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009は溜息をつく
胸に広がる焦りは、不安の色に変わっていく。
沈み込んだ苛つきは空腹感に似たものだった。

普段は呼吸をしているかどうかなんて、意識しなくても、
自分が生きているのだから、それは自然に行われているハズ。

けれども今は、脳から命令を与えて、肺を動かし、
血液に酸素を送りこむことまで命令しなければ、
自分で呼吸する。と言う行為を忘れてしまう。


極度の緊張感。
細胞のひとつ、ひとつを意識して、命令する。


いつの間にか咥内に溜まった唾液を飲む。
ごくり。と、音を立てた。








受け止めた夜風が、背に浮かぶ汗を冷まして体温を奪っていく。
冷え切った肩は、腕に抱いた熱とは対照的過ぎて、
サーモグラフィ(熱画像計測装置)にかけられたら、面白い映像になるかもしれない。


ふと、自分のそんな画像を思い浮かべたために、腕の力が弱まった。
それを合図に、フランソワーズが恥ずかしげに、瑠璃色の瞳をこちらにむけた。



「・・・・・どうしたの?」
「・・いや、なんでもない」


弱めた腕の力を再び取り戻して、さきほどよりも強くフランソワーズを抱いた。
その強さに、フランソワーズは躯を捩る。
それでも、腕の力はそのまま。



緊張は、彼女をこの腕に抱きしめているため。
不安は、今の状況を理由に、彼女を抱きしめているため。


冷たい夜風にさらされて。
重なり合いながら、消した気配。







ターゲットに見つかりそうになり、
慌てて身を隠した場所は人気のない駐車場。
身を隠す場所など、ほとんどなく、フランソワーズの腕をひいて、
自分の胸へと閉じこめた。

ひと昔前に流行った缶ジュースを、未だに売っている自動販売機を盾に、
ダーゲットから身を隠した。






自販機が、缶ジュースを冷やし続けている音。




防護服を着ていない、私服のフランソワーズ。









普段着の状態で、こんなにも彼女と密接することができたのは、ミッション中だからこそ。













「ジョー、車に乗ったわ」
「・・・ナンバー、覚えておいて」
「ええ、追いかける?」
「・・・・・加速できないし、ね。この服だと。それに、目的は彼の行き先じゃなくて」
「彼が出てきた、ビルの・・」
「フランソワーズ、部屋はどこ?」
「6階の一番奥。非常階段の隣よ」


夏服だと、肌寒くなりつつある季節に、
フランソワーズは肩が剥き出しになったワンピースを着ていた。
羽織るものもなく・・・。そのワンピースは、フランソワーズのお気に入りであることを、
みんなが知っている。



「僕が、行く・・・・。誰かまだ人が残っている?」


フランソワーズは、首を傾けて、ターゲットであった男が出てきたビルを見た。
綺麗な、凛々しいフランソワーズの顔を、見つめる。


エンジンが噴かされる音が耳に届いた。
ターゲットが乗り込んだ車が駐車場を去っていく。
彼が向かうと思われる先には、仲間達がすでに配置についている。


「ジョー、・・・1人、・・いえ、2人、まだ部屋に」
「サイボーグ?」
「いいえ、人よ・・・」
「周りには?」
「6階のフロアにいるのは、2人だけ」





緊張は、新しい緊張を呼んだ。
不安は、別の不安へと色を変えた。


背が痛いほどに冷え切ってしまった。




腕は灼熱の太陽にさらされたように、焼けていく。






「・・・・行くのね?」
「君も一緒にビルまで行こう。ここにアイツが戻ってこない、とは言い切れないしね」





意識して、命令した。









フランソワーズを腕から離せ、と。














009が、島村ジョーに命令をした。



島村ジョーは、従うしかなかった。
ミッションのためでは、ない。





ジョーの腕の力が抜けていき、フランソワーズの背から離れていく。


「?」



フランソワーズはすぐに自分から離れるだろう、と思われたが、彼女は動かなかった。




「フランソワーズ?」
「・・・・少し、寒いの」





胸に広がる焦りは、不安の色に変わっていく。
沈み込んだ苛つきは空腹感に似たものだった。


煌々と光る、自販機の無機質な白さは強い影を作り出して、
僕とフランソワーズを闇へと隠す。





009が島村ジョーに、命令した。







島村ジョーは、009に逆らった。



そんなもん、知るか!
こっちだってっ、今が絶好のチャンスなんだ!
















ビルは逃げないだろ!
目標のものは、2人の敵が護ってるし!










「・・・・こんな薄着をするからだよ?夜に出るって言ったのに、羽織るものも持たないで」
「・・・・・・・だって、もうすぐ着られなく、なるから」






腕をもう一度、フランソワーズの背にまわした。














009は溜息をつく。

















”さっさと、告白しろよ・・・・。フランソワーズだってまってるぜ?”
















うるさい。




僕の胸は焦り出す、彼女の体温に、その柔らかな感触に。
僕の胸は不安に色づけられる、彼女が自分を好きだと想ってくれている気持ちに
自信が持てなくて。

胸の底に沈み込んだ、情けない自分にたいする苛つきに、胃がむかむかとする。
それが空腹感に似たものだと、気が付いた。









009の溜息と、僕のそれが重なった。







end.













・いいわけ・

気分転換に書きました。
平・ぜろのジョーか原作あたりでしょうか?

ミッション中に何をやっているんだ!





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Day by Day・mission1(人物関係図)
文章だと、判りづらいことも多いと思いますので、
こんなの作ってみました・・・(汗)


もっとシンプルにできたらいいのに・・・。
文才のない私がごちゃごちゃに、複雑にしてしまってます・・・<(。_。)> モウシワケナイ
図にすると、こんなにシンプル~。


ミッション関係図

=登場人物=

マクスウェルの悪魔
>002が参加したオンラインゲームの管理人。”景品”として、サイボーグの設計図を出している。
景品はトーマス・マクガーの研究資料だった。


トーマス・マクガー
>交流会の元となった”勉強会”を作った人物。元・B.G研究員。
 コズミ博士が”交流会”で持って帰ってきた研究資料の持ち主。
 マクスウェルの悪魔の”景品”も彼の研究資料だった。
 日本へ訪れた、トーマス・マクガーと、6年前、行方不明になる前に恩田光弘と暮らしていたトーマス・マクガーとは、別人。


絵里子・レキシントン(旧姓・久保)
>トーマス・マクガーの教え子。
交流会・創立メンバー。現在、勉強会から交流会に残っているのは、彼女のみ。            


クラーク・リンツ
>トーマス・マクガーの教え子。
分子生物学の研究者。”交流会”の創立時からのメンバーでコズミが出会い、日本留学の世話をする。恩田光弘の恋人。


恩田光弘
>トーマス・マクガーとイギリスで暮らしていた。日本在住のクリエイター(自称絵本作家)。
クラークの恋人。






中井みや子
>トーマス・マクガーの奥さん(故人)

中井・マクガー・T・アンドリュー
>トーマス・マクガーと中井みやこの息子、現在行方不明。






篠原さえこ
>篠原グループ代表、篠原秀顕の娘。トーマス・マクガーの息子である、中井・マクガー・T・アンドリューの婚約者。篠原当麻の母。

篠原当麻
>月見里学院、シニア/009のルームメイト。
篠原さえこと、中井・マクガー・T・アンドリューの息子。
トーマス・マクガーの孫。


津田海
>月見里学院、ジュニア/008のクラスメートで友人。
5人の姉とまもなく妹か弟ができる。走り高跳びの選手。


石川斗織
>月見里学院、保健医/カウンセラー兼寮監督。
篠原さえこ、久保絵里子と同じ大学出身。










B.M(ブラック・マーケット)=闇市
>表には出せない”情報”交換がなされる。B.Gの名残のようなもの?世界中の至る所で、さまざまな情報や”取引”に活用されている。

”交流会”
>コズミが知人に誘われて出席した、科学者の集まる”倶楽部”みたいなもの

オンラインゲーム
>002が遊んでいたゲーム。管理人はマクスウェルの悪魔。

月見里(やまなし)学院
>マクスウェルの悪魔が使っているIPアドレスから辿って見つけた学校。

あやめ祭
>毎年、月見里学院で行われる、チャリティを目的とした学院祭。
メイン・イベントとしてSenlor prom (Promenade)が後夜祭に開かれ、
シニアは強制的に”オークション”で落札してくれた人と、プロムへ出ることが決まっている。



(注)ラグビーさんの母校では、実際に”生徒(シニア)オークション”をやっていた!
>ネタはここらからです(=^^=) ニョホホホ










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Day by Day・56
(56)







楽しい夕食、とは言い難い。

ジェットとピュンマの部屋にいたジョーは途中で自室によった。それについて行った2人は、ジョーのルームメイトである篠原当麻と鉢合わせし、ピュンマはさきほどの009の会話の内容から、篠原当麻と懇意にし、情報を得るべきだと判断した上で、ジェットのような”邪な”考えなく、008として、篠原当麻をカフェテリアへと誘った。

当麻は何も疑問を持つこともなく、ピュンマに誘われるままに、学院内で唯一、学生達が羽を伸ばせる、紫微垣の1階にあるカフェテリアへ、ジョー、ジェット、そしてピュンマとともに赴いた。


楽しい夕食にならない理由は3つある。



1に、ジョーが始終黙ったままなので、篠原当麻が気にし始めたこと。

2に、篠原当麻が、3人の雰囲気に慣れてきたのか、マリー/フランソワーズについて話し始め、彼女について質問が多くなってきたこと。

3に、当麻が語る、篠原邸でのマリー/フランソワーズについて、ジェットが悪のりし、ギルモア邸での彼女の様子などを話して、よけいにジョーの気分を害していること。






「バレエか・・・うん。彼女の動きとか、すごく優雅で・・・。姿勢もいいし」
「・・・・」
「3,4歳くらいから踊っていてよっ、なんか色々な賞とかとってたらしいぜ?」
「すごいなあ!・・・・見てみたいよ。飛び級した上に、インターンで日本留学して、才色兼備だなあ・・。その上、料理も出来るし、とても心地よかったんだ。彼女といると・・」


マリー/フランソワーズのことを思い出すかのように、箸を止めてしばし自分の世界に浸る当麻を横目に、ジェットはイヒヒ、と意地悪い笑みをジョーに投げた。
ジョーはジェットのそんな含みある視線を無視し続けている。


ーーーここで、邸の浴室みたいな大穴を開けられたらったまらいよおおおっ!



ピュンマは隣に座るジョーの様子をチラチラと見ながら、忙しなくナイフを動かして、今夜のメイン・メニューのひとつだった、チキンソテーを口に詰め込んだ。


「そういえばマリーは、御菓子の中でも何が好きだっけ?」


長い前髪に顔を隠して、自分たちの半分も取らなかった夕食を、静かに口へと運ぶジョーへ、何かしら会話を振ろうと、ピュンマは早口に言った。


ジョーの手が止まり、ゆったりとピュンマを見た。
ジェットと当麻の視線がジョーへと向けられる。


「・・・・・え?・・マリー?」


きょとん。と、二重のはっきりした目を不思議そうに見開いて、ジョーはいったい、誰のこと?っと言いたげな表情でピュンマを見る。
そんなジョーに、ピュンマは拍子抜けしてイスから滑り落ちそうになった。


「おめえ、話し聴いてのんかよっ!」
「・・・・ああ、ごめん。ちょっと考え事してたから、・・・なに?」


ジョーは何ごともないように、ジェットに聞き返した。
ピュンマは改めてジョーを観る。


ヤキモチ(009、浴室大穴事件)の原因。
フランソワーズに好意を持つ、当麻。



恋敵。






目の前で、ジェットが与えるフランソワーズの情報に、彼は何も感じないのであろうか?




ーーーいったい、何を考えていたんだよ・・・・ジョー・・・。


ピュンマは、はあっと短い溜息をこぼした。







「マリーは御菓子の中でも、何が好きなのかな?って、話していたんだよ」


当麻が何かを察して、ピュンマのの代わりに、もう一度ジョーへ同じ質問を繰り返した。


「さあ・・・。特別好きなものって、訊いたことない、よ。飲み物だったら、甘くしたカフェオレだろ?」


確認するように、ピュンマとジェットに視線を送り、再びジョーは自分の目の前に置かれた夕食、1/4lbのチキンソテーのサイドに添えた、マッシュポテトをフォークで掬った。


ジェットの様子に、彼がジョーへ投げかける視線。そして、ピュンマの溜息。



”ずっと、先延ばしになっていた約束もあるの”



電話口で、マリー/フランソワーズは言った、その声は、何か思い詰めたような、哀しみを含めた声色だったにも関わらず、耳が擽られるような甘さも混じっていた気がする。

マリー/フランソワーズが自分の誘いを断った原因は、忙しいのでなく、”ザッハー・トルテ”を焼くため。ではないか、と、当麻は思い始めていた。




”・・・・・・美味しい、ケーキ屋にでも連れて行って、好きなだけ食べさせる”



当麻は、ジョーの様子を見ながら、胸に刺さった小さな棘が、自分の思い過ごしであることを願った。
マリー/フランソワーズのことを語ったときの、ジョーの微笑みが、忘れられない。




マリー/フランソワーズがホームステイをしている間、インターネットを使って一生懸命にレシピを集めていた。出かけるたびに、製菓用の店を見つけては覗き、珍しいチョコレートを見つけては、ビターの板チョコを買い、味見する。

彼女が甘みのないビター・チョコレートを選んでばかりいたので、当麻はマリー/フランソワーズはそれほど甘党ではない、と思っていたが、外食する先々で必ずケーキを注文し、時には2個も頼むために、すぐに、その考えは消え去った。

彼女が一生懸命に、チョコレートや杏ジャムを探していた理由は、ネット・サーフィンの内容を訊いたことにより、ハッキリとした。


”ネット・サーフィン?”
”つい、色んなページに飛んで較べてしまうわ”
”較べるって何を?”
”私が知っているレシピとは、どれも少しずつ違うんですもの・・・。どれが1番、美味しい”ザッハ・トルテ”のレシピか・・・”
”ザッハ・トルテのレシピを?”
”・・・ええ、別にそれでなくてもいいんだけれど、美味しい、甘さを抑えたビターなチョコレート・ケーキを作りたくて”
”あれ?マリーは、甘い御菓子が好きだったんじゃあ・・・”






藍色に染まる世界は、蜃気楼のように、もう一つの世界を作り上げていた。
カフェテリアの高い天井につり下げられた、近代的なデザインの、計算された間隔で整列する。
時間が経つに連れて、カフェテリア内にいた学生たちの姿が消え始め、話し声も、壊れ変えたラジオのように、途切れ、途切れに聞こえる。





「島村って、マリーと親しい・・・のか?」


当麻の胸に浮かべた疑問が、そのまま口に出てしまった。
ジョーは、その言葉に顔を上げて当麻を見た。


「いや、色々知ってるみたいだから、前から交流があったって言っていたし・・さ」
「・・・・俺より、ジェットとピュンマの方が、f・・マリーと付き合いが長い、よ」
「そうなのかい?」
「・・ああ、そうだ、よ」


当麻が、ジョーへ質問するために、打ち急ぐ心臓にブレーキをかけようと、息を飲み込んだと、ほぼ同時にピュンマは立ち上がって、叫んだ。


「海っっ!!!!!!!!!」


ピュンマの声に、カフェテリア内にいた全員の視線がピュンマに集まり、そして、彼の視線の先にいる、津田海へと向けられた。


磨かれた床に、左足を抱え込んで倒れた海に、ピュンマは駆け寄っていく。
続いてジェット、ジョーもついていく。当麻はすぐに叫んだ。


「誰かっ寮監と保健医を呼んでっっ!!!」
















####

誰もいないグラウンドで、1人メニューをこなす。
津田海の午後は、毎日同じ基礎トレーニングをこなすことから始まる。


心配だから、と。グラウンドについて来たピュンマ。
グラウンドに行く、と言った海を何度も引き留めたが、彼はそんなピュンマの言葉を無視するように、いつも通りにグラウンドへ向かった。


昨夜、カフェテリア内で倒れた海は、すぐに保健医である石川とともに、医務室へと運ばれ、今朝、何ごともないように、海は教室に現れた。


「心配しなくても、大丈夫だって!・・・今日は無理できないしね」
「今日は。じゃないだろうっ!!その足でっ」
「まさか、肉離れなんてもんになるとは・・・」
「当分は大人しく、グラウンドじゃなくて図書館だよ」
「飛びたくても、飛べないからね、この足だとさ」


海は松葉杖を突きながら、笑った。













ジョーが出席するクラスはちょうど、グラウンド前に建てられた、2階建ての校舎だった。
この校舎でジョーは英語で、フランス語の授業を受けていた。
高等部は、全ての授業が英語で行われるためである。
長く、仲間と接しているうちに、英語は補助脳を頼らなくても話せるようになっていたために、自然と、補助脳の言語翻訳機を使わなくなっていた。
そのことを知っているのは、ジェロニモと、アルベルトの2人。
彼らは、ジョーが補助脳を使わなくなったころに、ジョーに訊ねてきたために、2人には補助脳の言語翻訳機なしで、話していると打ち明けた。

ほかのメンバーに、わざわざ知らせるようなものでもない、と、ジョーは考えているために、アルベルト、ジェロニモ以外は、ジョーは日本語以外話せない。と、思ったままである。


窓から、グラウンドで松葉杖を突いて歩く、津田海とピュンマの姿を見つけることができた。
2人をじっと見つめていたジョーへ、007から脳波通信が送られてきた。


<よ、009・・・。見てきたぜ>
<007?>


1匹の天道虫が、机の上に広げられていたテキストの上に飛んできた。


<ギルモア邸のメイン・コンピュータと008が突き止めた、”マクスウェルの悪魔”の使っていると思われる、コンピューターが、”紫微垣”の地下にあったぜ。あそこは多分、表向きは倉庫になってんじゃないのか?壊れたコンピューター関連機器がゴロゴロあったぜ、そうかと思えば、新しく購入したと思われる、プリンターやスキャナーとか、そういうもんを仕舞っておく場所みてえだ。管理しているのは、石川らしい。ヤツが鍵を持っているのを確認した。他はまだわからんなあ・・・。アイツは寮監督っつても、ここ、”紫微垣”の管理人って言った方がいいみてえだ>
<データは?>


ジョーは窓から視線を外して、机の上の天道虫を見下ろした。


<ばっちしコピーした。しかし・・・。”景品”やその他のcyborgに関するもんは見つからんかったぞ・・・。ゲームのそれらしいもんもなかった。見つけたのは、大量のメールアドレスの記録に、オンライン・ゲーム参加者と思われるやつらのメールアドレス、だ。その中に、009、002、004が使用しているメールアドレスを見つけた。あと・・起きたイワンが、参加したんぞ>
<参加?・・・博士と一緒にと、以前に頼んだけど・・・、003のメンテナンスがあったから、そのままになっていて・・・・。”マクスウェルの悪魔”の目的がはっきりしたし、僕にコンタクトを取ってきたから、001には、オンライン・ゲームがこれ以上、広がらないように、ゲーム自体を中止に追い込むよう、妨害を頼んだんだけど?>


頬杖をついて、溜息交じりに言った。


<妨害も、何も・・・001は昨日からゲームし続けてるぜ?>
<し続けるって、どうやって?・・・イベントをクリアするごとに、”マクスウェルの悪魔”から、次のゲームのURLを送ってもらわないと・・・001がイントロでつまずくはずないだろ?>
<細けえことは、吾輩はノー・タッチだ。とにかく、001はゲームをし続けているせいで、003の機嫌が悪い、悪い!>
<・・・・>


007の言葉に、機嫌の悪いフランソワーズの姿が目に浮かぶ。
極上の、とろけるような微笑みに、録音されたアナウンスのような、抑揚のない冷たい声。
さぞかし周りはフランソワーズに気を遣っていることだろう。


<ま、詳しくは邸に戻ってきてからだあなあ、明日だろ?>
<・・・・・・いや、そのことなんだけど、僕はここに残る>
<残る?!>


小さな赤い天道虫が、ジョーの真っ白なノートの上で狼狽えた。


<週末は寮監督が1人でいいらしく、今週、石川は当番じゃないから、学院には残らない。以前に調べてくれた学校関係の人間の中で、彼だけがはっきりとした身元がわからなかったしね>
<そりゃ仕方ねえ、もともと私生児らしいからなあ、養子縁組も海外でしたみたいだしよお・・・>
<・・・007、すぐに調べてほしいことがある、トーマス・マクガーの行方不明の息子。中井・マクガー・T・アンドリューを、追ってくれ・・・。彼も大学は篠原さえこ、久保絵里子、そして、石川斗織と、同じだ。在学中に行方不明になっている>
<息子をか?>


天道虫が2本足で立ち上がった。


<・・・・・頼む。恩田がトーマス・マクガーと一緒に調べていただろう?その続きを頼みたい。養子先までわかっていたはずだし、ね。2人が捜査を中断した理由は、篠原さえこ、当麻が現れたからだろ?孫と一緒に息子に会えると思っていたんじゃないかな?・・・でも、会えなかった。篠原さえこは、恩田に、”恋人であり、当麻の父親でもある、アンドリューを捜し続けていたから、トーマス・マクガーと、恩田が、同じ人物を捜していることを知ることができた”。と、言ったが、002と004の調査で、篠原さえこが、探偵や、そういう道の人間に行方不明者を捜す”依頼”をしたという形跡は見つけられなかったと言っていただろ?警察にも失踪届を出していない。養子先の家からも・・・。おかしいと思わない?いくら離れて暮らしているとは言っても・・・。親子だろ?・・・・・・よくはわからないけど>
<・・・・009>
<彼が失踪していなかったら?>
<?!>
<失踪した、ように思っているのは”他人の目”からみた、状態だったら?トーマス・マクガーの息子は、近くにいるんじゃないのかな?・・・cyborg設計図と一緒に・・>
<・・・突然だなあ。ま、009がそういうなら、調べよう。・・・・余計なお世話かもしれんが・・・ジョー、いいのか?>
<・・・・・cyborg技術は、まだ世に出るには早すぎる。あんな中途半端なものでも、危険なんだ・・・・>
<わかっている。そんなことくらい、みんなわかっているさ。1枚でも、1パラグラフでも、世に送っちゃならねえ。だからこそ、逃がさねえように、取りこぼすことがねえように、もどかしいくらいに、慎重に、慎重に今までやってきたんだ、ここで取り逃がすようなこたあ、したくねえ、けどよ・・・なあ・・。言いたくねえが・・。フランソワーズが用意してるんだぞぉ?>


天道虫がもぞもぞと、言いにくそうに羽を出したり、引っ込めたりしだした。


<・・・・・・>
<フランソワーズが、お前のためにケーキを焼くんだろ?・・・16日がお前の誕生日だったのに、何もしてやれんかった。って、博士が残念がってたからなあ。「ジョーからリクエストをもらったケーキを3人が邸に帰ってくる、金曜日に焼きますから」と。博士を励ますつもりで、フランソワーズが言ったらしくてなあ、「秘密ですよ」て念を押されていながら。博士はなあ、何かお前にしてやれるって言うことが、嬉しかったみたいで・・・。「秘密じゃぞ!」と言って、邸にいる全員に・・その、ま。そういうことだあなあ!>
<・・・・・・・・それ、秘密になってない、よ>
<全員が、博士から”秘密厳守!”と、言われて口を閉ざしてる状態だ>
<・・・・・・・・・・・・・・で、全員が知っている、と>


ジョーは右手に持っていたシャーペンの先で、天道虫の躯をぴんっ!と弾いた。


<あたたたっ!>


ころころころ、とノートの上で転がる、007天道虫。


<・・・・・・兎に角、僕は残る。002、008が残るかどうかは、彼らに任せる。以上だ>
<フランソワーズに、なんて言うんだあ?吾輩は、嫌だぞ・・・。ただでさえ、イワンのことで機嫌が悪いのに・・・>
<・・フランソワーズが機嫌が悪いのは、僕のせいじゃない>




ーーー金曜日に帰ることができないのも、俺のせいじゃ、ない。











天道虫が、窓の外へと飛んでいく。
その羽音に、その存在に誰も気が付かない。

フランス語を教えている教師が読み上げる、"Bonjour Tistesse"。
作者、Saganの1stネームが”Francoice”であったのを思い出し、ジョーは溜息を吐きつつテキストを閉じて、ピュンマと海がいるグラウンドに視線を戻した。
















####

007は月見里学院の裏門から、少しばかり離れたところで元の姿に戻り、ギルモア邸へと向かう途中、篠原さえこが乗る車が学院の裏門から出て行った。

いつも運転手付きの高級車に乗っている彼女にしては、珍しく、さえこ自身が車のハンドルを握り、助手席には、石川斗織らしき男が座っているのが見えた。


「あちゃ~・・・。なんてタイミングの良いこったで・・・。こりゃ009の読みが大当たりだ!」


007は臍のスイッチを押して、鳩に変身すると、すぐさまシルバー・カラーのtoyoma、エステマを追いかけていった。





007が邸に戻ってこない。と、連絡があったその日の夜。
009は002と008の部屋で、携帯電話を002の目覚まし時計、ピコチュウに入れた脳波増幅装置に、携帯電話をつなぎ、脳波通信で004と会話する。
002と008はチャンネルを009に合わせることによって、彼らの会話を訊くことができたが、改良途中の、それは会話を聴くのみの状態だった。

009の指示で、翌日の昼まで待ち、それでも007から何も連絡がない場合は、捜索するように、と告げた。

007に話した内容を告げた後、001のゲーム参加について、009は004を訊ねた。


《心配ない、あれはあれで、完全な”妨害”だ・・・。001の好きにさせてやってくれ。001がゲーム参戦した後、BBSの書き込みは荒れ放題。管理人も出てこない。十分に001は009の指示に従っている》
<・・それなら、いいけど、ね>
《招待状の文面から言うと、ゲームの続きみたいな感じがするが・・・》
<返事は出した>
《そうか、で?》
<まだメールを見ていないが、そう時間はかからずに返事が来ると思われる。001が現れて、そっちに集中するようなら、僕の読みは外れたことになるけれどね>
《・・・なんて返信したんだ?》
<適当に、・・・短気なんだよ、俺>
《そういう風には、見えんな・・・・えらく暢気に思えるが?それともあっち方面だけが気が長いのか?》


アルベルトの言葉に、部屋にいる002と008が嗤いがこぼれた。


<・・・・・金曜日には、002がそっちへ戻る。戻らないと、困るらしい。こっちは008と一緒に、石川の周りを徹底的に調べる。007のことが気になるけれど、今報告したように、彼にも指示を出しているから、兎に角、明日まで待ってみよう>


009がさらり、と言った言葉に、004は言葉を詰まらせた。
004が何か言いたそうな気配を感じるが、009は何も言うつもりはない。

《・・・・・・・そう、か・・・仕方ないな。了解・・・》


少しの間を置いて、004が答え、話題を変えるように言葉を続けた。


《ああ、あやめ祭だが、かなり有名らしいぞ?》
<・・・そう>
《生徒をオークションにかけて、プロム・パートナーを決める、か。面白いな。しっかり楽しめよ、当日は一般人も自由に出入りできるらしいからな・・・》
<・・・・それまでに、終わらせる。こっちの動きに感づかれて”あやめ祭”に乗じて逃げられては意味がない>
《感づかれる、ような動き方はしてないが?》
<向こうもバカじゃない・・・。B.Gが滅んだ”原因”が存在することくらい、cyborg設計図を扱っているんだ、気づかないはずないだろう?>
《・・・・もしかしたら、そんな”バカ”を相手に、オレたちは慎重に、周りを詰めていっているのかもしれんぞ?》
<・・どういう、こと?>
《裏に、無知な人間ほど、大胆なことができるんじゃないかと、思ってな・・・。001が言うには、ゲームの参加者に、政府関係者がいるらしい》
<・・・・・政府?>
《B.Gさまさまに、世話になっていた奴らも多くいるんだ。少しでもそれらしい動きが見えたら、様子を探り、狙うだろう?》
<・・・動いたのか?>
《まだ、だ》
<・・・・・他にも調べておきたいことがあるんだけど、ね・・。今後のことも考えて>
《今回は、えらく慎重に事を運ぶな?》
<・・・・シロウト相手だから、かな?>


004が笑ったような気配を感じた。


《何かあるのか?》
<・・・・・・古すぎるんだ、研究資料が>
《それで?》
<逆に、だからこそ簡単に、手に入れられたのかもしれない・・・・。けれど>
《009・・》
<B.Gの持つ研究は、Cyborg技術だけじゃないんだ・・・。それに、研究所なんて一体どれくらい持っていたと思う?>
《・・・・数え切れんな》
<今後は・・・・戦闘能力よりも、情報だ・・・。情報収集能力がものを言う。その上で迅速にまわりを詰めていき、1人でも関係者を逃さないようにしないと・・・・。逃した、たった1人が、進化するネットワーク、携帯・・・それらを使い、得ていた情報を次へと繋いでしまう。・・・・見えない電子世界の中での情報、裏社会戦争・・・>
《まったく、そこまで見越して動いていたのか?》
<・・・壁を破壊する腕力があっても、ボタン1つで送信された、世界中を戦争へと引きづり込む情報を、どうやって止める?ボタンを壊したところで、意味がないんだ、よ。情報そのものを、その情報を知るものを、根本から破壊しないと・・>
《・・・・・たしかに》
<だから、だよ。ボタンを押される前に、近づき、それを消去する。それだけでは不十分だ。その情報が辿ってきた道、関わった物、人、すべてを、だ。>
《・・・・》


002と008は、黙って009の言葉を聴いていた。
2人が見つめる009の瞳は鋭く、未来に起こりえることをふまえて、今を生きていることに、002は鳥肌がたち、008は背筋が伸びて、ごくり。と、生唾を飲んだ。


<何も知らない無知な人間でも、簡単に”裏”の世界を往来することが可能な世界。それが現実に起こりえるようになったんだ。オンラインゲームが、その証拠だ・・・。子どものおもちゃ箱に、各ミサイル発射ボタンを隠すみたいな、感じだね>
《・・・それで、まだ準備は調っていない、と言うのか?》
<・・・・・もうすぐだ、よ>



















####

ギルモア邸、地下にあるメイン・コンピューターが置かれている部屋は、メンテナンスルームに作った隠し部屋にあった。

メイン・コンピューターを通しての009との報告を終えた004は、1階のリビングルームにむかった。
009の指示でオンライン・ゲームの妨害を始めたイワンは、与えられた”新しいおもちゃ”に嬉々として、様々な方法でゲームを妨害しはじめ、それに夢中になってしまった。
寝起きが悪かったイワンの世話に振り回されていたフランソワーズは、やっとイワンから解放されて、ひと息吐くだろうと思われたが、今度はイワンがオンライン・ゲームに夢中になりすぎてしまったことに、フランソワーズの機嫌が悪くなる。


「はい、お疲れ様」


地下へ通じる階段を上がり、ダイニングルームへと入ったアルベルトに、想い湿気を含み始めた空気を払うような、さっぱりとしたミント・アイスティをフランソワーズは用意していた。


明日には、正確には、今日、学院へ侵入している3人が戻ってくる。
そのせいか、昨日よりも幾分か機嫌が良いらしい。

ちらり、と覗いたキッチンに、いくつかの製菓用の調理器具が置かれていたのを目にしたアルベルトは、深く息を吐きながら、グラスに注がれたミント・アイスティを、キッチンカウンター越しに受け取った。


「何していたんだ?」
「ちょっと、時間がかかるから・・・買ってきたチョコレートを削っていたの。邪魔になるでしょう?食事の準備のときに」
「・・・・フランソワーズ」
「なあに?」
「・・・いや、アイスティが上手い季節に、なったな」


アルベルトの言葉に、フランソワーズはくすっと笑った。


「日本の”梅雨”ってとっても有名ですものね。湿度とか・・・・。とっても素敵。移り変わっていく四季が、肌で感じられるんですもの。春と夏の間の季節。その曖昧な時期もちゃんとある、今まではこの曖昧な時期をゆっくりと感じるなんていう、感覚なんてなかったわ」


同じ毎日など、言葉だけ。
連続した時間が、同じであるように思わせるだけ。



「・・・・・・フランソワーズ」


冷たいアイスティで喉を潤す。
喉を滑り降りた後味に、ミントの香りが口の中に残った。


「なあに?」


こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳を縁取る、レースのような繊細な睫が瞬いて、きらりと、輝かせた空色の瞳。


「すまん。帰ってくるのは、ジェットだけだ・・・ピュンマと・・・・ジョーは理由があって、学院に残る」


ーーーなぜ、オレが謝らねばならんのだ・・・。



胸の奥で小さく舌打ちをつきながら、この礼は高くつくぞ。と遠く離れた地にいる、ジョーに向かって言葉を投げた。


「・・・ええ。そうみたいね」


予想していない言葉がフランソワーズから返ってきたために、グラスが手から滑り落ちそうになり、慌てた。


「!・・・・・・知っていたのかっ?」


柄にもなく、アルベルトの声が大きくなる。


「午後に・・メールが届いたの」
「知っていて・・・・それで、なんでケーキを焼くんだ?」
「・・・・べつに、ジョーのためだけの、ケーキじゃないもの・・・。ただジョーからリクエストがあったから、・・・久し振りに」
「オレに言い訳をしてどうする、フランソワーズ。・・・・ジョーは帰ってこないから、必要ないだろう?すぐに腐るもんでもないんだ、材料は・・・」
「いやな人ね。言い訳なんてしてないわ・・・・」


フランソワーズは、くるり。と、背を向けて作業にもどる。
デパートで購入した、ブロック売りのチョコレートを丁寧にナイフで削っていく。


「フランソワーズ、ジョーは明日、帰ってこないぞ」
「・・・知ってます」
「なら、もういいだろう?」
「だから、別にジョーのためだk」
「だいたい判っていたが、博士からしっかりと聴いたぞ」


フランソワーズの手が止まる。
揺れていた、亜麻色の髪も止まる。

アルベルトは、キッチンカウンターに持っていたグラスを置いて、カウンターの高さに合わせた4脚あるうちの1脚に座った。


「・・・・・・」
「・・・・博士はこどもと一緒で、嬉しいことは言いふらしたいタイプだと、知らなかったのか?」


フランソワーズの亜麻色の髪が、再び揺れ始めると、しゅっ。と、ナイフがチョコレートを深く削った音が聞こえた。


「また、作れるもの・・・。もうとっくにジョーのお誕生日は過ぎてしまったのよ、だから、・・・これは、ジョーのお誕生日のケーキでも、ジョーがリクエストしたケーキでも・・・ないの。私が作りたいから、作る、ケーキなの」
「あんまり、遅くなるなよ・・・、イワンのことで疲れてるだろう?」
「これが終わったら部屋に戻るわ」
「・・・・Gute Nacht」
「おやすみなさい、アルベルト」


アイスティを飲み干して、イスから立ち上がり、リビングルームへと続くドアの前に立ったとき、キッチンへと振り返った。ドアからはフランソワーズが作業する、キッチン奥を覗くことはできない。

耳に届くのは、一定のリズムを乱すことなくチョコレートを削る音。




ーーーケーキくらい、喰いに帰ってきてやれ・・・1時間でもいいから。


ミッション中であることを理解していながらも、そう思わずにはいられなかった。
帰ってくるのがジェットではなく、ジョーであったら、とも思いつつ、009である以上、彼自身が動きたいのであろう。それもよくわかっている。



そして、フランソワーズの気持ちも、003としての立場も。








ドアノブを捻って、リビングルームへと足を踏み入れた。ドアが閉まる音。と同時に、フランソワーズの手からナイフが離れた。
フランソワーズは、エプロンのポケットに閉まっていた携帯電話を取りだして、今日の午後に届いた、ジョーからのメールを読み返す。



ーーーケーキなんて、いつでも作れるの・・・。いつでも。そう、今日のは練習だと思って・・。  
   ジョーがいないんだもの、甘くしちゃったらいいわ。予定よりも、ずっと甘く・・・・・






チョコレートを削る。と言う手間のかかる作業を終えたら、部屋に戻る予定だったフランソワーズは、考え事をしながら手を動かしているうちに、久し振りに作る本格的な御菓子作りにのめり込んでいき、気が付けば、ギルモア邸で一番朝が早いジェロニモに、甘い香りを届けることになった。


「朝からか?そんなに好きか。」


キッチンの入り口に立ち、ジェロニモが笑う。

生地に挟んだ杏ジャムの残りを水に加えて、軽くとろみがでるまで煮詰めた。
それをスポンジの上にかけたあと、焼きあがげた生地の形を整えるために、切り落とした余分な生地と、水を加えた杏ジャムを混ぜて、パレットナイフを使い、凹凸を埋め込むように生地の表面に塗り込んでいく。
最後にもう一度、水を加えた杏ジャムを受けから垂らすようにかけた。

一連の作業をフランソワーズの背後から見つめつつ、冷蔵庫から500mlの水のボトルを手に取った。



「・・・・とまらなくなっちゃったの」
「徹夜か?」
「だって、楽しくって・・・・」
「楽しい。いいことだ。散歩に出る。」


飲料水のボトルを手に、ジェロニモはキッチンから出て行く。
それを見送りながら、フランソワーズは仕上げ用の上がけチョコレートをボールに入れて、湯煎で溶かし始めた。












「アイヤ~!・・・・お早うさん、フランソワーズ!」
「え?!・・・もうそんな時間?」



念入りにチョコレートをテンパリングしていたフランソワーズの後ろから、張大人の声。
集中していたフランソワーズは、彼がキッチンに入ってきたことにまったく気が付いていなかった。


「ずっと、ケーキを作っていたアルか?!」
「・・・・・夢中になっちゃって、つい・・・・」


返事をしながらも、フランソワーズの手は止まらない。
ほどよい温度まで下げたチョコレートをボールに移し、スプーンで掬って落とし、堅さを確認する。


「・・・どんな感じネ?」
「ごめんなさい、大人・・・あと、これを生地にかけて整えたら終わりなの・・」


フランソワーズが申し訳なさそうに、張大人の方へと振り返って謝った。


「気にしない、気にしないネ!慌てる必要ないアルヨ」


自分がここに居てはフランソワーズが集中できない。と、すぐさまキッチンから出て行った。
ジェロニモ、張大人はまだ、ジョーがギルモア邸に戻ってこないことを、知らない。
彼らがそれを知ったのは、007がギルモア邸に戻り、フランソワーズがザッハ・トルテを作り終えて、昼までしばし眠ると、自室に戻った後の、リビングルームである。



「いやはや・・・まあ、なんといいますかなあ・・・009の読みは当たっておりました。と、いうことだあなあ・・・」


リビングルームのソファにぐったりと躯を預けて、張大人が入れた冷たいジャスミンティを一気に飲み干した。グレートが戻ってきたことを、張大人は、001、004,006に脳波通信で呼び出し、携帯電話で月見里(やまなし)学院にいる、002、008,009へと報告した。


「それで?」


004が話しを促した。


「まだ状況証拠っつうか、目に見える確かなもんはねえんだが・・・。ひと休みして、向こうに報告しに行くぜ・・・まったく、今回は吾輩ばかりが活躍して申し訳ないねえ」


004が何かを考え込むように腕を組み、ソファに背を預け、005はじっと004を見つめる。
007は禿げた頭を力無くさすりながら、006にグラスを差し出して、ジャスミンティのお代わりを頼んだ。006は、007から差し出されたグラスを受け取りながら言った。


「アンタ行く必要ないネ、003が代わりに行くアルヨ。あっちに”届け物”がアルからちょうど、いいネ!だから、アンタが見てきた、聴いてきたもの、全部すっきり綺麗に話すヨロシ!」


ギルモア邸にはジェットしか戻ってこない。と、聴いた張大人は、今朝、ケーキを作っていたフランソワーズの姿を思い出して、胸がつんっと痺れたと同時に、ぱっと浮かんだアイデアを口に出して、立ち上がり、キッチンへと向かう。フランソワーズの作ったケーキの大きさを確認して、自室へと走った。

リビングルームで、張大人の言葉に賛成するように、006は004に向かって頷いた。


「007、003に行かせよう・・・。もしかしたら、003の能力が向こうで必要になるかもしれないからな」


004の言葉に、007はにんまりと笑う。
彼もまた、キッチンから漂う香りがなにであるか。に、気が付いていた。


「そうしてくれるか?助かるなあ・・・。こっちでも確実な”証拠”を見つけたいんで、手伝ってくれよ004、005。偶然、学院から出てきた篠原さえこを追って・・・」


007は姿勢を正して、慎重に話し始めた。














####

最寄り駅から月見里(やまなし)学院専用のシャトルバスが出ているが、14時を過ぎた今、次のシャトルバスが駅に着くのは16時30分。
仕方なく、駅前からタクシーを使い、20分ほどで学院の正門前に到着する。



威厳漂う重々しい正門がゆったりと重々しく開かれて、1人の男がフランソワーズに訪問理由を尋ねた。短く、フランソワーズが男の問いに答えると、警備室と思われる、駅の待合室程度の大きさの建物に招かれ、そこで待つように言い渡された。


「・・・こちら、正門前、担当、近藤です。シニアの島村ジョウ、ジュニアのピュンマ・ギルモア、ジェット・リンクに訪問者です。ええ、・・・今日の訪問者リストには名前が載っていなかったので・・・こちらの・・・・・・あ、そうですか。わかりました。いえ、スミマセン。はい。失礼します」


正門の警備員である近藤が持つ訪問者リストに、フランソワーズの名前が載っていなかったために、電話をかけて確認をとったのである。

男は一度電話を切って、フランソワーズを見ると、微笑んだ。


「ごめんね、もう少しまってくれるかい?・・・これも仕事でね。入れてあげたいんだけれど、リストに載っていない人は、規則で駄目なんだよ」
「・・・・今朝、家の者が電話を入れたんですが」


白い箱を持つフランソワーズの手に力が入る。


「今朝、か・・・。一応、面会日予定の、2日前までに学院へ連絡を入れるようにっ、て。なっているんだけど、知らなかったかい?」
「・・・・はい、彼らが編入したのは今週の火曜日で・・・、初めての訪問で・・・」
「ああ、あの3人か・・・。覚えているよ、珍しい時期に編入してきたからね。今、確認を取っているから、少し時間がかかるかもしれないけれどね、座ってまっていてください」


大きく魅力的な瞳を寂しげに瞬かせて、肩先でゆれる亜麻色の髪が、華奢な彼女の肩からこぼれおち、イスに座る。という、日常の何でもない動作に、近藤は魅入られてしまっていた。

膝の上に置かれた白い箱が、フランソワーズの膝を冷やす。


数分ほどして、警備室の電話が鳴る。
俯いていたフランソワーズの顔がぱっと、跳ね上がり、こぼれおちそうに大きな瞳が電話を捕らえた。
近藤が電話に応対する。


「はい、こちら正門。担当、近藤です。・・・・・はい、・・・・ええ・・・・そうです。彼女の名前は、フランソワーズ・アルヌール・・。はい、ギルモア氏の代理で・・・・はい。そうですか、わかりました。では、彼女を通します。はい、ありがとうございます、失礼します」


電話で話す近藤の言葉を耳にして、フランソワーズは立ち上がり、彼の次の行動を待った。
近藤はゆっくりと受話器を元の位置に置いて、フランソワーズへと振り返ると、自然とつられるように笑顔になった。
目の前にいる、稀に見る美しい異国の少女が破顔して、大きな瞳をきらきらと輝かせながら、自分をみつめているのである。
彼女の嬉しさが、その笑顔が、無機質な警備室に彩り溢れる華やかな雰囲気に染め上げていく。


「よかったね。・・・・・・アルヌール様、ようこそ月見里学院へ。ギルモア様の代理とお伺いしております。生徒との面会は学院本館、応接室となっております、そちらへご案内させて頂きます」






警備室から外に出て、近藤に本館への道を説明してもらう。


「ここから、本館まで少し距離がありますが、1本道です。迷うことはないと思います。本館へ入られまして、左手に事務所がありますので、そこで面会受付の手続きをお取り頂くことになります」
「はい、ありがとうございます・・」


フランソワーズは笑顔のまま、日本風に深々と頭を下げた。








「・・・・雨が降るかしら?」


両手に抱えた白い箱。

初めて歩く道を進みながら見上げた空。
風が出てきたために、雨の匂いが躯にまとわりついてくる。
太陽がすっかり雲の中に隠れてしまい、木々に覆われた路を歩くフランソワーズの周りが影に覆われるが、雨が降る前のじっとりとした熱さに躯が火照るため、手に持つ箱に詰め込んだドライアイスの冷気が、歩くたびに首元に届いて心地よかった。


正門警備員の近藤は、少し。と言った。
これのどこが少しなの?と、フランソワーズは疑問に思う。

正門からずっと丘を登るように、なだらかな坂道が続く。木々に覆われた森の路。と言って良いほどに、自然豊かな環境に、自分が日本にいるとは信じられない錯覚に陥る。

グレートがギルモア邸を出る前に説明してくれた月見里学院は、小説や映画に出てくるような、ヨーロッパ調の、ボーディングスクール。そんなイメージしかフランソワーズに与えなかった。
グレートは少しばかり物事を大げさに言う癖があるので、彼の話を50%ほどにしか聴いていなかったフランソワーズだったが、学院本館を前にして、グレートの言葉は大げさではなく、謙虚な物言いだったことに驚かされた。



「あの~・・・?」


本館入り口を前にして、呆然と建物を眺めていたフランソワーズに、松葉杖をついた1人の男子学生が話しかけてきた。


「え?」


ずっと建物を見上げていたために、顔を声のする方へと向けると、軽い目眩に襲われて、咄嗟に足に力をいれた。
フランソワーズの躯が、不自然に揺れたので、男子学生は思わず手を伸ばす。が、自分が松葉杖であることを忘れていたために、逆に、彼の方が体のバランスを崩してしまった。


「うわっ!」
「っあぶない!!」

フランソワーズは反射的に腕を伸ばして、男子学生を支えたとき、手に持っていた白い箱が地面へと落ちた。


「・・・・あ、大丈夫です、スミマセン・・」
「いいえ、私が驚かせてしまったみたいで」


花の香りが、ふうわりと広がった。
絹糸のような、艶のある髪が男子学生の目の前に靡いた。


自分の体を支えるために、腕を取られて、至近距離で見る、宝石のように輝く碧の瞳にのまれそうになる。


「・・・あ、あ、ありがとう」
「大丈夫ですか?」


早鐘を打つ心臓に、顔が茹で上がる。
慌てて体制を整えて、男子学生はフランソワーズからこころもち距離を取った。

フランソワーズは男子学生が倒れなかったことに、安堵の息を吐き、微笑んだ。
そして、自分の手から白い箱が消えていることに気づき、振り返った先の地面を見つめた。


「・・・c・・・き」


男子学生も、フランソワーズの視線の先にある、地面の上に落ちた白い箱に気が付く。
フランソワーズは白い箱に近づいて、その場に屈み、少々角がへこんでしまった箱を手に取りながら、003の能力で、箱を開けずに中身を確認する。

張大人が頑丈に作ってくれた箱のお陰で、フランソワーズが作ったザッハ・トルテは外に出ることなく、無事、箱の中に納まっていたが、ケーキは、落ちた衝撃そのままの形をえがいていた。


「ごめんなさいっ!!・・・ぼくのせいでっ、中の物、大丈夫ですか?!」


フランソワーズは、松葉杖をついて近寄ってくる男子学生へ視線を向けた。
彼のせいではない。そう言おうとしたフランソワーズの屈んだ位置から、”眼”のスイッチを入れた状態で見た、男子学生の足に、フランソワーズの視線が止まる。


「っっ!」
「大丈夫ですか?」


食い入るように自分の足を見つめるフランソワーズに、男子学生は気づかないまま、声をかけたとき。







「海!フランソワーズっ?!」


ピュンマの声に、松葉杖をつく男子学生、津田海が振り返る。
フランソワーズはピュンマの声をどこか遠くの方で、聴いていた。






003の眼に映るのは、劣化した人工筋肉。
その足が、人間のものでないことは、009のようにギルモアの元で勉強していなくても、わかる。


003だから。
見慣れてしまった人間の体とは、大きくかけ離れた、人工的な内部。










駆け寄ってきたピュンマは、海に微笑みかけながら、フランソワーズの正面、地面に膝をついて、固まった彼女の手にある白い箱を手に取った。


「フランソワーズ、落としちゃったの?・・・・大丈夫だよ、ケーキ自体を地面に落としたわけじゃないし、形が崩れたくらいで、味は変わらないんだから!」


007の代わりに、003が学院に来るという報告を受けたとは別に、ピュンマは各メンバーからメールを受け取っていた。


”何がなんでも、ケーキをジョーに食べさせろ、4”
”一生懸命作っていたアルヨ。ジョーに食べてもらえないって、わかっていても、作りたかった気持ち、わかって上げてほしいアルヨ。張”
”ジョーを想ってつくったもの、届けさせる。そちらでなんとかしてやれ。Jr.”
”吾輩が、届けるよりも、姫の方がいいだろう?頼むぜ、ピュンマ。7”
”フランソワーズをそちらへ向かわせたので、よろしく頼むぞ、G”


フランソワーズが、地面に屈んだまま動かないのは、ケーキを落としてしまったショックのため。だと思いこんでいるピュンマは、フランソワーズを励ましながら、彼女をそっと立たせた。


「ピュンマの・・・あ、今日、言っていたのは、やっぱり彼女のことだったんだね!」
「そうだよ、えっと、彼女は・・・・」



ーーーマリーと説明した方がいいのかな?
   篠原当麻には、マリーだし・・・でも、フランソワーズって言っちゃったよね?




ピュンマは一瞬悩んだが、フランソワーズは海に笑顔を向けて自ら自己紹介した。


「初めまして。マリー・フランソワーズ・アルヌールです」


フランソワーズの、花が咲くように明るい笑顔に、海は舞い上がる。


「は、は、は、は、初めまして!津田海ですっっぼ、ぼ、ぼ、ぼくのせいで、あのっ!」
「お気になさらないで、落としたのは、私ですもの」


フランソワーズはグレートから訊いていた。
ピュンマに、とても気の合うクラスメートできた、と。
ジョーとジェットと過ごす以外の時間は、ほとんど彼、津田海と一緒に行動している、と。



ーーーどうしたら・・・、ピュンマに、どう言えば、いいの・・・・・?

















