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ジョー/誕生日イベント・2008
なんだかよくわからないけれど(笑)

ジョーの誕生日なので、
ちょっとはりきってみる。
二次創作blogを始めたばかりの私は、調子に乗ってみる。

いい感じで、はりきってみる。
無謀とわかりつつも、いろいろやってみる。

ジョー・メインですね。

2008年
☆超短SS
#hotelkey 
#re/birthsleeping beauty(平) 
#sleeping beauty(新)
#sleeping beauty (大地くん・シリーズ)
#shimamura11時59分 
# a daytimeless



☆大地くん・シリーズ/超短SS
 リクエスト
リクエスト・・・・これかもしれないよ?
・・・駄目って言われてたやんっ!って
突っ込みなしですよ?


もしかしたら、これらが発展して
新しい物になるかもしれません。

(09’年のジョー誕生日に・・・超短SSの一つが
発展・改造されました)


(注意)
期間限定にしていたのですが、何ぶん、ブログ・・・で・・・(汗)
 なんかいつの間にか再公開されてました・・・。
もういいや!って感じで放ってます(笑)


写真/...Chocon*



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7cmの魔法
帳大人の店で手伝い始めたフランソワーズは、嫌がっていたチャイナドレスを嫌がらなくなり、彼女は週3,4日のペースで店に通う。午前10時からランチタイムを挟んで、フランソワーズのシフトは午後4時に終わる。
バイトの返りに街を歩きながら夕食や日常品の買い物をすませて、ギルモア、イワン、そしてジョーがいる家へと帰っていく。街の中ですれ違うフランソワーズと”見かけ”同じ年くらいの少女達。
ショー・ウィンドウには夏物の、フランソワーズの目には大胆すぎる服が並ぶ。

いつの時代も女の子は、女の子。
フランソワーズが生きていた、あの時代も・・・ファッションの移り変わりは激しく、バレエスクールの帰りに友人、カトリーヌと店々を覗いて帰っていったことを思い出す。


「ええ!買ったのっ?!」


突然、フランソワーズの耳に飛び込んできた甲高い声に、思わず振り返った。



「へっへっへえ!バイト代使い切っちゃった!」
「あの角のセレクトショップでしょ?」

制服を着た少女たちが、大きな声で道の真ん中で足を止めて話し込む。その内の1人が交差点を挟んだ向かい側の、小さな店を指さした。

「そ!!ヨーロッパのものをセレクトした店っすっごい可愛いの!!」
「でも高いよ!」
「なんのためのバイト?」
「で、これっいくらしたの?」
「って言うか、私ら超迷惑じゃない?」

少女たちは、何がそんなに面白いのか、その年令独特な黄色い笑い声を道に残して歩いていく。
フランソワーズの視線は、少女の指さした店へと向けられていた。









####



「そんな・・新幹線は今日の夜でしたよね?・・・準備に戻ってる暇ないですよ・・」

ギルモア博士を通したコズミ博士の紹介で、ジョーは○○○大学院の教授であり考古学者、ヨシズミの研究員アシスタントとして働きながら、聴講生として大学に通っている。ヨシズミの愛弟子である大川が今回のヨシズミの関西出張に同行する予定だったが、急遽代理をジョーに頼んできた。

「3泊4日!ただで京都旅行だ!頼むっ!!今回は教授の次回のフィールドワークのスポンサーになる方々との接待みたいなもんだしっな?・・・ほら、ちょっとナーバスになってんだよ、うちのやつ・・・1人で留守番とか・・・臨月だし、さ」

ヨシズミの姪と去年結婚したばかりの大川は、まもなく父親になる。


「・・・わかりました」
「!! 助かるっ!!戻ってきたらなんでも言うこと聴くからっ!」


大川はジョーの背中を、ばんばんっと叩いて小躍りするように研究室から出て行った。
ジョーはため息をつきながら、壁に掛けられているスチール製の時計を見る。ジョー自身がギルモア邸に戻って準備をしていては間に合わないが、フランソワーズが帳大人のバイトから帰ってきている時間である。デスクに置かれている受話器を取り、ギルモア邸の電話番号を押す。4,5回のコール音の後に、フランソワーズの涼しげな声がジョーの耳に届いた。

『はい』
「もしもし・・フランソワーズ?」
『ジョー?・・・まだ研究室?』
「・・・・・・うん・・・実は急にヨシズミ教授の出張にお供をすることになって」
『いつ?』
「今日の8時の新幹線で、3泊4日」
『!・・・本当に急なのね?・・・それで、準備はできてるのかしら?』
「今さっき代理を頼まれて・・・申しわけないんだけれど」
『研究所の方へ届けたらいいのかしら?それとも、駅?』
「研究所にお願いできるかな?・・・多分、教授と一緒に駅に向かうから」
『わかったわ。・・・・6時をすぎてしまうと思うけれど、大丈夫かしら』
「大丈夫だよ・・・ごめん、突然に・・・」
『お仕事だもの、じゃあ大学に着いたら電話をするわ』
「よろしく」
『また後で』
「・・・うん」

受話器を元に戻して、短く息を吐く。
もっと早くに今日の出張のことがわかっていれば、彼女に頼んで”荷物”を持ってきてもらったお礼に、少し早いけれど夕食へ誘えたのにな・・と、時計を見ながら考えた。

毎日が淡々と過ぎていく。
彼女がいて、自分がいて、博士がいて、イワンがいる。
メンテナンスに訪れる仲間達と楽しい時間を過ごし、彼女は帳大人の店でバイトをしながら、バレエ教室へは週一回のペースでレッスンに通う。



お互いの気持ちは通じ合っている。

その気持ちをフランソワーズにむけて言葉にしたことはないけれども、自分の気持ちはちゃんと彼女に伝わっていると信じていた。彼女が自分にたいしてどのような気持ちを持っているかも、しっかりと感じて受け止めている。と、思う。


仲間達から心配気味の冷やかしの声が聞こえてくる。



ーーー”009”のお前だったらな、フランソワーズも・・・







ジョーはその声を振り払うかのように強く左右に首を振ってから、もう一度受話器を取り、ヨシズミに電話をすると、大川の代理で自分が出張のお供をすることを伝えた。






####


慣れない大学校内で、フランソワーズは何度もジョーの携帯電話を鳴らすが電話に出ない。
ジョーからの電話を切った後、大急ぎで3日分の着替えや必要と思われるものを彼のスポーツバッグに詰めてギルモア邸を出た。ジョーが通う大学までは片道1時間近くかかる。乗り継ぎが上手くいき6時前にはジョーの通う大学へと着くことができた。

フランソワーズは仕方なく、校内の案内掲示板から研究所のある校舎を見つけて歩き出す。”視れ”ばすぐにでもジョーを見つけることができる。使ってしまいたい衝動に駆られながらも、人であるために、人らしく生きていこう。と、ジョーとの約束のような言葉を思い出して踏みとどまった。

研究所のある校舎までたどり着き、もう一度ジョーの携帯に電話する。
イヤと言うほど聴いたコール音が耳に響く。


ーーー駅だったかしら?


急に不安になったフランソワーズは、無意識に眼のスイッチを入れようとしている自分に驚いた。


ーーー・・・ダメね、まだ。


コール音が留守番電話サービスへと切り替わる。
フランソワーズは深い溜息を吐いて校舎を見上げたとき、彼女の携帯電話が震えた。慌ててフランソワーズはそれを取る。


『ごめん!!!フランソワーズっ』
「ジョー・・・」

ジョーの声にほっと安堵の息を吐く。

『教授が突然、交流会のスピーチなんか引き受けてしまって・・・今、それで過去の資料とかをひっくり返しるんだ、ずっと地下にいたからっ電波が届いてなくって!!』
「・・・研究所のある校舎前にいるの」
『え?!・・すぐに行くよっ本当にごめん・・・・』
「ジョー、大丈夫よ?」
『すぐにそっちに行くからっ待っていて!』
「ええ、待ってるわ」

今日から3日間はジョーに会うことはできない。
ひと目でも彼の顔を見ておきたかったフランソワーズは、ジョーに会えることに小さな喜びを胸に感じ、校舎入り口を見つめながらジョーを待つ。5分ほど経ってからようやくその扉が開いた。


ジョーではなく、女性が1人校舎から出てきた。


期待していただけに、過剰に反応してしまう。
時間的に、まだ多くの人がこの校舎に居るのだろうから、ジョー以外の人間が出入りするのは当然である。が、ジョーが出てくると思いこんでいたフランソワーズは、恥ずかしくなった。

女性はストレート・ロングの黒髪を靡かせて、短めのタイトスカートと合わせたジャケット。
バレエを踊るフランソワーズにとって、ハイヒールは足を痛めるために避けていたもの。を、優雅に履きこなしていた。踵が高い靴を一度は履いてみたいと思いつつも、買う機会がなく、踵のない靴ばかりを選んでいるフランソワーズには、その女性が履くヒールが10cmはあるように見える黒いエナメルのシンプルなピンヒールに自然と視線が流れていく。


とても綺麗な靴。
そしてそれを履きこなす”大人の女性”。

自分はこれ以上、姿形は成長しない・・・。
”大人”にはなれない。






校舎から出てきた女性はまっすぐにフランソワーズに向かって歩いてくる。フランソワーズは周りを見回して、自分以外の人を探すが、誰もいない。女性はフランソワーズの目の前で足を止めて微笑んだ。


「あなたが島村くんのお家の人?」

フランソワーズは一瞬 ”島村”と言う響きに躊躇したが、すぐに女性に向かって微笑み頷いた。

「はい・・あの、ジョーは?」
「彼、忙しいから私が渡してあげるわ」
「え?」
「荷物」
「・・・あ、あの・・・ジョーは・・・」
「時間がないのよ、まったく・・・教授も人が良すぎるわ、断ればいいのに・・・いつも尻ぬぐいは私たちにまわってくるんだもの、ねえ?」

女性は手を出して、フランソワーズが持つスポーツバッグを受け取ろうとした。
フランソワーズは彼女には渡したくない。と、無意識に思った気持ちが、態度に出てしまったのであろう、女性はくすり と嗤ってそんなフランソワーズをにこやかに見つめた。

「島村君、とってもステキよね?優しいし、華奢な割に男らしいのよ・・・・・よく学生の子がのぞきに来るわ、彼、有名なのよ?事務の子も電話で済ませられる用事をわざわざ、研究室まで彼に会いたくてやってくるのよ」
「・・・・」
「彼ってば何も話してくれないのよ?自分のこと。・・・まさか、あなたみたいな人がいるなんて・・・家族って言っていたわ、同じ養父にお世話になってるって・・・」
「・・・そうです」

女性はフランソワーズの足の先から値踏みするように、視線をゆっくりと上へと上げていく。

「恋人じゃないの?」
「・・・・」

女性の視線に黙って堪えていたが、フランソワーズは手に持っていたスポーツバッグを怖ず怖ずと彼女に差し出したとき、校舎出入り口に見覚えのあるシルエットがフランソワーズの瞳に飛び込んできた。校舎の扉が閉まる音に、女性は後ろを振り返る。


「・・・あら、島村くん?」









####


ジョーは地下からの階段を駆け上がって急いで校舎を出ると、すぐにフランソワーズの姿と・・・もう1人、同じ研究室で働く柳本を見つけた。


「フランソワーズ」

ジョーの声にフランソワーズは柔らかく、微笑んだ。胸がすっと軽くなる。

「ごめんっごめんね・・・待たせて、ごめんっ」
「・・・・大丈夫よ・・これ、はい」
「ああ・・・ありがとう。本当にごめんね・・・」

フランソワーズは持っていたスポーツバッグをジョーに渡した。ジョーはそれを笑顔で受け取りながら、謝った。

「3泊4日って言うことは・・26日には帰ってくるのかしら?」
「夜は遅くなるから・・・・待ってなくていいよ」
「電話くれる?」
「向こうに着いたら、かならず。あと、新幹線乗る前にでも・・・時間があればできるだけ連絡入れるから」
「・・・気を付けて」
「うん、博士にヨロシク」

一通りフランソワーズと話したジョーは柳本を見た。

「・・・柳本さん?」
「忙しそうだったから気を利かしたつもりだったんだけど、よけいなお世話だったかしら?」
「・・・・い、いいえ。すみません、ありがとうございます」
「戻らなくてもいいの?」
「先に戻ってもらえますか?」
「・・・・・・・・駅まで私も行くことになると思うわ、いつものことよね。ヨシズミ教授らしいわ・・・」
「・・・・多分、間に合わないですよ、メールで続きを送ってもらうことになると思います」

2人の会話にフランソワーズは、自分が長居してはいけない。と思い、ジョーの服の袖口を引っ張った。

「忙しいのでしょう?・・・私、行くわ」
「・・・いや、大丈夫だよ・・」

遠慮がちにジョーを見上げてくる空色の瞳に、たった3日間でもこの瞳を見ることができないと思うと、淋しさがジョーの胸に募る。柳本は、ジョーにむかって「先に戻るわね」と声をかけて校舎へと戻っていった。


「・・・・どうしたの?」
「え?」

じっと柳本の後ろ姿を食い入るように見つめるフランソワーズを不思議に思い、声をかけた。

「何か・・・あった?」
「・・・何もないわよ」
「・・・・・元気がない・・・ね?」
「・・私が?」
「うん」
「・・・・だって、ジョーが来てくれるって言ったのに、彼女が・・」
「ああ、ごめん。荷物を頼んだキミが待っているからって抜け出すことを伝えたから、気を使ってくれたんだよ」
「・・・親切な人ね」
「いつもお世話になりっぱなしだよ。・・・・それより、僕がいない間、気を付けて」
「大丈夫よ」

フランソワーズはにっこりと微笑んだ。
ジョーはその笑顔が愛しくて、そっと壊れ物を扱うかのようにフランソワーズの手を握った。

「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい・・・」

フランソワーズはジョーに微笑む。
握られた手が温かく、優しいが・・・フランソワーズの胸には、それ以上のことを望んでしまう気持ちが正直にあった。



柳本の「恋人じゃないの?」と、言う声が、フランソワーズの耳から離れない。




お互いの気持ちは通じ合っている。と、フランソワーズは思う。

ジョーからは”好き”も、”愛してる”とも言われたことがないけれど、ジョーの瞳を見れば、自分をどのように想っていてくれているのか、わかる。日常生活の中で、彼に大切に護られていることを肌で感じている。自分の気持ちも、彼はちゃんとわかってくれている。



一度だけキスをした。
誕生日の夜に。

プレゼントとであるペンダントを、ジョーがつけてくれると言った。


「どんなペンダントかは、つけてからのお楽しみ」


ジョーはフランソワーズに「瞳を閉じて」と、お願いする。

誰もいなくなったリビングのソファに、2人は向き合う形で躯をよじる。
瞳を閉じたために、耳が、肌が、フランソワーズの全神経がジョーを捕らえる。触れてもいないのにジョーの体温の温かさを感じて、フランソワーズは落ち着かない。

フランソワーズの左頬近くにジョーは顔を寄せながらうなじをのぞき込み、小さなペンダントの留め具部分を繋げた。



ジョーは目蓋を閉じたフランソワーズの横顔を、見つめる。


空色の瞳を隠した目蓋。
間近に見るフランソワーズの頬に、・・・・くちびる。


ジョーの吐息が耳元にかかる。
一瞬、ジョーがなにかに迷っているような・・・そんな感覚の後に・・・。


ちょっとだけ、くちびるが触れ合う・・・柔らかな、くすぐったいキス。




「おめでとう、フランソワーズ・・・」

紅い顔をして、はにかみながら彼は俯いてしまった。










お互いの気持ちは通じあっている。

日本人はシャイだもの。
私が生まれ育った国の感覚で考えていたら、ダメよ・・・。





フランソワーズの瞳に焼き付いた美しい靴。
大人の女性らしい、甘くて少し刺激のある香水を身に纏い、細くて折れてしまいそうなピンヒールを優雅に履いて歩く。

夜眠りにつく前に、ふと、柳本とジョーが並んでいる姿が脳裏をよぎった。
自分がジョーの隣に立つよりも、・・・彼女の方がジョーの恋人らしい。と思ってしまい、フランソワーズは息苦しさを感じた。
















いつだったか・・・・



街中ですれ違った少女たちが話していた”セレクトショップ”。

京都へ行ってしまったジョーからは京都へ着いた。と、言う電話を最後に連絡が来ない。バイトもなく邸での家事も終えたフランソワーズは、不意にその店のことを思い出して街へ出た。見つけた、その店の中でフランソワーズの瞳を捉えたのは、一足のハイヒール。

足先に艶消しされた白い皮のカメリアがあしらわれ、足首に巻く細いストラップ。
そして、今まで履いたことがない高さの踵。
輸入をメインにしているため、一点ものが多いと店の店員は言う。サイズが合わなければ諦めなければならなかったが、それはフランソワーズの足にピッタリと合った。

トウシューズで立つように、フランソワーズの姿勢は伸びて、普段よりも高い位置から見る世界。
鏡の前に立って見る、この靴を履いた自分なら・・・ジョーに似合う女性になれる?

鏡の中にいるフランソワーズは、いまだに幼さ残る”少女”と言われても仕方がない容姿。改造された年令を考えても・・・自分は少しばかり幼い印象のある顔立ちだと、思った。



フランソワーズは今月のバイト代のほとんどをその靴に使った。







####

京都から戻る新幹線の中で、ジョーはフランソワーズの携帯電話にメールを入れた。ヨシズミ教授は大阪に住む妹夫婦の家で週末を過ごしてから戻る。と、予定を変更したために、ジョー1人が東京へ戻ることになった。ジョーは持っていた新幹線のチケットを金券ショップで売り、早い時間のものと買い換えた。昼過ぎには東京駅に着く予定である。

今日はフランソワーズのバイトがない日。と、知っている。
少しでも早く彼女に会いたくて、ジョーは東京駅に着く時間をメールで知らせ、フランソワーズを夕食に誘った。
デートに誘ったと言った方がいいのかもしれないが、そういうことを面と向かって言うことが出来ないジョーは、フランソワーズから了解のメールが届いたことを確認し、3日間の殺人的スケジュールをこなした躯を指定席のシートに深く身を埋めて眠りについた。

新幹線を降りて約束の場所へと向かう途中で大川から連絡が入る。その電話のために約束した時間よりも10分ほど遅れてしまった。
待ち合わせは、張大人の店近くのショッピングモール、正面入り口。ジョーはビルの壁にもたれるようにして立つフランソワーズを見つけた。

「?」

ジョーの瞳に、いつもと違う雰囲気の・・・フランソワーズが映る。

甘いハチミツ色の髪にトレードマークのカチューシャ。
明るい水色のパフスリーブのワンピースは、いつも彼女が着るスカートの丈より短い。胸元に光るプラチナのペンダントは小さなリボンの形のペンダントトップ。フランソワーズの誕生日にジョーがプレゼントしたものである。

点滅信号が赤から青に変わり、ジョーは早足で人を すいすい と、よけながらフランソワーズの元へと急いだ。

「またせたね」
「ジョー!!」


たった3日間、されど3日間。

しっとりとした長い睫に縁取られたこぼれ落ちそうなほどに大きな水色の瞳・・・ではなく、いつもの目線の位置に、艶やかに美しい形良いくちびるが、ジョーの瞳に飛び込んできた。久し振り(?)の再会にフランソワーズは花が咲きこぼれるよう笑顔で迎えた。

「・・・どうしたの?」

ジョーは不思議そうにフランソワーズを眺める、その表情にフランソワーズは、訊ねた。

「何か、ちが・・・う?」
「?」

ジョーは真剣にフランソワーズを見つめ、彼女の髪から視線をゆっくりと下げていく。

「?!・・・・・そんな踵の高い靴・・・」

足先につや消しされた白い皮で作られた花。細いストラップがフランソワーズの華奢な足首に巻き付いている。
とても可愛らしい、フランソワーズによく似合った靴・・・の踵は細く、高さがある。
ジョーは驚いた様子でフランソワーズを見つめた。そんなジョーの様子に、哀しげな声でフランソワーズはジョーに訊ねた。

「・・・似合わない?」
「え?・・・いやっっとっても似合うよ!・・・・可愛いけど・・・危なくない?」
「大丈夫よ?これくらい・・・たった7cmだもの」
「7cmっっ!?・・・・それで歩けるの?」
「もちろんっちゃんとここまで1人できたのよ」

フランソワーズはジョーが言った”似合う”と言う言葉が嬉しくて微笑んだ、その笑顔にジョーの胸は、きゅうっ としめけられた。






フランソワーズと歩き出して、ジョーは気づく。



いつもと違う位置に、彼女の空色の瞳。
いつもよりも近い位置に、彼女の空色の瞳。


つい”いつもの視線”で彼女を観るために、フランソワーズの愛らしい艶やかなチェリーカラーのくちびるが、ジョーの瞳に飛び込んでくる。


いつもよりも近い、フランソワーズ。
そっと隣を歩く彼女を盗み見ると、ぱっと瞳と瞳がぶつかってしまう。


ジョーの心臓が、どきり。と跳ねた。


フランソワーズの香りが強く鼻腔をくすぐるので、目眩を起こしそうになるのを必死で我慢する。
姿勢の良いフランソワーズは、踵の高い靴のせいでよけいに、すらりっとして目立つ。



ジョーの心臓は早鐘を打ち続ける。


柔らかく揺れるワンピースの裾は膝丈より短めで、彼女が足を一歩前に出すたびに、いたずらに彼女の太腿をちらりと見せる。バレリーナが夢見る弓のような形の長い膝下に、華奢なハイヒール。




みんなが、フランソワーズを見ている。




み ん な が



僕 が



彼 女 に 魅 せ ら れ る。








たかが、靴。
されど、靴。




たった1足のハイヒールが、フランソワーズに魔法をかけた。





「・・・フランソワーズ?」
「なあに?」
「あ・・・の、ごめん。実は、今からちょっと大学の方へ寄りたいんだ」
「え?」
「さっき電話で・・・・ヨシズミ教授から預かった書類を今日中に大川さんに届けたいんだ」
「・・・お仕事なら、行きましょう・・あ。でも・・・私も行って良いのかしら?」


フランソワーズは不意に、”柳本”を思い出してしまった。


「いいに決まってるよ、・・・渡すだけだから、ごめん。食事の前にどこかへ連れて行ってあげたかったけど・・・」
「ジョーと一緒に外食できるだけで、私は十分に嬉しいわ」


フランソワーズは微笑んだ。
その笑顔が近すぎて、ジョーは意味もなく緊張してしまう。


距離が、近い。


毎日を一緒に邸で過ごすフランソワーズ。
見慣れたはずの彼女の笑顔。


距離が、近い。



ただ、7cm いつもより フランソワーズ が 近い、だ け な の に・・・・






####

電車とバスを乗り継いでジョーが通う大学へ向かった。
平日の4時、少し前。フランソワーズが大学に訪れたときよりも、多くの学生で賑わっていた。

何人かの学生がジョーに気が付いて声を掛けてくる。
そのほとんどが女性。

始めにフランソワーズを値踏みするような視線を突きつけて、笑顔でジョーに向かって声をかける。丁寧に挨拶を交わしながらジョーは研究室のある校舎へと歩いていく。フランソワーズは女性達が投げかけてくる視線に戸惑いならがもジョーについて歩いた。”耳”のスイッチを入れていなくても、性能良すぎるフランソワーズの”耳”は彼女の意思に反して、女性達の”声”を拾う。耳を塞いでしまいたい衝動にかられながら、ちょっとだけ目線をジョーに合わせるように彼を見ると、すぐにフランソワーズの視線に反応したジョーは、はにかんだ笑顔を見せた。


その笑顔に、フランソワーズは聞こえていた”声”が聞こえなくなった、気がした。

研究所のある校舎に入り、3階まで階段で上がる。
階段の一段目に片足をかけた状態で、ジョーはフランソワーズの方を振り向いて彼女の靴を見た。駅ではエスカレーターだったために、さほど気には留めていなかった。が、この大学の校舎内のどこにもそんなものはない。階段を上がることなく足を止めてしまったジョーを不思議に思いながら、つま先だけで軽々と階段を駆け上がっていくフランソワーズに、ジョーは慌てて呼び止めた。

「危ないよっ」
「え?」

ジョーは素早く階段を駆け上がりフランソワーズの腰に手をまわし、屈んで膝下に腕を差し入れた。


「ええ?!」


フランソワーズの視界が変わる。
転けないように見ていた階段が、ぐるり。と、まわって手すりから壁に、見上げる必要がなくなった天井から、視線はジョーの首筋から耳へ。柔らかな髪が風に揺れて、薄汚れた校舎の天井には蛍光灯が白く灯る。

ふうわり と、風に舞う花びらのように、ジョーは軽々とフランソワーズを抱き上げて階段を駈け上がる。2人とすれ違う学生達は何ごとかと振り返りって好奇の視線で振り返る。ジョーはそんな視線など全く気にせずに、一気に3階まで上った。

普段のジョーは、手を繋ぐのでも恥ずかしいらしく、繋いだら最後、フランソワーズは小走りに歩かなければならなくなる。抱きしめてくれても、フランソワーズが他のメンバーと”ハグ”をする、それよりも遙かに密着度が低い。不意にふれ合ってしまった手や腕、肩に「ごめん」と謝ってくる。



触れるか触れないかの一度だけのキス。



最後の一段を上りきり、研究室に続く廊下の端っこでジョーはフランソワーズを そおおおっ と、その腕から降ろした。彼女の足がちゃんと床に立っているのを確認してからジョーは彼女の背中にまわしていた腕を放した。

「・・・・ジョー、私、階段くらい・・・・・」

蚊の鳴くような小さな声に、リンゴのように紅く染まった頬のフランソワーズ。

「危ないよっ」
「これくらいの高さなんて、トウシューズと変わらないもの」
「・・・・でも」
「・・・この靴・・ジョーはキライ?」

フランソワーズは足下に視線を下げて靴を見た。
少しいつもと違う視線の高さが新鮮で、ジョーがいつもよりもずっと近くに感じられるために、フランソワーズは靴を気に入っていた。フランソワーズと同じように視線を下げてジョーはフランソワーズの足先に咲く白い花を見た。

「・・・・・・・似合ってるよ・・・・可愛いし・・・でも、さ」
「でも、なあに?」
「・・・・・・う。。ん」
「・・・やっぱり、似合わないのね?」
「いやっ違うって・・・ただ・・・・・・あの、さ」
「だから、なあに?」

ジョーの顔をのぞき込むようにして、フランソワーズは彼を見た。
いつもと同じ動きだけれども、いつもよりも7cm、ジョーに近づくフランソワーズ。

フランソワーズのこぼれ落ちそうに大きな空色の瞳。
彼女が瞬いたときに揺れた睫が送る風を、ジョーはその頬に感じるほどに、近い・・・。







ーーー心臓が壊れてしまうっ!








フランソワーズを抱き上げて階段を上がるのは、平気。
それは、彼女が”危ない”と思ったから。

いつも、そう。

009である部分の僕は・・・・フランソワーズが望むことを、恋人らしいことを平気でこなせるのに、”島村ジョー”の僕は、彼女に見つめられるだけで、心臓が爆発しそうになってしまう。
009の僕が平気なら、それなら、僕だって・・・・!





ジョーは深く息を吸い込んで一気に言葉を吐き出した。

「いつもよりもっ大人っぽくってっ!キミが綺麗だから!!危ないしっ階段とか!・・・っだから、僕と一緒のときだけっだからね、履いていいのはっ!」
「?!」
「ここで待っててっ渡してくるから、すぐ戻ってくるからっ動かないでよっフランソワーズ!」

持っていたスポーツバッグを乱暴にフランソワーズの足下に置いてジョーは駆け出した。その背をみつめながら、フランソワーズはジョーの言葉を繰り返し再生させた。






大人っぽくて、キミが綺麗だから!!





僕と一緒のときだけっだから




僕と一緒のときだけっだからね、履いていいのはっ








僕 と 一 緒 の と き だ けっ   だ か ら ね、


履 い て い い の はっ














大 人っ ぽ く て、 キ ミ が 綺 麗 だ か ら !!




















「おお!帰ってきてたな。今回は助かったぞ、島村・・・って、お前どうした?」
「熱でもあるのか・・・?」
「い、え・・・・」
「顔、紅いぞ?」

飛び込むようにして研究室に入ってきたジョーに、今回の出張の代理を頼んだ大川が出迎えた。


「だ、大丈夫ですっ。大川さん、これ!」

ジョーは預かっていた書類を入れたファイルを勢いよく大川に渡す。

「あ、ああ・・・ありがとさん。島村?」
「は、はい」
「病気じゃないんなら・・・お前は若い!」
「え?」
「手空いてるなら、ちょっと手伝って帰らないか?」
「ええっ!?」
「な?」

大川はジョーに拝むように、パンっと音を鳴らして手を合わせた。

「え・・・・無理ですっ」
「あ、やっぱり病気か?」
「い・・・いえ・・・」
「じゃ、頼むっ!!」

いつもなら、引き受けていた。
でも、今日はフランソワーズがいる。


ジョーはふうっと息を吐いて、静かに言った。

「・・・・・fr・彼女が一緒なんです。待たせてますから、スミマセン」
「島村、彼女がいたのか?!」
「います。そこで待たせてますから・・・今日は無理です」
「いや、いいよ・・・それなら、さ・・・・島村、お前そんなこと今まで一言も言わなかったじゃないか!・・・ああ、これでもう、上手い茶菓子は諦めないとなあ・・・」
「なんです、それ?」
「色々事務の子やらが持ってくる、お前目当ての”差し入れ”がなくなるってことだよっ!」
「・・・そんな・・・彼女たちの親切を、そういう風に言わない方がいいと思いますよ」
「・・・・・お前、そっちのほうが・・ま、いいや。紹介してくれるんだろ?連れてきたってことは」
「え!?」
「だろう?どこだ?」
「あっ・・ちょっ・・大川さんっ」

大川はデスクから立ち上がり受け取ったファイルを無造作にイスの上に置いて、ジョーが呼び止めるのも訊かずに廊下へ出ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「?!」

研究室を出て右側にある階段付近に佇む人影。
ほっそりとしたシルエットが、階段の踊場の窓から差し込んだ傾いた日差しに、照らされて浮かび上がる人物を大川の目が捕らえた。


「っうっは~~~~っ美人っ!・・・って、うちの大学であんな子いたっけ・・・・って!!島村っ」

大川の声が廊下に響き、フランソワーズは”島村”と言う単語に反応した。ジョーは大川の後ろに隠れるようにして立っている。

フランソワーズの日差しに明るく輝いた髪が、さらり と流れる。と、不安げに大川の後ろに立つ、ジョーらしき人物に視線をむけた。大川はフランソワーズを凝視した状態で立ちつくしている。ジョーは一歩足を踏み出してフランソワーズに歩みよった。







ーーー心臓がもう・・・・









ただ、フランソワーズに歩いていくだけで緊張する。

手が汗ばむ。

熱くなる。



「・・・fr・・・fら」




舌が縺れる。








ずっと恋をしている。
今日のフランソワーズに、明日のフランソワーズに、ずっと恋をし続ける。
昨日よりも、今日、今日よりも、明日。



今日のフランソワーズに・・・・僕は・・・。



009なんかに、負けないっっっ。







「・・ジョー?」
「・・・・・フランソワーズ、あの・・・」
「?」
「あの人が、大川さん・・・」
「あ、ヨシズミ教授の?」
「・・・・・うん、彼が、その、キミを・・紹介して欲しいって・・・」
「私を?」
「う、うん。」

ジョーはフランソワーズを研究室前に立つ大川のところへと連れて行く。

歩く揺れに、自然に手が触れあう。
触れるたびに、どんっ!っとジョーの心臓が強化されているはずの人工皮膚を叩く。












「・・・・大川さん、彼女は、フランソワーズ、で・・・・僕の・・・僕の大切な彼女です」

























” 僕 の 大 切 な 彼 女 で す ”












「私、ジョーの・・・恋人・・・・なのね?」


フランソワーズが小さな声で独り言のように呟いた。
大川と別れてから大学校内を出てバスを待つ間、2人に会話はない。
作り替えられたばかりのバス停に置かれた、真新しいベンチに座るフランソワーズの隣に、ジョーが座っている。ジョーはまともにフランソワーズの顔を見ることができず、真っ直ぐに目の前を行き交う車を見つめる。


アスファルトとタイヤ擦れ合う音。
エンジン音。
賑やかな学生たちの声。


街の雑踏に埋もれた一角のバス停のベンチに座る2人に、それらの音がどこか遠い。


「・・・・・ごめん」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・迷惑か、な?」
「・・・・・・・・・」


大型車特有のエンジン音が近づいてくる。2つ向こうの点滅信号で止まった。


「・・・・・・フランソワーズ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・僕の気持ちは、迷惑・・・かな?」
「・・・・・・・・・」


バスがこちらに向かってくることに気づいてジョーは立ち上がった。
フランソワーズは立ち上がったジョーの背を見上げる。


「・・・・・・・その・・・・あ・・・好きだ、よ」


風もなく、揺れたスカート。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・キミにとって、迷惑、かな?」


音もなく一歩踏み出す勇気をくれたのは、白い花。


「・・・・・・・・僕の・・・彼女って・・・言ったこと・・・」


今日はいつもよりお互いが7cm・・・近い


「私も、ジョーが好き。好きだから・・・・こういうの、迷惑かしら?」
「?!」


背後から伸ばされた、白い小さな手がジョーの肩に触れる。
その手に誘われるかのように、ジョーは振り向いた。





空色の瞳の中にいる自分は、誰でもない、僕 だった。






















バスは2人を乗せずに走り去る。









7cm分、ジョーが近い。
少しだけ大胆になっても、いいわよね?”大人”っぽい、私だもの・・・。

7cm分、フランソワーズが近い。
勇気がなかった僕は、その靴に感謝しなければならない、な・・・・。




7cm


僕と彼女の間にあった距離は、多分・・・たった7cmだったんだ、ね?
キミがその靴をはかなくても、僕はもう・・・この距離を埋めることができるよ。




「バス、行ってしまったわ・・・」
「・・・・・・次のバスがまた、来るよ」


微笑む視線と視線。
繋がれた手と手。

ちょっとだけ上目遣いに見るだけで、フランソワーズはジョーのアンバーカラーの瞳を見つめることができる。いつもは顔を上げないと彼の瞳に出会えない。フランソワーズの視線をいつもよりも近くに感じるジョーは、ぶつかった視線に恥ずかしげに瞳を閉じて、くちびるを重ねた。



7cm分、ジョーを近くに感じながらフランソワーズは、新しく購入したばかりの靴を見た。フランソワーズの足先に可愛い白いカメリアの花が左右に、咲いている。



end.

















・言い訳・

はい!
こちらは939番を踏んで頂いた、「いま・・」さまへのキリリク・ストーリー
「7cmの魔法」でした。


頂いたリクは・・・

テーマは『靴』
フランソワーズがそれまで履いたことのない、「大人」なヒールを履いているのに、にぶいジョーが気付いて、一人うじうじ悩む・・・・。フランソワーズは背伸びしたい年頃で、ジョーの為に少しでも大人な女になろうとした結果。

でした・・・。



ウジウジしてますでしょうか・・・(汗)
お互いの気持ちはわかりつつ、はっきりとはしていない・・・関係?
それで告白なんてもんをさせてみましたけれど・・・ウジウジした告白(笑)

書き始めたのは早かったのですが、今回の2人はモジモジさんでした(笑)
動かない!
・・・珍しく平ぜろ・ジョーを意識してみたんですが、それが問題(?)だったんでしょうか?



いま・・さま、もっとウジウジ~っ!と思われましたら、遠慮なくご連絡下さい・・・。
リベンジいたしますので!




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hotel
シングル6。
ダブル5。
セミスイート2。

スイート1。


交通に不便な街にひっそりと建つ洋館は、以前は名のある人の別荘だったらしい。
現在は小さなホテルになっていた。

ホテルから車で約20分ほどかかるが、有名な観光地へと出向くことができるために、シーズン中はそこから溢れた人々がやってくる、以外は常連ばかり。



彼はその誰にもあてはまらない。

明るい栗色の髪は陽の色に染まり、金茶色に変わる。東洋人とも西洋人とも思えない神秘的な顔立ちに、優しげな色素の薄い褐色の瞳は少しだけ不安げに見えた。カードキーを受け取ると口元で微笑み、耳に心地よい甘さを含んだテノールの声は穏やかだった。

カードキーを受け取ったが部屋には行かず、彼は今、広いとはいえないロビーにおかれたソファに座り、ぼんやりとホテルのエントランスを眺めている。

予約されていた部屋はセミ・スイート。


濃紺のTシャツに、ジャケット。
ジーンズに、スニーカー。

彼は荷物らしい荷物を何一つ持たずにホテルにやってきた。



「島村さま?」


フロントマネージャーの高島が彼に近づいた。
彼は目線だけを高島へと向ける。


「島村さま、ファックスが届いてございます」


彼は高島からプリントされた用紙を受け取り目を通す。
ひとつ、柔らかなため息を吐いて口元で微笑みながら、高島に礼を言った。




彼はもう一度ファックスに目を通すと、少しばかり腰を浮かせてジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。


指は、動かない。


じっと携帯電話の液晶画面を見つめてから立ち上がり、携帯電話は再び同じ場所へとしまわれた。
ソファに置かれていたジャケットを手に取り肩にかけ、ふと、彼の動きが止まる。


彼の視線が床へと落ちた。




目蓋を閉じて、ため息をひとつ。
ゆっくりと開かれた褐色の瞳は伏し目がちに鈍く揺れて、睫毛が陰を落とす。

癖のある髪は柔らかく、陽の光に輝く。
はねた髪からのぞく首、少し傾けた顎のラインが彼の顔の端正さを際立たせる。
落とした視線の先に彼が何を思うのかは、わからない。

細身に思われがちの彼の、肩幅は広い。
着ているTシャツの皺のより具合で、彼の躯が鍛えられていることがわかる。
履きならされたジーンズに、刻まれた癖のあるライン。


彼のくちびるが微かに誰かを呼んだ。


背中








end.









・あとがき・

・・・・・背中。
リンクさせていただいている、サイト様のトップ絵を飾るジョーに、
腰砕けの私は、作業をそっちのけで勢いで書いてしまいましたっっ!


ふう。

誰を待ってるんだろう、ジョー・・・・。
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Day by Day・30
(30)


「私はジョー、あなたが好き」
「・・・・・・」
「好きよ、好きな気持ちは簡単には変えられないもんっ!!ね?・・・それに、ジョーの気持ちが変わらない保証もないわ。私の想いが通じないっていうことも含めて、よ!!」
「・・・・・・」
「ちゃんと、見ていてね?私はジョー、あなたが好きよっ!だ~~~い好き!」


コズミ邸の開け放たれた玄関から、心地よい爽やかに香る新緑の香りが吹き込んでくる。
桜も大体が散ってしまい、その後に瞳にも鮮やかな葉桜が青い空に映える。


「・・・おやまぁ、近ごろの子は素直でいいのう」
「本当にねぇ、センセっ気持ちがいいくらいの告白ねえ・・・さくらちゃん、格好良いわあっ」
「・・・・さくら、ってめぇっメールで秘密にしとけって送ってきやがったくせによっ!!!」
「速攻で、みんなに言ったの・・・誰だよ・・・ジェット・・・」


予定よりも3日早く帰国したコズミを空港までジョーは迎えに行った、その翌日。ジョー、ジェットそしてピュンマの3人は公共機関を使ってギルモア邸に戻る。
見送りのために、コズミ、ミツエ、さくらは正門前で3人に留守役の礼を言い、別れの挨拶を済ませたとき、さくらは堂々とジョーに今の自分の気持ちを、告白した。

すっきりとした今日の青空に負けないほどに、晴れ晴れとした笑顔を向けられてしまったジョーは、無言で立ちつくす。


「・・・・・さくら」
「なあにいい?」


にこにこと笑顔のまま2人を眺めるコズミとミツエ。
はあ、っと苦い顔しつつも、この状況を楽しんでいるように見えるピュンマ。
ニヤニヤとジョーが何を言うかを期待している、ジェット。きっとこのことは、あっという間にギルモア邸に伝えられるのだろう。


「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして!!」
「・・・でも、ごめん」


小さな声だったが、はっきりとした言葉。


「お、おいっジョー」
「え?・・・ジョー??」

ジェットは慌ててジョーの肩を小突いた。が、遅かった。
ピュンマもジェットも、ジョーのことだから無言でこの場をやり過ごしてしまうと考えていた。が、ジョーはその予想を見事に裏切った。さくらの顔が一瞬にして崩れる。

「返事はいらないっt・・」
「俺はさくらのこと、好きだ、よ」
「?!」
「・・・・多分、好きだと思う」


ジョーは穏やかに微笑んだ。


「・・・・・”想っている”女性がいる・・・・その気持ちは変わらない、よ。・・・・・変わらないと、思う。今は、俺・・・・その・・・・それだけしか考えられないし、その人は・・・」
「誰かなんて訊きたくないわよ!・・・・・それでも、私はジョーが好きよ」
「ありがとう・・・正直に、嬉しいよ・・・・でも、ごめん」


ジョーはすっと顎を引いて頭を下げた。
日に日に強くなっていく日差しが、彼の柔らかな栗色の髪を金茶色に輝かせた。


「・・・・今はでしょ?」
「・・・・・・え?」
「ジョーの”今の俺”の気持ちでしょっ!!」
「・あ・・・ああ」
「私は今は訊いてないのっ!今を話してるんじゃないのっ!今から始まる未来にむけて言ってるんだもんっ!!関係ないわっ」


黒い瞳を潤ましてさくらは叫んだ。


<そういうことに、しておいてあげなよ・・・ジョー・・・>


ピュンマから脳波通信が入る。
ジョーは長く息を吐きながら小さくそのピュンマのアドヴァイスに頷いた。


「・・・・それが、今の俺の・・・気持ち」
「また、会えるわよね?会ってくれるわよね?」


さくらは甘えるような声で訊ねた。


「もちろんだよっさくらっ!!ジョーは運転手だしねっ」


ピュンマがジョーの肩に腕をまわしてにっこりと、いつもより強く白い歯を輝かせて笑った。
ピュンマとは反対側にジョーを挟んでジェットが立ち、彼の髪をジェットの大きな手でわしゃわしゃっとかき乱した。

「ったくよおおおっ世の中にはこいつ以上に、さくらに相応しい男がいるっつうのにっ!!!やっぱお前、眼科に行った方がいいぜっ? なあ、ジーさんにミツエ」


コズミは大げさに手を顎に当てて悩んで見せた。

「むううう・・・島村くんには、男も一目置く、妙な色気と言うか・・・魅力と言うか・・・人を引きつける何か・・・こう・・なあ、ミツエさん」
「母性本能を擽るのよねえ、島村くんって・・・かまってあげたくなる、というんでしょうかねえ?なんていうのかしら、放っておけないというか・・・・・でも・・」


ミツエはずいっとジョーに近づいてジョーを下から上までじっくりと見た。
ジョーは黙ってその視線に堪える。

すらりと伸びた身長に日本人離れした手足の長さに、信じられないほど高い位置に腰がある。
骨格良い躯は着やせするタイプらしく、ミツエが寝起きで廊下を歩いていたジョーとすれ違ったとき、ランニングシャツ1枚のジョーの鍛えられた躯に驚いた。
幼さ残る愛らしい顔立ちは、西洋的な色合いを帯びながら、日本人らしさを失っていない神秘的な顔立ちに、琥珀色の瞳と良く合う栗色の髪は明るい日差しの中で柔らかく金茶色に変化する。

ミツエと目が合い、困ったように微笑んだジョーに、ほうっと年甲斐もなく甘い溜息を吐きつつ、ミツエは言った。


「なんだかかんだ言っても・・・やっぱり、いい男は、いい男よねえ・・・・すべてをひっくるめて、島村くんって・・・いい男なのよ。・・・・・逆に、同性にモテるんじゃなくってえ?」


ミツエの言葉にジョーの肩に置いていた腕を素早く外して距離をとったピュンマ。ジェットもつられてジョーと距離をとった。


「・・・ジョーっっ!!ボクは君のことっそういう風にみたことないよっ!」
「オ、オレもだぜっ!!!オレはっ女しか興味ねえかんなっっ!!!」
「・・・・・・・変なコト考えんな、よ・・・」


コズミ博士が声を出して笑った。


「老若男女問わずか!さすがじゃの~~~!!うむ!さすが島村くんじゃっ!」


ぴょんっと跳ねるようにして、ジョーに近づいたさくらの身長は、ちょうどジョーのみぞおち辺りに彼女のつむじがくる。
空を仰ぐようにジョーをさくらは見上げた。


「あなたは私を好きになるわ」






とても美しい、笑顔だった。




ジョーは素直に、まっすぐに、ストレートに自分を好きだと言ってくれるさくらを、好きになれたら。と、思った。


あくまでも、その笑顔に思った。だけ。



さくらが、宙に瞬く星と同じだけジョーに甘い愛の言葉を囁いたとしても、それらに彼のこころ奪われることはない。


ジョーが求めるものはひとつ。
手に入れることをができない、奇跡。











「おかえりなさい!」


亜麻色の髪から花の香り。
こぼれ落ちそうな大きな瞳を縁取る長い睫、それを重そうに瞬かせながら、優しい瞳は晴れた空色。
愛らしく形良いチェリー色のふっくらとした唇から涼やかな、声。


ギルモア邸に近づいてくる声と足音がフランソワーズの”耳”に届いた。3人が玄関の扉を開ける前に、フランソワーズは彼らよりも一足早く扉を開けて、花が咲きこぼれるような明るい笑顔で帰ってきた3人を出迎えた。

「ただいま!フランソワーズっ」
「よっ!帰ったぜっ」
「・・・・・ただいま」
「お疲れ様!もうすぐお茶の時間だけど・・・?」


小鳥が首を傾げるように、フランソワーズは訊ねてきた。


「おうっっ!!オレ珈琲なっ腹減ったっ!」
「コズミ邸でお昼を食べたじゃないかっジェット!」
「うるせえ!減ったもんは、減ったんだっ!」
「フランソワーズ、ボクは紅茶がいいな!今日のおやつは、なに?」
「ピュンマァっ!お前だって腹減ってるんじゃんかよっ!」
「フランソワーズの御菓子は別だよっ!久し振りだもんねっ」
「シフォンケーキを焼いたの。帳大人が卵の黄身だけ使うって言うから、紅茶のシフォンケーキを作ったの」
「シフォンケーキってあのしっとりふわふふわのやつ?」
「ええ、そうよ」
「っっけえ!そんな食ったかどうか、わかんねえようなヤツじゃあ、腹の足しになんねえぞ!なぁ、ジョー!!」
「・・・・足しになる、よ」

玄関から吹き抜けの広間を歩き、2階へと続く階段下でジェットは振り返ってジョーを観た。


「やかましいやつらが帰ってきたなあ」

吹き抜けの広間から見上げると、ちょうど2階廊下の手すりが見える。
その手すりに身を乗り出すようにして4人を見下ろしていたのは、グレート。


「おつかれさんだったな、ジェット、ピュンマ、ジョー・・お茶の時間ですかな?姫、我が輩が淹れますぞっ」
「お願いしますわ、ブリテン伯爵」
「うむ!」

グレートは胸をはって仰々しく2階から階段を下りてくる。

「なんだい?その”伯爵”って・・」
「あら、ピュンマは読んでないの?」
「”七色の愛”の番外編”レモン色に囁いて”に出てくるだろぅ?ピュンマ、勉強不足だなあっ」


階段を下りてきて4人に合流したグレートが呆れながら答えた。


「あ!!ブリテン伯爵って・・・・」
「そうよ、ジョシュアの唯一の味方で逃避行する手助けをなさった、大叔母さま”コンスタンス”のこころの恋人!エドワード・ブリテン伯爵。ね?」
「おっフランソワーズも読み始めたのかっ?」
「まだ、ちょっとだけ。・・・日本の漫画って絵もお話も一緒に読まないといけないし、大変なのよ・・・コマがどこに繋がっているのか、時々迷うし・・・本編は長いからショートストーリーの番外編集を少し読んだの」
「おまえら、荷物を先に部屋に置いてこいや。積もる話しは、我が輩の淹れたお茶に姫のケーキと一緒になぁ!」


親指を立てて くいっ と2階を指したグレートを押しのけるようにして、2階へバタバタと駆け上がっていくピュンマとジェットの姿。


「そうだね!まず荷物を置いてくるよ」
「っだな!」
「まったく、ほんとうにやかましいヤツらが、戻って来たなぁ・・・ギルモア邸の平和が・・・」


2人の背を眺めながら、ふうっと肩から溜息をつきつつも、声はどこか嬉しそうな響きが含まれているグレートに、フランソワーズはくすくすと笑う。


「・・・フランソワーズ」
「お、ジョー・・・・おつかれさんだったな、お前も荷物おいてこいやぁ」

ジョーはグレートの言葉に頷きながら、持っていたカバンからラッピングされた四角く平べったい物を取り出した。


「・・・・これをキミに」
「?」
「・・・先にお茶の準備をしとくかなぁっと」


禿げた頭をさすりながら、さささっとリビングへと足早に向かったグレートは、リビングのドアを完全には閉めず、隙間から2人の様子を探るようにドアにへばり付いたところを、ジェロニモに襟足を摘まれてぽいっと放り投げられた。


奇妙な悲鳴がリビングから聞こえたために、フランソワーズは反射的にリビングルームの方を振り返った。


「・・・・ミツエさんから、預かってきた」
「ミツエさんから?」


ジョーの声にフランソワーズはジョーが差し出したものに視線を戻す。


「・・・・キミにプレゼントだよ。ミツエさんから」
「え?」

フランソワーズはジョーの手から、ピンクに小さな花の絵が描かれた包装紙にラッピングされた四角いものを受け取った。


「・・・・頂いていいのかしら?」
「・・・お礼の電話をしたらいい、よ」
「なにかしら?」
「・・・・あけてみたら?」
「そうね、でも、今はいいわ。あとでゆっくりと・・・お茶の用意もあるもの」
「・・・そう?・・・今すぐみたいって顔、だけど?」
「意地悪ねっ!」
「・・・・あけないの?」
「・・・・・・・あとでいいのっ」


