗なアンバー色の瞳の片方が、前髪に隠れてしまってもったいない。男の子に綺麗って言うのはどうかと思うけれど、通った鼻筋に男らしい眉は下がり気味。への字かな?っと思われる唇に浮かべる微笑は、なんとも言えない色気がある。シミ一つ無い肌は羨ましいぞ?
すらりとした身体。腰の位置が高い。長い手足。




モデルさんですか?


部屋に連れ帰って、訊ねた。
彼をリビングに通して、私は”拾った”彼を明るい部屋の中でまじまじと見つめる。


「名前は?」
「・・・・必要?」
「不便だもの」
「・・・・・・好きに呼んでいい」
「猫か犬を拾ったみたいじゃない?」
「・・・・猫か犬を拾った方がましだったと思う」


自分でいわないでよ。


「好きなだけいたらいいわよ、どうせここには私1人しか住んでないから」
「・・・・・いいの?」
「いいよ。ふらふらしたダメ人間なの、私。変にお金があるから。それに甘えたダメ人間だlから、別に気にしないで」
「・・・だめ人間?・・・俺も」


奇麗な彼は自嘲気味に笑った。


「そうね、ふらふらと女の家に上がり込むなんて、まともな人間じゃないわよね?」
「・・・・・誘ったの、そっち」
「断りなさいよ」
「・・・・・断る理由なかったから」
「あら、ふらふらね?」
「・・・・・・そうだ・・ね」
「なんでも、好きに使っていいわよ。あ、お金はやめてね?一応親の目があるから」
「・・・・・・そんな風に見える?」
「餌代の心配はしなくていいわよ」
「・・・・・・わん」


やだ、可愛い。


「名前、決めなくちゃね・・・」
「・・・・・」
「そうね、・・・・月の綺麗な夜に拾ったから”かぐや”くんでどう?」
「・・・・・かぐやって、かぐや姫の?」
「そう」
「・・・・・好きに呼んでください」
「じゃ、かぐやくん」
「・・・・・はい」
「私の名前は・・・アユミ」
「・・・・・・お世話になります、アユミさん」


私は彼のために、使っていない和室を提供した。
かぐや姫も、きっと彼が求婚していたら月になんて帰らなかっただろうなあ。












####

彼が私の部屋に居座り始めて、なんの違和感もなく日々が過ぎていく。



”かぐや”くんは、犬よりも、猫よりも扱いやすいぞ・・・。
話しかければ、話してくれる。
こちらから声をかけないかぎり、かぐやくんからのアクションはない。


いいな、楽だ。


ただ一日中、外を眺めて終わっていく、かぐやくん。
気がつけば彼は、テラスに出て、ぼうっと街を見下ろしている。

・・・ちなみに私のマンションは、都会からちょいと離れた38階のトップフロアなので・・・見晴らしの良さは自慢の一つ。


小さくなったおもちゃのような街を見て、何を思っているのかしら?


何か探しているの?
誰かを探しているの?



あなたは、どこから来たの?









夜は夜で、彼を拾った公園よりも近くなった空を見上げて一晩を過ごす。
ほんと、かぐや姫みたいだなあ。

和室の窓のカーテンを閉めず、彼は自然と眠りにつくまで外を眺めている。



私は5日間ほど、かぐやくんを放っておいた。
放っておいたら、放っておいたで、放っておかれっぱなしな、彼。


・・・その存在を忘れてしまったぞ、一瞬。
存在感がなさすぎる。


御飯も、声をかけないかぎり食べない。
水、飲んでるのかな?
配達を頼んでいる水のペットボトルが減っている気配がない。



・・・かぐやくん、君は宇宙人ですか?
御飯も水も・・・なくて生きていけるのですか?




####


「ねえ、ちょっと付きあってくださいな?」


私は適当に買ってきたアルコール類の入った袋を見せた。


彼を拾って7日目の夜。
私はちょいと彼に興味がわいて、お酒の力を借りることにした。

ビールにワインに、缶チューハイ。
ウィスキーにウォッカに、大量のおつまみ。

適当に、好きなのやってくんなさい。っとテーブルに広げると、彼はビールを手に取りぷしゅっとプルトップを片手で勢いよく開けた。利き腕じゃなくても平気ってことは、両利きっぽいのかな?


「かぐやくん、君はいくつ?」
「・・・・・いくつに見えますか?」
「う~ん・・・ハタチ前後?」
「・・・・・・それくらい」
「適当ね」
「・・・・・・・・」
「腕は・・・もともと?」
「・・・・・・・壊した、だけ」
「壊した?・・・じゃ治るの?」
「・・・・・・・直せる人のところへ行けば」
「行かないの?」
「・・・・・・・・・・」


病院よねえ?この場合。
病因嫌いなの?・・・でもさ、本当に治るの?


変な子。


「ま、いいわ・・・治るんだったらいいわよ、不便でしょ?利き腕っぽいし」
「・・・・・・慣れた」
「そう?」
「・・・・・・・・うん」


リビングのソファに座らずに、フローリングの床に直接座る。
固い床で疲れちゃうから、私はクッションを彼に勧めた。
彼は素直にそれをうけとって、お尻の下に敷く。


私のお気に入りだぞ?
座り心地がいいでしょ?



「ねえ、私は女として魅力ない?」


同じ屋根の下に住むこと1週間。
それなりに、・・・まあ年下だけど、さ。
いい男女が寝食をともにしつつ、何もない寂しさ?っというか。
世間一般の人々が考える妄想に答えるようなことは、これっぽちもなく過ぎる。



ちょっと訊いてみたかったのさ。



かぐやくんは、私の科白に驚くこともなくビールを飲んだ。


「・・・・・・・・そんなことない」
「じゃ、なんで襲わないの?」
「襲って欲しい?」
「そういうのって、男からでしょ?女に言わせないでよ」


ふっと、かぐやくんが目元を緩めて微笑む。



目の保養になるわ・・・可愛いのに色っぽい。



彼は細身に見えるけれど、適当に私が買ってきた、Tシャツやらなんやらを着替えるときに盗み見た身体は、彫刻のように鍛え上げられて・・・思わず生唾を飲んだ。



・・・いいなあ。いい体してるのに、使わないのかしら?



「・・・・・・ごめん」
「あら、使いものにならないの?」
「・・・・・・・ダイレクトすぎ」
「私はこういう人間なんです」
「・・・・・・・前の・・・俺だったら速攻」
「前?じゃ、今は?」
「・・・・・・・そういう気がおこらない」
「ほら、ってことは私に魅力がないんでしょ?」


かぐやくんは困ったように、またビールを一口飲んだ。
ビール缶を手のひら全体でもつのではなく、細くて長い・・・間接が妙に男であることを意識させる指先で持ち上げる。

手の動きをみているだけで、私は、どきり。と心臓をはねさせた。
自分が言った科白が急に恥ずかしくなった。


久しぶりだな、こんな感覚。



「・・・・・アユミさんは、魅力的」
「あっ、あ、ありがと」
「・・・・・・・・それでも、無理」
「なにそれ?」
「・・・・・・・・・抱けない」
「身体的問題?」
「・・・・・・・・・ちがう」
「じゃ、心理的問題?」
「・・・・・・・・・かな?」
「ふうん」
「・・・・・・・・・出て行こうか?」
「失礼ね、別に体目的で拾ったんじゃないから気にしないで。ちょっと女として、淋しかったのよ」
「・・・・・・・・・・・ごめん」


う~ん・・・・ちょっと残念なのは、本心だけど。
黙っておこう。



「お家は平気?・・・・・・誰か心配してくれないの?」
「・・・・・・・・・・・・・今頃、探してるか・・な」
「なんだ、帰る場所あるんだ」
「・・・・」
「帰らなくてもいいけど、心配させるのはよくないわよね。”俺は生きてるぞ!”くらいの連絡入れたら?」
「・・・・・速攻でここの場所がが割れる」
「なにそれ、そんなに簡単にバレるわけないじゃない」
「そういうのが得意なトコロ」
「なに、警察関係?」
「もっと専門的」
「探偵?」
「ちがう。けど、すぐにバレる」
「ほ~・・・ちょっと興味深いですなあ」


テーブルに散らかり始めた空き缶。
ポテチなんて食べたの、何年ぶりかなあ?


かぐやくんは、ちびり ちびり とビールを飲みながら、
カーテンを閉めてないリビングの、テラスに通じるガラス戸を見た。


外は宵色。


ガラスに反射するのは室内の私とかぐやくんと、フローリングの床に置かれたアルコール類。


朝までコースかなあ?
久し振りだなあ。


そんなことを考えて、会話なく飲んでいたら、かぐやくんが ぼそり。と呟いた。


「・・・・・・・・・・アイシテルって言うんだ」
「・・・素敵じゃない」


ありゃ、女がいるの?
やっぱりねえ・・・。


「・・・・・・・・・・・だから逃げてきた」



なんじゃそりゃ?



かぐやくんは、それ以上何も言わずに「ごちそうさま」といって立ち上がり、周りに散らかった空き缶類をまとめて、ゴミとなったスナック類の袋などをゴミ箱へ。

缶類をキッチンへ持っていき・・・シンクから水の流れる音。


もしかして、ちゃんと空き缶を洗ってる?



・・・・彼はナゾだ。








”アイシテルというんだ。だから逃げてきた”



ぐるぐると頭の中にかぐやくんの言葉がまわる。



彼はキッチンで空き缶を洗い、ゴミをちゃんと選別する人。
お布団を、旅館の仲居さんですか?と言いたくなるように、きっちり敷いては、畳むことができる人。


きちん。と、きっちり。


どこで身につけたんだろう?


きちん。と、きっちり。


生活感がない、と言うか、見えない、かぐやくん。





私が適当すぎるんだけど?




きちん。と、きっちり。
私の家に生活に”彼”の”跡”がつかない。

ホテルのように。
旅館のように。

そこに”人”がいた”跡”を残さない。







####

しとしとと降る雨は卯の花の季節。
春の長雨は温かく、色とりどりの傘があっちへこっちへと流れていく。

昔に観た、フランス映画のオープニングを思い出した。
有名な女優さんが出ていて・・・確か、彼女は傘屋さん。
最後はどんなお話だったかなあ?



かぐやくんが家に来て以来、私はお稽古事と日常の所用以外は外に出なくなっていた。



これはちょっとヤバいんでないかい?


友達へのメールの返信も滞っている。



かぐやくんが、家にいる。
誰かが私の帰りを待っていてくれる。
玄関のドアを開けたら、廊下に電気がついている。
リビングに、人の気配。


ちょっぴり恥ずかしくて、くすぐったい気持ち。
不思議だなあ。


かぐやくんといると、心地よい。
楽なんだなあ。
だから、つい必要な用事がない限り、ただなんとなく家に居てしまう。




・・・・私が外に出ない原因が彼なら、彼を連れて外へでましょうか?


「ね、ずっと部屋に居てもおもしろくないでしょ?ビョウキじゃないんだしさ?」
「・・・・」


彼はまるで忠実なわんちゃんのように、私に誘われるまま一緒に散歩へでかけることにした。
見栄えのいい男連れで、街に出る。


なんていうか・・・優越感ってこういうこと?



すれ違う女性たちの視線が、彼を捕らえる。
彼を観てから私に気がつく。
そして、私を羨まし気に、値踏みをするように視線を突きつけてくる。


彼と一緒にいると、そこだけ見えないカプセルのようなものに包まれて、いつもの見慣れた街が、いつもと違う街に見えた。彼の存在感のあるような、ないような・・・不思議な雰囲気は街から浮き出して、同じ街にいるのに、違う時間の流れを感じる。


時間が流れていくのを見る、私の時間は止まっている?



歩いている間、彼はさりげなく私を庇う。
人とぶつかりそうになったら、さっと背を押して相手から守ってくれる。
車道側を歩いていたはずが、いつの間にかそちら側に彼がたっている。
お茶のために入ったカフェで、彼はドアを開けてまってくれる。
イスを引いて、座らせてくる。
何を決めたか訊いてくれて、注文してくれる。



ホストですか?



それとも・・・・



「何者ですか?」


私の質問に、かぐやくんは動揺した。
意外な反応。


・・・意外じゃないか?


「ああ、かぐやくんの素性を訊ねてるんじゃなくって、その・・・レディ・ファストがとっても自然に身に付いてる、若い男の子なんて・・・ホスト経験あり?」


彼は、ぱちぱちっと瞬きをして、私の言葉を理解しようとする。
驚いた表情が、幼く見えた。


「ホスト?・・・・・・・・そういう経験はない、よ・・・」
「でも、女の子のリードの仕方が、ねえ・・・慣れすぎてるわ」
「・・・・・・・・いつもの癖」
「いつも?」
「・・・・・・・・周りが、そうやって接してたから」
「ホストでしょ、やっぱり」


かぐやくんは、苦笑しつつコーヒーを飲んだ。
彼の手の動きに、自然と目がいく。
コーヒーカップの淵に彼のくちびるが、触れる。

長いまつげが彼の頬に陰を作る。



「違う、よ・・・・・日本人が俺1人だったから」
「学校がインターナショナルだったの?」
「・・・・・・・・・そんな感じかな。Fra・・」


かぐやくんは、途中まで言いかけた言葉をコーヒーと一緒に飲み込んでしまった。

外国語?


「途中で止めないでよ、気になるじゃない?」


かぐやくんは、困ったように笑う。
彼はそれ以上、何も話さなくなった。


朝から降り続いた雨が止む。
分厚い雨雲が遠くへと流れていく。
雲と雲の間からかかる陽の光のベールが、新しくなったばかりのアスファルトの道に弾かれた雨水を、キラリと輝かせた。水たまりに映る空。
もう一つの街が逆さまに存在する。


私とかぐやくんが座った席は窓側。
彼は、カフェを出るまで何も話さなかった。



私って意地悪だなあ・・・・。
実は、かぐやくんが言いかけた、その外国語の続きを知ってるんだもん。



かぐやくんは、”Francoise”って言いたかったんでしょ?
知ってるわよ。




毎晩、朝方になると呼んでるんですよ?
偶然に聴いてしまったの・・・ぐ.う.ぜ.ん.

私の寝室と隣の和室の壁は意外と薄いし。
眠りが浅くなった朝方に、涙声の男の子の声を聞けば・・・ねえ?
誰でも心配になって様子を見に行くでしょ?


何度も。
何度も。
何度も。
何度も・・・×100000・・・・


呼ぶの。


”F r a n c o i s e ”



奇麗な名前。


かぐやくんの口からこぼれ落ちた、奇麗な名前。



切なく、呼んでるんだよ?
君は、毎晩。

毎晩。
毎晩。



切なく。

涙にぬれた声で。






帰らないの?
彼女のところへ、帰らないの?
















「帰れない」


ある日の晩。
がくやくんは口を開いた。

都会の天満星(あまみつほし)を見下ろしながら、ぽつり。ぽつり。とつぶやいた。
きっかけは泡のように消えてなくなる、つまらないこと。


私が通うお稽古事の近くに、気になるカフェがあった。
いつも通り過ぎるだけだったけれど、今日は ふらり と入ってみた。ショーケースに並ぶ見るからに美味しそうなケーキたちの、みょうちきりんなケーキの名前に舌を噛む。
愛だの恋だの、囁きだの、キスだの、出会いだの・・・。
こういうのが好きな乙女度100%な女の子じゃない、私にはただの文字。読むのも面倒臭いので、ショーケースを指さして選んだ。

かぐやくんは、何が好き知らないから、適当に4つ選んだ。
ゴテゴテしたのは、私の好みじゃないからシンプルなものばかり。


ケーキを買って帰ったのを知った、かぐやくんは苦笑する。
彼はケーキの箱をのぞいて言った。




「女の子って・・・甘い物が好きなんだ。やっぱり」


なんだ?その”やっぱり”って?

子?



女の・・・・・・・・子?

それ、私のこと?




お湯を沸かして、そこら辺のスーパーで買ったティーパックをマグに放り込む。
ティーバッグをマグに入れっぱなしでリビングに持っていったら、かぐやくんは、ふっと、口元をあげて笑った。


「・・・・・”こういう”紅茶、久しぶり」



普段は水かコーヒーだからなあ。私。
かぐやくんも、コーヒー党だと言うことだけ、知ってる。




かぐやくんが選らんだのは、チーズケーキ。私が選んだのは、イチゴのタルト。
彼は私からチーズケーキが乗ったお皿を受け取った。





「・・・・ありがと、Francoise」





自然に出た、温かく優しい響きの音。
かぐやくんは目を見開いて言葉を失い、固まってしまった。


「別に、おどろきゃしないわよ?・・・毎晩呼んでるじゃない?」


・・・さらに驚かせてしまった。


「ね、"Francoise”って素敵な名前ね?・・・・どんな人?」




かぐやくんの動揺が、その瞳から簡単に読み取れる。
ケーキ皿をテーブルに置いて、彼は私と目を合わせないように。うつむき加減に・・・つぶやいた。





「・・・・・・・・・・・・仲間」
「仲間?」
「・・・・・・・・・・・うん」


仲間ってなにさ?子どものころに見た、再放送の青春ドラマ以来よ、その単語を聞いたの。
・・・・・・・・・・・・若い子ってよくわかんないなあ。
ま、ここは流しておこう。


「仲間の女の子?」
「そう」
「その子がかぐやくんのことを、アイシテルって言うの?」
「・・・・・・・・・・・よく覚えてる、な」


そりゃあね。
その後に”逃げて来た”って聴けば・・・忘れられないわよ。


「その子から逃げて来たんでしょ?・・・・・・嫌いだったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大切」
「大切?じゃあ、大切な子から逃げてきたの」
「・・・・・・・うん」


なんじゃいな?


「泣いてるわよ?きっと」
「・・・・・・・・・・・泣かない。よ、これくらいじゃ」
「アイシテルって言った相手が逃げちゃって、泣かない子がどこにいるのよ?」
「・・・・・・・・・・・彼女、強いから」


いったいどんな子だ?
アイシテルと伝えた相手が逃げても泣かない、強い子?
女子プロレスラーもビックリよ?


「逃げちゃうなんて失礼だなあ、かぐやくんは・・・・」
「・・・・・・・・・・・ある人は、”ヘタレ”って言う」
「ヘタレ!・・・似合わないわねえ」
「・・・・・・・・・・・・逃げてきたから、当たってる」
「自分で言ってちゃ世話ないわね!」
「・・・・・・・・・・・・アユミさん?」
「なに?」


私は、イチゴタルトをフォークにさした。
固いと思っていたビスケットはしっとり、さっくりと簡単に割れる。
店では食べにくくて、手掴かみで食べたくなるけれど、家だから少々行儀悪くてもいいかなあ?って思って買ったんだけど、ここのはすごい!ちゃんとフォークで食べられた。



「・・・・・・・・・・・・人を好きになったことある?」

「君より長く生きてますからねえ、それなりに経験ございますわ」




イチゴもお子様向けのただ甘いだけでなく、ちゃんと”甘酸っぱい”。





「・・・・・・・・・・・・アイシテルって言われて、どうしたらいい?」
「簡単よ、アイシテルて言われたら、アイシテルって言い返せばいいのよ?もちろん、アイシテルならね」
「・・・・・・・・・・・・それだけ?」
「それだけ」
「・・・・・・・・・・・・・言えなかった」
「じゃ、その子のことアイシテないのよ」
「・・・・・・」


俯いていた、かぐやくんが ばっ! と、勢いよく顔を上げた。



ありゃ?
泣く?ちょっと、泣くの?かぐやくん・・・?
その反応って・・・

その、顔は・・・・?



「・・・・・もしかして、かぐやくんはその子のことが好きなのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スキとか、そういうのじゃなく、特別」



わお。
そうきますか?
今にも泣きそうな、その目元がお姉さんの母性本能を擽らせてるの、わかってますか~?



「好きがわからないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・スキとは違う気がする」
「どんな子?」
「・・・」
「大切で、特別なのに、その子からアイシテルって言われて逃げて来ちゃったんでしょ?かぐやくん、その子はどんな子?」

「・・・・・・・ヨーロッパの人」


まあ、国際恋愛?
・・・・当たり前よね、名前が名前だもん。
悩みおおそ~・・・、おっと、集中。集中。


「それで?」

「・・・・・・陽の光みたいに温かい色の、美味しそうな蜂蜜色の髪で、こぼれ落ちそうなくらい大きな・・・晴れた空色の瞳で、」


私、かぐやくんがそんなに長い文章を話せるなんて知らなかったわよ?
しかも、なんか・・・


「・・・・仲間の1人が・・・元役者で・・・」


あ、その人の受け売りなのね。


「・・・・・・・よく彼女の肌の色を”波打ち際に打ち上げられた貝のように輝く”とか・・・”南国の熟れた果実よりも甘く、瑞々しい唇”とか、”彼女と居れば咲き誇る薔薇も日陰の花になる”なんて言う」


・・・・・・・どんな美少女ですか?


「・・・・・・・・・いつも、ぱたぱたと、邸中を走り回っていて・・・気がついたら子猫みたいにソファで寝てる・・・・」
「へえ、働き者な感じねえ?」
「・・・・・・・踊ることが大好きで、時間を忘れて夢中になる」
「・・・社交ダンス?」
「・・・・・・・・・・違う、バレエ」
「まあ、洒落た趣味ねえ?流石ヨーロピアン」
「・・・・・・・・・・・・気がつけば、隣にいる」
「忍者?」
「護らなきゃって思う。恐いのを我慢して、震えているのに・・・・絶対にそれを出さない、言わない、泣かない・・・・・」
「お化け屋敷でも、行ったの?」
「・・・・・だから、少しでも彼女が恐い思いを、辛い思いをしないように、護らないと・・・だめなんだ」


それって・・・・。



「なのに・・・・・・強い。すごく」
「バレエ以外に、空手習ってるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・そういう意味でも強い。けど」


・・・・舞踏と武道?
ギャグですかいな?


「こころが強い・・・・・・・俺なんか足下にも及ばない」



・・・・・あちゃ~。
ふらふら人間の、なよなよ女の私には痛い言葉だなあ。
・・・・・かぐやくん、気づいてますか?
あなたは、逃げて来た彼女について”惚気”てるんですよ?



「それで・・・・・かぐやくんは逃げてきちゃった、と?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・怖かった」
「彼女に鉄拳パンチでも食らったの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ただ、怖い」
「何が恐いの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・自分が怖い」


いつの間に、私はケーキを食べ終わってた。
味なんか、忘れちゃってた・・・。もったいない。



「アイシテルって言われる度に、苦しい・・・・怖くなる・・・・いつか捨てられるんじゃないかって、また捨てられるんじゃないかって・・・」
「また?」

「・・・・・・・・・・・・アユミさんも捨てる?」

「何を?」
「・・・・・・・・・・・・もしも、俺がアユミさんを抱いたら、捨てない?」



かぐやくん?





う~ん・・・こればっかりは抱かれないとわからないわ・・・・。


かぐやくん、その瞳は反則よ。
そんな瞳で見られたら、誰だって「捨てないわ」って言って、あなたに抱かれるために嘘をつくわよ。





・・・・・ある意味、楽よね?
騙されてるのを知りつつ、身を任せるの・・・。
自分に責任なんていらないわよね。

騙した方を責めれば楽だし。



・・・・前は、無理って言ったのに・・・今ならいいのかなあ?



そんな瞳でみないでよ。



「・・・・そうねえ、女としては抱かれたいわね、いい男だし。でも、私の方が捨てられそうだからなあ」
「・・・・・・・アユミさんの方が?」
「だって、呪文のように”Francoice”と言ってるんだもの・・・・転がりこんだ女の家で、あんな風に自分以外の女の名前を呼ぶなんて、ひどくない?」
「・・・・・・・・知らなかった」
「会いたいんでしょ?」


かぐやくんの琥珀色の瞳が大きく揺れた。
彼の瞳が再び雨に濡れる。

濡れただけで・・・・流れない。


唇を噛み締めて、迷う。
彼は、会いたくて、会いたくて、会いたくて、たまらないんだと思う。

でも、それを・・・我慢してる。



不思議な男の子。
変な男の子。

奇麗な男の子。




そんなに好きな子から逃げて来たんだ。
好きな子からアイシテルって言われたのに。


逃げて来たんだ。



怖いんだ。



気持ち、わかるよ。




ちょっとだけだけど。




わかるような気がする。





かぐやくんは立ち上がり、ガラス戸を開けてテラスへ出る。



宵の海に浮かぶ月の船。
・・・・あなたはあの船に乗ってやってきたの?



恋しいのでしょう?
会いたいのでしょう?























逢いたい。

F r a n c o i s e・・・・・


キミが、好きで、好きで・・・・ずっと片思いだと想ってた。


この気持ちを、伝えてはいけないと思っていた。


だから、必死で気持ちを隠してた。


彼女に迷惑がかかると・・・思ったから、一生懸命に否定した。


それでも、キミを想う気持ちはどんどん強くなっていくばかりで


どうしていいか・・・わからなかった。


キミが、好きだと言ってくれた。


キミがアイシテルと伝えてくれた。




嬉しくて、嬉しくて・・・・



同じくらいに苦しかった。




俺は、愛される資格がない・・・から。
母親にさえ、見放された俺・・・だから・・・・。



誰にも愛されたことがないヤツが、どうやってキミを愛することができる?
それ以前に俺は、ちゃんとキミを愛せるのか?