====57へと続く



・ちょっと呟く・

色々書きながら、反省。
細かく書きすぎて、話しをこんがらがらせてる自分に反省。
今後は、肉をそぎ落としてシンプルに、いきます。

頭をリフレッシュさせたら、あらら、・・・・辿り着かない~!と嘆いたところまで
簡単に辿り着きました(笑)
ミッションすべて、書き直したい衝動に駆られつつ、このまま進みます。

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Day by Day・57
(57)






本館前で保健医である石川と待ち合わせしていた津田海は、ピュンマが午前中のクラスで話していた、”自慢の妹”と言った女性の容貌、そのままのフランソワーズを見つけたので声をかけた。

ピュンマは学院本館にある、応接室へ向かう途中、津田海と一緒にいたフランソワーズを見つけた。
彼女の様子がおかしいと思いつつ、それは、ジョーのために作ったケーキを落としてしまったせいだと思う。




落とした箱の中身を確認するために、使った003の能力。
偶然が重なった。







”眼”のスイッチを入れたまま、海の声に振り返ったフランソワーズ。















人でない、人の、足
















「・・・・何があった?」


ジョーの、第一声は009のものであった。





ピュンマと一緒に本館に入り、面会受付の手続きを済ませて応接室へと入った2人を出迎えたのは、先に来ていたジョーとジェットであった。



学院内で生徒が外部の人間と会うことが出来るのは、ここ、本館の応接室のみである。彼ら以外にも、何組かの生徒とその家族や友人の姿が見られた。

金曜日の授業は午前中のみである。
午後は自主的にカリキュラムを組んでいる、特別クラスに参加予定の生徒のみ。
授業を終えると、ほとんどの生徒が一目散に学院から姿を消すために、寮、校舎内は午前中の賑わいが嘘のように静まりかえっていた。


応接室は、ヨーロッパ18世紀後期のサロンのような豪華な内装が施されており、初めて応接室に足を踏み入れたジョーとジェットは、あまりにも派手な、映画のセットのような室内に、国と時代をタイムスリップしたような感覚に襲われた。
互いに目を見合わせて、自分たちほどこの部屋に似合わない人間が、この世にいるだろうか?と、声を出さずとも、以心伝心。通じ合う。

目立たないように、部屋の最奥、暖炉が置かれた位置にあるソファセットに、座り心地が良いはずのそれにも関わらず、身を固くして座り、フランソワーズとピュンマが訪れるのを待っていた。




しばらくして、ピュンマの姿を部屋の入り口に見つけて、ジョーが立ち上がる。
ジェットは、幾分慣れてきたのか、ギルモア邸のリビングルームでくつろぐように、ソファに身を沈めていた。

ピュンマの背に隠れるようにしているフランソワーズに、ジョーはすぐに反応した。
ジェットも、フランソワーズがピュンマと一緒に部屋に入ってきたことを確認する。

ピュンマは立ち上がったジョーに気づき、手を挙げてジョーに応えた。ピュンマがフランソワーズに言葉をかける様子をジョーは見ている。

遠慮がちにピュンマの背から顔を出し、ジョーとジェットの方へむけたフランソワーズ。





彼女の瞳の色で、ジョーはすぐさま009としての”感”が働いた。


ピュンマとフランソワーズが、ジョーとジェットがいる場所へと近づいてくる。
応接室にいる何組かの訪問客と、生徒が、部屋の中を歩いていくピュンマとフランソワーズに視線を送る中、1人の男子生徒がフランソワーズを足先からゆっくりと、値踏みするような視線を投げかけたので、ジェットは鋭く、その生徒を殺気を込めて睨み付けた。

さっと、フランソワーズから視線を外した男子生徒にむかって、ふんっ!と息をつき、居心地の悪い応接室の不満を少しばかり、解消させる。





「フランソワーズ、なにかあった?」


フランソワーズが座るなり、009が問いかけた。
ピュンマはフランソワーズを庇うように、手に持っていた白い箱を、猫足の過度な装飾を施されたテーブルに置いた。

白い箱の角が歪んでいる。

事前にピュンマから、フランソワーズが持ってくるであろう物について聞かされていた。そして、絶対にそれについて、からかわないこと!と、強くピュンマから注意されている。各メンバーからも、煩いくらいに”それ”についてのメールが届けられていたので、ジェットは口に出さない。


ジョーはテーブルに置かれた箱には目もくれず、まっすぐにフランソワーズを見つめて、009として問いかける。

フランソワーズの瞳に透明な幕が下りるのに気づいたジョーは、すぐに脳波通信に切り替えた。


<・・・フランソワーズ?>
<ジョー・・・私・・・・>


フランソワーズは、ちらり、とピュンマを見た。


<言いにくい、こと?ピュンマが、どうかした?>


黙り込んだ2人に、ジェットが苛つきはじめて口を開いた。


「っだよ!土産はねえのかよ、フランソワーズ!挨拶もねえし、イワンせいで機嫌が悪いのをここまでもってくんなよな!」
「ジェット!・・・・フランソワーズ、ほら、せっかく持ってきたんだし、気にしないで、ね?」
「・・・・なにを持ってきたの?」


ピュンマの言葉に、ジョーが初めてテーブルの上に置かれた、角が歪んでしまった白い箱に注目した。そこでピュンマが、さきほど海から聞いた、ケーキを落とした原因を説明することになった。


「ったく、それくれえで、なに泣きそうになってんだよっ!地面に落としても中身は無事なんだろ?」


ジェットは、呆れながらフランソワーズを見る。
ピュンマも、ジェットの言葉に頷きながら、フランソワーズを励ますが、ジョーはフランソワーズの様子がおかしいのは”ケーキを落とした所為”ではないことに、気が付いていた。


再び、ジョーは脳波通信でフランソワーズに話しかけた。


<話しづらい?・・・ピュンマと一緒だと、何か都合が悪い?>
<あの、津田海さん。と、言う方とピュンマは、・・・親しいのでしょう?>
<出会ってすぐに、意気投合して・・。ピュンマは俺と違って社交的だし、ジェットみたいに、学院の雰囲気から浮いてもいないから、ね。何人か友人はできたみたいだけど、津田海とは・・・親友って言うに近いかな・・・。それがどうした?>
<・・・・ジョー、あの、ね・・・・>
<待って>


「ジェット、今日はどうするんだ?予定通り、ギルモア邸に戻る?」


脈絡もない突然のジョーの言葉に、ジェットは目を白黒させながら、答えた。


「お、・・おお・・・。そのつもりだぜ?・・・フランソワーズが帰るとき、一緒に戻るつもりだけどよお、それがどうしたっつうんだよ?」
「帰る準備は出来てる?」
「いや、別にこれといって・・」
「部屋に行って準備してこい、よ。ピュンマ、ジェットを手伝ってやってくれる?」
「え?・・・・う、うん・・・いいけど・・・あの?」
「じゃ、今すぐ。行ってくれる?」
「・・・・へ?」
「うん!行くよっ!ジェットっ!!!ほらっ、フランソワーズを待たせたら駄目だろっ!!学生coopでお土産も買わなきゃっっ!!」


ピュンマは嬉々として立ち上がり、力任せにジェットの腕を引っ張り無理矢理立たせると、引きずるようにして、部屋を出ていく。

ジェットはピュンマに引きずられながら、フリーズしてしまった脳を一生懸命に解凍すると、ギリギリ、応接室のドア前で振り返って、ジョーにウィンクを投げた、と、同時に脳波通信で一言、ジェットらしい余計な一言を残した。


<ジョー、連れ込むならオレらの部屋使えよ!まだ当麻のヤツは学院に居るんだろっ!30分ほどで部屋を空けてやるからよっ、あとはご自由に!>
<・・・・・それはどうも>


ピュンマとジェットが応接室から出て行ったのをジョーは確認し、改めてフランソワーズを見つめた。


「・・・まだ、ここだと都合が悪い?」


フランソワーズは、周りの様子を伺うようにゆっくりと部屋を見回した。
自分たちの座る位置は、応接室の最奥、暖炉前の奥まった壁際に寄せられた場所。





白い雲に交じり始めた灰の色が、木々がまとう生命溢れる緑を色濃くし、大地に深い影を落とす。風が強まり、傾く枝が同じ方向を指し始めて、応接室のルームライトが灯ったことにより、一段と艶やかに、華やかに目に映った。

室内とは対照的に、窓の外が暗くなる。


ジョーと向かい合う形で座っていたフランソワーズは立ち上がり、ジョーの座る、先ほどまでジェットが腰掛けていた位置へと移動した。

隣り合って座る2人の様子を見て、ジェットに殺気のこもった視線で脅された男子生徒が、舌打ちした。


「・・・なにが、あった?・・・・津田海がどうした?」


フランソワーズはまっすぐに、アンバー・カラーの真摯に自分の言葉を待つ、009の、ジョーの瞳を見つめた。


「・・007が戻ってきたわ」


フランソワーズは囁くような小さな声で報告を始めた。


「・・・聞いている、それで?」
「偶然、篠原さえこが運転する車を見つけて追いかけていった007は、彼女の車に同席していたのが、石川斗織だったことを確認したの」
「・・・・石川が?」
「ええ。2人は同じ大学出身ですもの、ここでお勤めしているからには、何かしら御縁があってもおかしくないと、思うわ。・・・グレートが言うには、その・・・むかった先がホテルで・・・・・」


フランソワーズは、言葉を濁してジョーの瞳から視線を逸らして俯いた。


「・・・・そうか。石川と篠原さえこは」


ジョーの言葉に、フランソワーズは頷き、俯いたまま言葉を続ける。


「2人の会話から、彼らが昔からの付き合いであることが、わかったようよ。そして、ジョー・・あなたが007に調べるように指示した、答えがあったの」
「・・・・石川が、篠原当麻の父親。トーマス・マクガーの息子、だね?」
「会話の内容から、そう取れるって・・・・。今、007を中心に、004、005が調べているわ。本当かどうか・・・。もしそうなら、中井・マクガー・T・アンドリューは、行方不明になったんじゃなくて、ちゃんとここに居たの。なぜ、石川斗織と名乗って、当麻さんに父親であることを名乗らないままなのか、わからないけれど・・・」
「・・・・十分だ、よ。これで予測していた図面が完成する・・・それで、津田海だけど・・・?」
「ミツヒロさんが持っていたトーマス・マクガーの、遺品。と、病院から007がコピーしてきた彼のカルテ、に・・・お墓の中の彼自身の一部を採取・・005が向かったわ。今、指紋、やDNA鑑定をおこなっているの。ホテルから007が採取した、篠原さえこの髪、石川斗織の吸い殻・・それらも一緒に、当麻さんのものも、よ。博士が今日中に結果を出すって仰られたわ」
「わかった・・・、それで?」


フランソワーズはゆっくりと顔をあげる。
ふたたび潤み始めた空色の瞳に、ジョーは硬く拳をにぎった。


「・・・・ピュンマと、とても仲がいいの、ね?」
「そうだ、よ」
「ジョーも?」
「・・・・話しはする、ジェットの方が仲が良いかも、ね」
「足を・・・どうなさったの?」
「・・・・肉離れ、らしい。松葉杖は2週間ほど使うって言っていた、よ」
「大きな怪我をされた経験があるとか、聞いたことあるかしら?」
「・・・・高等部に入学したころに、交通事故にあって・・・。本当なら1学年上のシニアらしい」


フランソワーズの瞳が大きく見開かれ、そして、伏せられた。
レースのように繊細な睫の奥へと、美しい晴れた空色の瞳が隠れる。


「知っていらっしゃるのかしら?」
「・・・・何を視た?」


フランソワーズが下唇を噛んだ。
膝の上に置かれていた手がスカートをきつく握る。
じっと、ジョーはフランソワーズの言葉を待つ。


「・・・・・・ジョー、彼の足、左足は義足・・・・なの」


風に揺れ始めた窓の音に、掻き消されてしまいそうなほど、微かにこぼれた声だったが、ジョーの耳にははっきりと聞こえた。



「ま、さか・・・fr・・・・・、キミが視たのは・・」
「・・・・ええ、ジョー・・。彼の・・左足、膝下からすべて・・・・人工のもの・・・。今の義足を作る技術では、考えられないほどに、精巧に作られた・・・cyborg技術を使った、足」


閉じられた目蓋から流れ落ちた、雫は雨を呼んだ。
ぽつぽつと、窓を叩き始めた雨音に、気が付けば応接室に居るのはジョーとフランソワーズのみ。


「・・フランソワーズ、キミをギルモア邸に帰せなくなった・・・・・すまない・・・」


ジョーの言葉に首を左右に振る、フランソワーズ。


「ごめん、嫌な思いをさせた、ね・・・。キミは何も言う必要ない、よ。俺にまかせてくれるね?」


頷いた、その動きを追う亜麻色の髪は、オレンジがかったルームライトに照らされて、いつもよりも甘いハチミツ色に見えた。



こごり雲に支配された空から降り始めた雨が、激しさを増す。


「・・・津田は、たしか石川と病院に行ったはずなんだ。足のことがあるから、彼は今週末、学院に残る、と言っていた・・・」


喉を締め上げるように、力を入れて言葉を発した。


「もう一度、視てもらい、たい。・・・・どの程度の、ものかを・・・トーマス・マクガーの設計図にあった、技術かどうか、もしくは・・・それ以外の、ものかどうかを確かめないと、いけない、から」
「ええ、もちろんよ。設計図を確認したいわ、詳しく教えてください」


ジョーを見つめてくる、彼女は003であった。







ーーー俺は、キミに・・・辛い思いをさせてばかり、いる、ね












視たくないだろうに。
知りたくないだろうに。














ーーー俺のそばにいるから?






キミが、もしも・・・ギルモア邸を離れていたら、こんなことに巻き込んだりしない。
絶対に、キミの幸せを護るために。



003であったとしても、だ。





009は携帯電話を取りだして、002、008の2人に手短に指示を出した後、ギルモア邸へも電話をかけ、応対した006にも、新しい指示を出した。

携帯電話を切り、ジョーはフランソワーズを見つめた。
彼女はじっと、ジョーののど元を辺りに視線を留めている。


「・・・・・フランソワーズ?」
「ジョー・・・」
「・・・なに?」
「・・・・ネクタイ、やっぱり、変だわ」
「・・・・・そお?」
「ジェットより、変よ・・」
「・・・そんなにヒドイ?」
「ええ、設計図については教えてもらうことになるけれど、こっちは私が教えてあげるわね?」


フランソワーズが微笑む。
無理にでも、微笑んだ。

ジョーも、その笑顔を護るために、微笑んでみせた。


「・・・さて、どうやって、キミを隠そうか?週末は寮監督も1人、生徒もほとんどいないから、楽だけどね」
「男装しましょうか?」
「・・・いいね、それ」
「制服じゃないと、いけないかしら?」
「・・サイズは、ピュンマのでも流石に大きいね・・・・。2人に買い物してもらってこよう、だいたいでいいんだ。シルエットだけでも、男らしくみえたら、ごまかせるし。その前に」


わざと、明るい会話を作る。


「?」
「・・・・・これ、俺に?」


ジョーはテーブルの上に置いてあった白い箱を腕を伸ばして、自分の膝の上に引き寄せた。


「あ・・・・・ちが・・・あの」
「・・・違うの?」
「・・・違わないけどっでも、・・・・作り直すわ・・・。落としちゃったし、それに・・・」
「・・・・ありがと。それと、ごめん」
「ジョー・・?」
「・・・・・ちゃんと、言わないと・・・。キミに失礼なことを言った。そして、キミの手を傷つけた」
「いいの・・に・・・・・もう・・・・たくさん、謝ってもらったもの」
「電話、でも言ったけど、キミに会って、言いたかったから・・・」


フランソワーズは、こくん。と、頷いた。


「ジョーは、大丈夫?」
「・・・・なにが?」
「クスリは?」
「・・・使ってないよ」
「ちゃんと、食べてるのかしら?」
「・・・・必要最低限は接種している、よ。それに、今からエネルギー補給するし、ね」


ジョーは白い箱をフランソワーズに断りもなく、あけた。


箱の右側に寄ってしまった、ザッハ・トルテ。
崩れた、と言うよりも、1/3ほど、押しつぶされたようになっていた。

箱の蓋と、側面に袋に入れて貼り付けられたドライアイスが、小さくなっている。
まだその効果は有効らしく、ジョーが箱を空けた瞬間にヒンヤリとした空気が箱に添えられたジョーの手を包んだ。


「あの・・・・やっぱり、ね・・・。また作り直すわ、だから・・・」
「これ、がいいよ」
「・・・・でも」
「いいんだ、よ」


嬉しそうに、箱の中を見つめるジョーに、フランソワーズは幸せな気分を味わった。








懐かしい感覚。





どきどきと、心臓を早めるようなこともなく、ただ、彼の嬉しそうな横顔を見つめて、こころの奥底からぽかぽかと温まっていく。

辛いことも、哀しいことも、苦しいことも、すべての哀しみは、あたためられて、砂糖菓子のようにさらさらと溶けていく。




ジョーが喜んでくれている。
あなたが、微笑んでくれている。





それだけですべてが、満たされていく。





ーーージョー、あなたは私が強いって言うけれど・・・。それはあなたが居るから・・・。
   あなたがこうやってそばに居て、笑ってくれる・・・・・だから、
   私はどんなことでも負けない。
   強く前を向いていられるの。










「・・・・初めて、かも」
「え?」
「・・・・・自分だけ、っていうの」
「自分だけ?」
「・・・・施設だと、誕生日は月ごとにまとめられて・・・同じ月に生まれた子と一緒に。ケーキも、ね。5月生まれの子みんなの、だったから・・・。だから、自分だけの、こういうの・・・初めて・・・だよ。自分の誕生日に、自分のケーキって、それに、リクエストもしたし、ね」
「・・・・・ジョー」
「・・・すごく贅沢だ、ね」
「お誕生日、おめでとう・・・。来年はちゃんと16日にお祝いしましょうね?」
「・・・・また、キミがケーキでも焼いてくれるなら、それで十分」
「焼くわ。リクエストしくれるかしら?毎年・・・。来年も、再来年も、ずっと・・・」


ジョーは、箱の中から視線を外して、フランソワーズをみつめた。



ーーーずっと?



フランソワーズは、ジョーの眼差しを、まっすぐ受け止めるように、空色の瞳にジョーを映す。




ーーーずっと・・・・。ジョーのために、ジョーのための・・・





強まる雨音のリズムに合わせるかのように、ジョーの心臓が暴れはじめた。
熱を帯びたように潤み、自分を見つめてくるフランソワーズの瞳。それは、過去に幾度も自分にむけられた視線の中で、ある種の共通した想いを含んだ視線に酷似している。




ーーーフランソワーズ?








世界中どこを探しても、たった9人の仲間である。
いつも一緒にいるのが当たり前の、仲間の1人であるフランソワーズが、仲間、家族とは別の、特別な存在。という位置に立つようになっていた。


特別な想いで、見つめる。
特別な想いで、接する。

特別なその感情は、”好き”という言葉で語られると意識し初めて、それほど時は経っていない。



久し振り、とは言い難い日数であったが、戦いの中で、狭いドルフィン号の中で常に仲間として、生活し続けていたジョーにとって、篠原当麻の家でフランソワーズがホームステイをしていた、6日間に加え、学院にジョーが編入してからの4日間。





仲間になって以来、初めて、キミがそばにいない生活を過ごす。















女の子。と言う印象が強い、フランソワーズ。


護るべき、想いをよせる女の子が。
手に入れたいと、欲望の熱を与える女性へと。







永遠に変わることのない、幼さを残した印象のあるフランソワーズの顔立ちにも関わらず、そこに、”女”の、フランソワーズが、いた。









見えない時間。
想う距離。


触れない時間。
慕う距離。


語らない時間。
焦がれる距離。


呼ばれない時間。
腕を伸ばす距離。




近すぎるために、気が付かなかった。







気づきたく、なかった・・・・・。























####

「・・・・ジョー、それ、ピュンマにいつ言うんだよ?」


ジョーに呼びだされたジェットとピュンマは、学院本館の応接室を再び訪れた。フランソワーズはピュンマに連れられて学院内の見学の手続きを取りに、面会手続きを取った事務所に向かった。
ジョーとジェットは、2人が戻ってくるのを応接室で待つ間、ジェットにフランソワーズから聞いたすべてを報告した。


「もう一度、003が確認して、その技術がトーマス・マクガーの、”マクスウェルの悪魔”が”景品”にしたサイボーグ設計図に沿ったものかを判断した後に・・。もしかしたら、津田海自身も、知らないかもしれない。むやみにピュンマを刺激したくないから、ジェット、気を付けてくれよ」
「・・・ああ、わかってるぜ。今回はなんか、オレやりずれえわ!」
「ジェットは実践型だからだろ?」
「そういう、お前もじゃねえかよ!」
「・・・・僕は複合型だ、よ」
「へえ、へえ。そうでしたあねえ!お前は最後の、オレらのいいとこ取りしまくった、ずりぃヤツだからんな!」


頭の後ろに両手を組み、どさっとソファに背中を預けて足をテーブルに投げ出した。
ジョーは、ケーキの入った白い箱を移動させた。


「ずるい?・・・ずるいのはジェットだろ?」
「ああ?」
「空、飛べるだろ?」
「まあな!」
「それに・・」
「んあ?」
「いや・・・。なんでもない」


言葉を飲み込んだジョーを無視するように、ジェットはテーブルの上の白い箱を見た。


「で、それ、喰うんだろ?」
「・・・このままだと傷むから、部屋の冷蔵庫に入てくるよ」
「なんだよ、オレらは喰わせねえねつもりかよっ!」


にやり、とジェットが意地悪く口角を上げて嗤った。


「あとで、ね・・・。とにかくフランソワーズをなんとかしないと、な。ジェットとピュンマの部屋でいいだろ?」
「当麻の野郎は、家に戻んだろ?お前の部屋でいいじゃねえかよ、ベッドが1つ空くんだしなっ!」
「・・・・使えば、すぐにバレるよ。一度、部屋に戻る。2人が戻ってきたら、紫微垣の入り口で待っていてくれ、生憎の雨だけど・・・。彼女の”眼”は関係ないから、ね」


フランソワーズの作った、ザッハ・トルテの入った白い箱を、大切そうに持ったジョーは、ジェットを応接室に残し、ブレザーを脱ぎ、箱を雨に濡れないように守りながら、デネブ寮に戻った。

彼の足なら、激しく降る雨もさほど問題ない。









応接室に1人残ったジェットは、ソファから立ち上がり、壁一面のガラス窓から、正門を見下ろした。風は止み、雨だけが垂直に地面へと重力の意思に従い、落ちていく。


ーーーオレなら、行ける。




陰雲を突き抜けて、青だけの世界、何もない、空へ。
何一つ制限されることのない、空へ。


ーーーオレは飛ぶ。




一面の青。
アイツの瞳と、同じ、青。






ーーー面倒臭い関係も、想いも、何もかも全部、吹き飛ばしてやるのによ!
   あの空へ行けば、
   お前らの気持ちが、小さくってくだらねぇもんに拘りすぎてるっつうのが、
   簡単にわかるのによ!
  

 
ちっせえっっ! ちっせぇなっ!ジョーっ、いい加減、男になりやがれっ!!













誰も何も思わねぇ、誰がフランソワーズを愛そうが、
世界はそんな小さいことなんて、気にしないんだよ!



気にしてんのは、お前たちだけだ。














ジェットは窓から離れる。
静かに応接室のドアへと向けて歩き始めると、ピュンマとフランソワーズが、ドア口にで彼を待っていた。


「早かったじゃねえか、急に学院見学の申し込みなんかしちまって、もっと手間かかるかと思ったのによ!」
「ラッキーだったよ。手続きをしてくれた人が、僕らのことを覚えていてね。手続きが事前に必要なことを知らなかっただろうから、仕方ない、って特別に許してくれたんだ」
「ジェット、ジョーはどうしたの、一緒じゃ・・?」


フランソワーズは、ジェットの背後、応接室をのぞき込んでジョーの姿を探した。


「ああ?アイツは部屋に戻ったぜ、オレらにケーキを喰わせねえように、自分の部屋の冷蔵庫にしまいにな!へっへっ、良かったじゃねぇか」
「嘘ついても、すぐにわかるわよ。傷むから、でしょう?ここにはナイフもフォークも、ケーキを食べるためのモノがないもの!」


ぷん。と、形良いくちびるを尖らせて反論するフランソワーズ。


「そう思ってろって、んじゃ、行くか」
「紫微垣のカフェテリアに行く?」
「ジョーが入り口で待ってろってよ」
「・・・・そう。でも・・僕、心配だなあ」


ジェットの言葉に、頬を膨らませたままのフランソワーズを見ながら、ピュンマは眉根を寄せて呟いた。


「オオカミどもの中に、ヒツジを放り込むんだかんな。カフェテリア内で待ってろ、て言わなかったヤツも、考えてんだろうぜ?」
「なによ、ヒツジって私のこと?失礼ね!そんなに私は変じゃないわよっ」
「・・・フランソワーズ、変って・・・。いや、ここがどこか、わかってるよね?」
「学校でしょう?」
「飢えた野郎どもしかいねぇんだぜ?」
「バカね、女の子を見たことないわけじゃないでしょう?ふふふ、余計な心配よ、私なんか見ても何も思わないし、誰も気にしないわよ。日本人じゃないからくらいでしょう?」


愛らしく微笑んだ、フランソワーズにピュンマとジェットは溜息を吐いた。


<僕さあ、前から思ってたんだけどさあ、もしかして、フランソワーズって自分の、その・・ねえ、気づいていないよ、ねえ。まあ、そこが彼女のいいところなんだけど、ある程度の自覚があっても、いいと思うんだよ、今後のことも考えてさ>
<まあ、なあ・・・サイボーグにされてからよ、戦いばっかで、そういう風に見られたり、扱われたことねぇだろうし・・・、オレらだって、慣れちまってるしよ、003は、003だしな。その前っていやあ、アランなんかが周りにいてよ、がっちりガードされてたんじゃね?フランソワーズも”バレエ”しか頭になかったって言ってたしよっ。バレエスクールなんっつうところに通う男なんて、クラークみてぇのの巣窟だったハズだぜっ。環境的な問題だな!>


ジェットが歩き出したので、ピュンマとフランソワーズも歩き出した。
学院本館を出る前に、ピュンマが先ほどジェットと購入した傘をさして、フランソワーズを自分の傘へといれた。


<グレートがさ>
<なんだよ?>
<フランソワーズを絶対に、1人で街に出したら駄目だって、叫んでたよね?>
<・・・そういえば>



「よお、フランソワーズ」
「なによ?」


ジェットは、ちらり。と振り返り、ピュンマと1本の傘をシェアするフランソワーズに話しかけた。


「今日、1人で来たんだよな?」
「?・・・駅までは、アルベルトが送ってくれたわ。そこから途中まで、教会に向かうジェロニモと、ギルモア邸から学院の正門前まで、天道虫になったグレートが一緒だったわ。正門前で別れたけれど・・・」


<<パーフェクト・・・>>













####

デネブ寮の自室に戻り、箱のままケーキを冷蔵庫へ入れた。
そのまま、紫微垣に向かおうと部屋のドアノブに手をかける前に、廊下側から誰かがジョーよりも早くドアノブをまわし、部屋のドアを開けた。

この部屋のドアを開けることができるのは、同室である当麻しかいない。
ジョーは一歩ドアから身を引いて、ドアを開けた人物を見た。


「あ、島村・・・」
「・・・帰ったんじゃ、なかったのか?」
「その予定だったんだけどさ・・・・。なんとなく面倒で、うだうだ居たら、この雨だろ?まだ終わってない課題もあるし、今週は学院に残るよ。そういう島村は?帰るって言ってたよね?」
「・・・こっちも予定変更。まだ学院内を把握しきれてないし・・・。色々と遅れているから、追いつくために、勉強したいと。ね」


<・・聞こえるか?ピュンマ、ジェット>
<よお、何やってんだよっ、さっさと来いよ!>
<・・・・篠原当麻が、学院に残るらしい。今、部屋で鉢合わせした>
<ええ?!嘘だろ?・・・面倒だよ、フランソワーズが居るんだよっ!>


「島村、カフェテリアに?」
「・・・ああ、少し早いけど、ね」
「友達も?」
「・・・・先に、向こうで待っていると思う」


<そこからフランソワーズを連れて離れてくれ、篠原もそっちへ向かうかもしれない>
<いいじゃねえか、会わせてやれば!>
<・・・面倒だ>
<仕方ねえじゃんよ!もうすでに、いろんなヤツにフランソワーズは目撃されてんだしよ、いまさら篠原に会ってもかわんねぇよ、フランソワーズが学院に”留まる”っつうことさえ、バレなきゃいいんだぜ?>


フランソワーズはジェットと一緒に、一度”帰るフリ”をして、学院を出た後、空から学院へと戻ってくる。と、打ち合わせしたばかりだった。


「じゃ、また一緒していいかな?この間は、津田が・・・。だしさ」
「・・・1人、ゲストがいるけれど、気にしないなら」
「え?そうなんだ・・・。それじゃ・・・、ぼくは遠慮した方が・・・家の人?」
「・・・・そう」


<・・・篠原当麻と、そちらに向かう>
<え?・・・・当麻さん?!>
<・・・・今、会ったから。彼もカフェテリアへ向かうらしい>


当麻は手に持っていた教科書やバインダーをデスクに置いて、廊下に出た。部屋のドアはオートロックになっている。
ジョーは黙って彼がドアを閉めるのを待っていたために、ゲストがいるけれども、自分が夕食に参加しても良いと思っている、と受け取った。


「迷惑じゃなければ、一緒していいかな?」


あらためて、当麻はジョーに訊ねた。
ジョーは頷いただけで、無言のまま紫微垣へと足をむけた。



<・・・地下から、そちらに向かう>














自分は心労で倒れやしないか。と、ピュンマは深い溜息を吐き、ジェットは”土産話”が出来たとばかりに、目の前で繰り広げられるであろう、別の”戦い”に、ウキウキとこころが踊る。

フランソワーズは”眼”を使ってぐるり。と、紫微垣の内部を見渡した。脳波通信で連絡があったように、地下の通路を歩く、ジョーと当麻の姿を見つけて、”眼”のスイッチを切った。
















####

ピュンマ、ジェット、そしてフランソワーズは、紫微垣の入り口から移動して、1階カフェテリア入り口で待つことにした。
ゲスト・フランソワーズ・アルヌールと、名前と今日の日付、そしてピュンマの学生IDナンバーの書かれたネームプレートが、フランソワーズの胸元に付けられていた。



「あ・・・・ええ?!マリー・・・・マリーっっ!!」


デネブ寮の地下から紫微垣に繋がる廊下を歩き、階段で1階まで上がってきた当麻は、マリー/フランソワーズの姿を見つけるなり、駆け寄った。



「こんにちは、当麻さん」
「ゲストって、マリーだったの?!・・・ひどいな、島村!教えてくれたらいいのにっ!」


当麻はマリー/フランソワーズの手をとって、握りしめながらジョーへと振り返った。


「・・・・ごめん」


ジェットは、「よっ!」と、片手を上げてジョーを呼んだ。
ピュンマの視線は、当麻が握るフランソワーズの手とジョーを、行ったり来たりする。


「忙しいって言ってたよね?・・・ひどいなあ。こっちに来る予定だったなら、教えてくれたらよかったのに!」
「後見人の代理で、急にこちらに伺うことになったの・・・」
「会えて、嬉しいよ!・・・すごく、嬉しい・・・・・」


当麻は満面の笑みをフランソワーズに贈る。
フランソワーズも微笑むが、視線は当麻の耳元をから、後ろにいるジョーへと注がれた。





視線が、ジョーと合う。





フランソワーズはそっと当麻の手から、自分の手をはずした。
それを合図に、ピュンマがカフェテリアへ向かうことを促した。

ピュンマ、ジェット、そして当麻、フランソワーズと続いてカフェテリアへ入っていく。ジョーは急ぐことなく、4人を追うようにしてカフェテリア内に入っていく。フランソワーズは途中、歩調をゆるめて、隣に歩く当麻から離れて、ジョーと並ぶ。


「・・・ジョー、あの・・・」
「・・・・・なに?」
「さっき・・」
「?」


<さっき、石川斗織が戻ってきたわ・・・。けれど、津田海さんは一緒じゃないみたい・・>
<・・・彼は今、どこにいるかわかる?>
<3階・・・。あれは・・彼の個室?>
<津田は・・寮にいる?>
<ピュンマ、ジェットと同じ寮ね?>
<・・・南西の方角に、津田の部屋は2階>


歩みを止めて、フランソワーズは”眼”のスイッチを入れると、拡大していく映像に集中し始めた。ジョーはそんなフランソワーズのそばに寄り添う。


当麻はいつの間にか自分から離れてジョーと並ぶ、マリー/フランソワーズに振り返った。2人は足を止めて、カフェテリア内の出入り口付近に立っていた。


<・・・誰も、いないわ。2階には・・>
<帰ってきていない、か。あとで、もう1度・・視てくれるかい?>
<ええ・・>


何もない壁を見つめていたかと思うと、フランソワーズはジョーの方へと向き直り、真剣な表情で頷いた。そして、ジョーはまっすぐにフランソワーズを見つめ、優しく・・笑う。


「・・なにを食べる?少し早いけれど・・ね」
「グレートがね、羨ましがっていたわ。ジョー達よりも早く学院にいるのに、まだ1度も食べたことがないって。私、自慢できるわね?」


ふっと、緊張を解いて微笑んだ、フランソワーズ。


「・・・デザートは食べないで欲しいな・・・。みんなであの、ケーキを食べよう」
「あら、せっかく来たのに?両方食べるわ」
「・・・お腹壊すよ?」
「平気!・・・スイーツは別腹って言うんでしょう?」


2人は歩き出した。


「・・・・そんなことばっかり覚えて、どうするの?」
「どうもしないわ」
「・・他に、何か覚えた?」
「急に言われても、・・・あ。絵本!」
「どれ?」
「”白いウサギと黒いウサギ”の、ちゃんと全部読めたの」
「・・・・でも、ほとんど平仮名だったよね?」
「意味もちゃんと、日本語でわかったのよ」
「・・それじゃあ、お祝いしないと、ね。デザート食べる?」
「いいの?」
「お祝いだから、いいんじゃない?」


微笑み合う、2人。そんなジョーとフランソワーズを、当麻はじっと見ていた。
2人が当麻の立ち止まっている場所まで近づくと、会話がぴたり。と、止まる。




ジェットとピュンマは、トレーを手に持ち、遠巻きに3人の様子をうかがっていた。


「ジョーとフランソワーズのヤツ、絶対なんかあったぜっ?」
「なんだよ、急に」
「今までのジョーならよっ、篠原みてえなヤツを目の前にして、あんな感じでフランソワーズとしゃべってねえって!!無言で、フランソワーズのヤツを避けてよ、距離とってたじゃんか?見ねえ、聞ねえ、関わらねえって風にな!そんなジョーの態度と、機嫌の悪さの原因が自分にあるなんて、ちびっとも気づかねぇで、フランソワーズはオロオロとしてよお、結局は、どうしたらいいかわかんなくなって、しょげかえるっつうのが、パターンだったろ?」
「・・・・・ジェット、意外とちゃんと2人のこと見てたんだね・・・。うん。それが基本パターンだと思うよ」
「けどよ、どうだ?ちゃんと張り合ってんじゃんかよっ!!ジョーのヤツ!面白くなるぜっ!」
「張り合ってるう?!・・・普通にフランソワーズと話せるようになっただけ、ジョーが成長したってことだろ?ただ単に!・・・・面白くなる必要なんかないよっ!もう僕の心臓が持たないっ!!」
「んなもん、ちょちょいっとギルモア博士に直してもらえばいいじゃんか!気にすんなよ!大いに楽しもうぜ!!」
「・・・僕、食欲ない・・よ・・・」


ジェットは今日のメイン、と書かれたボードに視線を走らせた。


「お!生徒数が少ねえからよっ、凝ったの出てるじゃん!」
「・・・ぼく、お茶とヨーグルト・・」
「んなもんじゃあ、躯が持たねぇって!食っとけよ!しっかり!ほらよっ!」


ジェットは、ハンバーグを皿にどん!どん!っと乗せた。






「島村は、”フランソワーズ”って呼んでるんだね?」
「・・・ああ。みんな、そう呼ぶから、ね」
「じゃあ・・・ぼくも、そう呼んだ方がいいのかな?」


当麻はフランソワーズにトレーを私ながら、訊ねた。


「どちらでも、当麻さんが呼びやすい方で」


トレーを受け取り、キョロキョロと周りの様子をうかがいながら、ジェットピュンマの姿を見つけて、フランソワーズはおかしそうに笑った。


「・・・フランソワーズ?」
「今日のメインはハンバーグでしょう?きっと、あれ、ジェットがピュンマのハンバーグに、ケチャップをかけたのよ!ピュンマはソース派なのに、ね?」


フランソワーズの視線の先で、ピュンマは自分の皿をジェットに付きだして、怒鳴るように文句を言っている。ピュンマのそんな勢いに、ジェットは焦りながら言い訳をしていた。
その手にはケチャップのソフト・チューブが握られてれている。


「・・・・・たかが、それくらいで」
「意外とうるさいのよ、ピュンマは。ソースでもデミグラスソースがいい。とか、和風ハンバーグはよくてもイタリアンハンバーグは嫌だとか」
「・・・・全部、同じハンバーグだろ?」
「ジョーもジェットと変わらないのね?ジェットはなんでもケチャップだけど、ジョーは・・」
「醤油?」
「・・・と、言うよりも味噌?」
「ああ。そういえば、そうかも・・・でも、ハンバーグにはつけないよ?」
「煮込みハンバーグは好きでしょう?」
「・・・・・嫌いじゃない、けど。それ味噌?」
「違うわ」
「・・・違うね」


当麻は、2人の会話に耳を澄ませて聴いていた。
マリー/フランソワーズが来日する前から交流があったと聞いいる当麻だったが、2人の会話の内容は、ずっと長く一緒に暮らしているような、とても日常に密接した会話だった。
食の好みなど、そんなに細かくお互いに知っているものだろうか?


島村だけではなく、ジェットやピュンマの好みであるけれど・・・。


「マリー、ハンバーグにする?」


ジョーとマリー/フランソワーズの会話が途切れたので、当麻がマリー/フランソワーズに話しかける。


「他は・・・トンカツ?」
「みたいだね、ぼくはハンバーグにするよ」
「・・・・トン?カツ?」
「え?マリー、知らない?」
「フィッシュ&チップの、フィッシュが、豚肉になったみたいなものだ、よ」
「豚肉を揚げたのね?どうして、トン?は豚さんよね?・・・カツは?」


マリー/フランソワーズの質問に、当麻は返答に困り苦笑する。
彼女と一緒にいると、こういう類の質問が多い。


「マリー、”トン”は、”豚”っていう漢字の音読みだけど・・・」
「・・・カツは英語の、”cutlet”が略されてるんだ、よ、語源は多分、”cotelette”」
「フランス語だわ!」
「カツレツってあるから、ね。日本って”名前”を省略したり、アレンジしまくるって、前、だれか言ってなかった?・・それもその1つかも。ポークカツレツより言いやすいだろ?・・・勝手な想像だけど、きっとね。食べてみれば?」
「ソースはケチャップ?」
「・・・お好きなのをどうぞ。トンカツソースって言うのがあるけど?」


メインの料理が置かれたコーナーで、じっと考え込むフランソワーズ。
ハンバーグも食べたいのだろう。と、ジョーは思う。


「マリー?」


当麻はマリー/フランソワーズをのぞき込むようにして見た。
脂っこいものは嫌なのかもしれない、と考えた。


「・・・・フランソワーズ、両方は止めておいたほうがいいよ、さすがに。向こうにも、他に色々あるから。まず、ひとつ取って、大丈夫そうなら、また取りに来たら?」


当麻はジョーの言葉に驚く。


「やっぱり、無理かしら?」


フランソワーズの言葉に、さらに当麻は驚いた。


「・・・・・胃薬なんて、持ってないよ?」
「無理よね・・」
「・・・・・・・自分で考えてみてよ・・大丈夫だと、思う?」
「マリー、ぼくがハンバーグだから、味見したらいいよ・・・。島村の言うとおり、両方は・・・」


何度もジョーは、フランソワーズの”食いしん坊”な行動にブレーキをかけながら、彼女につられて、思いの外多く皿に乗せてしまった料理を手に、ジェット、ピュンマが座る席へと向かった。


円形のテーブルに陣取ったジェットとピュンマ。
2人は先ほどから当麻、ジョー、フランソワーズの様子を窺っている。フランソワーズほどではなくても、人よりも”優れた器官”を持つ彼らにとって、自分たちの座るテーブルから離れた、彼らの会話は少しばかりの手中力があれば、簡単に聞くことができる。


ジョーとフランソワーズの会話は、ギルモア邸の中でも、周りにメンバーがいない(と、本人達は思っている。)ときに交わされる会話の”のり”そのもの。と言ってよかった。












「フランソワーズ、お前に甘えてねえか?」
「・・・・・・気のせいだ、よ」


当麻とフランソワーズよりも早く席に着いたジョーに、ジェットは早口で声をかけた。


「あれが普通なんだよ、フランソワーズの!」
「・・・・・疲れた・・」
「え?どうしたの?」
「・・・・・・・・ビュッフェ式の店に、フランソワーズを連れて行くのは危険だ。と、全員に報告しないと」
「あはははははっ!ジョー、それって!!」


心底疲れた。というジョーの表情が、おもしろい。


「・・・・・胃は1つだぜ?・・いくら”人よりも頑丈”でも限度があるだろ?なんで、食べきれないとわかる量を取りたがるんだ?」
「喰えねえって、ジョーが勝手に決めつけてんじゃねえの?」
「・・・・・ジェット、あれを見てからもう1回、同じセリフ言ってみろ、よ」


ジョーは呆れたように、フランソワーズの方を顎で指した。

少ししてから、当麻とフランソワーズが席に着く。
彼女のトレーの上に載せられた量に、あんぐり。と、ジェットは口を開けたまま固まった。
「お前はラガーマンか!」っと突っ込みを入れたい衝動が彼の胸を突き上げてくる。


「言ってみろ、よ。ジェット・・・」


低くジョーは呟いた。


「・・・・・いや、く、喰えるんじゃね・・・え・・か?・・・もしかした、ら」
「・・・・・・・これでも、止めたんだ・・途中で諦めたけど」
「ジョー、諦めちゃ駄目だよ・・・・その結果がこれ?」
「ピュンマ、胃薬持ってる?」
「・・・持ってない」


上機嫌で戻ってきたフランソワーズと一緒に席についた当麻は、困惑の色を端正な顔に刻みつけている。


「お待たせして、ごめんなさい」
「・・・・・フランソワーズ、大丈夫?・・・それ、食べられるの?」


ピュンマが遠慮がちに隣に座ったフランソワーズに声をかけた。


「も、お腹ぺこぺこなの。そういえば私、昨日の夕食から今まで何も食べてなかったのを思い出しちゃって・・・」
「よっしゃ!喰え!フランソワーズっ好きなだけ喰ってけ!ここのクッキーはうめえぞ!」
「あら、そうなの?」
「「ジェット・・・・」」


ピュンマとジョーはよけいなことを言うな!と、ばかりに非難の視線をジェットに向けた。

















####

早い時間に訪れたカフェテリア内は、週末と言うこともあり、かれら以外の生徒は、1,2組ほどで、席も離れていた。


和やか(?)な雰囲気で5人の夕食が始まる。
そんな中、フランソワーズがときおり”眼”のスイッチをいれていることに、ジョーは気づいていた。



自然な動作。

会話に頷きながら、水を飲む動きに、微笑んだ視線を次ぎに口を開いた者へと移す途中に。
”眼”のスイッチを入れると当時に、フランソワーズが”耳”を使っていることも知る。

彼女の癖を知っているから。
”耳”のスイッチを入れたとき、彼女は髪を左耳にかけるような仕草をする。




日常生活の動きにちりばめられた、”偵察”の仕草。
慣れているからこそ、それが自然であればあるほど、ジョーはフランソワーズを見ることが辛くなってくる。テーブルの上で交わされる会話の半分もジョーの耳には届いていなかった。


テーブルについていから、始終無言で過ごすジョーの様子が気になるのは、当麻。
さきほどまで、マリー/フランソワーズと交わしていた、ジョーが初めて当麻に見せた意外な一面に、それは”マリー/フランソワーズ”にたいしてのみの、特別なものでは?と、感じて、顔では笑っていたものの、胸奥にちらつく嫉妬に近い焦りが当麻を混乱させていた。

ジョーとマリー/フランソワーズの会話には2人の、2人だけが育んできたような”関係”が見えた。会話のテンポ、内容、やり取りの全てが、雰囲気が、当麻は気に入らなかった。



当麻から見た、マリー/フランソワーズとジェットは、”幼なじみ”のような、気心しれた親友。というように見える。彼らはポンポンと言いたいことを言い合う。兄らしく振る舞い、彼女を包み込むような優しさで接するピュンマに、背伸びをする妹のような態度のマリー/フランソワーズ。

自分はまだ、彼女と出会って、1週間にも満たない関係であることを思い知らされた。



何も、知らない。





マリー/フランソワーズのことを、何も知らなさすぎて、腹立たしい。
その上に、ジョーがさきほどまでマリー/フランソワーズに接していた態度。加えて、今は無言で、「生きるために必要だから」と、ばかりに、夕食を口に運ぶジョーの様子が、マリー/フランソワーズにたいしての、ある種の余裕を見せつけられているようで、当麻のこころが乱されていく。

何も話さないジョーにたいして、慣れているのか、ジェット、ピュンマ、フランソワーズは、気にしていない。ジョーに会話をふることもなく、その場にいるだけの彼。が、当たり前のようにみえた。




彼らのそんな関係が、強い連帯感のようなものが、当麻に淋しさを植え付ていく。そのせいか、当麻がいつもの当麻らしくない振る舞いを見せ始めた。

ピュンマは心配そうに、当麻とマリー/フランソワーズの会話を聴く。ジェットは始終おもしろそうな笑みを口元に浮かべ、隣に座るジョーの二の腕をつつく。


「マリー、の方が呼びやすいんだけどね。でも、フランソワーズの方をみんなが呼ぶなら、ぼくもそうしようかな?」
「当麻さんが、呼びやすいように呼んで下さったらいいわ」
「どっちがいい?」
「え?」
「ぼくに、どっちで呼んでもらいたい?」
「・・あ・・・・え・・・どちら、でも・・」
「選んでくれるかな?」
「・・・私、が?」
「そう、マリーが、あ。それともフランソワーズ?」


そんな会話が始まり、そしてそれは、今週末に誘った”東都タワー”の話題へと移っていった。


「今週が駄目なら、来週でもいいんだけど?」
「来週のことは、まだ・・・わからないの、その。こういう風に急に頼まれたりもする、し・・」
「インターンって週末はないんでしょう?少しは息抜きしないとさ!」
「その、お世話になっているお家のことも、色々あるから・・・」
「マリーはハウスキーパーをしに日本に居るわけじゃないんだから、別にいいんじゃないのかな?」
「・・・でも、本当に忙しいの」
「1日も暇がないの?・・別に”東都タワー”でなくても、お茶くらいも駄目なのかな?」
「お世話になっている邸が、少し遠いから・・・」
「ぼくがその家の近くまで行くよ?」
「・・・・当麻さんも、お勉強がお忙しいのでしょう?」
「マリーに会う時間を作るのに、邪魔になるようなことはないよ。マリーと会うためなら別に、学校の課題の1つや2つ、平気だよ」
「そんな・・・。そんな風に言わないで。当麻さんはシニアなんでしょう?とても大切な時期なのに」
「勉強は一生のもの。でも、マリーとの時間は、・・・・・・今なんだと思うんだ」



甘えるような声色を含めて話しかけながら、当麻は自分の隣に座るフランソワーズの横顔をのぞき込んだ。
フランソワーズは、ピュンマに助けを求めるような視線を投げかける。ピュンマはその度に助け船を出そうとするが、絶妙なタイミングでジェットが脳波通信でピュンマに話しかけるために、当麻とフランソワーズの会話に入るタイミングを逃し続けていた。


<いい加減にしてよっジェット!フランソワーズが困っているだろっ>
<ば~かっ!だから余計なことすんじゃねえっつうんだよっ。いっつもお前に助けられてばっかりじゃ、意味ねえだろ?自分のことは、自分でケリつけさせろっ。甘やかすんじゃねえ、ジョーが何もしねぇのが悪いんだからよっ>


ジェットは横目でジョーを見る。
俯き加減の彼は、表情を長い前髪に隠しているため、彼がいったい今、どういう気持ちで当麻とフランソワーズの会話を聴いているのか、読むことはできない。


ジェットはジョーの足を、力任せに踏みつけた。


「っ・・・・なんだよ?」


突然、足を踏まれて反射的にジェットに向かって顔をあげる、ジョー。
その表情に、瞳の色に、ジェットは驚いた。と、同時に苦いものを噛みしめたような表情で舌打ちをついて、ジョーの腕を取り、立ち上がった。

当麻、フランソワーズ、ピュンマは、突然ジョーの腕を乱暴に掴んで立ち上がったジェットに驚く。


「食事中に悪ぃいなっ!ちょい席を外すぜっっ。思い出した用があんだよっ、すぐ戻るから気にしねぇでくれ!」
「はっ・・」


ジョーはジェットに捕まれた腕を振り解こうとしたが、ぐっと、捕まれたジェットの手の力の強さに、逆らうことができなかった。


「ジョー、つきあえって、悪いようにはしねえからよ!」






















####

ジェットに腕を引っ張られる形で、地下へと連れられていく。
地下にある遊戯室のひとつの部屋をのぞき、誰もいないことがわかると、ジョーを力いっぱい床へと投げた。

投げられるままに、床に倒れ込んだジョーは、すぐに体制を整えたが、立ち上がらない。
ジェットは、床に膝をついてジョーの胸ぐらを掴みあげた。


「バカか?」
「・・・・・ジェットに」
「オレに言われたくないってか?じゃあっそんなツラしてねぇでっ!とっととなんとかしやがれよっ!中途半端なんだよってめえはっ!!」
「・・・・」
「言ったよな?フランソワーズが幸せでいることが、お前自身の望みだってよ?」
「・・・・・・・ああ」
「お前自身がアイツを幸せにできねえって言ったよな?資格がねえって、アイツを不幸にさせるだけだっつってよっ!!じゃあ、なんでフランソワーズのメンテナンスに参加したっ!2人きりで長電話したりしてっ、なんでケーキをリクエストしたりするんだよっ、嬉しそうにしゃべって、優しく笑いかけてっ、フランソワーズにむかって好き好き光線出しまくりじゃねえかっ!!」
「・・・・」


まっすぐに睨み付けるように見ていたジェットの瞳から、ジョーは視線を逸らし、唇を噛んだ。


「その上、赤ん坊だって、サルだって気が付くような嫉妬してんじゃねえよっ。俺以外の男と話すな、親しくするなって、訴えるような泣きズラしやがって、お前はいったい何がしたいんだよっ!!アイツの幸せを望む。とか言っておいてっっ、結局、中途半端な態度のままのお前が一番アイツを不幸にしてるっつうのがわかんねえのかよっ!!邪魔してんじゃねえよっ。フランソワーズの幸せはっフランソワーズが決めるんだっ、てめえじゃねえっ、009でもねえっ。アイツ自身なんだっ。自分の気持ちをカッコつけた言葉で誤魔化してんじゃねっ!!逃げてるだけじゃんかっ。お前はっ逃げてんだよっ。現実からっ!フランソワーズは、フランソワーズだっ!そしてアイツはサイボーグに改造された003なんだよっ!003であることが、フランソワーズなんだよっ。フランソワーズでいることがっ、003でいることだっつうのがわかんんねえのかよっイマサラっ!」
「・・・・ジェット・・・・」


ジョーの胸ぐらを掴むジェットの手が、さらに強くなった。


「オレが命をかけて、宙(そら)から連れ帰った男は・・・・、誰だよ、ここにいるお前だっつうのかよ?・・・・情けねえっ」


ジェットはジョーから手を離し、顔を背けた。
ジョーは床に、胡座をかくように座る。


「嫉妬、してたように、見えたんだ・・・。はっきり言って、おもしろくないよ、篠原がフランソワーズに話しかけるのも、誘うのも、全部・・・。だけど、それ以上に・・・・」
「・・・んだよ、それ以上に」


ジョーの声は、弱々しく、吐き出した自分の言葉に興奮冷めないままのジェットだったが、高ぶった感情を抑え込むようにして、ぶっきらぼうにジョーの言葉を促した。


「気づいてた、か?」
「なにに、だよ?」
「フランソワーズが、”眼”を、”耳”を使っていたの」
「・・・・・・なんとなくは、やっぱり使ってたのかよ?・・・お前、わかってたのか?」
「見てれば、わかる。フランソワーズには、俺の加速装置みたいに”スイッチ”がない、からね。自然に、フランソワーズの中で、ある動作をすることで、スイッチの代わり、みたいな”切り替え”をしているみたいなんだ。それが癖になってるし。だから、すぐに気がつく」
「だから、それがなんだよっ」
「・・・・・指示してない。確かに、俺はカフェテリアに入る前、フランソワーズが石川がここへ戻ってきたと言ったから、彼女に石川斗織の所在地を確かめてもらった。津田が寮に戻っているかどうか、も。それだけだ・・・。でも、フランソワーズは、ずっと・・・」
「石川の動きを、追っていたのか?」


ジョーは頷いた。


「通信で、今は、いいと。言った・・・。彼女は、”わかった”と、いいながら・・」
「やめなかったんだな?」
「そう、だ・・・・」



篠原当麻と一緒にいようと、他の男と一緒にいようと、それが誰であっても、フランソワーズは003として動くだろう。

トレーに乗せた皿に、美味しそうな料理をたくさん選んで乗せても、大好きな甘い御菓子を並べても、それに夢中になることなく、彼女の”眼”は”耳”は、冷静にターゲットを追う。












”普通”の女の子が、することだろうか?
”普通”の女の子が、できることだろうか?