ミツエからのプレゼントを大切そうに抱えて、フランソワーズは階段を上がる。ジョーはフランソワーズの後について階段を上がり始めた。


2階の階段を上がりきると真正面に、フランソワーズの部屋とゲストルームに挟まれる形で2階用の7.8畳ほどのコモンスペースがある。そこにヘーゼル・カラーのカウチソファに数脚のデザインが異なるイス。そして丸い珈琲テーブルが置かれ、2つのガラス戸付きの本棚には、アルベルトとグレートが古書店で買い集めてきた本が埋まっていた。壁のほとんどが大きく刳り貫かれた窓には、ステンドグラスが取り付けられており、午後の日差しを受けては色とりどりの模様を邸内に映す。
そのまま部屋に戻ると思っていたランソワーズが、コモンスペースのカウチソファに座り、もらったプレゼントの包装を開け始めた。ジョーは微苦笑しつつ、フランソワーズの座るソファ近くにあるイスに座った。


「・・・・あとでって言わなかった?」
「ちょっとだけ、よ」
「・・・・・ふうん」
「ジョーも気になるでしょ?」
「・・・・・・別に」
「気になるって、顔してるわ!」
「・・・・・本、だろ?」
「どうしてわかるの?」
「・・・・・・見えてるよ」


フランソワーズが開け始めた包装紙の隙間から見えた部分。そこから本だとわかる。
それは1冊の絵本だった。


「私より、先に読まないでね?」
「・・・・・読まないよ」
「言わないでね?」
「・・・・・・・・うん」


かさかさと紙が擦れ合う音。
丁寧に止められたテープをそおっと外して、綺麗に包装紙を広げて中に包まれていた絵本を取り出した。

落ち着いた色合いに、愛らしい2匹のウサギの絵。


「ええっと・・・」
「・・・?」
「ジョーっだめよ!言ったらだめっ!」
「・・・?」

両膝頭をきちんと合わせた膝の上に絵本を置いて、ほっそりとした指先で絵本の題名をなぞっていく。


「し、ロ、い、ウ、さ、ギ、と、・・・・く、ロ、い、ウ、さ、ギ・・・」
「・・・・フランソワーズ?」
「ね?そうでしょ?」
「・・・・・・・キミ・・え?」


00メンバーは言語の問題がないように補助脳に言語翻訳機がある。普段はギルモアのために全員が英語で会話するようにしているが、気を許せば好き勝手に故国の言語で話し始める。ドイツ語で怒られて英語で言い訳をし、中国語で夕食の買い出しを頼まれて、ムアンバ語で了解し、フランス語で頼み事をされて、日本語で何処へ行きたいのかを訊いて車を出す。それが彼らの日常である。


「すこ、しタケ。はなスこと、でき。ま、す」
「・・・!?」


突然、片言の日本語を口にしたフランソワーズにジョーは驚いた。
フランソワーズは恥ずかしげに俯いて、上目遣いにジョーを観た。頬がほんのりと紅い。


「だめね・・・・日本語って本当に大変だわ・・・平仮名と、片仮名と・・漢字を少し覚えたのよ・・・大分読めるようにもなったの。・・・でも、発音がやっぱり変なのよね」
「・・・・いつから?」
「日本に住むことが決まってから・・かしら?」


思い当たることがあった。
言語翻訳機を通すことで知らない国の言葉を自由自在に聴き、話し、読み、書くことが出来る。それは00サイボーグ全員がもつ機能であり、フランソワーズにも搭載されている。にもかかわらず、日本語を読み間違え、書き間違え、とんちんかんな勘違いをしてみせることがあるフランソワーズに、ギルモアなど、一度は開頭手術をし何か不備があるのか調べたい。と、真剣に言っていたことを思い出した。


「・・・・・・・どうし、て?」
「ずるいでしょ?・・・普通はこんなの頭の中になくて・・・・みんな一生懸命に勉強して、その国の言葉を、文化を、生活を・・・ね?」


フランソワーズは少し寂しげに自分の頭部を指さした。

世界中の言語を翻訳するだけではなく、ジャンル、フィールドに関係なく、膨大な情報を異常な早さで処理、保存する、機械の脳。


サイボーグとして戦うために必要とされて作られた、脳。


元々メモリに記録されていたデータの量は未知数であり、00メンバーが意識して記録し直すことなどは現時点であまりない。彼らの耳から入ってきた情報は彼らの意識なく補助脳の記録装置がデータを処理し、メモリ内に保存される。ストックされたメモリ内から必要な情報をキーワードによって検索することができるようになっていた。
特に、003であるフランソワーズの補助脳は00サイボーグの中で最新の補助脳が搭載され、それはギルモアの手によって常に新しい物へと交換され続けている。フランソワーズがコールドスリープから目覚めてまず行われたことは、補助脳の交換であった。
彼女が持つ補助脳は009であるジョーの補助脳よりも、メモリ量、情報処理能力は優れていた。003が持つ”眼”と”耳”の能力には欠かせない機能であるために。彼女が”視る””訊く”して得たものの情報量は、いくらメモリを増やしてもメンテナンス毎にそれらを整理していかなければ追いつかない。そのためにも003の補助脳は常に誰よりも優れた物でなければならなかった。
本体が”機能停止”に陥らない限り、それらは永遠に00メンバーたちの頭の中で作動し続ける。


「・・・・日本語、難しい?」
「とっても!初めて翻訳機を使わずにジョーが話してるのを訊いて、あまりの早さに目眩がしたもの」
「・・・・え・・・いつ?」
「・・・・・・前に、コズミ邸でお世話になっていたときに、コズミ博士とジョーが日本語で話していたから、興味本位で翻訳機を切ったの。その時は、・・・日本語なんて何もしらなかったけど・・」
「・・・・・・今は?」
「今もっ日本人は話すのがとっても早いわ!」
「・・・・・・・・どれくらいの早さなら、聴き取れる?」
「すごくゆっくりなら」
「・・・・・・翻訳機なしで、話して・・みる?」
「ダメよ!!まだ・・・・恥ずかしいわ!」
「・・・・・話さないと、上達しない、よ?」
「そうだけど・・」
「・・・・・どうぞ」
「?!・・・・・・そんな風に言われたらっ無理よっ」



「何が無理なんだい?」

部屋に荷物を置いて、楽な部屋着に着替えたピュンマが不思議そうに階段脇に立っていた。


「っなんでもないのっ!!」


フランソワーズは跳ねるようにカウチソファから立ち上がり、絵本を両手で大切そうに胸に抱いて自室に入った。絵本をベッドの上に置いて部屋から出てくると、そのままの勢いで階段を走るように駆け下りていく。
フランソワーズが鳴らすスリッパの音が遠ざかってから、ピュンマはニヤっとした笑いを含んだ顔で観た。


「お邪魔しちゃったかな?」
「・・・・・・残念だよ」
「え?!」
「・・・・・・・・・もう少しだったんだけど、な」
「っ本当に邪魔しちゃったの!?・・・そんな風な感じじゃっ」

ジョーは足下に置いていた荷物を手に持ってイスから立ち上がり、慌てるピュンマの横を通り過ぎる間際に、彼の肩をぽんっと叩いて溜息をワザと付いて見せた。

「・・・・・・・・聴きたかった、な」
「えええ~!!なにをっ?!え、まさかっ!ご、ごめんっ!!」
「・・・・・・・・・フランソワーズの日本語」
「ええええっっ・・・・・・・・え?」
「・・・・・すぐ下に行く、俺の分は珈琲で頼む」


呆然と立ちつくしたピュンマに背を向けて、ひらひらと手を振り自室へと歩いていくジョー。に、ピュンマは怒る。


「~~~~~~っ!なんだよっそれ!!」


ピュンマの声とかぶるように、ジェットの部屋のドアが開いた。ドスドスと力の入ったピュンマの足音がリビングへと向かっていく。

「うおっ!」
「・・・・・」


ジェットの部屋の前を通り過ぎたジョーに、彼はは大げさに驚いて見せた。


「ジョーっニンジャじゃねえんだからっちったあ、足音なりっ気配なりっさせて歩けよっ!ここは邸だぜっ!!」
「・・・・消してるつもりない、よ」


黒Tシャツに、どこで買ってきたのか深緑のジャージはサイドに2本の白いライン。ジェットはウェストを絞るためのヒモをだらりと下げている。


「んあ?まだ部屋に荷物置いてねえのかよ?」
「・・・・・すぐ、置いてくる」
「待っててやろうか?」
「・・・・いらない」
「オレさまの親切をっ無駄にするのかあっ!」
「・・・」


ジョーはジェットを無視して廊下を右に曲がり、ピュンマの部屋を通り過ぎて自室のドアを開けた。


「・・・・待っていてくれなくてもいいし、付いてきてくれなくてもいいんだけど?」


ジョーは振り返ってジェットに言った。


「ついでだ。っで、ついでに言っておいてやるぜ」
「・・・・・何を?」


ジョーは自室に入り、ライティング・デスクのイスの上に置いてカバンを開ける。中から洗面具や着替えに使ったものなどをベッドの上に放り投げてカバンの中を空にしていく。
ジェットは部屋のドア口に立ち、肩で壁にもたれかかりながら両腕を組んだ。


「ああいうプリンセス・タイプはな、欲しいもんが手にはらなくって駄々を捏ねるんだぜ?ダメだって言うと燃えるタイプだ。さくらの話しっぷりから、あいつ、今まで落とせなかった男いねぇみてえだし。・・・ま、可愛いしな、モテてあたりめぇだしよっ。・・・初めて落ちない男に出会って、燃えてんだぜ?・・・変に女のプライドを揺さぶっちまってっおまえ・・・今日のあれ、かなり本気だぜ?・・・お嬢さんだからな、変にプライドがたけえからよっ、人のもんには手を出さねえっ・・・いい加減にまとまれよなっ」
「・・・・・・・・言ったけど」
「あんなの言ったうちに入らなねっつーの!」
「・・・・・・・・断った、よ」
「意地でも食い下がってきてんじゃんかよっ」
「・・・・・さくらのために?・・おかしいだろ・・・それ」
「いいじゃねえかよっ!一席二乗だろっっ!!」
「・・・・・一石二鳥」
「一緒だろうがっ!」
「・・・・・・・・違う」
「いいんだよっんなこたああっ!・・・・いいかっ?さくらはお前の中に自分を見てんだぜっ?しかもっあんまりいいもんじゃねっそれはっ」
「・・・・・・あれ、だろ・・・・産みの母親がさくらを1人アパートに置き去りにして、失踪したって言う・・・・父親が迎えにくるまでの間・・・3、4歳の女の子が長い間1人で待ってた・・」
「・・!?」
「・・・・・コズミ博士から聴いた」


ジョーは空になったカバンをクロゼットに仕舞い、ベッドに置いた物を整理していった。


「なんで、・・・コズミ博士が、お前にそんなこというんだよっ」
「・・・・・謝ってきたから・・コズミ邸に行く前日に電話で」
「はあ?」
「・・・・・・・さくらが、迷惑をかけているんじゃないか、心配して。色々とあるだろ・・・俺たちは。・・・俺のことを博士に聴いていたみたいだし、な。博士から見ると・・・・俺も、さくらも・・・同じ種類の人間に見えるらしい、それも心配された、な」
「・・・・・そこに、さくらが惹かれてるってか?・・・わかってんじゃん、ジョー」
「・・・・・・・・・・さくらは、幸せだよ。そういう人間たちの間で過ごした経験が、ない。・・・だから知らないんだ・・・・それがどれほど・・・・無意味で・・・バカなことを繰り返すか・・・」
「それでもっ上手くいってるヤツだっているぜ?一概に言えねえだろっ?」
「・・・・相手が俺じゃ、な」


ジョーは自嘲気味に嗤った。
ジェットは躯を廊下側に少し後ろに引き、塞いでいたジョーの部屋の出入り口をあける。ジョーは廊下に出て部屋のドアを閉め、そのままジェットの前を通り過ぎた。ジェットはジョーの後ろを歩きながら話しを続ける。


「お前、さくらのこと、どう思ってんだ?」
「・・・・・良い子だし、魅力的だね。正直・・・悪い気はしない、よ。はっきりストレートに言われて、・・・・・・だろ?」


ジョーは自分の後ろを歩くジェットに振り返った。その表情は009でも”今の”島村ジョーでもない。ときどき彼が見せるその表情に何が含まれているのかを知っているのは、屋敷内でも彼の”過去”に似通った経験のあるジェットくらいなものだろう。


「ほおっ!評価たけえじゃん」
「・・・ジェットもだろ?・・・仲がいい。俺よりジェットとの方があってる、よ」
「オレはただの”ダチ”だからなっ、お手軽なんだよっ。・・・もう、遊ばねえのかよ?」
「・・・・・・さくらで、埋める気もなければ、受け入れる気もない・・・・・もう昔のような・・ことはない」
「っじゃ、あいつは?」
「・・・・・・・そういう対象じゃない」
「あいつは聖女でも、女神でもなんでもねぇ、さくらとも、今までお前が遊んできた”女”と同じだぜ?」
「・・・・・・違う」
「ちがわねぇよ」
「・・・・・・・・ジェット」
「ジョー、あいつん中にちょっと機械が入ってるだけで、あとは普通のちょっとうるせえ・・・見かけばっかりのフランス女だ。なんもかわりゃしねぇよっ!」
「・・・・・・」
「・・・取られっぞ?・・・・・あいつのことちゃんと見てんのかよ、お前」
「・・・・誰に?」
「ああ?!」
「・・・・・誰が、彼女を?」
「っっんなもんっいっぱいっその辺にうじゃうじゃっと!!」
「・・・・・・ジェットは・・」
「なんだぁ?」
「・・・・・・・いや、なんでもない」


ジョーは俯いて、その表情を長い前髪に隠した。

2人は1階へ続く階段手前で立ち止まっている。ジェットは胸に並べた言葉をジョーにぶつけたかったが、すんでの所でそれらを全て飲み込んだ。言ってはいけない。それは自分が言う言葉ではない、と。


「フランソワーズをしっかり耳の穴かっぽじって見てりゃ、わかるだろっ!!ちゃんと見てやれやっ!!この色男っ!!」


ジェットは手すりに飛び乗り、滑り台を滑るようにして1階まで降り、リビングルームへと入っていった。


「・・・・耳の穴をかっぽじって見る???」


今までの話しがジェットの一言で吹き飛んで仕舞い、ジョーはある意味、真剣にジェットの補助脳のメンテナンスをギルモア博士に頼んだ方がいいのでは?と思った。

ジェットがリビングルームへと消えた後、階段正面のコモンスペースの隣、ちょうどジョーが立っている位置からフランソワーズの部屋のドアに視線を移した。その部屋には依然として家具は揃えられていないまま、何も変わっていない。


「・・見てる、さ・・・・」


全身の空気を抜くように深い溜息を吐いて、足を左に向けて数歩足を進める。
ジョーはフランソワーズの部屋のドア前に立ってみた。
何度、このドアの向こうにあるベッドに眠る彼女を抱きかかえて行っただろう。


「・・・・・見てるよ、いつも・・・・・彼女だけを、見てる・・・・彼女だけ・・・それでも・・・」



ジョーの腕がフランソワーズの重さを今でもはっきりと覚えている。


柔らかな感触。


彼女を抱き上げるときに触れる、背中、ウェスト、膝裏、肩・・・。
胸に押し当てられた、彼女の頬。
彼女の耳が捉えてしまうことを恐れる、爆発しそうな程に緊張して早鐘を打つ鼓動。


メンバーに知られてしまうほど、自分は彼女を追いかけている、求めている。
彼らがジョーの気持ちを知った上で会話する内容は、まるで・・・・。



そう、まるで・・・



ーーーフランソワーズも、俺と同じ想いでいるような、言い方。




「・・・・・そんなはず、ないだろ?」




仲間は信じている。
信頼している。



けれど、これだけは違う。




ーーー彼女が俺なんかを相手にするわけがない・・・彼女にはすでに・・・








リビングのドアが開く音が聞こえた。
ジェロニモの頭がぶつかりそうになる、リビングの入り口を少しだけ腰を屈めて通り抜ける。
見上げると吹き抜けの広間にある階段に繋がる二階の廊下が見える。コモンスペースを右手に、そしてフランソワーズの部屋のドア・・・の前に立つ青年が1人。


ジェロニモはじっと青年を見つめる。

小さい頃から、ジェロニモは部族内の中でも”命を見る”力に長けていた。部族の誰しもがそれを見て、感じることが出来たが、ジェロニモは誰よりもそれが強かった。そのためか、族長であった父はジェロニモの将来をひどく心配していた。


「今の世の中に人の見えないものを見る力は、時に人から蔑まれる原因になる。もしくは・・強すぎる力は、”よくないもの”を呼び寄せる力ともなる。生まれてくる時代を間違えたのだな、お前は・・・いや、今だからこそ、お前のように見る力を必要としているのかもしれんが・・・それを受け入れてくれる世界は、もう・・・」


父の膝の上で、たくさんの命、精霊、先祖、動物たち、世界の理を謳うように聴かされた。
覚えきれないほどの話しを。


「覚えきれなかった話しは、守護して下さる先祖が覚えていて下さる、だからこころで話しの色を見極めるだけでいいんだ・・」


自分が自然の理からかけ離れた躯になったとき、父が何をそんなに嘆いていたのかを知った。
強すぎた”自然”の力は、行き過ぎた”科学”に呼び寄せられた。
人の”欲望”に満ちた結果。
作られた、戦うための機械。


父よ、それでもオレは後悔していない。
オレには、オレにしかできない役目がある。
それが、この躯であるならば、それをよろこんで受け入れよう。


父よ、大いなる大地に支えられ、宙とともにある、父よ。

大切は家族、大切な仲間である彼は・・・何を迷う?

父よ、あなたにはジョーの何が見える?







「許して、・・・」



ジェロニモの足下に冷気が走った。
驚いて彼は、リビングのドアから離れて階段を2、3段上った。



雪が見えた。


ジェロニモは慌てて2階のフランソワーズの部屋前にいるジョーを見上げた。
ジョーは何も気づいていない様子で、ただじっとフランソワーズのドアの前に立ちつくしたままである。



どさっと雪の上に人が倒れる音。



ジェロニモは音がした自分の足下に視線を映す。
雪の日だと言うのに、コートも何も羽織らずに、1人の若い女性が倒れていた。ジェロニモはすぐに女性を抱き上げようとした。


「・・・・ごめんね、ごめんね・・・・ごめんね・・・許してね・・・・」


女性にジェロニモの姿は見えていない。
抱き上げようとした女性の体は実態ではなかった。



「もう・・・お母さん、あなたを護ってあげられないの・・・ごめんね、ごめんね・・・ゆるして」


女性は腕に抱いた赤ん坊を必死で雪から護るようにその胸の中に抱え込む。


「寒いでしょう?大丈夫よ、お母さんがこうやって抱いていてあげるから・・・大丈夫よ、ジョー。ごめんね、・・・お父さんに会わせてあげられなくて・・・・約束の日まで、あなたを護ってあげられなくて・・・ジョー・・・・忘れないで、忘れないでね?お母さんも、お父さんもちゃんとあなたのことを愛してるの。そばに居てあげられないけれど、もう、こうやって抱いてあげられないけれど・・・愛してるわ・・・ジョー、いい?覚えておいて・・・。ごめんね。ごめんなさいね・・・そばに居てあげられなくて、護ってあげられなくて・・・・きっとあなたのお父さんが、あなたを探し出してくれるわ・・・これを持っていれば・・・きっと、大丈夫よ・・・・・ジョー、幸せになるのよ・・・」


薄れていく女性の意識に、ジェロニモは女性の背後に立つ、人の世に存在しない力を感じた。
彼女を連れて行く力、宙が、大地が、女性を呼んでいる。


彼女の命はつきようとしている。



ジェロニモは無駄だとわかりつつも、女性の手にその大きく浅黒い、太陽の香りがする手を重ねた。
女性はその手の温もりに、はっと顔を上げた。


ジェロニモは女性が反応したことに驚くこともなく、ただ、静かに2階を見上げる。
女性もジェロニモの視線につられるように目線を上へ上げた。


そこに、1人の明るい栗色の髪の青年が立っていた。



「・・・・・ジョー?」
「・・・そうだ。ジョーだ。」
「・・・・・・大きくなって・・・あの子は1人なの・・?」
「違う。家族、仲間がいる。」
「ああ・・・・1人じゃないのね?」
「1人じゃない。」
「どうか、伝えて・・・あの子に伝えて」
「何を伝えたい?」
「・・・ジョーを愛していると・・・愛しているって・・・そばにいてあげられなくて、ごめんなさいって・・父親がきっと・・・ジョーを迎えに、私たちを迎えに来てくれる・・・って」
「・・・わかった。」


女性は胸の中に大事に、大事に抱きしめている赤ん坊をジェロニモに託した。
ジェロニモの腕に赤ん坊の、温かく、生きている重さがずしりと乗る。
男の赤ん坊の首にかけられた美しい細工が施された銀色のロケット。そういうものに疎いジェロニモでも大変価値のあるものだとわかった。


「ジョー・・・あなたの髪の色は・・・お父さんゆずり・・・ね」


ジェロニモの腕に抱かれていた赤ん坊の重さがすっと消えた。
女性は立ち上がり・・・ジェロニモの父と並んで、じっと成長した我が子を見ていた。


「・・・・・ジョー・・・・ごめんなさい・・」
「父よ・・・ジョーは母親の声を聴くことは・・・できないっ」


ジェロニモは悔しかった。
自分だけしか聴くことができない、ジョーが一番欲しているであろう声を、彼ではなく自分が聴いていることが、苦しく、悔しかった。


”聴くことはできなくとも、彼は知ることができる。
聴くことはできなくとも、彼は得ることがきる。
聴くことはできなくとも、彼は与えられることができる。
・・・母からの愛を、父からの愛を、彼は育み、伝えることができる。
彼は信じなければならない、自分の愛を”


ーーージョーの・・・・







「・・・・・ジェロニモ?」
「?!」
「・・・・どうした?」


いつの間にかジョーはフランソワーズの部屋前から、階段を下りてジェロニモの隣に来ていた。
ジェロニモはジョーの声に我に返る。


「・・・・ジョー、何か聞こえたか?」
「・・・?いや、何も・・・どうした、ジェロニモ?」
「うむ。・・・・・・何もない。・・・ジョー、お前に淹れた珈琲が冷める。」
「・・・・・ああ、ごめん、呼びに来てくれたんだね」
「そうだ。」



ジョーは何ごともなかったようにリビングへ入っていこうとしたところを、ジェロニモは呼び止めた。


「ジョー」
「?」
「変なことを訊く。」
「・・・いいけど、何?」
「お前は銀色の何かを持っているか?」
「・・・・・・銀色?」
「持たされていなかったか?」
「・・・誰に?」
「小さい頃、何か持たされなかったか。銀色の楕円形の・・・とても綺麗な細工を施されたもの」
「・・・小さい頃?」
「そうだ。」
「・・・・・・拾われたところは教会でね、出生や身元を明確に記す物以外は全部、養育費の代わりみたいに・・・寄付される仕組みだったよ、そこにから、5.6カ所の施設を移ったから、ね・・・その間にでも値打ち物とわかれば、誰かに売られているよ・・・・」
「スマン」
「・・・・・本当に、変なことを訊くね?」
「スマン、忘れてくれ。」
「・・・・・・忘れる、よ」


ジョーはくすっと口元で笑いリビングへ入って行った。
ジェロニモは大きく息を吸い込んだ。
目蓋に焼き付いた、ジョーが母親に託されていたはずの銀色のロケットはしっかり覚えている。ひと目見れば、それだと気づくだろう。

ジェロニモはゆっくりとジョーの後に続いてリビングルームへと入っていった。






リビングルームから香る紅茶に、珈琲の香り。
シフォンケーキの甘い香りが微かにそれらに混じる。
カーテンが開けられ、青い空が大きな写真のように窓を飾る。

ささやかに聞こえる波音。
遠くを行き交う車の音に、この邸はどこかの世界と繋がっていることを感じる。





それぞれが好きな場所に席を取り、お茶の時間を楽しんでいる。

ギルモアは専用の安楽椅子に座り、イワンはリビング用のベビーベッドの中で食後のひと眠り。
特注のL字型のソファの短い方に、グレートと張大人。長い方にジェット、ピュンマ、アルベルト、そしてジェロニモが座った。ジェロニモが座ったことで、ジェットがL字型の角の部分に移動する。テーブルに食べかけていたシフォンケーキをジェロニモが手に取り、口に運ぶ。立てたばかりの生クリームが、紅茶のケーキの抑えた甘さに良く合った。

ジョーはパーソナルチェアに付属されていた、フットスツールに座っていた。フランソワーズの姿が見えないが、テーブルには彼女の飲みかけの紅茶が置かれている。ケーキ皿の上にはすでに何もない。


ダイニングルームからフランソワーズの軽い、ぱたぱた と鳴るスリッパの音。ジェロニモは視線をそちらに向けた。
小さなトレーに乗せた湯気立つ珈琲。冷めてしまった物を淹れ直したのだろう。
フランソワーズはジョーの前にトレーを置いて、まず、珈琲カップをテーブルに置いた。そして、スプーンで掬い取ったような楕円の形をした生クリームを添えた、紅茶シフォンケーキを乗せたケーキ皿を置く。

ジェロニモは、自分のケーキに添えられていた生クリームの量の違いに気づいた。ふと、ここにいる全員、その量や形が違っていたように思えた。


「・・・・ありがと」


ジョーの囁くような礼に、フランソワーズは微笑む。
その笑顔に、ジョーもまた微笑んだ。

ジョーは珈琲を手に取り、2,3口飲む。
カップをテーブルに置いて、ケーキ皿を手に取って、ランソワーズの紅茶シフォンケーキを口に運んだ。ジョーの隣にあるパーソナルチェアに座って紅茶を両手に包むように持ち、フランソワーズはグレートの新しく考えついたと言う戯曲のアイデアの話しを聴きながらも、その視線はジョーにあった。

紅茶シフォンケーキを一口食べて、添えられた生クリームをフォークの先にちょこっと掬って舐めた。フランソワーズはじっとジョーを見つめる。ジョーは生クリームをケーキにちょこっと乗せて食べ始めた。そこでやっとフランソワーズはジョーから視線をグレートへ向ける。


「・・・ジョー、美味いか?」


ジェロニモは呟くように訊ねた。
少し驚いたような表情を見せたジョーだが、すぐにいつもの彼に戻り、黙って頷いた。



10日ぶりに仲間が、家族が揃った午後、おやつの時間。




グレートの1人芝居に、張大人が飽き始めて文句を言う。

ジェットが大声でコズミ邸での日々をギルモアに語る。

グレートがその話しを織り交ぜて、即興でまた1人芝居を始めたので張大人が、キノコづくしパート2のメニューを考え始めた。

ピュンマは大げさに語るジェットを訂正しながら、読んだ本をギルモアに報告する。ピュンマが読んだ本の題名から、彼が今何に夢中になっているかがわかるが、途中でなんの脈絡もない本の題名が出てきたりするので、ギルモアを苦笑させる。

だんだん専門的になっていくピュンマの話しが面白くないらしく、途中で自分の話に戻そうと声を出したジェットだが、アルベルトがピュンマの読んだ本に興味を持ち、ジェットを抑えて続きを促した。

クスクスっと笑っては、フランソワーズは彼らから求められる意見に答え、それぞれのテーブルを見ては、紅茶、珈琲のお代わりが必要かを訊いていき、パタパタ とスリッパを鳴らしてキッチンとリビングルームを行ったりきたりする。そんなフランソワーズをジョーはときおり心配げに視線を送る。彼は自分で2杯目の珈琲を注ぐために立ち上がった。

少ししてから、フランソワーズが微笑みながらトレーに乗せた珈琲に紅茶を持って、ジョーと並んでリビングルームに姿を現した。ジョーは自分の分の珈琲を手に持ち、歩きながらそれを一口飲むと、すぐにフランソワーズから「座ってからよ」と、注意される。

一言多いジェットが、あまり品が良いとは言えない言葉でジョーとフランソワーズをからかった。アルベルトの一言が飛ぶ前に、フランソワーズの手近にあったテレビのリモコンがジェットの長い鼻にヒットする。見事なコントロールに拍手が沸いた。ジョーは苦笑しつつ、立ち上がってフランソワーズに文句を言おうとするジェットを、視線だけで黙らせた。ピュンマはにっこりとその白い歯を輝かせる。


ギルモアは嬉しそうに安楽椅子に深く背を預けた。

張大人がイワンのタオルケットをそっとかけ直してやった。

グレートがフランソワーズが淹れた紅茶を大げさに香って褒め称える。

ジェットが、ケーキのお代わりを催促する。

ピュンマはアルベルトが借りてきた本は何があるのかを、訊ねていた。

アルベルトは3杯目の珈琲をフランソワーズから受け取りつつ、ピュンマと話し込む。

フランソワーズがチェアに座り一息吐いて、ジョーは彼女に”お疲れ様”と呟いた。




ジェロニモは静かに、最後のシフォンケーキを口に運んだ。






母の声を・・・
父の声を・・・


聴くことはできなくとも、彼は知ることができる
聴くことはできなくとも、彼は得ることがきる
聴くことはできなくとも、彼は与えられることができる


母からの愛を


父からの愛を


彼は育むことができる。







父よ、そうだな。




形は違えど、オレたちは、みな家族だ。









ジョーも、オレも、みんな、・・・・愛を育む家族だ。








ーーー彼は信じなければならない、自分の愛をーーー










「ミツエさんへのお礼のお電話は、コズミ博士のお宅でいいのかしら?」

隣にいるジョーにフランソワーズは、ぽつりと話しかけた。

「・・・・・ミツエさんの携帯番号は?」
「知らないの」
「・・・自宅、でも・・・かまわないと思う、よ」
「やっぱり、お電話の方が良いのかしら?」
「・・・・他になにかある?」
「カードとか・・・お礼状って日本ではないの?」
「・・・・・・あるけど、そこまであらたまらなくてもいいと、思う」
「・・・日本では違うの?」
「・・・その辺は俺、よく知らない、よ」
「電話もいいけれど、・・・素敵なものを頂いたから、やっぱりカードの方がいいと思わない?」
「・・・・フランソワーズが良いと思う方を選んだら、いいよ」
「そお?・・・・じゃ、やっぱりカードにするわ!・・・私、日本でカードやお手紙を出したことないもの!・・あ・・・」
「・・・・・なに?」
「・・・・住所、書けるかしら・・・」
「・・・・・その前に、メッセージは日本語?」
「あ!」
「・・・・・・使いたくないんだね?」


ジョー食べ終わったケーキ皿をテーブルに置いて、珈琲を手に取りながらフランソワーズに訊ねた。


「・・・・話せるけれど、書くこと読むことは練習中と言うことに・・・なってるの」
「・・・・・・・みてあげる、よ?」
「だ、大丈夫よ!・・・翻訳機を使って書いたものを見て書くから」
「・・・・・・・へえ、そうやって勉強してたんだね」
「ええ・・・適当な文章を日本語に変換して、スキャンした文字を書いて・・・」
「・・・面倒臭いだろ、それ」
「そうかしら?」
「・・・・・ケーキのお礼に、発音もみてあげるよ?」
「そんな、・・・いいわよ、別に」
「・・・・・カードを買いに行くなら、車、出すよ?」
「・・・・ジョー帰ってきたばかりじゃない、ゆっくり休んで・・」
「・・・疲れてないから」
「でも、悪いわ・・・」
「・・・・・気にしなくてもいい、よ」


フランソワーズはジョーの申し出の嬉しさを胸の中に隠す。その仕草にジョーの瞳は淋しさに揺れる。
自分とでは迷惑だろうか。と、ジョーは不安になり、フランソワーズは自分の個人的な都合でジョーに無理をさせるのではないか。と、迷う。


相手を想うがために過剰に反応してしまう、ジョーとフランソワーズ。

もう一歩、踏み込んだ言葉が言えず。
もう一歩、相手に強くでることができす。



小さな我が儘が云えない2人。

”一緒にカードを買いに行いきたい”
”カードを買いに行くなら、一緒に行きたい”





「大人。」
「なにアルか~?」
「買い出し、必要と言っていたな。」
「行ってくれるアルか?そんなにたくさんじゃないネ!行ってくれると助かるアル!!」


「ジョーがフランソワーズと出る。ついでに頼めばいい。」


ジェロニモの言葉にその場にいた全員の視線が2人に集まり、ジョーとフランソワーズの2人は、驚いた顔でジェロニモを見た。ジェロニモはいつも通り平然としている。


「っっんだよっ帰ってきたばっかりでかよっ?」
「気を付けて行っておいで・・・ジョー、運転、気をつけるんじゃぞ」
「じゃあ、ついでに○○のダージリンも頼めますかな?」
「必要なものっすぐに書き出すアル!!準備して待っててネ」
「・・・・・片付けは気にするな。たまにはオレがしよう。出かけるなら準備してこい」
「手伝うよ、アルベルト」



アルベルトの言葉を機に、ジョーは立ち上がった。


「・・・・・・いつもの買い出し先まで出る、他に必要なものは書き出してくれ」
「・・・・ちょっと、行ってきます・・・アルベルト、ピュンマ、片づけお願いするわね?ジョー。私、部屋にカバンを取りに行ってもいいかしら?」
「・・・・ああ、車を表にまわしておくから、書き出したものはキミが受け取っておいてくれる?」
「ええ、わかったわ」

リビングルームのライトのスイッチがある隣に取り付けてある、キーケース棚からいつもの乗用車の鍵を取り、玄関に向かう。フランソワーズもジョーと一緒にリビングルームを出て自室へ向かい、カバンを手に取り、再びリビングルームに戻ってきた。書き出された”買い出し”のメモを張大人から受け取った。


「見つからなかったら、見つからないでいいアルね。いつものスーパーで買えるのは、こっちの紙ネ。グレートのは商店街の店ね、車はスーパーの駐車所に停めたままで行くアルよ?」
「ええ、そうするわ」
「気を付けるんじゃぞ、まあ、ジョーが一緒じゃから心配ないがのう」
「はい、博士。あまり遅くならないようにしますわ」
「少しくらい、遊んでこい」


アルベルトが、テーブルを片づけながらニヤリと嗤った。


「遊ぶなんて!・・・・買い出しよ、ただの買い出しっです!」
「けっ!とっととデートに行ってこいやっ!!チップスはコンソメ!リンツはチェリーだぜっ間違えんなよっ!」
「イヤよ、チェリーなんてっみんなが食べられるのにしますっ」
「っっんだと!」
「姫、ジョーが待っとるぞ、鳥は放っておいて行きなされっ¥」
「行ってこい。」
「ええ、行ってきます」
「気をつけてね!」
「ピュンマ、後はお願いね」


リビングルームを出てフランソワーズは黒のバレエシューズを履き、玄関の扉に手を掛けた。




ーーー2人きりで出かけたりしないでっ!デートみたいなことはっ・・・しないでーーー






さくらの声がフランソワーズの頭に鳴り響いた。










2人きり。
ジョーと2人で出かける。



これはデートじゃない。
ただの買い出し。


家族が必要な物をスーパーまで買い出しに行く。







それだけ。









フランソワーズは頭の中のさくらの声を振り払って、勢いよく扉を開けた。
車はギルモア邸前にすでに停まっていた。










===== 31 へ 続 く


・ちょっと呟く・

ジェロさん!さすが!!
次は・・・へっへっへ(* ̄∇ ̄*)エっヘっヘ
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key
開かない箱に、何が入っているのかなんて興味はない。

鍵がどこにあるかなんて、探さない。
探したところで、それが”本物”である保証もないから。


見ないふりをしていた。



それは、僕のためのものじゃない。




「お帰りなさい」
「・・・・ただいま」

彼女は何も言わない、訊かない。
だから、僕も何も言わない、答えない。


何か物言いたげな、空のように明るい水色の瞳に映る自分は、誰だろう。


「・・・昨日から博士は、イワンと一緒にコズミ博士のところなの」
「・・・・キミ1人?昨日も?」
「ええ」
「・・・・不用心だな」
「・・・心配、してくれるのかしら?」
「何があるか、わからないから・・・」
「・・・・・・そうよ、ね。私1人じゃ、たよりないものね」
「・・・・別に、そういう意味で言ったわけじゃ、ないよ」
「わかってるわ」
「・・・」
「お夕食は?」
「いい、いらない」
「・・・・そう」






見ないふり。

触れないふり。


気遣ない、ふり。





開かないのなら、放っておくのが一番いい。


放っておくのが、いい。






放って・・・・




















掴んだ手首は折れそうに白くて細い。
引き寄せた腰は、防護服越しでは感じない暖かさを手に伝えた。


見開かれた空色の瞳を縁取る長いまつげの数を、数えられる距離に近づいた。






興味がない、なんて嘘。




鍵なんて必要ない。
開かないなら、壊せばいい。


壊してしまえばいい、この手で。








「・・・・・ジョー」
「・・・・・・・・・・・・ごめん」
「謝るくらいなら、やめて」
「・・・・ごめん」
「・・・・・・謝らないで」




「・・・・ごめん」
「謝れば、すべて許させれると、思うの?」







「・・・・・・ごめん」














「・・・・好きよ、ジョー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん、フランソワーズ」





壊した箱は二度と元には戻らない。





その中には何が入っていた?















好きになって、ごめん。
愛してしまって、ごめん。







使われなかった鍵は、どこへ・・・・・






end.











・あとがき・

何やってるんだ?>私
なんか意味わかんない話しになったなあ。
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Day by Day・31
(31)



いつものスーパーで、帳大人に頼まれていたものを買う。
それらは本当に小さなもので、そして料理には欠かせない物たちだった。


「途中でなくならないように多めに買っておいているのだけど・・・気が付けば、いつの間にか無くなってるの・・・不思議だわ」
「・・・・車の中に置いていても大丈夫なもの、ばかりだね?」
「ええ、冷凍ものとか、なまものはないわ。だから大丈夫よ」
「・・・・一度、車に荷物を置いて、それから商店街の方へ行こう」
「そうね・・・・・・思ったよりも多かったわね?」
「・・・・・・・ジェットの駄菓子が嵩張る」
「ほんと!・・チップスとチョコだけじゃないじゃないっ。も!!」
「・・・コーラとか水のように飲むよ、な」
「信じられないわっあんなショワショワするものをっ」
「・・・・ショワショワ?」
「?」
「・・・・・シュワシュワ、だろ?」
「ショワショワでしょう?」
「・・・・・・・・いや、シュワシュワ」
「ええ?」
「・・・・・・・・ショワショワってどこで聴いたの?」


スーパーの袋を両手に提げて、2人は駐車場へと向かった。


「開けましょうか?」
「・・・いや、大丈夫」

小さな袋ひとつしか持っていないフランソワーズは、車のドアを開けるために、ジョーが持つ車のキーを受け取ろうと手を出したが、ジョーは断った。車のロックをキーについたボタンを押して外し、後部座席のドアを開け、買ったものが落ちないようにシートに乗せる。フランソワーズの方へと振り返って、彼女が手に持っている袋も乗せてドアを閉めた。もう一度車のキーのボタンを押す。ロックできたことを知らせる妙な音がピュン!っと一度だけ鳴る。そして、商店街の方へ歩き出す。ジョーの少し後ろをフランソワーズが歩く。


沈黙と、会話。を繰り返す。
どちらともなく話しかけ、そしてそれは自然に消えていく。

ジョーは少し斜め後ろで自分について歩くフランソワーズの様子を見ながら歩く。
自分以外のメンバーがフランソワーズに”当たり前”のようにしてみせるレディ・ファストの行動は、見ている方が恥ずかしい気持ちにさせられたが、今はもうそれらに慣れてしまった。フランソワーズは何も疑問を持つことなく、彼らの行動を自然に受け入れているところから、そのようにされるのが当たり前の環境で育ったのだろう、と判る。ジョーは、自分には一生縁がない代物だ。と、思っていたが、メンバー達とギルモア邸で生活をしていく中で、自然とそれらの行動がうつってきているらしく、スーパーでの買い物中に、レディ・ファストをしている自分に気づかされて妙に焦っていた。原因はフランソワーズが小さな声でクスクスと笑いながら「ありがとう」と囁くために。

メンバーが周りにいれば、ジョーのその行動もあまり目立つことはない。
けれども、今はフランソワーズと2人のために、ジョーの行動は妙に浮いて見えた。


少しだけ歩く速度を緩めてジョーが車道側に立ち、フランソワーズに並ぶ。立つ。
風に揺れる亜麻色の髪が、そっとジョーの二の腕を撫でる。服に触れただけのそれがジョーの視界に入った。

歩く速度に合わせて微かに上下する、フランソワーズ。
並んで歩くと気づく、視線。


自分の隣を歩く彼女は、フランソワーズ。


ここは、日本。

人が住む街。

人が生活する街。


敵はいない。
爆撃も、銃声も、襲ってくるものは、何もない。



彼女はフランソワーズ。
003では・・・・ない。


フランソワーズがよく履く、踵のない靴。
膝頭が隠れる、ローズピンクの細かいプリーツスカートには少し光沢がかっている。フランソワーズが歩くたびにゆったりとそれらは揺れた。
ベージュカラーの透ける生地でできたブラウスの下に着るレースの模様のキャミソール。フランソワーズの二の腕や鎖骨周り、普段は見ることがない胸元がうっすらと浮かび上がり、目線がそちらへ向かないように意識する。フランソワーズのトレードマークである、スカートに合あった同じ色のカチューシャ。


ジョーが運転中、フランソワーズがそれを外した仕草に、思わず赤信号を見逃しそうになった。





「・・・・フランソワーズ」
「なあに?」
「・・・あれ、読める?・・・使わずに」


スーパーの駐車場を抜けて、数ブロック歩くと昔ながらのアーケード式の商店街にたどり着く。商店街の北側の入り口にある、看板をジョーは指さした。


「メガネや・・・ジョイフル・・?」
「・・・使ってないよね?」
「使ってません!」
「・・・・・じゃ、あれ」
「・・・たこやきや、はっちゃんのみせ」
「・・・・・・食べたことある?」
「タコを焼いて食べるの?」
「・・・・・ないんだ」


フランソワーズは興味深げに屋台のたこ焼き屋を覗こうとしたけれど、それをジョーに邪魔された。


「・・・食べてみる?・・・・焼いているところ面白いと思うよ、後でね」








ジョーとフランソワーズは商店街へと入っていく。

小さな店々が寄せ合うようにして左右に行儀良く並び、まっすぐに南側の出入り口まで伸びていく。
短いローカル線の一駅分の長さはある、この辺りでは一番大きな商店街。時間的に、夕食の買い出しに足を運んだ主婦や子ども連れの家族、学校帰りの学生や会社員などの様々な人々でアーケード内は人の波となっていた。いつも午前中や昼過ぎに訪れるフランソワーズは、夕方以降の時間帯は初めてのために、その賑わいと人の多さに圧倒されてしまい、足が止まる。

商店街に入ってすぐに、歩き続けるジョーを見失いそうになる。
人に押されて、前に進めばいいのか、避ければいいのか、右へ寄ればいいのか、左に寄ればいいのか、フランソワーズは混乱してしまい、そうこうしているうちに、フランソワーズの視界からジョーが消えた。


「ジョー?」


フランソワーズはきゅうっと胸が痛くなった。
日本人の波の中で自分はあまりにも異質に、浮き上がる。








一度だけ、パリのクリスマス市で迷子になったことがある。

周りは誰も知らない人。
手を繋いでいたはずの兄の手が、人の波に飲まれて離れてしまった。


怖くて、その場から一歩も動けなかった。
怖くて、一言も兄を呼ぶことが出来なかった。


小さな自分は遙かに背が高い大人達の森の中で、その場所に立ちつくして周りを ぐるぐる と、見まわして兄の姿を探す。


兄さんっ
兄さんっ!!


離れていたのは、ほんの数分間だけだったと思うが、小さかった自分には永遠の時間に思われた。
ジャンは離れてしまった小さな妹を見つけて、今度は離れないようにその手を力強く握りしめてくれた。

その日はずっとジャンと手繋いで過ごした。





「ジョーっ!」

「・・・・っどうした、フランソワーズっ?」





栗色の髪が見えた。


人の波に隠れていただけ。

ジョーはフランソワーズの数歩だけ先に、手を伸ばせば、触れることができる距離に、彼はいた。


琥珀色の瞳が心配そうにフランソワーズをみる。


ジョーは手を伸ばして、フランソワーズの白い小さな手を握った。


その手の温かさに、その手の強さに、その手が愛しくて。


「大丈夫か?・・・・フランソワーズ」
ー大丈夫だよ・・・・Fanchonー



小さなフランソワーズは、泣かなかった。






ジャンに”泣き虫だなあ”と言われるの嫌で、一生懸命に我慢した。
喉が熱く、締め付けられるのに堪えた。声を出せば涙が落ちてくるのがわかっていたから、何も言わなかった。

ぎゅうっとジャンの手を握り、彼について歩く。
自分と同じ亜麻色の髪。形良いジャンの後頭部をじっと涙で潤んだ瞳で見続けたながら、絶対に泣かない!っと自分に言い聞かす。







絶対に泣かない!
私はこんなことくらいで、泣かないもの!!

そんな、弱い子じゃないわ!