キミを愛せる?


キミが俺を愛していると言う以上に



キミを愛したい。







俺は、生まれてくること自体が間違っていたのに。


愛したい


存在価値のない、人間が・・・キミを愛していいはずない。



愛したい




それでも、キミは俺を好きだと言ってくれた。
アイシテルと言って、抱きしめてくれた。



ずっと、ずっと、ずっと抱きしめてくれた。




手に入れた。




俺は、手に入れたんだ。





俺が生きる理由。
俺が存在する理由。





手に入れたんだ・・・彼女を。
Francoiseを手に入れた・・・。




手に入れたのに





前よりも強く、キミを想う。

前よりも強く、キミが欲しい。

前よりも強く、キミを・・・・・求めてしまう。





誰にも触れさせたくなくて、彼女を世界中から隠したくて・・・・。



この腕に、永遠に引き留めておきたくて。

抱き続けた。



抱いて、抱いて、抱いて・・・・

それでも俺の気持ちは収まらない。



抱いて、抱いて、抱いて・・・・・・




それでも足りない・・・。
満足できない。






満足できなくて

そんな自分が怖くて

キミを信じているのに

いつもこころにあるのは、キミがいつか・・・


アイシテルって言われる度に
いつか捨てられるんじゃないか、また捨てられるんじゃないかと言う不安と・・・







こころの奥底にいる、ボク。


ーーー信じたらだめだよ。彼女もそうだよ。いつかきっと捨てるんだよ。ジョー、ボクを・・・。


捨 て る ん だ









愛したい、キミが俺を思う以上に愛したい・・・・。
腕はあのときのまま・・・・動かない。









怖い。















####


花冷えする、冬が舞い戻って来たような寒い日。
その人は、見上げていた。


人の眼では確認することができない高さのマンションのテラスに立つ人を。


見つめるその瞳は、夜空を映しとって瑠璃色に染まり、街灯に照らされて きらり と光る。
寂しげに揺れる肩先に、亜麻色の髪がかかる。


白く透き通るような肌は輝きが強すぎて、その輪郭をはっきりととらえることができない。



「Francoise・・・・」



私の口からこぼれ落ちた、かぐやくんの愛しい人の名前。



その人は、驚いたように私を見た。
こぼれ落ちそうなくらい大きな瞳で、しっとりとした長いまつげを切な気に揺らし・・・瞬きをする。




彼女は細い眉毛を歪ませ、愛らしい唇を強く噛み締めて くるり と私に背を向けた。


「待って!!!ねぇっっ!!あなたでしょっ!あなたが”Francoice”でしょっ」


走り去ろうとする彼女の背に向かって、私は叫んだ。
彼女は足を止めて、・・・・恐る恐る振り返った。



なんて 美しい 人





大げさなんかじゃなかった。

かぐやくんの仲間の1人が言ったという通りの人。



「あなたでしょ?」


彼女は返事をするのを迷っていたけれど、数秒ほど間をおいて頷いた。



「迎えに来たの?彼を・・・・」



彼女は首を左右に振った。



「・・・・・お願いします」




涼やかな、耳に心地よい声が悲しみを含んで私に言った。


「私がここを知っていることを、ここにいたことを・・・・彼に言わないで」
「どうして?」


私が1歩、彼女に近づくと、彼女は1歩、後ろにさがる。


「まだ、ダメ」
「まだ?」


「・・・・まだなの」
「?」


「 彼 は ま だ 本 気 で 私 を 求 め て な い も の 」


え?


「・・・逃げたのよ?」



私は彼女の言ってる意味がわからない。



「あなたにアイシテルって言われて、逃げたのよ?彼・・・」




「だ か ら  ま だ      だ め。

 逃 げ ら る う ち は、  だ め。   な の 」



どういうこと?





私が彼女の言葉に囚われている一瞬に、彼女は走り出した。


「あ!!」





幻?






もう、そこには誰もいなかった。







狐に撮まれるってこういうことをいうんじゃないかなぁ?


私は、止まったままの頭でマンションへ帰った。
迎えてくれたのは、いつもより遅くなったことを心配していた、かぐやくん。



どうしよう。

あなたの愛しい人に会ってしまったんだけど・・・・
あれは、本当に・・・?


あれ?



よく・・・わかんない。



「・・・・・アユミさん?」


玄関で、靴も脱がずに立ち尽くしてる私を怪訝に思い、かぐやくんが声をかけてくる。




言わないでって言われたけど。
お願いされたけど。



悪いけど”うん”って返事してないよ?




幻だと思うし。






「かぐやくん」
「・・・・・・・・・・・はい」
「会った」
「・・・」
「私、”Francoise”に会った・・・・・・・・・・・・・・・・と、思う」



「どこでっっ!!!!!!」




かぐやくんの声の大きさに、その勢いに、私は身を竦めた。

どうしたの!?
どうしたの?!

怖い・・・っっ



彼の瞳が狂・驚・喜・気に燃える・・・・!!



ーーーかぐや、くん?




それはほんの一瞬のことで・・・・
彼はすぐに冷静を取り戻して私に謝った。












####


その日から、彼は熱を出した。
微熱が続く。


熱自体はたいしたことじゃない。
計っても、37度ほどの微熱。


解熱剤もなにも、薬らしい薬を勧めても彼はそれを拒んだ。




駄々っ子か?





何度も薬を飲むことを勧めては拒まれて・・・思わず吐いた、私のため息にかぐやくんは言った。



「・・・・・・そういうの飲めない躯、ちょっと人と違うから」


その動かない片腕と関係があるの?




「病院行かない?」
「病院へ行けない躯」
「・・・・・ふうん」




かぐやくんの微熱は続く。
ちょっとダルそうなだけで、さほど以前と変わりない。
あの日以来、彼女はどこにも姿を現さない。



やっぱり、幻?










 








####

F r a n c o i s e


熱に侵された かぐやくん は彼女を呼ぶ。


F r a n c o i s e
F r a n c o i s e


寝ている間に、前にもまして強く彼女の名前を呼ぶようになった。


F r a n c o i s e
F r a n c o i s e
F r a n c o i s e
F r a n c o i s e


毎晩、魘されるように呼ぶ声に、私の胸は張り裂けそうになる。


F r a n c o i s e

F r a n c o i s e


F r a n c o i s e




F r a n c o i s e




F r a n c o i s e




F r a n c o i s e を・・・・・


憎んだ。

妬んだ。


彼が彼女の名前を呼ぶたびに、私は彼女を呪う。





こんなにあなたは、想われてるじゃない?
こんなにあなたは、愛されてるじゃない?





ここを知っているくせにっ!
ここにいることを知っているくせにっ!






彼が苦しんでいるのをっ知ってるんでしょう?!






私はベッドから飛び降りて、和室に向かう。







苦し気に、愛し気に、切な気に、呼ぶ名前は




” F  r  a  n  c  o  i  s  e  ”




なんで?!






「もういいよっ!!あんな子っ!」
「・・・・・・・・・ア・・・・ユ、ミ、さん?」

私の声にかぐやくんは目を覚ます。



「忘れちゃいなよっ!」
「・・・・・」


私は強く、かぐやくんを抱きしめた。


熱で熱くなった、少し汗ばんだ彼を。


抱きしめた。


夢中で抱きしめた。




私は泣いた。




彼の代わりに、泣いた。





私は捨てない!
あなたを見捨てたりしないっ!!


ここにいたらいいよっ



ずっとここにいなよっ!






「一緒に・・・・ずっと一緒にいようよ!!」



かぐやくんは、私の背を撫でた。


私が彼を抱きしめていたはずなのに・・・
いつの間にか、私が彼に抱きしめられていた。






・・・小さい頃、兄たちや姉ばっかりが愛されてる気がして、もっと自分を見てほしくて我が侭を言った。
両親は兄たちの進学や、姉のヴァイオリンに一生懸命で、何もない私を見てくれなかった。
頭の良い兄たちは、両親が望む名門校でトップを飾る。小さい頃から習っていたヴァイオリンで、姉は名のある教授の元へと通い詰める。家に飾られる、賞状とトロフィーのどれにも・・・・私の名前はない。


私はただ甘やかされた。

かわいい、かわいい、と。

ただ、それだけ。

誰も、私の名前を呼ばない。

そこに、私の名前はない。







愛されたい。

見て?

私はここにいるの。


私の名前を読んで?

アユミはここよ?




「・・・私を愛して」
「・・・・」
「私を愛してよっ!あんな子なんて忘れてっ愛してっ」



泣き咽せる私を、かぐやくんは優しく、優しく、髪を撫でて背中を撫でてくれる。




一緒にいよう。




寂しい。
淋しい。





だから


一緒にいようよ






「・・・・・・・愛したい」
「・・・・愛して?」

「・・・・間違った方法で愛した結果が、この腕」
「・・・・」

「愛されたいって想って、強く願って、求めて、強請って・・・・・・抱き続けて・・・・躯で彼女を・・・この腕で、彼女を独占し続けた・・・・彼女はこころから愛してると言い続けてくれる、こころで抱きしめられ続けていた・・・・彼女が俺を愛してくれている以上に、俺は彼女を愛したくて。彼女のように、こころで・・・・愛したかった・・・・でも、怖かったんだ」

「・・・」

「愛してしまったから・・・・俺はどうなる?彼女は?・・・・・彼女を失ったら?彼女が俺を捨てたら?」


怖い。


自分が怖い。




本気 で こころ で 愛すること が 怖い。



躯で繋ぎ止める、愛しか知らなかったから。
誰も、それ以外を教えてくれなかった。




悲しみも、苦しみも、辛さも、孤独も、肌と肌を合わせる温もりだけが・・・
一晩だけの関係が、俺が知る唯一の愛だったから。




Francoiseは・・・言う。



彼女が魂を、その命をかけて言う”アイシテル”の言葉に応える勇気がなくて
彼女のように魂で、命をかけて”アイシテル”の言葉を言う勇気がなくて



間違っていた愛し方に。

気づかなかった自分に。


それしかできない・・・自分から

自分から
彼女から



愛から





逃げた






「・・・楽に生きようよ・・・・・もっと楽に・・・・いいじゃない逃げて。逃げようよ一緒に」



かぐやくんはゆっくりと躯を離して、私の涙を温かな手で拭ってくれた。




「・・・・・ありがとう」

「・・・・・・・・・かぐや、く。ん?」

「・・・・・俺とアユミさんはとても似てる」

「・・・・」

「だから心地良かった」

「・・・・・一緒にいたらいいよ? 似た者同士、一緒にいようよ」

「似てるから、同じように愛に飢えた人間だから・・・・・・一緒にいたらいけない」

「違う!同じ淋しさを知ってるからっ!一緒にいるのっ 愛し合えるのっ!」

「・・・・それは、間違ってる」

「間違ってなんかない!!」

「・・・・・彼女が教えてくれたんだ」

「あんな子っかぐやくんが捨てたらいい!!」

「・・・・彼女は愛を教えてくれた人。ずっと俺を待っていてくれる強さに、甘えて逃げた」

「淋しいからっ知ってるでしょ?私の淋しさをっ!だから一緒にいて?」

「知ってるから。惹き合った・・・でも。それ以上はない、よ」

「・・・・いや・・」




「・・・・ありがとう、アユミさん。俺、アユミさんに拾われてよかった。

・・・・・アイシタイんだ。

アイサレルことばかりに必死になって、気を取られて、自分しか見えてなくて・・・

逃げれば、逃げるほど、彼女を近くに感じる・・・彼女じゃないとダメなんだ。

アイシテルんだ。俺。彼女を、Francoiseを。

・・・アイシテルって伝えることが・・・こんなに難しいなんて・・・・・

与えられることばかり望んでいた人間だから、俺。






与える、伝える側になるなんて・・・・夢にも思わなかった」








「私を愛してよっ」




「・・・・アイサレテ、アイシタイんだ・・・Francoiseに、Francoiseを」







かぐやくんは奇麗に、奇麗に、笑った。








私を愛してくれた、”彼”は言った。


”もう、疲れた。

与えてばかりで・・・お前からは何もかえってこない。

愛していても、本当にそれが通じているのか、わからないよ・・・アユミ。

オレをちゃんと見てくれよ、オレがお前を愛してるように、愛してくれないと・・・

オレだって不安なんだ。”




”彼”はFeancoiseのようには、待っていてくれなかった。
私が逃げているのを、追いかけてもくれなかった。



与えられることを望んだ。
伝えることを拒んだ。



愛してくれたのに・・・・
好きだったけど、愛されていたかったから。

彼はわからなかったんだよね?
私が彼を愛していたことを。

ちゃんと愛せていなかったの・・・・・よ,ね?

・・・・・どれだけ、彼は不安だったんだろう。




愛されたいから。
愛されない苦しみを、不安を、悲しさを、孤独を、私が一番よく知っていたのに、ね?




愛を伝えるってなんて、大変なんだろう。
愛を伝えるってなんて、難しいんだろう。
愛を伝えるってなんて、つらいんだろう。
愛を伝えるってなんて、苦しいんだろう。
愛を伝えるってなんて、切ないんだろう。


愛を伝えるってなんて・・・・・・怖くて、勇気がいることなんだろう。




私、そんなに強くないよ。











「・・・・・強いのね」
「・・・・」
「Francoiseは、強いのね」



かぐやくんは嬉しそうに、無邪気に笑った。




「・・・・・・言ったよ、俺。彼女は強いって」





愛 し て る ん だ ね、Francoise を。









かぐやくん、君は愛してたんだね。
ずっと、ずっと、ずっと、ずう~っと前から、その魂で、命で、こころで、愛してたのよ。


Francoiseの愛が気持ちよくて、心地よくて、温かくて、甘くて、嬉しくて、幸せで・・・そればっかりを欲しがってしまって、でしょ?



甘えん坊ね?

私もそう。


・・・・与えられることばかり望んでいただけ、よね?






捨てられるって
見捨てられるって思うのは


あなたの愛が、彼女と対等でありたいと思う


我 が 侭 で し ょ う ?





我が侭が言えるなんて、いいな。
我が侭を受け止めてくれるんだ、彼女は。





待っていてくれてる。









あなたのFrancoiseは、あなたを信じてる。







彼女のように








アイシテルと言える、強さを








いつか












私も手に入れることができる?



























その日の夜。
私はもう一組の布団を和室に敷いて、かぐやくんの隣で眠った。
カーテンを引かないで眠る、かぐやくん。

その彼が見つめる空を私もみつめて眠る。




月が明るくて、まぶしかった。




こんなに大きかったかなあ・・・お月様って。






かぐやくん、あなたは還るのね?


あなたを迎えにくるのは、月の船。


女神(Francoise)があなたを待っているんでしょ?




月の光を浴びた亜麻色の髪を輝かせて、大きな瞳を星のように煌めかせて、

愛らしいあの唇が、あなたの本当の名前を呼ぶ。




大丈夫。



かぐやくん、あなたは強いよ。




Francoiseにアイサレテルから、強い。













####



「・・・・アイシテル」

俺は、あの公園へ戻った。
白いだけの街灯が、小さなブランコに揺られる亜麻色の髪の美しい人を照らし出す。


揺れるブランコを俺は止めた。


彼女は俯いたままで、俺を見てくれない。
あの、空色の瞳で・・・俺を見てくれない。



その小さくて、細くて、華奢な躯のどこに・・・?



彼女は強い。




ただ”強い”だけじゃない。





彼女は・・・・愛を、無限の愛を持っているから、強い。




彼女は・・・・愛を、信じているから、強い。





彼女の強さに、俺は生まれて初めて・・・・愛を知った。











彼女の強さに、俺は誓う。 







「フランソワーズ、愛してる」




抱きしめた。
この腕に、抱きしめた。



片腕は動かない。





俺は、間違った愛で彼女を縛りつけた。


わからなかった。


気が狂うほどに、キミを抱き続けて。
世界中からキミを隠した。

誰も知らない、部屋に・・・。



「ジョーっっ!!違うっっ!!!!!!違うのっちゃんとっ!ちゃんと私を求めてっ!違うっ!ジョーっ! そんなのっ私を愛してるっていわないっ!! ジョーっ愛してるの・・・・あなたを、あなただけを・・・アイシテルの・・・だからっ・・・・・ちゃんと私を求めて・・・・・」



わからなかった。


あんなに愛してると、言ってくれた彼女が
強く、温かく、優しく、抱きしめてくれたキミは・・・俺に抱かれないように、この腕を壊した。


そして俺は、逃げた。
キミから逃げた。


アイシテルと、言うキミから逃げた。
壊れた腕は、俺を責める。






気がつかなかったんだ。
知らなかったんだ。
俺は何をやっているか。



躯を使うことで、キミを繋ぎ止めたることしか!
それだけが、俺ができること・・・・だと、思っていたから。


どうやって、キミへの気持ちを伝えたらいいのか・・・・
そんなことを、誰も教えてくれなかったんだ。



誰も。


俺に。


愛し方を。


教えてはくれなかった、から。



キミに愛されていながら・・・わからなかった。









俺の腕は壊れた。
壊れた腕と一緒に、狂っていた俺のこころも壊れた。







「愛してる、フランソワーズ・・・・キミを愛したい・・・・」




片腕だけで、彼女の背にまわす。
彼女は、俺の胸にすべてを預けてくれた。


彼女の体温が、香りが・・・・どれほど俺は彼女に愛されていたかを、求めていたかを、

感じる。


こころ で 命 で 魂 で


彼 女 の す べ て に よっ て



手に入れた、愛しい人。
キミのために、キミのためだけに生きる。


キミを愛したい。


ア イ サ レ テ    ア イ シ タ イ









「 愛 し て 


こころ で あなたの魂 で 求めて!!



私が 満たされる まで ・ ・ ・ ・




私の こころが あの月 の ように 満ちる まで 愛し続けて 」




その空色の瞳に映る、月に恋をする。
俺だけに存在する、月 / F r a n c o i s e



キミの強さに誓う。




「 愛 し て る 」

「 愛 し て る わ 」















逃げてるうちは、ダメなの。
逃げていても、あなたは何も得られない。
私の”愛”は、あなたが私とむかいあって・・・自分とむかいあって
初めてひとつになるの。



1人ではだめなの。
あなたがいないと、ダメなの。



あなたが求めて。
私が与えて。
私が求めて。




あなたが、与えてくれる。




満たして、満たされて・・・永遠に。













キミだけを。
あなただけを。









俺は・・・
キミの強さに愛を誓う。







####

カフェ「Audrey」は・・・・

今日もドアのベルがちりりんっと鳴る。
心地よいベルが、お得意様のご来店を告げた。


オレはレジ前で清算をすませたお客様に、
”ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております”と、言う
とっても舌を噛んでしまいそうな、台詞を調子良く言った。

初めはケツがむずむずっとして、恥ずかしかったけど!


ドアのベルを鳴らしたのは、あいつ。
シーズン開幕したってのにっ!なんで日本にいるんだよっ!


「なんでここにいるかって?・・・・決まってるだろ?」

オレの顔色を読んで得意げに言ってのけた。





ーーーうそ・・・・



「満月の夜だから、還って来た」



・・・まじで?


満月っておい!








清算を済ませた女性客が、ヤツに驚いて足を止めた。
あ・・・気がついたのかな?


もしかしてF1のファンですか?



ヤツも少し驚いている・・・男にしては、くりっとしたはっきり二重の瞳を、その長い睫毛を揺らして瞬いた。そして、優しい笑顔で女性に微笑んだ。




営業用か?!

・・・・その笑顔はサービスし過ぎでは?



「・・・・・・久しぶり」
「・・・・・・か....」



・・・・知り合い?








「おいっ愛弓!!時間がないぞっ」


愛弓と呼ばれた女性はドア近くに立っている、卸したてのスーツであろう、糊のきすぎたスーツを着こなしきれない男性に呼ばれた。
声を出した男に視線が集中し、彼は恥ずかしげに俯いてしまった。






「・・・・彼を愛してる、の」
「・・・・愛し続けてる、よ」





空気の振動に重なりあう声と声。


2人はそれ以上何も言わずにすれ違った。



男性と、その愛弓と言う名の女性は微笑み合って、幸せそうに店を去る。
彼らとすれ違うようにして、こぼれ落ちそうに大きな空色の瞳を持つ、ヤツが日本に”半日だけ”還ってきた理由の女性が、店に入って来た。




・・・愛弓は、Francoiseの愛らしいくちびるから呼ばれた名前を一生、忘れない。





「ジョー!!!」









ドアのベルがちりりんっと鳴る。
愛弓さんから、自宅で行うためのウェディング・ケーキの注文が入った。
今日からちょうど6ヶ月と21日後の未来の話し。



フランソワーズさんが義姉さんと話している隙に、ジョーの隣に立った。

「な、さっきの美人っお前の知り合いっ?」

小さな声で、フランソワーズさんに聞こえないように細心の注意を払って、オレはジョーに訊いた。

「・・・・・気になる?」
「あったりめえだろっっ!! 浮気なんかしやがったらっオレが許さねぇ!!フランソワーズさんほどの素晴らし~~~~!女性を彼女にしときながらっ」
「・・・・・・前に彼女に拾われたことがある、だけだ」




はい?



拾われた?




お前は犬かっ!!


「・・・・・・拾われて?」
「拾ってもらって養ってもらった。1ヶ月くらい?」
「マジで?」
「・・・・嘘をついても仕方ないだろ?」

ジョーの顔は真剣だった。



ジョー・・・これ以上、オレに謎を増やすな。
謎が謎を呼び、謎を深めて・・・・お前はいったい何者?



「それ、フランソワーズさんに言うなよ・・・」
「?」
「女に拾われて、養われて・・・・そんなの知ったら、あの純粋な汚れを知らないフランソワーズさんがっ!!」
「知ってるわよ?だって、その頃にはもう、ジョーとおつきあいしていたんですもの」


ひいいいいいっ!!
フランソワーズさん?!

い、い、い、いつの間に!!

地獄耳っすね?!


いつの間にかオレの後ろにたっていたフランソワーズさんは、不思議そうに空色の瞳を数度、目蓋に隠しながら、花が咲きこぼれるように、春色の柔らかさ舞う微笑みでオレを見た。


つきあってた?!
つきあってる間にジョーは、さっきの美人に拾われて養われて、1ヶ月!?



それって・・・・

フランソワーズさんっ!?




「忘れないわ・・・・”初めて”ジョーが私を”愛してる”って言ってくれた・・・」



風に舞い散る桜の花びらのように、可憐にその白い頬を染めてフランソワーズさんは言い、ジョーはそんな彼女の手を取り、自分の胸に引き寄せた。

亜麻色の髪にくちびるを寄せて、彼女の香りを楽しむ。



「・・・・愛してる」



ジョーはフランソワーズさんの頬に手を添える。
空色の瞳を覗き込むように顔を近づけて、形よい唇を愛しげに自分の唇に重ねた。
フランソワーズさんは少しだけ背伸びをして、ジョーの唇に熱を送る。

彼はそれを受け止めて、彼女の耳元へとくちびるを寄せてささやく。



「Je t'aime pour toujours.」




フ、フ、フランス語!?




「誓う?」





フランソワーズさんが日本語で答えんの?!


「Oui」



「Embrasse-moi !」



何を言ってるのか、俺にはさ~~~っぱり!!わからない・・・・。
けれど、フランソワーズさんが、何を言ったかはなんとなく・・・わかった気がする。


だってさ・・・・
結局、やってることはいつも通りっっっ


営業妨害だ!!!
んなとこでっ大人チュ~はやめてくれえええぇぇぇ!!





「素敵よね・・・いつみても」


うっとりと2人の”大人チュ~”に魅入られる義姉さん。




か、か、か、か、香奈恵さんはどこっすかあああ!?




(好きなだけチューしてらいいさっ・・・・もう・・知らねぇ)
それよりもっ!

チューしてる場合じゃないっすよっ!
フランソワーズさんっ!
犬みたいにひょいひょい他の(美人な)女性に拾われるジョーに何も思わないんすか?!


オレの視線に気がついて、フランソワーズさんはジョーの唇から離れた。ジョーは軽くオレを睨む、その瞳が”邪魔するな”と訴えているが・・・・お前、営業妨害だっつうの!

そんなジョーを潤んだ熱の籠もる空色の瞳で、愛おしそうに見つめ、彼の頬にキスをする。


「大地さん、心配してくれてありがとう。私から離れる前後のジョーは・・・とっても綺麗で、素敵に私のためだけに、悩んで、苦しんでくれたの・・・・あの時、ジョーには必要だったの。私に甘えてしまって自分から目を背けてしまったジョーには、ちょっとだけ”お仕置き”が必要だったのよ?・・・・女性の家で生活を始めたときは、ビックリしたけど・・・でも、ジョーだから仕方ないの・・・・女なら、彼をそばに置いておきたいのが、普通だもの・・・・ 」


フランソワーズさんが
ジョーに
お仕置き?

それで
ジョーは
綺麗で、素敵に、悩んで、苦しんだ???

先に・・・さっきの美人に拾われて、養われて?
ジョーなら仕方がない?





謎っすよ!?