戦いのない日常生活に身を置いても、戦いに染まった躯は、そのままなんだろうか?
平和な世界に送り出すことが出来ても、彼女の躯は一生、戦いの名残りを残したままなんだろうか?


一生、彼女の躯から戦いは消えない?



それが




哀しくて、悲しくて、寂しくて、淋しくて、口惜しくて、悔しくて、そして、愛おしくて。












抱きしめたい衝動を抑えるのに、耐えた。




強く、強く、強く、



この腕が持つ力をすべて、で。





強く、強く、強く、そして、強く、



抱きしめたかった。








視なくていい。と叫びたかった。
聴かなくていい。と、怒鳴りたかった。

















気が付かなければよかった。





女の子。と言う印象が強い、フランソワーズ。


護るべき、想いをよせる女の子が。
手に入れたいと、欲望の熱を与える、女であったことなんて。







永遠に変わることのない、幼さを残した印象のあるフランソワーズの顔立ちにも関わらず、”女”であることを、みせられた。







女である、フランソワーズに、気づきたくなかった。



高まる熱を、抑えるのが苦しくなるだけだから。
その全てを奪いたくなる、だけだから。


めちゃくちゃに、したい。と、芯に眠る男の俺が吠える。




















触れない。と、誓ったから。
ただ、苦しみが増すだけ。







中途半端?

サイボーグである、自分の存在そのものが、中途半端じゃないか。
人間でもない、機械でもない。

好きな女性を、戦いの世界しか連れて行けない。














フランソワーズ、俺はキミが、好きだ、よ。










「・・・好きだから、中途半端・・・・なんだぜ?ジェット」
「・・・・・・どういう、意味だよ?」



ジェットはまっすぐにアンバー・カラーの瞳を見据えた。


「矛盾した現実と、俺が望む理想の中で、一番バランスが取れた選択だったんだ・・・・。俺は、フランソワーズが好きだ、よ。だから、何もしない。何もすることができないんだ・・・・。003として生きる時間の方を優先させてしまう、から」
「フランソワーズを優先させるよう努力すりゃいいじゃんかっ」
「・・・・・俺といると、フランソワーズが003でいることを優先させる。彼女自身が、003でいようとするんだ。俺の存在が・・・フランソワーズであることを奪う」


ジョーは、微笑んだ。
ジェットは、痺れた鼻奥を息を止めて、耐えた。



泣きたくなったが、耐えた。



「ジェット、俺は本当に、フランソワーズが好きなんだ、よ」










やっと聞くことができた、ジョーの本心に。
嬉しさと哀しさが半分、半分。





「・・・・ああ、オレもフランソワーズが好きだ。そして、同じくらいおめえもよ、だから探していこうぜ、オレたちは家族だろ?誰1人、不幸にさせるもんかっ。オレが許さねえっ・・・・。絶対に、みつけてやるっ、このオレが。おめえも、フランソワーズも両方120%幸せになるっつう道をな!」
「・・・・・j・」
「オレは、奇跡を起こした男だぜ?・・・・宙(そら)からお前を連れかえってきたんだ。朝飯まえだぜ!」


ジェットは、ジョーの髪をぐしゃぐしゃにかきまわした。
その手が、自分をもう1度、フランソワーズに逢わせてくれたことを、思い出した。














=====58へと続く





・ちょっと呟く・

事件を忘れないでください(笑)















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Day by Day・58
(58)







座っていた主を失った2脚のイス。
唐突に、ジェットはジョーの腕を掴んで立ち上がり、カフェテリアから出て行った。
ピュンマはすぐに脳波通信で、ジェットに「何かあったの?」と、訊ねたが、彼からは何も返事が返ってこないままであった。


カフェテリア内に残された、ピュンマ、フランソワーズ、そして当麻は、そのまま夕食をすすめて、フランソワーズがトレーに乗せた料理の2/3以上を食べきったころ、ピュンマと当麻は食後の珈琲をテーブルに置いていた。

ジェットとジョーが席を離れてから、フランソワーズは迷ったけれども、”眼”のスイッチを入れて、2人を探し、その姿を地下の1室で見つけた。
こぼれ落ちそうにおおきな瞳を、不安そうに瞬かせて、少しばかり切なげに寄せた眉根が、よりいっそう、フランソワーズの美しさを強調させる。


<心配しなくても、大丈夫だよ!ジョーと一緒だしね>
<ピュンマ、2人は地下にいるわ・・・、何か・・話し込んでるみたい>
<聴いたりしたら駄目だよ?・・・あとできっと報告してくれるだろうし、ね?>
<わかっているわ、ピュンマ。でも・・・突然、どうしたのかしら?それに、ジェットが怒っているみたい、ジョーに・・>
<2人は大丈夫だよ、だから、視なくていいよ。それより・・・ほら、ぼーっとしない!>


「マリー?・・・・気分でも悪い?」


ピュンマの脳波通信の声と、当麻の声がかぶった。
黙り込んでテーブルの一点を見つめているマリー/フランソワーズをのぞき込んだ、当麻。思いの外当麻の顔が近く、フランソワーズは背をそらせるような感じで、躯を使ってその視線から逃れた。


「え、・・・・あ、大丈夫よ。私も珈琲をいただいてくるわ」
「それじゃあ、ぼくが行くから、待っていて」


立ち上がろうとしたマリー/フランソワーズを制して、当麻が立ち上がり、ドリンク・コーナーへと歩き出した当麻の背を見ながら、ピュンマは呟いた。


「彼がいると、やりにくいね・・・。007からの報告によると・・もしかしたら、なんだよね?」


ピュンマには津田海の”足”のことを省いて、報告を済ませていた。



「ええ・・・。まだ007が姿を現さないということは、結果が出てないってことでしょうね。あくまでも、2人がホテルで話していた会話から。だったから、ただの恋人同士、かもしれないのだけれど・・・・・」
「彼と石川先生が並んで立つ姿を見たことがないから、難しいなあ・・。想像できないよ」
「・・・・なんとなく、当麻さんの日本人離れした容姿は」
「父親譲り、って見えるけどね」
「そうね・・・。でも、ジョー・・・は、ある程度予想していたみたいな、感じだったわ」


ピュンマはミルクを入れた珈琲を一口飲んだ。


「まったく、ジョーには驚かされるよ!ほんと、・・・僕たちの中で、補助脳を120%使いこなしてるのは、009だね。時々なんだけど、もしかしてジョーは、イワンと同じような力があるんじゃないかって思うよ、そう思わない?」
「そうかしら・・・。だったら、もう少しちゃんとネクタイを締めることができてよ?」


フランソワーズは微笑みながら、愛らしく首を傾げてみせた。。


「器用な方だと思ってたんだけどね、ジョーって」
「どうしてみてあげないの?ピュンマは気にならないのかしら?」
「気になったよ!!勿論っ!でも嫌がるんだよ、直してあげるって言ったのに、こんなの誰も見てないから、適当でいいって!」
「ジェットよりも、ヒドイなんて・・・」
「・・・・絶対自己流だと思うっと、噂をすれば、ほらっ。戻ってきた」


ピュンマはカフェテリア入り口に向かって指を指した。









ドリンクコーナーで、フランソワーズの分と、自分の2杯目の珈琲を淹れてトレーに乗せたところで、カフェテリア内に入ってくる人影に気が付いた当麻は、それがジェットとジョーだと気が付いた。


ジェットが、ジョーの肩を力強く叩いた。
長身のジェットを見上げるようにして、ジョーは笑い、そして何ごとかを呟いた。
当麻の立つ位置から、ジョーが何を言ったのかは聞こえないが、その言葉に、ジェットの瞳は大きく見開いて、・・・・・そして、その言葉に応えるように、ジョーの背中を勢いよく、カフェテリア内に響くほどに強く、叩いた。

ジョーの躯がその強さに、前へと傾く。


「オレの分の珈琲、頼むぜ!」
「・・・俺が?」
「おうよ!ったりめぇだろっ。ミッションとは関係ねえ労働させやがったんだ、これくらいっ!」
「ブラックと、・・・・・・チョコレートチップ・クッキーも?」
「わかってんじゃん!」
「・・・・・その代わり、ケーキ食うな、よ」
「ああ?!食うぜっ、決まってんじゃん」
「やだ」
「はあ?!」
「・・・・・・・・やっぱり、もったいないから、食べさせない、よ」
「だあああああっっ!なんでそこだけ素直になりやがんだよっ!ネクタイも満足に締められねぇやつがよっ!」


ジョーの背後からジェットは腕を伸ばし、その腕をジョーの首に巻きつけて、軽く首を絞めた。


「っっ離せっトリ頭!」
「てめえよりマシだっ!このっろくに告白もできねぇネンネのくせによっ!生意気なんだよっ」


カフェテリアの入り口で、取っ組み合いを始めたジェットとジョーに驚く当麻。しかし、彼らが真剣にケンカしているのではないこは、その表情からすぐにわかる。


離れたテーブルから、立ち上がったピュンマが叫んだ。


「な~~~~~~にやってんのさ!2人ともっっ!!じゃれてないでこっち来いよっ!まだ食事の途中だろっ!!」


フランソワーズが、ピュンマの声に合わせるかのように、2人に向かって手を振った。
ジョーから腕を離し、ジェットはフランソワーズに向かって応えるように手を振り、2人の座るテーブルへと向かう。
ジョーはフランソワーズの方へ視線を向けただけ。
当麻は、ジョーの視線を追って、その先にいるフランソワーズを見る。






形良い唇が、色よく輝き、微笑みをかたどる。
小鳥のように愛らしく、傾けた方向に投げかける、ロイヤル・ブルーの光あふれる瞳は、ゆるやかに彼を映していた。


彼を。




自分ではない、彼を。









刹那に絡められた視線は、甘く煌めいたように、当麻には見えた。









ジョーは、呆然とフランソワーズを見つめる当麻の近くに立ち、珈琲が入ったシルバーのポットから、ジェットと自分の分の珈琲を注いだ。


「これも、そのトレーに乗せてもらえる?」


声をかけられて正気に戻った当麻は、慌てて視線をドリンク・コーナーのテーブルに置いた、トレーに戻した。


「あ、・・・・・ああ・・。もちろん」


ジョーは当麻の前に置かれていたトレーに、珈琲を注いだ2つのカップを乗せる。そして、デザート・コーナーへと歩き出した。

そのジョーの背に向かって当麻は言葉をかける。


「で、デザート?」
「ジェットが、ね」


大きめに焼かれた柔らかいクッキーは、ジェットのお気に入りである。どうやらジェットは、かたく焼かれたクッキーはあまり好きではないらしい。ジョーにとっては、柔らかすぎて、それをクッキーと呼ぶのはどうか?と、疑問に思うのであるが、それ以前に甘すぎて、試しに食べた破片ですでに、胸焼けがしそうになったため、以来、口にしていない。

まとめて置かれているデザート皿から、2枚皿をとり、1枚ずつクッキーを乗せて、その2枚の皿もトレーに乗せた。


「リンクの分だけ、じゃあ・・・」
「・・・フランソワーズ、の分の珈琲だろ?それ」
「・・・・・・うん」
「砂糖も、ミルクも頼まなかったんだろ?」
「・・・・・・そうだけど・・?」
「もしかして、ほとんど食べた、あの量を?」
「2/3以上は」


当麻の言葉に、ジョーは苦笑する。


「・・・・・じゃ、きっとまだ、喰うな・・」
「えっ・・それはないって!」
「・・・・・・・このクッキー、フランソワーズに渡して。そしたらわかる」
「島村っ!無茶だよっこれ以上はっ」
「・・・・・・・・・・いいから。たぶん、大丈夫だ、よ」


ジョーに背を押されて、当麻ははテーブルへと歩き出した。
その後ろをジョーが歩く。




















本当に、大丈夫だった。








テーブルにつき、トレーを置く。
フランソワーズは自分が食べ終わった食器類を片付けるために、席を立っていた。


「ジョー・・フランソワーズのやつよお・・」
「・・・・篠原から聴いた」
「アイツ、の胃・・・って・・・・・」
「・・・もしかしたら、まだ食べられるのかもしれない、よ?」
「ねえ、”大食い女子高生”で有名な子たいよね?・・・あの子とフランソワーズってどっちが凄いのかなあ?」
「フランソワーズだっつうの!」
「フランソワーズだと、・・・・・・・思う」


ピュンマの質問に、ジェットとジョーの声が重なった。
ジョーは席にはつかず、自分とジェットの分の食器をひとつにまとめて、指定の場所へと片付けるために、再び席を離れた。


ジョーと入れ違いに、フランソワーズがテーブルに着く。
ジェットがトレーから、先にチョコレート・チップ・クッキーを乗せた皿の方を取ったために、当麻は淹れてきた珈琲と一緒に、残った方の、ソフト・クッキー(ホワイトチョコレートとマカデミアンナッツ入り)を乗せた皿を、置いた。


「ありがとう、当麻さん」
「いいえ、・・・あの・・・」
「美味しそう・・・。ジェットが好きなはずだわ。これ、ソフト・クッキーね?日本はソフト・タイプってあまり売ってないもの・・・。私の分もとってきて下さったのね?ありがとう、当麻さん」
「・・・・・・t」
「だろっ!クッキーっつうのは、これくらいじゃねえとよっ!今度作れよなっ」
「そうね。・・・今度、作ってみるわ」


フランソワーズは一口サイズに、クッキーを割り、それを形良い唇の中へと運ぶ。
嬉しそうに満面の笑みがこぼれて、それを見ていたピュンマも、ジェットも満足そうに笑った。


「美味しい!・・・ふふ、ホワイト・チョコレートが一番ね」
「っだよ、邪道だぜ?んな、ホワイトチョコレートなんてよ!王道はこっちのチョコレート・チップだろ!」
「邪道でもいいでしょう、私が好きなんだもの!」
「・・・」
「へえ、フランソワーズはホワイトチョコレートが好きなの?」
「チョコレートはなんでも好きだけど、特に好きなのはホワイトチョコレートなの。どうしてかは訊かないでね?・・・・なんとなく自分用はホワイトチョコレートになってしまうの、でも、それはごく最近になってから」
「・・・・・・そr」


ーーーそれをとってきたのは、ぼくじゃなくて・・・









甘いクッキーに、気分が高揚するのか、花が咲くように明るい笑顔で話すフランソワーズ。
ジョーがテーブルへと戻ってくると、わざとらしい溜息をつきながら、呆れたようにフランソワーズにむかって話しかけた。


「・・・・・まだ、食べられるんだ、ね・・」
「失礼ね。言ったわ、私」
「「スイーツは別腹(なの)」」


ジョーがふっと口元で笑った。
フランソワーズは、重なってしまったセリフに、ムッとする。
大きく息を吸いこんで、言葉を続けた。


「「甘いものがないと、ブラック珈琲なんて苦くて飲めない(わ)」」


こぼれ落ちそうな大きな瞳をさらに大きく驚きに見開いて、フランソワーズのセリフをぴったり。と、当ててみせた、ジョーを見つめた。
レースのように縁取られた長い睫が、瞬く目蓋を追いかける。

そして、フランソワーズは、ぷうっと頬を膨らませてから、ジョーを睨んだ。


「「も、ひどい(わ)!」」


くくくっと喉奥で嗤いをかみ殺しながら、ジョーはテーブルの上に置かれたトレーにある、自分の分の珈琲をとって、飲んだ。


飲み慣れた、ブラック珈琲を初めて甘く感じた。



<・・・・生きててよかったよ、僕・・>
<はあ?!>
<・・ジェット、僕・・・・幸せだよ・・ジョーが、ジョーがっっ!!>
<ったく、これくらいで感動してんじゃねえよっ!>
<・・・でもっ・・いったい何したのさっ、ジェット・・・ジョーに魔法でもかけたの?!>
<魔法かあ・・・魔法っていやあ。魔法かもなあ?・・・・>


















「ジェット、俺は本当に、フランソワーズが好きなんだ、よ・・・」


















フランソワーズは、ジョーにむかって何かを言おうと、口を開けるが、またセリフを読まれるのではないか。と、言葉を選ぶ。
その間、口がばくばくと、空気を食べる仕草が可愛い。

当麻は黙ってジョーとフランソワーズのやり取りを見ている。
ジョーは美味しそうに珈琲を飲みながら、フランソワーズの様子を窺ってた。



<ジョーになにしたのさ!?>
<・・・・ん?・・・・ん~~~~~、気持ちって言うのはよお、認めるっつうか、口に出して初めて気が付くっつうか、始まるんじゃねえのか?>
<?>
<アイツがため込んでいたもんを、オレがちっとばかし、引き受けてやったんだよ、簡単なこった。アイツは009としては優秀で、リーダーとしても最高にできたヤツで、オレができねえことを99%やってのけるけどよっ、でも、オレにできて、ジョーにできねえことが1%あるんだぜ?>
<それはなんなの?>
<オレは、バカで脳天気、考えることが苦手でよ、人の気持ちを読んで行動するっつう、器用なまねできねえし、相手や周りのことなんてかまってられんえくらいに、自分のことで手一杯でよ、単純だし>
<へえ、ちゃんと自分を知ってるじゃん!偉いよ、ジェット!>
<ウルセ!・・・・・・・・・ま、00メンバー特攻隊長のオレを見習えってことだ!>
<ええ?!そんなの答えになってないよっ!>
<これが答えなんだよっ!>














” ’何もしない。何もすることができない’なんて嘘だろっ!たった1つっ、てめえができることがあるじゃんかっ?アイツを絶対に泣かせないことだ!ずっと笑わせてやることっ、いいか。ずっとだ。ずっと、永遠に、フランソワーズのそばにいるときはずっと、ず~~~~~~~~~~~~っと、だぜっ!それが、ミッション中でも、戦場でも、どこでもだっ。メンテナンス中でも、アイツが微笑んでいるくらい、だぜ?いいか、ジョー。それだけ、だ。アイツが何を”視て”も”聴いて”もすぐに忘れて、微笑みを取り戻せるくらいにしてやれよっ!フランソワーズが他の男のモンになってもっ本当に好きなら、好きな女の笑顔を永遠に護れっ。この1つだけ、やりとおせっ!オレに誓えよっ”





フランソワーズの笑顔を、永遠に・・・・・護ること。












彼女が幸せある、証。















”・・・ああ、誓う、よ。絶対に・・・護る”
















それで、十分なんだぜ?





フランソワーズを最高の微笑みは、お前と一緒にいるときにしか見られないんだからよ!
ジョー、お前はそのために、ずっとアイツのそばに居続けなきゃならねぇんだ。



ったく、こんなにシンプルじゃねえかよっ!




不幸になるわけねぇじゃんかよっ
120%お前らは、幸せなんだぜ!一緒にいるだけでっ!



だからよっ、オレが絶対に、お前らをまとめてやるからよっ!
このジェット様がだっ!




探していこうぜ!
お前らが好きだと言い合えるえる日を!



















次の言葉を一生懸命に考えるが、ジョーの余裕の態度が、次ぎの言葉も言い当てられそうだったので、フランソワーズは話すことを諦めて、もう話しません!っと言う意思を込めて大きな口を開け、ジョーが選んだクッキーとは知らないままに、それを口へと放り込む。




大好きな、ホワイトチョコレート入りのマカデミアン・ナッツ・クッキーを、花が明るく咲くように微笑んで、食べた。
















####

ーーーいやあ、こりゃ・・青春だね~・・・

雨を避けるように、紫微垣に入り込んだ1匹の赤い天道虫が、ふぅぅぅぅんっと、地下で偶然見つけた2人の仲間に話しかけようとしたが、話しかけ憎い雰囲気だったために、声をかけそびれてしまい、今、カフェテリア内の、5人グループのテーブル下で、4本ある腕を器用に組み、小さな躯を潰されないように、テーブル裏の蝶番部分に隠すように身を潜めていた。天道虫の脳波通信の回線をオープンにしているため、ここにいる00メンバーの通信も会話もすべて、天道虫に筒抜けであった。



ーーーま、そろそろいっかな?






<よ!お楽しみのトコロ申し訳ないが、学生諸君!>
<007!>
<よお、来てたのかよ!?>
<・・・・結果が出たのか?>
<ここで、聴くの?・・・当麻さんが・・>
<002、予定通り、フランソワーズと帰ってくれ>
<了解っ!雨ってのが最悪だな・・・>
<上のcoopがまだ、開いてるよね?フランソワーズの着替えとか適当に用意しておくよ、さすがに傘を差しながら飛ぶのは無理だもんね?>
<・・・007、003はここに残ってもらう、ギルモア邸に伝えて欲しい>
<それはいいが・・・何かあったのか?!>
<詳しくは、002、008の部屋で。ここを出よう>








時間なので、そろそろ帰る。と言う言葉を聞きながら、結局、当麻は来週の約束を取り付けることができないまま、フランソワーズとジェットを見送ることになった。



ただただ、好きと言う気持ちに、逆上せていた。
いつの間にかそれが、生々しく痛み始めた。

今まで、何人かの女の子に交際を申し込まれ、そのうちの何人かと、それ相応の付き合いを経験した。
それは、いつも突然向こうからやってくる。


自分からは、初めてだった。


付き合っている間は、もちろんそれなりに好きで、それなりの情をもって接していた。
けれど、何か冷めていた。






こんな風に感じるのは、初めてだった。
そして、こんな感情を持つのも、初めてだ。








結局、彼女はマリーと呼んで欲しいのか、フランソワーズと呼ばれたいのか、選んではくれなかった。
来週末のことも、約束することはできなかった。



リンクとは、”幼なじみ”のような、気心しれた親友のように、ポンポンと言いたいことを言い合う。

ギルモアとは、彼女を包み込むような優しさで接し、それは兄のようで、彼女も背伸びをする妹のような態度で甘えていた。

島村とは、・・・・・・・・・島村とは、・・なんて言えばいいのか、わからない。






部屋に当麻は1人で戻った。
ジョーはピュンマの買い物に付き合うといい、ジェットとフランソワーズを見送ることもしなかった。


同じ邸に戻るから。
同じ邸に住んでいるから。




何の努力もいらない。
彼女に会うために、努力をする必要がないんだ。









狡い。

















####

ジェットとフランソワーズは1度学院の正門を出たあと、すぐに裏門の方へと回り込み、ひと目をさけるようにして、ジェットは空からフランソワーズを連れて学院へと戻った。脳波通信でアルタイル寮の屋上に降り立つことを伝えた。



「雨が小降りになっていて良かったよ。でも、風邪引くといけないから、フランソワーズ、そっちがバスルーム。これに着替えて。中等部もあるから、サイズも問題ないと思うんだけどさ、流石に”男子校だからね・・・。可愛い色とか、デザインがないんだよ、ごめんね」


ピュンマから受け取ったのは、スポーツ・メーカーのロゴが大きく入った白地のTシャツに、同じメーカーの黒のスウェット・パンツ。

タオルでわしゃわしゃと髪を拭きながら、ジェットは横目でちらり。と、ピュンマがフランソワーズに渡した服を見て、溜息をついた。


フランソワーズがジェットとピュンマの部屋にあるユニットバスへと消えると、ジェットは、がしっっとピュンマの肩を掴んだ。


「ったく!気が利かねぇなっ。なんで”下”も買ってくんだよっ!」
「え?」
「男のロマンだろっ!だぶだぶのYシャツに下なし!とかっ」
「はあっ?!」
「学生coopなんて閉まってたっつってジョーのTシャツを着せるとかよっ!もちらんズボンなし!」
「ええっ・・・・。いや、ジョーのって言うのは別にかまわないけど、なんでズボンなし?!フランソワーズが可哀相だろ!」
「わかってねぇなっ!男物を女が着るとだなあ、こう、短いけども良い感じで、太腿あたりまで隠れて・・・そんでっっs痛てええええええええええええっ」


ピュンマのデスクの上に置いてあった分厚い辞書の角で、グレートはジェットの頭を殴った。


「っだよっ、グレートっ!!」


突然の頭部への衝撃に、床に蹲るジェット。


「吾輩の麗しき姫に、お前のような男の前でそんな格好をさせるなど許すかっ!ちったあ、ピュンマやジョーを見習え、ジェット・・・まったく、お前の頭ん中はどうなってんだあ?」
「頭ん中を知りたきゃ、博士に聴きやがれ!」
「博士だって知りたがってるよ。補助脳ならまだしも、脳は”生身”だもん!博士よりもイワンに訊いた方が良いと思うよ、グレート」
「だなあ、そりゃもっともな意見だ」
「イワン、見るの嫌がると思うわ」


アルタイル寮のジェット、ピュンマの部屋には今、グレート、そしてフランソワーズが居る。
いつの間にかバスルームから出てきたフランソワーズが、男3人の会話に割り込んできた。


「おお!姫っ。何を着ても可愛らしいっ・・・意外と、そういうのも似合うねえ、うん」


グレートはフランソワーズの声がした方へと振り返り、Tシャツ、スウェットパンツ姿のフランソワーズをマジマジと見つめた。


「だよ、Tシャツのサイズでけえじゃん、ピュンマ」


目尻にほんのり涙を溜めて、頭をさすりながらジェットは立ち上がった。


「細身だけど、Mだからね。XSでも良かったんだけど、ジョーが・・・さ」
「ああ?!っやっぱりアイツムッツリだぜっ!ほらみろっジョーだって同じようなこと考えてんじゃんっ」
「バカっ!ジョーはっもしも、寮内の監視モニターにフランソワーズが映ったとしてもっ、すぐには”女の子”って判らないようにした方がいいからって、躯のラインが出ないようにっ大きめを選んだんだよっ!!ジェットとは違うよっ!あ、フランソワーズ、そのスウェットパンツとお揃いのウィンド・パーカーもあるからね♪」


<いやあ、吾輩的には、そっちの考えの方が・・・>
<ムッツリだよなっ!!ぜって~、そうだよなっ!”躯のラインを隠すための大きめサイズ”だぜ?>
<・・・・・・むう・・・。ジョー、なかなかやるな・・>
<な?>


「それなら、髪をまとめた方がいいかしら?」
「・・・そうだね。できたら、そのカチューシャも・・・」
「ええ。・・・・・ところで、ジョーは・・どうしたの?」


フランソワーズがジェット、ピュンマの部屋に訪れたとき、そこにジョーの姿はなく、天道虫姿から戻ったグレートだけだった。


「そういやあ・・・、ジョーのやつ遅いなあ、何してんだ?」
「部屋に戻ったの?」


ピュンマがグレートを見た。


「いや、吾輩は訊いてないが・・」


グレートはピュンマの視線をジェットへと流した。


「知らねえぜ?・・・・そういやアイツ、どこ行っちまったんだ?」


グレート、ピュンマの視線にジェットは肩をすくめてみせた。


「ジェットとフランソワーズを迎えに行っている間、グレートと一緒だっただろう?ジョーは、この部屋で」
「ああ・・・で、吾輩がバスルームを使っている間に・・・お前らが戻ってきて、その時にはジョーはいなかったなあ、そういえば」
「呼び出してみっか?」
「学院内なら、どこにいても通信は届くしね」
「携帯でいいじゃね?」


ジェットはズボンのポケットから、携帯よりも主張の激しいキーホルダーをジャラジャラ鳴らしながら、ジョーの携帯を呼びだした。


「・・・・・・・ジョーの携帯電話って、あれ?」


フランソワーズの声に、彼女の指がさす先を辿ると、ピュンマのラップトップ・コンピューターの隣に置かれた携帯電話がジェット、ピュンマ、グレートの視界に入った。


ジェットの耳に届く、留守番サービス・センターのアナウンス。


「だあああああっ!!なんのための携帯だあああああああああっ!」


ジェットの声はしっかりと留守番サービスセンターに預けられた。

















####

アルタイル、デネブ、ベガ、3つの寮はそれぞれ地下で繋がり、そして学院内の生徒達の唯一の自由を満喫できる、紫微垣と続いていた。

ジョーはジェット、ピュンマの部屋を出て監視カメラの位置をあらためてチェックする。すでに、月見里(やまなし)学院内のセキュリティ・システムはピュンマ、そしてギルモア邸のメイン・コンピューターの管理下に置かれているため、さほど問題はないが、どこでどのように足跡を残してしまうか判らない。出来るなら、初めから”残さない”ことが懸命だと考えていたからだ。





夕食前に、紫微垣に戻ってきたと003から報告された石川斗織は、彼らがカフェテリアを出る少し前に学院を出た。007に後を追ってもらおうと考えていたが、石川の車の種類とナンバーで、イワンが追うことができる。ギルモア邸に連絡を入れると、006を通してイワンの言葉が伝えられた。


<彼ハ ほてるダヨ。週末ハ イツモ 同ジ トコロに 泊マル ヨウダネ。>



004に、石川の泊まるホテルへ向かうように指示し、その前に、津田海が通っている病院へ行くことも付け加えた。


「・・・メールで知らせた、津田海だけど、入院、とは訊いていない。篠原総合病院だけれど、本当に彼がそこにいるか、治療を受けているか調べてくれ。彼はまだこちらへは帰ってきていないんだ。今週末は学院に残ると行って外泊届けはだしていない。だから、津田の家の方へは帰っていないはずだけれど、そっちも”確認”してくれ」













アルタイル寮からデネブ寮へと通じる廊下で、携帯電話を切った。
1度、自室へ戻ろうかと考えたが、一歩足を前に出しただけで、そのままジェット、ピュンマの部屋へ引き返そうと背を向けたとき、近づいてくる足音が聞こえた。


「あら、島村君でしょう?」


アルタイル寮の地下まで下りてきたジョーに向かって女性の声。
週末の学院内。

寮に女性がいるとすれば、紫微垣の学生coopか、カフェテリアで働く人間。の、中で自分の名前を知っている人がいるとは思えない。


聞き覚えがあった。







「・・・・篠原の・・、こんばんは」


ジョーは軽く頭を下げた。


「こんばんは、島村君。なあに?あなたはお家に帰らないの?」


近づいてくる篠原さえこが纏う、香水の香りがジョーを警戒させる。



「・・・・はい、学院に早く慣れたいので、今週は」
「真面目なのねえ、良い子よ。そお、で。当麻と仲良くしてる?」
「・・・・・良くしていただいてます」
「それは良かったわ、あの子、誰に似たのか意外と世話好きなのよね、それで?」
「・・・それで?」
「ここで何してるの?」
「・・・友人の部屋へ向かうところ、です」
「あら、もうお部屋に行き来するお友達ができたの?いいわね・・・」
「・・・・友人が待ってますので、これで」


強いムスクの香りから逃れるように、ジョーは足を踏み出した。


「待って、ねえ」


さえこは、綺麗に手入れをされた清楚さを装ったフレンチネイルの指をジョーの腕に絡めた。


「島村君って、ハーフ?」
「・・・・」
「あなたのファイル、見たわ。お母様の名前があったけれど・・・・、いないのね?お父様はどこの人か、知ってるの?」
「・・・・それを言わなければ、ここを追い出されますか?」
「やあね、そんなに意地悪じゃないわ、私。心配してるのよ?当麻と一緒だから」
「・・・・・一緒?」
「あの子も父親がいないの。ね?一緒でしょ?」


さえこはジョーの腕に体重を預けてきた。
強くなる香りに、ジョーは苛立ちを覚え始める。


「けれど、篠原にはちゃんと”母”と呼べる人がいます」


さえこが預けてきた体を、彼女の腕を掴んで力任せに引き離した。
ジョーのそんな態度にも、さえこは余裕の笑みを浮かべる。


「そうね、私ってば当麻の”お母さん”よね?年を取るって本当にいやね。ここじゃないところで、出会っていたら、少しは相手をしてくれたのかしら?」


自分の腕を掴んだジョーの手に、手を重ねて、ジョーの手を自分の腕から解いた。



「・・・そんなこと考えられません」
「じゃあ、今度会うまでに考えてみて、そして教えてちょうだいね?・・・さようなら」


くすくすと嗤いながら、ジョーの横を通り過ぎて、まっすぐにデネブ寮へと向かう。
篠原当麻の部屋にでも行くつもりなのだろう。


ジョーは振り返ることなく、体に滲みたさえこの香りを振り払うように早足にアルタイル寮へと引き返した。



















ジョーとさえこが接触したことを、”眼”を使ったフランソワーズにより、すでにジェット、ピュンマ、グレートに報告されていた。
脳波通信で呼びかけるよりも早く、フランソワーズの”眼”がジョーを見つけたのだった。

アルタイル寮の部屋に戻ってきたジョーから、放たれた甘い香りに、目蓋に焼き付いてしまったジョーの腕に絡まるさえこの、爪、指先、腕、肘、押しつける体。


女、だった。












大胆に、余裕を持って。
大胆に、美しく。



ジョーにぴったりと、体をよせて、体重をかけていく姿。







簡単に、ジョーの腕に。






あの、腕に。








あの、手、に。







あの手は、”独りにしないで。”と、私の手を握っていたのに・・・。















「いや・・・・」
「え?・・・・フランソワーズ?」


ジェット、ピュンマの部屋に戻ってきたジョーは、手短にギルモア邸に出した指示などを伝え、自分が部屋を出ていたときに見た、監視カメラの状態を008に報告し、再度、セキュリティ・システムの確認をさせた上で、007からの報告を聴く前に、003に篠原さえこが、息子である当麻の部屋にいるかどうかを、視て欲しい。と頼んだ。


聞き返された009の声に、びくん。と、躯を跳ねさせ、自分を不思議そうな表情で見つめる仲間達の視線に、やっと気が付いた。


「・・・あ。ご、ごめんなさいっ!ち、違うのっ・・ええっと・・・」


003は慌てて、自分が話しを聴いてなかったことを恥じた。
そんな彼女を見つめていた、009の表情が一瞬崩れたのを、002は見逃さない。


「・・・・彼の、プライベートは護るつもりだから、篠原さえこが今、どこにいるか。だけを知っておきたいんだ・・」
「ええ、わかっているわ・・・ごめんなさい」


003は009に謝りながら、”眼”のスイッチを入れて、当麻の部屋、ジョーの部屋でもあるデネブ寮へと視線を向けた。


「・・・・・いない、わ。当麻さんだけよ」
「寮内には?」


003の瞳はゆっくりと上へと移動し、左右に動きながら徐々に下へとむけらていく。


「・・・・寮内には、いないわ・・紫微垣かしら?」
「石川はいねぇんだろ?」
「・・・・イワンが確認している」
「まって、視てみるわ」


003は首をゆっくりと紫微垣の方向へと向けた。


「・・・・いない、わ」
「もう、学院を出たんじゃないかな?」
「石川斗織は篠原さえことここへ戻ってきたのかねえ?」
「・・・フランソワーズ、ありがとう。もういい、よ。・・・・・007、話してくれ」


フランソワーズは”眼”のスイッチを切る。
ジェットは自分のデスクチェアに座り、ジェットのベッドにグレートは座っていた。
ピュンマと並んで彼のベッドに座り、ジョーはピュンマのデスクチェアに座っている。


「・・・驚かねえで聴いてくれや、ま。009が驚くかどうかは、しらねえがなあ、このミッションも、70%は見えてきたんじゃねえか?」









====59へと続く


・ちょっと呟く・


9、いろんな意味で、がんばってる。
3、大食い発覚。
2、オレさま系、イノシシのごとく余計なお世話になる危険有り。
8、もう少ししたら、君がメインだ!
7、・・・・語って頂きましょう、グレート・ブリテンさんによるっ”みなさん!事件です!”

当麻、・・・・・いや、うん。君いい男だから!もう少しだけ待っていて!





さくら、・・・・・・・・・・・・・・・・・f(^_^; スンマセン
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His circumstance





七夕さ~らさら~・・・♪
って、こころの中で歌っているオレは、大地。

年離れた兄貴を頼りに上京した、しがない大学生(2浪)。

オレの夏は朝の9時から巨大冷蔵庫に、押し込められて、眠い頭で、
揺れる文字を追いつつ、ああ、この一文字が多分、10円くらいかなあ?っと
払った授業料を計算してみたりする。




ごろごろ転がる、野菜たち。
オレがこの冷蔵庫から卒業する頃には、
立派に刻まれて何かしらの料理になっているのだろうか?



兄貴みたいに、小さい頃から夢があったわけでなく。
兄貴みたいに、その夢にむかって突っ走ることもなく。
兄貴みたいに、高校中退してフランス留学しちゃうなんてこともなく。
兄貴みたいに、あっちでそこそこのレストランのパティシエ見習いになることもなく。
兄貴みたいに、帰国してすぐに、知人に持参したケーキが気に入られて店を持つなんてこともなく。
兄貴みたいに、中学から付き合っていた女性と店を持つと同時に結婚するなんてこともあり得ない。







七夕がどうしたってんだよ!
運命か?

それが運命なのかっ?!




運命なんてっ信じるかよっ!!!


オレがこうやって巨大冷蔵庫の、選ばれぬ野菜になって腐るのを待っているのが
オレの運命か?!















「よ!なにぶ~ったれてんだよ、飯行こうぜ!飯!」


同期の外瀬(とのせ)が声をかけてきた。


「オレは運命なんて信じないっ!!」
「んあ?!・・・・なんだよ・・・いきなり・・とうとうこの暑さに頭があっちの世界にいっちまったのかよ?」
「オレのどこの何がわりいってんだよ!運命っつうのかっ?!くっそ~~~~~~!!七夕なんてえ嫌いだっ!!」


オレは握り拳を作った右手を振り上げた勢いに任せて、立ち上がると、
そのまま教室を出て行った。


「なんだよ?七夕がどうしたってんだよ?可哀相じゃん・・普通」
「なんでだよっ!」


鼻息荒く、足取りも荒々しい。
腹も減って、機嫌は最悪。


昼の時間は教室以上に廊下が混み合う。
同じ学部にもかかわらず、初めまして。の人間に1日1人はお目にかかる。
もしかしたら、同じ大学出身の同期であっても
一生会うことがないヤツもいるかもしれない。


「だって、よ・・・一年に一度しか会えない恋人なんて、最悪じゃん」
「それが運命っつんだろ?!」
「・・・・けどよお、考えてみろよ、たった一日で満足できんのかよ?」
「なにがっ?」
「なにって・・・お前・・・・」


外瀬ははあ・・・と。溜息をついた。
その溜息がオレをよけいに苛々させた。


一年に一度。
それが運命。

なら、仕方ないって、指を加えて7月7日を待っている牽牛/彦星ならびっ織女/織り姫が
バカなんじゃん!







外瀬は、カツカレーライスを食堂のテーブルに乗せて、再び溜息をついた。






オレは考える。
運命ってヤツがあるなら。
今のオレはいったい何なんだろう?


毎日を、ただ、毎日を繰り返している。
月曜日が来て、大学へ通い、兄貴のマンションに帰っていく。
店で夕飯を住ませるために、兄貴の店へ向かう。
一緒に兄貴の店で働く、義理の姉の休憩時間に合わせて、夕飯を食う。
兄貴夫婦より、一足早くマンションに戻り、風呂の用意をして先にすます。

与えられた部屋で、ラジオをかけながら適当に、漫画や雑誌を読んだり、課題をしたり、テレビをみたり、夜が更けていく。

布団に入ってから、枕元に置く、充電中の携帯電話のアラームをセットする。






朝。

携帯電話のアラームは、スーパーマリオ。
眠たい眼を擦りながら起きると、義姉さんが朝食を出してくれる。
それを喰って、大学へ。



またオレは今日も選ばれることのない、巨大冷蔵庫の中の野菜と化す。









冷蔵庫に入るために、オレは2浪も苦しんだのか?
なんのために、上京したんだろう?
なんのために、オレはここにいるんだろう?

親は、「せめて大学は出ろ!」っと言った。
「兄貴は出てねえじゃんっ!」って文句を言えば、返ってくるセリフはいつも同じ。



”お兄ちゃんは、ちゃんと夢があって、その夢を叶えるためにがんばったでしょう!
ちゃんと結果を出してる”









じゃあ、夢がない人間は駄目なのか?
結果を出してない人間は大学へ行かなきゃいけないのか?

”またそんな屁理屈を言う!”






屁理屈じゃないっ!













これがオレの運命だなんてっ!
なんてくだらない、運命なんだっ!?











昼食を済ませて、午後の講義まで中途半端な時間を、
大学近くの漫喫で過ごす。





壁一面に詰められた、コミックス。
ここには様々にドラマチックに、”運命”に翻弄されたキャラクターたちがいる。




憧れたって仕方ない。

現実にあり得るワケがない、フィクションなんだ。
漫画は漫画。
この地球のどこかで空想や想像力豊かな、絵の才能に恵まれた人が描く世界。

それを楽しく読んで、夢膨らませては・・・また、あの巨大冷蔵庫へと
選ばれぬ野菜となって、一日が終わっていくんだ。





冷えすぎたオレは、美味しくないと思う。
いつが食べ頃?
いつが旬?


冷蔵庫から出た瞬間に、ゴミ箱へぽい!なんてされないか?












「よお、大地、これ知ってるか?」
「はあ?」


漫喫のいつもの席に座った俺に、外瀬が、一冊の漫画を置いた。





聞いたことのない題名。
オレは文庫本になった、その漫画をパラパラめくった。

古っ?!




細かいコマ割り。
小さい絵。

トーンもない、白黒の・・・。
古き良き漫画?





「すっげー人気のあった漫画らしくってさ、2回くらいアニメになったり、映画になったりしててよ、また今度アニメ化するらしいぜ?・・・オレの彼女、漫研に出入りしてるだろ?それで、面白いのないか?って聞いたら、今はこれだって、教えてくれたんだ」
「へえ・・・ららちゃんがねえ・・・」


外瀬の彼女は両親ともに熱狂的な○ンダム・ファンらしく、ついた名前が”らら”だった。
世界は広い。と、思わせてくれたひとつだ。


「これ、どういう話し?」
「ま、単純に、悪の組織に誘拐された国籍バラバラの青年たちが、半分機械にされて、悪の組織に反旗を翻して、戦うって言う正義のヒーローな、話し」
「・・・・へえ、面白い?」
「はまるぜ!けっこう、奥が深いんだ。話しも色々とあるしオススメ」
「ふ~ん・・・。人間の中に機械をねえ・・・サイボーグってやつか?」
「それそれ、タイトルは”ナイン”だけどね」
「なに?9人サイボーグになれたってこと?」
「そういうこと!」
「面白くなかったら、これを読んで潰れた時間を責任もって返してくれよ?」


外瀬は、顔、左半分をぐんにゃり歪ませて、三度溜息をついた。


「ほんっと、最近のお前、どうしたんだよ?・・いいぜ、面白くなかったら、酒でも飯でも奢ってやる。バイトがよくって、今オレいい人なの♪」


外瀬は財布を入れたジーンズの尻ポケットをぱん!っと叩いてみせて、
オレが座る席から離れていった。






















オレは外瀬から、酒も、飯も奢ってもらえなかった。

午後の講義もさぼって、終電も逃し、兄貴から電話がかかってきて、
仕方なく”外瀬の家”と嘘をつき、そのまま漫画を読み続けた。

















運命ってヤツ。
こいつらが羨ましい・・・・。


















悪の組織にサイボーグにされて、機械化された躯を嘆きながらも、
悪の組織を裏切り正義のために戦う。

運命。



漫画の主人公たちは、いつもそうだ。
同じ毎日なんて、繰り返さない。




選ばれて、ちゃんと料理をされて・・・人のこころを満たしてくれる。

















実際にいないから、いいんだよな・・・・。
















気が付けば。
夜空の恋人(夫婦か?)の運命の1日は終わっていた。




ちゃんとH出来たのかよ?
364日分、発散できたのかあ?

人の願いなんて叶えてる暇、ねえだろ・・・?
そんなに嬉しいってか?































オレの人生は、ずっとこのままなのかもしれない。



毎日が冷蔵庫の中。
たまに、オーブンレンジに入れられて、忘れられて再び季節は巡り、冷蔵庫へ。

























運命は、突然やってくる。
耳にタコなセリフを、オレが使うなんて、誰が想像できただろう。







けれどもそれは、
本当に、突然やってきたから、言うしかない。







兄貴の店の・・・・・・




カフェのドアが開く。
ちりりんっと耳に心地よいチャイムの音。
鈴の音に誘われて、オレは入り口に視線をむける。
接客用の義姉さんの「いっらっしゃいませ」と言う声は、何度聞いても慣れない。

「また、来ちゃいました」

涼しげで、柔らかく、愛らしい声の主にオレは一瞬で恋をした。



















「フランソワーズさん、こっちは旦那の弟で「大地」って言うの。」


























突然、”運命の出会い”がやってきた。

























オレの毎日が変わった。
冷蔵庫の中で、オレはごろごろ転がっているだけの野菜じゃない。







運命ってヤツを信じてもいいや。


おい、牽牛!
ちょっとだけ、お前に同情してやるぜ!
毎日だって合いたいのに、1分1秒も惜しいくらいなのにな!






人を好きになったらよ!


ま。それも運命ってヤツで諦めないとな。





















・・・・・・・・・・オレも、だけど。
くっそ!


島村ジョーっ!!!
邪魔なんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ


















end.




・あとがき・

はい。
トップの挨拶に、七夕なのに何も用意してなくて、・・・と。
書いた後。

夕飯食べました。=エクレア♪
お風呂に入りました。=シャワーで楽チン♪


パソコン前に座って・・・打ち始めること40分。

さすが!大地くんっっヽ(´▽`)/~♪
ネタがあればよく動いてくれる~っ!
久し振りだったからかなあ?
最近出番がなくてごめんね?

文句は、・・・あの、ウジウジ片思いの93に言ってくれい!
”ミッション”が長引いているのは、煮え切らない9のせい~♪

って言うことで。
2008/七夕用で!

フランソワーズに会う前の、ちょっと人生に疲れた(?)大地くんでした!




