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Day by Day・41
(41)




目覚めたら、闇だった。
何もない、黒い世界。
無音の黒い、世界。


触れるもの全てが、何かわからない。
自分を包むシーツさえも、怖い。

見えない世界。
聞こえない世界。

自分が生きているのか、死んでいるのか、どうやって確認すればいいのか、わからなかった。





生きている証拠は、”痛み”。




自分の躯を、傷つけて確認する。
抓る。切る。ぶつける。

鈍く、ときに、鋭く、皮膚を襲う痛み。



生きている証拠。





以前は・・・・そうやって”確認”することで、安心していた。














####


甘くて、優しい、朝の香りがフランソワーズを落ち着かせた。


浮き上がる意識の中で、イワンの声が頭に響く。
フランソワーズは自分がどこかのベッドに寝かされていることに、気づくのに時間はかからなかった。

目蓋をゆっくりと開いてみる。
変わらない闇に、何を期待していたのか、無意味に落胆した。
わかっていたことでも、ほんの僅かでも光を感じられるかもしれない、と期待してしまった自分を自嘲する。


「?」


脳波通信は使えない。
視力と聴力が正常であることが確認されるまで、補助脳の機能も一時的にスリープ状態にされている。

フランソワーズは、自分が出している声も聞こえないために、自分がちゃんと発音できているのかわからない。声の大きさは?抑揚は?


「・・ぇオ・レ?」



フランソワーズの”覚醒”に立ち会ったのは、ギルモア、イワン、そしてジョーの3人。
何度も瞬きを繰り返し、天井を一点に見つめる瞳は、焦点があっていなかった。
ゆっくりと手を動かして、ベッドのマットレス、枕を触って確認し、上半身をそろり、そろりと起こしていく。


何も見えていないことを、聞こえていないことを、ギルモアが確認し、イワンを通じて今の状況をフランソワーズに説明する。


「・・・・カフェ・・・オ・・レ?」
<じょーガ 約束 シタッテ>


甘くて、優しい、朝の香りは、カフェオレの香り。


「大丈夫のようじゃの、頭痛もないようだし、落ち着いておる・・・これほど落ち着いているのは、初めてじゃないかのう・・・・」
「・・・・前は違ったんですか?」
「いや・・・・なに、やっぱり・・・・怖いじゃろ?・・・その、な・・何も見えん、聞こえんのは。003は普段から、人よりも聴こえて、視えるんじゃ。そのギャップは大きかろう?・・・なあ?」
「・・・・・そうですね」
「フランソワーズ、気分はどうじゃ?・・・・ジョーが淹れてくれたカフェオレを飲むか?」
<博士ガ、気分ハドウカ?って訊イテルヨ。かふぇおれハ じょーガ 淹レテクレタンダヨ、飲ム?>
「・・・・・・気分、は・・・悪く、アリマセン。少シだけ躯が、重たいです・・・・・頭モぼんやりした感じがします・・・・・ジョー?」


自分の話している声でさえ、まったく聞こえていないために、とても細く、小さな声で不安気に言葉を音にしていく。
フランソワーズはジョーを探すかのように、少しばかり首を巡らせた。
その動きが、ぎこちなく・・・自分が立っている方向とは別の位置で止まったことに、意味のわからない悔しさがジョーの胸を突き上げた。

昨日、メンテナンス中に目にした彼女が”サイボーグ”であると言う”事実”が、ジョーの意志とは関係なく、脳裏を駆けめぐる。事実、彼女の”内部”を目にしたことで動揺し、戸惑った。


「・・・こっちだよ」


自分の立ち位置を知らせるように、そっとフランソワーズの肩に手を置いた。聞こえない、見えない状態の彼女が、脳波通信が使えない以上、そうするしかなかった。


「・・・・ありがとう。・・・・・カフェオレ、もらっても、いい?」


彼女の肩を一度、ぽんっと優しく、たたく。それがyesの合図のように。
ジョーは診療台に取り付けられている、治療器具を置く台の上のカフェオレを手に取った。
フランソワーズの右手をゆうっくりと持ち上げて、大きめのマグに半分だけ淹れた、カフェオレをフランソワーズの手に乗せた。フランソワーズは、手に感じるマグカップを包み込むようにして持ち、それを確認してから、ジョーは手を離した。






<今日ノ 昼過ギカラ てすと ヲ 始メルヨ。 調整ヲ シナガラ 僕ノチカラデ ”馴染マセ”テイク・・・・予想デハ、ふらんそわーずガ 思ッテイルヨリモ 早ク 通常生活ニ 戻レルヨ。ソレトネ・・・・。コレカラハ、じょーガ ギルモア博士ノ 助手トシテ オ手伝イ スルカラ。勉強ノタメニ ふらんそわーずノ、視力、聴力ノ回復でーたヤ 記録ハ じょーガ スルカラ。何カ 少シデモ 体調ニ 変化ガ アレバ じょーニ 言ッテ>

「・・・・・・助手?・・・・・・・ジョーが?・・」

<初メハ タダノ 記録係 ダヨ>

「・・・・・・・・・・・いつから?」

<細カイ 仕事ハ ズット前カラ 少シズツ。今日カラふらんそわーずの、調整 ヤ てすと カラ 本格的に、今後 ミンナノ めんてなんす ニ 参加シテイクンダ>

「・・・・・・・・今日・・から?今日からなのね?」


ジョーがメンテナンスの助手として参加する。そのことに、フランソワーズは明らかに動揺の色を見せた。
ギルモアは、心配げにフランソワーズではなくジョーを見るが、ジョーは黙って、フランソワーズの様子を伺っていた。


<ウン。・・・・・・・・・・じょーハ ”今日カラ ”ダヨ。・・・何モ 見テナイヨ>


イワンの小さな嘘はフランソワーズを安心させた。











####

見えない、聴こえない状態のフランソワーズから離れがたかったが、ギルモアとイワンが彼女のそばについていることから、メンテナンスルームを出て研究室に向かった。

昨日、ジェットが持ってきた張大人特製・中華粥の器がそのままに放置状態だったので、それらをトレーに乗せて、キッチンへと戻り、食器を洗ってステンレス製の水切りカゴへと戻した。

珈琲サーバーに残っていた冷たくなった黒い液体をマグに淹れて、ラップしオーブンレンジで温める。
スタートボタンを押すと、独特な機械音を唸らせてオレンジ色のライトが、オーブン内のカップを浮かべ上がらせた。


「なんだ?珈琲か?・・・新しく淹れなおさないのかあ?」


ピーッと甲高い機械音が鳴り、マグを取り出したところにグレートがキッチンに現れた。


「これでいいよ」
「ジョー、ちょっくらコズミ博士んトコロに行ってくるぞお、それからリンツ氏が”世話になる予定”の人物の調べがついた。恩田光弘(おんだ・みつひろ)ってヤツだ。ちょいと不思議なんだが・・・」
「・・・何が?」
「リンツ氏は”交流会”の参加者ってこたあ、学者の卵?なんだよなあ?・・・・どういう”知り合い”なんだろうなあ・・・」
「?」
「この恩田ってヤツあ、絵本作家らしいぜ?」
「・・・・絵本作家?」
「画塾っていうのか?そういうところで、絵を教えたりしながら、らしい」
「・・・・・・その恩田と言う人物のことも、頼む」
「OK!じゃあ、行ってくるぞ~」


グレートをキッチンから見送り、珈琲を手に再び研究室へ向かおうとしたとき、ピュンマがジョーを呼び止めた。


「ああ!ジョーっ、ちょうど良かった!!」
「・・ピュンマ」
「ちょっと、リビングで、いいかな?」


ジョーは無言で頷いて、ピュンマとともリビングルームへと向かった。


「”景品”を手に入れた4人、僕を含めてだけど、すぐに調べがついたよ・・・。ついでに管理人の方もなんだけど、さ・・・。それが・・・」
「どうした?」

リビングルームのソファに座りながら話しを進めていくピュンマ。
ジョーは手に持っていた珈琲を口に含んだ。


「・・・・学校なんだ」
「学校?」


ピュンマはラップトップの電源を入れて、立ち上がるのを待つ。


「・・・・すぐに調べられたんだけど、その”学校”もね、でも・・これじゃあ人物を特定するなんて、難しいよ・・・」
「・・・・・どういうこと?」
「”マクスウェルの悪魔”は、ある学校内の施設を使ってるみたいなんだ・・・だから、その学校内でコンピューターを使用する人物全員”マクスウェルの悪魔”の可能性があるってこと。学校関係者に絞ってもいいんだけど、もしかしたら”無断使用”しているのかもしれないしね・・プロバイダーにちょっと進入しただけだから・・・判ったのはここまで。」
「・・・・」
「ゲームを置いているサーバーは国内、海外入り交じってランダムに使われてる。・・・まだ、ジョーにはどういう風にゲームを進めていくか、言ってなかったよね?」
「ああ」
「イベントをクリアする毎に、URLが送られてくるんだ・・・cyborgになるまでのゲームを置いたサーバーは、国内のものだった、けど。・・・・その後は、前にプレイしたものは二度と出来ないようになっている。一度プレイしたイベントは2度とできない。再アクセスしても、URLは存在しません!だよ・・・。cyborgになるまでのゲームを置いたところが、唯一、そのままでさ。再アクセスも可能だったから、そこから辿ったら、ここ」


ピュンマは立ち上がったコンピューターで、ファイヤーフォックスを開き、登録しておいたウェブアドレスをクリックする。読み込まれた画面には近代的なビルと、その雰囲気にあった文字。


「私立、月見里(つきみざと)学院?」
「違うよ~!これで『やまなし』って読むんだよっ!月見里で、や、ま、な、し。やっぱり変わってるんだね・・・。この読み方は、山がなくて月がよくみえる。って言うところからきてるんだって。日本語ってすごいよね、・・・ていうか、とにかく、ここは寄宿制の男子校・・・・とても有名らしいよ、色々とネットで調べたんだけどさ・・」
「・・・・・どう、有名なんだい?」
「プライベート・スクールでも日本の一般教育システムと違うので、ね。・・・12、3歳から18、9歳まの6年制、偏差値に合わせたクラス分けらしいんだけど、はじめの2年間は全員同じカリキュラムを受けるみたいなんだけど、後は、それぞれが興味ある分野に分かれて専門的に勉強していくらしい」
「・・・・・・・・・へえ」
「まだリサーチし始めたばかりだから、・・・明日のミーティングまでには、調べられると思うよ」
「わかった。”マクスウェルの悪魔”はこの学校に居る可能性があるか・・・・。引き続き頼む・・・その学校のことについて判ったら、ミーティング前に俺の方へメールしておいてくれる?」
「了解!」


手に持っていたコーヒーを飲みながら、ソファから立ち上がろうとしたとき、ピュンマが再びジョーに話しかけたので、ジョーはソファに座り直した。


「ジョー・・・・フランソワーズは、どう?」
「ああ・・・、今回はイワンが全面的に協力しているからね。予定よりも早く終わりそうだよ。nerves systemをフランソワーズ自身がきちんとコントロールできるか・・・。今のところ心配されていた、負荷、不具合、拒絶反応も出てないし、さっき目を覚ましたときも、彼女は落ち着いていたよ」
「そっかあ・・良かった!!」
「・・・うん」
「ジョー、あのさ」
「なに?」
「う、うん・・・」
「?」


ピュンマは少しばかり迷った様子を見せたが、何かを決心したかのようにまっすぐにジョーを見つめると、早口に言い切った。


「なんでっフランソワーズに告白しないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


ストレートなピュンマの物言いに、ジョーは瞳を大きく見開いて固まってしまった。


「フランソワーズの気持ちよりも、自分の気持ちに正直になるべきだと思うんだっ!」
「ピュンマ?」
「変だよっ!ジョー、仲間や家族の前に、ジョーはジョーであるべきだよ。だってそうだろう?どうしてさ?009は、島村ジョーがいてこそ009なんだよ!009である前に、君は島村ジョーであるべきなんだ!・・・確かに、博士とイワンだけでここに住まわせておくのは危険だし、ジョーの国だから、君がここで一緒に暮らしてくれるほど、安心なことはないんだけど・・・・・だからと言って、なんでジョーがギルモア博士の跡継ぎのようなことを背負わなくちゃいけないんだい?それは、それは本当にジョーの意思?フランソワーズにだってそうだろう?彼女がフランスに帰ることになったら、離ればなれになっちゃうじゃないかっ!ジョーはそれでいいの?想いを伝えずに離れ離れになってもいいの?誰かの手で幸せになったフランソワーズで、ジョーは満足?自分の手で、ジョー自身で彼女を幸せにしたいって想わないの?その努力をしないの?僕たちのために、ここに残って、ギルモア博士の代わりになる努力をするよりも、そっちの努力をしてくれよっ!!!」


ピュンマは肩で息をしながら、ジョーの手にあったマグを奪い取り、温くなった珈琲を一気に飲み干した。そんな彼をジョーは黙って見つめている。

苦い液体を飲み干して、ふうっと一息吐くと、ピュンマは落ち着いた口調で言葉を続けた。


「ジェットがさくらにジョーの携帯のメルアドを教えたって。電話番号は教えてないからかかってこないよ」
「・・・・・携帯電話、部屋に置いたまま・・見てない」
「さくらはきっと、ずっとあのままだよ。彼女は今、誰が何を言っても聞き入れないし、ジョーがフランソワーズのことを好きだって知っていても、諦めないだろうって。ジェットが言ってた。彼女は自分で気が付かないと駄目なタイプなんだって」
「・・・・ジェットが言った?」
「これはアルベルト・・・・自分で痛い目をみないとわからないタイプだってさ」


ピュンマは空になったマグを硝子作りの珈琲テーブルに置いた。


「・・俺の意志だよ、ギルモア博士の跡継ぎになろうなんて言う気持ちはないよ。ただ・・・自分の躯のことだから、知っておこうと思って・・・・。そこから始まったんだ。その延長線上に今はいる。それは博士も知っていることだから。・・・・知識として知っていても、やっぱり経験がないとね。”機械”だからと言って、机上での計算通りにいつもいくとは言えない。それは俺たちが一番良く知ってること、だろ?・・・メンテナンスに参加するのもそういう理由から。俺の躯は001から008、君までの改造を総合した躯なんだ。だから、結局はみんなの躯のことを知れば知るほど、自分に繋がってくる・・・そういう意味も含めてなんだ、よ」
「じゃあ、フランソワーズのことは?」
「・・・・彼女には想っている人がいる」
「確かめたの?」
「・・・いや」
「いたとしても、それが誰か知りたくないの?気にならないの?」
「・・・・・俺は・」
「俺はなんだよ?」
「今はそんなことを考えている場合じゃない、よ」


ジョーはソファから立ち上がると、空になったマグを取った。


「じゃあっいつ?いつだよっ!!いつなら考えるんだいっ。いつだったらいいんだよっ!!ジョー・・・君はそれでいいの?自分じゃない誰かがフランソワーズを幸せにするんだ。それでいい?ジョーは、あの、フランソワーズの笑顔を独り占めしたくないの?」
「・・・・・・ピュンマ」
「ジョー。僕はフランソワーズにも幸せになって欲しい。けれど、それと同じくらいに、君にも幸せになって欲しいんだよ?」
「俺には無理なんだ・・・・・フランソワーズの笑顔を奪うだけで、どんなに努力をしても無理なことも、ある」
「そんなのっ!!やってみないとわからないじゃないかっっ!!」
「やってみて、後悔するよりも、いい・・・・・・。ピュンマ、悪い・・・・もうこの話しはしないでくれ。俺は・・・・、もう決めたんだ」


ジョーはソファから、ピュンマから離れていく。その背に向かってピュンマは叫んだ。


「何をっジョーっ何を決めたんだよっ」


ダイニングルームのドアの手前で足を止めて、ピュンマに振り返る。


「・・・・彼女のために、彼女の眼と耳を、光と音を護りたい。ピュンマ、ありがとう。・・・もう放っておいて欲しい。俺は彼女に相応しくない。そして、この気持ちも、伝えるつもりは、ない、から」
「ジョーっそんなのおかしい!!自分で自分を制限するなんておかしいよ!誰が言ったの?どうしてさ?誰が”ジョーはフランソワーズが相応しくない”なんて言ったんだよっ!!」
「・・・・・彼女の不幸はサイボーグになったこと。俺が求めていた家族や仲間は・・・サイボーグになってから手に入れた・・・・」
「・・・・そんなの」
「俺といたら、常にサイボーグだと言うことを突きつけられる、だろ?戦いの思い出しかないんだ・・・辛いだけだ、よ・・・・。彼女の幸せだった日々を取り戻すどころか・・・彼女の不幸の始まりであった日々を重ねることしかできない」
「思いこみだよ・・そんなのっっ!!」
「・・・・・・俺は知らないから」


ジョーはピュンマに背を向ける。


「フランソワーズが暮らしていた、”普通の幸せ”というものを知らないから、どうやって彼女を幸せにしていいいのか、わからない」
「・・・・・・・・ジョー」
「・・・・俺が知っているのは、戦い方と、孤独を紛らわす遊びだけ、だよ」


ピュンマはそれ以上何も言わずに、ジョーがリビングルームから出て行くのを見送った。
立ち上げたままだったパソコン画面がスクリーンセイバーに変わる。ピュンマのスクリーンセイバーは、彼が初めて行った秋葉原で購入した、デジカメで撮って読み込んだ写真をランダムに表示されるように設定されたもの。


ギルモア邸前に立つ、日本風にピースしたピュンマ。
寝ているイワンの髪をリーゼントにしたジェット。
リビングルームのソファでうたた寝していたアルベルトの変な寝癖。
張大人の着替え中。
ジェロニモがその長身のためリビングルームの出入り口で頭をぶつけて、1人蹲っている姿。
ギルモア博士が夕食のおかずをつまみ食い。
洗濯物を干している、フランソワーズ・・・スカートが風で・・・(これを撮ったのはグレート!)
海で煙草を吸うジョーとジェット。
こっそり撮った、バレエ公演を見に行ったジョーとフランソワーズのドレスアップ姿。
イワンを抱く、ギルモア博士。
グレートの1人芝居。
キッチンで御菓子を焼くフランソワーズとコーヒー豆をひくアルベルト。
ジェットが昼寝をしている間に、鼻の長さを測ろうとしている張大人とグレート。
ジョーが雑誌を読んでいる隣でイワンにミルクをあげるフランソワーズ。
ジェット、アルベルト、ジョー、コズミ博士、そしてピュンマ。コズミ邸前で。
フランソワーズと、コズミ博士。






ドルフィン号の大掃除。

はしゃぎまくるジェット。
雑巾でスケートするグレート。
水浸しの床で滑って、壁に頭をぶつけて蹲るジェロニモ。
ふざけるジェットとグレートを怒るフランソワーズ。
イワンが掃除道具を宙に浮かせて、遊ぶ。
真面目に掃除をするジョーとアルベルト。
ドルフィン号のキッチンで掃除をしているフリをしながら、冷凍中華まんを1人温めて食べる張大人。
フランソワーズが持つバケツを代わりに持とうとするジョー。












「・・・・・増えたなあ・・」


スクリーンセイバーとして映し出される写真は、まだ1度も同じ写真が映し出されない。


ーーージョー、これが普通の幸せだよ?ちゃんと知っているじゃないか・・・。





スクリーンセイバーを止めるために、パソコンのキーボードに触れる。
ピュンマが最後に見た写真は、フランソワーズから珈琲を受け取るジョー。




ーーー幸せそうだよ・・・2人とも。




ピュンマが深く吐き出した息は、珈琲の香り。

















####


ジョーは地下の研究室へ戻る途中で再びキッチンに立ち寄る。お湯を沸かしながら、珈琲サーバーをセットしたところに、昼食の準備のために張大人がキッチンへとやってきた。


「ジョー、何してるアルか?」
「・・・紅茶と、コーヒーをね」
「ワタシが淹れるアルよ?」
「いや、大丈夫・・・自分でできるから」
「博士の分アルか?」
「・・・・・そうだ、ね」
「じゃ、もうちょっとしてから戻ってくるネ」
「今から、珈琲を淹れるのか?」


張大人と入れ違いに、アルベルトがキッチンへとやってきた。


「・・うん、アルベルト、いる?」
「頼む。ジェットから招待状を受け取った。今、管理人の返事待ちだ・・・」
「返事待ち?」


ジョーがアルベルトの方に振り返る。
こぽこぽ。と、湯が沸騰し始めた。


「ああ、招待状を受け取ったら、その招待状を添付して管理人へメールを送ることになっている」
「・・・面倒なことをさせるね」
「メールアドレスから、ピュンマが管理人を追跡中だ」
「サーバーからは、学校にたどり着いたらしい」
「聞いた。相手も色々と手の込んだことをしているな・・・それほど身元を知られたくないってことだ」
「それだけ、景品に出しているものが”危ないもの”であると、判っているっていうことだね」


ジョーは食器棚からティーポットとティカップを出した。


「なんだ?紅茶もか?」
「・・・下に持って行く」
「なら、甘いやつにしとけ、ミルクティーの方が好みだろ?」
「・・・・・ミルクをいれたらいいだけだろ?」
「そうじゃなくてミルクを沸騰させた中に、紅茶の葉を入れて、だ」
「・・・・面倒だよ」
「グレートは?・・・そういうのはアイツに聞けばいいだろ?」
「コズミ邸」


紅茶の缶をいくつか棚から出して、その文字を追いながら答えた。
アルベルトは、キッチンカウンターのイスに座り、紅茶を準備するジョーを見ている。


「どの葉にするんだ?」
「・・・・・この間、買ったのを、ね」
「この間?」


数日前にミツエのカードを買いに出た先で、グレートに頼まれ行った紅茶店で飲んだ紅茶を、フランソワーズは気に入り、自分用にと50gの”トロピカル・ホワイト・ティ”を購入していた。

いくつかの紅茶缶を出して、やっと見つけた他の紅茶缶よりも小さな缶を、ジョーは開ける。
ほんのり甘みのある、香りが胸を擽った。


「・・・他は?」
「・・・・・・ブラック・マーケットの方は、以前から目をつけていた、いくつかがあるが、そこからはトム・マクガーの名前などは見つからんようだ」
「・・・景品を手に入れた、3人の身元がわかった、そっちも任せていいかい?」
「そのつもりだ。返事が来るまでオレは何もできないからな・・・ピュンマから3人については聞いてあるが・・・回収するのか?」
「いや、まだいい。トップだけを探って欲しい。ピュンマが持つ3枚以外の2枚が、どういう物かを知りたい。それによって判断する。まだギルモア博士には例のを見せてないんだ・・・」


適当に紅茶の葉をティポットに入れて、出した紅茶缶類を元の場所へと戻していく。
ガスコンロの日を切って、沸騰したお湯を注ぎ始めた。


「・・・フランソワーズの様子はどうだ?」
「今朝、目を覚ましたよ。イワンがサポートしているからね・・・・昼過ぎからテストに入る。上手くいけば、明後日までには、視力・聴力が戻ると思う・・・」
「・・・・・大丈夫だったようだな」
「博士の方が、だめだったみたいだ、よ」
「どういう意味だ?」
「ほとんど、見せてはもらえなかった」
「・・・そう、か・・・」


お湯を注ぎ終わったティポッと、2対のカップ、そしてシュガーポットをトレーに乗せてから、冷蔵庫を開けて、クリームを小さなミルクカップに注ぎ、それもトレーに乗せた。


「確か、トップは”ラムダ”だったね?」
「そうだ、ありがたいことに、住んでいるのは都内だ」
「どういう人物?」
「名は大沢勇一。都内の総合病院でレントゲン技師」
「・・・彼がいない間に、なんとかできる?」
「ほかの2枚か?」
「そう」
「・・・・自宅なら、なんとかなるが、仕事先でとなると面倒だな」

ジョーはステンレス製の水切りカゴに置かれたままのマグを1つ取り、そこに珈琲を注いで、キッチンカウンターに座るアルベルトの前に置いた。


「自宅からで、いい」
「わかった」
「あと、ラムダが進んだ分のゲームのセーブデータを手に入れられないか?」
「・・・どうだろうな、ピュンマに相談してみる」
「頼む・・・。ジェットの方はどうなってる?」
「今日はまだ、会っていない。昼食の時にでも会うだろう・・・これを飲み終わったら、オレは少し出るぞ?」
「うん」
「携帯電話、持ち歩いてくれないか」
「そうする、よ」


ジョーは先ほど使用していたマグに珈琲を注いで、それらを乗せたトレーを持ち上げた。


「茶菓子はなしか?」
「あ、そうだ・・・・何か適当に美味しそうな御菓子を買ってきてくれないか?・・・グレートにも連絡して欲しいな」
「なんでもいいのか?」
「生菓子でも、日持ちするものを」
「・・・下にか?」


ジョーはトレーを持ってキッチンから出て行く。
アルベルトはそれを視線で追う。


「見えない、聞こえないなら、楽しみは味わうこと、だろ?」
「なら、香りの良いものの方がいいな?」
「・・・そんなものある?」
「探してみよう・・・・太らせるなよ?」
「・・・少しくらい、平気だろ?」
「良い感じなところについてくれたら、な」
「・・・・・・・・・・・むっつり、はアルベルトだって、ジェットに報告しておく、よ」
「太らせなくても、育てる方法があるの知ってるだろ?」
「・・・・君が一番、やらしいよ」
「男だからな」
「・・・・・・・・あ、そう」
「襲うなよ?」


キッチンの隣にある、地下へと続くドア前に立ったジョーに、アルベルトはトレーを持っているために両手が塞がっているジョーのために、立ち上がってそのドアを開け、ニヤリと、片方の口角を上げて笑った。
ジョーは、何も答えずに地下へと足を進めていく。


「・・・・・・・キスした、よ」


少し離れた場所から、呟いた言葉はアルベルトの耳には届いていない。





=====42へ続く





・ちょっと呟く・

事件が進みはじめましたが、ゆっくりです。
3のことがあるしね~!

ジョー・・・・手を引き気味です。
逃げ気味です!!
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Day by Day・42
(42)


グレートがコズミ邸から戻ってきたのは、翌朝。
リビングルームでアルベルトが朝食前の珈琲を楽しみながら、朝の連続ドラマを見終わった直後だった。


「よぉ、相変わらず優雅な朝だなあ」
「お疲れサン、コズミ邸に泊まってきたのか?」


グレートは持っていた箱をテーブルへ置いてから、倒れ込むようにソファに座り、手足を大の字に広げて大きく深呼吸した。


「いやあ・・・ちょっと色々足を伸ばして調べてみたんだ、ほら、例のリンツ氏の相手もよ」
「そりゃ、気が利くな・・・何か飲むか?」
「このまま一眠りするから・・・酒をたのまあ」
「朝っぱらからか?」
「寝る前の一杯だよ、頼むぜっ。あっと、この箱、冷蔵庫に持っていってくれや、我が輩の姫への愛の証!」
「・・で?中身はなんだ?」
「コズミ博士御用達、和菓子屋の抹茶ロールケーキだ。多めに買ってきたから、今日の茶菓子に喰おう」
「冷蔵庫が、菓子だらけになってきたな・・」
「なんだあ?みんな買ってきてるのか?」
「外に出たヤツは必ずな・・・・」
「で、アルベルト、お前は何を買ってきたんだ?」
「・・・・・シュークリーム。行った先に長蛇の列を作っていた店を見つけたから、並んでみた」
「お前がか!」
「日本人は、品物よりも、それを購入するために”並ぶ”と言う行為が楽しいらしい」
「・・・・お疲れサン。それ、喰えるのか?」
「もうない、昨日の夕食のデザートだったからな」
「なんだあ、残してくれてないのかい?冷たい奴らだなあ!!」
「いないヤツの分など、知らん」


アルベルトは立ち上がってキッチンへと赴き、冷蔵庫から缶ビールを取り出していると、朝食の準備をしていた張大人が一言、アルベルトに向かって言いかけたが、「グレートが帰ってきた」の言葉に、何も言わず再び朝食作りに手を動かし始めた。

リビングルームへ戻り、よく冷えた缶ビールをグレートに手渡して、再びソファに座ったアルベルト。受け取ったプルトップを勢いよく開けて、ぐびり。と一口飲むと、ぷはああっと息を吐いて、美味そうに破顔させたグレートは、しばし、ここちよく弾ける苦みある炭酸を喉で楽しんだ。


「で、どうだった?」


テーブルに置いてある4つ折りにされた朝刊を、アルベルトは膝に乗せる。


「ああ、色々わかったぜ・・・・。だが、B.Gもブラック・マーケットも何も出てこなかった。お陰サンでなあ」
「・・・他は?」
「創立メンバーってのは、もともと大学内の、ある教授が開いていた勉強会が始まりらしいぜ」
「勉強会・・か」
「詳しいことは、今日のミーティングでだ。ジョーに一応報告してくるが・・・。寝てるんだろうな、まだ」
「・・・・いや、起きてるだろ。オレが起きたときには、珈琲が出来ていたしな。下だろ」
「なんだ、また徹夜か?・・・・アイツ、大丈夫かあ?・・・・なんか、こう・・・無理してねえか?そりゃ、気になる問題だけどよお、そんなに根を詰めるまでには至ってねえんだし」
「報告は一眠りしてからでも遅くないだろう、グレート。帰ってきたことは言っておくから、寝てきたらどうだ?」
「んだな・・・。そうさせてもらうかねえ」


グレートは立ち上がり、缶ビールを一気に飲み干すと、それを硝子作りのテーブルに置いて、ぐううっっとひとつ大きく伸びをした。


「ミーティングは、夜になるぞ」
「おう」










####


一時機能を停止させていたフランソワーズの補助脳を起動させたと同時に、明け方ごろに頭痛を訴えたフランソワーズだったが、昼過ぎには収まり、ギルモアは聴力をレベル0状態から少しずつ、外側から調節し、失っていた音を取り戻していく。

”耳”が明日中に終われば、明後日から”眼”の方に取りかかる。
急ピッチで進められていくメンテナンスに、フランソワーズの体力の問題などもあったが、それらはイワンによってカバーされていた。
夜の時間が近づいているイワンが力を使い続けることは、彼自身の体力を著しく消耗するようで、少しずつスケジュールが押してきていたために、途中ギルモアが予定を変更して、リンツ氏が訪れるまでに、日常生活に困らない通常設定まで”眼”と”耳”を復活させ、時間を空けて003としての能力チェックを行うことに決めた。


「003としての能力は、テストと言っても大したことはせんしのう、日常で少しずつ慣らしていきながらで、ええじゃろう。一応、日に1度はここで検診するがのう」
<僕モ ソレデ 大丈夫ダト 思ウ>
「博士、この後は?」
「うむ、フランソワーズを少し休ませてから、もう少し続けるが・・・、ジョー、お前も休みなさい」
「大丈夫ですよ、博士・・・。さっき上に行ったときに、グレートが戻ってきたと聞きました。お土産があるそうですよ。お茶でも淹れてきます」
「おお、それは楽しみじゃな、昨日の茶菓子も旨かったし、夜のシュークリームも、生クリームたっぷりにカスタードが・・・・ほんのり甘くてのう」


ギルモアは昨日の夕食後に出された、アルベルトが買ってきたシュークリームが気に入ったらしく、1人1ずつだった、それをグレートがいないことをいいことに、ジョーの分も含めて3つ平らげた。


「用意してきます、よ」
「しかし、な・・どれも美味いが、やはりフランソワーズが作る御菓子が一番じゃ。そう思わんか?」


メンテナンスルームを出て行こうとした、ジョーの背中に向かってギルモアは言った。


「・・・・・・そうですね」


メンテナンスルームのドアが閉められてから、クーファンの中で身を起こし、ふわり、ふわり、と浮いているイワンにむかって溜息交じりにギルモアは呟いた。


「フランソワーズの作った菓子しか喰えんクセに、”そうですね”とは、そっけないヤツじゃの?」
<恥ズカシガッテルンダヨ。博士。じょーハ 自分ノ気持チヲ 言ウノガ、 イケナイこと ダト 思ッテル節ガ アルカラネ>
「むう・・・。前に比べて大分素直になってきたんじゃがなあ・・・・。なかなか自分を出さんのう」
<ズット、ソウヤッテ 自分ヲ押シ殺シテ、誰ニモ 関ワラズニ 心開カズニ、生キテキタ彼ダカラネ・・・。デモ 僕ハ ソンナ じょーガ好キダヨ>
「儂の大切な息子の1人じゃ」
<博士、ふらんそわーずヲ 起コシタ方ガ イイね?>
「おお、そうじゃったの」


色分けされた様々なコードに繋がれたフランソワーズは、寝台に寝かされており、ヘッドフォンのような物で耳を覆っていた、それをギルモアは外した。イワンは手を使わずにいくつかのスイッチを切る。それをギルモアは確認しながら、緑色のコードの何本かを慎重にフランソワーズから外していく。



フランソワーズは、ぴりっと痺れる感覚を後頭部に感じた。

自分の意志とは無関係に浮かび上がっていく意識に、心地よさなど感じることはできない。
目覚めが良い悪いなどの問題も、微睡む余裕もなく、”覚醒”させられる。

自分が、嫌でもサイボーグであると感じる一瞬がここにある。






「聞こえるかのう、フランソワーズ?」


暗闇の中から聞こえる、優しい声。
それは、とても小さく、遠い。


「・・・・はい。でも・・・聞こえにくい・・です」
「まだ40%ほどしか、戻っておらんから、仕方ない」


ギルモアは、フランソワーズの耳元に顔を近づけて話した。


「もう終わりですか?」
「いや、少し休憩じゃ・・・。ジョーが茶をいれてくれるのでな。あとグレートの土産もじゃ、楽しみじゃのう!」


本当に嬉しそうなギルモアの声に、フランソワーズはクスクスと笑う。


「昨日のシュークリームは本当に美味しかったですわ。お茶の時のマドレーヌもしっとりしてて・・・」
「うむ。そうじゃったのう、あれも絶品じゃった。フランソワーズには悪いが、もうしばらく、お前さんにはここに居て欲しいくらいじゃのう・・・」
「あら、博士。御菓子のために私のメンテナンスを引き延ばすのですか?」
「普段から、ああやって買ってきてくれるならええんじゃが、気が利かん奴らじゃからの!」
「御菓子ばっかりだと、私、太ってしまいますわ・・。ただでさえ、ここにじっとしているだけなのに・・・」
「何、心配いらん。少々太ってもフランソワーズは可愛いのは変わらん」
「そんな・・」
「起きあがらせようかのう?」


フランソワーズが寝かされている寝台は3モータータイプベッド。
背上げ(ギャッチ)用の操作ボタンをギルモアは押した。

モーター音と共に、ベッドごとフランソワーズの上半身が起きあがっていく。枕元に置かれていた、毛の短いふわふわとした、耳が異様に長い白いウサギ縫いぐるみが、ころころと転がっていく。
ギルモアはその縫いぐるみを、フランソワーズの手に持たせると、彼女は縫いぐるみの感触に微笑んだ。


「すまんのう・・これらのコードはまだ当分、繋いでおかないといかんので・・・。不自由な思いをさせてしまって」
「・・・?」


フランソワーズの耳元から離れたギルモアの声は、メンテナンスルームの様々な機械音、ベッドのモーター音に邪魔をされて、フランソワーズには届かなかった様子で、彼女は愛らしく小首を傾げた。







####

急須と湯飲みを2つ、とマグ、そしてグレートが買ってきた抹茶ロールケーキを切り分けて乗せた皿に、イワンのミルクをトレーに乗せて、ジョーはメンテナンスルームに戻ってきた。

折りたたみ式の簡易テーブルの上にトレーを置いて、急須から緑茶を3人分注ぎ、ジョーは、マグに半分ほど淹れた緑茶をフランソワーズの手に慎重に持たせようとしたとき、彼女の手にある耳が異様に長い白いうさぎに気が付いた。


フランソワーズの耳元に顔を寄せて、言う。


「キミの、友達を手から離してもいい?緑茶をいれたんだ」


人の気配が近づいたと思ったら、突然、ジョーの声ととにもフランソワーズの頬に、耳に、触れる息。
フランソワーズの躯がびくんっと揺れる。
その反応にジョーは近づき過ぎたのかと、ぱっと身を離した。

ギルモアは横目で2人の様子を伺いながら、緑茶の入った湯飲みと、2切れ乗せられた抹茶ロールケーキの皿の1つを手に持ちメンテナンスルームを出て行こうとした。


「博士?」
「研究室の方に、ちょっと見たいもんがあるでの、イワンも来るか?」


クーファンの中で1人、ミルクを飲むイワンは、その声に誘われて、すい~っとギルモアの後を追って研究室を出て行く。


「・・・・ギルモア博士?」
「博士は用事があって、研究室の方へ行った、よ」


先ほどよりも距離を開けて、ジョーはフランソワーズの耳に向かって言った。
うさぎの縫いぐるみを左横に、フランソワーズの躯にぴったりと寄り添うように置いて、フランソワーズが膝の上に置いた手に、ジョーはマグをそうっと持たせる。
緑茶の入ったマグを、フランソワーズは慎重に持ち上げていき、右手でマグの縁を確認しながら、親指にくちびるにを当てた。
親指をつたって、くちびるを移動しマグの縁につける。

ジョーは黙ってフランソワーズのその仕草を、イスに座って見守る。


熱い湯気がフランソワーズの顔を覆い、緑茶独特の芯のある香りが、鈍く痺れる感覚のあった後頭部をすっきりと払い除けていく。
ふうっと息を吹きかけて、少しばかり熱い湯気を追い払う。
くちびるに触れた、予想よりも熱い温度に、フランソワーズはもう一度、ふうっと息を吹きかけた。

薄く啜った緑茶の苦み。
傍にジョーがいるという、フランソワーズの意識を、緊張を、和らげる。


「ロールケーキ、いる?抹茶のだよ」
「・・・・ええ、いいかしら?」


ジョーは、フランソワーズの手からマグをそっと引き取ると、その手に、一口サイズに細かく切られたロールケーキを乗せた皿を、フランソワーズの、マグを持っていた手に乗せた。
それから右手にデザートフォークを持たせて、彼女の手に自分の手を添えて、お皿の上に乗る、一口サイズに切られたロールケーキをさした。

お皿とフォークの先が少しばかりふれ合って、かちん。と鳴る。ジョーはフランソワーズの手から自分の手を離し、それが合図のように、フランソワーズは器用に自分の口へと運ぶ。


「美味しい!・・・クリームと生地の間に、餡が塗ってあるのね?」
「そうなの?」


近づかない代わりにジョーは、大きめの声でフランソワーズに話しかけた。


「食べてないの?」
「・・・1切れあるけど甘そうだから、やっぱり止めとこうかと」
「大丈夫よ、ジョーでも食べられるわ。スポンジがとても濃くて苦みがあるし、クリームも甘くないの。餡の甘さだけで、とってもシンプルだわ」
「・・・本当に?」
「本当よ。絶対に大丈夫」


顔はジョーの位置に向いているが、その瞳は遠くを見ながら、フランソワーズは嬉しそうに、そして、自信満々に言い切った。
テーブルの上に置かれた、薄く切られた抹茶ロールケーキを1切れだけ乗せた皿を手にとって、スポンジ部分だけ剥ぐようにして、フォークを動かした。


「クリームも一緒にね?」
「・・・・え?」
「見なくてもわかるわ。ジョーはいつも甘そうなのを避けて味見するもの」
「・・・・」
「クリームも絶対大丈夫よ」


よけた、少しばかり硬いクリームをスポンジと一緒にフォークにさして、口の中に放り込んだ。


「どうかしら?」
「・・・・・」
「大丈夫でしょう?」
「・・・・・」
「ね?ジョーでもこの甘さなら大丈夫でしょう?」
「・・・・・・・うん、これなら・・・。美味しいよ」
「ふふ。私の言った通りね!」


満足げに微笑むフランソワーズを見ながら、ジョーは、その瞳が自分をとらえていないことに、胸が切なく泣く。



”ジョーは、あの、フランソワーズの笑顔を独り占めしたくないの?”

”誰かの手で幸せになったフランソワーズで、ジョーは満足?自分の手で、ジョー自身で彼女を幸せにしたいって想わないの?”


ピュンマの声が、言葉がジョーに語りかける。










ーーー俺の手で?










「・・・・甘くないだろ?キミには・・物足りない?」
「十分に美味しいわ!・・・私は別に”甘い”ことだけで御菓子の好き嫌いを選んだりしないの。前にも言ったはずよ?」


フランソワーズは少しばかり、小鳥のように首を傾けて瞬きを繰り返す。
長い睫が重たげに揺れて、目蓋の動きを追っていく。

手に持つフォークを慎重に皿の上に戻し、2切れ目をさすが、柔らかなロールケーキでは、それをフォークにさした感覚が得られない様子で、気づかずにロールケーキをさしたフォークを持ち上げて、再び皿の上におろした。
それを見たジョーは、持っていた皿をテーブルに置き、フランソワーズの手に、先ほどと同じように自分の手をフランソワーズの手を包むように添えた。


「わかりづらいね、柔らかいと」
「・・・・・・・・ごめんなさい」


フランソワーズの声が、先ほどの明るさを失い、低く落ちる。


「謝るのは変だよ?」
「・・・・・・迷惑ばかりかけてるもの、ジョーに」
「迷惑にならない」
「・・・・・・・・・嘘」
「嘘じゃない、よ」


ジョーが動かしたフランソワーズの持つフォークが、ロールケーキをフランソワーズのくちびるに触れさせた。


「余計なことは考えないで、グレートがせっかく美味しいのを買ってきてくれたんだから・・」


フランソワーズはくちびるに触れた、やわらかなスポンジをぱく。と食べた。









ーーー無理だ、よ・・・・。




ジョーはフランソワーズから離れて、再びイスに腰掛けた。

2人の間にそれ以上の会話はなく、かち、かち、とフォークと皿がふれ合う音が、低音で唸り続ける機械音の中で異質に響く。


ジョーは、抹茶ロールケーキを食べる気分にはなれなかった。







ギルモアとイワンが1時間もせずにメンテナンスルームに戻って来てから聴音テストを繰り返した後に、フランソワーズは、再び、意識をギルモアとイワンの手で深く沈まされていった。
次ぎに目を覚ましたとき、聴力は以前と変わらない状態に戻っているはずである。













####

ミーティングが始まる前に、ダイニングルームで食事を済ませ、全員がリビングルームに揃っていることを、脳内通信でメンテナンスルームにいるであろうジョーに連絡すると、地下からではなく2階から、ジョーはリビングルームへと入ってきた。


「下にいたんじゃないのか?」


張大人が用意した珈琲を受け取りながら、ジョーはパーソナルチェアのフットスツールに腰掛けた。


「・・・ちょっとね。・・・・・始めよう、008」
「うん。さっき夕食の席であらかた、009に話した内容は報告したんだ。メールアドレスから”マクスウェルの悪魔”を辿ってみた。使っているアドレスはhメール。誰でもアカウントが持てるから、当てにならない情報だよ、きっと。彼が使っているサーバー元からアクセス解析、IPアドレスを振り分けて、住所を特定してみた。いやあ、怖いねえ。米国家安全保障局(NSA)が住所を特定する技術の特許を持ったらしくってさ、アクセスするだけで割り出してくれるサイトがあるんだもん。色々いじってみたけど、やっぱり”学校”に繋がってしまうんだ」
「んじゃよ、008、オレたちの方もバレてんじゃねえのかよっ」
「あ、それは大丈夫。僕たちの使っているのはIPが固定されないようにしてるから、ギルモア邸のネット回線は、1度、地下のメイン・コンピューターに通してる。僕たちの使うコンピューターで、セキュリティホールなんてないよ、心配ないから。ハッカーやクラッカーが興味をそそるようなものもないしね。でも一応は、ここに住む前に言ったように、個人的な情報はネットに接続するコンピューターには載せないでって言ったの、忘れないで」
「008が学校について言う前に、5枚入手していた”ラムダ”についてだが・・」


004が珈琲をテーブルに置き、少しばかり躯を前に傾けた。


「そいつは簡単に割り出せたのか。」
「うん。チャットでちょっとね、意外と簡単に・・」
「本名は大沢勇一、都内の総合病院でレントゲン技師。自宅は勤務先から電車で30分ほどのマンション、独身。で助かった。既婚者でパートナーが専業主婦だったら上手くはいかなかったな・・・。部屋に邪魔させてもらった。デスクトップ2台、ラップトップ3台の・・・マニアックな本に埋もれた部屋だった。ざっと調べたが、B.GにもB.M(ブラックマーケット)のそれらしい物は見あたらなかった。探していた物は、メインで使われていたコンピューター内で見つけたんで、それをUSBで拾ってきた。あと、ギルモア博士にもらった”ウィルス”をお礼に置いてきたぜ」


にやり、と片方の口角を上げて嗤う。


「・・・そのウィルスから足がつくことは?」
「ないよ!どこにでも落ちてるのを、少~しいじっただけだから、簡単には見破れないよ」


009にむかって008はウィンクをひとつ、余裕を見せた。


「009、お前の方には夕食前に送っておいた、見ておいてくれ」
「わかった。それで・・・008、学校について、どれくらい調べられた?」
「基本的なこと+α?」


008はテーブルに置いてある、ミルクを自分のマグにいれた。


「学校ってのは、寄宿制の男子校だってなあ、008」
「うん、そう。プライベート・スクール、私立だね。名前は”月見里”(やまなし)学院。教育システム・・・と、入学方法も少しばかり日本の一般的な学校とは異なってるね。・・・12、3歳から18、9歳まの6年制。はじめの2年間は全員同じカリキュラムを受けて後は、それぞれが成績と希望に見合った分野に分かれて専門的に勉強していく。午前中は一般教科、午後は個別に組まれたカリキュラムをこなしていく。20~30人の2,3クラスx6学年だから、約560人の生徒、教師や学校関係者を合わせて1000人未満ってところかな?」
「そんなに大きいアルか?」
「一般平均の学校に較べたら小さい、な」
「寄宿制、男子校、6年制、け~~~~っっ!死にそうだぜ、んなところっっ!」


ジェットは大げさに顔を顰めてみせたる。


「002には無理だね。入りたくても入れないよ!学校関係者の紹介文、推薦書が3通、面接、一般教科の入学試験、IQテスト、体力テスト、健康診断云々。まず、002は入学試験とIQテストで終わりだよ」
「やってみなきゃっわかんねえだろっ!」
「補助脳なしでがんばれる?」
「・・・・・・補助脳はオレの一部だぜ?」
「008、なんだあ、その推薦書に、学校関係者の紹介文てえのは。日本はそんなもんがないと、入学させてくれねえのかい?」


007が素朴な疑問を口にして、002と008の会話に割って入った。


「その辺は・・」


008は009に視線を送る。


「・・在校中の学校側が、卒業予定の生徒にたいして、受験する学校に推薦書を用意するのはあるけれど・・・スポーツ推薦や、その他の特別枠での推薦入学を考えても・・・ちょっとどうだろう。内申書が含まれないなら、一般平均的なものとは違う、な。それに学校関係者の紹介文って言うのも異質だね。エッセイや、一般教科ならわかるけれど、IQテストに、体力テスト・・・入学前に行うのも、変な気がする」
「かなり、内輪的な感じがするな・・・」
「日本国内だけでなく、海外からも入学を受け付けているから、学校内の日常会話はすべて英語なんだって」
「とっても特別な感じネ。優秀な子いっぱい集まってるアルねえ~」
「教師陣が、もう、大学並なんだよ・・・エリート中のエリート養成学校みたい。ちなみに、コズミ博士も、その学校に2,3度講義の依頼があって、行ったことがあるって。客員って言う形で、国外からも呼んでるみたいだよ。その辺の大学よりもレベルが高い授業を受けてるんじゃないかな?」
「そんなに優秀な生徒や教師が揃ってたらよっ誰が”マクスウェルの悪魔”かなんて、簡単にみつけられねえじゃんかよっ!」
「・・・・だから、都合が良いんだ、よ。”悪魔”が身を隠すには。・・・・・・1度、潜入捜査をしてみないといけないかもしれない。008、学校の場所、敷地、校舎、寄宿制の住む寮、の図面を手に入れてほしい」
「やってみるよ」

009は008の返事に頷き、次ぎに002へと向き合うように、躯を少し移動させた。


「002」
「おう」
「・・ゲーム内に学校は出てくる?」
「ああ、出てくるぜ。主人公とその友人emiの通う学校。そこもプライベート・スクールだ。でもよっ男子校でも、寄宿制でもないぜ?」
「・・・・・学校内でのイベントってある?」
「主人公は、昼休みにちょいと学校を抜け出してよ、その時に事故に遭うんだ。それと、emiと会う時は学校でだな。チャットルームはemiの部屋にいかなきゃならねぇけ・・・」
「・・・ゲーム内での学校はどんな感じ?」
「どんな感じって言われてもよ・・・」
「002、今後は学校を意識してゲームを進めてくれ。あと、ゲーム内の学校の見取り図や、主人公の住む街の地図、そういう物があれば欲しい」
「わかったぜ、その辺をまとめるよ。んでもよ、そんなもんがなんで必要なんだよ?」
「008が手に入れた図面と、照らし合わせてみる。人間は架空のものを造っていてもs、今まで生きてきた経験や記憶から完全には切り離せられないものだから、無意識にそういうものが、表れているかもしれない。もしも”学校”の人間なら、・・・関係がないところで、慣れ親しんだものが形になってるだろうから、ね」
「んなもんか?・・・ま、とにかく言う通りにするぜ」
「頼む。004」
「ああ、ゲームに参加できた時点で、全てを記録しておく。オレの部屋のコンピューターを下のメインと繋いでくれるか?」
「やっておくよ、僕が」
「頼むぞ、008」
「うん」


002が珈琲に砂糖を3杯ほど入れて、スプーンでぐりぐりまわし、張大人が湯飲みに淹れた、ジャスミンティを啜った。


「じゃ、次は吾輩かな?」
「・・どこまでわかった?」
「クラーク・リンツ、あいつぁB.Gとは関係ないねえ。元々家がでっけえスイス貴族の家系らしくてよ、18世紀あたりで移り住んだ我が産声上げた、故郷、イギリスで、産業革命に乗ってぐんっと財をなし、貿易まで手を広げた一族の出らしい。今でもそっちの方じゃあ、ちょっと名の知れた名門のお坊ちゃんだってよお。医者、学者、なんかになった人間も多いらしいなあ。コズミ博士の力を借りて、足を伸ばしてみたが、なんも出てこねえ。優秀、真面目な植物生理学専攻の兄ちゃんだ。んでよ、そのリンツ氏が世話になるっつう予定の相手は、よ。恩田光弘、日本人。美術学校なんかに行くための学生相手に塾を開いている。それじゃあ喰えないんで、イラストの仕事や、ウェブデザインなんかの、何でも屋だなあ。本業は、絵本作家らしいが、出版されたこたあない・・・。元ルームメイトって、コズミ博士は聞いてるらしい、住まいは千葉だ。独身の40間近の男でえ、親とは早くに生き別れたらしい、完全な独り身だ。・・・・でもよ、どうも、恩田はリンツ氏が来日することを知らないっぽいんだよなあ・・・・」


007は冷めてしまった珈琲を一気に飲み干した。


「知らないアルかあ?」
「どうしてそう思う。」
「こちとら、変装のプロだぜ?ちょいっとばかし・・・あ、ポチっとな」


へそのボタンを押して、ウニウニと姿を変え始めた007の姿は、イギリス人女優、シエナ・ミラア似の美女に変わっていく。


「これで、近づいたんだ、もう一発よ!・・・・って思ったんだけどよお、なかなか気を許さねえっつうか余計に硬くなっちまって、ありゃ、女経験ないぜっ絶対に!・・・ま、とにかくだ。留学仲間がこの辺りに住む友人宅の世話になる予定で、いつ日本に来るか聞いてなかったが、もう来日していてもおかしくないから、探している。って、聞いたんだ。そしたらよお、親切丁寧に流暢なイギリス英語で、”この辺りで外国の方を見かけたことがないし、自分も何人か国外に友人がいるが、来日する予定の者はおりませんよ”だってさ」


007は大げさに両手を広げて肩を竦めてみせ、元の姿に戻った。


「・・・・007、コズミ博士は何か言っていた?」
「人には色々事情があるからなあ、だってよ。リンツ氏の滞在が1週間を越えるようなら、連絡くれ、と。知り合いに留学生を受け入れるホームステイ制度に参加している家を知っているから、そっちに行ってもらうから。と、伝えるように言われたよ」
「・・わかった。その時は、コズミ博士の言葉に甘えさせてもらおう、005と006の方は?」


009の言葉に、005と006が顔を見合わせて、005の方が口を開いた。


「以前から、調べがついていた、いくつかのB.Mは、何も変わらない。新しい情報として流れてきたものも、何もB.Gを臭わせるもの、なかった。」
「けど、ちょっと気になるのがあったネ、005?」
「むう、半年ほど前に・・・人工臓器についての情報を探しているらしい人物がいたようだ。」
「それが、誰かまだわからないアル。でも、今はぷっつり、情報を求めなくなって消えたネ。綺麗さっぱりアル。」
「・・・いつくらいから、消えた?」
「動いていたのは、2ヶ月程度だったようす。」
「002、いつからそのオンラインゲームは始まった?」
「ん~~~~~・・・知らねえけどよ、あれは、かなり新しいぜ?1番の古株だっつうのでも4ヶ月前くらいからだぜ、きっと。その前に居ても、止めちまってたらわかんねえしよ」
「009、なんでもゲームの方と繋げて考えるのは、危険だ」
「・・・・ああ、わかっている。3枚目の景品は人工臓器だった・・・。もしもそれを探している人間が、このゲームで手に入れた人物なら、もう情報を求める必要はないかと、ね・・・」
「臓器だけじゃ、何も役に立たないよ。そもそも、その臓器1つ1つの設計図がないんだからさ」


008はこくり、と珈琲を飲んで喉を潤す。
007は空になったマグをのぞき込み、立ち上がった。


「お代わりいるやつ、いるかあ?」


その声に促されるようにして、ミーティングが一時中断することになった。
グレート、張大人、そしてジェットがキッチンに向かい、新しく珈琲サーバーにセットする豆を手動ではない、電動式ミルでひき、張大人はお湯を沸かし始めた。
ジェットは棚から買い置きのスナック菓子をいくつか取り出し、その中にあった3,4種類の味の違うポッキーの箱と一緒に両腕に抱えてリビングルームに戻ると、どさどさとテーブルに置く。


「さっき夕飯を食べたところだぞ?」


呆れたように言いながら、アルベルトはポッキーの箱を手にとって、同じ製品であるのに、味が違うポッキーの箱を見比べた。


「いいじゃんかよ、こういう話ししてりゃ、イヤでも腹が減るんだよっ」
「・・・・日本人ってアレンジが得意だよねえ、1つのものを基本にどんどん改造していくの。電話や電気、車、もともとのオリジナルは他の国なのに、今じゃあ、日本が造ったみたいに勘違いされそうだよね?」


ピュンマがアルベルトの手にあった、箱を1つ受け取って、”つぶつぶイチゴ味”を開けた。


「無知なやつはそう思っているかもな」
「食べたら、ぽいって捨てられちゃう箱に、こうやって綺麗に絵に写真、中だって、わざわざ4つの袋に入れて・・・過剰包装気味に感じるんだけど、便利って思うんだよね、こういうのを」
「んな5,6本で満足できるやつあ、そうだろうけどよ、俺には迷惑なだけだぜ?ちまちま喰うかよ、こんな細っこいもんでよ、1箱だって足りねえのに!」


ばりっと、かっぱえびせんの袋をあける、ジェット。


「こういうのって、女の子向けに考えられてるんだろうねえ」
「・・・だろうな」


ピュンマが開けた”つぶつぶイチゴ”味のポッキーの1袋を受け取って、しげしげと眺めるアルベルト。



「ところで、ジョーはどこ行ったんだよ?トイレか?」
「2階に行った。」
「すぐ戻ってくるだろ」










新しく入れ直された、お茶が揃い、009以外のミーティングに出ていた全員が揃う。が、009はリビングルームに姿を現さず、少しばかり待ってから、002が痺れを切らせて、脳波通信を009に飛ばした。


<おい!!何やってんだよ、009!!>


何度か声をかけるが、応答がなく、その様子をみていた004がソファから立ち上がったとき、リビングルームのドアが開き009が姿を現した。


「・・・ごめん」


落ち着いた様子で、ミーティングを進めることを促した009に、002が睨む。


「人が呼んでやったんだぜ、返事くらいしろよっ!」
「・・・え?」
「通信だよっ!つ・う・し・ん!!!」


009は先ほど座っていたのと同じようにフットスツールに腰掛けた。


「ああ、回線を開いてなかった、よ・・・ごめん」
「なんだよ、そりゃあ・・・」


気が抜けた声を出す002。それにたいして、008が心配そうに009を見た。


「どうかした?009・・・・、回線を開いてないなんて、さ」
「いや、なんでもない。考え事をしていると無意識に、開いていない状態になりやすいだけだよ」
「それなら、いいけどさ・・・」
「005と006は引き続き、B.Mの動きを追ってくるかい?」
「アイアイね!」
「了解した。」
「・・・・できれば、人工臓器を調べていた、と言う人物についても手を伸ばしてみてくれ、時期的なことといい、少し気になる。ただの気のせいならいいけれど・・・008が言ったように、3枚目は人工臓器を配置し終えた人体図だ。1つ1つの人工臓器の設計が抜けている。・・・手に入れた人間が、本気でそれを知りたいと思えば動くだろうから・・・・。あと、今2階で、004が送ってくれた2枚をさっと見たんだけれど、人工皮膚と、筋肉、だね・・・これもすべて人体図で・・・。細かいことは全て省かれている」
「ああ、その通りだ」
「ギルモア博士に早いうちに見てもらいたいけれど・・・今は・・・」


ふっと、視線を床に落とした009の仕草に、005が話しかけた。


「003は、元気か?」


005の言葉に、視線を彼にむけて、009の頬が緩む。


「難しい、な。元気・・・、と言えばそうだね。食欲がないみたいだったけど、甘い御菓子はしっかり全部食べるよ、70%の聴力が戻った。今、どれくらい進んでいるのか判らないけれど、明日中には聴力が通常設定値までに戻る予定だ。明後日に視力の方にかかるけど、聴力よりも時間がかかることになると思う。さすがに、イワンが、ね。夜の時間との戦いになってきてるよ」
「間に合いそうか?」
「・・・うん。イワンが眠ってしまっても、通常設定値まで取り戻すことに、何も問題ない、よ。003としての能力テストは、リンツ氏が来ていても日に1度のチェックで少しずつやっていく予定だ。日常生活の中で、まずは003が慣れていかないとね」
「メンテナンス後は、あまり無理させない方がいいんじゃねえのか?」
「無理をさせるつもりは、ない」
「あいつ、ぜって~、客のリンツに気を遣って、あれこれやるぜえ?」
「003だからね・・・きっと、うん。気をつけてあげなくちゃ!」
「そうネ!008の言うとおりね。003はとっても気の付く良い娘だから、お客さまがいるのに、のんびりなんてできないアルよ!」
「その辺は、みんながカバーすればいい。それだけだ。そうだろう、009。」
「005の言うことが正しいな」
「この前みたいに、熱なんて出すようなこたあねえようにしないとなあ?」
「・・・・イワンが、ギリギリまで頑張ってくれているから、大丈夫だと思いたい」


冷めていた珈琲が新しい、熱いものに代わって、ジョーの前に置かれていた。それを手にとって静かに口に含み、その苦みに頭を切り換える。


「一応、コズミ博士から持ち込まれた資料についての調べは進めているが・・・資料からの、あれ以上の情報を得られることはないと思っている、今後も引き続きトム・マクガーのB.Gでの部署や役割、彼の足跡を探し出したい。どんな小さなことでも、だ。それはみんなにお願いする。トム・マクガーに関連すること、少しでも思うものがあれば、集めて欲しい」
「わかったぜ」
「うん」
「うむ。」
「探すアル~」
「了解」
「そっちの方が、難しそうだなあ・・・イワンが言うにゃあ、もう仏さんになっちまってんだろ?」
「・・・・時間も、かもしれない。彼がいつごろB.Gの研究員だったのか、研究員として働いていた場所が”B.G関連施設だったのか・・・。ギルモア博士が003に集中している間、この景品に関してはまだ言っていない。もしかしたら、博士から何かしらの情報が得られるかもしれないけれど・・・、今は」


009の言葉に全員が頷いた。


「博士のことだ、こんなものを見たらあっという間に、こっちに頭が取られてしまうかもしれんな。こんなものが世に出てしまうことを、一番恐れているのは博士自身だ」
「次のミーティングは3日後、リンツ氏が来る前日に、だ。002はさっきのことを。ゲームもできるだけ進めてほしい。あと、これからは、主人公がなるべく、ゲーム内のトム・マックガーと接触出来るように動いてみてくれないか?」
「おう!やってみるぜ」
「接触した内容は、記録しておいてくれ」
「了解っ」
「008、004のコンピューターの件を頼む、よ。忙しいだろうけど・・・004は008を助けて欲しい。それと、ゲームの方も参加出来ることになったら、どんどん進めて。007、ピュンマが言う学校を1度見てきて欲しい。006、005は引き続きB.Mの方を頼む、007のサポートも一緒に・・・」
「まかせるアル」
「わかった。」
「じゃ~、008、ちいっとばかしこっちに、その”学校”についての資料を送ってくれな」
「うん、了解」
「・・・今日はここまで、だ」


ジョーの一言に、そこにいた全員が少しばかりの緊張を解いた。
空気の色が、穏やかにゆるむ。

そこから、ミーティングの延長線上のような雑談が繰り広げた。
好き勝手に、ジェットが広げたスナック類を手に取り、しまいにはアルコールまではいってくる。


「行くのはいいけど、”男子校”って言うのが、ひっかかるよなあ、おい。女子校だったら、楽しみがもっとあったろうになあ!」
「っんな楽しみがあったら、グレートじゃなくてオレが行ってらあ!」
「ジェットじゃ目立ちすぎるよ!」
「それにしても、目的はいったいなんだ?・・・ゲームの景品にサイボーグの設計図・・・この”マクスウェルの悪魔”は一体何がしたいんだろうな」
「どうやって手に入れたんだろうね、こんなの。イワンが死亡確認してるって言うから、トム・マクガー本人じゃないよね?」
「それじゃあ、誰アルか?」
「誰かに託したのかなあ?」
「盗まれたっつうのもあるぜ?」
「盗まれたっていってもよお、そりゃどこからだあ?・・・・この、トムさんに家族っていたのかい?」
「いるなら、探した方がいい。」
「でもよっ、B.G研究員だぜ?そんな悠長に、”家族”なんか持ってられたのかよっ!」
「・・・・ギルモア博士。独身」
「博士は、独身貴族って言えるアルね。結婚できなかったじゃなくて、しなかったタイプね、きっとネ」


1人、何度も頷きながら納得する張大人。


「研究員でも既婚者はいただろう。全員未婚って言う方がおかしいよ?」
「その辺は、ギルモア博士に直接聞いた方がいいな」
「な~んで、B.Gの研究員が所帯持ちか、そうじゃないかってのを気にしなきゃなんねえだよっ!!オレらがよ!」


ぐしゃぐしゃっと赤毛の髪を赤毛を掻きむしる、ジェット。


「前線に出ていた以外の人間、B.Gと言うことさえ知らなかったかもしれない。」
「それはあるかもしれんな」
「研究施設に”B.G関係です”、ここは”B.G研究所”です。なんて看板、出してねえだろうしよっ」
「・・・それじゃあ、ゴーストってついてる名前が哀しい気がするよ、僕」


ぱりっっと、チップスをかじり、1人でコンソメパンチ味の袋を抱えながら、呟いたピュンマは、ちらり、と視線をジョーにむける。

ジョーは黙って、珈琲を飲みながらみんなの話しを聞いている。
ピュンマの目に映るジョーは、同じリビングルームにいながら、どこか・・・遠い。




いるようで、いない。

009からジョーに戻ったとき、彼の存在感はなくなってしまう。
今日はいつもよりも・・・・。









ーーー消えてしまいそうだよ・・・ジョー?
