・・・・謎じゃないか?
っで!・・・ジョーをそばに置いておきたいって思うのが、普通?!



義姉さんは、うん。うん。と、深く頷いた。
納得してる!?


・・・義姉さん、兄貴じゃダメなのか???




オレはまじまじと、ジョーをみた。
ジョーはフランソワーズさんの腰に手をまわし、自分の躯に ぴたり と、くっつけたたまま彼女の頭に自分の顎を乗せるように、頬を寄せるようにして、オレに視線を投げかけた。


ジョーは腕の中にいる、フランソワーズさんに満足し、安心している。
琥珀色の瞳は、午後のゆるやかな空気に解けてしまいそうなほど淡い。


愛おしそうに、亜麻色の髪にときおりくちづけては彼女に酔う表情は・・・・・



うわあぁぁぁ・・・・・。






カメラっ!!
カメラっはどこだっ!!!


こんなヤツの姿をどっかの週刊誌に送ったらっ
オレの学費を払ってもおつりがくる!!!


義姉さん?!
義姉さんっ・・・・仕事中の携帯の使用は禁止って言っておいて・・・
・・・・・・あとで、オレの携帯に送ってくれ、それ!




「・・・・も!ジョーったらひどいのよ?ちゃんとまだ”何も”言ってもらってないのに・・・・邸のみんなにも私たちが付き合い始めたっていうのは、まだ秘密だったのに!!・・・部屋を取ったって言うし、1日くらいならって・・・”お仕事”の後だったから、2人でゆっくりできるわ!って思ったら、2週間以上も監禁されてっ・・・・、」



監禁?!


週間!?



オレはさっきまでの興奮(?!)が、フランソワーズさんの言葉に一気に冷めた。


「・・・・・あのとき、キミが他の男に・・・」
「挨拶よ?」
「・・・・・・・・あんなの、挨拶とはいわない」
「そお?」
「そう」


思い出したのか、ジョーがむっとした。
その表情が、彼を幼い少年のように見せた。


「島村っちさんのヤキモチは、激しいわねぇ?」


義姉さん・・・監禁は犯罪ですっっ!
盗撮も?
激しいヤキモチなんかでっ簡単に終わらせないでくださいっ!!


「・・・・・イヤだった?」
「?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あの時、イヤだった?」


ジョーの呟いた言葉にフランソワーズさんが、旬のイチゴよりも紅く染まる。
オレや義姉さんの方に、ちらり と視線を走らせ、ジョーの耳もとに、愛らしく潤ったくちびるを ぴたり と寄せて、その白魚のように白い、小さな手で覆う。

ジョーは、少しだけ躯を折って、彼女の方へ耳を傾ける。




・・・・・イヤなはず、ないじゃない・・・・ジョーとだし・・・その・・・・ね?だって、そういうの、は、ジョーとしか・・・ね?・・・・邸だと・・・・・ね?・・・でも、私は・・・ちゃんと愛されたかったの・・・・ね? 言わなくても、わかるでしょ?



何を言ってるのか、オレと義姉さんには聞こえない。が、ジョーの顔が嬉しそうに微笑んだことから、彼が嬉しく微笑むほどの言葉を、フランソワーズさんがジョーに言ったこと”だけ”がわかる。



「Je suis tout(e) pour toi.」



フランソワーズさん。
フランス語、わかりませんって・・・オレ。

聞かれたくない?
今更、何を聞いても驚きませんっっすよ!

わからない方が気になるっすよ~~~~!!!




ジョーの耳元から離れて、今日の青空よりも眩しいフランソワーズさんの笑顔と、彼女が彼に贈った言葉。
それを受け取ったジョーは甘く囁いた。




「・・・・・・そのために、還ってきた」




ジョーはフランソワーズさんの目蓋にキスをひとつ。








私から離れれば、離れるほどに




あなたは私に狂うの。

あなたは私を知るの。



ジョー、あなたは私に愛されてる。


愛され続けるの、あなたは。
愛し続けるの、私を。




ゆらゆらと揺れる想いは月の船。
私の宙(そら)に浮かぶ船。


私の躯の中をかける月の船。
あなた意外に誰も・・・その船を操ることはできないわ。



























秋学期はフランス語を取るぞ!!オレはっ。



























####


「ねえ、言って?」

「アイシテル」

「もう一回・・・・」

「愛してる、よ」

「ジョー、もっと言って・・・」


「愛してる、愛してる、・・・・フランソワーズ、愛してる・・・・」




「もっと・・・・言って?」





「俺ばっかり?」






「私はずっと言ってきたもの!・・・・ジョーは今までの分を取り返さないと!・・・・ね?」







「フランソワーズ、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる・・・愛してる・・・・・」
「あ!今の3つ目は、ちゃんと”私を求めてる” 愛してるじゃないわ!」




「・・・・・俺が、キミを求めてないはずない、だろ?」



「だめよ! さぼっちゃ!」


「・・・・はい」




「ね? もう一回やり直し」





「愛してる、キミを愛している・・・・・」






「愛してるわ、ジョー」

「愛してる、よ フランソワーズ」











満ちて、満たされて


アイシテ、アイサレテ。







「 愛  し て る 」








end.

☆Je t'aime pour toujours. = 永遠に君を愛する
  Embrasse-moi ! = キスして!!
Je suis tout(e) pour toi.= (〃_ 〃)ゞ ポリポリ



・言い訳・

「1003」番のキリリクを踏んでいただきました「・~☆」さま へ 描かせて頂いたお話です。

いただいたリクエストは『大地くん・シリーズ』
「闇全快の島村っち」で。
フランソワーズの気持ちが本物だと信じれるようになったけれども
何かがきっかけでフランソワーズが信じられなくなり、
精神的に傷ついて、心も体も壊れて傷ついた9を3の愛が助ける・・みたいなのを!

しょっぱなに、9は一般女性のところに転がり込むというのが、
私なりの・・・闇?(汗)

こんなん書いてしまいました・・・。
ジョーの闇・全開モードは、本当に深くて、難しくて・・・。

今回のこのお話に行き着くまでに、5つくらい話しを作りました。
・・・途中でかけなくなってしまって、大混乱(笑)で、
また新しいプロットを作って、書いては・・・また途中からかけなくなって、大混乱(笑)x5回!


闇・ジョー・・・あなたは本当に困った人ですよ!!!
ボツになった文章で、新しいのが2,3作書けそうです・・・(切り貼りでね)

と、とにかくっ!
今回の9は3を監禁するし・・・。

ヤキモチで・・・?!
挨拶?!
腹いせに、投げやりモードで女の家に転がり込んだ?!

・・・・このお話の前の”3監禁事件”は書きたくても、無理です。
ご想像にお任せ致しますデス。

ええっと・・・
お嬢さんの愛はすごかった。
結局9は3の手のひらの上だったと言うことです。

以上です。


・~☆さま・・・・こんなの満足できな~い!!と言う場合はご連絡ください・・・
リベンジさせていただきます、ので・・・m(ToT)
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Day by Day・26
(26)

ジョーの視線の先には、常にフランソワーズがいる。
でも、ジョーは”好きな人はいない。”と、はっきり言った。



じゃあ、なぜいつもフランソワーズを見ているの?

その瞳で追いかけているの?

眩しそうに、彼女を見るの?

切なそうに、瞳を細めるの?



彼女と話すときのジョーは・・・優しい。
私と話すときと同じ。




彼女と話すときのジョーの瞳は・・・切なく、強く、温かく、嬉しそうに・・・淡く翳る。
私と話すときと違う。


私の時と違う!!!



好きな人はいない?

それじゃあ!どうしてそんな瞳で彼女を見るの?

彼女を追いかけるの?

彼女と話すの?




好きな人はいないって言ったじゃないっ!



・・・・私はジョーが好き。
だから、好きになって。
好きな人がいない。って、言ったあなただから、私を好きになって。





####


花見(予定)の下見から7人がコズミ邸を出発し、その帰りの途中に、ミツエがコズミ博士お気に入りの和菓子屋へ寄り道をして3,4時間ほどで邸に戻ってきた。夕食の準備を終えてから自宅に戻るとミツエは言ったが、すでに彼女が帰宅すべき時間は過ぎており、フランソワーズは自分がするからと、今日の礼を言ってミツエを帰そうとした。
ミツエはいつもの事だから気にする必要はない。と、言ったが、ミツエの顔から少しばかり疲労の色が表れていたために、フランソワーズは半ば強引に、休んで下さい。と言いはった。自分を気遣うフランソワーズに苦笑しつつ、フランソワーズの優しい心遣いに甘えることにする。


「じゃあね、フランちゃん。あなたも疲れたでしょうに・・・」
「私は・・・大丈夫です」
「本当に?」
「はい!だから、また明日」
「ええ、また明日ね」
「おやすみなさい、ミツエさん。今日はありがとうございました」
「こちらこそ!楽しかったわ!!」



ミツエは車に乗り込み、運転席からフランソワーズに手を振る。
フランソワーズも手を振って、ミツエの車が去るのを見送った。


コズミ邸の門前で、フランソワーズは夕明かり残る空を見上げる。瞳を閉じた目蓋には、昼間に見た桜が鮮明に焼き付いていた。ふうっと、肩から力を抜いて息を吐き出し、ぐうんっと両腕を高く上げて伸びをする。


「ジェットが騒ぎ出す前に、お夕食を用意しないと・・」


コズミ邸の門を内側から閉めたとき、煙草の香りがフランソワーズの胸を締めつけた。
00メンバーで煙草を吸うのは、ジェット、アルベルト、グレート、パイプ派のギルモアと張大人。
それぞれに好きな銘柄があるらしく、微妙に味と香りが違うと言う。喫煙者ではないフランソワーズは、それがどう違うのかは判らないが、香りの違いはいつの間にかかぎ分けられるようになってしまっていた。


”耳”はスイッチを入れていなくても、人以上の聴覚を持つ。
厭でも聞こえてきた声は、ジョーとさくらの声。
庭先に出て煙草を吸うジョーについて、さくらも庭に出ているのだろう。


気にならない。と、言えば嘘になる。
フランソワーズはそのまま足早に玄関に入り、キッチンへと向かう。


<メシ、いつできんだよ?>


台所に立ったとき、ジェットの脳波通信が届いた。





「腹減った!」
「・・・手伝ってこい」


フランソワーズ以外の4人はなんとなく客間に集まっていた。
庭に通じる引き戸が開けられた縁側に、腰をかけているさくらと、庭に立ち、煙草を吸うジョーにアルベルト。


「アルベルト、ジェットじゃ役にたたないよ?」


ピュンマが畳の上で足を伸ばしてくつろぐその横で、ジェットは胡座をかいてテーブルの上に突っ伏している。
2本目の煙草に火を灯すアルベルト。
さくらがジョーを見つめていると、煙草を1本だけ吸い終ったところでジョーは庭から客間へと戻り始めた。


「何処行くの?」


何も言わずに自分の横を通り過ぎた、ジョーの背中に声をかけた。


「・・・・手伝い」
「ジェットより、ジョーの方が役に立つね!」
「じゃあ、私も行く」
「さくらっ!お前料理できねぇんだろっ?!邪魔すんなよっ」


ジェットは頬をテーブルにぺたりとくっつけたまま目線をさくらに向けた。


「ジェットに言われたくないわよっ!出来ないんじゃなくてっ好きじゃないからっやらないの!」
「へえ!そうなんだ?・・・なんで?」
「むいてないのっ」
「んなもん、理由になるかよっ!出来ないから、むいてねぇんだろ?」


さくらがジェットとピュンマと話している間に、ジョーはキッチンへと向う。
ジョーを慌てて追いかけようと、立ち上がったさくらに話しかけ続ける2人に、彼が客間から出て行った先の襖を見つめて、いつもよりも数段低い声で言った。



「・・・・どういうつもり?」


恋する女性のカンはとても鋭い。
この2日間の間に、気がつけばそれとなくジョーと2人きりになるチャンスを、ジェットもしくはピュンマに邪魔されている気がしていた。


「・・・っんだよ?」
「ジェット・・邪魔するの?・・・・・・それで、ピュンマも知ってるんでしょ?」
「うん」
「あ!?ピュンマ!!」


素直にさくらの問いかけに答えたピュンマにジェットは慌てた。


「誰にも言わないでって書いたのにっっっ!!!!」


さくらはジェットを睨みながら声を荒げる。


「たまたま、メール読んでるときにっこいつが居たんだよ!オレのせいじゃねぇえっ」
「もういいわよっ!!どっちでもっ邪魔しないでっ」
「告白して、返事をもらわないで・・・どうしたいのさ?」


ピュンマが疑問に思っていたことを声に出た質問に、さくらは迷わず即答した。


「私を好きになってもらうのよっ」
「え?」
「好きになってもらうだあ?」


ジェットは仁王立ちのさくらを見上げた。


「ジョーはっ好きな人はいないって言ったんだもん!!だからっ私は好きだから、ジョーに、私を好きになって!ってお願いしたのっ!!返事をもらわないんじゃなくって、待ってるのよ!ちゃんと私のことを知って、見て、感じて、考えて欲しいから!!私が彼の好きな人になるのっ!っなんか文句あるっ!!」


さくらの気迫と勢いに、空きっ腹のジェットは言い返す気力はなく、ふるふるっと首を左右に振り、ピュンマは ごくん。と生唾を飲んで、息を大きく吸って吐いた。


「・・・でもさ・・・好きにならなかったら?ジョーの気持ちが他の人に向いていたら?」


ピュンマの冷静な言葉に、ぐっと喉の奥が詰まり息苦しさを感じながらさくらは、頭を項垂れ、さっきの勢いが嘘のように力無く呟いた。


「ピュンマ・・・そんなのっそんなの・・・好きな人はいないって言ったんだもんっなのに、そんなことを考えてたら何も出来ないしっまだ判らないじゃないっ?・・・それとも・・・何か知ってるの?」
「・・・よおく、ジョーを観てたら気がつくと思ったけど・・・ボクはさくらを心配してるんだ・・・」


ピュンマは立ち上がってさくらに近づき、俯いたさくらの顔を心配そうにのぞき込んだ。
さくらは ぱっ と顔を上げてピュンマを睨み、その唇から言葉を投げようとするよりも早く、庭にいたアルベルトの声がピュンマとさくらの間に割って入った。


「ピュンマ、他人に言われて”はい、そうですか”で、納得できるなら、この世に恋愛小説は流行らん・・・好きなようにさせておけ。ダメで傷つこうが、落ち込もうが、泣こうが、喚こうが、いい大人だ。自分で自分のケアくらいできるだろう?・・・そうやって女は、な?・・・女としての経験値を減らすようなことをするな・・・蹴られるどころか、踏みつぶされるぞ?そっちの方が治りが遅いだろ?」


さくらは驚いたようにアルベルトを見る。
煙草の香りを客間に運びながら、アルベルトはニヤリと片頬を上げてさくらに嗤いかけた。



「ジョーにどんな魅力があるのか知らんが、好きにしたらいいさ・・・」
「ジョーはとっても魅力的で、すてきだわっ!ありがと!! 見ててっ!彼は絶対に私を好きになってくれるからっ!」


さくらは満面の笑みで自信満々に言い放ち、台所へ向かったジョーの後を追った。
ピュンマは呆れたようにアルベルトを見る。


「アルベルトぉぉぉ?なんで煽るのっ?!」
「それも人生だ。・・・これくらいのことでいちいち余計な手を出すな・・・こじれるぞ。たまにはいいじゃないか・・・春は色恋沙汰の季節だろ、日本は」


ピュンマは足を投げ出して座り、アルベルトもピュンマの近くに胡座をかいて座った。


「そんなの訊いたことないよっ」
「盛りがついて困るだろ?春は」
「あのさ、猫や犬じゃないんだから・・・」
「似たようなもんだ、にゃあ、にゃあ、わん、わん、楽しそうだ」
「・・・・楽しいのはアルベルトでしょ?無責任だよ」
「いつまでも甘やかしていたら、心配し過ぎで離れるに離れられなくなるぞ?」
「・・・・帰るんだ?」
「来年あたり」
「そっか」
「ピュンマは?」
「帰る前に・・・やりたいことがあってさ。ボクは自分の国のために、もっと世界を知らないといけないんだ。日本でも勉強できるけど、できたら・・・」
「・・・・勉強か、お前さんらしいな」
「コズミ博士が、相談に乗ってくれているんだ」
「そうだったのか」
「・・・うん、ギルモア博士も色々とアドヴァイスをくれてるし。今はまだ準備前の準備かな?ジェットは?」


ピュンマは途中から大人しくなっていたジェットに話しかけたが、返ってきた返事はピュンマの質問とはまったく関係がないものだった。



「・・・・も、なんでもいいからよおお、メシぃぃぃ・・・」



「こいつは決まってるだろ?・・・・電線の上だ」


アルベルトはニヤリと嗤った。





####


台所へと続く廊下の途中で、ジョーは足を止めて深く息を吐いた。
コズミ邸に来てからの、さくらの態度にどう対応していいのか判らなかったのだ。とくに、以前にはなかった彼女の”スキンシップ”がジョーを困らせていた。さくらが自分の隣に立つと、手を繋ごうとする。それを拒むと腕を絡めて体重をかけて頬を寄せ、しっかりと彼の腕を抱きしめるようにしがみついてくる。


何をどうすればいいのか、わからない。

それがジョーの本心である。



今までなら、そのまま相手が望む通りのことをこなした。

望まれるままに。

求められるままに。

独り、誰もいない部屋に帰るのが厭でたまらず、ただ街に出て、星の代わりに瞬くネオンに目をむけることもなく歩くと声がかかる。
そうやって知り合った人と夜を過ごし続けた。
名前も知らない。顔も覚えてない。
その日限りの関係に、その日限りの寂しさをごまかす。



独りで夜を過ごすくらいなら。
独りで朝を迎えるくらいなら。



誰でもいい。
そばにいてくれたら、それでいい。



以前の島村ジョーだったなら、さくらの気持ちを受けていただろう。
何も疑問を持たずに。
ただ、それを望まれたから。



必要としてくれるなら、誰でもいい。



でも、今は?



この世で唯一、自分のものだった体を奪われた。
もう何もかも失ってしまった・・・はず、だった。




サイボーグにされて、仲間ができた。


サイボーグにされて、独りではなくなった。


サイボーグにされて、大切なものができた。




「サイボーグだから・・・出会えた・・・・」




想ってはいけない。

彼女をより不幸にする。
自分が求めていたものは、彼女が望まない世界にあった。


だからと言って、さくらを逃げ道にするつもりも、一時的な淋しさの埋め合わせにするつもりもない。




もう、昔の俺じゃない。




好き・・・て、言った・・よ、ね?
それは、誰に?



キミが誰を想っていても・・・俺は・・・・。






「フランソワーズ、手伝うよ」

コズミ邸の台所の入り口に立ち、一度、短く深呼吸を繰り返してからフランソワーズに話しかけた。
できたての鮭炒飯の香りが、ジェットほどではないにしろ空腹であったことを知らせる。台所に置かれたテーブルに人数分の夕食が並び、それらをちょうどお盆に乗せていたフランソワーズは、ジョーの言葉に微笑んだ。


「遅くなって、ごめんなさい」
「いや、作らせてしまって・・・ごめん」
「お料理は別に苦じゃないわ、”好き”だもの」
「っ!」


ジョーは台所に入る途中でテーブルのイスに がんっ と、勢いよく足をぶつけ、イスは蹴り上げられた形で夕食が並べられたテーブルにぶつかり大きく揺れた。


「っジョー!!」
「ごめんっ」


フランソワーズはお盆に乗せていた、帳大人から教わったばかりの中華スープをさっと持ち上げた。


「危ないわっ」
「ごめんっ・・・」


テーブルの上にある、鮭炒飯も青梗菜と豚肉のオイスターソース炒めも、フランソワーズが中華スープをお盆で持ち上げたために、無事であった。


「・・・スープから運ぶことにして、正解だったわね?」
「・・・・・ごめん」


申し訳なさそうに、小さくなって謝るジョーを見ながら くすり と笑ったフランソワーズは、手に持っていたお盆をジョーへと渡す。


「これを持って行ってくれるかしら・・・気を付けてね? ジェットはまだ生きてる?」
「気を付けるよ・・・ジェットはそろそろ危ない、かな?」
「じゃあ、急がないとっ。でも、こぼさないでね?」
「・・・・・はい」


ジョーがスープを乗せたお盆を手に、台所を出たところでさくらと入れ違う。


「私も手伝うわっ」
「・・・・・うん」


にっこりと笑ってさくらは台所へと入っていった。
ジョーはその背を見ながら短く溜息を吐いて、ジェットを餓死させないために客間へと向かった。



「何かお手伝いすることありますか?」
「・・さくらさん」


台所に入ってきたさくらに少しばかり驚きつつも、フランソワーズは笑顔で答える。


「お夕食はできたから、あとは運ぶだけなの。このお盆を使って運んでいただけるかしら?」
「は~いっ!」


さくらはフランソワーズからお盆を受け取り、テーブルに並ぶものを次々に乗せていく。フランソワーズはポットに火をかけてお湯を沸かす。
さくらは手を止めて、フランソワーズの後ろ姿を見つめた。
自分よりもすらりと背が高い。線が細く華奢な躯。ゆったりと流された艶やかな亜麻色の髪は、彼女のフランソワーズの微かな動きにそって背中で繊細に揺れる。


「・・・・フランソワーズさん」
「なあに?」
「私、ジョーに好きっていいました」
「・・・・」


フランソワーズはさくらの方へは振り返らずに、使った中華鍋をコンロからシンクに移して洗い始めた。


「ジョーは好きな人はいない。て言ったから、私が彼の好きな人になるって言いました」
「・・・・」
「だから、私のことを好きになってくれるように、がんばるの」
「・・・・」
「応援、してくれますか?」
「・・・・」
「ジョーが私を好きになってくれるように、フランソワーズさん、助けてくれますか?」


フランソワーズはさくらの方へ振り返り、微笑んだ。


「・・・・私の応援がなくても、大丈夫よ」
「何が、大丈夫なんですか?」
「ちゃんと彼は考えてくれる・・・わ。ジョーは優しいもの」
「考える?・・・・優しいから、考えてくれる?それって、私に望みがないように聞こえますけどっ?」


さくらは手を止めて、フランソワーズを睨む。
フランソワーズは手に持っていたスポンジを握りしめた。


「何が、言いたいの?さくらん」

「フランソワーズさんはジョーのこと、好き?」
「好きよ、彼は大切な・・・・」


フランソワーズは、言葉を言い淀んだ。
彼女の口から、”家族””仲間”と言う単語が出てくるはずであったが、それを言葉にすることができない。


「大切な、何?家族?仕事仲間?」
「・・・・それじゃ、ダメかしら?」


フランソワーズの言葉に、さくらの表情は憎々しげに歪んだ。


「・・・そうやって余裕ぶってればいいわよっ!」
「余裕?」
「ジョーは絶対にっ私を好きになってくれるわっ!ちゃんと私を見てくれればっ、一緒にいる時間さえあればっ ジョーはあなたなんか見なくなるっ!!!ジョーがあなたなんか好きなはずないわっ!そうやってみんなにチヤホヤされてっ思い上がっていればいいわよっ!、いい気になってる間にっ ジョーは私を好きになってるわっ」


「え?」



さくらはお盆を手に台所を去っていく。
蛇口から勢いよく流れる水が中華鍋に溜り、溢れた水が、じゃばじゃばとシンクのディスポーサーへと流れていく。握りしめたスポンジは、油と混じり不快な感触。



ーーー何を言ってるの?




”ジョーはあなたなんかを見なくなるっ!!!”

”みんなにチヤホヤされてっ”

”思い上がっていればいいわよっ!”



”ジョーがあなたなんか好きなはずないわっ”



さくらの言葉を思い返す。
その言葉はまるで、ジョーが自分に好意をもっているかのような口ぶりであった。


「・・・・何を、勘違いしているの・・・ジョーが、私を想うはずないじゃない・・」




ーーーそういう風に見えるのは、仲間として、仲間の中で唯一、私が女だから・・・でしょ?