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Day by Day・59
(59)





雨が止んだ。
暗く立ち込めていた陰雲は夜の色に紛れてしまった。

瑠璃色の宙(そら)に瞬いているはずの、色とりどりの金平糖は、宙の上の誰かが独り占めしたいらしい。


月もなく、星もない。
塗りつぶした夜空を誰も見上げることはない。






月見里(やまなし)学院の寮は冷暖房完備。
湿気の多い季節、そとからわざわざ風を取り入ることなど、必要がないが、あえてピュンマは窓を薄く開けて白いブラインドを降ろした。


ピュンマの部屋から見えた、ベガ寮。そして視線をずらして見た、紫微垣。
アルタイル寮は中等部のシニアが混じっているが、ベガ寮は完全に中等部専用のために、アルタイル寮、ジョーの部屋があるデネブ寮に較べて人口密度が高く、部屋も、3,4人部屋となっている。
まだまだ、家が恋しいのか、いつもなら遅くまで賑やかな声が聞こえてきそうな程に煌々と電気が付けられているはずの建物は、虫一匹いないのか・・・。夜の闇と同一化していた。


「・・・・篠原当麻と、石川先生は親子」


ピュンマは落ち着いた声で繰り返し、フランソワーズを見つめた。
自分が座っていたベッドの隣に、フランソワーズには珍しい、スポーツメーカーの大きなロゴ入りの白地のTシャツに、同じメーカーの黒のスウェットのパンツ、を着たフランソワーズは、ピュンマの言葉に俯いた。


「絶対に知らないわ、当麻さん」
「・・・・石川斗織が、篠原当麻の父親ではない、の方が、受け入れやすかった、な。まさか・・・篠原さえこと当麻の方が母子じゃなかったなんて」
「009でも流石にここまでは判らなかったんだなあ?・・・やっぱり」
「・・・001じゃないんだし、無理だよ」
「っつうことはよ!石川のヤツは、自分の婚約者に他の女が産んだ子どもを預けて育てさせてるっつうことかよ?!」
「まあ、そういうこったなあ・・・。・・009?」


ピュンマのデスクチェアに座っていた、009と呼ばれたジョーは短く、けれども、はっきりと頷いた。


「007も、大方・・・見えてるみたい、だね?」
「こちとら、長~~~~~く、深~~~~~く、調べてんだぜ?気づかないような鈍感で00メンバーやってられるとお思いですかな、リーダー殿?」
「話してくれ。もうすでに007の考えていることは、向こうのメンバーには話しているんだろ?」


007はニヤリ、と嗤いながら頷いた。
008は窓から離れて、再び003の隣、自分のベッドに腰を下ろした。


「今回、起こったミッションは、起こるべくして起きたって言っていいと思う。009、そうだろう?・・・・ことの起こりは・・・まあ、辿ればきっと、B.Gの研究室で、トーマス・マクガーと、そして、トーマス・マクガーに成り代わった男が出会ったところから始まり、B.G研究所を去った、研究員達の行く末が・・・・オレたちが想像するよりも苦労の多いものだった。ってことだなぁ。恩田光弘の、叔父夫婦はトーマス・マクガーに成り代わった男の正体を知っていた。と、考える。・・・”トーマス・マクガー”の経歴を利用して成りすまし、平穏に暮らしていた男は、勉強会を開いたことから、運命が変わってしまったんだろうなあ・・・。6年前の失踪の原因は、もしかしたら」
「・・・本物のトーマス・マクガーが現れた、から?」


009は007の視線を受け止めて、言葉を足した。


「と、言うことで話しをすすめるぜ?」
「・・・・・それで?」

頷いて、話しを進めるように促す。


「勉強会が、交流会に変わったのはその、1,2年前あたりだ。ああいう世界は噂も早い。B.Gの研究所で働いていた”だろう”男だ。きっと・・、その人知を越えたものの、研究や資料を他にも持ち出していたのかもしれない。調子に乗ったかなんかで、本物を呼び寄せちまったのかもなあ。そして、失踪。殺されたのかどうかはしらねぇが、失踪の足取りを005が交流会を調べながら追っていたら、最後に向かった先がドイツだと、わかってなあ」
「・・・・石川斗織の留学先だね?」
「そうだ」
「そこで消息が途絶えたんだよね・・、確か」


008が009に向かって訊ねた。


「・・・そこから先は、005からの報告を受けていない、から・・。そうというこにしておこうか。・・死亡確認は001が、ドイツだったとは言い切れない、けれど」
「2人が何かしらの、接触があったと仮定しておくぞ?・・・・・本物の”トーマス・マクガー”は、偽物に会うまで、どこに居たか、は、ひとまず省こう。とにかく、石川はその半年後には日本へ戻ってきている。そして、ここ」


グレートは右足をを持ち上げて、2回。タンタンッと、床を叩いた。


「月見里(やまなし)学院の保健医/カウンセラー兼、寮監督として、な」
「・・・・篠原さえことの関係を考えても、簡単だったろうね。それに、寮監督と言っても、ほかに3人いるんだ・・・。彼の場合”紫微垣”の管理人というところ、だね。・・・ほかの寮監督は、交代制で住み込んでいるのに、彼だけは”紫微垣”内に個室を与えられて週末以外はここに住んでいる・・・。都合がいいね。グレートの言う通りに、何かしらの接触があってサイボーグの資料を、手に入れた。と考えて、いいと思う・・・」
「失踪時の偽物の持ち物は、一緒に暮らしていた恩田がすべて処分しているからなあ・・・」
「ミツヒロは、何も言ってなかったじゃんか、それに・・・B.Gに関わりたくねぇのが本心だったしよ、そんなもん見つけたら、速攻で処分してるぜ?」


ジェットが、部屋にいる者の脳裏に浮かんだ言葉を代表するかのように、言った。


「・・・残していかなかった、そして、処分もしていない。偽物が持っていたもの、そのために・・・”マクスウェルの悪魔”が生まれた。いや・・・”マクスウェルの悪魔”にならなければいけなかったのかも、しれない」


003は顔を上げて、009の横顔をみつめた。


「どういうこと?・・・・”ならなければいけなかった”?って、まるで”マクスウェルの悪魔”が自らの意思ではなく、サイボーグ設計図を・・・」
「・・・・・まだ仮定での話しだ、よ。フランソワーズ」


フランソワーズの空色の瞳に不安の色を含まさせないように、微笑んでみせた。


<まだ、足りないピースが多すぎるから、ね・・・・・。悪いけれど、津田海が学院に戻ってくるかどうか、が知りたいんだ・・・・”視ていて”くれるかな?>
<ええ、もちろんよ>



「009の”それ”は、吾輩にはわからん。話しを戻させてもらうぞ?とにかく、その時点で、石川斗織、篠原さえこには”当麻”がいた。って言うことは、さえこが当麻を引き取ったと言う事からも、2人はすでに他人とは言い難い、関係だった。まあ、篠原さえこが産んだ子じゃないが、戸籍ではそうなってるしなぁ。石川が手に入れた、研究資料が篠原さえこの手に渡ってもおかしくない。と、考えたんだ。何せ、そういうモノを手に入れたくて仕方がない”環境”にいるのは、わかるだろう?」
「・・・・・灯台もと暗し。トーマス・マクガーは日本で、中井・マクガー・T・アンドリューを捜していた・・・。多分、篠原さえこと、石川は本物を探していただろうけど、まさか日本に居るとは思っていなかったんだろうね?」
「っだああああ!!その辺がわけわかんねえんだよっ!ってことは、石川がアンドリューってか?!」
「まあ、そう言うことだな、002。調べたら、アンドリューは生まれてすぐに私生児として養子に出され、アメリカ国籍だったんだが、半年ほどで養子縁組を解消されて、一時的に、実母の中井みや子の、従兄弟夫婦に預けられている。その後・・・石川夫婦の子として生まれたみたいだな」
「生まれた?!」


008の声がひっくり返る。


「・・・・”養子”であると言うことを隠すために、1,2年くらいの差なら判らないと、・・・・新生児として、自分たちの子として出生届けを出すんだ。日本は隠したがる傾向があるからね・・・。そうか、石川斗織は・・・。アンドリューのまま、石川斗織でもあったんだ、ね」


空気に混じるような、薄い声の009の横顔から003は目を離すことができなかった。













”わたしは、父親が。
違和感があるだろ?名前とこの顔に髪。
母方の方を名乗っているからね、ちなみに母が1/2どこの国のかは、知らないけれど、余計に日本人らしくないだろう?

わたしの場合は1/4日本人なんだ”


石川斗織。と自己紹介されたときに、その名前と容姿とのギャップに驚いた。と、同時に、ジョーの胸には、浮かび上がった刹那の思いを、誰も知らない。











「実際に、アンドリューの方が、書類上2歳ほど年上だ。アメリカにある籍もそのままだったなあ。それを使ったんだろうよ、迷惑な話だなあ・・・。・・・と、002のせいで話しが逸れちまったじゃねえか!・・・まあ、ここからはあくまでも想像しかない領域で・・・」


007は009に視線を投げた。


「目的はただ1つ。俺たち・・・・・・・・の、ような、戦闘用とは思わないけれど、・・・サイボーグの開発。今から言うことは、僕自身が考えている推測でしかない・・・それだけに、囚われないでくれ。・・・言っておくけど、僕はイワンじゃないんだ。完璧に予測するなんて無理だし、ね・・・」


009は、002、007,008,そして、003へと視線をめぐらした。
そのとき、009と目があった003は、脳波通信で009へと話しかけた。


<ジョー・・、津田海さんが戻ってきたわ。1人よ>
<・・・わかった。ありがとう>


「”マクスウェルの悪魔”は、篠原さえこ。であると僕は考えている」


「っな!」
「ええっ?!ちょっと待ってよっ話の流れ的にっ!!石川先生じゃないのっ009!」
「むう・・・そうくるかい?009、我が輩もてっきり石川斗織だと思っていたぞお?」
「オレだって、それっくらいっ!!」
「009はもしかして・・・、ゲームを作っている人間と、実際にそれを使っているる人間とは、別に考えているのかしら?・・・実際に動いているのは、篠原さえこさん。そして・・・ゲームを作って指示をしている人が・・・・?」


003の言葉に、009は大きく瞳を見開き、そしてすぐにその表情は柔らかく、微笑みに変わった。


「”1人”とは限らない・・・。と、言う事だね・・・・。篠原さえこを中心にして、ゲームは進められていると、思う。すぐにそれは解るよ」
「何か、したの?」
「メールを返信しておいただけ、これで001がゲームを中止にまで追い込んでくれていれば、うまく引きずり出せるはずだったんけど・・・」


言い淀んだ009の言葉の先を、部屋にいる008以外は、読めた。


津田海の左足。
そこに使われている技術が、問題であった。


「よお、009・・・ちゃっちゃっと、長引かせないようにしようぜ。ある意味、時間との闘いになってきてんじゃねえの?」
「オンライン・ゲームに”B.Gの陰”を感じて動き出している裏の人間、どこかの政府も動いているって報告受けてるしなあ・・・」
「それに、そういうことにたいして、”マクスウェルの悪魔”が、どう捕らえているのか・・・わからないわ、無知な人間ほど危険だもの・・・」


007はちらり、と008を見た。


「・・・ピュンマ」


00ナンバーで呼ばれなかった事に、ピュンマは驚く。


「あ、うん、なに?009」
「津田が、交通事故に遭っていたこと、知っていた?」
「え・・・・・、いや。昔、大怪我をしたとは言っていたけど、今回もその古傷がって、大けがした原因、交通事故だった・・・・・の?」


008の胸によぎった戦士の感が、不穏に揺れた。


「・・・・事故を調べてほしい」
「え?・・・・なんでだい?」


関わっているはすがない。と、頭では言い切れるが、ここで彼の名前が出てくると言うことは、それが何を意味しているのか、わざわざ誰かに言われなくても、わかる。


「事故が起きた状況、運ばれた病院、怪我の度合い・・・関わった医師、すべてを、ね」


ピュンマの顔が険しくなり、009に向かって姿勢を正した。


ーーー海に、何かがある。



「008、彼をマークする。それは君に頼む、よ。それと、さっき津田が寮に帰ってきた。そうだね?」


009は003に確認するように、彼女を見ると、003が静かに、けれどもはっきりと頷いた。


「なんのために、009?」
「・・・・彼は日頃から、石川斗織と懇意にしている。それは008、君が一番良く知っているはずだよね?」
「そうだけど・・・」
「彼の事故、そして今回の彼の・・・少し気になることがある。008、いいね?」
「・・・・・・了解」


<なんで、ピュンマに調べさせるんだよっ?わざわざ、お前サドかよ?>
<・・・・自分の目で知る方が、いいと判断したから、だ。003が視た。それだけではピュンマには・・・・・、受け入れられたとしても、態度に出るだろ>
<お優しいことで。ま、自分でちゃんと調べて、納得する方が、ヤツなりに時間ができて、いいだろうけどよ・・・・ったく、そういう気配りが、なんでアイツにできねえんだよ、オレは不思議でしかたねえよ>
<・・・・>




「グレート、向こうへの報告を頼む。あと・・・」


009は全員の顔を見た。


「”マクスウェルの悪魔”が、篠原さえこ。だとしたら、彼女が設立した”篠原技研”や、今回の”あやめ祭”のことと繋がってくるんだけど、・・・・・まだ、なんとも、はっきりしないんだ、色々な意味で。とにかく、001がオンライン・ゲームを妨害、簡単には手に入れられないようにはなっているけれど、もういい。これ以上、”サイボーグ設計図”を世に出ないようにすること。手に入れた”景品”を持つ者については、景品を持っていた人間の手から全員のそれが消えるのは、さすがに危険だから、面倒だけれど、001に頼んでいた”偽物の景品”とすり替えてもらう。読んでも、それが違うモノとは気が付かないだろうけれど、理論上、役立たずなモノになっているはずだから。007、と・・・屋敷に残っている、みんなに頼む。002、そっちに加わって欲しい。008は、津田のことを、003はここで視てもらうものがあるから、それが済み次第・・・そうだな、002か007と一緒に邸に戻るといい。ゲーム参加者の中にいる”裏”の人間のリストを、作るように001に言っておいてくれるかい?007」
「了解!」
「今後、そいつらが、どこに結びつくかわからない。マークしておいた方がいいと、思うから。・・・005久保絵里子の報告はもらってないけれど、何も見つからなかったのかい?」


009は007に尋ねる。


「ふっつうのおばちゃんらしいぞぉ」
「・・・・篠原さえこが招待状を送るって言う事は、交流があると言う事だから、見失う事がないようにして欲しい。今回に関わった人間は、最終的にすべてを、”忘れてもらう”必要があるかもしれない。・・・001の昼の時間はあと・・」
「1週間は大丈夫よ」


009の言葉を003が次いだ。


「004が確か、石川の動きを見張っているんだよね?」
「ああ、今もかもなあ、同じホテルに部屋を取っていた」
「わかった。1週間以内には終わらせたい、な。確かに、長引かせるのも問題だし。思っていたよりも事は小さく済みそうな気がする・・・。相手がまだ、”素人”なだけに、ね」
「ひとまとめにして終わらせらようぜ、面倒くせぇっつうの!ったく、なんでこんなに回りくどいやり方をしなきゃなんねんだよ!ぱぱっと篠原さえこをの首を押さえりゃいいじゃねえかよ!」
「それで、この一連の連鎖が切れるっていうならなあ・・・1人でも取りこぼしたら、また同じ事の繰り返しだぞ?」


002の言葉に、007は同じ考えを示しつつも世の中そう簡単には物事は動いていない。と、得意の戯曲の言葉を使って説明し始めたために、002は耳を塞ぎたくなった。


フランソワーズは、息を殺して神妙な面持ちで隣にいるピュンマの、膝に置かれた手にそっと自分の手を重ねた。


「ピュンマ・・・」
「何か、あるんだね・・・・海に」
小さな、小さな声でフランソワーズに尋ねた。


「事件を、調べてみて・・・きっとジョーが、ね?」


ミッションの内容から、かならずいつか、津田海にたどり着いていただろうけれども、フランソワーズは自分を、”眼”で視てしまったことを、後悔に近い気持ちでピュンマの手を強く握りながら、こころの中で謝った。


003である限り、それは当然の報告であり、見逃す事が許されない真実。






ジョーはフランソワーズとピュンマの様子を見ながら、


ーーー”もしかしたら、”マクスウェルの悪魔”は・・・・
   篠原当麻が、残りの研究資料を持っていることを知らないかもしれない。と、
   考えていたけど・・・逆かも、な。知っていながら出さない。
   津田の足の構造で、すべてがわかるはず。 けれど、矛盾を感じてならない・・・。




別で動き始めているのか?















グレートの熱が入り始めた唱からなんとか逃げるために、必死で考えを巡らせた結果、ジェットは立ち上がり、ジョーに向かって言った。


「頭使って、疲れちまったっ!ジョー、ケーキもってこいよっ喰おうぜ!!なんなら、オレの自慢の喉を披露してやるぜ?っつうか、独り占めしたいなら、それはそれで、別にいいけどよっ」


ジョーは立ち上がった。


「・・・・飲み物、くらい用意しといてくれ、よ」




















####

いい加減に、もう、何もかもから逃げ出したかった。が、呼びだされて、それに二つ返事で時間を作る自分が愛しかった。





そんな気はないくせに。
会えば、そういうことを”一応”するのが男の仕事とでも思っている。

男がそう思っていることを、喜んでいる、自分。





馬鹿な、自分。
断れない、自分。

言いなりになるしかない、自分。
決められたことしか出来ない、自分。


ワルぶってみても、形だけ。
よゐこぶってみても、形だけ。


形だけの人間。



誰かが、迎えに来てくれることをずっと祈っていた。
誰かが、私を迎えにきて、オブジェのように、飾られただけの世界から連れ出してくれることを夢見ていた。


ずうっと、夢をみていた。




夢を見続けていた。

夢の中で悪魔に出会っても、騙されても、ずっと、その夢の中にいたかった。




「絶対に、当麻は護るからね。美涼」


篠原グループ本社に設けられた、さえこ専用のデスクには、8台のコンピューターが起動していた。

年代を感じさせる、茶色の皮で作られたフォト・フレームを引き出しに仕舞う。


Jと言う、ゲームに参加してきた男はあっという間に、8つの景品を揃えた。
その話に[彼]はひどく興奮し、なんとかコンタクトを取ることをさえこに強要してきたのだ。
そして、2日ほど前からゲームに参加した。”踊る白いうさぎ”は、こちらからURLを送っていないのにも関わらず、篠原本社にある、さえこ自身のコンピューターから直接、アクセスして、プレイしていた。

何度も本社のコンピューター・セキュリティをチェックし、使用するコンピューターを1台増やした上で、それは保護のためにいっさいネット回線にはつないでいない。ネット回線につないでいないコンピューターに”マクスウェルの悪魔”のすべてのゲーム・プログラムを写した上で、使用していた他のコンピューターのセキュリティを組み直した。ハッカーやクラッカーが進入出来ないように、逆に、ハッカーやクラッカー、と呼ばれる名のある人物を雇い入れ、セキュリティ・ホールには細心の注意を払い、定期的にチェックを入れている。

ここではゲームを保管し、プレイヤーたちの更新状況などを、自分も1人のプレイヤーとなって見守っているだけで、”マクスウェルの悪魔”として、動いているのは学院のみ。


実際に作業するのは、さえこが自由にできる”月見里学院”で行われていた。
学院全体のコンピューター・セキュリティによる、ロールベースアクセス制御(RABC)がかかっていた。許可されたユーザーだけがアクセスできる限定手法をとり、多くの学生に混じって、自分の動きを探られることはない上に、実際に自分は学院の人間でありながら、そうでないとも言えた。未だ名前は父、篠原秀顕のもの。


「・・・・J・・」

”踊る白いうさぎ”を止めることはできない。
何がどおなっているのか、まったく理解できないさえこは、すぐに雇い入れた”プロ”を呼ぼうとしたが、それを思い直した。

一台のモニターに映し出された、メールの内容に、さえこは愕然とする。









=======================
to.マクスウェルの悪魔



君の言うエデンは、滅びの道を辿るだろう。

もうすぐ夜が明ける。
夢から目覚めて、現実の世界にもどるべきじゃないのか?



ゲームの中だけならいい。
架空幻想の世界なら、それはとても魅力的で、面白い世界だから。



人は生まれながらに、人である。
人は神にはなれない。
人の手で作られたものは、人の手によって滅びるだろう。


科学は万能ではない。
人は完全ではない。

だから、価値がある。


理想はあくまでも理想でしかない。








すでに、僕自身が科学との融合に選ばれてしまっているから。
歓迎されても、いまさらなんだけれど、
それでも、君の”遊びに”につきあってあげるだけの、優しさは持ち合わせている。





口紅の色を変えたね?
この間の方が君らしかったよ。
君にしてはカジュアルだと思ったけれど、カレン・ミレンのドレスはよく似合っていた。
ディオールよりも君らしくて、よかったよ。




J.

=========================







「Jは、私のことを知って・・・気づいている・・・・」



さえこのデスクに置かれた携帯電話が鳴る。



鳴り続ける着信音。
購入したときに設定されたままの、音。


鳴り響く音が、さえこのこころの虚無感を押し広げていく。


手が動く。
弱い自分を嘲りながらも、その向こうにいる彼の声を求める女の自分が悲しく、そして、愛しくもある。


護りたいものがあるからこそ、人は強くなる。と言う。


さえこは、それを絶対に否定していた。





護りたいものがあるからこそ、人は弱い。










さえこは、電話に出る。
その昔、周りが見えなくなるほどに夢中になった、幼い自分に還っていく。


篠原さえこは、いまだに恋をしている。





「何?」
『やっかいなことが起きた・・・。限界だ、あの足は』
「どうするの?」
『・・・今持っている”資料”では、あれ以上のことはできないっくそっ!!他のはまだ見つからないのか?!』
「ええ、トーマスは当麻に残すと言っていたものを、彼に伝える前に亡くなったのよ。恩田と言う男にも直接聞いたけれど、当麻に渡したいから、と。その隠し場所は教えてくれなかったって、何度も言っているわ・・・・彼の入院先も調べたでしょう?」
『当麻にちゃんと確認したのかっ!あいつが隠し持っているってことないのか!』
「・・・・当麻は何もしらないのよ?・・・彼が元、B.Gという組織の人間だったなんて、預かったとしても、私に言ってくるわ。あの子はとっても良い子だもの。私に隠し事なんてできないわ』
『とにかく、今日学院に来いっゲームの方も、変なことになってるだろ?』
「”品評会”に間に合わないわね、きっと。足がそんなのじゃ・・・」
『Jから連絡が来たか?』
「・・・ええ、来たわ」
『会うぞ』
「ご自由に・・・でも、彼がまだ”サイボーグ”に興味があって、そういう技術を持っているとは限らないわ」
『わかっている!・・・それでも、今は考えてる場合じゃないんだっ。あのゲームをクリアし、最短で景品を狙ってくる。間違っていない!彼もきっと元B.Gの科学者だ!』
「会うのね?」
『会うっ!海を目の前にすればきっと手を貸してくれるはずだっ』
「・・・学院へ着いたら、電話するわ」







さえこは、彼の返事を待たずに電話をテーブルに置いた。







恋をしている。
恋をし続けている。

だから、逆らえない。




たとえ、彼の目的が自分の周りであっても。
自分が持つ、”篠原”のブランドであっても。



あなたの子だから、当麻を護る。
親友の忘れ形見だから、当麻を護る。



当麻が生きている限り、私は弱い。

成長するにつれて、彼に似てくる当麻。けれど、美涼に似て、とても素直でまっすぐに育ってくれた。

それだけが、さえこの喜び。










「彼が、会う前に私がJと会う・・・・・・勇気があれば、彼をもっと早く止められたのに」



軽やかなブライド・タッチでJへとのメールを打ち込んでいく。




=====================

J.






朝を迎えるまでのしばしの時間が、我々には与えられている。
もう少し、夢を観ていようではないか。





君の優しさに感謝する。
その優しさを分け与えてくれるなら、君は呼びだしてくれることだろう。
愚かな

















さえこは、タイプの途中で指を止めた。
”愚かな”という文字を消して、打ち直す。

















”エデンへの道が光り輝く栄光の道と信じている、我々に、
神と科学の祝福を受けた、君に出会えたことを感謝しよう。




時は充ちた。


連絡を待つ。




運命の日は、こちらから連絡する。







マクスウェルの悪魔


=====================




さえこは送信ボタンを押す。
あえて、Jが自分のことを知っているフレーズを無視して返信した。





怖いことはない。
何も怖がる必要もない。




自分には、当麻がいる。
だから、何が起きても、当麻さえ生きていれば、それでいい。



それが、美涼との約束。
それが、あの男を苦しめる、唯一の方法だと信じて。



さえこは立ち上がり、デスクに置いた携帯電話を手に部屋を出て行った。
部屋の前に控えていた、さえこ専属の秘書と弁護士が控えていた。


「今日の昼食をキャンセルして、あと何も予定をいれないで」


短く秘書の男に伝えると、男は短く返事を返しさえこについて歩く。
その男と並んで弁護士がさえこを追った。


「篠原さん、例の件ですが無事に滞りなく。あとはご子息のご署名をいただければ」
「・・・わかったわ」
「それでは」


報告すべき事を言い終えた弁護士は足を止め、さえこと、秘書を見送った。
さえこが雇っている運転手に、今日の仕事はもうない。と、言い帰らせる。そして、さえこ自身が運転して学院に向かい、男を連れてホテルへと向かった。





まさか、自分たちの車を1人の、00ナンバーサイボーグが追っていたとは気づかずに。













####

ジェットに言われるがまま、デネブ寮にある自室の冷蔵庫に入れた、フランソワーズが作った、ザッハ・トルテを取りに、ジョーはフランソワーズを連れて一緒に部屋を出た。


当麻が学院に残っているために、部屋へは連れて行くことができない。003を連れて009が出る。
それは別の意味を含んでいることを、その場にいた、ジェット、ピュンマ、グレートは、知っているが、ピュンマが想像していることを含めた上で、ジェット、グレートは2人が出て行った”別の理由”にも気が付いていた。

ピュンマが、津田海のことを自分で知るまでは、ジョーは徹底して、”彼の左足”について言わないつもりのようだ。



ジョーがフランソワーズを連れて部屋を出る、と言ったとき、ピュンマはすぐにラップトップ・コンピューターを立ち上げ、ギルモア邸のメイン・コンピュターを通し、自分の部屋のある階の監視カメラに偽の映像を流した。
それは、事前に監視カメラが映していた映像を、ピュンマが録画して保存していたものである。


「今から10分間は、何も映らないよ・・・戻ってくるときは連絡して」


短く、ピュンマはジョーに言った。
ピュンマの言葉にジョーが頷き、フランソワーズはピュンマに優しく微笑んだ。



2人は部屋を出て、早足に同じ階にある、学生たちが自由に使えるコモンルームへと向かった。
フランソワーズは何も言わずジョーの背について、そのコモンルームへと足を踏み入れた。


「ここには、監視カメラもない・・そっち、のデスクにデスクトップが4台あるだろ?」


ジョーはコモンルーム入り口に入った左側に、2台ずつ向かい合わせに置かれたコンピューターを指さした。
フランソワーズは、ジョーが指さした方向へと歩き出す。


「景品は、ここにある。・・・・これを視ながら、津田海を・・・いい?」


フランソワーズは自分の背にぴたり。と寄り添うようにいる、ジョーの声に頷いた。
ジョーは、フランソワーズを1台のデスクチェアに座らせて、コンピューターを立ち上げる。起動を報せるサウンドが、2人以外いない部屋に静かに響いた。

ルームライトはついておらず、四方壁に飾られているアンティーク風のランプが、中に入れられたワット数の低い電球の、おぼろげな色で浮かび上がっているのみ。


「一応、このフロアには、ピュンマとジェットしか残ってないから、緊張しなくても大丈夫だよ?・・さっき、自分でも確認しただろ?」


デスクチェアに座るフランソワ-ズの肩が強張っている。
息を殺すように薄く吐く、微かな息づかいを感じながら、ジョーはブレザーの胸ポケットから、持ち歩いているUSBを、立ち上げたコンピューターに差し込んだ。
フランソワーズが座るデスクチェアの背に左手を乗せて、”もしも”誰かがコモンルームに入ってきたとしても、フランソワーズの姿がすぐには確認できないように、自分の躯で覆い隠す。そのために、ジョーは腕を伸ばしてフランソワーズの背後からマウスを操る形となった。

ジョーがマウスを扱いやすいように、イスをギリギリまでデスクに近づけさせたために、フランソワーズはイスの背とデスクの縁にサンドウィッチされたように挟まる形になった。


「・・・・あの、さ」


耳に近い位置で小さく囁かれるジョーの声に、フランソワーズはその部分が熱く焼けていくような感覚に襲われる。


ルームライトは付いていないが、デスクトップのモニターから放たれる白い光が、自分の顔をはっきりと浮かせていることがわかるために、肌の色が変わってしまってはいないか。と、緊張する。


「・・・・・・・・別に、いいけどね。そんなにデスクにぴったりと、躯をつけられてると、その・・・デスク下にキーボードがあって、出せないんだけど?苦しくない?」
「?!」


囁かれた言葉に、反射的にデスクの縁に両手の平をあて、ぐいっと腕を伸ばしてデスクと距離を取ったフランソワーズの急な行動に、彼女の背後にいたジョーは、デスクチェアに轢かれた。

デスクチェアの足には、とても滑りの良いローラーが4つ付いている。
フランソワーズが入れた力の勢いのまま、どん!と、腹部に強い衝撃を受け、マウスから離れたジョーの手が床の絨毯へと落ちた。


「・・・・・って・・」
「ごめんなさいっ!」


まさかのフランソワーズの行動に、不意を突かれてジョーは尻餅をついた。
フランソワーズはそれ以上デスクチェアが進まないように足で止めて、デスクチェアから飛び降りて床に屈んだ。


「・・・・・フランソワーズ・・・急にイスを・・・驚くだろ?」


自分の正面に屈んで何度も謝ってくるフランソワーズを見ながら、ジョーは苦笑するしかない。


「ごめんなさいっ。だって、デスク下のキーボード・・」
「・・・いや、別にいいけど・・・。あんなにぴったりと躯をくっつけて苦しくない?」
「平気・・」
「それなら、口で言ってくれたらいい、よ・・・」
「ごめんなさい。本当に、・・・ごめんなさい」
「・・躯が鈍っているみたいだな・・・、これくらいで床に手をつくとは、ね」


ーーー躯が鈍っているんじゃなくて・・・油断しすぎだ、・・・・俺は・・。


「そんな、私が急に・・・ほんとうにごめんなさいっ・・・」


調った眉を八の字に下げて、床に座り込んで謝ってくるフランソワーズ。
さっと、体制を正して片膝をついてから、右手をフランソワーズに差し出した。


「一回で、いいよ・・・。ごめんなさいは。ほら、立って」


言いながら、先にジョーが立ち上がる。
フランソワーズは、おずおずと、ジョーが差し出した手を取る。と、ジョーがゆったりとした動きでフランソワーズが立ち上がるのを助けた。


すぐに、ジョーが手を離すと思っていたフランソワーズは、立ち上がっても握られたままの手に、どきどきと、心臓が高鳴っていくと同時に、嬉しさも沸き上がっていった。そしてそれは瞬時に、自分が、篠原さえこに嫉妬していたことを、フランソワーズに気づかせた。


篠原さえこと、地下の通路で会った後、ジョーが部屋に戻ってきたときに、放たれた残り香が、さえことジョーが触れあった証拠。

目蓋に焼き付いた、さえこの仕草。
そして、ジョーの腕に絡められた、女の腕と指先。





フランソワーズは嫉妬した、自分を恥じた。
自分にはそんな権利などないのに、と。









「魔法の手、だね?」


ジョーの言葉に、いつの間にか俯いていたフランソワーズは、はっと顔を上げた。


「・・・・この手から、美味しいモノがいっぱい作られる、から」



ーーーそして、この手が、一晩中・・・・・ずっと。












フランソワーズの手を離す。
離れていくジョーの手の感触、そして温もりに、フランソワーズの両手が、その手を追いかけていった。




小さな白い手に包まれた、自分の手を見てジョーは驚く。


「私の手が・・・・そうなら、ジョーの手は、たくさんの人を護っている、手・・・よ。とても強くて、優しい・・手」


空に星が瞬くように、フランソワーズの瞳は煌めく。


「・・・・そうかな、この手は、多くを破壊してきた、よ?」
「それでも、この手はずっと護るために戦って、傷つきながらも、優しさを見失ったりしない・・・みんな、知ってるわ」
「簡単に人を殺すことだって出来る、サイボーグの手」


フランソワーズは、ジョーの手を握る両手に力をいれた。


「それなら、私も・・同じだわ」
「・・・・・違うよ。キミは違う」
「同じよ?・・・・・どうして、違うの?」
「・・・・そんなことさせない、から。・・・・みんな全力で、キミにそんなことをさせないように護る、よ」


ジョーは、握られていない手を、自分の手を包み込んでいるフランソワーズの手の上に重ねた。


「・・・・今は、キミの”力”が必要で、・・・・キミに辛い思いをさせている。けれど、これだけは言っておく、よ。・・・・キミの手をもう二度と・・・戦いのために使うことがないことを、使うなら、キミが大好きな御菓子作りにだけ・・・使われるように、そう思っている」


まっすぐに向けられたアンバー・カラーの瞳は、強く光る。









”フランソワーズは、フランソワーズだっ!
そしてアイツはサイボーグに改造された003なんだよっ!
003でいることが、フランソワーズなんだよっ。フランソワーズでいることがっ、003でいることだっつうのがわかんんねえのかよっ”








ジェットの言葉を噛みしめる。




いつの日か、キミがキミでいるために、
戦いを忘れて、003であることを忘れる日が来るまで、
俺が、この手を・・・護る。




003でいることが、キミ。
そのために、必要な”眼”と”耳”だから・・・せめて、キミの手だけは。





汚したくない。







「・・・それなら、ジョーも同じ。戦いのために使わずに・・・上手にネクタイを結べるように練習するだけの、手であって欲しいわ」


フランソワーズは、くすっと、笑った。
ジョーはフランソワーズの手に重ねていた手を離すと、フランソワーズもジョーの手を離した。


「そんなに変?・・・・アルベルトに教えてもらった通りなはずだけど?」
「・・・・教えてもらっていたとき、私もいたでしょう?そんな風には教えてなかったわ」


フランソワーズが一歩、ジョーに近づいて、見上げる仕草でジョーのネクタイに触れた。


「やだっ・・・・ジョーっこんなにノットを固く締めてどうするの?」
「・・・え?」


フランソワーズはジョーのネクタイを解こうとしたが、あまりに固く結ばれたそれは、びくともしない。


「ノットが潰れてるはずだわ・・・・、ジョーこれ自分ではずせるの?」
「・・・外せるよ、外せるから、今日も付けてるんだけど?・・・・いいよ、フランソワーズ。ネクタイは、あとで」
「・・あ・・・・・そうだったわ。ごめんなさい・・・つい、気になってしまって」
「・・・・・・そんなに、変なんだ、ね。じゃ、後で頼んでいい?」
「え?」
「ちゃんと、教えて下さい」


真剣な表情で、まるで職員室に訪れた学生のような態度で物を言うジョーに、フランソワーズの笑いがこぼれる。


「はい。ちゃんと教えて差し上げます」


2人は微笑みい、自然に003と009へと切り替わる。
お互いに触れ合った手の感触の余韻を、こころ奥深くにしまい込んで。


胸が高鳴るような、激しく相手を求めるような、そんな胸の動きはなく、逆に、自分たちの置かれている立場と状況を冷静に見つめ、どんな状況に置いても、そばにいることが出来る。と、安心した。





009であるから、003のそばにいる。
003であるから、009のそばにいる。




すでに読み込まれていたUSBからいくつかの”景品”を開く。

大まかに009は003にその設計図に書かれている特徴を伝えると、003は”眼のスイッチを入れて、同じ寮の2階の部屋にいる、すでに夢の住人となっていた津田海の左足を視た。














ここに、少しばかりお節介なキリギリスが、巣に帰る前に彼ら2人の様子を覗いていたことは、誰も知らない。


ーーー青春だなあ・・・。いいけどよお、ジョー・・・
   お前、純情すぎねえかあ?話しに聞いていたのと、ぜんぜん違うキャラじゃないかい?


 
手を握り合い、お互いを想い合い。
誰もいない部屋。


ムード満点の証明。










そこで何も起こらないことに、キリギリスは頭を捻りながら部屋を去っていった。






ーーー本命には手が出ねえ、タイプかあ・・・・。














設計図を見ながら、確認した津田海の足は、まさしく、トーマス・マクガーの資料を使って作られたものだと、報告された。


コモンルームを出て、フランソワーズを先にジェット、ピュンマの部屋へと送り帰した後、自室へ向かったジョーを、出迎えたのは、もうすでに休んでいると思っていた当麻だった。










=====60へ続く



・ちょっと呟く・

やった~!ここまできたっ!
そして、9と3が成長っ(?)
手を握り合っても、ドキドキしないらしいです(笑)



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Day by Day・60
(60)





「・・・まだ、起きてたんだね」
「ちょっと色々とあって」


デネブ寮の自室に、フランソワーズが作ったザッハ・トルテを取りに戻って来たジョーは、ドアを開けて部屋の明かりがついていることに、多少の戸惑いを感じた。


「あの、2人のところかい?」
「・・そう。夜食を取りに、ね」

冷蔵庫へと歩み寄り、白い箱を取りだす。
ジョーの動きを視線で追う、当麻の手に握られているのは、携帯電話。


「電話、出ないんだ」
「・・・・・」


ジョーの背に向かい、当麻が呟いた。
冷たい白い箱を手に、冷蔵庫を閉めたジョーは、当麻へと振り返った。


「マリー、なんだけど」


当麻の言葉は簡単に予想できた。
フランソワーズが彼からの電話に気づいていたが、ずっとミーティングを行っており、先ほどまで003として、009と津田海の”足”を視ていたのだ。
彼女に、携帯電話をとる時間などなかった。


「・・・・もう、寝ているかもしれない、よ。ここまで来たから疲れて、早や目に休んだんじゃないか?」
「なんでも知ってるんだね、島村は」


当麻が淋しげに言った。
ジョーの肩が微かに揺れる。


「・・そうでも、ない」
「本当にそう思う?」
「・・・・そう、思うよ」


当麻はデスクチェアに座った状態で、ジョーを見つめた。
ジョーの表情からは、彼が何を意図して自分が物を言っているのかを、理解しているのか、どうか。判断がつきにくい。


「そっか・・。うん、また明日にでも電話してみようかな、島村も、あんまり根を詰めないようにな」
「・・・お休み」
「うん・・・」


部屋を出て行くジョーを見送りながら、当麻は深く溜息をついた。
どうにもスッキリとしない。

けれど、わざわざジョーを問いつめて、聞き出す勇気もない。
そしてそれはマリー/フランソワーズに対しても同じだった。



ーーー知らないまま、で。いいよね?
   ・・・・ぼくの勘違いかも、しれ・・・ない・・っていうことで。






握りしめていた携帯電話をやっと、手から離すことに成功し、自室のバスルームでシャワーを浴びたあと、当麻は眠りについた。















####


ピュンマは各フロアにある共同キッチンにお湯を沸かしに行き、戻る途中、白い箱を手にしたジョーと部屋の前で会った。


「インスタント、だけど。珈琲を淹れるね」
「・・・・ああ」


手にポットをもったピュンマは、ドアノブに鍵を差し込もうとして、その動きを止める。


「ジョー、海に何かあるんだよね?」
「・・・調べてからだ、よ」
「僕が、そんなに信用できない?」
「・・・・・そういう、事じゃない」
「嫌だな、僕だって00メンバーだよ?」
「わかっている、よ。もちろん・・」


ピュンマは真っすぐにジョーをみた。


「ジョーはさ、気を遣いすぎるって言うか、優しいんだけど、それってちょっと違うんじゃないかな?」
「・・・・」
「もっと、信用してよ。僕も、みんなも・・・。1人で抱え込まずにさ」
「・・・・信用、してるけど?」
「肝心なところで、いつもジョーは口を閉ざしてしまうだろ?そして、1人で片付けようとするし、1人で解決しようとして、なんでも1人で物事を進めていく。それって、みんなのことを思う優しさとは、違うよ。逆に、それってみんなに失礼なんだよ?」
「・・・なんでも、1人でこなそうなんて思ってない」
「そうかな?」
「そうだ、よ」


ピュンマは苦笑する。


「もっと、僕たちを頼ってもいいんだよ?・・・そして、甘えても、ね。ジョーは末っ子なんだし!それに、僕の事を思って、海のことで何か隠してるみたいだけど、・・・・・それも、余計なことだ。ちゃんと僕を見て。ジョー、僕をそんなに弱いと思ってるの?」
「そうじゃ、ない」
「僕は008だよ」
「わかっている、よ」
「ジョー。確かにみんな、平和な日常の中で、今後どう生きていくかを真剣に考えているし、そんな平和が永遠に続けばいいと、望んでいる。けれど、今回のミッションも、もしかしたら今後、起こるかもしれない戦いも、君の所為で起こるわけじゃないんだよ?・・・なにもジョーに責任なんてない。ジョーは009で、最後にサイボーグ化された。プロトタイプの中でも、1~8までの技術をバランス良く搭載した、最強の戦士。そのせいでジョーはリーダーかもしれないけれど、それは、ただ、それだけでしかないんだ。いいかい?ただ”それだけ”なんだよ」
「・・・・・それ、だけ・・・」
「誰が、”009”であっても、おかしくなかったんだ。偶然、ジョーだった。偶然、008が僕だった。それは、もしかしたら逆だったかもしれないんだ。・・・覚えておいてね、ジョー。君も僕たちと同じように、生きて、そして自由でいるべきなんだ。みんなの平和な生活を守るのは、君の義務でも、勤めでも、なんでもない。自分たちの幸せや、平和な日常は、ちゃんと自分たちで護る。もちろん、僕たちは、家族で仲間なんだから、力合わせて、色々なことを乗り越えていくだろうけれど、みんな、もうすでに良い大人なんだから。・・・・ジョー、自分のことをもっと、大切にしてよ。そうじゃないと、悲しいな。みんな、悲しいよ」





ーーーそして一番、哀しむのは、君が好きな人なんだよ。







ピュンマは、ドアノブに鍵を差し込んだ。


「みんなが幸せであることを、君が望むなら、僕たちみんな、君が幸せになることを望む。誰1人、誰かの犠牲になることなんて、望んでいない。ずっと、僕はジョーに言ってるよね?ちゃんと、ジョーは、ジョー自身のために、ちゃんと自分と向き合ってよ。そして、そのために、生きて欲しいな。・・・・・さあ!美味しいケーキを食べよう、そして、話してくれよっ。全部!僕はそれを望んでいるんだから。”マクスウェルの悪魔”がもしも、海だったら、ってちょっとヒヤヒヤしたんだよね。さっき」


鍵をひねり、ドアノブを押す。


部屋の中から、ジェットとフランソワーズの声が聞こえてくる。
ジョーは、返事をしないままピュンマの後を追うようにして、部屋に入った。









ーーー自分が、自分のために、自分と向き合う。



部屋に、フランソワーズがいた。
ジョーが手に持つ、白い箱を目にして恥ずかしげに俯くと、ハチミツ色の髪がさらり。と、彼女の肩から一房流れて、彼女の頬にかかる。


着ていた、生成色とベージュの細いストライブ・プリントが施されたフレアスカートと、セリアンブルーのアンサンブルは、ジェットに連れられて”空”から学院に戻ってくるとき、雨に降られて濡れたため、ピュンマが洗濯室にある乾燥機へと、湯を沸かしに行くついでに持って行った。


「・・・フランソワーズ、食べられる?」
「無理だなっ!夕飯、喰った量を考えてみろって!」


フランソワーズではなく、ジェットが応えた。


ジェットはピュンマのデスクにある、彼のラップトップ・コンピューターを使っていた。
フランソワーズは先ほどいた位置に、ピュンマのベッドに座っていた。


「私だけ、のけ者にするの、ジェット?」
「お前のことを考えてやってんじゃんかよ、腹壊すぞ!」
「そんな柔な躯じゃありません」
「いや、そこんところは、柔でいいじゃねえの?」


ギルモア邸にいるような、そんな錯覚がジョーを捕らえた。

フランソワーズは立ち上がり、ピュンマがジェットのデスクに置いた、インスタント珈琲の粉を、紙コップへと入れていった。



”食器だと、洗うのが面倒だって言って、ジェットは洗わずに何度も使うんだよ、不衛生極まりないんだ!だから、もうここは割り切って紙コップに紙皿!”






大量にあった、紙コップ、紙皿、プラスティックナイフやフォークは、すべて”ジェット用らしい。


「お湯は僕が入れるから、フランソワーズ、ケーキをお願いしていいかな?」


ピュンマはジョーの方へと振り向いた。
ジョーは白い箱をジェットのテーブルに置く。
フランソワーズが頷いたのをジョーは観ていたので、2人の邪魔にならないように移動すして、ジェットがのぞき込んでいる、ラップトップ・コンピュータのウィンドウを眺めた。


「・・・イワン?この、”踊る白いウサギ”って」
「じゃねえの?お前のHNより、いいじゃんか、”J”なんて、面白くねえしよ!」
「そういう自分は、どうなんだよ?”Celestial Knight”?」
「ああ?オレらしいだろ?な、ピュンマ!」


ジェットはぐぅっとデスクチェアにもたれかかり、視界を遮るように隣に立つジョーをよけて、ピュンマの方を見た。


「ナイトって言うガラかなあ?、どっちかって言うとさあ」
「なんだよっ!」


ピュンマが笑う。
その声を耳にしながら、フランソワーズは別の声を聞き取った。


白い箱を開けて、ザッハトルテにナイフを入れた手が、止まる。

フランソワーズが”眼”のスイッチを入れた。
ピュンマの方へ振り向いたジョーは、ピュンマの隣に立ち、自分の位置からは、彼の陰に隠れてしまっていたが、フランソワーズの様子を見過ごすようなことはない。


「フランソワーズ、どうした?何を”視てる”?」


ジェットとピュンマはジョーの声に、すぐさま003に注目した。


「津田海さんの部屋へっ!!彼の足がっ」


部屋を飛び出したのは、008。
それに続く、002。

ジョーはすぐさま、ピュンマのデスクにある、もう1台のコンピュータを使い、アルタイル寮内のセキュリティをすべてoffにし、防犯カメラに、2人が映らないように偽の映像を読み込ませた。


<部屋のロックは解いた。ドアを壊すな。誰にも気づかれるんじゃない>


脳波通信で002と008に注意を呼びかけながら、003に向かって訊ねる。


「フランソワーズ、彼は、石川に・・・・」
「連絡できるような状態では、ないわ・・・大丈夫なはず」
「・・・・ギルモア邸へ、連れて行くべきか?」
「009・・・」
「石川に任せても、同じことの繰り返しだ。彼が”トーマス・マクガー”の他の研究資料を手に入れない限り・・・」
「篠原の家には、あったのに・・・・どうして?どうして、その研究資料が使われてないの・・・?」
「理由は、本人に聞くしかない、よ。・・・・連れて行こう。彼をこのままにはしておけないし、あんな状態を放っておくこともできない」


003はスウェット・パンツのポケットに入れていた携帯電話を取りだして、ギルモア邸へメールで連絡を入れた。



<002、そのまま彼をギルモア邸へ連れて行くんだ。008、君は・・・心配だろうけれど、こっちへ戻って。003とここに残るんだ。僕が002と行く。ここで今日の予定をこなしてもらいたい・・・すまない>


フランソワーズの耳に、ジェットが空へと飛び立つ音が聞こえた。
津田海の部屋に、1人、残るピュンマをフランソワーズは”視る”。


「行く、よ」


ジョーの声に、”眼”のスイッチを切ると、いつの間にかフランソワーズの前に立っていたジョーは、着ていた制服のブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイを外していた。


「ええ、009」
「・・・ピュンマのこと、頼む。説明してやって欲しい」
「はい」
「あと、予定通り・・・お願いする」
「はい」
「むこうが済み次第、戻ってくるから。・・・・気を付けて」
「・・・はい」


009の言葉に真剣に頷き、返事をするフランソワーズ。
その彼女の手元にある、白い箱の中で切り分けられた1つ、に、ジョーは腕を伸ばし、指で一切れつまみ上げて、一口、食べた。


「・・・・うん、美味しい。さすが、フランソワーズ。・・・・それじゃあ、ね」


フランソワーズは瞬きもせずに、ジョーの動きを追った。


「あ・・・、気をつけて・・」


驚きに見開かれた、こぼれ落ちそうに大きな瞳が、手に持ったそれと一緒に、部屋を出て行く、ジョーを見つめる。
その背に向かって小さく呟いた。

非常口へと向かう間に、ジョーはケーキを食べきる。口の中に残る、ほろ苦いチョコレートと、甘酸っぱい杏ジャムに、瞬きするたびに浮かび上がる、微笑んだフランソワーズに向かって、礼を言う。



ーーー今までで、一番嬉しい誕生日かも、な





それが、その日でなくても。





009は、奥歯の加速装置を噛んだ。









部屋に残されたフランソワーズは、目の前で起こったジョーの行動を何度か再生した後、気持ちを切り替えて、ピュンマに脳波通信を送った。


<ピュンマ、部屋に戻ってきて。いつまでも、そのままそこにいても、何も変わらないし、何もできないわ・・・・。あなたに聴いてもらいたいことが、あるの・・・・>


















####

少しの差であったが、ギルモア邸にジェットが津田海を連れて戻るよりも早く、ジョーは到着した。焼け崩れた服を、自室で着替えてから地下へと赴き、メンテナンスルームには、すでにイワン、そしてギルモアが、フランソワーズからの電話を受けて待機していた。

連れてこられた津田海の左足を見るなり、ギルモアの顔に浮かんだのは、苦渋と怒りの入り交じったものだった。
痛みにより意識が朦朧としている津田海は、今、自分に何が起こっているのかを認識する力はない。イワンは津田海の意識を深い谷底へと沈め込んでいく。
そして、ジョーの手によってかけられた麻酔は、津田の苦痛に歪んだ顔へ穏やかさを取り戻させた。

ギルモア邸で、津田海を地下へと運んだジェットは、1階のリビングルームに向かった。彼を労うように、張大人はグラスに氷をいれたコーラを出す。


「くっそ、喰い損ねちまったぜ!津田のやろう、あとで責任取ってもらうからな!」
「それは、ジョーも一緒アルヨ、またフランソワーズに作ってもらえばいいネ。それより、ちゃんと、ピュンマとフランソワーズに連絡したあるか?彼は博士の手に委ねられたから、心配ないってネ」
「ああ、さっき連絡したぜ」
「それは良かったアル。ピュンマは安心したネ」


キンっと冷えたグラスを手に、コーラをぐいっと飲む。
のど元を過ぎる炭酸の弾け具合が、心地よい。


「んじゃ、早速出かけるとすっかな。用意はできてんのか?」
「002次第ね」


ジェットはグラスを持ったままソファから立ち上がった。


「了解、10分後にな」
「アイアイね!・・・・急に忙しくなってきたアルヨ!」
「しゃあねぇよ、隠していたおもちゃを取り上げられた子どもが、騒ぎだす前に、その”おもちゃ”を扱うには100万光年早えってお仕置きしてやらなきゃいけねんだしよ」
「まったくネ!お尻ペンペンっじゃ、許されないアルヨ!」


















####

フランソワーズが想像していたよりも早く、ピュンマと2人でジェットからの連絡を受けた。その後に、フランソワーズは、紙コップにインスタント珈琲を入れて、紙皿にケーキを乗せたのを、ピュンマに渡して、自分が”視た”津田海の足について説明し始めた。


「・・・・それが、高等部に入学したころに起きた事故の怪我が原因かもしれなくて、海はの左足は」
「義足、よ。左足膝下から・・・。でも、どういう状況で、どうして彼の足がそうなっているのか、今までの流れから、ある程度の”推測”はできるけれど」


手に持っていた、珈琲を円を描くように揺らし続ける、フランソワーズ。


「うん。・・・・・フランソワーズが言いたい事、わかるよ。すぐに調べる。ちゃんと把握しておかないとね。海が、自分の足について、知っているか、知らないのか・・・・。それによって、今後の彼への接し方も考えないといけない。・・・・ったく、心配性だよ!ジョーも、フランソワーズも!これくらいの事で、僕が取り乱したり、ミッションを遂行できなくなったりすると思う?」


ピュンマは笑顔で言った。


「・・・ジョーはね」
「それも、わかってる。ジョーは僕の・・・・日本での’初めての友人’を考えてくれて・・・でしょう?わかってるよ。十分に・・・・それでも、ちょっと腹が立つよ。変なところで気を遣って、肝心要なところを忘れてる!海も、足を痛めるなら、もう少し待ってくれたらいいのにさっ。・・・・・ケーキ、食べ損ねたんだよね?・・・・せっかく、フランソワーズが、ここまで持って来たのに。これなら、ギルモア邸に置いておいた方が・・・」


ピュンマは、紙皿の上に乗せられたケーキをフォークでさし、食べる。
今までフランソワーズが作ってくれたお菓子の中で、このケーキが一番美味しいと思う、ピュンマ。それは、材料が違うせいなのか、それとも、いつも作るケーキとは”違う目的”だったためか。は、解らない。


「・・・・美味しいって言ってくれたの」


フランソワーズは俯いて、呟いた。


「ッ食べたの?!そんな時間なんて・・」


ピュンマは持っていたケーキを落としそうになりながら、俯いてしまったフランソワーズを覗き込み、裏返った声で訊いた。
小さく、こくん。と頷いてみせる、フランソワーズの頬がほんのりと、色づいている。


「ここを出るとき・・・・切り分けた1つを持って・・・」













心配でたまらない、海のこと。
けれども、今、自分が海のためにできることは、何もない。

仲間を信じて、海を任せた。










僕は、今、僕ができることをするしかない。









ーーーだから、ジョー・・・・。
   海のことは、君に任せる。なにも心配してないんだよ、僕は。
   まだ出会って日が浅いけれど、海を大切な友人で・・。
   彼の足が、サイボーグ技術を使った義足だろうと、なんだろうと、何もそれは変わらない。
   彼のために、僕ができることを、僕は一生懸命に、その時がくれば動くだけさ。








ジェットは、君にどんな魔法をかけたの?