「フランソワーズ?」


後ろをついて来ていたはずのフランソワーズに名前を呼ばれて、ジョーは振り返える。
人の波の狭間で見えた、亜麻色の髪はとても綺麗だった。
もう一度、ジョーはフランソワーズに名前を呼ばれた。
その声はとても不安気に響いて、慌ててジョーはフランソワーズに駆け寄った。

躯を縮こまらせて小さい子のようにスカートをぎゅっと握りしめながら、フランソワーズの顔は、今にも泣き出しそうで、ジョーは彼女の手を取った。フランソワーズと繋いだ手は、強く、強く、握りかえされて、ジョーは驚く。


「・・・ごめんなさい・・・あまりに人が多かったから・・・」
「・・・・・大丈夫?」
「ええ・・もう・・・大丈夫よ」
「・・・・・・大丈夫じゃない、だろ?」
「え?」



「・・・泣くな、よ」



こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳を縁取る睫が瞬くたびに、空色の瞳から ぽろり と、雨が降る。
人の波がフランソワーズの周りをよけていくために、小さな空間がそこに出来た。


「泣いてなんか、ないわ・・」
「・・・・・これ、なに?」


フランソワーズの手を取っていない方のジョーの手が伸びて、彼女の頬に触れる。
その手に彼女は驚いて躯をびくっと揺らした。
フランソワーズの右頬を包み込みようにして そおっ と触れられたジョーの手は、親指で彼女の目元を拭った。


「・・・・泣いてないもの」
「・・・・・・別に、泣いても怒らない、よ?」
「泣いてないわ」
「・・・・人混みで少し離れたから・・・・怖かった?」
「怖いなんて、思わないわ・・・すぐ見つけられるもの」
「・・・ごめん。オレが悪い」
「ジョーのせいじゃないわ」
「・・・・・・この時間帯は、どこの街もこんな感じなんだけど・・こんなに人が多くて混み合ってるところ・・初めてだろ?」
「そんなことないわ」
「・・・・」
「泣いてないわ・・・私」


ジョーはその手でフランソワーズの涙を拭う。
その手に乗る温かな雫。


「・・・・泣いて、ない?」
「ええ、泣いてなんか・・・ないわ」


涙に濡れる瞳。
流れた雫の跡で頬を濡らしたフランソワーズは ぷうっと頬を膨らませた。


「・・・意地っ張りだ、ね」
「意地っぱりじゃないわ」


ジョーは微笑んだ。


「・・・・頑固だ、ね」


繋がれた手を引いて、ジョーは歩き出す。


「泣いてないもの」


フランソワーズはジョーに引っ張られるようにして、商店街の中を歩く。
いつもよりもジョーはゆっくりと歩き、人の流れに乗ってグレート指定の店に向かう。


泣いてない。と言い張るフランソワーズを、可愛い。と思う、ジョー。

フランソワーズは可愛い。

いつから、そういう風に思い始めたのかは覚えていないが、彼女の全てが可愛らしく感じて、目が離せない。それが戦いの地であっても・・・フランソワーズは可愛いい。と、ジョーは思ってしまうだろう。


「・・・・素直じゃない、な」
「・・・そういう風に育ったの」


商店街の人の波を亜麻色の髪をカチューシャで飾った少女と、栗色の長い前髪が東洋と西洋の混じった顔立ちを隠す青年が行く。すれ違う人々は、昨今珍しくなくなったはずの異国の少女に振り返った。



フランソワーズは目立つ。

すらりと伸びた姿勢の良さに。
寒水石のような白い肌に。
甘いハチミツを思わせる艶やか亜麻色の髪に。
愛らしいチェリー・カラーのふっくらとした形良いくちびるに。

線の細い華奢な、少女の面影を残す愛らしい彼女は、とても目立った。




フランソワーズが涙を流したのは、ほんの少しだけ。
すでに涙は消え去り、泣いてない。と、フランソワーズが主張する通りに泣いていなかったのかもしれないと、思いたくなる。が、フランソワーズの少しだけ拗ねたような表情が、”泣いた”事実を物語る。

滅多に人前で泣くようなことはしないフランソワーズは、誰もいないところで1人、ひっそりと泣くことをジョーは知っている。声を殺して、彼女は泣くのだ。

ジョーはフランソワーズと繋いだ手が震え出しそうで、それを必死で耐える。
その温もりに、その小さな手の柔らかさに、全ての意識が集中してしまうのを追い払うかのように、フランソワーズに話しかけた。


「・・・今から、使用禁止にする、よ」
「え?」


フランソワーズの足が少し遅くなる。


「翻訳機なしで話すこと。買い物が終わるまで・・・・命令」
「ええ?!」
「・・・・素直じゃないから」
「関係ないわ!」
「・・・・・命令」
「そんなのっ利かないわよっ」
「・・・もしもの時の訓練、なら?」
「そんな・・」
「・・・・・翻訳機無しで、英語を話せないよ。俺」
「それとどう関係があるの?」
「・・・・誰か1人くらい・・・日本語を話せてくれた方が助かる、な」
「ジョーが英語を勉強すればいいんじゃないの?」
「・・・・・それより、フランソワーズが日本語を話した方が早い、と思わない?キミ、英語も”なし”で話せるだろ?」
「話せるけど・・・」
「・・・キミも勉強できて、”もしも”の時には最低、メンバーの中でキミとは会話できる」
「・・・・・」
「・・・今から、いい?」
「・・・・・いいわ」


ジョーの”命令”から会話が止まり、商店街の左側に並ぶビリジアン・カラーとアンティーク調の雰囲気ででまとめられた小さな店の前で、ジョーの足が止まった。


「・・・ここだよ」


フランソワーズはジョーの言葉に頷いた。


「・・・・ずっと話さない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はなスs」


商店街の雑音に紛れてしまう、フランソワーズの声を耳にしてジョーは笑った。


「・・・・たこ焼きか、ここで休憩、どっちがいい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ココ、でオチャ。するの?」
「・・・・疲れてない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・rぃヨウほー。が、イイ」
「・・・りょう、ほう?・・・・・贅沢だな」
「りヤう?」
「りょ・う」
「ろおう?」
「りょ」
「りょ?」
「そう。りょ・う・ほう」
「リョウホー」
「・・・・・・うん、両方」




細長い店内の入り口から少し離れた席に案内されて、出された水とおしぼり、そしてメニューに目を通す。

ジョーは普段よりも2.3倍ゆっくりと話すように心がける。


「・・・・読める?」
「・・・・・・たいたい」
「・・・・”だ”いたい」
「だいたい」


ジョーは店のオリジナルの紅茶を頼み、フランソワーズはトロピカル・ホワイト・ティーを頼んだ。グレートから頼まれたダージリンを200g頼むことも忘れない。


「・・・・カードは、どこで買う?」
「ざっかや、サン。か、ほんにゃ、さん」
「・・・・・ほんやさん」
「?」
「ほん、や」
「ほn・・・ほん?」
「ほん、や」
「ほん、や?さん?」
「・・・うん・・・本屋・・」
「・・・・ドコ?」
「・・・・・・商店街の外に、大きい本屋がある、よ」
「shiよてんかいの、そと?」
「商店街の外」
「?」
「・・・・商店街・・わからない?」
「・・・・そと。は、わかる」
「ええっと・・・この店の、・・・・・・スーパーの近くに本屋がある」
「・・・・わかル!」


ーーーフランソワーズの知らない単語が出てきたら、説明するのが・・・大変だな・・・


運ばれて来た紅茶の香りに、フランソワーズは嬉しそうにそれを見たが、ジョーはフランソワーズの知らない日本語の単語が出てきたとき、どうすればいいのかに悩んだ。


「じょー、どした、の?」
「・・・いや・・」
「・・・・・・・・おシえるもたいへんです。ね?」


フランソワーズの言葉にジョーは苦笑し、フランソワーズはにっこりと微笑んだ。


「・・・め、れいしたの、じょー、でスね?」
「・・・・め・い・れい」
「めぃれい?」
「め・い」
「め・い?」
「めいれい」
「めいれい」
「・・・・そう。命令した、よ・・・うん。俺も日本語、勉強しないといけないかも、な・・・いや、それより・・・」
「ハヤいでス・・・なていった、の?」
「・・・・・・わからなくていい、よ。・・・”なんていった”」
「ハヤい、でス!」


翻訳機を通さずに話す、フランス語の発音が残るフランソワーズの日本語を聴くたびに心地よく、少しだけくすぐったい。入れ立ての紅茶の香りを胸に吸い込んでから口に含み、ジョーは喉を潤した。


「・・・・・・本屋でいい?」
「ほんや、イキまショ!」







####

商店街を出て、車を停めているスーパーの方向へ向かう途中の交差点を渡った角に○X書店がある。6階建てのビル全てを使った大きな本屋で、ギルモア、アルベルト、グレート、そしてピュンマのお気に入りの場所の一つでもある。

4階のステーショナリー・ギフトエリアにカードコーナーが広々と設けられていた。
ジョーに連れてこられたフランソワーズは、興味深げに周りを見回しながら、自分の予想を遙かに超えた量と種類のカードに驚きつつ、嬉々としてカード選びを楽しんでいた。

あれが可愛い。こっちの方が素敵。絵がおもしろい。飛び出す細工がしてある。など、フランソワーズはなかなか1枚のカードを選ぶことができずに、カードコーナーから動かない。
ミツエ宛のカードを1枚買うのに、1時間近くも時間がかかるとは思ってもいなかったジョーは、苦笑するしかなかった。
ジョーはただ黙ってフランソワーズのカード選びに付き合う。本当は彼女がカードを選んでいる間、適当にその辺でも見てまわろうとしたのだが、諦めなければならないことが起きたからだ。



スーツを着た会社員らしき若い男2人が、カードを探しているような感じで、フランソワーズに近づき、流暢な英語でフランソワーズに話しかけた。


『捜し物ですか?』
『ええ・・・お礼のために』
『じゃあ、”ありがとう”だね、日本語で』
『・・・そうですね』
『1人?・・・僕たち、仕事がら英語、大丈夫だよ』
『これから、どこか行くの?・・・電車とか、わかる?』
『大丈夫です』
『この辺に住んでるのかな?・・・暗くなると意外と危ないんだよ、この辺り』
『そうだよ、君みたいな子が1人だと、危ないと思うから・・・送っていくよ』
『いいえ、大丈夫ですから、ご親切にありがとうございます』
『あ、このカードとか、かわいいよ』


短髪を少し明る目に染めた男が言い、フランソワーズに渡した。
フランソワーズは微笑んでいたが、そのカードはあまりにも幼稚に感じる。ミツエに贈るには可愛すぎる絵柄だ。と、こころの中で溜息をついた。


『あの・・・』
『ね、よかったら送っていってあげるから、さ。美味しい寿司を食べさせてくれるところ知ってるんだ、好きかな?』


ジョーがカードコーナーから数分ほど離れて戻ってきてみれば、2人の男に左右に挟まれて立ちつくしているフランソワーズの姿。彼女は断りの言葉を口にしようとしているが、男達の誘い慣れした話しの流れに見事に流されていた。しばし様子を見ていたジョーは深く溜息を吐いて、1人で街へ行かせられない。と、今夜にでもメンバーに報告しよう、と決めた。


「・・・・・フランソワーズ、何してるんだ?」


2,3歩、フランソワーズに近づいてから声をかけた。


「じょーっ」
「・・・・・カード決まった?」


ジョーの声にフランソワーズは満面の笑みを浮かべた。男達はジョーとフランソワーズを交互に見るが、フランソワーズの、その花が咲きこぼれるような明るい笑顔に見惚れてしまう。


「・・・・知り合い?」

ジョーはわざと、フランソワーズに訊ねた。彼女の知り合いではないことはわかっている。
男達はジョーが日本語でフランソワーズに話しかけていること驚いている。


「なんだ、日本語話せるんだ~」
「言ってくれたらいいのに!・・・彼、弟さん?」
「?」
「・・・・・」


派手なネクタイをした男の言葉に、ジョーは微かに反応を見せた。
フランソワーズは男の日本語が早くて聴き取れずにいるため、何が起こっているのか把握できずにジョーを見つめる。彼女の様子を見る限り言語翻訳機は切っていなくても、フランソワーズはこの状況を理解できていなかったのかもしれない。


「・・・・カードは決まった?」
「・・・ま、まだ・・・」


ジョーは男達がその場にいないような仕草でフランソワーズに話しかける。


「・・・・もう少し、見る?」
「イイ?」
「・・・・いい、よ」


フランソワーズに微笑んだジョー。
2人の様子を見ながら短髪の男が小さく舌打ちを鳴らして、派手なネクタイの男に目線で合図する。彼らは何も言わずにフランソワーズのそばから離れて、ジョーの横を通り過ぎた。


「・・・・?」


不思議そうに去っていった男達を見送るフランソワーズの横に立ち、フランソワーズに翻訳機を使うように、ジョーは頭に指さして言った。言われてフランソワーズは素直に翻訳機を使い会話を始めた。


「どうなさったのかしら?・・・・ジョーが来たから、大丈夫だと思われたのね?」
「・・・・・・少し目を離した隙に・・1人での行動は許可できない、な・・・」
「どうして?」
「・・・・どうしてって、フランソワーズ・・・」
「ちゃんとお話を聞いてさしあげて、お断りすればいいだけよ?」
「・・・・・話しを聴く?」
「ええ。何かを勘違いなさってることが多いから・・・」
「・・・・・・ナンパって知ってる?」
「失礼ね!それくらいわかりますっ!!お誘いを受けることでしょっ」
「・・・・どんな誘いを・・考えてるのか知らないけど、今のがそうだよ?」
「ええっ!?・・・違うわよ、私が日本語がわからないから、親切にしてくださったのよ?」
「・・・・・日本語より、キミ用の特別社会勉強が必要かな」
「ナンパなはず、ないわ!」
「・・・・・いや、キミが思っている”親切”の99%はナンパだよ」
「そんなわけないじゃない!ジョー、人の親切をそういう風に言うべきではないわ!!」
「・・・・・」


軽く溜息を吐きながら、すっと手を伸ばしてジョーは一枚のカードを手に取った。


「・・・・・色々あるんだ」
「そうなのっ・・・・色が綺麗で、絵もいっぱい・・・」


ジョーが手に取ったカードを開くようにジョーに促した。フランソワーズに促されたままにカードを開くと、ポップアップ・カードになっており、描かれた2匹のウサギが1冊の本を持ち、立ち上がると同時に、本が開いて”ありがとう”とシンプルなレタリングで書かれていた。


「これにしようかしら・・・」
「・・・かわいい、ね。・・・・・ほかは、どれを選んだの?」


フランソワーズが手に持つ数枚のカードをジョーは見せてもらう。


「・・・決められない?・・・これ、全部買っておいたらいいよ・・・また使うかもしれないし」
「使うかしら・・・」
「・・・買っておいて、邸でどれにするか考えたら・・・きりがない、よ?」
「こんなにたくさんのカードがあるなんて、思ってなかったもの・・・すごいわね」


フランソワーズはテーマ毎に並べられたカード類を納める、4列に並ぶ棚を見た。


「・・・・私が知っているのは、タワーみたいになっていて、こう・・クルクルまわるのにカードが入っていたの・・・あとは、カフェやニュース・スタンドのレジ下に置いてあったり・・・」
「・・・・・また、来たらいい。・・・・・・・・もう7時だし・・・・あまり遅くなったら夕食に間に合わない、よ?」
「7時っ?!」


ジョーの言葉にフランソワーズは飛び上がらんばかりに驚いた。


「・・・・うん」
「帰らなくちゃ!」
「・・・・そうだね」


選んだ6枚のカードを手に車を停めてあるスーパーの駐車場へ戻り、ギルモア邸へ着いたのは7時43分。荷物を抱えてキッチンへ向かい、それらを帳大人に渡す。リビングに置いたおみやげの”たこ焼き”は、いつもの夕食の時間より遅くなっていたために、お腹を空かせていたジェットの胃の中に全て消えてしまった。
ランソワーズはそのままキッチンで夕食の準備を手伝い、ダイニングルームに夕食の支度が調ったのは8時37分。もちろん、ジェットは夕食も綺麗に平らげた。途中、イワンにミルクを与え、入浴させる。
全員が夕食を終え、飲ま夕食の後片づけを終えたのが11時51分。フランソワーズがリビングルームのソファに座ってふうっと短い溜息をついた時間は、11時53分だった。


気が付けばリビングルームのカーテンは閉じられていた。
温かくなったといえど、夜の冷気がヒンヤリと窓から入ってくる。
いつもならリビングルームにまだ誰かがいるはずの時間帯だったが、今日はフランソワーズ1人がそこにいた。

白いソファの背に力無く背中を預けて、そのまま、ずるずるずる。と 左へと上半身を倒していき、頬に冷たい皮の感触が触れた。躯を回転させて仰向けになり、スリッパを脱いで膝を立てた状態でソファに乗せた。そのせいで、着ているスカートは膝頭より少し短めのスカートだっため、するり と重力に負けてフランソワーズの膝から滑り落ち、くしゃくしゃと嵩張った。両手を重ねて胸の上に置き溜息をつく。しばしリビングの天井を見つめた。


ーーーひと口も食べたられなかったわ、たこ焼き・・・・も!ジェットは!!


12コ入りを5船買ったが、その全部を夕食前に食べられていたことを、今更ながらフランソワーズは腹を立てた。買いに寄った時間が遅くなってしまい、たこ焼きを作っているところは見られなかったが、あの丸い穴の凹みがたくさん並んだ鉄板で焼いたと思われる”たこ焼き”は半円でなくてはならないのに、丸かった。ジョーに説明してもらったフランソワーズだが、キリでくるっと穴の中で回転させる。と言うイメージが思い浮かばない。
そんなことを考えていたら眠気が襲ってくる。重くなってくる目蓋に瞳を開けている感覚が短くなっていく。




2回、名前を呼んだ。
ジョーが振り返る。
慌てて彼が近づいてくる。
伸ばされた彼の手が、自分の手を強く握る。


思い出すシーンは、今日の商店街でのこと。
ジョーが触れた頬がジンジンと熱くなっていく。










「フランソワーズ!」
「っ!?」


ばさりっと足にかけられたのはバスタオル。
閉じていた目蓋をパチリとあけて、フランソワーズは上半身を跳ねるように起こした。


「女の子だろっ!!!そんな短いスカートでっ膝立ててっっ」
「・・・・あ」
「あ!!じゃないよっっ女の子なんだよっ君はっ!!」


湯上がりの石けんの香りをさせて青地のコットン素材のパジャマに身を包んだピュンマは、フランソワーズの顔をのぞき込むようにして厳しく注意した。
ピュンマは浴室から出て、ダイニングルームを通りリビングルームの入り口からフランソワーズの姿を目にして慌てて浴室にもどり、真新しいバスタオルを手に戻ってきたのだった。


「だって、誰もいなかったんですもの・・・」
「だってじゃないよっ!誰かがやってくるかもしれないだろっ!!」
「すぐ、気が付くわ」
「僕が来たのに気が付いてなかったじゃないかっ!!」
「・・・ごめんなさい」


素直に謝ったフランソワーズにそれ以上何も言わず、ピュンマはフランソワーズの隣に腰を下ろした。


「びっくりさせないでよっ。これがジョーだったら・・・」


ピュンマは自分で言いつつ、想像してみた。




ジョーだったら?
彼はどうする?

・・・・・理性が保てただろうか?
いや、彼のことだから無理にでも・・・009になってでも・・?
ボクみたいに何か、かけてあげるかなあ?
フランソワーズをすごくきつく怒りそうだけど、さ。
怒った後に、猛烈に自己嫌悪に落ちいって・・・沈んでそう・・・はは。


・・・・懐かしいな。
ドルフィン号で生活してるとき・・・003の無茶な行動で何度、009は003を叱り飛ばしただろう・・・。その後の009の姿を、きっと彼女は知らないんだよ、ね・・・・。

教えるつもりないけど、さ!



あ・・・・。
でも、意外と・・・・・。



・・・黙って見てたりして。

滅多に見られないし、呆然とフランソワーズが気づくまでマジマジと見てるかも?

ジョーってさあ、ジェットやアルベルトが言うところ・・・・女性にあはかなり慣れてるらしいし・・・見慣れてるかな?

あ。でも、フランソワーズの足(+α)だしなあ・・・。


ここがリビングって言うのも考慮にいれて考えて・・・彼は慎重だしぃ。
ぼーっとしてるように見えて、2手3手先を読むんだよね。
・・・その辺は009とジョーは一緒だなあ。


計算高い?



驚いてダイニングに引っ込むけれど、そのまま放っておけずに・・・そうだね、わざと何か”物音”を立ててフランソワーズの注意を促すかな?

きっとそれだね。



・・・無難だなあ・・・・。











「ピュンマ?・・・・ジョーがどうしたの?」


言葉の途中で自分の世界に入ってしまったピュンマにフランソワーズは声をかけた。
不思議そうに、彼女はピュンマをみつめる。


「・・・・あっ!・・ん?いや、ちょっとね。・・・・それよりフランソワーズ、疲れてるなら自分の部屋に行って休んだ方がいいと思うな。・・・・今日は買い出しで外に出ただろう?・・・夕方の、あの人混みにすごく驚いていたって聴いたよ。疲れただろ?ジェットもウルサかったしね。久し振りのギルモア邸で興奮してるみたいだったしさっ」


ピュンマはフランソワーズの隣に座った。


「ふふふ。子どもよね、ジェットって・・・・でも、ピュンマもずっと嬉しそうだったわよ?」
「もちろん!ここはボクらの”家”だもん!たった1週間ちょっとでも・・・・帰る家があるのは、すごく・・嬉しい。幸せだよ・・・ここは、ボクらの家だ・・・ねっ?」
「ええ、そうよ。ここは、私たちの帰ってくる・・・お家」
「すごいね!」
「ええ!すごいわっ」


ピュンマは微笑む。
フランソワーズも花が咲きこぼれるように微笑んだ。


「おみやげのたこ焼き、ジェットにぜ~んぶ食べられたのが残念だったよ。ボクも食べてみたいって思ってたのにさ!・・・お腹壊してないと、いいけど・・」
「ほんと!せっかくジョーが教えてくれたのにっ・・・焼いているところは見られなかったから、次回は絶対に見たいわ!どうして丸く焼けちゃうのか不思議なんだもの!」
「そうかなあ?半分火に通して表面が かりっ と焼けたところを、キリでくるっとひっくり返すだろ?そうすると、まだ火が通ってない生の部分が下にきて、もう半分が焼けるから、丸くなるんだよ?」
「口で説明されてもわからないわ!見たいのっ」
「じゃ、またジョーに連れて行ってもらったらいいよ、たこ焼きデート!」


ピュンマの最後の言葉にフランソワーズの笑顔が不自然にひきつった。
それは一瞬のことだったが、彼女のその変化をピュンマは見逃さない。


「・・・・フランソワーズ、どうしたんだい?デートくらい・・・別に誰でもするよ?」
「やだ、ピュンマ・・・何を言い出すの?」
「ちょっと、気になってたんだけど、さ・・・コズミ邸で何かあった?」
「・・・・どうして?」
「さくらの様子が・・・・ボクの感だから、なんとも言えないけれど・・・ちょっと感じることがあったから」
「・・・・・・さくらさんは、ジョーが好きなのよ」
「うん・・・」
「・・・ほら、私・・・ギルモア邸で1人だけの女だし。街に出たときにジョーと一緒に帰ってきたから、・・・・やっぱり、気持ち良いものじゃないでしょう?自分が好きな人と別の女性が仲が良かったり、車に一緒に乗ったり・・・・・出かけたりしたら、ね?」
「・・・・フランソワーズも同じ気持ちになるんだから、イーブンだよ?」
「ならないわ」
「・・・・・ボクの前まで無理しなくてもいいよ?」
「無理なんてしてないわ」
「・・・・フランソワーズ」


ピュンマは膝の上に重なっているフランソワーズの手の上に、自分の手をそっと重ねた。


「フランソワーズはボクの大切な妹なんだから。ちゃんとフランソワーズの恋を応援したいな。ボクは」
「ピュンマ・・・」
「・・・・・ボクに妹がいたの、知ってるでしょ?・・・彼女にしてあげられなかったことを、君してあげたい。・・・ボクの勝手な思いだけれど、妹は”恋”をしていたのかどうか・・・知らないんだ。せっかく・・・・女の子に生まれてきて、恋も知らず・・・に・・・・・もしも、もしも、さ。妹に好きな人がいたんだとしたら、妹は、ちゃんとその気持ちを打ち明けたことがあったのかなあ・・・って時々思う。家族に愛されるのと、それは違うからさ・・・・・ね?だからさ!!余計にフランソワーズが、気になるんだよ!!相手が・・・・・・・・手のかかる兄弟なだけにねっ」
「・・・・・ありがとう、ピュンマ。嬉しいわ・・・そんな風に思ってくれているなんて、嬉しい!・・・ありがとう・・・・でも」
「・・・?」
「でもね・・・・・ピュンマ」
「・・・なに?」
「・・・・・・・さくらさんがジョーを好きなの」
「それがどうしたのさ?」
「人であるさくらさんが、彼を好きなの。」
「・・・・・フランソワーズ、それを言ったら・・・」
「彼にはチャンスがあるわ。人らしく生きる・・・それがたとえ数年でも、サイボーグであることを忘れる時間を、好きな人と想い合って生きる時間が」
「それは、フランソワーズも同じだし、・・・さくらじゃなくても、いいんだよ・・・それに」



ーーーそれが、フランソワーズであることを彼は望んでいるんだよ



「・・・ジョーが・・・・・・・彼が想いを寄せている人は、さくらさんじゃないみたい・・・・さくらさんの気持ちを受け入れないって、彼は言ったわ・・・それは、他に想う人がいるから・・・でしょう?」


ピュンマの心臓が、どくん。と、強く脈打った。
フランソワーズがソファから突然立ち上がり、ピュンマは慌てる。


「フランソワーズっ待ってっ・・・」
「私の知らない人だもの・・・。だから、彼にこれ以上は心配されないように、迷惑をかけたり、優しい気持ちに甘えないように、しっかりしないといけないわよね?・・・もっとその人と過ごせる時間を作ってあげないと、ね?」
「ええ?!」


フランソワーズの笑顔に、そしてその発言にピュンマは言葉を失った。




ーーー絶対に、泣いたりしたらダメ・・・・特にジョーの前では・・



「私の応援より、ジョーの方を応援してあげて?・・・大切な9番目の”弟”ですものね!・・・タオルありがとう。これからは気を付けるわ!ピュンマ、お休みなさい」


フランソワーズはピュンマの頬にお休みのキスを一つ贈り、リビングを出て行った。呆然と1人リビングに残されたピュンマは、いったいどこから話しがおかしくなってしまったのかを知るために補助脳をフル稼働させた。


戦闘に恋愛についての知識は一切排除されている。
さすがの補助脳も男女の”恋愛”に関するこころの機微までは分析できず、データもストックされていない。



ーーー何がどうしてっ!?どうなてるのっっ?!



・・・・・今のボクのせい?ボク、言葉を間違えた?!っていうか!・・・・ジョーには好きな人がいるからっさくらを拒んでるって?







当たってるけど!

・・・その相手がフランソワーズの知らない“人”ぉぉぉぉ?
やっぱり、気づいてないんだ・・・フランソワーズはジョーの気持ち・・・いや、そうだろうけどさ!!

でも・・・


でも・・・それって・・・



「それって・・・・フランソワーズには自分じゃない、他の人が好きだとジョーは思いこんでいて・・・フランソワーズも、ジョーには・・・って・・・・なんだよっっそれえええええええええええええ!」




春の星座が美しく夜空に瞬き、穏やかな波音が眠りを誘うなか、ピュンマは1人リビングのソファに座りもんもんと悩む彼にジェットの声が届いた。


<ピュンマっ今夜もALLで頼むぜっっ>
<・・・・・・昼寝してないよ、ボク>







====32 へ 続 く


・ちょっと呟く・

今の9、3のデート?はこんなもんですかね?
お互い意識しまくってますし、それをひた隠しにしてますし。

8は苦労しますなあ。

もう少し日常を続けますです。



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リクエスト
「ダメだ、よ」
「いや」
「だから、ダメ」
「いやよ!」
「いいから、フランソワーズ・・・・言う事訊け、よ」
「い。や。よ。」


新緑眩しく、木漏れ日が降りそそぐ午後。
ここ、"Audrey”のオープン・スペースのテーブル席で、言い合いするカップルは、同じみの二人。
いつもは店内のテーブル席につく2人だけれど、今日は珍しく外のテーブルについた。

風薫る季節に相応しい、陽の光に輝くフランソワーズさんの髪は天使の輪を作り、ときおり戯れに通る5月の風が、彼女のとろけそうに甘い蜂蜜色の髪をくすぐる。

「・・・・なんでも言う事、訊くんだろ?」
「でも!そんなのは却下!」

寒水石のようにつるりとした、白い頬をぷうっと膨らませて、長いまつげに縁取られたブルー・トルマリンの瞳が少しばかり潤んでいる。

注文された、フランソワーズさんお気に入りのアップルティーと、新作”憧れのあなた色”(レモンの蜂蜜付けタルト)。そして、ジョーの珈琲をトレーに乗せて、珍しくケンカ(?)する、2人のテーブルへと運んだ。


「おまちどうさまっ」
「・・・・・フランソワーズ。絶対だ、よ」
「いや!」


いったい、何を揉めているんだ?





オレは、テーブルに注文の品を乗せながら、2人の顔を交互に見る。
拗ねるように、愛らしく形よい唇を尖らせながら、置かれたケーキに乱暴にフォークを突き刺したフランソワーズさん。そして、それを面白そうに見つめるジョー。

栗色の髪が陽の光に透けて、金茶色にかわる。
頬杖をついて、フランソワーズさんの顔を覗き込むようにする仕草に、琥珀色の瞳が悪戯に光る。

フランソワーズさんはケーキに集中する様子で、必死にジョーの視線から逃げている。


「ジョー、いくらお前でもフランソワーズさんがいやがる事なんてすんなよっ」


そんなのっオレが許さねぇぞ!



「・・・・言い出したのは、彼女」



オレから受け取った珈琲をひとくち飲んだ。


「言ってないわっ」
「・・・・・言った。リクエストになんでも答える、だろ?」
「・・・・」

フランソワーズさんは大きな固まりをパクリ。と口に放り込んで、話す事を拒否する。
口いっぱいに頬張った、ほっぺたが可愛いっす!


「リクエスト?」
「・・・・誕生日、の」
「え?・・・・ジョー、誕生日なのか?」
「・・・・5月16日」
「へえ、・・・・あ、それで”リクエスト”?」
「・・・・・プレゼント、何がいいか決められないから、一つだけなんでも言う事をきく、って」


フランソワーズさんは、オレとジョーの会話を聴いてません!とばかりに、アップルティーを こくん。と飲んだ。閉じられた目蓋に、その表情がお人形のように可愛いっす!


「・・・・で、何をお前はリクエストしたんだよ?」
「?!」


オレの質問に、動揺したフランソワーズさんは手に持っていたティーカップを かちゃんっ と、音を立ててテーブルに落とした。フランソワーズさんはジョーを睨むが、ジョーは、くくくっと喉を鳴らすように笑い、フランソワーズさんを愛しげに見つめる。

「・・・・16日に、fr・・」
「だめええええっっ!! 言っちゃダメよ!」

フランソワーズさんの絶叫が行き交う人々の、店のテーブルにつく客の注目を集めた。のは、ほんの一瞬。立ち上がらんばかりに、身を乗り出したフランソワーズさん。襟ぐりの広いカットソーが、重力に負けて・・・ああ!!!目がっっ見てはいけないっ!


慌てるフランソワーズさんの鼻先をジョーはつんっと人差し指で触れた。
それは、「落ち着け、よ」と言っている風に見える。


「・・・・言わない、よ」

ゆったりと、言葉を紡ぐ。
今日はのんびりと余裕だな、ジョー。・・・誕生日はお前でも嬉しいのか?


「・・・・・」
「・・・・・・・言わないかわりに、だ。訊け、よ」

ジョーの言葉使いは命令口調。
けれどその声は優しい。ジョーの容姿に似合いすぎるほどの、低音がほどよく響くテノールの声に甘いイントネーションが含まれて、オレの顔まで熱くなる・・・・。


ジョー、頼むよ。オレ、男なんだよ・・・・




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったわ


風に揺れて触れ合う葉の囁きのような、か細い声でジョーのリクエストを承諾したフランソワーズさん。ジョーはその言葉を聞き逃さずに、にやり。と笑った。


・・・・本当に、嬉しそうっていうか、楽しそうだな、お前・・・










「で、何をリクエストしたんだよ?」
「・・・・言えない、よ。言ったらフランソワーズが聞き入れない、だろ?」


2人が店を去る間際、フランソワーズさんが義姉さんと話し込んでいる隙にオレはジョーに近づいて訪ねた。


「いいだろっ! 黙っておくから」
「・・・・・すぐバレるから」
「ここからじゃ、聴こえないって!」
「・・・・・・・・・・・いや、絶対に聴こえる」


ジョーは頑にフランソワーズさんに何をお願いしたのかを教えない。
オレは気になってx100000000000 仕方がないんだ!



「・・・・じゃ、ヒント」
「!」
「・・・・・・・・・・フランソワーズしかできない。フランソワーズしかだめ。フランソワーズじゃないと意味がない。フランソワーズだから」
「ジョー・・・・・それ、ヒントじゃねえ」




「・・・・十分に、ヒントだ、よ。」







フランソワーズだけ。
フランソワーズだから。



その日は、そばに居てほしい。
できれば・・・・









「ジョー!! 言ったら無効よ!」




だからっっなんなんっすかあああああ!













end.









・あとがき・

・・・・勢いで書くと、こうなります。
ええ、いったい、何をお願いしたんでしょうね?
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re/birth
触れた。

柔らかく、温かく、滑らかに、心地よく。


触れた。




そっと、彼女の頬に触れる。と、その手を海岸沿いで拾った貝殻に耳を押し当てるように、彼女は頭を傾けて目蓋を閉じた。


自分の手に重ねてきた、彼女の手。
久し振りに感じる・・・彼女。

重ねられた手の指先に、ベッドに備え付けられたブックライトの白い光が微かに反射して、薄いピンクのマニキュアが艶やかに光のラインを作った。



「・・・・・お帰りなさい」
ーーーただいま。


「・・・・ずっと待ってたの、ずっと信じてたわ」
ーーー僕もだよ。


「・・・・・もう、大丈夫」
ーーーもう、大丈夫だね。


「約束、守ってくれたのね」
ーーーキミとの約束、だから。


「・・・ありがとう」
---ありがとう・・・キミがいたから、戻って来れた。


「ジョー」
ーーーなに?


「・・・・・お誕生日おめでとう」
---・・・・・ああ、そうなの?


「ええ。そうなのよ」
---ふうん。


「お誕生日、おめでとう・・・」
---・・・・・アリガト。


「ケーキ、食べられないなんて、可哀想」
ーーー代わりに、キミが食べて。


「お願いごとをしないと、いけないのに」
ーーー僕の代わりに、キミがロウソクの火を消して。


「ジョー」
---ん?


「・・・・あなたは、生まれ変わったのね、もう一度・・・」
ーーーそう、なるのかな?


「ええ、そうよ。きっとそうなの・・・・あなたが目覚めた日が今日。5月16日。」
ーーー不思議だね


「・・・・ありがとう」
ーーー?


「もう一度、生まれてきてくれてありがとう・・・」









お誕生日、おめでとう。














end.








・あとがき・

ヨミ後・・・ですね。
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素敵でしょっ(o^^o)ふふっ♪頂いちゃいました!
ゼロナイ素敵サイトさまを、こそこそまわりながら、”いただきもの”などのぺージが好きで、ちょっぴり憧れていたんです・・・。
そんな私にも、こんなblogサイトにもかかわらず、素敵な、素敵なものをっ
キャーヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノーャキ

いただいてしましたっっっっ!!!!!!!!!!!!!!







joe-banner2.jpg
ZERO2マニア」の水無月りらさま から、ぐふっ(o⌒∇⌒o) ♪

☆話題の”あれ”をいただいてしまいました~!
ムフフフ・・・・ありがとうございます~!!!
コチラ

☆キリ番で、いただいてしまいました!(30090&30095)
 9が3に・・・・(* ̄∇ ̄*)エヘヘは、コチラ

☆ニアピンで、イタダキました!(43393)
もじもじの表紙。
そして、お話しとくっつけさせていただきましたので、そちらに飛びます→コチラ

☆好きっ!を訴えてイタダキました♪
夏の夜空を・・・な93は、コチラ

☆63193と63593のキリ番ではないけれど”93”踏みのニアピンでいただいたのですっ!は、コチラ
(もう1枚別バージョンがあります、そちらはイベントの、2010年ジョー誕にあります)





abananana2.jpg
Ambiguousness」のm_kaoさまからイタダキました!

☆フリー配布(期間限定)ハロウィンをしっかりゲット!ですっ。
 allな上に、9ってばっ(もうっ93万歳!)のイラストです、は、→コチラ妄想文つき・・

☆『声よりも近くに』/8.15.09’~8.25.09'
お話とイラストをいただきました!!!
す、素敵すぎるっ。私のおねだりが、ココにっ!!ですっ。
お話もイラストもすごく、すごごおおおくっ・・・素敵で、嬉しくて号泣!

m_kaoさん、本当にありがとうございました。

私がリクエストさせていたしました、は、youxxxxで聞けますです。





b-002.jpg

Critical. Mach. number.」のワカバ屋さまからイタダキました!

☆「55555」番!のキリ番でイタダキました!
 私の駄文つき・・・(汗)は→コチラ

☆2009年ラスト・カウンターでキリ番♪は→コチラ




banner2.jpg
山の端の月さまで45000HIT!

ドキドキ!リクエストをお願いいたしました!
ふふふ。ふふふのふ♪

☆『玉櫛笥(たまくしげ)』→ 『二次創作3』に置いてくださっています。

タイトルは!
Delight Slight Solty KISS』です!

私が何をリクエストしたのかはもう”タイトル”でお分かりですよね♪
加速、またはドルフィン号での出発は大丈夫ですか?!さあ!一緒にうふうふ♪しに行きましょう~!



ss_new3_20120717044137.gif8.24.12

bana.gif
『009分室。』
chisaさまからなんですっ!
☆『大地くんとジョー』をイタダキました!

ふふふ、大地くんですよっ、大地くんのお顔が大公開!!!


**Please do not use any images ( artworks and photos on my site) on your site without permission.**
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背中・・・・。
いただいてしまいましたっっ ! 
喜びのダンスを一晩中踊っても、この喜びをどう表していいのかっ!!
ヾ(^-^)ゞヾ(._.)〃ヾ(^o^)ゞヾ(._.)〃


Linkさせて頂いている、水無月さま から・・・。


背中

































”あの”ジョーですよ!


みなさんっ!!腰砕けてますか?! 顔がにやけてますよ!
もうっっ\(^-^)/バンザーイ/(  )\モヒトツ\(^o^)/バンザーイ

水無月さま!
ありがとうございますっ(* ̄∇ ̄*)

こんなに素晴らしいイラストを本当に、ありがとうございます!!
妄想熱が高まりますっ!
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Je veux t'epouser
「ねえ、ジョー」
「・・・・・ん?」
「お誕生日、どうしたい?」
「・・・誕生日?」
「そう、あと1週間くらいよ?」
「・・・へえ」
「興味ない?」
「・・・・・ない、な」
「みんなでパーティ?」
「・・・・先月グレートの、やったろ?・・もういいよ」
「じゃ、どこかへ行きましょ!」
「・・・・どこへ?」
「ジョーはどこへ行きたいのかしら?」
「・・・・・・フランソワーズが居るところ」
「駄目!それじゃ、邸でもいいじゃない」
「・・・・そうだ、な」
「ね、何か欲しいもの、ない?」
「・・・・欲しい、もの?」
「ええ!そうよっ!!何かプレゼントしたいのっ!!」
「フランソワーズがいい」
「あら、それも駄目!いつもと一緒」
「・・・・・・それ以外、いらない」
「も! せっかくのお誕生日なのよっ。ちゃんと考えてっ!!」
「・・・・・考えてる、よ?・・・・・フランソワーズがいることろで、フランソワーズが欲しい・・・それ以外何もいらない」
「もっと特別にしたいのっ!」
「十分に、毎日が・・・・特別・・・キミが俺を愛し続けてくれることが、奇跡だから・・」
「・・・・嬉しいわ、ジョー・・・大好きよ」
「愛してる、よ」
「私もよ・・・ね、こうしましょう?」
「・・・・・なに?」

「あなたの願い事をひとつだけ、なんでも訊くわっ!16日に。絶対にNOと言わないわ」
「・・・・・・ふうん」
「ね?私からのプレゼントよ、どう?」
「・・・・・後悔しない?」
「ええ?・・・・・・やだっなんだか怖いわ・・・・・その言い方」
「・・・・・・・うん、それでいい、よ・・・・」
「じゃあ、何がいいか決まったら教えてね?」
「・・・・・もう、決まってる」
「・・・・・・え?」






「フランソワーズ・・・・・・キミは16日に、サインするんだ」








「?」








「・・・・そうだな、白いドレス、キミが好きなのを買いに行こう」
「白い・・・?」
「・・・・・・白じゃないと、意味がないだろ?」
「・・・白いドレスを着て、サインすればいいの?」

「・・・・・・そう、俺のものにするために、ね」


「え?」




「Je veux t'epouser」







「・・・・noって言えないのよ、・・・・私」



「・・・・だろ?」




「・・・もうっ・・・それがプロポーズ?」





「・・・かな?」
「ぜんぜん、ロマンチックじゃないわっ!」
「・・・・・・じゃ、やめようか?」
「駄目よ!」
「・・・」
「ジョーはそれでいいの、ね?」
「・・・・それしか、いらない。プレゼントは、キミが欲しい」
「受け取ってくれる?」
「・・・・・絶対に」
「大切にしてくれる?」
「・・・永遠に」
「ちゃんと、愛してね?」
「愛してる。愛し続ける。キミだけを、だ」




「・・・・・だったらいいわ」











end.






・あとがき・

ジョー誕SSの”リクエスト”を書いた後に、何をお願いしたのかなあ?
と、書いたら、・・・プロポーズさせてしまいましたっっ!!
・・・セリフだけだし(笑)


書き逃げっ!


大地くんとこのジョー&フランソワーズですが、こういう”リクエスト”も有りってことですね?
これは一例文としておいてくださいm(;∇;)m 
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sleeping beauty
どうしたら、いいんだろう・・・。









さらり と 溢れた甘い、蜂蜜色の髪は香る。
肩に感じる温かさと重さに、身動きがとれない。

閉じられた目蓋にレースのような睫毛は、長い。
耳に触れる、髪と、息使い。





・・・ど、どうしよう・・・・・・・!






起こしたくない、よ・・・でも、このままじゃ・・・・。










ドルフィン号の休憩室のソファで話していた、はず。
気がつけば会話は途絶えていたけれど、僕は気にすることなく、丸く切り取られた窓から見える海底を眺めていた。





突然。

ことん。と倒れてきた。



「え?」




長引いたミッションで、彼女はずっと気を張りつめたままだった。
疲れていたのは、知っていたけれど・・・・・。






どうしたらい、いいんだろう・・・・・。








気持ち良さそうな寝息に、僕は嬉しい気持ちになる。
左側から伝わる体温に、僕の心臓は爆発しそうだ。

肩に感じるのは、彼女の頬。




「・・・・n」
「!」


フランソワーズの頭が動く、と・・・・彼女はもっと強く僕の躯に体重を預けてきた。






ぼ、僕を・・・ぬいぐるみかなにかと思ってたり・・・する?







「・・・・・。。。交代..........?」
「っ!」








フランソワーズの寝言に、僕の胸は痛んだ・・・・。
キミはまだ、ミッション中なの?



まだ、戦いの中にいる・・・・の?











「・・・・・・・大丈夫だよ。もう、終わった・・・から」
「・・・・・・・・・n・・・?」





僕は、そっと彼女の耳元でささやいた。


「おやすみなさい、フラン」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・bonne nuit、・・・・・mon cheriジョー」

「?」



・・・・・・?







・・・・起こしたくない、な。








こんなに可愛いんだから・・・・。










そういうおとぎ話、あったよね?






その、さ。




起こすために・・・・ね?













夢のまた夢な話しだけど、ね。









end.










・あとがき・

平ぜろ・ジョーくんでした。
これが私が書く、新ぜろ・ジョーくんなら?
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sleeping beauty・2
目蓋がゆるゆると、閉じられていく。
彼女は必死で睡魔と戦うが、負けてしまいそう。

テーブルに置かれた珈琲はすでに3杯目。
もうこれくらいのカフェインでは、彼女をこちらに引き留めておくことはできない様子。


予定よりも大幅に長引いてしまったミッションから、やっと解放されたのだから。

「・・・・眠っていい、よ?」
「だめ。まだギルモア邸についてないもの」

眠たい瞳を擦りながら答えた。

「・・・・・・・終わったんだ、から」
「みんな疲れているのに、私だけ休むことなんてできないわ」
「・・・・・・」



頑固だな・・・。





みんな知っているのに。
今回のミッションではキミの能力が必要不可欠で、キミが1秒たりとも心休まることが、眠ることが出来なかったことを、ね。


「お休み、フランソワーズ」
「!?」


少しだけ手伝ってあげる、よ。
キミが眠れるように、ね。





「・・・だめよ、ここはっ」
「・・・・いい、よ。009の俺が、そう言うんだ、よ?」


彼女の疲れ切った躯に抵抗する力はない。
弱々しく、ジョーを押し返そうとおかれた手は添えられただけ。


「・・・・抵抗すると、余計に疲れる、よ?」
「・・・・・疲れてるの、知ってるのなら・・・やめて」
「・・・・・・・・キミが素直に眠るなら、ね」
「だから、私だけ先に休むなんてできないわ」
「・・・・・・・・・・・・だから、手伝うって言っているんだ、けど?」
「それって変よ」



「・・・・変じゃない。俺を言い訳にしろ、よ」



静かに海底を進み、ギルモア邸へと戻るドルフィン号の・・・・休憩室。
置かれたソファに重なるシルエット。



009から島村ジョーへ。
003からフランソワーズへ。


ジョーの腕の中で、規則正しい寝息が聞こえ始めたころ、ジョーに”通信”が入った。


「お休み、フランソワーズ・・・・・」









・・・・次ぎに目を覚ます場所は、キミのお気に入りのリネンで整えたベッドの上。



お休みのキスは、俺からなら、お早うのキスは、キミからが、いい・・・・・・・。









end.









・あとがき・

・・・新ぜろ・ジョーって・・・・・。
私の書く新ぜろ・ジョーって・・・・。
いや、これは新ぜろ・ジョーに大地君・シリーズのジョーのエッセンが加わったと考えたい!
平ぜろ・ジョーよりも動くし、書きやすいけど・・・王子様ってよりオオカミさん?

じゃ、純粋に大地君・ジョーだと?
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Day by Day・32
(32)


珍しく朝食の時間に起きてこなかったピュンマ。の、代わりのように、ジョーが朝食のテーブルについていた。


「珍しいな、ジョーと朝食とは・・・今日は食べるのか?」


アルベルトはリビングから飲みかけの珈琲マグを手にダイニングテーブルについた。
テーブルには、張大人、グレート、ジェロニモ、そしてジョーがいた。


「ジョーは朝起きても、食べたり食べなかったり・・・躯に悪いアルよ!・・・朝食は1日を始める大切なエネルギーになるネ!しっかり食べるヨロシ!たくさんあるからお代わりするネ」


帳大人が朝食の作った中華粥をアルベルトのテーブルに置き、ジョーの食事の進み具合をみる。


「・・・・ありがと。でも、これで十分だよ」
「フランソワーズは・・・寝坊か?」


熱い粥を掬ったレンゲの湯気から放つ香りを楽しみながらアルベルトは言った。


「ピュンマもだなあ、2人とも遅かったのかもしれんな。ま、そういう日もあるさ」
「フランソワーズは起きている。」
「フランチョワーズの部屋のバスルーム、お湯が出ないネ」
「故障か?」
「見てみないとわからない。」


ジェロニモは、張大人に3杯目のお代わりを頼みながら答えた。


「シャワー浴びたいって、今1階のバスルーム使ってるネ」
「ゲストルームの方も故障してるのかあ?」

グレートも2杯目を催促するように食器を張大人に渡した。


「そうだ。」
「・・・・・1階は大丈夫なんだね?」
「使えてるみたいだ。」

張大人はグレートとジェロニモの食器を持ってキッチンへ向かおうとしたとき、ちょうどフランソワーズがリビングルームとは反対側にあるドアからやってきた。このドアの奥にバスルーム、トイレ、そしてコモンルームにイワンの子ども部屋スペースと続き、ギルモア、ジェロニモ、張大人の部屋がある。


「・・・フランソワーズ?」


フランソワーズの様子が不機嫌そうに見えたので、ジョーは声をかけた。


「・・・・お湯が途中で水になったわ」


フランソワーズはジョーの声に、ぼそり。と、呟いた。
タオルを肩に羽織るようにかけて、濡れた髪から落ちる雫を受け止める。
ゆったりとした部屋着用の、襟の付いたノースリーブのシャツワンピースは、細かな白と黒のチェック柄。


「それはしっかり目が覚めただろ?」
「・・・・・おかげさまで」


フランソワーズの声は抑揚がなく、感情も何も含まれない、意思を伝えるだけの音。
テーブルに着く全員が、フランソワーズの機嫌が相当悪いことがわかった。フランソワーズは滅多に自分の機嫌の善し悪しを表に出さないタイプだが、男には判りづらい小さなことで、彼女の機嫌は斜めどころではなく、地の底を低空飛行する。



それは突然に何の前触れもなく訪れる。


「朝ご飯、出来てるアル・・・」
「・・・・髪を乾かしてくるわ」
「待ってるネ・・・・あ、温かく、て、か、躯、温まるネ・・・・」
「・・・・髪を洗っている途中で水になったから、ちょうど良かったわ」


恐る恐る声を掛けた帳大人の言葉に、いつものようにフランソワーズは微笑みながら応えているが、テープレコーダーに録音されたアナウンスのように、冷たい。


「風邪引くぞ、さっさと乾かしてこい」
「・・・・・・ええ」


いつもよりも重く感じるフランソワーズのスリッパの音がダイニングルームから遠のいていき、グレートが大げさに溜息をついた。


「はあああああああああああ~~~~~~~~~~~~・・・・・姫、怖い・・」
「態度も、表情もいつも通りだが、声だけがあれだ・・・相当機嫌が悪いぞ、きっと」


アルベルトが苦笑した。
さすがの彼も今の状態のフランソワーズとはあまり関わりたくはないらしい。


「すぐ、直す。」
「いつまでもあれじゃあ、たまらんぞい!ジェロニモ、我が輩も手伝うぞ」
「お代わり、もってくるアル!!すぐネ!」


帳大人は走るようにしてキッチンへ行き、美味しそうな香り含んだ湯気を再びダイニングルームに届けた。


「王子様は何もしないのか?」
「・・・・・・誰が王子だ、よ」
「みかけで言えば、お前だろ」
「・・・・・ご馳走様。張大人、美味しかったよ」
「ジョーっもういいアルか?!」
「・・・・・うん」
「珍しいことは続くな」


リビングルームに続くドアの方へ向いて、アルベルトが呟いた声と重なるようにして、ジェットが大欠伸とともにダイニングルームに入ってきた。


「めしぃ・・・」
「早起きだなぁ、ジェット・・・こりゃ雨だわ、今日は」


グレートはダイニングルームのカーテンが開けられた窓から外を見た。
5月の爽やかな青い空には雲一つ無く、海との境目を見極めるのが難しいほどに輝いた自然が広がっていた。


「フランソワーズ、がよおお・・」


がしがしと赤毛の髪を掻きながら、ダイニングテーブルについたジェットはだらしなくイスに沈み込む。
まだ眠いのか、言葉に覇気がない。


「・・・・朝の挨拶もしやがらねええんだぜぇええ?・・・・ったく、なんであんなに機嫌がわりぃんだよ?ジョー、てめぇ・・・なんかしたのか?」
「・・・・・・なんで、俺が・・・なにもしていない」
「姫はなあ、バスルームのお湯が出なくて機嫌が悪いんだわ、ジェット」
「お湯ううう?! っけ・・・なんだよそれ・・・それより、大人・・めし」
「すぐ用意するアル、まってるネ」
「ピュンマは?・・・・もう喰い終わっちまったのか?」
「・・・・・起きてこない、よ」
「ま、そりゃそうかっ・・・・・寝たのさっきだもんな」
「また徹夜か?」
「・・・・・おうよ」
「何をしているのか知らんが、ピュンマをお前の”遊び”に巻き込むな」
「・・・・・・・・わかってるっつうのっ・・・ジョー」
「・・・・なに?」
「コズミのジーさん、いつ来るんだったっけ?」
「・・・・・・明後日」


予定していたよりも早く日本に戻ってきたコズミは、その原因を空港まで迎えに来てくれるように頼んだジョーに伝えていた。
学会に参加していた先の交流会で提示されたトピックが・・・危険なものだったのにも関わらず、それらを嬉々として話し、現実になったときの恐ろしさを考えない浅はかな若い学者たちに嫌気がさした、と。怒りを表すよりもその落胆振りをジョーは思い出す。
その内容をどうしてもギルモア博士に伝えたい。が、内容が内容なだけに現地からの郵送や、インターネットを使ったメールは信用が出来ないと避けて、コズミ博士は自身がそれを運び、直接ジョーの手を通ってギルモア博士の手に渡ることを望んだために、アルベルト、そしてフランソワーズはそれらの資料とともに、ジョー、ジェットそしてピュンマよりも3日ほど早くギルモア邸に戻ってきたのであった。


「交流会のときに使われた資料は、ギルモア博士がイワンと調べているんだったな?」


ジョーはアルベルトの言葉に頷いた。


「・・・・闇市(ブラックマーケット)に出てしまった一部だと思われるけれど・・・ギルモア博士から何も返答がないから、まだ動く必要はない・・・・けれど・・・」
「どんな内容だったんだ、ジョー・・・その交流会で出た内容ってのは?」


グレートが最後の粥を啜って、器をテーブルに置いた。キッチンからジェットの分の朝食を手に張大人が戻ってくる。


「・・・・詳しくは聴いていない、が・・・それを使うことによって、一時的にではあるけれど、どんな痛みも完全に断つことができるらしい・・・」
「ふうん・・・で、ギルモア博士の返事待ちってことなんだな?今は・・・アチっ」
「気をつけるネ、熱々アル!」
「痛みを感じない、か。危険だな・・・どんなに強い麻酔を使っても感じてしまう痛みがあるのが・・・重要だからな」
「・・・・・可能性として、俺たちに使われたものかも、しれない」
「改造中にか?」
「・・・・・・・・俺には、術後の痛みも拒否反応による・・・そういったものはなかった」
「羨ましいぜっ・・・・・・・オレらは散々っ苦しんだぜ~~~・・・うあっアチっ」
「ジェット、よくふ~、ふ~、するアルね!!・・・・ジョーが改造される頃には、色々な面で技術が発達してたアルネ」
「・・・・・・・・そんなに、酷かったのか?」
「あったりめぇよっ・・・・アルベルトも相当だっただろ?・・特にフランソワーズは・・」
「ジェット!」


アルベルトには珍しく大声を出してジェットの話しを遮った。空気がぴしり、と凍る。


「・・わりい」
「上手かった。修理にかかるぞ。」
「わ、我が輩もいくぞっ!」

重くなったダイニングルームの空気を取り払うように、ジェロニモは立ち上がったので、グレートも席を立った。2人はダイニングルームを出て行き、帳大人はテーブルに置かれた2人の器を持ってキッチンへと向かった。