「おい、ジョーっ」


ジェットの声がリビングルームに響く。と、ジョーが手に持っていたマグが床に落ちて、黒い液体が床に広がっていった。








=====43へ続く




・ちょっと呟く・

あ、珈琲こぼした。

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Day by Day・43
(43)




「ここは、ワタシが片付けるアルヨ」


床にこぼしてしまった珈琲を慌てて片付けようとしたジョーを押しのけて、張大人が、さっと片付けた。


「疲れた状態で、メンテナンスなんてされちゃあ、姫が可哀相だぞお!休めっ今日は吾輩がしっかり見張ってるからなあ、朝までゆっくり休むんだぞ?なんなら、可愛いお姉ちゃんに変身して、添い寝してやってもいいぞ?」


グレートが、地下のメンテナンスルームへ向かうと思われたジョーを引きずるようにして、2階の彼の自室へと連れて行く姿を見送りながら、ピュンマは低く溜息をついた。


「・・・ジョー・・・どうしたんだろう?」
「ちょと、いいアルか?」
「どうした、大人?」


張大人は、床を綺麗に片付けてソファへと座り直す。


「・・・フランソワーズも大変ネ。でも、それ以上にジョーはもっと、もっと大変アルヨ・・・。よおおく、よおおおおおおおおおおっく、考えて欲しいアルヨ」


張大人の言葉に、ジェットは眉をひそめた。


「どおいう意味だよっ」
「・・・・・・ジョーは、何もかも背負い込んでしまうタイプね。009として、リーダーとして、ギルモア博士の助手として、フランソワーズのために、みんなのために、今回のことに、前回のこともね・・・。ずっと、ずっと、人100倍頑張ってるネ・・・・。色々なことを全部、全部、背負ってしまって、ジョーのこころは、頭は、いっぱいになってパンクするネ。」
「うん。大人の言うとおりだと、思う・・・・。最近は特に・・・」


ピュンマは顔を曇らせてリビングルームのドアを見つめた。


「だから、アルヨ。・・・・ミッション以外のときは、年齢相応の普通の男の子として、接してあげて欲しいアルヨ。・・・・ワタシなら逃げ出してしまうし、怖くて、怖くてたまらないアルヨ?・・・好きな子の躯の中を見るなんて!ジョーは医者でもなんでもないアルヨ?・・強いネ。ジョーはすごく強いネ・誰にも真似できないくらい、立派に、フランソワーズのことを考えて、想いやっているアルヨ」
「・・・大人、なにがいいたいんだ?」


アルベルトは、手に持っていた缶ビールに少しばかり力を込めた。


「ジョーの気持ちを察してあげて欲しいね。フランソワーズの気持ちも大切だけれど、みんなそっちに偏り過ぎてないアルか?・・・・ジョーはまだまだ、大人になりきれない”男の子”アルヨ?みんな009のときのジョーのイメージが強すぎて、本当のジョーを見誤ってるような気がするアルヨ・・・」
「本当のジョーって、どういうことだよっ!」
「ジョーはまだ、こどもネ。・・・・こころはまだまだ成長途中アルヨ。だから、求められるものが大きすぎて、こころが追いついてない気がするネ。・・・フランソワーズに対しての気持ちを”男”として対応しろと言うのは、可哀相アルヨ?少し余裕をもって接してあげて欲しいアル」


張大人の言葉に、膝を抱えて、小さく、小さく、まあるく蹲って眠るジョーの姿が、ジェットの脳裏に甦り、彼は視線を苦々しく床に落とし、自分に言い聞かすように言葉を吐き出した。


「そんなに、ジョーは柔じゃねえしっ!大人が言うほど、こどもじゃねえよっ!!」
「よおく、考えて欲しいアル。ジョーはまだまだ、こどもアルヨ。サイボーグになってもワタシらは”人間”アル。こころ、までもそんなに急には”大人”にはならないネ。躯や頭脳は人100倍かもしれないアル。・・・でも、こころは違うネ。道を間違うこともあって、手探りで、いっぱい、いっぱい新しいことに挑戦して、経験して・・・・自分を見つけていく年令アルネ。ジョーはそういう時期だと思うアルヨ。恋愛もそうだと思うネ」
「・・・009であるジョーだから、と。オレは期待し過ぎていたか?」
「もう少しジョーに、プライベートなことには、ゆとりをあげて欲しいアルヨ。もしも彼が間違った方向へ進もうとしたとき、進んでしまったときこそ、ワタシらの出番だと、思ってるネ」


アルベルトは張大人の言葉をゆっくりと噛み砕いて、理解する。
いつの間にか肩に力が入っていたのか、それを意識的に緩めて、温くなり始めた缶ビールを一口飲んだ。


「確かに、プライベートなことだ、な・・・・。違う意味で、蹴られてしまったようだ」


アルベルトの言葉に、ジェットは反応して視線を彼に向けた。


「それでもオレは間違ったことをしたつもりはねえぞ、言ったことも後悔してねえっ」
「もっとジョーのこと、信じてあげないとね。僕たち」


ピュンマはにっこりと微笑みながらジェットに言った。


「だって、彼は僕らの009だもん!!・・・・信じてないとね、彼がフランソワーズを想っている気持ちを」


張大人はピュンマの言葉に何度も頷き、ジェロニモは微笑んだ。
アルベルトは黙って残りのビールを飲み干して、ジェットはソファから立ち上がってリビングルームから出て行く。
ピュンマは抱え込んでいたチップスの袋から一枚それを取りだして、パリッと食べた。









####

グレートに無理矢理押し込められた自室のベッドで、いつの間にか眠ってしまったジョーは、慌ててベッドサイドに置かれた3つの目覚まし時計を確認した。時間をセットされていなかったそれらは、どれも8時20分をさしていた。

閉めきられたままのカーテンの隙間からのぞき込む、朝陽は眩しく白い。



ジョーは昨夜の服のまま、慌てて自室を出て階段を駆け下りいった。
早足にリビングルームを通り過ぎる途中、ソファに座るアルベルトの姿が目に入るが、ぱっと手を挙げて挨拶をしただけで、早々にキッチン横にある通路を使って地下へと降りていった。


メンテナンスルームのドアを開けて、ジョーの目に飛び込んできたのは、ベッドの上の白い華奢な肢体。


「ごめんっ!!」
「っっ?!!」


フランソワーズは、メンテナンスルームにいるはずのないジョーの声を聴き、手に触れているもの全てで、空気に晒されていた肌を必死で隠す。

ジョーはくるり。と、背を向けてフランソワーズから視線を全身で外した。


「おおっ?!」
<博士、どあヲ ろっくスルノ 忘レテタネ>
「すまん、すまんっ・・・ジョー、しばらく外で待っていてくれんか」


ジョーは加速装置を使ったような速さでメンテナンスルームから出てドアを閉めたとき、微かに聞こえたギルモアの声に、溜息をついた。


「大丈夫じゃ、フランソワーズ。儂の影に隠れて何も見えとらんからな、安心せい」






ーーー影に隠れてどころじゃ・・・・。


メンテナンスルームのドアに背を預けた状態で、深呼吸する。
目蓋を閉じれば、しっかりと瞳に焼き付いた絵が鮮明に映し出される。優秀な補助脳がメモリ内にその絵を納めてしまうことを、必死で抗うように首を力任せに左右に振った。

どくどく、と。奇妙な音を立てて走り始めた心臓。
全身の沸騰した血がぐるぐると、駆けめぐる。
どっと吹き上がる汗に、顔が熱い。


頭の中で飾られた絵に、ジョーはなすすべもなく立ちつくす。


まあるく白い華奢な肩。
細い首筋から影を落とす鎖骨。

柔らかそうな自然の曲線を描き、折れてしまいそうに細い線へと繋がってシーツに消えた。








<じょー、モウ 大丈夫ダヨ>


イワンの声が直接ジョーの頭の中に届いたことで、やっと一歩、その絵から離れることに成功する。


<・・・・見テイナイ。ソウイウコト ダカラ。心配シナイデ>


赤ん坊のイワンの、変な気遣いにジョーは苦笑する。
足の裏にまで届きそうなほどに全身で空気を吸い込み、深呼吸を繰り返し、落ち着くことに全神経を集中させて、再びメンテナンスルームのドアを開けた。


「博士、何かいりますか?フランソワーズはカフェオレ、いる?」
「イワンのミルクを頼めるか?フランソワーズは何かいるかの?」
「・・・・・」
「儂は珈琲を頼むぞ」
「はい。・・・フランソワーズは?」


フランソワーズは俯いて紅い顔のまま、何も言わない。
見られていない。と言われて、そうであることが事実だとしても、見えていない自分にとっては確認しようもなく、恥ずかしい。


「カフェオレをいれておいで、ジョー」


フランソワーズの代わりにギルモアが苦笑しながら答えた。










####

フランソワーズの聴力が戻り、視力回復のための作業が続く。
調査に向かったメンバー以外は、自室での作業に追われ、食事以外にはほとんど顔を合わさない日だった。
ジョーはギルモア、イワンと共にほとんどを地下で過ごし、合間をみつけては研究室でトーマス・マクガーについて調べていく。
002から送られてきた招待状を、すぐに管理人である”マクスウェルの悪魔”へと添付メールで送信し、返事を待つ。




翌日の朝。

夜通しフランソワーズの視力回復に努めたイワンに、夜の時間が訪れた。
ジョーが作ったミルクを、ギネスブックに載るような速さで飲み干したかと思うと、視力が60%回復したフランソワーズの腕の中で、夢の世界の住人となった。

その日の夜、予定していたよりも2日早く、フランソワーズのメンテナンスが003としてのテストを残して、終了した。


「まずは、慣れることじゃ。儂がいいと言うまでは”スイッチ”を入れてはいかんぞ?まだ細かい調整とテストを残しているからの。これからは決まった時間にそれらを少しずつチェックする。開発したばかりの、新しいものじゃ、しばらく様子をみなければならん」
「はい、博士」
「今夜まではここにいなさい。健康診断のようなもんじゃ、明日の朝には躯に繋いでる全てのケーブルを外すからのう・・・」
「はい」


レースのような長い睫に縁取られた、生命の光が感じられる、フランソワーズのこぼれそうに大きな空色の瞳にギルモアはほっと、安堵の息を吐いた。


「じゃあ、ジョー・・・後はお前に任せるぞ?儂はゆっくり風呂にでもつかってくるわい。明日の朝は早いからのう」
「はい。博士、お疲れ様でした」
「・・・ありがとうございました、博士」
「うむ。2人とも夜更かしせずにな、ジョーも出来ることは明日にしないさい」


ギルモアはフランソワーズの頬に、おやすみのキスをひとつ贈る。
フランソワーズも、それに答えるように、キスを贈った。
ゆっくりと足を進めて、メンテナンスルームを出て行くギルモアをジョーとフランソワーズは見送る。






ドアがゆっくりと閉められて、部屋には2人だけとなった。
ジョーは視線をギルモアが去ったメンテナンスルームのドアからフランソワーズへと戻す。


「がんばった、ね」
「・・・・ありがとう、ジョー」
「俺じゃなくて、キミの”友達”に言ったら?」


ジョーは微笑んでフランソワーズの膝の上にいる、耳が異様に長い白いうさぎの縫いぐるみを指さした。


「ウサギさん、ありがとう」


フランソワーズはくすくす、と笑いながら”ウサギさん”の頬にキスをひとつ贈った。


「驚いたよ、セービングカプセルが開いたら、キミの手にいたから」
「・・・・イワンが、もたせてくれたの」
「どっちが赤ちゃんかわからないね?」
「んふふ、そうね・・・。でも・・・・・」
「でも?」
「こうやって触れているだけで、安心できたわ」


”ウサギさん”をフランソワーズは撫でたり、握ったりしてみせた。


「気分は、どう?」


ジョーは身近にあった、イスを引き寄せて座る。


「大丈夫よ。何も問題はないわ」
「何かいるものとか、ある?」
「・・・・いいえ」
「・・・そう?」


手に持っていたファイルを見ながら、フランソワーズに繋がれたコードを確認し、いくつかの計器が示した数字を書き込んでいく。

フランソワーズは、黙ってジョーのその作業を見つめながら、手に持っていた”ウサギさん”を強く握りしめた。


「・・・これで、いい。それじゃあ」
「あ・・あの」


イスから立ち上がりかけたジョーをフランソワーズが呼び止めた。


「・・・どうした?」


呼び止めたものの、フランソワーズは困ったように視線を泳がせて俯いてしまう。
ジョーはイスに座り直して、俯いてしまったフランソワーズをのぞき込む。


「・・・・電気を、消さないで欲しいの」
「・・・明るすぎて眠れない、よ?」


メンテナンスルームに取り付けられた蛍光灯は、影を嫌うかのように、真夏の太陽よりも眩しい白い光は煌々と、メンテナンスルームに充ちている。


「ええ、そうだけど・・・」
「・・・・・怖い?」
「・・・・・・・・窓が、ないでしょう?」
「ああ・・そうか・・・・」


メンテナンスルームのルームライトを消すと、作動している計器、コンピューター類が放つ光以外は完全な闇になる。それはここが地下でもあるために。そして、完全な密室であるために。
ここにいれば、目が覚めても朝なのか、夜なのか、まったく判らない。


「・・・・似てるから、ずっといた”あの”研究施設に」
「・・・・・・・ごめん。・・・・気が付かなかった、よ」
「ジョーが、ジョーが謝ることじゃないわっ・・・・、私が・・・。ずっと今まで・・イワンかギルモア博士に、ジョーがいたから・・・」
「・・・・・・・・・ここにいる、よ」
「え?」
「キミが眠るまで、ここにいる、よ。俺」


ジョーの言葉に、フランソワーズは慌てて首を力任せに何度も左右に振ったため、軽い目眩に襲われて躯のバランスを崩す。と、素早く立ち上がって、フランソワーズの背にジョーの手が伸ばされ支えられた。


「危ないよ?・・・・そんなに頭を振ったら」


薄い診察着を着ているだけのフランソワーズに触れたジョーの手に、彼女の背中の温度が、その感触が、メモリ内に焼き付けられた昨日の”絵”である、フランソワーズの何も身につけていない姿を、ジョーの意志とは関係なく甦らせる。


背中に感じるジョーの手が、腕の熱が、フランソワーズの緊張をさらに高まらせて、メンテナンス中にどれほど自分がジョーを頼り、甘えていたかを意識させた。


2人の視線が絡まる。
高まった体温が、お互いを意識させる。




熱に酔う。

空気に酔う。

交わした視線に酔う。


ギルモア邸玄関のチャイムが鳴った。




















00時18分。



地下に響き渡った音に、フランソワーズが反射的に”眼”のスイッチを入れようとしたのを、009は瞬間的に阻止し、同時に脳波通信で指示を出した。


<現状報告っ>
<リビングルーム、008。僕が出るよ>
<1階コモンルーム、005。博士、イワン、任せる>
<キッチン、006アルヨ!>
<オレは004の部屋だぜ>
<自室。008、オレがサポートする>


004の自室には明かり取りのための飾り窓が、吹き抜けの広間に向かって取り付けられていた。002と004で飾り窓を挟んで左右に分かれ、玄関から見えないように身を隠し、004は5つの銃口を玄関ドアに向けた。


008がリビングルームから広間へと姿を現して、004の部屋に繋がる飾り窓を見上げると、002が親指を立てて、008に合図を送った。
008は頷いて、玄関へと向かう。


<ドアを開ける>


観音開きの、扉のドアノブに手をかけて008は外にいるであろう、”誰か”に声をかけた。


「どちらさまですか?」











####


地下のメンテナンスルームで、フランソワーズはジョーの心音を彼の胸に耳を押し当てる形で聴いた。
フランソワーズの両目をジョーはその手で覆って視界を防ぎ、頭を抱き抱えられるようにして自分の腕の中にフランソワーズを閉じこめた。


ーーーこのまま・・・・・・・で・・・・・・






ジョーの心臓が打つ鼓動の合間に浮かんだ言葉は、次の力強い鼓動にかき消される。


<・・・009、ゲストだよ>
<誰か、地下へ来て003と一緒にいて欲しい、1階に戻る>


脳波通信で届いた008の声に答えながら、ジョーは自分の腕からフランソワーズを解放した。


<オレが行くぜ、いいか?>


002が2階の収納室の1つを改造した通路を使ってメンテナンスルームへと向かい、009は002と入れ違いに、1階、003の部屋の下に位置する応接室へと向かった。






「よお、・・・・泣くほど、オレが嫌かよ?」
「ちがっ・・・・・違うわ・・・・・・・・・」
「んじゃよ、なんで泣いてんだよ?」
「・・・・・・まだ、眼の調子が、よくないの」
「・・・そんな言い訳はよっ・・・・・・。今だけしか通用しねえんだぜ?」
「今だけ、よ。今だけ・・・許して・・・」
「・・・・・・理由くらい聞かせろや」


フランソワーズは、目蓋を閉じて俯いた。
躯に残る、ジョーの腕に抱かれた感覚が、ジェットの言葉によって、より濃く肌に刻まれていく。


「・・・・・・驚いただけよ」
「何に?」
「・・・・・・・驚いた、の」








ジェットはメンテナンスルームへと足を踏み入れたときの、2人の様子を思い出す。









ーーーお前らは、ロミオとジュリエットかよっっ?!




離れたくない。と、全身で訴えながらも・・・それが叶わない。



いつからだ?
いつから、この2人は・・・。




フランソワーズは、ジョーが好きだと、さくらに言った。
今まで誰が、どんなに彼女の気持ちを聞き出そうとしても、絶対に言わなかった気持ちを、さくらに言った。

ジョーはフランソワーズへの気持ちを、言わなくても判るほどに無意識の態度で示している。
それは”アラン”の件を終えてから、よりはっきりと、誰もが感じていたこと。


お互いを想い合ってる?
好き合ってる?













違う。こいつらは・・・・気が付いてないだけで・・・・・・・



愛し合ってる。









好き、なんてもんをとっくに通り超しちまってよ。


















だからこそ。


「フランソワーズ、何もかも終わったら、ギルモア邸を出ようぜ」


ジェットの言葉に、フランソワーズは涙に濡れた顔でまっすぐにジェットを見つめた。


「その方が・・・おまえのためだぜ?」
「・・・・・・」
「いいぜ?オレが付き合ってやるからよ、出て行こうぜ・・・・・もっとおまえに相応しい場所がある」











=====44へ続く



・ちょっと呟く・

2~~~~~~!
トリ~~~~~!

9!しっかり~~~~~!!




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Day by Day・44
(44)




「本当に申しわけありません・・・。突然に」


長旅で少しばかりくたびれたグレイのスーツだったが、長身で肩幅のある彼にピッタリと合っていた。スーツを着こなしている雰囲気から、そして話す仕草や物腰が、彼の育ちの良さを伝えてくる。

ブラウン・カラーの髪は柔らかく、さっぱりと切りそろえられて、緑かかった瞳の色は穏やかに、鼻筋が通り微笑んだ笑顔は、優しい。コズミ博士から聴いていた実年齢よりも幼く見えた。



銀色のスーツケースは2つ。

ピュンマの手によってゲストルームへと運ばれた。








クラーク・リンツは、予定していた来日の日程を急遽変更してギルモア邸へ訪れた。
何も連絡を入れずに、滞在予定であるギルモア邸への了解も得ずにやってきたことを、何度も詫びる。

事前にコズミから知らされていた住所を頼りに、1人、空港からタクシーに乗り込んで、片言の日本語でなんとかギルモア邸まで辿り着くことができた。と、ジョーに申し訳なさそうにしながらも、辿り着いた安心感からか、顔から安堵の笑みがこぼれる。

人懐っこいその笑顔に、少しばかり戸惑いつつも、長旅の疲れのことを思いやって早々にゲストルームで休んでもらうことにし、クラークのことはピュンマにすべてを任せた。
ジョーは部屋から様子を伺っていたアルベルトと少しばかり話してから、再び地下へと降りていった。











地下のメンテナンスルームのドアを開けようとしたジョーの手が、ドアノブに触れる前にドアが開いた。


「よおっ、もういいのか?」
「・・・・長旅だったろうから、さっさとゲストルームで休んでもらった、よ」
「明日だな、全部」
「・・・うん」


ジェットはフランソワーズの方へと振り返った。


「んじゃあな、オレは部屋に戻るぜっ。フランソワーズ、考えとけよ!」
「?」


ジェットの言葉に、フランソワーズは何も返事を返さなかったが、ジェットは気にする風もなくジョーの横を通り過ぎて自室へと戻っていく。その背を見送ったジョーは、メンテナンスルームに置かれた寝台の上で上半身を起きあがらせたまま、固まったように動かないフランソワーズを見つめた。

ジェットの最後のセリフが気になったが、あえてそれには触れずに、ジョーはフランソワーズに話しかけながら、彼女に近づいていく。


「”眼”も”耳”も当分、スイッチは入れてはいけないはずだった、よね?」


少し、厳しさを含めた口調で言った。


「・・・・・つい」
「”つい”じゃ、言い訳にならない、よ。・・・・気を付けないと」
「ええ・・・。ごめんなさい」
「・・・・・・・休んだ方がいい、よ。驚いたろ?」
「・・・・1人で大丈夫よ。ジョー、部屋に戻って」


寝台の傍に立ち、ジョーはフランソワーズを横になることを促しながら、彼女と繋がったコード類の先にある、フランソワーズの体調を表す計器類に視線を走らせた。
フランソワーズは素直に躯を寝台に横たえたが、ジョーとは先ほどから視線を合わそうとしない。


「・・・・キミが眠ったら、ね」
「・・・・」
「・・・俺がいたら、気になる?」
「・・・・」
「・・・これを、アルベルトから借りてきた」


ジョーがポケットから取りだしたのは、コットン地のシンプルなアイマスクだった。


「・・・これなら、部屋が明るいままでも少しはマシ、だろ?・・・ルームライトはつけたままにしておく、よ」


フランソワーズはジョーの手からアイマスクを受け取り、そこではじめて、ジョーと視線を合わせた。


「・・・・ありがとう」


微笑んでから、フランソワーズはアイマスクでジョーを視界から消した。が、フランソワーズの”耳”が、近くにあったイスにジョーが座ったことを確認する。

こぼれそうになる涙を、アイマスクが隠してくれた。
フランソワーズはジョーに背を向けるようにして、躯を動かす。

ジョーはただ黙ってイスに座ったまま、フランソワーズの規則正しい寝息が聞こえ始めるのを待ち、彼女が眠ってしまったことを知っても、座ったイスから離れることはなかった。








この腕の中にいたはずの、キミがとても遠くに感じる。

こんなに近くにいるのに。

遠い。


とても遠い、よ。
















####

クラーク・リンツがギルモア邸に訪れた翌日の早朝に、急遽00サイボーグ達の間でミーティングが開かれた。
各自、報告を短く済ませて今後の打ち合わせをする。

当分は脳波通信を使っての情報交換を主とし、重要なことはメールで。と、言うことに決まった。
長くてもクラーク・リンツの滞在は、約1週間。
コズミからの紹介と言うことで、00メンバー達はクラーク・リンツに対し、それほど強い警戒心を持ってはいない。









晴れた5月の清々しい朝に、疲れていたはずの体が反応する。
重たい目蓋を開けてみれば、見慣れない天井にしばし考え込んでしまう。



ーーーああ、ここはアイザック・ギルモア博士のお宅だった。



クラークは昨晩のことを思い出しながら寝返りをうつ。
自分を邸に招き入れてくれたのは、黒人の青年だった。

通された応接室にやってきたのは、東洋人にしては目鼻立ちが、その瞳の色に、髪の色に違和感を感じさせる、不思議な雰囲気の青年だった。


ーーー彼が、”ジョー・シマムラ”だったな。


クラークはもう一度寝返りを打った。


ーーー東洋人って、なんであんなに可愛いんだろう?


ジョー・シマムラの顔をよく思い出そうと集中する。
なんとなく、特徴的な部分は思い出せるが、その他の細かい部分がなかなか思い出せずに、ぼやけた印象でしか閉じた目蓋に映像として映し出されない。


はっきりと思い出せないイメージに、苛々してくる。


ーーーミツヒロと、全然タイプが違うなあ・・・。







クラークが再び意識を柔らかなベッドに沈めてしまい、次ぎに目を覚ましとき、長くなり始めた陽が傾き始めたころ・
張大人の作る”歓迎”のための美味しそうな香りに誘われて、恐る恐るリビングルームのドアを開けた。


初めて見るギルモア邸のリビングルームに、息を飲むほどに美しい女性が、立っていた。
女性の理想が高すぎる!と、言われ続けるクラークでも、今、目の前に立つ女性の持つ、美しさを理想としたことはない。


真っ直ぐに背筋を伸ばした姿勢。
華奢で線は細いが、女性らしい柔らかさが空気に触れる二の腕でわかる。
色が白いのではなく、陶器のように艶のある輝きが光を弾く。

ルームライトの光を受けて淡く天使の輪をつくる、絹糸のようにしっとりとしたハチミツ色の髪が揺れて、クラークに振り返る。

戸惑い気味に瞬いた、目蓋を縁取る長い睫がゆったりと揺れて、パライバトルマリンも色褪せるような、神秘的な蒼い瞳がクラークを映す。

潤い弾けるような、ふっくらとした形良いくちびるが動いて、涼やかな愛らしい声がクラークの耳に届いた。


「・・・ジョーを呼んでくるわ」












ソファに座っていたピュンマが立ち上がると、リビングルームにいたアルベルト、ジェット、そしてグレートがクラークに注目した。

フランソワーズは手に持っていたトレーから、人数分の珈琲を置いてダイニングルームへと向かう。
その背をクラークは視線だけで後を追った。


「Mr.リンツ、ようこそギルモア研究所へ」


ピュンマの声にクラークは我に返って視線をピュンマにむけると、にっこりと微笑んだ口元からのぞいた白い歯がきらり、と光る。

リビングルームにいた4人と、クラークは簡単に挨拶を交わして自己紹介を済ませたとき、ダイニングルームへと続くドアが開いて、昨夜、不思議な雰囲気の印象をクラークに残したジョーが、フランソワーズと共にリビングルームにやってきた。


ピュンマに進められて座った白いソファ。その前にある硝子作りの珈琲テーブルに香ばしい香りの珈琲が、細く小さな、フランソワーズの手で置かれた。
クラークはフランソワーズに短く例を言うと、それに答えるよう微笑んだフランソワーズの、花が咲くような明るい笑顔に、引き込まれそうになる。

フランソワーズの手がクラークの前から離れていき、その動きを追っていくと、フランソワーズは次ぎに、パーソナルチェアに座ったジョーの前にも同じように珈琲を置く。


「・・・博士、は?」
「お呼びしたのだけど・・・。もう1度、行ってくるわ」


フランソワーズは立ち上がって、トレーと共に再びダイニングルームの方へと歩いて行った。


「ゆっくりお休みになられましたか?」
「昨夜は突然、何も連絡せずに押しかけてしまって申しわけありませんでした。・・・あらためて、初めまして、Mr.シマム。ラクラーク・リンツです。コズミ博士からお話は伺っています」
「・・・・長旅、お疲れ様でした・・・。聞いてもいいですか?」
「・・・・予定を繰り上げてこちらに伺ったことですか?」
「はい、差し支えなければ」
「・・・格好良く言うと、1日でも早く自由を手に入れたくて・・・。正直に言うと、逃げてきたんです」


ジョーの瞳の色が009の光を放つ。
そのばに居たアルベルト、ピュンマ、ジェット、グレートはそれを見逃さない。


「・・・逃げて、きたんですか?」
「はい、色々なことから・・・・。でも、一番の原因は婚約破棄。逃げてきたんですよ、結婚から」


予想していなかったクラークの意外な言葉に、ジョーは瞬きを繰り返し、狼狽する。


「婚約破棄、たあ・・・・また・・」


グレートが呟いた。


「親、親族に多大な迷惑をかけてしまいました。・・・すべてをやり直したくて、もう1度自分の気持ちに正直に生きたくて・・・。日本への留学をコズミ博士に無理を承知でお願いしたんです。決まったと思ったら、落ち着かなくて・・・向こうでやるべきことを、さっさと済ませて、飛行機に飛び乗ってきたんです」


クラークは珈琲カップを手に取り、ミルクも砂糖も加えずに飲んだ。
時差呆けのために霧がかかっていた頭がスッキリと冴えてくる。


「・・・・今日、明日あたりは、お疲れでしょうからゆっくり休んでください。すぐに夕食の準備ができますよ、腹減ってませんか?」


クラークはアルベルトの言葉に頷いた。


「もう、すっかり夜なんですね・・・。当分は時差呆けですね、この調子だと」
「フランソワーズのヤツはよぉ、博士1人呼ぶのに、何ちんたらしてんだろうなっ」
「・・・・フランソワーズ?」
「そういえば、彼女の紹介がまだですね?」
「さっきの、あの・・・とても綺麗な女性・・・ですか?」


ピュンマはクラークの言葉に嬉しそうに頷いた。


「彼女以外にもまだ、他の研究員がいるんです。夕食の席で全員揃いますから」
「コズミ博士から、8人いらっしゃると伺っています」
「多分、びっくりされると思うんですけど・・・」
「みなさん、お国が違われるんですよね?」
「僕は、ムアンバから。ジェットはアメリカ。グレートはイギリス」
「オレは、ドイツです」
「・・・シマムラと、言うから、日本の方ですよね?」
「・・・・・・・半分ですが」


クラークはジョーの返事により、東洋人とは言い難い容姿に納得した。クラークの自分を値踏みするような視線に、居心地悪そうに少しばかり眉を寄せたジョーの表情に、クラークは苦笑する。


「すみません。あなたがとっても魅力的で、可愛らしいから・・・つい。アジア人の男性はとてもセクシーですから・・・。先ほどの女性、フランソワーズさんでしたね?彼女も信じられないくらいに綺麗でしたが、あなたはもっと違った意味で美しいですよ。本当に・・・可愛いですね、Mr.シマムラ」


クラークの言葉に、ジョーは背筋に冷たいものを感じ、アルベルトはクラークの言葉を聞き流すことに決めた。ピュンマは呆然と口を開けて固まり、グレートは顎に手をあてて唸って、ジェットは脳波通信を飛ばす。


<ジョーを可愛いって言いやがったぜっ!!>
<魅力的で、セクシー・・・・魅力的でセクシー・・・・可愛くて魅力的でセクシー・・・・で、美しい・・・セクシーで可愛くて魅力的で美しい・・・>
<ピュンマ、繰り返すな。聞き流せ、意識するな>
<モテるなあ、ジョーは・・>
<セクシーで、綺麗で、可愛くて、魅力的・・・・可愛い・・・ジョーが可愛い・・・>
<・・・ピュンマ、落ち着け>
<これで、ミツエが言ってたことが証明されたぜ・・・>










####

「・・・・いやいや、長旅お疲れじゃったのう、Mr.クラーク。・・・・・おや、みんなどうしたんじゃ?」
「初めまして、ギルモア博士。お会いできて光栄です!」


ほどなくして、ダイニングルームから姿を現したギルモアに、クラークは勢いよく立ち上がって握手を求めた。好意的なクラークの態度にギルモアは頬が緩みつつ、いつもと違う面持ちでソファに座っている5人の様子を不思議そうに眺めた。


「・・・お食事の用意ができましたの、ダイニングルームの方へいらしてください」
「おお、そうか。そうか・・・」


ギルモアの背後から、涼やかに愛らしい声が聞こえた。


「挨拶が遅れて申し訳ない。初めまして、クラーク・リンツです。Miss.フランソワーズ」


クラークの自己紹介の言葉に、ギルモアは左に避けて、クラークとフランソワーズを合わせた。
2,3歩クラークの方へと歩み寄り、フランソワーズは笑顔で差し出されたクラークの手を取り握手する。


「こちらこそ。ご挨拶もせず失礼しました。フランソワーズ・アルヌールです」
「・・・・お美しい」


感嘆の溜息を吐きながら、フランソワーズの白くて柔らかな手を自分の方へ引き寄せて、彼女の手の甲に優しくキスをした。


「ほっほっ。儂の自慢の娘じゃよ・・・」
「こちらにうかがえたことを、感謝しなければいけませんね。こんなに愛らしいお嬢さんにお会いできた上に・・・素敵な方々とお知り合いになれたんですから」


フランソワーズの手を離さずに、クラークはジョーの方へと視線を投げかけて、微笑んだ。


<ありゃあ、素敵な”方々”じゃあなくて、素敵な”ジョー”だなあ?>
<魅力的で可愛いいセクシーなジョーは、美しくて素敵・・・>
<でもよっ野郎、ベタベタとフランソワーズの手を握ってやがるぜえ?気障ったらしいヤツ!!>
<リンツ氏にとっちゃあ、両手に花な環境かもなあ?片手にフランソワーズ、もう片方にジョーってかあ?>
<婚約破棄した理由が”それ”なら、なんであんなに、ベタベタしやがんだよっ!フランソワーズに!!>
<おもしろいな・・・・。ピュンマ、夕飯だ。そろそろ正気に戻れ>
<可愛いくて、美しくてセクシーで魅力的で素敵なジョー・・・・・・>
<あ、駄目だなあ、ピュンマはこういう方面の免疫がないっぽいぞお?>











####

ダイニングルームに集まった、ジェロニモ、そして夕食を整えた張大人とも自己紹介を終えたクラークは、張大人の歓迎の意を込めた中華料理に舌鼓を打ち、研究者としてギルモアと会話を楽しんだ。時折、視線をジョーに向ける。
勤めて冷静でいようとしつつも、ぎこちない仕草のジョーが、クラークにはたまらなく可愛く感じる。
からかうように、彼のために並べた賛辞の言葉は、ダイニングルームを心地よいほどに冷たい空気に染め上げたが、その空気にまったく動揺を見せなかったのは、唯一フランソワーズだけだった。


夕食後、ジョーは逃げるように自室へと戻っていくのを、誰も止めない。
ギルモアとクラークは話しが盛り上がり、終わりそうもない会話は場所をダイニングルームからリビングルームへと移した。


ギルモアも初めはクラークのジョーに対する態度や言葉に面食らっていたが、もう慣れてしまった様子で何も気にしていない。
クラーク自身も隠す気はないらしく、自分は男も女も変わりなく平等に”恋愛”できる。と、言い切った。
2人と一緒にリビングルームに席を得たアルベルトとグレートは、張大人が気を利かせて並べてくれた酒とツマミを楽しんでいた。


「本当に、アジア人の男の子は可愛い!」


ほどよく酒がはいったクラークはご機嫌に言い切った。


「ほお・・アジア人ですか?」
「Mr.シマムラはとくにですよっ!!可愛いなあ・・・。あの少し背伸びした感じの、うん。容姿も美しいが、なんというか、あの雰囲気がねえ・・・・セクシーです!」
「・・・・突っ込んだことをききますがあ、ねえ。その婚約破棄の・・原因ってのは、おたくの”それ”ですかいなあ?」
「あ、やっぱり気になりますか?」
「興味はありますね」


クラウンロイヤル(ライ・ウィスキー)をトワイス・アップ(氷なし・水とウィスキー1対1割)でグラスに注いだ。
グレートが空になったグラスをアルベルトに差し出す。


「・・・Mr.ハインリヒ、あなたもとても素敵ですよ?」
「アルベルトでいいです。そうですか?ありがとうございます。でも、Mr.リンツの好みではない。そうでしょう?」
「どうぞ、クラークと呼んで下さい。ええ、その通りです。どうも・・・、好みのタイプは”可愛い”感じになりますね。Miss.フランソワーズも本当に・・・。あんな女性がいたなんて。感動ですよ」
「・・・・ジェットやピュンマ、ジェロニモは違うんですかい?」
「Mr.リンクも、良いですねえ・・・。でも、彼の場合は自分と好きになるタイプが似ていると思うので、あり得ないですね。Mr.ジェロニモ・・・ウットリするような素晴らしい体の持ち主ですね。でも、自分のタイプではないんで・・・Mr.ピュンマ!彼もいいですけれど、自分のような人間にまだ、免疫がないような気がしますから、ここは黙っておきますよ」


アルベルトは、グレートにウィスキーを炭酸水で割った、ハイボールを作って渡した。


「ピュンマに免疫がないと、わかるんですか?」
「わかりますよ!!長く、こういう恋愛をしてますからね。色々と”普通”では味わえない経験もしています。・・・気になるのはMr.シマムラです。やっぱり。彼は自分と同じ方向で”恋愛”していそうな気がしたんですが、違うみたいですね。おかしいなあ・・・自分がそういう”感”で間違うことはないんですけど」
「ヤツはそこそこに遊んでますからね」


アルベルトが意味深に片方の口角を上げて嗤った。


「嫌われてしまったかな、自分は。さっさと自室へ戻られたようですし・・・」
「ジョーはそんなことで、人を嫌ったりするような器の小さい男でないぞ、心配しなさんな。ちょっとばかし戸惑っておるだけじゃろう。ああ見えてテレ屋でのう。あんな風にみんなの前で褒められて恥ずかしいんじゃろうて」
「いやあ、やっぱり可愛いなあ・・・。ミツヒロもそうでした」
「ミツヒロ?」
「・・・・・元・ルームメイトで、自分が日本に来た、婚約解消した理由です。そして・・・」


クラークは手に持っていたグラスのカラメル・カラーの液体を一気に飲み干した。
カラリと溶け変えた氷が鳴る。


「あなた方が知りたがっている、”交流会”を始めた人物と暮らしていた、男ですよ」










####

ふと、集中力が切れてパソコン画面の端に表示されている時間を見ると、すでに2時をまわっていた。薄く開けたままだった窓を閉めて、カーテンを引き直し、喉に感じた乾きを潤すために1階のキッチンへと向かう。

リビングルームのドアから煌々と明るいルームライトが漏れている。
ドアを開けると、安楽椅子に沈み込んだギルモアの高鼾が聞こえ、グレートが硝子作りのテーブルとソファの間で酒瓶を胸に抱いて転がっている。
ソファの上でごろり、と寝転がって気持ちよさそうな寝息を立てていたのは、クラーク・リンツだった。


足音を忍ばせ、リビングルームを抜けてダイニングルームへのドアノブに手をかけたとき、ドアのむこうから話し声が聞こえた。


「・・・ジェットのヤツ」
「2人に、国に帰る意志があることは前にも聞いたわ、でも」
「あいつはいったい、何を考えてお前にそんなことを言ったんだ?」
「・・・・ジェットだもの。彼は自由に行きたいとこへ行って、帰りたいときに帰ってくるの」
「それに、お前を巻き込む必要はないだろう?」
「わかっちゃったのかしら?」
「何がだ?」
「・・・・・・ここから逃げ出したいって、思ったことを」
「フランソワーズ・・・」




ーーー逃げ出したい?

ドア越しに訊く、フランソワーズの言葉に肩が揺れた。



「いつも、私は逃げることしか考えてないの、それをジェットは・・・」
「逃げたいなら、なぜ逃げない?」
「・・逃げる勇気もないの」
「ここに居る方が、逃げるよりも勇気がいるだろう?」
「・・・・そうかしら?」
「そうだと、思うぞ?」
「フランスへ行く勇気もない。1人でメンテナンスルームへ向かう勇気も、耐える勇気もない。平和を楽しむ勇気も、戦いに戻る勇気も、自分の気持ちに素直になる勇気も・・・・なにもないの」
「・・・・・・じゃあ、どうしてここに居続けられるんだ?」
「・・・・・・・・・明日があると、信じさせてくれる。から・・・」
「明日?」
「そう、明日。明日が来て、明日が今日になって、また、明日が来るのよ」




ーーー明日・・

2人の会話に耳を澄ませながら、フランソワーズの言葉を、ゆっくりと噛みしめ・・・以前、彼女に言った言葉を思い出す。






「・・・それで?」
「それだけ、よ。それだけ・・なの」
「意味がわからないぞ?」








ーーーキミがいる明日ーーー
”人で在り続ける限り、仲間である限り、フランソワーズが・・・キミが生きるている明日が続いていく限り。”









いつだったか、コズミ邸から帰る車の中で、ジョーがくれた言葉。
ずっと、私を支えてくれている言葉。



毎日が、ジョーと同じ明日に向かっているから、ここにいるの。
それがどんなに・・・・辛くても。













「んふふ、判らなくて良いの!・・・・・繰り返す明日が”ここ”にあるから、私はどこへも行きたくないの」
「・・・・フランスにも、か?」
「・・・・フランスにも、かもしれない」
「かもしれない?」
「・・・勇気がないの、よ。逃げてるの」
「勇気がない、なんて口だけだな。002が一番付き合いが長いと言うが、実は一番、お前さんのそういう強さを知らないんじゃないのか?」
「・・・・強くなんてないわ・・。泣いてばっかりよ、最近は」
「泣けるようになった、いいことだ。泣けないよりもいい。・・・特に、誰の前で泣くか。が重要だが?」


フランソワーズの心臓が、とくん。と、小さく鳴る。
それは、淡く、優しく、ジョーを思い出させた。


「・・・だめよ。泣いたらだめ・・・・・絶対に。甘えてしまうわ。迷惑をかけるもの」
「誰が、いつ駄目だと言った?迷惑だと思われていないだろう?そして、甘えられて嬉しいはずだ」
「いやなの。・・・そんな資格、私にはないもの、ないの」
「・・・思い込みだ」





ーーー誰の、こと?

ドアノブにおいたまま固まっていた手に力が入ったために、ドアが、かちり。と音を立てて開いてしまった。


アルベルトがドアへと振り返る。
フランソワーズの躯が、びくん。っと跳ねた。










「・・・まだ、起きてたんだ?」


ジョーはドアを開けて、ダイニングルームへと入っていき、キッチンカウンターに座るアルベルトに向かって話しかけた。


「・・・・・・ああ、リビングルームの、見たろ?」
「・・ごめん。邪魔した、かな?」


ジョーはキッチン側に立っているであろう、フランソワーズに向けて声をかけた。
キッチンカウンターの上に象る、ランソワーズの黒いシルエットが首を左右に振って、ジョーの言葉に応えた。


「いや、無駄話をしていただけだ。ジョーこそまだ寝ないのか?」
「・・・ちょっとね」
「大丈夫なのか?」
「なに?」
「・・・・心配していたぞ、張大人がお前の食がいつになく細くなってるってな」
「気のせい、だよ」


ダイニングルームのルームライトはついておらず、キッチンのライトのみ。


「ジョー?」


フランソワーズが、とても小さな声でジョーを呼んだ。


「・・・なんでもいいんだけど」


その声に、ジョーは答える。


「・・・眠れなくなるわ」
「まだ、続けたいから」
「・・・・・でも」
「濃い紅茶でもいいけど・・」
「すぐに用意するわ」
「・・・お願いしていい?」
「ええ」


影しか見えないフランソワーズと会話をしながら、キッチンカウンターに座るアルベルトの方へと近づいていく。
アルベルトは、2人の会話を耳にしながら、短い溜息を吐いた。



ーーー名前を呼ばれただけで、フランソワーズが何を訊いているのか判るのか・・・お前は・・・・。




キッチンカウンターの、アルベルトの隣のイスに腰を下ろして、ジョーはフランソワーズの背を見つめた。

フランソワーズはポットに飲料水を注いでコンロにかける。紅茶の葉のチョイスはフランソワーズにまかせるために、何も言わない。
フランソワーズもジョーが何も言ってこないので、いくつかの紅茶缶を取りだして、渋みのある葉を選んだ。


アルベルトは、フランソワーズを見つめるジョーの横顔を、カウンターに肩肘をついて眺めた。
ジョーが今、どういう気持ちでフランソワーズを見つめているのか、アンバー・カラーに淡くなった瞳の色から読み取れる。





ーーー恋をしている。
   だからこそ、クラークの瞳にジョーが魅力的に見えたのかもしれない。
   恋愛することで、変わるのは・・・・女だけじゃない。








「ジョー、恩田光弘を知っているな?」


不意に、アルベルトは話しかけた。


「・・・・ああ」


ジョーはアルベルトが出してきた名に、その瞳の色が009のものを含んだ。


「彼からも話しを聞いた方がいいかもしれん」
「理由は?」
「・・・・・”交流会”を開いたのは、大学教授だった”トーマス・マクガー”。その彼の家に世話になっていたのが、恩田光弘。クラークは、トーマス・マクガーの勉強会に参加するために、家に通っていて恩田光弘と知り合ったそうだ」
「教授?・・・トーマス・マクガーが?・・・どこの大学?」
「クラークが居たところだ、イギリスのC大学院。長くはいなかったらしいが、かなり学生たちからは慕われていたようだ。それが今の”交流会”に繋がる」
「今は、誰が”交流会’を?」
「・・・それが、だ。クラークもわからないらしい。昔と違って規模がでかくなっていき、怪しいやつらの出入りが”交流会”に見え隠れするようになって、クラークは嫌になったらしい。そこにコズミ博士と出会って、だ」
「信じられる、話し?」
「今のところは、だ」
「怪しい奴らって?」
「それを探ろうとしたのがバレて、危なかったらしい」
「・・・・気になる、な」
「今は、そこには手を出さない方がいいだろう・・・。”設計図”の方が重要だと思うが?」
「もちろん。”交流会”の方に、このゲームが知られてないことを祈るよ・・・。008が調べてくれたゲーム参加者は日本人が多かったけどね。・・・英語版もあるようだから」
「008に頼むか」
「・・・005に、”交流会”の流れを探ってもらう」
「トーマス・マクガーの足跡が追えそうだな?」
「・・・・もっと話しを聞き出そう?」
「クラークはなんでも話すぞ。それが条件でコズミ博士に留学の世話をしてもらったから、と。かなり律儀なやつだ」
「・・・こっちに興味を持たれては厄介だよ?」
「それはないだろう。{”ギルモア研究所”の研究が盗まれて、どこに流れてしまったか}を調べている。と、言う理由で十分に納得していた。それに・・・」
「なに?」
「クラークは、お前さんがいたくお気に入りらしくてな、デートをしてくれるなら、なんでも協力するらしいぞ?」


アルベルトの言葉に、ジョーは苦々しく眉を顰めた。


「・・・・・ふざけるな、よ」
「いや、クラークは真剣だ」


キッチンの奥で、湯を沸かしていたフランソワーズの肩が小刻みに揺れている。
その肩の揺れから、彼女が笑いを堪えているのがはっきりとわかる。


「・・・・そんなに面白い?フランソワーズ」
「ご・・・ごめんなさい・・・だって。・・・だって・・・ね?アルベルト」


コンロの火を切って、紅茶の葉をティポットに入れようとしていたが、揺れる手のせいでなかなか紅茶葉を掬うことが出来ない。


「アジア人の男は魅力的で、可愛いらしい。ジョー、・・・クラークはお前を自分と同じ”バイ・セクシャル”だと思っていたらしいぞ。一応は訂正しておいたから、心配するな。・・・でも、そうなら、スマン。余計なことをした。とにかく、一緒に街に出て買い物をしたいそうだ」
「・・・・・・何がしたいんだい、彼は・・・」


溜息交じりに呟いたジョーの声。
フランソワーズは、必死で笑いを堪えつつ紅茶の用意を調えて、トレーにティポットとティカップを乗せて、キッチンカウンターの上に置いた。
トレーの上には、それ以外に市販の焼き菓子が添えてあった。


紅茶の優しい香りが3人を包み込む。
静まりかえった邸内に、ゆるやかな時間が流れていく。


「・・・・驚かないんだ、ね?彼のそういうことを知っても」
「バレエ学校に通う男性の80%以上は、同性と恋愛できる人だったもの、慣れてるわ」


フランソワーズはくすくすと、笑い続ける。
笑うフランソワーズを、ジョーは可愛いと思いつつも、彼女が笑っている内容が、内容だったので、はっきりいえば、おもしろくない。


「笑い事じゃないぞ、フランソワーズ。クラークはお前さんでもいいって言ってる。できれば、ジョーとフランソワーズの3人で遊びたいらしい」
「?!」
「小さい頃に欲しくてたまらなかった、なんとかって言う、人形作家の作った人形がずっと忘れられなくて、理想の女性がすべて、その作家が作っていた人形の容姿になってしまったらしい。フランソワーズ、お前さんは理想以上に理想の女の子らしいぞ?お前に服を買ってやりたいと、叫んでいたな」
「私はお人形じゃないわ」


形良いふっくらとした、くちびるを尖らせて講義する。
そんな仕草で魅せるから、余計にクラークが手を出したくなるんだ。と、言いたい気持ちをアルベルトは抑える。


「・・・・おもちゃじゃない、よ。俺もフランソワーズも」
「もう決まったことだ」
「・・・・・決まった?」


ジョーは片眉を上げてアルベルトを睨んだ。


「明日は・・と、もう今日か?今日はもう無理だろうから、・・・明日だな。クラークは恩田光弘に会いに行きたいらしい。そのときには付き合って欲しいそうだ。初めての日本で、日本語も片言だしな。だから、ジョー、そしてフランソワーズ、お前らが一緒に行くことになっている」
「私、も?」
「・・・勝手に決めるな、よ」
「都合がいいだろう?一石三鳥だ」
「・・・・まだ街には」


ジョーはフランソワーズへと視線を向ける。
フランソワーズは自分のこととはいえ、どう答えて良いのか判らずに困った様子でジョーと瞳を合わせた。


「ギルモア博士も似たようなことを言っていたが・・ジョー、お前が一緒ならと承知した」
「・・・・・博士」


ジョーは大げさに溜息を吐いた。


「そういうことだ。フランソワーズ」
「・・・・でも、私は」
「これもミッションだ」


ミッション。と、言われてしまってはフランソワーズは反論することができない。
イスから立ち上がって、ジョーはフランソワーズが用意したお茶を乗せたトレーを持ち上げた。


「・・・ありがと、これ。・・・とにかく詳しいことは、また陽が昇ってから、だ。いいね・・・」
「部屋に戻るのか?」


ジョーは頷く。


「フランソワーズも、部屋に行け。片づけは済んだんだろ?俺はリビングルームの酔っ払いたちを風邪ひかないようにしてから、戻る」


キッチンのライトがアルベルトの手によって消された。
リビングルームでアルベルトと別れ、階段を上りきったところで、ジョーとフランソワーズもそれぞれ自室へと戻る。


「お休みなさい、ジョー」
「・・・・うん、お休み。・・・・いまさらだけどあまり夜更かししない方が、いいよ?」
「・・・・・・ええ。わかっているのだけど、嬉しくって、つい・・・。ずっと地下だったから」
「気持ちはわかる、よ・・・。でも、心配だから」
「・・・ごめんなさい。・・・ジョーも無理しないでね?お休みなさい」


フランソワーズは俯いたまま早足に部屋へと入っていった。



ーーーごめんなさい・・・か・・・・・。






手にトレーを持っていなければ、フランソワーズを抱きしめていた。と、思う。

触れない。
キミのために、キミに触れない。



キミに触れたくても、触れない。



誓ったはずなのに、簡単にそれを破ろうとする自分がいる。
せり上がってくる、フランソワーズへの気持ち。
隠し通さないといけない、フランソワーズへの想い。
















####


眠れない夜の不安は、朝陽の眩しい白い光が一時的でもかき消してくれる。
ベッドの上に置いた、ティポットはすでに冷え切っていて、中には微かに香りが残った葉がぺたり、と内側に張り付いている。

一口だけ食べてみた、焼き菓子はバニラアーモンドのビスコティ。
苦みの濃い紅茶に合う、ジョーが食べられる甘さだったが、味見程度にしか食べられなかった。


”マクスウェルの悪魔”から、ゲーム参加への招待状としてURLが送られてきたのは、フランソワーズの聴力が戻ったころ。
ピュンマとジェットがまとめた情報から、スムーズにゲームを進めて、すでに6つ目の”景品”の申請を出したが、連絡が来ない。
6つ目の”景品”を待っている間にもゲームを進め、今、7つ目を申請するメールを送ったところで、ジョーはコンピューターの”システム終了”をクリックした。

アルベルトが置きみやげにした、コンピューターウィルスの話題が、チャットルームを賑わせた。
自分のコンピューターがウィルスにかかったことがよっぽどショックだったらしく、ラムダが怒りをぶちまけていた。






昨夜の”呑み”が効いたのか、午後になってもクラーク、グレートそしてギルモアは姿を見せない。
リビングルームでピュンマが不機嫌そうにラップトップをのぞき込んでいる。その隣にジェットが眠そうな目を擦る。


「ラムダの後にトップになった、”J”って、やっぱりジョーなんだね!」
「・・・ゲームの進みが早いのは”景品”を目的のみにしてるから、だよ。他の細かいのは飛ばしてるから。ピュンマ、ジェット、アルベルトは時間をかけて欲しい」
「それでもっ7つ目の申請をしたって・・・早すぎるよっ」
「・・・・コツを掴んだ、それだけだよ」
「このゲームによっコツなんてもんがあるかよっっ!!」
「・・・・・制作者側が意図するものを読み取れば、早いよ」
「それがわかったの?!」
「なんとなく、ね・・・・まだ、俺の”想像”でしかないから、言えない」


風がいつもより強いのか、波の音がざざざああっと勢いをつけて、心地よくリビングルームに伝わってくる。
開け放たれた、壁一面のガラス戸は空と海の蒼を飾る。

淹れたての珈琲の香り豊かな湯気が立ち、陽が差し込んでは、揺れる影。
遠くで犬の散歩でもしているのか、風に乗って数度聞こえた元気な鳴き声に、目元を緩めてしまう。


「腹減ったああ・・・昼飯まだかよおお」
「そう思うなら、手伝ってくればいいじゃないか、ジェット」
「フランソワーズがいるだろっ」
「まだ無理させちゃ駄目なんだよっっそうだよね?ジョー」
「・・・・なるべくね。キッチンにいる?」
「珈琲持ってきてから、こっちに来てねえんだし、そうじゃねえのか?」


ソファから立ち上がったジョーはダイニングルームへと歩いていく。ジェットはそれを横目で見ていた。



キッチンから美味しそうな香りが漂ってくる。そこに居たのは張大人1人だけ。

「ジョー、もうちょと待つアルヨ!」
「・・・・フランソワーズは?」
「イワンの様子を見に行ってると思うネ、そうじゃなかったら洗濯してるネ、けっこう溜まっていたアルからね」
「・・・・・じっとしていられないのかな、彼女は」
「動いてる方が、いいときもアルヨ!」
「・・・あまり、疲れさせるようなことは、させたくないんだけど、ね」
「ジョーが代わりに、家事をやるヨロシ」
「・・・分担、させないと、ね。それぞれに決めようか」
「それはいいアルネ。掃除、洗濯、主婦は大変アルヨ~!」


張大人の戯けた物言いに微笑みつつ、ジョーはダイニングルームを抜けて、バスルームを覗く。
大型洗濯機が静かに動いているが、そこにフランソワーズの姿はない。
バスルームのドアを閉めて向かった、イワンが寝ているコモンスペースにも、フランソワーズは見あたらない。


「・・・・フランソワーズ?」


ジョーは踵を返して、再びリビングルームへと戻った。







=====45へ続く



・ちょっと呟く・

新キャラ、クラークさんでした。
予定より遅れて登場。そしてさらに遅れていくスケジュール・・・(汗)
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Day by Day・45
(45)



姿が見あたらないフランソワーズに、ジョーの胸が不安に竦む。
苛立ちはしなかったか、肺を押さえつけられたような息苦しさを感じた。


洗濯をしているかもしれない。と、張大人に訊いて覗いたバスルームにも、夜の時間であるイワンの世話をしているかもしれないと。と、足を伸ばした1階のコモンスペースにも、フランソワーズはいなかった。

ジョーはリビングルームへと戻ろうとしたとき、コモンスペースに繋がるジェロニモの部屋のドアが開いた。


「・・・フランソワーズ」
「?」


ジェロニモの部屋から、シーツを両手に抱えて姿を現したフランソワーズにジョーは驚いた。と、同時に息苦しさが消えて、胸に大きく新鮮な空気を吸いこんだ。

フランソワーズの頭越しから、ジェロニモはジョーの姿を見つける。


「・・・どうした、ジョー。」


フランソワーズはジェロニモの声に押されたように、彼の部屋から出て、洗濯機のあるバスルームにむけて歩き出した。


「いや、・・・・なんでもない」


ジョーのそばを通り抜ける途中、フランソワーズは足を止めてジョーに向かって微笑む。


「ジョーもシーツを出しておいてくれるかしら?天気予報で、今日、明日はお洗濯日和って言っていたから、洗ってしまいたいの」
「・・・・・なるべく、キミは安静にしてないといけないはずだよね?」
「気になって、じっとなんてしてられないわ・・・。それに、別に病気でもないし」
「・・・シーツは出しておくけど、自分で洗う、よ」
「・・・・・出しておいてくれるだけで、いいの。お願いね?」


何かを言いたげなジョーを遮って、フランソワーズはバスルームへと向かった。


「ジョー」
「なに?」
「・・・・・今すぐにシーツ出せ。」
「・・・」
「面倒なことがいっぺんにすむ。みんなの分もジョーが集めてきたら、フランソワーズは楽だ。」
「・・・・・・そうだね」


ジョーはバスルームに居るフランソワーズを追いかけるように、コモンスペースから離れ、向かった先の、リビングルームにいるジェットとピュンマに声をかけて、部屋に入る了解を得る。