ミッションが始まる前の・・・・いや、もっと前かな?
アランとのことがあってから?


ときどきしか姿を現してくれない、恐がりな君が、こちらに向かって歩いてきている気がする。


ーーーもっと、もっと、本当のジョーに会いたい。
   ずっと、’見えない’壁の向こうにいた、本当のジョーに。
   


抑えつけていた。
抑えなければならなかった。

隠していた。
隠さなければならなかった。



もう、そろそろ自由になってもいいんじゃないのかな?
もう、そろそろ君は自分のために、我が侭を言ってもいいんじゃないかな?






ピュンマは隣に座る”自慢の妹”、フランソワーズを見つめた。


「フランソワーズ、海について僕のことは何も心配いらないよ。いいね?もしもジョーがまた、変な気を遣うようなことがあったら、そう言って欲しいな」


フランソワーズは顔を上げ、ピュンマに向かって、真剣な表情で頷いた。


「わかったわ」
「それと・・・・、よかったね。食べてもらえて!ジョーはすごく嬉しかったと思うよっ。残りはちゃんと保存しておこうね。まだ大丈夫だろ?」
「明日・・・今日丸一日は大丈夫よ」


真剣な表情が柔らいで、やんわりと微笑んだフランソワーズ。


「さあ!僕たちもそろそろ、”仕事”をしようか。003、今日の君と009が行う予定だった内容をきちんと話して」


大きな口でぱくり。と、ケーキを食べきったピュンマが、珈琲を飲みながら言った。


「まず、グレートが見つけた紫微垣の地下のコンピュータ、それを確認して、そのコンピュータ以外のを”マクスウェルの悪魔”が使用していないかを確認。その後、石川が学院から与えられている私室へ。彼がラップトップ・コンピュータを持っていることは確認済みだけれど、部屋にはデスクトップもあるの。それを確認するわ。そして、学院本館にある、篠原さえこの父、秀顕の、理事長室、さえこが学院で使っている部屋もよ。そして・・・津田海さん個人のコンピュータ、石川斗織、”マクスウェルの悪魔”が接触していないかを調べるわ」
「009から言われた、彼の事故についても今晩中には調べたいな」
「この学院自体が、”マクスウェルの悪魔”の隠れ蓑・・・、だとすれば、篠原さえこに、協力者がいてもおかしくないと思うって」
「石川以外に?」
「あやめ祭自体にも、009は何かあるんじゃないかって、考えているみたいなの。今まで行われてきた、あやめ祭の後に、篠原グループは大規模な”パーティ”を開いているの・・・。その後、必ずと言っていいほど、篠原グループは企業として、大きく成長する、利益を上げているらしいわ・・・。統計的に見たデータから、パーティの前と後では、全然違うらしいの」


003の言葉を聞きながら、008はジェットの机に置かれたポットから2杯目の珈琲を淹れた。


「あやめ祭自体に、か・・・。チャリティイベントにしては、大規模だもんね。まあ、学園祭を兼ねてるから、普通だと思っていたけれど・・・」
「ゲストが気になるって」
「ゲスト?」
「毎年、学院側が招待する人間が・・、今年は医者、義肢技術者関係なんですって」
「まあ、確かに。それは当然かなあ?だって、チャリティ自体が、地雷の犠牲になった子どもたちに、新しい義腕、義足を送るのが目的だし」
「津田海さんも参加なさるのよ、ね?」
「希望すれば、ジュニアも参加できるらしいからね。聴いてなかったけど、参加するんだ?」


008は新しく淹れた珈琲を手に、003の隣に再び戻った。


「まだ、009はみんなに報告できるほどの確かな情報ではないって言っていたけれど、今のシニアの中に、サイボーグ技術に感心がある人間が・・・いる。と、考えているわ」
「・・・・え?!」
「表だっては、それを口にしてはいないらしいの・・でも、何人かは”篠原技研”と交流があるらしくて。その学生たちは、石川斗織ととても仲が良く・・・。シニアの中でも、彼らは少し異質・・。浮いているらしいわ。009の調べでは、勉強会と称してときどき集まっているらしくて」
「・・・・・べ、勉強会・ってなんだか、それ・・・」


熱い湯を注いで作ったインスタント珈琲の熱よりも、008の手のひらの温度が上がっていく。


「・・・その内の4人は、津田海さんと同じように中等部から。本当は、当麻さんと同じ、シニアだったのでしょう?お友達も多いらしいわね、シニアに・・・。当麻さんは、津田さんとずっと、一緒だったらしいわ。中等部までは仲が良かったらしいのよ」



ピュンマはふと、初めて海をジョーとジェットに紹介したときのことを思い出した。



”島村先輩の、同室って・・・あの”篠原当麻”さん?”
”・・・知ってるんだ?”
”僕はここ、長いですから。それに、彼はこの学院の創立者の・・・ですから、知らないのがおかしいです”




会話は、なにか不自然だった。
海の様子も、少しばかりおかしかった気がする。



ーーー交通事故で1年遅れてしまい、自分が”シニア”ではないことを恥じた?




ピュンマはすぐに否定する。
海は、そんなことで負い目のようなものを感じる、小さな人間ではない。


じゃあ、なぜ?









篠原当麻だから?
それも、おかしい。



彼と、石川斗織の関係を知っていれば・・・。
いや、そうじゃない。










「003、急いだ方がいいみたいだね・・・。”マクスウェルの悪魔”が、篠原さえこ。それなら、誰が海の足を手術したんだろう?なんのための、勉強会・・・。その勉強会が海の”交通事故”から始まったのだったら・・。そして、篠原さえこと深い関係者である、石川は・・・医学博士であり、実際に医師免許ももっているし・・・・。”マクスウェルの悪魔”が情報収集者、そして石川が実行する・・・」
「誰か来るわ!」


008の話しの途中、部屋に近づいてくる複数の足音を003が捕らえた。



「003、こっちへっ」
「生徒らしき2人と、・・・・教師らしい男が1人っ」


”眼”を使って報告する、その彼女の手を引いて窓をあけた。








部屋のドアを強くノックされる。


「・・・はい・・?」
「寮監督の、岩垣だ。開けなさい」


ピュンマは恐る恐る、ドアを開ける。


「あの・・・・どうしたんですか?」


岩垣の後ろに控えている学生は、シニアの学生と思われた。


「名前は」
「ピュンマ・ギルモアです。同室はジェット・リンク。彼は今週末外泊届けを出して家に戻っています」
「・・・部屋に入るぞ」
「どうぞ・・・・あの、何か?」


デネブ寮の監督である岩垣は、乱暴にピュンマを押しのけるようにして部屋へと入っていく。
2人の学生もそれに続いた。


「・・・・いない、か。もしかしたら。と、思ったんだが」


岩垣の呟きから、彼らが”学院生以外の立ち入り禁止の寮に女性がいる”と、フランソワーズを探しているのではない。ことが判った。


「誰か、探しているんですか?ここには僕1人ですよ?」


学院生の2人が、それぞれ、部屋のバスルーム、クロゼットなどを開けて”人”が隠れられそうな場所を念入りに調べ始めたために、岩垣は驚いたように、2人を止めた。


「こらこらっ!そこまでする必要ないだろうっ!!いい加減にしない」
「・・・・いきなり、ひどいじゃないですか、なんなんです?」
「いや・・・・外出先から帰ってきていたハズの生徒が1人、部屋にいない、と・・・この2人が言ってきてね。君は彼と仲が良いらしいから、こっちの部屋に来ているのではないかと・・。各寮は夜中の13時から6時までの間、全扉に自動ロックがかかる。それは”寮監督”以外誰にも開けられないから・・・行き来が出来ない、彼らはデネブ寮でね・・」
「・・・もしかして、津田クンを探しているんですか?編入したばかりの、僕の仲が良い友人といえば、彼くらいしか思いあたらないので」


学生のうち1人が、ピュンマに視線を投げた。
その視線をまっすぐに受け止めたピュンマに向かって、呟くように問いかける。


「・・・今日、彼に会った?」
「本館前で石川先生と待ち合わせしてる時に、1度。それ以来あってませんけど?」


ピュンマに質問をしなかった方が、舌打ちする。








ーーー海は、003が見ていた。・・・病院から帰ってきた彼はずっと1人で、
   002と駆けつけたときも・・・。
   こいつら、見張っていたのか?もしくは・・・・海を・・・。








「ふむ・・・困ったな」
「彼は病院から帰ってきてるんですよね?」
「ああ、この2人が一緒だったらしいからな。知ってのとおり、津田の足のこともあって、今日はルームメイトがいないから、彼の部屋に泊まる約束だったらしいんだが、いつまでたっても連絡が来ないらしくて・・・・困ったな。石川先生に連絡して・・・。すまなかったなギルモア、このことは口外しないように。もしかしたら散歩にでも出て寮に戻れなくなったのかもしれんし・・・、おい、戻るぞ」



<今、石川先生に知られるのは、まずいよね?003>
<もう、あの2人の内のどちらかが連絡を入れたみたいよ>
<ええ?!>


岩垣に促されて、学院生の2人が部屋を出て行く。その2人の後をついて、岩垣も出て行った。



<石川斗織を見張っていた004から連絡が来たわ>
<それで?>
<ギルモア邸に連絡を入れて、こちらに向かっているわ>
<どうしょうか?>
<・・・004と合流してからだ・・003、008>
<<009!>>














アルタイル寮は6階建てであり、ジェットとピュンマの部屋は5階。

008は思い切り勢いをつけて、窓から上にむかって003を投げた。008の腕力により003は十分に屋上までジャンプすることができ、今、彼女は屋上にいる。

003は”眼”と”耳”を使い、008の部屋の様子を窺っている時、004からの連絡が入った。
そして、突然、耳を掠めた空気を切り裂く鋭い音に振り返ると同時に、瞳に映ったのは、見慣れた紅い防護服を身に纏い、1時間ほど前に別れたばかりの009が、いた。


<008、君はそのまま部屋に待機。・・・・彼らが戻ってこないとは言い難い。そこから僕たちをサポートして欲しい。津田の家の方には、すでに006が連絡を入れてある。”友人宅で週末を過ごす”という風に、ね。外泊届けなども、001が”作って”くれた。彼らがもう1度確認すれば、自分たちが見逃していた。と、思うだろう・・・これから、僕は003と動く。まもなく、007もこちらへ来る>


009は脳波通信で008と会話しながら、003の傍に寄る。
003も2人の会話を脳波通信を通して聴いている。自分のすぐ隣に立つ009を見上げるようにして、009の指示を待つ。


<005、006、002が、”景品”を手に入れた者たちの家に行き、001が用意した”偽物の景品”とすり替える、今晩中に終わる予定だ。今から、月見里(やまなし)学院にある”マクスウェルの悪魔”のすべてを消去する。オンライン・ゲームの方も・・・、だ。”彼ら”を追い込む、よ。どうやら、僕は大切な”おもちゃ”を取り上げてしまったようだから・・・・。急ぐ。悪戯はここまで、だ>


「私が一緒だと、加速できないわ」
「・・・大丈夫、必要ないよ」
「ここからでも、”視て聴く”ことが出来るわ」
「確かにね、でも、ここに居て安全かどうか、は保証できない。一緒に来るんだ。今、008の部屋に戻るのも、安全とは言い切れないから、ね。・・・・急ぐよ、石川が来る前に、紫微垣(しびえん)の方を終わらせたい」


009は003の背中に腕をまわし、少し屈んで、彼女の膝下に腕を通すと、軽々と003を横抱きにしてだきあげた。


<008、紫微垣へ向かう>
<了解、セキュリティとかは気にしないで、こっちでカバーするから。ドアを開けるときには、一応報告してね。009>
<了解>


009は地面を蹴り、6階屋上を囲うように取り付けられたフェンスの上に立つ。


「003、見回りの警備員がいるんだ、視て。」
「・・・・紫微垣、正面口に1人、アルタイル寮の裏口に2人、・・・さっき、008の部屋に来た3人と話しているわ。地下の警備室に2人。寮の敷地内の警備員は計5人」
「・・・部屋に来た3人?詳しく訊きたい。キミが屋上に居た原因はそいつらの所為?・・・何を話している?」
「津田・・海さんの行方を探しているわ、もしかしたら、学院内のどこかで、何か問題でもあったのではないかと・・・・、警備員に学院内の捜索を頼んでる...」

「・・・・・放っておいていいな。石川がこちらに向かっているし。混乱させておいた方が、都合がいいから、ね。正面口に1人か、・・・・地下の警備室は、確か007が見つけた部屋の近くだ。3階の石川の部屋から始めた方が良さそうだね。・・・上から、行こう」
「・・・行けるの?」


003の言葉に、009はくすり、と笑った。


「余裕だ、よ・・・。フランソワーズ、僕は誰?」



009は抱き上げている003の腕に力を入れる。
蹴ったフェンスの揺れる音が、深い闇の中に響き渡った。


「サイボーグ、009」





宙(そら)に、鋭い風の路が通り、フランソワーズの声はジョーの胸の中でささやかれた。






=====61へ続く




・ちょっと呟く・

大幅に筋書き変更いたしました(汗)
前半、話しを引っ張りすぎっっ( p_q) シクシク

一気に行きますっ。→とか言いながら、結局引っ張っていそう
事件ですからっ、これが009でしょう?!って言うふうに書けたら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいですねえ┐( ̄ー ̄)┌ コマッタナ





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Day by Day・61
(61)


昨日の雨が嘘のように、晴れ渡った青空の白く射すような光。
目覚まし時計をセットしていた時間よりも早く、当麻は目覚めた。

寝起きは悪いほうではない。
今日は特に、それを感じている、当麻。
心地よい深い眠りを得られたんだろう。

瞼が重く、張り付くような感覚もなく、視界がぼやけるようなこともない。
はっきりと白い、寮の天井を見ると、おろしていたブラインドの影が、大きく斜めに映し出されていた。


身をゆっくりと起こす。
視線は自然と置かれているデジタル式の時計に移っていく。
毎朝の習慣が、朝の儀式のように、どんな時でも同じ動きを模す。


隣のベッドには、いつ帰って来たのだろうか、ルームメイトの島村ジョウが眠っていた。
頭まですっぽりと覆った掛け布団からはみ出した栗色の髪が、部屋を覗く太陽の光にあてられて、金茶色に輝いている。

鳥たちの朝の会話を耳にしながら、それらにまぎれて島村ジョウの寝息が聞こえた。


ブラインドの紐を引こうと、腕を伸ばすが、当麻は止めておいた。
勤めを果たす事ができなかった、デジタル時計のアラームをオフにする。
足を床につけて、いつも使用している室内履きに足を置く。

ぐううっと腕を天井に着きそうなほどにあげて、背骨がなりそうなほどに伸ばし、そして、左右にひねった。

週末のカフェテリアは10時からしか開かない。
それまで、当麻の胃が持つはずがなく、月曜日から金曜日までの規則正しい生活を崩すのには、ちょっとした努力を強いられる。
寮生活6年目を迎えようとしている、当麻以外の生徒も、同じように感じているのかもしれない。


ベッドから立ち上がり、500mlのペットボトルの水を取り出して、本棚の右端のプラスティックケースを”食器入れ”にしておいた、その中からグラスのコップを取り出して、注いだ。

グラスに注がれていく、水の音が手に持ったペットボトルの心地よい冷たさを、より強調していく。


ペットボトルの口を締めて、冷蔵庫に戻してからグラスに口を近づけていく。
くちびるが、水に触れようとしたとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。





当麻は、グラスからくちびるを離して、それを冷蔵庫の上に乗せ、1度、眠っている島村ジョウの様子を窺い、彼がドアをノックする音で起きなかったことに、少しばかり安心して、部屋のドアへと急ぎ足で進んでいった。


「・・・はい?」


ドア向こうの、ノックの主に当麻は声をかけた。


「私よ、当麻」
「さえ・・・こさん?」


当麻は狼狽えた。

いつも母である、篠原さえこの訪問は突然である。
全寮制のこの学院に、アポイントメント無しで入り、学院生及び関係者以外の立ち入りを禁止し、滅多に学院生の保護者も入る事ができない寮内に、好きなとき、好きなだけ出入りができる。それは、彼女がこの学院、月見里(やまなし)学院創立者の孫娘であり、時期、学院の経営者兼理事長となるからだろう。


当麻のドアノブを回す手が、ほんの少し震える。


「開けなさい」
「・・・・はい」


ぐっと手に力を入れて、ドアを開けた。


「・・・・アレをどこへ持ち出したのっ!?」


目の前に立つ、母、篠原さえこの取り乱した姿に、当麻はなす術もなく、腕を掴まれて、部屋の壁に体を押し付けられた。


「当麻っっ!!!言いなさいっ!アレをっ、あのっおじいさまから頂いたっあの”資料”をどこへやったのっ!!持ち出したのっ?!誰かに渡したの?!どうしたのっ!!」


今にも泣き崩れてしまいそうに、顔を歪めて、悲痛な声で訴える。


「え・・・・・・あ、・・さえ・・・・お母さん?・・・・・・え?ぼく、は・・何もしらな・・・」
「あなた意外っ誰が持ち出すのっ!誰があの”資料”の存在をしっているのよ!!」
「し・・・資料?」


大声で叫ぶ、さえこの声に、目を白黒させて、身動きができない当麻は、自分たちに近づく、人の気配に気がついた。


「・・・・篠原?」
「あ・・・・・・ごめん、島村・・起こして」


ジョーの声に、ぴたり。と、さえこは声を出す事を止めて、ジョーの方へと視線を動かした。
ブラインドの隙間からの強い白の光が逆行となって、ジョーの躯を黒いシルエットで浮かび上がらせる。


「・・・何か、あったのか?」
「い、いや・・・気にしないで。起こしてしまって、ごめん。さえこさん、ここだと・・・・」


自分の腕を掴んでいたさえこの手を、当麻はそっと離す。


「・・・当麻、家に帰る仕度をしなさい」


さえこは、ジョーを見つめたまま、いつもの口調で言い切った。


「・・・・・は、はい」


当麻は逆らうことなく、さえこの言葉に従う。


「・・・寮の前で待っています」




それだけ言うと、さえこは逃げるように。と、言わんばかりに部屋を出て行こうとした、さえこは、驚いたために身をひいた。
先ほどまで、誰もいなかったはずのドアに、3人の男たち。


「あなた方の身柄を、預からせていただきます・・・・。”マクスウェルの悪魔”」
「っs?!」


アルベルトが、低く言い放った。


「・・・篠原、着替えよう、時間がない」



















####

昨夜。


泊まるホテルから、石川斗織が学院に向かって車を走らせる後を、004が追う。
防護服着用しているために、目立つことはできないが、逆にそれは”人”では出来ない動きで、彼を楽々と追うことができた。
向かう先が学院である。と、道半ばで気が付いた004は、すぐにギルモア邸へと連絡を入れた・次ぎに、003へと連絡を入れるように言われて、そちらへも同じ内容のものを携帯電話から送信した。


合流する先は、002、008が部屋を持つ、アルタイル寮。
学院内に入っていく石川の車を確認し、脳波通信が使用できる範囲に入ってすぐに、通信を飛ばした。


<004だ。今、石川が学院へ戻ってきた。向かう先は・・・アルタイル寮だ>


石川の車が職員専用の駐車場へと入り、彼が走り出した先に立つ建物を見ながら言った。


<了解。そのまま003と009に合流してくれるかい?彼らは紫微垣にいるよ、ナビする>
<いや、その必要はない>
<?>
<吾輩が、お供つかまつる!>


勢いある羽音を鳴らしながら、004の胸に飛び込んで鳴いた、1匹の早とちりな蝉。



<007!>
<ちっと遅れちまったかい?・・・オレが担当していたオンラインゲームのプレイヤーの”景品”入れ替えに、ちょっと手間取っちまった>
<今、003と009は石川の部屋を終えたところ。009、聞こえる?>
<004は学院本館にある、篠原秀顕の理事長室、さえこが学院で使っている部屋へ向かってくれ。団体行動は避けたい>
<わかった>
<了解>
<008、引き続きサポートを頼む。今から003と地下の”倉庫”へ向かう。それと石川のデスクトップ・コンピュータをいじった。ギルモア邸のメインと繋がっている。すべての情報はそっちへ流した>
<了解、009。確認しておくよ。最後には、ウィルスでも撒いておくから>
<”マクスウェルの悪魔”関係のコンピュータには、全て撒いておくんだ、使い物にならないように、ね。データが他に保存されていないかは、001に探させる。007、君は004のナビが終わったら、悪いが篠原邸へ飛んでくれ。”トーマス・マクガー’の資料をギルモア邸で預かる>
<そこまでするのか?今夜中に>
<津田海が、鍵だったんだ。彼はもう僕たちの手の中だ。・・・・001が言うには、これ以上は無意味らしいから、一気に行こう>
<<<了解>>>












「それじゃ、深夜のデートと洒落こもうか?」
「色気がない空だがなあ」

雨はやんでいたが、空を覆う陰雲は重く、湿気を払う程度の風ではびくともしない。
職員用の駐車場を囲うように立つ木々の上に、緋色が靡いた。


「月も星も、オレたちの見方をしてくれているんだろう」
「いやいや、もしくは・・・恥ずかしくて見ていられないのかもしれんぞぉ?もどかしく、初々しい、あの2人になあ」
「何か、あったのか?」
「ジョーの純情具合を語りながら、参りましょうか?」
「そりゃ、楽しみだ」


004は辺りの様子を窺い、木から飛び降りると、素早く身を近くの建物に隠しながら、007の語りに耳を澄ませた。


「・・・・・それくらいの方が、余計な心配がいらんで済むが」


気分は父親だなあ、と。蝉がジジジっと鳴いた。


「男としては、背中を蹴り倒したいな」


何せジョーにとっては”初恋”だからなあ。っと、蝉はミ~ンっと呟いた。


「気づいていたのか、007?・・・・・見ていればわかるか・・・。それにしても、2ndグレードのガキの方が、もう少しマシな風に”好きな子”に嫉妬するし、ヤキモチを焼くぞ。遅すぎる”初恋”ほど難儀なものはないな。ジョーは自分で自分を持て余しているんだろう、それが情緒不安定になり、入寮前の・・・過去に抱え込んだ感情をコントロールできなくなったんだろうな」


ジョーの嫉妬は激しいぞお。今度はどこの壁だあ?っと。蝉がジ~~~~っと呻いた。


「ガキだな、まだまだ・・・・。こんな状態じゃ、心配で帰れんな」


学院本館4階の、理事室前で004の肩にとまっていた蝉が飛び立った。















####

「004と007に本館を任せた・・・、これから地下へ行く、よ」
「・・・少し慌ただしくなってきたわ」
「石川が戻って来たからね。彼は今・・・?」


地下の廊下の壁際で003の背後にぴたり。と、寄り添う009。
彼女が南西の方へと首を傾けた。
数メートル先に、警備室がある。それを越えた向こう側に、”マクスウェルの悪魔”が使用するコンピュータが置かれた倉庫がある。


「アルタイル寮前で、寮監督と話しているわ・・・学生の2人は、津田さんの部屋よ・・・外出届けが出ていることを、確認したみたい・・・。石川斗織は、とても驚いているわ」
「当然だ、ね。部屋の鍵は他と違ってオートじゃないから。加速して倉庫へ行く。その間、ここで待っていて。石川の動きを追っていて欲しい・・・。こっちへおいで」


ジョーは地下にある、遊戯室の1室に003を案内する。
室内の電気は落とされたままであるが、目が自然に暗視モードに切り替わるために、問題はない。


「内側から鍵がかかるから、念のためにかけておいて」
「はい」
「通信は開いておく、いいね。何かあっt」
「009、心配し過ぎだわ」
「・・・・そうかな?」


009は口元で微笑んだ。
ミッション遂行中にも関わらず、フランソワーズの心臓が1つ飛ばして刎ねた。
痛みを伴うくらいに、強く。


「気をつけて・・」
「キミも、ね」






残像が残る。
それは、フランソワーズの瞼に焼き付いた、ジョーの微笑み。

目の前から消えた009は、今。
別の時間に生きている。

フランソワーズは知らない。
ジョーが奥歯を噛んだ後、彼の生きる、凍った時間の中で”ほんの少し”だけ、素直に、想いを込めて彼女を見つめる時間が存在する事を。

誰にも気づかれない。
誰にも邪魔されない。


凍った瞬間(とき)の中で、ジョーは素直になる。


















倉庫の鍵は、何も問題なかった。
警備室の壁に取り付けられていた、キー・ボックスの中の1つを手に入れる。
それは簡単なこと。

外側から物音を立てて、警備室に居た1人を部屋から出す。
その好きに加速して、鍵を入手する。
鍵を入手した後は、加速せずとも、人に”幻を見た?”程度の錯覚を与える速さで動くことなど、009にとって問題にならない。


<003、今から倉庫へ入る>
<視えているわ。石川はまだ、こっちへは来ないわ。津田さんの部屋へ向かったようよ>
<008?>
<なに?>
<ここもギルモア邸の方へ繋げる。こっちも石川の部屋のコンピュータ同様に、頼む>
<任せて>
<004、そっちは?>
<007は行ったぞ>
<向こうの方に?>
<篠原邸へ、だ>
<了解。そっちはどう?>
<こっちは繋がなくていいんだろう?すべてのデータをコピーしている。終わり次第、連絡する>


009は倉庫内で、007に教えられていたコンピュータを立ち上げて、素早く必要な作業を手慣れた手つきで進めていく。


<009>
<003、どうした?>
<石川斗織が、津田さんの部屋から出て行くわ>
<こっちへ向かっている?>
<・・・まって>


最後に、returnキーを押して、再起動を行う。
すべてが順調に進められたことを確認したとき、003から脳波通信で呼びかけられた。


<いいえ、009。彼は駐車場へ戻っていく・・・004。まもなく石川斗織が学院から出て行くわ>
<心配ない、石川の車に追跡用の発信器を取り付けておいた。泊まっているホテルくらいの距離なら、問題なく追える。こっちは後5分ほどかかる>
<済み次第、追ってくれ>
<了解>


システム終了。

009は倉庫から出て、持っていた鍵をかける。
その鍵を、”落とし物”のように、警備室前の廊下にそっと、置いてから加速装置を使って003の待つ、遊戯室へと戻った。


009と003が再度合流した後、008とからの通信が届く。


<007が、”入れ替え”じゃなくていいのか?ってメールが来てるけど?>


予定では、オンライン・ゲームの”景品”を手に入れたプレイヤーと同様に、001が作った’偽’のトーマス・マクガー’の資料と入れかるはずであった。


<ああ。そっくりそのまま持ち帰ってほしい。入れ替える必要は、ない。それによって確認できるから、ね>
<わかったよ。007に伝えるね>
<・・・今から、003とそっちへ戻る。004?>
<もう、少しだ・・石川の方は、まだ追える距離内にいる。心配するな>
<任せるよ。008、002と連絡を取って欲しい。彼の体が空いているのなら、003を迎えに来てほしいと>
<このまま、学院に居たらいいんじゃない?もうすぐ始発が出る時間だよ?>
<・・・1人で返すわけにはいかない、だろ?>
<それなr>
<連絡を頼む>
<わかったよ。009>


「心配し過ぎよ、・・・電車も1人で乗れるし、ギルモア邸までの道も覚えているわ」


008と009の脳波通信でのやりとりを聴き、憮然とした態度で003は009を見上げた。
そのくちびるは、少しばかり突き出している。


「キミは学院から”昨日”出て行かなければならなかったんだ、誰かに見られたりしたら、問題になる」
「学院を出てしまえば、何も問題ないでしょう?」


003は”眼”のスイッチを入れて、紫微垣内の警備員たちの動きを視る。


「出るまでが問題だけれど、ある意味、そこからの方が心配なんだ、よ」
「警備室に、2人。外に・・・・ここには、警備室の2人だけよ。・・・駅からが問題?ちゃんと道は覚えているわ」
「さっきと、同じように屋上からアルタイル寮に戻ろう。・・・・・迷子になる、ならないは問題じゃないんだ、よ」


遊戯室から009と003は素早く身を出し、非常階段を使い屋上まで一気に駆け上がる。


「それなら、何が問題なの?」


屋上への扉を開ける前に、008にむかってセキュリティのロックがかかっていないかを確認する。


「・・・・何が問題か、本当にわかってない?」


扉を009が開けた。

空を覆っていた雲から切れ切れに覗く乳白色の空。
太陽がのぼり始めた方向にある、ちぎれ雲の隙間を通り抜けた白光が、3つの寮の建物の隙間を埋め始める時間。
心地よい冷気を含んだ風が009を出迎えた。防護服に身を包んでいる009にとっては、心地よいかもしれないが、サイズが明らかに大きく、半袖のTシャツ1枚の003にとっては、心地よいとは言い難い。
冷気にさらされた腕を抱きかかえるように、身震いする。


「私は子どもじゃないわ」
「だから、それが問題なんだ、よ」


009が003の肩を抱いた。
彼の体温が、Tシャツ越しに伝わってくる。
行きと同じように、009は003を横抱きに抱きあげると、地面を強く蹴った。


「寒い?」


大きく弧を画くように、天高く飛ぶ009の腕の中で、彼の心音を聴く。


「温かいわ」


009の腕の中で見上げる彼から瞳をそらさずに、003は呟いた。

















####

004が追った石川の行き先は、泊まっているホテルではなく、篠原さえこの自宅であった。
運転中に何度も彼は携帯電話からさえこへとコールしたが、彼女は一向に電話を出る様子がなく、イライラと何度も握るハンドルを拳で叩き付ける。
その姿を、学院から追いかける004が目撃していた。


ーーーどうやら、007とオールナイトらしいな。


<007?>
<おお?!我が輩を呼ぶのは、何処の精霊か?>
<・・・・004だ、まだ篠原邸か?>
<ああ、今から外に出るが・・・行きは手ぶらだが、帰りは土産があるんでねえ、セキュリティに引っかからねえようにしねえとなあ?って、なんで、004がここに居るんだ?>
<学院から石川を追って来たら、ヤツがここに来た>
<ここにゃ、篠原さえこはいねえぞ?住み込みのお手伝いさんだけだぜ?>
<・・・どうやら、石川はさえこの居所が解らないみたいだな?>
<どこに行ったんだ?>
<007、土産はオレが預かる。さえこを探してくれ。石川の車には追跡機をつけてあるから、放ってほいてもいいだろう、泊まっているホテルも確認済みだしな>
<了解した。んじゃ、そっちに行くから、今どこだ?>
<篠原邸の、裏だ>
<オッケー、オッケー!>






007から受け取った土産を手に、街が動き出す前にギルモア邸へと戻った004。007はそのまま石川の尾行を続けることになった。


ギルモア邸に帰り着いてから004は、現在、石川はフリーで動いている事、007が篠原さえこを探している事をメールで送信する。


002が学院へ戻って来たのは、009と003が008の部屋に戻って30分ほどしてからだった。


「ったくよ、オレはタクシーじゃねえぞ?!」
「・・・知ってる、よ」
「1人で帰らせろっつうの、フランソワーズだってよ、いい加減に日本になれなきゃいけねえだろうよ?」
「ねえ、ジェット。007が言っていたことを、もう、忘れたの?」
「覚えてっけどよっ!甘やかす方がよくねえじゃんか!今後もずっと、見てやれるってわけじゃねえんだしっ!」


食べ損ねていた、フランソワーズが作ったザッハ・トルテを頬張りながら、文句を言うジェットにこそっと耳打ちをするピュンマ。


「見てあげるつもりだから、甘やかしたいんじゃないの?ジョーは」


ピュンマの言葉に、ごくん。っと、口に放り込んだケーキを咀嚼せずに飲み込んだジェットは、まじまじとピュンマを見つめた。


「どっから、そんな発想が出てくんだよっ。こいつが未だにフラフラ煮え切らねえヤツだって知ってんじゃんかよ!」
「何に、フラフラと煮え切らないの?」
「?!」
「っ!」


学院へ来た時に着ていた、生成色とベージュの細いストライブ・プリントが施されたフレアスカートと、セリアンブルーのアンサンブルに着替えて、バスルームから出て来たフランソワーズ。


「・・・・服は、乾いてる?」
「ええ。大丈夫よ」


ジョーは、買っておいたうちの1つであった、フランソワーズが着ていた黒のスウェット・パンツと揃いのウィンド・パーカーを彼女の肩にかけた。


「まだ、空の上は冷える。着て帰るといい」
「・・・・ありがとう」


ピュンマは頬がこれ以上高くあがらないほどに、満面の笑みでジョーとフランソワーズを見つめ、ジェットは、面白くなさそうに、ふんっ!と鼻息荒く、ケーキを頬張るが、ちらり。と2人に向けた視線は、優しく、満足そうであった。


「今日は”眼”を酷使したから、帰って博士の検診をうけること、いいね?・・・メンテナンス後の調節が完全に終わったわけじゃないから。それに、暗視モードからの透視は、まだ正式な記録を取っていない,博士に報告するように」
「はい」
「んじゃ、行こうぜ、フランソワーズ。・・・オレはこっちに明日の朝一で戻ってくっからよ」
「ジェット、海のこと・・・」


立ち上がったジェットに向かって、ピュンマは呟いた。


「任せろって、心配すんなよ。博士はエキスパート中のエキスパートだぜ?なんかあったら連絡すっからよ」
「ピュンマ、大丈夫よ」
「うん、信じてるよ。でも、海自身が・・・」


ジョーが、ぽんっ。と、ピュンマの肩に手を置いた。


「・・・大丈夫だ、よ」







ジェットとピュンマのデスクに挟まれる形にある、窓の一つ開けられた。
ジェットの腕に抱き上げられる、フランソワーズに微笑みかける、ジョー。


「よっと!」


勢い良く、窓から飛び降りたジェットの躯は重力に従い落下しようとしたが、抗うように、足裏から放たれたオレンジの炎が、一気に空高く、ジェットとフランソワーズを押し上げた。


ごおおおおおっっと唸ったエンジン音に気づく者がいたとしても、人の目に届く距離に彼らの姿は見えない。


「・・・・ジェットに抱っこされてるフランソワーズに、ヤキモチ焼かない?」


窓から身を乗り出して、2人を見送ったピュンマは、ジョーに声をかけた。


「・・・ヤキモチ?」
「そう、ヤキモチ。知ってるよね?それくらい」


頭を室内へと引っ込めて、ピュンマはジョーへと振り向いた。


「・・・・ヤキモチ、・・・・・嫉妬ってことだよね?」
「う~・・・ん、嫉妬ほど重くないような。もう少し可愛い感じだよ、ヤキモチは」


しばし考え込むような仕種を見せるジョーにたいして、ピュンマは少しばかり不安になった。



ーーーま、まさか・・・ジョー・・・







「・・・・・・部屋へ戻る、よ」


ピュンマが真剣に答えを求めている様子ではなかったので、ジョーは1度部屋に戻ることに決めた。もしも、何か動きがあるとすれば、各方面に分散させた00メンバーの誰かから連絡がくるはずである。そして、蒔いた種が芽吹くのも、そう時間は必要ないと、考えている。


「り、了解」
「少しは休むんだ、よ。008」
「009もね・・・」
「・・・10時にカフェテリアで」
「うん」










防護服を脱ぎ、ジェットから適当な服を借りて、手に持っているのは、赤と緋色の二つを隠すように、脱ぎ捨てていた、学院指定のブレザーとネクタイ。




ーーーヤキモチ・・・・・?















デネブ寮の自室へと戻り、ベッドに潜り込んで2時間もせずに、ドアのノックする音で、009は目覚めることになる。

部屋を尋ねて来たのは、007が探していた篠原当麻の母、篠原さえこであった。













####


<007?いるのか?>
<004と今、正門近くにいる。星占いでもしたくなるくらい、004とよく会うなあ・・・って、連絡が遅くなってスマン。ちょっとやっかいな事になってきたぞ>
<004と?石川も学院に戻ってきた?>
<篠原さえこを追ってな・・・。けれど、篠原さえこは、まるで石川から逃げているみたいだなあ?あの様子だと、昨日の夜は、家に戻らず適当なシティ・ホテルに泊まっていたぞお、石川の車と同様に発信器を付けておいて、助かった>
<・・・篠原さえこ、当麻をこちらで保護する>
<なっ?!>
<おい、009、解っているのか?自分が何を言っているのか?相手は”マクスウェルの悪魔”だ>
<・・・・・だから、だよ。こちらの見方に付けるんだ。007、篠原さえこに変身して、石川を巻いて欲しい。004、008、篠原さえこ、当麻と一緒にギルモア邸へ戻る、よ>
<009っ・・・それって>
<以上だ。部屋に来てくれ、すぐに>






有無を言わせぬ、009の脳波通信を受け取った、004、007、008の3人は、今、篠原さえこ、息子の当麻、そして00メンバーのリーダーである009を目の前にしていた。


「どうやって、ここから出るの?」


篠原さえこが逃げられないように、ドアを背にもたれ掛かるようにして立つ、グレートとアルベルト。
家までマリーを迎えに来た、アルベルトの顔を覚えており、彼の方へと視線をむけると、アルベルトは片手をあげて、親しげにその視線に応えたため、当麻はどう対応していいか解らずに、背を向けてしまった。

ピュンマは部屋に足を進めて入り、当麻に着替えることをを勧め、彼を安心させるかのように、一言二言言葉を交わし、そのまま穏やかな声でジョーに話しかけた。


「彼は?」
「上手く、グレートが誘い込んで”閉じこめた”らしいよ、時間がくれば、掃除のおばさんか、休日出勤の職員あたりが、彼を見つけてくれるだろうって・・・携帯電話は使えない用に、電波妨害しておいた、1時間ほどは学院内で携帯使用はできないよ。僕たちの、ここは関係ないけどね」


戯けた様子で人差し指を使い、トントンっと、自分のこめかみ辺りを指した。


「・・・・そうか、それなら彼女の車で出よう、外泊届けは?」
「こういう時の、イワンだよね。連絡しておいた。ついでに欠席届けもね」
「・・気が利くね」
「海の分も・・・必要だったから」
「・・・・・行こう」


月見里(やまなし)学院指定の制服へと、黙って着替えを済ませた当麻は、ジョーの言葉に反抗するように、睨んだが、そんな視線など無視をして、歩き出したジョーに変わり、ピュンマが優しく、当麻の傍らに立ち、彼の背中をそっと押した。


「不安に思うよね、突然。ごめんよ。すべて・・・ちゃんと話すから。でも、今は一刻も早くここから出ないと、大変なことになるんだよ。君のお母さんも、ここへ君を迎えに来たのも、そのためなんだから・・・・。今はお願い、僕たちについてきて欲しい。悪いようにはしないから」


ふんわり、と微笑みながらも、ピュンマの眼差しは真剣で、当麻に彼の言葉を拒む隙を与えなかった。

ピュンマは、ぴったりと当麻から離れないように、歩く。
ドア口まで近づいたジョーは、不安の色を見せながらも、挑むような視線を投げてくる、篠原さえこに向かって言った。


「そう、だ・・・・。初めまして、”J”です」


驚きに大きく見開いた瞳に向かってジョーは、微笑んだ。


「あ・・・・まさk」
「学院を出るまで、運転してもらいます。途中、僕と変わってもらいますけど、ね」









篠原さえこが運転する車のために、何も問題なく学院から出ることが出来た。

007は、そのまま学院に残り、石川を見張ることになり、ジョーの指示通り、学院を出て5分ほど行った先で、ジョーとさえこは運転を代わる。


「・・・あなたたちも、目的は”トーマス・マクガー”の?どうやって知ったか知らないけど、それはもう、私の手元にないわよ」


運転を交代する途中、ジョーの耳元近くで囁いた篠原さえこ。
こんな状況においても、彼女からはしっかりと廊下で会ったときと同じ、ムスクの香りをさせていた。


「全てを、話してもらいますよ・・・・」
「何を?何も話すことなんてないわ」
「・・・・口紅の色、前のように、薄い方が似合いますよ?」
「っ!」


ジョーが口元に浮かべた微笑が、あまりにも美しく、さえこは言葉を失った。


「乗って下さい。お見せしますよ・・・。あなたは”真実”から瞳を逸らしてはいけない」



助手席に篠原さえこを座らせて、後部座席に、当麻をはさむようにして、ピュンマ、アルベルトが座っている。
規則として学院内、そして外出時は制服着用のために、着ていたブレザーを脱ぎ、ネクタイを外した。学生だと解る服装で運転はできない。

無言で座っていたアルバルトが、「教えてやったのに、ジェットよりヒドイじゃないか」と、呟いた言葉は聴かなかったことにした、ジョー。

ネクタイを結ぶために、きっちりと止めていたシャツのボタンを2つほど外し、ハンドルを握って、アクセルを踏んだ。



バックミラー越しに、ジョーは篠原当麻を観る。
ジョーが予想していたよりも、彼は落ち着いていた。


その様子をアルベルトが察して、隣に座る当麻に話しかけた。


「度胸があるな・・・、こんな状態でパニックにならないとは」
「・・・変に聞こえるでしょうけれど、何度か経験していますから」
「経験?」
「誘拐されかけたことが、あるんで・・・・。パニックを起こして、騒げば騒ぐほど、命が危なくなるんです」
「・・・・そうか。篠原グループの御曹司で何不自由なく蝶よ、花よ、と育ったわけじゃないのか」
「それでも、ぼくは恵まれています、それに・・・」


助手席に座っているさえこが、俯いてぎゅっと手を握り、くちびるを噛み締めた。


「それに、なんだ?」
「島村とギルモアが・・・悪い人間には思えないから・・・・もしも」
「・・・もしも、そうなら、マリーも、と。いうことになるからか?」


当麻はアルベルトの口から”マリー”と言う名前に、ひどく動揺する。


ピュンマは、ぽん。と、当麻の肩に手を置いた。


「まだ、信じられないかもしれないけれど、僕たちは・・・、君が思っているような事を目的にしているんじゃないんだよ。ちゃんと、説明するから、それまでもう少しだけ辛抱して、僕たちに付き合って欲しい」
「・・・・どこに向かっているの、かな?」


当麻の質問に、ピュンマは車を運転するジョーへと視線を向けた。


「津田が、いるところ」


跳ね上げるようにして顔を上げたさえこは、ジョーの横顔を穴が空くほどに、見つめる。


「あなたが、探している全てを手に入れた男を、紹介します、よ」
「すべ・・・て・・・・・?」
「名前くらい、聴いたことがあるんじゃないですか?」
「おい・・・ジョー」


アルベルトがジョーの発言に注意を促した。


「大丈夫だ。博士も了承しているし、イワンがいる」
「・・・だが、しかし・・・・」
「アルベルト、まずは彼女に信用してもらわないと、いけないんだ。そして”知って”もらわないと、いけない」
「・・・・・わかった」


当麻は2人のやり取りに違和感を覚える。が、それを今ここで口にすることは躊躇われた。


「名前って、なに?」
「”マクスウェルの悪魔”なら、探していたんじゃないですか?その男を」
「・・・・」
「もしくは、実在しないと思っていたかもしれない、な・・・」
「わからないわ」
「・・・本気で?」
「・・・・・・」


それ以上、さえこは話さなかった。







フロントガラスから見る道。
信号が、赤になり、青になり、黄色に点滅しては、角を迂る。
見知らぬ街へとひた走る車の中で、不安よりも、長く見続けていた夢から目覚められるのではないか。と言うこころの奥底に膜を張った、薄い期待に、全身で飛び込んで行きたい衝動に駆られながらも、自分がそうするこを許さなかった。


当麻がいる。

今、一緒にいるのが当麻であるから。




ーーー絶対に、当麻を護る・・・・・。それだけが、全て・・・・。













学院内で009たちと別れた007は、009、008、004、そして篠原親子が向かったことを伝えるために、駅の公衆電話へと急ぎ、戻ってきたときには、閉じこめていた石川斗織は、部屋からドアを自力で破り、デネブ寮の篠原当麻の部屋へと駆け込んだが、時すでに遅く、部屋はもぬけの殻であった。


同室である”島村ジョウ”の行方を追うが、すでに001が持つ能力で細工された外泊届けには、金曜日の午後から学院を出たことになっていた。


出されていた、欠席届も確認する。





日付からみても、彼が、津田海、篠原さえこ、当麻の失踪に関係あるとは思えなかった。
ピュンマ・ギルモアも同じ内容で、欠席届けが出されていた。
津田海と仲が良い、ピュンマ・ギルモアを疑い、彼の資料などを調べるが、何も手がかりが掴めまいまま、石川は苛々と、デスクチェアから立ち上げると、その足でチェアを蹴った。


デスクチェアは勢いよく、壁にぶつかり弾かれて倒れる。



<あいやいやいやい、相当きてるぜえ、こいつああ・・・・>

石川が学院から与えられている紫微垣、3階の個室。
窓に飾られた観葉植物の葉に同化した色の青虫が、たくさんある腕を組んで、唸った。















####

目覚めた津田海は、自分は”病院”にいるのだ。と、思いこんだ。


白い天井。

白い光。


寝かせられているベッドが、いつも使われているものよりも、ずっと上等な物であることに、気が付いた。




寝心地が良い。

体を動かして見ると、腕に付けられていた点滴の針が動いて、痛んだ。


何か違和感を感じる。
いつもよりも、すっきりとした目覚め。
左足の痛みもいつの間にか消えていた。


腕につけられている、点滴に注意しながら体を起こすと、部屋の様子が”いつもの病室”でないことに、驚いて、悲鳴を上げるように、自分の”治療”をおこなったはずの人の名を呼んだ。


「先生っ!!!どこっ!石川先生っ!先生っ!!!!」


声を聞きつけて、部屋へと入って来たのは、自分が呼んだ”石川斗織”ではなく、編入してきたその日のうちに、親友。と、言えるほどに仲良くなったピュンマが、自慢した、女性。

金曜日の午後、病院へ向かうために石川先生と待ち合わせしたときに、出会った、マリー・フランソワーズ・アルヌール。


その人だった。




「海さんっ!・・・大丈夫よ、・・・安心して」


こぼれ落ちそうな程に、大きな瞳は、長くレースのような睫に縁取られて、空色の瞳に映る、自分を見る、海は、自分が夢でも見ているのでは、と。ぽっかりと空いた口をそのままに、思い切り自分の頬を抓ってみた。


「・・・夢じゃなくてよ、海さん。あなたは今、ピュンマの家にいるの」


淡い光を灯したような、温かい微笑みに見惚れながらも、必死で頭をフル回転させる、海。


「p・・ピュンマ、の・・・?」
「ええ。そうよ・・・まだ、無理なさってはいけないわ、少ししたら博士がいらっしゃるから、その時にお話していただきましょうね」
「・・・・博士?」
「私たちのお義父様で、科学博士なの」


フランソワーズの言葉に、海は点滴で繋がれていない方の手で、下半身を覆っていたシーツを乱暴に取った。と、同時に、イワンの力が海の意識を奪い去った。


<・・・009タチノ 話シ ガ 終ワッテナイカラ ネ>


フランソワーズは、取り去られたシーツを丁寧に海の肩までしっかりとかけてやった後、”眼”のスイッチを入れて、海岸沿いの道を見つめた。


「・・・・・あと、2,30分ほどかしら?」











=====62へと続く




・ちょっと呟く・


・・・終わりを引き延ばしてる気がする(笑)
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Day by Day・62
(62)





人の姿が消えていき、街の喧噪が消えていく。
走る車のエンジン音に波音が交じり始めたことで、当麻はピュンマ越しに、車の窓が青に染まっていることに気が付いた。


失われた海と空の境界線。




海沿いを走る車は、まるでプログラミングされたコンピュータが、運転するかのように、正確に、カーブを曲がっていく。

彼がアクセルをその足から離れるときは、信号が変わる時のみ。と、思う。






すれ違った車はバスが1台。













街はずれの、海岸沿いに隠れるように建てられた洋館。
こんな場所に、ぽつん。と、建てられた洋館は誰かの別荘だろうか?と、そんな風に考えていたら、車が止まった。



「車を裏にまわす、ここで降りて」


運転していたのは、自分のルームメイトの島村ジョウ。
当麻はピュンマとアルベルトの2人にはさまれる形で後部座席に座っていた。
アルベルトはドアを開けて車から出ると、当麻の母、篠原さえこが座っている助手席のドアを開けた。

無言で、さえこが車から降りる。
続いて、後部座席の当麻もピュンマに促される形で車から降りた。
ドアが閉まると、篠原さえこの車を、ジョーは運転して去っていく。彼が言った通りに洋館”裏”に止めてくるのだろう。


アルベルトは、さえこの腕をしっかりと掴んでいる。
当麻はその手に自然と視線が向かった。

当麻の視線に気が付いたアルベルトは、彼独特の左口角を上げて、ニヤリと嗤ってみせた。


「ここまで来て逃げられたんじゃ、みんなに合わす顔がないからな」





ーーーみんな・・・・・?


