「・・・・・・・特にフランソワーズ、は?」


ジョーの言葉に、アルベルトは溜息を吐いてジェットを睨む。
ジェットは何も知らないとばかりに、粥を頬張った。


「オレたちは第一世代だ。言えば・・・・多くの実験体の中で運良く、機械と相性が良く生き残った・・・だ。・・・実験に実験を重ねて、改良を重ねられた・・結果の拒絶反応で眠らされた。痛み云々は朝飯と変わらん、と言うことだ」
「・・・・・・・・特にってどういう意味?」
「・・・・改造部分の違い、性能の違い、だ。わかるだろ、ここまで言えば」


アルベルトは立ち上がり、キッチンへと向かう。


「ジョー、終わったことだ。よけいなこと言うな、聴くな、そして、考えるな」
「・・・・・・・・」
「ジェット、お前もだ」
「・・・おう」








####


昼食を準備するころには、フランソワーズの機嫌もそこそこに戻り、ジェロニモとグレートのお陰で2階のバスルームから再びお湯が出るようになっていた。
修理の間、フランソワーズは2階のコモンスペースにあるヘーゼル・カラーのカウチに座り、昨日購入したカードからミツエに送るカードを1枚選び出した。そこには、フランソワーズの”自らの字”で書いた日本語のメッセージが書かれており、封筒にしまわれている。


「・・・問題は住所よね・・・こんなに漢字がいっぱいで、無理よ・・」


コズミからもらった名刺に書かれた住所を見ながら何度も練習したが、何度書いても人が”読める字”にならない。書けない部分は平仮名を使えばいいのだが、漢字が読めないために平仮名で書くことさえできなかった。
言語翻訳機を通せば簡単に読むことができるが、フランソワーズはあくまでも”人”には”人”として接したいと思いが強く、補助脳の機能は使わない。と、自身で決めていた。
メンバーの誰かに住所を解読してもらう。と、言う手もあるが、メンバーが補助脳を使うのでは、自分がそれを使わない意味がなくなってしまう。


「・・・・日本語が話せる人に、訊くしかないのよ・・ね?」


ギルモア邸内で補助脳を使わずに日本語を話せるのは、ジョーだけである。素直に聴きに行けばいいのだが、それが出来ないためにフランソワーズは先刻から悩んでいた。昼食も張大人が用意すると言い、その言葉に甘えてフランソワーズは、じっとメッセージカードと、コズミ博士の名刺とにらみ合っている。


「訊くくらい、いいじゃない・・・」


ジョーはフランソワーズが日本語を勉強していることを知っている。彼ならば、こころよくフランソワーズの頼みも聞いてくれるだろう。けれども、それが出来ない。


さくらの声が邪魔をする。



どんな小さなことでもジョーと接する全てにたいして、さくらの声がフランソワーズを責める。

応援はしない。
けれども、邪魔はしない。

それだけのこと。
家族として、仲間として接することに何も影響しないはずである。





見えない影がフランソワーズを責める。

ジョーが想いを寄せる人。
もしかしたら、ジョーの恋人かもしれない人が存在する・・・。


ジョーに、迷惑をかけてはいけない。
彼の優しさに甘えてはいけない。



あくまでも家族として、仲間として接することに徹すること。



「・・・・住所を訊くだけよ」


何度も繰り返す言葉。
けれども、フランソワーズはカウチから立ち上がることが出来ずにいた。
少し遅くなってしまうが、明後日にはコズミ博士がギルモア邸を訊ねてくる予定である。その時にでもコズミにお願いして、ミツエに渡してもらうこともできる。

深い溜息を吐きながら、カウチに置かれたクッションを膝の上に置いて ぎゅうっ と両腕に抱きしめた。ほどほどの大きさに、柔らかく、肌触りの良いクッションはとても抱き心地が良く、顔を埋めてしまう。


「どうした?」

頭の上から降ってきた、冷静で単調な声。
クッションに埋めてしまった顔を上げなくてもわかる、アイスブルーの瞳に銀色の髪の主。
自室に向かう途中なのだろう、フランソワーズには階段から上がってきたアルベルトの足音が聞こえていた。

アルベルトは、無言のままのフランソワーズに近づいて、テーブルに置かれたカード類や紙に書かれた練習したのだろう”日本語”を見て、ふっと口元を緩めた。


「大分、書けるようになったんじゃないか?」
「・・・・」
「物好きだな」
「・・・・」
「すぐに諦めると思ったんだが・・・」
「・・・・」
「教えてもらえばいいだろう?簡単なことだ」
「うるさいわ、アルベルト」
「機嫌が悪いのはなおってないみたいだな」
「・・・・・ねぇ」
「なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰らないで」
「・・・・・・何のために?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・置いていかないで」
「誰を」
「私を」
「・・・・弱気だな、珍しく」


ヘーゼル・カラーのカウチソファに座るフランソワーズの隣に腰をかけて、アルベルトはフランソワーズの柔らかく光る亜麻色の髪を撫でた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやよ、ずっと一緒だったじゃない」
「甘える相手を間違えているぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジェットとイワンに・・・ずっと一緒に居たのに」
「オレはまだ、予定の話しをしたまでだ」
「・・・・・・・・・・ウソ。予定は実行するためにあるんでしょ?」


フランソワーズの言葉にアルベルトは苦笑した。


「そんなに可愛い気のない、意地っ張りで頑固になったのは、お前さの兄さんのせいだけじゃなく、オレらのせいかもしれんな・・・女は素直に男に甘えるもんだぞ?」
「だから、帰らないでって言ってるわ」
「甘える相手を間違っている。と言っている」
「アルベルトじゃなかったら、ジェット?」
「・・・・ヤツでもいいが、そうじゃないだろう?」
「博士?」
「甘えてみろ、喜ぶぞ。博士なら」
「・・・・・ジェロニモ」
「黙ってお前の話しを訊いてくれるだろうな」
「・・・・・・グレート」
「笑いたいときに、とっておけ」
「張大人」
「太るぞ・・・泣いてからにしろ、腹が減るだろ?」
「ピュンマ」
「・・・・・・・これ以上、ピュンマを悩ませるな。ま、喜んでお前を助けるだろうがな」
「イワン」
「自分が世話する赤ん坊に甘えるのかい?」
「・・・・・・」
「そこで、ヤツの名前が素直に出てこないのが、不思議だな」
「・・・・・・」
「なんとも思ってないのなら、言えるだろう。普通は」
「・・・・・・言えるわ」
「甘えられるはずだ」
「・・・・・・・・・・・」
「”オレたち”と同じように、甘えられないのが問題なんだがな」


アルベルトは立ち上がり、フランソワーズの頭にキスをひとつ贈る。


「Meine kleine schwester・・・・フランソワーズ、”我慢”する必要はないんだぞ」
「・・・・・・我慢なんてしてないわ」
「じゃ、言ってこい」
「何を、どこへ?」
「シャイな日本人の胸に飛び込んで、愛の告白をしてこい。お前さんが育った国はそういうところだろ?」



ーーーできるわけ、ないじゃない。




「大胆に愛を語り、愛し合うのがフランス流儀じゃないのかい?」
「・・・・それって偏見だわ。ステレオタイプって言うのよ?」


フランソワーズはクッションから顔を上げて、アイスブルーの瞳を見上げた。
片方の口元をだけを上げて嗤うアルベルトがいる。


「・・・・・・お腹空いたわ」
「朝食を食べなかった、お前さんが悪いな」








####


昼食の準備を手伝うために2階から降りてきたフランソワーズは、リビングルームでギルモアに頼まれた資料を整理するジョーとジェロニモに声をかけた。


「何か、飲み物でもいれましょうか?」
「・・・頼んで、いい?」
「ええ、何がいいかしら?」
「・・・・・・珈琲を、ジェロニモは?」

ジェロニモは黙ってジョーの言葉に頷いた。


「珈琲ね?すぐに用意するわ」


キッチンへと向かうフランソワーズの背が見えなくなるまで、ジョーは彼女をみつめた。ジェロニモは微かに苦笑して、わざと手に持っていたファイルを音を立ててめくる。その音に我に返ったジョーは慌ててテーブルに置いてある書類の一枚に、チェックを入れる。


「ジョー、それはもうチェックした。」
「え?」

手元の書類に二重に重なった赤いボールペンのライン。


「ジョー」
「・・・なに?」
「緑茶に変えてもらえるか。」
「・・・・・・言ってくる」


乱暴に書類をテーブルに置いてジョーは立ち上がった。
リビングルームに残ったジェロニモは、テーブルに置かれた書類を見つめて、二重になったら赤いラインに微笑んだ。


キッチンでコーヒーミルに豆を入れようとしていたところに、ジョーがキッチンへとやってきた。


「・・・・ごめん。ジェロニモが緑茶にしてくれって」
「そう?・・・でも、ジョーは珈琲でしょ?」
「・・・・面倒だろう、同じものでいいよ?」
「昼食後にはみんな飲むもの、今入れても同じだから」
「・・・・・・大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。緑茶と珈琲ね?」
「・・・・帳大人は?」
「ギルモア博士のところよ。昼食にここまで上がってこないだろうって、博士の分を持って地下へ行ったわ」
「・・・・・そう」
「用意が出来たら、持って行くわ」


フランソワーズはにっこりと微笑んで、ジョーに背中を向けた。
先ほどのアルベルトの会話のせいで、まともにジョーの顔を見ることができない。リビングでも、なるべくジェロニモに意識して視線をそちらへと向けていた。


「・・・・ありがと」


ジョーの足音がキッチンから遠ざかって行く。その音にほっとしたように胸の中に溜まった緊張を吐き出した。珈琲豆の入った袋を開けると、濃厚な香りがキッチン中に広がる。ミルに豆をを入れて手動でゆっくりと豆を引いた。

コーヒーサーバーにひき終わった豆をセットして、お湯を急須に入れたころに帳大人が地下から戻ってきたが、彼はキッチンを通り過ぎてリビングルームへと足を運んだ。


「ジョー、博士が呼んでるアル」





地下へ降りていったジョーは昼食の席に姿を現さなかった。



####


ミルクの時間になり、地下の研究室からフランソワーズの元へとやってきたイワンは、彼女の用意したミルクを勢いよく飲む。いつものミルクの時間よりも2時間も遅かったので相当お腹が空いていた様子だった。

フランソワーズはイワンを膝に抱いて、いつもより少しばかり多くしたミルクを飲ませた、その後に、フランソワーズは肩に用意したタオルを置いて縦にイワンを抱いて、その背中をトン、トン。と背中を優しくたたくと、イワンは満足気にけふっと、可愛らしく胃に溜まった空気を吐き出した。

「イワン、だいじょうぶ?」
<ウン。ダイジョウブ>
「また、研究室に戻るのかしら?」
<ウン・・・ふらんそわーず>
「なあに?」

フランソワーズはイワンをクーファンの中に寝かせてから、彼の口周りなどを綺麗に拭う。

<・・・次ノ 昼ノ 時間。君ノ めんてなんす ヲ 考エテ イル。今ヨリモ、負担ヲ 軽クスル タメノ、新シイoptic nerve、oculomotor nerve、trochlear nerve、abducens nerveの ケーブル を、開発 シタ>
「必要ないわ。今で十分よ・・・問題ないわ」
<今ハね。前ニ 取リ換エタ 補助脳ノ メモリへの 受信・送信 の 信号ニ 少シバカリ 誤差ガ 出テルヨ、ソレニ今ノ optic nerve接続部分 ガ 古インダ>
「・・・開頭する上に、神経をさわるのね?」
<デキタラ、auditory nerve モ 新シイモノ ニ シタイ。蝸牛神経節の チェックも 必要 ナンダ。視覚系 ノ 方バカリ 新シクナッテ ハ、003 ノ 能力バランス に 乱レ が 出ル し、通常値設定 ノ 他 ノ nerves system ニ負荷 ヲ 与エル・・・・君ハ cranial nervesノ 改造 ガ 誰ヨリモ 進ンデ イルンダ・・・誰ヨリモ 繊細ニ >
「そして、誰よりも人間から遠いでしょう?」
<・・・・003.君ガ 一番 改造度 ガ 低イ>
「”躯”はでしょう?サイボーグに改造されて、人であることを証明する、自分が自分であることを司る・・・生身である”脳”のほとんどを・・・誰よりも私は・・・誰よりも・・・生身の躯にコンピューターの脳・・・みたいなものね?・・・・・・イワン・・あなたにミルクを飲ませていた私は、プログラミングされた私?・・・この脳は、もう・・本当は私・・・・・・」
<ふらんそわーず、君ノこころハ君のモノ。ふらんそわーず ノ 脳ダ。誰ノモノデモナイ、君自身ノ モノダヨ・・・nerves systemハ 脳カラ送ル信号、アクマデモ 君ノ 躯カラ 脳ヘ 脳カラ 躯へ ノ 伝達能力ヲ 高メル、負荷ヲ 減ラスコト ナンダヨ。ソレダケダヨ>
「・・・・ええ、そうよね。ごめんなさい、イワン・・・神経系を全体的に取り替えるようなメンテナンスは、ずっとなかったから、少しナーバスになっただけよ」


フランソワーズはにっこりと微笑んで、イワンの額にキスをした。


<・・・・>
「イワン、地下へ行ったら、ジョーにお腹が空いてないか訊いてもらえるかしら?」
<・・・ウン>


透き通るような空色の瞳に向かって、イワンは小さな白い紅葉の手を伸ばすと、フランソワーズはその手を優しく包み込むように手を握った。


「・・・神経系だから・・・どれくらい、かしら?」
<通常 ノ 生活ニ 戻ル マデ 2,3週間 ハ カカル>
「・・・・長いわね」
<・・・・ウン>
「仕方ないわ!・・・ヨロシクお願いね、イワンっ。夜の時間が来たら、あなたがちゃんと休めるように努力するわね?それが自分のために繋がるもの」


フランソワーズは笑顔のまま、イワンがクーファンに乗って地下の研究室へと戻るのを見送った後、全身で深い溜息を吐いた。












「どうした。」


リビングルームに立ちつくすフランソワーズに突然、そっと優しく温かい大きな手が彼女の肩を包んだ。


「・・・あ、ジェロニモ」
「・・・・・まだ機嫌が悪いか。お湯はもう出るぞ。」
「ええ、知っているわ。直してくれてありがとう」


いつの間にジェロニモはリビングルームにやってきたのか、気が付かなかったフランソワーズは、慌ててジェロニモに向かって微笑んだ。


「いいか。フランソワーズ。」
「?」
「笑いたい時に笑え。自分を誤魔化すな。」
「・・・なあに?・・・そんな、突然・・・誤魔化したりしてないわ」
「本当の笑顔は温かい。」
「・・・・」
「スマン。それでも言う。ウソの笑顔でいられるよりも。怒っていた方が良い。悲しんでいた方が良い。悩んでいた方が良い。泣いてくれた方が・・・温かい。本当の顔を隠した笑顔のお面はいらない。」
「・・・・・・・」
「オレたちは家族だ。遠慮するな。」
「・・・ジェロニモ」
「後は、リーダーにまかせる。メンバーのメンタル面もサポートできなくては困る。」
「え?」


フランソワーズは抵抗する暇もなくジェロニモに抱きかかえられて、ダイニングルームからドアを開けた主に向かって、放り投げられた。

「きゃあああっ」

「?!」


キッチン、ダイニングルームに誰も居なかったのでリビングルームへと向かい、そのドアを開けたとき、ジェロニモの声が聞こえたと思ったら、瞳に飛び込んできたのは宙に浮くフランソワーズ。





ハチミツ色の髪がキラキラとギルモア邸のルームライトに照らされて、空気に靡いた。


躯が動く。
足を大きく一歩踏み出して、両腕を差し出した瞬間に・・・腕に舞い降りてきた愛しい重さ。


香りが舞う。


その小さな顔には大きすぎる空色の瞳を見開いて、ジョーの腕に受け止められたフランソワーズは反射的にジョーの首にその両腕をまわして、しがみつく。ジョーは自分の目の前に立ち、ニヤリと嗤った大男を驚きの色に染め上がった褐色の瞳で睨んだ。


「っっジェロニモっっ!!!」
「うむ。悪い。ジョー。”投稿・ワクワク/どっきりショー”がオレの好きな番組だ。驚いたか。」
「っっ!」
「次回はビデオを用意しておく。」


ジェロニモはドア口に立つフランソワーズを抱きとめたジョーを押しのけるようにして、リビングルームからダイニングルーム奥にある自室へと向かった。


「・・・・大丈夫?」
「・・・・え、ええ」


ジョーはそっとフランソワーズを床に降ろし、フランソワーズもジョーの首にまわしていた腕をゆるゆると解いた。フランソワーズの顔を見ることに躊躇ってしまうために、ジェロニモが去っていった方向へとジョーは視線を向けた。フランソワーズはジョーから躯を離して距離を取ってから、ジョーに向かって話しかけた。



「ジョー、お腹空いたのでしょう?」


フランソワーズは微笑んだ。
それが、ジェロニモが言う温かいものであるのかどうかは、フランソワーズにはわからない。
ジョーは視線をフランソワーズに戻して、頷いた。


「・・・・つい、話し込んでしまって・・・あるかな?」
「ええ。張大人はちゃんと、ジョーの分をとっておいてくれているわ」
「・・・・・・・・・それで、俺はキミの何をサポートすればいい?」
「!」
「・・・・そんなこと、言ってなかった?ジェロニモ」
「さあ、どうだったかしら?・・・・びっくりしちゃって、覚えてないわ」
「・・・・そう?」
「すぐに、温め直すわね・・・リビングで食べる?」
「・・・ダイニングで」
「少し待っていてね」


ジョーの隣を通り抜けてキッチンへとフランソワーズは足を向けたが、その腕を掴んでジョーが引き留めた。


「・・・・・大丈夫?」
「大丈夫よ!・・・・ジェロニモがあんなことするなんて、驚いたわ」
「・・・・・いや、そうじゃなくて」
「?」




ーーー無理に笑ってる、だ、ろ?


口から出そうになった言葉を飲み込んで、代わりの言葉を探す。壁にかけられた時計がジョーの視界に入った。



「・・・・お菓子作りのサポートは、いらない?」






####


ダイニングルームでフランソワーズが温めなおした昼食を取り、食器をさげにキッチンへと入っていくと、オーブンから焼き上がる甘い香りがジョーを出迎えた。オーブンをのぞき込むようにして観ていたフランソワーズは、ジョーの気配に気づいて振り返る。


「私が洗うわ」
「忙しそうだから、いいよ」
「焼き上がるのを待ってるだけだから、いいの」


フランソワーズは手を差し出してジョーから食器を受け取ると、シンクへと置いた。ジョーは冷蔵庫にもたれるようにして立ち、フランソワーズに話しかけた。


「・・・今日は、なに?」
「レーズンとナッツのパウンド・ケーキ!」
「・・・・甘そう」
「?そんなことないわ、少し大人の味よ?」
「・・・・・大人の味?」
「そう、大人の味」
「・・・大人の味って?」
「ラム酒漬けのレーズンを使ったから’大人”の味」
「・・・ラムレーズン?を使っているから、大人?」
「そう!」
「・・・・ふうん」
「食べたことない?アイスクリームとか・・・?」
「・・・そういうのを自分で買ったことがないから・・・な」


ジョーは少しばかり考えてみた。
幼い頃、施設で配給されたおやつにそれほど興味がなく、ほとんど口にしなかったような気がする。施設を出た後でも特別食べたいと思ったこともなかったので、買った記憶があまりない。御菓子やケーキ、スナック類はサイボーグになってから口にすることになったように思う。


「多分、ジョーは好きだと思うわ」
「え?」


視線をキッチンの床に落としていたジョーは、フランソワーズの言葉に弾かれたように顔を上げた。


「きっと、好き。よ」
「・・・・っ」


シンクに水を張り、スポンジで洗剤を泡立てた手の人差し指を立てて、魔法をかけるかのように指を動かした。


「ジョーはラムレーズンが好きそうな顔をしてるもの!」
「・・・・顔?」
「ね?」


花が咲きこぼれるように柔らかく微笑んだ、フランソワーズの笑顔は先ほどとは違い、輝いている。


「・・・・・・・ね?って言われても・・・」
「んふふ、みんなそれぞれに”お気に入り”があるのに、ジョーはないんですもの。このケーキがそうなったら嬉しいわ」
「・・・・お気に入り?」
「そうよ、お気に入り」
「・・・みんな、あるの?」
「あるわ」
「・・・・・・あるよ」
「え?」


ジョーはキッチンのドアまで歩み、フランソワーズへは振り返らずに足を止めて言った。フランソワーズは視線だけでジョーを追う。


「・・・・・・・俺にも、あるよ」
「・・・」
「・・・・・・全部」
「?」
「・・・・・・・・全部だよ。・・・キミが作る、全部がお気に入り」
「!」
「・・・地下にいる」


キッチンを出てジョーは地下へと再び戻って行き、フランソワーズはオーブンのタイマーが切れたと知らせる音を訊いて、慌てて泡のついた手を洗った。





耳に残る、ジョーの声、息、そして・・・温もり。

ジョーに抱きとめられたとき、自然と腕が動いた。
頭で考えるよりも、こころは素直にジョーを求めて躯を動かした。


フランソワーズはそっとオーブンを開けると、熱気を避けて少し横へ移動する。オーブン内から熱気が去るのをしばし待ちながら、ラムの香りに酔いそうになる。
取り出したパウンドケーキは自然に冷めるのを待つ。いつも作るパウンドケーキよりもしっとりとした質感がなめらかに、キッチンのライトに照らされる。


「全部がお気に入り・・・」

ーーー・・・・・・”一番”はないの?





私は、あなたの一番になれない・・・。
あなたの”一番のお気に入り”を作れるのは、きっと、あなたに愛されている人だけ・・・なのね?










腕に残る、フランソワーズの柔らかさに香り・・・耳元にかかった吐息。

ジョーは地下に降りる階段の途中で、崩れるように座り込み、自分の腕に残る温もりをかき抱いた。
目蓋に焼き付いた、空から舞い降りてきた天使のようなフランソワーズの姿。


痛い。
胸の痛みは甘く疼いて、体中を痺れさせる。

息苦しい・・・・。
彼女の声が、何度も何度も繰り返し再生される。



人を好きになる、ことは・・・
こんなに切なく、苦しい、もの・・・?


キミのそばにいたい。そばにいたい、けれど・・・・・・苦しい。


キミは知らないだろ?
ない勇気をどれだけ振り絞って、キミと話しているか。

いつも脳は酸素不足で、じんじんと傷む。
心臓は以上に早く、強化されているはずの人工皮膚さえも壊しそうな勢いで叩く。
震える手をなんとか、誤魔化して。
喉はヒリヒリと痛んで、締め付ける。





キミは知らない。





知って欲しくない。
こんな情けない俺なんかに、気づかないで欲しい。







人を好きになると・・・・・こんなにも・・・





「・・・・・B.Gとの戦いの方が楽だったよ、これじゃあ・・・」










======33 へ 続 く


・ちょっと呟く・

乙女な、ジョー・・・?
ごめんよ、ひっつけたいんだけどさあ、お話しの展開上がんばってね!
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sleeping beauty・3
予定よりも長引いたミッションがやっと終わり、ギルモア邸へと向かうドルフィン号。
今回のミッションでは003の能力が必要不可欠で、ミッションのために立てた作戦の柱でもあったために、彼女は気を抜く暇もなく、満足な睡眠を取らせることもできなかった。

003であるときは一定の”距離”を保ちながら接することを、彼女に誓っている。







ドルフィン号の操縦を自動操縦に切り替えて、004に頼んだ。

「あと、2時間ほどで着くぞ?」
「・・・・だから、任せる」




003をドルフィン号のメンテナンスルームで見つけた。
ギルモア博士は俺が部屋に入って来たのを知ると、笑顔で俺を迎え入れる。


「何も問題ない。少しばかり休ませればええだけじゃ。ジョー・・・あとはお前に任せるぞ」


ギルモア博士の言葉に俺は頷く。
博士は笑顔で部屋を出て行った。



メンテナンスルームに置かれたベッドの上に腰掛ける003の隣に座り、彼女へと腕を伸ばし、抱きしめる。淡く彼女の髪から香る、それにオレはほっと安堵の息を吐き、その髪に顔を埋めた。
彼女は、オレの腕の中で躯の力を抜いて、すべてを預けてくる。



「・・・・本当に、大丈夫、か?」
「ええ、博士もそう仰ったでしょう?」

腕の中の彼女が動いて、零れそうなほどに大きな、空色の瞳で見上げてくる。
彼女の瞳に映る自分は、もう009ではないことがわかる。




「・・・ごめん」
「謝るなんて、おかしいわ」
「・・・・・キミに頼るしか、なかった」
「003ですもの。頼ってくれて嬉しいわ」
「・・・・・・003を、抱きしめたり、しない」
「まだ、邸についてないわ」
「・・・・・・・・・・・・いいんだ、俺のFrancoiseに戻れ、よ」
「も!・・・・我が儘よ、ジョー・・・・」


腕に力を入れて、より強く彼女の躯を自分の中に閉じこめた。


彼女の額に、キスをひとつ。
そして、もうひとつは、目蓋に。
もう、ふたつほど頬に。


心地よく目蓋を閉じて、受け止める真珠色の肌。






003からFrancoiseへと・・・生まれ変わる儀式。


躯に染まりきった、緊張を柔らかく俺が解き放つ。
躯に染まりきった、戦士の衣を俺が脱がす。

躯に染まりきった、戦いの臭いなど・・・・・キミには似合わない。





「・・・・ジョー」

「・・・・・・もっと、甘えろ・・・・・そして忘れろ・・・・”視た”もの”聴いた”もの・・・すべて吐き出せ、よ。俺が引き受ける・・・・俺が、全部・・・・・」

「・・・無理よ。忘れることなんて・・・出来ないわ・・」

「・・・・・できる。俺が忘れさせる」

「・・・・・・・・・・もう少しで、邸よ?・・・・お願い。009・・・ここは、だめよ」



「・・・・・いいんだ、ここで。1秒でも早く・・・・・キミに・・・」









幸せな夢を・・・・・。

















end.















・あとがき・

大地くん・シリーズのジョーって・・・(汗)
新ぜろ・ジョーくんと(行動の)差はなかったですね・・・(ノ_<。)うっうっうっ
多分、新ぜろ・ジョーの方が、クールですし、もう少し大人?


ま、大地くんとこのジョーはこんなもんでしょう!
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shimamura
じっとりと躯にまとわりつく湿気に不快感を感じながら歩く、アスファルトの歩道。
太陽はジリジリと人工皮膚を焼いていくが、日焼けするのかどうか、試したことがないので、解らない。
高く澄み切った空の青さは清々しく、真っ白な雲が気持ちよく流れていく・・・・それらはビル群に切り取られた歪なフレームに納まっていた。

雲は風に流されていくが、地上にその風は降りてこない。
行き交う人々の顔から流れ出る汗は、ビルに飲み込まれていくたびに、あっという間に乾涸らびてしまう。涼むために適当に選んだ店に入れば、出る頃には躯が冷え切ってしまい、外を歩けば熱さに躯が茹だる。



バランスの取れない街。



この街で、俺は生きていく。




生きていかなければ、ならない。
移りゆく時代に取り残されながらも、街は存在し続ける。
形は変わっても、この街は、俺が生きていた街で、俺が生きていく街、だ。


この街で、俺は1人だった。
夜は2人になった。
朝がくれば、再び1人になった。


そして、夜を迎えた。



ギルモア邸を出ることを決めてから見つけたアパートは、俺が人であったころのアパートとは、雲泥の差。同じアパートなのに、変に時代を感じてしまう。

3階建ての3階、2DKフローリング使用、収納クロゼット1。東向き。
いつの間にかドアにはめ込まれた、白いプレートの上には、”shimamura”の文字。

俺は、その文字をそっと指でなぞった。





この街に、俺と共に朝を迎えてくれる人はいなかったはず・・・。


新しく受け取ったドアのキーを差し込んだ、
取り付けたばかりのキーは妙に重々しく、ロックを解いた。
ドアノブを回してドアを開ける。

心地よく冷えた空気が俺を迎えてくれた。





途中で立ち寄った最寄りのコンビニで購入したのは、紅茶と珈琲の缶。アイスクリームでも、と思ったけれど、すぐに溶けてしまうから、やめておいた。どうせ外で夕食だしね。


「・・・はい」

俺は、紅茶の方を彼女に渡して、カーテンのないベランダの、ガラスの引き戸から見える一面の青に負けないほど美しい瞳の、彼女の隣に座った。


「おかえりなさい」
「・・・・・・・・・ただいま・・なんか、変な感じ、だね」
「・・・ちょっとだけ、ね?」
「荷物は、明日全部届く、よ」
「クーラーがついていて、助かったわ!電気も、水道も、ガスも大丈夫よ」
「今日から入居だけど、何もないから・・・やっぱり邸に戻ろう?」
「いつでも戻れるもの・・・今日はここに居ましょう?」
「布団もないよ?」
「・・・・暑いもの、いらないわ」
「フローリングじゃ、躯が痛いよ?」
「私は、平気!」

そういって彼女は、受け取った紅茶の缶を開けることもなく床に置いて、俺に抱きついてきた。

「・・・・・俺はキミの抱き枕?」
「痛くならないでしょ?これなら」
「キミはね?」
「私は、ね」
「・・・俺は?」
「・・・・・う~ん、がんばって!」
「なんだよ、それ・・・」


俺は拗ねたように、甘い香りのする彼女の髪に顔を埋めた。







この街を選んだのは、俺。
それを黙って受け入れてくれたのは、彼女。




この街で、俺は始めようと、思う。
この街で、俺は生きていく。
この街で、彼女と2人。

夜を過ごし、朝を迎える。



1人じゃない。
永遠の2人。



「・・・・我が儘だった、かな?」
「どうして?」
「わざわざ、邸を出る理由なんて、なかっただろ・・・・」
「あるわよ!」
「どこに?」
「・・・・・ドアの、観たのかしら?」
「観たよ」
「・・・・・・そういうこと、だからよ」
「そういうこと、だね」
「電話に出ても、お客様が来ても・・・・」
「キミはshimamuraですって、言ってくれるんだね?」
「そうよ。私もshimamuraなんですもの」
「・・・・うん・・そうだったね」







end.










・あとがき・

勢いって怖いなあ・・・・。
大地くんとこで、ジョー誕・セリフだけプロポーズを書いて、次は・・・これっすか?!

これは、F1ジョーではないです。
F1ジョーなら、もうちょっとリッチなはず(笑)
う~ん、記者とかどっかの研究所でアシスタントしてるくらいでしょうか?

ちょっぴり妄想を広げると、「でい・ばい・でー」の2人の将来でも良い感じ~。
あくまでも妄想!

お好きに料理してください・・・・書き逃げっっε=ε=(┌ ・)┘
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11時59分
「今日が、その・・・・・知らなかったの」

11時56分。




17日になる前の・・・ギリギリの時間。


僕の部屋のドアをノックした。
「誰?」と、声をかけたけれども、返事がなく、面倒臭いけれども立ち上がってドアを開けた。


「フランソワーズ・・・?どうしたの・・・・・・・こんな時間に・・・」



滅多に彼女は僕の部屋を訪れない。
用事はすべて1階のリビングで顔を合わせたときに、すませてしまうから。


今にも泣き出しそうな、八の字眉の彼女に僕は焦った。

「フランソワーズ?・・・どうしたの?」
「今日が、その・・・・・知らなかったの」
「・・・・え?」
「私・・・知らなくって・・・」
「・・・なにが?」

フランソワーズは何を言いたいのだろう?

「16日・・・・お誕生日なのでしょう?」
「あ。・・・・・なんだ、そんなことか・・・・・」
「ごめんなさい・・・何もしてあげられなかったわ」
「いいよ、別に・・・僕も忘れてたよ・・・そっか、今日だったんだ・・・・」


僕の言葉に、さも傷ついたと言わんばかりに、彼女のこぼれんばかりの大きな瞳が涙に揺れ・・・・た、と思ったら・・・。


彼女の白い手が伸びてきて僕の首にまわされた。
僕と彼女の身長差を縮めるために、彼女が背伸びをしたら、僕の首にまわされた彼女の腕に力が入って、僕を引き寄せた。

近づいてくる空色の瞳は、レースのような長い睫毛に隠れてしまう。



触れ合った、やわかな感触は、温かくて甘い。


躯が凍る。
時間が凍る。

触れ合った部分以外、すべてが凍った。



ゆっくりと離れていく、柔らかな、彼女の・・・・。



「・・・・・・お誕生日おめでとう、ジョー」



解かれた腕。
俯いた彼女は逃げるように走り去った。








11時59分。



「・・・・・・・・・フランソワーズ!!」



僕は、彼女を追いかけた。
一つ、大人になった僕は、彼女に伝えなければいけないことが、ある。










end.










・あとがき・

平・ジョーですかねえ。
初々しいなあ・・・・。
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Day by Day・33
(33)

昼食をとって以来、ジョーはギルモア、イワンと共に地下に籠もったままであった。フランソワーズが作った”レーズンとナッツのパウンド・ケーキ”と、珈琲をトレーに乗せてピュンマが、夕食は張大人が地下の研究室へと届けた。
ミルクとオムツの時間になると、ふらり とクーファンに乗ってやってくるイワンは、何も語らない。





翌日。


ギルモアは昼近くになってから自室へと戻ったようだが、ジョーは地下の研究室に丸一日籠もったままだった。


「なんじゃ、ジョーはまだ地下か?」


夕食前にリビングに顔を出したギルモアは驚いたように言った。


「・・・博士、何かお飲みなります?」
「おお、フランソワーズ熱い紅茶を頼むよ・・・うむ・・・研究室に運んでくれるかな?・・できればジョーの分も頼むよ」
「ええ、博士・・・お夕食は今日も・・・?」
「いや、こっちでいただこうかのう・・・・・アレは楽しいしのう」
「とか、いいながら、博士は時間を忘れてしまうんですよ!」


ピュンマは持っていた本をテーブルに置いて、ぐんっと両腕を上げて伸びをした。ピュンマの言葉にギルモアは特徴ある大きな鼻をぽりぽりと掻いて、申し訳なさそうにする。


「いや、まあ・・・つい夢中になると、こればっかりは・・・」
「・・・お年を考えて欲しいアルねぇ」


ジャスミンティを入れた湯飲みを持ち、溜息交じりに呟く帳大人。


「なに、まだまだ儂は元気じゃ!やりたいことが多すぎて、時間がいくらあっても足りんわいっ」
「それでも、どうか休息のお時間だけはしっかり取っていただかないと・・心配です。できれば、このまま地下には行かずに、お夕食がすむまで、ゆっくりしていただけませんの?」


心配げに揺れる、フランソワーズの宝石のように魅力的な大きな瞳に見つめられては、ギルモアは何も言えなくなってしまう。


「そうする方がいい。博士。」

ジェロニモは視線でギルモアのために購入した、安楽椅子へ座ることをすすめる。


「紅茶をすぐに用意しますわ、ね?博士」


にっこりと微笑みながらソファから立ち上がり、フランソワーズはギルモアの腕を取って甘えてみせた。自分の娘以上に可愛がっている、目にいれても痛くないほどに愛しいフランソワーズに、甘えられるように言われてしまっては断ることができない。ギルモアは安楽椅子へと足を向けて、腰を下ろした。


「・・・誰か、ジョーを呼んできてやってくれんかのう」
「僕が呼んできます、博士」


ピュンマは立ち上がり、フランソワーズと並んでリビングルームを出る。キッチンへ向かう彼女と別れ際、一緒にジョーを呼びに行かないか、とフランソワーズを誘った。


「ほら、イワンもそろそろミルクの時間だろ?たまには”ママ”に迎えに来てもらったら嬉しいんじゃないかな?」
「そうかしら?・・・私、お茶の用意もあるのよ?」
「少しくらい遅くなったって博士は文句なんて言わないよ?」
「でも、変よ・・2人で呼びに行くなんて。1人で十分でしょ?」
「別に変じゃないよ!全然。どうして1人じゃないといけないのさ?別に2人でも5人でも全員でもいいじゃないか」
「・・・・美味しいお茶を淹れてリビングへ持っていくわ、そろそろ夕食用の電気プレートを出しておかないと・・・」


フランソワーズは止まっていた足を再び動かして、キッチンへと向かって歩き出した。ピュンマはその背に小さな溜息を吐いて、地下への階段を下っていった。







####



研究室のドアから零れる光。
ピュンマはドアをノックすると、内側からジョーの短い声が聞こえた。

「僕だよ、ピュンマ。入るよ?」

ドアの隣にあるセンサーパネルにロック解除のための暗証番号を打ち込んでから、ドアノブをゆっくりと回して研究室に入った。
ギルモア邸のリビングルームより少しばかり広い研究室は、ギルモア、そしてイワンが開発した世に出ることが許されるない、機械(もの)たちが壁となり、床となり、動き続けている。どれが一体何の役目を果たしているのかピュンマ自身にはまったく理解できないが、補助脳の助けによってある程度は判る。

ギルモアの研究室にある6台のコンピューターの一台”α”alphaに座り、何かのデータを打ち込んでいるジョーは、これら全てを把握できているのか、訊きたくなってくる。


「・・・ロックしてるなんて珍しいね?」
「・・・・・・一応」
「ずっと、ここに籠もって・・・みんな心配してるよ?」


ジョーの背後に立ち、ピュンマはモニターをのぞき込んだ。


「イワン、そろそろミルクの時間だろ?ピュンマに上に連れて行ってもらったら?」
「ジョーもだよ。そろそろ夕食の時間、今夜はジェットがリクエストした、ほら、アレ。」


ふよふよと、研究室内で浮いていたクーファンが すううっ と、ピュンマに近づき、クーファンの中からイワンが躯を起こした。


<”γ”gammaニ でーたヲ 分析 サセル 間、夕食デ イインジャナイ カナ? 博士モ ソノツモリ デ 戻ッテ コナイ ミタイダヨ?>
「フランソワーズのお願い、は絶対だからね」


ピュンマはイワンにウィンクする。


「”γ”にデータを送った後に、”δ”deltaでこっちを再構築させる・・・し、できれば、コズミ博士が来る前に終わらせたいんだ」
「・・・ジョー、何か・・」
「詳しくは明日、コズミ博士が調べてくれていることを訊いてから、だ」
「・・・・・・・そう、上手くいくかなあ?」
「?」


ピュンマの含みのある言葉に、ジョーはやっとコンピューターのモニターから目は離してピュンマを見た。


「ジョーはずっとここに居たから、昼間の電話。誰からか知らないんだよね?」
「・・・・・電話?」
「コズミ邸から」
「!」
「博士はね、車で来るらしいよ」
「・・・・迎えに行くから、だろ?」
「うん。ジョーが行くってなってたよね?でも、その必要がなくなったんだ」
「・・・・・どうし、て?」


「さくらが運転してコズミ博士をここまで連れてくるから」


ピュンマの一言に、ジョーは夕食に出ることにした。






####


フランソワーズが用意したお茶はダイニングルームに運ばれ、ジョーとイワンがピュンマに呼ばれて地下の研究室から出てきてから、10分ほどで夕食が始まった。
野菜類は張大人の見事な包丁さばきで適度な大きさに切られ、肉は種類ごとにきちんと皿に並べれた状態でテーブルに並び、10人が余裕で席に着くことができるダイニングテーブルに置かれた、2台の大型電気プレートは十分に温められていた。


「生は駄目ネ!しっかり焼くアルよ!」
「博士。肉焼けた。」
「牛タンは・・・まだのようじゃの」
「ジェット!こっちに肉の皿を渡さんかいっ!」
「ピーマンがええのう」
「博士。これ、焼けている。」


プレート1を使用するのは、張大人、ジェロニモ、ギルモア、そしてグレート。


「ああっ!それ僕が焼いてた肉だよっ・・・自分で焼いてよっ・・・で!野菜も食べなよ」
「肉!そっちの皿の肉って、何の肉だ?あ!!オレの皿に野菜乗っけんじゃねぇ!」
「タレは?・・あれ?これ甘口だよっ醤油味は?」
「・・・・ピュンマ、こっちが醤油味のタレ」
「あ。ありがと」
「焦げるぞ?・・・ジョー、皿を貸せ」
「・・・・いいよ、そんなに」
「肉は今、喰っておけ・・・アイツが全部喰う前に」
「・・・・煙がすごい、な・・・キッチンの換気扇はつけてる?」
「窓はさっき開けたんだが・・・臭いがリビングの方にいくかもしれんな」


プレート2は、ジェット、ピュンマ、アルベルト、ジョー、そしてフランソワーズ、だった。


「おっせぇな、フランソワーズのヤツ!」
「・・・」
「30分は戻ってこれないよ、って・・・ああ!そんな焼き方しないでよっまだ、こっち焼けてないんだから!」
「博士。キャベツとモヤシ良い感じだ。」
「うむ。牛タンもじゃ。」
「我が輩のカルビの皿はっ?」
「レバーは体に良いアル!刺身にレモンかけるネ」
「リビングルームか?・・・こっちでミルクをやればいいだろう?」
「・・・・煙がね・・・それに五月蠅いし、あ。ナス・・・もらって、いい?」
「辛口タレ、どこだ。」
「・・・ここにある、よ。ジェロニモに渡してくれる?」
「椎茸が焼けたな」
「アルベルト、こっちの野菜食べる?」
「もらおうか」
「ハラミはどれだよっ!ハラミ~~!ハラミっ」


今夜のギルモア邸の夕食は”焼肉”。
張大人が買い出し先で知り合った肉屋の主人から、安く大量に仕入れた様々な部位の肉。それを知ったジェットは、どこで訊いたのか、「日本の夏はビールと焼肉らしいぜ!」と、言った彼の一言に、「夏はまだ先だ」と、言う声が届くはずもなく・・・夕食のメニューが決まった。






####

フランソワーズは膝にイワンを乗せてミルクを与えながら クスクス と笑う。

愛らしい、マシュマロのように ふくふく と柔らかなイワンの頬がミルクを吸う力に上下して、小さな紅葉の手は、より小さくなって握り拳を作っている。一生懸命にミルクを飲むイワンを見つめながらフランソワーズは、ダイニングルームから聞こえる仲間達の声に、笑いがこぼれてしまう。。


「慌てないで、ゆっくり飲んで・・・夕食後にミーティングだって言っていたけれど・・・お酒がはいってしまって大丈夫なのかしら、ね?」


ジェットとグレートがお茶の時間の後に冷蔵庫へ大量のビール缶を詰め込んでいたのを知っていた。
哺乳瓶のミルクを最後の一滴まできちんと飲み終わったイワンは、フランソワーズにテレパシーで話しかける。


<ゴチソウサマ>
「・・・・お腹いっぱいになった?」
<ウン>
「一緒にダイニングルームの方へ行く?・・・ものすごく煙が出ていたけど、大丈夫かしら?」
<休ミタイカラ ココ ニ イル ヨ>

フランソワーズは用意していたタオルを肩にかけ、イワンを立て抱きにして慣れたように背中を優しくたたいた後、もう一度フランソワーズは膝の上に抱き直した。

「イワン、少し眠るの?」
<・・・ソウダネ、2,3時間モシタラ 起キルト 思ウ>
「ここじゃなくて、向こうのお部屋にいきましょうか?」
<ココデ イイヨ・・・みーてぃんぐニハ、参加シタイ>
「その前に、お風呂に入って欲しいかしら・・・」
<エ?>
「昨日、ずっと地下だったでしょう?」
<・・・・汗ヲカイテナイカラ、イイヨ>
「だめよ」

フランソワーズはイワンの頬をつんっと人差し指で突いた。

<・・・・>
「キチンと清潔にしてないと、だめ!」
<ふらんそわーずノ 分ノ 夕食ガ ナクナル ヨ?>
「あまり食欲がないの」
<焼肉ダヨ?>
「あら、イワン。”焼肉”って知ってるの?」
<知識トシテネ>
「私は、”お鍋”の方が好きみたい」
<・・・ドウシテ?>
「だって、落ち着かないわ・・・誰が焼いただの、何が焼けただの・・・」
<楽シソウダヨ?>
「・・・・・そうね・・・でも、それ以上にイワンと一緒にお風呂の方が楽しいと思うわ!」
<一緒!?>
「そう!イワンくらいなら、普通のお風呂に一緒に入っても大丈夫なんですって。インターネットで読んだの。ね?私もたまにはゆっくりと湯船に浸かりたいわ。一緒に入りましょう?せっかく大きなお風呂があるんですもの。男性陣ばかりが楽しむのは、ずるいと思わない?そうしましょう、ね!」


フランソワーズはイワンの返事を訊かずに、彼をクーファンに寝かせると、「お風呂の準備をしてくるわ」と、自室へ戻っていき、5分もしないうちに、着替えや自室に付属しているバスルームから色々な物を持ってリビングへと戻ってきた。


「さ、後はイワンの着替えを用意すればいいだけよ、もう少しまっていてね」


焼肉の独特な臭いと煙が広がったダイニングルームを急ぎ足で通り過ぎ、1階のコモンスペースに置かれたイワン用のタンスから、彼の着替えに、替えのオムツを用意して、1階バスルームに置いてからもう一度リビングルームに戻っていった。

ぱたぱた と、ダイニングルームを通り過ぎていくフランソワーズに、夕食の席に着いている、イワンを覗いた男性陣全員の頭上に?マークが飛び交う。
次ぎにフランソワーズがダイニングルームに姿を現したとき、彼女の腕にはイワンが抱かれていた。

フランソワーズは足を止めて、その場にいる全員に言葉をかけた。


「イワンと一緒に1階のお風呂を使わせてもらうわね」
「なんじゃ、ちっとも食べておらんじゃろう?」
「そんなにお腹が空いてないみたいなんです、博士。イワンをお風呂にいれるついでに、私も一緒にと思って・・・」
「「「「「「「「「「一緒?!」」」」」」」」」
「そうよ、ベビーバスを卒業するの、ね?イワン」


フランソワーズがイワンにむかって微笑んだので、その場にいた全員の視線がイワンに集中する。それらの視線が心地よくないせいか、イワンはむずむずと躯を動かした。それをフランソワーズは焼肉の強い臭いと煙のせいだと思いこんで、「先にお風呂をいただいてきます」と言い残し、早足でダイニングルームを出て行った。

イワンの次ぎに全員の視線が、ジョーに注がれた。


「・・・・?」
「ジョー・・・」
「なに?」
「・・・あ。に、肉が焦げるよっ!」
「こっちの野菜っ誰か食べるアルかっっ?」
「もらおう。」
「博士っタレは足りてますかなっ?」
「おお、あ、グレートその、甘口を取ってくれんかのっ?」
「赤ん坊の免罪符っイワンのやろうっ上手くやりやがったぜっ!博士、イワンって念写できたっけ?」


プレートの上で焦げかけた肉を、手早く自分の皿に載せながらジェットはギルモアに向かって言った。


「念写か?・・・ふうむ・・・イワンならできるだろう。させたことはないのう・・・彼が捕らえたイメージを君たちの補助脳へデータとして送ったりはしていただろうが・・・、純粋に画像として、それらを映し出すことは、どうじゃろうなあ・・・ふむ・・・念写か・・・」
「博士、この鳥頭の言葉は、忘れた方がいいです・・・ろくなことを考えてませんから」
「いや、アルベルト・・・イワンの能力は未知数じゃ、念写か・・・。どんな小さなことでも、イワンのためになることは、考えるべきなのじゃ」
「そうだぜ!イワンのためだぜっ!博士っやってみようぜ!」
「・・・・ふむ」
「何を念写させるアルか?」
「決まってんだろっ!イワンが見たフランソワーズのっっ」


テーブルの下でピュンマがジェットのスネを蹴り上げた。
アルベルトがジェットの頭を拳で殴る、と同時にグレートがタコに変身してその口を塞いだ。


「・・・ふむ・・・・・イワンの目にどういう風に周りを捕らえているのか、もしくは・・彼の予知能力のヴィジョンと言うものが・・・ううむ。興味深いのう・・・手始めに、そうじゃのお・・・フランソワーズを念写させてみせるかのう」
「「「「「「博士っっ」」」」」」
「ヌードとは言っておらんっっ!!・・・・・ま、それでもかまわんが、お前達には見せんぞ?嫁入り前の大切なフランソワーズの、そんなものをっ見せるわけがなかろうっ!」

ふんっと鼻息で会話を一蹴したギルモアは、ジェットの言った”念写”について、不謹慎な考えではなく、研究者の立場から色々と考え始めた。

「ジョー」
「・・・・・・え?」
「生だぞ、焼かないのか?」
「・・・・・・・・・・あ」

ジョーの取り皿に置かれた生肉に生の椎茸。彼は無言でタレにまみれてしまったそれをプレートにおいた。プレートの熱でぶくぶくっと泡が立ち蒸発していくタレが、焦げてプレートにへばり付く。


<意外とムッツリだな>
<絶対に口に出したら駄目だよ、灰になる!>
<ぜってぇ想像してたぜ!アイツっ>
<ジョーも男だったてことだなあ>
<当たり前ネ!興味ない方がおかしいアルよ>
<フランソワーズの後、誰が風呂入る。>
<<<<<<!!>>>>>>
<・・・・・ミンナ H ダネ。コレダカラ 大人ッテ・・・>









####


「イワン?」


イワンを抱いて湯船につかっていたフランソワーズは、ピクリとも反応しなくなったイワンに驚いて、小さな体を少しばかり揺らした。

<ゴメン。チョット、”ムコウ” ト 会話シテタ>
「向こう?」
<ソウ。戦士デナイ トキ ハ、タダノ ショウモナイ 男タチ ダネ>
「ふふ、イワンったら」
<ミンナ、気ニシテルンダ、僕ガふらんそわーずト オ風呂ニ 入ッテイル ノヲ ネ>
「どうして?・・・変かしら?・・・確かに、私の国では赤ちゃんや、自分の子どもとプール以外で一緒にお風呂に入ることはないわね。一歩間違うと犯罪者にされちゃうわ!・・・でも、とても素敵だと思わない?家族でお風呂に入るなんて・・・日本の”大衆浴場文化”って素晴らしいわ。・・・・・・いつか”温泉”にも行ってみたいと思わない?屋外にお風呂があるのを、”露天風呂”って言うのよ?季節を楽しみながら入浴できるなんて・・・・・素敵・・」

ふわふわとした銀色に近いイワンの髪が、湯船につかる前に洗髪されて、頭の形にぺったりとひっついていた。イワンが逆上せないように気を付けながら、フランソワーズは片手でしっかりとイワンの躯を抱いて、もう片方の手で湯を掬うと、イワンの首、肩、そして胸にそろそろと湯をかける。