2階に赴き、アルベルトの部屋のドアをノックする。
室内から短く、「誰だ?」とアルベルトの声。


「俺だよ、シーツを出して欲しい」


少しの間をおいて、アルベルトの部屋のドアが開いた。


「なんだ、手伝いか?」
「・・・・・じっとしていないんだ、彼女」
「だろうな。昨日も夕食の片づけをすました後に、嬉々としてキッチンのコンロを磨いていたからな」
「・・ああ、それで?・・・遅くまで起きていたんだ」


ジョーは苦笑する。
フランソワーズらしい。と、思いながら。


「入れ、シーツだけか?」
「・・・・多分、枕カバーとかも、かな?いつも彼女が洗う分」
「わかった」


ジョーは部屋に入り、窓際に寄せられた、シングルベッドからベッドシーツなどを取り外すアルベルトを黙って眺める。

壁際に、アルベルトが気に入った本を収めた扉突きの本棚が並ぶ。
クローゼットが部屋についていないために、西洋タンスなどがアルベルト好みのデザインで統一されて、部屋の中央に四角い黒の珈琲テーブル。その上に3つの白い形違いのキャンドルが置かれ、ついになったベイ・リーフ・カラーの2人掛け用のソファにパーソナルチェア。と、背の高いフロアランプ。


部屋には一切無駄がなく、センス良く配置された家具。
ここがどこからショールームか、オープンハウスのようにさえ感じる。


「・・・コンピューターって、そこの中?」
「そうだ」


滅多に入ることがない、アルベルトの部屋。その一角をさす。
そこには観音開きの背の高いタンスがあった。


「開けてみて、いい?」
「ああ、かまわん」


ジョーは、取っ手を両手で握り、ゆっくりとドアを開いていく。
中にきっちりと納められた、1台のデスクトップと2台のモニター。キーボードは引きだすようになっており、下をのぞき込むと、プリンターとスキャナーが置かれていた。


「・・・へえ、こういう風になってるんだ」
「見たことないか?」
「実際には、ね・・・」
「そこも開けてみろ」


取り外したシーツを几帳面にたたみながら、アルベルトは顎で背の低い、これも観音開きタイプのもの。を、指した。

言われるままに、ジョーはそれを開く。
中には均等に配置されたオーディオ機器とレコードプレイヤー。そしてスピーカーが納められていた。


「・・・なんだか、手品みたいだ」
「はっ、手品か?」


ジョーの言葉にアルベルトは笑う。


「なんでも隠すんだね、アルベルトは」
「生活感が出ているのが、あまり好きじゃない。落ちつかんだけだ」
「・・・他に、何を隠してるんだい?」
「それは、また今度だ。ほら、もって行け」
「・・換えは?」
「もちろん、隠してある」


ニヤリ、と片方の口角を上げて彼らしく嗤う。
ジョーはキッチリと畳まれたシール類をアルベルトから受け取って、部屋を出る。
続けて、ジェット、ピュンマ、そして自室を周り、両手いっぱいに抱えたリネン類を手に、廊下を歩いていたところ、後ろから起きたばかりのグレートに呼びかけられた。


「・・・・・なんだ、ジョーが洗濯するのかあ?」
「グレートの分も、出して欲しいんだけど?」
「んああ、もう持てないだろう?それじゃあ。さきにそれを持って行け、すぐに吾輩の分も持って行くから」
「わかった」













####

「いやあ、絶景ですね!!見応えがあります」


ギルモア邸の住人が遅めの昼食が終わったころに2階のゲストルームから降りてきたクラークは、開けられたリビングルームのガラス戸から、風にはためく、庭いっぱいに干されたリネン類に感嘆の声を上げる。

空気が澄んで、いつもより高く感じる空の青さに負けじと、白い布が太陽の光を受けて眩しい。


「こんにちは、Mr.リンツ。ゆっくりお休みになられましたか?」


洗濯物の合間を縫うようにして、姿を現したフランソワーズの声に笑顔で答える。


「ええ、もう十分に。すみません・・・。なんだか自分の家のようにくつろいでしまってます」
「いいえ。そう感じていただけて嬉しいですわ。どうぞダイニングルームの方へいらっしゃって下さい。張大人が昼食を用意してますから」
「ああ、それは嬉しいですね。彼の料理は素晴らしい!・・・・それと、どうか”クラーク”と呼んでください、マドモアゼル」
「では、私も”フランソワーズ”でお願いします」
「嬉しいですね、あなたのような美しい方と、ファーストネームで親しく呼び合うことができるなんて」
「大げさですわ」


フランソワーズは恥ずかしげにクラークから視線を外して、空になった大きな籐のカゴを手にリビングルームへと入る。


「大げさではありませんよ。あなたは本当に美しい。美しい、と言う言葉さえ物足りない」
「あの・・」


リビングルームのガラス戸の手前で、クラークは籐のカゴを持つフランソワーズの手に、自分の手を重ねた。


「・・・・自分はとても緊張してるんですよ?これでも。あなたのその、蒼い瞳を見る度に、胸が高鳴るのです」
「・・え・・・?」


重ねたフランソワーズの手を、クラークは自分の左胸へと押し当てた。
籐のカゴが音もなく床に落ちる。


「ほら?わかりますか?」
「?!」


ワイシャツ越し伝わる人肌の温度。


「ね?」
「・・っ」


屈むようにしてクラークはフランソワーズをのぞき込んだ。
驚きに見開かれた、こぼれおちそうに大きな瞳に映る自分をみつめる、クラーク。

フランソワーズの顔がイチゴ色に染まっていく。
近づいたクラークの顔に、ぱっと顔を背けたフランソワーズの動きを追う、絹糸ように細く繊細に揺れた、ハチミツ色の髪から強く香る、花。


一瞬の目眩がクラークを襲う。
力が緩んだクラークの手から、フランソワーズは彼の左胸に当てられていた手を引き抜いて、籐のかごを拾い上げ走るようにして、リビングルームから出て行った。


「あれ?・・・・どうもここでは、自分の”感”は通用しないようですね」
「どういう”感”か、知らんが・・・フランソワーズにちょっかい出すと、命がないですよ?」


ことの成り行きをソファに座って見守っていた、アルベルトが手に持っていた新聞を、硝子作りのテーブルに置いた。
ソファには、ジェット、グレート、そしてジェロニモがいる。


「おめえはジョー狙いじゃなかったのかよっ?」
「Mr.シマムラ!素敵ですねえ、まだ彼とは会ってないんですが?」


クラークはきょろきょろと、リビングルームを見渡した。その仕草にジェットは呆れる。


「・・・クラーク、婚約を破棄にしたのではなくて、”された”が正解なんじゃあないのかい?」
「失礼な!」
「その”軽さ”が原因で。」
「Mr.ジェロニモまで!」
「よお、恩田光弘ってえのが、てめえの本命なんだろ?いいのかよ、フランソワーズなんかに手を出して、バレちまったら意味ねえじゃん」
「女性ですからね。流石にMr.シマムラだと問題有りです。だから、ミツヒロに会うときは”男性”の付き添いよりも”女性”の方がいいんです」


クラークはソファに近づいて、ジェットの隣に腰を下ろした。


「しかし、逆に問題になりませんか?あなたが”女性”と婚約したことは知っているのでしょう?」
「ええ・・・・。当時、色々あって疲れてたんです、自分もミツヒロも・・・・。もう何もかもやりきれなくて、親の言うまま流されるのが自分の人生かも・・と。楽になりたくて選んだのに、結局は苦しくて、辛くて、後悔ばかりしていました。間違いに気づきながらも、だらだらと生きていて・・・。今更からもしれませんけれどね。ミツヒロと復縁できなくても、いいんです。ただ、正直な本当の自分を彼にぶつけたいんです。彼が住む、彼が生まれたこの日本で、もう一度やり直したいんですよ」


クラークの真剣な表情に、ジェットはフンっと鼻息を鳴らした。


「っなら、余計にちょっかい出すんじゃね~よ」
「あ、それと、これとは別ですよ!!」
「ああ?!」
「自分が、”本気”で愛しているのはミツヒロだけですが、ガールフレンドやボーイフレンドを諦めるつもりはありません!!」
「・・・・後悔したんじゃないのかあ。」
「しました。大いにしました。だからこそ、解っているつもりです。ミツヒロは”特別”だと。Miss.フランソワーズとは自分ができなかったことを、してみたいんです。・・・好きなんですよ、女性の服とか、自分じゃ着られないじゃないですか?好きで買ってもタンスの肥やしですからね。どうせなら、自分が好きで買った服をMiss.フランソワーズに着て頂けたら・・・。ついでに一緒に買い物を楽しみたいですね」
「じゃあ、ジョーとは何がしたいんですかねえ?」


黙って聞いていたグレートが身を乗り出すようにして、クラークに尋ねた。


「連れて歩きたい!!あんなに格好の良い、雰囲気ある彼と一緒に歩けるだけで、ふふふ。いやあ、楽しいですよ!あ、ジェットとアルベルトを連れてもいいですね。君たちと一緒のときはナンパの時の方が良さそうです、その時はヨロシク!」
「・・・・・どっちでだ?」
「もちろん!可愛い日本の男の子をです!」


握り拳を作って、力強く言い切ったクラーク。


「・・・女じゃねえのかよっ!」
「断る」
「ああ!解ってないんですよっ!!可愛い男の子と一緒に遊ぶ楽しみが!」
「野郎と、何して遊ぶんだよっ」
「ぐふっ・・・・色々とですよっ。教えて差し上げます」
「いらねええええええええ!」
「・・・・ジョー、呼んでこい。生け贄に差し出せ」
「そこに、いる。」


ジェロニモが指さした方向に、ダイニングルームへと続くドアが開かれて、ドアノブを握りしめたまま固まって立つジョーがいた。


「Mr.シマムラ♪いつからそこに?」
「グレートの質問あたりから、いた。」
「自分が言うのは変ですけれど、さあ、どうぞ座って下さい!」
「・・・・・いえ、今は遠慮しておきます」
「遠慮なんてしないでくださいっ!・・・・・話しがあるのですから、どうせ」
「・・・先に、食事を済まされてからでも遅くないと、思います。張大人が呼んでますよ」
「そうですか?・・・そういえばすごくお腹が空いてますね。では、いただいてきます」


クラークはソファから立ち上がる。
ジョーはドアを手で押さえた状態で、出入り口から躯を移動させた。

ご機嫌な様子でダイニングルームへと足を進める途中、素早く腕をジョーの肩に置いて、ちゅっ とワザと音を立てて彼の頬にキスをした。


「?!」
「コンニチハ!ですね」


一瞬の隙をつかれた、その行動にジョーは軽い殺意を持ってクラークの腕を振り解き、彼から距離を取る。
支えのなくなったドアが、閉じる手前でクラークがドアを捕まえた。


「怖いなあ、挨拶ですよ?」
「・・・・・・・っふざけないでくださいっ」
「自分は大真面目です、可愛いですねえ。Mr.シマムラは♪」


ばたん。と、ダイニングルームへのドアが閉まる。
ジョーはクラークのくちびるが触れた部分を乱暴に腕で擦った。


「ジョーにキスする隙を作るたあ、大物かもしれんなあ」
「・・・・・本物だぜ、あいつ」
「ジョー」
「・・なんだよっ」
「・・・男と”遊んだ”経験はないのか?」


アルベルトがニヤリと嗤う。


「・・・っっあってたまるかよっ!!」
「いい経験になるんじゃないか?」
「いらないっ」
「へっへ~!どんな気分だよっ野郎にモテるってえよお、すっげえじゃん!いっそのこと、クラークでいいんじゃね?相手してもえよっっ」
「・・・・ジェットが相手になれ、よ。可愛い男の”恋人”を紹介してもらえばいいだろ」
「けっ!興味ねえよっ野郎なんてっ」
「ん~・・・いっそのこと、ジェットとジョーが付き合ってることにしたらどうだあ?それなら、クラークもちょっかいださねえんじゃないかあ?」
「「なんでそうなるんだ(よ)っ」」


ばたん。と、広間の方へ通じるリビングルームのドアが閉まる音。


「ん?・・・誰だ?」


アルベルトがそちらへ振り返る。


「ピュンマだ。」


ジェロニモが気の毒そうに答えた。












####

張大人が用意した食事を済ませて、再びリビングルームに姿を現したクラークは、その場にいたアルベルトに電話を借りて良いかと、訊ねた。


「こういうのは、早いほうがいいですからね。それに・・・ミツヒロからも話しも聴きたいんでしょう?みなさんは」


リビングルームには、イワンと、食事の後片づけをしている張大人以外の全員が集まっていた。事前に、昨日の夕食の席で、クラークから話しを訊く席を設けることを予定していた。
昼食を楽しんでいたクラークは、ダイニングルームを通りかかったギルモアに、全員を集めてもらえるか頼んだのだ。


「ここで、ですか?」
「・・・もしも、ミツヒロに嫌われたら、そのまま電話をあなた方の誰かに引き継ぎます。会ってもらえないなら、意味がないですしね」
「いいのかよっ、オレらが聴いちまっても?」
「恥ずかしいことも、何もありません。隠すことでもありません、振られたら・・・今晩も呑んでいいですか?」


弱気なクラークの言葉に、すぐさまグレートが答えた。


「そのときゃあ、吾輩の秘蔵の酒をぜ~んぶ、クラークに呑ませてやるよお、楽しみに振られろやあ」
「ははは、それはいいですね。うん、ヨロシクお願いします」
「連絡先はご存じですの?」
「はい、共通の友人がいましてね。彼からすでに」


クラークはポケットから一枚の紙切れを取りだして見せた。
アンティーク調の飾り棚の上に置いてある、コードレスフォンを手にとって、番号を押していく。


集まった誰もがクラークを見ない。
彼に余計な緊張を持たせないように、ただ黙って耳を澄ませた。

003は、”耳”のスイッチを入れることを止められているが、距離的にも集中さえすればスイッチを入れずとも会話を聞き取ることができる。しかし、それをすることを無意識に拒んだ。
すべきこと、である。と解っていながらも、躊躇してしまう。会話がクラークのプライベートのことであるから余計に。


<・・・・気にしないで>
<009?>
<電話は地下の研究室のコンピューターに繋げてある。彼らの会話は録音されているから・・・>


フランソワーズの表情から、彼女が何を考えているか、手に取るようにわかった。
ジョーは脳波通信で、フランソワーズを諭すように言った。


<キミは”耳”も使ってはいけないはずだ、よ>
<・・・ええ、でもこの距離なら>
<それでも、いけない。キミの場合、僕の加速装置のような”切り替え”がはっきりしていないんだ。どういう状態がonになっているか、曖昧なんだ、よ。だから、会話を聴かないように。そっちに集中して欲しい。いいね?003>
<・・・わかったわ>


短い脳波通信でのやり取りの間、ジョーとフランソワーズはお互いを視界に捕らえることはなかった。










####

4回目のコール音が、クラークの耳に届く前、懐かしいミツヒロの声がクラークの耳を擽った。
彼はアンティークの飾り棚の前に立ったまま、動かない。



『恩田です』
「・・・・・相変わらず、いい声ですね。ミツヒロ」
『・・・・・・・・・・クラーク、か?』
「もう、忘れられたのかな?」
『ゲイルだな、教えたのは』
「彼を責めないで欲しいです。彼が押しに弱いの知ってるでしょう?」
『いまさら、何のようだ?』
「・・・・・・・逢えませんか?」
『逢ってどうする?』
「逢いたいなあって思ったんですよ」
『それだけか?』
「そうです」
『・・・幸せになれ。もう余計なことはするな。忘れろ。結婚して、家庭を持って親を大切にしろ』
「いらない、そんなの」
『・・・・・また、そんなことを言う。何度も同じことを繰り返して、なんになる?いい加減にしてくれ』
「いい加減にするのは、ミツヒロじゃないですか?」
『・・・忘れろ、婚約者が泣くぞ?知らないんだろ?』
「全部話しました」
『・・・・全部?バカか?』
「うん。それで、婚約も破棄して、親にも一族全員にすっごい泥・・どころじゃないですね?ま。そういうことです。こんな自分をさ、誰か面倒見てくれる人、知らしません?」
『・・・・・知らん』
「日本のどこかに」
『日本?』
「そう、日本。来ちゃいました。ミツヒロ・・・がいっぱい見せてくれた絵の場所にはまだ行ってない」
『・・・・・・バカだろ?』
「こんなバカと一緒に住んでくれるような、バカ、知らない?」
『日本の・・・・今、どこにいる?』
「留学を世話してくれた人の紹介で、ある研究所に世話になっています・・・。そこの人たちが”マクガー”教授を捜していてね・・・。そのこともあったんだですよ、電話」
『トーマスを?』
「うん、なんだかワケありでして・・・」
『厄介毎ばかり引き込むな、クラーク』
「そう思うなら、面倒見てくださいな・・・・ミツヒロくらいだろ?お人好しな知り合いって」
『・・・・いいだろう、会うことは会おう。トーマスのことが気になる』
「冷たいなあ」


クラークは全身で溜息をついた。
しばしの沈黙の後、電話の向こうからも溜息が聞こえた。


『・・・・・・・待ってた』
「!?」
『お前はバカだから、待ってたぞ』
「・・・・・ありがとう」
『迷惑をかけてるんだろ、そこで』
「そうでもないよ?」
『いや、お前が知らないだけだ・・・』
「・・・・いつ、会える?」
『なんて言う、研究所だ?』
「ギルモア研究所。所長はDr.アイザック・ギルモア。生体工学の・・・」
『ギルモア・・・。アイザック・ギルモア博士?』
「そうだよ」
『日本に、いるのか?』
「う、うん」
『クラーク、お前は本当にバカだっ』


電話口で、いきなりミツヒロが怒鳴った。その声に狼狽えるクラークの姿をジョーは見つめた。


「え?!」
『すぐに、そこから出ろっ、どこでもいい、ホテルでも取れっ!!』
「ちょっ・・・ちょっとミツヒロ?どうして?・・ホテルに移れって・・・」
『危険だからだっ!』
「危険って・・・?」
『死にたくなかったらっ』


ジョーは立ち上がり、クラークに手を差し出す。
クラークは電話の向こうで怒りを露わにしているミツヒロの言葉に動揺しながら、ジョーを観た。


「・・・僕が話した方がいいと思いますから」


静かな声。
一筋の強い光を宿した琥珀色の眼差し。


催眠術にでもかかったように、ジョーの言葉に素直に従って、電話をジョーに渡した。



『クラークっおいっっ!!クラークっ!!聴いているのか!!!』
「・・・・・電話、代わりました」
『っっ!!誰だっ』
「・・・・・研究所のものです」
『クラークを人質にとって何を考えてるっ!!何が望みだっ!!』
「何も・・・知人の紹介でMr.リンツの世話を頼まれただけです。偶然、彼が”交流会”の関係者と聞きまして、こちらが調べていることをお聞きする機会を持たせてもらっただけです」
『クラークは無事なんだろうな!』
「・・・声をお聞きになられた通り、です」
『っ・・・・』
「お話をお伺いできますか?」
『何が知りたいっ』
「あなたが知っている、ことを全て」
『・・・・・誰だ、お前は・・B.G(ブラック・ゴースト)の残党か?』
「・・・っ。・・・・・いいえ。ただの研究員です」
『ギルモアがいるのにか?』
「・・・会ってもらえますか?」
『クラークは、帰してももらえるんだなっ!!』
「帰す、も何も・・・彼はただの客人です」
『・・・どこだ?』
「こちらから、出向きます。Mr.リンツと一緒に・・明日、時間を取っていただけますか?」
『・・・仕事が終わるのは、4時だ』
「かまいません」
『・・・都内で打ち合わせがある、4時30分に○▽○駅前のファミリーレストラン”スカイパーク”で』
「わかりました」
『・・・・・・クラークに代わってくれ』



ジョーは再びクラークに電話を渡す。
クラークは不安げにそれを受け取り、彼がミツヒロと会話する間に、ジョーは脳波通信で全員に伝えた。


<恩田光弘は、B.Gについて知ってる。ギルモア博士についても、だ。ただの”絵描き”じゃない。彼の身元をもう一度洗い直してくれ、007、006頼む。明日4時30分に○▽○駅前のファミリーレストラン”スカイパーク”にMr.リンツと行く。一緒に行くのは、002、004と僕。いいね。005は引き続き、C大学院の方からトーマス・マクガーを調べてくれ。交流会、そして、イギリス時代の恩田光弘とのマクガーとの関係もできれば・・・。008、”学校”の方をすべて任せる・・・ゲームの方も引き続き、だ>


電話を切った後、クラークの様子は依然と変わらなかった。
ミツヒロの狼狽ぶりから、クラークがこちらに警戒心を持つことを危惧したが、それが彼の性格からくるものなのか、こちらを信用しているのか、ジョーにはわからない。


「ミツヒロは、心配性で、なんでもことを大きくしてしまうクセがあるんで・・・」


だされた紅茶にミルクを淹れながら、苦笑するクラーク。


「大丈夫アルか?」
「はい、とにかく逢えますしね!・・・・それに、待っていたって言ってくれたし・・・」
「ほおっ!待っていたとなあ、そりゃあ、よかったじゃないかあ!!」
「ええ・・・まさか、ねえ」


クラークは気恥ずかしいのか、紅茶を飲むことで、グレートの言葉をやり過ごした。


<ジョー、クラークからは訊かねえのかよっ?>
<・・・恩田が彼に何を言ったか、調べてからだ。こちら側に”興味”を向かれては困る。彼も研究者で”交流会”と縁がある人間だ。彼から話しを訊く時間はあるから、今日はいい。明日でも遅くない>
<のんびりしてんじゃねえよっ!>
<いや、ジョーの言うとおりだ。電話での様子もおかしかった。恩田から何を吹き込まれたか・・・怪しまれても困るのは確かだ>
<下に行って、調べてこようか?>
<・・・僕が行く>
<あ、逃げるのかあ?>
<きっとクラークは、ジョーには居て欲しいアルヨ~>
<・・・・・・・行ってくる。全員ここに居なくても、いい。以上>


「呑み会はなしかあ、残念だなあ、クラーク!」


戯けたようにグレートが言った。
それを機に、ジョーは座っていたパーソナルチェアから立ち上がる。と、フランソワーズも立ち上がった。


「・・・まだ洗濯物が少し残っているので、行きますね」
「お茶のお代わり、誰かいるアルかあ?」
「なんか、つまめるもんないのかよ?」
「見てみるアルヨ!」


クラークは不思議そうに立ち上がった3人を見る。


「あれ?・・・話しはいいんですか?」


<話す気満々だぞっ!?>
<・・・・・兎に角、下に行ってくる>
<なんか、やりにくい。>
<・・・チェックが済み次第、戻ってくる>


「儂も、ちいっとばかし昼寝がしたい・・・クラーク君。すまんのう、色々とあって疲れておるんじゃ・・」
「お察しします・・・。大切な研究が誰かの手になんて、同じ研究者として、なんと言葉を・・・」
「・・・ありがとう。詳しいことは、ここに居る誰でもいいから、話しておいてくれないかのう・・・。それぞれに手持ちの仕事があって、バタバタしていて申し訳ない」
「いいえ、こちらこそ。大変な時期にとても温かく迎えて下さって・・・感謝しています」
「何々、こちらも知りたいことがあったんじゃ。夜の”呑み”の方には付き合うからのう、声はかけとくれ」


にっこりとギルモアは笑った。














####

ダイニングルームへ入って、張大人はキッチンへ向かう。ジョーは地下へと足を向けたとき、バスルームの方へ向かっていたフランソワーズをギルモアが呼び止めた。


「フランソワーズ、洗濯は後にして・・・今の内に、今日の分をやってしまおうかのう」
「・・・え?」


ジョーは地下の通路のドアを一度開いたが、ギルモアの声にドアを閉じた。


「・・・・夜は昨日と同じになるやもしれんし、なんだかのう・・・落ち着かんのじゃ。今のままでも生活に支障はないが、ちゃんとしておかないと、”もしも”の時を考えるとのう」
「・・・・・”もしも”ですか?」
「いや・・・。003の”能力”がきちんとしていれば、儂も安心なんじゃ・・・。少しでも身を守る助けになるからのう」
「解りました、博士」
「ジョーや、少し手伝ってくれるか?」
「・・・はい」


地下通路へと続くドアのドアを開けて、ギルモア、フランソワーズに先を譲り、2人の後について地下へと降りていく。


センサー式のライトが、先頭を行くギルモアに反応して明るく通路を照らし出す。
フランソワーズの絹糸のような艶やかな髪が、彼女の肩先で揺れて、空気に少しばかり留まる花の香りが、ジョーを誘う。

触れて、と揺れる。

触れて、と香る。

触れて、と語る。





ぐっと、拳を握って理性を保つ。
ギルモアがロックを解いて、メンテナンスルームのドアが開いた音に、ジョーは意識を切り替える。


「すまんが、先に準備をしておいておくれ、メディカルルームの方にちょっと取りに行きたいもんがあるでな」
「行ってきます、よ?」
「いや、儂が言った方が早いんでな・・・・。準備の方を頼む」
「わかりました」


ギルモアはジョーとフランソワーズをメンテナンスルームに残して、メディカルルームの方へと向かった。

ジョーはフランソワーズを促して、メンテナンスルームへと入る。
フランソワーズを寝台に座らせて、いくつかの色のついたコードを取りだし計器類の確認をする。フランソワーズ用のデータチップをコンピューターに差し込んで、今までのデータを読み込ませた。


「・・・どっちを先にしようか?」
「どちらでも・・・」
「・・・今のところ何も問題ないみたいだね?・・・昨日と今日で何か違和感があったり、痛みがあったりした?」


ジョーの質問に首を振ってno.と答える。
モニターに映し出された、今までのデータを見ながらジョーは言葉を続けた。


「今までと、何か違う?」
「・・・・耳は、テレビやラジオに近づいたときの、ノイズが少なくなったわ。あと、無意識に傍受することも・・・。でもそれは街に出てみないと、わからないわ。外を飛び交う電波に反応してしまうこともあるから」
「・・・・電波を?」
「・・・世の中の通信機器類は常に発達していくでしょう?私の”耳”もそれらに合わせて幅を広げてるから・・・。”音”以外のモノも拾いやすくて・・・・。あとは日常でも自分で音量調節がしやすくなったかしら?突然大きな音を聞いても、耳鳴りが残ることもないわ。邸内にいる分には何も問題がないと思うの・・・。街や戦場は、違うもの」
「・・・・・・・”眼”は?」
「スイッチを入れない限り、普通の状態よ・・・。”眼”の方は前とはそんなに差がない気がするわ」
「・・・焦点が合わないとか、かすんだり、疲れやすかったりは?」
「今のところは・・・大丈夫よ」
「・・・・・そう」
「・・・コードを繋ぐのでしょう?」
「・・・・・・・」
「・・・?」


ジョーはモニターを見つめたまま、動かない。
フランソワーズは、自分に背を向けて立つジョーの跳ねた後ろ毛を見る。


「・・・・ごめん、ね」
「・・・・ジョー?」
「・・・・・・キミの聞こえすぎる”耳”を、見えすぎる”眼”を、”普通”に戻すことだって可能なのに」
「・・・どうして?私は003よ、そのための”能力”よ」
「きっと、いつか・・・」
「・・・・・・?」
「・・・いつか、キミを003から解放してあげる、から」
「・・・え?」
「待たせたのうっ!始めるぞ」


メンテナンスルームに入ってきたギルモアの声に、2人の会話が中断された。







ーーーいつか、キミを003から解放してあげる、から







解放?
どういう意味?



・・・・・どういうこと?








私は、仲間よ?
00メンバーよ?






私が003でいることが、009である、あなたとの繋がり。
誰でもない、私とあなたを繋いでいるの・・・に?




003の能力がなくなったら、ここに居る理由がない・・わ・・・・。













=====46へ続く



・ちょっと呟く・

書いていて、言葉が足りないって怖いなあ。と。
同じ言葉でも、全然違う意味になってしまうなあ。と。


すれ違ってますねえ・・・。
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Day by Day・46
(46)





落ち着かない様子で、20分も早く指定されたレストランに訪れたクラークは、頼んだ珈琲にいつもは淹れないミルクをたっぷりといれた。
窓側にクラークが座り、正面には座るアルベルトは落ち着いた様子でポケットから薄い単行本を取り出して読み始め、彼の隣に座るジョーはブラック珈琲を飲んだ。

同じレストラン内の離れた席に、ジェットとフランソワーズが、クラーク、アルベルト、ジョーの3人がレストランを訪れる少し前に、席についていた。




恩田光弘に会うのはクラーク、ジェット、ジョー、アルベルトの4人であったが、昨日のメンテナンスルームにて、”安全”であるギルモア邸では、”眼”と”耳”の調子がよくわからない。と、フランソワーズがギルモアに言ったために、急遽、彼女も同行することになった。

003の能力テストを兼ねているために、ジェットとフランソワーズが来ていることはクラークには知らせていない。そのために、ジョーとアルベルトは、細心の注意を払って、ジェットとフランソワーズの2人から離れた席を確保した。



「視えるか?向こう側が」
「・・・・・ええ」
「なんか、問題はあるか?」
「ないわ・・・。スイッチも以前よりもスムーズに入るし・・・前よりもコントロールが出来るようになってる。でも、今は”透視”までは・・・」

2人掛け用の席に向かい合って座るジェットとフランソワーズ。
フランソワーズの右手側に通路を挟んでレジがあり、その斜め正面に向かって車道に面したウィンドウがある4人掛け用のソファテーブルに座る、アルベルトとクラークの後ろ姿を、ジェットの肩越しから捕らえることができる。

”眼”のスイッチを入れて、拡大させていくとクラークとアルベルトの間からジョーが珈琲を飲む姿を視ることができた。


「おい、無理すんなよっ。許可されていることしかすんなよ!知らなねえぞっ何かあっても」
「わかってるわ。今日はスイッチが入るかどうか、”眼”の拡大の距離と、その具合に、街中での”耳”の状況を把握すること。でしょう?」
「わかってんじゃん。んじゃ、それ以上のことすんなよなっ。オレは一応お前のお目付役なんだしよっ」
「頼りないわね、ジェットだと」


スイッチを切って、フランソワーズは視線をジェットに戻す。


「ああっ?!お前の我が侭でここまで来てんだぜ?わざわざ、ここでテストする必要ねえのによっ」
「いいでしょう?何かあるかもしれないもの」
「あってたまるかよっ!こんなレストランでっ」

ふんっと、鼻息荒くジェットが、どかっ とイスの背に体重をかける。と、派手なオレンジ色の制服に、マイクロミニスカート。その上にエプロンとしての機能があるのか?と思うほどに小さな白いエプロン近未来メイド服(?)とジェットが勝手に心のなかで名付けた制服に、レースのヘッドドレスをつけた、高校生くらいのアルバイトと思われる女の子が、トレーに2人の注文した品を乗せて、テーブルのそばに立った。


「失礼いたします。ご注文のスペシャル・チョコレートパフェと、紅茶のケーキセットでございます」
「おっ。まってました♪」
「こんな時に、それを頼むかしら?」

ウェイトレスは、トレーからテーブルにそれらを乗せると、軽く会釈して去っていった。
そのウェイトレスの笑顔に、チョコレートパフェに嬉しそうにはしゃぐジェットに対する、含みもあったような気がしてならない。


「おめえだってケーキ頼んでんじゃん」
「ケーキだものっ。そんな特大パフェじゃないわ」
「羨ましいんだろ~~っ。欲しくてもやんねえよっ!自分で頼めよ?」
「いらないわよ。ケーキがあるものっ」
「うっひゃ~っチョコレート、うめえ!」
「もう・・・静かにして!」


フランソワーズはジェットを睨みつけて、”耳”に集中してみた。
スイッチを入れるかいれないかの、ギリギリまで聴力を高めてみる。


ざわざわとした、聴き取れなかったノイズが次第にクリアになっていく。

ふれ合う食器の音。
布ズレの音。
行き交う足音。

ひとつひとつの音が、どこから、どのように発せられたかがフランソワーズには”視る”ように聞こえる。



聴いては失礼だとは思いつつも、離れた席に座る人々の会話も聞こえてくる。


「ねえ、向こうの席に座る3人、見て!」
「え?どこどこ?」
「ちょ~~~カッコイイの!」


「いらっしゃいませ、1名さまですか?」
「待ち合わせを・・もしかしたら来ているかもしれないので、探してみてもいいですか?」
「はい、どうぞ」


「外人じゃ~ん!いけてるっ!」
「日本語じゃないよ・・英語・・こういう時にもっと勉強しとけばあって思うわよねえ」


「ったく、やってらんねえって、まだ中間まえだぜ?」
「どうすんだよ、早いトコ決めちまえって、来年じゃあ遅いんだぜ、こういうの」
「はあああ、大学受験なんてやってらんねえ!」
「大学行かないで、どうすんだよ、専門?」
「その前に、何やりてえか、だろお?わかるかよっ」
「だから、とりあえず大学行っとけって、どこでもいいじゃん。お前頭いいんだし」


「レベル高い!」
「ね、誰が好み?」
「ブラウンの髪の彼、すっごく優しそう!」
「ええ?私は・・・ねえ、彼は日本人じゃない?」
「そういえば、それっぽいわね?ハーフかなあ?」
「私は彼だなあ・・・素敵、カッコイイ!!」
「彼もいいけど、あの本を読んでる人、いいな、私はあっちだなあ」
「ね、こっちも3人だし、声かけない?」
「ええ?!英語だよ?」
「でもオーダーとってるの、日本語だったよ?」
「なによ、ちゃっかりチェックしてたんだあ!」


「ご注文はおきまりですか?」
「ええっとお、ね。決まったあ?」
「もう少し待ってもらえますかあ?


「パパは~?」
「パパは会社よ」
「いつ帰ってくるの~?」
「もうすぐよ!・・・ほら、早く食べちゃいなさい」
「パパは~?」


「こちらがレシートになります。ありがとうございました~!」






「・・・・・・・クラーク」


ミツヒロは、2年ぶりに合うクラークに懐かしさと愛しさを感じる。
視界は彼だけ。

別れたときよりも、少しばかり短くなった髪。
いつものように、オーダーメイドのスーツをきっちりと着こなしている。

緑がかった瞳は柔らかく目尻に皺を寄せて、微笑んだ。


「いやあ、やっぱりミツヒロの声はいいね。うん」


クラークはのんびりと、ミツヒロを見上げた。

40歳近いと言う年令が、嘘だと言いたいほどの童顔に襟足が伸びた黒髪。
切れ長の瞳は猫のようにつり上がっている。浮世絵顔だな。とアルベルトは1人感想を持つ。
背もそれほど高くなく、ピュンマよりも少しばかり低いかもしれない。
色の濃いジーンズに履き崩しかけたローファーをはき、くたびれたアイロンがかかってないYシャツの上からジャケットを羽織っていた。

大学生でも通りそうな風貌の男が、恩田光弘だった。


「・・・・・あんたたちか?」


外見よりも、中身はしっかり年齢相応らしい、その発言にアルベルトよりもジョーが先に答えた。


「座ってもらえますか?・・・・少し長くなりそうなので」
「あんたたちが、トーマスの何を調べていて、何が知りたいのか知らんが、クラークは無関係だ。そんな人間を巻き込むのか?」
「ミツヒロ!いきなり何を・・・」
「クラーク、脳天気なのもいい加減にしろっ。どれだけ危険な奴らに関わっているのか、わかっているのか?!」
「・・・・ミツヒロ、彼らはただギルモア博士の盗まれた研究を探していて」
「はっ!どんな研究をしてたんだかっ!世に出たらまずいもんなんだろっどうせっ」
「ミツヒロっ!!」
「・・・ここでは、無理みたいだな」
「ここでも、どこでも、お前たちに話すつもりなんてないっ!行くぞクラークっ」
「え?ちょっ・・・・行きませんよっ」
「クラークっっ!!」
「・・・・・協力すると、コズミ博士にお約束したんだ。そうやって君に会う努力をしてここまで来たんだよ。約束は約束なんだ。自分は、彼らに協力するよ」
「バカか?!」
「うん、バカだよ。だから、面倒みてくれって頼んでるんだよ、ミツヒロに」


クラークはにっこりと微笑んだ。
ミツヒロは、自分がどれほど焦っているのか、目の前にいる2人がどれだけ危険な人物かを、脳天気な上流階級育ちのお坊ちゃんに怒鳴りつけたかったが、焦れば焦るほどにミツヒロの苛立ちは、あっさりとクラークののんびりとした雰囲気にのまれていく。

ずっと、そうやってクラークは自分を落ち着かせてきてくれたことを、思い出す。


「まずは、ちゃんと自己紹介しよう、ミツヒロ。君は自分の友人にとっても失礼な態度をとってますね?いつも言っていたよね、人の印象は初対面で初めの7秒で決まるんだ。ミツヒロは最悪ですね。でも、そんなところが、好きですよ」


ジョーはソファから立ち上がり、姿勢を正してミツヒロに向かって手を差し出した。


「・・・初めまして。ギルモア研究所の島村ジョーと申します。この度は、Mr.リンツにあなたをご紹介していただけると言うことで、伺わせて頂きました」


ミツヒロは、差し出されたジョーの手を見つめ、視線を上げてジョーを観た。


「彼は可愛いですね!そう思いませんか?いいね、やっぱりアジアの男の子はとってもキュートですよ。ミツヒロと並べるとすごくいいですね」
「・・・・・クラーク好みだな、確かに。・・・・・失礼しました。恩田光弘です」


ミツヒロはジョーと握手を交わた。
クラークの隣に座っていたアルベルトも席を立ち、ミツヒロと握手を交わして自己紹介を済ませて、クラークの隣の席をミツヒロに譲り、ウェイトレスを呼んで、彼の分の飲み物を頼む。


「・・・・・クラークがお世話になりました」
「ギブ・アンド・テイクと言うところです。・・・・仰りたくないことは、話さなくてもけっこうですが、できるだけ協力していただきたいのです。あなたが案じていらっしゃるようなことはありません」


アルベルトの言葉に、ミツヒロは素直には頷けなかった。


「・・・ここでは話しづらいですか?」
「いえ、そういうことではありません。ただ、証明していただきたい」
「なにを、です?」
「あなた方が、危険ではない。B.Gのものではない。と、言うことをです!」
「ミツヒロ、B.Gってそんな・・・・、あれはただの”噂”だろう?」
「・・・ただの”噂”だったら、な」


ミツヒロは呟いて、ジョーを睨みつけた。


<邸に連れて行くしかないな>
<・・・・恩田さんは、”関係者”だ、ね>
<行こう・・・信用もなにも、彼が何をどこまで知っているのか、オレたちは知る必要がある>
<・・・・ジェット、フランソワーズ、聞こえている?>
<おう、しっかりとな。フランソワーズの”耳”と”眼”の調子はばっちしだぜ>
<邸に戻る、よ>
<オレたちも、喰い終わったら帰るぜ!>
<・・・・食い終わる?>
<おう!今ストロベリー・サンデーを追加オーダーしたとこだっ>
<何やってんだ、お前は・・・>
<・・・・・・腹、壊すな、よ>
<フランソワーズだってケーキ2個目だぜ?>
<ジェットっ>
<・・・・フランソワーズ、調子が良いなら少し街を見てきたらいい。ジェット、よろしく>
<お、いいのかよ!わかったぜっ>
<でも・・・・>
<9時前には戻ってこい>
<門限つきかよっ>
<当たり前だ>















####


「っんだよ、帰りの時間を考えてもよっ、3時間ほどしかねえじゃんか・・・、どっか行きたてえとこあるかあ?」
「・・・ねえ、やっぱり帰りましょう?」
「リーダーの009がいいて言ってんだぜ?かまわしねえよっ!」
「でもっ!!」
「・・・・・・オレじゃ不服かよ?」
「そんなんじゃっ」
「やっぱ、ジョーとじゃないと、嫌だったかあ?」



クラーク、ジョー、アルベルト、そしてミツヒロがレストランを出た後、30分ほどしてから、ジェットとフランソワーズもレストランを後にした。
ニヤニヤと嗤い、フランソワーズが歩き出すのをレストランのドアから数歩ばかり離れて待つジェットの言葉に、フランソワーズはつんっと、すまして歩き出して、ジェットへ振り返らずに言った。


「・・・・・・ジョーだったらもっと素敵にエスコートしてくれたでしょうね」
「っ?!」


陽が長く鳴り始めた季節。
街のネオンが陽の明るさに紛れて灯る。
すれ違う家路を急ぐ人々。

閉店時間が延びたのか、まだ多くの店が開いていた。
ジェットよりも数歩前を歩くフランソワーズを、ジェットはのんびりと追いかける。


「ジェットよりも100倍マシだと思うわ。アルベルトだってそう。ピュンマも、ジェロニモも、グレートも、張大人も、ギルモア博士も、イワンだって、ジェットよりもずっと、ず~~~~~っと素敵にエスコートしてくれるわ」
「赤ん坊よりマシだよっ!!」
「いいえ、イワンの方がずっと紳士的よ」
「っだよ、付き合ってやってんのによっ!!」
「けっこうです。1人で帰りますっ」


歩く速度を上げて、ジェットから離れようとしたフランソワーズ。だが、ジェットはぴったりとフランソワーズから離れることなく、ついて行く。


「お~い・・・フランソワーズ・・」
「・・・」
「よお」
「・・・」
「おいってば!」
「・・・」
「返事しねえと、大変なことになるぜ?」
「っなによ?」
「・・・帰るのはいいけどよ、駅、反対だぜ?お前、逆方向に歩いてっぞ?」
「っえ?」


歩道脇でぴたり。と、足を止めたフランソワーズの前にまわって、ジェットは少しばかり屈んでフランソワーズをのぞき込むように見つめた。


「・・・・・ほんと、方向音痴なとこ、なおらねえよな?こういうときこそ補助脳使えっつうの」
「どうして早く言ってくれないのっ」
「行きてえとこあんのかなあって思ってよ!」
「・・・・帰るの」
「別に慌てる必要ねえじゃんかよ?」
「帰るの、帰りたいのっ!帰るっ!!絶対に帰るの・・・・帰りたいの・・・」
「・・・なんだよ、おい・・どうしちまったんだよ?」


俯いて視線を舗装されたアスファルトの上に落として、ジェットとは顔を合わせない。


「帰りたい・・・連れて帰って。ジェット、帰りたいの・・・・」
「フランソワーズ?」
「私、ずっとみんなと一緒に居たいわ。ずっと一緒に居たいの。私だって仲間よ?・・・もちろん、ジェットみたいに空も飛べないし、加速装置もついてない。アルベルトみたいに敵を倒せない、ジェロニモみたいにみたいに力もないし、張大人のように何でも溶かしたり、地中に潜ったりもできない。グレートみたいに万能に潜入捜査も・・・できないわ。ピュンマのように海で戦えない。・・・それでもっ。それでもがんばるからっ・・・・一緒にいたのに・・」
「・・・おい?どうしちまったんだよ、本当に・・ワケわかんねえよ?お前は仲間だぜ?なんだよ?003はオレの次ぎに古株じゃんかよ?3番目だぜ?あのオッサンよりも偉いんだぜ?」


走り行く車が出す排気ガスの臭いが、フランソワーズの香りを消してゆく。
ジェットはそっと、フランソワーズの肩に手を置くと、ぱっと顔を上げたフランソワーズの顔を真剣だった。






ーーーいつか、キミを003から解放してあげる、から







「・・・・・帰りたい。ジェット、帰りたいの」
「何か、あったのか?」
「ジェット、私・・」
「なんだよ?」
「・・・・・ずっと、私は003なのよね?私が、003よね?」
「はあ?・・・・003はお前だろ?」


フランソワーズはジェットに訴える。
こぼれ落ちそうな大きな空色の瞳が、必死になってジェットを映しながら、何度も訴えた。


「私が、よね?003でいいのよね?」
「お前以外に、誰がいるっつんだよっ?」
「私でいいのよね?」
「だからっ!お前じゃなきゃ、誰がだよっ?当たり前のこと聞くんじゃねえよっ?」
「がんばるから・・・・。ずっと、一緒にいて、ね?」
「・・・・オレに言うなよ、それ。オレじゃねえだろっ。そういうセリフを言うのはっ。がんばらなくても、お前は003なんだよっ!」


ジェットは車道に視線を移し、向かってくる一台のタクシーに向かって手を挙げた。


「一緒に、いてね。みんなで一緒にずっと暮らしていきたいの」
「・・・・ほら、乗れよ。連れて帰ってやるからよっお前が行きたい場所が、アンドロメダ星雲だっつっても、ぜってー、オレが連れて行ってやるから」
「・・・・本当に?」
「おい、そこだけマジに受け止めんなよっ・・・・。とにかくよっ、どこでも飛んでやるぜっっ。だからよ、話せよ・・・・。何がそんなに不安なんだよ?」












####

街からタクシーを使い、ギルモア邸前にジェットとフランソワーズが到着したころ、邸内ではすでにクラークから紹介される形でミツヒロはギルモアに会い、和やかとは言い難いが、無難に差し障りのない話しをリビングルームで交わしていた。

ギルモア邸に帰り着いて、すぐにフランソワーズは自室へと向かった。
タクシー内で、何度もジェットに”なぜ、帰りたがるのか、当たり前ことである、フランソワーズは003であると言う質問するのか。”聞かれたが、結局、フランソワーズは一言も”不安”になった理由をジェットには言わなかった。
貝のように口を閉ざしてしまったら最後、フランソワーズは絶対に言わない。その口の堅さは、ギルモアでさえも音を上げてしまうものである。


「ったくよ!なんであんなに頑固なんだよっ!!変なところで根性があんだからよっ」
「あ、お帰り~・・・って。あれ?・・・遊んでくるんじゃなかったの?そう聴いてたけど?・・・まだ7時前じゃない?」


吹き抜けの広間から自室に戻ったフランソワーズの背を見送ったジェットに、ちょうど2階から降りてくる途中のピュンマが声をかけた。


「遊ばせてくれなかったんだよっ!フランソワーズが」
「あはは、嫌われてやんの~♪・・・・で、そのフランソワーズは?」
「部屋にひっこんじまったぜ・・・ったく、なんだってんだよっ」
「ジェット、まさか・・・」
「あ?なんだよっ」


だだだだっと残りの階段を駆け足で下りて、その勢いのままピュンマは応接室前のドアに立つにジェットに詰め寄った。


「変なことっフランソワーズに変なことっしてないよね!!」
「はあああ?!っばか言ってんじゃねえよっ!!なんでオレがだよっ!ジョーじゃあるめえしっ」
「じゃあ、どうしてすぐに部屋に入ったの?もうすぐ夕食なのに?」
「知らねえよっ!ったく、俺が知りたいっつうの!”ずっと、私は003なのよね?私が、003よね?”なんて、当たり前すぎること言い出すしっ帰りたがるし」
「・・・・・フランソワーズが003でなくて、いったい誰が003なんだい?」


ピュンマは丸く大きな瞳を見開いて、不思議そうにジェットに訊ねた。


「だよな?」
「今日、何かあったの?何も報告されてないけど?」
「何にもなかったぜ?・・・来てるんだろ?」
「うん。今、彼らはギルモア博士と話してるんだけど・・・Mr.リンツはB.Gのことをただの”噂”だと思っていて、現実にそういう組織があったことを信じてないって言うか、知らないんだ。彼にわざわざそれを教えるのもどうかと思うし、できれば伏せておきたいだろう?どこで、僕たちに繋がってしまうか、わからないし。だから、ちょっとややこしい事になっていて、さ。話が進まないのが現状。とにかく、昔話を促して、トーマス・マクガーの話しを引き出そうとしてるんだけど、今度はミツヒロさんの方が警戒してしまってさ・・・差し障りのない会話で進んでるけど、ちょっと面倒なことになってるよ。イワンは夜の時間だし、だから」
「だからなんだよっ?」
「・・・寝てもらうんだよ」


ピュンマはリビングルームのドアを見つめて溜め息をついた。












####

張大人が用意した珈琲を飲みながらクラークは、いまだに時差呆けの影響から来る睡魔と水面下で必死に戦い続けていたが、いつもよりも強く襲ってくるそれに、さすがに抵抗し続けるのが辛くなってきた。

ミツヒロと、世話になっている研究所のみんなとの橋渡し役にならなければ、と懸命にこころ砕くものの、人間の三大欲求の1つにはどうにも敵わないらしく、欠伸をかみ殺す仕草が目につき始めた頃、さりげなくアルベルトが言葉を添えて、クラークを部屋に下がらせることに成功させた。


「B.G仕込みですか?」


リビングルームからグレートに付き添われてゲストルームに向かったクラークを見送った後、棘のある言葉が突きつけられたが、その言葉に含まれている落ち着いた物言いに、彼自身もクラークが居ては話しづらいことがあるように思われた。


「彼がいては、あなたも同じとお見受けしましたので・・・」
「手段は選ばないってことですか?・・・いいでしょう、こちらにもそれなりの”用意”があることだけ、お伝えしておきますよ。わたしだって、それなりに知っているんです・・当たり前でしょう?」
「・・・・何か、あなたは大きな勘違いをなさっておるようじゃのう?」


安楽椅子に深く身を預けていたギルモアが、ゆっくりと姿勢を正した。


「・・ギルモア博士」


ギルモアの座る安楽椅子近くのソファに座るジョーが、視線をギルモアへと向ける。


「どう、思う・・・ジョー?」


ギルモアと合わせた視線に、彼の意図を読む。が、ジョーは静かに否定の意を現すかのように、首を左右に振った。


「・・・・・・恩田さん、僕たちが調べていることを正直にお話します。その上で、あなたが協力して下さるかどうかを考えてくださいませか?確かにギルモア博士は、B.Gの研究員として働いていらっしゃった時期もありました。ですが、今は違います。B.Gに対して、その組織の考え、方向性に僕たちは意を唱える者です。重ねて言います。僕たちは決して、B.Gの手のものではありません」
「証拠があるんですか?」
「・・・目に見えるものを見せろと仰られても、難しいです、ね。それは信じていただくしかありません」
「クラークやわたしに、何をさせたいんです?」
「させる、というわけではないんです。・・・ギルモア博士が研究していた資料の一部が、何者かの手によって流出してしまいました。それは、言えばB.Gの科学技術の欠片・・・と、でも言うものです。とても危険なんです。それをなんとか回収・消去するために色々と調べていたところ、Mr.リンツが在籍されておられた、”交流会”から、その一部が見つかりました。そしてそれは、トーマス・マクガーと言う方の研究資料も含まれていたのです」
「・・・・・あの”交流会”から?」


まっすぐにジョーはミツヒロの眼を見て話す。

不思議な雰囲気の青年。そう、クラークはミツヒロに言った通り、ジョーは人を威圧するような強い存在感を顕しながらも、同じの本陣でありながら、どこか西洋の色交えた端正な顔立ちが、優しげな印象を与え、強く、鋭い眼差しの中に光る淋しげな色の揺れに、目の前にいる怪しげな者たちを強く突き放せないでいた。


「・・・偶然にも知人が学会で、”交流会”に縁のある人間に招かれて行ったことで知ることができました」


彼らを信じても良いのでは、とミツヒロは先刻から思い始めていた。
それは彼らの真摯な対応が、物腰が、招かれた邸に垣間見る彼らの生活が、ミツヒロのこころ少しずつ軟化させていた。

ミツヒロが、言葉を慎重に選びながら口を開こうとしたとき、リビングルームのドアが勢いよく開いた。


「邪魔するぜっ!今、戻った、早くて悪かったなっ!!」


ミツヒロは、ジョーとの会話に集中していたがために、心臓が口から飛び出そうになる程、驚かされて、ジェットの声に、静まっていた空気の色を一気に変えてしまった。


「そんな風に入るバカがいるかっ!空気読め、空気!!」


ジェットの後ろから、先ほどクラークをゲストルームへと連れて行ったグレート、そしてピュンがが続く。


「入り方に、良いも悪いもあるかよっ!!・・・お、あんたがクラークの”ミツヒロ”?よっ。オレはジェット・リンクだ。ヨロシクな!」
「・・・・一応、言っておくよ。僕はちゃんと今、リビングルームで大切な話しが進んでいる。と、伝えたからね!」
「・・・・・」


ジェットの声と勢いに圧倒されて、言葉無く3人を見るミツヒロ。
彼の様子を、先ほどの会話の流れを気にすることなく、アルベルトがジェットに話しかけた。


「早かったな」
「ああ、フランソワーズのヤツが帰りてえって駄々をこねやがってよっ」


ジェットの言葉に、ジョーが眉根を寄せて反応する。


「・・・・具合でも悪くなった?」
「そういう感じじゃねえみてえだけどよっ!博士、様子を見に行ってやってくんねえか?久し振りに街に出たからよ、人に酔ったのかもなっ」
「・・・・・・今、彼女は?」
「部屋みたいだよ、ジョー・・・」


ジェットが答える前に、ピュンマが答えた。


「・・・・・いったい、ここには何人住んでいるですか?」
「10人ですなあ。さっき珈琲を運んできた、張大人、そして彼が、ピュンマ。あと2人、ジェロニモとフランソワーズと言う女性がるんですよお。大所帯でしょお?」
「初めまして、ピュンマです」


グレートに紹介されたピュンマは、にっこりと微笑んで、彼の口元から輝く白い歯の光に、ミツヒロは自分が変に警戒心を抱いていることが滑稽に思えてならない。


「・・・・女性もいるんですか?」
「1人。今は話しの通り、体調を崩しているみたいですが・・・」


アルベルトが低く、けれどもミツヒロを威圧するわけでもなく答えた。


「そうじゃの、ジョー、様子を診てくるか?儂が行こうか?」
「・・・・・博士、お願いします。いいですか?」
「うむ。そうしよう・・・・。ちょっと失礼しますよ、娘のように可愛い子なんでな・・・」


ギルモアは安楽椅子から立ち上がってリビングルームから出て行った。そのギルモアが座っていた安楽椅子にジェットが座る。


「クラークって、ジョーがお気に入りなんだぜ?」
「・・・・・・・・ジェット・・」


会話を元に戻そうと、ジョーが視線をミツヒロに戻したとき、ジェットがジョーを指さして言った。


「こいつのこと、可愛い!キュート!連れて歩きたい!って騒いでよ、昨日なんてジョーが油断した隙をついて、ほっぺにちゅうまでしやがったぜ?」
「ええ?!」


誰よりも早くピュンマがジェットの言葉に反応して、声を上げた。


「いや、マジでだぜ、なあ?」


昨日、現場に居合わせた2人、グレートとアルベルトに同意を求めるジェット。グレートは何度も深く首を縦に振り、アルベルトは口の端で笑っただけだった。


「ジョー・・・君は・・・」
「・・・ピュンマ、Mr.リンツが巫山戯ただけだから、な」
「いやあ、あれは嬉しそうだったなあ。恩田さんも、若い頃は・・・・ジョー並に可愛かったんでないかい?今でもクラークから聴いた年令が信じられないねえ、失礼だけれど」
「・・・・童顔なんで」
「それ、さあ・・・・フランソワーズは知ってるの?」


消え入りそうな弱々し声でピュンマが誰に問うわけでもなく、呟いた。


「オレ、言ってないぜ?」
「吾輩もだ」
「わざわざオレがそんなことをフランソワーズに言うと思うか?」
「・・・・・・言わなくて、いいから」
「フランソワーズが知ったら、やっぱり驚くのかな?」
「バレエ学校で見慣れているだろう、そんな風なことを言っていたしな」
「いやあ、意外と固まっちまうんでないかい?ジョーは挨拶のハグどころか”お早う、お休み”のキスさえマドモアゼルに贈ってやらねえんだ、それが突然、クラークに、だしなあ」
「ショックだろうぜ?・・・”ジョーは私とコミュニケーションを取りたくないのね!!”な~~んって泣きそうじゃねえか?」
「そうだね、この邸で唯一ジョーだけが、フランソワーズとそういうことしないもんね」
「日本にそういう習慣がないと知らなかった頃、悩んでいたからな、フランソワーズは」
「今でも、気にしてんじゃねえの、意外と」
「今日当たりから、がんばってみたらどうだあ?」
「うん。善は急げだね!」


ジョーは全身で深い溜息を履いて、仲間たちの会話を聴かなかったことに決め込み、ワントーン落ち込んだ声でミツヒロに話しかけた。


「・・・・・・・・・・・とにかく、恩田さん」
「・・・・・わたしも、挨拶のキスはどうにも慣れなくて苦労しましたよ。特に女性に対してはです・・・変ですが、お察しします」
「・・・・・・?!」


意外なミツヒロの言葉に、ジョーは驚くしかなかった。


一見見ただけでも解る、多国籍な研究員に言いたい放題言われている、同じ日本人(だと思う)ジョーが少しばかり不憫に思えて、声をかけてしまったミツヒロは、改めてリビングルームに集まった1人1人をじっくりと見た。

ジェットはウィンクを1つミツヒロに飛ばし、グレートは笑う。
ピュンマの歯はきらりと光、アルベルトの左端の口元が上がってニヤリと嗤った。
そして、ジョーは体制を整えて、ミツヒロを見ている。

ミツヒロは、薄く開いたくちびるから冷たい息を吐き出した。

「すべてを、話して下さい。それから・・・・です。あなた方が話すのに相応しい方か、信頼できる方か、判断した上で、知っていることを話しましょう」











####

ジョーが改めて丁寧にゆっくりと話した、彼らがなぜにトーマス・マクガーを追っているか、という内容に、納得がいかない部分があったのは事実であった。彼らが何かを隠していることが薄々解る。
話しているジョーも、ミツヒロ自身がそれに気が付いていることも、解っている様子であった。

ジョーはミツヒロが知っているとわかっている上で、あえてB.Gと言う言葉を避けていた。



リビングルームにいる、全員の真っ直ぐに真摯な瞳の強さに、信頼できると確信を得て、胸の奥底に鍵を掛けていた箱を開いた。
ずっと1人で抱えていた箱が、重さを失っていく。


「・・・・・両親を亡くしたのが、14歳の時・・。イギリスに住む叔父夫婦に引き取られて、1年ほど一緒にクラしました。叔父夫婦が、何の前触れもなく仕事でイギリスを少しの間離れる。と、言って出かけたきり、帰ってくる予定の日を過ぎても彼らは帰って来なかった・・・。代わりに、わたしの前に現れれたのが、トーマス。あたな方が追っている、トーマス・マクガーです。叔父夫婦に頼まれて一緒に住む。と、言われて・・・。6年前に彼が行方不明になるまで彼と住んでいました。わたしが日本に帰ってきたのは2年前。そして・・・行方不明になっていた彼に再会したのは、去年のクリスマス。・・・・トーマスは今年の2月に、日本で亡くなりました」


誰かに聴いて欲しかったのかもしれない。
1人で抱え込むには、あまりにも”B.G”と言う実体のない闇は恐ろしく大きかった。
トーマスが姿を消した後、彼の書斎から見つけたものから、叔父夫婦が”B.Gと言う組織に関わっていたために、亡くなったことを知った。

トーマスは、叔父夫婦とどういう関係だったか、最後まで訊くことができなかった。
トーマスが言った”友人”だった、と言う言葉を信じている。


”ブラック・ゴースト”とは?


トーマスが居なくなった書斎をひっくり返して見つけた、数少ない情報を手に、”ブラック・ゴースト”について調べた。





本当に、この組織は存在するのか。
本当は、存在しない、ただの噂ではないのか。

けれども、存在していたら?





答えが出ない。



調べてから、後悔した。
取り返しのつかない事をしたのかも、しれない。



知ってしまったが故に、触れてしまったがために。
関わってしまったとは言い切れない、中途半端な状況に。


不安と混乱の中で、クラークの見合い話が持ち上がり、全てをイギリスに置き去りにするように日本へ1人、逃げるように戻ってきた。全てを忘れるために仕事を探し、没頭する中で、トーマスに再び出会ってしまった。


トーマスが亡くなったことで、全てが終わった。と、自分はもう何も関係ない、知らないんだ。と、思っていた矢先に、クラークが・・・・。



知ってしまったがために、常にB.Gという闇に観られている?