フランソワーズはざっと中華鍋を洗い、ポケットに入っていた携帯が震えたのを取って短い会話を交わす。その後にテーブルに残されていたものを客間へと運ぶ。
誰もいなくなった台所に、コンロで火にかけられていたポットが鳴いた。




####


翌日はあいにくの雨模様のために、朝から期限の悪いさくらは、いつも以上に甘えるようにしてジョーのそばを離れない。ジョーはとくに何も言わなかったが、座っているときなどに、べったりと体を猫のようにすり寄せてくるのには、辟易していた。
予定では今日、グレートがアルベルトと交代するためにコズミ邸へ訪れる予定だったが、急なギルモアの所用を頼まれたために、交代する日が伸びることになり、アルベルトはピュンマとともに、書庫へと籠ったまま出てこない。ジェットは退屈そうに、ごろごろと客間の上を芋虫のように右から左へ転がり、時計を睨み。再び左から右へと転がり、時計を睨む。


本当なら、明日の花見のための準備に追われているはずであったが、市が管理する植物公園での個人的イベントは、事前に市への届けが必要であることがミツエの調べでわかった。家族単位の花見であったとしても1週間前には申請が必要と言う。植物・自然環境保護のためと言うのが市からの理由だった。

「以前は誰でも自由に花見を楽しめたのに」と、申し訳なさそうに報告するミツエ。黙ってればバレないっ!と主張したジェットだが、”目立つ”ことは避けたいメンバーの声により、”花見”は中止になった。


「昔は自由に、好きなときに桜を愛でて、楽しんだのにねぇ。最近はなんでもかんでも、あれも、だめ。これも、だめ。・・・本当に変よねえ?」


ごろごろと転がるジェットの姿に、通りかかったミツエが話しかけた。


「仕方ねぇ・・・・それが時代ってもんだぜ、昔が良いときもあれば、今が良いときもあるってな・・・」
「ジェット君、そんなに退屈だったんならフランちゃんと一緒にお使いに出てもらえばよかったわねえ?」
「フランソワーズがお使いっ? 1人でっ?」


慌ててジェットは長い体を勢いよく起こす。


「ええ、行きたいところがあるって・・・・だからついでにお使いも頼んだんですよ?」
「それ、近所かっ?」
「いいえ?少し離れた○○の方へ・・・・あの、何か不都合でも?」
「い、いや・・・あいつ、まだ1人で電車もバスも乗ったことねぇんだ・・・だからっつい・・・ジョーは知ってんだろ?」
「島村君?・・・さあ、どうでしょう?フランちゃん、朝食後すぐに出かけたから・・・・」
「アルベルトは?ピュンマは?」
「さあ?・・・・私からは何も言ってませんから、フランちゃんが言ったかどうかは・・・」


ミツエは困惑した表情でジェットの言葉に答える。
ジェットは、「なんでもねぇんだっ!」と、ミツエの顔色を読み、よけいな考えをミツエに与えてしまったことに後悔しながらも、その足で書庫へと向かう。が、短気なジェットはミツエとの会話がすんだ直後に脳波通信を飛ばした。



<フランソワーズが出かけたのっ誰か聞いてっか?!>



ジェットの脳波通信がピュンマ、アルベルトに届くと同時に、書庫の扉が開いた。


「聞いてっか?!」


壁いっぱいに埋め尽くされた本棚には、隙間なく多くの書物が著者別、ジャンル別に保管されてい
る。コズミの几帳面な正確が良くでている、20畳ほどの広さの部屋に置かれたソファに座り、本を読んでいた2人は何事かと、左側の廊下に続く扉に視線を向ける。


「・・・・何?フランソワーズがでかけたの?」
「ジョーと一緒じゃないのか?」


ジェットの落ち着かない様子に反して、2人はのんびりと答えた。


「ジョーが一緒のはずねぇだろっ!朝からずうっっとっさくらがまとわりついてんだしよっ!!さっきさくらに強請られて2階に行ったはずだぜっ!」
「・・・じゃ、フランソワーズは本当に1人?」


ピュンマは心配そうにアルベルトを見て、その手に持っていた本をソファに置いて立ち上がる。


「フランソワーズがどこへ行ったか聞いたのか?ジェット」
「なんか○○ってとこに用があるってミツエに言ったらしい、だから、ミツエがお使いを頼んだって」
「・・・・聞いてないな」
「ボク、ジョーに聞いてくるっ」


<・・・フランソワーズが出かけた?>


ピュンマが書庫を出ようとしたとき、3人にジョーからの脳波通信が届き、彼は足を止めてジェット、アルベルトを見た。ジェットはすぐに返事を返す。


<ミツエに、街へ行きたいって言ったらしいぜっ?・・・ミツエがお使いを頼んだんだけどよっ、そっちの方が”ついで”だっ>
<アルベルト、ピュンマも聴いていないんだね?>
<ああ、朝食が済んでからずっと書庫だ>
<ボクもだよ、朝食のときに彼女に会ったけど何も聴いてないよ?>
<ギルモア邸に連絡を頼む。彼女の携帯に電話を、居場所も確認してくれ・・・フランソワーズらしくない>
<おめえがっさくらといちゃいちゃしてっからだぞっっ!>
<・・・関係ない>


「ジェットっ!今はそんなことより確認が先だよっ!・・・大げさかもしれないけど、さあ」


<ジョー、こっちへ来い。ギルモア邸への連絡はオレが入れる>
<じゃ、ボクはフランソワーズの携帯に>
<ったく!!雨の日くらいおとなしくしてろっつうのっ!!>


「ジェットには言われたくないんじゃない? フランソワーズも・・・」
「っつうか、あいつっさくらを振り切ってこれるのかよ・・・ぜって~無理だっ!」
「連れてこい、ジェット。仕事だと言え」
「女1人に振り回されやがってっ!!情けねっ」
「1人じゃないよ・・・?今は2人だけど、さ。前は・・・色々ねえ?」
「んなああああんでっあいつばっかモテんだよっ!!」
「五月蠅いっ!さっさと行けっ」


アルベルトは携帯からギルモア邸のコール音を聴きながら、ジェットにジョーを連れてくることを促した。その声と重なるように、ジェロニモが電話に出る。


『・・・はい。』
「アルベルトだ」
『どうした?』
「フランソワーズはそっちに戻ってないな?」
『・・・戻ってきていない』
「連絡は?」
『ない』


ジェロニモの答えに、アルベルトはピュンマを見る。
ピュンマも持っていた携帯からフランソワーズの携帯にかけるがコール音を聴く前に、それは留守番サービスセンターへと繋がる。


「・・・電源を切ってるみたいだよ?・・・もしもし、ピュンマです。これを聴いたら連絡して。・・・心配してます」


ピュンマは、短く伝言を残して携帯を切った。アルベルトは、電話口のジェロニモに今の状況を簡単に説明した後に、ジェロニモから意外な返事が返ってきた。


『昨日、グレートがフランソワーズの携帯にメールした。アランの日本滞在スケジュールが変わったことをだ。彼はフランスの芸術祭のゲストに選ばれたらしい。帰国することがわかった。その後に日本へ来るかは未定だ。ツアーは日本以外もまわるから、そのまま次の国へ行くのかもしれん。・・・関係ある・・・だろうか?』
「大ありだ」
『そうか。探すのか?』
「・・・・アランに会いに行ったことは確実だな」
『アルベルト。フランソワーズは大丈夫だ。信じろ・・・フランソワーズは自分を知っている、彼女が行くと決めたなら、それは絶対に必要だったことだ。何も言わずに言ったことも理由がある、責めたりするな。そしてジョーに言え、009ではなく、ジョーとして迎えてやれ』
「・・・すべて知っていたかのような言い方だな?」
『こころの声を聞け。すべてに理由があり、それは大きな一つの道となって続いている。オレにはただ”道”を歩く2人が見えているだけだ。』
「・・・・大丈夫なんだな?」
『信じろ。フランソワーズを』
「信じてるさ、付き合いは長い」
『・・・報告をまつ。』
「そっちでも、フランソワーズの居場所は掴むために動いてほしいな。・・・それは信じる、信じないよりも、”もしも”のためだ」
『わかった。』


携帯を切り、短く息を吸って深く吐く。
ピュンマはアルベルトがジェロニモと話している間にフランソワーズの携帯に電話をかけ直していた。
その場にジェットの姿はなく、彼がジョーを素直に呼びにいったことがわかる。





####


むりやりに2階へと連れてこられたジョーは、何をするでもなく、さくらがずっと自分の話しをし続ける
のを聴いていた。それは、彼女の小さい頃の話しだったり、夏にヴァカンスへ行った島や国だったり・・・彼女は脈絡なく思いつくままに話し続ける。ジョーはさくらと距離をとり、さくらの勉強机のイスに腰を下ろして相づちを打つ。
さくらの明るく、ころころとよく変わる表情に、歌うように話すストーリー。ジョーはさくらをとても魅力ある素敵な女の子だと思う。彼女の大げさな身振り手振りに、さらさらと反応する肩上で揺れるまっすぐな黒髪。笑うと子猫のように涙袋をぷっくりと膨らませて三日月のような細いラインを描く。低めの慎重は、ジョーの肩にさえ届かない。細すぎる体は、彼女が秋から大学に通うと言う年令であることを、ひと目では見分けられないだろう。

昼近くになり、彼女の機嫌もよくなりつつあるのか、今朝のようにべったりとジョーに体を寄せてくるようなことはなくなった。ジョーはさくらと距離が取れたことに安心し、彼女の話しにやっと耳を集中させ始めたとき、ジェットの脳波通信が飛び込んできた。



ーーーフランソワーズがでかけた?



ジョーは今朝からフランソワーズの姿をみかけていなかったことを思い出す。
気分によって朝食を食べたり、食べなかったりするジョーは、今朝は朝食を取らなかったために、台所に居るであろうフランソワーズには会わなかったのだ。起き抜けに廊下であったミツエに、「おはようございます」と言ったことは覚えている。



ーーー1人で?・・・まさか・・・



昨夜遅くに、ギルモア邸からの電話を受け取ったのはジョーだった。
それはグレートからであり、ギルモアの所用をこなすために、アルベルトとの交代が無理であることを伝えるものだった。ジョーは了解し、電話を切ろうとしたとき、007として短く、アランのスケジュール変更を009に報告した。



『003には、メールしておいたぞ。』
「メール?」
『ああ、頼まれてたんでなぁ・・・スケジュールに、イベント、どんな小さなことでも、変化があればメールが欲しいってな風に・・・聴いてないのか?ジョー』




ーーー聴いていない。




こころが重く沈む。


003として、フランソワーズはときどき無茶な行動を起こし、その度に009として彼女を叱ったことがあった。戦闘中においての彼女は勇敢な1人の戦士であるとわかっていても、他のメンバーに任せるようなことができないでいた009に、逆に003は009に詰め寄って言う。




”私もサイボーグよっ!仲間よっ!!ちゃんと1人の00メンバーとして扱って!女だからって甘やかさないでっ!!!”




花が咲くように明るく微笑みながら御菓子の甘い香りをさせて、ぴゅんぴょんと飛び跳ねるようにリビングへやってきては、どれだけ今日の御菓子のできあがりが素晴らしいかを報告する。

仲間たちの質の悪いジョークに、顔を紅く染めながらぷうっと頬を膨らませて怒る。

夜の時間のイワンの頬に、毎日彼へのおやみすのキスをかかさない。

調子がはずれた歌を口ずさみながら、何が忙しいのか邸中をぱたぱたと走りまわる。

大量のリネン類を抱えて、視界を遮られているときに”眼”が便利!と、戯けてみせる

時には母親のように口うるさく、日常のマナーを注意し、姉のように優しく諭す。お願い事があるときは、妹のように甘えた仕草を魅せる。

やっと手に入れた平和な日常に慣れずに哀しみ、平和な日常から戦いの日々に戻ることを恐れ、1人部屋で震える小さな躯を必死で自分の腕に抱き静かに泣く。




翌朝にはいつもと変わらない笑顔。




恐くてたまらい夜も。
淋しくてたまらない孤独も。
逃げ出したい戦いも。
辛い過去も現実も。
人であって人でない躯の苦しみも。



彼女は笑顔で朝を迎える。




そばにいたい。
キミのそばにいたい。




1人で恐くてたまらい夜も、
1人で淋しくてたまらない孤独も、
1人で逃げ出したい戦いも、
1人で辛い過去も現実も、
1人で人であって人でない躯の苦しみも・・・・キミとなら・・。



2人なら・・・・?




ジョーは脳波通信で書庫に居るであろう3人と短い会話を交わし、すぐにでも下へ降りて状況を把握したかったが、簡単にはいかない。「アルベルトから呼びだされた」と、話し続けるさくらに言いたいが、彼女に”脳波通信”で呼ばれた、とは言えない。



「も~~っ!!ジョーってばっ!!私の話し聴いてなかったでしょ!」
「え・・あ・・・ごめん」



目の前に飛び込んできた黒色の瞳。
いつの間にか、さくらはジョーの顔前に自分の顔を寄せてのぞき込んでいた。


「何考えてたの?」
「・・・・別に」
「別にじゃないじゃないっ!上の空だったでしょっ」
「・・・仕事のこと」
「お仕事?」
「昨日、ちょっとギルモア邸から電話があって、気になってる・・・行くよ、もう」


ジョーはイスから立ち上がり、さくらをよけるようにして部屋を出ようとしたので、さくらはジョーの腕をひいた。


「どこ行くの?」
「下」
「まだ、お話終わってないもん!」
「ちょっと、アルベルトに用事を思い出した」
「お仕事の?」
「そう」
「後でいいじゃないっ!お昼御飯の時間でもっ!!」


ジョーの腕に自分の腕をさくらは絡めると、体重をかけてジョーに寄り添う。


「気になるから」


ジョーはその腕をいつもよりも強く引きはがした。
さくらはジョーの手の力に戸惑う。



「・・・私、ジョーが好きよ?」
「・・・」



部屋の扉に手をかけてドアを開いたジョーの背中に、さくらは呟いた。


「ジョー、好きな人いないって言った。から・・・私を好きになって?」
「・・・」
「今すぐなんて言わないわ。だってまだ出会ってすぐだし、一緒に居る時間だって全然足りないものっ!ちゃんと私のことを知って欲しいし、ね?」
「さくら・・・」


ジョーは振り返り、さくらの顔をまっすぐに見つめる。


「さくらの気持ちは嬉しい・・・けど」
「まって!!ジョーまって!!」

さくらはジョーの言葉を途中で遮り、彼の胸に飛び込んだ。


「聴きたくないわっ!!まだっまだよっ!返事はいらないって言ったでしょっ私とジョーはまだ何も始まってないものっ!今はただ、私を知って欲しいのっ。ね?人の気持ちは変わるわ!私はジョーが好きなのっ今はそれでいいわっ!だから・・・だから・・・」
「・・・人の気持ちは変わる、か・・・」
「ジョー・・・お願い、言わないで」


さくらはジョーの胸に顔を埋め、腕をまわして躯にしがみつく。
ジョーは優しくさくらの肩に手を置いて、彼女を自分の胸から離した。


ジョーを見上げた黒い瞳が涙で濁る。


「・・・好きってどういう気持ち?」
「え?」


突然の言葉に、さくらの瞳が大きく見開いた。


「正直に言うと・・・わからないんだ。人を好きになったこと自体、ないのかな・・・どうだろう?」
「人を・・・好きになったこと、ないの?」
「あるのかも、ないのかも・・・わからない。今まで、”好き”って言われたことはあるけどね・・・」
「・・・ジョーを好きにならない方がおかしいわよっ!」


ジョーは微かに微笑んだ。



「さくらは、素敵だね」

「・・・」
「明るくて、自分の気持ちに正直で・・・元気で。ちゃんと”好き”って言う気持ちを知ってる」
「・・・」
「とても、素敵だと思う」
「・・・イヤっ聴きたくないっ!」


さくらは首を激しく振って耳を塞いだ。
ジョーは微笑んだまま、言葉を続ける。




「好きってどういう気持ちか、わからないけど・・・大切な・・・人はいるんだ」


ジェットは階段を上りきったところで足を止めて、さくらの部屋のドアを見つめていた。
ジョーが開けたかけたドアの隙間から2人の会話が聞こえてくる。


「さくら、人の気持ちは変わる?」
「・・・聞こえないっ」



ーーー彼女が、他の人を想っていてたとしても・・・彼女の気持ちはかわる?



「さくら・・・俺は」
「聞こえないっ聞こえないっっ!!聴かないわっ!!」




「ジョーっ!!アルベルトが呼んでっぞ!」



ジェットは階段を数段下がってから大声でジョーを呼んだ。





####

さくらはベッドに俯せに寝転んだまま、ぴくりとも動かない。


ジョーをアルベルトとピュンマのいる書庫へと向かわせてからジェットは、さくらの部屋に入った。さくらはジェットの姿を見るなり、ベッドへと倒れ込んだのだ。泣いはいなかったが、泣かないように耐えていることはわかる。ジェットは静かに、さくらの細いうなじを見つめていた。


ジェットは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。
彼の喉を通る空気の振動が、さくらの耳に届く。


「・・・・で、どうすんだよ?」


ジェットは落ち着いた、幾分いつもよりも大人びた口調でさくらに話しかけた。
その声は優しく、温かい。


「ジョーの気持ちは、気がついてたんだろ?」


さくらはジェットの声に何も反応を示さない。
ジェットは話し続ける。


「好きなヤツだから、なぁ。イヤでも気がつくよな?・・・アイツが誰を見てるのか・・・さくら、お前にはもったいねえぞ?あんな優柔不断なっ意気地のねぇヤツなんて・・・もったいねぇよ」
「・・・」
「好きになっちまったのは仕方ねぇよな、好きになる、ならないは・・・・自分でもどうにもできねぇしよ?・・・変だよなあ、人間って。こころだけは、どんなに科学が進んでも謎なんだぜ?」
「・・・」
「人の気持ちは変わるんだろ?・・・ジョーなんかの気持ちを変えるなんて、無駄なエネルギー使うより、もっと良い男探した方がいいんじゃね? 大学始まりゃ、出会いも多いだろ?」


「・・・・ジョーがいい」


さくらは枕に顔を押し付けた状態の、くぐもった小さな声で呟いた。


「ジョーが好きなの」
「アイツよりオレの方がよっぽど、いい男じゃねぇかよ!・・・目悪ぃだろ?」
「・・・・・両目ともに、1.5よ?」
「・・・そっか?ぜってー、測り直した方がいいぞ、それ」


さくらは顔を横にむけて、ジェットを見る。


「初めてあったとき、とても懐かしい”香り”がしたの」
「懐かしい?」
「日本に住んでいたときの、香り」
「・・・・?」
「私の本当のお母さんと、一緒に過ごしたときの・・香り」
「本当の?」
「産みの親はお父さんの愛人だったの」
「・・・」
「今のお母さんは、こどもができない人でね。私を引き取ったの」
「・・・お前も色々あんだな」
「今のお母さん、大好きよ。とっても愛してくれてるし、大事にしてくれてるの・・・でもね、やっぱり本当のお母さんに会いたい」
「・・・会えないのか?」
「会えないわ、私が引き取られた後に、どこへ行ったかわからなくなっちゃったんだって」
「・・・それで、探すのか?」
「探偵を使ったりして?・・・そんなことをしたら、今のお母さんが悲しむわ・・・子離れできない人だもの」
「日本に来たのは、会うためじゃないのかよ?」
「・・・・どこかですれ違っても、お互いわからないかも。でもね、それでもいいから、私は幸せですって見せたかったの」
「・・・そっか」
「ジョーはすごく・・・懐かしい香りがしたの。私が持ってる同じものを持ってる・・」
「なんだそりゃ?」
「・・・それは秘密!」


さくらが笑う。
ジェットはつられて、笑った。


「オレは持ってねぇのかよ?」
「さあ?どうかなあ?・・・・でもジョーの方が強いの、それ」
「それを持ってるヤツがいいのか?」
「初めて会ったわ、そんな人」





初めて会ったの。
寂しい時間を知ってる人。


ずっと待ってた。
帰ってくるのを待ってた。
いつか迎えに来てくれることを信じて、待ってたわ。



迎えになんて来ないことを、知っていても信じて・・・。




ジョーは知ってる。
独りを知ってる。



いつもアパートで待ってた。

お母さんが帰ってくるのを待ってた。

台所の窓から見えた夕日が、燃えるように赤くて怖かった。




早く帰って来てっっお母さん!



ずっと、待ってた。
何もない部屋で。
独りで待ってた。




迎えに来たのは、初めて見る”お父さん”だった。




ジョーは同じ。

彼は何も言わないけれど、私にはわかる。



ジョーは私と同じ香りがする。


だから、懐かしかった。
だから、愛しかった。



彼の瞳の陰は、私が持っているものと同じ色。


だから、気になった。



彼の言葉に、彼の仕草に、彼の・・・孤独に。
私は惹かれた。


私と同じ色を持つ人に出会った・・・。




「・・・ジェット?」

「なんだ?」
「・・・・好きなの、ジョーが好き」
「すげえな、さくら。お前はいい女だぜ?・・・・素直でまっすぐで、自分の気持ちをストレートに出せる。すげえっ!! お前はすげえっ!・・・愛されて、育ったんだな?お前」
「・・・愛されて育った?」
「おお!いっぱい、いっぱい、愛されて、大切に、大切にな?見ててわかるぜ?お前はすっげえ幸せもんだってな」
「・・・ありがと」


ジェットは長い腕を伸ばして、さくらのさらさらとした黒髪をくしゃくしゃと撫でた。
さくらはジェットの大きな手に頭を左右へされるがままに揺れる。


「ジョーはバカなんだぜ?」
「・・・そうなの?」
「とびきりのなっ!」
「・・・ジェットより?」
「オレなんかよりも、おおおおおおおおおおおおバカだ」
「・・・」
「だからっあんなヤツのことで、いちいち傷つくなっ!
「・・・」
「好きなら、好きでっさくらは自分の気持ちに正直でいろよ」
「・・・」
「アイツが受け止めてくれなくても、別にいいじゃねえか!お前が満足できたらよっ」

ジェットは立ち上がり、長い体をさらに長く伸ばして、天井に手が付き添うなほどに思い切り伸びをした。



「いい女は、ちゃんと自分を知ってるもんだぜ? 恋愛で自分を見失うようなバカな女じゃねえだろ?さくらは」

「ジョーが好き。だから、ジョーに私を見て欲しいの」



「simple is best!・・・・オレの胸はお前のために予約済みにしておいてやるぜっ」







====27 へ 続 く

・ちょっと呟く・

さくらちゃんは、タフです。
ジェットはいい男です。でも、君の胸は鳩胸ですか?