<ふらんそわーずハ 日本ガ 好キ ナンダネ>
「ええ、とっても・・・とても素晴らしい文化を持った国よね」
<ズット ココ ニ イタイ?>
「・・・・・・さあ、どうかしら?」
<フランス ヨリモ 日本ガ イイ?>
「較べるものじゃないわ・・・私はフランスで生まれて、育ったのよ?」
<・・・生キテルヨ>
「・・・知ってるわ」
<居場所ハ・・・ふらんそわーず、僕ハ イツデモ 教エテ アゲラレル>
「ええ、前にもそう言ってくれたわよね?・・・確か、B.Gとの戦いが終わって・・・今後のことを話し会っている時に」
<幸セニ暮ラシテイル>
「・・・・・ええ、あの時もそう言ってくれたわ」


フランソワーズはイワンを、抱きしめた。


<・・・・ふらんそわーず?>
「・・・・・・言わないで、お願い」
<ゴメン>
「・・・・・・・・・・・・イワンは、どこにも行かないわよね?」
<僕ノ オ父サン ハ ギルモア博士、ダヨ>
「・・・・私もよ」
<デモ、おじいちゃんッテ 言ッタ方ガ、イイヨネ?>
「そうね、おじいちゃんの方が、自然かもしれないわね・・・怒るかしら博士・・?」


イワンの躯をそっと離して、フランソワーズは優しくイワンの頭を撫でた。


<僕のママは・・>
「私でいいかしら?」
<ふらんそわーずジャナイト、嫌ダヨ。・・・ぱぱハ・・・・>
「人もいるじゃない、素敵なパパたちが・・・」
<チョット嫌・・・>
「あら、贅沢なイワンね!」
<僕ニ ダッテ 選ブ 権利ガ アルト 思ウヨ!>
「んふふ、誰がいいのかしら?」
<僕ニ ふらんそわーずノ ぬーどヲ 念写 サセヨウト スルヨウナ ぱぱ ハ イラナイヨ>
「?!」
<結局、ミンナ タダノ 男ダネ>
「っっっっっ誰がそんなこと言ったのっ!!!!」
<博士>
「ええっ?!」
<・・・・・発言者ハ、じぇっと>
「・・・」





####

湯冷めさせないように、手早くイワンの躯を拭き、粉をはたいて、オムツをつける。白地に青の水玉模様のパジャマを着せ、イワンの頭をフェイスタオルでターバンのようにクルリと巻いた。


「ふふ、可愛いわよ、イワン」
<・・・・ソウ?>
「ちょっと、待っていてね」


バスタオルを躯に巻いた状態だったフランソワーズも自分の身支度をさっと整えた。シェルピンク・カラーの、フランソワーズには少し大きいサイズに思われる、長袖のトレーナーは彼女の太腿までの長さがあり、左胸元には赤い糸でハートの刺繍が小指の爪くらいの大きさで一つだけ施されていた。グレーの膝頭が隠れる長さのレギンスの裾には細いレースが付いている。


「イワンとおそろい♪」

フランソワーズも、自分の濡れた髪をクルリとタオルで巻いて見せた。
イワンはふわりと浮き上がり、フランソワーズの腕に抱かれる。フランソワーズの髪を隠したタオルを見上げるようにして見て、イワンはニッコリと笑った。


<一緒ダネ>
「ね!」

イワンは小さな腕を伸ばして、フランソワーズの首にきゅうっと抱きついた。フランソワーズもイワンを優しく抱きしめた。
湯船で温まったイワンの躯の温かさに、石けんの香り。マシュマロのように柔らかな頬を首元に感じながら、フランソワーズはイワンの背を優しく撫でる。


「もう、夕食は終わったかしら?」
<ミンナ りびんぐ・るーむ ニ 移動シテル>
「テーブルの片づけは、まだ?」
<ミタイダヨ>
「・・・・ミーティングは、始まってるのかしら?」
<マダダヨ>
「イワンはもう、これから何が起こるのか知っているのね?」
<・・・・・少シダケ・・じょート博士ニハ、話シタヨ>
「また、始まるの・・・?」
<始マルカモ、シレナイ。始マラナイ、カモ シレナイ。ソレハ、マダ ヨク ワカラナイ・・・・デモネ>
「?」



<ミンナは 大切ナもの ヲ 見ツケル>







####


夕食の後片づけもそこそこに、リビング・ルームへと場所を移し、たわいない会話をしながら徐々に本題へと入っていく。


「明日の2時にこちらへ着くように、俺がコズミ博士を迎えに行く予定だった、だろ?」
「今日の昼間に電話があったんだよ。コズミ博士から・・・」
「・・・なぜ、知らせなかったんだ?電話を受け取ったのは誰だ?」
「ワタシが電話受け取ったアルネ。・・・・コズミ博士、とても申しわけなさそうに、何度も謝っていたネ」
「メールで、儂も知った・・・こればっかりは仕方がないわい・・・・無理に拒めば怪しかろう?」
「博士・・・しかし、さくらが来たら全員でミーティングは不可能です」
「来てすぐに追い返すなんてこともできんしなあ・・・」
「ッて、言うかよ・・・・それほどの”問題”になってんのかよ、ちゃんと説明しろよ、ジョー」


ジョーは安楽椅子に座るギルモアに視線を向けると、ギルモアは静かに頷いた。


「イワンと、フランソワーズがまだだ、様子を見てくる」


ジョーとギルモアの様子から本格的に話しが始まることを察して、アルベルトがソファから立ち上がったとき、ふよふよと浮いたイワンが、リビングルームに現れた。
ジェロニモが手を伸ばして取ったクーファンは彼の膝に置かれ、そのクーファンの中へと小さな躯を横たえた。

<今、ミンナノ 分ノ 紅茶ヲ 用意シテルヨ・・・会話ハ 僕ガ フランソワーズに 送ルカラ 始メヨウ>

 
ジョーはちらり、とダイニングルームに続くドアを見てから、薄く息を吸い込み、009として話し始めた。リビングルームの空気の色が静かに変化していく。


「結果から言う。コズミ博士が学会外で行われた”交流会”で手に入れた資料は、B.Gの物だった。これらがどこから流れてきたかは、コズミ博士が懇意にしている教授を通して知り合った、”交流会”に出入りしている学生から情報を提供してもらえるように、働きかけてもらっている・・・。その辺は明日、より詳しく判ると思う。今のところ、闇市(ブラック・マーケット)からの流出と、考えている。どこの闇市(ブラック・マーケット)からかは、まだ判っていないけれど・・・資料がごく個人的な物であるメモや筆跡を残していたことから・・・」
「個人の持ち物だったのか?」
「B.Gの研究所からの流出ではなく、”B.Gの研究所に勤めていた一個人の資料”が正しい、と思う」
「その研究員が、売ったってことかな?」
「・・・まだ判らない」


ダイニングルームへと繋がるリビングルームのドアが静かに開いた。


「B.Gの規模の大きさは把握できとらんのじゃ・・・いったい、どこからがB.Gで、どこまでがB.Gであるのかのう・・・大元は失っても・・・影に魅入られた者たちは、いまだ影として活動しとるんじゃ」


テーブルの上に置いたトレーから、人数分のティカップを並べ、レモンを乗せた小皿、ミルクポット、ハチミツの瓶、そしてシュガーポットをテーブルに移して、フランソワーズは再び立ち上がりキッチンへと戻っていく。


「全部が全部、B.G経営だったとは思えないアル・・・提携していたり、協力していたり・・・色々な形でB.Gと関わっていたトコは、B.Gが消えても、残したモノを取り込んでいっぱい悪いコトするアルネ・・・」
「組織的な動きが見られるのか?」
「いや・・・今回はそういう感じではない様子・・なんだ。ハッキリとは言えないけれど」
「009,その流出したってえ、内容は・・・004から、ちいっと訊いたんだが・・」
「そう、それだ。・・・・理論的に可能だがけれども、実際にはどうだろうか。と、言うところで止まっているらしい、・・・ですよね。博士」
「そうじゃ。・・・・今の状況では”実験”する以前の問題じゃ・・・しかし、そのアイデアに、理論と方法を与えてしまったんじゃ。時間の問題かもしれんわい・・・・まったく、困ったもんじゃよ・・・・感覚・知覚機能と言うものを失わせることが、どれほど恐ろしいことか・・・確かに、様々な点に置いて、それは素晴らしいことかもしれんが、それ故に逆の可能性も広がっていくのじゃからな」


キッチンから戻ってきた003は、トレーに乗せた2つのポットをテーブルに置いた。


「広まってしまったものは、仕方ない。」
「そうじゃな・・・」
「どこからその情報が流出したのか、突き止めないといけないね」
「他にもあるのなら、それらを全て回収したい、と思う」
「今んところ、それだけってことかよ?」
「コズミ博士からもらった資料、だけの話しだと、そうなる」
「回収だけじゃあ、つまんらんぞ?」
「一個人の資料の流出。が現状況だから、組織的なものが見えたら・・・もちらん。だ」


ポットを持ち上げて、ひとつ、ひとつ、ティカップに紅茶を注いでいくと、リビングルームに淡く紅茶の柔らかな香りが広がっていった。


「どう、動くつもりだ?009」
「より詳しい情報が必要だ・・・まずは、”交流会”と闇市(ブラック・マーケット)について。そして研究員の身元を知りたい。それと同時に、もう少し資料を詳しく分析していくつもりだ。まだ解読していないメモや、走り書きの跡があるから・・・個人情報に繋がるといいんだけれど」


人数分のティカップに紅茶が注がれて、それを順に配っていく。各々にそれを受け取って、自分好みにレモンやミルクを入れていった。


「ヤバくねえか・・・さくらが来んの、全員でコズミ博士とミーティングってのは、無理だぜ?こんな話し聴かせられねえだろ?」
「今さら断るのは、不自然だ。」
「005の言う通りじゃ・・・・これからはこういうことも頻繁に起こるかもしれん・・・そうじゃと思わんか?お前達は、これからどんどん一般社会にとけ込んでいくんじゃ、少しずつであっても今までのようにはいかんことも、多くなる。わかるじゃろう・・・?」
「どうしたもんかねえ・・・」
「僕は・・・」


スライスされたレモンを一つ、紅茶に入れた008が呟いた。


「僕は、普通にしていたらいいと思うよ・・・意識する方がおかしいよ。さくらが来たって、やることはやらないとね。それに、コズミ博士の話しを全員で聴かないといけない理由もないし・・・さ」
「ピュンマの言うとおりだ。誰が来ようと、関係ないだろうな・・・オレ達のやることはかわらん」
「さくらさんがいらっしゃってる間、001は・・・」
<イツモ通リ、地下ノ研究室ニ イルカラ 心配ナイヨ>
「・・・・001の、ミルクやオムツ、必要な物は地下に用意しておかないと、な」
「このまま、さくらさんには001の存在を隠したまま・・・なの?」
「付き合いが長くなればなるほど、不自然だろう?」
「わかっているわ、でも・・・」
「003の気持ち、解るアルネ。でも、これはみんなで決めたことアルよ、イワンも納得してるアルネ」
「・・・ええ。そうだけど」
「地下に籠もらせるのが不憫に思うなら、003,001と一緒に出かけるかぁ?どうだ?」
「え?」
「全員ここに居たってぇ、意味がないみたいだしなぁ、どうだろう?001と003、そして他の誰かと一緒に観光にでもでかけちまうっていうのは?」


007の意見に、しばしの沈黙が流れたが、すぐに002がその意見に賛成した。


「いいじゃんか、それ」
「001が一緒だから、何も心配ないネ!」
「そんな・・・遊んでなんかっ」
「遊びじゃねえっつうの、これもミッションだぜ?なあ?」
「いいんじゃないか?・・・はとバスでも乗ってこい」
「アルベルトまで!」
「いいアルネっ003はあまり外でないネ!001も同じアル、2人で行ってくるヨロシ!!」
「うむ。どうじゃ、イワン。フランソワーズと観光でもしてくるか?」
<楽シソウダネ。ソウイエバ、寄生虫博物館ッテ アルラシイネ>
「あ、そこ!僕も行きたいんだよっいいなぁ・・・・」
「おいおい、イワン、ムードがないねぇ、そんなこったあ将来モテないぞ?」
<・・・・スケベなコト シカ 思イ浮カバナイ 大人ヨリ イイト 思ウ>
「「「「「「「!?」」」」」」」」
「・・・・寄生虫博物館で見たものを”念写”したらいいんじゃないかしら?」
<ウン、博物館中ノ寄生虫ヲ映シ出スヨ・・・・トッテモ詳細ニネ>
「得に、ジェットは喜んでくれそうよね?・・・・ねえ?ジェット・・・」
「えprjsぴgっdそgjげbう゛ぁgjdあhtっっっっっっっ!イワンってめっ!!!」
「ジェットは、とってもイワンの”念写”能力に感心があるみたいだから・・・しっかり映し出さないと、ね?イワン」
<じぇっとノタメニ、僕ハ ガンバルよ!!絶対ニ、観テヨ じぇっと>
「~~~~~~~~っっ!!」
「・・・・・イワンが一緒でも、2人だけと言うのは・・あと1人か2人一緒に行ってもらいたい」


紅茶を飲み干して、ジョーは静かに言った。フランソワーズは空になったジョーのティカップに紅茶を注ぎ足すかどうか、ジョーに視線を向けると、彼はそっとティカップをフランソワーズの方へ移動させたので、フランソワーズは2杯目の紅茶をティカップに注いだ。


「じゃっ僕が行く!・・・ジョーも行こうよっ」
「・・・・俺?・・・は、コズミ博士の話しを訊きたいから残る、今調べていることも続けたい」


2杯目の紅茶を受け取りながら、ジョーは言った。


「我が輩がお供しよう!」
「グレートとピュンマで十分だな、イワン、フランソワーズ、遊んでもらってこい」
「その言い方、私がまるで子どもみたいじゃない?」
「オレから観れば、ガキンチョだからな」
「っ失礼ね」
「そう言うなら、少しは女っぷりを上げたところを見せてもらいたいね」


軽口をたたき合い始めたアルベルトとフランソワーズを止めるかのように、ジョーは口を開いた。


「明日は4人が外出、行き先は・・・自由でいいけれど、連絡を怠らないようにしておいて欲しい。コズミ博士の話しの内容次第では、すぐに戻って来てもらうこにとになるかもしれない。コズミ博士が来るのは明日の2時だ。ギルモア博士とオレはコズミ博士と一緒に地下の研究室で話し合うことになると思う。イワンのこともあるから、外出組はコズミ博士が来る前に・・・駅までオレが車で送る、よ」
「お、そりゃあ、助かるな!」
「じゃあ、昼前がいいね。昼食は外食しようよ!・・・11時くらいかな?」
「それくらいがいいわね」
<ジョー、今日ハ 寝テヨ。運転ヲ 君ガ スルンダッタラ、徹夜明ケノ 運転手ノ 車ナンテ乗リタク ナイヨ>
「・・わかっている、よ。イワン」


明日の予定が立ったところでミーティングは終了し、張大人とフランソワーズが夕食の後片づけのためにキッチンへ戻り、ジェットはリビング・ルームに残されてた、みんなが飲み終わったティカップなどを、片づけていた。フランソワーズにたいする謝罪のつもりなのかもしれない。


「・・・・ジェット?」
「なんだよ?」
「言わない・・の?」
「まだ、わかんねぇだろ?・・・・やっとこさパスワード入手するためのメルアドをゲットしたとこだぜ?」


リビングルームにジェットと共に片づけを手伝うピュンマの2人だけだった。


「・・・そうだけど、さ」
「あっちと、こっちが繋がってるって言う保証なんてねえんだしよ、ややこしいことにしたくねぇ」
「時期が合いすぎるよ・・・」
「オレも、そう思うけどよ・・・・・・。もしも、もしもだ。その”一個人の資料”の”個人”の名前が・・・よ」
「トーマス・マクガーだったら、繋がる・・・ね」
「いいか、ピュンマ明日まで、コズミのジーさんの情報を待つんだぜ?・・・オレたちが見つけたことなんてもんは、もしかしたら、ただの”お遊び”で・・・架空のものかもしんねえんだ・・・今日中にメールを送って・・・手に入れてみねえとな」
「・・・サイボーグの”設計図”をね・・・・・・・」
「知覚・感覚機能を一切排除する、それと、設計図・・・・あぶねえな・・」














====34 へ 続く

・ちょっと呟く・
( ̄-  ̄ ) ンー
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a day
朝起きて、リビングへ行くと、朝食が用意されている。

甘さ控えめのカフェオレに、バターたっぷりのトーストとスクランブルエッグにはチーズ入り。
プチトマトが転がって、オリーブオイルと塩胡椒だけで和えたブロッコリー。

朝食後に裏の車庫で車をいじっていると、僕よりも遅く起きてきたジェットが参加する。
彼は改造中のバイクのエンジンを自慢げに見せてくる。

時折のぞきにくるピュンマ。
釣りにいってくる!と声をかけてきたグレートと張大人。
期待はしていない・・・。

油まみれになったジェットと僕を見ながら、庭いじりをするジェロニモ。
温かくなってきて、ギルモア邸の庭に色が溢れ始めた。


昼食前に、一度風呂に入る。
ジェットが少しばかり早くバスルームにむかったので、僕は2階のゲストルームの方を使うことにした。


まだ3,4時間ほどしか経っていないのに、腹が減った。




昼食はフランソワーズが作ったクラブ・サンドイッチ。
彼女はパンを焼くところからはじめるから、できたてのパンに張大人の知人が特別に安値で売ってくれるプロシュットを大量に挟んだ、贅沢なもの。
オニオンスープに、デザートはウサギのリンゴ。

フランソワーズはイワンを膝に抱いて、摺り下ろしたリンゴをティースプーンで、食べさせていた。



昼食後、ピュンマと一緒にギルモア博士の手伝いをする。
ぼうずだった、グレートと張大人が帰ってきた。手には夕食の食材が入ったスーパーの袋。

干していた洗濯物を取り込むフランソワーズ。

ソファで昼寝をしているジェットが邪魔だ、と謂わんばかりに、アルベルトは珈琲を手に再び自室へ戻っていく、その途中でフランソワーズと一言、二言、言葉を交わした。
フランソワーズは嬉しそうにくすくすっと笑う。

・・・・・・別に、気にしてないよ?





日が暮れ始めた頃に、各部屋のルームライトがonになる。
カーテンの隙間からこぼれる明かりは温かいだろうか?



今日も一日が終わっていく。






今日一日にありがとう。と、さよならを。







「おやすみなさい、ジョー」

フランソワーズがくれる、おやすみのキス。
特別なことじゃないことを、特別にしたい。








いつか・・・・・。












end.






・あとがき・

原作?
だ~っっ!!とっと決めてこ~いっっ!!!っと叫びたかったのは、
大地くん・ジョーを書いてるせい?
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Day by Day・34
(34)


お腹が空いていようが、空いてなかろうが、甘い物が欲しくなるときは欲しいものである。それは理屈でもなんでもなく、ただ躯が求めているとしか言い表せない。
夕食を満足に食べてなかったフランソワーズだったが、それにたいしては、何も思っていなかった。空腹感も感じていない。けれども無性に何か甘い物が欲しくて、夕食の片づけを張大人と済まして、一度は自室に戻ったが、再び1階のキッチンへと足を向けていた。

先日の買い出しで、ジェットのために大量に仕入れた駄菓子の中に、いくつかのフランソワーズが選んだチョコレートを買っておいた。日本の御菓子はとても凝っている上に、一つの製品に沢山のヴァリエーションがあり、迷ってしまう。パッケージに印刷されているキャラクターも可愛らしく、御菓子売り場に入ってしまうと、ひとつ、ひとつ手にとって眺めてしまい、つい時間を忘れてしまうフランソワーズだった。

一度、それらの御菓子のことを思い出すと、気になって仕方がなかった。
誰に咎められることもないが、無意味に忍び足になってキッチンへと入っていく。電気をつけることも不思議と憚われた。

駄菓子を収納している棚から、すんなり目的のチョコレート菓子を一箱取り出して、そっとキッチンを抜け出す。

邸内の住人はみな、すでに自室に引き上げた様子だったので、フランソワーズは各部屋の戸締まりを確認しながら、自室へと戻っていく。リビング・ルームから吹き抜けの広間の天井を見上げると、ガラス張りになった天井。星のない瑠璃色の夜空に浮かび上がる、淡い光の輪に滲んだ月が優しい。

月の光にほのかな温もりを感じ、誘われるかのようにフランソワーズは玄関から外に出る。陽の光がない夜の世界は、季節が夏へと向かいつつも、いまだ肌寒く、入浴で温まっていたはずのフランソワーズの躯は芯から冷えていった。両手を組んで熱を奪われないように筋肉を緊張させながら、空を見上げる。


空はくるりと大地を包んでいる。

静かに耳にはいってくる波の音は、規則正しいリズムを刻む。
微かな葉擦れの音は、小さな秘密を囁きかける。


瑠璃色の幕にふうわりとした月暈のライト。
そっと躯の緊張を解いてみた。


腕をゆったりと広げ、足を第1ポジションに。
薄く唇から息を吸い込んで、上へ足を膝から上げていく。

踊っていなくても覚えている、感覚がある。
指先が、足先が、感じている。




・・・・・・・・・・・踊れる


















かたんっっ



と、手に持っていたチョコレート菓子の箱が、落ちた。
不意に現実へと引き戻されて、ぶるっと躯が寒さに凍えた。


フランソワーズは慌てて箱を拾い上げると、邸内に入り玄関の扉を閉めて鍵をかけた。
階段を駆け上がり、自室のドアを閉めてから床に崩れ落ちるようにして泣き出した。


声は出さない。



密やかに、フランソワーズは涙を流す。
それ以外の泣き方を、フランソワーズは忘れてしまった。



ーーー・・・ひとりで泣くなよ? 泣くときはちゃんと僕を呼んで、いい?




僕?




それは、いつのことだっただろうか?








「・・・・いつから、”俺”って言い始めたのかしら・・・?」


ふっと口元が微笑んだ。
この邸に移り住んで間もない頃に、ジョーに言われた言葉を思い出した。




泣くときは、ちゃんと僕を呼んで







呼べない。
呼べないの・・・・。



呼ぶことができるのは、私じゃない・・・





誰か。










フランソワーズは立ち上がり、部屋に付属しているバスルームに入っていき、熱いシャワーを浴びた。





泣いたら、駄目。
泣いたら、だめ。
泣いたら、ダメ。




ないたら、だめ。
おどったら、だめ。
よんだら、だめ。










####


グレート、ピュンマ、イワン、フランソワーズの4人をジョーが駅まで車で送った後、張大人が用意した昼食を済ませた。

コズミ博士とさくらは2時を少しばかり廻ギルモア邸に訪れた。出迎えたのはジェット。


「よ!!道に迷わなかったか?」
「ジェット~!なんだか久し振り~っっ」


さくらは大きく両手を広げてジェットの胸に飛び込んで、ハグを求め、背伸びした。慣れたようにジェットはきゅっと、さくらを抱きしめて、腰を屈めて挨拶のキスを交わす。


「お邪魔するよ・・・すまんの」
「ジーさん、よく来たなっ!いっつもこっちが邪魔してんだぜ?ゆっくりしていってくれよっギルモア博士が首を長くして待ってたんだぜっ」


ジェットは2人を邸の中へ通し、リビング・ルームへと案内する。


「ねっジェット、ジョーは?」
「ああ?ジョーは研究室で仕事中だぜ」
「ええ~~~~~~~~~~~~っっお仕事なのぉぉ?」
「おうよっ、ジーさんとギルモア博士にジョーは仕事だ」
「どうしてジョーなのっっ!ジェットが代わりに仕事すればいいじゃないっ!」
「人にはそれぞれ、役割っつうのがあんだよっ」


リビング・ルームのソファに2人を座らせて、張大人がタイミング良く香り良いジャスミンティーと、一口サイズのゴマ団子を運んできた。


「いらっしゃいネ、これワタシ特製のちょと改良を加えたゴマ団子ネ!ささ、お上がって下さいネ!!ジェットの分もアルよ!」
「張大人、こりゃ上手そうだねえ・・・・けれど、できたらギルモア君と一緒でいいかね?少しばかり、急ぎの用事もあって・・・・」
「おじ様、そんなに焦らなくても・・・」
「うむ、そうじゃがの・・」


コズミは自分の隣に置いたアタッシュケースに手を置いた。
ジェットと張大人は、その動きを見逃さない。


「それじゃ、ワタシがコズミ博士を研究室に案内するアルよ、ついでに博士とジョーにもお茶を運ぶアルネ」
「ジョーはずっと、その研究室にいるの?・・・ね、挨拶くらいしに行ったらダメ?」
「さくら、ワガママはいかんぞ・・・?約束したろう」
「でも、おじ様・・・」
「ジーさんが帰るころには、ジョーも一段落つくだろうぜっ!・・・な、さくら・・・邸内を案内してやるぜ?」


ジェットはさくらに向かって含みのある言い方をして、ウィンクをひとつ飛ばした。


「ジョーの部屋、興味ねえか?」
「あるっっっ!!!!!!!!!!!!!!」

ジェットの機転(?)により、コズミ博士は地下の研究室へ張大人に案内されて行き、さくらはジェットと一緒にリビング・ルームを出て2階へと行った。


<ジョーっ!>
<・・・・なに?>
<成り行きで、お前の部屋にさくらを連れてくぜ!>
<・・・・・・・・・なんのために?>
<大人しくさせるために決まってんだろっ? ヤバイもんかなんか、部屋に置いてねえか?>
<・・・・・・ナイ、よ>
<面白くねえヤツだなっ>
<・・・面白さを求められても、困る>
<物色されても平気か?>
<・・・・物色させるんだ・・・>
<もしもの時を考えて言ってんだよっ!>
<・・・・・・もしもの時を作らないように、してくれよ>
<へ~へ~・・・じゃな!>








####


2階へと上る階段の途中、さくらはジェットの背中に向かって話しかけた。


「黙って、行くの?」
「んあ?・・・ああ、ちゃんとジョーには了解とってあるぜっ?」


ジェットの言葉に、さくらは少しばかり疑いの色を宿した視線をジェットに向けた。振り返ってその視線を受け止めたジェットは憮然とした態度で、さくらを睨み返した。


「本当に?」
「お~お~、オレが信用できねってか?いいぜ~別にっオレはいつでもジョーの部屋に遊び行けるしよっ!」
「っっ!そんなコト行ってないじゃないっ、ちょっと確認したかっただけよっ!意地悪ねっ・・・本当は、ジョーに案内して欲しかったな・・・彼の部屋だもん」
「仕事が終わるまで待つか?」
「・・・・その時、彼は案内してくれると、思う?」
「さくら、アイツがすすんでお前を自分の部屋に案内すると思うか?」
「・・・お願いしたら案内してくれるわよっ」
「そうだよな・・・アイツはそういうヤツだよ」


階段を上りきり、ジェットは右に迂って歩く。さくらはむかって正面にあるコモンスペースの左隣にあるドアに視線を向けた。


「あれは誰の部屋?」
「・・あれか?」


ジェットはさくらが指さした方向のドアを見た。


「フランソワーズの部屋だぜ」
「・・・・・ふうん、一つだけ・・・離れてるのね?」
「ま、色々とな」
「・・・・ふうん」
「気になるか?ライバルとしてよっ?」
「フランソワーズさんは、ライバルじゃないわよっ彼女がそう言ったものっ!」
「フランソワーズが?」
「そうよ!ジョーが好きでも言わないんですって、想ってるだけで幸せらしいわっ・・・まるで聖女さまね?・・・何が面白いのかしらっ」
「・・ちょっ、ちょっと、まてっよ・・・・さくら」
「え?なに?」
「フランソワーズが言ったのかっ?!・・・・好きだってっっ」
「ええ、言ったわよ?・・・・なに?それがどうかしの?・・・・彼女は私の邪魔はしないって誓ったのよ?だから、ライバルでもなんでもないわっ!自分からリングを降りたんですもの、相手にならないわ!」
「・・・・・・・・言ったのかよ・・フランソワーズ・・・」
「?」
「・・・・・・・さくら・・・おめえ、すげえな・・」
「なによ?」
「・・・・認めた・・か・・そうか、認めたんだ・・・・フランソワーズのヤツ」
「っ一体、なんなのよっ!」
「すっっげえことなんだぜ?あいつにとって、それってよ・・・・」
「たかが、好きな人を好きっていうことが?」
「さくらには、簡単で当たり前のことかもしれねえけどよ、人によってはそれが・・・出来なくて、苦しむヤツもいるんだぜ?色々な理由でよ・・・・」


ジェットは立ち止めていた足を進めて歩き出した。さくらは納得できない様子で、ぷうっと頬を膨らませたままジェットについて歩く。


ジェットも、他のメンバーたちも、フランソワーズがジョーにたいして”仲間”以上の気持ちを持っていることは、本人であるフランソワーズよりも早くに気づいていた。と、言ってもいいほどに、彼女の小さな変化を見守ってきていた。本人に自覚が現れ始めた頃、その恋を応援したい気持ちと、ジョーは”やめておいた方がいい”と言う、お節介な兄ごころ。と、いうものから、兎に角フランソワーズの本心を聴きだそうと、あの手この手を使い努力してみたものの、頑なにフランソワーズは自分の気持ちを口にすることを拒み、上手く話題を逸らしては、うやむやにし続け、現在もそれが続いている状態であった。
メンバーの誰もが、彼女の仕草や目線・・・行動以外で、フランソワーズ自身のジョーにたいする気持ちを聴いたことは、一度もなかった。


ーーー・・・・・好きだって言いやがったのか・・フランソワーズの・・ヤツ。




廊下を歩きながら、ジェットはドアを指さして2階を案内する。


「ここが、アルベルトで、この正面がゲストルームんで、そっちの最後の部屋がグレート・・・でアルベルトの隣がオレの部屋!」


グレートとピュンマの部屋に挟まれた廊下の突き当たりには、大きな明かり取りの窓があった。透き通るような柔らかなカーテンが掛かっている。


「んで、こっちに迂ってピュンマの部屋・・・」


右側へと続く廊下に進み、ジェットはピュンマの部屋のドアをノックした。


「?」


さくらがギルモア邸に着てから姿を見せないピュンマだったので、さくらはジェットがピュンマの部屋のドアをノックしたことから、彼が部屋にいると、思いこんでしまったが、何も部屋から応答がない。


「ピュンマは外出中!グレートとフランソワーズもなっっ」
「そう」


興味なさそうに、さくらはキョロキョロと周りを見渡すので、ジェットは苦笑する。


「んでよっ、その隣・・の、この辺境の果てがジョーの部屋だぜ!」


ジェットが指さしたドアに、さくらは釘付けになった。
素直なさくらの反応に、ジェットは先ほどの会話を思い出す。


ーーーフランソワーズもちったあ、これくらいの”可愛い”素直な反応がありゃあ、ややこしいことにならねえのによお・・・。ったく、難儀なヤツだぜ・・・。


さくらはジェットを押しのけるようにして、ジョーのドア前に立ちスー・ハーっと2,3度深呼吸をした。ジェットはそんなさくらを見守っている。


「し、失礼しま~・・・す・・」


誰に向かっていったのか、緊張を含んだ声と同時に、さくらは両手でドアノブを回して、ドアを開けた。


部屋の窓は開かれていた。
午後の陽の光が燦々と部屋に注ぎこまれて、大きな窓一面に広がる海と空の青。迷い込んだ潮風に靡くカーテンを追いかける、フローリングに姿を現した影。
飾り気のない広々とした部屋に置かれた、最小限の家具。

起きたままの状態の乱れたベッド。脱いだままの・・・ジョーが着ていたのであろう、Tシャツがくしゃくしゃと置かれていた。
床に落ちた、2,3冊の雑誌はモータースポーツ関連のものに見える。
閉じられた備え付けのクロゼット。

壁に寄せられたデスクトップ・コンピュータが置かれた専用デスクと、それらの付属品を納めた棚。
3台の大きな本棚は2/3が埋まっている。

ベッドサイドに置かれた、小さなライトスタンド・テーブルの上に目覚まし時計が3つ。一つはデジタル。一つは、前に寝坊したジョーのためにグレートが買ってきた、ドラ○もんの目覚まし時計。そして、手のひらに乗るサイズの、携帯用のもの。と・・・・


「?」


さくらはベッドサイドに近づいて、それを手に取った。
ジェットもさくらの背後に立ち、さくらが手に取ったものを見た。


「なにこれ?」
「・・・・・」


赤い色をしたプラスティックの、3cmほどの細長い欠片。


「・・・変なの」


ジョーの部屋にない、たった一つの赤だったために、小さいながら、とても目立った。


「・・・車かなんかのだろ?・・・アイツ、わけわかんねえの、イジルの好きだからなっ・・・おいとけよっ、大切なもんかもしんねぇし」
「そうね!」


さくらは、そうっとそれを元にあった位置に戻した後に、さくらは視線をぐるりと一周させた。


「ジョーの香り!」
「・・・・・ヤツの部屋だしよ」
「ジョーって、ドラ○もんが好きなの?」
「あ?ああ、グレートが買ってきたんだ、ジョーが寝坊したときによ」
「ジェットもジョーも朝が遅かったものね!」
「オレはちゃんとした理由があんだよっ!!ジョーと一緒にするんじゃねえよっ!」
「ろくでもない理由でしょっ!」


さくらは跳ねるようにして、ジョーのベッドに腰掛けた。


「へっへ~!いつかここで、2人きりになれたらいいな~!」
「ま、がんばれよっ」
「もちろんっ!!恋は行動力が物を言うのよっっ黙って待っていればいつか・・なんて天の邪鬼すぎるわっ。どっかのおとぎ話のお姫様みたいに、待っていればいいのよ、永遠に!そして、おばあちゃんになってから後悔すればいいわ!!なんてバカだったのかしら~ってね」
「お前、きっついなあ」
「普通よ?・・・キライなの。ウジウジして、最後はみんなが助けてくれるっていうのを見越して・・・・私は何も知りません、なんて純情そうな顔しておいて、腹の底では何考えてるのか、わかったもんじゃないわ!男って好きよね?そういうの・・・」
「そういう風に見えてんのか?」
「それ以外、なんなのよ?」
「・・・」
「好きだけど、告白しない、邪魔はしない。ライバルじゃない。ですって!信じられないわっ!!! 好きだと想う気持ちは人それぞれで、私がジョーを好きだという気持ちとは違うんですって。一緒だなんて、こっちが迷惑だわ!好きは好き!ひとつよっ!!色んな言い訳をして逃げてるだけじゃないっ弱虫なのよっっ自分に自信がないだけじゃないっそれを格好の良い言葉に置き換えただけっ」


ジェットはさくらの言葉を聞きながら、腕を組んで片方の口角を上げて意地悪く嗤った。


「さくら、お前・・・フランソワーズのことが好きなのか?」
「っっ?!」
「なんか・・・えらく突っかかるからよ・・・なんつうか・・・・そんなに気にしなくてもいいもんじゃね?・・・・フランソワーズは、邪魔しないんだろ?ライバルじゃねえんだろ?」
「う、うるさいなあっ!ジェットが変なこと言うからよっっ!!」
「げっ!オレの所為かよっ!!」
「そうよっ!全部、ぜんぶ、ぜ~~~~~~~~~~~~んぶっ!!ジェットのせい!!!」








####


外出組の4人が、そろそろギルモア邸に戻ろうか。と、考え始めた頃に、ピュンマがギルモア邸に電話を入れた。時間はちょうど7時少し前。


「・・・・まだ、コズミ博士が・・・」
『ああ、そっちはそっちで夕飯でも喰ってから帰ってきたらどうだ?』


ピュンマはカフェの中が全体的に見えるウィンドウから、グレートとフランソワーズ、そしてその膝に抱かれたイワンに視線を送った。店内での携帯電話は使用を控えるように、との張り紙があったので、ピュンマは1人、カフェの壁に背を預けながらアルベルトと離していた。


「夕食は食べて帰るよ、でも・・・このままだと、帰られないんじゃない?」
『イワンを連れて帰ってくるところを見られてしまうからな・・・』
「こんなに長引いてるなんてさ・・・・・また、始まるのか・・な?」
『・・・・わからん』
「・・・・・・・・変なこと、言っていいかな?」
『なんだ?』
「・・・・・・・やだな・・・僕。また、始まるなんて」
『・・・・・・・・・・誰も好きなヤツなんていない、さ』
「今日、とっても楽しかったんだよ!・・・・とっても・・楽しかったんだ・・・・」
『どうした?お前らしくないな?』
「間違ってたかも」
『?』
「・・・・こうやって暮らすことは、間違ってたんじゃないかな」
『・・・』
「僕たちは、平和に暮らすなんてことを、望んでは、してはいけなかったんじゃないかな・・・」
『ピュンマ・・・』


ピュンマの目の前を行き交う人々。

家族。

恋人。

友人。

みな、ピュンマを見ることもなく通り過ぎていく。


「知らなければ、よかった・・・そしたら・・・」
『知ったからこそ、失わないように、また戻ってくるために戦える。そうだろ?』
「・・・」
『オレたちは、戦闘マシーンじゃない。オレたちは”人”だ・・・平和に、幸せに暮らして何が悪い?』
「・・・うん」
『間違いなんかじゃない、オレたちは、何も間違っていない。ピュンマ・・・何を弱気になってるんだ?・・・まだ、何も解ってないんだぞ?』
「・・そう、だよね・・そうだよね!・・ごめんっアルベルト」
『本当に、変なことを言ったな・・・忘れるぞ?』
「うん、忘れて!・・・ごめんっ・・・・つい」
『それだけ、楽しかったってことだ、気にするな・・・・旨いものでも喰って帰ってこい』
「張大人の中華以上の美味しい御飯なんてないよ!」
『中華でなくてもいいだろ?』
「あ!・・・そっか・・・うん、グレートとフランソワーズに相談するよ!」
『地下から出てきたら、こっちから連絡する』
「わかった、じゃ!」
『・・・また』


ピュンマはアルベルトが電話を切ったのを確認してから、手に持つ携帯電話の通話をoffにした。短い息を短く吐いて、もう一度カフェの方へ、視線を向けると、グレート、フランソワーズ、そしてイワンがピュンマを見つけていた。3人と視線が合い、ピュンマがそちらの方へと手を振ると、笑顔で3人が手を振り替えしてくる。

車道を走る去る車、行き交う人々、今日1日でどれだけの人とすれ違ってきたのだろうか。







カフェのドアを開けて、ピュンマは3人が席に着くテーブルへ早足に戻り、夕食を食べて帰ろう!と話し始めた。



















======35へと続く



・ちょっと呟く・
でい・ば・でー・2で
・・・ひとりで泣くなよ? 泣くときはちゃんと僕を呼んで、いい?
ってジョーは言ってます。
思い出せた!・・・>(゜O゜)☆\(^^;)おい




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timeless
艶やかに、柔らかく、海の宝石のごとく輝くは真珠色の肌。
こぼれおちた、吐息は空気に触れて科学変化をおこす。

苦し気に、呼ぶ、名前。
愛しげに、這う、指先。
切なげに、絡まる、緊張。

重ね合った、熱。
奪い合う、高まり。




落ちていく快楽。





夜気深まる、冬。
六連星、きらりと鮮やかに。
群青色に染まる、宙は高く。

「・・・・」

白い波の狭間に身を包まれて。

「?」

人肌、香り高いチュベローズに重ね逢わせた。

「・・・・なんでもない、よ」

月光に揺られる瞳、映し出す闇色。
痺れた躯、海の底に沈んだ疲れ。

何度でも、時間が許す限り。

アイサレテ アイシタイ

「・・・・ジョー・・・愛してるわ」

アイサレテ

「・・・・・フランソワーズ」

アイシタイ











キミにアイサレテ、アイシタイ













end.









・あとがき・

・・・・・・これっていいのかなあ・・・・・・・出して・・・・・(?-?) エトォー。
ジョー・誕だしね!>言い訳?


期間限定だしね!>再び言い訳。

これが限界さ!>加速装置で逃げる・・・。
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Day by Day・35
(35)



ギルモア邸のキッチンで、張大人が悩んでいた。
そろそろ夕食の準備を始めたいのだけれども、外出組の4人はどうするのだろうか?コズミ博士とさくらには是非、自慢の腕を披露したいけれども、地下の研究室に籠もったままのジョー、ギルモアそしてコズミの分は地下へと運んだ方がいいのだろうか?

張大人の悩みを見透かしたように、アルベルトはキッチンでうん、うん唸る、張大人に声をかけた。


「外出組は、喰って帰るらしい」
「あいやぁ!アルペルトっ連絡あったアルか!」
「・・・・アル””ルトだ。・・・・ああ、さっきピュンマから、だから奴らの分は必要ないぞ」
「ふむふむ・・・地下の3人はどうするアルかねえ?」
「このままだと、困るな」

アルベルトが、彼らしくもない雰囲気で溜息をついた。

「どうしたアルか?」
「落ち着かんだけだ」
「まあ、仕方ないアルね!」

ゲームキャラクター達が叫ぶ、必殺ワザに決めセリフが、大音量でビングルームだけでなく、キッチンにまで届いてくる。ジェットが自室から持ってきたゲーム機をリビングルームのテレビに繋げ、今、ジェット、さくら、ジェロニモの3人で熱い戦いが繰り広げられていた。

「一度、様子を見に行った方が良さそうだな・・」
「ついでに、夕食はみんなと一緒かどうか、訊いてきて欲しいアルネ!」
「わかった、訊いてこよう」

いつもはキッチンの隣、ダイニングルームにあった収納室をを潰してつくった、地下への通路を使うのだが、あえてアルベルトはギルモアの寝室の隣にある別の通路から地下へと向かった。


階段を下り、研究室へ向かう廊下から話し越えが聞こえてきた。
声の方へと歩み寄っていくと、ちょうど研究室前に立つ3人の姿が目に入った。向こうもアルベルトに気がついたようで、彼の方へと振り返る。

「お疲れ様です・・・。終わったんですか?」
「おお、アルベルトくん」
「コズミ博士、お疲れ様です」
「なんじゃ、何かあったのか?」
「様子を見に来ただけですよ。もう、いいんですか?」

アルベルトはチラリとジョーに視線を向けると、ジョーは静かに頷いた。その表情からは彼らがどのような話しをしたのかは読み取れないが、しかし、彼の態度や落ち着き具合から、事が急ぎの物ではないことが解る。

「長いことスマンかったね、さくらは、退屈しとらんかな?」
「今、燃えてますよ」
「!さくらが料理でもしたのかっ」
「い、いいえ・・ゲームで熱戦中と、言うことです」

コズミの慌て具合に、アルベルトはくすり。と嗤った。本当にさくらは料理がダメなようだ。

「張大人が腕を奮ってくれるようですから、上に行きしょう」

アルベルトは、自分が先ほど使った方の通路へとコズミとギルモアを促して足を進めたが、ジョーは研究室前に足を止めたままだった。ギルモアは、ジョーが自分たちと”上”へは戻らないことを知ると、やや強い口調で言葉をかけた。

「ジョー、少しは休みなさい。・・・一緒に来るんじゃ」

ギルモアの言葉にジョーは微笑んだ。が、その言葉を受け取らない、と言う意思を持って首を左右に振った。

「いいえ、博士。みんなに話す前に・・・自分の中で整理をしておきたいんです」
「そんなもんは、一晩あればいいじゃろ?ミーティングは明日でいい」
「・・・そうですが、スミマセン」
「島村くん・・・・今、きみが何をしても、進展することはないんだぞ・・わかっているはずだがねえ?」
「コズミ博士・・・・解っています。ただ、少し独りになる時間が欲しいだけですから。ギルモア博士、大丈夫です・・から」

コズミ博士はジョーの態度から、彼が絶対に意見を曲げないつもりであることを読み取った。ギルモアは、頭では解っていても、つい言葉を重ねて投げかけてしまいそうになるようで、口を開き変えたギルモアをアルベルトが止めた。

「コズミ博士、ギルモア博士、先に戻って下さい・・・」
「しかしなっ」
「ギルモアくん、いいじゃないか・・・ここは彼の言うとおりに・・・・旨い茶が飲みたくないかね?」

ギルモアはコズミの言葉に頷きながらも、心配そうにジョーへ視線をむけ、次ぎにアルベルトを見上げて、軽く息を吐いた。

「ジョーを連れてきてくれるか・・・?」
「・・・・腹が減れば、ヤツも折れますよ」

アルベルトの言葉に力無くギルモアは微笑んで、コズミと共に”上”へ向かった。


2人の背が見えなくなったところで、アルベルトは、早足に研究室へ戻ろうとしたジョーの頭を平手で、ぺしっと叩いた。

ジョーは後頭部に受けた軽い衝撃に、振り返る。

「バカか、お前は。ギルモア博士を心配させて」
「・・・・・・・心配させているつもりはないよ」
「事実、博士は心配しているんだ、つもりじゃないだろ?」
「・・ごめん」
「オレに謝っても仕方がないだろ?・・・謝るくらいなら、さっさと上へ戻るぞ?」
「・・・・」

ジョーは俯いて、アルベルトの言葉を聞いていないかのように、研究室へと入っていった。
アルベルトはジョーを追いかけて研究室へと入っていく。

6台のコンピューターを乗せたデスク意外に、2つのライティング・デスクが置かれている。一つはギルモア専用、もう一つはここでギルモアの仕事を手伝う者が使う。そのデスクの上に、コズミがもっていたアタッシュケースが置かれていた。

「お前らしくないじゃないか」
「俺らしくない?」
「・・・・ああ、そうだ。上に行きたくない理由でも、あるのかい?」
「・・・さっきも言ったように、コズミ博士の話しや、その他のことをちゃんと整理をして」
「言い訳はいい・・・男が仕事を色恋沙汰の言い訳にするなんて、情けないぞ」
「・・・言い訳になんかしてない、よ・・・事実を言ったまでだ」
「事実か?なら、少し休め。能率が悪い」
「・・・・・ここでも休める」
「上に戻りたくない理由があるんだろ?」
「・・ない、よ」
「ある、な」
「ない、よ」
「ある・・・・さくらだろ?」
「・・・・違う」

アルベルトは、”ζ”zetaのデスクチェアにどっかりと腰を下ろし、長い足を組んだ。
ジョーは立ったまま、起動中の”δ”deltaのモニターをチェックする。

「訊いたぞ」
「・・おしゃべりなヤツ、だ」

苦々しくジョーは口元を歪めたが、視線はモニターから外さない。

「今日は会わないつもりか?」
「・・・さあ」
「わざわざ、お前に会いに来たんだろ?・・・コズミ博士もそれを知っていて・・・」
「・・・・・知らない」
「ヒドイな」
「・・・・断った。それ以外どうしろって言うんだ、よ?・・・・」
「気持ち、わかるだろ?・・・・彼女が一生懸命になっている気持ちを、好きだと言う気持ちを・・今のお前なら・・・わかるから会い辛いんだろ?」
「・・・」

ジョーは隣の”γ”ganmmaを乗せたコンピュータデスクに異動して、そのデスクチェアに座ったために、アルベルトの視界からジョーが消えた。

「当たりか?」
「・・・」

機械音が静かに唸る中、お互いの姿を捉えることもなく、会話が進んでいく。

「腹、減らないのか?」
「・・食べなくても死なない、よ」
「ジョー」
「・・・・」
「好きになって、次はどうしたい?」
「・・・・」

アルベルトは組んでいた足を解いて立ち上がると、デスクチェアがその重みから解放されて、きしり、と音を立てた。

「今回の事がクリアになったら、オレは一度、国へ戻ってみようと思う・・・」
「・・・・・」
「短期間だけだが・・・様子を見て・・・・できたら、向こうで暮らしたい」
「・・・わかった・・・・いつか、誰かが言い出すと思っていた、よ」
「連れて行くぞ」
「・・・アルベルト?」
「陸続きだ・・・・・ジョー、オレは彼女を連れて行くつもりだ」
「・・・え・・・」
「ここに居ても彼女のためにならないなら、何も変わらないなら、オレはフランソワーズを連れてドイツへ行く・・・・ジェットも、似たような考えだ。お前もその方が楽だろ?」
「楽・・・?」
「フランソワーズがいないなら、以前のように”来る者拒まず”な生活が出来て、楽だろ?」
「っ!」
「それに、フランソワーズが言ったんでな・・・”置いていかないで”って・・・な風に」
「?!」

アルベルトが立ち上がった位置から、ジョーの栗色の髪が見えた。
その位置からはジョーの顔を見ることはできなかったが、彼の動揺は手に取るように伝わってくる。

「付き合いは・・・長いからな。1人で寂しい思いをさせるくらいなら、一緒に連れて行って、フランソワーズがしたいことを助けるつもりだ・・・・いいな?」
「・・・・っ・・・・・・・・わか・・た」
「いいんだな?」
「・・・・・・・彼女・・が、それを・・望むなら・・・」
「お前は、それでいいのか?」
「・・・・・・・・・・俺は・・・・」
「ジョー、お前はどうしたいんだ?」
「・・・・・」
「フランソワーズが好きなんだろ?想っているだけで満足か?・・・・・それなら、それでいい。想い続けて、一生片思いでいろ。美しいじゃないか・・・・究極の純愛を貫き通せ。その代わり、絶対にフランソワーズに、触れるな、手を出すな、邪魔するな、嫉妬するな、絶対に自分の想いを隠し通せ。・・・・・他の男がフランソワーズを手に入れることを受け入れるんだぞ・・・、黙ってな。徹底的に彼女の仲間で、家族で居続けるんだ・・・一生だ。誓えるなら、オレはもう、これ以上何も言わない」

ジョーは微動だにせず、黙ってアルベルトの言葉を聞いていた。
響く機械音だけが正確なリズムを刻み、低音で床に響く冷却用モーターがいつもより煩く感じる。

「・・・・・誓える、よ」
「・・・ジョー・・・・」
「・・・・・もしも、もしもだ・・フランソワーズを本気で愛し、護れる男が、彼女を・・・幸せにできる男が現れた、なら・・・・誓う・・・・・一生、俺は自分の気持ちを伝えない。仲間として、家族として・・・・ずっと彼女を見守り続ける、よ・・・・・・」

アルベルトは深く溜息をついて、ジョーの背後に立ち、平手で彼の頭を先ほどよりも強く叩いた。

「オレは、そんなセリフが訊きたくて言ったんじゃないぞ?バカが・・・・」
「・・・・」
「なぜ、フランソワーズが日本語を勉強しているのか、ちゃんと考えたことあるのか?」
「・・・知ってるんだ」
「・・・・・気づくだろ?普通・・・翻訳機があんなボケた間違いをするか・・ジェットじゃあるまいし、な」
「・・・・真面目だから、彼女は・・」
「ああっ!っったく・・・・お前はジェット以上にバカだろ?・・・・・いい加減にして欲しいねっ、バカは鳥1人で十分間に合ってるんだ」

ジョーはゆっくりと立ち上がり、アルベルトの方へと振り返ったが、彼の顔を見ることはなく、視線は床に落としていた。

「・・・・俺は・・・・・・」
「・・」
「・・・・・・・・・・・ただ・・・・」
「ただ、なんだ?」

ジョーは俯いた状態でアルベルトから離れ、ライティングデスクの上に置かれていた、アタッシュケースを開けた。アルベルトは視線でジョーを追う。

「・・・・・・・・・・・・・・フランソワーズが、いつまでも・・・笑って、幸せでいてくれること、だけを、望んでいる・・・・・・・・・それが・・」




ーーーそれが、俺の手によって・・・・なんて・・・・無理なんだ




言葉を詰まらせたジョーに向かって、アルベルトは言った。

「それがお前であれば、オレは安心してここを離れていくことができるんだがな」


ジョーはアタッシュケースの中から封筒を取りだして、その中の数枚のプリントを手に取った。
アルベルトは黙って研究室を出て行く。
ドアを閉める、その手を止めて振り返ったアルベルトは、数センチだけ開らかれたドアの隙間から、ジョーの背中が見えた。




戦場で、ぴったりと寄り添いながらお互いを護り合っていた。

009の背に護られた、003。
003に背後を委ねた、009。


それがなぜ、この平和な日常では見られないのだろうか?
お前たちは・・・・戦場の中でしか、お互いの気持ちを表現することしかできないのか?