外観から想像するよりも、中は広かった。
観音扉の重いドアを開けると、日本宅のような玄関もなく、吹き抜けの部屋。
靴のまま吹き抜けの部屋を歩き、左手に見えた広い階段を見上げる、当麻。

踊場のようなスペースの窓にはステンドグラスでも取り付けてあるのか、虹色に輝いている。



リビングルーム。と、言うには広過ぎる部屋に、特注と思われるL字型の革製の白いソファが置かれており、そのソファを中心に、様々なチェアがセンス良く置かれていた。

ソファと対面するように、ミニ・シアターに使用するような、大型液晶テレビにDVDプレイヤーなどの娯楽機器を一つにまとめた薄茶の棚、それと対になっているのであろう、左右にDVDやCD、本などを収めらっれたガラス戸がついた背の低い棚。

ソファには色とりどりのクッションが置かれ、壁に掛けらた絵や写真。
観葉植物に花々がいけられた花瓶、に飾られた小物類。

リビングルームから庭へと通じる、壁一面のガラス戸に掛けられた、2重になった白のレースとベージの刺繍が施されたカーテンは両端に束ねられて、陽の光に淡く輝いて見えた。



「ようこそ、って言うのも変だよね。・・・・こういう風にここへ招待したくなかったんだけど・・・。どうぞ、座ってください」


リビングルームに入り、アルベルトは掴んでいたさえこの腕を放すと、自分たちが入ってきたドアとは別のドアへと消えていった。

さえこは、ピュンマに勧められてもソファに座ることはなく、庭へと通じるガラス戸の前に立ち、空とも、海とも解らない青色の風景を見つめる。
当麻は素直にソファに座り、ピュンマは人掛け用チェアに腰を下ろす。


<張大人、フランソワーズ?>


いつもなら絶妙なタイミングでお茶や御菓子を運んでくる、張大人の姿が現れない。張大人ではなくても、フランソワーズなら”眼”を使って自分たちがやってくる”タイミング”を逃すこともないはずだが、彼女も姿を見せなかった


<大人、まだ戻らない。フランソワーズは津田海といる。アルベルトが珈琲を淹れている。心配ない。>
<ジェットは?>


「よ!早かったじゃねえか・・・」


聞き慣れた声に、当麻は振り返る。
ツンツンとした赤毛がトレードマーク。長身に長い鼻、細身のジーンズに、何処で買ったのか解らない、赤字に派手なグラフィックデザインが施されたTシャツを着たジェットがリビングルームへと入ってきた。


「ジョーの運転だからね」
「ヤツは?」
「裏だよ。すぐにこっちへ来ると思う・・・」
「よお、センパイ。朝飯喰った?」


どっかりと、当麻の隣に腰を下ろしたジェットは、ぶっきらぼうに訊ねた。


「い、いや・・・まだだけ・・ど」
「起きてすぐ、だったみたいだからね、カフェテリアに開いてなかったし。それより、ジェットがこんな時間に起きている方が、おかしいよ?」
「寝てねえんだよ!ったく、人使いの荒いリーダーだからなっ、ジョー!」


ジェットはソファに身を深く沈め、天井を煽るように見上げる形でソファの背の縁に首を預けると、逆さまに、リビングルームへと入ってきたジョーを見た。


「・・・・こんな時間に起きてるなんて・・珍しい。今日も雨か・・」
「寝てねえっつってんだろっ!」


リビングルームのドア口に立ったまま、ジョーはさえこを観る。
彼女はリビングルームへ入ってきたジェット、そしてジョーにさえ感心を示さず、ただガラス戸の風景を一心に見つめていた。ジョーはその背に向かって声をかける。


「座って下さい・・。話しを始めましょう”マクスウェルの悪魔”さん」
「・・・・当麻は、関係ないでしょ」


ジョーの視線に、ピュンマ、ジェットが頷いたとき、ダイニングルームに通じるドアが開いた。


「お帰りなさい、ジョー、ピュンマ・・・・」
「マリー・・・・」
「・・・当麻さん」


今の状況で、”いらしゃい”と言うのもおかしく、何と挨拶すればいいのか解らずに口籠もってしまったフランソワーズを助けるかのように、ソファから立ち上がりながらジェットが言う。


「フランソワーズ、当麻は朝飯喰ってないんだってよ、オレも腹減ったぜ。なんか用意してくれよ」


ジェットの言葉を聴き、ジョーに確認を取るように彼へと視線を向けると、ジョーは微かに頷いてみせた。


「わかったわ・・・当麻さん、こちらにいらして・・・ジェットも、ピュンマは?」
「僕は、珈琲をもらるかな?ジョーもだよね?」
「・・・ああ」
「珈琲ならアルベルトが今、淹れているわ・・・」


<ジョー、津田海さんが目を覚ましたのだけど、かなり混乱していらっしゃってイワンが、また眠らせたわ・・・。話しが終わってからだと、言って・・・>
<解った。篠原さえこは、話しを当麻に聴かれたくないらしい・・・・。彼もほとんど何も知らないだろうから、終わるまで、頼む、よ・・・・・>
<・・・・わかったわ>








ピュンマに腕を取られて立ち上がった当麻は、フランソワーズの後を追うように、ダイニングルームへと向かった。


「話してもらいますよ・・・何もかも」
「・・・・・なんなのよ、いったい・・・・・・何を話せと言うの?」
「あなたが知る、’トーマス・マクガー’について、”マクスウェルの悪魔”として知る、サイボーグ設計図に関わる全てを・・・。そして、石川斗織の、目的。僕たちはそのために、ここに、あなたを連れて来たのですから」
「何者なのよ・・・島村君。本当はいくつ?・・・」
「・・・・年を数える習慣なんて、この邸に住む者、誰も持ち合わせっていません、よ」
「可愛い顔して・・・。よく、うちの学院に入り込めたわね?」


さえこはガラス戸から離れて、ドア口に立つジョーの方へは振り向かず、ソファへと足を進めて座った。
ソファに座ったさえこを確認し、ジョー自身もさえこと向き合う形で、ピュンマが座っていた独りがけ用のチェアに腰を下ろした。


「それなりに、色々と苦労しましたよ・・・」
「簡単に、話すと思ってるの?私が」
「・・・・思いたいですね」
「どうして、私が島村君に話さないといけないのかしら?」
「・・・・”J”なら、話して下さいますか?・・”運命の日”は、そちらが指定してくださるようでしたけれど、短気なもので・・・こちらから伺ったんですけれど?」
「・・・証拠はあるの?あなたが”J”だと言う」
「何がいいですか?・・・・ゲーム上で僕が答えた全てを言いましょうか?・・言ってもあなたにそれが理解できるとは、思えないけれど・・・・。それとも、メール内容をプリントアウトしてもってきましょうか?」
「目的は、なに?」
「’トーマス・マクガー’の全て、です。彼がパンドラの箱に隠したものを、取りだした人間、それに関わった人間に、ついて・・・」


ダイニングルームから、アルベルトが3人分の珈琲をトレーに乗せて入ってきた。


「・・・あんなものに興味があるって言うことは、私よりも危ない人間って事ね?」
「自分が危ない人間って自覚が、あるのかい?・・・そっちの方が驚いた」


さえこの前に、珈琲を淹れたカップを置きながら、アルベルトは薄く笑いながら答えた。


「・・・いくら欲しいの?」
「金で解決できるくらい、可愛い問題だと良かったんだが」


ジョーに珈琲を手渡す。


「・・・・こちらがお支払いすることも、可能です、よ?」


アルベルトは自分の分を手に、さえことは距離を開けてソファに座った。


「お金に不自由しているように見えて?・・・・話して、何の価値があるの?私に何の利益が生まれるの?」
「何も・・・けれども、あなたは安全でいられる。今後も今までのように」
「安全ですって?」
「成長を続ける会社・・・は、まるでモンスターだ。伸びているときは良いが、下がり始めたときが厄介だな?好き勝手に、手を出しまくった結果か?・・・・父親の尻ぬぐいも大変だな。そう言う意味で一族経営って言うのは、ある意味便利そうに見えて、面倒だ」
「・・・」
「ずっと上り調子っていうほど、世間は甘くない。それなりに”表”に出せないこともしてきたんだろう?・・・・・けれども、それは”裏”であっても狭い島国でしかない」
「・・・・なにが、言いたいの」
「本当の”闇”に飲み込まれる前に、手を引いた方がいい。今なら、僕たちが助けてあげられる」
「助ける?たかが、高校生の癖に?」
「年令は、関係ないって言うことを言っておこうか。ここにはジョーを含めて仲間が9人いる。ジョーは・・・、その9人のリーダーだ」
「・・・・リーダー・・・ですって?・・・・年令的にあなたの方が」
「日本人の”年功序列”的な考えは、間違ってはいないと思うが・・・。こういう場合は、通用しないんでね」


ジョーはアルベルトが淹れた、いつもより濃い珈琲をゆっくりと口に含んだ。


「・・・オンライン・ゲームに。ある国の政府が関わろうとしていた事にお気づきでしたか?その他にも、あなたが出す”景品”の噂を聞きつけて”B.G”の影に鼻が効く・・・ハイエナのような闇社会の人間が動いていたことにも」
「・・・・政府ですって?・・”B.G”って・・・ブラック・ゴースト?」
「知っているのかい?」
「・・・・・・実在しない、噂だけの組織でしょう?世界水準を遙かに超えた高い軍事力と科学技術を持つ、神の・・いいえ、悪魔の組織。なんて言われているけれど、漫画やアニメの世界だわ!・・・信じられるわけ、ないじゃない。そんな組織がこの世に存在するなんてっ!名前だけが1人歩きしているだけよっ」


嘲り嗤うさえこの態度に、アルベルトは左口角を上げて、逆にさえこに向かって嗤う。


「こんな世間知らずなお嬢さんがトップになった日には、あっと言うまに篠原グループは乗っ取られるな」
「なんですってっ!」
「あなたは、’トーマス・マクガー’の資料を見てないのですか?・・・それがどこで研究されていたのか、そして、彼がどこに所属していたのか・・」
「・・・・」


押し黙ったさえこに向かってジョーは、言葉を続けた。


「全てを話して下さるまで、僕たちは、あなたもご子息も・・・・ここから帰すわけにはいきません。会社の方は心配しなくても大丈夫ですよ。あなたの弁護士に、きちんと話しを通しておきましたし、そのためのスケジュール調整は済ましてあります」
「な・・そんなことがっできるわけないでしょうっ!これは完全に誘拐よっ警察にっ」
「通報しても構わんが・・・・。相手にされないと思うぞ。・・・こんなことが
”普通”に起きる世界に、身を置こうとしているんだ、アンタは・・そして息子の当麻も」


”当麻”と言う言葉に、反応するさえこ。


「・・・・・篠原さん。B.Gと言う組織は存在していました。そして、残念ながら、彼らの恩恵を受けていた闇の住人が、B.Gの残骸をかき集めるために、必死になっているんです。第2の彼らになりたくて・・・。それは色々な姿形に変えて・・・人の闇の中を渡り歩いて、いるんです、よ」


ジョーの言葉を聞きながら、さえこは、当麻が去ったダイニングルームへと続くドアを見つめた。


「信じられると、思う・・・?ブラック・ゴーストなんて・・・、寝言よ、サイボーグなんて、作れるわけないじゃないっ」
「信じる、信じないは、アンタの勝手だが・・・・・」
「・・・僕たちは、そのために動いているんですから」
「何者なのよ、あなたたちはっ」


アルベルトがジョーを見る。


「・・・・B.Gを知っている者。そして、闇の底に光る一縷の平和を見つけ出した者。でしょうか?」
「・・・ジョー、グレートの話しに影響されすぎだ」


ふっと、柔らかく口元に笑みを浮かべたアルベルトに、ジョーは応えるように微笑んだ。


「グレートじゃなく、学院で勉強させられた所為だ、よ」
















####

ジェットとピュンマに連れられて、ダイニングルームへと席を移動した当麻は、マリー/フランソワーズを前にして、心浮かれない。と言えば嘘になる。
自分が置かれている状況が全く理解できないままに、連れてこられた先はルームメイト、島村ジョウの自宅。
口悪く言えば、誘拐、拉致の類に分類されてしまうような状況であったが、それをそう思わせられないのは、マリー/フランソワーズ手製の朝食のためか、知り合いであるジェット、ピュンマがそばにいるためか。もしくは、この邸に漂う温かく、優しい雰囲気のためなのか。

当麻には解らない。


あまりにも長閑に時間が過ぎていき、食後に出された紅茶に舌鼓を打つ頃には、知らず知らずに強張っていた体も解きほぐされて、今置かれている状況よりも、目の前にマリー/フランソワーズがいることに、素直に嬉しい。と思う。

そんなひとときを当麻から奪い去ったのは、ピュンマの一言だった。


「フランソワーズ、海は・・・どう?」


手に持っていたティカップを、ダイニングテーブルに置いて、隣に座るピュンマを見つめた。


「心配ないわ・・・・今は博士がついていらっしゃるの」
「よお、篠原、お前は知ってたのかよ、津田の交通事故」
「ああ・・・・知っていたよ・・・中等部から一緒だったし・・」


手が震えだしそうなのを、懸命に抑える当麻。


「・・・・・それにしては、他人行儀だね?海もさ、ジョーに”篠原当麻さん”って言っていたし、学年が変わると、そうなっちゃうの?日本って?」
「いや・・・・そういうワケじゃ、ないんだ、けど・・・」
「足を怪我したことも知っていたのかな?」
「・・・学校に復帰したときには、松葉杖だったから」
「陸上競技の選手なんだろ?海ってよ、車にぶつかりそうになったら、ぽ~~~んっと飛んじまえばよかったのにな!」


戯けてみせたジェットの言葉に、引きつるような笑みを浮かべる当麻。
その様子を見て、フランソワーズは小鳥のように愛らしく首を傾けた。


「・・・・当麻さん?どうなさったの?」
「・・・・・・・あの・・・津田は、ここに居るんだよね?」
「ええ、いらっしゃるわ」
「どうして?・・・・・どうして、ここにいるの?」
「ええっと・・・養父がその・・」


フランソワーズは、隣に座るピュンマに助けを求めるように、彼に視線を送る。


「僕たちの後見人、養父なんだけど、とても有名なお医者様なんだよ。海の足が事故の後遺症からきてるかもしれないのが心配で、僕が相談したんだ。そしたら、すぐに診てみようって話しになって。かかりつけの病院に1度行って、こっちに来たんだ。いわゆる、セカンド・オピニオンってヤツかな?」
「そう、なんだ。それで、彼はここにいるんだね?」
「そういうこった!今週末はずっとここだし、もしかすっと欠席届けを出すことになっかもな。筋肉の状態とか、色々診てるみてえだしよ」


<ジェット、あんまり適当なこと言うなよ!・・・・たしかに海の症状は、肉離れだったけど>


「今はまだ、眠っていらっしゃるの・・・・・お会いになりたいのかしら?」


フランソワーズの言葉に、ビクン!っと大きく肩を揺らして動揺する当麻に、ジェットは素早く脳波通信で009と004に連絡する。


<004、009、篠原の野郎、怪しいぜ?・・・海絡みでよお>
<何か言ったのか?>
<言ったのは、フランソワーズだけどよっ、どうやら篠原は海に合いたくねえみたいだな?気にしてはいるが・・・何か篠原と海の間にあったんじぇねえのか?>
<・・・002、聞き出せる?>
<やってみるが・・・以外とガードが堅そうだぜ?>


「津田は、・・・・津田は喜ばないよ・・ぼくに会うことで、彼の体調を・・・」
「まあ、そんな風におっしゃるなんて・・・お友達なんでしょう?海さんと、当麻さんは・・・」
「・・・マリー・・・・それは、・・」


ぐっと、唇を噛みしめて、目の前に宝石のように輝く零れ落ちそうに大きなパライバトルマリンの余蘊あ神秘的な淡青色の瞳を見つめたながら、こころ落ち着かせようと、風に翻弄される波の音に集中する。

口を開きかけて、当麻の意思とは関係なく入り込んだ空気を飲み込んだ。
何度か繰り替えしていくうちに、空気が溜まった肺がパンパンに膨れあがっていき、心臓が押しつぶされそうになる。


ーーーここで彼らにその事を言って、何になる?





「ケンカみたいな。・・大したことじゃないんだけど、・・・そのままだから・・・・ちょっと気まずいだけだよ。仲直りするきっかけが、なくてさ。学年も違ってしまったし。お互い勉強で忙しいしね」


当麻は、笑ってみせた。



「・・・・・それは悲しいわ。もう、随分昔のことでしょう?海さんも気になさってるとは思えないわ。当麻さんから勇気を出して、声をかけたらよろしいのよ、ね?」



フランソワーズはゆったりと微笑んだ。
彼女は、当麻から話しを探り出すようなことをするつもりはないらしい。


「いつかは・・・・」
「いけないわ、当麻さん。いつか、いつか、とあてのない日を目指していたら、伸びていくばかりで、その日は来ないわ。だから、いつかじゃなくて、必ずとおっしゃって。必ず、と・・・」


真剣な表情で訴えるマリー/フランソワーズの言葉に、頷くが、彼の声は小さく頼りない。


「・・・・必ず・・」
「ええ。頑張って当麻さん。もしかしたら海さんもまっていらっしゃるのかもしれないわ。きっかけが持てずに」


当麻の言葉に満足そうに、マリー/フランソワーズは微笑んだ。が、面白くなさそうに、ジェットはフランソワーズに面白くなさそうな視線を投げた。


<オイ!フランソワーズ、邪魔すんなよっ!!海とこいつの間に何かあったかもしんねえんだぜ?もしかしたらよっ”関係”あるかもしれねえだぜ?!>
<それでもっ。ジェット、見たでしょう・・・当麻さんは酷く怯えていらっしゃるのを・・・無理強いは良くないわ>
<甘いこと言ってんじゃねっぇよ!今はミッション中だぜ?>
<そんなの関係ないわ。やめて、ジェット・・・これ以上、当麻さんを追い詰めるようなことはしないで。当麻さんは何も知らないのよ?・・・何も解らないままに、ここに連れてこられて・・不安なのに・・>
<そうは言ってもよ!あのまんま学院に置いておくわけにはいかねぇえだろっ、連れてくるのだって009の命令だしよ!オレのせいじゃねえよ、篠原が動揺したり、不安になったりしてんのは!>


つん。と、フランソワーズはジェットの言葉を跳ね返すような仕種をみせたので、ジェットは脳波通信ではなく、つい口で文句を言ってしまう。


「っだよ、フランソワーズ、えらく当麻の肩を持つじゃねえかよっ!」
「ジェットが意地悪なだけよ」
「解って言ってんのかよ、今、どういう状況かよっ!」
「ジェットよりもしっかり把握しているつもりです」
「2人とも!止めなよっもう・・・」


ピュンマが呆れたように、2人の口論とまでには達していない、間の仲裁に入る。


「どういう、状況か・・・・できれば説明して欲しいんだ、けど・・・?」


当麻は静かに言った。
その言葉は当然のように思われたが、改めて当麻の口から出てきたので、ジェット、ピュンマ、フランソワーズはお互いの視線を合わせて、押し黙ってしまった。


「さe・・・母と、なぜ島村が話しているんだろう?母のことを・・・変な風に呼んでいたよね?マクスウェルの・・・とか。島村が運転できるのに・・・・あまりに堂々と当たり前のように運転していたから驚いたけど、国際免許かな?・・・ギルモア、説明してくれるって言ったよね、車の中で。リンクは島村のことを”リーダー”って言っていたけれど、どういう意味?今朝早くに母は、祖父から預かっていた物がなくなったと言って、かなり動揺していたのに・・・・・今はすごく落ち着いているみたいだし・・・。そして、なぜ母と一緒にここへ、ぼくが・・・?申し訳ないけれど、見張られている気が・・・しないでもない。ごめんね、マリー・・・・君を疑っているわけではないんだけど、・・・やっぱり、不自然すぎて・・・。いや、こんな状況でのんびり、朝食食べて、美味しい紅茶を頂いている時点で、ぼく自身もかなり・・・・変だとは思うんだけど」


胸に溜まっていた一部を吐き出した、当麻。
マリー/フランソワーズは、黙って顔を左右に振ると、さらさらと、亜麻色の髪が揺れる。


「説明、したいんだけど、どこをどう説明すれば・・・いいのかなあ?」


ピュンマが苦笑する。
ふうっと、当麻の隣に座るジェットが軽く溜息をついた。


「こっちに、ジョーがいてくれりゃあ、簡単なんだけどよっ、あっちはあっちで取り込み中だしな」
「ジェット、ジョーばかりに頼らないで」
「普段は無口でなに考えてんだか解んね~、ムッツリのくせによ、こういう時はぺらぺらよく話すじゃんかよ、本当の事だろ?」
「ぺらぺらって・・ジョーは必要な事以外話してないよ?”必要な事”がたくさんあるからぺらぺら話さなきゃならないだけ。だと思うんだけど」


ジェットの言葉に応えるピュンマは、紅茶にミルクを注ぎ足し、フランソワーズはテーブルの上のティカップを持ち上げた。


「お母さんは、君に知られたくないんじゃないかな?と、僕は思うんだけど・・・?」


遠慮がちに当麻をのぞき込むような視線でピュンマは彼を見た。


「母はいつも、ぼくを遠ざけるから・・・・」
「遠ざけるって?」
「うん、とおざk・・・」


当麻の言葉を遮るかのように、がちゃり。と、リビングルームのドアが開く。


「博士は?」


ジョーだった。
ドアを開けるなり、ダイニングテーブルに座るフランソワーズに話しかける。


「津田さんについていらっしゃるわ」
「呼んできてくれる?」
「僕が呼んでくるよ」


ピュンマは立ち上がって早足で、ダイニングルームにある地下へと繋がるドアではなく、ギルモア博士の寝室がある方のもう一つのドアへと急いだ。


「どうしたんだよ、ジョー?」
「・・博士に用があって」
「センパイが、説明して欲しいってよ?」
「・・・何を?」
「何をだよ、センパイ?」


当麻はジョーの方へと振り向いた。


「・・・島村、君は・・」


ドアを開けているので、ジェットとジョーの会話が聞こえたのだろう。
さえこは、リビングルームのソファから立ち上がり、ジョーを押し退けるようにして、ダイニングルームへ入っていき、ダイニングテーブルに近づく。


「当麻、帰りなさい。あなたがここに居る必要ないわ」


次ぎに、ドア口に立つジョーを睨み付ける。


「話させるために当麻を人質にしても、意味ないわよ。彼を学院に帰して」


さえこが言った、”人質”と言う単語が、当麻の脳裏を駆け抜けていく。


「ばっかじゃねえの?!人質に朝飯食わして、こんな悠長に茶飲んでるかよっ、アンタにたいしてだって、そうだろっ」


ジェットは声を張り上げるようにして、さえこに向かって文句を言った、その声に当麻の頭から”人質”と言う言葉が消えていく。が、不安に揺れる当麻の視線は母、さえこではなくマリー/フランソワーズへと向けられていた。


「・・・・ジェット、眠いのか?」
「はあ?」
「苛つくなよ。・・・・・ピュンマ、博士は?」


いつの間にかリビングルームに戻ってきてたピュンマは、1人だった。


「・・・連れて来いって」
「え?」
「その目で、自分たちが何をしたかを、見てみろって・・・・」


悲しげに眉根を下げて俯いてしまったピュンマを見ながら、深く溜息を吐いたジョーの表情に、”地下へは連れて行けない”と言う返事が、浮かんでいる。

津田海の足の様子は、実際に目にしてはいないが、003からの報告により、大体の状態は把握していたジョーにとって、ギルモアがどういう気持ちで、その言葉を言ったのか嫌でも理解できる。
その言葉を受け取ったピュンマの辛さも、そして、1人でここへ戻ってきた彼の気持ちも同じように。



フランソワーズは立ち上がって、ピュンマに近づき、そっと彼に寄り添うようにして、呟いた。


「ピュンマも疲れているのでしょう?ジェットと同じように、寝てないのじゃなくて?」
「いや、大丈夫・・・。ごめん、博士の・・・、もう1度行ってくるよ!」


ピュンマはもう1度地下へと向かおうとしたが、フランソワーズはそれを制して、ジョーに向かって言った。


「ジョー、私が博士を呼びに行くわ・・・・いいかしら?」


フランソワーズの申し出に、ジョーは頷く。と、フランソワーズは早足にダイニングルームから出て行った。
その背を見送った後、ジョーはダイニングテーブルに座って、フランソワーズが出て行ったドアを見つめる当麻にむかって、穏やかであるが、厳しさを含んだ声で話しかけた。


「篠原、津田海とどういう関係?」


ストレートなジョーの質問に、当麻は彼が何を自分に向かって言ったのか、瞬時に理解できなかった。

さえこは、ジョーの視線から当麻を隠すようにして立つと、親の敵と言わんばかりの、射すような視線でジョーを睨み付ける。が、そんなさえこの視線に怖じ気づくこともなく、その視線を受けた状態で、当麻に話しかけた。


「津田海の左足がどうなってるか、知ってる?」
「ひだ・・・り、足?」
「当麻、立ちなさいっ!帰るのよっ」


当麻へと振り返って、さえこは乱暴に彼の腕を掴むが、当麻はさえこのその手を振り払った。


「母さんっ・・・津田の足ってっ・・」
「何も知らなくて言いことよっ・・立ちなさいっ、帰るのよっ!!」


さえこは振り払われた手で、再び当麻の腕を取って力任せに引っ張り、当麻をイスから引きずるようにして立たせようとしたが、当麻は抵抗する。


「何を隠しているんですっ?!津田の足は問題ないってっ」
「そうよっ!何も問題ないわっ」
「問題ないならっ言ってくださいっ」
「当麻っ!」


ぱんっ!っと乾いた音がダイニングルームに響く。
思い切り当麻の頬を平手で叩いた。


「っ・・・・・言って・・下さい。・・・彼はっぼくの所為でっ」
「当麻、いい加減にしなさいっ私の言うことを訊いていればいいのよっ」


叩かれた左頬が、痺れるように痛み出す。


「島村・・・、高校入学する少し前に、ぼくは誘拐されかけたんだ」
「当麻っ黙りなさいっ!!」


再び振り上げられたさえこの右手を、ジェットがイスから立ち上がって当麻を庇うように掴んだ。


「いい加減に、子離れしろよな・・・・」


ジェットに捕まれた手首の力の強さに、さえこの顔が苦痛に歪む。


「ジェット、手加減しろ・・・」


リビングルームのとダイニングルームを繋ぐドアに凭れるようにして立つ、アルベルトが呟く。


ピュンマはゆっくりとさえこに歩み寄ると、深々と頭を下げた。


「何もかも話して下さい。海のためにも・・・彼のためにも・・・お願いします。どうか、お願いします・・・・。確か、いろんな意味で・・・サイボーグ技術は、多くの人を助けることになると思います。そんな日が来ることを、僕は・・・・僕たちは、こころから望んでいます。でも、それと同じくらいに、危険もあるんです。その技術が、平和のために、医療のために、役目を果たすだけのモノなら・・・。何も言いません。何も、こんな風に・・・・。でも、今は、今の状況ではまだ、トーマス・マクガーさんが研究してこられた技術は、今の世の中にはっ、その技術を受け入れるだけの環境が整っていないんです・・・。悪用されることばかりが・・・」


ジェットが、掴んでいたさえこの手を離した。


「軍事技術の発達は、それと比例して素晴らしい科学技術の発展に貢献してきました。多くの科学者が、人類の未来に希望を持って研究、開発した。と、僕は信じています。どのような”人類の未来”を科学者たちは夢みているのか、それは・・・本人じゃないと、僕にはわかりません。けれど、それらが必ずしも、正しい道へと人類を導くものでは・・・なかったりもします。戦争が・・・・、いい例だと、思います。国の活性化のために、と。戦いをしかけることもあります。国の利益のためにも、です。戦争を起こすことで潤う国もあれば、士気を高めてバラバラになった国民の気持ちを団結させる。という効果も、あります。・・・・平和のために、戦う。と、言うことも、あります。護るためにも、戦う。何が正義か、解らないけれど・・・。信じるもののために戦う」


ピュンマから体を捩って、さえこは彼を見ない。


「僕の生まれた国は、ずっと戦いを続けています。それは・・今も変わらない・・・。戦わなければならないために、武器が必要となり、勝つために、・・・より強い武器を得ようとします。そのために、科学技術は発達し、・・・・形を変えて僕たちの生活にとけ込んでいきます。良い意味でも、悪い意味でも・・・人類に大きな影響を与える。バランスなんだと、思います。すべては、バランスなんです。・・・今、保たれているバランスは、ちょっとしたことで、大きく傾いてしまう。良い方へ傾くなら、いい、でも・・・・・」


ゆっくりとピュンマは頭を上げて、自分に背を向けたさえこに向かって話しかけた。


「でもっ!!!!今、そのサイボーグ技術が世に出てしまったら、確実に”悪い”方へと傾いてしまうっ!解りますかっ!今、その技術を受け入れるにはっ僕たちはっこの世の中はまだっっ幼いっ、もっと、もっと、成長してからじゃないとっ危険なんですっ!!海のことを知っていれば、解りますよね?!彼の足のことを知っていれば、理解してもらえますよね!?・・・・彼の足だけなら・・・・。彼の足だけなら・・・、まだ・・・。想像してみて下さいっ。この世の中に、サイボーグ技術が流出したらっ、そのために犠牲になる人間が出るんですっ!医療目的で作られた手足を持つ人間以外にっ全身が”戦う”ためのサイボーグだって生まれるかもしれないっ、解りますかっ?!失われた手足や臓器を補うのではなくっ、健康な、自然な体を、何も問題がない体をっ改造して作る”サイボーグ”の存在をっ、あなたは本当の意味で理解してますかっ!サイボーグにされた人間は、永遠に”人”に戻れないっ、人が、人を殺めるための、人を作り出すんですよっ!この世の中の、争いが、犯罪が、どう変わっていくか、それによって、”戦争が”どう変わっていくか、人が変わっていくか、想像するなんて簡単でしょうっ!?」


ピュンマは先ほどよりも深く、深く、頭を下げた。


「お願いします・・・。全てを話して下さい。・・・・海の足のことを含めて、全てを話して下さい・・。止めて下さい。お願いします。・・・・・もう、僕は・・」





ーーー嫌なんです。僕たちだけで、もう十分なんです・・・・。








ダイニングルームに訪れた静けさの中、ピュンマは黙って頭を下げたまま微動だにしない。


部屋へと届く微かな波音に浚われることなく、ピュンマが噛みしめたくちびるの、血が滲むほどに噛みしめた思いが、ダイニングルームに伝わっていく。











晴れ渡った、青空に射すように強き白の光は、波に打ち上げられた貝立ちをきらり、きらり、と輝かせて、海カモメが心地よく、翼を広げて風に乗る。

陽の光が作った影は、車道を走るバスを追いかけて行く。














「週末に、学院から帰る途中に誘拐されかけたんだ」


当麻の掠れた声が、聞こえた。
さえこは当麻が話し出したにも関わらず、彼を止めない。


「抵抗したけれど、押さえつけられて・・・。子どもだったし、ね。ぼくが車に乗せられたところで、津田が・・・・大声を上げながら走ってきたんだ。慌てて車を発進させたところに、車を止めようと津田は飛び出してきて・・・・。津田の足はその時の・・、誘拐しようとした男達が、戸惑っている間に、ぼくは車から逃げ出したんだ。・・・学院から近くて、駆けつけた警備員によって、助けられた・・・。大怪我を負ったのは知っていたけれど、その誘拐自体が・・・、気が付いたら何もかもが片づいていて・・・。津田はただの交通事故となっていて」


ジョーがちらり。と、アルベルトへと視線を送ると、彼は微かに頷いてリビングルームから出て行った。


「・・・左足、津田の、左足は・・・何も怪我の後遺症もなく・・・。傷ひとつ見あたらないまま、彼は走高跳びの選手として復帰したから・・・・。何も疑問に思わなかった・・・・・教えて欲しい、彼の足は・・・・、今の、ギルモアの、言葉からだと、・・・津田の足はっ・・・・」
「てめえのジーさんが残した技術を使った足なんだよっ」


ジェットは怒鳴るように当麻に言い、つかんでいたさえこの手首から手を離すと、どかっと、イスに腰を下ろした。


「当麻、こんな話しを真に受ける必要ないわ。あなたには関係ないことです」
「そんなっ!」
「知らなくていいことよっ!」
「ぼくの所為なのにっ?!」
「あなたの所為じゃないわっ、当麻、誘拐は未遂だったのよっ忘れなさいっと言ったでしょうっ!何が”サイボーグ技術よ!偉そうにっ、そんなモノがこの世にあるわけないじゃないっ、最近の子はっ漫画やアニメの見過ぎよっ、現実と夢の区別がついてないんじゃないのっ?!人間が簡単に改造できるわけないでしょっ!そんなっくだらない話しを訊かせるために、ここまで私たちを連れて来たって言うのっ!」


ジョーはゆっくりと足を進めてピュンマの隣に立ち、腰を折ったまま動かないピュンマの背を撫でるように、その手を置くと、ピュンマはのろのろと頭を上げるが、顔を上げずに俯いたまま。


「漫画やアニメの世界かどうか、見てみろよ・・・・」


ジョーの声とも、009の声とも違う声に、跳ね上げるようにしてピュンマはジョーを見る。ジェットは隣に座る当麻のイスを力任せに引いた。瞬間。


テーブルに拳を置くような仕種にも関わらず、10人が余裕で食事をとることができる、大テーブルがV字に折れた。


まるで小枝でも折るかのように、簡単に。



自室に戻っていたアルベルトが、下から聞こえた破壊音を訊いて、すぐさまダイニングルームへと駆け込んでくる。
同じく、ジェロニモもアルベルトより一寸早くダイニングルームへと駆け込んで、見事に2つになったダイニングテーブルを見た後、力無く首を左右に振ると、また自室へと戻って行った。
アルベルトは、一体何が原因でダイニングテーブルが2つに折れているのかを、ジェットに脳波通信で訊ねたが、ジェットは応えず、アルベルトの方に向かって嗤いかけながら、口笛をヒュ~っ♪と鳴らした。


「・・・・漫画やアニメの見過ぎで、こんなことできるはずねぇよ、な?」


<ジョーが切れた?!>
<・・いや、切れたウチに入らん>
<いやっ切れてるぜっ?!>
<本気じゃない・・・・”ちょっと、腹が立った”くらいだ>
<<嘘・・・>>
<まだ、言葉が綺麗だからな>



さえこの、ガタガタと震えだした膝では体を支えることが出来ず、床へと崩れ落ちていった。
ジョーは、さえこの正面へと移動すると、膝をついて腰を落とし、さえこの恐怖に染まった瞳を真っ直ぐに射抜く。

瞳を逸らしたくとも、捕らえられてしまった視線を動かすことができない。1mmでも、ジョーの視線から逃れれば、2つに折られたテーブルのように、自分も・・・。と、さえこの背に”死”と言う言葉が張り付いた。


「・・・・人を、虫みたいに殺すことが出来る躯にされて、嬉しいと思うかよ、なあ?アンタが足を踏み入れた世界は、こういう世界、なんだぜ?覚悟、あんのかよ?」


琥珀色の薄い光は鋭く、人が、これほどに冷たい視線を相手に、人に、投げかけることが出来るのかと、芯から震えだした体は、わざと体を揺すっているように見えた。



何もない。
何も彼の瞳から”熱”がない。


冷たく、薄く、鋭く、ピンっと貼られた硬鋼線のよう。


その線に触れてはいけない。

人としての本能が、叫び、訴える。



その線に触れてはいけない。

生物としての、細胞ひとつ、ひとつが、悲鳴を上げる。








声にならない、言葉にならない、うめき声が喉を通る。












ジョーが再び、口を開こうとしたとき、フランソワーズの悲鳴がジョーの耳に届いた。


「きゃああああっっ!テーブルがっジェットがしたのっ?!」


パシンっ。と、ジョーの中で何かが弾けた。

ジョーが振り返った先には、大きな空色の瞳をさらに大きく見開きながら、口元を抑えて、フランソワーズがドア口に立っていた。その後ろに立つギルモアは、眉間に皺を寄せてジョーを呆れたように見つめる。


「ジョー、お前・・・か?・・・・・二度あることは三度ある。と、言うが・・・。罰として、当分はフランソワーズの手伝いじゃな・・。フランソワーズ、ジョーが邸にいる間、家事は全てジョーにやらせなさい。いいかね?お前は指示を出すだけじゃぞ?」
「は、博士・・・これ、を・・ジョーがしたとおっしゃるの?・・・ジョー?」


ギルモアの言葉が信じられない。と、ばかりに、フランソワーズはジョーに問いかけるような視線をむけた。ジョーはフランソワーズに向かって、苦笑すると、声を出さずに、口の動きだけで言葉紡ぐ。
「ごめん」と。


ジョーは立ち上がり、驚きに固まったままのピュンマの肩を2度ほど叩くと、魔法が解けたように、ピュンマは動き出し、ジョーの顔を見ると、彼は悪戯っ子のように、ぺろり。と、小さく舌を出してみせた。そして、キッチンカウンター前に立つ、アルベルトの前へと歩いていく。


「・・・すまない・・・、それに・・・」
「言わなくても、解るさ・・・。あんなものが転がっていればな。ま、時間の問題だったろうし・・。博士。これはジョーだけの責任ではありません。止められなかったジェット、ピュンマにもあります」


ジョーを庇うようなアルベルトの言葉に、ジェットは脳波通信で文句を言った。


<オレらは関係ねえぞ!>
<ある、止められなかっただろ?>
<ジョーがテーブルを割るなんて、誰が予想できたんだよっ!それに、てめえは席を外していて、知らねえだろっ何があったかなんてよっ>
<ジョーが何かする”感”はあっただろう?篠原当麻が、なんで、そんな壁際に移動している?お前が移動させたんだろう?・・・・・想像はつく。ピュンマの言葉を蔑ろにするような、態度をとったんだろ?あの女が。009がミッション中にこんな子供じみた、衝動的な行動は起こさないからな>


「イワンが起きておるから、まあ、大目にみてやるかのう・・・」


独りごとのように呟いて、ギルモアはゆったりとした歩調でさえこに近づき、床に腰を下ろして、朗らかに微笑んだ。


「儂の息子が、驚かせてしまったようじゃのう・・・。すみませんなあ、あの子にはよおおく、言い聞かせておきますから、許してやってください。・・・・初めまして、アイザック・ギルモアです」


ギルモアは手を差し出して、握手を求めた。が、差し出されたギルモアの手から逃れるように体を引いた。


「おやおや、怖いですか?・・・・儂の、この皺だらけの手が・・・。そうじゃのう、怖いかもしれんのう・・・。しかし、この手は、あなたが向かおうとしている道の果てを掴んだ、手なんじゃぞ?」


ギルモアの声が、変わった。
笑みは消え、そこにいるの、B.G科学技術庁・サイボーグ開発計画プロジェクト責任者、全ての指揮をとった、Dr.アイザック・ギルモアだった。


「あなたが、進んでいくであろう道を、先に歩んだ男の手をとることができないで、どこへ行く気じゃ?・・・・これくらいで恐がり、恐怖しているようじゃ、先が見えとるのう・・・・・。そんなに早死にしたいのかね?最近の人は・・、ん?」


ギルモアの語りかける言葉は優しい。

ガクガクと震えるさえこにむかって、差し出した手を、次ぎに当麻の方へと移動させた。イスに座る彼を見上げるようにして、微笑む。


「篠原当麻、君じゃな?」
「・は・・・・i・・・」
「息子の、ジョーが同室だそうで・・・。迷惑をかけとらんかね?愛想がないように思うかもしれんが、・・・とても、とても、とても・・・優しくて、責任感が強く、どんな小さな事にも、気が付く、優しい、優しい子なんじゃ。少しばかり、恥ずかしがり屋でのう・・・、なかなか素直に自分が出せなくて、誤解されやすいんじゃが、ジョーほど、人を思いやって行動する子はおらんと思うとる、まあ、自己犠牲精神は直して欲しいところなんじゃが・・・。あと、もう少し、甘えて欲しいのう・・・変に我慢強くて困ったもんじゃ。そんな、ジョーじゃが、仲良くしてやっておくれ・・・・。ジェットは、口は悪いが、面倒見が本当に良くて、お節介過ぎて失敗もするが、明るくムードメーカでなあ。どんなに辛いことや悲しいことがあっても、彼の一言で、みんなが気持ちを強く持つことができる。熱いこころを持っとる子なんじゃ、きっと、何かあったら助けてくれるぞ。口は悪いがの。ピュンマは、生まれついての戦士じゃ。彼ほど自分を冷静に見極め、高い志を持って生きている青年はおらんぞ。まっすぐに自分の信じた道を歩いていく強さ、忍耐力、プライド、どこを見ても、彼ほどの男は見つけられん。家族を思い、和を大切にする・・・温かさを持ち合わせた、素晴らしい子じゃ・・・。そういえば、フランソワーズが、一週間ほどお宅でお世話になったんじゃったの?」


当麻は頷いた。


「フランソワーズは儂の、大切な、大切な、大切な・・・・儂の、大切な一人娘なんじゃ。あの子のためなら儂は、いつでもこの命を差し出す覚悟が出来とる。あの子のためなら、なんだって出来る。フランソワーズが幸せになることが、・・・・いつか、彼女のすべてを無条件で護り、愛してくれる人が現れることを祈っておる。可愛くて、可愛くて、しかたがなくてのう・・・・。春の女神のように、周りに明るく花を咲かせてくれて、美味しいお茶に御菓子を作ってくれて、邸中をくるくる、走り回って、・・・可愛くてのう。儂は自慢したくて、自慢したくて、たまらんのじゃ。こんなに優しく、愛らしく、華やかで、美しい子が、この世のどこにいる!この子は儂の娘じゃぞ!っとな。なんだかんだと、忙しくて、まだフランソワーズとデートしておらんのが、悔しくての」


慈愛に満ちた光を宿す、ギルモアの穏やかな表情に、いつの間にか当麻は自分も微笑んでいることに気が付き、差し出されたままのギルモアの手を、おずおずと、握った。


「・・・・・初めまして、アイザック・ギルモアじゃ。ようこそ、我が邸(や)へ。そして、ようこそ、・・・・ギルモア研究所へ。ここに住んでいるのは、儂を含めて計10人。・・・そして、儂以外は、みなサイボーグじゃ」


ギルモアの瞳が哀しみに揺れたと思うと、鋭利に当麻のこころに向かって言葉を投げた。


「・・さ、サイボーグ・・・・・」


当麻の手をぐっと力を込めてギルモアは握った。


「・・・・・・儂の手によって、改造された。この世でたった9人しかおらんサイボーグ戦士たち、じゃ」











=====63へと続く




・ちょっと呟く・

当麻君・・・もっとカッコイイはずだったのに?!
なんか、ダメダメ・・・(汗)

今後の彼の動きに注目っっ!!
元に戻しますっ(笑)
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眠れないので、呟いてみよう!+おまけ?

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

こんなの見つけてしまいましたので・・・(・ロ・)ホー('ロ')ホーー!

ただいま、朝の4時28分。
不健康な生活なんだけど、仕方がないです。

眠れないっ(TロT) エーン

なぜならっ!
パソのゴミ箱がなかなかカラにならないっ<(T◇T)>わぁああああ!



なので、呟いてみよう。



ゼロナイでラブコメって出来るんだろうか?!
高校時代に流行ったんですねえ。
”イタズラなキ○”>懐かしい!

ひさしぶりに読みましたっ。



こんなテンポでゼロナイ、ありえな~いっ(≧∇≦)ぶぁっはっはっ!!
・・・・・って、ラブもん書いてるくせにっ < オイオイ (;・_・)ッ☆( ゜ー゜)ヌ?



っと、言うことで。
動画の元ネタになった”花より○子”を読みました。




むう・・・。




ドタバタ愉快は、オッケーでしょうが。
そこにラブなコメディは、ゼロナイに持ち込めるのかなあ?



あの、独特な恥ずかしい、やり取りをっ!



9と3が・・・。


あれ?
大地くんシリーズって、ラブコメ?









(°口°;) !!





そうだっけ?






(ー'`ー;) ウーン











ま、置いておいて。<ウ・・・・ウン ( ・ _ ・ )









ラブコメ・・・・。




あんまり読んだ記憶がない・・・(°口°;) !!









思い出すのは、”イタズラなキ○”くらい・・・です。
多分、思い出せない・・・の、かなあ?
いや、うっすらと、思い浮かぶモノの、それらに”コメディ”要素はあるのか?と
疑問に思ってしまって・・・。

エッセンスとしては、あるんですよね、全部に。
でも、大きな話しの流れとして、それはやっぱり一部分しかなく・・・。


コメディ視点で、ラブがエッセンス。と、言うのも読んだことあるけど。










(。。 )(。。 )( 。。)( 。。)う~ん・・・。








よく、わからないっ!<(°θ°;) ナニー










ああ、外が明るくなってきました。
ゴミ箱、がんばれ!



なので、ちょっと・・・やってみようではないかっ<ワオ w(°o°;)w





ゴミ箱空になったそく、end!(笑)
やはり、ここはフランソワーズ視点で、ですよね!



####




ジョーが・・・。
そんな、信じられないわ!

「どうする、行くの?行かないの?」
「い、行くわっ!!」


ジョーがアルバイトで通う、小さな出版社。
夕飯の支度をしていたら、後ろから伸びてきた、彼の腕。
どきり。と、心臓が飛び跳ねた。


目の前に出された、映画のチケットが2枚。


「・・・・もったいないから、ね」


それでも、すっごく嬉しくて!
誘ってくれたことに舞い上がって、不機嫌になる彼に気づかなかった。


「・・・で、いい?」
「え、あ、うん!いいわ」
「じゃ、明日の2時に、ね・・・」
「ええ・・・え・・・え?・・・あ、明日の2時ね!」
「じゃ」


キッチンから出て行く彼に慌てて、私は勢いあまって声が裏返るっ!


「ま”・・・待ってっあの、ゆうしょ、夕食は!?」
「今日は、いいよ・・・校了前だから、出版社に戻らないと、それじゃあね」


微笑んだ、ジョーの顔に見惚れながらも、私の心臓はばくばくと、あばれ馬でも胸に飼っているみたいっ!



やったああああっっ!
ジョーと映画よっ。

ジョーから誘ってくれたわっ!
すごいっ、すごいっ!すごおおいっ!!







今なら、ジェットよりも早く、高く、空を飛べそうっ!
ふわふわとする感覚が気持ちよくって、逆上せきった頬を両手で覆う。


明日、2時にっ・・・・・・!!
2時に・・・・っ!


2時に、・・・・・






え?




2時に、どこおおおおおおおおおおおお?!!!






end.







これ以上無理です・・・・手に汗を書いてきました。
やはりゼロナイの2人にラブコメは・・・・・。




どこかの素敵サイトさま、ラブコメしてないかなあ・・・・<読みたいっ!











結局、自分がそういうのをゼロナイで読んでみたいのでした・・・ヾ(;´▽`A``アセアセ



































あ、空になった。

キャーヽ(∇⌒ヽ)(ノ⌒∇)ノーャキ















あばれ馬って・・・オイ・・・ヾ(°∇°*)
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Day by Day・63
(63)








話し合いの場を、ダイニングルームからリビングルームへと移す。

当麻に支えられるようにして、リビングルームへと移動したさえこは、子猫のように体を小さくして、その瞳は焦点が定まらず、噛みしめるくちびるは歯がかみ合わないかのように、震えていた。
そんな様子の母、さえこを当麻は初めて見る。


「・・・・・サイボーグ、と言われても」


ギルモアに突然、「自分以外はサイボーグ」だ。と、告白されても、あまりにも非現実的すぎて信じられず、異様に冷静だった。

さえこが言ったように、”漫画やアニメ”の世界。と、言いたくなる気持ちが沸き上がるが、自分と母を優しく背後から労るようにダイニングルームから、ここ、リビングルームへと向かう、ギルモアの温かく、雄大さを感じる雰囲気を持つギルモアが嘘を付いているようには思えない。のと同じく、実際に目の前で見せられたジョーの”力”を、どのように受け止めたらよいのか解らなかった。


”サイボーグ”だから、軽く拳をテーブルに置くような仕種ひとつで、10人が余裕で食事ができる、大テーブルを、小枝のごとくV字に割ることができた。

それが、”サイボーグ”の力。
突然現れた、祖父、トーマス・マクガーが置いていった、ケースの中に何が入っていたのかは、祖父からも、そして母、さえこから何も知らされていなかった。

当麻が祖父から訊いた言葉。









”夢はずっと、夢であり続ける。
けれども、遠い未来・・・この夢を必要としてくれる時代が来るまで、
君の手で護っていてほしい・・・。いいね?”






今、当麻は祖父の言っていた”夢”が何であるか知った気がした。


しかし、それは光をさして言った言葉だろうか?
それとも・・・・。





















安楽椅子に座り、パイプに火を灯すギルモア。


ダイニングルームとリビングルームを繋ぐドア口で、当麻の自宅までマリー/フランソワーズを迎えに来た、アイスブルーの瞳に、白銀の髪をした、ドイツ人。と、1学年下に、島村ジョウと編入してきた、ジェット・リンクとピュンマ・ギルモア、そして、自分のルームメイトである島村ジョウが、短く言葉を交わし合い、ドイツ人の方が、ダイニングルームとは違う方のドアから、リビングルームを出て行く。



ジェットは何がそんなに楽しいのか、ご機嫌にジョーの肩に肘を乗せ、体重を預けるかのようにもたれかかり、ピュンマの広いおでこをピンッ!っと指で弾いた。


「ば~かっ熱いんだよっピュンマは!真面目一辺倒で通るかよ、青春映画じゃねえんだぜ?」
「・・・・重いから、どけろよ」
「うるさいなあっ!・・・熱いんだったらジェットの方だよっ・・・・博士に言われたくせにさっ」
「ああ?ピュンマの熱さと、オレのハートの熱さを較べるんじゃねえよっ、次元がちげえんだよ、次元が!」
「・・・・・2人は、どうする?」
「できれば、僕はここに居て話しを聞きたい・・、009が許してくれるなら」


ーーー009?