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Day by Day・27
(27)

ジョーは書庫で、アルベルトからジェロニモの伝言を受け取った。

ーーー009ではなく、ジョーとして迎えてやれ。



これはミッションでもなんでもない。
彼女個人の問題であることを再認識する。

ジョーはアルベルトに向かって静かに頷き、冷静に自分の考えを言った。


「ルールとしては、単独行動をするときは必ず連絡が取れる状態にしておくこと、だ。できるだけ行き先などをメンバーの誰かに伝えておく。というのは各個人に任せてある。今回は行った先が○○市とはっきりわかっているし、・・・ミツエさんがフランソワーズに頼んだ店も・・・」
「さっき、ミツエさんから聴いたよ」


ジョーはピュンマの報告に頷いた。


「それに、彼女が行った先の検討もついてる、だろ?アルベルト」
「ああ、・・・会いに行ったんだろうな」
「・・・・うん」
「彼女の携帯から、居場所を確認後・・・・僕が行く。行き先が、行き先だから・・・念のために」
「電話しても、留守番電話サービスにしか繋がらないんだよ・・・」
「・・・移動中なのかもしれない、ギルモア邸には?」
「連絡済みだ、電源が入っていなくてもわかるが、少し時間がかかるかもしれん」
「居場所さえわかれば、今はそれで十分だろう・・・ミツエさんに言ってあると言うことは、遅かれ早かれ、僕たちが気づくことも、彼女はわかっていたはずだ」
「・・・それもそうだ、な」
「大げさに考えない方がいいよね」
「一応のことは考えて、動けるようにはしておいた方がいいと思うが・・・ギルモア組の方が動きやすいだろう」
「”誰か”が追いかけるだろうと思ってさ、ついでにコズミ博士の車、借りられるようにしておいたよ?」

ニッコリと笑い、彼の白い歯がきらりと光る。
ジョーは、微苦笑して頷いた。

「足があるのは、助かる」








####

今朝早くから降り続く春の雨の中、ミツエに借りた小さな赤い折りたたみ傘を手に、バスと電車を乗り継いで、以前に訪れたことのある場所へと戻って来た。

雨の中を歩く街のアスファルトを弾く雨音。
すれ違う人々の傘は色とりどりに薄暗い街に鮮やかに浮かび上がる。傘の中から覗いた空は、薄い灰色を含んだ乱積雲に覆われていいた。さらさらと降る細かな雨が、フランソワーズの傘を滑り落ちて道に吸い込まれていき、小さな水たまりに映った赤が目に飛び込んでくる。
いつもより車道を走る車が遅く感じる。フロントガラスを右へ左へと移動する車のワイパーが、フランソワーズに手を振っているかのように見えた。

ーーーもう一枚、何か羽織ってくれば良かったわ・・・。


ショー・ウィンドウに映る、蜃気楼のような街並みの中も色鮮やかな傘が行き交う。
足を止めて、フランソワーズはそこに映る自分の姿を見る。フランソワーズは落ち着いたシアン・カラーのコットンのアンサンブルに、膝丈よりも少し短めの黒のボックススカート、足下は踵の低いパンプスを履いていた。背中を通り抜ける冷たい風が、フランソワーズをぶるっと震えさせた。


ミツエの思いこみによって今、○○市にフランソワーズがいる。



朝食の支度をしているときに、昨夜遅くにグレートから届いたメールの内容が頭から離れなかったフランソワーズは、ミツエが話しかけられていることに気がつかなかった。ついフランソワーズの口から出た、ホテルの名前をミツエは拾って、訊ねた。


「フランちゃん?」
「・・・・・あ!なんですか?」


フランソワーズは、自分が茶碗を持ったまま固まっていたことに気づいて、慌てて炊飯器の蓋に手をかけた。ぼうっと立ちつくしていたフランソワーズをのぞき込むように、ミツエはフランソワーズに話しかける。


「どうしたの?・・・○○○ホテルに用事?」
「え?!」
「ここからだと、ちょっと時間がかかるから出かけるなら早いほうがいいわよ?外は雨だしねえ、イヤねえ、天気が崩れやすい時期だけど・・・。○○○ホテルだと○○市よね?」
「ええ・・・そうです」
「ね、ちょっと頼まれてくれないかしら?」
「?」
「乗り換え駅の△△駅にね、新しい和菓子屋さんが出来たのよ・・・なかなかそこまで行かないから、まだ一度も試したことがなくてねえ、センセといっつも話してたのよお?関西では珍しくないんだけど、関東にはまだお店がなくってねえ」


さも残念そうに溜息交じりに言うミツエに、フランソワーズはくすっっと笑った。


「・・・・帰りでもいいですか?」
「お願いできる?ふふふっセンセには悪いけど、先に味見させてもらいましょうね!」


ミツエはフランソワーズが○○市へ出かけるものと思いこんでいた。
フランソワーズは途中で訂正することもできたが、ミツエの言葉を通りにでかけることに決めた。


アランに会いに行く。


その意思は009と004のみが知っていたが、他のメンバーにはまだ、伝えていない。コズミ邸での2週間が終えてから話しを切り出そうと思っていたが、グレートのメールでアランのフランスへの帰国が5日後に変更されてしまったこと知り、フランソワーズは焦っていた。

ーーーメンバーの誰かに自分が出かけることを伝えないと・・・。


フランソワーズはメンバー内で決めたルールを思い出す。が、まだジョーが起きてくるのには早い時間であった。”メンバーの誰か”と思いつつも、彼女の頭に浮かんだのはジョーの姿。慌ててその映像をフランソワーズは打ち消して、彼は009だもの!っと一生懸命に自分で自分に言い訳をする。


単独行動をする場合は常に連絡が取れる状態であること。
目的地がはっきりしている場合など、できるなら行き先をメンバー内の誰かに伝えること。

ミッションではない。
アランのことではあるが・・・イワンの力を信じている。
調べた限り、現段階でアランがB.G、もしくはその他の組織的なものと関わっているとは思われなかった。

ミツエが、行き先を知っている。
フランソワーズは朝食を済ました後、早々にコズミ邸を出た。





ショー・ウィンドウに映る自分を見て、にっこりと笑う。
だいじょうぶ。と、コズミ邸を出てから呪文のように繰り返す。

灰色かかったのっぺりとした雲におおわれた空。道の隙間から見える高層ビルたちは、写真を切り取って貼付けたような印象で、フランソワーズの前に建つ。そのひとつが、フランソワーズが目指す目的地であった。








####


ホテルのエントランスを抜けて、左手に宿泊客以外も楽しめる広々としたホテル自慢の喫茶室がある。
ゆったりと席と席の間があけられて、チェアに座れば深く躯が沈み込んでいく。ウェイターも訓練に訓練を重ねたであろう、洗練された動きと言葉遣いで、フランソワーズから注文を取る。

紅茶を頼んでから”眼”を使ってアランの姿を探す。
今日のアランの予定を知っていたが、それは彼の帰国予定が変更される前のスケジュールである。もしも変更がなければ、フランソワーズがいるこの喫茶室で、バレエ専門誌のインタビューを受けることになっていた。が、アランの姿は見あたらず、フランソワーズは深く溜息をついた。

ーーー勢いだけで行動するな、ある程度の予測をして時間が許す限り調べろ。遠回りに見えて、それが一番の近道なんだぞーーーー


いつだったか、004が002に怒鳴るように言っていたことを思い出してしまい、まるで自分がしかられているように感じたフランソワーズは、”でも、来ちゃったんだもの・・・”と、こころの中にいる004に文句を言った。彼は眉間に深く皺を寄せ、困ったような、それでいて少しだけ口角を上げてフランソワーズを見た。

ーーー見かけに騙された・・・とんだお嬢さんだーーー



フランソワーズが注文した紅茶が運ばれ、その香りと温かさに彼女の思考は一時中断された。
雨の中を歩いて冷え切った躯がじんわりと温まる。
もう一度、”眼”のスイッチを入れてみたとき、となりの席から携帯電話にむかって怒る女性の甲高い声が聞こえてきた。


「そんなんっ!困るって・・・イマサラどうしろっていうんよ?私が英語とか話せるわけないやんっ!ちょー・・・まってえやあ・・・もう来はるねんで?1人でなんて無理やわっ!あ!!ちょっ、切らんとってよっ!!ちょっ待ちぃよっ自分のミスやろっっ私に押し・・・」

電話を途中で切られたらしい濃紺のスーツを着た化粧気のない女性は、もっていた携帯電話を反対側のチェアに放り投げて、溜息とともにチェアに倒れ込んだとき、女性はフランソワーズと目が合った。
フランソワーズはどう反応していいのかわからずに、困ったように微笑んで目をそらしたが、女性は食い入るようにフランソワーズを見つめる。


「日本語、わかるん?」


女性は躯を起こし、チェアから身を乗り出すようにしてフランソワーズに話しかけた。


「・・・はい、でも・・・・・・」
「ああ、私は東京人やないねん、ここには仕事で来てて・・・関西弁あんまし聴いたことないん?」


耳慣れない日本語に、頷くフランソワーズ。


「ま、日本語を教えるときに、関西弁で教える教科書なんかないもんなぁ・・・」
「・・・」
「どこから来たん?」


女性は愛嬌ある顔でフランソワーズ微笑んだ。


「・・・・日本です」
「あっ!そうなんやっっ!・・・・あははっごめんなぁ。つい、アジア人らしい容姿やないと、勝手に思い込んでしまうんよ、ごめんなさい・・・日本育ちってこと?ここで生まれたん?」


女性の質問に、フランソワーズはかねてより”打ち合わせ”してある”身分”を名乗った。
生きていく上では、仕方がない”嘘”をつく。


「・・・・はい。両親はともにフランス人ですが、父の仕事の関係でずっと日本で育ちました」
「フランス?・・・じゃあ、フランス語、を、話せ・・・たり...するんか、なぁ?」


探るような物良いをする女性に、少し警戒しつつもフランソワーズは素直に答えた。


「はい、話せますけど・・・」
「英語とかはどうなんっ?」
「英語も、大丈夫です」
「うっわ~~~~~!!神さまはっいはるんやなぁ!!!!」
「!?」


嬉々として女性は大声をだして立ち上がった。フランソワーズは驚いて立ち上がった彼女を見上げる。
女性はフランソワーズの席にあるチェアに座って彼女の前で、ぱんっと手を合わせて頭を下げた。


「なあっ!人助けやと思って、ちょっとつきあってくれへん???」
「・・・え?」
「もちろんっバイト代払うし!時間も短いねんっうちみたいな地方雑誌なんて、30分くらいしか時間くれへんしっ困ってるんよ~!!・・・頼んでた通訳の子が突然キャンセルしてきはってなっ私、英語もフランス語も話せへんし、今から話せる子探すなんて、地元やったらどうにかなってたかもしれへんけど、こっちの方に知り合いなんておらへんくて・・・」
「・・・通訳ですか?」
「そうやねんっ」
「ここでですか?」
「ここや!」
「・・・フランス語でいいんですか?」
「相手はフランスの人やしなっ!」
「どれくらい、時間がかかりますか?」
「2時間もかからへんっ!むこうさんが、ちょっと時間が押してて来るのが遅れてんねんけど、さっき連絡があって30分もすればここに来はるしっ」


女性は必死でフランソワーズに頼み込む。
フランソワーズは”眼”のスイッチを入れ直し、ざっとホテル内を視たが、やはりアランの姿はどこにもない。


「いいですよ、特に私も用事がないので・・・」
「ありがとおお!!あ、私は保津川桂子(ほずかわ けいこ)です、はじめまして」


保津川は自分が座っていた席に置いていた鞄をとって、中から名刺を探し出してフランソワーズに渡した。フランソワーズは笑顔で名刺を受け取り、自分は”マリー”だと簡単に自己紹介をする。

保津川が勤める出版社が関西圏を中心に発行する総合芸術(アート)誌"ReMark”、週刊誌でも月刊誌でもなく、年4回のみのシーズン誌だと言う。主に海外で活躍する日本人の特集を組み、国内での公演、イベント、ギャラリーなどのスケジュールを載せ、主に関西圏のローカルアーティストを紹介していると、フランソワーズに冬に発刊した雑誌を見せて説明した。


「ちっちゃいし、部数もそんな多くないから、今回みたいに海外のアーティストにインタビュ-するんって、ばんばん珍しいことでな、ほんまに・・・東京出張なんて響きはええけど、かなんわ・・・」
「あの・・・それでどなたのインタビューを?」
「あ、ああ今回はな・・・・あ!!!ちょうど来はったわっあの人やねん、今一番旬な、振り付け師のアラン・モルディエさんっ!!」


保津川は立ち上がり、エントランスの方へ向き頭を深々と下げてお辞儀した。


偶然は偶然を呼ぶ。





日本語で言う”縁”と言うものを、フランソワーズは肌で感じた。

保津川のインタビューの相手。
彼女が出版社に勤めていると聴き、芸術雑誌の取材であると説明された時点で、フランソワーズの脳裏によぎった”まさか”と言う言葉。


現実は小説より奇なり。


ピュンマが持っていた”日本語ことわざ事典”から、教えてくれた言葉も一緒に思い出した。

ーーーこれってボクたちのことを言ってるみたいだよね?


平和に生きる人々の中で、”サイボーグ”はあくまでも小説や、ドラマ、映画の世界の話し。





「マリーさん、彼がアラン・モルディエさんでバレエの振り付け師なの」

保津川が、マリー/フランソワーズの耳に囁いた。
フランソワーズは、こちらへ向かってくる2人の男性を改めて見る。

アランは明るいグリーンのスーツをラフに着こなし、保津川の日本人らしい挨拶に苦笑しながら、ぎこちなく頭を下げて歩み寄ってくる。隣に居た男性が小走りに保津川の方へ近寄って来た。
保津川とフランソワーズは立ち上がって小走り自分たちへとむかってくる、男性を迎えた。


『ええっと、●○●出版の方ですか?』

きちっとグレーのスーツを着こなし、落ち着いた紫紺色のネクタイを締めていた、男性が訪ねてきた。保津川はとっさにマリー/フランソワーズに振り向く。


『はい、彼女が●○●出版の保津川です』
『ああ、良かった・・・遅れて申し訳ありませんでした。アランのスケジュールが急に変更になったので、できるだけ今、詰めているんです・・・』
『お忙しいんですね』
『まあ、予定ではまだ1ヶ月近く居る予定でしたし・・・仕方ないんですけれど』


フランソワーズの言葉に苦笑する、グレーのスーツを来た男は年齢30台後半と言った感じだったが、フランソワーズが見る限り、彼はダンサーではなく、アランのマネージョーらしき人物であると考えた。3人が話しているところに、アランは明るく微笑んだまま、保津川にむかって小さく手を振りながら歩み寄って来た。





ーーーアラン・・・・







保津川は笑顔で席までやってきたアランに、堂々と日本語/関西弁で挨拶をしたので、物思いに耽る暇もなく、フランソワーズは慌ててフランス語で彼女の言葉を伝えた。
アランはそこで初めて、フランソワーズの存在に気がついた様子をわざと見せた。彼はホテルの入り口に入ったときから、すでにフランソワーズを見つけていたのだ。けれども、あえてそれを出さなかった。
フランソワーズはにっこりと微笑んで、通訳を担当します。と、短く答えた。アランの隣に立つグレーのスーツの男性がにこやかにフランソワーズに挨拶をする。

震える手を、激しく緊張する心臓の音を意識しないように、必死になってエリオットと保津川に集中する、フランソワーズ。



『初めまして、マネージャーのエリオットです』
『初めまして、マリーです・・・・フランス語でもかまいませんので・・・』

フランソワーズの申し出に、エリオットは少し驚いた様子を見せてから、英語ではなく、フランス語で話しはじめた。


『フランスの方なんですか?』
『両親は・・・ですので、フランス語で大丈夫です』
『ほとんど、英語での取材だったので・・・それは嬉しいなあ!』

エリオットは嬉しそうに笑いかけたが、アランはまじまじと、”マリー”と名乗ったフランソワーズを見つめていた。その不躾な視線を注意するように、あきれたようにエリオットは苦笑し、マリー/フランソワーズの美しさを褒めた。


『あなたが、あまりにお奇麗のでアランは我を忘れてしまってますよ・・・芸術家なだけあって、美しいものには目がなくて・・・・あなたの美しさに酔ってしまったようですよ?困りましたねえ、これから大切なインタビューなのに、あなたのことで、頭がいっぱいらしい』

そんなエリオットの言葉に、アランは慌ててフランソワーズにむかって自己紹介をする。


『すみません・・・は、初めまして。アラン・モルディエです・・・・』
『はじめ・・・まして・・・・マリーです』


アランの視線に耐えきれず、思わずフランソワーズはうつ向きかけたたとき、保津川の遠慮がちな声に助けられた。


「あの・・・」

フランス語で話し続ける3人に、どうしたらいいのかわからずに、保津川はおろおろとマリーに助けを求めるような視線を送りながら、「あの、その・・・」と口ごもる。
フランソワーズは保津川の方へ向く前に、一度だけ大きく息を吸い込んでからはっきりと言った。



「保津川さん、インタビューを始めてください」

フランソワーズは花が咲きこぼれるような、艶やかな笑顔を保津川にむけた。
一瞬、彼女の明るさに保津川は目眩を覚えた。





####

4人は席につき、保津川は用意してあったデジタル・レコーダーを取り出し、手帳とペンをもつ。
もう一度改めて自己紹介をし、ウェイターに飲み物を注文した後に保津川はアランに向かって、はっきりとした口調で質問し始めた。フランソワーズは集中して保津川の言葉を訊いてから、それをアランとエリオットに伝える。
質問内容は、主に今回のツアー内容と、バレエ界の未来についてや古典とコンテンポラリーの表現の違い。古典を新しく解釈し振り付けし直すことにたいする周りの反応など、であった。

アランは、マリー/フランソワーズの言葉に頷き、そしてまっすぐに保津川を観て、彼女の質問に丁寧に答えていく。
フランソワーズは保津川の言葉をアランへと伝え、アランの言葉を保津川へと伝えながら、アランをみる。イワンの力を信じてはいたが、実際にアランと会い、あらためてイワンの力のすごさに感嘆し、そして少しだけ淋しさを覚えた。







####


インタビューは仕事人間な保津川と、自分のバレエに対する情熱を直接的にぶつけてくるアランのやり取りで、スムーズかつ、とても熱い場を作っていく。
マネージャーのエリオットは、感情的になりやすいアランの言葉を冷静に、誤解を生まないようにフォローして言葉を足していく。




インタービュ-中、鬼気迫る勢いを感じさせる、真剣にバレエについて語るアランは、昔のフランソワーズのよく知るアランだった。




喫茶室に飾られていた大きな柱時計が、カチッと音を止めて止まった。



秒針がカチリっと、1秒だけ後退する。



もう1秒、カチリっと。左へ進む。





左へ。


左へ。


左へ・・・・。



かちかちかちかち・・・・。
カチカチカチカチ・・・・・・・・。


勢いをつけて逆に回り始めた時計の針は、ぐるぐると時を戻していく。
フランソワーズの瞳に映るのは、彼女のよく知る・・・・若き日のアラン。

ぐるぐると。
ぐるぐると。



フランソワーズとアランは、懐かしき街へと還る。



フランソワーズの胸に残る思い出と記憶が、鮮明に甦る・・・・・・。



レッスン後に練習中のミスや踊りの解釈を話し合っては、意見がぶつかり人目を気にせずに怒鳴りあった。
オペラ座の公演後にいつものカフェに寄り、いつかあの舞台へ!っと2人で話し込んでしまい、カフェの閉店時間すぎても長居した。そんな2人はカフェの店主の覚えもよく、店の席に着けば勝手に飲み物が運ばれてくる。が、かならず、フランソワーズには「今日はどのお菓子?」と訊ねる。


朝から晩まで、1日も休むことなく踊り続けた。
たまの休みも2人で出かける先は、バレエ公演やカンパニーのリハーサル。






初めてペアを組むことになったとき、フランソワーズにとって憧れていた先輩ダンサーだったアランとのレッスン初日は、極度に緊張してしまい、巧く踊れなくて泣き出しそうになった彼女を見て、アランは言った。



「今のフランソワーズに足りないのは、美味しいショコラだね!女の子はみんな、ショコラでハッピーになれるんだからっね?」






彼の顔に刻まれた皺。
重力に負け始めた、目尻。


声はあの頃よりも、少し低く空気を含む。





今、目の前に彼がいる。

憧れていた、バレエ学校の先輩としての出会い。
ペアを組み、コンクールに出場し・・・レッスンの辛さも、怪我の苦しみも、
プロのダンサーを諦めたときの、悔しさも、踊り続ける喜びも・・・・。


フランソワーズのバレエ人生の中には、彼がいた。








いまさら・・・・・・気がついた。






幼かった自分の気持ち。
バレエしか、バレエしかみることができなかった、自分。





気がつかなかった。


あの、あこがれの気持ちは・・・・









いつの間にか、見失っていた気持ち。
バレエで認められれば、認められるほどに自分に欲張りになっていった。


自分のことに精一杯で、あなたが見えていなかった。




見失っていた気持ちを、思い出す。





『・・・おいっ、アラン・・・』

エリオットがアランの腕を肘でつついた。
フランソワーズを挟んでいたが、保津川とアランの話しどんどんヒートアップしていくばかりで、エリオットが注意を促し、彼の茶色の皮ベルトの時計を人差し指で とんっとんっと叩いた。
保津川も、そのエリオットの仕草に気づき、自分が熱中して話していたことに気づいた。


「いややわ~!!私っつい話し込んでしもうたわっ!!」
『すみませんっ!今までのインタビュ-は壊れたレコードみたいに、同じことばかり聞かれて・・・ちょっとフラストレーションが溜まっていたんです・・・保津川さんの話しや質問が素晴らしくて、つい熱が入ってしまいました・・・・すごく楽しかったですよ!」

アランは笑顔で保津川の手を握った。
保津川は、慌てたようにその手を握り返していいものか、どうかに迷い、マリー/フランソワーズに助けを求めた。
フランソワーズが微笑んで頷くと、保津川は彼女が言わんとしていることを知ったように、おずおずとアランの手を握り返した。



『いや、本当に・・・保津川さん、記載される雑誌が日本語なのが残念ですよ』

エリオットは自分の仕草が失礼であったことを詫びながらも、次の予定の時間が迫っていることを告げながら、アランの後に保津川に握手を求めた。エリオットに差し出された手を、アランで慣れたのか、保津川は先ほどよりも堂々と笑顔で握手に答えた。


『マリーさん、ありがとう。こんなに保津川さんと意思の疎通ができたのは、あなたの通訳のおかげですよ!』

アランは、嬉しそうにマリー/フランソワーズに満面の笑顔で微笑んだ。
屈託なく、無邪気に笑うアラン。
ちょっとだけ、鼻先が下がる笑い方。



ああ!



アラン!!!!







懐かしいアラン!!




アランの、無邪気な笑顔にフランソワーズの胸が高鳴り、熱く込み上げてくるものを必死で押さえ込んだ・。

喉がぎゅうっと締め付けられる。



『・・・・実は、あなたにお会いしたとき、驚いたんですよ。とても良く似ていたから』
『誰にだよ?』


エリオットがにやにやと、冷やかすように話しを催促した。

『私の2人目のパートナーだった、とても素敵な少女に・・・・彼女は才能ある、素晴らしい踊り手だんだんですよ?1度は諦めたダンサーの夢をつかむために努力したのにも関わらず、バレエよりも女性としての人生を選んだ・・・・・・・ぼくの初恋の人に!』

アランは、テレ隠しのように大声で笑った。
保津川は、彼が何を言っているのかはわからなかったが、勝手に成り行き上、通訳を頼んだ美しいこの少女を”恋多きフランス人”らしく、口説いているのだろうと思い込んで、いそいそと帰り支度の用意をする。


『・・・・アランさんに想われていたなんて・・・・幸せですね・・・その女性は・・・・』
『マリーさんは、本当によく似てますよ・・・・彼女が私に会いに来てくれたのかと、初めは思ってしまいたっ・・・彼女は私よりも3つ年下だけなんだから、そんなはずないのにね!』
『・・・・・そう、ですよね』
『・・・・・似てます、本当に。その・・・・・亜麻色の髪も、空色の瞳も・・・・』



アランはまっすぐに微笑みながら、フランソワーズを見つめた。
フランソワーズもまっすぐに、彼から目をそらすことなく見つめ返した。


『・・・・・私が恋をした女性は、とても素敵な名前でしてね、Francoiseと言う名前でした』
『・・・・』
『伝えられなかった気持ちが、ずっと胸にあって・・・』




アランは何かを思い出すように、瞳の色を淋し気に曇らせて少し俯いた。が、次の瞬間に、突然大声を出して勢いよくチェアから立ち上がった。



『マリーさん!あなたが彼女に似ているのはっ何かのご縁かもしない!!!』




『!??』
『?!』
「え?!どうたんですか?!」




『ずっと、ずっと、この胸に重たい鉛のような後悔をっ解消したいんですっ!!!だからっ告白させてくださいっマリーさん!!!』


『お、おいアラン!!』


興奮しているアランをなんとか落ち着かせようと、エリオットは立ち上がって彼の腕を引っ張り、座らせようとするが、アランはエリオットのその腕を乱暴に振り払った。

『お願いしますっっ!!!』


保津川は、何がおこっているのかわからずにただ呆然と立ち上がったフランス人男子2人と、マリー/フランソワーズを交互にみる。





『お願いしますっっ!!! ただ、私の言葉を聴いていてくれるだけで良いんです!』







『・・・・はい』

フランソワーズは静かに立ち上がり、微笑んだ。
エリオットは、彼女がアランの我が侭につきあってくれるとわかったので、あきれつつも、国に帰ったら仕事仲間たちに良い土産話ができた。と、おとなしくチェアに腰を下ろした。





見つめ合って立つ、60近いフランス人と、お人形のように愛らしい亜麻色の髪の少女。
アランは、深呼吸を何度も繰り返して、緊張で潤いがなくなったその喉に、テーブルにおいてあった水を乱暴に取り飲み干した。


フランソワーズは、だまってアランを見つめて立っている。

ふうっと、短い息を吐いて、アランはまっすぐに姿勢を正して立ち、フランソワーズのこぼれ落ちそうなほどに大きな空色の瞳に映る自分を見つめた。




『・・・・、ずっと好きだった。君はバレエのことしか頭になくて、生きることに一生懸命で・・・・ぼくが君のこころに入り込む隙なんてないことは、わかってた。けれど、いつか。いつか一緒に同じ道を歩けることが・・・ぼくの夢だったんだ。・・・・・・・好きだ・・・・った。フランソワーズ



『・・・・・アラン・・・・・嬉しい。あなたの気持ちが、嬉しいわ。ありがとう・・・・好きだと言ってくれて、想ってくれて・・・・ありがとう』




フランソワーズは、自分が今できる最高の笑顔をアランへ贈る。





アランの胸に鉛のように重くなって居座っていたものが、フランソワーズの笑顔の中に消えていく。
胸に温かな春の風が吹き込んでくる。

アランはフランソワーズの笑顔に、まぶしさに、目蓋を閉じた。



懐かしい、寒い冬の日に2人で身を寄せ合うようにして飲んだショコラの味が甦る。



亜麻色の髪に、大きな空色の瞳。
輝く白い肌に、愛らしく形よい唇。

花が咲きこぼれるように笑う、甘いものに目がない君が、




ぼ く は、本 当 に 好 き だ っ た よ。






フランソワーズ・・・・・。









Au revoir / さようなら

小さな恋







Merci beaucoup / ありがとう


フランソワーズ















さ よ う な ら / あ り が と う


            ア ラ ン













始まることもなく、終わっていった。
気がつかなかった、見つけられなかった、気持ち。


ごめんなさい、アラン。
何も見えていなかったの・・・・。






幸せになって、アラン。
自分のために、生きて。


あなたの人生は、あなたのために・・・明日へと続いていくの。






















二度と、同じ思いはしたくない。
二度と、見逃してはいけない。




もっと自分のこころを見つめて。
もっと自分のこころに素直に。












何も始まっていないのに、終わっていくなんて・・・。


















私は大切な何かを・・・いつも見落としているわ・・・・



ね、兄さん。












====28 へ と 続 く






・ちょっと呟く・


・・・やっと、ここまできました。
あと少しだけ(え?まだ???)いや、あのまあ、なんと言うか説明?
・・・そして、さくらちゃんにもどります。




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Day by Day・28
(28)