戦うために生まれた、サイボーグ戦士として出会ったからか?








違う。

オレたちは、人だ。





ジョー、見せてくれ・・・・。
サイボーグでも、サイボーグ同士でも・・・・サイボーグだからこそ・・・・。





戦うためにしか生きられない、運命だと言うオレたちに
・・・・人を愛し、愛されるために生きることができると・・・・・














####

研究室から戻ってきたギルモアとコズミは、ダイニングルームで張大人が淹れた玄米茶を飲みながら夕食の準備が調うのを待っていたところに、アルベルトが姿を表してテーブルにつき、ジョーの姿が彼と一緒でないことに、ギルモアは短く溜息を吐いて、微苦笑した。

「ジョーは、来んのか?」
「・・・スミマセン」
「まったく・・・・・ジョーは、儂よりも仕事の虫じゃぞ?」
「いや、そういう事じゃないと思うんだがなあ、ギルモアくん・・・・その、ま。ナントカの病は・・ってことかの?・・・う~む、それはちと、違うか・・・こういう場合はなんと言えばいいのか・・」
「ナントカの病?・・・なんのことじゃ?コズミくん」
「コズミ博士、ジョーはただの仕事の虫ですよ・・・・009としての責任みたいなもんです、放っておいてやってください・・・少しばかり気負っているだけなんですよ、ジョーは」
「ジョーは病気なのか?・・・何も言っとらんかっとぞっ、いかんな、どんな小さな事でもちゃんと報告してもらわんと!」
「いやいや、いくらギルモアくんでも、こればかりはどうもできんぞ?」
「っ?!何っっ!!どういうことじゃ!」
「・・・そういう話しを、ギルモア博士からは訊いたことがありませんね、そういえば」
「ふむ・・・アルベルトくん、もしかしたら・・じゃぞ?」
「ええ、天才と言われるギルモア博士なら、ですか?」
「なんじゃっ?!いったい、なんの話しをしとるんじゃ?」
「ギルモア博士・・・」
「ギルモアくん・・・」

コズミとアルベルトの真剣な表情に、ギルモアは思わず身構えてしまい生唾を飲んだ。もしや、ジョーは何かとんでもないことを自分に隠しているのかもしれない、と。胸を縮こまらせた。

「恋の病、なんじゃ・・・・いや、なんというか恋愛問題じゃな」
「一方通行な片思いの三角関係・・・とでも、いうのか、ギルモア博士。ぜひ博士のご意見をお聞きしたいですね」

2人の重なった言葉に、ギルモアは目を白黒させて固まってしまった、と思ったら、素っ頓狂な声で、恋っ?!と叫び、アルベルトとコズミにその口を慌てて塞がれてしまった。

しばしの間、コズミとアルベルトへ交互に視線を泳がせながら、ギルモアは素直な自分の意見を口にした。

「なんじゃ?・・・・ジョーとフランソワーズは好きあってるんじゃないのか?なんと言うか、お互いに遠慮しあっておるようじゃが、何が問題なんじゃ?三角関係?・・・・ジョーが女性に優しすぎることを、フランソワーズが嫉妬でもして拗ねたのか?そりゃジョーが悪い、日本式に土下座でもして早いところ謝らせなさい」
「「・・・・」」

合っているようで、微妙にズレたギルモアの言葉にそれ以上、コズミもアルベルトも話題にはしなかった上に、ギルモアの言葉を訂正するつもりもなかった。このまま、そう思っているギルモアが幸せに思えたからである。




夕食の準備が調ったと言う声に、リビングルームで熱戦を繰り広げていた3人、ジェット、ジェロニモ、さくらがダイニングルームへとやってきて、それぞれテーブルに着いたとき、さくらはジョーの姿がないことに全身で落胆して見せた。

ジェロニモは一度席についたが、立ち上がってダイニングルームにある電話機を取り、内線番号で地下の研究室へと電話をした。数回のコール音で、ジョーが電話に出ると、ジェロニモは小声でジョーと話しながらリビングルームへと移動した。

張大人が忙しなく、キッチンとテーブルを行き交う。
2、3分ほどして、ジェロニモは再びダイニングルームへ戻り、電話機を元に戻して席について、一言、キッチンからトレーを持った張大人に告げた。

「あと、20分ほどでジョーも来る。」
「アイヤ!そうアルか!!よかったネっ。ずと研究室だったから、きっとお腹ぺこぺこアルヨ!」

ジェロニモの言葉に、張大人は嬉しそうにキッチンへと戻っていった。
アルベルトは、少しばかり驚いたような視線をジェロニモに向けていた。それにたいしてジェロニモはニヤリと笑う。

「押してダメ。引いてみる。ジョーは単純」
「・・・・ほお、それで?」
「余計なことしない、言わない。それがジョーのため」

自分が研究室でジョーに言ったことをジェロニモは知っているのか。と、疑いたくなるような言葉に、アルベルトは苦笑するしかなかった。

「ジョーに会えるのね!」

さくらは、ジョーと会えると解り、それだけで頬を上げて嬉しそうに笑った。




ジェロニモが言ったとおりに、みなが食事を始めてから少し遅れて、ジョーはダイニングルームを訪れた。さくらが一番に声をかけ、ジョーは微笑んだ。

夕食の席の話題は、主にコズミ邸での出来事が中心になり、その場にいないピュンマがサカナにされて、ここぞとばかりにジェットは色々なネタを披露したが、結局は最後、ジェット自身がサカナにされて夕食は終わっていった。

和やかな雰囲気に包まれたダイニングルームで、コズミが食後のお茶を啜りながら静かに口を開いた。

「そろそろお暇させてもらうかの、夕食まで御馳走になってしまって・・・とても楽しかったよ。本当に、張大人の中華は世界一じゃな・・・さあ、さくら。帰る支度をしなさい」

「ええっ・・・おじ様・・・もう?」
「十分じゃろう・・私の用事も済んだんじゃしなあ」
「・・・」

テーブルを挟んだ向かい側に座る、ジョーを見つめるさくら。
ジョーは視線に気づいて手に持っていた湯飲みから視線を上げようとしたとき、リビングルームに置いてある電話機が1つコール音を鳴らすと、その子機であるダイニングルームの電話機も追いかけるようにして鳴り始めた。ジョーは立ち上がって電話に出る。

「・・・はい」
『ジョーかな?グレートだ』
「ああ、グレート・・・・」
『こっちは夕食をすませたトコロでなあ、イワンのオムツの替えもつきたし、そろそろ戻ろうかとおもっとるんだがねえ』
「・・・どの辺?」

電話の相手が外出組であることを知ったコズミは立ち上がって、目線でさくらに帰り支度を促す。

『まだ、○○だが・・タクシーで帰ろうか・・どうしようか迷っていてなあ』
「電車でなら駅まで迎えに行く、よ・・・疲れているならタクシーでもいいじゃないかな?」
『まだ・・・いるのかな?コズミ博士と、さくらちゃんは』
「・・・うん・・・・だけど・・・・・」

ジョーはコズミがリビングルームへ向かう姿を見つめ、コズミに続いたさくらと視線が合ったが、何ごともないように、彼女から視線をはずして、会話を続けた。

「・・・・気を付けて帰ってきてくれ、よ」
『そろそろ、いいのか?』
「うん」
『わかった、また連絡するな』
「・・・駅についたら電話してくれるかい?・・タクシーなら、邸に着く前にでも」
『了解した!』
「じゃ」

電話を切って、元の位置に子機を戻すと、ジョーは顔を傾ける。
ジョーのそばに、さくらは立っていた。

「・・・・なに?」
「ジョーのお部屋、見せてもらったわ。お邪魔した後に言うのも変だけどっ!」
「・・・・・・ああ、うん。散らかったままで、ごめん」
「そんな!ぜんぜんよっ!!」
「・・そう」
「会えて嬉しいわっ!!・・お仕事で、遊べなかったのが残念だけど・・・。ねぇ、私ね、行きたいところがあるの」
「・・・・」
「どうかしら?」
「・・・・・・仕事が忙しくなると、思うけれど・・・ジェットやピュンマに相談してみるよ。どこへ行きたいの?」
「・・あ・・・・・う、うん。ええっと、あのね」
「・・・後で、ジェットにでもメールしておいてくれたら、いいよ」
「あの、そうじゃなくって・・・」


簡単な一言が出てこない。
さくらは焦れば、焦るほど、言いたい言葉が喉に届かずに沈んでいく。



ジョーの瞳が冷たい。
何も、映っていない。



ジョーの目の前にいて、彼の瞳を見ているはずの自分がいない。









「・・・・メールしとくね!!」


そういうのが、精一杯だった。






ーーー2人でどこかへ行きたいの、連れて行って。


言えなかったのでなく、言わせてもらえなかったのが正しいのかもしれない。





ギルモア邸を出て、見送られながらコズミと共に家路につくさくらは、運転しながら何度も溜息を吐く。助手席に座るコズミは、さくらの溜息の原因をよくわかっていたが、言葉をかけてやることができなかった。

こんな形で出会わなければ、ジョーを自分の養子に迎えたかったと、思う気持ちに偽りはない。
フランソワーズのことも、ギルモアほどでなくても自分の娘のように可愛らしく感じ、その彼女が背負ってしまった運命にこころが傷み、幸せを願わずにはいられない。

コズミがさくらと初めて会ったのときは、まだ彼女が3,4歳の、ろくに自分の名前を言うことができない時期だった。


「さくら、溜息ひとつ吐けば、幸せがひとつ、逃げていくんじゃぞ・・・?」








####

コズミとさくらを見送った後に、フランソワーズからタクシーで邸に戻ると連絡が入った。
外出組の4人がギルモア邸に帰ってきたのは11時少し前。

留守番組へのお土産を手に戻ってきたグレートは、早々に部屋へと引き上げて行き、ピュンマはバスルームで一番風呂を楽しんだ。

ピュンマにお風呂を譲ったので、フランソワーズはイワンをベビー・バスにいれて、着替えさせた。めったに外出することがないイワンは、流石に疲れたのか、夜の時間ではないがコモンスペースの揺りかご式のベビーベッドで、すやすやと眠りについた。

イワンのベッドを左右に揺らしながら、フランソワーズはイワンが眠ったことを確認し、おやすみのキスをひとつ彼のマシュマロのような ふくふく とした頬に贈る。座っていた背もたれがない飾りイスから立ち上がり、コモンスペースから短い廊下を歩いてダイニングルームへ。そこからキッチンにいる張大人に手伝うことはあるかしら?と、訊ねたら、何もないアルよ!と言われたので、冷蔵庫からコップにオレンジジュースを半分くらいついで、リビングルームへと向かう。

特注の大きな白い皮のソファがフランソワーズを誘っていたが、そこへ一度腰を下ろしてしまえば、心地よい感触に自室へ戻る時間がどんどん延びてしまう。
フランソワーズは自室へ戻ることに決めて、リビングルームを出て行こうとしたとき、突然、真っ暗な影に覆われて、躯を後ろへひいたけれども間に合わず、その影とぶつかった拍子にもっていたコップが かつんっ と、フローリングに1度は大きく跳ねて、2,3度繰り返し跳ねながら、床に転がった。

「あっ!!」
「・・・うわっちゃ~~~~っ!!」

柑橘類独特な香りがフローリングに広がって、ジェットは慌てて足を上げて液体を避けた。

「ぼうっとしてんじゃねぇよっフランソワーズ!!」
「っそっちこそっ!!」

フランソワーズは屈んでコップを拾い上げようとしたとき、ギルモア邸の玄関のチャイムが鳴った。


ジェットが、フランソワーズが、キッチンにいた張大人が、すぐさま反応する。
1階の自室にいたジェロニモが、その巨体からは想像できない素早さで自室から出て、コモンスペースで眠るイワンを抱き上げた。自室にいたアルベルトは、広間にむかって取り付けられている吹き抜けの明かりを拾う飾り窓の壁際に躯を沿わせ、玄関に向けて5つの銃口を構えた。ピュンマはバスルームから飛び出しジェロニモの隣に立つ。グレートはその身を小さなネズミに変えて、階段の手すりの影に隠れた。

地下にいたジョーからチャイムとほぼ同時と言っていいほどの素早さで脳波通信による指示が入った。

<003!>

ジョーの声と同時に”眼”のスイッチを入れた。
距離を測って玄関先にまで映像をズームにし、透視する。








前にも一度あったことが、再びギルモア邸に訪れた。

<・・・・・・さくらさん。よ・・・彼女1人。周りには・・>

フランソワーズは首を巡らせて用心のために、ギルモア邸の周囲を一周する。

<誰もいないわ・・・・コズミ博士は一緒じゃないみたい、1人で戻ってきたみたいよ>

<<<<<<<・・・・・・・>>>>>>>




「二度あることは三度ある。と、言う言葉が日本にはあるんだ」と言っていた・・・ピュンマの豆知識が妙に腹立たしく感じたのは、その場にいた誰だっただろうか。


空気が緊張から解放される。

はあ、と溜息をついて、濡れた躰に着込んだパジャマがぺったりと張り付いたピュンマは、再びバスルームに戻り、ジェロニモは、そうっとイワンを再びベビーベッドに寝かせると、そっと揺りかごのようにそれを左右に揺らしてから自室へと戻った。アルベルトはちっと小さく舌打ちをうって、窓から離れ、投げ捨てた文庫本を拾い上げた。グレートはネズミの姿のまま自室へと戻っていく。張大人は再び食器を棚にしまい始めた。

ジェットは、赤毛の髪をわしゃわしゃと掻きながら玄関へと歩いていく、その姿を見つめながらフランソワーズは、落としたコップがもう二度と使えないことに、ふうっと息を吐く。

「このカップ可愛かったのに・・・」

割れてはいないが亀裂の入ってしまったそれを、拾い上げて珈琲テーブルに置いてから、ティッシュペーパでさっと、フローリングに広がったオレンジジュースを拭き取り、トイレ横にある、掃除道具用の収納室からフローリング用のクイックルワイパーでジュースのべたつきがないように掃除した。


「誰だ~?」

扉の向こうにいるのが”さくら”であるとわかっていたが、すでに午前1時を過ぎた時間である。玄関のドアを開ける前に、声をかけてみた。

「・・・・ジェット?」

扉に阻まれたさくらの声は遠い。

「さくらか?」
「・・・・・・・・・うん」

ジェットは、観音扉式の右側だけをゆっくりと開ける。と、そこに申し訳なさそうに、体を小さくして立つさくらがいた。

「・・・お前、何考えてんだよ!・・・とにかく、入れっ・・・・コズミ博士は?」
「おじ様は家よ・・・1人で戻って来ちゃった」

ジェットはさくらを室内に入れて、扉を閉めると鍵をかけた。

「なんで引き返してくんだよ・・・・今、何時かわかってんのかっ?!」
「・・・・・ごめんなさい。でも、でもっっ!!どうしても言いたかったのっっ言えなかったから・・・・さっき・・・・」
「ったくよ・・・何を言いたくて戻ってきたっつうんだよ?」
「・・・ジョーに会ってもいいかな?」
「・・・・ジョーは研究室だ・・まだ仕事してるぜ?」
「え・・・まだ?」
「ああ、色々ちょっとあってよ・・ま、いいや。とにかく来いよ」

ジェットはさくらをリビングルームへと連れて行こうとしたとき、自室から出てきたアルベルトが、階段を降りながら冷たいアイスブルーの瞳でさくらを射抜くように見つめたために、彼女はリビング前で足を止めてアルベルトの方へと視線を向けると、彼の威圧感ある雰囲気にぱっと視線を床へと落とした。

「・・・・・・非常識だな」
「・・・ごめんなさい」
「用事があるなら、明日でもよかったんじゃないのか?」
「・・・どうしてもっ・・・言いたかったの・・・気が付いたらここに・・・」
「コズミ博士は知っているんだろうな?」
「あ・・・」

弾かれたように顔を上げたさくらだったが、それはほんの一瞬で、再び視線を床に落として力無く首を左右に振った。

「げっ・・知らねえのかよっジーさん!・・・・お前、フランソワーズじゃあるまいし・・」
「・・・・ごめんね、ジェット」
「心配して、大事になる前に電話をするんだ。今すぐに」

アルベルトは視線をさくらからジェットに移す。ジェットは短く頷いて、自分の背に隠れるようにして立っているさくらを促してリビングルームに入り、すぐにコズミ邸へと連絡させた。

リビングルームのソファに座り、小さくなるさくら。
アルベルトも2人を追う形でリビングルームにやってきてソファに腰を下ろした。ジェットはダイニングルームへ向かうと、キッチンの片づけを済ませた張大人の姿はなく、お湯を沸かしているフランソワーズに声をかけた。

「何やってんだよ、フランソワーズ」
「お茶を淹れてるの・・・・紅茶でいいかしら?」
「長居、させるつもりねえぞ?」
「お茶くらい・・・」
「・・・・・湯が沸く前に、終わるぜ?」
「私も飲みたいの・・・誰かさんの所為で、ジュースをこぼしちゃったし!」
「・・・・・・・わりぃ」
「そんな、素直に謝るジェットなんて気味が悪いわ!」
「・・・ジョーに言いたいことがあって、戻ってきたらしいぜ?」
「そう・・・じゃあ、早くジョーを呼んであげて?」
「・・・・・・」

ジェットはキッチンの入り口にもたれるようにして、フランソワーズの後ろ姿を見つめたまま脳波通信を使った。

<ジョー、訊こえっか?>
<ああ・・>
<客だ>
<・・・・・仕事中だ>
<言ったぜ、でも・・・・お前に言えなかったことがあるらしいから、戻ってきたんだとよっ>
<・・・・・>
<訊いてやってくれねえと、帰らね、かもしんないぜ?>
<・・・今行く>

「呼んだぜ・・・」
「ジョーの分も・・いるわね?」






=====36へと続く


・ちょっと呟く・

さくらちゃん・・・・君はお話ストッパーです。
先に進ませて下さいっっ(ノ_<。)うっうっうっ

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Day by Day・36
(36)


地下の研究室から1階のリビングへ戻るのに、いつも使う通路は避けて戻る。ギルモアの寝室の隣にある収納室を潰して作った方の階段を一歩上へち進めるごとに、足が重くなっていく。
躰が正直にジョーの気持ちを表していた。




行きたくない。
会いたくない。






引きずるようにして、鉛のような足を一歩一歩階段へ乗せて行く。



フランソワーズへの気持ち。
言葉にできない気持ちを”形”にした音は、”好き”と言うもの・・。



初めての感覚が、胸に・・・・淡く咲くのは、初恋だから?





さくらが自分へむけてくる、気持ち。
真っ直ぐに投げてくる、素直な感情。


はっきりと、”好き”だと言ってくる強さに戸惑う・・・・。



さくらも、同じなのだろうか?
自分がフランソワーズへの想いで感じるそれと、同じ想いを彼女は抱いていているのだろうか?




そう考えると・・・・・辛い。
彼女のために、はっきりとした態度を取るべきである。と、頭では解っている。

そうしたい。
そうすべきだ。



自分の想いはさくらには向いていない。
その気持ちが変わることも、ない。

彼女が望むことを、何一つ自分は叶えてあげることはできない。




さくらのように、
もしも、さくらにすることを・・・自分がフランソワーズから・・・・



自分が抱く気持ちをフランソワーズに知られてしまったら?
彼女の口からはっきりと、否定の言葉を聴いてしまったら?












ずぶり、と絡まる生温かな感触。


・・・・心地良い。
入ってしまえば、後は重力に身を任せて、ただ・・待てばいい。


抗うことを止めて。
静かに温かな闇沼へと沈んでいく、だけ。
二度と這い上がってはこられない。と、思う。

消えてしまう。



俺はきっと、消えてしまう。









残るのは・・・・・・・・・サイボーグ009だ。
俺が消えても彼がいる。




彼なら大丈夫。
僕は平気。



やらなければ、いけないことがある。
サイボーグとして、世界のために、人々のために戦うことが僕の宿命。


僕は戦うために生まれてきた。
僕を生み出した、悪をこの世から消すために。


戦わなければ!
最強のサイボーグ戦士として・・・・!














俺が消えても、僕がいる。


紅の防護服に身を包み、黄色いマフラーが硝煙舞う風に靡く、僕がいた。
僕は穏やかに微笑んでいた。



「いいよ、消えても。僕がいるから・・・・僕なら003を護っていける。さくらの気持ちも受け止められる」

「・・・・どうやって?」

「今まで通りだ」

「今まで、通り?」

「そうだよ・・・・そうやって今まで生きてきただろ?」

「・・・今まで・・」

「003を大切に護る。ずっとずっと、大切に、大切に・・・・・009だからね」

「さくら・・は?」

「受け入れてあげるよ。彼女がそう、望んでいるんだからね。今まで関係した子たちと同じようにさ」

「それ、じゃ・・・・ダメだ」

「どうしてだい?・・・上手くいっていたじゃないか?」

「どこ・・・・が?」

「さくらも、満足だろう?僕を手に入れることが出来るんだ。好きな相手にかまわれて、抱かれて、幸せな時間を過ごして、さ。彼女は”ただ”の人だよ。・・・・また離れていくさ。時間の問題だね。それまでお互いが楽しめたらいいよ。・・・・プライベート・ミッションだ」

「っっ・・・・ぜ・・フランソワーズは・・・・」

「フランソワーズ?・・・・003だろ?」

「違う、フランソワーズ。だ」

「変なことを言うな、003だよ。僕が護るのは003だ」

「違う・・・違う、違うっっ!!!003はフランソワーズだっ!」

「イラナイよ、フランソワーズなんて・・・って言うか必要ないだろ?・・・003で十分だよ」

「っっっ?!」

「変なこと言うよね?”俺”は。・・・そんなの、僕のメモリには何もインプットされてないよ?何?その・・・言葉・・・初めて聞くよ・・・・載ってない・・知らないよ・・・何だい?それ・・・」

「・・・・」

「好き?って・・・・・・・・それって戦いに必要なことかな?邪魔だろ?いつ、そんなワードをデータに取り込んだんだい?」

「データ?・・・・だって・・・・?」

「・・・こんなモノがあるから、いけないんだよ。捨ててしまった方が良いと思う。冷静な判断ができないだろ?面倒臭いじゃないか・・・色々と。人らしい情報なんて消去するに限るよ。”俺”もよく知っているだろ?無駄な”感情”は一瞬の判断を鈍らせるんだ。特に、”情”と言うものは、ね」

「・・・・・それでいいの、か?」

「そうやって生きてきただろ?・・・何を今更、新しい情報に拘るの?”僕”には必要ない、よ。捨ててしまって欲しいね。”俺”が一番キライなものだったじゃないか?・・・どうせ、また傷つくのは”俺”だから、消去すべきだと、思うよ?」

「・・・・・・・・・好き、なんだ・・・・」

「無駄だよ、邪魔だ。・・・・エラーが起きているじゃないか・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・エラー?」

「好き、なんて僕には必要ないね。だから、エラーが出るんだろ?」

「・・・ダメ、なのか?」

「ダメに決まってるじゃないか・・・・人になってしまったら、戦えないよ!」

「俺は、人間だ」

「・・・・・僕はサイボーグだよ」

「俺は、人間なんだっっっっっっっ」

「・・・・・・・・・でも、僕はサイボーグ。そして彼女もだよ」

「知ってるっ!解ってる!それでもっっ知ってしまったんだよっ!!!俺は彼女が好きなんだっ、フランソワーズがっフランソワーズっっがっっ・・・・・・・好き、なんだっ・・」





「・・・じゃあ、”俺”はどうするんだい?」

ーーージョー、お前はどうしたいんだ?ーーー







アルベルトの言葉と、”僕”の言葉が同時に突きつけられた。





「俺は・・・・・」



















気が付けば、1階のコモンスペースへと続くドアの前に立っていた。











####

「お・・・・ジョー、リビングルームにいるぜ・・」

ダイニングルーム奥にある廊下側から、ドアが開かれたので、ジェットはそちらに視線をむけるとジョーが入ってきた。フランソワーズと向かい合う形で、彼は手に缶ビールを持っていた。フランソワーズはジョーの方へは振り返らずに、用意していた紅茶ではなく、ジェットにぶつかってこぼしたために飲めなかったオレンジジュースを、再び新しく注いだコップに視線を落としたままであった。

ジョーは微かに頷いて、足早にダイニングルームを通り過ぎる途中、フランソワーズへと視線を向けたが、彼女の顔は俯かれたためにルームライトに照らされた、光に揺らぐ亜麻色のカーテンの奥にしまわれていた。



リビングルームには、さくら、そしてアルベルトの姿がそこにあった。
フランソワーズが淹れた紅茶には手をつけずに、置かれたまま。
アルベルトは、ジョーがリビングルームにやってきたことを確認するかのように、じっとジョーをアイスブルーの瞳で見る。その視線にジョーは瞳を逸らさなかった。

「・・・・オレは邪魔だな」

アルベルトはソファから立ち上がり、フランソワーズが用意した紅茶を手に持ってジョーの後ろにあるドアへと歩く。アルベルトが持つ紅茶からジョーの鼻腔に、温かくなった空気にみえなくなった湯気の放つ紅茶の柔らかな香りが届いたとき、ダイニングルームへと移動して、アルベルトは後ろ手にドアを閉めた。


さくらは、閉められた音にスイッチを入れられたかのように、睨んでいた紅茶から視線をハズして、ぱっと顔を上げて、ジョーに困ったような・・・そして甘えるような微笑を向けた。


「・・・お仕事、こんな遅くまでがんばってるなんて、すごいっ」
「・・・・・・今、何時かわかっているの?」
「ごめんなさい・・・本当に、ごめんなさいっ・・・さっき、アルベルトにも怒られたの」
「アルベルトが怒るのは、当然だと思う」
「・・・どうしても、どうしても・・・言いたいことがあったの・・さっき、おじ様とここを出るときに、言えなかったから・・・」

さくらはジョーに座らないの?と訊ねるような仕草を見せたが、ジョーはそれに答えず、ドアから数歩ばかりさくらに近づいただけだった。

「なに?・・・・・それは今日じゃないと、今じゃないといけないことだったの?」
「・・・うん」

さくらは、ぎゅっと膝の上で拳を作ってから、一度視線を床に落として、ゆっくりと立ち上がると、ジョーのそばへと近づいた。

背の低いさくらは、ジョーの鳩尾(みぞおち)辺りに頭のてっぺんが来る。
近づきすぎると見上げるのがしんどいので、2歩半ほどの距離を開けてジョーの顔を真っ直ぐにみた。

「・・・・私、行きたいところが、あるのっ」
「訊いた、よ。それ・・・」
「うん、行ったわっ!でも・・・ジョーは勘違いしてるって言うか・・・私の言葉が足りなかったからっ」
「場所とかは、今じゃなくても良かったと思う、よ」
「そうじゃないのっ・・・・・・」
「仕事の状態によっては、無理かもしれないし、みんなの予定もきかないとまだ、わからない」
「っっそれが、違うのっ」
「・・・・なにが?」
「み、みっ・・・みんなでじゃないのっ
「・・・」
「ふっ」

ーーー2人でどこかへ行きたいの、連れて行って!
「2人でどこかへ行きたいのっっ、連れて・・・・・みんな、じゃ・・なくてっ2人で、ジョーと2人で行きたいの・・・・さっき、それが言えなかったから・・・」


黒真珠のようにつるりとした、瞳に浮き上がってくるのは、さくらの想い。


どこに”好き”だと言う相手に、ここまで積極的になれる勇気が生まれてくれるのだろう?ジョーは、海水ではない水に濡れゆく黒真珠を見つながら、疑問に思った。


可愛い、と思う。





だけど・・・それ以上はなにも思わない。



知っている。
フランソワーズのことが好きだから、今、さくらがどれだけの勇気を振り絞ってここへ戻ってきたのか、気持ちを言葉にしているのか・・・イヤと言うほどに、理解できた。




それでも。
それでも・・・・。
さくらの気持ちを受け入れることはできない。しない。


「2人で。は・・・ごめん」
「・・お、お仕事がっ忙しいなら、それが終わるまで待ってるわ!終わらないなんて、ないもの・・・」
「・・・・仕事は関係ない、よ。さくら・・・2人だけで外出は無理・・・・・できない」
「ふ、2人で・・はダメ・・・なの?」
「・・・・・・ごめん。中途半端なことは、さくらのためにもならない。自分のためにも。・・・みんなとだったら行くよ・・・。でも・・・・2人は、ない」
「っっ・・・・・ど、どうし・・・て?・・・変に、変な風に考えなくてもいいじゃ・・・ないっ!きっと、私が誘えばっジェットだって、ピュンマだって、みんなっ・・あ!そう、きっとアルベルトだって一緒に、私と2人で外出してくれるわよっ・・・だからっね?」


掠れる声が、震える。
息苦しそうに忙しなく上下する胸。

ぐっと我慢して、涙をこぼさないように堪える、瞳。
色を失いつつある頬。


「・・・そうだろう、ね。でも、俺は違う。・・・・・解って欲しい」
「ふ、ふ、2人で、出かけたいのっ・・・・」
「さくらとは、2人で出かけられない」


ジョーの迷いのないはっきりとした言葉に、琥珀色の瞳はしっかりとさくらを見つめ続けている。
ぎゅうっと握り込んだ拳の中で手のひらに爪が食い込んでくる痛さが、さくらを支えた。


「難しく、・・難しく考えないで?・・ね?」
「みんなとだったら、どこへでも一緒に行く、よ・・・難しく考えてない。・・・・さくらが、自分の気持ちに正直に・・・言ってくれる言葉をとても大切に思うから、誤魔化さないし、偽ることも、しない・・・これが、俺の答えだ、よ・・・・」


ぐっと唇を噛みしめて、さくらは咥内に溜まった唾液をごくりっと飲み込んだ。


「・・・・そう、なの・・・みんな・・で。なら、いいのね・・?」
「みんなで、なら」
「・・・・・・・わかったわ」
「さくら、俺は」
「訊かないっ!!」


力が入ってしまった拳を解くことは咄嗟には難しく、そのままの手でさくらは自分の耳を塞いだ。


「特別に想っている人がいr」
「言わないでっ!!訊きたくないのっまだ、まだジョーはっ時間が必要なのよっ私が焦っただけだからっ!気にしないでっ・・・お願いっお願いよっ!」
「・・・・・・・・・さくら・・・」


震える細く、薄い肩。
堰を切ったように流れ始めた、涙。
それ以上、言葉を続けることはジョーにはできなかった。


「言わないでっ・・・・・私のことをちょっとでもっ”友達”だと思うならっっ」
「・・・・」


さくらは、ごしごしと、腕で、手で涙を必死になって拭っていく。その姿を黙って見つめていたジョーの後ろで、ダイニングルームにいたジェットがドアを開けた。


「夜中にでけえ声、出してんじゃねえよ。さくら・・・・」
「う、うるさいなあっ私の勝手でしょ!もうっっ」









####

ギルモア邸まで車を運転してきたとはいえ、午前2時をまわった時刻にさくらを1人、コズミ邸に帰すわけにはいかず、帰る!と言い張るさくらを宥めて、今夜はギルモア邸に泊めることにした。


2階に用意されているゲストルームは、いつ、誰が来ても泊まれるように、常にフランソワーズが調えていた。
さくらは一言もフランソワーズと口をきかないまま、同じ女性同士と言うことで、フランソワーズに案内されてゲストルームへと向かう。


「何か困ったことがあったり、必要なものがあったら、言ってね。私の部屋はさっきカウチが置いてあったところの隣・・・一番端っこの部屋だから・・・・」

ゲストルームのドア口に立ち一言そう言うと、フランソワーズが部屋を出ようとしてさくらに背を向けたとき、投げられた枕がフランソワーズへは届かず彼女の足下に落ち、鈍く太い音を立てた。


「狡いわよ・・・一緒にっ・・・・・一緒に住んでるんだもの・・・・狡いわよっ」
「・・・・・」
「言いわよね!朝もっ昼も夜もっずっと一緒だものっ!!たくさん話して、たくさん時間をかけてっ色々なことを知って、知ってもらって・・・狡いわっ!!」
「・・・・・ずるい、かしら?」
「ええっそうよ!狡いわ!!」


フランソワーズは振り返らないまま、さくらにむかって静かに言った。


「一緒に住んでいても、いなくても・・・・・こころの距離は近かったり、遠かったり、人それぞれだと・・・思うわ」


さくらに言葉を返す隙を与えずに、フランソワーズはゲストルームを出ていった。





ゲストルームを出て、階段を下りたところでフランソワーズは、自室へと戻る途中のアルベルト、そしてジェットの2人と会い、お休みのキスを贈りあった。


「・・・さっきの話し、よく考えておくんだ・・・・いいな・・」
「・・・・・・」
「無理になんて言ってねえよ・・・その気があれば、だぜ?・・・ずっとこのまま、ここに住むつもりは・・・・オレとアルベルトにはねえってコトで・・・そんで、ついでだからよっ長え付き合いだしな・・・・・・」
「このまま、みんなで一緒に暮らし続けたい、なんてことは・・・言うな。考えるな・・・・今はそうでも、この先は違うと、考えておけ」
「・・・・・・おめえが、ここに残りたいって言うんなら、それはそれでいいんだしよ」
「・・・おやすみなさい、アルベルト、ジェット」


フランソワーズはリビングルームに入り、ドアを静かに閉めた。
片付けるつもりでリビングルームに戻ってきたフランソワーズだったが、硝子造りの珈琲テーブルの上に置いたままになっていた、さくらに出したティーカップが見あたらない。

ダイニングルームへと向かいキッチンを覗くと、そこにジョーがいた。
ダイニングテーブルの方を振り返って、置いてあったはずのジェットが飲んでいたビール缶も、アルベルトが使ったティーカップに、フランソワーズがオレンジジュースをいれたコップが姿を消していた。


「ジョー?」
「・・・・ついでだから」
「ついで・・・って」


珈琲サーバーの電源が入っている。セットしたばかりのために、浅く漂い始めた珈琲の香りにフランソワーズは気が付かなかった。


「私が片付けるわ・・・ジョーはまだ起きているつもりなの?」
「・・・・もう、洗い終わったから大丈夫だよ。・・終わらせておきたいことが、あるんだ」


フランソワーズの方へは振り返らずに、ジョーが手にっていたカップソーサーをステンレス制の水切りカゴに置いた。


「ジョー、ありがとう」
「・・・・これくらい、ね」
「・・・・・・休んだ方がいいわ、ずっと地下に籠もっているでしょう、この頃・・・」
「俺よりも、キミの方が疲れてる・・・だろ?」


濡れた手をシンクに向かって水気を飛ばすように動かそうとしたとき、横からハンドタオルが、すっと差し出されたので、それを受け取った。
柔らかなタオルの感触が、水で食器を洗った指先を温める。ジョーの手がタオルの中で震えているのは、冷えてしまった空気のせいではなく、触れていた水のせいでもない。


「私は、遊んできただけですもの・・・」
「・・・・楽しかった?」
「ええ、とっても」
「・・・・・・行ったの?・・ピュンマが行きたがっていたところ、その」
「寄生虫博物館?ええ、行ったわ」


フランソワーズはにっこりと微笑んだ。


「・・・大丈夫だった、の?」
「寄生虫くらい、平気よ?」
「・・・・・・・普通、女の子ってそういうの嫌がらない?」
「それって失礼だわ、ジョー。あれくらいで怖がったり、気持ち悪く思ったりする人は女性じゃなくても男性にだっているわ」
「・・・・・そうだろうけど」
「あれくらい平気。だって・・・」


言葉を飲み込んでしまったフランソワーズは、キッチンとダイニングルームを仕切る、カウンターテーブルの上に置かれた、ひびの入ったコップが目に留まった。フランソワーズの視線の先が捕らえた物に気づいたジョーは、キッチンカウンターに近づいて、持っていたタオルを置いた手でそのコップを手に取った。


「・・・リビングルームのテーブルにあったんだ、ヒビが・・・ね」
「・・・私が、落としてしまったの、それ」
「怪我、しなかった?」
「割れてないから、大丈夫・・」


キッチンに香ばしい珈琲の香りが満ちていく。
静まりかえった邸内で囁くように行き交う声だけが空気に漂う。


「・・・・気に入ってただろ?・・これ」
「え?」
「・・・・・・よく使ってた、だろ?」
「・・・飲んでいくと、最後に青い鳥の絵が・・・見えてくるの。それが・・・可愛くって」


つるりとした白い陶器には細い線で描かれた鳥かごと四つ葉のクローバ。鳥かごの入り口は、大きく開かれていた。

ジョーはコップの底を覗く。
青い鳥が1匹、コップの内側の底に描かれており、それは、フランソワーズが初めて買い出しに出かけた先のスーパーで購入した物だったことを思い出した。

黒いラインが、フランソワーズの言う青い鳥の絵の手前で止まっている。


「・・・・知らなかった、よ。こんなところに絵があったなんて」
「んふふ、使っていてもコップの底なんてあまり見ないものね」
「・・・・・・残念だね」
「仕方ないわ、落とした私が悪いんですもの」


小鳥のように首を傾けて、少しばかり眉根を下げて微笑んだフランソワーズ。
ジョーはコップをそっとキッチンカウンターの上に置いた。


「・・・・探しにいこうか?」
「え?」
「探しに行こう、か・・・・・・同じものが見つかるかどうか、わからないけど・・・新しい、キミ用のコップを探しに、行こう・・・」
「・・・・こ、コップはたくさんあるのよ、私用なんて必要ないわ」
「・・・・・・行こう、よ」
「忙しくなるんでしょ?・・・・そんな暇ないと思うわ」
「・・・・・行きたいんだ」










ーーーじゃあ、”俺”はどうするんだい?ーーー
ーーージョー、お前はどうしたいんだ?ーーー







”僕”の言葉が・・・アルベルトの言葉が”俺”にむかって投げられた。



「好きになって、次はどうしたい?」






ただ・・・・。



「・・・・ジョー?」
「一緒に・・・・・2人で行こう」


















フランソワーズと2人で居たい。





=======37へ続く

・ちょっと呟く・

ひどくないデスカ?ジョーって・・・・・。

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Day by Day・37
(37)



カーテンを閉めないまま眠ってしまったので、窓から差し込んだ光を、ルームライトと勘違いして、電気をつけたまま寝ていたのか思った。さくらはいつもより重く感じる頭を引きずるように動かし、見慣れない天井に目を細めた後、ゆっくりと自分がしたことを思い出した。

ベッドから体を起こして、部屋にあるユニットバスへと向かい、顔を洗う。ホテルのように揃ったタオル類の一枚を手に取り、バスルームの入り口に立って、改めてゲストルームをぐるりと見回した。

クイーンサイズのベッドのリネンは温かな生成のリネンで統一されていた。
チェストの上に掲げられている大きな鏡が朝陽に反射する。
フローリングの床に楕円のふわふわとした感触が触れなくてもわかるマットの上に、パズルのピースを一つだけ拡大させたような不思議な形のロー・テーブル。卵色の2人がけソファは、まあるいフォルムが優しい。置かれた2つクッションは、黄緑色。
部屋は柔らかな木の素材の家具と、エッグシェル・カラーで統一されて、小物はペリドット・カラーで揃えられている。大きな3つの窓に置かれた小さな観葉植物たちは、窓の向こうに広がる、海の青なのか、空の青なのか・・・・一面の青の世界に命の輝きを放っている。どこでも目にすることができる、見慣れた品種のものだったが、さくらはそれらの名前を知らない。


さくらはドア近くの床にぽってりと放っておかれた枕を拾い上げた。


ーーー今、何時なんなの?

枕をベッドの上に戻して、ぐるりともう一度部屋の中を見回したが、時計が見あたらなかった。さくらは自分の携帯電話を探したが、いつも持っているはずのカバンがない。さあああっと、全身の血が退いていく感覚に耐えながら、昨日の夜のことをざっと意識的に思い返してみる。


ーーーあ、リビングルーム・・・

きゅうっと縮まった心臓の筋肉が、さくらがほっと息をついた瞬間に、どくん、どくん。と2回立て続けに脈打った。


ゲストルームを出て階段を下り、リビングルームへと入っていき、壁に掛けられた時計が朝の9時34分だと、教えてくる。

ダイニングルームから、珈琲の香りとともにパンが焼ける香りも一緒に漂ってくる。
とても懐かしい香りだと、さくらは感じた。

コズミ邸では和食一辺倒で、なかなかパンを口にする機会がない。
さくらが育った家では朝はトーストかシリアル、他は食べたい物を適当にしていた。義母がキッチンに立って料理を作っている姿を、一度も観たことがない。


さくらがダイニングルームと続くドア前に立つと、向こう側から声が聞こえてくる。


「アルベルト、珈琲のお代わりは?」
「ああ、いただこう」
「ごちそうさまっ!!まだ、オレンジジュースある?」
「あるわよ、待ってて」
「あ、いいよ。自分で行くよ」
「大丈夫よ」


フランソワーズはトレーに使い終わった食器を乗せて、キッチンへ行く。
ジェロニモが立ち上がってリビングルームに繋がるドアを開けた。
突然ドアが開いたために、さくらはびくんっと体を飛び上がらせて、2,3歩後退する。


「入れ。遠慮するな。美味しいぞ。」
「・・・・・私」
「用意はできている。」
「・・・」
「何も心配ない。誰も怒ってない。入れ。」

大きなチョコレート色の手が伸びてさくらの頭をくしゃくしゃと撫で、その手を小さな肩に置いて、そっとダイニングルームへと押した。


「フランソワーズ、さくらの分はあるか。」
「おっはよう、さくら。よく眠れた?」

ピュンマはおいで、おいで、と言う風に手を振ってさくらを自分の隣の席へと呼び寄せたので、ジェロニモは彼女の背中を押して、そちらへと向かわせた。さくらはぎこちなくピュンマの隣に座る。

キッチンからトレーにピュンマのオレンジジュースと、アルベルトの珈琲のお代わりを乗せてやってきたフランソワーズは、ジェロニモの言葉に、頷いた。


「ええ、もちろんよ。おはよう、さくらさん。すぐに用意するからまっていてくださる?・・・はい、ピュンマ。アルベルト・・・・えっと、飲み物は?オレンジジュースと、紅茶、緑茶に、珈琲とカフェオレが用意できるわ」
「・・・・・・・お水と、カフェオレ」
「甘くしていいかしら?」
「・・・砂糖なしで」
「わかったわ」


フランソワーズは微笑んで、再びキッチンへと戻る途中、リビングルームとは反対側のドアが開いた。


「なんだ、寝ていないのか?」
「・・・・・いや、寝たよ」
「お早う、ジョー」
「・・・お早う、ピュンマ」
「寝ろ。顔色が悪いぞ。」
「・・・・・昼寝でもする、よ。後で」

さくらは、じいっとダイニングルームに入ってきたジョーを見つめる。ジョーはさくらがそこに居ることに、気づいて、ぱっと彼女と目が合う。すると、さくらは切れ長の瞳は眠った子猫のように細くまあるい半円を描きながら笑顔でジョーを見つめる。


「お早うっジョー」
「・・・・お早う・・さくら」
「ジョーばっかりがお仕事してるみたい・・・」

そう言うと、さくらはピュンマ、アルベルト、ジェロニモと順に視線を送り、再びジョーを見つめた。


「ジョー、こっちに来て座りなよ」

ピュンマがダイニングテーブルに座ることを促したとき、キッチンからフランソワーズがトレーに朝食を乗せて戻ってきた。ジョーはフランソワーズと入れ違いに黙ってキッチンへと入っていく。


「・・・・おまたせ、さくらさん」

トレーに乗せられていた朝食が、さくらの目の前に置かれていく。
籐のカゴには薄く切って焼いたフランスパン、クルミパン、レーズンパン、の3種類。
小皿に入ったバター。スコッチ・エッグと、生ハムのサラダ。そして、さくらが頼んだ砂糖なしのカフェオレに水。
テーブルに置かれていた洋なしジャム、アプリコットジャム、木イチゴジャム、そしてマーマレードの瓶をさくらの前に寄せた。



「あ、・・ありがとう」

並べられた朝食は温かい。
水を一口飲んでから、カゴの中のレーズンパンを手に取った。さくらは、ぱくり と口に入れたレーズンの甘さに頬を緩めて、ふうっと肩から力を抜いていく。


フランソワーズもトレーを持ってキッチンへと戻っていったのを、アルベルトはチラリとそちらへ視線を走らせた。


「珈琲?」
「・・・・うん、もらっていくよ」
「朝食は?」
「いや、いいよ・・・」
「・・・」

キッチンから聞こえてくる2人の会話が、ダイニングルームにいる全員の耳に届いている。


「・・・・・それ、焼いてあるヤツ?」
「ええ・・」
「じゃ、それだけもらう、よ」

ジョーは薄くスライスされたクルミパンを口に銜えて、珈琲の入ったマグを手にキッチンから出てきた。


「ジョー、座って食べたらどうだ?」
「・・・」

アルベルトの言葉にジョーは、ひらひら と、マグを持っていない方の手を振って、再び研究室へと戻っていく。さくらはジョーの消えた背中を目蓋に焼き付けながら、持っていたレーズンパンを生はハムのサラダを乗せた皿の端っこに置いて、クルミパンを手に取り、ぱくり。と食べた。


2人ではでかけられない。

それでも、いい。
今は、それでいい。
みんなで一緒に出かけても、きっといっぱいジョーのことを知ることができる。
ジョーも私のことを知ってくれる。

出された朝食をすべて綺麗に食べてしまったさくらは、コズミ邸へまもなく帰ると電話を入れた。










キッチンでフランソワーズはイワンのミルクの準備を始めた。
あと30分もすれば、イワンがミルクが欲しいと言う時間。 

イワン、お気に入りのメーカーの缶を開けて、専用のスプーンで掬う。



ーーー 一緒に・・・・・2人で行こう ーーー


何も言えなかった。
ジョーの言葉が嬉しくて、何も言えなかった・・・。

2人で?
一緒に?


何も言えなかった。
嬉しいのに・・・・・・哀しかった。


だめなの。
私が”仲間”と”家族”以外の想いを、期待をしてしまうから。


2人では出かけられない。

フランソワーズはお湯を哺乳瓶へ入れて、よく振ってから適温になるように溜めておいた水の中に哺乳瓶を入れた。













曖昧に微笑んで、フランソワーズは「あまり、無理しないでね・・・ジョー、おやすみなさい」と、会話を終わらせた、昨夜。

yesともnoとも答えてもらえなかった、言葉はどこへ行ってしまったのだろう?