3人の会話が嫌でも当麻の耳に届く。
さえこの背中にぞくり。と、寒気が走った。




「・・・・わかった」
「オレはひとっ走り006の様子を見に行ってくるぜ?・・・遅いだろ、いくらなんでもよ?」
「連絡は?」
「最後に入ったのは、明け方だった?」
「ああ、オレが受け取ったぜ・・・そんときにゃ、終わっていたんだけどよ、戻って来ねぇっておかしいだろ?連絡もないんだぜ?」
「・・頼むよ。できれば007とコンタクトを取って、006の後にそちらも頼む」
「了解!」


ジェットは、ジョーの肩に置いていた肘に反動をつけて離れると、ばん!っと彼の背中を叩いた。


「あれくらいの潔さで、攻めろよな!”アイツ”にもよっ」


ニヤニヤとした嗤いを浮かべながら、ジェットもアルベルトに続いてリビングルームを去って言った。


「・・・・・過ぎるお節介は迷惑にしかならない」


ジョーの呟きに、ぷっ。と、笑いがこぼれるピュンマ。


「ジョー、ありがとう・・・。嬉しかったよ、僕は」


面と向かって笑顔で礼を言われたために、俯くようにして、長い前髪に表情を隠すジョーの耳に、カラン。と、氷がグラスに揺れる音が耳に届いた。


「アイスティで、いいかしら?」


トレーに人数分のミント・アイスティーを乗せて、リビングルームに入ってきたのは、フランソワーズ。


「・・・・十分だよ。・・・・落ち着くまでは話しができそうに、ないし」
「そうね・・・」


体を小さくして当麻に寄り添うように座る、さえこへと視線を向けた。


「・・・ごめん、フランソワーズ」
「?」


小さな声だったが、はっきりとフランソワーズの耳に届いたジョーの声に、視線を彼に戻した。


「こんな形で・・」


最後までジョーが言わずとも、フランソワーズには彼が何を言おうとしているのかが解る。


「・・・事実。ですもの」
「ジョーのせいじゃないよっ、僕も・・、僕だって・・・。ごめんね、フランソワーズ」


ピュンマも、ジョーに続いて謝る。
フランソワーズはにっこりと、いつものように、光が舞うような明るい笑顔をみせた。


「謝るなんて、おかしいわ・・・ね?」
「こりゃ。そんなところで、いつまで立ち話をしているつもりじゃ、ジョー。ピュンマ、フランソワーズも、こっちへ来なさい」


ギルモアの声に、びくり。と、大きく体を揺らしたさえこ。
そんなさえこの様子を見ながら、ギルモアはゆったりと彼女に話しかけた。


「・・・サイボーグだからと言って、むやみやたらに人を傷つけるようなことはせん。・・・・勘違いせんで欲しい。それとも、何かご存じなのでしょうかな?・・・サイボーグと言う存在・・・・ある組織によって作られた”役割”を」


テーブルの上にトレーを置き、コースター、そしてミント・アイスティーを、さえこの前に置き、その手が当麻の前に伸びたとき、頭ではなく、当麻の体が動いた。


フランソワーズの手を握る、当麻。


「当麻、さ、ん?」


握られた手の力の強さに驚いて、フランソワーズは驚きに見開いた、大きな空色の瞳でまっすぐに当麻を見つめた。


当麻の手が握る、フランソワーズの手を見つめる、さえこ。



「・・・・・・ギルモアさん、が仰ったことが、本当なら、この邸にいるギルモアさん以外は、サイボーグだと・・・言うなら・・・・マリーも?」


フランソワーズの手を握る力がぐっと、強くなる。


「そうよ、当麻さん。私はサイボーグ・・・・。今から何十年も前に・・・、当麻さんが生まれる、ずっと、ずっと、ずっと・・・ずっと遠い昔に、改造されたの」



神秘的に輝く、パライバトルマリンのような、深い青の中に浮かぶ碧。揺れる光に漂う波色。


「・・・・遠い、昔?」
「ええ。遠い、遠い、昔に・・・・・。だから、こんなおばあちゃんの手を、握っていても・・・ね」


当麻の手の力が、フランソワーズの”おばあちゃん”と言う言葉に緩む。
その隙を逃さずに、フランソワーズは当麻の手から自分の手を引いて、トレーの上のものを乱暴にテーブルへと移すと、早足にリビングルームから出て行こうとするが、ドア口に立っていたジョーがフランソワーズの腕を掴み、耳元で囁いた。


「・・・自分をそういう風に言うな、よ。フランソワーズは、フランソワーズだから」
「ジョー・・・」
「フランソワーズは、フランソワーズだ」


フランソワーズの腕から手を放したジョーは、ドア口から、フランソワーズから、離れる。
歩き出したジョーを振り返るようにしてフランソワーズは、視線で彼を、追う。

微かに首をフランソワーズの方に残していたジョーと、触れ合った視線は、フランソワーズを強く包み込む。







ピュンマの瞳に2人が眩しく映った。


「そろそろ、イワンが寂しがるんじゃないかな?ね、フランソワーズ」
「そうね、ピュンマ。ミルクを用意しなくちゃ」


微笑むフランソワーズがリビングルームを出て行く姿を見送ったピュンマは、ギルモア、当麻、さえこ、そしてジョーが座った、リビングルームの一角へと足を向けた。

















####

さえこは、条件を出してきた。

「・・・ひとつは、当麻は関係ありません。だから、この子をすぐにでも学院に返して。一切関係ない。今回のことに彼が関わる必要がないわ。当麻、今訊いた全て、全て忘れるのよ、いいわね?・・・もうひとつは、当麻を護ること」
「何か、矛盾した条件じゃのう・・・何も知らずに、護られる彼の身にもなってみなさい。それに・・・当麻くんも無関係とは言い難いじゃろうに」


ギルモアの言葉に、当麻は頷く。


「・・・祖父が残した物が、何であったのか解った以上、それに津田が・・・。ぼくは知る権利がある、と思う。どうして、どうして母さんは、ぼくを遠ざけるの?」
「黙りなさい、当麻・・・。いい、あなたは自分のことを、自分の将来だけを考えていればいいのよ、篠原のことも、この、・・・ことも、あなたは何も関わる必要なんてないの」
「・・・・母さん・・」
「当麻、さえこ、でしょう?」
「・・・・・・」

厳しい視線を当麻へと送る。


「なんじゃ、母親を”お母さん”と呼んではいかんのか?・・・変わった教育方針じゃのう?」
「私たち親子の問題です・・・、この条件を受け入れられない限り、私は何も話さない」


さえこは体を小さく強張らせながらも、先ほどよりも強く己を主張する。
噛みしめていたくちびるが、妙に紅く染まり、色を失った顔に鮮やかに浮かぶ。


「・・・・いいでしょう。あながたお話下さるのなら、全てをの条件をこちらは受け入れますが」


丁寧な口調で、穏やかに話すがその視線はあくまでも009でいる。


「彼が”勝手に得た情報は、知りませんよ?・・・・あなたがた”親子の問題”に、我々も関わるつもりはありません。従って、彼が何をしても我々は無関係です。それから、”護る”とは、どの範囲で、ですか?」
「・・・・全てがクリアになるまで」

さえこは、静かに呟いた。


「了解しました。僕も、ジェット、ピュンマ、3人はクリアになるまで学院にいます。その範囲でお約束しましょう。・・・僕たちのことは、学院では・・・」
「わかっているわ」
「ありがとうございます・・・。しかし、彼を今、学院へ帰すワケにはいきません」


当麻は驚きの連続である。

彼の知るジョーは、何ごともマイペースに物事を静かに進め、会話をしてもいつも”受け身”であったように記憶している。会話の受け答えも思慮深く、そして言葉数も少ない。当麻の知る中で、マリー/フランソワーズが学院を訪れた時にランチを取った時、初めて”本当の彼”を知った気がしたが、今、目の前にいるジョーを考えると、当麻は混乱するばかりである。


「・・・」
「あなたにとってご子息は大切な存在です。”誰かが”あなたの”行動”を知り、彼に危害を加えようとする、危険もある。と、・・・・その可能性を考えていらっしゃるために、僕たちに”ご子息を護る”と、言う条件をお出しになられた。と、思いますので。彼は、僕たちと一緒に行動してもらいます。・・・ピュンマ」
「そうだね・・・」
「悪い」
「いや、当然の判断だよ。ジェロニモよりも僕の方が楽だろうしね」


ふと、ジョーがピュンマから視線を1,2秒ほど外した。


「・・・ゲストルームが使えるらしい、けど」
「そっちは、篠原くんのお母さんが使う方がいいよ」
「・・・・・俺の部屋か」
「ま、その辺は、僕にまかせてくれる?」
「頼む、よ」
「了解!」


ニッコリと微笑んだピュンマの口元から、白い歯がキラリと、光る。



2人のやり取りを訊き、当麻は自分がこの場から席を外すことを知り、隣に座る母親に視線をむけると、当麻に向かって無言で頷く。


「じゃ、行こうか篠原先輩!」


ピュンマは立ち上がると、ジョーに向かって笑ったように当麻にむかって笑顔を向ける。
ここで当麻は何もできない。そのために、彼らに、ピュンマに従うしかなく、ピュンマとともにリビングルームを去って行く。









ドアが、閉まる。
その音を確認し、さえこは振り返って、ドアに当麻がいないことを確認した後、ジョー、そしてギルモアを交互に見つめた。


「・・・・祖父、と・・言っても、トーマス・マクガーの方ではないわ。私の、篠原聡から、”B.G”の存在は訊いていたわ。その存在がどういうものであるかは、知らなかった。ただ、”B.G”と言う名を出す者には、一切関わるな。それが、私の祖父、篠原聡の遺言だったのよ」
「・・・・・・いつから?」
「いつも、何も・・・言った通り。私はその存在を”名前”しか知らないわ、実在する組織だったなんて、知らないわ。噂でしかね・・・・。あの資料が転がりこんで来るまでわ・・・・・・。どこまで、私のことを・・・・当麻のことを調べたのよ?」


挑戦するような目線で、ジョーを観る。


「あなたと、血のつながりはない。父親は石川斗織・・・中井・マクガー・T・アンドリュー」
「たいしたものね・・・・・、こっちも訊くわ、いつから?」
「知人が、交流会に出席したんで、ね」
「・・・ああ、それで?・・たった1ヶ月ほどで、ここまでこぎ着けたの?」
「たった?・・・・これでも慎重に、時間をかけたつもりです、よ。・・・・本来なら、1週間もかからない・・・。けれど、”力業”は通用しなくなった社会なんで」
「・・・・・よく、解っているじゃない。世の中は変わっていくわ、情報を制する者が、今の世界を制するわ」


カラン・・・と、静かに氷がグラスの中で溶けた。
ギルモアは何も言葉を挟まずに、静かにパイプを楽しむ。


「・・・・すべてを、お願いします」
「やっぱり、こっちが本当の”あなた”ね・・・・。学院は似合わないわ、ねえ。島村君?」
「・・・・・あなたも、さきほどよりも今の方が、”あなた”らしくて素敵ですよ」
「どこまで知っているのか、知りたいわ」
「”マクスウェルの悪魔”が使っていた”景品”は、石川が手に入れた?」
「・・・そうよ」
「6年ほど前に?”偽トーマス・マクガー”から?」


さえこの瞳が大きく見開かれ、そして、半円を描くように細められた。


「私が話す必要なんて、ないじゃない」


その言葉が、自分たちの推測が正しかったことを固定する。


「彼はすべてを同居人の・・・誰だったかしら?・・・そう、ミツヒロ?って子に渡して、ドイツ留学させていた、斗織に”父親”のフリして会いにきたの。あの資料を、”父親の証拠”として・・・でも、バカよね?年を取っても、本人かどうかなんて、すぐに解るのに、整形していても、偽物が、どんなに本人のことを知っていようと・・・。そう、思わない?一目で違う、と解ったらしいわよ。何が決め手になったのかなんて、知らないけれどね。その、偽物さんから資料だけを手に入れて、日本へ戻ってきたわ。その頃かしら、大学の先輩が結婚するからって、日本に帰国したときに彼女から”トーマス・マクガー”の名前が出てね。・・・・運命だと思ったわ。こういうの、偶然は必然ね」


さえこは話しながら、ミント・アイスティーのグラスに浮かんだ水滴が落ちていくのを眺めた。


「・・・わかってるのよね?」
「すべては石川斗織の手によって、進められてきた。と、いうこと。ですか?」
「やっぱり、知ってるじゃない。私が話す必要なんてあるの?」
「あくまでも、推測の域をでなかったので・・・すべてを」
「疲れるわ」
「・・・・・では、こちらからの質問形式で、いいですか?」


ジョーは微笑む。
さえこは応えない。が、ジョーはそれをyes.と受け止めた。


ギルモアが吐き出した煙が輪を作り、ふわり、と浮かんだ。


「なぜ、彼は興味を持った?」
「父親の研究だったから」
「父親が所属していた”先”を知っていた?」
「どこかの研究所で働いている、素晴らしい学者だ。っと、言っていたわ。尊敬していたみたいね・・・。何を研究して、何を専門にしていたかは、知らなかったみたいだけど」
「・・・・手に入れた後、すぐに行動に移した?」
「まず、その日本に一時帰国しt」
「久保絵里子、絵里子・レキシントン。トーマス・マクガーが開いた勉強会から、今の交流会まで唯一在籍している、彼女ですね?」
「よく調べてるわね・・・。そうよ。その彼女と頻繁にコンタクトを取るようになったわ。色々訊いたんでしょうね」
「・・・・・彼、一人でここまで出来るはずがない」
「私が居るでしょう?」
「・・・・・・けれど、あなたは”非”協力的だ」
「”マクスウェルの悪魔”になったのに?」
「・・・ある意味、” マクスウェルの悪魔”。と、なることで逆に石川をコントロールしていましたよね?・・・・それは、ご子息のため?」
「・・・・」
「”マクスウェルの悪魔”となることで、石川の目を上手く誤魔化してました、ね?」
「嫌な子」
「護るためですか?」
「・・・・そうよ」
「もしかして、石川は、知らないんですか?・・・自分に息子がいることを」
「・・・・・・・・ええ。知らないわ」
「あなたと血の繋がりがない、ことも?」
「ええ。本当に私の子だと思っているわ。父親は当時のボーイフレンドの1人だったスイスの留学生だと、思ってるの。そういうことにしておいてね・・・。当麻は知る必要ない事よ、いいわね?」
「もちろん。これらはあなたが提示された、条件に含まれますから」
「良い子よ」


ジョーは、ふっと口角を上げて微笑んだ。


「彼の母親は、関係していますか?」
「・・・関係も何も、この世にいない人間がどうやって関係するのか訊きたいわ。・・・サイボーグがあの世と交信できるなんて、初耳よ」
「・・・・・・できない、とは・・言い切れない気がしますけど」

ジョーはギルモアの様子を窺うように視線を向けるた。
ギルモアはニンマリと、パイプを銜えながら、安楽椅子に身を深く沈める。


「面白い発想じゃ・・・・。念写よりも楽しそうじゃのう」


独り言のように呟いた。


「あなたと、石川は婚約者だった。と、訊いてましたが?」
「父が、気に入ったのよ斗織を」
「あなたは?」
「あら、興味あるの?」
「・・・・・婚約していたのでしょう?」
「好きよ、斗織が好き。愛してるわ。憎らしいくらいに・・・・斗織のためだったら、何だって出来るわ。・・・あの人の子どもですもの、当麻は・・・。あの人のために、私は当麻を護るの。美涼のために、あの子には私のようには・・・・・・・。篠原とは関わらせない。気になる?美涼が誰か?」
「・・・お話下さるのなら、訊きます」
「美涼は、私の妹よ・・・」
「・・・それは、調べても出てきませんでした」
「そりゃそうよ・・・。父の愛人の子ですもの、他にもいるんでしょうけど、興味ないわ。今の愛人が何人いるか、知らないけれど・・・。あなたなら、知ってるんでしょうね?」
「現在は4人。一緒に住まわれている方とはもう、40年ほどのお付き合いですね?」
「ああ、ルミ子さんでしょ。アレが本命よ。ちなみに美涼の母親はその中にはいないわ。父と別れた後、美涼を連れて再婚したの。美涼はね、とても幸せな家庭で育った子だったの・・・・羨ましかったわ、とっても。同じ父親の血を引いているとは、思えなかった。美涼は知っていたわ、自分の父親が誰か。私は・・・・当麻が生まれるまで知らなかった」


話しながら、氷が溶け始めた、ミント・アイスティーのグラスに触れて、雫を人差し指の腹に乗せて、それを親指で潰した。



「普通の家で、普通に成長して、普通に愛されて、そうやって育った、羨ましい子で、大好きだったの。・・・・斗織も、・・・知って居いるんでしょ?どういう生い立ちか?・・・だから・・・好きになったんでしょうね?・・・・私と婚約しても、私のことなんて放ったらかしで、ずっと美涼を大切にしていたわ。私たち3人でよく遊んだのよ、もちろん・・・斗織は私の婚約者として、私の親友である美涼と会う。と。言う形でね・・・、懐かしいわ、とっても懐かしい・・・・。一番、楽しかった時期よ、私の人生で。・・・・美涼がいて、斗織がいて、・・・・2人が愛し合うようになっていても、私は2人が大好きだったから、かまわなかったわ。父親の言いなりになって、・・・・まあ、斗織のことを好きだったのは事実よ、本当に恋は盲目とはよく言ったものよ?・・婚約したけれど、美涼と一緒にいるときの斗織が好きだったの。一番、好きだったは、美涼へむける微笑み。右頬にできるえくぼが、可愛かったわ。・・・私の憧れる世界で育った美涼と、斗織が一緒になって、私とずっと友人でいてくれる・・・。そっちの方がどれだけ”楽”で”幸せ”か・・・解るかしら?」


触れたグラスの縁を、色づいた爪の人差し指で円を描くようになぞる、さえこ。


ジョーは応えない。


「較べようがなかったの、好きすぎて、愛しすぎて。私はどちらも選べなかったの。その所為で、美涼を苦しめていたなんて気づかなかった・・・。イマサラだけど。斗織との1度きりの思い出を胸に、美涼は私たちの前から姿を消したわ。まさか美涼自身もそれで妊娠してしまうなんて思わなかったでしょうね・・・。身重の女が1人で何ができるっていうの?篠原を舐めてたわよ、すぐに居所なんてわかったわ・・・・でも、教えなかったわ、斗織には。・・・・・・やあね。こういう話しだと、スラスラ口が動くんだから、関係ないことでしょ?」
「・・・・構いません。全てを、と言ったのは僕ですから」


柔らかい微笑みを絶やさないジョー。


「・・・・・雇った探偵の腕が良すぎてね。そこで初めて美涼が私の義妹だと、知ったのよ。そうしたら、余計に愛おしくて・・・・。ずっと1人だったから。嬉しかったと、言うのが正直な話しよ。だから当麻とは血が繋がってないことは、ないの。私は彼の母ではないけれど”叔母”なんですもの」


心の底の喜びは、自然とさえこの口元を少女のように綻ばせた。
初めてみる、さえこの表情にギルモアは、瞳を細めるようにしてさえこを見つめた。


「私は、嬉しくて、嬉しくて、美涼に伝えたかったの、私がどれほど孤独の中で”篠原’の中で生きていたか・・・。私は斗織との婚約を解消して、美涼を篠原で引き取り、斗織と結婚させる段取りを始めたわ・・・。でも、遅すぎたの。早産で、8ヶ月にさしかかったころ。私が差し向けた探偵を、勘違いして・・・。無理が祟ったのね。美涼はずっと、うわごとのように、私に謝り続けるの・”裏切ってごめんなさい。幸せを奪ってごめんなさい。そして、生まれてくる子には罪はないから、私は死ぬことでこの罪を背負って地獄に堕ちるから、当麻だけは助けて。護って。”と・・・・。悔しかったあ・・・・・、こんなに、美涼に憧れて、羨ましくて、斗織に愛される美涼になりたくて・・・でも、それは、美涼から見たら・・・・と、考えたら・・・・・。好きすぎて、愛しすぎて、幸せを願っても、人の見方によっては狂気に映る・・・。ね・・・?・・・・どんなに好きでも、愛しても、相手に通じない、受け取ってもらえなかったら、この気持ちは・・・、どこへ行くの?どこへ、・・・・・本当に、私は美涼のことを好きだった?愛していた?憧れていた?・・・・それは、嫉妬じゃなかった?妬んで・・・憎しみに身を焦がし、狂気した女にしか、映ってなかったの・・・よ・・・・・」
「・・・・人とは、だからこそ、人とは未完成なんじゃよ。人を笑い、哀しみ、憎しみ、愛し、怒り、そして反省し、・・・人が人である証拠じゃ」


ギルモアは優しくさえこへと言葉をかける。


「・・・あなたの子どもとして、彼を育てるために・・・・石川を遠ざけたんですね?」
「父を上手く言いくるめて、”篠原命、会社命、名声命、力と権力が全て”の父なんて、簡単よ。”迫が付くから”と、言う言葉と、彼の博士号をドイツで取らせること、斗織がバカだったら、無理だったけれど、彼に流れる血はちゃんとそれに応えられるものだったのよ。まさか、それが・・・、当麻のためにしたことが、こんなことになるなんて・・・。私って、・・・美涼じゃなく、私が地獄に堕ちるべきなのよ」


気持ちを切り替えるために、ジョーは深く息を吸いこんで、ゆっくりと吐き、そして質問を続けた。


「本物に、会わせなかった・・・のはなぜ?」
「・・・・会わせたら、トーマスはがっかりしたでしょうね。初めて会ったときに、彼は、斗織が理想とし、神格化してしまっている”父親像”とはかけ離れた人物だったから、怖かったの・・・・。すでに、”計画”は進んでいたもの。だから、当麻に会わせた。当麻が自分のルーツ・・・父親について、気にし始めているようだったから。それは、良かったと思っているわ」
「・・・石川が必死で探している遺産、を手に入れることが出来たから?」
「その通りよ・・・。そして、私は”マクスウェルの悪魔”にして、”篠原”の一人娘・・・。行方不明になった美涼については・・・。彼は一言も口を開かなかったし、その程度の男なのよ、結局・・・・。それでも、ずっと・・・好きなのよ、私は。だからずっと、愛してるわ。愛してるから、彼のために動く。彼のためになんでもするわ。当麻を護るわ。美涼に代わって、斗織の傍にいる。彼のために生きて、当麻を護るの・・・そして、愛しているから、彼のために・・・・私は裏切るの。彼のことを思って、彼を止めたくて、彼を護りたくて・・・・でも、いつも私は中途半端、私はずっと中途半端なの。愛した人に、愛されず、愛されたい人に、愛されることもなく」


すうっと、さえこが息を吸いこむ音が、リビングルームに響いた。


「外に作った愛人宅へは帰っても、娘の居る家には帰らない。私を産んだことで、”篠原の嫁”の勤めを果たしたと言わんばかりに、お金に不自由するこなく遊び歩く母。恨んで、逃れたくて、悪ぶって・・・淋しさを埋める日々のつけがまわってきたのよ。・・・望んでも、子どもも産めない・・・・。よゐこ。にもなれなかったわ。私は・・当麻のように、斗織のように、恵まれなかったの、才能に。だから、夢の中に生きることにしたの・・・。斗織の夢の中に・・・・」


ギルモアは安楽椅子から立ち上がり、さえこの隣に座ると、そっとさえこの肩を抱いてやった。


「あなたは、素敵なお母さんじゃよ。・・・・当麻くんを見ていればわかる。一生懸命に育てたんじゃろう?誰の手も借りずに・・・。1人で、ずっと、1人で育てたんじゃろう?立派に育っておるじゃないか。目をみればわかる。当麻くんは、素直で、とても素敵な子に育っておるよ、人を1人育てると言うことは、とても大変な事じゃ。あなたは見事にそれをこなしておるよ・・・。そして、あなたのお陰で・・・石川から1人の青年を護ったことになる。・・・・儂が診た限り、彼が津田くんの失った”左足”以上のことはできんかった。そうじゃな?いくつか、手術跡を彼の体にみつけたが、あれも事故のときのじゃな?・・・・もしも、トーマス・マクガーの遺産であった、残りの資料が、石川の手に渡っていたかと、想像しただけでも、ぞっとするわい。・・・人工内臓などの配置は書いてあったが詳しい資料は全て、あなたが隠していたじゃろう。じゃから、情報をかき集めて、ゲームで”解答”されてゆくことで得た知識を使った。それにあなたや、篠原グループの力を利用して、”篠原技研’を造り、義肢の最先端の情報を使っても・・・あれが、現代の限界・・・・。そうじゃな?」
「はい・・・・。斗織は、いつか”父親”が自分を迎えに来てくれると、信じてました。頭がよかったんです。早熟で、そのせいで・・・養子先にもてはやされたのは、初めだけ。後は、あまりにも”できが良すぎて”不安に思い始めた、両親に・・・・。そのせいか、余計に・・・母親の従兄弟夫婦から訊く、母親が生前に語っていた斗織の父親についての情報が、大きく、妄想の中で、妄想を育てて・・・・」
「父親が、B.Gの研究員だった。そしてその資料を目にすることで、・・・父は現代医学では到達できないことを成し遂げようとした”天才”だったんじゃな?」
「・・・・」
「あなたは、もしかして・・・僕たちの存在も知っていた?」


ギルモアの手が優しく背をさすり、さえこを支える。


「・・・・・父は祖父を嫌っていたわ。仲が悪くて、犬猿の仲を絵に描いたような関係だったのよ・・・。父に確認したことはないけれど、斗織の素性は知っていたと思うわ。サイボーグなんて信じられなかったし・・・そんな物が作れるなんて、でも・・・斗織が持ち帰った資料を使って」
「人工臓器について、”B.M/ブラック・マーケット”で調べていたのは、あなたですね?」
「・・・そうよ。私・・・。その時に聴き知ったわ・・・、この世に”B.G’が作った完全なサイボーグが存在する、と。プロトタイプを00ナンバーで呼ぶこと・・・。そのサイボーグは、”戦闘用”として”兵器”として作られた・・・。噂だと、思っていたのよ。本気で・・・。あなたの”あの力”と”009”と言うコードナンバーを訊くまで」
「・・・・初めまして。ですね」
「・・・・・・」
「僕が、サイボーグ009・・・B.Gが作った、最後のプロトタイプ・サイボーグ。そして、組織を裏切ったサイボーグ戦士たちのリーダーです」
「儂が、彼らを作った・・・。B.G科学技術部・サイボーグ開発計画プロジェクト責任者じゃった男じゃよ・・・」


さえこはジョーを見つめ、そしてその視線を隣に座り、温かく優しく自分の背をさすり、支えてくれる人物へと向けた。

口元の深い皺は笑い皺のように見える。






彼はサイボーグ達を”息子、娘”と呼んだ。



「・・・・もっと、恐ろしい人だと、怖いものを想像していたわ」
「やれやれ・・・それこそ、”漫画やアニメ”の世界じゃぞい」
「それに、それは・・・”悪役”だと思いますよ?」


ギルモアの言葉に付け足すように、ジョーは言った。


「よおく見なされ、ジョーは”悪役”顔ではないでしょう?あんなに愛らしい顔をして、ぱちりおメメに、しっかり二重、整った顔をしておる。初めてジョーを観たとき、B.Gは”顔”で選んでるのではないかと、疑ったもんじゃ・・・。なかなかのハンサムでなあ、息子達は、まあ、娘のフランソワーズは、診ての通りじゃ」
「ええ、・・・・あやめ祭は、盛り上がることでしょうね?」
「・・・・それまでには、撤退するつもりですよ」
「あら、もったいない」
「・・・・・」
「私が直々にオークションに参加して、競り落としてあげるわ、島村君なら」
「・・・・篠原がいるでしょう?」
「心配はいらないわ。あの子モテるのよ?・・・・・男同士じゃ、そういうのわからないかしら?」
「男に興味はありません」
「ジョーは、ちと前に、あってのう・・・。触れんでやってくれんか?」
「・・・好かれた経験があるのね?」
「うむ。かなり気に入られておるようでな」


話しが変な方向へと走り出したために、ジョーは困ったように、ギルモアの言葉を止めにかかった。


「・・・・・博士、無駄話は後で、お願いします」
「おお、怖い怖い・・・・。年寄りを苛めるとはのう・・・」


戯けてみせるギルモアに、さえこは微笑む。
その間もずっと、ギルモアはさえこの背をなで続けていた。





ただ、こうして欲しかったのかもしれない。




















誰かに、何でもいいから認めてもらいたかった。
中途半端な自分を。

何にも得られない、自分を。
何も残せない、自分を。



















愛する人を信じ抜くことも、止めることもできない、自分を。










ギルモアの言葉を反芻する。



”あなたは、素敵なお母さんじゃよ”










夢から覚めてもいいかもしれない。
温かな太陽が背中にあるの。






凍っていた、背中を強く、優しく温めてくれているの。
夢はもう終わりにしたい。








好きよ。
斗織。

愛しているわ。
アンディ。






だから、もう中途半端なままではいられないの。

許してね。
裏切る、私を許してね。



私は、愛しているの。
あなたを愛しているから、あなたを止めたい。

私は、愛しているの。
あなたを愛しているから、当麻を護りたい。






私は、あなたを愛しているから、あなたを裏切るわ。
愛しているあなたの子を護るために。

あなたを護るために。










私は、あなたを裏切るわ。

















「ここまでスッキリ話したんだから・・・責任取ってよ。最後まで、キッチリ最後まで・・・」
「もちろん、そのつもりです。すべてをこの世から’消去’します。・・・1文字たりともこの世に残すようなことはしないつもりですから、ご協力願います」
「覚悟は、出来たわ・・・・。けれど、条件は守って」
「・・・はい。必ず。・・・・・では、津田のことですが」


さえこはギルモアに支えられて、自分が知る全てをジョーへ、009へと話し始めた。




















####

002と共に戻ってきた006は、予定していたよりも遅れたことを詫び、その理由に口を濁し、002は予定のことを終えてからのことだから。と、006を庇った。確かに、006は彼に振り分けられていた、ゲーム参加者の中で”景品”を持つ1人の家に行き、イワンの用意した”偽”の景品とすり替えた。その連絡は済ませていたために、009は、006に今まで何をしていたかは問わなかった。

002は009から新しい指示を受け取り、石川斗織の尾行を続ける007と合流する。現在、石川は週末に利用するホテルに戻っていた。




009、ギルモアと話しを続けたさえこは、昨夜からの疲れと、今朝から身に起こった緊張、不安などが現れ始め、キリが良いところで、009との話しを一旦切り上げさせてゲストルームで休むように言うと、フランソワーズが呼ばれ、さえこを2階のゲストルームへと案内させた。


ゲストルームへとさえこと向かい、キッチンへと戻ってきたフランソワーズは、トレーに軽食らしきものを乗せて、再びゲストルームへと向かう。


ふと、時計に目をむけると、午後7時を過ぎようとしていた。
さえこが疲れるのも理解できる。




つい、”人”であった時の”感覚”を忘れがちになり、不意に自分が不安になる。それを見透かしたように、自室からリビングルームにやってきたアルベルトが、ぽんっと、ジョーの肩を叩いた。


「お前さんも疲れているだろ?」
「・・・・いや」
「顔が疲れ切っているぞ?・・・・悪い癖だな、・・・・無理をする。自分の限界を無視してだ。それとも、自分には興味ないのか?」
「・・・自分に?」
「自分を好きになれないヤツが、他人に自分を好きになってもらおうなんて、虫が良すぎる話しだ、ジョー。もっと自分を大切にしろ。それと、自分の殻に囚われるのとは、まったくの別物だ」
「・・・・・興味ないな、自分になんて」


アルベルトが躯をずらした事により、ジョーの視界にゲストルームから戻ってきたフランソワーズが映る。
もう1度、アルベルトはジョーの肩をぽんぽん、と軽く叩くと、脳波通信を使う。


<心配、されてるぞ?・・・・安心させてれ、彼女も帰ってきてから、そのままギルモア博士の検診を受けて、満足に休んでいない>


リビングルームからダイニングルームのドアを開いたアルベルトの後を追うように、フランソワーズが歩き出し、途中、ジョーの顔色を窺い、足を止めた。


「・・・・・ジョー、無理しないで」
「キミだってそうだろう?」
「私は平気よ・・邸に戻ってきてかr」
「すぐに検診を受けて・・・そのままだよね?」


フランソワーズの瞳をのぞき込んだ。
ジョーの言葉に、頬を少しばかり膨らませると、今でここに立っていた男に文句を言った。


「意外とおしゃべりなんだから!・・・・ジェットよりもお節介よ、きっと」
「・・・意外と似てるよね、あの2人」
「今頃、気が付いたの?・・・・あの2人、表面は水と油みたいに馴染まないようにみえるけれど、本質の根っこの部分は、コピーしたように、似ているわ・・・。でも、本人の前では絶対に口が裂けてもいえないけど・・・」


絶対に口が裂けても・・と言うところで、言葉が空気に混じる。


「そうなんだ・・・・。知らなかった、よ」


アルベルトが出て行ったドアへと振り返るジョーを、フランソワーズは見上げるようにして、見つめる。


「お腹は空いてないの?・・・・さえこさん、昨日の昼食以来、今まで何も食べてなかったらしくて・・・」
「・・・・それは、申し訳なかったね・・配慮が足りなかった」
「朝から何も食べてないわ、ジョー・・・」
「それを言うなら、みんなも、だろ?・・・ここを占領していたから、ね」
「・・・ジョーは、知らないの?」
「・・・・何を?」


視線をドアからフランソワーズへと移すと、碧色が鮮やかにジョーの瞳に飛び込んできた。


「みんな、自室に色々と食料を持ち込んでいるのよ?」
「・・・・・それは、初耳」
「持ち込んでないのは、ジョーくらいかしら?」
「っと、言うことは・・・キミも?」
「いいえ、私h」
「・・・ああ。そうだった、ね。フランソワーズの場合は、持ち込んでもすぐに食べてしまって、”ストック”にはならないんだった」
「”だった”って!・・・・見ていたみたいに言うのね」
「・・・・そうなんだね?」
「ちょっとした御菓子だけだもの、ストックするために、持ち込むのじゃなくて、お部屋で少しツマムものが欲しくて、それで」
「言い訳しなくても、いいよ。そうか・・・、うん。フランソワーズ用の冷蔵庫を部屋に用意した方がいいね」


真剣に考え込むジョーに向かって、フランソワーズは抗議する。


「ま!・・・最近、ジョーはひどく意地悪だわっ」




「・・・意地悪?」
「前の方がずっと、ずっと、優しかったわ」
「・・・前って、・・・・いつ?」
「ここに移り住んだばかりのころ、よ」


ぷいっと、ジョーにそっぽを向いて、フランソワーズはダイニングルームへと向かう。
その背を見つめながら、ジョーは思い出す。


ここ、日本にギルモア邸を構えたばかりのころを。











フランソワーズのことが、大切で、心配で、目が離せなくて。
それが”好き”と言う言葉で表す気持ちだと気づかなかった自分は、かなり・・・。そう、かなり大胆なことを、フランソワーズに・・。と、ジョーは思い出せる範囲で、記憶を辿り、心臓が暴れ始めるのを必死で止める。


冷静に考えても、今のジョーでは考えられない。



今、同じようにしろ。と、言われても、絶対にできない。と言い切れる。














知らない。とは、なんて恐ろしく恥ずかしいことだろう。
逆に、そのときの自分に問いかけてみたい。と、ジョーは思う。














大切な彼女に、どうして手が出せたのだ?と・・・・。













2階から降りてきた、ピュンマと当麻がリビングルームへ入ると、ぼうっと突っ立ったままのジョーがいた。

その顔が紅く、ピュンマはジョーが熱を出したと、慌ててキッチンにいるであろう、フランソワーズを呼びに走ろうとしたが、腕を捕まれて、ジョーに止められる。が、しかし、ピュンマの腕を掴んだ手が熱く、汗ばんでいたことから、余計にピュンマが焦りだし、羽交い締めて、ジョーはピュンマがキッチンへと駆け込もうとするのを止めた。

その2人のやり取りを見つめ、当麻は思う。


ーーーサイボーグでも、何も代わらないな・・・。



躯の中が、機械でも。
その人自身が、代わることはない。





2階のピュンマの部屋で、当麻は色々な質問ピュンマに訊ね、ピュンマも差し障りがない程度に、応えた。
あくまでも、さえこが提示した条件に触れない範囲ないでの解答を。














サイボーグでも、マリーは、マリーだ。
マリーがサイボーグだからといって、ぼくが好きになった彼女には、かわりはしない。




握った手は、白くて小さく、温かかった。
それは人の手。

マリーの手。












ダイニングルームへと通じるリビングルームのドアが開くと、顔だけをひょっこり。と、出したフランソワーズが、告げた。


「リビングルームでお夕食を頂きましょうね、”誰かさん”がテーブルを壊したから、当分は、リビングルームよ」
「いv・・」


それだけを言うと、パタン。と、ドアが閉り、”イワンに頼む”と言う、ジョーの言葉が宙を泳いだ。





「あ~あ~、もう・・・ジョーがフランソワーズを怒らせた・・・。僕、とばっちりはごめんだよ?」









====64へと続く





・ちょっと呟く・

もう少しっ!
もう少しよっ!



・・・・当麻君、タフっ!
流石、さえこさんに育てられただけあるっ!
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見守るのは
見守るのは 繰り返される 季節
瞬きもせず 流れゆく 風の中

振り返ること 戸惑わず
見続ける背は 強く輝き 

透き通る思い出は 彼の瞳に萌える 春に
数限りなき雨は 彼の肩に降り注ぐ 夏に
揺らめく陽の眩しさは 差し出された 秋に
天に舞う白き夢は 繋いだ手に求めた 冬に



見守るのは 繰り返される 季節
瞬きもせずに 流れゆく 祈りの星

拘ること 惜しみなく
信じる道を 行き進む

熱く 冷やされて
冷たく 熱して


巡る季節に 想いは変わらず












「フランソワーズ?」

「なんでも、ないわ・・・」

「なんでもないこと、ないだろ?」

「・・・・ねえ、ジョー・・」

「ん?」

「また、見られるかしら・・・この空を」

「・・・・・必ず」

「・・・必ず・・・?」

「約束するよ、この戦いはこれで、最後だ」

「また、みんなで帰って来れるかしら・・・」

「みんなで、必ず」








見守るものは 繰り返される 季節
瞬く間もなく 流れゆく 願いの星は









「フランソワーズ、約束するよ・・・。冷えてきた、ドルフィン号の中に戻ろう・・・
明日の朝、出発だ」








目蓋の裏に 浮かぶ 笑顔は永遠に












「そうね・・・。こんな時に風邪をひいたら、大変だわ」









見守るのは 繰り返される 季節
瞬きもせず 待ち続ける あなたへの祈り





眠り続ける 春に
閉じられた瞳 夏に
動かない唇 秋に

名前を呼ばれて 冬に






見守るのは あなたが生きる 季節。








「ジョー・・・お帰りなさい」






繰り返される季節 永遠に 永遠に




もう二度と 離れない

















離れられない















end.






・あとがき・

影響されやすいな、私って・・・。
そういう感じの曲を聴いて、指慣らし?
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Day by Day・64
(64)







「・・アンディ?・・・・懐かしいでしょう?アンディ、って呼ばれるの・・・・・っ、怒鳴らないでよ、しっかり聞こえているわ。・・・・・・・・・・謝るわよ。連絡が付かなかったのは・・・・・・・ごめんなさいね。こっちも色々とあったのよ、・・・・ええ。・・・・・・・・津田君を見つけたわ・・・。・・・・・そうよ。焦らないで。・・・・また、改めて電話するわ。詳しくは、その時に。わかっているわ。落ち着いてちょうだい、あなたらしくないわ・・・・・斗織、心配しないで。大丈夫よ・・・・。大丈夫よ、斗織・・・。愛しているわ・・・」


電源を切り、携帯電話をベッドに放り投げた。
















####

張大人が用意した夕食がリビングルームに並べられたころ、石川斗織を見張っている007の元にいた002がギルモア邸に戻ってきた。


「今のところ、石川に何も動きはないぜ。四方八方電話しまくって篠原さえこの居所を探している。さえこの秘書から”休暇”を取ったと聞いたが、信じられないみたいでよ。今でも携帯電話を握りしめてパニくってんじゃね?ホテルに缶詰状態ってワケで、オレが007のそばにいても、何もすることなんてねえから、帰ってきたぜ」


地下の研究室前の廊下で009に報告する002。


「・・・わかった。悪いけれど、002・・・彼が変身状態だと携帯電話からのメールを受け取れないし・・・。できれば応援要因として、007と当分は一緒に行動して欲しいんだ」
「んだよ、とんぼ返りかよ?」
「疲れているだろうけど・・・」
「こんなもん、疲れるうちに入るかよ!前もっとすげえのを、こなしまくってたじゃんかよっ!・・・・っつうか、オレよりも、ジョー、お前の方が、顔色わりいぞ?」
「・・・・・・せっかく帰ってきたから夕食くらい食べていけばいいよ、それくらいの時間はある。篠原さえこ、当麻はこちらで抑えているから、ね」
「んで・・・どこまで話させたんだよ?」


002が廊下の壁に背を預けて、腕を組んだ。


「彼女が知るすべて、だよ・・・。確認のために、イワンに”読んで”もらった。彼女は嘘も誤魔化しもしていない、信じて良いだろう」
「初めから、そうしろよ」
「・・・・それで、すべてが上手くいくなら、ね。イワンの力を頼り過ぎるのは危険だ、人以外の力の介入はなるべく、避けたい。それが遠回りになっても・・。そうだろう?」
「信じていいのかよ?本当に・・・嘘を言ってない、誤魔化していないってことは、解ったけどよ、だからといって、”篠原さえこ”自身については別じゃねえか?」
「・・・・・イワンの力は、あくまでも”最後の手段”だ、よ」
「その割にゃあ、”便利屋”にされてっけどよ!・・・・で、当麻はどうすんだよ?」
「・・・博士は篠原なら秘密を守れると、思っている。博士の意思を尊重したい」
「甘えな・・ったく、平和呆けしてんじゃねえよっ!どこにそんな保証があんだよっ!」


002の言葉に、009は苦笑する。


「今までだって、そうしてきた人もいただろ?忘れたのかよ?」
「当麻の”中”もみたのかよ、イワンは?」
「ああ、その辺は・・・仕方ない。彼は、白だったよ。何も知らない。知らなさすぎてこちらが不安になるくらいに、ね」
「でよぉ、反応はどうなんだよ?」


ジェットの言葉に、眉根を寄せたジョーは、彼の言葉の意味を計りかねた。
ジョーの態度に、ちっ、と小さく舌打ちするジェット。


「オレたちが”サイボーグ”だって知って、アイツどうしてんだよっ」
「・・・会ったんじゃないのか、上で?・・・ピュンマに色々聴いたみたいだけど?・・・・さあ、その後・・・話しはしていないから、なんとも言えない。驚いていただろうけど」


のんびりとしたジョーの応えに、ジェットは余計に苛々が増していく。


「ばっか!そういう意味じゃねえよっ!・・・・フランソワーズに対してだよ、・・・アイツもサイボーグだって、知ったんだぜ?・・・・・好意を持っていただろ、フランソワーズによお。フランソワーズが、人じゃねえって知って、・・・・・傷つけるようなコトしてねえよな?」


ジョーは微笑んだ。
そして、その微笑みは一瞬にして消え失せる。


「・・・・・誰が生かしておくんだよ?」
「・・・・」
「俺たちの、目の前でそんなことをして、誰が当麻を生かしておく?」
「そこで、”俺たち”って言ったお前を殴りてえよ、オレは」
「・・・・・・」
「気がついてんだろ。当麻の野郎は、フランソワーズに気があんのがよ」
「・・・・・・」
「気が付いてねえ、なんて言うなよ?・・・オレだってリミッター解除のフルなんだぜ?」
「・・・・・ああ」
「どうすんだよ。当麻がよお、サイボーグでも関係なくフランソワーズの事を想い続けるヤツだったら」


沈黙が訪れる。
静かに、冷たい地下の廊下に立つ、2人。






ジェットは黙ったままジョーの言葉を待つ。
何の感情も映し出さない、ジョーの顔。しかし、彼のアンバー色の瞳は徐々に暗く影に飲み込まれていき、光を失っていく。


地下のコンピュータ類が作動していることを証明する音。
センサー式の証明だけが白くジョーとジェットがそこにいることを、浮かび上がらせる。





「どうすんだよ。フランソワーズが当麻の野郎を受け入れたら」









ジョーの躯がびくん。と、跳ねた。








「ったく、やせ我慢してんじゃねえ~~~よっ!」


明るい声と共に、ジェットは組んでいた腕を解き、ジョーへと腕を伸ばすと、両手でぐしゃぐしゃとジョーの頭を、髪をかき回す。

されるがままのジョーは、驚きと困惑の色にそまった瞳をジェットへ向けた。


「忘れんじゃねえぞ!てめえはオレに誓ったんだぜ?いいな、絶対に、フランソワーズの笑顔を護れよ、それだけは、忘れんじゃねえぞっ・・・・。誓いを護れなかったときは・・・」


ぴたり。と、腕の動きを止めて、両手をジョーの肩に置く。
その力の強さにジョーは眉を顰めた。


「オレが本気で、てめえを殺るぜ?」


ジェットの射抜くような視線を受け止めて、ジョーは静かに頷いた。が、その口元に浮かんだのは、微笑みだった。


「・・・・・・・002に殺られるほど、009は弱くない」
「けっ!新作だからって、ナメてんじゃねえぞ?戦闘経験はこっちの方が上だぜ?」


ジョーは肩に置かれていたジェットの腕をどかしながら、後ろ手に研究室のドアを開けた。


「・・・どうやっても俺が勝つよ、・・・・食事が済んだら、もう1度ここへ来てくれ。そのときは、004も一緒に・・・」


ぱたん。と、ドアが閉まる。


「・・・・てめえはどうせ、最後のトドメがさせなくて泣くんだろ?・・・何回勝負しても、同じ結果しか出ねえから、オレの勝ちなんだよ」


ジェットは1階のリビングルームへと歩き出した。















####

「アイヤ~~~!ジョーはまた食べないアルかっ。怒っているネ・・・ワタシ帰ってくるの遅かったアルヨ・・・。だからジョーは怒ってここに来ないアルネ・・」


地下から戻ってきたのがジェット1人だと知り、張大人が落ち込む。


「関係ねえよ、いつもの事だぜ?気にすんなってっ!!大人。オレの分頼むぜ?・・・また、戻んなきゃいけなくなっちまったんだ、アルベルト、飯済んだら、ジョーが来いってよ」


どっかり。と、ピュンマの隣に座ったジェット。そのために、ピュンマが躯を少しばかり横へと移動することにより、続いて当麻も隣に座っていたフランソワーズの方へと寄った。

フランソワーズの二の腕と軽くふれ合い、当麻はそっと視線をフランソワーズへと向けるが、彼女は何も気にする様子はなく、アルベルト。と、呼ばれた銀髪の男を見ているフランソワーズに、少しばかり落胆する。


「ジョーが来ればいいだろう、夕食のついでに」
「知らねえって、ジョーに言えよっ。大人、オレの飯」
「わかってるアルヨ・・・。じゃあ、ついでにジョーの分を持って行って欲しいアルネ」
「持って行くからよお、オレの!」
「すぐネ、ちょっと待ってるアルヨ!」


張大人は腰掛けていた、オットマンから立ち上がりキッチンへと向かう。


「まったく、ジョーは食事をなんじゃと思っておるんじゃ?みなが揃うときは、ちゃんと顔を出すのが礼儀じゃろ?・・・こうやって当麻クンも居るのにのう・・・・」


リビングルームには、L字方のソファの短い部分に座る、ジェロニモ、アルベルトと続き、角にフランソワーズ、その隣に、当麻、ピュンマ、ジェット。ギルモアは安楽椅子に座っている。


「・・・博士、多分ジョーは・・・・・」
「何じゃ?フランソワーズ?」



ーーーイワンのそばにいてあげている・・・




イワンは地下の研究室で、メンテナンスルームで眠らせている、津田海を見守っていた。


篠原さえこ、当麻にサイボーグであることを明かしたために、イワンの存在も知られても構わないのではないか。と、言う意見もあったが、それはまた別の問題らしく、009とギルモアの意見に従い、イワンは今までと同じように、その存在を隠すことになった。

学院から篠原母子をギルモア邸に連れてくると、連絡を受けた時点で、ジェロニモの手によってイワンのベビーベッドなど、彼の存在を現すものは片付けられていた。

それは、ギルモア邸を訪れる人間がいる限り、誰であっても、そうすることが規則(ルール)となっている。


人間のギルモアに脳波通信を使うことはできない上に、当麻の前でイワンの名前を出すことを躊躇わせる、フランソワーズ。

途中で言葉を消してしまったフランソワーズを助けるかのように、ジェロニモがフランソワーズの言葉を次いだ。


「1人にさせるのは可哀相だと、思った。ジョーは気にしている。・・・そうだな?フランソワーズ」


力強く、フランソワーズは頷いた。


「寝てるんだぜ?平気だろ・・・?」


この邸のどこかにいる、津田海のことを言っているのだと思った。
それはジェットも同じだったらしい。


「・・・・・トリが1匹紛れ込んでるな」
「夜だから、目が利かないんだよ、きっと」
「なるほど。」

アルベルト、ピュンマ、ジェロニモの呟きに、フランソワーズとギルモアが、悲しそうな瞳で、ジェットを見つめた。


「なっ、なんだよっ!いったいっっ!!」


<バカだなあ、イワンだよ、イワン!>


心優しきピュンマは、ジェットに脳波通信で教えた。

















<ミンナ ガ 心配シテルヨ?>


イワンはジョーの膝に抱かれながら、βのコンピュータ・モニターを覗いていた。


「どうせ、ろくなこと言ってないんだろ?放っておけばいい、よ・・・」
<ソウデモナイ>
「・・・ふうん。・・・・それで、これを見る限り・・・今の篠原グループは実質、篠原さえこが動かしている。と、言ってもいいんだ。利益を出しているのは、彼女が関わったプロジェクトがほとんど。余計な部分をそぎ落として」
<父親ノ 秀顕ガ関ワッテイル 部分 ダネ?>
「彼はここ5,6年ほど、ろくなことをしていない・・・。グループを、企業を拡大させることにばかりで、実益をちゃんと顧みていない。・・・実際に、篠原さえこがカバーしていなかったら、とっくに潰れていたんじゃない?」
<彼女、起業家トシテノ 才能ガ アルネ>
「コツコツと、積み上げることが上手い。堅実だし・・・。無謀なことはしない感じだね。プロジェクトを遂行させるにも、月見里学院のコネクションを使って、アドヴァイザーを雇い、何度もシュミレーションを重ねた上で実行しているし。企画も無理がないものばかりだけれど、新しい物も取り込んでいく姿勢が、出資者にも受けているみたいだ。自分に自身がないせいで、慎重になっているだけかもしれないけれど、これが良い結果を出しているね」
<・・・じょーガ シヨウト シテイルコト ハ 彼女ニ トッテ 良イコト?>
「イワンの方が、答えを知っていると思うけど・・・・。選ぶのは、彼女自身だよ・・・。あくまでもこれは、僕らが”消去”してしまったために崩れた部分を補強する、アイデアでしかない。・・・・それは薄々、彼女も気が付いているはずだ」


ジョーは膝の上のイワンを抱き直すとき、彼を立たせるような形へと動かした。自分の方へイワンの背を向けさせて、小さな足が、ジョーの膝を押し、デスクに紅葉のような両手が2つ、躯を支える形で乗せられた。


<・・・ジョー、動いたよ>
「あれ?・・・・イワン、立てるんじゃないか?足の力が・・・。はいはい、は・・・出来たんだし、もしかして掴まり立ちは出来るように、なってる?」
<試シテミナイト、ワカラナイ>
「フランソワーズに報告しないとね。・・・それで、彼女は決心できたんだね?」
<完全ニ。トハ 言イ切レナイ。 ケレド、じょーの指示通リニ 1回目ノ 電話ヲ 石川ニ シタ>
「了解。・・・手を放したら、危ないかな?・・・・支えてないと、ふらつく?」
<じょーノ 膝ノ上 ダカラ 安定シナイ>
「あ、そうか・・・・。降ろそうか?」
<じょー ノ 前デ 掴マリ立チ 出来ルヨウニナル ヨリモ ふらんそわーずノ 前デ 出来ルヨウニ ナッタ方ガ 色々ト 楽シイ>
「・・・・あっそう」
<ボク ハ コレデモ じょー ノ らいばる ナンダヨ?>
「知らなかった、よ・・・・・。気を付けないとね」
 

両脇に手をいれて支えるイワンの躯。
小さな背中に向かってジョーは言った。すると、突然にイワンが膝と曲げたり、伸ばしたりを繰り返し、暴れ始めたので、ジョーは抱き上げて、自分の膝からイワンの小さな足を離す。


「イワンっ・・・暴れるなよ」
<足ニ 力ヲ イレテミタ。・・・・前ヨリモ 力ガハイルヨウナ 感ジガスル>
「今、呼ぶ?」
<・・・・ふらんそわーずニ 見セル前ニ、練習シテオコウ カナ>
「フランソワーズの前で、”初めて”を見せたいんだろ?」
<失敗シタラ 恥ズカシイ・・・。女ノ子ニ 期待サセテオイテ 哀シマセルナンテ 男トシテ 許サレナイ>