水たまりをはじいたスニーカーが、まっすぐに目的地へと急ぐ。
灰色の雲の隙間から暖かく覗く、カーテンのような陽の光が揺らいだ。


通り過ぎた小さな女の子が、きれいッ!と空を指差して叫ぶ。
隣を歩いていた母親らしき人が、屈んで小さな女の子と同じ目線から空を見上げた。



「”天使の梯子”って言うのよ・・・・天使さんが会いにきてくれるわ」


青年は、その声に足を止めて空を仰いだ。



陽の光の奥に見えた色に、青年の胸の中を淡い風が通り抜ける。
頬に触れた雨上がりの温かな日差し。

彼は再び歩き出した。







####


アランは別れを惜しみつつ、その顔を嬉しさにくしゃくしゃにして、個人事務所のビジネスカードに自宅の電話番号を、エリオットから借りたペンで書き足してマリー/フランソワーズと保津川へ渡し、いつでも遊びにきてください!と、別れを告げた。エリオットは今回のハプニングで、アランの希望を快く受け止めてくれたマリー/フランソワーズが気になるらしく、しきりに彼女の連絡先を教えてほしい!と言ったが、彼女はただ微笑むだけで、それを本気には受け止めずに上手くかわした。


ハグを求められた保津川は、どうしていいのかわからずに棒のように立ち尽くす。その様子が可愛いと、アランは彼女の頬にキスをした。マリー/フランソワーズもエリオットに、そして・・・アランと出会えたことを感謝し、アランは次の再会を祈りつつ、2人は別れの包容とキスを交わした。


アランの腕の中で彼の香りに包まれる。
懐かしい、香り。
懐かしい、アランの香り。



懐かしい、故郷フランスの香り。




懐かしい・・・・パリの香り。







アランとエリオットを次の仕事先へと見送った後、保津川は、今回の”通訳”に渡す予定だった謝礼をマリー/フランソワーズに受け取って欲しい。と、何度もマリー/フランソワーズに言うが、彼女は頑にそれを受け取らなかった。謝礼を受け取らない理由として、お茶をごちそうしてもらったこと。そして、通訳の”プロ”ではない、ただフランス語圏の両親の元で育ったために話せたフランス語で、新しいお友達とお茶を楽しんだ。と、言い張った。


「お友達が困っているときに、助けるのは当然ですもの」

彼女の優しい空色の瞳に、花が咲きこぼれるような笑顔にむかって強く言うことができなかった保津川は、アランと同様に自分のビジネスカードに携帯番号とメールアドレスを書いて、マリー/フランソワーズに渡した。


「関西に来る機会があるんやったら連絡すんねんで?それ意外でも何でもええよ。今日の御飯、何を食べたらええんやろ?とかでええんやし。・・・・・こういう職業やから、それなりに業界に接してて、”情報”も色々と持ってるねんけど・・・まあ、そんなんがマリーさんの何に役に立つんかしれへんけど、・・・・今日のことは忘れへんしっ!なんでもええから、困ったときは連絡してな!絶対にお礼は返すしなっ。お友達やねんろ?うちらは!」

インタビューを通して聞き慣れた保津川の関西弁に、彼女に、さよならを言う淋しさを感じつつ、新幹線の時間が迫る保津川と、ホテルの喫茶室で別れた。


1人になったフランソワーズに、ウェイターが注文を訊ねて来た。
彼女は、紅茶ではなくカフェオレを頼む。

ふかふかのチェアの深い背もたれに躯を預けて、ホテルの天井を見上げた。
キラキラと光るシャンデリアが生み出す、眩しいキラキラの悪戯っ子たちがホテル中を駆け回る。
テーブルの上でキラキラと遊ぶ光たちが、フランソワーズの瞳を楽しませる。
水が入っていたグラスの氷が からん っと 形を崩した。

通りかかったウェイトレスが持っていた重たそうなポットで、半分までなくなっていたグラスの水を注ぎ足した。
フランソワーズは黙ってそれを見守る。


氷が踊る。


グラスについていた水滴が すいいいっ と眩しいほどに白いテーブルクロスに吸い込まれた。濡れたテーブルクロスについた滲み・・・時間が経てば消えていく。



4人が飲んでいたままテーブルに置かれた3つの珈琲カップとティーカップ。
過ぎ去った時間がそこにあったことをフランソワーズに伝える。


フランソワーズの席にカフェオレを置いたウェイターが、さっ と、それらを片付けた。
淹れ立てのカフェオレの香りだけが、そこにある。


偶然が偶然に重なった出会いと別れ。
再会と・・・・。







フランソワーズは膝の上に置いていたカバンの中から、時間を確認するために携帯を出した。


「・・・やだ・・・・電源入れてなかったの!?」

真っ黒な液晶画面に驚いて、慌てて携帯電話の電源をいれた。
画面表示されたのは、メモリーいっぱいになった未読メールとヴォイス・メッセージのアイコンが点滅していた。フランソワーズは、未読メールを確認する。


「!」

一番始めに飛び込んできたメッセージはジェットから。

”どこだ?”

続いて同じくジェットの”一言”メールが続く

”1人か?”
”無事か?”
”電話しろ”
”生きてるか?”
”怒ってるのか?”
”オレが一昨日食ったのばれた?”
”返信しろ”
”返信するのが礼儀だろ!”
”お使いで迷子か?”
”切符買えたか?”
”メシ食ったか?”
”ナンパされてもついてくなよ?”
”メシ奢るって言われてもついていくなよ?”
”絶対に知らない男についていくなよ?”
”混んでる電車は避けろ”

・・・・などが続いていく合間に、仲間達からのメールがはいる。

”心配してます。連絡下さいーP”
”報告とまではいかなくても、一言言えなかったのか?連絡をまつ。心配している。4”
”気を付けるアルよ! 大人”
”連絡する、みんな心配している。Jr.”
”無事か?連絡してくれ!9に殺されちまう!! 7”
”フランソワーズ、いま1人で街だと聞いた。1人で居たいときもあるじゃろうが連絡しておくれ、心配でたまらん。G”


”心配している” ”連絡しろ”と言う内容のメッセージが言葉を換えて何度も送られていた。



いつの間にかフランソワーズの頬が上がる。
こころが温かくなっていく。
心配されていることが嬉しくて、嬉しくて、彼女は1人微笑む。

ヴォイス・メッセージも同じ内容のメッセージがたくさん届いているのだろうと、嬉しさを噛みしめた。心配させてしまったことを申し訳ないとは思いつつも、自分がこんなにも仲間達に思われている、仲間だからこそ、家族だからこそ・・・心配されている。その思いで胸がいっぱいになり、そうっと携帯電話を両手に包んで胸に押し当てたとき、フランソワーズの胸元で両手に包んだそれが小刻みに振動し始めた。


「?」

フランソワーズは、非通知の表示を示すその相手の電話をとる。
仲間の誰かだろうか?


「・・・はい」
『・・・・』
「?」
『・・・・心配した』
「あ・・・」
『大丈夫・・・・みたいだ、ね?』
「・・・ええ」
『みんな心配している』
「・・・ごめんなさい」
『謝るくらいなら、一言言ってから出かけて欲しい、な・・・・』
「・・・ごめんなさい」
『フランソワーズ』
「・・・・なあに?」
『気持ちの整理はついた?』
「・・・・」
『アランに会えて、よかった?』
「?」
『・・・・嬉しかった?』
「?」
『・・・・・・・アランに好きだと言われて・・・キミは・・・』
「!? ジョーっあなたっ」


フランソワーズは慌てて周囲を見渡したとき、喫茶室から少し離れた壁際に並ぶイスに座って、携帯電話を手に自分を見ているジョーを見つけた。彼は立ち上がり、そのまま会話を続ける。


『一緒にいた女性は?』
「・・・通訳を頼まれたの、出版社の方。頼んでいらっしゃった方が来られなくて・・・」
『そう』
「・・・・いつからそこに居たの?」
『アランがキミに告白したいって言う、・・・・少し前』


ジョーは会話をしながらフランソワーズのところへと歩いていく。


「聴いていたの?全部?」
『・・・・全部じゃない。声が大きいな、アランは』
「・・・・どうして声をかけてくれなかったの?」


フランソワーズは少し拗ねたようにジョーを見上げた。


『迎えに来たよ、フランソワーズ』
「迎えに来たよ、フランソワーズ」


電話越しの声と、生の声が、フランソワーズの耳に重なって聞こえた。



「・・・ありがとう。心配させてごめんなさい」


フランソワーズはジョーを見上げたまま呟いた。


「・・・・心配、してないよ」
「?」
「・・・・心配してないよ、俺は」
「・・・」
「・・・・・驚いたけれど、キミを信じていた」
「?!」
「キミは、大丈夫・・・だ。と・・・信じていた、信じていたかったけれど、ちょっと不安だった、な」
「・・・不安?」







「キミが何も言わずに、アランと一緒にフランスへ帰ってしまうんじゃないか。と・・・思った、から」









ジョーは静かに、フランソワーズの隣のチェアに座った。
視線でジョーの動きを追うフランソワーズ。


「黙ってフランスへ帰ってしまうんじゃないか。と、思った・・・・彼と一緒に」
「・・・・どうして?」
「どうしてか、な・・・・キミは、彼のこと・・・」
「・・・・気づかなかったわ・・・今まで」
「え?・・・今まで、気づかなかった?」


聞き返してきたジョーの言葉にフランソワーズは頷いて、自分の手の中にある携帯電話を見つめた。


「そうよ・・・・憧れていたわ・・・素晴らしいダンサーだったから、それが・・・好きという気持ちに変わるのに、時間はかからなかった、と思うの」
「・・・」
「でも、”好き”とか、そういうのを忘れてしまうほど、バレエに夢中になったの・・・私にとっての”恋”は淡くて、小さすぎて・・・バレエの前では吹き飛んでしまうくらいに」
「・・・そんなに、バレエに夢中だったんだ?」
「ええ!!もちろんよっ!私の全てだったわっ・・・・・・私の・・・すべてだったの・・・」


顔を上げて、微笑んだフランソワーズの笑顔が哀しみに変わっていく。
バレエを語るときの彼女は美しく喜びに溢れているが・・・最後には必ず、碧い瞳を淋しさに潤ました。


「・・・」


少しの沈黙の後、フランソワーズはカフェオレを手に取り、まだ温かさ残るそれを口に含んだ。


「・・・・・初恋は実らないって本当ね?・・・自覚がなかったけれど・・・多分、彼が私の初恋・・・なの。そうなの・・・よ・・・・どこかに置き忘れてしまった気持ちを、イマサラ思い出すなんて、ほんと・・・のんびりしてるわ、私」

「・・・」


寂しげに微笑むフランソワーズは、砂糖の入っていないカフェオレのミルクで薄まった苦みがちょうど良いように感じる。不意に思いつきでジョーに訊ねてみた。


「・・・・・ジョーの初恋はいつ?」
「・・・・・・俺?」


フランソワーズの突然の質問にジョーの肩が震えた。


「そう、いつ?」
「・・・いつだろう、な」
「ジョーはとってもモテるから・・・・忘れてしまったのかしら?それとも、小さいころのことで覚えてないのかしら?」
「・・・わからないな、そんなの」


ジョーは微苦笑しながら、テーブルに置いてあったレシートを手にして立ち上がった。



「帰ろう、その前にミツエさんの”お使い”を済ませないと、な?」



歩き出したジョーの後ろ姿を見つめながら、フランソワーズは飲みかけのカフェオレをテーブルに置いて立ち上がり、彼の後を追う。


ピュンマよりも背が高く、アルベルトよりも少し低い身長。
ほっそりとして見えるけれど、近くでみるとわかる広い肩幅。
しっかりとした背中は柔らかく、温かかな鼓動は逞しい胸の奥から聞こえる。
すらりと長い足に、ジーンズがよく似合う。
履き慣れたスニーカーは、同じブランドを買い続けているもの。

009ではなく、島村ジョーの背中。




忘れていた”初恋”を思い出した理由は、彼。
彼に恋をしているから。




ジョーが好きだから。


2度目の恋に・・・初恋を思い出した。
一瞬だった、小さな恋は・・・まだちゃんと私の胸の中にあった。







・・・初恋があなたでなくてよかったのかしら?
「実らない」と言われる初恋が、あなたでなくてよかったと・・私は喜ぶべき?








ーーージョー、私はあなたが好き。

「・・・・フランソワーズ、何か言った?」




レジに立つジョーが振り返った。



フランソワーズの心臓が どきん。と鳴る。



口に出していたのかもしれない!と、慌てて手で口を覆って首を左右に振った。
ジョーは不思議そうな顔でフランソワーズを見るその顔が、微笑に変わり、彼女にむかって手を差し出した。




「帰る、よ・・・一緒に」







喫茶室を出るときに、フランソワーズは一度だけ自分が座っていたテーブルを振り返った。
保津川と出会い、エリオットと話し・・・そしてアランと・・・。



時間は過ぎていった。
それは過去となる。


今日は昨日へと変わる。







フランソワーズはもう、振り返らない。
ジョーと少し離れてしまった距離を埋めるように、小走りに彼のそばによった。








テーブルに残されたカフェオレ。
いつか2人で・・・アランと過ごしたような時間が、彼と過ごせるようになるのかしら?




フランソワーズは少し前を歩くジョーの横顔を見た。


栗色の髪が揺れて、琥珀色の瞳がまっすぐに前を向いていた。








####

雨が降った名残りの水滴がきらきらと反射する、夕映えの街。




ホテルを出て、コズミ博士の車を停めた駐車場へと向いながら、ジョーは初めて”1人で”バスと電車に乗った感想をフランソワーズに訊ねた。


「電車は大変だったわ」
「・・・迷った?」
「いいえ、迷わなかったわ。一度来たことがあったし・・・。みんな親切過ぎて・・・・切符の買い方も、乗り方もわかっているのに・・・ずっと色んな人から話しかけられたの、心配してくださってるから・・・わかっていてもつい、知らないふりをしてしまったわ」
「・・・・男だったろ?」
「え?」
「・・・・キミに話しかけたのは、男ばかりだった、だろ?」


助手席のドアを開けながら、フランソワーズは考え込んだ。


「・・・・男だったんだ、やっぱり」


彼女の沈黙が雄弁に語る。


「・・・・気づかなかったわ・・・」
「・・・一応、連絡が取れる状態であるなら単独行動は許可しているけれど」
「ごめんなさい、携帯の電源が入っていなかったなんて・・・これからは、ちゃんとチェックするわ」
「・・・・・・・いや、キミの場合は、そういう意味じゃなく」
「?」


ジョーはキーを差し込み、エンジンをかける。


「・・・・車を出すから、言って欲しい」
「無理な時もあるわ。もう大丈夫よ?一度乗ってしまったら簡単だったわ」
「・・・・・・出す」
「無理しないで」
「・・・・・・・・・・・・無理じゃない」
「・・・・心配しすぎだわ」


ジョーはアクセルを踏み、ハンドルを左に切った。


「・・・・心配する、さ」
「さっきは、信じてたって・・・言ってくれたわ」
「・・・・・・・それと、これとは・・・違う」


駐車場から路上へと出るために、ジョーは助手席側の方から車が来ないか確認する。フランソワーズは背をシートに押しつけて、視界の邪魔にならないようにした。


「どう違うの?」
「・・・・どう違うって・・・」


ハンドルを右に切って路上に出るが、すぐに点滅信号にひっかかりブレーキを踏んだ。


「・・・・可愛いから、だろ?」
「・・・え?」
「キミが、可愛いから・・・・心配なんだ、よ」
「!」
「みんな」
「・・・・」
「みんな、キミのことが可愛くて仕方がないんだ・・・だから、いつでも仲間の誰かがついてないと、な」


ジョーの言葉にフランソワーズは大きく溜息を吐いた。


「兄さんだけでも大変だったのよ・・・」
「・・・・・・7人も、増えたね。あ、イワンと博士もだ」
「・・・7人?」
「・・・・・・・9人だね」
「10人じゃないの?」
「・・・・・・9人だ、と思う」
「あ、イワンの場合は兄じゃなくて、弟だもの、ね?」
「・・・・・・・・・そうだったね」




ピュンマがミツエから聴いた△△駅へと向かうために車を走らせる。













ーーーキミの兄さんは、もう十分にいるから・・・なるつもりはない、よ・・・・





キミが誰を想っていても、俺はキミのそばにいたい。
この気持ちを言葉にすると ”好き” と言う言葉になるなら、そうなのかもしれない。




初恋は実らない?



本当だろうか?




 

・・・・・・・・俺の初恋は、今。


・・・キミが・・・その人・・なんだけど、ね・・・。










実らない、なら・・・想っているだけでもいいだろ?
・・・キミを誰よりも特別に想っている・・・だけなら・・・






####


ミツエに頼まれていた”お使い”を済ませた後、フランソワーズは車内からコズミ邸に電話を入れた。電話口でミツエに頼まれていたものを無事に購入できたこと、ジョーと合流したので車でコズミ邸に戻ることを伝えた。そして、ジョーを除いたメンバーひとり、ひとりにメールを送った。




”やっぱりジェットだったのね!・・・怒ってないわ。心配させてごめんなさい、今から帰ります”


ジェットはすぐに返信を送った。 ”いや、オレじゃねえ” と。


***


”心配させてしまって、ごめんなさい。でも後悔はしてないわ・・・すべて終わりました。ちゃんと、答えを見つけたわ、また話しを聴いてね”


アルベルトは口角を上げて嗤い、隣に座るピュンマを見た。まもなく、彼の携帯がメールを受信したことを告げた。



”心配してくれてありがとう、黙ってでかけてしまってごめんなさい。ジョーとホテルで会うことができました。・・・まもなく、そちらに着きます”


ピュンマはメールを読んで、嬉しそうにアルベルトを見ていった。


「ジョーはちゃんと、フランソワーズに会えたみたいだね」
「ああ、そのようだ。これでALL SETだな」
「・・・まだ、飛行機の件が残ってるよ?」
「あれは・・・だいたいのことは検討がついた」
「?!いつの間にっ」
「時代だな、あれは」
「時代?」
「・・・・・・当時は、よくあったことだ。倒産寸前の飛行機会社がわざと”飛ばない飛行機”のチケットを売って資金稼ぎだ。・・・あの時代に”キャンセル料や払い戻しなんて洒落たものはなかったしな・・・調べてみたら、フランソワーズの買った飛行機会社はフランソワーズがチケットを購入した日から5ヶ月後に倒産していた・・・」
「・・・それじゃ、彼女は16日の飛ばないチケットを購入していた?」
「そういうことだ・・・まだはっきりしてはいないが、・・・何せ、その会社がすでに存在していない」
「B.Gのせいでは・・・なかったんだね?」
「・・・世間知らずのお嬢さんだったことが、証明されただけだ」

意地悪くアルベルトは嗤った。

「それ、フランソワーズに言ったらダメだよ!」
「・・・むこうに戻ったら報告はするぞ?飛行機の件はこれでほぼ説明がつく」
「それはいいけどっ、世間知らずってことだよ!」
「事実だ」

ピュンマは溜息をつきつつ、もう一度フランソワーズから送られたメッセージを読んで返信を打ち始めた。

「事実でもっフランちゃんを傷つけたら灰になること、忘れたらダメだよ!」





***



”大丈夫です、心配してくれてありがとう・・・張大人の御飯が食べたいわ!”


「アイヤ~!!早く戻ってくるアルよ!」


ギルモア邸で夕食の準備をしていた張大人が声を出した。
隣で手伝いをしていたグレートが、そのメールをのぞき込むようにして読んだ。


「・・・我が輩には?」
「ワタシの方が先だったアルな!」

グレートは自慢げに携帯電話を見せる張大人に苦々しい顔をしつつ、リビングのテーブルに置きっぱなしにしていた携帯電話を確認した。新着メールの表示に小躍りするようにキッチンへと戻っていく。


「見ろ!!受信時間は我が輩の方が早いっ!!」


グレートは胸をこれでもか!と言うほどに反らして自慢げにメールを見せた。
張大人は、メールを確認してむっとする。


”・・・どうして、009に殺されるの???また、彼をからかったのね?・・・私は大丈夫です。情報をありがとう・・・感謝しています。”


「アンさんなんて、感謝される価値なんてないネ!!フランソワーズを1人でホテル行く理由を作ったのは、グレートなんだからネ!」
「何でも言うが良い!終わりよければすべてよし!だ!!」
「~~~~~~~~~っ!!夕食はあんたのためにっキノコづくしに決めたアル!」
「なあああにいいいいいっ!我が輩はキノコ類がキライなんだぞっ」
「感謝して、グレートの嫌いなものをおいしいいいいいいいく料理するアル!スキキライを直してあげるネ!」
「そんな感謝はいらんゾっ!」





***



”私は大丈夫よ。前を向いているわ!”

「・・・もう少しの辛抱だ。」
「どうしたんじゃ、ジェロニモ?」


ギルモアの書斎に新しい本棚を作っていたジェロニモが、尻ポケットに入れていた携帯を取り出して、その携帯に向かって呟いた言葉を、ギルモアが訊ねた。


「フランソワーズは無事だ、博士。多分、ジョーと合流した。」
「おお!そうか!!良かったのう・・・あの子を1人で大きな街を歩かせるなんて、まだ早いからのう・・・心配したわい」
「フランソワーズは大丈夫」
「・・・わかっておるわいっっ!!・・・・ただ、いらん”虫”がついてしまわんか、心配なだけじゃ・・・」
「・・・飛んで火に入る夏の虫」
「なんじゃ、それは?」
「フランソワーズに手を出すやつのことを言う」
「・・・燃えるのか?」
「燃えて灰になる」
「・・・・・そうか。うむ・・・そうじゃのう・・・気をつけてやらねばいかんのう・・・灰になっては困るわい」
「博士、このくらいの大きさでいいか?」


ジェロニモは携帯を尻ポケットにしまい、家具屋から送られてきた本棚につける段の高さを確認した。


「・・・お。そうじゃな、それで頼むよ」
「わかった」







携帯電話と一生懸命に格闘していたフランソワーズが、それをカバンの中にしまったので、ジョーは彼女に話しかけた。


「・・・終わった?」
「ええ!・・・・返信できたわ」
「全員?」
「もちろん」
「・・・・もうすぐコズミ邸だ、よ」
「そうね」


コズミ邸と聴いて、フランソワーズは昨夜のさくらの言葉を思い出した。


”ジョーはあなたなんかを見なくなるっ!!!”

”みんなにチヤホヤされてっ”

”思い上がっていればいいわよっ!”