一緒に居たい。
ただ、それだけ。

2人ででかけられなくても、別に良い。
1秒でも一緒に居られるなら、フランソワーズの瞳に自分だけしか映らない”時”が一瞬でも存在するのなら、それでいい・・・。




何でもない時間が、特別になっていく。
当たり前だった会話が、特別になっていく。

2人だけで居合わせた一瞬の時間が、写真のように何枚も重なって胸にしまわれていく感覚。


もっと、長く。
もっと、もっと、もっと・・・・・。






「迷惑、だった・・・?」

「ん?どうしたんじゃ、ジョー?何か言ったか?」
「・・・・いいえ、博士」
「そろそろ、上に戻るかの」
「はい」


ジョーが珈琲を手に研究室へ戻ってきてから、2時間が過ぎた。
5分ほど前に脳波通信でさくらがコズミ邸へ戻ることを知らされて、”上”に戻ってくるようにジェットから言われたとき、ギルモアもそろそろ1階に戻ると言ったので、ジョーはギルモアと2人で地下の研究室を出た。

さくらがいるために、1階のコモンスペースのベッドで大人しくいるイワンの様子を見るギルモアとは、途中で別れ、ジョーはそのままリビングルームへと向かうと、そこにフランソワーズ、アルベルト、ジェロニモ、グレート、張大人の5人がいた。


「玄関に、今さっき向かったぞい」
「・・・」

ジョーは足を止めて、グレートの古葉に頷き、ざっとその場にいる全員を観た。


「・・・・すぐにミーティングに入るから」
「お茶の準備をするわ」

ジョーはフランソワーズに微笑んだ。フランソワーズもその微笑みに答えるように、ジョーに微笑みながら立ち上がってキッチンへと向かった。
フランソワーズの背を見送ってから、ジョーはリビングルームを抜けて広間へ。その先の玄関の扉は開け放たれていた。


「あ、ジョーっ!さくらが帰るって」

ピュンマがリビングルームから出てきたジョーに気が付いて声をかけた。
ジョーは無言のままピュンマへと近づいていき、一歩外へ出る。


季節の変わり目に崩れやすい空は、重く鉛色の雲に覆われて、静かに流れ行く風は生暖かく肌に絡みついて、雨の香りをジョーへと贈る。


「・・・雨が降る、ね」
「昨日はあんなに天気が良かったのにさ・・・」

空を見上げたジョーにつられて、ピュンマが、そしてさくらが空を見上げた。


「気をつけて帰れよ、ジーさんにヨロシクな。今度は”まとも”に遊びに来いよっっ!」
「は~いっ気を付けますっ!!」

ジェットの言葉に、さくらは戯けた返事を返しながらジョーを見上げた。
彼の視線はまだ、空へと向けられている。
調った顎のラインから、首筋。少しばかり出た喉仏、よれたTシャツの首周り。


「心配だから、ちゃんとコズミ邸に着いたら僕でもジェットでもいいから、携帯のメールに連絡してね、さくら」
「ええ、わかったわ。・・・・ジョーの携帯でもいい?」
「・・・う、うん」
「じゃ、携帯のメルアドを教えてくれる?ジョー」

さくらの言葉にゆっくりと視線を空からさくらへと移した。


「携帯のメールアドレス?・・・・自分のなんて知らない、よ?」
「ええ?!なんで?」
「・・・使わないから」
「じゃ、これからは使って!私にメールを送って!」
「・・・・携帯電話は部屋だよ」
「教えてくれないの?・・・私、ジョーの電話番号も知らないの・・・」
「・・電話自体使わないから、ね。滅多に・・・邸に電話をくれたらいいよ」
「さくら、あんまり遅くなるとジーさんが心配するぜ?ジョーのメルアドとかは、後でオレがパソコンの方から教えてやるからよっ」

ジェットがぽんっとさくらの頭に手を乗せて、くしゃり、と撫でた。


「絶対よ?忘れちゃイヤよ!」
「おお、だからよっ雨降る前に車に乗れや、・・・・雨だけじゃなさそうだしな・・・」

生暖かいな風が強さを増して吹き始め、雲の流れる速さを観ながらジェットはさくらを急がせた。


「荒れそうだね」

さくらが車を停めていた道まで出て、ピュンマが呟いた。

「・・・春嵐」

さくらが運転する車が消えるまでその場で見送った3人がギルモア邸へと戻ったころに、大粒の雨がギルモア邸の玄関のドアを、リビングルームの窓を弾き始める。










####

全員がリビングルームに揃ったときには、激しく吹き荒れる風に乗り、雨がギルモア邸の壁や窓を叩き続けていた。まだ正午を過ぎたばかりだと言うのにもかかわらず、太陽の光を失った宵の世界が広がる。アルベルトは立ち上がって、2重になっているうちのレースの方を引いて外とリビングルームの世界を切り離した。


「どこから話そうかのう・・・」
 
静かに口を開いた安楽椅子に座るギルモアは、ちらりと視線を009へと向けた。009の瞳は穏やかにギルモアを見守っていた。


「・・・資料についてより詳しく説明するとじゃ・・・サイボーグ計画の初期プロジェクトの1つであった研究・・・人体、とくに”生きた”状態である体に人工臓器を搭載する際に起こる拒絶反応を抑えること。の研究資料じゃった。・・・・生身の体が異物であるそれらと共存できるようにするためには、”神経”を触らなければならん。それらは脳へと繋げられていく・・・”痛み”云々の話しではなくなってくることは、解るな?」
「その資料は、どこまで・・・書かれていたんですか?」
「資料と言っても、初期の物じゃ・・・紛失したのか、発表されなかったのか・・・隠されたのか、解らんが・・足りない部分が多くてな・・。脳神経や・・・言えば一番”要”になる部分がそっくり抜け落ちておるんじゃ・・・・・」

ギルモアはふうっと溜息をついて、安楽椅子に背を預けた。


「資料は、穴だらけでな・・・実験内容と記録がランダムに記載されておっての、それらを含めて考えても現在の技術では、いくらこの資料があっても・・・今の状況では”実験”する以前の問題じゃ・・・前のミーティングでも言ったが、それらのアイデアに、理論と方法を与えてしまったんで時間の問題かもしれんが・・・・」
「・・・・”どんな痛みをも断つことができる”と聴いてましたが・・」
「うむ。・・・・・現在の麻酔には限界があり、量を間違えれば死に至ってしまう・・が、ここにあるものは拒絶反応を抑え込むことが書かれていると言ったが・・・・・強すぎる”痛み”も人を死に追いやってしまう・・・耐えられんからじゃ。それを越えなければ・・・サイボーグ計画なんぞ出来んかった」
「本当に、初期の初期、そのまた初期なものアルネ・・・・・」

張大人は手に持っていた湯飲みをクルクルとまわす。


「・・・・今の技術でも追いつけてしまえる距離、という物ほど危険視しなければならんと思っとる。方向が間違えば・・・・実際に取り入れられてB.Gと同じ道を辿るきっかけになるかもしれん」
「資料がごく個人的な物であるメモや筆跡を残してあった、と報告した通り、それらを色々と調べてみた。そこから実験を行っていた人物の名前を見つけて・・・名前が書かれていた人物の生存確認を001に頼んだんだ」
<009ニ 教エラレタ 研究員たちハ 全員ノ死亡ヲ確認シタ>

フランソワーズの膝に抱かれたイワンは冷たく言った。イワンを抱くフランソワーズの手に少しばかり力が入る。


「一昨日のミーティングで{B.Gの研究所からの流出ではなく、”B.Gの研究所に勤めていた一個人の資料”}と言った通り、それは固定していいと思う。この資料がどこの闇市(ブラックマーケット)からなのか、個人で”交流会”に持ち込まれたものなのなら、それは誰が、だ」
「009は儂と一緒にこの資料によって現在の科学、医療にどれだけの影響が出るかも調べてのう・・・そっちはイワンの協力もあって、今のところ心配ないわい。じゃが、あくまでも今回は、じゃ。次はどうなるか・・・」
「・・・・コズミ博士が懇意にしてる知人の紹介で、コズミ博士は初めて”交流会”に参加した。その”交流会”自体がB.Gの息がかかっていたものなのか、闇市の関係なのかはっきりしない。参加していたのは、ほとんどが将来有望な”若い学者や技術者”だったらしい」
「危険だ。」
「005の言うとおりじゃ。とても危険な因子を含んでおる・・・」
「コズミ博士も色々と”交流会”の方を調べてくださって・・・コズミ博士と同じように”交流会”に招かれた何人かは、”交流会”の危険性を唱えていると・・・・。その中にはあくまでも”噂”としてB.Gの存在を知っている人もいたみたいだ」
「でっけえ組織だったんだぜ?・・・それがどれだけの規模だったかなんて、”ゴースト”って名乗るくらいだからよっ・・・・・噂くらいで納まっているが方が変じゃねえの?」
「噂だから危険。噂は怖くない。存在見えない。でも、”B.Gの遺産”と言う名前が存在する。自分たちがすべきことを”先に”実験して結果を出した技術、科学・・・喉から手が出るほど欲しいと思う。」
「・・・多分、知ってる人は知ってるとは思うけど、関わりたくなくて、怖くて、知っていても口を閉ざしている人の方が多いんじゃないかな?」
「あり得るねえ。ピュンマの言う通り・・・うっかり口にして巻き込まれちまうなんてこたあ、避けたいだろうなあ」
「”元”B.Gだと言うヤツも・・もしかしたら紛れているかもしれん」
「009・・・」
「・・・?」
「B.Gの研究所に勤めていた一個人の資料と、どうして断定できたの?前もそう言っていたけれど・・」
「資料がごく個人的な物であるメモや筆跡を残している、と言ったよね?それらを調べて・・・。実験の報告書に、複数の研究員のサインがされてあったんだけれど、かならずトーマス・マクガーと言う名前があるんだ・・」

009の言葉に002と008がばっと目を見開いてを視線を絡ませた。

「・・・資料に残されていた筆跡や、メモとの筆跡鑑定の結果、トーマス・マクガーの字であることがわかったんだ。003、この資料は”トーマス・マクガー”と言う人物の個人所有物であったと言っていいと思う、よ」
「ト・・・トーマス・マクガー・・・で間違いない・・・009?」
「・・・・うん」
「001、そいつも死んじまってるのかよっ?」
<数年マエニ>
「数年前ってなんだあ、おい?」
「コズミ博士が手にれた資料の持ち主がトーマス・マクガーであった。数年前に死亡している。その2つしか今は解っていない。」
「009、そういう大切なコト早く言うアルネ!」
「・・・すまない。今後のことだけど・・・・・・”交流会”創立メンバーの1人”クラーク・リンツ”氏をコズミ博士が日本に呼んだ。1週間後に来日する。彼はここ、ギルモア邸で世話をすることにした」

009の突然の報告に、緊張が走る。


「009、創立メンバーって・・大丈夫なのかあっ?」
「僕たちのことは・・・・?」
「なんだか、とっても危ない気がするネ!」
「おいおいっそのリンツってヤツが怪しかったりしねえのかよっ!!」
「そいつの身元はちゃんと調べたんだろうな?009」
「・・・リンツ氏はコズミくんに、気持ちを切り替えてもう一度、勉強をし直したいと、連絡して来たらしくてのう。何があったのかはプライベートなことじゃから知らんが、とにかく日本へ留学できるように面倒を見てやって・・・・その交換条件として、リンツ氏が知っている”交流会”の情報を提供してくれると言うんじゃ・・・。ほれ、コズミくんトコにはすでにさくらがいるじゃろう?それでの・・・その・・・まあ、なんと言うか、コズミくんの家は都合が悪いしのう・・・なんでも、こっちに知り合いが居て、その人の世話になる予定らしくて、それまでの間・・・っと言うことで・・・の?」
「引き受けたんですね?・・・博士が」
「うむ・・・・」

アルベルトの言葉に、申し訳なさそうに小さな声で返事をしたギルモア。リビングルームに張りつめていた空気が一気に緩んだ。


<大丈夫。何モ 危険ハ ナイ・・・・・ムシロ、都合ガ イイ>
「都合がいいの?イワン」
<ウン。・・・・・・ソレデ彼ガ 来日スルカラ、早メタインダ。ふらんそわーず>
「え?」

膝の上に抱くイワンが伸ばした小さな紅葉の手を、フランソワーズはやさしく自分の手の中につつんだ。


「儂は延期にした方がええのではと思うんじゃが・・・イワンもあと3,4日で夜の時間じゃしのう・・・」
「早めるって・・・博士・・・・」

フランソワーズの瞳が不安の色に染まり、薄く下唇を噛みながら、ギルモアを見つめた。


「お前の”眼”と”耳”のnervesの入れ替えをな・・・」
<来週ニハ りんつ氏ガ来ル・・・・今ガイインダ>
「・・・・イワン」

視線をイワンに戻して、くるりとした癖っ毛に隠れた奥にある、瞳を見つめる。
3人の会話が途切れたところで009は、ミーティングをまとめるように話し始めた。


「”交流会”のことは、リンツ氏が来てから手を入れていこうと思う。今は闇市(ブラック・マーケット)について調べ始めたい。それと、トーマス・マクガーについては全てだ。彼自身が情報を流したのか、他の第三者なのか・・・・・、僕自身も、もう少し整理がしたい。夜までにはスケジュールを立てるつもりだ・・・・・・フランソワーズ」
「・・・・」

ジョーがフランソワーズに話しかけたのでと全員の視線が集まる。


「・・・・イワンがキミのメンテナンスを明日の朝には始めたいと言うんだ、さっきまでその準備をしていた・・・・・。本当は次の昼の時間にって、なっていたらしいね・・・ごめん。リンツ氏のことに関しては、断ることも出来たんだけれど・・・」
「フランソワーズのnerves systemを・・・ですか?博士」

アルベルトが視線を手に持った空のマグに落として言った。


「今回は通常のメンテナンスと言うよりも・・・・・。フランソワーズの場合はお前達とは、また違ってな・・・この間のメンテナンスの時に見つけた誤差の原因がoptic nerve接続部分が古いのと・・・。なあに、バラバラに調節して入れ替えたりしていた神経ケーブル類を統一して、同一規格のものにすることでより負荷を減らそうとするもんじゃ。今のフランソワーズのそれらは、あまりにも統一感が無さ過ぎて・・・のう、気にはしておったんじゃが、なかなか満足のいくものが作れんかったんじゃ・・」
「作れたアルか?!」
「うむ。耐久力も高い、負荷も今よりも断然に少なくなる・・・・しかしじゃ、ギリギリじゃのう・・」
「・・・・馴染むまで、2、3週間かかるとイワンは・・・」
<僕ガ助ケルヨ・・・りんつ氏ガ来ルマデニハ チャント 眼モ耳モ 使エルヨウニ、通常ノ生活ニ戻レル・・・今ガべすとナンダヨ>


フランソワーズはイワンの言葉に頷くしかなかった。







####

雨は激しさを増すばかり。
バラバラと叩きつける雨音が邸内に染みこんでくる。ごおおっと強く唸る音は風の音なのか波の音なのか、よく解らない。

ミーティングの続きは夕食後となった。
昼食は張大人が作った中華マン、5種類。それぞれが好きな具と数を取ってダイニングルームや、リビングルームで、みなそれぞれにくつろぎ始めた。



中華まん3つを載せた皿を手に自室へ向かう途中のジョーはフランソワーズの部屋のドアが少しばかり開いていることに気が付いた。ミーティング後、1階で彼女の姿は見ていない。イワンがジェロニモに抱かれてミルクを飲んでいたのを、つい先ほど通ってきたリビングルームで見ている。

いつの間にか忍び足で近づいていたフランソワーズの部屋のドア前に立って、ジョーは開いた隙間を覗くことはせずに、ドアをノックした。

きぃいっと、ノックされた反動で開いていくドア。


「・・・・・フランソワーズ?」

掠れるような、小さな声で彼女の名前を呼んでみたが、返事はない。
ジョーは躊躇いながらも、指先でそっとドアを押した。

1/3ほど開かれたドアから見えた真っ暗な室内に、彼女の姿は見えない。
溜息をひとつ、緊張した胸から吐き出してジョーはドアノブに手をかけた。


「だれ・・?」
「・・・・・フランソワーズ、いる・・の?」
「・・・・・・ジョー?」
「・・・部屋のドアが、開いていて・・部屋の電気もついてなかったから・・・・・・」
「・・・・・」

ジョーは暗い部屋の中を凝視すると、ベッドの上に人がいる膨らみに気づいた。


「ごめん・・・」
「ううん・・・・・・・」
「・・・・・・・なんで、キミは泣いてる・・・・・・の?」


ジョーは深く空気を吸い込み、部屋へ一歩足を踏み入れてドアを後ろ手に静かに閉めた。











=====38へ続く




・ちょっと呟く・

ジョー・・・中華マン片手に~?!

えっと、時間的にコズミ邸から帰ってきて4日くらいしか経ってません。
前のミーティングは2日前(一昨日)です。
32から・・・ここまでなんでこんなに・・・・・・(汗)
さくらちゃん、君は話しの流れを止めるプロですね・・・ヾ(@† ▽ †@)ノうわーん
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Day by Day・38
(38)




カーテンが引かれていない窓に叩きつける雨風が波音が混ざる。

まだ正午を過ぎて間もない時間にもかかわらず、フランソワーズの部屋に太陽の温かい光りは届いていない。黒い雲に覆われた空は、海をも黒に染めていく。

ルームライトを付けていない部屋は、眠りに入る準備が調っているように感じるほど、暗かった。




ジョーがルームライトに手を伸ばしたとき、フランソワーズはそれを拒んだ。
スイッチから手を遠ざけて、フラソワーズのベッド近くに置かれている簡易テーブルの上に持っていた、張大人が作った中華マンを乗せた皿を置いた。

近づいてくるジョーの足音に、フランソワーズは焦る。
剥き出しにしていた感情を簡単にしまうことはできない。


「・・・あの、私・・・・少し疲れてるの・・だから」
「・・・・・嘘」
「っっジョー」


掠れた声は、涙に嗄れてしまったものであると、フランソワーズの最初の一言で、すぐに気が付いた。
ベッドの上に座って、頭からすっぽりと被っていた布団を難なく取り去られたために、フランソワーズは顔を隠すように背中を向けるが、それさえもジョーは力づくでフランソワーズの肩を引き寄せるように、自分の方へと向けさせた。ジョーは片膝をベッドの上に置いて体重を預ける。


「・・・・泣いてる」
「・・・・・・・泣いてないわ」


薄暗い部屋の中でも、こぼれ落ちそうなほどに大きな蒼い瞳から流れ落ちる雫は、微かな光に弾かれてきらきらと輝いている。


「・・・濡れてる・・・・これは、何?」


ジョーはそっと右手でフランソワーズの頬を包んだ。


「・・・・は、離して・・・」
「・・・・キミは、何に泣いているの?」
「お願い・・・ジョー、放っておいて・・・」
「・・・・どうして泣くの?」
「訊かないで・・・・・」
「・・・・・・・・泣くな、よ」
「・・・泣いてないわ」
「嘘はいい、よ」
「・・・私が泣いてないって言ったら、泣いてないの」


フランソワーズはジョーの手から逃れようと躰を捩り、顔を左右に振って、自分の頬に触れるジョーの手を振り解こうとする。


「・・・意地っ張り」


ジョーは両手をフランソワーズから離して、左足だけが床に投げ出されるような形で彼女のベッドに座った。


「・・・・・泣いて、ないの」
「・・・素直じゃない、ね?」
「・・・泣いてなんかない」
「・・・・・いいよ、泣いたらいいよ」
「いや・・」
「泣いて、いいよ」
「いやなの・・・」
「・・・フランソワーズ?」
「・・・泣かないわ」
「泣いていい」
「・・・いやよ」
「・・・・我慢する必要ない」
「我慢なんかしてないわ」
「・・・じゃ、泣いて」
「・・・・・」
「泣いていい、よ。フランソワーズ・・・」
「・・い、や・・・いや・・・・」
「・・・傍にいてあげるから、泣いていい」
「っだめ・・・だめよ・・・・そんなのっっ」
「・・・・・いいんだよ?」


ジョーの手がフランソワーズへと伸ばされた。
フランソワーズは躰を強張らせて、その手を拒絶するような仕草をみせるが、ジョーは気にする風もなく、伸ばした手でそっと、フランソワーズの亜麻色の髪を撫でた。


「・・・・・素直に、泣きなよ・・Fanchon」
「あ・・・」
「・・・・・Fanchon・・」


空色の瞳からも降り続ける雨を、ジョーは止めるつもりはない。
愛おしい雨を、自分だけに降らせて欲しいと願う。


「・・・・・いや、なの・・」


ジョーが呼んだ、”特別”な名前。


「・・・・なに、が?」
「怖いのっ・・・・・・何度も、・・・・もう、何度も・・・・・同じことを繰り返して・・・慣れているはずなのにっ」


抑えていた気持ちが、大粒の雨となってあふれ出していく。






甘えたい。

頼りたい。

支えて欲しい。

抱きしめて欲しい。

あなたの腕の中の温もりに包まれて、すべてを委ねることができれば・・・・・。







「・・・・・怖い?」
「怖いの・・・・・nervesを入れ替えると、・・・・私は・・・接続が上手くいっても・・・・完全に何も見えない、聞こえない状態になる・・の・・・・・朝なのか、夜なのか・・・・・じ、自分が起きているのか、眠っているのか・・・・・・生きて、生きているのか、死んでいるの、か・・・何もわからない・・・何もわからない・・・のっ・・・・・まだっ、”眼”だけなら、音があるわっ!・・・・”耳”だけなら、私はっ見えるっっでも、でも・・・・両方は・・・・・・・怖いっ・・・」
「・・博士に言ったことは?」
「・・・・ないわ・・・・滅多に・・・滅多にないから・・・・・・ごめんなさい」


ジョーは艶やかな亜麻色の髪から微かに香る花を、指先に触れる金糸のそれを撫で続けた。
本当は、震えるフランソワーズの肩を抱きしめたかった。彼女を、彼女の不安をすべて自分の腕の中へと閉じこめてしまいたかったが、その想いを必死に押しとどめる。

誰でも、人肌が恋しく思う時がある。


弱っている女性のこころの隙間に手を添えてあげることで、彼女たちは簡単にすべてを委ねてきた。
男としての単純な欲望を、”優しさ”のベールに隠して、想いをとげる方法もある。
それを、”悪い”こととは思わない。
必要なのだから。
必要だったのだから。

その時が、その時に、その温もりが、その肌に。




使い捨ての愛情。
優しさと言う名の欲望。
こころない繋がり。
熱病的錯覚。

誤魔化すことで逃げて、見ないふりするための、理由。


弱い人間が傷を舐め合う甘美な行為。



そんなものは、いらない。
彼女には、いらない。



フランソワーズには、必要ない。



彼女に必要なのは、俺じゃない。
彼女が求めるものは俺ではない、誰かとの、それ。だ。

彼女を支え、慰め、慈しみ、勇気を、強さを、温もりを、本物の優しさで、包み込んで・・
こころが、彼女と繋がっている人と通い合い、愛し合う・・・こと。









そばにいる、よ。


俺には、できない・・・・
その資格がないから、俺はキミの想い人ではないから・・・それでも、


キミのそばにいる、よ。


キミのために。





キミに触れない。





「・・・どうして、謝るの?」
「・・・・・・・・いまさら、でしょう・・・こんな事くらいで、泣いたりして・・・情けないわ」
「・・別に、いいよ・・・情けないことなんて、ない」
「・・・・・迷惑よ・・・ね?・・・もう、大丈夫だから」
「迷惑じゃない」
「・・・・・・・うそ」
「1人で泣かれる方が、迷惑だ、よ?」
「・・・・・」
「怖いなら、怖いって言うべきだ」


ジョーは撫でていたフランソワーズの髪から、手を離した。
フランソワーズは離れていくその手が、自分の肩に、背にまわされないことを知っていながらも、俯いて下唇を噛みしめて、耐えた。


「・・・・・・どうしたら、キミは安心できる?」
「・・・・」
「・・・キミが見えるように、なるまで・・キミが聞こえるように、なるまで・・・・何か、そうだね、何か・・・”合図”を決めようか?」
「・・・・・あいず?・・・」
「そう、ちゃんと・・キミが”大丈夫”だとわかる、合図を・・・決めよう」
「・・・・」


俯いた顔を上げて、涙に濡れた空色の瞳に少しばかり明るさが戻る。


「・・例えば・・・そうだな・・・」

ジョーは簡易テーブルの上に置かれていた、中華まんを乗せた皿を躰を伸ばして手にとり、片膝の上に乗せた。


「・・・・?」
「美味しそうな、香り」
「・・・・・」
「毎朝、決まった時間にキミが好きな香りを届けるよ・・・・朝なら何がいい?」
「・・・・・」


皿からひとつ、中華まんを手に取ると、まだ温かなそれを半分に割った。


「・・・香りは眼よりも、耳よりもダイレクトに脳に伝わるんだ・・・知ってる?・・・だから、キミが好きな香りで、キミが怖がる必要がないことを、不安になる必要がないことを・・・・安心して、いいことを伝えてあげる、よ・・・」


冷え切ってしまった部屋の空気に、中華まんから立ち上がったほのかな湯気。張大人特製の中華まんは、とても美味しそうな香りで2人を包んだ。
2つに割った片方の中華まんを、ジョーはフランソワーズに差し出した。


「泣いたら、お腹が空くだろ?・・・・」
「・・・・ジョー・・の分よ・・」
「・・・・・半分に、しよう」
「・・・・・」
「温かくて、美味しいよ?・・・見えなくても、聞こえなくても、味わうことができるだろ?」
「・・・・・ええ・・」


フランソワーズは、冷たくなった指先でジョーから半分こにされた、中華まんを受け取って、その香りを胸一杯に吸い上げた。

不安の香りに満ちていたフランソワーズの胸を、温めていく美味しい香り。
ぱくん。っと、大きな口で、中華まんにかぶりついた。


赤く晴れたような目元。
涙の跡が残る、頬。

綺麗とは言い難い泣き顔のまま、中華まんを頬張る姿は、ジョーにとっては可愛く思えた。


「・・・それで、朝はどれにしようか?」


ジョーも手に持っていた中華まんを食べ始めた。


「・・・・・カフェオレ・・がいいわ」
「いい、よ。・・・カフェオレ、ね」
「・・・甘いの・・がいいわ」
「・・・・・・どれくらい甘くすればいい?」
「・・たくさん」
「それじゃ、わからないよ・・とにかく、”甘く”すればいいんだね?」


フラソワーズは頷いて、手に持っていた最後の欠片を口に入れた。ジョーは持っていた中華まんを口に放り込んで、膝の上にある皿の1つを、また半分に割り、フランソワーズに渡す。
さっきのとは違う具が見えて、同じように、美味しそうな、温かい湯気がフランソワーズを優しく元気づける。


「・・・洗濯物の香り」
「洗濯物?」
「・・・・洗いたての・・お日様の香りがする・・・干し終わった・・・」
「うん・・・・、他には?」
「・・紅茶・・の香り」
「と、御菓子を一緒にね・・・1週間、キミの御菓子が食べられないのは、残念だよ」
「・・・・ごめんなさい・・」
「・・・謝る必要なんて、ないだろ?・・・仕方がないよ?・・・そうだね、どうせならこの1週間の間、色々な御菓子を買ってくるから、食べ比べでもしてみる?」
「・・・・・・ごめんなさい・・ケーキ・・・・焼きたかったの・・に」
「・・・・別に、あy」
「お誕生日にケーキ、焼きたかったのに・・・・ごめんなさい・・・」
「え・・・?」
「今週の金曜日、16日は・・・・ジョー・・お誕生日でしょう?」
「・・・・・・・え?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「・・・・知って・・」
「・・・研究室のカレンダーに、書いてあったの」
「研究室、の?」
「博士の机の・・・上にある、卓上カレンダーには・・・全員の誕生日が書いて、あるの・・」
「・・・ギルモア博士・・が?」
「・・・・・博士が、何を思ってそうしているのか・・は、わからないの・・でも、お掃除に入ったとき、見つけたの・・・・そこに、今月の16日は・・・ジョーの・・・」
「・・・・うん。そうだ、よ・・俺の誕生日は5月16日・・・・忘れてた、よ・・・・すっかり」


ジョーはフランソワーズの手から中華まんが無くなったのを確認して、最後の1つをまた、同じように半分にしてフランソワーズの手に置いた。

会話は途切れたまま、沈黙が続く。


「・・・・・・・甘い」


最後のひとつは、餡がたっぷり入った、デザート用のものだった。


「ジョーには、少し甘い・・わね?」
「・・・・・ケーキ、焼いてくれるんだ?」
「・・・・そうしたかったの・・・・・・でも、16日は・・私・・・」
「待てるよ?・・・・その日じゃないと、駄目なのかな、そういうの・・」
「そんなこと、ないわ・・・・いいのかしら・・・?」
「・・・何が?」
「私・・が、ジョーのお誕生日のケーキを・・焼いたりして・・・・も」
「・・・・・フランソワーズの他に・・誰がケーキを焼くの?」
「・・そ、そういう・・意味じゃ・・なくて・・・」

フランソワーズは、手に持っていた中華餡まんを食べてしまった。
口の中に残る甘い感触。

ーーーお祝いしたい人が、他にいるはず・・・・




「・・・・・リクエスト、していい?」
「・・・ええ」
「ビターチョコレートの、シンプルなやつが、いい。クリームとかない」
「・・・・・・それで、いいの?」
「いつだったか、焼いてなかった?・・・ちゃんとチョコレートの味が濃いやつで・・ジャムかなんか、挟んでいた・・・」
「ビターにしたら、きっとジェットが怒るわね、苦いって・・」
「・・・俺の誕生日ケーキ、だろ?」
「・・・・・・チョコレートにジャム・・・ザッハトルテ?」
「・・・名前は知らない、よ・・・楽しみに待ってる・・・・・。不安にならないように、ちゃんとキミが好きな香りも届けるし、紅茶も御菓子も忘れない、よ」
「・・・・・・」


ジョーは一口だけ食べた、中華餡まんをフランソワーズの手に置いて、膝の上の皿を手に立ち上がった。


「甘くて、食べられないから、あげる・・・・ゆっくり眠ったらいいよ、何も考えないで・・・・・起きて、また、お腹が空く頃には夕食が出来てる・・・・・・ミーティングのことは、気にしないで。本格的に動き始めるまでのリサーチに人数はいらないから」
「・・・・」
「おやすみ、フランソワーズ・・・・怖くなんかない、よ・・・。何かあったら呼ぶこと、いいね?」





フランソワーズは静かに閉められたドア見つめる。
手の中に残された、甘い、甘い、一口だけジョーにかじられた半分の中華餡まん。


ジョーがかじったその部分を避けるようにして、一口食べる。
また、一口。


口の中に広がる甘いはずの餡が、苦い。

甘くて、苦い。
苦くて、甘い。

再びフランソワーズの瞳に浮き上がり始めた涙は、ぽろぽろとこぼれて、租借するのさえ難しくなっていく。


優しくしないで。
優しくしないで。


もっと、好きになるから。
もっと、好きになっていくから。













気が付けば、フランソワーズの手の中にあった中華餡まんは消えていた。














####


張大人が用意した中華まんを乗せた皿を抱え込むように膝に乗せてジェットは、ピュンマの部屋のベッドの上にいた。


「食べこぼさないでよ・・・ジェット」
「ああ、わかってるって!」


そう言った瞬間から、ジェットの手にある中華まんの具が固まりでぼろり、と落ちる。


「あ~~~~~っっ!!」
「だあっうるせっこれくらいでガタガタ騒ぐなよっほらっ拾えばいいだろっ!」


ベッドカバーの上に落ちた、それをジェットはさっと拾って、皿の端っこに乗せた。


「汚い!ティッシュ箱がそっちにあるから、包んで捨ててよっ!」
「ったく・・・男のくせに・・」
「男も女の関係ないよっ!」
「・・・お前、潔癖すげねえ?」
「ジェットが不潔すぎるんだよっ!・・・・あ・・・・」
「どうしたっ?」
「・・・・メールが、きてる・・・」
「これで、3枚目だな・・・・」

ジェットはさっと、立ち上がってピュンマのデスクの上に置いてある、ラップトップをのぞき込み、ピュンマはメールの添付ファイルを開いて、ダウンロードし、それをプレビューで開いた。

「3枚目は・・・臓器だ・・ね?」
「1枚目はcyborgの可能性についての論文。2枚目は・・・人体図による、どの部分を入れ替えるかだったな?ピュンマ」


ピュンマはウィンドウのデスクトップに置いてあるフォルダを開けて、前に受け取った2枚をプレビューで開いた。


「この、3枚目は2枚目の人体図の臓器を・・人工臓器にした後のものだね・・・・」
「決まりだな・・・・これは”cyborgの設計図”だ」
「・・・・差出人は”マクスウェルの悪魔”・・・だけど」
「ジーさんが”交流会”でゲットしてきたのは、トム・マクガー」
「オンライン・ゲームの登場人物であり科学者も、トム・マクガー。3枚とも彼のサインが記入してある。偶然の一致かと思ったけど、この筆跡を調べれば・・・・・ジェット、繋がったね」
「ああ・・この設計図・・・ゲームを勧めてみないとわかんねえけどよ・・完成させたヤツはまだいねえよな?」
「こんなのっっただの”オンライン・ゲーム”の景品”ではすまされないよ・・今のところ5枚手に入れた”ラムダ”がトップだね・・・・すぐにでもこれらを回収しないと・・」
「今晩のミーティングで、だな」
「・・・せめて、この3枚だけでも先にギルモア博士と009に見せておくべきじゃない?」
「いや、ミーティングの時のが、いいと思うぜ?・・・・フランソワーズのこともあるしな」
「・・・・・そっか・・そうだったね、ギルモア博士も忙しいだろうね」
「ミーティングには博士とイワンは参加しねえだろうな」
「フランソワーズは?」
「さてなっ・・・009がなんか言うだろ?」


ベッドの上に置き去りにしていた、皿の上の最後の中華まんをジェットは掴んだ。


「ああ~っ僕の分まで食べたのっっっ!!!!」
「うっせえなあ・・・まだ下にいきゃあるだろっ?」
「どうしてジェットはそう食い意地がはってるんだいっっ!!」
「食い意地がはってんのはっピュンマだろっ!」
「僕のお昼っっっ!」
「だあっっ」


ピュンマは身軽な躰を生かし、素早くジェットから中華まんを奪うと、ぱっと部屋のドアを開けて廊下へ出た。


「まちやがっれえ!!オレの中華まっっっっ!!」
「しっっ!!ジェット・・・静かにっ!」


ジェットがピュンマの部屋を出たところで、ピュンマの手によって追いかけていた中華まんを、いきなり口に突っ込まれた。


「んごにだrろhじゃにあぎあ!」
「しっ!・・・フランソワーズの部屋から・・・」


ぱたん。と、ドアが閉められた音が、ジェットにも届いた。
2人は廊下の迂り角に躰を重ねるようにして隠しながら、廊下奥、階段がある方向、・・・フランソワーの部屋を見つめる。


<ジョーじゃねえかよっっ!>


もごもごと、中華まんを味わう口は忙しく、ピュンマへ脳波通信で話しかけた。


<フランソワーズの部屋から・・・出てきたよ・・・>




ジョーは部屋のドアを閉めてドアノブから手を離すと、ゆっくり息を吸い込み、そして、時間を掛けて息を吐き出していった。

ジョーは足を進めて、階段から1階へと降り始め、ジェットとピュンマの2人の視界からジョーが消えたところで、2人は不思議そうに視線を合わせた。


「・・・何かあったのかな?」
「ケンカしたようには、見えなかったぜ?」
「ジョーとフランソワーズがケンカなんかしないよっ」
「するぜ?」
「それは、009と003のときだろ?」
「同じじゃねえかよっ」
「違うよ・・・ぜんぜん、違うんだよっ・・・それは・・」
「・・・・知ったこっちゃねえよ、大方、フランソワーズが明日のメンテナスを嫌がって泣いてんのでも知ったか、見たかして、ジョーが気にしてたんだろうぜ?」
「メンテナンスで?・・・・いつものコトじゃないか・・なんでフランソワーズが泣くのさ?」
「・・・・・あ、そっか、008だもんな・・色々あってよ、昔。あいつにとって、神経系ケーブルの取り替えっつうのは、まあ、トラウマみたいなもんでよ」
「そんなに、大変なことなのかい?」
「オレにはさっぱり、わかんねえんだけどよ・・・アルベルトが言うには・・・・フランソワーズの改造度は俺たちと違って、”頭部”中心だろ?・・・そんで」
「あ・・・・・・うん・・いいよ・・全部言わなくても・・だいたいわかった」
「・・・・・わかったのかよ?」


声のトーンが急に下がったピュンマをのぞき込むようにしてみるジェット。



「わかるよ・・・それに僕でも知ってるよ・・・フランソワーズが一番、”脳”にメスを入れられていることくらい・・」



ーーー彼女が自分の”恋”に素直になれない、自信が持てない理由の・・・ひとつかもしれないし・・












####


「やはり、延期した方がフランソワーズにはいいんじゃないのかのう?」


不意に、フランソワーズはどうしているか?と訊ねられたので、部屋で休んでいるようだ。と、ジョーは、地下のメンテナンスルームにいるギルモアへと告げた。
フランソワーズの部屋を後にしたジョーは、そのまま地下のメンテナンスルームである、ここでギルモアの手伝いをしていた。

「ミーティングも外れてもらいます。・・・・1週間、彼女は何も出来ないし、余計なことを考えさせたくありませんから」
「うむ、賛成じゃ。今晩はゆっくりさせてやろうな・・・眠っているのか?」
「・・・・」
「ジョーよ・・・・・」
「はい」


ギルモアは持っていた、明日の朝から始めるために必要な神経系列図面をメンテナンスルームのライトボードに貼り付けた。


「儂はお前達が、お前達全員が、かわいい。大切な大切な息子たちじゃと思っとる・・・・じゃが、それ以上にフランソワーズが、かわいい。もしも、お前達全員の命と引き替えにフランソワーズだけを助けてくれると言われれば、・・・・そうするやもしれん・・・・スマン」
「そうして下さると、信じてます・・・。その時は、そうしてください」
「・・・・フランソワーズが好きか?」
「・・・・・・・・・・はい、・・・みんなも同じ気持ちです、よ・・」
「なんじゃ、お前のフランソワーズにたいする”好き”は、そんな程度か?・・・つまらんやつじゃ・・」
「・・・」


ギルモアは作業をしているフリをしつつ、ジョーの顔を盗み見た。
少しばかりの動揺の色が、いつも変わらないポーかフェイスから垣間見られたことに、満足する。


「フランソワーズには言わんかったんじゃな?・・・お前が今回、アシスタントにつくことを」
「・・・・博士、申しわけありませんが、このことは・・まだ。彼女には言わないつもりです・・・・・」
「・・・フランソワーズは、望んでおらんと思うぞ?」
「だからこそ、です。黙っていてください。今日のミーティングでも言いますけれど・・」
「・・・・儂もあまり良い気分じゃないわい・・今回のメンテナンスは、”普段”のそれとは、違うんじゃ・・・見られたくないだろうに」
<博士、じょーハ 自分ノ 道ヲ 決メタンダヨ?>
「・・・ジョーとして決めたことか?それとも、009としての責任からか?」


診察台の上に乗せられたクーファンの中にいるイワンを、ジョーは抱き上げた。


「どっちだろう、ね・・・イワン」
<両方、ダネ>
「・・・誰かがやらなければいけないことなら、俺がやりたいんです、博士」
<じょーナラ、イツカ 博士ノ手ヲ 借リルコトナク ミンナノ めんてなんすガ デキルヨウニナル ヨ>
「”いつか”だと、困るし・・・イワンの助けは必要ってことかな?」
<じょー、キミハ 時間ガアル分、努力シテクレ・・・・・博士モ僕モ”天才”ッテ言ワレル種類ノ人間ナンダヨ?簡単ニ 追イツカレタラ 困ルナ>
「そうだったね・・・・」


ジョーは口元で微笑みながら、腕に抱く、成長しない天才児のマシュマロのようにふっくりとした柔らかな頬を突いた。


「・・大変じゃぞ?儂としては嬉しいがな・・・・儂がお前たちにしてやれる時間には限りがある。その後を引き継いでくれるのが、お前であるなら・・・安心して全てを任せられるが・・・それ故にお前はまた・・その肩に背負うものが増えてしまうんじゃ・・・・・」
「・・・・その重さが、俺を支えてくれるんです、博士」






ギルモアの助手として、地下のメンテナンスルームに居たジョーは、途中、イワンにせがまれて、ミルクを作るために、1階へと戻った。

昼食が遅かったために今日はお茶の時間はなく、キッチンですでに張大人が夕食の準備を始めている。ジョーはダイニングルームの壁にかけられている時計を見て、自分が予想していたよりも早く時間が経っていたことに、驚いた。


「・・・もう、9時か・・」


キッチンの入り口前に立つ、ジョーの姿に気が付いた大人が、包丁を握っていた手を止めて、ジョーとその腕に抱かれたイワンに話しかけた。


「ジョー、何アルか?お腹でも空いたアルか?・・・も、チョット待って欲しいアルね。待てないなら、何かつまむといいネ」
「いや・・・大人、イワンのミルクをお願いしたいんだけど?」
「ミルクあるネ!わかったネ♪すぐ用意するからどっかで待ってるヨロシ」
「・・・ありがとう」


リビングルームへ入ると、さくらが来るためにしまわれていたベビーベッドが、いつの間にかリビングルームの定位置に戻っていた。


「・・・イワンが戻した?」
<じぇろにも>
「そう・・・気が付かなくて悪かったね」
<じょー>
「・・・なに?」
<チョットダケ、僕ノ我ガ侭に 付キ合ッテクレナイ カイ?>
「君の我が侭?」
<ウン。ソレニヨッテハ、今日ノみーてぃんぐガ すむーずニ進ムシ、ふらんそわーずモ 疲レテ グッスリ眠レルヨ・・・>
「・・・・変なことを言い出すね?」
<ふらんそわーずハ 起キテクルヨ、夕食ニ。ソレニみーてぃんぐモ 彼女ハ参加スルツモリ ダヨ>
「ミーティングは、気にしなくてもいいって・・・・言ったけど?」
<彼女ハ003ダヨ?・・・君ガ一番良ク知ッテル ハズ ダヨ?>
「・・・・そうだね・・・・003だから、出るつもりだろうな・・・」
<今日ノ みーてぃんぐハ 長クナル・・・・>
「何を知っている?」
<・・・・・・・コレカラノ事ヲ スコシ>
「教えてくれるかい?」
<りんつ氏ハ、心配シナクテモ じょーカラふらんそわーずを取ッタリシナイヨ>
「・・・・?」
<イイネ?>
「イワン?」
「出来たアル~~~~~~~~~~♪」


ジョーがイワンを問いただそうとしたとき、張大人がイワンのミルクを片手に勢いよくリビングルームへやってきて、哺乳瓶をジョーに押しつけ、「今一番肝心なとこネっ」とあっという間にキッチンへ戻っていった。

受け取った哺乳瓶を手にして、ジョーはソファへ座り、イワンの口へと哺乳瓶を傾けたとき。ちょうど、夕食の準備を手伝うために自室から出てきたフランソワーズが、リビングルームのドアを開けた、タイミングで、イワンの絶叫とも言うべき泣き声がギルモア邸を揺るがした。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああんんnっっ」
「「イワン!?」」


ジョーとフランソワーズのイワンを呼ぶ声が重なる。
しっかり締められていたはずの哺乳瓶の口がまったく締められておらず、イワンに飲ませようと、ジョーがそれを斜めにした途端、イワンは全身ミルク漬けとなった。


「ジョーっっ何をやってるのっ!!」


慌ててジョーはソファから立ち上がり、イワンの両脇に手を入れて”高い、高い”をするように、自分の躰から離す。哺乳瓶は床へと転がり落ち、ジョーのTシャツもしっかりとミルク漬けとなっていた。


「fraっっ」
「そのままバスルームにイワンを連れて行ってっっ」
「っ!」
「早くっ!!」


ジョーを急かしてバスルームへと向かわせ、フランソワーズも2人の後を追う。
張大人は何ごとかと、キッチンから飛び出してくると、バスルームへと急ぐ2人の背中を見送った。
ボリューム最大のイワンの泣き声に、張大人以外のメンバーたちがぞろぞろと、リビングルームに集まってくる。
自室のドアから大きな上半身だけを乗り出してジェロニモは、2人がイワンを連れてバスルームに入っていくところを見ながら、再び、部屋へと戻っていった。


フランソワーズはバスルームのドアを開け、ジョーに抱かれた状態のイワンの服とオムツを器用に脱がし、棚からタオルを出して浴室で濡らし、硬く絞った。


「大丈夫よ、イワン・・びっくりしただけよね?」


ジョーの腕の中にいるイワンを一通りミルク漬けから解放して、フランソワーズがジョーから、短い嗚咽を繰り返すイワンを受け取った。


「・・・・・イワンの服は洗濯機に、オムツも専用のゴミ箱へ、お願いしていい?」


フランソワーズに言われるがまま、イワンのミルク漬けの服とオムツを拾い、イワンの汚れていないオムツを足でペダルを踏むと、ぱかり。と、 開くゴミ箱の中へ。イワンの服と、ミルク臭くなった来ていたTシャツを脱いで洗濯機へ放り込みんだ。


「ベタベタするから、このままイワン、お風呂にはいる?」
「・・・洗濯機まわす?」
「ええっと・・・・ジョーの服は大丈っっsふ?!」


洗濯機が置かれている壁の方へと躰ごとフランソワーズは振り返ると、そこには、Tシャツを脱いだ、半裸のジョーが立っていた。
フランソワーズは、ぱっと、視線を逸らす。

見慣れていない。とは、言えなかった。
メンテナンス中や、その他、多くの男性ダンサーの半裸を見慣れていた上に、兄との2人暮らしが長かったフランソワーズは、男性の上半身を見たくらいで驚きはしないはずの自分が、驚いて動揺していることに、驚いていた。


「あ、あ、後でっ」
「・・・・・わかった」

<イワン・・・一体何がしたいんだよ?>


フランソワーズの腕に抱かれた、イワンを睨むようにして、ジョーは彼に脳波通信で話しかけたが、返ってきた返事は小さく可愛らしいものだった。


「っきゅっしゅんっ!」
「イワン?!やだ・・・やっぱり、このままお風呂に入れたほうがいいかしら?」
「・・・ベビーバス、出そうか?」
「・・・・・どうせなら、ジョー・・・イワンと一緒にお風呂に入らない?」
「えっっ・・・・俺が?」


フランソワーズは一生懸命に、ジョーを観ないように視線をイワンに集中させる。


「ジョーもミルクがかかっちゃったんでしょう?・・・私でもいいけど、着替えとか2階から持ってこないと・・・」
「赤ちゃんと・・風呂なんて・・」
「イワンだから、溺れてしまうことはないわ。大丈夫よ?」
「・・・遠慮するよ・・・・」


ジョーはフランソワーズの前に移動し、彼女の腕からイワンを抜き取った。伸ばされた逞しい腕に、フランソワーズは熱くなる頬を、緊張をどうすればいいのか解らず、ただただ、視線を下に落とす。


「っしゅっんっっ」
「・・・・イワン、見てるから、着替えとか持ってきたら?」
「え・・でも」
「イワンも、俺よりフランソワーズとの方がいいんだろ?」
<・・・3人一緒デモイイヨ?>
「イワンっっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう?」
「っえ?!」


否定の言葉を言わないジョーにむかって、弾けたようにフランソワーズは顔を上げると、彼はイタズラっこのように、ニンマリと微笑んだ。


「・・・・”3人”一緒でもいいよ?」


勢いよく、真っ赤な顔をしたフランソワーズの渾身の力で開けられたバスルームのドアは、廊下側からドアにへばり付いていた、ジェット、グレートを吹っ飛ばし、わらわらと集まっていた、張大人、アルベルト、ピュンマを大いに驚かせ、あっという間にリビングルームの方へと消えた。
視線の先をリビングルームの方向から外して、、裸ん坊のイワンを抱き、バスルームに立ちながらくくくっと、喉奥で笑いを噛み潰す、上半身裸でジーンズだけの状態のジョー。
その彼に向かって呆れながら、アルベルトは言った。


「あとが、大変だぞ?」
「・・・イワンが悪いんだ、よ」
<ふらんそわーずニハ、りらっくすガ必要ダッタンダ>
「リラックスって・・・あれがアルか?」
「イワンの我が侭に、俺は付き合っただけ、だよ」
「お風呂に入りたいなら、素直にそう言えばいいじゃないか、イワン」


ピュンマはリビングの状態や、裸にされたイワンと、Tシャツを着ていないジョーの様子から、何があったか、だいたいの予想がついていた。


<みるくヲ コボシタ じょー ガ 悪イ>
「・・・・アレはイワンの仕業だろ?・・・じゃなければ、張大人だね?」
「なんでアルか?!」


急に話しを振られて、飛び上がる張大人。


「・・・哺乳瓶の口が、ぜんぜん締まってなかったんだ・・おかげで、この通り」
「そんなハズないアルね!しっかり締めてないと、ミルクをシェイク、シェイクできないネ!!」
<知ラナイヨ、僕ハ みるくガ 飲ミタカッタノニ じょーガ 全部 僕ノ上ニ コボシタンダヨ>
「・・・・・結局、俺のせいなんだ、ね?」
<オ詫ビニ、一緒ニ オ風呂ニ 入ッテアゲヨウカ?>
「なんだあ、っいちちち・・・風呂には・・・ジョーとはいるのかあ?」


強か腰を打ったグレートが、腰をさすりながら立ち上がる。
ジェットは、廊下の壁に思い切り後頭部をぶつけたらしく、まだ彼の眼の焦点が合っていないが、耳だけはしっかりと働かせていた。


<ふらんそわーずト 入リタカッタンダケドネ・・・・ダカラ>
「・・・・イワン」


余計なことを言うな、とばかりに、イワンを抱く腕に少しばかり力を入れた。


「っって~~~~~~、いててっなんだよっ・・ジョー、てめえっフランソワーズと一緒に風呂に入りたくってイワンを使ったのか?!」
「ワザとこぼしたアルか!」
「素直に、風呂に一緒に入ってくれってたのみゃ~いいだろうに、ジョー・・・赤ん坊を使うなんて、卑怯だぞ?」
「・・・・話し聴いてる?・・ちがう、よ・・」
「っだよ、3人親子ごっこで仲良く風呂に入りてぇだけかよっ?」
「ジェットのバカっっ!!ジョーのバカっ!!!!みんなっっなんでここにいるのよっばかあっっ!!!」


いつの間にか自室から着替えなどを持って戻ってきたフランソワーズは、003には加速装置が付いていたとした思えないズピードで、ジョーの腕に抱かれていたイワンを奪い取り、彼をバスルームから追い出して、ばたんっっっ!!と、ドアが壊れんばかりの勢いで締めた。


「・・・・何をやっているんだ・・まったく・・」


アルベルトの溜息がこばれたと同時に、イワンのテレパシーが飛ぶ。


<オ風呂上ガリ ノ みるく ヲ よろしく>









####

午前中から降り始めた雨はいまだ勢い衰えることなく、ギルモア邸で夕食の時間を迎えたのは、夜の10時前。

イワンとの入浴を終えたフランソワーズの機嫌は、アルベルトの溜息が予想した通り、イワンとギルモア以外の全員にたいしナナメに対応されて、いつもの3倍速で夕食を済ませ、イワンと彼の2杯目のミルクをいれた哺乳瓶とともに自室へと無言で引き上げていった。


「あんな調子で、明日は大丈夫なのかのう・・・」
「この後のミーティングも忘れちまってるみてえだなあ、我らのお姫さまは」
「・・・いや、彼女は明日のことがあるから。1週間は何にもできないし、外れてもらう・・・今日のミーティングは、それほど重要じゃないから」


ピュンマはジョーの言葉を聞きながら、ちらりとジェットを見ると、卵スープをレンゲで掬っているところだった。


「いいんじゃねえ?・・・・んだよっジョー、初めから”そういうつもり”で、アイツを怒らせたのかよ?」
「・・・・イワン、だよ。俺は”イワンの我が侭”に付き合っただけ、だ」
「ど~っだか!その割りには、楽しそうだったじゃねえかっムッツリめっ!」


ニヤリと嗤い、スープを吸う。


「・・・・・ムッツリ?・・・ジェットに言われたくないよ」
「ああ?オレはムッツリじゃねえよっ堂々と、言うぜ?」
「・・・・・・何を?」
「いや、言うより行動に移すなっ!」
「くだらんこと言ってないで喰え。ジョーもかまうな」
「・・・行動?」
「おうよっ!まだるっこしいのはいらねえんだよっ!文句言う隙を与えずに、ひっぺがして、やることやってやりゃあ」
「獣。」
「鬼畜だね」
「男じゃないアル」
「女心ってもんをちいいっとも解ってねえ、男の行動だなあ、そりゃあ」
「ジェットとジョーなら、そんなにかわらんな」
「っジョーと一緒にするんじゃねえよっ!!」
「何を言っとるんじゃ・・・・若造どもめが、女が誘ってくるまで、男は黙って余計なことはせんでよい」
「「「「「「「「・・・・ギルモア博士」」」」」」」」


肉団子を器用にお箸ではさみ、ぱくりと口に放り込んだ、ギルモア。


「むう・・・今日のは一段とジューシーじゃな。上手い!・・・・・・・・経験も、数も大切じゃが、やはり質じゃよ。女のな」


<すげー・・・>
<・・・博士>
<き、訊きたいようなあ・・>
<訊いてはいけないようなネ・・・>
<女の質・・か。さすがギルモア博士・・か?>
<博士は絶対にモテる。>
<実はギルモア博士が一番・・・経験も質も、量も・・・?>








####


ダイニングルームでの夕食の会話は、”ギルモア博士の女性関係”と言う、触れていいものか、どうかわからない、デリケートな問題を残したまま、リビングルームへ移動となり、ミーティングが始まった。

ピュンマはジェットに促されて、ラップトップを取りに自室へと向かい、009が話し始める前に、ジェットが話し始めた。


「009の話しの後でもいいかと思ってたんだけどよ・・・、またスケジュールも変わっちまうかもしれねえし・・・・・・・・・・」
「・・・002?」
「何の話しだ?」
「ちっと前から気になってることがあってよ、色々ピュンマに手伝ってもらっていて・・・・・んで、最近、オンライン・ゲームでも、限られた人間、そのゲームの管理人か、すでに参加しているメンバーに”招待”されないと参加できねえ、ゲームの1つが話題になっててよ、前にやってたゲームでパーティ組んでたヤツが、オレを”招待”してくれて・・・・」
「002が最近、徹夜してた原因は、なんだあ、そのゲームのせいか?」
「008も巻き込む、あまり良くない遊びアルネ!」
「・・・・そのゲームってのはよ」


リビングルームに戻ってきたピュンマは、ラップトップを素早くテレビへと繋げ、全員が画面を見られるようにする。テレビ画面に映された、ピュンマのデスクトップ画面に全員が注目した。




「・・・・・主人公が交通事故をきっかけにcyborgに改造されたところから、始めるんだ・・・009、オレたちか・・”誰か”の・・・”設計図”が流出してるぜ・・・・・・ココにな・・管理人の名は”マクスウェルの悪魔”・・改造された主人公は”tsutomu”、改造した科学者は、トーマス・マクガー」





=====39へ続く


・ちょっと呟く・

なんだかまとまりのない・・・(汗)
ちゃんとお話繋がってますかねえ・・・・。
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Day by Day・39
(39)




「雨・・・止まないわね?」
<タマニハ コウイウ日モ アルヨ>
「そうだけど・・」


部屋の窓のカーテンを引きながら、外を見るフランソワーズ。
ガラス戸に映った自分の姿を、カーテンで消した。

フランソワーズのベッドの上で両足を伸ばして、ぺたり。と座っているイワンは、2本目の哺乳瓶をふわり、ふわりと宙に浮かせて遊んでいた。


「こら、食べ物で遊んじゃいけません」


フランソワーズは、宙に浮いていた哺乳瓶をそっと手にとって、簡易テーブルの上へと置くと、ベッドの上に上がり、ヘッドボードに枕を立て掛けるようにして、その位置を自分好みに変えてから、背中を預けると、座っていたイワンを抱き上げて、膝の上に乗せて抱いた。


<ふらんそわーず、コレ カワイイ>
「どれ?」


イワンはフランソワーズの枕元にあった、縫いぐるみをふわり、と宙に浮かせた。
それは、柔らかな、ふわふわとした白い短い毛並みの、糸で縫いつけられた目尻が下がった小さい瞳。くたくたとした異様に長く作られたうさぎの耳は、少しとぼけた印象の・・・・フランソワーズの”新しいお友達”。


ジョーがくれた、白いうさぎの縫いぐるみが踊りはじめた。


「やだ、イワン・・・ふふふ、うさぎさんはダンスがお上手ね?」


一通りダンスを終えた白いうさぎの縫いぐるみ、が恭しくお辞儀をすると、フランソワーズはうさぎとイワンに拍手を贈った。


「ありがとう、イワン。うさぎさんも、ありがとう」


フランソワーズは宙に浮く、うさぎの縫いぐるみにキスをして、そして、膝の上のイワンのおでこにキスをした。すると、不意に、頭の後ろが何かに引っ張られるような感覚から、目蓋が温かくなり、じんわりと頭の中で誰かが呼ぶ声が聞こえた気がした。
心地よい日常の疲れが、フランソワーズの躰を包んでいく。


「・・・・イワン?」


重く閉じられた目蓋は、もうフランソワーズの力では持ち上げることができない。


<オヤスミナサイ。ふらんそわーず・・・・次ギニ 眼ヲ覚マシタ時ハ、・・・新シイ 世界ガ 君ヲ迎エテクレル ヨ・・・コノママ 君ハ 眠ルンダ>
「・・・・い、いや・・・よ。・・いやよ・・・・・・ちゃんと・・明日の・・あ、さ・・自分で・・・・めんて・・・な・・・・・・・」


ーーーンス・・・ルームへ・・・行きたいのに・・・・自分で・・・。



<ゴメンネ・・・少シデモ、早ク 終ワラセタインダ・・・じょーニハ マダ 見セタクナイ部分モ アッテネ・・・ソレハ 博士ノ 我ガ侭ナンダヨ>


ーーー博士・・・・?ジョー・・・・・が・・・・・な、に?