「トーマスがどんな研究に携わっていたのか、わたしは知らない。大学以外の”仕事”を持っていたようだけれど・・・。そのことについて知ったのは、彼が行方不明になってから。トーマスは、わたしにそういうことを一切言わない人で、わたしも興味がなかったし、元々、研究者でもなんでもないんで。知りたいとも思ってなかったから。イギリスから姿を消して以来、トーマスはずっと日本に居て探していたんです・・・」
「・・・探して、いた?」
「奥さんと息子さんを・・・。日本で再会するまで、知らなかったんだけれど、彼は若い頃に、留学生っだった日本人女性と結婚していたらしくて・・・・。日本語、話せましたしね。わたしの前から消えたあと、ずっと探していたようです。・・・日本に行くなら一言言って欲しかった、けれど・・・」


淋しげにミツヒロは嗤った。


「結局、わたしは10年以上もトーマスと暮らしていながら、彼について何も知らない。知らされていない・・・。B.Gについても、自分が調べたことしか、知りません。あなた方がB.Gと関係しているのかも、自分の中で”予想”することしか出来ない。・・・アイザック・ギルモア・・・。ギルモア博士の名前を訊いただけで、わたしはそれだけでも十分、あなた方を避けて、できれば今すぐにでも、あなた方にあったと言うことを消してしまいたいのが、正直な気持ちです。」
「・・・・ギルモア博士の、名前は知っていたんですね?」
「・・・・・・トーマス経由でB.Gを調べていたんでね、すぐに出てきましたよ。ギルモア博士の名前は。裏切り者、の天才科学者。彼は自分の研究結果をすべて持ち出して、姿を消した。と・・・・。その研究結果はとても恐ろしいものであり、B.Gが血眼になって探していた。と・・」


平静を装いつつも、ミツヒロの言葉ひとつ、ひとつが00メンバーたちの胸を騒がせる。
目の前にいる童顔の40歳近い男が、B.Gについてどこまで知っているのか、彼の言葉からは”トーマス・マクガー”について以外の、ハッキリとした言葉を得られない。





彼はサイボーグのことを知っている?
それとも、この世にサイボーグという者が存在するとは信じていない?








「・・・日本でお会いになって、マクガー氏がお亡くなりになるまで、一緒にいたんですか?」
「ずっと一緒ではなかった。・・・知り合いを通じて”プロ”を雇い、彼が探している奥さんと息子さんを探す手伝いはしましたけど」
「っで、見つかったのかよ?」
「・・・・・奥さんは、トーマスと別れてすぐに亡くなっていました。そして、息子さんはどこかに養子に出された。と、言うことがわかっただけ・・・息子さんは・・・行方不明のまま」
「・・・行方不明」
「マクガー氏が亡くなったのは、日本で、といいましたなあ?」


グレートの言葉にミツヒロは頷いた。


「何か、その・・・・ねえ、残していませんでしたか?」
「遺留品は、体調を崩して入院した先で使用した着替えと洗面道具くらいなもんです。コンピューターどころか、紙らしい、紙も、本も何もありませんでした。驚かれました、医者や看護婦に彼が元大学教授だったと、言ったときには」
「何もなかった。あなたにも、ですか?」
「わたしは、すでにたくさんの物をもらっていたので。彼がわたしの前から姿を消した時、学費も、家も、当座の生活費も有り余るほど・・・。あと・・・・・クラークに会えたのはトーマスのお陰ですから、・・・それが一番です。・・・・彼が日本に来た目的は、違う形でも達せられたから、彼も満足だっただろうし」
「・・・目的?息子さんは行方不明のままだと?」
「ええ、息子さんは・・・。でも、孫には会えましたから」
「・・・・お孫さん、に?」


ジョーはミツヒロの言葉に、眉根を寄せた。


「行方不明の息子の孫なんてっどうやって見つけたんだよっ?!」
「孫たあ、また・・・飛ぶなあ・・・」


ミツヒロは、その場にいた全員の驚きを当然のように捕らえた。
自分も実際に、トーマスに孫がいる。と、連絡を受けたときの驚きを思い出す。


「どうして孫だと解ったんですか?」


ピュンマが遠慮がちに訊ねた。


「写真です」
「写真?」
「彼の奥さんの名前、”中井?子(なかい・みやこ)”の名前と、息子の”中井・マクガー・T・アンドリュー”で探していたんです。3ヶ月ほどしてから、トーマスの奥さんの写真と息子さんの子どものころの、写真。そして孫である当麻君の写真が、雇った探偵から届けられました」
「・・・当麻?」
「そうです。篠原当麻(しのはらとうま)トーマス・マクガーの孫の名前です」
「・・・・・篠原、ですか?」


ピュンマは、ジョーをちらりと見た。
ジョーはじっとミツヒロを見ている。


「・・・・”篠原総合病院”を知ってますか?移植などで実績を上げている・・」
「・・・・名前だけは。有名ですから、ね」


頷きながらジョーは答えた。
ピュンマは手のひらに浮かぶ汗が気持ち悪く、膝にそれを擦るように拭いた。



「そう、その”篠原グループ”の令嬢、篠原さえこと付き合っていたらしく、・・・さえこさんは、行方不明になった婚約者を捜していて、偶然にもトーマスを探し当てたようです。トーマスの息子である、婚約者との間の・・・。未婚のまま当麻君を産んだそうです。・・・・さえこさんは、当麻君の名前をトーマスからもらった、と・・・・」
「・・・・篠原・・当麻・・・」
「トーマス自身が当麻君に会って”そうだ”と納得していたし、彼が息子にと渡したかったものを、孫である、当麻君に渡すことができたので、ほっとしたんでしょうね。体調を崩して、そのまま・・・」


ミツヒロから、彼が知っている限りのトーマス・マクガーについて、彼の胸に抱え込んでいたものを吐き出すかのように話した。そして、彼が知っているB.Gに関することへと話しは自然と流れていき、ミツヒロから、”絶対にクラークにB.Gについて関与させない。”と、言う条件付きで、彼が持つ全ての情報を、00メンバーは手に入れることができた。





最後までミツヒロの口から”サイボーグ”と言う言葉は出てこなかった。







ジョーはミツヒロの条件をそのまま受け入れる。
クラークは研究者であり、”交流会”にも関わっていた人物である。避けられる、危険な可能性はどんなに些細なことでも細心の注意を払うつもりであったため、ミツヒロの条件はそのまま当てはまる。

すでにクラークからは、交流会”でコズミが得た資料についての情報と、”交流会”とは何を目的とした集まりなのかの2つに絞り話しを訊いていた。


ミツヒロは早朝に、どうしても外す事ができない仕事があると言い、明日、もう一度ギルモア邸に来ることを約束しして、グレートが運転する車で自宅へと帰って行った。
自室で眠っているクラークを連れて帰ることをしなかったので、ジョーたちを信頼してくれたのであろう。









####

張大人の用意した夕食をかき込んで、一度、自室へ立ち寄りUSBを手にして、ジョーの部屋に向かったピュンマは、ジョーのデスクトップコンピューターにそれらを読み込ませ、開いて見せた。


「どうしてもすぐに見て欲しいものがあって・・・。ゲームに出てきた学校と、調べている月見里(山梨)学院の共通点は、ぱっと見た感じ、ないように思うんだ。グレートが2日前に学校の方へ行ってきて、学院内、寮、敷地内の写真を取ってきたよ、校内の見取り図も007が書き取ったものを清書したんだよ。学校の住所からウェブで拾った航空写真で全体が見られる。あと、ゲームで主人公が住む地域と活動範囲を地図にしてみたんだ・・・・」



カチ、カチ、とリズム良く鳴る、ピュンマが操るマウスの音。

ジョーの部屋の壁に寄せられていた、家具が揃っていない間に使っていた折りたたみイスを引っ張り出してきた、それに座ったジョーは、じっとコンピューターモニターを睨む。


「・・・・共通点はないようだ、ね・・・。一応、地下の方で、色々な方向から探ってみたい、な。」
「ジョー、この学校は私立でさ。・・・・経営者が誰だか、知ってる?」
「・・・いや。そこまでは・・・・」
「創立者は篠原桂(しのはかつら)、その息子、聡(さとし)、その孫の秀顕(ひであき)、と続いて、今はひ孫のさえこ。と、続く、一族経営なんだよ」
「さえこ?・・・・篠原?・・・・・ピュンマ、さっきの話しで・・・」


ジョーはコンピューターのモニターを見つめるピュンマの横顔へと視線を向けた。
ピュンマは静かに、頷く。



「・・・・篠原って言えば、心臓移植で有名な篠原総合病院や、その他の医療機器開発でも有名なんだ。医者を多く出してるけど、研究者や大学教授も多いね。・・・でも、学校経営までしていたなんて・・・。こんなに手を出してさ、不況をよく乗り越えたよね。後ろにどれくらいの大物がついているのやら・・・。あ、でも・・・確か、学校の方は共同経営だったはず。・・・息子の代で、一緒に経営していた方が手を引いたんだよ」
「理由は?」
「経営方針の違い、じゃないのかな?以前から変わっていたみたいだけど、完全に今の教育システムになったのは息子の聡からだしね。それを引き継いだのが、今の娘さんみたいだよ。秀顕は名前だけで、実質はさえこが仕切ってるみたい。彼女はそれ以外も色々と手を出していて、義足や義肢などを作る技術者のための研究施設も設立してるしさ。篠原技研って言うんだ」


ピュンマは篠原技研とかかれたHPを開いて見せた。


「・・・トーマス・マクガーの孫が、篠原当麻。篠原グループの跡継ぎ」
「トーマス・マクガーが、篠原当麻に渡した物ってなんだろう・・・?」
「・・・・・・・恩田さんは、それが何であったか知らないと言っていた、けど」
「本当かな?」
「今は、いい。・・・・月見里学院の経営者が、篠原さえこ。当麻の母親・・・」
「”マクスウェルの悪魔”が身を隠しているかもしれない、学校のね。ジョー・・・・繋がってきてる?」


ピュンマはマウスで、自分のフォルダをデスクトップ上のゴミ箱へと移動してUSBを抜いた。


「008、みんなを集めてくれ。10分後ミーティングを開く」
「了解」


ピュンマはデスクチェアから立ち上がり、ジョーの部屋を出て行き、脳波通信で邸内にいる00メンバーにミーティングを始めることを伝えた。

ジョーは腕を伸ばしてマウスを手に取り、”システム終了”にカーソルを合わせた。が、もう一度メールをチェックするために、safariを開き、ゲーム用に新しく作った無料メールサービスの、Yメールにログインする。
"未読メッセージはありません”と言う表示が表れて、ジョーは短く溜息を吐いた。


「・・・・来てない、か」

”マクスウェルの悪魔”に送ったメールに対する返事が未だに来ない。
Yメールからサイン・アウトして、再びカーソルをシステム終了に合わせ、コンピューターの電源を切った。



イスから立ち上がったとき、ジョーの部屋のドアを2回、軽くノックする音が聞こえた。


「・・・誰?」
「私・・フランソワーズです」
「・・・・フランソワーズ?」


ジョーは部屋のドアを開けると、外出した時の服装とは違い、邸内でよくフランソワーズが好んで着ている、黒と白の細かいギンガムチェックのシャツワンピースを着て、立っていた。


「少し、いいかしら?」
「・・・うん」
「10分後に、ミーティング・・・なのよね?」
「・・・そうだ、よ」
「ギルモア博士に、今日の分を・・・さっき始めると言われて」
「・・・・・そう。キミはそちらを優先して」
「でも、ずっと私・・」
「・・・ミーティングの内容はいつでも教えられるし、まだキミが思うほど進んではいない、から」
「・・・・・メンテナンス以来、何もしていないわ」
「ちゃんと体調を整えてくれる事が、今のキミの仕事だ」


フランソワーズはジョーの言葉に頷いたが、納得できないでもいた。が、それを口に出す勇気はなかった。



「何もできなくて・・・ごめんなさい」


ジョーはフランソワーズが”ごめんなさい”と謝った言葉に、表情を曇らせながら、俯いて話すフランソワーズに話しかけた。


「・・・・大丈夫?」
「え?」
「・・気分は?」
「あ・・・ええ。大丈夫よ、少し緊張していたみたいで・・・・」
「本当に?」
「ええ。そうよ・・・何も、問題はないわ」
「・・・・辛くはない?」
「大丈夫よ」


ジョーは部屋から出てドアを閉めた。
その行動から、彼がミーティングのためにリビングルームに向かうのであると、フランソワーズは気が付いて、ジョーの少し後ろをついて歩き始めた。


「早く帰ってきたと、訊いたから・・・」
「ジェットには申し訳なかったわ。でも・・・」
「・・・いや、キミがそうしたかったのなら、それで良かった、と思う」
「ごめんなさい・・・。せっかくジョーが街を見たらいいって言ってくれたのに・・・」


フランソワーズの”ごめんなさい”に、ジョーが溜息を吐いた。


「・・・謝る必要、ないよ」
「・・・・でも」
「どうして?」
「?」
「・・・・キミは、どうして俺にいつも謝るの?」
「どうして、って言われても・・」
「必要ない、って言っているのに」
「・・・・・・・ごめんなさい」
「・・・・また」
「あ・・・。でも、あの・・・」
「今度、言ったら・・・怒ろうかな?」
「・・・」


手すりにそっと手を置いて、沿うようにジョーは階段を下り始めた。


「それか・・・・」
「・・・」
「平仮名の書き取り?・・いや、もう平仮名は書けるんだよね?」
「え?」
「平仮名は書けたよね?」


少しだけ後ろへ振り向いて、ジョーはフランソワーズを見上げる。
フランソワーズの足がしばし止まる。


「ええ、平仮名、は・・・片仮名も・・・・」
「じゃあ、漢字の書き取り、だね」


再びフランソワーズは階段を下り始めて、ジョーはフランソワーズが自分と並ぶのを足を止めて待っていた。


「・・・・ジョー?」
「今度、”ごめんなさい”を言ったら、”漢字の書き取り”してもらう、よ」
「・・・・漢字の書き取り?」


不思議そうにジョーを見つめるフランソワーズ。彼女が自分の隣にまで階段を下りてきたところで、ジョーは再び足を進めた。


「そう。1つの漢字を20コずつ、覚えるためにノートに書くを、ね」
「・・・・・・それって・・いいことじゃなくて?」
「そうだね、そうかもしれない。でも、キライだったし・・・俺・・面倒だし、おもしろくない、よ」
「漢字を20コ書くの?」
「そう、キミの知らない漢字を・・・10コを選んで、ひとつの漢字にたいして20コの書き取り」
「・・・・手が疲れるわ、きっと」
「そう、それをしてもらうから、今度キミが必要のない、口癖のような、”ごめんなさい”を言った時に。気を付けて、ね」


そう言って、ジョーはリビングルームへのドアを開けた。
















=====47へ続く


・ちょっと呟く・

長い!!!!!
キリがいいところが、見つからなかった・・・( p_q) シクシク
ええっと、話しがあっち行ったり、こっち行ったりしてますが(汗)

長いついでに・・・。









=登場人物=

”マクスウェルの悪魔”>002が参加している、オンラインゲームの管理人。”景品”として、サイボーグの設計図を出している。景品はトーマス・マクガーのもの。


トーマス・マクガー>コズミ博士が”交流会”で持って帰ってきた研究資料に乗っていた名前。”マクスウェルの悪魔”の景品にも彼の名前があった。イギリスのC大学の元教授。
恩田光弘と住んでいた。B.Gの研究員だったと思われる。

クラーク・リンツ>分子生物学の研究者。”交流会”の創立時からのメンバーでコズミが出会い、日本留学の世話をしてもらう。トーマス・マクガーの開いていた、勉強会に参加していた。

恩田光弘>トーマス・マクガーと暮らしていた。日本在住のクリエイター(自称・絵本作家)。クラークの恋人。

中井都>トーマス・マクガーの奥さん(故人)

中井・マクガー・T・アンドリュー>トーマス・マクガーと中井?子の息子(行方不明)。

篠原さえこ>篠原グループ代表、篠原秀顕の娘。トーマス・マクガーの息子である、中井・マクガー・T・アンドリューの婚約者。篠原当麻の母。

篠原当麻>さえこの息子。トーマス・マクガーの孫。



B.M(ブラック・マーケット)=闇市>表には出せない”情報”交換がなされる。B.Gの名残のようなもの?世界中の至る所で、さまざまな情報や”取引”に活用されている。

”交流会”>コズミが知人に誘われて出席した、科学者の集まる”倶楽部”みたいなもの。始まりはトーマス・マクガーの勉強会から。

オンラインゲーム>002が遊んでいたゲーム。管理人はマクスウェルの悪魔。

月見里学院>マクスウェルの悪魔が使っているIPアドレスから辿って見つけた寄宿制の男子学校。

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30090&30095で、いただきました!@水無月りら さま
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=もう少しだけ、いい?=





朝食の後片付けを済ませて。

洗濯物を洗濯機に放り込んで。

食後の珈琲をお気に入りの場所の近くへ。



陽の光はガラス窓から白く、柔らかく通り抜けてフローリングの床を温める。
眩しく反射した床に落ちる陰は、壁にかけられた写真たち。


かちり こちり と 秒針が、風がなく勢いをなくした波の音を追いかける。
車道を走り抜けるエンジン音が、どこか遠くの世界が動いていることを教えてくれる。


ぽたり。と 蛇口に留まっていた雫が落ちる。
ぱらり。と 捲られた雑誌がほのかに印刷された紙の香りを運ぶ。



かちり こちり と 秒針の音が、とくん とくん と、心臓の音と重なる。




押し付けた左頬が、ジーンズのごわごわした感触を楽しむ。
同じ姿勢はつらいから、ちょっと体を仰向けに動かした。

「・・・・ん?」

彼の顔を隠していた雑誌が、ぽんっとその辺に投げ出された。




彼の手が、額に触れて髪を梳く。

彼の手が、頬にはりついた髪を耳に流す。

彼の手が、肩から腕へ何度も撫でる。




「起きた?」

「・・・・・・」



もう少しだけいい?



彼の手が、ゆったり と 髪を梳く。

彼の手が、ふうわり と 肩に触れる。

彼の顔が、そおっ と 近づいてくる。



くの字に曲げられた彼の躯は、珈琲の香りと煙草の香り。



とくん とくん と 動く心臓が、とくん とくん と もう一つと重なり合って。




かちり こちり と 秒針が、私たちを追いかけてくる。






「まだ、いいよ」


耳元で空気が揺れる。



また、体を元の姿勢に戻して。



彼のジーンズを握って。



ちゃんと彼の膝に頭を乗せ直す。



彼の躯が深くソファに沈み込んで。



私は彼の膝に頬を押し付けて。






風のない波が歌う。
遠くで、犬の鳴き声が聞こえた。

世界は生きている。



浮かび上がっていた意識が吸い込まれていく。



空へ。
                雲へ。
         星へ。
  月へ。
                  海へ。
          虹へ。

    太陽へ         光へ          夢へ。


      

     彼へ・・・・・  吸 い 込 ま れ て い く









もう少しだけ、いい?




あなたの膝を独り占めしてていい?





もう少しだけ。
もうちょっとだけ。








ジョー、もう少しだけ、いい?

いいよ、フランソワーズ・・・・・








ーーーここは、キミの特等席だからーーー













**************

Linkさせていただいている、
水無月りらさまのサイト・「ZERO ZERO MANIA * ゼロゼロマニア」さまのキリ番にチャレンジ!しまして・・・・ニアピンにもかかわらず、リクエストを受けつけて下さり、たくさん沸き上がる妄想(笑)の中から選んだのが、



”ジョーの膝枕でお昼寝する、お嬢さん”なのでありました!



この度、そのイラストがっっ!!
キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー

もう、もうっっ 素敵過ぎです!
水無月さんっ、ありがとうございましたっっ(喜)

そして!
このお話の”J・ヴァージョン”がありまして、さあっっ!!
水無月さんのサイトへgoですっ!
とっても、綺麗に、素敵にUPしていただきました~っキャーヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノーャキ



次回もがんばって狙います!

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Day by Day・47
(47)




「”サイボーグの設計図”を”景品”として出していた、オンライン・ゲームの管理人。”マクスウェルの悪魔”は、調べた通り、寄宿制の男子校、私立、月見里(やまなし)学院の内部からゲームを更新、管理している確率が高い。それは今も変わりないよ」

「6年前に恩田の前から失踪したトーマス・マクガーが大学院で始めた、勉強会が今、”交流会”となって存在している。コズミ博士が学会で知人に進められて参加した、”交流会”に出された研究資料は、トーマス・マクガーの物。B.Gからの流出と言うよりも、一個人が管理していた物。トーマス・マクガーの個人的研究資料であった。とても危険な物。サイボーグ手術には欠かせない物。」

「”マクスウェルの悪魔”がゲームの”景品”として出していたっつう、”サイボーグ設計図”は、未完成・・・。それによっ、穴だらけで、重要なもんがちっとも揃っちゃいねえ!・・・ギルモア博士の見解では、B.G内でサイボーグ計画が持ち上がったときに使われていた物の一部、だと・・・。ギルモア博士がB.Gの研究施設にスカウトされる少し前の物、っぽいぜ。オレたちの誰のものでもなかったては、一安心だぜ。その辺はイワンが起きてからっつうことで、より詳しく解るかもな!」

「日本で妻子を捜していたトーマス・マクガーは、養子に出されて行方不明だったの息子、中井・マクガー・T・アンドリューと篠原さえこの間に生まれた、篠原当麻と会う。篠原当麻はトーマス・マクガーにとっては、孫・・・か」

「篠原グループ代表の篠原秀顕の孫でもアルヨ。将来は篠原グループを背負う運命ネ」

「篠原グループは、多くの事業に手を出していたな。移植で有名な篠原総合病院中心に、製薬会社、医療機器開発、研究施設か・・・。最近は確か・・・」

「義足や義肢などを作る技術者のための研究施設だよ。篠原技研」

「それに、学校経営。」

「オンライン・ゲームの”景品”がどこまであるのかも、問題になってくるな。”交流会”については引き続き、クラークから訊いた”勉強会”だったころの参加者を中心に調査を進めていくんだろう?トーマス・マクガーについては、恩田が言ったことの裏付けが必要だな。・・・・・トーマス・マクガーの日本滞在の目的は、”息子”に彼の”遺産”らしきものを渡すことだった。だが、息子は行方不明。渡したと言う、恩田の言葉を信じれば、今、孫である篠原当麻がそれを所持しいることになる。恩田が言うことを信じれば、だ。もしくは母親の篠原さえこだ」

「トーマス・マクガーの研究資料・サイボーグの設計図の所有者は、”マクスウェルの悪魔”って言うことはだよっ!篠原さえこか、孫の当麻が”マクスウェルの悪魔”じゃねえの?」

「・・・・002の言うとおり、その可能性は、ある。もしもトーマス・マクガーから篠原さえこ・当麻が受け取った物が、彼がB.Gで研究していた物であれば、の話し。それでも、イマイチ決めてに欠けるけれど・・・・。”交流会”がトーマス・マクガーの研究資料を持っていたから、ね。彼らの中にいるかもしれない。けれど、”マクスウェルの悪魔”は日本にいる可能性が高いのは、事実。・・・・・トーマス・マクガーが亡くなったのは今年の2月。篠原親子とトーマスが接触したのは亡くなる1週間ほど前。”サイボーグの設計図”を景品にしたゲームが始まったのは、今からおよそ半年ほど前、3月あたり、だ。・・・・B.Mに人工臓器について情報を求めていた人物がいたのも、半年前くらいだった、ね。今後の景品によるけれども、”マクスウェルの悪魔”が、”交流会”で使われた資料のように、設計図の資料が揃っていなかったら?・・・・探す、よね?”サイボーグの設計図”を完成するするために・・・。
オンライン・ゲームの目的は、あくまでも僕がゲーム内容を見ての推測だけれど、”マクスウェルの悪魔”が”サイボーグの設計図”の完成をさせるために、作ったゲームなのかもしれない。・・・”マクスウェルの悪魔”が篠原さえこ、もしくは当麻と決めつけるには安易で早すぎる。・・・・まずは、篠原さえこ・当麻が、トーマス・マクガーから何を受け取ったか知る必要がある。今後は篠原グループ。経営する月見里(やまなし)学院に絞ってみよう」


リビングルームに集まった夜の時間の001、地下のメンテナンスルームに居る、003とギルモア。そして。恩田光弘を千葉の自宅へと車で送っていった007を覗いた、00メンバーたちのミーティングが続く。


「交流会の方と、ゲームは続けるのか?」
「・・・もちろん、だ。どちらもこのままにはしておけない。けれども、今はこっちをメインに動く」
「どう動くんだよ?」
「恩田が言った裏付けを005、交流会の方と合わせて調べて欲しい。002、004,008は今まで通りにゲームを続けて。僕もそのまま続けていくつもりだ。007には、潜入捜査を」
「007をどこへ潜入させるの?篠原親子の方?それとも学校?」
「・・・・・・まずは篠原親子かな」
「どうだ?篠原親子の方は、003に行かせてみては?」
「え?」


004の言葉に、009は驚いた。


「学校の方が、でかい上に、広い・・・そして危険も多い。目立つことはできない、そうだろう?なら007は学校へ行かせるべきだと思うが?」


009は004の考えに同意するように頷いたが、しかし、口から出た言葉は違った。


「・・・・003は今でもメンテナンス中、だと思って欲しい。だから、まだ無理だ」
「テストを兼ねてなら、いいんじゃねえの?今日・・・っつっても昨日か、もう。今日だって何も問題なかたしよ!」
「けれど、すぐに邸に戻ってきた、だろ?」
「甘ったれてんだよ。ま、アイツの社会勉強っつうことでやらせてもいいじゃねえの?外からだっていいじゃんかよ」
「・・・003については、ギルモア博士と相談してから、だ。002、004,008は篠原さえこ・当麻について、だ。居住地を調べて、実際に見てきてくれ。篠原グループの本社、そして、篠原グループが関わる会社もリストアップしてほしい。できれば、本社の方をまわって見てきてくれないか?篠原さえこ、その父、秀顕のスケジュールもできたら、頼む」
「007はどうするつもりだ。」
「帰ってきてから、学校の方へ行ってもらう、よ・・・明日は。004の言う通りに、ね」
「ワタシはどうするアルネ?」
「明日は、みんな出払うだろうから、Mr.リンツのことを頼む。恩田さんが”迎えに来る”と言っていたから、明日、彼はここを出るだろう」
「009は、どうする。」
「・・・・少し揺さぶってみようかと、ね」
「誰をだ?」
「”悪魔”に決まってるだろ?・・・・俺は意外と短気なんだ、よ」


















####

ミーティングが終わって、それぞれが自室へと戻るが、ジョーは地下のメンテナンスルームへと向かった。早く終わればミーティングに出る。と、言っていたフランソワーズだったが、結局彼女はミーティングが終わった後でも、その姿を現さなかった。

メンテナンスルームのドア前でロックがかかっているか、いないかを調べてから、ドアをノックした。


「ジョーか?入っておいで」


微かに聞こえた、ギルモアの声にメンテナンスルームのドアを開けて部屋へと入る。
すでに、003の”眼”と”耳’の調節、そしてテストを終えて、コンピューターにそれらのデータを保存しているところであった。


「・・・終わったんですか?」
「うむ。ちょっと長くかかったが・・・・フランソワーズが焦らせるもんでなあ」
「博士っ」
「・・・・焦らせる?」


怪訝にフランソワーズを見る、ジョーの視線から、フランソワーズは目を逸らした。


「いや、なあに・・・。みんなが色々と動いておるのに、1人でここにいるじゃろう?寂しいんじゃよ。みんなと一緒に、動きたいんじゃ。なあ、フランソワーズ?」
「いくらジョーが009でも、そんなことまで報告しなくても・・・・・・」
「・・・・今回キミが受けたのは、とても繊細な神経なんだ、よ?ミッションのことは、気にしなくていい。本当に003の力が必要になったとき、言うから」
「・・・・・」




ーーーそれだと、遅い・・・・・・。003でいるために・・・









「ジョー、もうここはいいから、フランソワーズを連れて上に戻りなさい」
「・・・博士は?」
「儂はここで少しばかりやりたいことがあるでの、何、いつものことじゃて、放っておいてくれ。さあ、フランソワーズ、部屋にお帰り。明日、邸内で”耳”のスイッチを入れてのレベルを計って、”眼”は透視の方と拡距離を見るからのう」
「・・・はい」
「・・・・・・もうそこまで、進んだんですか?」
「うむ。今日できるかぎり、進めてからのう・・・・・・。明日の具合で、神経ケーブルを取り替える以前の状態に戻るじゃろう、じゃがまだ”馴染んで”おらんかもしれんし、それはフランソワーズ自身の問題じゃしなあ。データー上では、何も問題ない。しかし、改良を加えた部分のチェックは続けるぞ?」
「・・・・・はい、博士。ありがとうございました、お休みなさい」


フランソワーズの頬に笑顔でギルモアはお休みのキスを贈り、フランソワーズもギルモアへと贈る。
2人の”お休み”の挨拶を見届けてから、ジョーはフランソワーズと共に、メンテナンスルームを後にした。


「・・・・・・焦る必要なんてない、から」
「・・・」
「躯の方が大事だから・・・・。それが、キミでなくても、ほかの誰でもあっても、俺は同じことを言う、よ」
「・・・ええ、でも」
「・・・・・今は自分のことに集中して」


1階へと戻る階段の途中、ジョーはフランソワーズへと振り返り、足を止めた。
フランソワーズはそのままジョーの隣を通り過ぎて、1階、キッチンの隣に通じるドアを開けた。


「・・・・フランソワーズ?」


ジョーは地下からの通路から抜けて、ダイニングルームへと入っていったフランソワーズを追いかけて行く。


「お休みなさい、ジョー・・・」



フランソワーズは、ジョーの方へは振り返らない。
ジョーに背を向けたまま、リビングルームへと続くドア前に立ちドアノブに手を伸ばした。






ーーー003として必要とされない私は、ただの・・・・






「フランソワーズ?」
「・・・部屋に戻るの、でしょう?」


ジョーはフランソワーズの肩越しから、彼女の背に覆いかぶさるようにして腕を伸ばし、リビングルームのドアを開けられないように押さえて、その手に、腕に、体重をかける。


降れるか、降れないかの距離。
フランソワーズは背に、ジョーを感じる。


「・・・・どうしたの?」
「・・・ドアが開けられないわ」
「・・・・いつもと違う気が、する」
「・・・・・気のせいよ?」
「・・・そうは思わない」
「ジョー・・・手を離して、部屋へ戻れないわ」
「・・・何かあった?」
「何もないの」
「・・・博士は大丈夫、と言ったけれど。それはデーター上のことだから、キミの気分は?本当に大丈夫?」


距離が近い。
音量を必要としない、距離。

低く囁くように、フランソワーズの耳に届く、いつもよりも空気が混じった優しいジョーの声。



心臓が締め付けられて、痛い。
うまく呼吸ができない。





ーーーいつか、キミを003から解放してあげる、からーーー








「私は003だもの、平気。何も、ジョーが気にするようなことは、何もないわ」
「・・・・・そう」


体重を掛けてドアを押さえていた腕から、力を抜いた。
フランソワーズはドアノブを握りしめて、それをまわす。

かちゃり。と金属がぶつかる音が鳴り、力が入っていないが、ジョーの手が未だにドアを押さえるように置かれているため、いつもよりも重いドアを、自分の方へ引き寄せるようにして開けた。


ドアに圧されてジョーの手が、そこから離れる。
触れてもいないのに、フランソワーズの背に伝わり続けるジョーの体温。



「003はキミだけど・・・・・。できれば、”フランソワーズ”でいてほしい、よ」
「・・・・」
「・・・・フランソワーズ」
「ひどいわ、ジョー」
「ひどい?」
「・・・・・・・私は003よ。それ以外でも、何者でもないのに」


フランソワーズは身を滑らせるようにして、リビングルームへと入っていき、ジョーは彼女の後を追うように歩く。


「キミが、003でいる・・・」
ーーーよりも・・・キミが、フランソワーズでいるほうが、いい。

ジョーが言いかけた言葉を飲み込んだ。


「必要が、ない?」


消えた言葉の続きをフランソワーズが呟いた。


「・・・何を・・・・。必要がないはず、ないだろう。・・・・キミは、フランソワーズだろ?」
「003だから・・・。003でいるわ」
「・・・・・だけど」
「私は必要ない?」
「必要ない?・・・・どうしてそんなことを言うの?」
「・・・どうしてかしらね?」
「やっぱり、少し変だ、よ」
「・・・疲れただけ」
「003」


”003”と、呼ばれたのでフランソワーズはリビングルームのドアを開けて出た先の、階段下で足を止めた。


「・・なに?009」


フランソワーズは003として、009の声に答えて彼を見た。


「・・・・キミは大切な、・・・・・・・かけがえのない、仲間(ひと)だ、よ?」
「・・・・」
「・・・003として出会ったけれど、今、俺の目の前にいるのは、フランソワーズだから」
「明日は午後から調節を始めるの、今まで参加できなかった間のミーティング内容は、だいたい博士から聞いているけれど、明日のミーティングまでは、ちゃんと把握しておくわ、009・・・・。お休みなさい」


フランソワーズは一息に言い切ると、階段を駆け上がっていった。
ぱたぱた と、彼女の履くピンク色のスリッパが軽い音を立てて遠ざかり、数秒後、ぱたん。とドアの戸が閉められる音を聞いた後、ジョーは踵を返してリビングルームへと入っていった。






ーーーここに居る私は、フランソワーズではなく、003だから・・・
ーーーここに居るキミは、003ではなく、フランソワーズだから・・・・







いつまでも、あなたのそばにいたい。
いつまでも、キミは幸せでいて欲しい。


私は、003だから、
キミは、フランソワーズだから、



ここに居させて。
ここに居て欲しい。


















####

恩田光弘を千葉の自宅まで車で送り届けたグレートが、疲れた躯に自室へ向かう前の一杯の安らぎを求めて、広間を抜けてリビングルームのドアを開けると、ジョーが独りソファに座っていた。


「おお、まあだ起きてたのかあ?」
「お帰り、グレート。お疲れ様」
「いやあ、意外と道は空いていたんだがなあ、ジョーのようにはいかんなあ、オレは一杯もらうが、どうだあ、付き合わねえか?」
「・・・いや、いいよ。少し話しがあるんだけど」
「そうか、・・・・ちょいと待っててくれや、呑みながらでもいいかあ?」


グレートの言葉に、ジョーは頷いた。
ジョーの了解を得て、早足にキッチンへと赴き、冷蔵庫から冷えたビール缶を1本手に持って、再びリビングルームへと戻り、ソファに座るジョーの隣に座った。


「話しってなんだあ?・・・・ってか、ジョー、大丈夫?」


プルトップを開ける、真空だった缶内に閉じこめられていた空気が抜けて、ぷしゅっと音が鳴る。


「・・・・なに?」
「いや、ちょいと顔色が悪いように見えるが・・・?なんだ、具合でも悪いのかあ?」
「気のせいだよ。それより・・・月見里学院に潜入してくれ。より”深く”だ」
「・・・・構わんが・・何を探す?」
「学校経営者、教師、生徒名簿。コンピューターが置かれている部屋はすべてチェックを入れてくれ。出来れば、メインで使用している人間についても。クラスルームなら、それらを管理している人間を。あと経営状態も」
「篠原さえこと、父親だなあ、経営者ってえのは・・・そういえば、息子も同じ学校の生徒なんだよなあ」
「・・・・恩田に訊いた?」
「車ン中でな、色々突いてみたぜ、なんか他にも出てくっかなあってな。17歳だってよお、高校3年生って言っていたなあ、恩田は」


グレートは美味しそうに缶ビールを飲む。


「他には?」
「トーマスの息子、アンドリューだったか?彼は医学生だったらしいなあ。蛙の子は蛙。養子に出された先の名前は使ってなかったようだなあ。トーマス・マクガーも、息子が’本名”で学生していたから、簡単に通っていた大学までは突き止めていたらしい。アンドリューはハーフだからってえ、養子先も国際結婚した夫婦にもらわれたようだぜ。その夫婦は今はアメリカに住んでいるってよ。成人してからアンドリューとは、メールのやり取りだけで、居所は夫婦も知らねえらしい・・・」
「メールアドレスは?」
「ぬかりなく・・・・。あとでピュンマに探らせないとなあ」
「それで?」
「コズミ博士には、無事にクラークが世話になる予定の人物とコンタクトが取れたと、伝えておいたあ」
「助かる・・・ありがとう」
「あと、コズミ博士も月見里学院に呼ばれていたことがあるって言ってたろ、ついでにその辺りも訊いてみたら・・・・。面白い提案をされてなあ」
「・・・・・面白い?」
「ああ、こいつあ吾輩も賛成だ。オレが調べるよりも手っ取り早いかもしんねえ」


にひひ、っとグレートは嗤う。


「ちょうどいいと思うしなあ。ピュンマも日本の学校ってえのを経験できる、あいつは大学に入る前に、そういうのに慣れていてもいいと思うし、ジェットは再教育が必要だろお?たしか、ジョー、お前は途中で辞めちまったんだろ?高校?」
「・・・・気が付いたら、勝手にそうなってた」
「ま、今更かもしんねえが、青春をやり直してこいやあ、ちいっと時間はかかるが・・・。手続きはコズミ博士がしてくれるそうだあ。秀顕氏とは、それなりの付き合いがあるらしくて、その辺はまかせてもいいだろう。ああ、ギルモア博士にはコズミ博士から説明してくれるらしい」
「・・・・・・・・・・・まてよ・・それって」
「オレが連絡係で通えばいいし、寄宿制っつても週末の金土日は帰れるらしい。詳しい資料は速達で届くだろう。制服があるらしいから、採寸しに、指定のデパートへ行かなきゃなんねえなあ」
「・・・・・グレート、まさか」
「見た目も年齢的にもちょうどいいからなあ、お前達3人は!ジョー、ジェット、ピュンマ、の3人で私立月見里学院に、短期留学生として、編入させるんだ!!いいアイデアだろう?」
「・・・・勝手に決めないでくれ」
「コズミ博士はノリノリだったぞお。それにその方が都合がいい!」


グレートは缶ビールが温くなる前に、一気にそれを飲み干した。















####

「いやあ、すっかり時差呆けが治ってよかったです。やっぱりミツヒロに会うこと、緊張してたんですね、自分は・・・。本当にすっきりです」


朝早くに目覚めたクラークは、リビングルームのソファに座ってアルベルトが淹れた珈琲を受け取りながら、朝から腹筋をフルに使った滑舌の良く話す。


「昨日は、遅くまでミツヒロはここに居たんですか?」
「何時だったか、覚えていないが・・・話しが終わり次第、帰った。仕事が終わったらこっちへ迎えに来ると言っていたからな。恩田さんのところへ行くんだろ?」
「もう少し、ここに居たいのが正直な気持ちですね!ここは賑やかで楽しいですから」
「・・・・ジョーがいるからか。」
「そうですねえ♪でもMr.ジェロニモのその、しっかりとした、優しいけれど芯のある声が聞けなくなるのも寂しいですね。アルベルトもですよ?もちろん、ミツヒロはこんなに美味しい珈琲を淹れることできないですから」
「そりゃどうも」

アルベルトは、マグに注いだ珈琲を飲み干した。

「ギルモア邸以外にも、ホームステイ予定のお宅がありまして、そちらも行ってみたかったです。あちらには高校生!の息子さんが・・・ふふっ」
「・・・・いかなくて正解。」
「私が得た留学生奨学金制度は民間企業の融資で成り立ってますね。その1つに、留学生の日本での生活サポートしてくれるホームステイ制度があります。コズミ博士のお知り合いがその1つを紹介してくれたんですね」
「・・・便利。」
「そうです。生活に慣れていない海外からの留学生をサポートしてくれます。素晴らしいですね」
「ホームステイ、か・・・・。ジェロニモ、そろそろオレは行くが、あとを頼むな」


硝子作りの珈琲テーブルの上に置いていた、半分ほど吸い終わった、”Roth-Handle”と書かれた紅い箱と安物の使い捨てライターを手にとって、アルベルトはソファから立ち上がった。


「どこへ行かれるんですか?」
「仕事でね、・・・見送りはできないだろうから・・お幸せに」
「また、遊びに来ますから!」
「・・・そうだな、ジョーに会いにだろ?」
「ヤキモチですか?ふふ、自分もまだ捨てたものじゃありませんね!」
「ま、元気で」
「はい、仕事がんばってください」


アルベルトがギルモア邸を出てすぐに、彼を追うようにジェット、ピュンマも出かけて行った。
クラークはダイニングルームに呼ばれて、フランソワーズが用意した朝食を済ませた後、彼女が淹れた紅茶を飲みながら、ポケットから取りだした四角い藍色の箱をテーブルに置いて、キッチンに立つフランソワーズを呼んで、それを見るように促した。
フランソワーズはクラークからひとつイスを開けて席に着き、彼がテーブルに置いた箱を手のひらに載せて、そっと箱の中を覗いた。


「どうです?」
「・・・・素敵ですね」
「あげます」
「?!・・・そんなっ」
「これを渡したのは1年以上も前なんです。でも、彼女はずっと部屋の鏡台の引き出しに閉まったまま、渡したとき以来、身につけるどころか、箱さえも開けた様子がありませんでしたから、大丈夫ですよ。なにも縁起が悪くないです!」
「悪い、悪くないの問題では・・・・」


箱に入っていたは、エンゲージリングと思われる、スクエアカットのダイヤモンド。


「彼女がなぜ、身につけるどころか置きっぱなしにしていたのか訊けませんでした。訊けていれば、ここに自分はいなかったですね。きっと。・・・・・これを返してくれたとき、彼女はとっても綺麗で、すごく、すごく綺麗でした。自分はバカだなあ、と思いました。・・・・・売ったり、捨てたりすることも考えたんです。考えただけで出来ませんでしたし、どうして日本までこれを持ってきたのかも、自分でもわかりません。もしかしたら・・・」
「・・・・・?」


クラークは言いかけた言葉を飲み込んで、緑がかった瞳をきらきらと輝かせながら、まっすぐにフランソワーズを見て言った。


「・・・・ミツヒロの家に持っていくの、どうかとおもって」


フランソワーズは手に持っていた藍色の箱をテーブルの上に置いて、蓋を閉めた。


「いただけませんわ、高価なものですもの・・・・それに」
「深く考えないで下さい。ただ、ギルモア邸に女性があなたしかいなかったから、そう思ってください。こちらにお世話になった感謝の気持ちと、あなたとお友達になりたい記念。だと、・・思ってください」
「・・・・これを、これをお返しになられたときの、婚約者だった方は・・・悲しんでいらして?」
「・・・全部話して、その日の内に彼女は自分の家に来て、これと一緒に。・・・笑ってました、とても綺麗に、綺麗に・・・・笑ってました」


クラークはテーブルに置かれた藍色の箱を手に取り、その箱を自分に返した日の彼女を思い出す。










初めて、会った日よりも。

初めて、キスした日よりも。

初めて、体を重ねた日よりも。










彼女は綺麗に、とても綺麗に微笑んで、言った。












”やっと、私が好きだったクラークに逢えた。”





「・・・・気づいていらっしゃったのでは?・・クラークさんがお話になる前から・・・。ずっとクラークさんを見ていらっしゃったんでしょう?ミツヒロさんとお別れした後もずうっと、好きだから、愛しているからこそ、気づくことも、あるんです。悲しまれていらっしゃらなかったんでしょう?」
「”クラークらしい”って、言いました。”私の好きなあなたは、やっぱりこうでなくっちゃ”とも・・・・」
「ご存じでなかったのは、クラークさんだけだったんですわ、きっと。・・・・当事者だから知らないことってありますもの、それに・・・」


フランソワーズの、パライバトルマリンのように神秘的な蒼がきらり、と魅力的に輝いた。


「好きな人だからこそ、その方らしく生きて欲しいんですわ。たとえ、生涯を共にするパートナーになれなくても、愛する方がこの世界のどこかで幸せでいるとことを・・。そういう愛し方もあるんです・・・きっと、婚約者だった方は、クラークさんが、クラークさんらしく生きられることを望まれて・・・。それは、自分のそばではなく、ミツヒロさんのそばであると、わかってしまわれたのかもしれませんね・・・・。女はそういう愛し方も・・できるんです」




彼女は、ミツヒロが好きな自分を好きで居てくれたのかもしれない。
都合のいい解釈だけれど、そう思ってもいいかもしれない。


見合い。だった。
けれども、彼女のことは前から知っていたし、彼女も自分のことを昔から知っていた。
もちろん、彼女もミツヒロのことは知っていた。
自分が同性である”ミツヒロ”と恋愛していることまでは、知らないはず・・・・。











おもしろい。













人は、面白い。と思う。












「ミ・・・フランソワーズ。そう呼んでもいいですか?」
「はい」
「やっぱり、これはあなたにあげません」


フランソワーズは、クラークが大切に手の中にしまった藍色の箱を見つめて、クスクスっと笑った。


「ええ、見せていただけて嬉しかったです」
「でも、”あげる”と言った言葉に、嘘をつきたくありませんから、一緒にお買い物に行きましょうね。あなたに似合う、指輪をプレゼントしたいです」
「気になさらないでください」
「いいえ、絶対に!!約束です・・・・指切りしましょう!ミツヒロに教わったんです」


クラークは藍色の箱をポケットにしまい、フランソワーズの瞳の前に軽く拳を握った手に小指だけを立てた。無邪気に微笑むクラークの、その小指にフランソワーズは自分の小指を添えた。


「ミツヒロさんと、お幸せに・・・・」
「・・・ありがとうとざいます。落ち着いたら、遊びに来ますね。そして買い物です!!」
「私とでなくて、クラークさんはジョーと行きたいのでは?」
「ええ、もちろん♪Mr.シマムラとも行きたいです、けれど・・・・・心配しなくても行けますからね」
「?」





ーーーフランソワーズを誘えば、もれなくMr.シマムラもついてきますね!





不思議そうな顔で、小鳥が魅せるように首を少し傾けたフランソワーズの、ほっそりとした小指に少しだけ力を入れて、フランソワーズの瞳が繋がれた小指を見つめたとき、クラークはしっとりと、真白いフランソワーズの瞳の頬にキスをひとつ贈った。
フランソワーズはこぼれ落ちそうなほどに大きな空色の瞳をさらに大きくして、クラークを見つめ、花が咲くように、明るく微笑んだ。




「約束です!」







人って、本当に面白いですね!

自分もまだまだ、です。

買い物にはMr.ピュンマも誘ってみましょうか・・・・・ミツヒロは嫌いじゃないはず。





















####

ジョーが自室から出てきたのは、昼近くになってからだった。

邸の中の空気がいつもより静かで冷たく感じる。
夏に向けて日本は湿度が高くなり、温度計も下がることはなく上がるばかりの季節、人気のない空気が寂しく感じたのは、久し振りだった。



ーーー慣れていたはずなのに。



ドルフィン号での長い生活は、常に10人で動いていた。
日本にギルモア邸を構えてからも、常に10人で生活している。


施設を出て以来、人と一緒に暮らす。のは、サイボーグにされてから。


施設での生活は、
生きるために必要な環境を共有する子どもの団体生活に、所属する1人。
それは”家族”でも”仲間”でも”友”でもない。


雨風をから身を守り、眠る場所を与えてくれる、箱。





太陽の光が、明かり取りの窓から差し込んで、揺れる木々が光と踊る。
静まりかえった廊下を歩いていく。

ジョーの隣の部屋のピュンマ。
廊下を挟んで、グレートの部屋。
廊下を左に曲がる、角がジェット。その隣がアルベルト。その正面にゲストルームと続いて、コモンスペース・・・。
そして、フランソワーズの部屋。



夕べの会話がずっとジョーの頭から離れない。

003でいようとする、フランソワーズ。




事は、ジョーが予想していたよりも大きくなってきている気がした。
フランソワーズはメンテナンスを理由に、今回の”ミッション”には関わらせないつもりだった。

003ではなく、フランソワーズで居続けて欲しいと願いながら、それを叶えることができないジョーは、自分の無力さに苛立つ。


ーーー躯を改造するくらいなら、いっそのこと、こころも・・・・・。


好き。と言う気持ちは、補助脳の管轄外。





冷たい、階段の手すりに触れて指先から伝わる、それに身を引き締めた。
昨夜、グレートとの会話の後に自室に戻ってチェックメールに届けられていた、”マクスウェルの悪魔”からの”景品”。



1枚目は、cyborgについての論文
2枚目は、人体図に人工骨と関節
3枚目は、人工臓器を組み込まれた人体図
4枚目は、人工筋肉と血管
5枚目は、人工皮膚

6枚目は、人工心臓



7枚目は、URLと暗証コード








映像だった。


顔は映っていない。
骨格や筋肉具合、肌の色、足や爪の形などで、被験者は、アジア人・男性・年令15歳~23歳だと推定。

もともとなのか、何かで失ったのかは解らないが、被験者には右足がなく、手術は、彼に人工の”足”を取り付けるものだった。

膝頭上15センチほどの部分から、自分と同じcyborgの足。



映像は10分ほど。
手術開始と、その途中経過。そして術後の・・・テスト風景。
被験者の失われていたはずの足は、見事に復活していた。


確かに、”景品”で得た物から身体で失われた”部分”を補うのに必要な情報は揃っている。
それはあくまでも”専門家”が”景品”として得ていない部分を補うだけどの”知識”がある場合。


ジョーが見た映像は術中のすべてではなかったが、ギルモアの元で勉強し始めて日の浅いジョーでも、その手術に”欠陥”があり、失敗であるとすぐに解った。


被験者の”人工の足”はすぐに、動かなくなる。
繋いだ神経組織の接続が上手くいっていないはず・・・・。人工皮膚と、もともとの被験者の皮膚との拒絶反応に、血液循環が・・・筋肉の構成もあの4枚目の通りでは・・・すぐに熱を持ってしまって、組織破壊が始まる。足首の関節に使った人工骨の材料は・・・人が歩いたり走ったりする”振動”に耐えられるとは思えない。摩擦ですぐに、使い物にならなくなる。


人体と機械の融合。
その最終形態と言っていい、自分。


ギルモアの元で勉強を始めて、この技術がいつか・・・・、と思いを馳せることもある。
けれども、光があれば影ができる。

この技術が常に”光”として存在するとは限らない。














気が付けば、ジョーはリビングルームの壁一面に取り付けられたガラス戸を開けて、空と海が一望できる庭に出ていた。

フランソワーズが干したのであろう、色とりどりの洗濯物が邸をのぞきに来る潮風に揺れる。


海の匂い。
空の日差し。

囁くように聞こえる、どこか遠くで車が走り抜ける音。
ギルモア邸から徒歩20分ほど坂を下ったところにある、停留所に泊まったバスのアナウンスが、風に乗ってときおり聞こえた。

並の音。
海カモメが鳴き、空に描くライン。


白い雲の形がどこか夏を感じさせて、世界は明るく光に包まれている。




ーーーこの世界は、あの映像と同じ世界?
















「ジョー、起きていたの?」
「・・・・フランソワーズ」


リビングルームから、洗濯を取り込むために大きな籐のカゴを持ったフランソワーズが、庭先に立つジョーに声をかけた。


「スリッパのまま、庭に出ないで欲しいのだけど・・?」
「・・・・ああ。忘れてた」


庭先からリビングルームへ戻ろうと、踵を返す。


「煙草を吸うのは、少し待っていてくれるかしら、洗濯物を取り込んでからに・・」
「吸わない、よ・・・。みんなは?」
「アルベルト、ピュンマ、ジェット、グレートは朝早くに出かけたわ。ジェロニモもさっき張大人のお使いに。博士は・・・」
「準備してるんだね?」
「・・・ええ」
「彼は?」
「ジェロニモと一緒に駅前まででかけたわ、昼食までには戻ってくるって」



いつものフランソワーズだった。
昨夜はやはり、予定よりも長くかかったメンテナンスに疲れていただけかもしれない。と、ジョーは思う。


「・・・・そう。今、何時?」
「11時16分よ」
「・・・・・昼まで、待つか」
「すぐに用意できるわ」
「いや、キミももう、下に行くだろ?いいよ、昼まで待つから」
「大丈夫よ。すぐだもの・・・それに地下へは彼らが帰ってくる前に行けばいいから」
「洗濯、これを片付けるんだろ?」
「・・・・すぐよ」
「・・・じゃあ、お願いするけど、これはオレがやっておく、よ。どうせ待ってるんだし、ね」


ジョーはフランソワーズが持つ籐のカゴをフランソワーズの手から受け取ろうと、腕を伸ばした。


「用意が済んだらでも、いいの・・・気にしないで」
「・・・じゃ、どっちがいい?」
「え?」
「昼食まで待つから、洗濯はキミが取り込む。朝食を今用意してくれるから、洗濯は俺がとりこむ」
「ジョーの御飯も洗濯も、私と言うのはないのかしら?」
「ない、よ」
「気にしないで、すぐなの」
「・・・・じゃ、こうしよう。キミが用意してくれている間だけ、俺が洗濯を取り込んでる。用意ができたら交代。キミが続きを。それで、いい?」


迷っているフランソワーズを無視して、ジョーは彼女の手からカゴを取り、再び庭へ出る。


「ジョー、スリッパ・・・」
「・・・忘れてた」







フランソワーズは洗濯を取り込み始めたジョーを見て、急いでキッチンへと駆け込んだ。
朝食。と言っても時間はもう昼。


新しい珈琲豆を珈琲サーバーに用意して、スイッチを入れる。
ポットをコンロにかけてから、ロールパン2つに切れ目を入れて、バターとマヨネーズを半分ずつ塗り、ちゃんと水気を切ったクレソンを挟む。

1つに、朝の分に出したポテトサラダと、薄切りのハム。
もう1つに、手早く、クリームチーズを入れてパンに挟み安い大きさに調えた、卵焼き。
バターとマヨネーズを塗らなかった、ロールパンには茹でたソーセージを半分に切って、作り置きをしている沢山の野菜と一緒に煮込んだトマトペーストを温めて乗せた。

お皿にそれらを並べて、硝子の器にレタス、キュウリ、ブロッコリー、プチトマトと簡単なサラダを用意する。
サンドイッチを乗せた皿に、アメリカンチェリーを添えて、トレーに乗せたところで、珈琲の良い香りがキッチン内に漂い始めた。


フランソワーズは、ポットの火を切って、紅茶の用意を調える。
それらをダイニングテーブルに並べて、リビングルームへと戻り、庭へ出ると、2/3ほど洗濯物を取り込んだジョーと交代する。


「・・・慌てなくていいのに、あと少しだから終わらせてから行く、よ」
「冷めてしまうわ」
「・・・・そっか」
「ありがとう」
「・・・・どういたしまして」


ジョーはリビングルームへと戻りダイニングルームへ行く途中、振り返って庭で洗濯物を取り込み始めたフランソワーズを見つめた。

背伸びをして、腕を伸ばして、洗濯ばさみを外していく。
悪戯盛りの季節の風は、洗濯物をなびかせてフランソワーズの視界を遮るかのように、彼女に触れたいかのように、戯れる。

ジョーの手から、ほのかに洗濯物と潮の香り。





夢にまでみた、憧れた日常がここに・・・。
彼女が居て、自分が居て、家族と呼ぶ仲間がいる。








ときどき自分がサイボーグであることを、忘れてしまう時間がある。
それは、キミがいるから。


キミがフランソワーズだからだ、よ。







邸内では持ち歩くことがなかった携帯電話が、小刻みに揺れた。






今までに送ったメッセージの言葉。

”気持ちは変わらないから。友達以上には思えない。”
”今は、みんな仕事が忙しい。”
”ありがとう”
”嬉しいし、こんな自分にそこまで思ってくれて、ありがとう。けれど、さくらの気持ちを受け止めることはできない。”
”今でも、未来でも、気持ちは変わらないと思う。”
”メールで申し訳ないと思うけれど、会っても同じことを言うと思う。何も変わらないよ。”











####

ダイニングルームで、フランソワーズが用意した食事を食べ終わり、紅茶を飲み終えてから、食器をシンクに入れてマグに珈琲を淹れた。

立ち上る珈琲の香り。

キッチンに立ったままで取りだした、ジョーの携帯電話に届いたメッセージの送信者は、さくら。
送られてくる内容は、同じ意味のものをを言い換えた言葉が並ぶ。
ジョーはドラフト・ファイルに保存したままのメッセージを開いて、書きかけのそれを見た。



”気づいていると思うけれど、・・・・俺はフランソワーズのことが   ”






続きを打ち込もうと指を動かしたとき、再び携帯電話が震えた。
メッセージではなく、着信。


「ピュンマ?」
『ジョー、起きてる?』
「起きてる、よ。どうした?」
『トーマス・マクガーがなくなった病院って、篠原総合病院?』
「いや・・・確かめてない。何か問題でも?」
『もしも、そうなら・・・遺留品くらい盗めるだろっ!ってジェットが言うから、気になって・・・』
「確認しておく・・・・けれど、決めつけるにはまだ早い」
『今さ、僕は篠原さえこの方を追ってるんだけど、彼女ってば分刻みのスケジュールで、まいるよ・・・。ジェットは彼女の”家”と親族関係を、アルベルトは篠原グループとその傘下の系列会社を・・』
「ピュンマ」
『なに?』
「・・・あ、いや・・こちらからアルベルトに連絡する」
『あと、コズミ博士からメールが来て、色々変なこと聞いてくるんだけど?』
「何を?」
『今どういう風に日本に滞在しているのか、ビザのこととか、家族構成とか、生年月日に、・・・なんか色々。すごく変なんだよ、いつ頃イワンが起きるかってのも気にしていたもん』


ジョーは昨夜のグレートとの会話を思い出した。


ーーー見た目も年齢的にもちょうどいいからなあ、お前達3人は!ジョー、ジェット、ピュンマ、の3人で私立月見里学院に、短期留学生として、編入させるんだ!!ーーー




「・・・・帰ってきたら説明する、よ」
『・・・なんかすっごくイヤ~~~~~な気がするんだけど?』
「俺にとってはすでに・・・」
『ええ?!ジョーっ何、なんなの?!』
「・・・それじゃ、邸で」
『ええええっ!?ちょっとジョーっっ!』


ピュンマの動揺する声を聴きつつ、ジョーは電話を切った。すでに頭の中からさくらの事は消えていたために、メッセージは再びドラフト・ファイルに書きかけのまま保存された。











####

寝ているイワンの世話と、地下にあるギルモアの書斎から戻ってきた張大人が昼食の用意をし始めて、
フランソワーズが地下へと降り、30分ほどした後、ジェロニモとクラークが邸へ戻ってきた。

張大人にが用意した昼食を食べ終わるころに、仕事を早めに切り上げたミツヒロが、予定よりも早くギルモア邸に訪れた。
慌ててクラークは荷物の整理に2階に駆け上がり、ギルモア邸へ来たときと同じ、シルバーのトランクケース2つを手に、ミツヒロと共に、ギルモア邸を去る。


見送ったのは、ジェロニモ、ジョー、張大人の3人。



「たくさん、ありがとうございます!」
「アイヤ~・・・。みんな忙しくて、ココにいないの、申し訳ないアルヨ」

「いえいえ、みなさんがお忙しいことは知っています。また近いうちに遊びにきます。みなさんにヨロシク言ってください。絶対に来ますね!自分は、フランソワーズとの約束もあります。だから、近いうちに必ず来ます」
「・・・・約束?」
「はいっ。ふふっ・・・・」


クラークの意味ありげな含み笑いに、ジョーは眉を顰めた。


「気にしないでくれ。こいつバカだから・・・・」


ミツヒロは自分よりも背の高いクラークを呆れたように見上げた。


「気をつけて。」
「御飯食べに来るアルヨ!」
「何か他に訊きたいことがあれば、電話をしてください」
「・・・ありがとうございます、その時は、よろしくお願いします」
「篠原さんのお陰で○○○教会に・・・・トーマスはいます、から」
「・・・・・お亡くなりになったのは、篠原総合病院ですか?」
「いいえ、XXX赤十字病院です・・・何か?」
「いえ・・・お気を付けて」
「クラークが世話になりました・・・・」


ミツヒロが乗ってきた車に、クラークのトランクケースを積み込んで2人はギルモア邸を去って行った。









=====48へ続く




・ちょっと呟く・

クラちゃん去る(笑)
いえ、一時退却です・・・。事件を進めるために!!