”ジョーがあなたなんか好きなはずないわっ”






膝の上にあるカバンをぎゅっと握りしめた。




ーーー私が勝手にジョーを好きなだけよ・・・






「・・・どうかした?」
「ううん、・・・少し疲れたみたい・・・」
「・・・・もうすぐだから」
「・・・ええ」


フランソワーズはゆっくりと空気を吸って、言葉を選ぶ。
頭の中にその科白を並べて、読み上げた。



「ジョー・・・」
「・・・?」
「前にも言ったけれど・・・あまり、私に優しくしないで?・・・仲間であっても。その・・・女性として・・・あまり優しくしないで・・・特にさくらさんの前では・・」
「・・・・・普通だ、よ・・みんなと、同じ」
「でも、さくらさんの目には、そういう風に映らないわ・・・彼女はジョーが好きなのよ?」
「・・・・それで?」
「自分の好きな人が・・・他の女性に優しくしたりしていたら、よい気分ではないわ」
「・・・・・だから、なに?」
「彼女が傷つくわ」
「・・・・・何か言われた?彼女に」
「何も言われてないわ、そう思っただけ」
「・・・・・・さくらは、とてもいい子だけど、彼女の気持ちを・・受け入れる気はない」
「・・・・・・・ジョー・・やっぱり・・」
「・・・・・・彼女が人で、俺がサイボーグだと言うことを気にしてる、と思ってる、か?」
「・・・さくらさんなら・・・きっと理解してくれると思うわ・・・私たちはそういうことをこれから考えて生きていかないといけないもの」
「・・・・考えるつもりはない」
「どうして?」
「・・・・・・・必要ないから」
「そんなの、哀しいわっ!サイボーグでもっ人を好きになったりしても・・・・・いいでしょう」
「・・・サイボーグが人を想っても、いいと思う、ダメだとは言わない、さ」
「・・・」
「・・・・・・でも、俺には必要ない考えだから」






ーーー俺は・・キミを・・・想っているから・・・・












「さくらさん、可哀相よ」



ジョーは乱暴にブレーキを踏んだ。
前に傾いたフランソワーズの躯にシートベルトが食い込む。


「・・・俺の気持ちは?」
「え?」
「・・・・・フランソワーズ、俺の気持ちは・・・?」


温かくなるにつれて長くなったが日が、夕闇の時間を遅らせていた。
残照残る空をフロントガラス越しに見る。


「・・・・可哀相でも、俺はさくらを受け入れられない」
「・・・ごめんなさい、私が口を挟むことじゃないわよね・・忘れて?・・・私も、聴かなかったことにするわ」
「・・・・忘れなくていい」
「・・・ジョー、だからっ」

「キミが知っていればいい、よ。俺の気持ちは、さくらを受け入れるつもりはない。彼女を好きにはならない。友人だと言う以外、何も思わない」


フランソワーズの方へは向かず、前を向いたまま言い切った。



「・・・・・覚えていて、それだけ」
「・・・ごめんなさい、私やっぱり・・・疲れてるわ・・」
「・・・・・覚えていて・・・」
「・・・」


車はコズミ邸の前に停まっている。
フランソワーズはシートベルトをはずし、助手席のドアを開けて外に出る。後部座席のドアを開けて、置いておいたミツエに頼まれた”お使い”の菓子がはいった袋を手に取った。
後部座席のドアが閉まったのを確認してから、ジョーは車を車庫へと移動した。


「・・・さくらさんじゃないのなら・・・誰を・・・?」

車がコズミ邸裏にある車庫へと向かっていくのを見送りながら、ジョーの言葉を反復する。そして、さくら意外に誰がいるのだろう、と疑問に思った。





ーーー私はあなたが好きよ、ジョー・・・想うことは自由でしょう? あなたが誰を好きでも・・・・






カバンの中にしまわれている2枚のビジネスカード。
一枚は保津川、もう一枚はエリオットのもの。
スカートのポケットに入れていた、1枚のビジネスカードはアランからのもの。

フランソワーズはポケットから長方形の白い、カードを取り出した。
裏に、アランが書いたメッセージと彼の自宅の電話番号。そして、メッセージが添えてあった。






ーーー君に出会えたことを神に感謝します。 
   友人として、いつでも連絡をください。







フランスの香り。
故郷、パリの香り。

フランソワーズはビジネスカードをそっと両手に乗せ、顔に近づけて深く息を吸い込んだ。
カードを再びポケットにしまい、コズミ邸の玄関のドアを開けるとミツエがフランソワーズを出迎えた。





####



車庫に車を戻してエンジンを切り、出てきたところをピュンマがジョーを出迎えた。


「お疲れ様っジョー・・・!」
「ピュンマ・・」
「これで、もう大丈夫だよね!!」
「・・・・・ああ、多分」


弱気な返事をするジョーに、ピュンマは顔を曇らせた。


「・・・何かあったのかい?」
「いや、別に」
「ほらっ!そうやって隠してしまうからっ小さなことがドンドン大きくなって後で後悔するんだよっ!自分の事となると全部をこころの底に押し込めてしまうんだ!・・・・ボクたちは、戦うためだけの・・・それだけの・・仲間じゃない、と・・思ってるんだから・・・さ」


ピュンマの言葉にジョーは微笑する。彼の優しいこころ使いにジョーはいつも感謝していた。
けれども、自分の気持ちを打ち明けると言うことが不慣れ、または不得意なジョーにとっては、どうピュンマに説明していいのかわからずに、いつも黙り込んでしまう。


「・・・・ありがと」


消えそうな声でピュンマに礼を言い、コズミ邸の正面玄関の方へと歩いていくジョーの隣を歩きながら、ピュンマは自分の胸にある言葉を口にした。


「我が儘になってもいいんだよ?」


突然のピュンマの言葉に足を止めた。


「恥ずかしいことでも、いけないことでも、なんでもないんだよ?むしろすごく素晴らしいことなんだ・・・人を好きになるって・・・。人を想うことで、その人を不幸にするとか、迷惑だとか、余計なことを考える前に、ちゃんと自分の気持ちに正直でいることの方が大切だと思うんだ・・・ジョーはもう、十分にいろんなことを我慢して、がんばっているんだから、さ。自分の気持ちに少しくらい我が儘になっても誰も君を責めたり、怒ったりしないよ?・・・むしろ、みんなは待ってるんだけど・・・」

「・・・・彼女には想う人がいる・・・と、思う」


ピュンマの言葉の語尾にかぶるようにジョーは呟いた。


「っだから、やっぱりここはジョーから、さあ」
「・・・?・・・・俺、が何を?」
「え?」
「・・・・・・・彼女は俺のこと、なんとも思ってない、よ」
「っええ?!」
「・・・・・・・彼女が幸せなら、それでいい」
「ちょっ!ジョーっいったい何処でそんな情報をっ」


再び歩き始めたジョーを呼びとめようとしたが、ピュンマの声にジョーは足を止めることはなくコズミ邸へと入っていった。


「いったい、どこで何がどうなってっっそうなるんだよっ?!フランソワーズはジョーが好きなんだよっ?!それでっジョーっっ!!君もフランソワーズが好きなんだろ?!・・・・簡単なことじゃないか!」



1人残されたピュンマは、春の夜空に浮かんだオレンジ色に輝く牛飼い座のアルクトゥールスと、乙女座のスピカ(真珠星)を見上げて、こころの声で叫んだ。


ーーー春の夫婦星・・だよね?・・・どうにかしてよっあの2人!!!












====29 へ 続 く

・ちょっと呟く・

・・・・原作の星祭りの夜を読んだでしょ?>8

やっと、モルちゃんが片づいた・・・・・?(←あ!)
モルちゃんをきっかけにして自覚しましたね!
でも、お互いに同じことで勘違いしてるし~・・・・。

すれ違いって書くの難しいです。。。
ラブラブさせたいなあ。
でも、まだ書いてないネタが山になってるので、がんばれ!>9.3
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Day by Day・29

フランソワーズはきっと、俺の知らない誰か・・・が、好きなんだ。
さくらさんじゃないのなら、ジョーのこころにいる人は・・私の知らない人・・・






それでも、キミが好き、だ・・・
それでも、あなたが好き、なの・・・








想いは変わらない。
想うことは自由。






伝えられない。
伝えてはいけない。












こんなに近くにいるのに・・・

手を伸ばせば、届くはずなのに・・・






笑顔がそこにあるのに・・・










優しくしないで、あなたに触れたくなるから。
優しくしないで、あなたに甘えたくなるから。

微笑まないで、キミを抱きしめたいから。
微笑まないで、キミが欲しくなるから。










どうしてキスしたの?
ーーーキミが好きだから


好きって言ったよね?
ーーーあなたが好きだから











####


さくらの部屋の窓から見える風景は、コズミ邸の正門。

ジョーが”仕事”の所用でミツエからコズミの車を借り、出かけたことを知ったのは遅くに取った昼食の時。家にフランソワーズの姿がなかったので何処へ行ったのかを訊いたら、彼女は別の所用で○○市へ出かけたと聞いた。


さくらはジョーの帰りを待っていた。
”昼前”に交わした会話をきっかけに、自分との関係がおかしくならないように、ジョーが戻ってきたら、何もなかったように彼を出迎えるつもりで、ジョーの運転するコズミの車が帰ってくるのを待っていた。

夕方になると車の通りが無くなってしまう、町はずれの住宅街にあるコズミ邸。車のエンジン音が聞こえ、門前で止まった音に、自室で読みかけていた雑誌をパラパラとめくっていたさくらは、飛び上がるようにして窓へ駆け寄った。


明るい部屋のライトが窓ガラスに反射し、さくら自身と部屋を鏡のように映し出して外が見ずらい。
慌ててさくらは窓を開けた。
門前の照明に、一定間隔にあかりが灯った外灯が1台の見慣れた車をくっきりと浮かび上がらせる。


「?」



車は少しばかりそこに停車する。
コズミ邸の車庫や邸の裏庭の方にあるために、角を曲がって裏へとまわらなければならない。
ジョーは1人で出かけたはず。正門前で車を停める理由がない、とさくらは思う。


車の助手席のドアが開いた。




下唇を巻き込むようにして噛んだ。
うすく塗ったグロスが ぬるり と、舌に不快な感触を与える。



車の助手席から、亜麻色の髪の女性。
コズミ邸の正門に取り付けられたライトが、彼女の柔らかな髪に天使の輪を浮かび上がらせてる。
彼女を降ろした車は、裏の車庫へと移動した。


ーーーなんで?・・なんとも思ってないんでしょ?応援するつもりがないのなら、邪魔しないでよ!!




窓を開けたまま部屋を出た。玄関に向かい、ミツエに”お使いの品”を渡しているフランソワーズに、さくらは笑顔で「おかえりなさい」と言った。


「・・・ただいま、さくらさん」
「1人だったんですか?」
「いいえ・・・途中で・・・」


さくらの質問が何を訊いているのかが、厭でもわかる。


「帰りに島村くんと合流したんですって、帰ってくる場所は一緒だしねえ。車の方が楽でしょお?」


のんびりとミツエは受け取った袋を手に嬉しそうに、フランソワーズの変わりにさくらに答えた。


「へえ、そうなんだ・・・2人だったんだ」
「・・・」
「お夕飯の支度は出来ているのよ、さ・・フランちゃん疲れたでしょ?荷物を置いてゆっくりしてちょうだい?」
「あ・・・手伝います・・・から」
「いいのよ!私の我が儘で寄り道してもらってきたんですもんねえ、さ。ゆっくりしてちょうだいな」
「・・・ありがとうございます」


ミツエに促されるままに、フランソワーズは自分に用意された、邸の南側の6畳の和室へと向かった。少し距離を開けてさくらがついてくる。部屋へ戻る途中の廊下で足を止めて、フランソワーズはさくらに振り返る。


「・・・あの、なにか・・?」
「話せますか?」


さくらはにっこりと笑顔で答えた。


「何かしら?」
「はっきりさせたくて」
「・・何・・を?」
「フランソワーズさんの、お部屋に行っても良いですか?」
「・・・」
「いいですよ、ね?」


強く言い切るさくらに、フランソワーズは静かに頷き、再び足を部屋へと進めた。
廊下の突き当たりを左に曲がる。反対側の西の2つの和室にアルベルト、ピュンマ、ジェット、そしてジョーが寝起きしていた。フランソワーズは襖を開けて先にさくらに部屋へ入るように促してから、部屋に入った。持っていたカバンを、荷物をまとめている角に置き、座布団をさくらに出した。さくらは黙って出された客間と同じ菖蒲色の座布団の上に腰を下ろす。フランソワーズも距離を置いて、部屋でいつも使っている紅緋色の座布団の上に座った。


さくらはハッキリと言い切った。

「私、ジョーが好きです。ジョーも私の気持ちをしっています」
「・・・昨日、訊いたわ」


さくらは真っ直ぐに、憎らしいほど澄み切った大きくて魅力的な、フランソワーズの空色の瞳を見つめた。


「応援してくれなくてもいいです。フランソワーズさんからの応援なんていりません」
「ええ、さくらさんには、私の応援は必要ない・・と思うわ」
「応援なんて入りませんから、邪魔だけはしないでください」
「邪魔?」


フランソワーズは、首を傾げてさくらの言葉を聞き返した。さらりと甘いハチミツ色の髪が肩から流れる。フランソワーズの動作のひとつ、ひとつがさくらを苛つかせた。
座っている座布団をぎゅっと握りしめて、叫びたい衝動を抑えながらさくらは話しを続ける。


「そうです、邪魔だけはしないで」
「・・・そんな風に見えるの、ね?」
「見えます」
「・・・」
「はっきり、させてください」
「なに、を?」
「嘘もごまかしも、何も訊きたくないです」
「・・・」
「みていれば、フランソワーズさんがどういう風にジョーを思っているかなんて、気が付きます」
「・・・」
「簡単ですよ」
「・・・・・・」


フランソワーズの瞳が翳る。
彼女の形良いふっくらとしたくちびるが、不安げに微かにふるえた。


「ギルモア邸のみんなのアイドルで、チヤホヤされて・・・十分でしょ?大切な家族なんでしょ?仲間なんでしょ?だったら、それ以上のことは望まないでよ」
「・・・なに、それ・・・・」
「みんなから、フランソワーズ、フランソワーズって・・・甘やかされて、それが当たり前になってるんですよね?」
「・・・どうして、そんなことを言うの?」
「ジョーだってそうでしょう?別にフランソワーズさん以外の女性が仲間で家族だったとしても、きっと同じように優しいわ」
「・・・何が、いいたいのかしら?」
「私はジョーが好き。まだ、ジョーはちゃんと私を知らないし、私もまだ、ジョーをちゃんと知らない。時間が必要だと思うわ。・・・私のひと目惚れだし、ジョーも私に好きだって、いきなり言われても、彼は人の気持ちに敏感で・・・慎重な性格っぽいし、人見知りもするみたいだし、私みたいに一目で好き!って言うような、感覚的なタイプじゃないから、きっと・・・。だから、時間が必要なのよっ。彼が私のことを見てくれて、考えてくれて、好きになってくれるために!あなたが、ただの”大切な家族”で”仲間”であるだけならっっその間、邪魔して欲しくないわっ!・・・・・それとも、あなたは私のライバル?」


部屋に、さくらの声だけが空気を振動させる。
さくらの強い眼差しを全身で受け止めながら、フランソワーズは呼吸をするのを忘れてしまったかのように息を詰めた。躯中の細胞が酸素を求めて暴れ始めるのを抑えるかのように、薄く空気を吸い上げた。喉を通る生温かい感触。想いを言葉に乗せて発することが、こんなにも苦しいとは、フランソワーズは今まで知らなかった。


「・・・ジョーが好き。さくらさん、私、ジョーが好きよ」

黒く濡れた黒曜石のようなさくらの瞳を見て、フランソワーズは初めて、ジョーへの想いを口に出した。


「・・・家族や仲間って言葉に隠して、卑怯よっ」
「ジョーが大切な家族で、仲間であることは本当ですもの。それは何も変わらない。・・・・・・今まで、誰にも私の気持ちを打ち明けたことがなかっただけよ?・・誰にも訊かれたことないわ」
「フランソワーズさんはライバルなんですね?」
「・・さくらさんのライバル、じゃないわ」
「?!っっっっまだっそんなっ好きなくせにっ!」


さくらは怒りを込めて声を荒げて怒鳴った。
怒りで細い肩が揺れている。


「・・・私はジョーに自分の気持ちを言うつもりはないんですもの・・・ライバルには、ならない。なれない」
「告白する、しないは、フランソワーズさんのかってよっ!私には関係ないわっ。ただ、私は知りたいのっあなたは、私のライバルなの?違うのっ?邪魔するなら、私も考えがあるからっ!!・・・フランソワーズさんがジョーに告白したって・・・・・・っジョーがあなたを好きなはずないんだからっ!!」


さくらの脳裏によぎる、昼間ジョーが言いかけた言葉。
彼が想う人の名前。

フランソワーズであるはずがない!と、自分に言い聞かせるように言葉を彼女にぶつけた。



「・・・好きなはずない?・・・・好きに”なる”はずが、ないでしょう?」
「っっ!」
「・・・わかってるわ・・彼にとって、私は家族で仲間だもの・・・ジョーが私に特別な気持ちを抱くことは、ないわ」
「ジョーは優しいっ・・・男所帯のギルモアの家にいるあなたが不憫なだけよ・・・勘違いしないでねっジョーは”特別”フランソワーズさんにだけに優しいんじゃないわっ」
「・・・そうね・・・・・私はさくらさんのライバルじゃないわ・・・私はずっと・・・・ジョーの”大切な家族”で”仲間”。・・・それでも、さくらさんの応援・・・は、できない。ごめんなさい。けれど、さくらさんの邪魔は、絶対にしない。・・・邪魔はしません。する、つもりもないわ・・・」
「・・・絶対ね?」
「ええ・・・私の好きと、さくらさんが思う”好き”とは少し違う気がするわ・・・。好きなら、みんな好きだもの・・ギルモア邸のみんなが好き。大好きよ。でも、ジョーを想う気持ちは・・・言葉にするのが難しいわ・・・。言葉にするなら・・・”好き”と言う言葉が一番近いと思うの・・・・でも、少し違う・・・・」


フランソワーズは目蓋を閉じて、思い出す。



009の背中。
ジョーの背中。



光を浴びて金茶に変わる髪。

強い眼差し。
ときに、寂しそうに揺らぐ瞳。


厳しさを込めた声に・・・含まれた温かさ。
優しくさしのべられる手。



”フランソワーズ”ではなく、”キミ”と呼んでくれる彼が・・・・





フランソワーズは晴れた空色の瞳をさくらに向けて、優しく微笑んだ。
微笑みは明るく、温かい。



さくらは言葉をなくす。
言ってやろう!と思っていた言葉。それらは温かな紅茶に溶けていく砂糖のように、消えていく。
用意していた言葉は砂糖のように甘い物ではなかったはずなのに・・・。



彼女は言った。

ジョーが好き。

同じ人を好きになった。





彼女は1人の男を奪い合う、ライバル=敵。
口では”違う”と言っても、本心はどうだかわからない。

女は狡い。


恋の勝利者になるためには、どんな手だって使う。
やさしい天使のようなみかけに騙されない。



騙されない。


そうやって・・・今までもみんなから愛されるように”仕組んで”きたんでしょっ!



・・・・・違う?





「・・・・人には人それぞれに”想い”を表した”好き”があるわ・・・そう、思わない?」
「・・・」
「さくらさんの言う”好き”と、私がジョーを想う”好き”は言葉は同じでも、まったく別のものだと思うの・・・彼に望むことを、含めてね」
「・・・」
「さくらさんは、今までお付き合いされた経験があるのかしら?」
「バカにしてるの?ないわけないじゃないっ!!」
「・・・・バカにして訊いたんじゃないわ・・・私はないもの・・」
「?!」
「ないの・・・一度もよ?・・・・・だからかしら・・・・ね?・・・・さくらさんがジョーに想う形と私の想う形は違うわ・・・・ライバル、とか・・・・そういうの、人を”想う”ことに必要なこと?」
「っジョーが好きならっ彼を独り占めしたいって、ずっと彼と一緒にいたいって、自分だけ見てって私だけの人になって欲しいでしょ!」
「・・・・・無理よ・・・そんなの」
「っ私には無理っていうの?!」
「違うわ・・・ジョーはジョーでしかないの。一緒に居ることはできても、彼がさくらさんだけを見ることになっても、ジョーはジョー・・・彼は彼で有り続けるわ」
「っわかったようなことっ言わないでっ」


さくらは立ち上がり、乱暴に襖を開ける。
フランソワーズに背を向けたまま、はっきりとした口調で言った。


「とにかくっ邪魔はしないでっ!」
「しないわ。するつもりもないわ」
「だったらっ・・・・・今日みたいにっこそこそ2人きりで出かけたりしないでっ!デートみたいなことはっ・・・しないでねっ」


フランソワーズの方に振り返ることなく廊下を出て、襖を音を立てて閉めた。
さくらが閉めた襖の音に弾かれてジョーの声がフランソワーズの脳裏をよぎる。



ーーーさくらは、とてもいい子だけど、彼女の気持ちを・・受け入れる気はないーーー




ほんの数十分前のこと。
ジョーははっきりとフランソワーズに言い切った言葉。



「・・・・・・・人の気持ちはかわるもの・・・」


ーーーだってそうでしょう?・・・私がそう・・・だったわ。

アランへの憧れの気持ちは、バレエへの情熱へと溶けていった。
彼への淡い小さな気持ちは、バレエを踊り続ける喜びの中に隠れて見失っていた。




フランソワーズは深呼吸を繰り返す。
呼吸を繰り返すたびに息が熱くなっていく。
胸が焼けるように痛み、喉がきゅうっと締め付けられてヒリヒリと乾き出す。
だんだん浅くなっていく呼吸に肩が揺れ始める。
ぐっと息を吐き出さずに、咥内に押しとどめてから・・・吐き出した。



ーーーさくらさんじゃないのなら、いったい・・・誰を・・・・・・・・





ジョーは優しい。
009は優しい。


彼の腕が003である以外の自分を受け入れることはない。
家族/仲間/サイボーグであることが、ジョーとの関係のすべて。


彼は優しい。



その優しさに勘違いなんてしない。




好き。
ジョーが好き。










好きという言葉は簡単だけど
好きと言う言葉だけでこの気持ちをあわらしたく、ない。





ジョー、あなたを想っているわ。
あなたが誰を好きになっても、私はあなたを想い続けていく、いきたい。



ジョー・・・・
この気持ちはあなたにとって、迷惑でしかない?



フランソワーズは閉められた襖に視線を向けたまま、その白い手でこぼれ落ちた雫を拭った。







####


コズミの車を借りて、ジョーがフランソワーズとアルベルトの2人をギルモア邸まで送る。

5日間をコズミ邸で過ごしたフランソワーズは、イワンが目覚めたことによりギルモア邸へ帰ることが決まった。と、同時に、コズミ博士の帰国が予定よりも3日早まると言う連絡が入ったことから、グレートとは交代せずにフランソワーズと共に、アルベルトも邸へ戻ることになった。
ジョー、ジェット、ピュンマの3人がそのままコズミが戻るまで、コズミ邸に留まる。



助手席にはアルベルトが乗り、フランソワーズは後部座席にゆったりと身を沈めていた。窓から見える街や車の流れを何も考えずに眺めている間に、静かな車内、ときおり思いついたように、静かに会話を始めるアルベルトとジョーの淡々とした、心地よい声音に、いつの間にか彼女は眠りについていた。


運転中に時々、バックミラーで眠っているフランソワーズを見るジョーは、穏やかに、幸せそうに笑って眠っているフランソワーズに、目元を緩めた。


「よく、眠っているな」
「・・・・みたい、だね」
「疲れているだろうな、色々あった・・・から、な」
「・・・・ミツエさんといるときは、楽しそうだった」
「懐いてたな」
「・・・・ギルモア邸だと、1人だし」
「張大人がいるだろ」
「・・・・・・・男、だろ?」
「ときどき、ミツエさんにかまってもらえるように・・頼むか?」
「・・・・本当に、そう彼女が望むなら、彼女からミツエさんに連絡する、よ」


腕を伸ばし、カー・ラジオをつけて適当にチャンネルをいじるアルベルトは、クラシックが流れる、それに決めた。ボリュームを音楽が聴こえるか、聴こえないかのギリギリまでに下げる。


「で、わかったのか?」
「なにが?」
「人を好きになるって気持ちが、どういうもんか」
「・・・・・なんだ、よ・・いきなり」
「よく、寝てるな、本当に」


躯をひねり、運転席と助手席の間から後部座席のフランソワーズを眺めた。
フランソワーズはシートの上に横になり、子猫のように躯を丸めて、眠りが深いことを表すように健やかな寝息を規則正しくたてつつ、眠り続けている。


躯を元に戻してバックシートに背を預け、アルベルトは信号が赤に変わってブレーキを踏んだジョーを観ずに、話しかけた。


「・・・わかったのか?」
「・・・・・さあ、ね」
「わかったら、わかったで大変だな」


ジョーは視界の端でアルベルトが嗤ったのが見えた。


「・・・・・余計なお世話、だ」
「わかったんだな?」
「・・・・」
「やっと、認めたな」
「・・・・・認めた?」
「オレなりの表現だ、気にするな・・・」
「・・・・」


アクセルを踏み、慎重にハンドルをきる。
いつもジョーが出すスピードよりも遅く走らせていることを、アルベルトは気づいている。


「で、どうするんだ?」
「・・・・・なにを?」
「蒼い目の子猫を、だ」
「・・・・・・どうもしない」
「ピュンマが、嘆いてたぞ?」
「・・・・・ピュンマが?」
「いい加減にしろって、さ」
「・・・・・・関係ないだろ?」
「大ありだ」
「・・・・・ない、よ」
「ある」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある」


カー・ラジオから短く局の紹介をする抑揚のない男の声が流れて、ピアノ独奏曲に変わる。
アルベルトはその音に聴き入った。


「・・・・ない・・ない、よ」
「・・・・あるさ、お前のために、な」
「・・・・・・俺の・・た、め?」
「そうだ。お前のためだ」
「・・・それこそ、よけいだ、よ」
「そういうな。・・・・・詳しくは知らんが、方法なんてなんでもいいんだぞ?」
「・・・・・」
「抱いてやればいい」
「・・・・・・っできるわけないだろ」
「得意分野だろ?」
「・・・・一緒にするな、よ」


フロントガラスの映像が、街から外れてただの舗装された道路と空を映し出す。
少しずつカーブが増えていく中、車のスピードが一段と遅くなった。


「勘違いらしいぞ?」
「・・・・らしい、だろ?」
「本人に訊けばいいだろ、一番早い」
「・・・・・・」
「訊けよ、ジョー」
「・・・・・・」
「誰が好きなのか、訊け」
「・・・・訊く必要ない」
「訊け、逃げるな・・・・」
「・・・・・・逃げてない」
「訊いてやれ、まってるぞ」


ちらり とアルベルトは視線を後ろへと送る。


「・・・・・ない、よ」
「・・・・・・手をのばせば、いいだけだ」
「・・・・簡単に言うな、よ・・・」
「簡単なことだ」
「・・・・・・・俺は相応しくない」



「お前・・・・まったく、手のかかる末っ子だ」





まっすぐに前方を見据え、厳しい表情のままハンドルを握りしめる、その姿は、今から適地へ乗り込むためにドルフィン号のハンドルを握り、勝利を確信する強い光を放つ瞳の009。とは、大きくかけ離れた・・・危うく、不安げに翳る琥珀色の瞳。に、アルベルトは短い溜息を吐いた。


ーーー「ジョーの頭の中には009の人格を形成する、もうひとつの脳がある」って言ってたな?