<ふらんそわーずは、ふらんそわーずナンダヨ。誰デモナイ。ふらんそわーずハ、人間ダヨ>


ーーー・・・・・・・・・・・・・・・・・い、や・・・・・・


<・・・・博士、準備出来タ。ふらんそわーずヲ めんてなんするーむへ てれぽーとサセルヨ・・・>



フランソワーズの躰の重さに沈んでいたマットレスが、急にその重さを失った事に追いつけず、ゆっくりと主を捜すように、元の位置へと戻っていった。

イワンは、宙に浮いたままの白いうさぎの縫いぐるみへと、小さなふっくらとした紅葉の手を伸ばす。すると、白いうさぎの縫いぐるみは、手を伸ばして、イワンと握手した。


<ふらんそわーずノ ソバニ イテ アゲテ クレル カイ?>


白いウサギの縫いぐるみは、返事をせずにフランソワーズの部屋から消えた。次ぎに、ルームライトが消えて、フランソワーズの部屋には誰もいなくなった。







####

リビングルームには、叩きつける雨音と、風に翻弄される波音だけが激しく響いていた。
部屋の壁にかけられている時の秒針が、妙に大きくカチッカチッっと、正確なリズム。

鋭く、テレビに釘付けになる14の戦士の瞳が捕らえたのは、人体図、そして埋め込まれているのは、”人工臓器”。008のパソコンのフォルダから開かれた、それは”オンライン・ゲーム”の景品だと言う。


「002、この設計図をどうやって手に入れたか、詳しく聞きたい」
「・・・まず、このオンライン・ゲームは参加者が限られている。管理人からの招待か、もしくは、すでにゲームに参加している人間からの招待状が、なけりゃ、参加できない。招待状があってもよ、すぐには、ゲームができねえんだ・・・ゲームの主人公tsutomuが、交通事故に遭うところから、始まるんだけどよ、病院に運ばれずに、ある”組織”に運ばれて、cyborgになる。その組織に辿りつかなきゃ、意味ねえんだ・・・。組織にたどり着くまでに、いくつかの”質問”いわゆる、”イベント”をクリアしねえと、主人公がcyborgにならねえんだよ、クリアできねえ、と主人公は死んじまうように、なってんだ・・」
「・・・・すごく、難しいゲームだよ、002は”補助脳”のお陰でなんとか主人公をcyborgに出来たんだよね?」
「うっせっ!!008・・・・。途中からはさすがのオレも”専門的”すぎてよ・・・008の、助けを借りてよ・・・んで、やっと、こうやって3枚目の”景品”を手に入れてみたら・・・これで・・よ・・」


008は、プレビューで広げた3つの景品をデスクトップ画面にきっちりと並べて見せた。


「すごいゲームだよ・・・多分、これをプレイできるのは、本当に限られた人間だと思うし、もしかしたら、1人じゃなくて、グループになって、プレイしているのかもしれないんだ・・・」
「そんなにか?」
「・・・・・まず、”普通”の学生や、社会人は無理だね・・・専門職の人間じゃないと・・・」
「例えば、誰アルね?」
「医者、学者、技術者でも・・電子工学に長けた人、生物学、細菌学・・・・犯罪学・・今まで僕と002がやっただけでも、ざっと・・これらの専門知識がいるかな?・・・ま、管理人は”マクスウェルの悪魔”って名乗るくらいだしね・・・・・」
「・・・スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルの、思考実験だね?」
「!!」


009の言葉に008は驚いて彼を見た。


「・・・”マクスウェルの悪魔”は科学用語のひとつ、非可逆現象である、熱の移動を可逆現象に変える能力を示していて、実際には”悪魔”は存在しないから、そういう、能力を持った”悪魔が存在すれば、熱力第二法則を使わずに、熱力学第一法則の中の、永久機関を生み出すことを可能とする、という、逆説的な論説補助手段・・・一応解決されている問題だけど・・・」
「我が輩は、009が何を言っているのか、さっぱり・・宇宙語だぞ・・?」


グレートは人が火星人と聞いてイメージする、タコのような”宇宙人となって、うねうねと動いてみせた。


「009はどこでそんなこと知ったネ?」
「・・・本だよ」

「お前さんの乱読には、コズミ博士も驚くだろうな・・」


呆れているのか、感心しているのか、どっちにも取れる004の呟き。


「その通りだよ、009・・・たまに、SF作品で、超常的エネルギーを表すのに使われてたりするんだ。僕もこの名前を知ったのは、SFノベルスだったんだよ?」
「・・・読んだのは、”熱の理論”だった、よ」
「え・・・・・それって、マクスウェル自身が書いた本じゃ・・・?」
「・・・・そうなの?」
「話し、それてるぞ。」
「っとにかくよ!・・・・・続けるぜ?ゲームは、cyborgにされたことによって、人生が変わっちまった主人公が、自分の躰をなんとかしたくて、改造した”組織”を探すことから始まるんだ。そしたらよ、実は、改造したのは、”組織”じゃなくて、組織を裏切った科学者が、なんとか、その組織を倒したいがために、死にかけた主人公を救うために、改造したってことが解ってよ・・・」
「その、科学者の名前が”トーマス・マクガー”・・・って言うんだ」
「「「「「!」」」」」」
「トーマス・マクガーっておい・・・008」
「・・・・・コズミ博士が”交流会”から得たものも、だな?」
「トーマス・マクガーだ。」
「ほら、ここ・・・」


008は、3枚のプレビューで開いた画像を、別のソフトで開いて拡大してみせた。


「T.マクガーってサインがあるのがわかるかな?地下のコンピューターでより詳しく調べてみないと、ハッキリしないと思うけど・・・」
「1枚目のは、確実に直筆のサインみたいネ?」
「どうだ、009?」
「・・・・・筆跡鑑定が必要だろうけど、同じサインだと思う、よ・・・あの資料にあったものと・・」


009は、座っていたソファに背中をぼすん、っと倒れるかのように、もたれた。それを機に、それぞれが少しばかり緊張を解いてテレビ画面から離れた。


「・・・・どうする?」
「・・・・・・少し、考えさせてくれ・・」


天井を見上げるように顔を上向きにし、009は瞳を閉じると、ふううっと肩から息を吐いた。


「誰がどこまで進んでいるのか、わかるのか。」
「うん。今のトップは”ラムダ”って人、この名前はHNだね・・・5枚目を入手したみたいだ」
「そういうのは、どこでわかるんだあ?」
「このゲームには、情報交換の場所として、主人公tsutomuの友人、emiのパソコンがチャットルームになっているんだ、前まではBBSだったんだけどね」
「でよ、このemiってのが、また素直で、健気でよおおっ!!」
「そんな事は、どうでもいいアルね!」
「参加しているのは、何人くらいなんだ?」
「んっと・・・主人公をcyborgにしたのは、・・・16人かな?”景品”を得ているのは、その中でも僕たちを含めて4人だよ」
「少ない。」
「ったりめえだよっ!こんな難しいゲームの上にっ参加条件がめっっちゃ狭いんだぜ?」
「でもさ、このゲームすごく有名なんだよ・・・特に、この管理人はそういう”ゲーム作り”ではネット上では知らない人はモグリだって言うくらい・・」
「我が輩は知らんぞ?」
「ワタシもね!」
「・・・・だから、ネット上でだよ!」


「・・・・・002と008は、引き続きゲームを続けてくれ」


009が静かに、口を開いた。
真っ直ぐに天井を見つめながら言葉を続ける。


「できたら、004も参加して欲しい。そのチャットルームから、できるだけ管理人に関する情報を引き出してくれ。002と008。そして004と008で2方向からゲームを進めて欲しい。002、004がゲームに参加できるように、彼を招待してくれ。次の昼の時間がきたら、001にも参加してもらう。」

「了解!」
「早速、招待してやるぜ!」
「・・・わかった」

「あと、ゲーム内の”トーマス・マクガー”についてより詳しく知りたい。そして、その”景品”についてもだ・・・。誰が何枚手に入れたか、あと、手に入れた人物のプロバイダーを検索して、ゲーム参加者全員の身元を割り出したい。008、これらの件に関しては君に任せたい」

「うん、了解したよ」

「この設計図がどれだけのものか、博士と話し合った結果によっては、すべて回収、消去する。007、コズミ博士に会いに行って、もう一度リンツ氏について、そして彼の身元を洗い直して欲しい。できれば”交流会”の彼以外の創立メンバーを割り出してくれないか?」

「うむ、引き受けたぞ」

「005と006は、闇市(ブラック・マーケット)の方を頼む。どの方向からでもいい、どんな小さな情報でもいいから、かき集めてくれ・・・」

「了解。」
「まかせるアル!」

「僕は、003のメンテナンス後、この設計図をギルモア博士にお願いする・・・本物であるかどうか、素人の見解では、ね。そのまま、トーマス・マクガーについて、調べていく・・・報告は3日後に」

「了解した。」
「了解!」
「オッケーだぜ」
「3日後あるネ」
「早速、明日コズミ博士に連絡を入れるぞ?」
「・・・・003はどうする?」


009は姿勢を正して、004を見た。


「003は、メンテナンス後、イワンの助けを借りて通常生活に早めに戻るけれど・・・かなり無理させることになるかもしれない。リンツ氏が来ることで、余計に色々と気苦労させてしまうかもしれないから、これはギルモア博士とも話しあったんだけれども、ミッションとして、彼女にはリンツ氏がここを離れるまでは、実際の仕事はさせない」
「メンテナンスは明日のいつからだ?」
「・・・・もう始まっている」
「ええ?!」
「訊いてないぜっ!」
「なんでアルか!」
「・・・・フランソワーズはそれを知っているのか?」
「・・・そのために、イワンが一緒に部屋へ行ったんだ。スケジュールが急に変わって、かなり動揺していたからね・・・・俺は明日の朝に、助手として参加する」
「「「「「「?!」」」」」」
「・・・・・これからは、ここにいる全員のメンテナンスに、俺が助手としてつくことになる。始めに003。その後に、多分、004だ。急なことで、003には話していない・・・彼女を動揺させたくないから、今回、俺が助手として参加することは、彼女には黙っていて欲しい。それは、ギルモア博士からの頼みでもある、から・・・」
「・・・・いつから、だ?」
「本格的に、ギルモア博士の助手として勉強を始めたのは、ここに移り住んでからだ。・・・その前から少しずつだけど、色々教わっていた」
「本気で・・・かい?」
「・・・今後のことを考えて、ね」
「それは、その・・・・何かい・・・009、ええっと」


禿げた頭を掻きながら言いにくそうに007は言葉を繋げようとするのを、005が引き受けた。


「それは009としての責任か?命令されてか?それとも、それがジョーの意志か。」
「・・・・訊かれると、思ったよ」


ジョーはふっと目元を緩めて微笑んだ。


「俺の意志だよ・・・・色々考えたんだ。この、日本に邸を持つことを決めてから、俺はギルモア博士とイワンのそばにいると決めた。・・・それは、自国に邸を構えることになったら、みんな、同じ考えだったと思う。違うかい?・・・このまま、ぼうっと過ごすくらいなら、出来ることを、したい。・・・・・なら、自分のこの躰を知ることから始めたくてね・・・」
「・・・いつかは、いつかは、誰かがとは思っていたがな」
「ジョー、それを君1人が背負うものでは、ないと思う・・僕だって」
「・・・・・良い機会だから、訊いておきたい」


ジョーは、リラックスした状態で、仲間に話しかけた。


「・・・ここは、みんなの”家”で、俺も博士も、イワンも・・・ここに居る。それは何も変わらないよ・・・だから、自分たちのしたいこと、やりたいことがあるなら、遠慮無く言って欲しい。ここに全員が一緒にいる必要はないんだ。もちろん、今回のことがクリアしてからに欲しいけどね・・・・すでに、アルベルトは国に帰りたい意志を訊いている・・・・他に、誰か考えてる?」
「オレはアメリカに帰るぜ」


ジェットは長い足を組んで、ふんぞり返るような態度で言った。


「アメリカ。部族の何人かに会いに行くつもりだ。」
「・・・・連絡がつく?」
「調べる。時間がかかるかもしれないが、だいたいのことは把握している」
「・・・・・・助けがいるなら、遠慮無く言って欲しい、いいね?」
「その時は頼む。」
「ワタシは・・・」
「・・・・うん、張大人」
「店持ちたいネ・・・・日本でと、思ってたアル」
「・・・・・きっと、繁盛するよ、張大人の中華が美味しいのは、ここにいるみんなが保証するから」
「我が輩は、まだ・・・なんとも言えないなあ・・・・・イギリスへは、何というか・・・・まだ、正直帰りづらいんだ、情けない話しだけどよお」
「・・・・それでいいんだよ、グレート。ここはみんなの”家”だって言ったろ?いつでも出て行ったらいいし、帰ってきたらいい。部屋はずっと、みんなの部屋以外に代わりはないんだ、永遠にね」
「ありがたいよ、ジョー・・・そう言ってもらえると・・・」
「僕は・・・・いつか僕の国のために、働きたい。そのために勉強がしたいんだ・・・・色々と調べているんだけど、日本でとは、限らない・・・」
「・・・ピュンマらしい、な・・・・日本国内って言っても広いからね・・・」
「うん、そうだね・・・一度は北海道とか行ってみたいよ!」
「別に勉強じゃなくても行けるだろう、ピュンマあ・・」


グレートが苦笑しながら言った。


「そうだけどさあ、なんだかんだ言って、まだ関東県内、しかも東京近郊しか行ってないんだよ、僕!」
「まだディズミーランドも行ってないアル!」
「そうだよっ、ディズミー・オーシャンもだよっ」
「それを言うなら、ユニバーサル・オフィスもだぜっ関西の!!」
「京都に行きたいアルね~・・・神戸の中華街も行みたいアル」
「沖縄。」
「東北の方をゆっくり廻ってみたいな」
「夏なんだぜっ!夏と言えば海だろっ」
「避暑に行くのもいいよね・・・三重県とか良さそう!伊勢エビっ」
「料理しがいがあるネ」
「どうせなら、つい~~~っとドルフィン号で行っちまうってえのもありじゃねえか?」
「目立つよっ!」
「この人数で行くと・・・変に目立つな」
「・・・・・好きなときに行ってきなよ」


日本の、あそこへ行きたい、ここへ行きたい、そこへも行きたい、と話しはどんどん広まっていき、気が付けば、今回のミッションを夏が終わる前までにクリアさせよう!と、意気込み始めた00メンバー達。夏のバカンスのアイデアは、どう考えてもジェットの策略であるかのように思えたが、みなそれぞれに自室に戻る頃には、ミーティングの内容よりも”そちら”の方に頭が取られてしまっているように見えた。





####

メンバーが各々の部屋へ戻っていった後、ピュンマからオンライン・ゲームの”景品”である3枚のcyborg設計図をジョーのメール先に添付して送ってもらったものを、確認するために、地下へと降りていく途中、ジョーはアルベルトに呼び止められた。その隣にジェットもいた。


「ジョー、いいか?」
「・・・・なに?」
「フランソワーズの、メンテナンスに助手として参加すんだよな?」
「明日から・・・・」
「それをフランソワーズに言うのはいつだ?」


呼び止められたダイニングルームで、ジェットとアルベルトの2人を前に、ジョーは一瞬だけ、視線を床に落とした。その動きを見て、ジェットは苦虫を潰したような表情となり、アルベルトは深い溜息を吐いた。


「言うつもりはないんだな?」
「・・・・急なことだから、今回は。次回からは、言うよ」
「それが、どれだけフランソワーズを傷つけることか、わかってんのかよっってめえはっっ!!」
「・・・・決めたんだ、よ」


まっすぐに、2人を見る、褐色の瞳に何も迷いが見えない。


「だからっ!フランソワーズが知らねえっ訊いてねえっ状態でってことが問題なんだよっ」
「今回のメンテナンスは、”開頭”だ・・・しかも神経系ケーブルの入れ替え・・・彼女の”人”でない内部が晒されるんだぞ・・・・・お前にそれを受け止める”覚悟があるとは思えん」
「・・なかったら、助手になっていない・・・・」
「ジョーってめえは、それでいいかも知んねえけどよっ、フランソワーズの気持ちを考えてみたことあんのよ?」
「・・・・・反対なんだね?」
「お前がよくても、彼女の意志がそこにないなら、反対だ」


アルベルトの言葉に、ジェットは強く頷き、彼もアルベルトと同じ意見であることを強調する。


「これ以上、フランソワーズが”サイボーグ”だっつうことで、泣くようなことさせたくねえんだよっ」
「・・・サイボーグだからこそ、俺には必要なことだと思う・・・・彼女を助けるためにも、知っておかなければならないこと、だよ・・・」
「こころの方は、どうなんだ?ジョー・・・」
「・・・・・こころ?」
「よく、考えろ・・・・・フランソワーズの内部だぞ?・・・お前はそれを実際に見て、すべてを受け止める覚悟は出来てるのか?・・・・幻滅しないか?・・・・彼女を”人”として・・受け入れられるか?」
「オレらのんは、別にかまわしねえよ、見られようが、ほじられようがよっ・・・・でも、フランソワーズなんだよ・・・・アイツは・・もう十分によ・・・・。絶対、見られたくねえよ・・・」
「・・・わかるな?・・・・・もう一度、よく考えてくれ」


アルベルトはジョーの肩に手を置いた。
彼の手が異様に熱い。


「アルベルト・・・」
「ジョー、頼むぜ・・・。オレだってよ、おまえがしようとしていること、やろうとしていることくらい、ちゃんと理解してる。それが今後の自分たちの未来に大きく関わってくることも、な・・・誰かがやらなきゃいけねえって思いながら、ギルモア博士は・・・オレたちと違うって知っていながらも・・・・認めたくねええっつうか、ま、逃げてたんだよな、実際。でもよ、お前はそれを自分から考えて実行し始めてよ・・・すげえって思う・・・。感謝してる・・・・けどよっ!!!それと、これとはよっっ別問題なんだよっっ!!」
「・・・・ジェット」
「もう一度、考えてくれるか?・・・・その上で、ジョーが決めたことに、オレたちはもう、何も言わん。・・・・もしも参加したとしても、フランソワーズに言うつもりは、ない。・・・だが、お前が彼女のそれを見て、受け止められないなら、ミッション関係なく、悪いが・・・・オレはフランソワーズを連れて出るぞ?いいな・・・」
「それが、フランソワーズのためだと、判断してるからだぜ?・・・ジョー」
「・・・・・・・わかった、よ。ジェット、アルベルト」






地下への階段を下りていく、ジョーの足音が消えるまで、ジェットとアルベルトはダイニングルームから一歩も動かなかった。








=====40へ続く


・ちょっと呟く・

あたま爆発!
・・・・・シリアスだなあ・・・・
さくさく行こう!さくさくっと!!

ぐふふふ、なイベントが早く書きたいですぞ!


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Day by Day・40
(40)


懐かしい、声を聞いた。
懐かしい、香りが包む。
懐かしい、温もりに触れる。



懐かしい、手。











「・・・Fanchon!お~き~ろ~~~~~っ!」
「・・・・・・・っm?」
「朝だよおっ?」
「・・・・・・・・あ、さ・・・?」
「ふぁ~~~~~んしょ~~~~~~んっお腹空いてますよ、お兄さんはっ!」
「ええっっ?!」

がばっと、上半身を勢いよく跳ねるように起きあがり、その勢いにイスに座っていたジャンは、両腕を宙でぐるぐるっとまわして、イスごと後ろにひっくり返った。

「いててててっっ急に起きるヤツがあるかあ?・・・ったく・・朝だよ、御飯は?」
「・・・・・・・・・ど、どうして・・私、ここにいるの?」
「ど、どうしてって・・いてて・・・」


尻餅をついた、少しばか打った腰をさすりながら、倒れたイスを立て直し、再びそのイスに腰を下ろしたジャンは、心配げに妹、フランソワーズを見つめる。


「ここは、ファンションの家で、僕の家で、君の部屋だよ?・・お~~~~い、頭、入ってますかあ?」
「・・・・にい、さん・・?」
「はい、はい?」


こぼれそうに大きな空色の瞳は長い睫に縁取られ、何度も瞬きながら、兄、ジャンの顔を穴が開くほどに見つめた。


「・・・どうした?」


その尋常でない真剣な表情に、ジャンの胸が不安に締め付けられた。


「兄さんっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
「うわっっったああああ?!」
「兄さんっ!兄さんっ兄さんっ兄さんっっっっっっ兄さんっっ!!!!」


フランソワーズは渾身の力でジャンに抱きついて、しがみつく。
何度もジャンを呼び、泣き始めた。


「なんだっ・・・・なんだああ?・・・・・・・ファンション?・・・・いい年令して、怖い夢でも見たのかい・・・・・ああ、何泣いてるんだい・・ほら、どうしたんだよ?ファンション?・・・泣くなよ夢くらいで・・・ホントに、いくつになっても泣き虫だなあ・・」


ジャンは優しく妹の背に腕をまわし、自分の亜麻色の髪よりも輝きのある、艶やかなフランソワーズの髪を優しく、優しく撫でた。


「泣かないで、僕のファンション・・・いいかい、僕の分のハッピー・ポイントをひとつあげるから、泣かないでいいんだよ、・・・・・怖い夢をみた分、幸せになろうね?ファンション?」
「兄さん・・・・兄さん・・・・・・・兄さん・・兄さん・・・嫌よ、絶対に、もう離れないでね?1人にしないでね?」
「・・・・・・いったい、どんな夢を見たんだい?」
「に、兄さんが、いないの・・・兄さんがいなくて、1人で・・・でも・・・・・仲間がいて・・・・・でもっ兄さんがいないのっっ」
「・・・・・・・僕がいなくて、1人で、仲間がいる?・・映画の見過ぎだよ、ファンション・・ほら、しょうがないなあ・・・・今日の朝食は、マリエールおばさんのところに行こうか?フルーツワッフルに、カフェオレでどうだい?」
「・・・兄さん、兄さん・・・・」
「ブラコンじゃないって言ったのは、どこの誰だい?・・・・これじゃあお嫁さんにやれないなあ・・・・っていうか、その前に恋人さえできやしないよ?」


ーーーそれでも、いいんだけどねえ、僕は・・・・・



愛しい、大切なたった1人の家族である妹、フランソワーズを抱きしめて、その髪を撫でながら、いつか妹が自分の手を離れ、怖い夢を観たと泣いて頼る腕は、自分のものではないことを、それがほど遠くない未来であることを、ジャンはなんとなく感じていた。
だからこそ、今、どれほど自分が妹、フランソワーズを愛しているか、自分の想いを込めて、一生懸命にジャンはフランソワーズを抱きしめた。

「僕の可愛い、ファンション・・・・泣かなくていいよ・・・」









####

昨日の雨が、風が嘘のように静まりかえった朝、ジョーは部屋を出て地下のメンテナンスルームへと向かった。


ギルモアは、昨夜にすべきことを済ませ、仮眠を取っている。彼の隣にあるクーファンの中でイワンの微かな寝息が聞こえた。
いったい彼らが何を自分に見せたくなかったのか、おおよその見当はついている。自分よりも、今、眠っている2人の方が、まだ自分にそれらを見せる”覚悟”がないことに、苦笑する。

ジョーは、壁に貼り付けたライティング・ボードにあったメモに指示されていた計器のメモリをチェックし、セービング・カプセル内で眠るフランソワーズの状態が良好であることに些か緊張した気持ちを落ち着けた。


カプセルの中を直接見ることはできない。
カプセル内の様子は、モニターを通すか、もしくはカプセル内に内蔵されているスピーカーを通して内部にいる人間の声を聞くことのみ。


[・に・・・・・い・さっん・・・・・・・]
「・・・・・夢で、会えた?」


スピーカーから微かに聞こえる、フランソワーズの声に、ジョーの胸が痛み出す。
昨夜のジェットとアルベルトの言葉が、ジョーの決意を揺さぶり、不安にさせるが、スピーカーからこぼれた、フランソワーズの声が、ジョーを奮い立たせる。


「・・・・・・ごめん、フランソワーズ。キミは嫌だろうけれど・・・・ね。・・・わかっているんだ。言われなくても、ジェットとアルベルトに言われなくても・・・わかっている。・・・・それでも俺は・・・・キミのためにも、みんなのためにも・・・・・始めたい。それが、フランソワーズ、キミからだったなんて、俺だって・・・・驚いた、よ。」


ーーーでも、それで良かったと・・今は思っているんだ、よ・・・・・フランソワーズ・・・










「なに、ぼうっとしてるんだい?」
「あ。・・・・え?呼んだ?」
「うん、”なに、ぼうっとしてるんだい”って言ったよ?」
「そうじゃなくて・・・フランソワーズって、呼ばなかった?兄さん・・」
「呼んでないよ?なんだい?どっかの馬の骨がまた、その辺でファンションを待ち伏せしてるのかい?」

幼い頃からジャンとフランソワーズを見守ってきた、マリエールが営むバール”マリエール。行けばかならず、たっぷりのカフェオレに、特別に多く載せたフルーツワッフルの朝食を出してくれる。ジャンにはマリエール特製のショコラ・クロワッサン。


「・・・・や、やっぱり、なんでもないわ!きっと気のせいね!」
「・・・・・・ファンション?」
「気にしないで、兄さん!ねえ、天気もいいし・・・・」


フランソワーズは晴れた初夏の愛するパリの空を仰いだ。


「え?」









立ち上がる黒い煙は風に流れることなく空を覆う。

鼻を突く硝煙。

何が燃えているのかわからない、異臭が立ちこめる。

鳴りやまない爆撃音が常に鼓膜を極限にまで振動させる。



見る必要のないものが”視える”。
訊く必要のないものが”聴こえる”。


ーーーどこ?


ここは、どこっっっっっ!!



















「・・・・フランソワーズ?」
「私の名前は、フランソワーズ・アルヌール・・・003よ」



















「ファンション」
ーーーなあに?兄さん




























「フランソワーズ」
ーーー誰?・・・呼ぶのは・・誰?
























「003っ」

突然、赤い躰がフランソワーズにぶつかり、彼女を躰の下に組み敷いて、全身で投下された爆撃から庇う。

「なんでぼうっと突っ立ってるんだ?!005からの通信を聴いていなかったのかっ!!」
「・・・・え?」
「退却令が出てただろっ!!なんでドルフィン号に戻らないっ!」
「・・・・ジョー?」
「しっかりしろっ!」
「・・・・009?」



















「・・・ジョーって言うの?」
「・・・・シマムラ・ジョー・・・・・日本人だ、よ」










いつから、あなたを好きになったのかしら。
どうして、あなたを好きになったのかしら。


日本人にしては色素が薄い、栗色の髪は光に当たって金茶色に変わるの。
柔らかな髪は、くせっけで後ろ毛が跳ねているのよ。
気が付いているのかしら?

長い前髪に隠れた片方の瞳は、何を視ているの?
褐色に揺れる寂しげな瞳は、何を映しているの?


遠くを見つめているわ。
あなたはいつも、どこか遠くを見ているの。
何を見ているのか知りたくて、一度あなたに尋ねてみたことがあるの、覚えているかしら?
あなたは、何も言わずに空を指さした。

何もない空を。
月のない空を。
星のない空を。



「・・・・何があるの?」
「・・・・・・・・・・・・明日」










あした。
あさって。
しあっさて。












私も一緒に明日をみることができる?














「できるよ。キミと一緒にあしたを見たい。歩いていこう、よ。・・・一緒に行こう」





ーーー2人で一緒に行こう





だから、怖がらなくていいよ。
俺がそばにいるから、泣いていいよ。








キミは強い人。
誰よりも強い人。
















・・・・ジョー・・?


















####


ギルモアは、心地よい疲労感に包まれた体をリビングルームの安楽椅子に預けた。張大人に頼んだミルクを勢いよく飲み干したイワンは、仮眠を取ってもう一働きしてから、いつもよう少し早いが夜の時間に入るだろう。

ジョーがミーティングしている間に、003のoptic nerve、oculomotor nerve、trochlear nerve、abducens nerveの ケーブル、そしてauditory nerves、を入れ替えた。
蝸牛神経節のチェックを済ませ、各神経の接続にイワンの全面協力があったからこそ、ギルモア1人では、丸3日はかかるところを、一夜で終えることができた。

短い仮眠を取った後、すべての nerves systemとのバランスを見ながらの微調整。負荷が出ていないか、不具合がないかの術後のサーチ。各ケーブルが通常に機能しているかのテストを行った。
すべては順調であり、何も問題はなかった。

強化された”眼”と”耳”の最終チェックは、すべてが003の脳とのブレがなくなった状態、視力、聴力が戻った状態の003ととも行う。




ジョーを助手として共に作業すした内容は、通常のメンテナンスよりも少しばかり手の込んだものだった。
ギルモアは、ふううっと肩で息を深く吐いた。


ーーージョーの覚悟を空回りさせたかのう?






フランソワーズの、
003の”頭部”に収められた”科学技術”は、まさに研究者たちの”夢”。


彼らが追い求める結果が彼女の中にある。
世の中が彼女の中にある”夢”に追いつくには、最低でも200年はかかるやもしれない。


誰かが、護らなければならない。
彼女を改造した、自分の責任。


人として、003を護らなければならない。
フランソワーズは、それを望んで手に入れたわけではないから。



誰かに護られて、欲しい。
愛されて、欲しい。


幸せに、笑って、愛されて・・・・・暮らしているはずだった、すべてを奪ったのは自分の、研究者としての欲に駆られ、自分を見失ってしまっていた己のウチにあった悪。




そんなに好きなら、なぜ抱きしめてやらんのか。
黙って、腕を差し出してやればええじゃないか。



まったく、近ごろの若いモンは言い訳ばっかりしおってからに・・・・。


愛してやってくれんか?
もう一度、彼女に幸せを・・・・。








「・・・アイヤ~・・こんなところで寝たら風邪ひくアルネ!」
「自室で休んでいるかと思ったんだがなあ」
「博士。これお気に入り。」
「よっぽど好きアルねえ~~~」
「んじゃ、ジェロニモ、部屋に博士を連れて行ってくれるかあ?」
「わかった。」
「イワンはどうしたあ?」
「向こうのベビィベッドで寝てるアルネ」
「イワンとギルモア博士がこっちってこたあ、終わったのか?・・・フランソワーズ姫のメンテナンスは」
「まだ、ジョーが下。」
「ジョー1人じゃ何もできないネ?」
「どうだかなあ・・・今後はオレらのメンテナンスルームにも参加するくれえだしなあ」
「放っておく、一番。」
「そりゃ、そうだな」


ジェロニモは軽々とギルモアを抱き上げて寝室へと連れて行く。
その背を見送っていたところに、ジェットがリビングルームへやってきた。


「張大人っ夕飯まだかよっ!」
「今から用意するあるネ・・・なんかその辺に御菓子あったアルから、なんか食べとくネ」
「冷てえなっ!!」
「働かざる者食うべからずネ!・・・・って言うことで、ジョーにちょっと持って行ってほしいアル、ついでにジェットの分も用意するから、それでいいアルか?」
「・・・おお、喰いもんだろ?」
「ジョーは、朝も昼も食べてないネ。ギルモア博士とイワンがさっき下からこっちに戻ってきたのに、ジョーはまだ下にいるネ。下に運んだものも、博士は食べたみたいアルが、ジョーは手をつけてなかったネ、心配アル」










####

手早く張大人が用意した中華粥は2人分。
ジェットはトレーに乗せて、地下のメンテナンスルームへと向かった。

両手が塞がっているために、足で乱暴にメンテナンスルームのドアを2回蹴る。
数秒、間を開けて内側からジョーの声。


「・・・・・ジェット?なに?」
「開けろ、メシだぜ?」
「・・・・・・なんで?」
「なんでも、いいんだよっ!オレの分もあんだから、ジョーが喰わなくてもオレは喰うぞっ!開けろっ!!」


ゆっくりとメンテナンスルームの扉が開かれる。
ジェットがすぐさま部屋に入ろうとしたけれども、ジョーがそれを押しとどめた。


「今、駄目なんだ・・・フランソワーズの視神経プログラムを組んでいるから、彼女に”刺激”を与えるものは・・・・」
「ただのメシだぜ?」
「彼女の意識が近くなると、無意識に”眼”の筋肉が動くんだよ・・・安静状態の視神経の動力を計っているんだ」
「・・・・ずっとついてなきゃいけねぇのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど・・・」


ジョーはメンテナンスルーム内に視線を向ける。


「・・・・データが取れるまであと、2、30分は時間がある、よ」
「じゃ、喰えよ・・張大人が泣くぜ?」
「・・・隣の研究室でいいかな?」
「おお、いいぜ?」


ジョーとジェットは部屋を移動し、研究室へと入っていった。
2つあるライティング・デスクの、ギルモア専用ではない方に、ジェットは持っていたトレーを置く。ジョーはコンピューターα”alpha”のマウスを使って、作業し始めた。


「喰わねえのかよっ?」
「・・・・食べる、よ。・・・こっちに持ってきてくれ」


ジェットは、はああっっと溜息を吐きながらもジョーの分の張大人特製・中華粥をどん!っとコンピューター・デスク横に置いた。


「美味しそうだね・・」
「そう思うなら、喰えよっ!」
「・・・・うん、あ。ジェット・・・・悪いんだけど、オンライン・ゲームの招待状を俺にも出してくれないか?」


ジェットがライティング・デスクのイスに座り、中華粥の器を手にしてレンゲで熱々の粥を掬う。
顔にかぶさる熱い湯気がジェットの食欲を唆った。


「なんだよ、お前も参加するのかよ?」
「ギルモア博士と、イワン・・・または俺でね。ゲーム上のイベントにも何かがあるかもしれないから。あと、ジェットが今まで進めてきたゲームのイベント内容、ストーリーを次のミーティングまでにまとめてくれないか?管理人の身元を探るのに、傾向をみたいんだ・・・」
「・・・ジョー」
「・・・・なに?」
「お前、寝てる?」
「・・・・・寝てる、よ」
「昨日は寝たのかよ?・・・あの後、からずっとこっちだろ?」
「調べたいこともあったしね。部屋に戻って少し寝た・・・」
「その前は?」
「・・・覚えてない、よ・・・必要な睡眠は取ってる」


ジョーは画面から視線を外さないまま、中華粥の器に手を伸ばした。


「・・・それで、見たのかよ?」
「・・・・・ギルモア博士の方が嫌だったようで・・・ね。見ても部分的にモニター越しだよ」
「でも、見たんだな?」
「・・・俺的には”見た”うちに入らない、な」
「今、あいつ・・どういう状態なんだよ?」
「セービング・カプセル内にいるよ・・・」
「・・・・気になるんだ?」
「オレは002だぜ?003とは長いんだよ」
「・・・・・知ってる、よ」

ジョーは視線をジェットに向ける。
ジェットは黙ってその視線を受け止めた。


「招待状は、今日中に出す。ミーティングまでにイベント、ストーリーをまとめる」
「・・・頼む」
「フランソワーズを連れて、アメリカに行く気もある」
「・・・・・・」
「あいつには、訊かねえのかよ?昨日、オレたちに訊いたみたいによ?」


ジョーは粥を一口啜り、また視線をパソコンモニターに戻す。2人は無言で食事をすすめた。
パソコン機器に取り付けられている冷却装置のモーターが静かにまわる。


「・・・フランスに、彼女にお兄さんがいることは知ってるんだろ?」
「ああ、はじめのころ、”兄さん!兄さん!”ってぴーぴー泣いて、大変だったぜ?そのうち、泣けなくなってよ、・・・・泣きすぎて、涙が枯れるなんて・・・小説の中だけかと思ってたぜ。そのうち、うんとも、すんとも反応しなくなっちまって・・・・イワンに出会って変わったよな」
「・・・・イワンが、何かした?」
「いんや、何にもしねえ。ただ、イワンの世話を任せられただけだぜ・・・なんだかんだ言っても、女ってえのは、”赤ん坊”になんか感じるもんがあるんじゃねえの?」
「・・・・彼女はフランスへ帰るだろう、時期がくれば」


半分ほど食べた粥の器を置いて、ジョーは再びコンピューターのマウスを手に取った。
ジェットからは、ジョーが何をしているのかは見えないが、カチ、カチ、とマウスを操る音が、妙にジェットを苛立たせる。


「時期が来たら、どうすんだよっ」
「・・・・フランスへ行くんだろ?」
「お前っオレがあいつをアメリカに連れて行くって、アルベルトが連れて行くって言って、平気なんだなっ!」
「・・・・・・彼女のために、考えた行動に何を文句を言う必要がある?」
「っっんだ、それはよっ!」
「・・・・ジェットは、フランソワーズが好きだろ?」
「っ?!」
「違う?」


ジェットは言葉に詰まった自分に舌打ちする。
ジョーの刺すような強い視線に、ビクンっと心臓がおびえた。


「・・・・ず、ずっと、イワンは研究員と一緒だったしよ・・・004が来るまで2人でやってきたんだぜ?・・・色々とあって、本当に、色々あって・・・・よ。好き云々なんてえもんを考えてる暇なんかなかったよっっ!!ただっっあいつは、オレにとっちゃっっアルベルトにとってもだっっ誰よりも幸せになって欲しいやつなんだよっ!!」
「・・・・・・・・・・・うん。俺もだ、よ・・・・。彼女には幸せになって欲しい」
「・・・だったら!」
「みんな、何か勘違いしてないか?」
「勘違いぃぃ?」
「・・・・・・フランソワーズには好きな人がいる、よ。・・・・それが・・誰か知らないけれど、ね」
「はああ?」
「・・・・・・・・日本にいる人なのか、いつ出会ったのか、ジェットは知ってる?」
「なあああああ?」


口から魂が出る。
そういう表現を日本の漫画のコミックスで見たことがあったジェットは、今まさに自分がそういう状態であることを、どこか遠い目で見る、もう1人の自分が冷静に観察している。


「・・・・・いつか、その人物がちゃんと、彼女がサイボーグであることを受け止められる人物か、話していい人物かどうか、会ってみないと、ね・・・・・」


ジョーの言葉に、全エネルギーが抜け切ってしまったジェットは、さっさと自分の分を食べ終えてから、食器やトレーをそのままに研究室から出て行った。











####

ギルモアが仮眠を終えて、軽食を取って地下のメンテナンスルームに戻ったとき、すでにイワンがいた。ジョーの姿が見当たらず、あたりを伺うと、ギルモアのすぐ後からメンテナンスルームのドアからジョーが戻って来た。


「博士、もういいんですか?」
「ああ、スッキリしたぞ、ジョーは大丈夫か?」
「・・・はい。さっきイワンに見てもらったデータを向こうに移してきた所です」
「うむ・・で、どこまでできたんじゃ?」
<全部ダヨ>
「んん?」
<じょー、1人デ 全部 終ワッタヨ。じょーガ マトメタ でーたニ 目ヲ通シテモラッテ nerves systemノばらんすヲ 見ナガラの、極端ナ 負荷 カ 不具合ガナイカヲ 見タラ、終ワリ。アトハ ふらんそわーずノ 意識 ヲ 戻シテ カラノ てすと ダケ>
「なんじゃ?!それだけかっっ?!」
<博士、じょーハ 機械類ト トテモ相性ガ イイミタイ ダネ・・・でーたハ 僕ガ 見タ ダケデモ 完璧ダッタヨ・・・手際ノ 良サヤ 段取リノ 良サハ 009デアル コトデ スデニ解ッテタケド、ココデモ コンナニ 発揮スル ナンテ ネ>
「こりゃ・・・楽じゃわい・・・」
「・・・ギルモア博士、イワンと話していたところですが、今晩中にイワンに接続部分の最終チェックと、彼女をサポートしているケーブルの電源を切って、意識を明日の朝には戻せたら、イワンが夜の時間に入る前に彼女の視力、聴力を予定よりも早く回復できると・・・」
「・・・・・本当に楽じゃな。・・・ジョー」
「はい?」
「お前は、儂の自慢の息子じゃ!」
「!」


ギルモアは両手を広げて、ぐっとジョーを抱きしめた。ジョーは驚いて身を固くする、が・・・ギルモアの力強く、あたたかなハグに、そして、ギルモアから香る彼愛用のバイプの独特なそれに、嬉しさがじんわりと胸に広がった。


「もちろん、イワン!お前は儂の一番の孝行孫じゃぞ!」
<ヤッパリ、僕ハ 息子ジャナクテ 孫ダヨエ>


ギルモアはジョーの背を2度、ぽんっぽんっと叩いてから、ハグを解いて、ジョーが研究室へと移したデータをチェックしに研究室へと向かった。


<ヨカッタネ>
「え?」
<嬉シソウ ダヨ・・・・泣ククライ嬉シイ?>
「っ!!」


ジョーは慌てて自分の目元を拭う。確かに感じた、微かに腕を濡らした熱い雫の感触。


<僕モ 嬉シイヨ・・・ウン。じょーナラ、イイヨ>
「・・・・?」

ーーー僕ノ ぱぱッテ 認メテモ。






<じょー、博士ガ でーたヲ 見テイル間ニ 接続部ノ ちぇっくヲ 始メル。スベテ ソレラモ 記録シテ欲シイ>
「・・・わかった、すぐ始められるかい?」
<モチロン!>


最終チェックを終えた後、ギルモアがメンテナンスルームに戻って来ると、イワンが言った通りのスケジュールで事が進んでいった。
セービング・カプセルから繋がれていた、フランソワーズの生命維持をサポートしていた電源が切られ、ケーブルが外されると、フランソワーズはイワンの力で診察用ベッドへと移された。
すべての神経が何も問題なく繋がり、データ上から危険視するような負荷も、不具合も見られなかったことに、3人は胸を撫で下ろす。

明日の朝、頃合いを見てフランソワーズの意識を戻すことになり、深夜2時には、ギルモアは自室へと戻り、イワンはミルクをジョーに作ってもらうと、早々にクーファンの中で眠った。夜の時間が近いせいか、徐々にイワンの眠る時間が多くなってきている。


ジョーは診察台用のベッドで眠るフランソワーズの傍らに椅子を移動させて、座った。






美しく眠り続ける、彼女を目覚めさせるのは、真実の愛。




それは、小学校に通っていたころにクラスで演じた、白雪姫の話。
それとも、フランソワーズと一緒に見に行ったバレエ公演の、眠りの森の美女の話。


おとぎ話の彼女たちは、目覚めた後、本当に幸せに暮らしたのだろうか?
それが、本当に真実・・・・だった?




ジョーが見つめる、長いレースのような繊細な睫は、重たげに、真珠のように輝く真白い肌に陰を落とす。
限りなく深く沈ませている意識の底で、フランソワーズは眠りについている。




朝、キミのために用意した、甘い、甘い、カフェオレの香りで目覚めて欲しい。

それが俺にできること。




誰が、好きなんだ・・・?
誰が、キミのこころを占めている?
誰を、想っている?



誰が、そのキラキラと輝く亜麻色の髪に触れる?
誰が、その愛らしいくちびるで、名前を呼ばれ、愛をささやいてもらえる?
誰が、その華奢な肩を抱く?


誰が、キミに愛される?






誰が、キミにキスをする?










誰が、俺からキミを奪う?












フランソワーズ・・・・・・





キミのそばにいる、よ。
キミだけを見てる、よ。







キミだけを想っている、よ。












キミのために、キミに触れない。








好きだ、よ。










ジョーは椅子から立ち上がり、両腕をフランソワーズの枕を左右、はさむようにして置き、体重を支えた。









かすかに聞こえる、規則正しいフランソワーズの息が乱れて、

ゆっくりと、重なった想い。



















彼女との2度目のキスでも、魔法は解けなかった。
眠ったまま目覚めない、フランソワーズ。



美しく眠り続ける彼女を目覚めさせるのは・・・・・俺じゃない。



俺では無理なんだ、よ・・・・・・・。





キミのために、キミに触れない。








・・・・・好きだ、よ。フランソワーズ。
キミは俺の初めての恋の相手。
初めて好きになった人。

キミが最初で最後。










好きだから、キミのために。
好きだから、沈めよう。
好きだから、キミに知られてはいけない。

好きだから、この気持ちを深く、深く、深く、誰の目にも触れられない、誰の手にも届かない場所へ



沈めてしまわないと・・・・。


フランソワーズのために。
自分のために。
























キミが明日を生きていくために、俺は選んだ。
キミのそばにいる、よ。
キミを護る。


ずっと、ずっと、ずっと、キミが誰のものになっても・・・
キミが誰を想い、好きであっても・・・・

俺とキミを繋ぐものは、サイボーグと言う躯。








愛おしい。と、これほど、この躯が愛おしいと、思ったことは、ない。















=====41へ続く


・ちょっと呟く・

ちゅー2回目!!!
しかもっっ寝込みを襲撃っ2回ともっ!


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