9と3の今後は・・・、また私の悪い虫が・・・。

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Day by Day・48
(48)




クラークとミツヒロが去った後に、ジョーはフランソワーズのメンテナンスが行われている地下へ行き、そのままギルモアの助手として参加する。

いくつかのテストを終えて最終データを計るために、フランソワーズを寝台へ寝かせて意識を沈ませている間、ジョーは、”マクスウェルの悪魔”から届いた7つ目の景品である、映像をジョーはギルモアに見せることにした。


「むうう・・・。この映像をどこから手に入れたか、知らんが・・・・。これはB.Gの研究所で行われたものものじゃ。間違いない。ほれ、ここに使われている器具類は、B.Gで開発されたもので、世に出てはおらんものでな、一般で行われたものとは思えん。・・・・映像から見るに・・かなり昔ものじゃと考えられるな。儂が関わっていた”サイボーグ計画”を行っていた研究施設とは違う施設で行われたものじゃ。今現在どこかで行われたものとは思えんから、安心せい・・・・。しかし、じゃ、こんな映像が世に出回ってはたまらんわい!」
「・・・これが送られてきたアドレズも”月見里(やまなし)学院”内からだと、言うことがわかりました」
「コズミ君から連絡は来ておる、どうする?」
「これが送られて来てしまっては・・・・。僕の予想が、はずれていないことが証明されたようなものです、ね」


ギルモアとジョーは場所をメンテナンスルームから研究室へと移し、一台のコンピューター”γ”のモニターを見ながら、話していた。


「前に言っていたことじゃな?・・・・筋肉構造が間違っておるぞ!ほれ、わかるか?」
「はい。・・・”マクスウェルの悪魔”は、サイボーグを作るための・・・人材を捜している。と、思います。ゲームの内容やイベント、それらはすべてサイボーグ手術に欠かせない基礎知識・・・答えられる者だけを選りすぐって・・・。この映像が何よりの証拠です。興味がある人間なら、すぐにコンタクトを取るでしょう・・・。この筋肉だと、すぐに熱を持ってしまいますね?接続部分に負荷がかかる」


ギルモアは映像を何度も再生しながら、ジョーに気づいた点を上げさせて、それについて細かく説明しながら、話しを進めていく。



「その通りじゃ、人工筋肉自体をこれは改良し直さなければ使いもんにならん品物じゃ。・・・コンタクトを取ったのか?・・ああ!ここじゃ、これはいかんっ!!こんな乱暴な神経接続があるかっ!!こんな輩と同じB.G研究所に勤めていたとはっ」
「はい。すぐに・・・・。7つ目を手に入れた時点では次のゲームのURLは送られていませんでした。次があるのかどうかは疑問ですが・・・。博士、ここの人工血管ですが・・・おかしくないですか?」
「7つ目の景品は、009、お前しか手に入れておらんのじゃな?むう。あり得ん。これじゃと血が逆流してしまうぞ?!」
「・・・それよりも、人工筋肉の熱で血管が持たないのでは?・・・002と008が5つ目を手に入れましたが、それ以降は・・・多分、そこから先は、”専門知識”がなければ・・・・。ゲームは進められても”景品”は手に入れることはできないと思います。実際に004は僕たちよりも進んでいますから。博士、気になるのは、この膝の部分なんですが・・。」
「004がトップか?・・・ああ、見られんぞ、これは・・・ひどい、酷すぎるっ!!膝を曲げると言う機能の根本が解っておらんようじゃ!・・・まったく、サイボーグと云えど、人間として持つ機能を無視してはいかんのじゃ」
「004は景品を無視して純粋にゲームだけを進めていますから、ね。・・・博士」
「なんじゃ?」


食い入るようにモニターに映される映像から目を離さずに答える。



「・・・・イワンが起きるのはあと1週間ほどですよね?」
「うむ・・・少し遅れるかもしれんが、その辺りじゃろう」
「・・・・・・コズミ博士にできるだけのことをお願いしておいてもらえますか?僕の編入手続きは、書類上の問題はそれほどないと思いますが・・・」
「002と008じゃな?」


ギルモアはモニターから視線を外して、009を見た。



「007の報告にも寄りますが・・・。イワンが起きて準備ができ次第・・・・行きます」
「動くか・・・。うむ・・・・・・。寄宿制男子校か、002が悲鳴を上げそうじゃな」
「できれば、004、005、006のうちの1人・・・学校内に出入りが出来るようにして欲しいのですが」
「うむ・・。寄宿制なら食堂か何かあるじゃろうが、004なら、ドイツ語教師、005は・・・歴史か何かかのう・・・・・コズミ君に相談してみよう」
「お願いします」
「ジョー、この足は何日持つと思う?」
「・・・・術後、12時間が限度でしょうね、まず神経系の拒否反応による痛み、人工筋肉の発熱による組織破壊・・・・すぐに取り外すでしょう。膝の構造上、歩けても走れないことがわかるはずです」
「ほっほ。こいつらより、お前の方が優秀じゃわい!!」


ギルモアは嬉しそうに、ジョーの背をばんっと叩いた。


「フランソワーズの様子を診てきてくれるか?そろそろええじゃろう、起こしてやらなくてはな」
「・・・はい」
















####

その日の夜、ギルモア邸のリビングルームには007と夜の時間のイワン、地下に籠もったままのギルモア以外が揃った。


「・・007から連絡は?」
「あった。コズミ博士の家寄って、また学校へ戻る。こっちへは明日の夜になる。」
「・・・そう、わかった」
「こっちはよ、そんなたいした収穫はなかったぜ?」
「僕の方もだよ、忙しいって言うことだけは解ったよ・・・毎日あんなスケジュールで体を壊さないか、そっちの方が心配になるよ!!」
「でかいグルーブだけあって、裏は色々見苦しいな。そこにB.Gがつけ込んでいた様子はないが・・それは今の話しであって、過去、どうだったかは、もう少し時間がいる。グループの本社が関わってなくてもその傘下のどれかが関わっていた可能性もないから、な」
「おっと、忘れてたぜ。ピュンマお前のコンピューター、テレビに繋いでくれ、写真があんだよ」
「はいはい」


ピュンマが自室から持ってきていたコンピューターをTVに繋ぐと、画面がピュンマのデスクトップを映し出した。
ジェットが持っていたUSBから、ファイルを開く。


「あっっっ!その青のファイルじゃねえ!!それは開くなっ!!」
「も~っ!!ちゃんとファイル別に名前をつけてよっ!!どれだよっ」
「これは、後で見せてやるぜっ。後でな!」
「・・・・後でね、はいはい。で、どれ?」
「その緑色のファイルだよ」


002と008が言い合っている間、004は003の様子を伺うように視線を投げかけたので、003はその視線に、気づいて不思議そうに004を見る。


「なあに、004?」
「訊いたんだが・・・もういいのか?」
「ええ。今後もチェックは続けるけれど、それは改良された部分のデータを取るためなの。もうほとんど、以前と変わらない状態よ」
「そうか・・・」


004は003の言葉を確認するように、009へと視線を移動させると、009は003の言葉を固定するように頷いた。


「それなら、話しは早いな。クラークから訊いたホームステイ制度ってのを調べてたんだが」
「こっちが篠原当麻ってヤツだ、たまたま自宅に居たから、撮ってきた。さえこや秀顕はどこでも画像が拾えるけどよ、こいつは載ってなかったからよ!」


004の言葉を押しのけるようにして002が撮った写真画像がプレビューで開かれて、TV画面に映る。


「ホームステイ制度って言うのは、ある一定条件をクリアした家庭が、留学生を受け入れるんだが・・・篠原家もそれに登録されていた。受け入れていたのは医療関係者が主にだがな・・・009、007が学校なら、003は篠原の家に潜入する、前にオレは提案したんだが、どうだ?留学生として、ホームステイさせる・・・内側から探ってもらうのは?」


ジョーの目の前に映し出された、篠原当麻。
祖父である、トーマス・マクガーの血が濃いのか、日本人離れした顔立ちに、ブラウニー・カラーの髪。優しげな目元。


「あ。この制服って・・・月見里(やまなし)学院のだ・・」
「へえっ!以外とかっけーじゃん!つうか、やっぱ息子だからか?」
「002、ちょっと黙る。」
「そうネ!004、もう1回言うアルヨ?・・・・003を、ホームステイさせるアルか?」
「篠原の家は、ホームステイ制度に登録していて、そう数はこなしてないが、留学生を受け入れている。クラークから訊いてわかった。調べてみたんだが、今現在は誰も受け入れてないから、コズミ博士の口利きか、もしくは、クラークに協力してもらって、フランソワーズを留学生として潜入させてトーマス・マクガーが渡したものと、この2人に”マクスウェルの悪魔”の可能性が’あるかどうか探ればいいと思ってな。普通に通って”外”からだと今日の時点で難しいことがわかった。008、家のセキュリティとか、調べたんだろ?」
「すっっっっっごいよ、普通の家なのに、まるで領事館や大使館なみ!最新式のものが揃ってたよ。うん、あれはちょっと僕、感動したな!」
「・・・・っと、言うことだ。009」

「反対だ」
「行くわ」


009と003の声が重なり、2人の視線も重なり合った。


「・・・反対だ、よ」
「なぜ?004の言う通り、私が留学生として家に入って生活しながら”眼”と”耳”を使えば、誰にも怪しまれないわ」
「・・・・キミはまだ、完全にメンテナンスが終わったわけではないんだ」
「以前と同じ状態だと言っただろ?009」
「改良部分のテストは引き続き行っていく。まだ当分は、003が動くのは認めない」
「テストも兼ねりゃあ、いいじゃんかよ?この間のレストランの時みたいによ!」
「・・・・こっちに帰ってくるなら、いいけれど・・ホームステイ先で何かあったとき、困るのは003。キミだよ?相手は”病院”関係者なんだ。もしもの時にそちらへ連れて行かれたら、どうなる?」


009の意見は正論であった。
サイボーグである以上、絶対に”病院”へ運ばれるような自体は避けなければならない。


「”もしも”を考えていたら、何もできないのは確かだよ?それを言ったら、ここにいる全員に同じことが言えるんじゃないかな?」
「相手の”家”へ行くアルヨ。009が慎重になるのはわかるアルネ」
「007は学校で手一杯だ。」
「・・・学校の方へは、僕、ピュンマ、そしてジェットが行く。これは007の案で、すでにコズミ博士が動いてくれている。イワンが起き次第、学院に短期留学生として編入する」
だああああああああああああああああああああっっ!!なんだってっっ!!おいっ!!」
えええええええええええええええええええええっっ!!本当に?!学校に行けるのっ僕!!」


2人の雄叫びに、全員が耳を塞ぐ。


「うるさいアルヨ!」
「よかったな。ピュンマ。」
「ふざけんなよっ!!009っっ男子校だぜっ!男子校っ!!しかもっ寄宿制!!!!男だらけなトコなんてゴメンだっ!!!」
「良い機会だ、そのトリ頭の再教育にはもってこいだな。賛成だ。それで・・・007を篠原の方へ行かせる予定か?・・・学校からこっちへの連絡係にさせる予定じゃないのか?007を」
「・・・・・連絡係を兼ねてもらう」
「それは、ちょと007が大変アルヨ?」
「同感だ。」
「悪いが、009・・・。イワンが起きるのを待っている余裕はないだろう?7つ目の”景品”の内容では・・・・、学校もそうだが、いますぐに動けるのなら篠原の家も調べ始めるのが、普通じゃないか?」
「安全だと思う。003は留学生、無理しないならきっと大丈夫だ。」


落ち着いた、しっかりとした口調で、009を諭すように言う。


「005・・・」
「・・・・・・反対する理由も理解できるアルヨ。でも、ここは003が行くべきなような、気がするアルヨ?心配なのはワタシたちも一緒ネ。だから、万全のサポートで送り出してあげるヨロシ」
「・・・・006」


それに続いて、006も009の不安を取り除くように、005の言葉に自分の意見を添えた。


「行くわ、ずっとメンテナンスで、何もできなったんだもの・・・・」
「・・・・・004、ホームステイに関する資料は?」
「持って帰ってきている。申し込みもすぐにできるが、少しばかり008の手が必要だ」
「なんでもするよ!」
「海外留学サポートの、篠原が登録している会社のデータの改竄、フランソワーズの経歴などをでっち上げて欲しい」
「へへへ。それくらいお安いご用さ!イワンがいなくても、ちゃああんと、フランソワーズをホームステイさせてみせるよ!!」


008は、自信満々に004の言葉を引き受ける。その様子を見ながら009は考えを変えずに意見する。


「・・・・それなら、003でなくても僕でも、いい」
「009。留学生に見え辛い。」
「わざわざ、ホームステイしなくても出来る」
「009、あのセキュリティを回避しながらは、そうとう手間がかかるよ?盗まれたとか、そういうのでで騒がれたりしたら面倒になるしね。もしもその所為で、研究資料があったとき、世に出てしまったら元も子もないよ。セキュリティシステムについては・・・明日には、それらがどの位の物か、まとめて報告できると思うけど・・・」


008が、自分の目で見てきた篠原邸のそれらを思い出す。


「・・・それなら、002か0008でもいいだろう?」
「002は向いてないアルヨ!余計な問題引き起こしそうで、却下したいネ」
「んああ?!・・・・・・006、オレだってやるときゃやるぜ?!・・でもよっ野郎の家なんてゴメンだぜ!」
「002、目立つ。」
「008がいなくなったら、002やオレのサポートが居なくなって困るな、ゲームの方を放る気はないんだろ?009」
「・・・003」
「行きます」


まっすぐに009を見つめ返す、空色の瞳は深さを増して、瑠璃色に輝き、その光は戦場で見る003の色。
ジョーは深く息を履きながら、彼女の瞳の色が絶対に自分の意志を貫き通す強さを秘めていることを知りつつも、最後の砦としてギルモアの名をあげた。


「・・・ギルモア博士の意見を聞いてから、だ。003、いいね?」


TV画面に映し出された002が撮った、篠原当麻。
ジョーのこころにざわり。と、何かが蠢いた。
















####

各自の報告を済ませ、明日も引き続き調査を進めることで、ミーティングを終了させた。
フランソワーズはその足で地下へと向かったので、ジョーは彼女を追いかけて行き、ギルモアが居るであろう研究室前でフランソワーズを呼び止めた。


「ジョー、私の気持ちは同じよ。行くわ。私は003よ。そのための”眼”と”耳”だもの」
「・・・・・・どうして?」
「・・・009。ミッションだから、よ」
「フランソワーズ・・」
「違うわ、003よ」
「・・・・確かに、キミが留学生として篠原の家に入り、トーマス・マクガーの渡したとされる物を見つけ出し、それが何であるかを探ることも、1つの手だけれど・・・。けれど、わざわざそんな遠回りをしなくても、僕が彼らの家に忍び込んででも、出来ること、だ」
「私じゃ、無理だと思っているのね?」
「・・・そういう意味で言っているんじゃないっ!ただっ」
「そういう意味にしか聞こえないわっ」
「・・・フランソワーズ?」
「違うっ!!003よっ」


語気を荒げ挑むように、フランソワーズはジョーを見つめた。


「・・・・・・・・変だ、よ」
「変じゃないわ・・。変なのは、009。あなたの方」


確かに、今までの009であれば、これほどまでに003が篠原の家へ行くことに、拘っていない。
006が言うように、003が潜入するための段取りを組み、今日中にシナリオを調え終えるはずである。

けれども今は、フランソワーズの言葉、ひとつ、ひとつに苛立ちを感じ、ジョーは必死で自分の感情を押し殺して、009でいようと、009として判断しようと言い聞かせる。が、上手くいかない。ジョーから出てくる言葉は、003としてではなく、フランソワーズに対しての言葉。


「・・・・そうかもしれない


呟いた言葉は、小さく掠れたものだった。


「009?」
「・・・・・・そう、なんだと思う」
「・・・昨日、ジョーは言ってくれたでしょう?私もあなたにとって、大切な仲間だって・・・それなら、仲間なら信じて欲しいわ、心配してくれるのは嬉しい。ありがとう・・でも、私も同じ00ナンバーなのよ?」
「・・・・・・信じている、よ。でも」



ーーーでも・・・・









今日のキミを思い出す。


色とりどりの洗濯物が邸をのぞきに来る潮風に揺れて、キミが手に取る洗濯物に戯れる風。


海の匂い。
空の広さ。

囁くように聞こえる、どこか遠くで車が走り抜ける音。
ギルモア邸から徒歩20分ほど坂を下ったところにある、停留所に泊まったバスのアナウンスが、風に乗ってときおり聞こえた。

耳に心地よい波の音。
砂浜に降りる光。
海カモメが鳴き、空に描くライン。


白い雲の形がどこか夏を感じさせて、



世界は





明るく光に包まれていた。






キミの髪は天使の輪を作り、風に靡いてはきらきらと輝いて、伸ばされた手にピンク色の洗濯ばさみ。
背伸びした後ろ姿は、華奢で折れそうなほどに細いライン。
両手に抱えた、太陽の香りに胸が好く。



キミの生きる世界が、あった。
キミが生きていた世界を、見た。




”ここ”であっては、いけないんだ。





帰ってこないで。
戻ってこないで。



そのまま、そこにいて・・・・・・。










そのまま、こっちへは来ないで・・・・。













「・・・ジョー?」
「・・・・・・なんのために、俺は戦ってきたんだろう?」
「ジョー?」
「・・・・・何も変わっていない、ね?」
「・・・・・」
「・・・B.Gは、消えたはずで。この手で、この手で・・・確かに・・・・・なのに、また・・・」
「ジョー・・・。今回は違うわ」
「同じだ、よ・・・。何も変わってはいない、結局、俺は・・・・」



ーーーキミを戦いの世界にしか、連れて行けない。




目の前に立つ、フランソワーズを見つめる。
心配そうに、レースのようにに繊細に縁取られた睫が揺れて、地下の白い無機質な光に空色の瞳が鮮やかに自分を映して、形良く愛らしいくちびるは、薄く開いて、言葉を選ぶ。

ジョーをのぞき込むように、少しだけ傾けた仕草が、可憐で・・・。ジョーは自分の無力さに打ちのめされる。









こんなに、大切なのに。



こんなに、想っているのに。






「・・・どうしたの?」
「・・・・・・・・ごめん、ね
「・・・・どうして、ジョーが謝るの?」










こんなに、キミのことが好きなのに。









「・・・・キミを003から、解放させてあげられない」
「・・・・・・・ジョー、どうしてそんなことを言うの?私は003。”解放”なんてして欲しくないわ。私は、00ナンバーの、一員よ?今までも、これからも、ずっと・・・変わらないわ」
「・・・違う、そういう、ことじゃくて・・・・・」
「意味がわからないわ・・・ジョー。私が003でなくなったら、サイボーグである私の存在理由がなくなってしまうのよ・・・ひどいわ、そんなの。もう・・・私は人にも戻れない。完全な機械でもない・・・。003でなくなったら・・・。私はいったい誰なの?」


フランソワーズは一歩。また一歩と足をすすめてジョーとの間、30cmほどの距離に立ち、フランソワーズはジョーの、琥珀色の瞳に映る自分をまっすぐに見つめた。


「・・・・・・キミは、フランソワーズだ、よ」









キミのために、キミに触れない。



キミのための誓いを、自分の弱さを言い訳に破ってしまった。












今日だけ。

今だけ。と・・・・・。



















####

伸ばされた、両腕が背中にまわされて、彼へと引き寄せられた。
包まれた香りは、珈琲と少しばかりの煙草の香り。

一瞬のことで、何が起きたのか解らなかった。





耳に届いた言葉は、彼の鼓動に紛れた”ごめん”と言う言葉。





頬にあてられた布越しの広い胸。






彼の腕の中にいる。


肩に、感じる彼の重み

腕に、感じる彼の力

胸に、感じる彼の温もり

背に、感じる彼の腕の優しさ

髪に、感じる彼の吐息





戦闘時、何度も彼の腕の中に護られて、庇われて戦渦をくぐり抜けた・・・ときの、それとは違う。
今までの、どの”とき”にも当てはまらない、感覚。





1度だけ、


・・・・・・・・・そう。

1度だけ、・・・・・・あれは、彼と一緒にでかけたバレエ公演の帰り。


私の過去を彼に話したとき。




優しく、受け止めてくれた腕。
抱きしめてくれた、温もり。
聞こえてきた、彼の心音に・・・・私はジョーが好きと言う気持ちを隠した。







「・・・・・・ごめん」
「・・・・」


フランソワーズは、ジョーの腕の中で首を左右に振った。


「・・・・ごめん、ね」
「・・・・・・・・・・・・謝らないで」
「・・・・・・・・・ごめん」
「・・・・・・・ジョー・・」
「ごめん・・・・」
「謝ること、ないの・・・・・」
「・・・・フランソワーズ、ごめん・・・・」
「・・・・・・・・・・それ以上、謝ったら・・あなたが”漢字の書き取り”をすることになるわ」


フランソワーズの言葉に、ジョーは腕の中にいるフランソワーズをのぞき込んだ。
恥ずかしげに、頬を薄く染めて花が咲きこぼれるように微笑みながら、フランソワーズは言う。


「・・ジョーが言ったのよ?”ごめん”を言ったら、漢字の書き取りって・・・ね?」






ジョーは不安なのだ。と、フランソワーズは少しばかり安堵する。
B.Gとの戦いの後、小さなミッションは重ねていたものの、日本に住居を構えてから、今回のミッションは、予想を超えて大きなものになりつつある。

彼が009であるための、責任。
それぞれが”人”として社会に入っていこうと、考え始めたときに起きた、今回のミッション。





ジョーは優しい。
だから、こころを痛めている。

みんなを再び、戦いに連れて行くことを。
・・・・みんながそれぞれに決めた道へ行く時間を奪うことを、悲しんでいるのかもしれない。





頼ってくれていると、自惚れていい?
今だけでも、あなたの不安を私が癒していると、勘違いしてもいい?






私は003で、あなたが009であるから・・・・。
今がある。


どうか、このまま。






このまま、009のそばにいさせて下さい。
このまま、009のそばにおいて下さい。



私が003でいる限り。








彼のそばに。
誰でもない、サイボーグである仲間として・・・・・・。









今だけでも。
















神様、お願いします。













####

ピュンマの行動は早く、アルベルトの手際も良く、ギルモアの許可も条件付きで下りて、ピュンマが進入し、改竄したデータは何も怪しまれることなくスムーズに進んだ後、留学生・海外サポートセンターからの連絡が新しく用意したフランソワーズ宛に届いた。

フランソワーズのホームステイ先が篠原の家に決まり、ジョーとグレートが話し合って決めたシナリオをフランソワーズは何度も復唱して暗記する。


マリー・F・アルヌール(17歳)
飛び級で進学し、日本のT大学(コズミ研究室)へ、インターンとして1年間配属されるため、語学、日本の生活環境になれるために滞在する予定であったホームステイ先(ギルモア邸)が、諸事情に急遽スケジュールの変更を余儀なくされたために、緊急で彼女の新しいホームステイ先を求めたところ、篠原邸へフランソワーズ・アルヌールの滞在を求め、”許可”したとの通知を受け取った。と、言うことにした。

手続きのミス。として、篠原邸へは留学生・サポートセンターとのやり取りが続き、ピュンマの機転を利かせた留学生サポートセンターの”手を加えた”メール内容に、篠原邸から受諾のメールが送られてきたのは、2日前。

事前の調査によって手に入れた、篠原邸の図面、セキュリティシステム、邸内で働く人間、そこに出入りする人間関係。それらを何度も打ち合わせして覚える。

今回の003のミッションは、トーマス・マクガーが篠原さえこ・当麻に渡したとされる”トーマス・マクガーの残した物”を見つけ、それが彼の研究資料か、もしくは、サイボーグの設計図かを調べ、手に入れる、もしくはそれらをコピーして持ち帰ること。
そして、彼らが”マクスウェルの悪魔”であるかどうかを調べることである。






DURASのトランクケースは、エナメルの光沢に、キルティング加工がされたベージュカラーの物を、娘の初めての旅行(?)に浮き足立つ、ギルモアがネットで購入し、その他にも足りない物があってはいけないと、篠原邸へ行く前の003の能力テストに、調節などをジョーに任せきりにして、インターネット・ショッピングにあれやこれやと大騒ぎする。

他のメンバーも、いざフランソワーズが篠原邸へ潜入することが決まると、ミーティングの時に言っていた言葉を忘れたかのように、引き留めようとする言葉が、ちらりほらり、ギルモア邸のダイニング・テーブルの上を行き交い、フランソワーズを呆れさせた。

そんな中、ジェットだけは何も言わず、大人しくフランソワーズが出発する日を待ち、アルベルトは、フランソワーズにいくつか言葉をかけて、彼女の緊張を解きほぐそうと、気をかけていた。





「やけに、大人しいじゃないか、ジェット・・・。お前が1番騒いでいそうなのに」
「・・・・・ミッションでも、ここから離れるのはフランソワーズにとって、良いことなんだよ」
「ジョーは、どうしてる?」
「腹、括ったんだろ?・・・・いつも通り009してるぜ・・ったく、ちったあ、狼狽えろっつうの!」


フランソワーズが篠原邸へ赴く前夜、煙草を吸うために庭へ出たアルベルトに付き合って、ジェットは、缶ビール片手に、木造のガーデン・チェアに腰を下ろした。


「落ち着いてる、か・・・・・。そのわりに、ピュンマと博士と・・3人で何か作っていたぞ?」
「ああ?」
「・・・ジョーは”ウサギ”になるみたいだ」
「はあ?」
「ウサギ」
「なんだよっそれっ?・・・クラークの趣味じゃねえの?!・・・バニーガールじゃなくて、バニー・ジョー?!日本の萌えってヤツか?!」
「・・・萌えってお前・・・・・。ミッションでも、短期間、お前が高校へ行くのは大賛成だ」
「オレは絶対に行かねえぞ!」
「・・・定期連絡は携帯電話からのメールのみ。携帯電話の傍受を防ぐためにギルモア邸、それぞれメンバーへは電話はしない。パソコンも篠原邸からのケーブルを使うから、そこからの連絡は万が一のことを考えて禁止。・・・・連絡係は007。長くて2週間、短くて1週間の間、ジョーはどうるするつもりだろうな?」
「知らねえよっ!携帯電話があるじゃねえかよっ」
「バカ。フランソワーズからメールが送信されたら、俺たち全員が一斉に受信するように改良したろ?」
「ふんっ」
「・・・・・2人はどうするんだろうな?」
「ミッションじゃんっ!仕方ねえだろ?・・・・・それによ、アイツがそんなことに気をまわすような、器用なヤツかよっ」


人差し指と、中指に軽く挟んだ、細い白に灯る紅。
その灰を、ガーデン・チェアと対になった円形のテーブルに置かれた、ジェットが飲み終えた1本目の缶ビールの中に落として、再び口に銜え、吸いこんだ煙を肺に流し込み、喉で味わいながら、煙を、羅紗色の布に輝く星月夜の空へと吹きかけた。


「器用になる、何かがあったのかもな・・・」














####

待ち合わせは、篠原邸最寄りの駅。
指定の時間よりも早めにジョーが運転する車に乗り込み、駅へと訪れた。
車を降りる間際に、グレートが、腕時計に変身して、フランソワーズの左手に。それをジョーが確認してから車から降りて、トランクケースを車からおろした。


「・・・・グレート、夜には戻ってくるように」


ジョーはフランソワーズの左手の”腕時計に”話しかけると、時刻を指す針が、手に代わり親指を立てて”了解”のサインを出した。


「俺は、ここで待機しているから・・・、キミが篠原邸からの迎えが来るまで、いいね?」
「ええ・・・わかったわ」
「・・・・・気を付けて。ギルモア博士がおっしゃった”条件”を忘れないように、ね」



駅前の、人通り激しい道に寄せた車。
行き交う人々の目に、自分たちはどういう風に見えているのだろう?と、思い浮かんだ、小さな疑問は街の雑踏に消えていく。


「行ってきます」
「・・・・うん。気を付けて・・・フランソワーズ」


フランソワーズのいつもと変わらない微笑みに、その表情からは不安は見えない。
ジョーは、ミッションであるとわかっていても、003と呼ばずに、”フランソワーズ”として送り出した。


フランソワーズはトランクケースを押して、待ち合わせの駅前の”ドーナツショップ前”に立つ。
ジョーは車に乗り込んで、バックミラーをフランソワーズが見えるように、動かした。








”ドーナツショップ”前に立って、1分もしない内に、2人の男がフランソワーズに話しかけてきた。
フランソワーズは、アルベルトに言われたように、すべてフランス語で対応する。と、男達は去っていく。バックミラー越しに見る、それにジョーは苦笑するしかなかった。

篠原邸からの”迎え”が来るまで、繰り返される誘い。
その数の多さに、グレートからジョーへ脳波通信が送られてきた。



<ジョー・・・・今後、絶っっっっっっ対にっっっ吾輩は003を1人で街に行かせないぞ!!>
<・・・そうだね>
<いいか!絶対だっ!!ジョーっ、邸に帰ったらすぐにこの件についてのミーティングを開くぞ!!>
<007、キミには邸に戻ってから報告をしてもらった後、すぐに学院の方へ向かってもらわないといけないから、今度、だね>
<・・・009!!そんな悠長なっ>
<・・・・・・心配ないよ、彼女は003だから>
















=====49へと続く




・ちょっと呟く・

らぶらぶ や~~~~~~んっ(丿>ロ<)丿 ┤∵:.  なんでやね~んっ!
君たち片思いですから!


引き離してあげるね(*´ー`) フッ



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Day by Day・49
(49)





寮の方に電話がかかってきた。
久し振りに聴いた、母親の声。


急に1、2週間ほど留学生を迎える事になった、と。
学校のことはいいから、面倒をみてくれ、と。



大切なお付き合いある方に、御縁がある人だから、と。








用件だけを伝えて電話は切れた。



これが、親子の会話なのだろうか?

いまさら、そんなことを思ってしまったのは何故だろう?
・・・・初めてあった、顔も名前も知らない父の、・・ぼくの祖父にあった所為だろうか?

とても温かくて、素敵な人だった・・・・・。
もう1度、会いたい。
















「当麻さん、明日は学校へ戻られるの?」
「はい。けれど夕方には戻ってきますね」
「・・・・そんなに気を遣ってくださらなくても」
「さえこさんから言われてますし、中学からずっと寮暮らしでしたから、”通学’って言うのが新鮮なんです。なので、気にしないでください、マリーさん」
「・・・・・本当に?」
「本当ですっ」


当麻は心配そうに自分をのぞき込むマリー/フランソワーズに向かって、柔らかく微笑んだ。
フランソワーズは、その微笑みが、自分のよく知る彼にどこか似ている。と、思ってしまう。









2日目の夜。
篠原邸で与えられた部屋で携帯電話を確認し、ピュンマが用意し持たせてくれたフランソワーズ用のラップトップ・コンピューターを立ち上げる。
邸では滅多にさわることがなかった、コンピューターを使って色々なウェブを見ては楽しみつつ、日本語の勉強をしながら、約束の時間を待つ。




日付が変わる5分前。

ギルモア邸から一緒にやってきた、フランソワーズのお友達。
耳が異様に長い短い毛の”ウサギさん”の、その長い耳に隠したケーブルを引きだして、携帯電話に繋いだ。

フランソワーズの携帯電話が彼女の手の中で震え始め、ウサギさんのお腹が薄く光る。



<・・・はい>

フランソワーズは携帯電話に出た、が声を出さない。
ただ、携帯電話を通話状態にし、耳に当てることなく手にもったままの状態で”脳波通信”で会話する。


《・・・・f・・・fra・・・・・フランソワーズ?・・・僕だよ、聞こえるかな?》
<ええ、聞こえるわ。ピュンマ>
《ヤッタ!!成功だねっっ!!この距離でここまで聞こえたら十分だね!》
<すごいわ、この距離で通信できるなんて!・・・でも、1対1でしか使えないの?s>
《え?あ・・ああ。うん!まだまだ実験段階だからね。今は僕とフランソワーズのを繋いでるだけ。他の誰かと繋ぐ時は、もう1度個人のチャンネルに合わせて設定し直してから、携帯電話をかけ直さないと駄目なんだ。それにフランソワーズの方は”受信”しかできないしね。こっちからじゃないと”チャンネル”を替えること出来ないし。それでも普通にインターネットや携帯電話を使うよりも安全なんだよ。僕たちの通信は暗号化されている上に、傍受されたとしても、ただのノイズにしか聞こえないからね。補助脳の中に組み込まれているデータがないと解析不可能だし!今回の実験は成功だね!》
<んふふ。本当に凄いわ!>


フランソワーズは、手にもっている携帯電話に繋がれたケーブルを辿って、ウサギさんを見つめた。
ラップトップ・コンピューターの隣に、ちょこん。と座っている。
薄く光るお腹の部分は、ウサギさんがちゃんと”お仕事”していることを表している。


《使用時間が10分未満って言うのが残念だけどね。・・・それにさ、携帯電話が必要だし、携帯電話だけじゃあ、僕たちの”通信”は通らないからなあ・・・。ウサギさんの中に隠した脳波増幅装置もねえ、ちょっと不便だから、色々と改良が必要だよ》
<それでも、十分よ>
《今はね。・・・・メールを見たよ、明日から動くんだって?》
<ええ、昨日今日は学校がないからって当麻さんがすごく気を遣って下さって・・・。ずっと一緒に行動していたから、時間を作ることが難しくて。でも、そのお陰でこの辺りの状況と邸内はしっかり把握できたわ、母親のさえこさんにはまだ会えてないの>
《ああ、”さえこさん”は、今日はホテルだよ。なんかパーティだったらしくて、そのまま泊まって仕事に向かった。彼女のスケジュールはこれからマメに送った方が良さそうだね?・・・・焦っちゃ駄目だよ、フランソワーズ。みんな心配してるんだから!》
<ふふふ。メールをみればわかるわ!>
《あはは、誰が一番多く送ってるの?》
<秘密よ。私からのメールはみんなに一斉送信されてしまうから、個人宛に返事が出せないけれど・・・・。みんなにヨロシクね。あと、イワンのことも!それに、博士はちゃんと>
《わかってるって!みんなもそうだけど、フランソワーズも心配性だよ!》
<そうかしら?>
《ちゃんとこっちはこっちで頑張ってるから、心配しないで!アルベルトが、しっかり”コントロール”してるしね。帰ってきたら、見せてあげるよ!僕たちに配られた”家事当番表”と、掃除、洗濯のルールブック!》
<アルベルトが作ったの?!>
《そうだよ!彼って・・・・本当に怖いんだ・・・・。ぼくが洗濯で”仕分け”をサボったら、やり直しさせられたんだよ!バスタオルと靴下を一緒に洗って何が悪いんだろ?》


参った。という風に深い溜息が聞こえてきそうなピュンマの言葉に、フランソワーズの頬が上がる。


<私が戻っても、そのままにしてもらおうかしら?>
《ええ!!それは困るよっ!ジェットなんて、調査に支障が出るくらい”やり直し”をさせられている上に、ペナルティがついて、大変なんだよっ!》
<ペナルティ?>

《あ!!!う・・あ、!!!えっっと、うん、まあ、あ!!時間がもうないねっ!!そうだっ明日からは、009と連絡を取り合ってね。彼から指示があると思うからっ》
<・・・009、から・・・・>


フランソワーズは、ウサギさんの手に触れた。
短い毛の肌触りの良さ。
胴体部分の綿は事情で抜かれてしまって、柔らからを楽しむことができないが、手足は変わりなくふかふかとした感触のまま。


《・・・・なんだか、元気がない返事だなあ・・・どうかしたの?009じゃ嫌かな?》


先ほどに較べて明らかにトーンダウンした、フランソワーズの様子に、ピュンマは心配そうに声をかけた。


<そんなことないわよ?ただちょっと・・・・・、疲れが出てきたみたい>
《そっか。今日はもう寝た方がいいね。・・・・大丈夫?》
<ええ、大丈夫よ>
《無理はしちゃ駄目だよ、博士がすごく心配してるし、絶対に”もしも”のことがあったら、いけないんだから。ちゃんと帰ってきてね!》
<ええ。ありがとうピュンマ、またメールで>
《お休み、フランソワーズ》
<お休みなさい、ピュンマ>


ピュンマとの通信が切れて、フランソワーズは手に持っていた携帯電話の”通話”を切り、繋げていたケーブルを”ウサギ”さんの異様に長い耳の中に隠して、ラップトップ・ウィンドウで開き、虫眼鏡マークの部分に”チョコレートケーキ”と、ゆっくりと時間を掛けながら、日本語で打ち込んだ。


ーーー明日からは009と・・・。


声が聞ける。
彼の声が、聞ける。


それだけで、ウェブページに表示された漢字がスラスラと読める気分になった。















####

週末を利用して月見里(やまなし)学院から戻ってきていた当麻は、マリー/フランソワーズが居る間、自宅から通学する。

邸内はハウスキーパーが3人。
住み込みが1人。通いが2人。
住んでいるのは、篠原秀顕、妻、祐里子、さえこ、そして当麻である。が、秀顕はほとんどを愛人宅で過ごすので本宅である、ここへは帰ってこない。妻である祐里子は、海外旅行に出たままで、日本に戻ってきてもホテルに泊まるため帰ってくることはない。当麻の母であるさえこは、夜中に邸に帰ってきては朝早くに出かけ、週末は帰ってこないために、普段、週末の土日しかこの邸に帰ってこない当麻とはすれ違いの生活が続く。
そのために、住み込みのハウスキーパーであるメイ子の、独り暮らしのような篠原邸であった。

フランソワーズが当麻に紹介されたメイ子は、小柄で口数少ない、60歳の女性。
その年の女性にしては珍しく英語を話せ、その理由はご主人の仕事のためにずっと海外暮らしをしていたためだと、フランソワーズが淹れた紅茶を飲みながら朗らかに微笑みながら語った。


当麻が学院に戻っている間、1日置きに入れ替わりでやってくる通いのハウスキーパーを含め、メイ子とフランソワーズの3人だけとなる。
当麻が学院へ通学する明日から、本格的に調査を始めることを携帯電話のメールから00メンバーへと報告する。






出会ってまだ3日しか経っていないのにも関わらず、フランソワーズと当麻は自分たちが予想していた以上に仲が良くなり、打ち解けて色々な話しをするようになった。
そうやって、当麻と一緒に過ごす時間を楽しむ中、祖父であるトーマス・マクガーが西洋人であるために、当麻は1/4(クォーター)。その外見にジョーと重なることが多く、フランソワーズはときおり当麻が見せる仕草に戸惑ってしまう。

祖父である、トーマス・マクガーの血を色濃く引き継いだように、日本人離れした顔立ち。
ブラウニー・カラーの髪。
優しげな瞳は色素が薄いシナモン・カラーで柔かい印象を与える当麻。
彼からはジョーのように独特な、人を引きつけて飲み込んでしまうような引力を感じない。

当麻は、夏の日に心地よく吹き込む風のように軽やかに、さりげなくそばに立ち、フランソワーズにかける言葉は、緩やかに流れる小川のように穏やかだった。



少し変わった家だけれど。と、説明を始めた当麻の瞳に、ジョーに似た孤独の色をみつけたフランソワーズの胸は、少しばかりリズムを乱す。

当麻から訊かされた家族については、とても簡潔なもので、フランソワーズが一番驚かされたことは、彼が自分の母親である、篠原さえこのことを”さえこさん”と呼ぶことだった。
寄宿制の学校へ入学し、当麻は母のさえこ自身から名前で呼ぶように、と指示されたと言う。
それにたいして、訳を問う事もなく従う当麻自身にも驚いたフランソワーズだが、当麻の母である、さえこの行動を、フランソワーズは理解することができない。


父親に関しては、少しばかり言いよどみながら、「さえこさんからは”優秀な医学生だった”と、しか訊かされていない。」と、遠い瞳で、顔も名前も知らない父親に思いを馳せる横顔を、フランソワーズは見つめていた。


「おかしいな・・・。すみません、変なことまで話ししまって・・・・。不思議ですね、マリーさんには何もかも、こころの中にあるものを素直に話すことができてしまう。こんな話し、おもしろくないのに」


微笑みながら、当麻は眉根を寄せてマリー/フランソワーズに謝りながら、オーダーしたアイスコーヒーを飲んだ。


「お父様のことは・・・。本当に、何もご存じないの?」
「・・・・・何も、と言うわけではないんです」



当麻が学院から帰ってきてすぐに、彼はマリー/フランソワーズを連れ出して、篠原邸近くの駅ビル内にある小さなイベント会場へと誘った。家に置かれたままになっていた、”日本の空、世界の空、写真展”のご招待チケットが今日までだと言って。


2人は2時間ほど会場をゆっくりとまわり、駅ビル内のカフェにいた。


「・・・どういうことですの?」
「突然、父の・・・ぼくの祖父だという方から連絡がきて。今年の2月くらいに・・・。ぼくの顔、少し日本人っぽくないでしょう?祖父はイギリス人だったんです。さえこさんは知っていたみたいだけど・・・。会いたいって連絡が来て、・・・本当は、会うつもりはなかったんですけれど、さえこさんがどうしてもって言うし、もしかしたら、父のことを訊けるかなあ?って・・・。もしかしたら・・・」
「会える、かも。と、お思いになったのね?」


フランソワーズは、ティカップに浮かべたレモンをティスプーンでそっと掬いだした。


「・・・・とても素敵な人でした。トーマスさんは、昔、大学で動物生理学の方で教鞭をとっていたとか、それで・・・」


当麻は嬉しそうに、フランソワーズにトーマスと出会ったときのことを詳細に話し始めた。
彼はこころからトーマスに会えたことを喜んでいた。それらは彼が話す言葉から、表情から、自然に伝わってくる。
当麻の口から流れ出る、トーマスと出会った時の感想や、2人で過ごした時間のエピソードに、家族の話しになったとき、当麻がフランソワーズに見せた、冷たく影をさしたシナモン・カラーの瞳は、今、きらきらと輝いていて、あたたかい。。
フランソワーズはその瞳の輝きを飽きることなく見つめ、当麻の話に相づちを打ち、当麻の話しに耳を傾ける。

当麻と一緒に過ごす時間を重ねる中、不意に、当麻が”マクスウェルの悪魔”であるはずがない。などと、私的な感情が入ってくることにフランソワーズは自分を律しながら、003としての能力を篠原邸で、少しずつ使用し始めた。












日本人でありながら、少しばかりアジア人よりも西洋人の血の色が濃く見えるからなのか、無意識のうちに、ジョーと当麻はを重ねては較べてしまう。


ホームステイの許可をギルモアに訊ねに行った先で、ジョーが言った言葉を。


彼の腕から解かれながら訊いた、言葉を。





ーーー何があっても、・・・距離なんて関係なく、絶対に護るから。ーーー













00時5分前。

携帯電話とウサギさんを繋げてから、1,2分してから震えだした携帯電話の通話ボタンを、緊張で動きが鈍くなった親指で押した。


<・・・009?>
《・・・・・うん。003、何かわかった?》
<トーマス・マクガーから”自分が生きた証”として、持っていて欲しい。と、言われて受け取ったものがあるみたい>














####

どちらかと言えば、部屋に私物はあまり置いていない。
学院の寮の方が、自分の部屋らしく感じる当麻は、篠原邸の自室のドアを開けるたびに、ここが自分の部屋であるかどうか、一瞬だけ不安に胸を焦らせる。

毎週末、家に戻り自室で休むが、気分は”親戚の家”に泊まっている。そんな感じである。
”親戚の家”と例えてみたが、当麻は生まれてから一度も”親戚の家”などと遊びに行ったことも、まして泊まったこともない。それ以前に、自分に”親戚”と言うものが存在するのかも疑わしい。


緊張したこころを深く吐く息で紛らわし、シングルベッドの上にうつぶせに倒れ込んでから目を閉じると、マリーが当麻にむかって微笑んでいた。

自分が話す、マリーにとって何にも役にも立たない、興味もないであろう、自分の話しを彼女は真剣に、何度も相づちを打ちながら、ときに微笑んで、ときに優しい言葉で当麻のこころを温めてくれる。






マリーには、なんでも話せた。

素直に、何も拘ることなく。

あの、宝石のように輝く、深く色鮮やかに澄み切った蒼の瞳に、広い空を、深い海を思い出して、すべてを受けとめてくれる。そんな気持ちにさせられて、当麻は何もかも、訊かれるままに、促されるままに気持ちを音にして、マリーに話した。




誰にも話したことがない、気持ち。
誰にも話す価値もない、気持ち。


家族のこと。

トーマスのこと。

学院のこと。

寮のこと。

友人のこと。


仲の良い保険医のこと。


寮に入るために手放した、愛犬、タロウのこと。

見知らぬ父への想い。




将来のこと。




出会った瞬間に芽生えた、マリーに言えないでいる気持ちだけを隠して、彼は話し続けた。




目蓋の裏に捕らえたマリーの映像をそのままに、当麻は彼女との残り少なくなりつつある時間を数える。
予定では1週間の滞在。
マリーが住む予定だった家の都合で、もしかしたら2週間。
当麻は、マリーのためにも早く予定していた家へ移った方がいい。と、考えながら、本音は、あと、1日、あと2日、どうせなら、もう1週間伸びてくれたら。と、思うようになってきていた。





家へ帰ってくることが楽しくて、嬉しくて、生まれて初めての気持ちに当麻の胸は躍る。

それは、マリーがいるから。

彼女が出迎えてくれるから。


お帰りさない、と。
今日学校は、どうでしたの?と。


マリーが用意してくれた、紅茶と御菓子を楽しむ時間が、永遠に続けばいいと願う。





同じ寮生である友人達との会話で訊く”家”への思い。
当麻にとって、家。とは、ただ週末に戻らなければいけない、箱。
それが一般的に想像される家と自分の家が”ズレていることが、当麻にとってはコンプレックスの1つであった。



父がいない。と、言うことに何も思わない。
母がいる。と、言うことが当たり前のように。


自分を産んだ人の名前はさえこ。
同じDNAを持つとされる人は、父と呼べるが、未だに会ったことがない。

さえこの父である、当麻にとっての祖父、秀顕は篠原グループの新年パーティの時に、挨拶するのみ。
さえこの母である、当麻にとっての祖母、祐里子とは、もう5年ほど会っていない。


初めて、家族と感じた人は、会ったことも、名前さえも知らない”父”の”父親”。
祖父が本当にイギリス人だと知って、信じられてなかった。と、そのときの話しをマリーに話して、彼女は形良いくちびるから、愛らしく涼やかな声で笑った。


「イギリス人でなくて、アメリカ人だと思いこんでいたんで、勝手に」
「どうして?」
「・・・・普通そうじゃないですか?」
「そうかしら?」
「日本人は西洋人=アメリカ人、って言う公式があったりして・・」
「そうなんですの?」
「トーマスさんは、イギリス人だってことをすごく強調するんで、・・・その」
「?」
「・・・どんな会話をすればいいのか、解らなくて、つい・・・紅茶はどのブランドが一番ですか?って訊いてしまって・・・・・それで、その・・・」
「なんてお答えになられたの?」
「・・・。紅茶は嫌いだって・・・」
「・・・イギリスの方なのに?」
「そう!イギリス=紅茶!!そう思って・・・そしたら、トーマスさんは怒ってしまって、大変だったんですっ。こんなヤツ孫じゃない~!って・・・」
「まあ!それでどうななさったの?」








もっと自分を知って欲しくて。
もっと彼女を知りたくて。






「当麻さん、その中には・・・何が・・・」
「開けてないんです、なんだか怖くて」
「怖いんですか?」
「ええ、・・・まだ自分には受け止められないような気が、それにこれは・・・本当は・・・」
「お父様にお渡ししたかった、はず。だと思っていらっしゃるのね?」
「・・・そうなんです。いつか、もしかしたらって・・・・」
「当麻さんがそうなさりたいなら、それが1番良い方法だと、思いますわ」
「・・・・・・・・ありがとう、マリー」







もっと自分に近づいて欲しくて。
もっと彼女に近づきたくて。







「コンピューターは学院では使うけど、ここでは滅多に触らないんだ。もともとそんなに好きじゃないから」
「私は留学前に初めて”自分用”を用意したのだけど、楽しくて!」
「ネット・サーフィン?」
「つい、色んなページに飛んで較べてしまうわ」
「較べるって何を?」
「私が知っているレシピとは、どれも少しずつ違うんですもの・・・。どれが1番、美味しい”ザッハ・トルテ”のレシピか・・・」
「ザッハ・トルテのレシピを?」
「・・・ええ、別にそれでなくてもいいんだけれど、美味しい、甘さを抑えたビターなチョコレート・ケーキを作りたくて」
「あれ?マリーは、甘い御菓子が好きだったんじゃあ・・・」
「・・・・・色々、試してみたいの」
「この間、作ってくれたクッキーがすごく美味しかった!また作って欲しいな」
「次は、クリーム・パフに挑戦してみたいの。日本の生地は本当に柔らかくて、美味しいんですもの!あんな風に作れないかしら?」
「この間食べた、ピコちゃんのほっべ、みたいな?」
「そう!でもカスタード・クリームだけだったのが残念。生クリームと半分ずつが美味しいと思うの」







冷え切っていた、人の住む匂いがしない家に、マリーがいるだけでなんて温かく、優しい光が満ちるのだろう?




いつの間にか、住み込みのハウスキーパーである、メイ子と一緒に台所に立つようになり、部屋に少しずつ生命の息づかいを感じ始めた。


花が飾られて。
閉めきられていた部屋のカーテンが風に揺れて。

光が満ちる。
季節の香りが満ちる。





音が聞こえる。

声が聞こえる。

笑い声。

話し声。

あたたかな音。




特別な気持ちでマリーを見つめ始めていた当麻は、その気持ちを素直に、感じたままをマリーに向けていたが、上手く彼女には伝わっていないらしいことは、無防備に自分に接してくるマリーの態度からわかる。しかし、そんな彼女にもどかしく思いながらも、マリーを見つめる当麻は、シナモン・カラーの瞳に想いを込める。



ときおり、マリーが意識的に自分から視線を外す仕草を、数えるようになっていた。



彼女は、気づいている?
気づき始めている?



ぱっと視線を外すマリーの戸惑いに、何かを期待にせずにはいられない。
何かを思い詰めたように、何かを感じてくれている、気がして・・・・・。









ぼくはあなたと、このまま、”さよなら”はしたくない。
















####

住み込みのハウスキーパーであるメイ子は、午後にならなければ起きて来ない。
マリー/フランソワーズがホームステイをすることになり、当麻もそれに合わせて自宅から学院に通学することにしたため、いつもは昼近くまで眠っているメイ子が、朝早く起きなければならなくなった事をフランソワーズは知ると、朝は自分に任せて、今まで通りの生活をして欲しい。と申し出た。
その言葉に甘えて、今まで通りに午後になるまでメイ子は起きてこない。

通いのハウスキーパーも、午後から篠原邸へやってくるため、午前中の間、邸はフランソワーズの自由となる。

自宅を利用している”さえこ”とは未だに接触することなく、今日からは北へと出張のため、3,4日ほど自宅へは帰ってこないことを、昨夜、携帯メールから連絡が入った。



透視を繰り返し、隅々まで篠原邸を探り続けて、当麻がトーマスから受け取ったと言う”茶色の鍵付き・アタッシュケース”を探し続け、やっとそれらしい物が見つけたのは、昨日のこと。
当麻の祖父、秀顕の書斎であり、現在はさえこが使用している部屋の扉続きにある、資料室という名の部屋に置かれた、金庫の中に保管されていた。

その場所だけが、篠原邸の表のセキュリティと同じで、ドアを開けた回数、時間、すべてが記録されてしまうようになっていた。
003はメールで自分が今、眼にした物のことを携帯電話で報告する。














マリー/フランソワーズが篠原邸を訪れて5日目の朝。







当麻は、毎朝マリーが淹れてくれるカフェオレを飲むのが、楽しみになっていた。

学院までの通学に、電車とバスを乗り継いで2時間と少しかかる。
そのため、朝が早い当麻であるが、マリーは当麻が起きるよりも早く起きて、メイ子の代わりに当麻の朝食を用意する。
当麻が家を出るときに玄関先まで一緒について行き、「いってらっしゃい、当麻さん」と、声をかける。
そんなマリー/フランソワーズの行動に慣れない当麻は、恥ずかしげに頷きながら、「行ってきます。」と短く答えた。


当麻が正門を抜け、2、3ブロック先で道を迂り、邸の玄関から完全に姿が見えなくなった後、フランソワーズは”眼”を使って確認した。そして、邸の周囲を”耳”で聴き、”眼”で邸内の様子を探った。


<009,008、大丈夫よ>


003の脳波通信に、2人からの返事が聞こえた、と思うと、突然、003の目の前に現れたのは、加速装置を使用した009が、篠原邸の玄関内003の背後に立ったため、突然の人の気配に003は咄嗟に身構える。



「・・・久し振り。て、言うほどじゃないか、な?」
「っ・・・あ・・・・・」
「驚かせるつもりはなかったんだけど・・・・」


通信ではなく、直接”耳”で訊く009の声。
躯から強張りが抜け落ちていく。


5日振りに見る、009の、ジョーの、姿を目にして、フランソワーズの足下からくすぐったいような、さきほど味わったものとは、まったく別の”緊張”に襲われた。


「008、は・・?」


柔らかな栗色の髪は相変わらずのくせっ毛に、長い前髪がジョーの片眼を隠している。


「外で待機している。それほど時間もかからないだろうから、ね」


加速装置をしようしたにも関わらず、痛みのないジョーの服に、フランソワーズは疑問を持つ。
その視線に気が付いて、ジョーは微笑んだ。


「・・・学院で行動するのに、いちいち”防護服”では目立つから・・・今、改良中。今日は”これ”のテストを兼ねているんだ」


ジョーは着ている白シャツの胸元を摘んだ。
フランソワーズは頷き、微笑みながらジョーを見つめる。


ジョーよりも背の低いフランソワーズだから、ときおり覗くことができる長い前髪に隠れた、アンバー・カラーの両瞳。

落ち着いた、テノールの声が低音をすこしばかり強調して、いつもよりも小さめに声を出す。



ジョーがいる。
ーーーフランソワーズが、いる。




たった5日間、会わなかっただけ。
会わずとも、三日前から毎晩、ウサギさんさを通して邸内の様子を009に報告していたので、正直に言えば5日間も会っていなかったと言う感覚がない。


ーーーキミの声を、毎日聴いていたのに・・・・




それでも、淋しかった。



それでも、会いたかった。



それでも、恋しかった。



それでも、夢に見れば・・・・胸が痛んだ。




声だけでは、足りない。










声だけでは、不安。












声だけでは、感じられない。











ーーーキミに逢いたくて
あなたに逢いたくて

そばに居て欲しいと、強く、強く、強く・・・感じ続けた日々。














「・・・・元気そうで、よかった」


優しく、甘く、囁かれた声に、フランソワーズの胸が高鳴った。






003で、いなければ・・・・!と、もう1人の自分が叱咤する声が聞こえてくる。


「・・・・・報告、した通り、今ここにいるのはメイ子さんだけなの。彼女は11時くらいになるまで起きてこないわ・・書斎は、3階の・・」
「・・・・・・・・・」
「知っている、と思うけれど、・・・3階・・・の・・」
「・・・うん。3階の?」
「・・・・あの・・?」


じっと真っ直ぐに見つめてくるアンバー・カラーの瞳に耐えきずに、熱くなっていくだけの頬が恥ずかしくて言葉半ばに俯いてしまった。


「・・・・・・声は聴いていても・・・やっぱり、久し振りだなって思って。あと・・・」
「・・・・あと?」

ジョーはクスっと笑った。


「朝ご飯は、苺ジャムのトースト?」
「え?!」


跳ねるようにして俯いた顔を上げたフランソワーズは、慌てて口元を手の甲で擦った。


「・・・美味しそう。そういえば、ピュンマも俺も朝飯まだだった、な」
「っとにかく、3階の書斎へ案内するわ」
「・・・・・・終わったら、ピュンマと何処かで食べないと、ね。・・・・・出かけても大丈夫そうなら、一緒に行く?003」










====50へ続く


・ちょっと呟く・


こらこら。
こらこらこらこらこら!

ミッション中だからっ!!!
48から今回も調子に乗っている9は次回・・・ふふ。
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Day by Day・50
(50)



篠原邸、3階に設けられた部屋は、秀顕の書斎、扉続きの資料室。彼のプライベートルーム、そして、アップライト・ピアノが置かれた、サン・ルームと小さなキッチン。
一見、2世帯住宅のように感じられる作りだった。

009は003に案内されながら、用心深く周囲を伺う。
現在、邸内にはホームステイ中のマリー/フランソワーズこと003,以外は住み込みのハウスキーパーのみ。


「ここが、書斎。今はさえこさんが使用していると聞いているわ。・・・ひと通り視てみたけれど、何もそれらしいものは見つけることはできなかったの。彼女は、ここへ寝に帰って来ているみたいだし・・・」


003はさえこが本当に邸に帰宅しているのかを調べるために、寝ずに彼女の帰宅を待っていた日があった。
深夜、静まりかえった住宅地に、”耳”で聴かなくてもわかる車のエンジン音。
ぴたり。と篠原邸の前で停まり、数分後、再び走り去っていった。


003はそれらを”眼”を使ってみていた。
正門前に取り付けられていた、セキュリティを解くために、素早く暗証コードを打つ手の動きから、彼女がここの住人であることが解る。
午前13時50分ごろに帰宅したさえこは、3時間後、再び邸を出て行く。
近づいてきたエンジン音が、それを003に教えてくれた。


邸内でのさえこの動きを”眼”で追っていた003だが、彼女は3階へは足を向けずに、そのまま2階の彼女の寝室へと入っていき、部屋突きのバスルームを使った後、服を着替え、外出の準備をし、眠ることもなく、再び邸を去っていった。

翌日も、同じ時間帯に篠原邸へと帰ってきたさえこは、3,4時間ほどの仮眠を取り、陽が昇りきらない、肌寒さ残る薄闇の中、出かけていった。


当麻が言う通りに、彼女は当麻が邸にいることを知っているはずであっても、声をかけることも、様子を見ることもなく、去っていく。
それは、朝の早い当麻を気遣ってのためだろう。と、マリー/フランソワーズは当麻に言ったが、彼は寂しげに微笑んで首を力無く左右に振り言った。


「ぼくの物心ついたころから、さえこさんは、ああいう人だったから」












####

003の言う通り、表のセキュリティ体制に較べて邸内は、拍子抜けしてしまうほどに、無防備な状態であた。003に案内された、秀顕の書斎の机の上に置きっぱなしされている資料や、棚に納められていたファイルを手に取る009から溜息が漏れる。


「・・・こんな大事なものを放っておくなんて、な」


ジョーが手に取ったファイルは、篠原グループが関わる来年度の篠原グループの新規プロジェクト・スケジュールとその予算案だった。


「009」


短く、003から呼ばれて手に持っていたファイルを元に戻した。


「・・・この奥?」
「ええ、ここが資料室らしいの・・だけど」
「・・・・・・キミは”視た”だけで、触れていないね?」
「ここだけは表のセキュリティと同じで、ドアを開けた回数、時間、すべてが記録されてしまうから・・・。暗証番号は、毎月変わるみたいよ。メイ子さんもこの家ではここの番号は教えられていないわ」
「カメラは?」
「壁に、カラープレートカメラが4台(DSP)広角タイプ。天井に、センサー付き暗視カプセルカメラ・集音・パッシブセンサー機能・広角レンズ型が2台。・・・あと、各窓にはガラスセンサー」
「・・・一般に市販されているタイプだね。問題ないよ。ドアの方は008からの連絡待ちになる、な。このタイプは篠原本社のものと同じだから、ね」
「どうするの?」
「・・・・・勘違いしてもらうんだ、よ」


009はドア前にいる003のそばに立ち、脳波通信で008を呼びだした。


<008>
<どう?>
<003から報告されていた通りだ。そっちの準備は?>
<今、篠原邸のセキュリティ・システム回路に進入中・・・・。うん・・・っと、そこは、表のセキュリティとは別回路だね・・・>
<出来る?>
<うん、大丈夫。5分以内には解除できるよ・・・ついでに室内のカメラもいじっとくから、ゆっくりどうぞ!>
<わかった>


「009、資料室の中にある金庫に”トーマス”のものが入っているわ。アタッシュケースの中にマイクロフィルム、シート状、フィッシュタイプの244コマに納められてるわ、シートは・・4,5枚くらいかしら?重ねられているから、よく解らないわ」


003は”眼”を使って室内を透視、拡大していき、金庫内にあるアタッシュケース内のものを確認した。


「シート状か・・・リールタイプじゃないんだ?」
「ええ。コマは35mmではなく16mm」
「面倒だな・・・スキャンして電子化された物とか、他には?」
「残念だけど、それだけよ」



”眼”のスイッチを切り、003は009を見る。


「・・・・・持ち出しになる、ね。003、邸にマイクロフィルムリーダーに、プリンターあったかな?」
「ドルフィン号にはあったと思うけど・・・」
「・・・邸に引っ越すことになって、マイクロフィルムで保存していたデータは全て電子化したから・・・捨てたかな?」
「009が?」
「いや、僕は捨ててない」
「私もよ」
「あのときのゴミ当番って誰だったか、覚えてる?」
「・・・あの時期は確か、色々と処分するものが沢山あったから、ほとんどジェロニモにお願いしていた気がするの」
「・・・複製するしかない、な」


軽く溜息を吐いて009はロックがかかった扉を見つめた。


<008、マイクロフィルムリーダー、まだ邸にあったかしら?>
<あるんじゃない?・・・邸の裏にある倉庫にでもさ。捨ててないなら>
<008は捨ててない?>
<僕は捨ててないよ!・・・・ああいうのって捨てるのもったいなく感じるから・・。誰かに聴いてみるよ、あ・・・・>
<008?>
<今、”ドア”のセキュリティ回線と繋がった・・・・・いつでもドアのロックを解除できるし、防犯・監視カメラも切れるよ>


009は、ポケットにつっこんでいたナイロン製の手袋をはめて、資料室のドアノブを握った。



「003、とにかく中身だけを邸に持ち帰る、よ。夕方にキミの本来のステイ先の”ホスト”のフリをした007がここへキミを訊ねてくる。それに僕と008が同行して、同じようにこれを返しに来るから、いいね?」


003は009の言葉に頷くと同時に、008から通信を受け取った。


<いつでもいいよ!009>



カチッと、金属音が小気味よく書斎に響いた。












####

当麻は家から5分ほど歩いた先のバス邸からJRの駅に向かう。
歩いていける最寄りの駅は私鉄で、そちらを使ってJRへと乗り換えることもできるが、なんとなくバスの方が楽しく思えて、あえてバスを使っていた。

いつもと同じ時間に、同じようにバス停についたら、乗る予定であったバスがちょうど、1ブロック先の点滅信号で停まっていた。


「・・・あれ?・・・・・・乗り遅れた?」


携帯電話を取りだして、時間を確認する。
時刻表に記載されている時間よりも10分早い。

次のバスまで15分ほどまたなければならくなった当麻は歩いて、私鉄の駅へと向かおうと歩き出した。
ふと、携帯の液晶画面に映し出された日付が目に留まる。


「・・・・・・あと、2日で・・・・・・・・・・・・」


駅に行くために、横断歩道を渡らなければならなかたが、当麻は渉らずに自宅へと戻り始めた。

明日は土曜日。
授業も午前中しかない。











ーーーだから。










もう1度、携帯電話を取りだして、日にちを確認した。
楽しい時間は通常の10倍は早く時間が経ってしまうことを、実感する。



ーーー驚くだろうな・・・マリー。



何処へ行こう?