009のときと、島村ジョーのときとの差がありすぎるので、冗談でギルモア博士に尋ねたメンバーの1人の言葉に、ギルモアは腹を抱えて笑い、「そんなものがあるならっ一番最初にお前につけとるわい!」と一蹴された。



ジョーとアルベルトの間にそれ以上の会話はなく、ギルモア邸に到着した。
ジョーが座席下のバーを引っ張り、トランクを開けると、アルベルトはさっさと2人分の荷物を持ってギルモア邸へ入っていこうとする。そんなアルベルトをジョーは呼び止めようとしたが、寝ているフランソワーズを起こしたくなくて、声を出さずに脳波通信でアルベルトを呼んだ。


<・・・放っておくのかよ?>
<荷物を2人分持つんだ、車だったもんで本を借り過ぎた。子猫くらい軽いだろ?>
<・・・・・なんだよ、それ>
<お前の役目だろ、いつも通りに・・・厭なら起こせ>

アルベルトはそれ以上の会話をしない。と言う意味で通信を切った。





後部座席のドアをジョーは静かに開けた。



無造作に広がった甘いハチミツ色の髪。

小さな白い両手を胸元のあたりで軽くにぎり、線の良い顎をその手の甲に寄せるようにして、まぁるく丸まった小さな躯は靴を履いたまま、器用にシートの上に乗って・・・



幸せそうな寝顔。










ーーー前にも言ったけれど・・・あまり、私に優しくしないで?
   ・・・仲間であっても。その・・・女性として・・・あまり優しくしないで・・・
   特にさくらさんの前では・・・。




キミは、さくらと・・・何かあった?

・・・キミがそう望むなら・・そうしよう、と思う。





ーーー・・・さくらさんなら・・・きっと理解してくれると思うわ
   ・・・私たちはそういうことを、これから考えて生きていかないといけないもの





彼女が人で、俺がサイボーグだと言うことを気にしてる、とキミは思っていた・・・だから、さくらの気持ちを受け入れないと?

違う、よ。







ーーーそんなの、哀しいわっ!サイボーグでもっ人を好きになったりしても・・・・・いいでしょう





いい、さ。


・・・・キミが好きな人は・・・・誰?










訊く必要ない・・・・・

訊きたくないっっ

逃げてなんかいない。

勘違いでもないっ!


フランソワーズのこころの中には、彼女を独占しているヤツがいる・・・




まってる?

何を彼女がまってる?

何を?


・・・誰を?



なぜ?










「・・・フランソワーズ」


躯を車の中にくぐらせて、フランソワーズを呼びかけた。


「フランソワーズ」


フランソワーズのつむじが見える。


「・・・・フラン?」


逆さまに見る、フランソワーズの耳もとで小さく囁いた。



「・・・・Fanchon?」



フランソワーズの閉じられた目蓋が ぴくり と反応し、長い睫が揺れた。


「・・・ん~~~っ???」


寝ぼけた、眠りを妨げる声に抗議する、フランソワーズのくちびるから漏れた空気交じりの囁きに、ジョーの心臓は甘く痺れた。
ジョーはもう一度、彼女の兄だけが使うニックネームで彼女を呼んだ。





「Fanchon・・・・・・・?」









兄さん?






Fanchon・・・








僕 の 可愛い ・ ・ ・ ・ 


僕 の 可愛い 可愛い  Fanchon
   

お転婆 な Fanchon
泣き虫 で 意地っ張り な Fanchon


お菓子 が 大好き で 大きな空色 の 瞳 を 輝かせて


いっぱい いっぱい 笑って


僕 の 可愛い Fanchon


我慢しない で もっと ワガママ を 言って

辛いとき も 悲しいとき も 苦しいとき も

独り で 泣いてちゃ だめだよ



僕 の 可愛い Fanchon



優しい 優しい 優しい 君 は

一生懸命 に なりすぎて

周り が みえなく なって しまう けれど
   
みんな 君の 幸せ を 願って いるんだよ

 


がんばり すぎ ない で

もっと 頼って


   


僕 の 可愛い Fanchon




笑って

   

僕 の 可愛い Fanchon




笑って


   


君 が 泣くと みんな が 悲しいんだ
君 が 辛いと みんな が 苦しいんだ

 
ちゃん と 見て



僕 の 可愛い 可愛い Fanchon


  


怖がらない で
恐れない で

   
   
もっと 自分 に 素直 に なって いいんだよ



みんな は 待って いるんだ

君 が 助け を もとめる 声 を

君 が 独り で 悩む より も 

みんな は 君 の 悩み を 一緒 に 解決 したいんだ



独り じゃない 

Fnachon は 独り じゃない よ 




みんな 僕 と 同じよう に Fanchon が 大好き なんだ 



僕 の 可愛い Fanchon







笑って
  
幸せになって





僕 の 可愛い Fanchon
君 の 幸せ の ためならっ 僕 の すべて の ハッピー・ポイント を あげるよ!



僕 の 可愛い Fanchon

愛してる よ !! Fanchon




素直 に なって

君 が 望む 幸せ を 見失わない で
   
我慢 しない で


もっと 自分 を 信じて


泣き虫 で 意地っ張り で 頑固 で ・ ・ ・ ・ 心配 だ よ 僕は




いつか 僕 の かわり に 君 を 守ってくる 人 が 現れてくれる ことを 祈ってる


君 が いつか 彼 に 出会える ように 僕 の ハッピー・ポイント を 使って しまおう!

   




瞳 を あけて ごらん









ほら ・ ・ ・ ・ ・ 












君 を 幸 せ に し て く れ る 人 が い る よ 












「・・・フランソワーズ?」




兄さんの声?
もう、思い出せないと思っていた・・・兄さんの声・・・・



兄さん、笑ってる。







嬉しい。
元気なのね?



兄さん、私もよ・・・




兄さん、ねえ、そんなに心配しないで?
もう、・・・そうやってまた子ども扱いをするんだからっ!

誰に似たのかって?
同じ血が流れているんですものっ!


泣き虫?
私が???

それは兄さんでしょっ!


私がお転婆で、頑固で、意地っ張りなら、兄さんもでしょ!
素直じゃなくてっ悪かったわね!


も!

自分だって、ダニエラが好きな癖にっ素直じゃないじゃないっ!
シスコンは卒業するんでしょ?




え・・・?



我慢なんか・・・してないわよ?
辛くなんか、ないわ。



・・・私は独りじゃないわ、仲間がいるもの!
大切な家族がいるの。


心配しないで!




・・・見失ったりしないわ。
大丈夫よ?

大切なものはちゃんと、ここ。私の胸の中にしまってあるわ・・・



そんな・・・そんな風に言わないで・・





もう、たくさんもらったから、兄さんのハッピー・ポイントは!



十分よ!!!









心配しないで?
兄さん、心配しなくても大丈夫よ・・・・・






私を・・・・・幸せに、してくれる・・・人?







だあれ?

兄さん以外に・・・いるの?















そんな 人 が いる の?















私 を ?



幸 せ に し て く れ る 人 ?
 





「・・・・フランソワーズ」




瞳 を あけて ごらん






ほら ・ ・ ・ ・ ・ 








「フラン・・・・フランソワーズ?」



兄さん?

瞳を・・開ければいいの?







耳元にかかる息。
フランソワーズのよく聞き慣れた声。
兄さんのような掠れたテノールでなく、しっとりとした優しい、混じった低音が少しだけ強く響く、心地よい声。


・・・呼んでるわ。


もう、行かないと・・・。
ごめんなさい、兄さん。


また、会えるわよね?







ーーー愛してる 大切 な 僕 の 可愛い Fanchon







愛してるわ、私も・・・兄さん・・・










「・・・フランソワーズ?」


名前を呼ばれて、フランソワーズはゆっくりと眠りの世界から浮かび上がってくる。
重たくなった目蓋を開けるのに、少しだけ時間がかかり、優しく名前を呼ぶ声に、耳を澄ました。

少しだけ躯を動かすと、背中に何かがぶつかる感触。
ここがベッドの上ではないことがわかる。


ここは・・・あれ???



目蓋をゆっくりとあけた。
ぼやけた視界に映った、グレーの固まりの隙間から黒い丸い輪。ガラスの向こう側が青い。



「・・・・フラン?」



呼ばれ慣れないニックネームに驚いて、”眼”にスイッチが入ってしまったかのように、急に視界がはっきりする。90度横向きになって見る、運転席と助手席のシート、その間から除く運転席のハンドル・・・フロントガラス一面に午後の青い空。





「・・・フランソワーズ、起きた?」


自分の名前を呼ぶ声と混じった息が、耳元にかかるほど、近い。
横向けになっていた上半身を仰向けになるように回転させる。途中で後部座席のバックシートに躯の回転を止められて、顔だけが上をむいた。


逆さまに見る、彼。



「・・・・・え・・・・・あ・・・・?」




栗色の、彼の長い前髪が、フランソワーズの頬につきそうで、つかない。
珍しく、明るい琥珀色の両目を見ることができた。

フランソワーズが躯を動かしたことで、ジョーの逆さまになったくちびる。の、動きがはっきりと空色の瞳に映る。


「・・・・ついた、よ?」
「・・・ジョー・・・?」
「・・・・よく、寝てた、ね」
「・・・・寝てた・・・?」
「・・・・・・とても・・・幸せそうだった、よ」







君 が いつか 彼 に 出会える ように 僕 の ハッピー・ポイント を 使って しまおう!







「・・・・・・・ジョー・・?」
「・・・・?」
「・・・・・・とても、素敵な、夢、を見た・・わ」
「・・・・ヨカッタ、ね」
「・・でも、どんな夢か・・・おもいだ・・せな・・い・・の・・・・・・」


フランソワーズは瞳を閉じて夢を思い出そうとする。
閉じられた目蓋の世界は闇。
ときおり外から差し込む光で、闇色の中に眩しい白が飛び込んでくる。



ジョーは目蓋を閉じてしまった、逆さまに見るフランソワーズを見つめる。
寝ている間に乾いてしまった、彼女のくちびるから瞳を逸らすことができない。



「・・・・・・・・・・・思い出さなくて、いいんだ、よ。夢は」
「・・・・」


後部座席にくぐらせた躯を支える手が、震え出す。
慌てて隠れている空色を呼び戻すように、ジョーは声をかけた。



しっとりとして長い睫がゆるやかに動いて、目蓋は開けられた。


「・・・・・・きっとその夢は正夢、だから・・・」
「ま さ ゆ め ?」
「・・・・・になる、夢」
「・・・?」
「・・・・忘れてしまった夢は、いつか・・・現実になるから」
「現実に・・?」
「・・・・・・・そう、正夢は・・現実になる夢・・と、言うこと」


フランソワーズはジョーの言葉を追いかける。
20cmも離れていない距離に、自分を上からのぞき込むジョーの逆さまの顔。


視線を少し”下げる”と彼の琥珀色の両目。は、優しい。







ーーーどんな夢だった? 
   キミが幸せになる、夢だった?

   いつか、それが現実に・・キミの近い未来に訪れることを祈っている。





彼は躯を後ろへ引いて、後部座席から車にくぐらせていた躯を外へと移動させる。
ゆっくりとフランソワーズは起きあがってから、まだ眠気のせいで動きが鈍い躯を引きずるようにして、車から降りた。
車を停めた周りには何も陽の光を遮るものがなく、車内ですっと閉じられていた瞳には、晴れた午後の光は強すぎた。フランソワーズは俯いて瞳が光に慣れるのをまつ。


「・・・どうした?」


車のドアも閉めず、立ちつくして俯いてしまったフランソワーズに、ジョーの心配そうな声。


「あ・・・ちょっと眩しいの・・」
「・・・・・大丈夫?」
「すぐ、慣れるわ」
「・・・博士、呼ぶ?」


フランソワーズはジョーの言葉にくすっと笑った。

「・・・大丈夫よ、ジョー。急に明るいところに出て、瞳が慣れてないだけ・・・・」


フランソワーズは一度強く目蓋を閉じた。
俯いていた顔を上げて、時間をかけて目蓋を開いていく。

滲んだ白い光。
ぼやけた色は青。

人のシルエット。


その向こうに、見慣れた邸・・・。



瞳 を あけて ごらん






ほら ・ ・ ・ ・ ・ 












Fanchon を 幸 せ に し て く れ る 人 が い る よ 









「フランソワーズ・・・」


栗色の髪が、風光る彩雲に輝いた。
ジョーはフランソワーズの正面に立ち、彼女の顔をのぞき込む。

「ジョー・・」

「・・・・・昼を用意してくれているって言っていたから、俺もこっちで食べて帰る、よ」
「帳大人の御飯、久し振りね!」


フランソワーズは微笑んだ。










====30 に 続 く



・ちょっと呟く・

今回は・・・長い!・・・すみません。どこで切っていいのか、わかりませんでした!

やっと日常(?)に戻った・・・・
さくらちゃん、尻切れトンボじゃないですから!

・・・ほっこりしたいなあ。
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ACHIKO質問に答えたみた~の巻
物書きさんへの100の質問を頂いて参りました。





01
お名前(PN・HN)を教えてください。

ACHIKO





02
その名前の由来は?

本名を1字だけ変えました。
ネット上は全部これ。
片仮名だったり・・・色々変えてますが。









03
今の名前、気に入ってますか?

それなりに?










04
ライターですか?ポエマーですか?


両方?

・・・ポエムはさりげなく?









05
使っているPC、機種は何?




MAC G4 デスクトップ・・・新しいのが欲しい!










06
愛用のPCソフトは?


・・・色々。
ホントに色々。

数だけはこなす。
いっぱい。
愛用かあ・・・愛用って難しいな。












07
物を書くときは紙?PC?


PC!











08
どんな時書いてます?


日常生活の中の80%は書いてます(笑)
ダメ人間だ!









09
物書き時の自分の精神状態は?


幸せ。
あ、でも切ないとか、すれ違いとか、胸がきゅううううってなるのを書くときは
息苦しい・・・







10
PC打ち込み時に使うソフトは?


テキストエディット








11
打ち込みはローマ字入力? かな入力?


ローマ字!










12
ブラインドタッチできますか?


ガンダムのソフトで練習しましまた。
自宅パソならかなりの早さで打てます。








13
1ヶ月にどれ位書きます?


毎日なにかしら、書いてます・・・(〃_ 〃)ゞ ポリポリ









14
長さは大体どれ位?


そのときどき。










15
書いている最中、何かします?


書いてる・・・最中は書いてる・・・(ー'`ー;) ウーン











16
書き終わるまでにどれ位掛かります?


物によりけり。













17
同人はやっている? やっていた?


やっていた (。-_-。)ポッ











18
ジャンルは?


ロープレ・ゲーム中心。
あと、小野不由美センセ。








19
同人やってて良かったと思ったことありますか?


知識として色々なことを増やせたです。










20
お絵かきはしますか?


もともと、文章書く人間ではなく、絵を描いてました。
そうなんですよね・・・私、実は・・絵描き・・・だった・・・(・_・ヾペペーン マイッタネー












21
その時の環境は?(ソフトとか)


アナログ












22
物書きとお絵かき、どっちが得意?


今は物書き。
絵が上手い人に囲まれた環境で、自分の絵は・・・だめだめだ~って気づいたので。













23
好きな小説家さんは?


いっぱい。
作家さんで選ばずにストーリーしか見てない・・・。













24
好きな小説は?


心のバイブル・・C.ブロンテ「ジェーン・エア」











25
その中で好きなキャラっています? 理由とかも。


キャラ?
・・・・・いや、別に。












26
好きな漫画家さんは?



難しい!


(?-?) エトォー


いっぱい、いすぎます。








27
好きな漫画は?


漫画、半端なく読んでます。
物心ついた時には、漫画に囲まれて育ったんで・・・・。
初めて”字”を意識したのも漫画・・・。
漫画によって育てられたので、好きな漫画なんて・・・上げたらキリがなあああああい!














28
その中で好きなキャラっています? 理由とかも。


<(T◇T)>わぁああああ!

いっぱいでパニック!










29
小説と漫画、どっちをよく読みます?


50/50











30
定期的に買ってる本、あります?


ない。

だって、高いんだもん・・・売ってないしさ・・・( p_q) シクシク











31
好きなアーティストは?


アーノルド・シェーンバーグ。
あとは、その”人”よりも”作品”によりけりなので、
作った”人”にまで目がいかない・・・。










32
好きな曲は?


・・・・・ちょっとマニアックです。











33
テレビ前とPC前、どっちが長いですか?




昔はテレビ。今はPC
仕方ない、環境だ。












34
毎日通い詰めてるHPは?





ゼロナイ・素敵サイト様!!












35
目指しているHPってあります?




目指すもなにも、blogで精一杯です・・・<(。_。)>















36
自分のHPメインコンテンツは?



ゼロナイ・93/39至上主義・ラブラブハッピーなallキャラで事件もあればいいなあ?











37
増やしたいコンテンツは?


う~ん・・・・。
イラストかなあ。blogってなんか単調やからなあ。



ラグビー、がんばってええええええ!











38
ネッ友(ネット友達。メル友にあらず)いますか?




いま・・・・・す?








39
好きな食べ物は?



ハンバーガーv

スイーツヽ(´▽`)/~♪












40
逆に嫌いなもの。





キライ?はないけれど・・・オレンジジュースは飲みずらい。











41
これだけは絶対に喰えん!ってやつ。




ええ?!

・・・・・・・・虫?









42
自分のイメージ曲なんてものは?







ない。







43
住んでいる所、便利ですか?




便利だと思うけど・・・

街自体が学生で成り立っています。
有名大学に囲まれてますが、私はとっても小さなところに身を寄せています。

街の平均年令が26歳前後らしいです。



毎年物価がちびっとずつ値上がって腹が立ちます!













44
主な移動手段は?



徒歩・バス・T













45
一度は住んでみたいアコガレの地は?




フィンランド!
チェコ!
イタリア!














46
そこに住んで何をしたい?




・・・・作品作る














47
ゲームしますか?


してました。










48
愛用機種は?



スーファミ・PS1












49
お勧めのゲームソフトは?


FE(ファイアーエンブレム)















50
物を書くとき、大まかなあらすじ立てますか?


たてるような、たてないような・・・
思いつき・・・(・_・ヾペペーン マイッタネー


出だしから中盤までは書くときには頭の中ですでに決まってます。
でも、出だしが出てこないときは、プロット立てます。


一番盛り上がる部分からつくっていきます。











51
起承転結、考えます?





・・・・・考えてません m(;∇;)m 
気が付いたら、そうなってた?





52
好きな表現ってあります?(擬人法とか)



ありますね。



例えば・・・


歩き出した。空を流れる雲に歩調を合わせて。
歩き出した。左足を一歩前に出してみる。

歩き出した。もう、止めることはできない。





誰にも、歩き出した僕を・・・・止められない。



みたいな?













53
自分が書く話はシリアス? ギャグ?


らぶ。


笑。



50/50ですかな・・・?












54
気が付いたらキャラにやらせてしまうことは?



愛って言葉とか
好きって言葉を連呼させてる・・・イヤイヤイヤ (*^▽^*)ゞ



あ、ばんばんネガティブに描いてたりもする。
卑屈だったり(汗)















55
物書くときの信念ってあります?



あります。


絶対にハッピーで!


悲恋、哀しい、切ない、辛い、アン・ハッピーものもいいし、
表現の幅を広げるためには必要かもしれへんけれど、でも・・・・
あくまでも好きなキャラが幸せであって欲しいから、書いてますんで・・・・。


最終的には、○ぃずにーさん方式で。



自分は読むの好きですがねえ。











56
途中で放り出した話ってあります?




あるに決まってるじゃないですか!!!









57
最初の頃と比べて、文章変わりました?




変わりました。

まさか自分が一人称作品がかけるとは・・・



自分が驚いてます(・ロ・)ホー('ロ')ホーー!






58
1番最初に書いたものは何ですか?



小学生のころ・・・「宇宙皇子」に影響されて・・・










59
HPに公開してますか?



できません。









60
その作品についてどう思います?



未だに保存している自分にびっくり・・・・・読めません。
しかもワープロ(笑)
フロッピーディスク・・・。






61
自分のツボ設定ってあります?



ツボ?


・・・・・・あるのかなあ?









62
中心人物、男が多い? 女が多い?





ゼロナイですから・男









63
表現で気を付けてる事ってあります?




あります。

ネガティブすぎないこと。
ちゃんと話しの辻褄があってること。

キャラが立ってること。





64
これからどんな物を書いてみたい?




事件!事件!!事件!!!


93/39らぶらぶな環境で。


カッコイイの!





・・・・・・・・・・・・当分無理ですけれど・・・。








65
オリジナル、書いたことあります?



あります。






66
書いてみたいと思います?




復活?


いずれはねえ・・・やってみますか?











67
よく使う場面とかあります?





家の中が多いなあ。
カフェ?今のところ。














68
よく言わせる台詞は?



好き・・・?


想ってる。






愛してる。







ユデダコ状態~ (///∇///)










69
自分の作品、好きですか?






好きというか・・・責任はあります。









70
スランプになったことありますか?





ありますが、それも楽しんでます。












71
それってどんな状態?







書いていても、一番肝心なところで止まってしまう。
書き直しても、同じポイントで止まる。


お話を変えても、やっぱり同じところで止まる。



なので、頭の中はそれだけになってしまいます。






72
どうやって切り抜けた?




視点を変える。

一人称だったり、三人称にしてみたり、他のキャラを入れてみたり。







73
物書きやってて良かったことは?




自分の見る角度を意識できるようになった。
くせ、が見えた。



パターンが見えた。




自分再発見。


表現しできるもの、したいもの、などコントロールが少しできるようになった。







お話を組み立てる。と言う起・結の流れを見ることができるようになった・・・かも?




他にもいろいろ!







74
物書きウザイなぁ~って思ったことは?







時間がない!










75
ネットやってて楽しいことは?






色んな人の作品をみられること。








76
チャットとかやります?



やるよりも、みてます(笑)。






77
HP、なにで作ってますか?





・・・・・妄想








78
画面解像度、何を推奨してますか?














79
IEユーザー? ネスケユーザー?




ネスケでした・・・昔はね。






80
自分のHP、好きですか?






好きです。








81
あったら楽しいなぁ~、ってコンテンツは?





コラボとか、してみたいですなあ。











82
国語とか得意ですか?





勉強にまったく興味がないコだったので、
唯一”国語”はテスト勉強しなくても点数が取れた教科でした。



私、自分のコがこんなに勉強しなかったらノイローゼになるかも。。。
って、くらい勉強しないコでしたなあ。







83
自分の書いた文章、感想って頂きました?



はい!


いつもメールにコメント、ブログ拍手をいただいて。
それらがなかったら、とっくの昔に消え去ってました・・・本当に感謝!

ありがとうございます!










84
そのときの気持ちは?




(^-^*))。。。きゃぁきゃぁ!。。。((*^-^)きゃぁきゃぁ








85
貰うとやっぱり嬉しい?






当たり前っすよ!!!!!!!!









86
将来何になりたい?





ええ?!

今の私にそれを・・・それを訊きます?!



・・・・・努力中。
できたら、生きているうちに1本映画を撮りたいですね。





87
近い未来(1ヶ月後とか)、何をやりたい?




( ̄-  ̄ ) ンー


遊びたい?





88
近頃思ったことは?




あああ!
レビューボードがっっっっっ
作品ないっ!!!!!






89
PC周り、何があります?



スピーカー
シンセ
バランスボール
その他のPC関連・機械類。
紙。本。ポストイット。ペン。カメラ。トイレットペーパー。チェックブック。
美容液たっぷりマスク・うるおいヒアルロン酸配合の箱。CD/DVD ファイル。炭。
水。楽器。五線譜。ピンセット。写真。ふりかけ。リップ。ジーンズ。トレンチコート。ホッチキス。
スワロフスキーのウシ!

ぱっと見てこんなカンジ・・・・(汗)




90
好きな言葉とかあります?



落葉気根。


えん(円・艶・沿・縁・・・)







91
自分を何かに例えると?





・・・・・雨?







92
裏人格ありますか?







あります。
( ̄ー ̄)ニヤリ






93
自分にとって大切なものって何?





難しいなあ。
・・・・・・・・・・・・環境?







94
これだけは絶対に譲れない!というものは?






これも難しいなあ。
・・・・・・・・・・・・・・・・プライド?


譲りたいけど、譲ってもらっても仕方ないものじゃないですか?









95
自分が好きですか?







キライですw



好きだったら、もっと人生有意義だったでしょうなあ・・・
あ、ネガティブだ!






96
自分は物書きに向いてると思う?





向いて無くはないと、思いたい。





でも、向いている!とは言えない。












97
将来、物書きになりたい?




もしも、夢がかなうなら・・・それっぽいことは必要になるんですよねえ・・・。




なれるもんなら、なってみたいかも、しれない!










98
これからの目標は?





妄想の?





今の連載をちゃんと終わらせること!
書きたいイベントが多すぎるから、だらだらにならないように気を付けないと!



そろそろ、一区切りつけます。



ふふふ。














99
自分に一言ドウゾ。






・・・・質問なんかやってないで、作業しましょう。
遊びすぎ!










100
ここまで読んでくれた方に何か一言ドウゾ。


こんなしょうもないものをここまで読んで下さって、ありがとうございます。
これがちょっぴり(?)LOXExぜろ9のACHIKOの素の部分です。
こんな私の書いている作品たちですが、今後ともヨロシクお願い致します。



読んで下さった方へ、お口直し?・・・ショート・ストーリーです。





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