何をしよう?


















ぼくが彼女に持っている気持ちを、いつ言おう・・・・。















道行く人の波とは反対方向へと歩きながら、今日どうするかを真剣に考えてながら、家に戻ったときのマリーのリアクションを想像しては、笑いがこみ上げてきて、頬が上がる。



ーーーなんて、言おうか・・・・。学校へ行かなかったこと、マリーは怒るかな?それとも呆れる?




喜んでくれる?








10分ほど前に歩いた道を引き返す。
梅雨入り前を感じさせる、抜けきる空。
白い雲は風に凪がれることなく、同じに位置に居続けているように見えて、当麻が角を迂ってときに、少しだけその角度を変えた。

正門前に立ち、暗証コードを打ち込んでいく。
毎日8桁あるコードは毎日、下2桁だけある法則にしたがって変わっていく。





008は繋げていたセキュリティ・システム回線に突然飛び込んできた、ロック解除の動きに慌てる。
ロックが解除された。と、証明するように、正門のドアが、がちゃん。と鈍い音を立てた。











<009、003っ!篠原当麻が帰ってきたよっ>
「っっ009!当麻さんが帰ってきたわ・・・」


008と003の報告はほぼ同時。
003の”耳に”届いた、正門ロック解除の音に素早く反応して”眼”を使い確認した。
マイクロフィルムを手に、3階から2階へ降りた廊下で003と009は立ち止まった。


「彼は?」
「玄関に」
「これを持ったままだと、加速はできない」
<009、003、大丈夫?!>
「008、大丈夫よ・・・。009、私の部屋に行きましょう。多分、忘れ物か何かを取りに帰ってきたとだけだと・・・・」


当麻が玄関に入り、1階のリビングルームへと入っていったのを003が”眼”を使い確認する。


「あれ?・・・マリーは・・・部屋?」


リビングルームに入った当麻の呟くような独り言が”耳”聞こえ、次ぎに彼の足音が2階へと続く階段に向かって進んでいく。


「・・・009、彼は私を捜しているみたい。私の部屋は2階の一番奥、左手のドアよ」
「・・・・窓から、出る」















####

「当麻さん?」


マリー/フランソワーズの声がドアを隔てた廊下から聞こえた。
ジョーがフランソワーズの部屋に入り、ドアを閉めたとき、彼女の部屋に近づいて来る篠原当麻の”足音”を009であるジョーも確認できた。


フランソワーズの部屋の窓から屋外へ。
009として、そのように判断したが、ジョーの足はドアから動かなかった。



石のように固まってしまった足。
初めて聞く篠原当麻の、声。

マリー/フランソワーズと篠原当麻の、会話。






ドア1枚隔てたの向こう側の、自分が知らない・・・・フランソワーズ。


「マリー、あのさ」
「当麻さん、忘れ物?・・・早くしないと遅刻してしまうわ!」


フランソワーズの弾んだ、明るい声にジョーの胸が焼け付く。


「・・・いや、遅刻って言うか、さ」
「どうなさったの?」
「・・・・・・連絡、来たかな?」
「え?」
「マリーがステイする予定の・・・」
「あ、ああ・・・。まだなの、今日中にはわかると思うわ。夕方に心配して下さって、ステイ先の方がこちらに来て下さるの。その時にわかると思うわ」
「夕方に・・・?」
「そうよ、何か・・・」
「いや、うん。わかった。それなら夕方までに戻ってきたら大丈夫だね?」
「当麻さんは何も心配なさらないで・・・学校へ早く行かないと・・・・・」


心臓が緊張と不安に、狂ったように暴れ始める。
息苦しさを感じながら、肺は空気を求めることが出来ない。
手の平にかく汗が、気持ち悪い。

ドアに背を貼り付けて、ジョーの意識が耳に届く2人の会話に飲み込まれていく。



「・・・・・学校はもう、いいんだっ」
「いいって・・・。当麻さん、学校が休校にでもなったんですの?」
「う~~~ん・・・・そういうコトじゃないんだけど・・・うん。ま、いいよ。そういうコトにしておいて。それで、時間が出来たから、一緒に出かけよう。東都タワーに上ってみてもいいし、ポレット・タウンの大観覧車、乗ってみたいって言ってたよね?今日は良い天気だから、今から行こうよっ」
「今から?!」
「うんっ、今から行けば、夕方までには十分に遊んで帰ってこられるしさ」
「・・・でも」


噛みしめた、くちびるの痛みよりも、慣れてしまった生温かな血の味がジョーの意識を009へと戻そうとする。








ーーー感情で動くな。












ーーー本来の目的を、行動を、すべきことを、見失うな。
























ジョーの足にゆっくりと伝わる、脳からの”信号”は、固まっていた筋肉を少しずつやわらげて、一歩を踏み出すことに成功する。



”・・・・・・終わったら、ピュンマと何処かで食べないと、ね。・・・・・出かけても大丈夫そうなら、一緒に行く?003”
”いいの?”
”・・・・彼は学校で、メイ子さんは起きてこないんだろ?”
”行ってもいいの、かしら・・”
”ピュンマも喜ぶよ。久し振りだから。あ、でも”
”・・・?”
”・・・・・食べ過ぎてお腹が痛くなって、病院に運ばれるとか・・・そういうの気をつけて、ね?”
”!!っっそんなに食べないわ”
”・・・2回目の朝ご飯になるから、な。きっと”
”・・・・・行くなら、駅前のユーモレスクに行きましょうね!とっても美味しいのよ”
”朝から、ケーキ?”
”っっそこはブレック・ファストやランチが美味しいのっ”
”ケーキも、だよね?”
”・・・・・・・・ここが、書斎よ”








<・・・・・行くよ、また連絡する>



窓が開かれたまま、雨の匂いを含んだ風が部屋に入り込む。
太陽が、グレイに色付き始めた雲へと隠れて、光翳る。











<っ待ってっ・・・・・ぜ・・・ジョー・・・・・・・>


ジョーから届いた脳波通信。
すぐに彼を呼び止めようと、通信を返したけれど、すでに009は通信回路を切ってた様子で、フランソワーズが送った通信に返事はなかった。





009と合流した008は、ジョーと一緒に駅前のカフェで朝食を取る。
ピュンマが頼んだのは、オススメとプリントされた文字に惹かれたブレック・ファストのセット。
2つのポーチド・エッグに焼きたてのトースト。カリカリベーコンに、あっさりオニオンスープとクレソンのサラダ。そしてグラノーラ・フルーツ入りのヨーグルト。食後の珈琲付き。
ジョーは珈琲だけを頼んだが、勝手にピュンマは、ジョーの分だと言って、イングリッシュマフィンのモーニング・サンドを頼んだ。

ピュンマはブレック・ファストのセットとは別に気になっていたものだったため、ジョーが食べないなら自分が食べるつもりらしい。






窓側に座って眺める、駅前の大道り。
近くに女子校があるのか、同じ制服を着た女の子達が駅から降りてくる。

何が楽しいのか。
何が面白いのか。



女の子たちはキラキラとした笑顔で学校へ向かう。
ピュンマは、まもなく”潜入”する月見里(やまなし)学院へ行くことに、”ミッション”と知りつつも、授業が受けられる、学校へ通うことができる。と、期待に胸が膨らませた。


「あ、向こうにもカフェがあるんだね!・・・なんか、可愛い感じ。あっちは男2人だと、入りずらいね・・・」
「・・・・・そうだ、ね」
「ケーキとか、置いてるかな?フランソワーズが好きそう」
「・・・」



ジョーはちらりと、視線を窓の外にある、ピュンマが見つけたカフェに視線をむけた。




”カフェ・ユーモレスク”












「・・・・好きかも、ね。フランソワーズなら・・・・・ああいう店」










持ち帰ったマイクロフィルムは、直ぐに複製された。
当初の予定を変更し、午後には008と007が再び篠原邸へ赴き、朝と同様に008がセキュリティ・システムへ進入。猫に変身した007がマイクロフィルムを背に結びつけて、邸内に侵入し、元の場所へとを戻すことに成功する。

007はその足で偵察を続ける月見里(やまなし)学院へと向かい、008は公共交通機関を使い、ギルモア邸へと帰った。



その日のうちに、ギルモア邸で電子化されたマイクロフィルムが00メンバーが見守る中、解読された。そして、イワンが眼を覚ました。













####

当麻に急かされるようにして、出た街。
むかった先は、ポレット・タウン。浜竹町駅から”日登り橋”よりポレット・ステーションまで20分かかる水上バスを使った。


世界最大級の観覧車を目の前にして、感動の溜息に混じった・・・淋しさ。
チケットを購入し、乗り込んだゴンドラで当麻がいつの間にか買っていた缶ジュースを手渡された。


「・・・・迷惑だった?」


ゆっくりと自分たちを乗せたゴンドラを上へ、上へと運んでいく。
空へと近づいていく風景を見ながら、フランソワーズはドルフィン号で離陸するときの風景を思い出した。観覧車の頂上に辿りついても、ドルフィン号で飛ぶ空の高さには絶対に届かない。
ジェットに抱えられて飛ぶこともあるが、その十分すぎるスピード感は、初めの恐怖心さえ乗り越えれば、人類が夢見る”空を飛ぶ”こと、の素晴らしを体感できた。


ゆっくりと、ゆっくりと、時間をかけて空へと運ばれていく、箱。





「・・・・・・マリー、迷惑だったかな?」
「・・・・あ。・・・・・・え?」


いつも通りにふり舞っているように見えるが、ときおり吐く溜息に、遠くを見る視線の方向に、美しく宝石のように輝く蒼瞳の輝きが失われていることに、気が付いていた。


「・・・元気がないね?」
「そんなことないわ、少し怖いの・・・・・。ほら、もうこんなに地上から離れてしまって」


そう言って、当麻から視線を再びゴンドラの窓から街を眺めた。


「・・・・・・もうすぐ、新しいトコロへ行くんだよね、マリー」
「ええ。1週間と言う約束ですもの」
「・・・・・・・・会える?」
「・・・会える・・って?」
「週末とか、学院がない日とか・・・・・会いたいな」


当麻の言葉に、マリー/フランソワーズの躯が強張る。



「・・・・・・・い、忙しくなると思うわ」
「勉強が忙しいのは、ぼくも一緒だし・・・・マリーと会うために時間を作る。そういうの苦にならない。ならないどころか、・・・・・嬉しくて、幸せだと思う。ぼくの言いたいこと、解ってくれるかな?」
「・・・・・」


躯を壁際ににひっつけるようにして、ゴンドラ内をぐるりと囲んだ銀色の冷たい手すりのようなものを、握る。

マリー/フランソワーズの視線は、おもちゃのようになった地上に釘付けのまま。


「このまま、さようなら。じゃ、嫌なんだ。・・・・・マリーに会えたこと、一緒に過ごした時間、すべてがぼくにとって・・・この世に神さまがいるなら、彼の足にキスをしたいくらい・・・・感謝してる。まだマリーを知って5日目だけど・・・・・・・。でも、ぼくにはもう、十分なんだ。時間なんて、過ごした日数なんて、関係ない」


当麻の言葉が、フランソワーズの胸に重く、熱く・・埋まっていく。


ーーー怖い。




身が竦む。
息が止まる。


当麻と言う人物は、信頼できる。
フランソワーズはそれをよく知っている。
それにも関わらず、当麻が自分に向ける、視線と言葉がフランソワーズを怖がらせた。


フランソワーズ自身も混乱する。


何が、そんなに怖いのか。
何を、そんなに恐れているのか。






















「・・・・・家を出たあともぼくと、会ってくれるかな?」













当麻は、胸に並べていた2文字を喉を通さずに、そのまま自分の胸に留めた。
会えなくなる。
そのことだけに焦って答えを求めている自分にブレーキをかけた。


マリー/フランソワーズが怖がっているように思えたから。
狭く、逃げ道のないゴンドラ内。

地上から遙か遠く離れた、空の上。



当麻は、マリー/フランソワーズを追い詰めてしまったと反省しつつ、キュッと胸が縮む痛さに息を飲み込むことで耐えた。



長期戦。



ーーーマリーは、ぼくと同じようには感じてくれていなかったんだ・・・・・。







自分の勘違いを恥じつつ、けれども拭いきれない考えが脳裏をよぎる。






ーーー・・・・・だったら、どうしてマリーは・・・。








マリーが魅せる、視線。しぐさ。表情。言葉。
何度か付き合ったことがある、彼女たちが自分にみせた・・・それらと似ている、いや。同じものであったと当麻は考える。







ーーーぼくじゃない、誰かを見ている・・・・・・?・・・・ぼくを通して誰か・・別の?








「当麻さん。今はまだ何もわからないの・・・・。お約束することはできないけれど、また・・・・遊びに来たいわ・・・・」


フランソワーズは当麻にむかって微笑んだ。
彼の口から”告白”の言葉が出なかったことに安堵した笑顔で。


「・・・いっぱい、遊びましょう!・・・・今日は夕方には戻らなくちゃいけないけど、明日、明後日は朝から夜まで!!」


当麻は笑う。
フランソワーズの携帯電話が、マナーモードに切り替えられていて、彼女がメールに気がついたのは、ショッピング・モール内のレストランで昼食をすませたとき。




メール内容は007がすでにマイクロフィルムを元へ戻したため、今日予定していた007、008、009の篠原邸の訪問をキャンセルすること。
003がホームステイ中に調べた事柄から、篠原当麻が”マクスウェルの悪魔”である可能性がなくなったこと。

これ以上、篠原邸にいても意味がないので、明日の午後にはギルモア邸へ戻ること。
004と009が篠原邸へ向かいに行くことが書かれていた。


夕方の訪問がキャンセルになった、と。それだけを当麻に伝えて、2人が篠原邸に戻ってきとときには、午前1時を過ぎていた。

その日、初めて003は009への報告を怠った。






時間は気にしていた。
けれども、今日で最後だから。と・・・。
携帯電話でメッセージを送れば00メンバー全員にメールが一斉送信されてしまう。ギルモアからのホームステイの条件の1つでもあった。




”いつ、何が起きても、メンバーの誰かが、直ぐにかけるけられるように”






009に、ジョーに、指定された時間に篠原邸にいなかったことで、余計な心配をかけているのではないか、何かあったのかもしれないと勘違いされてはいないか、などと不安になったが、フランソワーズの持つ携帯に誰からもメールが届いていないため、自分が大げさに考えていることに気が付いて恥じた。

今日、すでにジョーとは会っている。

そのため、わざわざ報告の必要はないと思われて、連絡がこなかったのかもしれない。
携帯メールを何度も確認するが、昼間に届いた003宛のメールのみ。


指定された時間に報告できなかった=篠原邸にいなかった。ことに、・・・・何もジョーは思わない。感じない。仲間として心配されたとしても・・・・・、などと考え始めたフランソワーズは、久し振りに逢ったジョーの姿に、自分がどれほど彼に惹かれているか、想っているか、を嫌と言うほど再確認させれられた上、003として気を張りつめていたこころが緩んで、雫となって頬を伝った。






フランソワーズが眠るベッドのまくらに座る、
柔らかな、ふわふわとした短い毛並み。
糸で縫いつけられた、目尻が下がった小さな瞳。
くたくたとした異様に長く作られたウサギの耳は、少しとぼけた印象の、フランソワーズのお友達だけが知っている。


何度も送られてきた、通信。
何度も、何度も、何度も。


今、フランソワーズが耳に隠したケーブルを繋げれば、繋がるかもしれない。

















朝、ジョーがこの部屋を去る前に、そっと手に取ったウサギさんにキスをひとつ、残していった。

「・・・・・ずっと彼女と一緒にいられて、羨ましい、よ」












====51へと続く


ラグビーさんからゲットした当麻君・イラスト!は、コチラ



・ちょっと呟く・

9はもんもんです。
モンモンしてます。
3が当麻と出かけたの知ってるだけに、悶々です。


(’-’*) フフ・・・・・・。

さくらちゃんにちょっかい出してないといいけどね。いじけて(笑)

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Day by Day・51
(51)






何も変わることが無く、当麻の気持ちを無視して時間は過ぎていく。
予定していたマリーの滞在日程が延びるどころか、2日縮まってしまい、あと1時間もすればマリーが本来滞在する予定だった家から、迎えが来る。

当麻は溜息を吐く。




溜息を1つ吐くごとに、幸せが1つ消えていく。
そんなことを訊いたような気がするが、溜息を吐く前に、1つ、当麻の幸せは消えていこうとしているのだから、いまさら何度溜息を吐いても一緒、などと考えながら、リビングルームにあるソファに座って見る気もないテレビを付けていた。


マリー/フランソワーズの荷造りの手伝いを。と、先ほど部屋を訊ねたが、たった1週間だけだった滞在だったために、手伝いを必要とするほどではない。と、丁寧に断られた。


「情けないな・・・」


未だ、次の滞在先はどこか。
今後どのようにマリーと連絡を取ればいいのか、さりげなくマリーに訊ねていたが、上手く質問をかわされていたる気がしていた。


時計をちらちらと見ては、溜息が出る。





このままで、いいわけがない。
このままで、いいはずがない。







昨日、乗り遅れたバスを理由に当麻は学院へは行かなかった。その代わりに、マリーを連れ出してポレット・タウンに行き、その後は街へ出て一日中遊んだ。





初めて、マリーが乗ったという大観覧車の中で。
2人だけの空間で。

伝えたい言葉を避けて、当麻は自分の想いをマリーに伝えた。
ただ、伝えた。



伝えた。


伝わったはず。


マリーは知った。




「・・・・なかったことに、されるのかな・・・・、なんで?」








どうして?












何度か、ハウスキーパーであるメイ子がリビングを往復したが、当麻は気にもせず、右から左へ抜けていくだけのテレビ音声と、目蓋に焼き付いたまま離れない、マリーの笑顔を見つめていた中、訪問する予定の時間よりも、少し早く客人は篠原邸を訪れた。


玄関先に、置かれたマリーのトランクケース。




客を出迎えるために、ソファから立ち上がり玄関に向かった当麻は、トランクケースを手に持つ、マリーを見つけた。


「あ、当麻さん」
「マリー、あがってもらおうよ」
「・・・・いいえ、このまま行くわ」
「そんなに、慌てなくても・・・・・」
「当麻さん。短い間でしたけれど、ありがとう。お世話になりました・・・本当に、よくしていただいて、楽しかったわ」


マリーの言葉を耳にしながら、当麻は玄関の扉を開ける。


ーーーもう、2度と会うつもりがないような・・・ことを、言うんだね?







男が2人立っていた。

1人は、銀色の髪とアイスブルーの冷たい瞳。
当麻よりも背が高く、ラフに着こなしたスーツ姿がとてもよく似合う。


「こんにちは。マリーを迎えにきました」



当麻は自分と年令が変わらないように見えた、もう1人と視線が合う。
玄関先少し離れた場所で、手に持っていた煙草の火を消した仕草と、落ち着いた物腰で当麻に向かって会釈した姿。逆光で視界を遮られていたが、なんとなく見えるシルエットと、その雰囲気で自分よりも年上。と、勝手に判断した。


「・・・こんにちは」


”煙草”を吸っていた彼は、自分と同じ年であり、今週の火曜日から月見里(やまなし)学院へ編入が決まっている”島村ジョウ”であると、銀色の髪の男から紹介された。









耳に届いた名前と容姿がまったくかみ合ったいない、と思ったのは、ぼくだけだろうか?





















####

運転手として篠原邸までアルベルトとともにやって来たジョーは、車の中で待っている。と、言ったがアルベルトに無理矢理、篠原邸の玄関まで連れて来られた。


「来週から同室、になるんだ。挨拶しておいてもいいんじゃないか?」


車を降りて、ジョーが煙草に火を付けると、アルベルトはそれを取り上げて自分が吸った。


「・・・GARAMか。しかもお前、この紅箱・・・乱暴だな、強すぎて好みじゃない」
「自分のRoth-Handle、吸えばいいだろ?」
「切れた。昨日から、えらく量が増えてるじゃないか?」
「・・・・・いちいち数えてない、よ」
「お前用のストックが、2,3消えていた。吸い過ぎだろ?」
「数えてるの?」
「だから、オレの分が無くなったんでな・・・」
「ジェットのは?」
「アイツのか?・・知ってるか?・・・最近、アメリカン・スピリットのオーガニックに変えたのを」
「・・・・何?それ・・?」
「吸えば解る。性に合わん」


ジョーは箱からもう1本取りだして、ターボライターで火をつける。
紙が燃えゆく音が、草を含みジジジっと焼ける音が聞こえ、吸い込み火を呼び寄せる。
煙草に映った火を見つめながら、肺に吸いこんだ煙を軽く吐いて、再び深く、肺に流し込む白。

躯を冒す。


吸いこんだ霧が、ジョーのこころを隠す。
見なくていいように。

これ以上、考えなくていいように。






フランソワーズからの連絡がなかった昨夜。
ずっと、回線を繋げたまま朝を迎えた。


彼女の携帯電話へメールすればいい。
けれども、指が動かなかった。



実際に篠原邸で逢い、彼女がすべきことは終わった。
報告するような事はない。


言葉が浮かばなかった。
携帯電話を取りだして、新規メール作成を開く。


開いただけで、何を書けばいいのか、ジョーは解らなかった。



















アルベルトは、煙草を吸い終わり、ジョーの持つ携帯用灰皿にそれを押し込み歩き出した。
正門で、チャイムを鳴らす。
落ち着いた女性の声が聞こえ、門が開いた。

玄関のドアをノックする・・前に、資料の写真で見た男がドアを開けた。
















####

ジョーは、”声”だけではない、並んで立つ当麻とフランソワーズを見る。








苛々する。









焼けていく。


熱く、焼けただれていく内側。










フランソワーズの隣に、メンバーではない男がいる。
自分の知らない、男がいる。


彼女が微笑みかけるのは、彼。





苛々する。







吐く息は痛いくらいに冷たいのにも関わらず、胸は灼熱に狂う。












なぜ、連絡しなかった?

なぜ、応答しなかった?










昨日、何をした?














こいつが、キミの?






こいつが、キミを?


















キミは・・・・・・・・?















煙草が、煙が、毒が、恋しくてたまらなくなる。










「編入?」


篠原邸の、開け放たれたままの玄関ドア。
よく通る当麻の声に、、ジョーは目の前に立つ当麻へと視点を合わせた。


「ええ、短期ですが。・・・・今日、連れてきたのは、あなたもその学院に通っていると、マリーから訊きまして。何かあったときは、すみませんがよろしくお願いします」


アルベルトは、自分の後方に立つジョーへと振り返り、その腕を取り自分の隣に立たせたことにより、当麻はやっとジョーの姿を捕らえることができた。





日本名のガイジン。



いや、違う。



違うのか?




「初めまして、火曜日から寮の方へ入ります」
「学年は・・・」
「高3」
「・・・・ぼくと、同じですね。編入生の噂があったんですが、時期が・・・だから、ただの噂だと思ってました」
「海外生活が長かったんで、少し”荒れて”ますが、よろしく」


ーーー日系帰国子女か。




アルベルトに捕まれた腕を解きながら、視線を当麻を捕らえている。
ジョーの、その視線の鋭さは”よろしくお願い”する態度ではないように当麻は思えたが、”島村ジョウ”と名乗った彼に付きそう、銀髪の保護者、アルベルトの”荒れ”ている。と、言う言葉を理解したような気がした。


「日本の学校は、煙草・・・駄目だから。みつかったら退寮だよ。一応ぼくは今学期のRA(Resident Assistant)だから。何でも訊いてきてください」


当麻の言葉にジョーではなく、アルベルトが頷いた。


「・・・荷物、それだけ?」


唐突に自分に向けられた声に、ジョーが一体誰に向かって言っているのか、一瞬理解できなかった。


「・・・荷物」
「っええ、これだけ・・・・」
「車に運ぶ、よ」


ジョーはフランソワーズの隣にある、ギルモアが今回のために買ったエナメル加工された、ベージュのトランクケースに腕を伸ばし、それを玄関から運び出した。

アルベルトは呆れたように、ジョーの行動を見る。
どちらかと言えば、呆れている。と、言うよりも、ジョーのその態度がおもしろい。
フランソワーズが邸を出た後の、彼の様子をビデオカメラで撮ってフランソワーズに見せてやりたかったと、アルベルトは本気で思う。


「そろそろ、行こうか」


トランクケースを持って車へと戻っていくジョーから視線をマリー/フランソワーズに向けて、アルベルトは声をかけた。
彼女は頷いて、靴を履く。


「マリー・・・ぼくはまだ、君の連絡先を訊いてないんだけど・・・。教えてもくれる?来週末、東都タワーへ行こうよ」















ーーーそういうことか・・・・。












アルベルトは、当麻の言葉とその態度。瞳を揺らす”熱”に、彼がマリー/フランソワーズに抱いている感情を簡単に理解し、そしてジョーの煙草の減りが早い理由も”本当”の意味でわかった気がした。

昨日、008からちょっとしたハプニングがあったことを訊かされていた。
昨夜は、003と連絡が取れない様子だと、ギルモアが心配そうに漏らしていた。






<携帯電話、ならいいだろう。都合が悪くなれば変えればいい>


フランソワーズへと脳波通信で、伝えた。



















####

ギルモア邸に戻ってきたフランソワーズは、00メンバー、ギルモアに温かく迎えられて部屋で少しばかり休んだ後、夕食前のミーティングで篠原邸滞在中に得た情報を手早く報告し、夕食をすませてから地下のメンテナンス・ルームへと行き、ギルモアの検査を受け終えた。

予定よりも早く目覚めてしまったイワンだったが、眠り足りない様子で、いまだ夢の世界とこちらの世界を行き来していた。
そのために大変機嫌が悪く、フランソワーズがギルモア邸に戻ってきたと知ると、彼女の腕の中から離れようとしないので、検査中でもイワンを抱いた状態で行われ、いつもよりも倍の時間がかかった。
やっと寝付いたイワンを1階のリビングルームのベビーベッドに寝かせ、彼から解放されたのは深夜2時近くのことだった。

いつもの日常が戻ってきた。



ホームステイ先、でもあり、潜入先でもあった篠原邸での生活は、あくまでも”客人”として、もてなされていたために、”調査”以外の時間は退屈に思えるほど、のんびりとした時間を過ごしていた。

当麻が学院から帰ってきて、1時間ほど一緒にお茶を楽しみ、外へと出かけていく。
行動するのが、ほとんどが夕方から夜の時間となっていたが、季節的に日が長くなりはじめていたために、何も問題はなかった。

夕食もほとんどを外で済ましていた。
住み込みのハウスキーパーだったメイ子には、夕食を食べて帰る。と、携帯電話で連絡を入れるだけで良かった。


ギルモア邸を、離れて過ごした・・・・・人らしい日々。と、言えば、そうなのかもしれない。









楽しかった。

それが正直なフランソワーズの感想。

けれど、何かが違った。





リビングルームのソファに深く身を沈めながら、取りだした携帯電話。
3通のメールが届いていた。

2通は当麻から。
無事に家に着いたか、どうか。
東都タワー以外に、行きたいところがあれば、連絡が欲しい。というメッセージ。



もう1通は、一昨日の、いや、昨日。

フランソワーズは躯を跳ねさせるようにして、上半身を起こし、携帯電話を握りしめて液晶画面にかかれていた送信者の名前を見つめた。






届いていたのは、メッセージが打ち込まれていない、空メール。
何かのミスで送られたのだろう、そのメールの送信者は、"JOE/009”。


時間は、13;06AM
日付は、昨日。







何も書かれていない、メール。
けれども、ジョーは、連絡しようとしてくれた?


心配・・・してくれた?






篠原邸から、ギルモア邸へと向かう車の中で、彼はひと言も話さなかった。
ずっとアルベルトとのみ会話をし、ギルモア邸に戻ってきてからも、009とは会話しても”ジョー”としては、一度も会話する機会がなかった。

ミーティング後、地下の研究室に籠もったまま。
ギルモアの助手として、自分のメンテナンスに来るだろうと思っていた。が、ジョーは現れなかった。

学院へ潜入するための準備などで忙しいのだろう、と解っていても、これなら篠原邸にいた方がジョーをずっと身近に感じていた気がする。




声だけ。






声だけだった。





だから、欲張りになるこころを抑えるのに、苦労した。








声を聴いたから、逢いたくなる。

声を聴いたから、見つめたい。

声を聴いたから、触れたい。


そばに、いたい。









フランソワーズは全身で溜息を吐きながら、再びソファに深く身を沈めていった。
いつもより、躯が気怠く、熱いような気がする。

部屋に戻って休んだ方がいいのだが、冷たい皮の感触を躯が求めていた。





1度、口に出して”好き”と言ってしまったせいで、難しくなっている。
溢れ出る、”好き”と言う気持ちを、コントロールするのが、難しくなっている。


涸れることなく溢れる気持ちは、どうして?








どうして、こんなに好きなの?
どうして、彼なの?






こんなに好きになってしまって、どうしたらいいの?







怖い。










好きって怖い。
人を好きになるって、怖い。







当麻さんの気持ちが、もしも・・・・。
















彼の瞳に揺れた熱が、アランに似ていた。










怖い。















人を好きになると、人は浮かれされた熱に、狂う。

私も狂ってしまっているの?






もう、わからない。










好きなの。
ただ、好きなの。



003だから
私だから
フランソワーズだから



















手に持っていた携帯電話の感触がふと、無くなった気がした。























####

喉の乾きが気になり始めて、1階のキッチンへ足を向けると、リビングルームの電気がついていた。


ーーーまだ、誰か・・・・・・?



ドアを開けると、耳に聞こえてきたのは、微かな波の音に紛れた寝息。
それを規則正しく追いかける、時計の秒針。


そうっと、ソファに座る彼女に近づいて声をかけた。
名前を呼んで、肩に手を置き揺らしてみた。



深い夢の森へと足を踏み入れた彼女は、なかなかこちらに気が付かない。

このままソファで眠らせるわけにはいかないので、そっと彼女の背に、膝裏に腕をまわして抱き上げた。・・・・眠っている人間の体温の温かさに、ふと、頬が緩む。
力を失った躯は、自分の腕の中に身を委ねる。


抱き上げたとき、彼女が手に持っていた携帯電話が、ソファの上に落ちた。







フランソワーズほどではないが、視力が通常の人間よりも良すぎるジョーの、瞳に飛び込んで来たのは、液晶画面に映し出された、自分の名前。

思わず、フランソワーズを抱き抱えた状態で膝を折ってそれをみつめた。




メッセージの入っていない、空メール。





連絡が取れないフランソワーズに送ろうと、努力してみたものの、何を書いて良いか解らずに諦めた、それ。が、何のミスなのか、送信されてしまっていたようだった。




恥ずかしさに、全身が熱くなる。

器用に、フランソワーズの携帯電話を手に取って、彼女の部屋へと歩き出す。




彼女が起きないことを祈りながら。
誰にも会わないことを祈りながら。





自分の顔が、グレートが変身するタコよりも紅くなっているなんて、見たくもなく、知られたくもない。







フランソワーズの部屋のベッドに彼女を寝かせて、携帯電話を”ウサギさん”の隣に置いた。
健やかに、無防備に眠るフランソワーズの、髪を撫でた。


「・・・・・・お帰り、フランソワーズ・・・・」


絹糸のような、艶のある感触がジョーの手を離れがたく捕らえる。

不意に目蓋に甦った、当麻とフランソワーズが並んで立つ姿。
当麻が彼女を見ると、彼女も見上げるようにして、当麻を見つめた。

微笑んで。




ジョーの手が、フランソワーズの髪から離れた。



篠原当麻に、彼のために、微笑んでいた。
その微笑みが自分に向いていないことに、どろどろとした、醜い何かがジョーの躯を痺れさせる。










「ヤキモチか?・・・・煙草が増えた原因は」


アルベルトの言葉に、何も返事を返さなかった。
返事をする必要がない、からだった。





こんなにも辛いなんて。
・・・・・平気だと、思っていた。






キミが誰と想いを遂げようと。
キミが誰と将来を歩もうと。





キミが幸せなら、それでいい。と、覚悟していたのに・・・・・。




実際に、現実に、キミの隣に立つ男がいて。





キミはその男に微笑んで・・・・。


男からキミは、愛し、愛され・・・・・。






フランソワーズの眠るベッドから、ジョーはさっと身を引いた。
全身の血が煮えたぎるように熱く逆流していく感覚に焦る。


”絵”は薄れることなく、ハッキリとジョーの脳裏に甦った。


まあるく白い華奢な肩、にハチミツ色の甘い髪が寄り添う。
細い首筋から影を落とす鎖骨。
輝く真珠色の肌は、柔らかそうな自然の曲線を描いていた。

彼女をここへ連れてくるために、折れてしまいそうに細い線に触れていた、自分。



どっと吹き上がる汗に、顔が熱い。




偶然、アクシデント的に見てしまった、身に布らしきもの一枚も纏っていなかった躯。
メンテナンス・ルームでの一瞬出来事はきっちりと、”優秀な補助脳”に記録されたまま。


当麻と、フランソワーズが、重なる。






ジョーは逃げるように、フランソワーズの部屋から出ると、一気に階段を駆け下りて行った。
リビングルームのドアを開け、走り抜けるようにしてダイニングルームへと続くドアノブに手をかけようとしたとき、ジョーの手がドア開けるよりも早く、ダイニングルーム側から、ドアが開いた。


「だあっっ!驚かせんなっつうのっ」
「・・・・っ」
「っああ?!どうした?なんで、お前・・・そんなに紅い顔して・・・・」
「っっうるさいっっ」
「いっ?!」

どん!っと、勢いまかせにジェットを突き飛ばし、吹き飛ばされて尻餅をついたジェットの叫び声を背に聴きながら、ジョーは浴室へと走り込み、シャワーの冷たい水を服を着たまま、頭から浴びた。







愛し、愛される。





誰かの手で。





何度も、何度も、振り払おうとする、想像。




当麻が、フランソワーズが。フランソワーズを、当麻が。当麻に、フランソワーズが。フランソワーズが、当麻に。フランソワーズに、当麻が。


触れる、触れられる。









「消えろっっ・・・消えてくれっっ・・・・・消えろっっ!!!・・消えろっ!消えろっ!!・・・消えてくれっ!・・・嫌だ・・・見たくないっ知りたくないっ!消えろっっ!!!」



躯を叩きつける、冷水。



「・・・・頼むっ・・・・・もういいっ・・・・イヤだ・・・・・」








耐えられないっ!




嫌だっ。
フランソワーズっ!



・・・・キミが、他の男に触れられるなんてっっ耐えられないっ!!!


膝が落ちる。
振り上げた拳を、パワーセーブ解除のまま浴室の壁に叩きつけた。




ギルモア邸が爆音ととに・・・・・・揺れた。



1番に駆けつけたジェットは、無言でジョーの背後に立ち、バスタオルをぱさり。と、濡れたジョーの頭に落とした。


「・・・・風通しが良すぎねえか?・・・・・ストリップ・ショウでもさせたいのかよ、オレたちに」







====52へ続く


・ちょっと呟く・

・・・・9。
クールなキミではいられない、ね?
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Day by Day・52
(52)




「これは、これは・・・」


香ばしい珈琲の香り立つ、人数分のマグカップを乗せたトレーを手に、アルベルトはのんびりと大穴が開いた。と、言うよりも、壁一面すべてが吹き飛ばされた、浴室を眺めた。
ちょうど、斜め向かいに、倉庫と、車3台を納めた車庫が見える。


「これだけですんで良かったぜ・・・あいつのリミッターセッティングがlowになってたお陰で、パワーセーブ解除状態で、このくらいですんだんだからよっ!」
「それで、ジョーは?」
「ギルモア博士に連れて行かれて、地下だぜ!へっへ~!!今頃たあああっぷりお説教されてんじゃねえのっっ!」


駆けつけたメンバーたちは、浴室に開いた壁から覗く風景を見ながら、アルベルトが淹れてきた珈琲を手に取った。


「いったい、何があったアルか?」
「知らねっ!真っ赤な顔して走ってきたと思ったら、人のこと思いっきり突き飛ばしやがってよっ!!んで、浴室に飛び込んで・・・次ぎにこれだぜ?オレが訊きてえよっ」
「配水管破裂。修理2週間はかかる。壁はすぐ直せる。」
「見事な大穴だかんなあ・・・ジェロニモ、任せて良いか?オレも暇を見て、ちょいちょい手伝うがあ」
「それなら浴室に窓を付けてよ。換気扇だけだと日本の夏の湿気に間に合うかどうか・・・」
「それなら、換気扇を強化するかあ?ほら、浴室全体が乾燥室になるっつうの、便利だと思わないかあ?ピュンマ」
「あ!!それいいね!梅雨入りしたら、乾燥機1台で、10人分の洗濯は大変かもって・・・ね?フランソワーズ」
「・・・・ええ、そうね」


フランソワーズは、両手に持ったマグカップの、黒い液体を含んだ。




いつの間にか、自室のベッドで眠っていた。
運んでくれたのはジョーだと、知った。



1階から聞こえた、物が破壊される爆音に目が覚めて、飛び起きると同時に”眼”と”耳”のスイッチをいれた。
ぐるり、と。邸全体を見渡して、”敵”からの、そういう類の物ではないことが、わかり、ほっと安堵の息をつき、フローリングの床に見慣れない、紅をみつけた。



部屋に落ちていた、くしゃくしゃになった煙草の箱。
中には2本だけ、煙草がまだ残っていた。

誰の煙草かわからなくて、とにかくそれを拾い上げ、部屋を飛び出し、バスルームへと駆けつける途中、濡れた躯を引きずるようにして、地下へと降りていくジョーの後ろ姿を見つけた。

彼に声をかけようとしたとき、ジェットがそれを止めた。



「煙草をヤツに渡すのはいつでもいいだろ。こっち来てみろよ」
「・・・これ、ジョーの?」
「ああ?そんなヘビーなのを吸うのは、アイツくらいだろっ?・・・なんだ?知らなかったのかよ?」
「ううん、・・・それより、何があったの?・・・・どうして、ジョーは・・・?」
「こっち来て見てみろってっ!」


















####

日が昇りきらない時間。



力無く、ギルモアがすすめたデスクチェアに腰をかけて俯いたジョーは、濡れたまま、バスタオルを頭からかぶり、その表情は見えない。


ギルモアは自分が着ていたガウンを脱いで、ジョーの肩にかけてやり、デスクチェアをジョーの前にひっぱり、そこへと腰掛けた。


浅い眠りだったために、すぐにバスルームへと駆けつけて、自分を目覚めさせた原因がジョーだと、ひと目で解ったギルモアは、有無を言わさずにジョーを研究室へと連れて行った。


「・・・スミマセン、博士」
「気にすることはない。たかが邸に穴が開いたくらいじゃ。お前がその気だったら、儂はもう空の上の住人じゃ」
「・・スミマセン」
「どうした?・・・・ジョー・・・お前らしくないな?」
「・・・・・スミマセン」
「学院では、こういうことが命取りになるんじゃぞ?・・・・リミッター・セッティングを日常ではlowにしてあるが、いつ、何が起こるかわからん先に行くんじゃ、ジェット、ピュンマ、お前はリミッター・セッティングを解除、full状態にする・・・。儂の言いたいことは解っておるな?無意識でパワーセーブを解除するなど、絶対にあってはならんことじゃ。得にジョー、お前は、だぞ。あの2人は、空と海でこそ、その力を発揮するように作られとるが・・・・。ジョー、お前は・・・・・この地上において最強なのじゃ。ひとつ間違えば・・どうなるか、わかっておるな?絶対に、己を見失ってはならん。力があるからこそ、力をもっているからこそ、己を常に冷静に見極め、生きていかなければならん。どんな感情にも振り回されることなく、だぞ?・・・・・009。それが、009である勤め、じゃ。むやみやたらに力を暴走されるような幼稚な人間に、この力は預けることはできん。そして・・・・儂の助手を務めることも許さん。・・・・儂はお前と言う人間を、誰よりも信じているんだぞ?」
「・・・・・・」
「何が、あった?どうした?・・・・最近、様子がおかしいと、張大人が心配しておったぞ?食事も満足に取っておらんときいたぞ?儂よりも地下にいるじゃろ?寝ておるのか?・・・・いいか、ジョー。こころの不安定さは、躯にも現れる。普通の人間なら、気分が優れなかったり、病気になったり、そういう症状が出る・・・・。むしゃくしゃした気分を晴らすために、色々と・・・・。しかし、お前は、違う・・・・・違うんじゃ、ぞ・・・・。009である限り・・・」
「・・・・・・」
「・・・人として、まだまだ、成長過程のお前は”大人”じゃない。息抜きが必要なときもある・・・。スマンと、思っておる・・・・。申し訳ない・・・・・。スマン、ジョー・・・・。本当に、スマン・・・・。こんな、風にしたのは、儂じゃ・・・・儂なのにな・・・。何もかも、背負わせてしまって、お前が、それに応えられるだけの、優秀な人間であった所為で・・・甘えてしまっておる・・・」
「・・・・博士、の。博士が謝るなんて、そんな・・・、必要ありません・・・俺が、悪いんです」
「ジョー・・・」
「・・スミマセンでした。今後、二度と、こういうことはないと、誓います」


しっかりとした、声だった。
けれど、ジョーは俯いたまま、その顔をバスタオルの影に隠したままだった。


膝に置かれていた、ジョーの手をギルモアは強く握った。
ジョーはその手の大きさに、温かさに、躯がびくり。と跳ねた。


「サイボーグが、人を好きになって、何が悪い?誰も悪いとは思わん。それは本人同士の問題じゃ。それなら、サイボーグがサイボーグと愛し合っても同じことじゃと、思わんか?」


ギルモアの言葉に、ジョーはゆっくりと俯いていた顔を上げた。
バスタオルの影から覗くように見たジョーは、まだ幼さ残り、青年と少年の間の、なんとも言い難い憂いに充ちた、とても綺麗な顔だった。


「なぜ、サイボーグか。優秀な戦闘用兵機なら、本当の意味で”人”を改造する理由などないじゃ。・・・儂らが夢を持ったのは、”人”の持つ”計算”では庇いきれない”可能性”にかけたからじゃ・・・・。機械に感情なぞない。人工頭脳に擬似的感情を持たせることはできるが、あくまでも、それは”インプット”された計算上での感情じゃ。”人”のこころは、計算じゃあ、ない。感覚、なんじゃよ。その場、その場で感じるものを、自分の経験に合わせて、取り入れて成長する、こころ。計算でも、プログラムでも、追いつかん・・・・。それが”人”じゃ。・・・時には、狂い、時には、冷静さを失う。それも”人”である証拠・・・・。だが、お前は、そうも言っておられん。お前の躯は・・・兵機・・・・じゃから・・・。スマン。本当に・・・・・スマン・・・・・スマン・・・。スマン・・・・・ジョー、スマン」
「・・・博士」


ギルモアは、ジョーの手を両手で握りしめ、デスクチェアから崩れ落ちるように、床に膝をつき、ジョーの膝の上に頭を垂れて、涙を流す。


「好きなんじゃろう?・・・フランソワーズのことが、好きなんじゃろう?」


ジョーは深く息を吸いこんだ。


「・・・・・はい」


ギルモアの耳に届いた、ジョーの返事。


「サイボーグ、じゃからか?・・・サイボーグであるから、か?」


ギルモアの涙は、留めなく流れていく。


「・・・・・」
「儂のせいじゃな・・・・。儂のせいじゃ。恋の1つも・・・お前たちに叶えさせてやることが出来んのか?サイボーグ同士で何が悪い?・・・・サイボーグを理由に、お前は諦めるのか?・・・あの娘を諦めとるのか?・・・そうなのか?」


ジョーの膝の上で、泣き続けるギルモアの背を、ギルモアに握られていない方の手でそっと、嗚咽で揺れる背を、撫でた。


ギルモア博士のような、こころ優しく、まっすぐに自分の道を歩き、間違った道を進んでも、その道から、自分の力で新たな別の道を切り開く、強さのある人が、父だったら・・・・・。と、ジョーは、膝で、手で感じる温もりに、どこの誰かも解らない、見知らぬ父の姿を重ねる。


「博士、フランソワーズに出会うことができたのは、俺が009だから。サイボーグだから、と・・・言うことを忘れないでください・・・・。彼女に出会えたのは、ギルモア博士のおかげなんです、よ」



もしも、フランソワーズに出会わなかったら。
人を好きになる。と、言うことを知らずに生きていたと思う。

もしも、サイボーグにならなかったら。
大切な者を護る、と言うことを知らずに生きていたと思う。


護りたい人がいる。
自分には、ある。


捨られるだけだった、自分に。
何もなかった自分に。



躯を引き替えに得たものが、どれほど自分が欲しかったものか・・・・・。




仲間、家族、そして、護りたい、日常。





「・・・・俺は二度とフランソワーズを003として、戦いの世界に連れて行きたくないんです。ずっと、平和な・・・世界で笑っていて欲しい・・・それが、俺の・・・夢なんです・・。だから、彼女が幸せになるためなら、なんだってします。・・・・好きだから、フランソワーズのことが好きだから・・・」





だから、耐えろ。




彼女が誰に愛されても。






彼女が誰に抱かれても。










耐えなければ・・・・・・。












キミの幸せのために、キミのために、キミに触れるのは・・・俺じゃない。










だから、耐えろ。






















人のこころがある、だから恋をした。
だから、フランソワーズを好きになれた。





苦しい。





狂うことが出来れば、どんなに楽・・・・だろう。




















####

浴室の大穴はジェロニモの応急処置が施され、当分の間は2階、ゲスト・ルームのユニットバスを使うことになった。

何ごともなかったように、時間が過ぎていく。


誰も、何もジョーに浴室の大穴について、触れなかった。
ギルモアが、ジョーを地下へと連れて行き、彼と話した。それで十分であると、判断したからである。


それぞれが、それぞれにミーティングで話し合った業務へと動き出す。







学院への編入は月曜日。
入寮は火曜日。


私立、月見里(やまなし)学院


高等部、第2学年 短期・留学生

ジェット・リンク(アメリカ)
ピュンマ・ギルモア(ムアンバ共和国)

入寮予定・アルタイル寮・room#Aー502 2人部屋。




高等部、第3学年 短期・留学生

島村ジョウ(アメリカ・日本国籍)

入寮予定・デネブ寮・room#Fー608 2人部屋(同室生・篠原当麻/RA)








「と、当麻さんとジョーが・・・同室って・・・・」
「アイヤ~。フランソワーズは知らなかったアルか?ピュンマがちょちょいと、入り込んでそういう風ににしたアルヨ。向こうに不都合があれば、変更されるかもネ」
「ジェット、週末はこっちに帰ってくるんだから、そんなもの置いていきなよっ!!」
「うっせ~!!オレのジェニファーを置いていけるかっ!」
「そんなの見つかったら僕が恥ずかしいよっ!」
「けっ!こんなもんで恥ずかしがってんじゃねえよっ、この間お前に見せた・・・」
「うわあああああっっあああああうああああああっっ!!」
「煩いぞっ、黙ってパッキングしろ・・・。遊びに行くわけじゃないんだぞっ。・・・ジョーは?パッキングしないのか?」


フランソワーズの部屋とゲストルームに挟まれる形で2階用の7.8畳ほどのコモンスペースがある。

丸い珈琲テーブルを端によけ、ヘーゼル・カラーのカウチ・ソファを壁際に寄せて、2つトランクケースを並べてピュンマとジェットの入寮準備を手伝う、フランソワーズと張大人。賑やかな声に自室に居たアルベルトが部屋から出てきた。


「ジョーは、もう終わってるアルネ。彼のトランクケースは1階の玄関に置いてアルヨ」
「・・・・見習ったらどうだ?」
「換えのYシャツは・・・3枚かあ、もう少し買ってもよかったかな?」
「マメに洗濯しないと駄目ね」
「オレもかよっ!」
「ジョーも、ピュンマも、同じ数ネ!」
「・・・噂をすれば。ジョー、忘れもんはないか?」


自室から出てきたジョーが、廊下の角を迂ったところで、アルベルトの視界にとまった。


「ちょうど良かった。アルベルト、ネクタイってどう結ぶんだっけ?」
「・・・・おい」
「教えてくれ、よ」
「前に結んでやったとき、覚えなかったのか?」
「まさか、こんなのが必要になるなんて、思ってなかったから、ね」
「ジェットとピュンマは、知ってるのか?」
「はっ!ったりめ~だろっ」
「うん。ちゃんと練習してるよ!ネットで結び方は調べたから!」


ジョーの手にあったカーディナル・レッド色の、ネクタイをアルベルトは受け取った。


「どれがいい?」
「どれ?・・・て?」


アルベルトは、面倒臭そうに溜息を吐いた。


「プレーンノットは、基本。ダブルノットは、プレーンノットよりも結び目にボリュームを持たせたものだ。スモールノットは結ぶ目が小さく、プレーンノット変形は、結び目を先に作る。ウィンザーノットは結び目が大きく幅広でボリュームがある。セミウィンザーノットは、細いタイをあまり細長い印象を与えたくないときのもの。クロスノットは、結び目を主役にしているから、柄物じゃなく、こういうタイに向いている。ブラインドフォールドノットは、この間、お前さんがバレエ公演に行くときにしてやった結び方だ。学校には向いてない・・・が、いいんじゃないか?目立って。それなら、ノンノットか・・。結び目が個性的で、シャツの裏側に隠れた結び目を見せるようにするんだ。・・・で、どれがいい?」
「「・・・・」」
「・・・・基本でいい、よ」
「僕は、ウィンザーノットが制服に合うと思うんだ、一応、基本はマスターしたけどね!ジョーは無地の方を選んだの?僕はストライプ柄を買ったんだよ、たまに交換しようね!」
「当麻さんは、ダブルノットだったと思うわ・・・。結んでいるところを見たことがないから、正確にはわからないのだけれど・・・」
「それじゃ、ジョー、お前は基本と、クロスノットを覚えとけ」
「・・・なんでもいい、よ。結べたら・・・」


アルベルトはジョーの正面に立ち、彼の首にネクタイを掛けて、初めに基本を結んで見せた。


<ジェット、あんたはどれアルか?>
<・・・・・んなもんっネクタイっつったら結び方はひとつだろっ!?・・・そんなに種類があるなんて知らなかったよっ、たかがネクタイによっ!!>
<教えてもらったらどうアルか?ついでネ。
<けっ!!いいんだよっ、どうせピュンマが知ってるだろっ>
<えっ?!ヤダよっ。男にネクタイを結んでやるなんて!>
<ああ?!・・・今アルベルトがジョーにしてやってるじゃんっ>
<僕には、僕なりのルールがあるんだよっ!>


フランソワーズは、じっとアルベルトがジョーの首にネクタイを結ぶ様子を見ていた。


「え?・・・ね、アルベルト、それじゃ、シングルだわ。ダブルにしないの?それだと、ブライドフォールドノットに・・・」
「今のは基本だ。まだクロスじゃないから・・・。詳しいな、フランソワーズ・・・」


意地悪くアルベルトの片方の広角が上がる。


「なんだあ?フランソワーズ、昔の男に毎朝結んでやってのかよ?ネクタイ!!」
「違うわっ!!兄さんがいたからっ!」
「っとか言って、なんでもかんでも”兄さん”を言い訳にしてんじゃねえのっ?!」
「ジェットっ!」
「・・・・・・アルベルト、これが基本?ありがと。わかった」


結ばれたネクタイを解いて、ジョーは静かに言った。


「次はクロスだ」
「いいよ、基本ができれば。地下に用があるから」


ネクタイを手に、ジョーは足早に1階へと階段を下りて行く、その後をフランソワーズは追いかけて行った。
















####

「待って、ジョーっ」


リビングルームのドア前で、フランソワーズに呼び止められた。
出来るなら、しばらくはフランソワーズとは距離を保って接したかったために、ジョーは、意識的に彼女と2人にはならないようにしていた。

どんなに短い時間でも。




「・・・なに?」


呼び止められて、無視することも出来ずに、フランソワーズの声に返事する。

「当麻さんと、同室って・・・。どうして?彼は”マクスウェルの悪魔”ではなかったのに?」


フランソワーズの口から”当麻”と言う言葉を聞く度に、喉奥に苦いものがせり上がってくる。


「複製したマイクロフィルムに抜け落ちているファイルがあった。足りなかったファイルの一部が”マクスウェルの悪魔”が送ってきた”景品、だと思われる。これはもう、90%以上の確率で、だ。ファイルが納められていたアタッシュケース内、そしとマイクロフィルムには、一切、篠原当麻の指紋など、ついてなかった。だから、彼がキミにあのケースを開けていない。と、言ったことは事実だと判断した」


009として、言葉を並べる。


「だったら・・・」


フランソワーズとは、視線を合わせないように、彼女の足下を見る。

「学院のコンピュータの使用形跡などを見ても、彼がオンラインゲームを作成できるほど、それらを使っているようには思えない。”一応”彼を除外して考えているけれど、彼が”マクスウェルの悪魔”ではなくても、その協力者としての可能性は消えていない。トーマス・マクガーの孫。マイクロフィルムの所有者。それだけでも十分に彼をマークする必要がある、ただ、それだけだ」
「でもっ」
「・・・・他に、なにかある?」
「彼の母親である、さえこさんも、あのケースの所有者よ?」


苛々と、ジョーの言葉が早口になっていく。


「それについても、調べている。マイクロフィルムには3人の指紋があった。1つはトーマス・マクガー。それは無くなった赤十字病院で確認できた。そして篠原さえこ。中身を確認したときについたものか、どうかわからなけれど、彼女はあのマイクロフィルムに触れている。そして、もう1人。男の指紋だ。それは篠原当麻のものではなかった。その指紋を警察庁、法務省入国管理局のデータバンクから調べている・・・。とにかく、オンラインゲームは続いている。そして、彼らの目的も少しずつだけれど、見えてきている。・・・・篠原当麻の周りで、だ」


最後の言葉に、ジョーは語気を強めて言った。


「・・・・・ジョーは、当麻さんを疑っているのね?」
「疑う、疑わないじゃなく、事実、彼がもっていたファイルは・・・。できれば持ち帰った時点で複製せずにこちらで保管したかった、よ」
「それをしなかったのは、当麻さんを疑っているからでしょう?」
「・・・あのファイルが消えたことで、疑われるのはキミだ。そして、狙われるのも」
「その方が、早いわ」


フランソワーズの言葉に、怒りに近いものが胸の奥底から沸き上がってくる。


「・・・フランソワーズっ」
「そうでしょう?大事なファイルが消えて、慌てた”誰か”もしくは”マクスウェルの悪魔”は調べるわ。そして私を捜し当てる。そうしたら、彼らはっ」
「リスクが大きすぎるっ。ここを知られて、俺たちが彼らの求めている”者”であることが解ったらどうするっっ!恩田でさえっギルモア博士の名前を知っていたんだぞっ!!相手がどこまでB.Gの情報を得ているのかっまだはっきりと解ったわけじゃないんだっ!ミッションにたいして個人的感情を含めて物を見るなっ!仲間を危険に晒すつもりかっ?!」


怒鳴る。ことはしなかったが、ジョーの怒りが含まれた語気の強さと、最後の言葉に、フランソワーズの躯が跳ねて、ぐっと力が入る。


「っ・・・・・個人的・・感情?」


フランソワーズは、オウム返しに、最後の言葉を呟くように繰り返した。

深く、深く、ジョーは息を吸み、荒れる胸に、冷たい空気を送り込む。
話しの間、1度もフランソワーズの顔を見ずに、視線を合わせずに、言葉を続けた。
意識して、言葉をゆっくりと紡ぐ。


「・・・・・とにかく、キミのすべきことは、今はない。向こうに言ってからの、定期連絡は、007と・・・キミに使っていた方法で連絡を取るから・・・・。篠原当麻は、あくまでも”マクスウェルの悪魔”ではない。だけで、最重要人物であることには、代わりないんだ。彼のことで、他に、知りたいことがあれば、訊いてくればいい」
「・・・当麻さんに、・・・別に・・・・・何も・・・。何もジョーから訊かなくてもっ彼に直接聞くわっっ!!!」


ジョーは薄く、くちびるを噛んだ。
拳を強く握る。
手のひらに食い込む、爪の痛みが、胸を剔るように突き刺さったフランソワーズの言葉を冷静に受け止める。


「・・・・・・・だね。そうだね、直接・・・彼から訊けばいい、よ。同室と、言っても週末は彼をマークできないから、ね・・・・・」
「?!」
「週末にキミが会うなら、それはそれで問題ない。危険がないように、できれば行き先は事前に教えておいて欲しい。あと・・・夜は、外泊になるなら、ギルモア博士が心配しないように、キミから言っておいて欲しい。キミのことは娘のように思っているから・・・」
「っな・・・・・・」


フランソワーズの顔が一気に紅く染まる。
感情も、抑揚もない、冷たい機械的な音で話しを続ける、ジョー。

「不自由だと、思うけれど・・・このミッションが終わるまでは、ゴメン。言いたくないこともあるだろうけれど・・・・なるべくはキミのプライベートを護るように、気を付けるよ」
「わた、・・・私と当麻さんは・・・・・別に・・・・」
「・・・・そういうのは、009としては管轄外だから、言わなくていいよ」


リビングルームのドアを開けて、1度も、フランソワーズの顔を見ることなく、一方的に会話を終わらせて地下へと向かった。


「・・・・・・私と、当麻さんは・・・・・ただ、の・・・何でもないわ」


フランソワーズの呟きはジョーには聞こえていない。
その声は、コモンスペースにいた、ジェット、ピュンマ、張大人、そしてアルベルトに届いていた。

2階のコモンスペースは、踊場のようになっており、壁もドアも何もなく剥き出し状態である。
階段を近くにある、リビングルームのドア前で話していてた、フランソワーズとジョーの会話は、筒抜けであった。

4人の深い、深い、溜息が重なった。




その日から、009と003である時以外、ジョーとフランソワーズは言葉を交わすことがないままに時間は過ぎていき、月曜日。
ジョー、ジェット、ピュンマの3人は、コズミ博士、と天道虫に変身した007とともに学院へ編入手続きのために赴いた。


翌日の午後、入寮のためにギルモア邸を出る。

















####

眠れない夜が続く。
幼い頃から、眠る。と、言う行為に不安がある。と、ジョーは生まれて初めて、人に、ギルモアに打ち明けた。


「捨てられる、と言う不安があるんですか、ね・・・・。夜になると、誰かが来て、自分をどこかへ、捨てに行くと・・・」


そのために、いつ頃から眠れなくなったのか。と、問われてもハッキリとは応えられなかった。
ここ最近の不眠の原因についても、応えろ、と言われても、自覚無くだんだんと、眠れない時間が増えていく。眠っても1,2時間で目が覚める。そういう風にしか応えられなかった。


「悪循環。施設を出て、独りで夜、眠ることができなくて、街へ出て、似たような奴らと過ごし、寝る暇もなく、学校へ行き、バイトをして、また夜が来て・・・街に出る。日が昇ると、街が騒がしくなって、その音に安心して・・・。そうすると学校へ行かなくなって、バイトだけの生活が、いつの間にか”夜”の生活になって・・・です、よ」


ギルモアは、ジョーのために睡眠薬を調合した。
眠りが深すぎては、”もしも”の時に対応できないために、眠りを誘導する、眠りの入り口へと導くような、とても軽いものをジョーに渡した。


「少し怖いです・・・。同室が、”人”ですから・・・・。ドルフィン号でみんなと同室だったころは、平気だったんですけど、ね」


自嘲気味に嗤う、ジョーの姿が痛々しかった。

サイボーグであっても”脳”は”人”と変わらない”生身”であるために、”脳が”求める”睡眠=脳の休憩”はサイボーグであっても必要なことである。




メンテナンス・ルームで、入寮前にギルモアの手によって、ピュンマ、ジェットと続いて健康診断的な検査を行い、最後がジョーだった。

捨てられた記憶と、サイボーグとなってB.Gに連れ去られた記憶、そして戦いの中で何度か的から受けた”催眠”の経験によって、自我を失って戦っていた記憶。などが、”夜、眠ることが怖い”という心的外傷(トラウマ)になっているのかもしれない。と、ジョーが、”寄宿制”のために”寮”に入り、多くの”同じ年”の生徒達と”団体行動”する。と言うことにたいして、”施設”にいたころを思い出し、本人の自覚はないようだが、ジョーにとってそれが、ストレスになっているように、ギルモアは感じていた。


まっすぐに、慈愛に満ちた優しい瞳でギルモアは、寝台の上にいるジョーを見つめた。


「データ的に不眠が影響を及ぼしてるようには思えん。それならすでに、どこかに現れているはずじゃしな。眠っている間は、電子信号を最低出力に抑えておきなさい。神経系ケーブルは過敏じゃからの、少しでもお前さんの高揚が伝われば、筋肉などに刺激を与えてしまうからの。渡したクスリを飲んでさえいればいい。目覚めても、少しばかり躯の反応に違和感があるじゃろうが、リミッターなしの、お前じゃ、そんなもん関係なかろう・・・。なんじゃ、結局、寝坊介なのはジェットか。ジョーの場合は朝方にならっんと眠れんから、昼近くまで起きてこない。か・・・スマンかったな、ジェットなんかと一緒にして」


ジョーは口元を微笑んだ。


「今夜、飲んでみなさい。それで具合が良くなければ調合しなおそう。007が届けてくれるじゃろうて」
「・・・博士」
「なんじゃ?」
「・・・・・・今夜は、ここで眠っても良いですか?」
「ここでか?・・・・部屋の方が寝心地がいいじゃろ?」
「・・・ここで、お願いします」
「・・・・まあ、お前がそういうんなら、のう、構わんが・・・」
「ありがとうございます」
「じゃあ、儂は部屋に戻るぞ」
「・・はい、ありがとうございました」
「・・・・・ゆっくり休みなさい。明日、何時じゃ?誰かに起こしに来てもらうかのう?」
「明日は、9時に・・です。誰でもいいので、僕がここにいることを伝えてもらえますか?」
「わかった。お休み、ジョー」
「オヤスミナサイ」


ギルモアがメンテナンス・ルームを出るときルームライトを、消した。
ジョーは、すぐに眼を暗視モードに切り替えた。


渡された錠剤を1つ、水もなく飲み込み、躯を寝台に倒す。








なぜ、あんなことをフランソワーズに言ったのだろう。と、後悔する。
後悔しているけれども、それを今更どのように謝ればいいのか、ジョーはわからない。


篠原当麻との仲に嫉妬して言いました。などと、絶対に口が裂けても言うことはできない。

感情的に、個人的感情で物事を見ているのはフランソワーズじゃない。






暗視モードを切って、暗闇に身を置いた。


低く静かに唸る冷却装置のモーター音が、サキュバスが唱える眠りの詠(うた)に聞こえてくる。


ジョーが思っていたよりも、クスリの効果は早く訪れて、重く閉じた目蓋の闇が心地よく感じ始めた微睡みのころ、メンテナンス・ルームのドアを誰かがノックした。

眠りの入り口に立った躯は思うようには動かずに、ジョーは寝台に躯を横たえたまま、薄く持ち上げた目蓋から、霧雨のような濁った視界だけを頼りに、ドアに意識をむけた。

ここちよく導かれる誘惑に、意識を委ねて応えたいと思いつつも、ドアをノックした人物が気になった。








ドアをノックした、のは、誰だろう?





誰だろう?




だれだろう?










ダレ?





だ、れ、だ?








耳に届いた声が、嬉しかった。
自分の名前を呼ぶ声が、愛おしかった。




誰?




花が咲きほころぶように微笑んで。
明るい空色の瞳が、眩しい。
レースのような、長くしっとりとした睫が心配げに揺れる。




誰だ?






肩から流れ落ちた、ハチミツ色の髪から香る、花。
ふっくらとした、形良いくちびるが言葉を象る。







キミは、誰?












鉛のように重い腕を伸ばしてみた。









ほっそりとした、長い指に触れた。
震える手に力が入らず、腕は重力に負けて落ちた。





その手の上に、重ねられた温もりが、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。









ずっと、そのままでいて欲しい。





お願い、手を離さないで。
お願い、そのままでいて。



お願い、そばにいて。







お願い、独りで・・・眠るのは怖い・・・・・。












独りの夜が、嫌い。


独りは、イヤだ。























だれ?


「・・・・・そばに、いて・・・・。独りは、・・・・・イヤ・・・だ。・・・・・」



寂しい。
淋しい。





ヒトリハ、サミシイ。






小さな町に住んでいた。


朝がきて、独りで、1日が始まる。
夜が来て、独りで、眠りにつく。

毎日を独りで繰り返し、時間の流れに日々を重ねながら、何も変わらない。



独り。


誰も俺を知らない。




人が住む町に”人”が溢れているのに、誰1人と、俺を知る者はいない。
俺を知ろうとも、しない、町と人。






独り、帰り着いた、誰もいない部屋。
言う必要もない、言葉を呟いてみた。

誰も待つ人のいない、部屋の空気に散った「ただいま」の声。







「・・・・・・・・・・誰か、・・・・・」








狂いそうなほど、人が恋しくて。





夜が淋しくて。
寂しくて。

さみしくて。

サミシクテ。








「・・・・・・・・・・そばに・・・・・」









悔しい。

俺だけが、どうして?

どうして、父も母もそばにいてくれない?

どうして、俺には家族がいない?

どうして、誰もそばにいてくれない?



どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして?



誰もいない?














キミも離れていくんだろ?
俺を捨てるんだろ?



こんなに好きなのに。
こんなに想っているのに。



キミも今まで俺の周りにいた奴らのように、離れていくんだろ?



俺を独りにするんだろ?








行くんだ。





俺を置いて行くんだ。






キミも、俺を振り返らない。

キミも、俺の手を取らない。





キミも、俺を呼ばない。

















キミも、忘れるんだ。

幸せの中で・・・・・・・。




俺を忘れていくんだ。
009である、俺以外・・・・・。











俺は、独り。























強く、手を握られた。
強く、強く、強く、握られた。



独りじゃない。

俺は、独りじゃない。







だれ?











「・・・・・・ジョー、起きて・・・・。ジョー?」

















####

声に、ジョーは飛び起きた。
急に起きあがったジョーに驚いて、のぞき込むようにして近づけていた顔を、ぱっと離した。


「・・・・・・え?・・・・・・」


急な覚醒と、勢いよく状態を起こしてしまったために、軽い目眩を覚えて、ジョーはとっさに躯をくの字に折り、手を動かしたが、その手が何かを掴んでいた。


「・・・・・・・・・なに、これ・・・・・・・・・・?」


力任せに自分の手が握っている、白く小さな手を引き寄せる。と、小さな悲鳴とともに、花の香り纏う、ハチミツ色の髪が靡いて、ジョーの膝の上に倒れ込んできた。


「っっえ?!」
「・・・・・・・・痛い、から・・・離して・・」


ゆっくりとジョーの膝上に倒れ込んでしまった躯を退かしながら、手を強く握られたままのフランソワーズは、弱々しくジョーに訴えた。


「ごめんっ・・・・」


ジョーは自分が握っている手が、フランソワーズの手だと気づいて、ぱっと彼女の手を離した。


「・・・・・もうすぐ、時間だから」


フランソワーズはイスから立ち上がり、寝台の横に置いてある、作業用テーブルの上にあった携帯電話を手にとり時間を確認した。

彼女の言い方が、とても事務的に感じる。


「・・・・あ、ああ。ありがとう。・・・・・起こしてくれて」
「朝食は?」
「・・・・・珈琲だけ、もらえれば」
「珈琲なら、もう用意できてるいるはずよ」
「・・・今、何時?」
「8時15分」
「・・・・そう、部屋に1度戻って支度しないと」
「・・そうね、それじゃあ・・・・」


視線をジョーと合わせないまま、フランソワーズは、自分の用事は済んだ。と、足早にメンテナンス・ルームから出て行った。
彼女を呼び止めることもできず、黙ってその背を見送ったジョーは、作業用テーブルの上に置かれていたグラスに入った水に気が付いた。


昨夜、そこには何も置かれていなかった、はず。

ジョーはグラスを手に取り、冷たさを感じない人肌ほどの温度に温まっていた、水を飲んだ。
フランソワーズが運んできたのだろう。と、思う。



冷たくない水、を?








「・・・・・まさか・・」




まさか、この水は昨日?
昨日、クスリを飲む水を、持ってきてくれた?








夢を観た気がする。
とても、安心した、何かを握りしめて。


彼女の手を?

一晩中?








グラスを持ったまま、簡易テーブルに置かれた、彼用の”クスリ”の入った袋を手にメンテナンス・ルームを出て行った。












====53へ続く




・ちょっと呟く・

はい~、9の準備はokです(何の?)
次回からさくさく、事件に入っていきます。
一気に終わらせたいけれど、恋愛が絡むと吹っ飛んでしまう事件。
難しい・・・。いや、私が余計なエピソードを入れてるせい!

・・・・でも、いっぱい、あそこにも、ここにも入れたいエピソードが!
削るのが、哀しい。


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Day by Day・53
(53)





メンテナンス・ルームで一晩を過ごしたジョーは、自室に戻り、ハンガーにかけてあった、月見里(やまなし)学院の制服を手に取った。
視界に、自分の手が映る。


握っていたのは、フランソワーズの手。
夢を観ていたのか、見ていなかったのか、・・・何があったのか、まったく思い出せない。




いつ、なぜ、どのように、どうして、フランソワーズが?






思い出そうとすると、胸を締め付けられるような感覚に、心臓がどくん。と、胸を強く叩きつけて、こころが夢を思い出すことを拒否してるように思えた。

気持ちを切り替えようと、着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、学院が指定するYシャツに袖を通した。






ー”制服”は、個性を無くし、誰もが学校に属する同じ”人間”となる。ー






首に、かけたカーディナル・レッド色のネクタイを、Yシャツの襟を立てて首にかけた。



同じ、黒い髪。
同じ、黒い瞳。

同じ、日本人。



俺は半分だけ。






アルベルトに教わった”基本”の、プレーンノットを結び。のど元で結び目を整えた。





ぐっと、喉に突き上げた、苦み。


「っっっ・・・・」


ジョーは部屋を飛び出して、ゲストルームへと走り込み、ユニットバスの床に膝をついて、胃の中にあったもの、全てを吐き出した。


喉を焼く。
にがい、苦しい。
咥内に充満する、ねばねばとした、異質の液体に・・咽せた。




みんなと同じ。
みんなと同じでなければならない。


黒い髪。
黒い瞳。
アジア人。
日本人。


中途半端な、自分。




違う。

みんなと違う。



髪の色も、瞳の色も、顔も、躯も、血も、何もかも。








俺は違う・・・。






胃の中はもう、何も入っていない。
それでも、胸を、喉を焼きながら、せり上がってくる、異臭を放つ苦い液に、ジョーは耐えた。

肩で、全身で荒く、空気を求める。


空気を、求める。




新鮮な、空気を求めては、激しくむせかえり、肺が縮む。
浅く、薄くしか得ることができない、空気に、息苦しさが、呼吸器官、すべてを締め付けた。



首にまとわりつくものを引き裂いた。



ーーー息がっっっ!!













「落ち着け。」


ジョーの背後から、大きな手が、激しく咳き込むために揺れ続ける彼の躯を、力強く支えた。


「ジョー。落ち着け・・・。大丈夫だ。慌てるな、ゆっくりでいい。息を、ゆっくり吐き出せ。苦しいかもしれないが、吐き出せ。そう・・・・、そうだ・・・。それでいい。慌てるな。ゆっくり、ゆっくり、息を、吸え・・・・。」


ジェロニモの声に、ジョーは導かれて、少しずつ、少しずつ、落ち着きを取り戻していく。
温かく、太陽の香りを放つジェロニモの手が、何度もジョーの背を往復する。


「・・・・・・っ」
「まだ、だ。慌てるな。ゆっくり、落ち着いて、静かに、続けろ・・。」


力無く、床に蹲るように崩れ落ちかけたジョーの躯を、ジェロニモが受け止めた。


「・・・・・・j」
「しゃべるな。・・・・まだだ。」


ジェロニモは、ジョーの躯を支えながら、ユニットバスの外に立つ、アルベルトとグレートを見た。


「大丈夫だ。心配ない。」
「・・・おいおい、心配ないって・・・ジェロニモよお・・・」
「・・・ピュンマがさっき、博士に知らせに行った・・・。地下に連れて行った方がいいな」
「運ぶぞ。」


ジェロニモがジョーの躯を持ち上げようと、腕に力を込めたとき、ジョーが拒むように、躯をずらして抵抗した。


「・・・・っ・・・・・いい、・・・大丈夫、だ」
「よくない。」
「いや・・・・、大丈夫、だから」
「ジョー、休め。今日はピュンマとジェット、グレートだけで行かせる。お前は明日だ」
「そうしろよ、ジョー。なに、一日くらい入寮が遅れても、何も問題ないさ。なんなら、吾輩がお前に変身して行ってもいんだからなあ・・・。そんな風にげえげえ、やられちまったら・・・。今朝までメンテナンス・ルームだったんだろ?何かあったのか?」


ジョーは力を入れて、ジェロニモの手から逃れる。
ジェロニモは、ジョーがしたいようにさせるつもりなのか、立ち上がろうとするジョーを助けながら、彼の足がしっかりと立つことが出来ることを確認した上で、ジョーから腕を離した。


「何も、ない。・・・・大丈夫、だ」


苦痛を強いられたばかりの、ジョーの顔は青ざめてはいたが、彼の鋭く精気ある眼差しは009であった。


「・・・・これ、を・・」


グレートと、アルベルトの影に隠れるように立っていたフランソワーズの手にあった、グラスを、バスルームから出てきたジョーに差し出した。

ジョーは、フランソワーズがいることに気づいていなかったために動揺し、反射的に躯が後ろへと退がる。


「口を濯いでも、気持ち悪いだろ?」


グラスを持つフランソワーズではなく、アルベルトがそれを飲むことをすすめた。
グラスの中に、輪切りのレモンが2切れ水に浮かんでいる。

フランソワーズは、アルベルトの言葉に同意するように頷いて、ジョーにグラスを渡そうと、それを彼に差し出す。

おおきく、色鮮やかなアクアマリン・カラーの瞳に、今にも零れてしまいそうに、瞳の縁にたまった朝露が、瞬くたびに、きらり。と、光る。
ジョーは、久し振りに正面から、まっすぐにフランソワーズを見つめた。


「飲んで、ジョー・・・」


先ほど、メンテナンス・ルームで聴いたフランソワーズの声色と、違った。



「昨日、夕食を食べなかったから、苦しかったでしょう?・・・胃に何もなかったのでしょう?・・・胃に負担をかけないものを作るから、少しだけでも食べて?」
「・・・・」



フランソワーズの、持つグラスへとジョーは視線を移す。


「・・あ・・・・」


視線を合わせていた、アンバー・カラーの瞳が、自分の手へと視線が落ちたために、慌てて、フランソワーズは両手で持っていたグラスを左手で持ち、利き腕である、右手を背に隠した。


フランソワーズが隠すよりも、早く、ジョーの瞳は白い手に浮かんだ、薄紫色に染まる人の指の形をしたような痣を捕らえた。

寝ている状態であり、脳からの電子信号を最低出力に抑え、”動き”を封じていても、リミッター解除中の彼が、一晩中握っていた手は、打ち身のような痣を、フランソワーズ右手に色濃く残した。


「ジョー・・・」


フランソワーズは、グラスをジョーに押しつけるようにして持たせた。
ジョーはグラスを手に持ち、何も言わずに再びフランソワーズを見つめる。フランソワーズは、ジョーのまっすぐな、強く、けれども、どことなく問いかけてくるような視線に耐えきれず、早口に、”温かいものの方がいいわね。”と、言いながら、ジョーの視線から逃れるようにゲストルームを去っていった。


よく冷えた水の感触がグラスを通り抜け、ジョーの人工皮膚に伝えて、荒魂に支配されていたこころが、落ち着いていった。


「大丈夫そうだな?」


アルベルトが、ジョーの様子を伺いながら、彼の肩に手を置いた。


「一応、博士んとこに、行っておいた方がいいと思うけどなあ・・」
「賛成だ。」


いつの間にか、ユニットバスの床に落ちていた、引き千切られた、カーディナル・レッド色のネクタイを手に、グレートの隣に立っていたジェロニモが、頷いた。


「新しいのが、必要だな・・・。今日はネクタイなしだ。編入早々、校則違反か?」


ジェロニモの持つ、千切られたネクタイに視線を向けたアルベルトが、ニヤリと、片方の広角を上げて嗤う。


ジョーは、グラスにそそがれた檸檬水を口に含み、体内に流し込んだ。
檸檬の強い酸味が、焼けた喉にしみ込むが、それが逆に心地よかった。


「心配かけて、すまない。・・・大丈夫、だから・・もう・・・・」




ーーー大丈夫。














####


ジョーは、ジェロニモに付き添われる形で地下へと向かい、張大人がフランソワーズが作った、マグカップサイズの巣ごもりスープを届けた。









呼んでおいた迎えのタクシーがギルモア邸のチャイムを鳴らし、3人のトランクケースが、タクシーに積み込まれていく。

ジョー、ジェット、ピュンマ、そして蟷螂に変身したグレートがタクシーに乗り込み、玄関先にて、アルベルト、ギルモア、ジェロニモ、張大人、そして、腕にイワンを抱いたフランソワーズが見送る。


エンジン音とともに遠ざかっていくギルモア邸を最後まで見つめていたピュンマは、ふうっと溜息を吐いた。


「短期間だって解っていても、なんだか寂しいなあ・・・。こういうの」
「ばっかじゃねえのっ・・・・仕方ねえだろっ!ま、週末までの辛抱だよなっ、ジョー!」
「・・・・」
「って、おいっ!!」


ジェットの言葉を無視して、一点を集中して見つめているジョー。


「・・・・・」
「j、ジョー?!・・・・気分でも、悪いの?」


その様子に、ピュンマが心配そうにジョーの顔をのぞき込んだ。
1時間前に、ジョーがバスルームに走り込んだことを思い出す。


「・・・・・あ、いや・・。何?」
「っだよっ!ぼーっとしてんじゃねえっつうのっ!しっかりしてくれよっ、ぜロぜ・・・」
「うわああああっ!!」
「だgpshjっqp!」


009。と、呼ぼうとしたジェットの口を慌ててピュンマが塞ぐ。
バックミラー越しに、運転手がちらり、と後部座席の3人に視線を送った。

















ギルモア邸では、言えなかった。
面と向かって、言葉をかける勇気がなかった。が、003ではない、フランソワーズとの会話を求めた。009ではない、自分でいたかった。


けれど、話しをするタイミングが掴めなかった。
なんとなく、周りに合わせては会話をする。
フランソワーズに、何をどう切り出せばいいか、わからない。ましてや他のメンバーが居る前では、余計にジョーは口を閉ざしてしまう。

邸を離れる前に。と、思いながらも、今日の日を迎えてしまった。



<・・・・キミを傷つける、ようなことを言ったと、思う・・・。イマサラだけど、ごめん。・・・それから、ありがと。色々と・・・ありがとう。手・・・ごめん、ね。留守中、気をつけて>
<ジョー・・・、ごめんなさい>
<・・・どウs>
<煙草、抜いておいたわ・・・・・。代わりのを、入れておいたから、それで我慢してね>
<っえ?!>
<気を付けて・・・・それkr・・・・・>
<・・え・・・・・・fra・s・・・・>



脳波通信が届く、ギリギリの距離で、ジョーはフランソワーズに話しかけた。
フランソワーズからの、返事は期待してはなかったが、返ってきたフランソワーズの声は、意外な内容だった。


「・・・ジェット」
「っsなだよっ」
「・・・・・煙草は?」
「おうっ!2カートン!ばっちしだぜっ」
「はあっ?!バカっ!!そんなの持っていたらあっという間に追い出されちゃうよっ!!」
「・・・大丈夫だと、思うよ。ピュンマ」
「そうだぜっ!見つかるようなヘマはしねえっつうの!」
「そういう問題じゃないって!!」
「心配ない、よ」


ジョーは微笑んだ。

ジェットとピュンマは、しばし見惚れるように、黙って自分を見つめてくるので、ジョーは怪訝そうに眉根を寄せた。


「・・・よかったあ!!ジョー、大丈夫だね!うん、心配ないね!」


ピュンマの、何か意味の違う言葉に、ジョーは不思議そうにピュンマを見るが、彼は嬉しそうに、何度も1人で浮かれる。


「おう!もう、心配なんかねえよなっ」


久し振りに、ジョーが笑った。
マイクロフィルムを手に入れた後から、口元で笑うような表情を見せてはいたが、それは、人形のように張り付いた、感情のないものだった。

その翌日には、1階バスルームの浴室の壁が消えた。


ジョーの情緒不安定な状態は、00メンバー誰もが手にとように感じていた。
009がいない間に話し合われた、今回の潜入捜査から009を外す。ということを、最後まで反対したのは、ギルモアだった。



「ミッションとは言え、一時的にでもここをジョーが離れるのは、賛成じゃ・・・」













####

タクシーを使い、いつも使う駅とは違う沿線の駅まで赴き、そこから電車とバスを乗り継いで、私立、月見里(やまなし)学院敷地内にある、3つの寮、ベガ、アルタイル、デネブ寮へと向かう。ピュンマ、ジェットは同室であり、アルタイル寮。ジョーは篠原当麻のルームメイトとして、デネブ寮。

学院にたどり着き、渡された生徒手帳を見せて正門の警備員から学院敷地内へと通される。
警備員がどこかへと連絡し、1人の男がやってきて、3人を学院本館に連れて行き、そこで入寮手続きの書類にいくつかサインを書かされた後に寮へと案内された。
初めにアルタイル寮へと連れられて、Prefect(監督生)とジェット、ピュンマの部屋があるフロアの担当RA(Resident Assistant)が待っていた。

お互いに簡単に挨拶をすませたジェットとピュンマは、アルタイル寮の自室へと向かった。
彼らと別れたジョーは、男に連れられて1人、デネブ寮へと向かった。
そこでも、アルタイル寮と同じように、デネブ寮のPrefect(監督生)とRA(Resident Assistant)
である、ジョーのルームメイト、篠原当麻が待っていた。


「・・・こんにちは。まさか、同室になるんて・・・。すごい偶然だね」


PrefectとRAは基本、1人部屋を与えられる特権があったが、短期留学生、と言うこともあってか、なんらかの”手違い”のために、RAである、篠原当麻と同室となった。気づいたときには、すでに全ての準備を終えていたこともあり、そして、篠原当麻と自身が了承したので、今学期いっぱいは、同室となることになった。


「よろしく」


当麻に連れられて部屋に案内された。

2面の窓を挟んで、左右対象に配置された、備え付けの家具。
ベッド、勉強机、本棚、専用クロゼット。


「ぼくは、こっち、右側を使っていたから、そっちで」
「・・・はい」
「他の家具類や、電化製品の持ち込みは大丈夫だよ、ドアの入り口にあった冷蔵庫はシェア。あれは、付属品。その上にある電気ポットやコーヒーメーカー、ぼくのだけど、自由に使ってくれてかまわないよ。浴室は地下。各フロアにトイレもあるけれど、一応、全ての部屋にユニットバスがついてるんだ。みんな地下を利用しているけどね。あと、一日置きに、シーツ交換がされるから、火、水、木曜日は、このフロアの洗濯室にシーツを出すこと。掃除も午前の授業を受けている間に来るから、捨てられたくないものや、大切なものは、なるべく、しまっておいた方がいいよ。ときどき、プリント類を間違って捨てられてしまうから・・・あとは・・、おいおい説明していくから、なんでも訊いて」


ジョーは室内を見渡しつつ、持ってきたトランクケースを左、壁際に寄せて、窓の外を覗く。

広い敷地内は、日本とは思えないほどに、目に鮮やかな緑青々と豊かに、夏の訪れを待ち、電線に、高すぎるビルなどもに区切られることなく、空は広い。
グレートが、故郷イギリスの香りがする。などと言っていたが、あながち嘘ではないようだった。学院の校舎や寮、敷地内の構造など、モデルにしているのは、ヨーロッパのボーディング・スクールに違いない。


「午後の授業が、そろそろ始まるから、行くね・・。島村君は明日から授業だったね?・・・同じクラスに、って言っても、高等部の3学年は1クラスしかないから、当然なんだけど」


当麻は、明るい声を出しながら、窓辺に立つジョーの隣へと立った。

「・・・」
「学院案内とかは・・」
「他の2人と一緒に」
「それはよかった」


ジョーは携帯電話を取りだして、時間を確認した。


「・・・あと、30分後に、彼らとまわることになってます」
「じゃ、大丈夫だね。これから、よろしく」


当麻はにっこりと笑って、ジョーに向かって握手を求めた。
ジョーは差し出されたその手を軽く握った。


「・・・こちらこそ、よろしくお願いします」


ジョーは、口元に浮かべた微笑みが、引きつっていなかったと、思いたい。










####

ジェット、ピュンマと再び合流したジョーたちは、事前に指定された場所、本館にある職員室へと向かった。それぞれの担任に挨拶をすませ、彼らの案内係として待っていたのは、保険医でもあり、学院内の寮を管理する寮監督の1人でもある、石川だった。
3人は石川から、敷地内の校舎や、学院の規則をなどを教えられながら、歩く。


「部屋はどう?・・・・僕、ジェットと相部屋で生きていけるか、ちょっと心配だよ・・・」
「ああ?!オレの方がだぜっ!・・ったく、何を好きこのんで、”男”ばっかのところなんか来なきゃなんねえんだよっ!!共学にしろっつうのっ、共学っ!!」


石川は前を歩くピュンマとジェットの会話に割り込んだ。


「昔は、この学院も共学だったんだよ。今から、約30年くらいまえかな?性格にはわからないんだけど、経営方針が変わってね。一応、姉妹校っていうことで、聖ヘレナ女学院とは交流があるから、もうすぐチャリティのための”あやめ祭”で、向こうの生徒会に助けてもらうこともあって、すぐに女子高生も拝めるさ」
「・・・”あやめ祭”?」


石川の、背後からジョー聞き返した。


「この学院の伝統行事のひとつだ。こんなところで・・・閉鎖的だろう?地域交流や、社会貢献、生徒達の社会経験・・・の一環として、学院を3日間解放して一般のお客様をお招きしながら、この学院をお披露目しつつ、寄付を募る。今回は・・地雷の犠牲になった子どもたちに、新しい義腕、義足を送るのが目的にしているから。他校のように、文化祭や、体育祭みたいなイベントがないからね・・・。その代わりみたいなものだよ。意外と派手にやるから、楽しみにしていたらいいよ。集まる人も世界中から、だしね」


石川の、クセのある金色に近い髪が柔らかく流れて、ジョーに振り返った。
”石川トオル”と名乗った彼は、その名に不似合いな容姿であった。不似合い、とは、彼が”日本名”を名乗ったからである。

ジョーは言葉を続ける石川を見る。いつの間にか、彼の隣に並んで歩いていた。


「島村はどっちが?」
「?」
「わたしは、父親が。違和感があるだろ?名前とこの顔に髪。母方の方を名乗っているからね、ちなみに母が1/2。どこの国のかは知らないけれど、余計に日本人らしくないだろう?わたしの場合は1/4日本人なんだ」


石川は明るく笑った。

カフェテリアは、3つ寮の地下で繋がる、学生のための施設”紫微垣(しびえん)”にある。
地下2階、地上3階建ての建物には、カフェテリア、娯楽室、勉強室、ジム、学生用coopが備わっており、生活に必要な物などが揃い、学院内で唯一、自由が許された生徒達の”城”である。


ひと通り、学院内をまわったところで、カフェテリアに案内されて、そこで4人は席に着き、早めの夕食を取り始めた。
カフェテリア内は、ビュッフェ形式で、自分が食べたい物をトレーに乗せていけばよかった。


「・・・父が」
「じゃ、島村は母方かい?」
「・・・・多分」
「多分?」
「・・・・・・知らないんで、何も」
「ふうん・・。そうか、いや、変な質問をして悪かったね」
「・・・いいえ、慣れてますから」
「じゃあ、ついでに。ここの2階でネクタイを購入できるから、食事が済んだら買いに行きなさい。今日は授業に出なくてもいいから、多めに見たが、明日からはペナルティになる」
「・・・・はい、わかりました」
「それと、だ」


石川のトレーに載っていた、ミートソースパスタと、カルボナーラの皿。そのうちのミートソースパスタを、ジョーの珈琲と、適当に選んだ温野菜を乗せた皿の隣に置いた。


「まだまだ育ち盛りなんだ、しっかり食べなさい」


石川とジョーのやり取りを食事を取りながら、黙って聞いていたピュンマとジェット。
2人はずっと、学院を案内している間から今までの、石川の様子を見ていた。彼はどうやらジョーに何かしら思うところがあるのか、彼をかまった。

人望があるらしく、生徒に会うたびに声をかけられては、何ごとかを相談したい様子をみせて生徒たちは去っていく、カフェテリア内でも、ぼつぼつと集まりだした生徒達は、彼に視線を送っていた。


<ジェット>
<っだよ?>
<ジョーってさ、母性本能だけじゃなくて、父性本能みたいなのもくすぐるのかな?>
<このおっさんも、きっとクラークと同類じゃねえの?>
<ばかっ!!石川先生に失礼だろっ!!彼の左薬指の。が、見えないのっ?」


ジェットはピュンマの通信に、ちらりと、斜め前に座る石川の左手に注目した。
細い、シルバーの輪が、左手薬指に納まっていた。


「今日は、ここで解散。何かあったら、さっき教えた携帯に電話しなさい。私はここの3階に部屋を持っている。住み込みだ。各寮には”寮監督”がいるが彼らはあくまでも”寮”の監督だ。学院にカウンセラーはわたしを含めて4人いるが、わたし以外は通い。24時間、いつでもいいぞ。腹痛から、あっちの方面、そっちの方面、なんでもいいぞ」
「あっち、そっちって、どっちだよっ!」
「まあ、隠れて一服くらい、付き合ってやるし、健全な男子が不健全に投獄されているようなもんだし、色々だ」
「・・・・バレてます?」


石川は愛嬌ある顔で笑顔を崩さない。


「島村、リンク、週末まできっと我慢できないだろう?真新しい制服でも”匂う”ぞ。消臭スプレーは必需品だ、買っておきなさい。部屋はルームメイトによって密告される、気を付けること。あと、吸うなら夜、外で、だ。夜中の13時から6時までの間、寮の全扉に自動ロックがかかる。それは”寮監督”以外誰にも開けられないから、それまでに室内に戻ること、いいね?」


石川の言葉に、ピュンマは目を丸くする。


「あ・・・・の・・・いいんですか?そんな・・こと言って・・・」
「わたしは保険医兼カウンセラーであり、寮監督でもある。生徒たちの”健全”な生活と健康、こころのケアが仕事だよ、ギルモア。それに面倒なんだ、取り締まるのが・・・・。だから、上手くやってくれ。それだけだ」
「話しが解るじゃんっ!」


ジェットは石川にウィンクしながら、パクっとミートボールを頬張った。













「・・・・・ピュンマ」
「なに?」
「ジェットは、まだ荷物を開けてない?」
「うん、まだ何も手をつけてないよ」
「・・・そうだろう、ね」


石川と別れて、カフェテリアから寮へと戻る途中にジェットはグレートと合うために、指定されていた本館にある、学生たち用に解放されたコンピューター・ルームに向かった。

ジョーとピュンマは地下の廊下を着かずに、外を歩きながらそれぞれの寮へと向かう。


「どうかしたの?」
「煙草。抜かれてる、よ。代わりに、これが入ってた」
「?」


ジョーはズボンのポケットから取り出した物をピュンマの手に乗せた。


「煙草の代わりに、ってことみたいだ、よ」
「・・・・”アフタヌーン・ティー、キャンディ。カフェオレ味”ノンシュガー・・・って」
「カフェオレと、ブラック、あと、確か・・・カプチーノだったかな?」


ピュンマの手のひらに、小さなキャンディーが2個。
小さな包み紙には、丁寧に何味であるか書かれており、珈琲カップの写真もついていた。


「・・・・フランソワーズだね」
「だろう、な」
「アルベルト、に言われたのかな?」
「いや、多分・・・・張大人が、だろう?これを買ってきたのは、彼だろうし」


ピュンマは2つの内の1つを口に入れた。


「うわっ、本当にカフェオレ味!」
「・・・・これで我慢しろってことだ、ね。1週間は」
「我慢できる?」
「するしかない、学生coopには煙草、売ってないから」


そう言って、ジョーは手に持っていた、先ほど購入したばかりのネクタイを入れた袋をピュンマの目の前にまで持ち上げてみせた。


「仲直り、したの?」
「・・・・・・・・・・なにが?」
「フランソワーズと。だよ・・・すごく、みんな気を遣ってたんだけど?迷惑だよ、ジョーとフランソワーズがケンカなんてっ。すごおおく、居心地が悪くなるんだからっ!」
「・・・ケンカ、した覚えはない、よ」
「じゃ、いったいなんだったんだよっ!」
「・・・・俺が一方的に」
「フランソワーズにあんなこと言うなんて、失礼だよ・・女の子なのに。そんな子じゃないって、一番良く知っているのはジョーだろ?」
「勢い、って言うか・・・。聞こえてたんだ、やっぱり」
「2階の、あの場所にいたら、イヤでも聞こえてくるよ。訊かれてたくなかったら、どこか別の場所で話しなよ、階段下のリビングルームのドア前なんて、ところじゃなくて」
「そうだ、ね」
「それでさ、仲直りしたの?・・・しないで、ここに来たの?」
「・・・・・・したような、してないような、どっちだろう・・な」
「今日の定期連絡、どうする?」
「どうもこうも、それはそれだ。一度、寮の部屋に戻ってからそっちへ行く」


009が008を見た。


「了解」
「グレートの報告を訊いた002が戻ってきたら、動く」
















####

本館、東側にある、図書館と隣接されたコンピューター・ルームの、窓際の席に座ったジェットに、すぐに”脳波通信’で007から話しかけられた。

002は、何もないようにsafariを開き、メールをチェックをし始めた。


<よ、お疲れさん!>
<007か?どこに居んだよ?>
<それは、秘密だあなあ。とにかく、ピュンマが言った通り、ここらのコンピューター回線は、ひとつ。ここから割り出すのはかなり、苦労させられるぜ>
<それで?>
<なんか、もうすぐイベントか、祭りだかが、学院内で開かれるらしい>
<あ、それ。今日訊いたぜ>
<招待状のリストってヤツを手に入れた。紛れ込んでるかもしれねえしなあ、その中に”クラーク”と”コズミ博士”も含まれていた>
<コズミ博士はわかるけどよっ!なんで、クラークが?>
<あいつの奨学金は、全部”篠原グループ”からなんだぜ?知らなかったのかよお?002>


002のマウスを持つ手が、止まる。


<げ!?そうなのかよっ!>
<みんな知ってるぜえ、お前・・・もう少し集中してミーティングに出ろ>
<じゃ、クラークと鉢合わせに・・・?>
<その辺は009が考えるだろ?兎に角、招待リストは今、お前が座っているイスの裏、だ>


マウスから手を離し、002はコンピューター・デスク脇に置かれていたメモパッドを落とす。
それを拾うフリをしながら、イスの裏を見た。

セロハンテープで貼り付けられたポータブルUSBが目に入る。
それを素早く手に取り、メモパッドと一緒にデスクの上に置いた。


<thanks、で。007はこれからどうすんだよ?>
<そのコピーを持って邸に戻る、あとは009からの指示を待つさ>
<了解!>


007との交信を切って、ジェットはメールの受信箱にいくつかの未読メールがあるのを見つけると、それをチェックし始めた。20分ほど経ったころ、コンピューター・ルームから出て行った。








アルタイル寮の部屋に戻ったジェットを待っていたのは、ピュンマ、そしてジョー。
ジェットはグレートから預かったUSBをピュンマに渡す。


「なんとか祭ってのの、招待リストだってよ」


008はそれを、ラップトップに接続し読み込んだ。


「他には?」
「学院全部がひとつの回線でまとめられてるらしいぜ、だから、特定のを追うのは無理だろ?」
「時間がかかるな、それだと。いつ”マクスウェルの悪魔”がコンピューターを使っているのかもわからないしね」
「あぶり出せねえのかよっ!」
「現時点では・・・どうするの、009?」
「少し、乱暴だけれど・・・・学院のネットワークを、事故に見せかけて使用不可能にする。回線の1つを邸と繋げて、追う・・・邸のメイン・コンピューターを、使う」


ピュンマが、デスクに座っていた位置から躯をずらして、002と009に裸婦トップのウィンドウが観易いようにした。


「これ、だね」
「クラークと、コズミ博士も含まれているらしいぜ」
「コズミ博士は、当然だな・・・。ここに何度か講演に来ているから・・・。クラークも言えば、関係者だし、ね」
「007は、これを邸に持って帰ったの?」
「おう、それで009の指示を待つってよ」
「・・・・リスト内に、クラーク以外の”交流会”関係者がいるかあらってみてもらおう。あと、今回の”あやめ祭”が誰がメインで動いているか、だ。毎年のチャリティ内容は変わるみたいだけど、今回が”義肢”って言うのが、タイミング的に気になる」
「009、僕も変だと思うよ。確かに、医療関連で大きな力を持つ篠原グループだけど、出来たばかりの”篠原技研”の、成長の仕方が気になるし・・・・」
「なあ、篠原技研の人間っつうのが、”マクスウェルの悪魔”じゃねえの?」
「・・・・それなら、なんのために”オンライン・ゲームを行う?」
「趣味」
「002・・・・」


即答した、002に008が脱力した。


「技研の人間なら、直接的に会社ぐるみで動くはずだ。どう考えても”マクスウェルの悪魔”は、”個人”で動いているとしか、考えられない」
「わかんねえんじゃんかよ、そんなのっ」
「団体だったら、もう足が出てるよ、技研も、篠原グループの”裏”の動きは把握済みだもん」
「008と、裏ってなんだよっ」
「裏は、裏。政治的繋がり、金銭的繋がり、闇取引、に・・・。表に出ない、裏。だよ、ね?009」
「あれだけの規模を誇る”グループ”な上にすべて家族経営。叩けば色々出てくる、が。今回はあまり関係ない。僕たちが手を出す必要はない、ことだ」














####

携帯電話から訊く、コール音。
メールを出そうか迷ったが、声が聴きたくて、電話をかけることに決めた。

家から学院に戻り、”いつもの”生活に戻った当麻だったが、”いつもの”生活に戻ったのは生活習慣だけで、こころは未だ、マリーと過ごした時のまま。


コール音の回数を数えながら、それが留守番サービスに切り換わったときのセリフを考え始めた。


カウント5。で、聴くことできた。

『・・・・はい』
「マリー?」
『・・・当麻さん?・・・こんばんは。どうなさったの?』
「あ、うん・・・。あのさ」


胸が甘く、擽られる。
肺が熱くなっていく。


『・・・?』


部屋のドアに金属音がぶつかる音が聞こえた。
当麻は、ドアへと振り返る。

ドアノブがまわされて、部屋に入ってくる人物。
今日から、同室となったルームメイト。


「あ、マリー、ルームメイトが戻ってきたから、場所を移るよ、そのままでいてもらっていいかな?」


当麻と同室のジョーは、彼が携帯電話に向かって言った言葉を聞き逃さなかった。
ジョーとは入れ違いに、部屋を出ようとする、当麻。


「あの、今週末のことだけど、考えてくれたかな?」


ジョーが部屋のドアを閉める背後で、そんな当麻の声がジョーの胸を殴りつけた。
黙って、部屋の鍵を割り当てられた、ピュンマのデスクと寸分の違いもないデスクに、渡されたばかりの、キーホルダーも何も付けていない”鍵”を投げた。

ぶつかり合って、跳ねる音。
静寂の中に紛れ込む、隣室の誰かが聴いているのだろう、英語のラジオニュースが聞こえる。


ベッドの上に、腰掛けて深く、ゆっくりと息を吸いこみ、それを全身で吐き出した。
起きっぱなしにされていた、購入したばかりの、カーディナル・レッドのネクタイを袋から取りだして、手に持ったそれを見つめる。

ジェット、ピュンマ以外の留学生の姿をちらほらと、学院内でみかけた。
見慣れない生徒がいることから、好奇心の目が自分たちに向かうのは、仕方のないこと。向けられる視線の中に、ジョーが過去に浴びた”視線”を感じることはなかった。








ここでは、浮くことはない。

ここでは、異質ではない。

ここでは、・・・・・”半分”でも、いい・・。











「・・・マリー・・か・・・・」



”危険がないように、できれば行き先は事前に教えておいて欲しい。
あと・・・夜は、外泊になるなら、ギルモア博士が心配しないようにキミから言っておいて欲しい。
キミのことは娘のように思っているから”




”・・・夜は、外泊になるなら、”









そういう、考えしか浮かばない、自分が最低で、そういう事しか”知らない”自分が、汚い。



そういう、”付き合い”しか、知らないから。
そういう、ふうにしか”付き合わなかった”から。








一晩の熱と、人肌が、孤独を忘れさせてくれた。


誰でもよかった。
誰でも声をかけてきた。



都合が良い。









面倒もない。











そんな風な自分の尺度でしか見えず、フランソワーズに言葉を投げつけた事を後悔するばかり。

今日の朝、邸を出るとき、ずっとフランソワーズは利き腕を背に隠していた。


指の痕。




強く、握っていたために。












一晩中、拒まれることなく。













こんな自分でも、彼女は何も言わずに・・・・・・。

仲間だから。













「・・・・・フランソワーズ」





愛しい人の、名前を。
想いをこめて、呼んでみる。


















当麻が5分ほどで部屋に戻ってきた。
部屋でジョーと顔を合わせると、少しばかり困ったような笑いを見せた。










====54へ続く

rugbyさんに、無理をかなり重ねて描いていただきました!
制服姿!の2.8.9ですっっっ  \(^ ^)/ バンザーイ


・ちょっと呟く・

プチ・ケンカ?
ケンカのようで、ケンカじゃない。


でも、フフフ ( ̄+ー ̄)キラーン
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Day by Day・54
(54)





ジェットとピュンマの部屋がある、アルタイル寮から、ジョーがデネブ寮の自室に戻ってきたとき、当麻は”マリー”に電話をかけていた。
ジョーが部屋に戻ってきたことで、入れ違いに、部屋を出て行った当麻は、携帯電話を手に5分ほどで戻ってきた。

ジョーは、トランクケースの中の物をクロゼットへ片付けていたときだった。


久し振りに持つルームメイトと目線があい、照れたような笑顔を浮かべる当麻。
ジョーは何ごともないように、淡々とクロゼットへと荷物を片付けていく。


「何か、手伝おうか?」
「・・・・そんなに、荷物は持ってきていないので、大丈夫です」
「島村君、敬語じゃなくてもいいよ?同じ年なんだし」
「・・・そうだ、ね」
「あのさ・・・・突然、なんだけど。その、訊きたいことがあって」


ジョーの手が止まり、当麻を見る。


「・・・・なに?」
「その、ほら・・・この間、うちに迎えに来た、だろう?」


当麻は、右側の、自分のベッドに腰かけながら言った。


「・・・はい」
「あの、さ。マリーさんとは、初めて会ったの?それとも、前から知り合い?」
「・・・・・お世話になっている、後見人が同じ人なので、それなりに以前から交流はありました。他の編入してき2人も、同じです」
「そうなんだ・・・。さっき・・・あの。さっきの電話は彼女だったんだ」


ジョーは再び、手を動かしてトランクケースの物を、クロゼットへと移し替え始めた。


「・・・それで?」
「彼女、何が好きかな?・・・週末は忙しいからって、会うのを断られてしまって。日本に来て間もないし、来て早々にドタバタしてたから仕方ないんだけど・・・。その、不慣れなここでの生活が始まるわけだし、物も色々と入り用だろうと思うから、次ぎにあったときにでも、何かプレゼントしたくて」
「・・・・・そういの、本人に訊いたらどうです?」
「断られるよ、きっと。だからサプライズにしたくて・・・」


トランクケースの中の物をほとんど取りだして、空に近い状態で、トランクケースを最後にクロゼットの中に押し込み、ドアを閉めた。

ベッドの上に置いた、細々したものを、タンスやデスクの引き出しに仕舞っていく。
その様子を当麻は見ていた。


「・・・女の子が喜びそうなものなら、なんでもいいと思います、けど?」
「なんでも、って言うのが、イヤなんだ」
「・・・・・それなら、本人に訊いた方がいい」
「そうだけど・・・。何か、気づいたこととかないかな?」
「・・ほとんど、入れ違いで自分はこっちに来たから、思いつかない、です」
「あ、そうか・・・。そうだよね・・・・うん。島村君だったら、何をあげる?」
「俺?」


ジョーは最後に、邸からもってきたラップトップ・コンピューターをデスクに乗せて、電源を壁にあるコンセントに差し込んだ。


「そう。・・・・何をあげるかな?」
「・・・・・ケーキか、な」


ジョーの応えに、当麻は不思議そうな表情を浮かべた。


「ケーキ?」
「・・・・・・美味しい、ケーキ屋にでも連れて行って、好きなだけ食べさせる」
「それは、会ったときにカフェくらい行くから・・・」
「・・・他は、たこ焼きとか?」
「え・・・・・・・・」
「焼くところが見たいって、言っていたから」
「・・・そ、そうんだ」


ジョーから笑みがこぼれる。

片言の日本語で話す。カードを一生懸命に選ぶ。商店街の人混みに紛れてしまった自分を見失って、彼女は泣いた。泣いたのに、泣いてない。と、言い張った。

たこ焼きを買っても、結局ジェットに食べられてしまい、ひと口も食べることができなくて、怒っていた。
買い出し当番の誰もが、”フランソワーズ用”に小さな駄菓子を買ってくる。
夜遅くまで起きているとき、それらの”フランソワーズ用”の駄菓子をそっと部屋に持ち込んでいるのを、ジョーは知っている。


「・・・甘い御菓子、くらいしか思いつかない、な」


労働後の甘いもの。と、言い訳しながらフランソワーズがジェットの買い置きのチョコレートを食べて、それをみつけたジョーに向かって、眉根を下げ、ジェットに言わないで。と、お願いされた。それは、1度や2度のことではない。


何気ない、毎日。
何気ない、言葉。
何気ない、仕草。



大切で、大切で、大切すぎて・・・。
そのすべてが愛おしくて、護りたくて。










でも、傷つけてしまった・・・。



つまらない、理由で。












「・・・そういえば、毎晩、一生懸命にレシピを探していたんだよね、チョコレート・ケーキを作るって・・・。ザッハ・トルテ、だったかな?ケーキ、か・・・うん。いいかもしれない」
「・・・」
「ありがとう、助かったよ」
「・・・・・」










脳波通信で、最後に交わしたフランソワーズとの会話をジョーは思い出した。


<・・・・キミを傷つける、ようなことを言ったと、思う・・・。イマサラだけど、ごめん。・・・それから、ありがと。色々と・・・ありがとう。手・・・ごめん、ね。留守中、気をつけて>
<ジョー・・・、ごめんなさい>
<・・・どウs>
<煙草、抜いておいたわ・・・・・。代わりのを、入れておいたから、それで我慢してね>
<っえ?!>
<気を付けて・・・・それkr・・・・・>
<・・え・・・・・・fra・s・・・・>






それから。












ーーーそれから・・・。なに?・・・・フランソワーズ、キミは何を言おうとしたんだ?

















####

22時前、携帯電話にメールが入った。

イワンは夜の時間ギリギリまで能力を使い続け、疲れ切った状態で眠りについたにも関わらずに、予定していた昼の時間よりも3日も早く目が覚めてしまったために、最悪な寝起きとなった。その上に、目覚めてすぐに、イワンは、ジョー、ピュンマ、ジェットの月見里(やまなし)学院への編入するために必要な書類などを、その能力を駆使して存在しない”人間”を仕立てあげたのだ。

彼の機嫌は悪くなっていく一方である。
イワンは、フランソワーズが篠原邸から戻ってきてすぐに彼女を独占し、再び眠りにつこうとするが、昼の時間に起きてしまったイワンは、夜の時間のように深くは眠ることが出来ないために、機嫌は斜めに傾いたまま。

フランソワーズに抱かれていないと、大声で泣き、彼女を呼ぶ。
泣いて呼ぶぐらいならいいが、無意識に強くフランソワーズを求めるので、暴走する超能力が、邸中を嵐のようにひっくり返してしまうのだった。
こういう状態のイワンには、誰が何を言っても、無駄である。
ただ黙って、フランソワーズはイワンの気が済むまで抱いてやるしか、解決方法はなかった。




マナーモードにし忘れた携帯電話の音に、やっと寝付いたイワンが起きてしまわないかと肝を冷やしながら、フランソワーズはそっと、子ども部屋、1階、コモンスペースのイワンのベビーベッドから離れて、リビングルームのソファに躯を投げ出すかのように座り、携帯電話のメールを確認した。



=それから・・・?今朝、聴き取れなかったので教えて欲しい=


フランソワーズは、送信者の名前を何度も確認する。
何度見ても、JOE/009。





ジョーの携帯電話がメールを受信。と、知らせた。

=・・・気をつけて。それから、週末に約束のケーキを焼きます。遅くなったけれど、お誕生日、おめでとう。=





フランソワーズが握りしめていた、携帯電話が震えた。

=週末、邸に戻ることを楽しみにしています、ありがとう。・・・・・キミに、ちゃんと謝りたい=












2人の携帯電話が、伝え続ける。



=謝らないで。あのとき、安易な考えでものを言った、私にも責任があります。ジョーが怒ったのも、わかります。それにそういう風に見られる、私が悪いです=
=関係ない、キミは何も悪くない。何も、キミの責任なんてない。余計なことまで言って、キミを傷つけた=
=本当に、もういいの。だから気にしないで=
=キミに失礼なことを言ったのは、かわらない。だから、謝りたい=
=ジョーの気持ちはわかりました。それで十分です。それよりも、博士から訊きました。眠るためにお薬を使うこと、大丈夫ですか?=
=一時的なことで、常用するつもりはないから、大丈夫です=
=でも、ひどくうなされていたので、心配です。博士にも報告しました=
=あの時、ずっと居てくれた?=
=博士に頼まれて、お水を持って行きました。でも、ジョーは眠っていて、すぐに、部屋を出て行くべきだったのでしょうけれど、とても辛そうで。お薬が合ってないように思います=
=今晩、もう一度使ってから、博士に相談します。手の痣は、俺のせいだよね?=


送信ボタンを押して、すぐにジョーは携帯電話を持って部屋を出て行き、フロア内にあるコモンルームへ向かうと、2,3人の学生の姿が目に停まったが、部屋の隅に置かれたソファに座った。


=いいえ、違います。ジョーのせいではないです=



緊張する手の震えよりも、恋しくて、恋しくて、恋しくて。
止まらない気持ちは、フランソワーズの携帯電話の番号を押すように、指に命令する。








「・・・・フランソワーズ?」





彼女の驚きの声。そして、続けられる会話。


「・・ごめん、キミに失礼なことを言った、ね。・・・・フランソワーズ、ごめん。すぐに、謝るべきだった。けれど・・・、それと、手は・・・?大丈夫、それ、俺のせいだろ?」



優しく、耳に届く声。そして、003ではない、フランソワーズとの会話。


「週末、邸に居るんだ、ね?」


ジョーは微笑む。


「・・・多分、金曜日の夜に戻る、そして土曜日には、またこっちへ。校内に生徒がいないから、動きやすい」


声に出さず、相づちを打つように頷く。


「ああ、そういえば・・・、キャンディありがとう。ところで、抜き取った煙草は?」


こぼれる、笑い声。


「いいよ、気にしなくて。・・・・そう、・・・・うん、そうだ、ね。また、メールでも、電話でも・・・・。訊いてくれたら、いいよ。住所は、ひらがなでメールするから・・・。いいよ、付き合う。キミの日本語の練習になるだろ?それくらいの時間はある、よ。お詫び?・・そうだね、そう思ってくれたら」




嬉しくて、幸せで、温かくて、この時間を永遠に捕らえていたい。







物理的距離があるために、いつもよりも素直になれる、気が、した。




そうしないと、彼女に近づけないから。
そうしないと、彼女の声を聴くことができないから。
そうしている自分が、幸せだった。


少しだけ、前に出る。
見えない距離が縮まる。








「フランソワーズがケーキを焼くの、久し振りじゃない?」



いつもよりも、言葉が溢れる。



「え?・・・いいよ、そんなのケーキに書かなくて。ロウソク?!・・い、いらないよっ。恥ずかしいし・・・、16日はとっくに過ぎてるから、それにイマサラだから、ね。ありがとう」





携帯電話の良さなんて、あまり感じたことなどなかったけれど。
今なら、わかる。




ほんの少し、早口になっている。
ほんの少し、声が大きくなっている。

ほんの少し、いつもよりおしゃべりなキミ。




『ジョー、よかったわ。元気そうで・・・。朝・・・・すごく、心配したわ、みんな、気にしているのよ。でも、伝えておくわね、ジョーは大丈夫って。ネクタイは新しいの、買えたのかしら?』
「買えた、よ」
『どっちを?』
「前と同じ」
『ジェットとお揃いのね?』
「その言い方、ちょっとヤダ、な」
『それなら、ピュンマとお揃いにしたらよかったのじゃなくて?』
「・・・派手、じゃない?」
『あら、大丈夫よ。きっと似合うわ』
「次ぎにネクタイを駄目にしたら、考える、よ」
『ちゃんと結べるようになったのかしら?』
「一応、ね」
『一応なの?』
「なんとなくでも、大丈夫だろ?ああいうのって」
『だめよ。帰ってきたら、結んでみせてね?』
「いやだ、よ」
『見せて?』
「いやだってば」
『結んで見せてね?』
「だから、いやだよ・・・・、どうせ変だろうし」
『変なままでいいの?ジョー』
「・・・・いい、よ」
『私が、いやです。だって変だもの』
「なに、それ?」





こういう風に、毎日、ずうっとキミと会話ができたらいいのに、ね。

ずっと、ずっと。ずうっと。

明日も、
明後日も、
明々後日も、



毎日、遠い未来まで。



終わることない、時間をずっと・・・・。








『気になるわ。兄さんがそうだったの。まったく結べなくて、大変だったのよ?』
「そこまで、変じゃないよ」
『そこまでって・・・見たことないでしょ?』
『フランソワーズのお兄さんだから、ね。想像つくよ』
「まあ!」





















大丈夫。






俺は、大丈夫。














彼女を好きだと、想い続けることが、俺を強く、する。








弱くも、する。












それでも、キミのために強くなろう。
もう、二度とキミにひどいことは言わない。
傷つけることはない。
自分の感情に、振り回されない。


キミが誰に愛されても、
ありのままの、キミが、キミでいてくれるなら。











キミが好きだから、俺は、大丈夫。


キミが俺を強くする。
キミが俺を支えてくれる。









キミが笑ってくれている限り、キミが愛する、生きる世界があるから。

俺は大丈夫。







『ジョー、ちゃんと食べてね?・・・寮だと”食事の時間”が決まっているでしょう?邸にいるようにはいかないもの』
「・・部屋に冷蔵庫があるんだ」


ーーーキミの作るもの以外、食べたくない。なんて、言ったら、どう思う?


調子に乗って、つい、思いついた言葉が口から飛び出しそうになって、慌てた。



『素敵ね。日持ちがするものを作っておくわ。寮に持って行って?そうしたらジョーはお部屋でも食べられるものね』
「・・・ありがとう、助かる」











####

時計の針が24時を指す前に、ジョー、ジェット、ピュンマの3人は揃ってアルベルトからの通信を受けた。

フランソワーズが篠原邸で使っていた物を、改良を重ね、今現在は複数の受信を可能にしたが、通信を返せるのは、脳波のチャンネルを合わせている者のみ、と言う段階である。

今回、ジョーの携帯電話をジェットの目覚まし時計、ピコチュウに隠した脳波増幅装置に繋げた。そのために、アルベルトが会話出来るのは、ジョーのみで、ジョーにチャンネルを合わせることで、ジェット、ピュンマはアルベルトとジョーの会話を聴くことができる。


<そっちで見てもらった招待状のリストの中で、誰か”交流会”関係者はいた?>
《関係者。と、までは行かないが、コズミ博士を交流会に誘った人物や、交流会に呼ばれた経験がある人物くらいだ。直接的な交流会のメンバーは入っていなかったが。大物がひっかかった。絵里子・レキシントン。交流会創立メンバーの1人だ。クラークから名前を訊いていただろう?旧姓の、久保絵里子(くぼえりこ)で登録されていた、007はそれで見落としていたみたいだ》
<・・・005が追っていたよね?>
《訊いている、詳しくは005が改めてそちらへ連絡を入れると言っている》
<了解>
《今はこれくらいだ。動くのは明日からだな?》
<ああ>
《ジョー》


009ではなく、”ジョー”と呼ばれた。
ピュンマとジェットはお互いの顔を見合わせた。


《声の調子から、体調は良いみたいだな?》
<・・・心配かけて、すまない。もう何も問題ないから>
《・・・・・だろうな、1時間近くもフランソワーズと”電話”していれば機嫌が悪いはずないからな》
<っ!?>


通信を通して、ジョーが驚きに固まる様子が想像できたのか、アルベルトの押し殺した嗤いがもれた。


「電話だあっ?!」
「いつの間にっ・・・ってケンカしてたんじゃないの?もう、仲直りしたんだね!」


《フランソワーズが言ったんじゃないぞ?・・・リビングルームで電話していたから、”聞こえた”だけだ》
<・・・・以上だ、004。また明日>
《003に報告させようか?・・・あ。また電話で話すから、いいか?》
<・・・・・・・・・また、明日>


ジョーはアルベルトの嗤いが残る通信を乱暴に切った。
ピュンマのデスクチェアから立ち上がったジョーを、素早くジェットが背後からジョーの胴体をがっちり掴み、持ち上げたかと思うと、そのままピュンマのベッドへと、ジョーに見事なジャーマン・スープレックスをかけた。


「逃がすかっ!!」
「うわあっ、僕のベッドが壊れるよっ!!」
「っな!ジェットっっ」


ジョーは、すぐに体制を整えてジェットから逃れる。
そこはさすが、009である。
しなやかな、流れるような動きで素早くジェットから距離を取った。


「逃がすかっ!」
「っっふざけるなよ」
「ったくっ!!心配ばっかりさせてよっ!結局お前ってヤツはそういうヤツだよっ!勝手にケンカしてっ心配してやっていたらっ、いつの間にか仲良く長電話かよっ」
「・・・勝手に心配したのは、そっちだろ」


ジェットはピュンマのベッドから跳ね起きて、ジリジリとジョーとの距離を縮めていく。


「だああああああっ!!うるせ!なんだってお前はっひねくれてんだよっ!!」
「・・・・・・好きで、こんな性格になったんじゃない、よ」
「じゃあっとっとと直しながれっ!フランソワーズに好きだって言いやがれっ」
「・・・ジェット、ここに何しにきたか、覚えてる?」


ジョーはジェットから逃れる道を計算するために、視線を部屋に走らせた。


「そうだよね、うん。そうだよっ!フランソワーズが好きなクセにっ。こんなにジョーのことを考えて色々アドヴァイスしてあげてるのにさっ」


普段の彼らしくない、強い口調に、ジョーは驚く。


「・・p、ピュンマ?」
「今日は僕、ジェットにつくよっ!はっきりしてよ、ジョー。フランソワーズが好きなんだろ?好きだから、そうやって僕たちに”内緒”で彼女と電話で話したんだろっ」


ジェットの隣に立り、同じようにピュンマもジョーにジリジリと詰め寄り始めた。
部屋の中央にいたジョーは、いつの間にか、ジェットのデスク側へと追い詰められ始めた。


「008っ逃がすなよ!」
「002、大丈夫さ、加速装置は使えないんだから」
「・・・おい」
「正直に言えよっ!お前、篠原当麻に嫉妬して、”あんなこと”をフランソワーズに言っちまったんだろっ!そうだろ?なっ?」
「ジョー、今日こそ君の口からちゃんと聴きたいよっ!いっつも”僕は別に。フランソワーズは大切な仲間で、女の子だ”とか、それ以上のこと、考えて想っているくせにっ!聞き飽きたよ!好きなんだったら好きって、堂々としてたらいいのにさっ!」
「浴室の大穴だってよっ、それに関係してんじゃねえのっ!?」
「今日は、もう何もないんだからっ、ここは邸でもないし、彼女に”聴かれる”心配もないんだよ。ね?」
「・・・」
「腹ああ、割って話そうじゃねえかっ!」


ジョーはさっと、視線を窓へと走らせた。
ここは4階。

部屋のドアに向かう道はひとつ。
ジョーの立つ位置からは、ピュンマとジェットを越えていかなければならない。
可能性的に、無難に抜け出すことができるのは、窓を使うこと。
日が暮れて、外は闇。
いくつかのライトが寮前の路を照らしているが、問題ない。
地上へ降りるとき、誰かに見られる可能性が高いので、上へ向かい屋上へ出た方が、リスクはすくない。


ジェットはジョーの視線の動きを追う。
彼が読む”逃げ道”を見つけるために。
ピュンマはジョー全体を見つめた。彼の動きにすぐに反応できるように。


「・・・窓に気を付けろ、ピュンマ」
「OK」
「・・・・・甘い、よ」


ジョーは躯を床に張り付かんばかりに、落とす。
咄嗟にピュンマがジョーにむかって大きく一歩を踏みだした、そのとき、ジェットとピュンマの間に出来た”道”に飛び込もうと、ジョーは右足に力を入れる。
ジェットがジョーの躯の重心が動いたことに素早く反応し、部屋を抜けるドアへの”道”を邪魔するように立ちふさがる。が、ジョーは計算済みで、そちらへは向かわずに、ピュンマが向かってきた方向とは反対側に、窓へと躯を移動させようと、目が窓を捕らえた。


「甘ええのはっ009っ」


ジェットは、「待ってました!」とばかりに、身軽に窓前に移動した、ときには、ジョーは部屋のドア前に立っていた。


「フェイクだよ、”目のフェイント”。002、視線を追うのはいいけど、躯の”流れ”を見ないと。俺の足を意識し過ぎ。利き足は”右”だけど、それだけだよ。ピュンマ、君は躯全体を大きく使いすぎる。水中ではそれが武器になるけれど、地上では、すぐに読めるし、ひとつひとつの動きが遅い、よ。踏み込みが強すぎるんだ。踏み込んでも、いつでも重心移動ができるようにしていないと、狙われたときに避けきれないよ?気を付けて、それじゃ。明日」


ドアが、ぱたん。と、閉じてジョーが部屋を出て行った。

窓際に立つジェットと、先ほどまでジョーが立っていた位置に立つピュンマ。
ふたりは顔を見合わせた。


「・・・・・っ空じゃ負けねえっっっっっ!!」
「っそれくらいフットワーク軽く、本気でフランソワーズにアタックしたらいいのに!」


閉じたドアに向かって叫ぶ声を、ジョーが訊いていたかどうかは、わからない。















####

ーーードアの鍵はかけたはず。







ドアノブをゆっくりと、音を立てないように、慎重に開ける。
アルタイル寮から地下でデネブ寮と繋がっている廊下を使い、自室に戻ったそこには、009がいた。




当麻が部屋にいたとしても、規則として鍵はかけることになっている。
電気がついていないために瞳を暗視モードに切り替えて、足音を立てずに壁に沿って気配を消す。




ジョーが部屋を出たとき、当麻はいなかった。


ーーー彼はまだ戻ってきていない?




人の気配がする。それは、当麻のものではない。





ーーーなら、なぜ鍵が開いている?


「・・・・・篠原?」


ドアが開いたままのユニットバスに身を隠すようにして、声をかけた。


「・・・あら、当麻じゃないの?」


女性の声。
ジョーはユニットバスから、警戒しながら躯を乗り出すようにして、腕を伸ばしルームライトをつけた。


「・・・誰、ですか?」
「あなたこそ、誰よ?どうして当麻の部屋にいるの、ここは篠原当麻の部屋よ?」


明るくなった部屋に、眩しげに瞳を細めて女性はジョーを観た。


「ここは僕の部屋でも、あります・・・今日からですが」
「変ね?・・・当麻はRAで、1人部屋でしょう?」
「・・・今学期いっぱいは、同室です」
「そうなの?・・・ま、いいわ。初めまして、ハンサムさん。私は篠原当麻の母親よ、それだけ言えばわかるでしょ?」
「・・・・・・初めまして」
「名前は?」


当麻の母親。
篠原さえこ、がいた。


「島村、です」
「ああ、あなたがコズミ博士の、ね?・・・訊いているわ。そうなの、あなたが」

さえこは当麻のデスクチェアから立ち上がり、足下からゆっくりと視線を上げて、ジョーを値踏みするかのようにじっくりと見た。







女が投げかける、色のある視線。
過去、ジョーはこの視線を何度も”女”たちから送られたことがある。

気持ちのいいものではない。
慣れる、こともできず、ジョーは”そういう道’には何度誘われても断った。





孤独を売って、お金に換える。
一晩の後腐れないルールは、お金で護られる、そういう世界もある。






「この学院に入学する子にしては・・・毛色がちがうわ。似合わないわよ、あなた。今頃”外”に出ていた方が、よっぽどあなたらしいんじゃなくて?」


さえこの言葉に、ジョー薄くくちびるを噛む。
確かに、さえこの言う通りである。

学院案内で歩いた、出会った、見た、生徒たちと自分は”同じ”とは思えない。
同じ人間であっても、そこに住む”色”が違う。


009が、彼女は危険である、と判断した。
さえこは、確かに篠原グルーブの令嬢であり、ジョーとは生まれも育った環境も違う人間であるが、さえこから、ジョーがよく知る”世界”の人間が放つものを、彼は肌で感じ取った。



「・・・そんなっ、僕は・・・」


ジョーはわざと”演技”する。
それが、わざとだと気づかれることを知った上で、純情そうに、何も知らない、わからない。と、世間知らずに、寮の自分の部屋にいた”女性”に驚いてみせた。


「ま、いいわ。当麻がどこにいるか、知ってる?」


ジョーはさえこの言葉に首を左右に振って応えた。


「ここに、手紙を置いておくから、読むように言って。それから、私が来たことも、ね。それくらい、この手紙は大切なの、いいわね?時間がないの、これ以上あの子を待ってられないのよ」


さえこは、デスクの上に白い封筒を置いた。
厚みのない、上質の紙で作れられている、それは、何かの招待状に見えた。


「・・・はい、かならず」
「良い子ね」


さえこは、にっこりと微笑んで、部屋のドアへと向かう。
ジョーは、道をあけるために、躯を移動させてドアへの道をあけた。


ドアへと歩きながらも、視線はジョーを捕らえたままのさえこは、ジョーの前を通り過ぎるとき、呟いた。


「ここに入学出来たうえに、コズミ博士がバックについてるんですものね。そんな子じゃないわね・・・私の感も鈍ったわ。イヤね、年をとるって」


くすり、と嗤う。
当麻の母親ではなく、”女”として、さえこはいた。


「・・さようなら」
「・・・・さようなら、島村君。お勉強、しっかりね」


ジョーは篠原さえこに嫌悪感を覚えてた。

さえこが部屋を出て行った後、廊下から彼女の足音が聞こえなくなったことを確認した上で、机に置かれたばかりの”封筒”をジョーは手に取り、003ほどではないが、封筒の中くらいの”透視”なら問題がない009は、封筒の内容を確認した。


「・・・篠原グループ主催の、パーティか」


009は、ポケットから取りだした携帯電話でメールを一斉送信する。
すぐに、006が篠原グルーブ主催のパーティの内容を調べることが決まった。

当麻が、部屋に戻ってきたのは、さえこが去ってから20分ほど経ったころ。
ジョーはさえこが来たことを、デスクの上に手紙を置いていったことを伝えると、当麻は素早く手紙の封を切って内容を確認し、溜息をついた。


「”あやめ祭の翌日・・・か、毎年同じだな」


ジョーは何喰わぬ顔で、バスルームを使う用意をする。
耳はしっかりと当麻の言葉を拾いながら。


「そういえば、島村君は”あやめ祭”は知ってる?」
「・・・少しだけ」
「これから、本格的な準備に入っていくから、忙しくなるよ。授業はそのままのスケジュールだから、大変だ」
「・・実際には、何を?」
「チャリティだからね、寄付を募るんだ・・・体を張ってね!」


手紙を封筒に戻して、当麻はそれをデスクの引き出しにしまう。
ジョーは部屋着を持ったまま、聞き返した。


「・・・・体をはる?」
「島村君なら、きっと貢献できるよ」
「・・・・何に?」
「オークションに、だよ。月見里学院名物の、ね」
「・・・・・オークション?」


ジョーは、ピクリ。と言葉に反応した。


「文化際や体育際なんかがないから、ね。ここには。高校だし、Senlor prom (Promenade)代わりかな?シニアは一応、強制的に出ないといけないけど」
「プロムって・・・ここは、日本だろ?」
「ここは日本であって、日本を無視した学校だからね」
「・・・・・プロムって、ダンスパーティだろ?」
「そう。だけど、ここは男子校だから、オークションで相手に選んでもらう」
「相手”に”選んでもらう?相手を選ぶのは自由じゃないのか?」


当麻はジョーが何も知らないことに気が付いて、面白そうに微笑み、ジョーはTシャツを握りしめたまま、立ちつくしていた。


「ぼくたち、シニアの生徒全員がオークション品になるんだよ。あやめ祭のメインイベントなんだ。1人ずつステージに立って、”買って”もらうんだよ。オークション形式で。お金はすべて寄付されて、ついでに、ぼくらは後夜祭のパーティに伴うパートナーができる、って言う仕組み」
「・・・・・え?」
「島村君はぼくと同じ、高校3年生。シニアだから、強制参加だよ。一番高値をはじき出した人は、プロム・キング。で、払った人がプロム・クイーン」
「・・・・え?」
「希望者は、ジュニア(高校2年)でも出られるけどね」
「・・・・・生徒をなんだと、思ってるんだ?」
「これも社会経験、ってことでしょう?女性をエスコートできて一人前、しかも初対面の女性を飽きさせずに、楽しませることを目的って言うけれど、実際は、家族や友人なんかがオークションをするんだから、遊びだよ。でも、意外と有名なんだよ、あやめ祭。許可なく出入りできるのはも、あやめ祭のときだけだし、ローカル・アーティストなんかの作品展示もあったり、けっこう派手なんだ。行事らしい行事なんて、このときだけだから、ね」


地下の大浴場で風呂を済ませた当麻は、ジョーがバスルームに向かうと、早々にベッドに入って眠りについた。

ジョーは当麻の説明を頭の中で繰り返しながら、部屋に付属されているユニットバスでシャワーを浴びる。


ーーーミッションはなるべく”あやめ祭”までに終えたい、な。

参加するつもりはないが、閉鎖されている空間であるからこそ、00メンバーは動きやすい。他のメンバーを呼ぶのに、あやめ祭は便利であるが、できれば大事に動くことは避けておきたかった。



熱い湯を全身で受け止めながら、今後の予定を考えはじめた。


ーーー篠原主催のパーティの内容にもよる、か・・・。どこまで”裏”に手を出しているのか、把握しておくべきなのかもしれない。あの”マイクロフィルム”が篠原の手にある限り・・・・。あれがあの場所にあるうちに、廃棄するべきだな・・・・・。



8つ目の景品をメールで申請して、3日経つ。
そろそろ”マクスウェルの悪魔”から、連絡が来てもおかしくないころだった。



ーーー”マクスウェルの悪魔”が景品に出していたのは、確かにあのマイクロフィルムの一部だ。抜け落ちていたファイル番号の、ものだと思うけれど・・・・、何か。何かおかしい・・・・。何かを見落としていないか?


005とコズミ博士が”交流会”の動きを追っていた。
しかし、”交流会”自体は、学会シーズンが過ぎれば、あまり活動しないらしく、その後の動きはない。結局、”交流会”で提示されたトピックは話題にはなったが、誰もそれに深入りするようなことはなかった。
興奮していた、若い学者たちも自分たちの目の前にある研究に日々を追われている。と、コズミ博士は言う。

それでも、安心はできない。”裏”に通じる、知識のある人間ならば、公開されてしまったという事実を忘れることはできない。


ーーー”交流会”的には、それは成功だったのか?失敗だったのか?本当の目的は・・・・別にある?


時期的なことだけで、全てを繋げて考えるのは危険である、と。言われた。
けれども、ジョーは全てが繋がっているようにしか思えない。


1体のマリオネットを動かすため、何本もの”見えない糸”を使って操る。

手、足、腰、首、頭・・・・・・。
それらは上へと伸びていき、操る”人”の指に絡まる。



繋がれている場所は違うが、目的はひとつ。
人形を立たせて、歩かせる。

踊らせる。

部位にばらばらに繋げられていても、実際は、ひとつの”人形”を動かすための1本の糸。





ーーーすべてには理由がある。









人形を歩かせる、理由が。






糸は1本。
繋がれている場所に、惑わされるな。





動くのは1体のマリオネット。
あやつる指は、舞台からは見えない。








目的は、サイボーグ。


再び、サイボーグをこの世に作り出そうという動き、が見える。









「・・・・・・許さない」










====55に続く




・ちょっと呟く・

遠距離再び。
離れているから、ちょっぴり大胆。
いつもよりも積極的なのは、顔が見えてないから。
ケンカ(?)しちゃった分、いつもよりも・・・(。-_-。)ポッ

リビングルームで、嬉しそうに電話しているフランソワーズを、
ギルモア邸、居残り組は見ていた!

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Day by Day・55
(55)






月見里(やまなし)学院に編入生が来ることは、それほど珍しくない。と、ピュンマは津田 海(つだ うみ)から教えられた。
新学期が始まって1ヶ月半が過ぎた中途半端な時期。と、言うことを覗けば。とも、付け足した。
ピュンマとジェットはクラスが別れた。しかし、学院の高等部第2学年には、2クラスしかなく、人数も少ないために、合同授業も多い。午後からはそれぞれ個人で組んだカリキュラムで授業を受けるために、高等部に”学年”と、言うものが存在しなくなってしまう。

中等部から、高等部、学年が上がっていくごとに、生徒数が少なくなっていく。


「高等部の授業カリキュラムが特殊だからね、高校は他へ行く子が多いよ。あとは、高等部に進学してから途中で他の学校へ移る。高等部でシニアまで残っているのは、本当に”希”な人間なんだよ。もう将来が決まっているような人ばっかり」
「海は?」
「ぼく?・・・ぼくは・・・そうだね、面倒臭いから!」
「・・・・そうなの?」
「中等部からずっとここだし、気に入ってるんだよね。ぼくのカリキュラム、”研究”って名前の自由時間だし♪」
「え?そんな風に使えるの?!」


廊下を歩きながら、カフェテリアのある、”紫微垣(しびえん)”に向かっていた。
クラスでピュンマの隣に席になった、津田とピュンマは、午前中の授業の合間に意気投合してしまい、一緒にカフェテリアへと向かっていた。


「へっへっへ。そうだよ!学期末に、共通アカデミックの学力テストと、提出しなきゃいけない”自由研究”が間に合えばいんだから、ね!ぼくは、将来スポーツ医療に行きたいから、自分を使って”走ってます”で、いいんだよ」
「はい?・・・・何、それ・・・?」
「ぼく、これでも一応、走高跳の選手だし・・・。体力測定や、運動による負荷が与える筋繊維発達とか、そういうのをやってるんだ。自分を使ってね!」
「・・・・ここって、スポーツって言うか、そういうクラブ的なものってあった?」
「中等部にはあるよ。体育もね。週1,2で中等部の方のクラブに参加してる。テニスとか、ゴルフとか、趣味でやってるヤツらもいるけど、室内競技とかもさ、でも、本格的にスポーツしてるの、ぼくくらいだから、高等部のグラウンドは、ほとんど”ぼく”専用だね」


学院内の本館は、ほとんどが高等部が占領しており、中等部は東館、南館を中心に使っている。
”紫微垣(しびえん)”のカフェテリアは、中・高等部・職員、その他の関係者が使うために、ビュッフェ形式を取っている。


授業は朝の8時から始まり、昼の13時まで。
昼休みを含めて2時間の休憩があり、15時から19時まで授業が行われる。
中等部は、違うスケジュールで動いているために、カフェテリアが混雑することは滅多にない。


カフェテリア内に入り、ピュンマは入り口に置かれている、トレーを手に取る。
海と話しながら、脳波通信でジェットとジョーに声をかけると、すぐにジェットから返事が返ってきた。彼らはすでに、昼食を取っている様子で、ピュンマは一緒にいる海が同席しても良いかどうかを訊ねた。


「あのさ、海、僕と一緒に編入してきた、2人と一緒に食べる約束してるんだけど、いいかな?」
「ぼくは、適当にしてるから、気にしないでよ」
「よかったら、紹介するから一緒しない?」
「いいの?」
「いいよ、ちょっと変なヤツらだけど」
「1人は赤毛の、派手な人でしょ?・・・・ビックリしたよ、あ。居た。ピュンマ、彼でしょ?」
「・・・・・・本当に、目立つなジェットって・・」


広いカフェテリア内。
昼食時と言うこともあり、同じ制服を着た、同じ年の学生たちで賑わっている中。一目でジェットがどこにいるかが判った。

ツンツンと跳ねた自慢の赤毛に、長い鼻。
無個性になる意味の制服が、個性を引きだす役割を果たしているとしか思えなかった。
周りにいる学生と同じ制服、であるだけに、違いがはっきりとわかる。

自分の方がよっぽど、この制服の持つ味を引きだして、本来の目的にかなった着こなしをしている、とピュンマは思った。


「・・・一緒にいる人が、シニアに編入した人?」
「ああ、うん。そうだよ、紹介するね」
「彼も、目立つね・・・、日本人?・・・・かな?」
「ジョーはハーフなんだよ」
「へええ・・・・・ハーフ、なんか雰囲気がある人だね」


ピュンマは、海の視線を追うようにして、ジョーを観た。
仲間であり、家族とかわらないように、いつも一緒に居て、寝食を共にする彼らを、客観的に見るのは、初めてだったのかもしれない。



ーーージョーは日本で生まれて、日本で育ったんだよね・・・・。日本人だし。


ジェットとジェロニモのみ、00メンバー内で出身国が同じであった。
けれども、ジェットはイタリア人系アメリカ人。ジェロニモはネイティブ・アメリカンである。




単一国家民族と呼ばれる、日本。

カフェテリア内には、一般的な学校に較べたら多くの留学生の姿を目にすることができた。
しかし、ここは日本にあり、日本の学校、比率的に日本人が多くなってしまう。


日本人の中に、日本人であるジョーがいる。






しかし、彼は異質だった。

東洋と西洋のバランス良く混じった神秘的な顔立ちに、浮かべた形良いくちびるの端が微笑んでいた。栗色の髪は、中庭に通じるカフェテリアの窓から差し込む光に金茶色に変わり、彼がジェットの言葉に頷くたびに、長い前髪がふわりと揺れて、隠した表情が少しばかり窺えた。
手に持った珈琲マグを、口へと運び、軽く閉じた目蓋を縁取る、睫が長い。
再び見ることがかなった、アンバー・カラーの瞳は、吸いこまれそうな程に、透明感がありながら、闇色のカーテンが引かれていて、それ以上は踏み込むことはできない。

テーブルに、珈琲マグを置く、手の動きが、スロー・モーションのようにみえた。
ジョーの動きが、気になる。



彼の動きひとつ、ひとつが、絵になる。



彼のまわりが切り取られたフレームのように、そこだけ時間の流れが違うように感じた。











「・・・俺はどこへ行っても中途半端なんだ、よ。」


月見里学院の編入手続きを済ませたとき、不意にピュンマが、日本の学校についてジョーに話しを訊いた流れから、なぜジョーが高校を途中で辞めてしまったのか、訊ねた。

ジョーは義務教育である中学校を卒業後、働く予定であったらしいが、成績がよく、奨学金を得ることができて、高校へ通っていた。と、アルベルトから訊いた。


「初めは、良かったけど・・・・。周りの目が変わっていくんだ。何をやっても、一生懸命にやっても、どんな結果を出しても・・・”可哀相な子”なんだ。・・・同情されるなんて、ごめんだよ。自分より、下の人間なんだって、目でさ・・・・・。無意識なんだろうけど、ね。なんでもかんでも、周りは、俺を”不憫で可哀相な、不幸な子”としか扱わない。・・・それ以上であったら、面白くない。それ以下であったら、重すぎて見てられない。奴らの求める、ちょうどよい”可哀相な子”で居続けるのに、疲れた・・・のか、な・・・。夜の街の方が面白かったし、気が付いたら、学校なんて忘れていた、よ」


高校を卒業するまでの間、施設に留まることもできたが、ジョーは出ることを選んだ、と言う。


「施設で”ただ働き”させられるくらいなら、早く自分で自由になる金が欲しかったし、ね・・・。俺から学校の話しなんて、訊かない方がいいよ?」




母は日本人。





父は?




「・・・・・この容姿が、羨ましいって、言うヤツがいるけど、俺は逆に、そう言ってくる、そいつらが羨ましくてたまらなかった、よ・・・・・。ちゃんと”見て”わかる、だろ・・・。アジア人って。日本人だって・・・。俺は、いったい、誰なのか判らない」






日本人、半分。






「勝手に羨んで、勝手に疎んで、勝手に想像して、勝手に嫌う。いつも決めつけられるんだ・・・。学校ってところは、そういうオブション付きのガキを嫌うんだよ、”乱れる”って・・。髪の色、癖毛、瞳の色、ぜんぶ・・・”違う”から、”同じ”線の上に並べないんだ、よ。並べない、と言うか、並ぶ価値がない?」



ジョーの斜めなモノの見方や、考え方を、ピュンマは好ましく思っていなかった。

自分の国と較べれば、彼は十分に幸せだと思うからだ。

親がいなくても、”施設”で育ってくれる。
雨風を凌ぐ家に、温かい御飯が与えられる。その上に、ちゃんと学校へ行かせてくれるのだ。
ジョーはさらに義務教育を終わっても、認められて高校への進学も可能にした。


ジョーの、それは”甘え”だと、ピュンマは思っていた。









ピュンマはピュンマであって、ジョーにはなれない。
だから、本当の意味で彼の辛さや、こころの奥にある”痛み”はわからない。






日本という民族は和を重んじる。と、ピュンマは解釈していた。

和。




たくさんの良い意味がある。
しかし、時にそれが悪い意味にも取れた。





馴染まない。
和に、馴染まない。




ジョーは、ジョーである。

日本人であるかどうかなんて、本当の意味で、それはほとんど重要ではない。

ジョーが、ジョーであるなら、それでいい。それで十分。





けれども、それは・・・。自分が”ムアンバ共和国”の人間である。と言うアイデンティティがあるから言えることなんだろうか?


僕には故郷がある。
自信をもって、僕は言える。
そして、僕は国のために何かしたい。







ジョーは、違う?


ーーー根本的な問題として・・・彼は、自分が何者であるかが・・・わからないから・・・?




母の顔も、父の顔も知らないと言う、彼だから。
自分の存在を、自分自身を固定することができない?






だから?





ジョー、だからなの?













ピュンマは初めてジョーの孤独に少しだけ、触れた気がした。















ジェットが何かを一生懸命にジョーに話しかけていた。
ジョーは静かに頷きながら、ジェットの話しを聴いている。
周りは、珍しい時期にやってきた編入生の2人にちらちら、と視線を送る。


ジェットはまったく気にしていない。

日本の街に出ればジェットに向けられる視線は、こんなものじゃない。
彼はそれを良いように、受け止めていた。
けれども、彼はアメリカ人。ここでは、そういう目で見られても仕方ない、と思っている部分もあるのかもしれない。それは、ピュンマも同じだった。


ジョーは、それらの視線を無視していた。
気が付いていないように。




「・・・ピュンマ?」


ぼうっと立って、友人だと言った2人に視線を向けたまま固まっていたピュンマに、海は声をかけた。


「あ、な、なに?」
「何食べる?お友達も待ってるだろうから」
「う、うん」
「ぼくは、ツナサンド頼もうかななあ、あとはサラダ・バー」
「・・・あの、カレーライスを取ってくるよ、僕!」


今日のランチ。と、書かれたホワイト・ボードにある、文字をピュンマは指さした。



ーーー篠原当麻も、ジョーと同じ・・・ハーフじゃないけど、さ。




ジョーと同じような思いをしたことがあるんだろうか?

アルベルトの”裏”報告によれば、篠原当麻は、たった1週間にも満たない間に、フランソワーズにかなり強く惹かれている様子で、週末に”東都タワー”へ行こうと誘っていたと言う。

フランソワーズが篠原邸に滞在中、彼は2時間かかる通学をこなし、自分の午後のカリキュラムを変更してまで、家に戻り、フランソワーズと一緒にいた、と言う。




ジョーも、当麻も、同じものをフランソワーズの中に見て、求めているのかもしれない。
けれども、そのどちらも本当の意味で、ちゃんとフランソワーズを見ているのか、求めているのか?と、ピュンマは思った。


じっと、見つめてくるピュンマの熱い視線を疑問に思いながら、プレーンヨーグルトをスプーンですくった。

ジョーの前には珈琲と、プレーンヨーグルトの容器が置かれている。
対照的に、ジェットの前には、今日のメインのカレーライスに、卵サンド、そしてサラダボールに山盛りに盛られたサラダ、とデザート用のクッキー全種1枚ずつ。


「ジョー、お昼それだけ?・・・ジェット、それは食べきれないだろっ!!お腹怖すよっ!?」
「うっせえな!頭使ったら、腹が減って死にそうなんだよ!」
「「頭を使った?」」


ジョーとピュンマの声が重なった。


「おう!・・・って誰だよ、てめえ?」


ジェットは、トレーを手に持ってピュンマの後ろに経つ、海を睨んだ。


「ちょ、なんだよっ、その言い方はっ!彼は津田くん、津田海くん、僕のクラスメートだよ、一緒に食事しようと思ってさ、ほら、まだ知らないこと多いし」


ピュンマは話しながら、ちらり、とジョーを観た。


「・・・はじめまして、島村ジョウです」
「こんにちは、津田海です」
「俺は、ジェット!」


ピュンマが、ジェットの隣に座ったので、海はジョーの隣の席に着いた。


「色々、教えてもらっていたんだよ、ほら、ジョーのルームメイトは篠原君だけど、僕はジェットだろ?だから不便極まりなくて・・」


深い、深い溜息と共に漏らした言葉だったが、当のジェットは、一生懸命にカレーライスを頬張っていた。


「島村先輩の、同室って・・・あの”篠原当麻”さん?」
「・・・知ってるんだ?」
「僕はここ、長いですから。それに、彼はこの学院の創立者の・・・ですから、知らないのがおかしいです」


ピュンマの時とは違い、ジョーに向かって敬語で話し始めた海に対して、ピュンマは”日本”を感じた。実際の年令は、ジョーよりもピュンマの方が年上である。それはジェットも同じであった。


「津田、海か・・うみ、って良い名前だね・・・」
「ありがとうございます。父親が海洋学者なんで・・・、って言いたいんですけど、上の姉たちは、まったく関係ないんで、単に思いつきて付けられたんですよ、揃って聴くと、猫か犬みたいですよ」
「へえっ姉貴がいんのかよっ。んで、どんな名前なんだよ?」
「夢(ゆめ)花(はな)林(りん)繭(まゆ)煌(きら)です」
「・・・・・5人?」


ジョーは目を丸く驚いて見せた。ジェットも口の前でスプーンが止まる。


「ええ、6人姉弟なんで、男が自分だけだから、次は男の子であって欲しいなあ・・・」
「次ぎだああっ?!」
「母は7ヶ月?あたりで、もう性別がわかるんだけど、また女の子だと気が滅入るから、って聴きたくないって」


ニッコリと笑って、海はツナサンドにかぶりついた。


「すごく素敵だねっ。新しい命が生まれてくるんだね!」


ピュンマの目がキラキラと輝くき、ジョーが微かに目元が優しく緩む。
意外な反応に海が不思議そうにピュンマを見た。


「すっげえことだぜっ!楽しみだなっ」


ジェットもウキウキと言葉を弾ませた。


「・・・予定日は、7月?」
「7月7日なんですよ。七夕。女の子だったら、七人目、七月生まれでってことで、七(なな)かなあ?なんて・・・。今、流行ってるし。他には文(ふみ)とか、夕(ゆう)夏(なつ)かな?」
「野郎の名前は考えてないのかよ?」
「あ・・・・・、そういえば、話したとき、みんな”女の子”の名前しか・・・あはは、きっと次ぎも女の子だって決めつけてる!」
「・・楽しみだ、ね」


海はジョーの言葉に頷いた。


「日本の夏だと、大変だねえ、海のお母さん・・・」
「っつうかよ!7人目だろ?大ベテランじゃん!」
「高齢出産のリスクがあるだろうけど、慣れたもんだろうね。津田を産んでから、大分経ってるから少し心配だろうけど」
「ね!会いたいなっ赤ちゃんっ!!」
「え?」
「すっごく可愛いよっ、きっと!女の子だったら尚更だよ」
「生まれたら、遊びにおいでよ・・・。あまり見たことない?赤ちゃん・・」
「「「・・・・・」」」


海の言葉に、3人が目を合わす。
彼らの脳裏に同じイメージが浮かび上がって消えたことは確かだった。


「いや、見た事あるっつうか」
「いるんだよ、赤ちゃんが、その・・・後見人の邸に」


ピュンマの言葉に、海は納得する。

自分の姉の話はたまに友人たちとの会話に出てくるが、ここまで長く、自分の家族の話を、まして17歳離れた妹か弟が生まれると言うことを、話したことはなかった。
この年頃特有の、気恥ずかしさが先立って、今まで自分でも意識的に話しを逸らしていた気がした。が、なぜかこの3人には、スラスラと心地よく自分のことを話すことができた。



ーーーなぜだろう?

彼らのまっすぐな、瞳が自分の言葉をちゃんと聞いて、受け止めてくれるから?
こんなにも、人の話を正面から訊いてくれる人っていたかな?


「・・・・・かわいい、よ、な?」


ジョーが苦笑しながら、ピュンマとジェットを見た。


「でも、”ちゃんと”赤ちゃんが見たいっていうか・・・」
「ちゃんと赤ん坊だぜ?・・・・でもなあ?」
「・・・・・女の子じゃない、から?」
「ああ!そういうことですか!もしも、男の子だったら、ごめんよ、ピュンマ」


意味不明なコメントに、混乱しつつあった海だったが、ジョーの一言に頷いた。


「男の子でも、会いたい!」
「生まれたら、遊びに来てよ、ピュンマ!母の実家が瀬戸の網元でね、出産は・・・」


海とピュンマが色々な話しを展開していく。ときおり、ジェットが激しいリアクションを見せては突っ込みを入れ、ジョーは黙って話しを聴きながらも、話しの節々で、上手く会話をコントロールし、聞き出したい学院内部のことをそれとなく、海に怪しまれないように話させていた。
日常のことを交えながら話させるために、会話を誘導されているとは、海は微塵も気が付かない。


海の会話の中に、保健医兼カウンセラー、学院内の3つを管理する寮監督の1人で、ここ”紫微垣(しびえん)”で住み込んでいる、石川の名前が出てくることが気になった。

話しぶりから、かなり懇意にしている風に思えた。



3人は、学院内の最近の出来事、規則、教師や客員講師陣、卒業後の生徒のその後、そしてあやめ祭について、上手く引きだしていった。

彼らから離れた席に座る、他の教師に混じって昼食を取っていた石川と、何度かジョーは視線がぶつかった。その度に、何ごともなかったように、石川はジョーにむかって微笑む。









左手薬指に光る結婚指輪。
しかし、007の報告には、石川は独身者であり結婚した形跡がないと聞かされていた。












####

石川斗織(いしかわ とおる)

保険医兼、カウンセラー。
”紫微垣(しびえん)”の住み込みの寮監督。

彼は授業は一切受け持っていない。なら、時間がある。
学院内の施設を自由に使うこともできる。

保健医ではあるが、中高等部には彼を含めて他に3人の保険医がいた。
そのために、彼は専ら”カウンセラー兼寮監督”である。
どちらかと言うと、寮監督の仕事をしているイメージの方が強いかもしれない。


007が調査した中に、石川の名前があったことを009は忘れてはいなかった。
篠原さえこと、同じ大学、同期生。
生体学専攻、医学博士。ドイツで心療内科を専攻してPH.Dを取得している。


そして、その夜に005からの連絡があり、”交流会・創立メンバーの1人であった”久保絵里子(絵里子・レキシントン)も、篠原さえこ、石川徹と同じ大学の卒業生であり、石川と同じ生体学専攻であったことがわかった。

しかし、それだけである。


学院内に篠原さえこ、久保絵里子、そして石川斗織と同じ大学出身者は他にもいる。







近づいては遠ざかる。
そんな焦れったさを感じつつ、忍耐強く調査を進めていく。

004は”景品”には目もくれずに、ただ純粋にゲームを進めていく。
いまだ、誰もクリアしていないゲームに、主人公の親友emiの部屋を使ったBBSには、004のゲームの進み具合が話題になっていた。







同室の当麻が寝むった後に、ジョーはメールをチェックすると、受信箱に届いていた2通のメール。
そのうちの1つは、”マクスウェルの悪魔””から8つ目の景品であった。



008が入寮してすぐに、自身のコンピューターを使い、学院内のセキュリティ・システムに手を入れて、学院の警備システムなどを、こちらからもコントロールできるようにした。


ーーー間に合ったか・・・?





ピュンマの持ち込んだもう一つのラップトップ・コンピューターを交いしてギルモア邸の地下にある、メイン・コンピューターへと繋げる作業に取りかかっていた。
それらは事前に007が学院のネットワークに進入していたため、さほど時間がかからなかったが、8つ目の景品を受信した日時から、009がギルモア邸のメイン・コンピューターに繋がったと報告を受けた時間と重なるため、009はしばしマウスを動かす手が止まった。

一般に、インターネットの通信は暗号化されていない。そのために、インターネットを使用している者との中継点にいる人間、高い専門知識と技術があるものなら、閲覧できてしまうと言う欠点が未だに含まれており、それ以外にコンピューターが外部と接続されたことにより、故意に人がコンピューターを破壊、データの改竄などを可能になったままの状態である。

そのために、00メンバーたちは、お互いの連絡はコンピュータ・ネットワークを使用したメールのやり取りは控えていた。


008が進入した回路から、ギルモア邸のメイン・コンピュータがデータを解析し、学院内が生徒、教師に提供しているコンピューターを使用していれば、簡単にアクセス制御のログインの記録から、”マクスウェルの悪魔”を追うことができる。もしも”マクスウェルの悪魔”が個人のコンピューターを使用していたとしても、同じであった。






ジョーは8つ目の景品が添付されていたファイルを、デスクトップにダウンロードし、開いた。


「・・・・ブラック・ゴースト」




1通目は、写真。
2通目は、招待状。


トーマス・マクガーの写真。
B.Gの実験施設であった、X島の航空写真。




==================
J.


人類は今、”科学”との融合を求めている。

人は、神によって作られた。
人は、自らの手によって、進化する。






我々が向かうべき道は、エデン。
還ろうではないか、あの空へ。

見下ろそうではないか、人が築き上げた世界を。







その時は来た。
















君を歓迎する。



”マクスウェルの悪魔”

=======================







ジョーは、すぐに携帯電話を使って全員へと、このメールの内容を一斉送信した。
00メンバーの持つ携帯電話は、通信したものがすべて、暗号化されるように新しく改良が施されていた。

パソコン・ウィンドウに映し出された、デジタル時計を観た。
ギルモアに渡されたクスリを飲んでいては、目覚まし時計をセットした時間に起きられる自信がなかった。パソコンをシステム終了させた後、ジョーはそっと部屋を抜け出す。

その手に携帯電話を握ったまま。


外へと通じるすべての扉にロックがかかっているため、寮から出ることはできない。出ようと思えば、ピュンマにロックをハズしてもえば可能であったが。

セキュリティ用の監視カメラも設置されていたが、ジョーはその位置をすべて頭に記録していた。けれども、今はその死角をついて動くようなことはしない。その必要がないからだ。


各フロアに、共有キッチン、ランドリー・ルーム、グループで集まれるコモンルームがあった。

ジョーはコモンルームへと向かい、電気のついていないその部屋の、隅に置かれたソファに身を沈めた。部屋には、大型のTV、会議室に置かれているようなテーブルにその大きさにあった数のイス。ここに住んでいた寮生が置いていったと思われる書籍、VHS、DVD、などが壁に作りつけられた本棚に乱雑に並べられている。







何かが、おかしい。
ブラック・ゴーストとトーマス・マクガー。











彼は、ブラック・ゴーストの研究員の1人。
交流会に出された資料は、彼の研究の一部。
研究施設にいた時の物を持ち出したと思われる。恩田ミツヒロと暮らしていた間も大学で教鞭をとりながらB.Gと何かしらの繋がりがあったように、思われる。
トーマス・マクガーが行方不明になった時期・・・。それは自分たちがB.Gの本拠地に乗り込んだ時期と重なる。



トーマス・マクガーが、ギルモア博士のような大きなプロジェクトに関わっていたようには、思えない。
それは、篠原邸から手に入れて複製した”マイクロフィルム”を観て、確信した。

表の世界では、驚くべき価値のあるものかもしれないが、裏の世界では・・・・、ましてや、実際にブラック・ゴーストの科学技術を自身の躯で知っているからこそ・・・・・・。





サイボーグの設計や、人工臓器に関するものは、読み書きを覚えるために、アルファベットを学び、自分の名前がかけるようになった、こどもの、その程度の、レベル。

交流会に出されたものは、”生きた”状態である体に人工臓器を搭載する際に起こる拒絶反応を抑えること。”の研究。



ギルモアの声が聞こえた。


「現在の麻酔には限界があり、量を間違えれば死に至ってしまう・・が、ここにあるものは拒絶反応を抑え込むことが書かれていると言ったが・・・・・強すぎる”痛み”も人を死に追いやってしまう・・・耐えられんからじゃ。それを越えなければ・・・サイボーグ計画なんぞ出来んかった」




ジョーは暗い部屋の中、自分の右手を握ったり、開いたり、を繰り返した。






トーマス・マクガーの年令から考えて、ギルモアよりも年上であり、彼がB.G研究施設に入る前から、働いていたと考えられた。
ギルモアが、トーマス・マクガーのマイクロフィルムに目を通したときに、自分がサイボーグ計画に参加する前に指揮を取っていた、ブラウン博士が担当していた研究チームが3,4つほどあり、その内の1つのグループにトーマス・マクガーはいたのではないか。と、言っていた。
ギルモアが参加したあとサイボーグ計画は、本格的に進められ、X島にプロジェクト専用の研究施設が建設された。数多くの研究員がX島の研究施設に居たが、サイボーグ計画に関わっていた人間なら、ギルモアが顔を知らないはずがなかった。

”交流会”を調べていた005と006が手に入れた、トーマス・マクガーの写真を見たギルモアは、首を左右に振った。



ーーー・・・・え?





「001、そいつも死んじまってるのかよっ?」
<数年マエニ>
「数年前ってなんだあ、おい?」(37より)




思い出した、声と会話。





6年前にトーマス・マクガーが行方不明になるまで彼と住んでいました。わたしが日本に帰ってきたのは2年前。そして・・・行方不明になっていた彼に再会したのは、去年のクリスマス。・・・・トーマスは今年の2月に、日本で亡くなりました」(46より)




ーーー死亡した。と言うことにっ思いこんでいたっ!・・・くそっ! 





なぜ気づかなかった?!














イワンは、”数年前に死亡した”と言った。
恩田ミツヒロは去年の冬に会い、今年の2月に亡くなったと言った。







篠原当麻は実際にトーマス・マクガーと会い、彼から、彼の研究資料の全てを”マイクロフィルム”と言う形でもらっている。




イワンが間違っているのか?
恩田ミツヒロが嘘を言っているのか?




今年の2月に死亡したのは、本当にトーマス・マクガーか?





ミツヒロと、クラークがギルモア邸を去る前に交わした会話。



「何か他に訊きたいことがあれば、電話をしてください」
「・・・ありがとうございます、その時は、よろしくお願いします」
「篠原さんのお陰で○○○教会に・・・・トーマスはいます、から」
「・・・・・お亡くなりになったのは、篠原総合病院ですか?」
「いいえ、XXX赤十字病院です・・・何か?」(47より)











しっかりしろっ!
僕は009だろっっっっっっ!!
















右手を拳を作り、強く握りしめた。


ギルモア邸で、朝が早いジェロニモが受け取った電話。
すぐに彼は003、004、007を叩き起こして、ギルモア邸を後にした。

007はトーマス・マクガーが亡くなった、XXX赤十字病院へ侵入。トーマス・マクガーに関するのカルテを。
003、005はトーマス・マクガーが眠る、○○○教会へ。
004は、手に入れていたトーマス・マクガーの写真とともに、恩田ミツヒロの元へ。




<間違ッテナイ。とーます・まくがーハ、数年前ニ亡クナッテイル。>
「あいや~、それじゃ・・・ミツヒロさんは嘘ついていたアルか?!」
<嘘ハツイテナイ。彼ハ、去年 とーます・まくがーニ 会ッテ イルヨ>
「おかしいアルヨ!」
<ソウダネ。デモ とーます・まくがー ニ 会ッテイタノハ 事実>
「001、意味が判らないあるよ?!」
<簡単ダヨ>


イワンは006の膝の上でミルクを飲んでいた。
幾分か機嫌の悪さは納まりつつも、目が覚めてフランソワーズが出かけたと知ったときの、彼の恨めしそうに歪めた顔を、006は一生忘れないだろう。


「どこがアルヨ?!トーマス・マクガーは不死身あるか?!数年前に死んで、また生き返ったアルか?」
<ソモソモ、誰ガとーます・まくがーカ、ワカッテルノ?>
「?!」









####

ミツヒロは、朝早くに訊ねてきたアルベルトに驚いたが、彼に言われるがままに、玄関先で差し出された写真を注意深く見つめた。


「この中に、トーマス・マクガーはいるか?」


白黒の古い写真。
数人の研究者と並んだ写真だった。
トーマス・マクガーを調べている間に、005がB.Gに息のかかったいくつかの研究施設の資料から見つけ出した、トーマス・マクガーの名前と一緒に唯一手に入れた写真だった。
「・・・・いませんよ?」
「っ・・・・・そうか。悪いが、写真か何か・・もってないか?」
「トーマスの、ですか?」
「ああ、頼む」
「・・・・・少しお待ち下さい」



数分後、ミツヒロが数枚の写真を手に戻ってきた。

「こっちが、トーマスに会ったころ。これは、”交流会”の・・いや、勉強会のメンバーと食事をしたときの、です。日本では、写真なんかとってませんが、もいかしたら、孫の当麻君なら・・・」
「これを、少し預からせてもらってもいいか?」
「ええ、構いません」
「スマン。必ず返す」


アルベルトは、恩田に礼を言いギルモア邸に戻る前、003と005がむかったXXX教会へと車を走らせた。










「005」
「むう・・・。」


ミツヒロに教えてられた教会敷地内にある墓前を前に、003はその能力を使って地中に永遠の眠りについているトーマス・マクガーを確認した。


「004が来てから、夜を待ちましょう・・・」
「大丈夫か。」
「ええ、遺体の損傷はそれほど激しいものでは、ないわ・・・」
「そういう意味じゃない。」
「・・・・」
「オレは、連絡係を頼みたくて、003を起こしたんだ。・・・009は、ここへ来ることを指示したのは、オレと004だけだったんだぞ?」
「私の能力が必要でしょ?・・・遺体を掘り返す前に・・・。無駄足になったりしないように、ね?」


003は微笑んだ。


「・・・・009が哀しむ。」


005は、009がこの事を、彼女がここでトーマス・マクガーの遺体を能力を使って観たことを知ったときの彼の哀しみを思うと、胸が痛んだ。
003をギルモア邸に引き留めておくことも可能であったが、005は、003の気持ちも009と同じように理解できたため、連れてきてしまった。

そんな自分を後悔しつつ、湿度に滲む緑の中に立つ、フランソワーズの美しさに目を細めた。


「私は、003なの」

















####

002,008.の部屋に、009はいた。
昼食の時間を利用して、朝早くに指示を出した結果を、001から訊いていた。


「001、それじゃあ、やっぱり・・・、交流会を作ったトーマスと、日本で亡くなったトーマスは別人、なんだね?トーマス・マクガーは、2人いた。004が恩田に見せた写真の方が、”交流会”のトピックに使われた研究をしたトーマスであり、日本でなくなった方。そして、恩田が一緒に暮らしていた方のトーマスは、6年前に失踪した時点で、亡くなっていた・・・・。そういうことだね?」
<ウン>
「どちらが、本物?」
<ドッチモ>
「・・・・言い方を、変えよう。とぢらがマイクロフィルムの研究者?」
<日本デ亡クナッタ方>
「・・では、交流会の方に出た、研究は?」
<同ジ人>
「・・・・”マクスウェルの悪魔”が持っている、cyborg設計図は・・」
<一緒。ケレド、6年前ニ 失踪シタ方 ガ 持ッテイタモノ>
「・・・篠原当麻の祖父であるのは?」
<日本デ亡クナッタ方>
「・・・・恩田が暮らしていた十数年間、大学教授をしていた、”交流会”の創立者は、”研究者”ではない、トーマス・マクガー。だね?”マクスウェルの悪魔”から送られてきた、このトーマス・マクガーの写真の方が・・・、日本で亡くなった方だね?」
<・・・・・>
「001?」
<009、・・・・ソノ通リ ダヨ。デモ、ソンナ事ハ アマリ重要ジャナイ>
「・・・どういう意味?」
<B.Gハ 巨大ナ組織ダッタ。彼ラノ手カラ 逃レテ 生キルタメニ、 選ンダ道モ 決シテ 幸セトハ言エナイ、ソレハ 今モ・・・続イテイルンダ。タトエ、B.Gガ 滅ンデイテモ、 人ノ 心ニ 巣ッタ悪夢ハ、見エナイ 闇カラ 闇へト 渡リ歩ク。ソウヤッテ、成長シタ 悪夢ハ、人ノ中デ 生キルコトに 飽キテ 出テクルンダ。>
「・・・・イワン」
<過ギ去ッタ、時間ハ 二度ト 戻ッテ来ナイ。ケレド、同ジ事ハ 何度デモ 繰リ返ス。前ヲ見テ、009。人ハ 多クノ 間違イヲ 冒ス。ケレド、ソレヲ 繰リ返サナイ、強サガ 必要ナンダヨ。009、君ナラ、深イ悪夢カラ 目覚メサセテ アゲル 力 ガ アル>









 




切れた脳波通信。
ジョーは、携帯電話の通話を切って、繋がれたジェットの目覚まし時計に隠した、脳波増幅装置から、コードを抜いた。


ジェットは、わしゃわしゃと、自慢の赤毛を掻きむしった。


「だあああああああああああっ!なんでこんなにややっっこしいんだよっ!」
「・・・009?」
「・・・・トーマス・マクガーは、大学教授になる前に、入れ替わってるっていうこと、だ。彼の経歴はそのまま使っていたからね・・・・。トーマスにすり替わった、恩田と暮らしていた人物は、トーマス・マクガーと懇意にしていたか、かなり彼について深く知っていた、調べた人物と、言うことだね。多少の整形も施しているかもしれない。気づかなかった理由はトーマス・マクガーも、そして、彼自身もB.Gの研究施設にいたせいだろうね。元々、彼を知る人間がいない土地に行けば、簡単に成り代わることができるし」
「え?・・同じ、研究員?そうなの?」
「勉強会が交流会に、大学での講義・・・。トーマス・マクガーの研究資料はシロウトじゃ、扱える代物じゃない。自然に考えて、トーマス・マクガーと同じB.Gの研究員だったのでは。と、予測がつく。」
「なるほど、・・・そうか・・・・。彼と研究施設で知り合っていれば、彼の実験や研究資料も手に入れることだって、それほど、難しくないね」


002は、腰を下ろしていた。自分のデスクチェアから立ち上がり、自分に割り当てられた本棚の隣にある、備え付けの冷蔵庫の中から、コーラ缶を出した。それを、008のデスクチェアに座る009の方へと投げ、続けて、ベッドに腰掛ける008にジンジャエールを投げてから、自分用にもコーラを出した。


「うん。入れ替わりは、ちょうど、B.Gの研究施設から出た、後と考えている。その間に何かがあった。イワンは、両方が”トーマス・マクガー”だと言っているから、・・・それでいいのかもしれない。
現時点で、拘っている場合ではないみたいだし、ね・・・。このことはあまり、”今は”関係ないように思えるから。けど、お陰で、今回のミッションを考えていく上で、視点を変えて、見ることができた。
気になるのは、6年前に失踪した方が、持っていたもの。それがどういう経緯で”マクスウェルの悪魔”の手に渡ったか。・・・もしかしたら、”マクスウェルの悪魔”は・・篠原当麻が、残りの研究資料を持っていることを知らないかもしれない」


009の意見に、ジンジャエール缶のプルトップを開けながら、008は反論した。


「変だよ、その考え・・・。それなら、”マクスウェルの悪魔”がここにいるのが、ただの偶然になってしまうよ?」
「・・・・・・・彼と篠原当麻の間に、もう1人のトーマス・マクガーが居たら?」
「だあああああああああああああああああっっ!余計わかんねえよっ!」


手に持つコーラ缶を握りつぶしそうになりながら、座っていたデスクチェアにどすんっ!と座る。


「うるさいっ!ちょっと黙ってよっっ・・・・・009、どういうこと?」
「・・・”マクスウェルの悪魔”は操られている、何かの理由で・・・何かのために・・・。名前も、名前だし・・・、彼の存在意義は”辻褄合わせ”であってもおかしくない。それに、使われている人形なら、他の人形の存在を知らなくても、いいはずだ。・・・ここに身を隠していながら、なぜ篠原当麻を狙わない?”マクスウェルの悪魔”は、トーマス・マクガーの写真を持っていた。少し調べれば、彼の孫が篠原当麻であることなんて、判るだろう?実際に、トーマス・マクガーは、自分の息子を捜すために探偵を雇って、篠原当麻を見つけ出しだんだから、ね」
「ミツヒロの野郎、気が付かなかったのかよ?入れ替わっちまってるの?一緒に暮らしてたトーマスとは違うトーマスだっつうのに!」
「・・・・6年間失踪している間に、色々あったと思ったんじゃないかな?病気も患っていたし・・。年を考えても少々の違和感なんて、気にならないだろう」


009の言葉に、002は不満そうであった。
自分なら、絶対に気づく!と言いたげな表情である。


「・・・うん、彼と、篠原当麻の接触がないのは、不思議には思ってたんだけど・・・・。まだ、マイクロフィルムも、同じ場所だよね?」
「マイクロフィルムが入っているアタッシュケースに取り付けた発信器は、まだその位置を変えていない。それに、ケースを開けられた様子もない」
「んなことまでわかんのかよっ!」
「取り付けたのは、”振動”に反応するタイプだからだよ。002・・・。でも、もしも篠原当麻自身が、すべてに関わっていた。となると・・・話しは変わってくるよ?」
「・・・・篠原当麻よりも、さえこの方が気になる。彼女は父の秀顕に変わって、最近は、学院の経営に出てきている、そうだろう?」
「合ったんだろ?009は、篠原さえこに」


009は受け取ったコーラ缶を、2,3口飲んで、デスクに置いた。


「部屋に篠原を訊ねてきたから、ね・・・・・。深窓のご令嬢って言う風には見えなかったな」
「は!あのでっけえ会社を切り盛りしようって女が、大人しくちゃ~飲んで微笑んでられっかよっ!」
「・・・内部でも噂になっている。そろそろ秀顕氏は、年齢的にも引退の時期なんじゃないかってね」
「自分が、篠原グループを引き継ぐにあたり、何かひとつ、大きなプロジェクトを成功させたい、そういう節がみられる・・・。箔が付くし、ね。自分に”篠原グループ”を統率する力がある、と周りに知らしめるためにも。そういう動きが予算にも現れていた、よ。まあ、これはマイクロフィルムを取りに行ったついでに、見つけたファイルの情報だけど」
「よお、それって・・・篠原技研のことかよ?」
「・・うん。・・・今回のチャリティ、あやめ祭も・・・・かなり関係しているみたいだし、ね。cyborg技術は、人工内臓だけが”売り”じゃないってこと、だ・・。義肢には最高のものだろう?」


ジョーは右腕を前に出し、拳を作る。
この腕は、障子に穴を開けるように、簡単に壁を突き破った。








この腕は、破壊するために作られた。
















人を生かす技術は、人を殺す技術にも、なる。


















####

004と合流した003と005は、途中、001からのテレパスにより、墓荒らしを中止した。
ほっと、3人は胸をなで下ろした。
いくら必要な事だと言っても、さすがに気持ちの良い作業ではない。
003の能力のお陰で、遺体があり、ここに”トーマス・マクガー”が眠っていることが確認できただけでも十分だった。


車を運転するのは、アルベルト。
サイボーグの改造を受ける前も、運送業についていた経験があったために、ジョーの次ぎに運転が上手い。何かと張大人と買い出し部隊となるグレートは頻繁に車を運転するが、アルベルトに較べて少しばかり集中力がないと言うか、”うっかり”が多く、ときどき心臓が縮み上がる思いをしなければならなかった。


「口直し・・・って、言うわけでもないが、ジェロニモ、フランソワーズ、どこか寄りたいところはないか?このまま邸に帰っても今日は何ももうないだろう、あったらすでに連絡が来ているはずだし・・・」
「オレは。いい。フランソワーズ。」
「え、あ。・・・あの・・・・」


突然自分に話しを振られて、戸惑いつつも、実は行きたい場所があったのだった。
明日の張大人の買い出しについて外出した際に、すませてしまおうと思っていたフランソワーズは、アルベルトの言葉に過度に反応した。

そんなフランソワーズの様子をバックミラー越しに見るアルベルトに、フランソワーズの隣に座るジェロニモは、彼女の表情を見ただけで、察することができた。


「どこだ?」
「あ・・・・でも」
「行きたい。フランソワーズが行きたいと言う場所、興味ある」
「・・・・・・その、デパート、なの・・・。週末にケーキが焼きたく、て・・・」
「構わないが・・・、どこのデパートだ?」
「あの、・・・***デパートの、地下に」
「わかった。ジェロニモ、いいか?」
「いい。」
「ありがとう・・」
「それで、何を作るんだ?」
「Sachertorte(ザッハー・トルテ)・・・なの。カカオが90%のビター・チョコレートと、杏ジャムが欲しくって・・・・杏ジャムが、いつも行っているスーパーには売ってなくて、調べたら、ヨーロッパの食材を輸入しているお店が、そのデパートの地下に入ってうて・・・。電話して訊いたら、あるって・・・」


少しずつ俯いていくフランソワーズを、ジェロニモは見ていた。

白い首が、ほんのりと染まり、カチューシャが覗く耳元まで紅い。
小さくなっていくフランソワーズの声に、思わず口元がほころんでしまう。

いつものスーパーで買える材料でも十分に美味しい御菓子を作ってきた、フランソワーズである。
足りない食材があっても、「ない物はないんだから!」と、自分なりのアレンジを加えて御菓子作りを楽しんでいる姿を、ドルフィン号での生活の中でよく見かけていた。

そのために、欲しい物があるかを、わざわざ店に電話をして店に訊ねるような、気合いの入れように、”カカオ90%のビター・チョコレート”と聞けば、いったい誰の”好み”に合わせて作るのか安易に想像がついた。


「で、それはオレたちもご相伴に預かれるのか?」
「っ!」


俯いていたフランソワーズの顔がぱっと跳ね起きた。
ちょうど、点滅信号にひっかかりアルベルトはブレーキを踏んだ。


「ふん。そのために東都タワーに行かないのか?」
「っアルベルト!」
「東都タワーがどうした?」
「どうもしないわ、ジェロニモっ。気にしないで」


アルベルトは、ブレーキを踏んでいた足を緩めてアクセルに、置いた。


「デートに誘われたんだ、例の・・・」
「篠原当麻。にか。」
「そうだ」
「・・・・っ」

フランソワーズは、バックミラー越しにアルベルトを紅い顔のまま、潤んだ、こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳で睨んだ。



「フランソワーズ。」


温かく、優しいジェロニモの声が頭上から舞い降りる。


「ケーキを作ってくれたお礼に何かしたい。と言われたら、素直に、東都タワーに連れて行け、と言うんだ。それくらいの我が侭は、普通だ。フランソワーズのケーキだったら、それ以上のことをしても不足ない。」
「そ・・・んな、それにっ・・・・」


ーーージョーだけのため・・じゃ・・・ジョーの・・・誕生日ケーキだけど・・・。


フランソワーズはジェロニモを見上げた。
そのジェロニモの穏やかに微笑む表情に、フランソワーズはさらに顔を紅く染め上げて、小さく、小さく、こくん。と頷いた。


「・・・・もしも。訊かれた・・・・よ」


車のエンジン音に?き消されそうなほどに、小さな声で、反論したフランソワーズは、流れる街並みに視線をむけた。


<・・・あとは、任せたぞ。>
<ああ。それくらいなら、簡単だ。・・・・昔に較べて、素直になってきたもんだ>
<離れている。見えない相手に想いが強くなっていく。2人は変に近すぎてお互いが見えなさすぎるんだ。たまにはいい。>
<・・・・・それは同感だ>


ーーーヨーロッパと日本では、遠すぎるか?

















####

マリー/フランソワーズに、忙しいことを理由に週末を会うことを断られた当麻は、週末の帰宅届けを出さなかった。
ルームメイトである島村ジョウに、週末はどうするのかと訊ねたら、「金、土で1泊してくる」と短く答えた。
彼の帰る先に、自分が会いたい相手マリー/フランソワーズが住んでいる。

島村と一緒に編入してきた、2人も同じである。
部屋に戻ってきたジョーと、一緒に連なってやってきた2人を、当麻は簡単に紹介された。
赤毛の派手はツンツン頭のジェット・リンク。そして、落ち着いた、明るい笑顔に白い歯が印象的なピュンマ・ギルモア。

今からカフェテリアへ行き、夕食を取ると言う。


「一緒しませんか?」


誘ったのは、ピュンマだった。
その言葉に、当麻の心臓が、どきり。と汗を掻く。


彼らが編入する、ほんお、2,3日前にマリー/フランソワーズは、彼らが住む邸に移った。けれども、ジョーの言う言葉から、マリー/フランソワーズと彼らは、彼女が日本に訪れる前から交流があったと言う。


「いいかな?ちょうど、ぼくも行こうと思っていたところだったから」


当麻は笑顔でピュンマの申し出を受けた。
ジェットは、ピュンマの卒のない行動に舌打ちしながらも、内心は”よくやった!”と心躍らせた。それは、ミッション関係でないことは明かである。


ジェットのそんな一瞬の表情を見逃さなかったピュンマはさっと、ジェットに注意を促した。


<僕は、”ミッション”のために誘ったんだからね!余計なこと言うなよっ!!>
<っけ!たまには息抜きってえのが、必要なんだぜっ>
<多少の息抜きは多めにみるけどっ!羽目を外すような、”ジョー”の気持ちを乱すようなことは気を付けてよっっ>
<これくらいで、ぐらつくようなヤツじゃっ、009なんて、オレたちのリーダーなんてやってられねえっつうのう!>


3人に当麻が加わり、地下の紫微垣へと繋がる廊下を歩いて、カフェテリアに向かった。








====56へ続く


・ちょっと呟く・

(;´д` ) トホホ
プロット立てていたのに、どこがどうして?ってな感じで、複雑に(汗)
書いている時間が長くなってきて、一日置きが・・・・伸びそうです。

だからっ!
ミッション以外のエピソードを削らないと!
・・・・・ねえ・・デパートに行ってる場合じゃ・・(涙)

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