イワンの発言に、くくっと、ジョーは笑いを噛み殺した。


<コレデモ 僕ハ 長男 ナンダヨ? じょー、君 ヨリモ 確実ニ 長ク 生キテイルンダ 男トシテ> 
「そうだった、ね・・・失礼。・・・・それで、練習に付き合おうか?・・それなら向こうに行こう。津田は、もう少し眠らせているんだろ?」


ジョーはしっかりと腕にイワンを抱き、デスクチェアから立ち上がった。
2人が研究室からメンテナンスルームへと移動し、30分ほどした後に、張大人が用意したジョーの夕食を手に、ジェットとアルベルトがやってきた。

彼らは、イワンの掴まり立ちの練習を知らないままに、009からの指示を手に、それぞれギルモア邸を離れていった。













####

篠原さえこは、ゲストルームに籠もったまま出てこない。
1つかしかないゲストルームを、さえこに使わせて、今夜は帰ってこないアルベルトの部屋を当麻は使う。
ジェットの部屋に。とも、考えたが、アルベルトが自らそれを止めて、自分の部屋を使うようにジョーに言った。


”いくらなんでも、それは可哀相すぎるぞ・・・。寝るだけなら、オレの部屋を使え”




イワンが目覚めて初めの仕事は、ジョーの壊した”浴室の大穴”。
ジェロニモも、ミッションのために009から指示を受けた内容をこなしながらも、修理を続けていたが、どうにも時間がかかり過ぎるために、目覚めてすぐに、イワンに頼んだのは、ギルモアだった。

夕食後にピュンマに案内されて、一番風呂を使わせてもらった後に、アルベルトの2階の部屋へと連れて行かれた。


「ゲストルームは1つしかないんだ、ごめんね」
「ううん。・・・・ありがとう」
「アルベルトの部屋だから、何も心配ないよ!」
「・・・・・どういう意味?」
「これが、ジェットの部屋だと考えただけで、ぞっとするよ・・心配で僕は眠れない」
「・・・リンクの部屋って」
「いやあ、隣なんだけどね?」


アルベルトの部屋のドア前に立つ、当麻は、ピュンマの視線の方向へと首を傾けた。
長い廊下の突き当たりに、明かり取りの窓が、瑠璃色に染まっている。


「その、右に伸びる廊下の左手が、僕の部屋で、その隣の、一番奥がジョーの部屋だよ。それと、フランソワーズは・・・」


ピュンマは躯の向きを変える。


「コモンスペースの隣。ひとつだけ、部屋があるでしょ?」
「・・・マリーはそこなんだ?」
「うん、女の子だしね」


当麻は、ピュンマの言葉に素朴な疑問を持つ。


「・・・マリーだけ?」
「え?」
「マリーだけ?・・・サイボーグにされた、女の子って・・・」


ピュンマは微笑みながらも、その瞳が哀しみに揺れた。


「彼女意外にも、いたかもしれない。けれど・・・わからない。僕たち9人以外にサイボーグにされた人間は存在する。・・・それは確かだったんだ。・・・でも、今はわからない。もしかしたら、僕たち9人が”最後”の生き残りなのかもしれない・・。そうなると、フランソワーズは・・・・。この世でたった独りの、女性サイボーグになるね」


当麻の胸が胃に落ちるような鈍い重さの感覚に、自分の周りだけ深海に閉じこめられたような重力の変化を感じた。


「ひと、り・・・。彼女、だけ?・・・・なのに、マリーは・・・・。ぼく、だったら、気が狂いそうだ・・・・・。考えられない」
「ジョーが、言うんだ・・・」


突然出てきた、名前に当麻はどう反応してよいか解らず、ただ真っ直ぐにピュンマを見つめた。
彼はじっと、フランソワーズの部屋のドアに視線を定めた状態で、話しを続ける。


「彼女は”強い”って・・・。9人いる、サイボーグ戦士の中で、1番強いのは、フランソワーズだって・・・・。ジョーが言うんだから、間違いないんだよ。だから、フランソワーズは大丈夫なんだ」
「・・・島村が?」
「そう!彼の言うことだから、間違いないよ」


うん!っと、強く頷いて、当麻の方へと向きな直ったピュンマの瞳に哀しみにの色はなく、逆に、強さと信頼の光に輝かせていた。




息苦しい。
本当にここは、海の底なのではないか?と、思わずにはいられないほどに、息苦しさを感じる当麻。


「島村って・・・・どんなヤツ?」
「え?」
「・・・・マリーの話になると、かならず名前が出てくるけど、どうして?」
「あ、え・・・どうして、って・・・・それは・・・」
「・・・・なぜ?」


返答に困るピュンマ。

なぜ?と問われても、それはジョーとフランソワーズだから。としか、答えられない。そして、それ以外の言葉が思いつかない。ついたとしても、009と003だから。

意味は変わらない。



長く、2人が一緒にいる時間を見てきたから。
惹かれあっていく、2人を見守ってきたから。

ときに、戦場で。
ときに、ドルフィン号の中で。
ときに、戦いの合間に訪れた休息の中で。



気がつけば、2人。
気がつけば、009と003。
気がつけば、ジョーとフランソワーズの2人。



「そんな風に、聞かれたことなかったから・・・困るなあ・・・・。なんて言ったらいいか、わからないよ」


苦笑するピュンマ。


「ただ・・・・」


当麻の顔色が変わる。


「・・・・ただ、さ。なんて言うんだろう・・・。僕たちにとっては、それが、”当たり前”で・・・。それだけでしか、ないんだけど。・・・・それだけの事が、僕たちを幸せにしてくれるんだ」


ピュンマは恥ずかしそうに笑った。
当麻は笑うことができなかった。


アルベルトの部屋のドア前で別れて、ピュンマは自室へと戻っていく。
当麻は、部屋のドアを開ける。

想像していたよりも広く、ホテルのように調われた部屋。


そこへは足を踏み入れずに、今一度、リビングルームへと向かうために階段を下りていった。

まだ、そこにフランソワーズが居る。



















####

食器を手に1階へと上がってきたジョーは、シンクに食器類を置き、水につけた。
そのまま手早く荒い、ステンレス製の水切りかごに置く。

適当に豆を轢き、珈琲サーバーの電源を入れてからリビングルームに通じるドアを開けた。


「・・・眠れない?」


明日に変わるまで、まだ15分ほどある。
ルームライトだけがつけられたまま、だと思われたリビングルームに、フランソワーズがいた。
その膝には絵本が置かれている。


「まだ、そんな時間じゃないわ」


壁に掛けられている時計を見上げる、フランソワーズの仕種を真似るように、ジョーも壁時計に視線をむけた。


「そうだね」
「休むの?」


壁時計に向けられていた、フランソワーズの視線がジョーへと移った。


「いや、・・・煙草」
「休まないの?」
「・・・・・”誰か”さんが煙草を”キャンディ”に替える魔法を使ったお陰で、大変だったよ」


ジョーはポケットから、真新しい箱とライターを手に取ってみせた。


「ジェットも?」


くすっと、口元で笑いながら訊ねる。


「・・・・彼はキミが抜いた分以外にも、持ち込んでいたからね」
「うそ・・・っ」


フランソワーズは跳ねるようにして、背を預けていたソファから躯を起こした。


「キミの行動をちゃんとジェットは見抜いていたよ・・・。用意した荷物を玄関先に置いている間に、入れ替えたんだろ?・・・ジェットは煙草を入れた”学院指定のカバン”は、大切に部屋から自分で持って、タクシーに乗り込んでいたからね」
「呆れたわ・・・・。学生鞄に煙草を堂々と・・・」
「・・ああ、そうだ。これは秘密にしてないと、いけなかったんだった・・・・疲れてる、ね。俺も・・・余計な事を言いすぎ」


ジョーはL字型の白いソファの、背を通り過ぎようとしたとき、フランソワーズの膝に置かれていた絵本を見て足を止めると、ソファの背の縁に手を置いた。


「勉強?」
「・・・」


フランソワーズは、よほどジェットの”煙草”がショックだったのか、それとも呆れすぎて物を言う気力を失ったのか、ジョーの問いに応えない。


「・・・”しろいうさぎとくろいうさぎ”・・・・・・日本の絵本じゃなかったんだ」


ジョーの手が、ソファの背からフランソワーズの膝の上に置かれている絵本に伸びてくる。
フランソワーズは絵本を手に取り、伸びてきたジョーの手へとそれを渡した。


「アメリカの方みたいガース・ウィリアムさん」
「・・・読めるようになったって言ったよね?」


ジョーは受け取った絵本をぱらぱらと、めくる。紙の音と、印刷されたインクの香りが、ふうわりと空気に溶け出す。

99%は平仮名で、漢数字の”二”しか、漢字は出てこない。


ジョーの頬が緩む。


「読めるわ」


躯を捩って、くるり。と、ジョーの方へと振り返ったフランソワーズの瞳は真剣。


「・・・・じゃあ、読んで?」
「え?・・・・読むの?」
「読めるんだろ?」
「読めるけど・・・」


開いていた絵本を閉じると、ジョーはソファの背をひらり。と、跨いでフランソワーズの隣に座り、絵本をフランソワーズの膝に置いた。


「読んで・・・。ちゃんと発音できているか、みてあげる」


急なジョーの申し出に戸惑うフランソワーズ。


「実は、読めない?」


のぞき込まれるようにして、ジョーの挑戦的な視線に擽られる、フランソワーズの”負けず嫌い”な一面。











膝の上に置かれた、絵本を小さな白い手が開いた。


「シロい、うさぎ、と クロい、うさぎ」


翻訳機を使わないフランソワーズの日本語が、形良い愛らしいくちびるから流れ始めた。

スケッチ調の色味を抑えた優しいイラスト。
フランソワーズはその絵がジョーに見えやすいように、彼の方へと少しばかり躯を寄せる。

「シロい、うさぎと、クロい、ウサギ。にひきの、チサナうさぎが。ヒロいもり、に。すんで いま、した。」


自分が読む文字を人差し指で、ひとつ、ひとつ、確認するように、文字をなぞる、フランソワーズ。その横顔を見ながら耳にする、優しい、音。




風が止んだのか、いつも聞こえる波の音が聞こえない。
フランソワーズのお勉強の時間に、遠慮しているかのように。

途切れ、途切れの日本語だったが、ちゃんと単語が理解できていた。
意味も全部わかった。と、言ったフランソワーズの言葉は本当だったと、ジョーは微笑む。



夢中で日本語を読むフランソワーズは、ジョーの変化に気づかなかった。











仲の良い、しろいうさぎとくろいうさぎ。
森の中を一緒に遊んでいても、ふと。淋しそうな顔をする、くろいうさぎ。

しろいうさぎは、くろいうさぎに訊ねた。
くろいうさぎの答えは”かんがえごとをしていたんだ。”


「いつモ、いつモ いつまでモ きみ と いっしょニ いラ れ。ます。よ、に、てさ。・・・クロい、うさぎ、は。いいまし、た」





くろいうさぎは、願う。
大好きなしろいうさぎと、いつまでも、ずっとずっと、一緒にいられるように、と。








ーーーいつまもで、いつまもで。ずっと、ずっと、一緒に。どうすれば、ずっと一緒にいられるの?








一緒にいたいから、考える。
どうやったら、ずっと大好きなしろいうさぎと一緒にいられるのだろう、と。

考えて、悩んで、願う。






ぱらり。と、ページをめくった、とき。





フランソワーズの肩に落ちてきた、重さに、頬に触れた柔らかな栗色の髪が起こした、風に驚いた。が、動くことはできず、心臓が3つほど鼓動を打つのを忘れた。






「にほんご、みてくれる、イイました、・・・ソレは、ジョー、なんです」



間近に聞こえる寝息は、規則正しく穏やかに。
重なり合った部分が、温かい。


絵本を膝の上に開いたままで、そおおおっと、フランソワーズはソファの背に躯の力を抜いて沈み込むと、よりいっそう、肩にかかるジョーの重さを感じた。





起こすことは躊躇われた。

ギルモアから、ジョーが”眠る”と言うことに関して問題を持っていることを訊いていた、フランソワーズ。クスリを使って睡眠を得ようとしていたことも、知っている。

そして、その眠りが彼にとって心地良い眠りではなかったことも、知っていた。





強く、強く、強く、握られた手の痛みは、まだ記憶に新しい。



”・・・・・そばに、いて・・・・。独りは、・・・・・イヤ・・・だ。・・・・・”





繰り返される、言葉。



”捨てないで”
”行かないで”
”独りはいやだ”




”誰か、そばにいて”










ジョーは自分を産んだ母親の顔も知らない。
父親も、”日本人ではない。以外、わからない。

施設を出てから、ずっと独りで生きていた。と、訊いている。
それが、どれほどの孤独だったのか、フランソワーズには想像できない。


時間をかけて、仲間として築き上げた信頼と絆は本物。
けれども、いまだにジョーは”本当の自分”を仲間に見せることはない。




越えられない川が自分たちと、ジョーの間に流れている。


その流れは穏やかで。
いつでも彼がこちらへ来られるように、手を差し伸べられているのにも関わらず、彼はじっと、その川を眺めるだけ。

ときおり、川の縁へ近づいてくる。
ときおり、差し伸べられている手に、触れてくる。


川を越えようとはしない。


自分たちには、その川の流れは穏やかに、浅く、とても清らかに見える。けれども、ジョーから見たら、それは違う川なのかもしれない。















「あのね、くろいうさぎは、ずっと、ずっと考えていたの。大好きなしろいうさぎと、どうやったら一緒に居られるのかなあ?って、しろいうさぎにね、もっといっぱい、強く、強く、たくさん、いっしょうけんめいにお願いしてみたら?って言われて・・・」



空色の瞳に滲み、涙が溢れる。
喉がきゅうっと締め付けられて、鼻奥が痺れた。



「2匹のうさぎは、同じ想いで・・・・。お話の最後は、ジョーの誕生日の季節に、咲く・・・黄色の花に誓うのよ・・・」





ーーー幸せな色に、誓うの。









眠りに落ちた、ジョーの躯はフランソワーズへと寄りかかり、彼の頭は彼女の肩に乗せられたまま、彼の胸は上下する。


フランソワーズからはジョーの眠る顔は見えない。けれども、彼女の耳に届く息づかいは、彼女のこころにとけ込んでいく。




「くろいうさぎさん、ほど、まだ強く、願えてないのかしら・・・・・」






ーーーずっと、ずっと、一緒に。いつまでも、いつまもで、ジョーのそばに。







「ダメね。・・・・・私だけが、想っていても仕方ないもの」


こぼれ落ちた涙が、絵本の紙を濡らす。















「この絵本はね、・・・・私の夢なの」


彼の寝息の規則正しさが、眠りの深さをフランソワーズに報せる。


聞こえている?
・・・・・聞こえていなくてもいいの。








これが、私の精一杯の告白。










「愛してるわ」



















そばにいるわ。
ずっと、そばにいるわ。


あなたは独りじゃない。
あなたを独りにはさせない。



あなたが、あなたの想う人と結ばれるまでは・・・・。









誰よりも強く、いつまでも、永遠に、あなたの幸せを願うわ。




あなたを想うこと。
想い続けること。













「お休みなさい、ジョー・・・。そばにいるから・・・・、怖い夢は、私が引き受けるわ」



ーーーだから、ここにいてもいいでしょう?










今夜だけ。
あなたの温もりを独り占めしてもいい?












雨模様の空は閉じて、混じり合う体温に、こころを解放させ夢をみる。











ーーー愛してるの、ジョー・・・、私はあなたを愛してるわ
















「・・・・f・・・ra・・・ん」








絵の具で塗りつぶした、青の下。



陽の光は天使の輪を与え、肌に心地よい風は、天使の羽を与えた。
飛ぶように、軽やかに。
砂浜を歩く彼女は笑っている。

自分にむかって笑っている。



名前を呼んで、欲しい。
キミに、呼ばれたい。



















キミだけに。







「ジョーっ!」





呼ばれたい。




















####

ジェロニモは、ピュンマと電化製品の有名な街へと出かけたときに、彼に勧められて手に入れた、デジタルカメラを手にして部屋を出た。


<写真ガ 欲シインダ>


イワンのイタズラな笑いを含んだテレパスを受け取ったジェロニモは、断る理由もないので、イワンに従い、まだ使ったことのないデジタルカメラを持って、リビングルームに向かう。

ダイニングルームを抜けて、ルームライトが眩しい、リビングルームへと足を踏む入れる。と、吹き抜けの広間の方へと通じる、ドアに立つ人影に気がついた。
その影は、ジェロニモがリビングルームに入ってきたことにより、逃げるように、去っていった。


「むう。・・・・フラッシュはいらないな。」





ピュンマを呼べば、プロ顔負けの絶妙なカメラワークで形に残すだろうに。と、胸の中で呟く。


<ぴゅんまハ 黙ッテラレナクテ みんなニ 一斉送信 スル。コレハ 僕ト じぇろにもダケノ 秘密ダヨ>


「何枚いる?」
<イッパイ。じぇろにもガ 好キナヨウニ 撮ッテ>
「むう・・。起こさないように。難しい。」
<起キナイヨ、ダイジョウブ>



大きな手に、小さなデジタルカメラは、まるで消しゴムのように見える。
シャッターボタンを慎重に押し、ソファの上でフランソワーの肩に頭を預けて寄りかかって眠る、ジョー。その彼の頭部に頬を寄せて、眠るフランソワーズ。


寄り添うに。
重なるように。



口元に微笑みを浮かべて。

温もりを分け合い。
夢を分け合い。



「前も、あったな。あの時は防護服だった。」


かしゃり。

かしゃり。






かしゃり。


「今の方が、幸せそうだな。・・・戻るときライトは、消してもいいか。」
<問題ナイ>





かしゃり。


かしゃり。



「ジョーは、眠っているな。・・・・ちゃんと眠っている。久し振りだと思う。」
<じょーガ 不眠ニ ナッテルノ 知ッテイタンダネ>
「大人になる。不安な事だ。・・・・得にジョーは自分と戦わないといけない。」




かしゃり。
かしゃり。





「だから。フランソワーズが必要なんだ。」
<・・・彼ニ 取ラレナイ?>


かしゃり。




「それは、ジョー次第だ。・・・・未来は決まっていない。」
<・・・・ウン。>
「イワン。余計なことするな。いいな。未来を見えても、選ぶのは、本人たちだ。1分1秒先までも、変わる。本人次第だ。」
<ソレ、僕の個人アドレス に 送ッテ オイテ>
「わかった。」



ジェロニモは、リビングルームの照明を落とす。
暗闇の中に消えた2人に向かって、祈りの言葉を囁いた。


そして、去っていった影、当麻へもジェロニモは祈る。










ーーー何も決まってはいない。未来は、自分次第だ。




















=====65へと続く。


・ちょっと呟く・

1と5の最後の・・・悩みました。
飛ばしても良かったんです。
良い感じで、きれたのに・・・・(汗)
こういうの、前まではとことん削っていたのにさ。
最近、5の出番がないのでねえ・・・。


事件、忘れないでください(-∧-;) ナムナム




3と9が読んでいるのは、こちらの絵本。
文章も引用させていただきました。
しろいうさぎとくろいうさぎ
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Day by Day・65
(65)





目が覚めた。

意識を失っていたのは、ほんの4,5秒だったという感覚。
起こそうとした躯は、心地よい温もりから離れ難く、言い訳するように瞳を瞬かせた。


気絶しそうなほどに、驚き。
一気に爆発する、心臓。
恥ずかしさと、自分の時間の感覚のなさに、熱く全身の血が燃えて駆けめぐるのにたいして、冷たく凍る背中。


躯を彼女から離すと、支えを失って倒れてきた彼女を膝で受け止める。



カーテンが引かれていないガラス戸から太陽の光のラインが、海と空との境界線を造りだそうとしていた。


そのまま彼女が眠っていてくれることを祈ったが、通じなかった。

ジョーの膝へと倒れた衝撃に、瞼が重たげに開かれて、長い睫が後を追いかける。
碧の中に浮かび上がる、自分の姿。


「・・・・・?」


フランソワーズは今、自分がどういう状態であるのか、把握できないらしく、何度も瞬きを繰り返し、細く長い指先で目を擦る。

数秒間、それらを繰り返した後、のぞき込まれている人物は夢の中の人でなく、自分の後頭部に感じるのは、ソファではなく、人の膝の感触に跳ね起きた。

反動も付けずに背筋と腹筋の力だけで上半身を起こした、フランソワーズの動きを読むことができなかったジョーは、フランソワーズをのぞき込むような姿勢だったために、彼の額に、ごん!と、朝の挨拶の代わりとばかりに、フランソワーズはジョーに、朝のキスではなく、頭突きをひとつ。



「いったあい・・・」
「っ・・・・、急に起きあがるな、よ・・・フランソワーズ・・・・」


お互いに額を抑えながら、お互いを睨む。
瞳と瞳があった瞬間、どちらともなく笑い出した。




















「よく眠れた?」


リビングルームのソファに座っていたのは、同じ学院生であるピュンマ、夕食のときに紹介されたジェロニモ、張々湖、寮のルームメイトであるジョーが揃っていた。


「・・・・ピュンマ」


当麻の方へと振り向いたピュンマを呼び、自分の方へと注意を向けさせる、ジョー。


「彼女次第だ」
「と言っても、考えている方に向かうと思うからこそ、アルベルトを行かせたんでしょ、ジョーは」
「それだけ、とは言わないけれど。・・・そうであって欲しいと言う望みは捨てていない」
「ジョー、今日中に話すアルか?」
「今、様子を見に行ってもらっている。できれば、考える時間をあげたいけれど」
「時間はいらない。いくら悩んでも答えはひとつ。Yes.かNo.のみ。」
「・・・けれど、追い詰めるようなことはしたくない。ピュンマは博士のところへ、ジェロニモ、動くときは君にガードを頼む。張大人はここで・・・」


「・・・・」


リビングルームのドアを手にしたまま、立ちつくしてしまった当麻。
中に入るべきなのか、立ち去るべきなのか、悩む彼にジョーは視線を向けた。
張大人は、それだけでジョーの意図することを読み取り、頷く。


「以上」


短く言った言葉が、彼らの会話の終わりを告げる。


ジェロニモ、張大人は立ち上がってダイニングルームへと向かい、ピュンマは再びドア口に立ちつくしたままの当麻に話しかけた。


「どうしたの?入っておいでよ。よく、眠れた・・・?」
「あ、ああ・・・。お早う」
「お早うございます!篠原先輩。・・・・朝食は・・」


ピュンマがジョーを観た。
いつもならフランソワーズが用意しているはずである。
しかし今、彼女はゲストルームに泊まっている、篠原さえこの元へ行っていた。


「大人が、用意するだろ・・・」
「そうだね、僕たちもまだだし」
「・・・何か飲む?」


ジョーが当麻に話しかけた。


「当麻さん、お早うございます・・・」


背後からの声に、ジョーの言葉に応えたようと開いた口をそのままにして、振り返ると、そこに、母さえことともに、マリー/フランソワーズがいた。


「通るのよ、当麻。どきなさい」
「お、お早う、マリー・・・・さえこさん」
「・・お早う、当麻・・・・・目が赤いわよ?」


リビングルームに入り、ドアをホールドしたまま2人に道を譲った当麻の横を通り過ぎながら、さえこは言った。


リビングルームに姿を現した、さえこに向かってジョーは日本風に少し頭を下げるようにして言葉をかけた。


「おはようございます。・・・・朝食の後、訊いて頂きたいことがありますので」
「・・・なんでも訊くわよ、逃げやしないわ。電話もした・・・。私が報告しなくても知っているのかしら?」


さえこは堂々と白いL字型のソファに座った。


フランソワーズはそのまま、そのままダイニングルームのドアへと向かう。
キッチンへ行くのだろう。

当麻はフランソワーズを追いかけるようにして、ダイニングルームへと向かって歩き出した。
2人がリビングルームから出て行ったのを、ドアが閉まる音で知る。


「・・・うちの当麻は、お宅のお嬢さんに夢中なのかしら?」
「本人に確認されてはいかがですか?」
「息子の恋愛に口を出すわけないでしょ?そんな野暮ったい母親にみえる?」


にっこりと、さえこは微笑んでみせた。


「そうですね、あなたはご子息の幸せだけを望んでいらっしゃる、それがどんな形であっても、・・・ですよね?」
「・・・・相手がサイボーグだって、当麻がそれでいいのなら、私は何も言わないわ」


さえこの言葉に心臓を跳ねさせたのは、ピュンマ。


「彼女を利用、するような意味で、でしたら・・・」
「そんなことをしたら、日本が消えそうな勢いね?・・・・そんな瞳で言われなくても、解っているわよ」


弾指の間に射抜かれた細く鋭い針の視線は、深くさえこの心臓を貫き、さえこに無意識の恐怖を植え付けていく。


逆らえない。
強い言霊を持っているのではない。

あの瞳。





あの瞳は危険。












ジョーはソファから立ち上がる。


「朝食まで自由にしていてください」


それだけを言い、ジョーはダイニングルームのドアへと消えた。


「あなたたちって、とんでもない爆弾を抱えているわね?・・・彼が正義のヒーローの”リーダー”だなんて・・・間違ってると思わないの?」


リビングルームに残されたさえこは、静かにソファに座っているピュンマに話しかけた。


「別に僕たちは”正義のヒーローでもないし、好きでサイボーグになったわけでもない。それに、ジョーだって”リーダー”になりたくて、なったんじゃないんで・・・」
「ちゃんと”計画的に”選ばれたんじゃないの?」
「・・・・違います。僕たちは”プロトタイプ”と呼ばれます。言えば、量産型のサイボーグを作るための、特殊能力だけを特化させた、実験体ですから」
「どうして、あなたは?」
「・・・・戦争で、死にかけていたところを、助けられた。と、言うよりも、都合よくその辺に、転がっていた”たまたま生きていた”人間だったから」


さえこは絶句する。


「みんな、似たり寄ったりですよ・・・。ランダムに誘拐、拉致、連れ去られて、ある日突然”君たちは選ばれた戦闘用サイボーグ”に生まれ変わった。さあ、人を殺しなさい”だったから」


さらり。と、話すピュンマ。
もちろん、その言葉はさえこを脅すために言ったものではない。


「そういう世界が存在するんです。この世には・・・・。あなたは、そんな世界に自ら進んで行こうとしているんです。僕たちは、そんな世界に生きてきたからこそ、止めたいんです。もう、これ以上・・・僕たちのような思いをする人を造ってはいけない・・・。ジョーは”たまたま”一番最後に改造された”最新のサイボーグ”、それだけで”リーダー”なんです」


ピュンマはさえこを見ずに、話しを続ける。
彼の視線が何を捕らえているのかは、わからないが、一定方向に視線を固定したままであった。が、突然、ピュンマはさえこの方へと振り向いた。


「僕、学校に通うのが夢だったんです!!」
「・・・・」
「僕の生まれた村は小さくて学校がなくって、毎朝、3時間かけて、大きな村にあるボランティア団体が午前中に読み書きや計算を教えてくれる、2,3時間の授業に出かけていくんです。僕、大好きで!そこのボランティアの人が、”一生懸命勉強したら、お金を出してくれる人を見つけてくれて、町の学校へ行かせてあげる”と言ってくれたんです」
「・・・・そ、う」
「がんばって、毎日通って・・・・でも、内戦はひどくなる一方。学校どころじゃなくて、気がついたら、僕はこんな躯にされてました。でもっ!悲しいけれど、不幸じゃない」
「・・・・サイボーグにされて、人を殺すように言われて不幸じゃ、ないの?」
「はい。僕たちは誰1人、不幸じゃないです。なぜだかわかりますか?」


さえこは、首を左右に振る。
ピュンマは、満面の笑みをたたえて、白い歯をきらり、とみせる。

「生きているから。僕たちは、お互いを必要とし、お互いを思いやり、仲間として、家族として、生きている。人を愛することが、人を護ることが、そして、こうやって出会う人たちと、時間を重ねていくことができる。生きているんです。辛いことも、悲しいことも、痛いことも、たくさんあるけれど、それは不幸じゃない」


ギルモアが言った言葉がさえこの胸に甦った。


「ね?生きているからこそ、悲しくて、辛いって言えるんです。この世に不幸があるとすれば・・・、それは・・・、命を軽く見て、もてあそばれた時、です」







ピュンマは、生まれついての戦士じゃ。
彼ほど自分を冷静に見極め、高い志を持って生きている青年はおらんぞ。
まっすぐに自分の信じた道を歩いていく強さ、忍耐力、プライド、どこを見ても、彼ほどの男は見つけられん。










「学院が、好き?」
「はいっ!まだ1週目だけど、とっても面白いですっ」


そう言ったピュンマの顔は、自分の息子と変わらない、学院に通う生徒たちと、同じだった。


ピュンマは学院で受けた授業の印象やカフェテリアの話しを嬉々として、さえこに話し始めたころ、ダイニングルームから朝食が運ばれてきた。



















####


リビングルームにさえこと、ピュンマを残して立ち去ったジョーが、ダイニングルームへと足を踏み入れると、以前、彼が叩き割ったテーブルはそのままの状態で放置されていた。粗大ゴミとしてジェロニモが片付けないのは、多分、イワンの力で直すことになっているためであろう。


キッチンカウンターの足の長いイスに座る当麻が、ダイニングルームに入ってきたジョーにいち早く気づいた。

ジョーは無言で、キッチンの入り口を覗くと、張大人とフランソワーズが朝食の準備に取りかかっていた。


「ジョー、どうしたアル?」
「珈琲を、ね」
「今、紅茶を運ぼうと・・・」
「ああ、リビングルームにピュンマと篠原さんがいるから、持って行って」


当麻は3人のやり取りをカウンター越しに見つめている。


「朝は一日の始まりネ!一番大切なエネルギーになるから、食べないの駄目アルヨ?!」


フランソワーズがジョーに珈琲用のマグを渡す。
それを受け取って、自ら珈琲を注ぐ、ジョー。


「博士のところへ行かないと・・・後で、適当にするから、気にしないで」


香り良い珈琲を、ひと口、飲んでから答えた、ジョーの前に差し出されたのは、ガラスの器。


「これくらいなら、食べられるでしょう?」


果物用の小さなグラスの器の中に、リンゴのウサギが3匹。
ジョーはフランソワーズの手にある、それを見て微笑んだ。


「・・・さすがに”うさぎ”を食べるのは、可哀相だよ?」
「大人に教わったの、可愛いでしょう?」


楽しげに器の中の”うさぎ”を見るフランソワーズ。


「食べてもらえない方が、”うさぎ”が可哀相アルヨ!」
「・・・・珈琲とリンゴって、変じゃない?」
「いまさら何言ってるネ!食べ合わせに拘る、ジョーじゃないの知ってるアルヨ」


グラスの器から、ジョーは1匹だけ手づかみで”うさぎ”を取った。


「・・今は1匹で十分」


キッチンから出て行き、リビングルームではない方のドアへと向かうジョーを視線で追う当麻。


「もう少ししっかり食べないと、いざと言うときに、力が出ないアルヨ・・・まったく。フランソワーズもちゃんとジョーに言わないと駄目ネ!甘やかしちゃ駄目アルヨ、ジョーのためにならないネ!」
「ジョーはちゃんと、自分で必要量は摂取している、って言うし。そうだと思うわ・・・ただ、”食事する時間”が少し、人とずれているだけだと思うの」
「それは、ただの我が侭アルヨ!」
「食べたくない人を無理に食べさせても、美味しいって思ってもらえないわ」
「もちろん、その通りアルヨ。でも、ジョーの場合は放っておくと、倒れるまで食べない気がして心配アルヨ!」
「まあ・・・。そこまでジョーは、子どもじゃないわ。お腹が空けば、ちゃんと食べると思うの’、大人は心配し過ぎなのよ」
「心配になるアルヨ。あんなに食の細い子知らないネ」
「・・・・そんなに食が細いようには、思わないのだけど・・、むらっ気があるだけで」
 

台所を預かり、邸に住むみんなの健康に気を遣う張大人は、ジョーのことになると、人一倍心配する”クセ”がついてしまっている。


当麻は冷えかけた紅茶を飲む。





世間から隠れるように、街はずれに立てられた、海沿いの洋館。
国籍バラバラ、年令バラバラの住人。

サイボーグに改造された人間の家。
それなのに、自分の知るどの家よりも、どの家族よりも温かく感じるのは何故だろう?


「当麻さん、リビングルームの方へ行きましょう、朝食をそちらに運びますから」


何故だろう。



ーーーマリーと居れば、同じ温かさをぼくも手に入れることができるだろうか?
   いや、違う。


「手伝うね、”フランソワーズ”」
「え?」
「手伝うから、どうしたらいい?・・・フラン・・・って呼んでいいかな?」


張大人は持っていた皿を落としそうになった。
















####

朝食を終えたころ、地下に居たジョーが1階リビングルームに姿を現し、ピュンマはジョーと入れ替わるようにして、地下のメンテナンスルームへとむかった。

地下のメンテナンスルームには、津田海が、いまだにイワンの力によって意識を取り戻すことなく眠らされている。

津田海は数回にわけて、石川斗織が手に入れた、”サイボーグ技術”によって造られた”義足”を完全に取り外す手術を受けた。


「儂は絶対に、何があっても二度と、お前達以外の”サイボーグ”の手術はせん。それが、たとえ失われた足のためであってもじゃ・・・・、事故で失ったなら、それが運命と受け止めて、今現在の・・義足を使うべき・・・・・。この子だけが”特別”になるようなことはせん」
「・・・・海は、自分の足がサイボーグの、義足であることは知っているんだよね?」


ピュンマはイワンに確認をするように、訊ねた。


<知ッテイルヨ>
「海には、僕たちのこと言うべき?」
<009 ハ ナンテ?>
「・・・・必要ならって」
「ピュンマ。とにかく彼は自分の足が義足じゃとは知っていたんじゃ、まずはそこから。気持ちを先回りして読むなぞ、そんなことはせんでええ。彼が思った、その時その時をしっかり受け止めてやりなさい」


ギルモアはピュンマを労るように、彼の肩を力強く抱いてやる。


<ジャア、起コスヨ?>



イワンがふわふわと浮く、クーファンの中から津田海の意識を浮上させていった。


「お早う・・・海。気分は?」




















<009、津田海ヲ 起コシタヨ。彼ハ 問題ナイ ぴゅんまガ 傍ニ ツイテイル カラネ>


イワンからのテレパスが、直接ジョーの頭の中に響いた。
ジョーは今後、津田海に関してはすべてピュンマに任せるつもりである。

石川についての情報。
手術に関わった人物、場所。
ある程度はさえこから聞き出していたが、津田海本人からの話しも聴きだしておきたかった。

そして、彼が2度とサイボーグの足を得ようとしないように。




イワンからテレパスを受け取ったとき、リビングルームでさえことジョーは2人きりだった。
篠原当麻には一切、話しを聞かせない。関わらせない、と。さえこは頑な当麻を”篠原”そして”石川”から遠ざける。
そのためにリビングルームにいた、篠原さえこ、当麻のどちらかに部屋を移動してもらはなければならなかった。


ジョーがリビングルームへと姿を現したとき、ピュンマは地下のメンテナンスルームへと向かい、張大人は片付けのためにキッチンに立ち、ジェロニモはすでに外出していた。

当麻はジョーの姿を見ると、フランソワーズに向かって話しかけた。


「天気もいいし・・・。海岸へ出てみない?フラン」


ーーーフラン?


眉間を寄せるようなにして、ジョーは彼の言葉を聞き間違えたのかと思う。
テーブルの上のティカップを片付け始めたフランソワーズが、当麻を見る。そして、その視線がジョーへと移り、彼が手に持つファイルを確認する。


彼と海岸まで出て行ってもいいのか?と、訊ねている、彼女の視線は003のもの。



危険はない。

ここに篠原当麻がいることは、知られていない。
003が1人で篠原当麻の”護衛”についても何も、問題はない。






「・・・・フランソワーズ、行っておいで・・、ここは大人に任せたいい」
「島村の了解がないと、・・・フランは出かけられないのかな?」


当麻の言葉よりも、彼の視線に棘があるように感じる、ジョー。


「そう言う、意味じゃないわ、当麻さん」
「・・・キミが行きたいなら。の、話しだよ。こっちは今の所、何もないから」


<さえこさんに、話しがあるのでしょう?>
<・・・キミたちがここにいるなら、2階のコモンスペースか、ゲストルームの方へ移動する、よ>


短い脳波通信でのやりとり。
そこへ、キッチンにいた張大人がリビングルームにやってきた。


「フランソワーズ、買い出しに出かけるアルヨ。よかったら付き合って欲しいネ!当麻君も荷物持ちで来るアルか?」
「ちょうどよかったわ、張大人。私も欲しい物があったの」


フランソワーズは当麻に向かって微笑んだ。


「張大人と買い物に行きますわ、私。当麻さんも、ご一緒しませんか?」


フランソワーズが当麻に尋ねているとき、ジョーと目があった張大人が、彼にむかってウィンクしてみせた。
ジョーはどうしていいのかわからずに、視線を逸らす。
そんなジョーを張大人は微笑ましく思いながら、フランソワーズに近づいて、珈琲テーブルの上に置かれたティカップなどを片付ける手伝いを始めた。


「・・・・当麻、学院に戻るまでは、ここにいることになると思うわ。着替えとか適当に見ていらっしゃい」


さえこの一言で全てが決まる。















「当麻と仲が悪いのかしら?」


さえこはジョーから受け取ったファイルに目を通しながら、訊ねた。


「仲が良い、悪い、と判断されるほどの付き合いはまだ、していません」
「急に”男”になられても、淋しいわ」
「・・・・その資料から見てもおわかり頂けるように、秀顕氏のワンマン経営も限界にきています」
「そんなの、私が一番良く知っているわよ、ねえ。このファイルもらっていい?父親の方へ送った部下の報告書よりも、素晴らしいわ・・・。島村君が作ったの?」
「・・・石川は、あなたの知らないところで動いてますよ」
「そうみたいね」


見ていたファイルを閉じて、さえこはそれを膝の上に乗せた。


「石川のバックには、あなたの父、秀顕氏がついておられる。そうですね?」
「・・・・・みたい、ね」
「僕たちは、秀顕氏のコネクション、そして、”篠原’の力を見過ごすわけにはいきません。石川が関わっている以上、そして彼が”サイボーグ”に興味を持っている以上、動かざるを得ません」
「潰すの?」
「・・・・・そうなるか、どうかはあなた次第です」
「潰さないの?」
「決めるのは、あなたです」


まっすぐにアンバー・カラーの瞳がさえこを見つめる。
数時間前に見た、同じ瞳とは思えないほどに力強く、包容力のある瞳だった。

そこには、さえこの胸奥を凍てつかせるような冷たさも、鋭さも、何もない。



ただ、信じている。
混じりけのない、本物の純粋さを持って、人を信じている瞳だった。






そして、それはさえこ自身にだけ、向けられている。







安心できる。

彼さえ、自分のそばにいれば、何もかもがすべて上手くいく。
彼の言うことを訊いていれば、何もかもがすべて上手くいく。


支えてくれる。
受け止めてくれる。

彼さえいれば、大丈夫。



「・・・・そんな瞳をしちゃ駄目よ、島村君」
「え?」
「そんな瞳で、見たらいけないわ・・・女を」
「・・・どういう意味です?」
「勘違いさせるわよ?」
「・・・・・そんな、つもりはないです、よ」
「させる、あなたがいけないのよ」


長い前髪に、ジョーは”いつもの”ように表情を隠した。


「勘違い、したんですか?」
「しそうに、なったわ。年甲斐もなく。そんな瞳で・・・・。島村君って正義のヒーローにむいてない、キャラクターよね?」
「・・・・正義のヒーロー?・・・現実にいると思います?」
「今、私の目の前にいるじゃない、009さん」
「・・・・・それこそ、勘違いだ」
「訊いていいかしら?」
「・・・・」
「何人くらいの女を、・・・人間を、の方がいいかしら?・・・信じて、頼って、利用して、裏切って・・・・傷つけて」
「騙されて、捨てられて・・・ですか?」
「・・・」


さえこは、膝の上に載せたファイルに肘をつき、頬杖をついて俯き加減のジョーを興味深げにのぞき込む。


「・・・サイボーグにされてからも、あったし・・・人生のすべて。と言っておきます」
「なのに、どうしてあなたはそんなに、綺麗なの?」
「綺麗?・・・・俺が・・?」


口元で自嘲の笑みを浮かべた。


「ええ、あなたは綺麗すぎるのよ、だから女は・・・人間は、あなたが妬ましくて、この手で汚したくなるのよ。この手で傷つけたくて、ウズウズするわ・・・。あなたがあまりにも純粋すぎて」
「・・・こんな話しをするために、ご子息を遠ざけたわけではないんですが?」
「島村君が落ち込んで、傷ついて・・・・泣いて、地を這ってもがく姿は、魅力的だと思うわ・・・。天からの贈り物よ。私たち人間の醜さや愚かさを、あなたは一心に背負うためにやってきた天使ね」
「・・・・・冗談」
「じゃあ、あなたは自分がされたことを、人にしたこと、ある?」
「いくらでも」
「・・・嘘」
「探偵でも雇って、俺の過去を探らせればいい・・。驚きますよ?」
「調べて良いの?」
「どうぞ。けれど、調べるだけにしておいてくださいね」
「楽しみね。・・・・時間をくれるのかしら?」


ジョーはゆっくりと顔を上げる。
さえこは彼の瞳を探るように見つめた。

変わらず、彼の瞳は美しく、真っ新に生まれたばかりの純粋さをこちらに向けてくる。


「今日中には。それ以上は待てません・・・秀顕氏があやめ祭で、津田海を”披露”する計画も、彼がいないとわかれば・・・・石川を含めて秀顕氏も動き出すでしょうし、ね。そうなっては面倒です。明日には、こちらから動きたい。・・・・石川が未だに、秀顕氏に津田海が行方不明になったことを、報告していないのが不思議ですが」
「ああ、簡単よ・・・。父の前では”完璧”でいたいみたいだから、絶対に隠し通したいはずよ。何せ、・・・・父から”篠原”すべてを譲ってもらうために必死なんですもの」


さえこは、背を伸ばして、白い皮のソファの背に躯を預けた。


「・・・・ご結婚、されると思ってました」
「しないわ。するなら普通、とっくにしてるわよ。私の婚約者はアンディよ。彼は行方不明のままなの、石川斗織なんて男、知らないわ」
「・・・返事しだいでは、ご子息のこと”護りきれない”かもしれません」
「そう言うことがあるかもしれない。可能性は、考えていたの・・・、すでに動いていたわ、あとは当麻のサインが必要なだけ・・。動く前に、私がプライベートに雇っている弁護士に連絡を取りたいのだけど・・?」
「解りました。メンバーの1人が、あなたの代理としてこなします、いいですか?」
「言ったでしょう?”プライベートな弁護士なの、私が行かないと、駄目なのよ」
「今、あなたを石川の手に委ねることは避けたいので、遠慮願います。ご心配入りません。メンバーの1人が”篠原さえこ”として、出向きます」
「・・・そんなこと」
「可能です」




あの瞳が自分だけに向けられている。
それだけで、さえこのこころが、体が反応する。


なんと、女は矛盾した生き物だろう。

彼の力強く逞しい、包容力ある光を求め、独り占めしたく、あの手この手を使って彼を手に入れようとするだろう。
そして、手に入れた後に、彼の綺麗な白さに、混じりけのない純粋さに耐えられず、いや、魅了されて、自分だけの”蹟”を付けたくなる。

自分の手で、彼を汚したい。と、同時に、傷つけられた躯を持て余す彼を、癒せるのは自分だけと、より深く彼にのめり込んで・・・繰り返す。


甘い、甘い、砂糖の過剰摂取はすべてを溶かしていく。
そんな女たちに振り回される。


「大変ね」
「?」
「島村君の彼女になる人は、大変ね・・・。ずっと苦しむことになるんでしょうね?」
「・・・・・」
「あなたが、本気になればなるほど・・・辛くて苦しむんでしょうね」
「・・・サイボーグですよ、俺は」
「サイボーグは”彼女”を持ってはいけないのかしら?」
「・・・」
「そんなはずないわよね?実際に、当麻の好意を無碍に断ってないもの、”サイボーグ”を理由に」
「・・・・そうですね」
「当麻は、島村君をライバルに思っているみたいだけど?」
「母親というものは、息子の恋愛にも首を突っ込むんですか?」
「だから、私ってそんな野暮な母親に見えて?・・・・でも、そうね、変な女に・・・得体の知れない馬の骨に当麻を取られるくらいなら、一生独身でいさせるわよ」
「・・っフランソワーズは、”変な女”でも、得体の知れない馬の骨でも、ない」
「やっぱり、ライバルなの?」
「・・・・”仲間ですから」
「心配して当然?」


ジョーは座っていたチェアから立ち上がった。


「・・・・・・以上です。なるべく早く答えを出していただきたい」
「長い前髪で、片眼を隠しているのは、なぜ?」
「・・・」


無言のまま歩き、ジョーがリビングルームから出ようとドアノブに手をかける。


「あなたの瞳は、こころの中を簡単にさらけ出すものね」
「・・・・見たくないモノが多い、世の中ですから」
「人とサイボーグとの恋。ドラマチックよね?・・・・当麻の幸せがすべてなの、私は」




<イワン、篠原さえこから離れる、彼女から目を離さないでくれ>
















####

「・・・ピュンマ?」
「お早う、よく寝てたね」
「ここ、は・・・、あ。・・・・あれ?ぼ、く・・・?」


海は体を起こそうとしたが、体が鉛のように、重く・・・いつもと違う違和感を下半身に感じる。


「ああ、まだ無理して起きたら、駄目だよ?・・・・ずっと眠っていたから、少し体が硬いだろ?」
「・・・・・ピュンマも、石川先生の・・・?」
「・・・ここには、石川先生はいないんだよ」
「いない?・・・え?・・・でも、そうしたら、なんで・・・?新しい、足は?」
「・・・・足・・」
「訊いて、ない?・・・今の足がもう、駄目だから新しくするって」
「新しく?」


自分の背後に立ち、様子を見守るギルモアへと少しばかり振り返って視線を送る。
彼は頷き、海が横たわるベッドサイドに歩み寄る。と、ピュンマは後ろに下がった。


「初めまして、海クン。アイザック・ギルモアじゃ・・・。2,3質問したいことがあるんだが、いいかね?」


海は不安げに、ピュンマを見上げた。


「大丈夫だよ、ギルモア博士は僕のお義父さん!話しただろ?・・・・すごい人だって・・・。海hあ何も心配ないよ・・・。博士は、石川先生が足下にも及ばないほどに、この道では・・ゆ、・・・・・有名なんだからさ!」
「・・・有名?」
「生体工学を専攻としていてのう・・・。人工臓器なぞを・・・開発するチームの責任者じゃったんじゃ。今は・・・引退して、ここの研究所で細々とやっておる」
「・・・人工臓器・・」
「心配ないよ!海、僕もここにいるからさっ」


ピュンマはニッコリと微笑んで、海を安心させようとする。
海は、ピュンマとギルモアの顔を交互に見るが、まだその表情は硬い。

ギルモアにイスを進めて、座らせてからピュンマは海それ以上、不安にならないように、明るく彼に話しかけ、事前に打ち合わせした”シナリオ”を話していく。

彼が”サイボーグ技術”のどこまでを知っているのかを探るために。そして、石川がさえこにさえ言っていない”研究施設”を知るために。


<009、海が目を覚ましたよ・・・。彼は大丈夫みたい。けれど・・・、海は石川先生に絶対的信頼を寄せてるみたいだから、時間がかかるかも・・・。ここに石川先生がいなのは、やっぱり不自然すぎる>


邸内にいると、思われた009への脳波通信。
けれども008のそれに応答しない。


<009?・・・・009?・・ジョー?誰か、ジョーを知らない?>


ジェロニモは朝食後、すぐに邸を出ている。
張大人、フランソワーズ、そして当麻は”買い出し中”であった。


何度も脳波通信を飛ばす。


<じょーハ 部屋ダヨ>


ピュンマの通信に答えたのは、メンテナンスルームの隣にある、研究室にいるイワン。


<イワン・・・っ!部屋って・・・>
<ウルサクテ 昼寝ガ出来ナイ・・・オ腹モ 空イタヨ>
<なんで、ジョーは出ないの?!>
<知ラナイヨ、直接訊イタラ?・・・・ツイデニ みるく モネ。じぇろにも>
<今、帰った。・・・何かあったのか?>
<ジョーが、・・・009が応答しない。イワンが言うには、部屋に居るらしいけど>
<ピュンマは地下か?>
<海が目を覚ましたんだ>
<・・・・オレが様子を見に行こう。心配するな。>


ほっと、胸をなで下ろすピュンマ。
外出から帰ってきたジェロニモのタイミングの良さに、感謝する。













”ジョー、部屋か。いるのか?”


玄関の扉を閉めて、自室へは戻らずに、そのまま2階のジョーの部屋へと向かったジェロニモは、部屋前で、脳波通信でジョーに呼びかけたが、応答しない。
予定では、彼は篠原さえこと話しているはずであった。

階段を上る途中、ジェロニモがリビングルームを覗くと、篠原さえこは1人、ソファに座りファイルを睨んでは、ブツブツと何ごとかを言いながら、ペンを動かしている姿を見た。


ジェロニモは控えめにジョーの部屋を3回ノックした。
部屋のドアは、部屋の主の声と同時に、すぐに開けられた。


「・・・ジェロニモ?」
「ピュンマが心配している。通信回路がオフになっているぞ。」
「え・・・、あ・・・・・」


ドアを広く開けて、ドアノブに手をかけたまま、ジョーはジェロニモの言葉に酷く驚いた様子を見せた。


「・・すまない。・・・・どうも考え事をしていると、無意識に切ってしまうみたいだ、ね。気を付けるよ・・・」


ジョーはすぐに回線をオンにして、ピュンマへと脳波通信で謝罪する。
チャンネルをジョーに合わせていたジェロニモだったので、その2人のやりとりを聴いている。

短いやりとりの後、ジョーはピュンマとの会話の間に床に落とししていた視線をジェロニモに戻した。


「ありがとう・・・。心配させて、悪かったね。下に行くならオレも行く、よ」
「何を考えていた?」
「色々と整理をしておかないと、いけなくてね・・・彼女の答え次第で、色々と変わってくる。007、002の方は、時間通りに連絡が入っているけれど、004の方は遅れている・・・。少し気になる」


009として、005に言葉をかける。が、005はジェロニモとして細長い封筒を、ジョーの胸に差し出した。


「何?」
「今の、ジョーに必要なものだ。・・・・そして、すまない」
「なんだよ?」
「1人で、見ろ。・・・それを彼女に渡すかどうかは、ジョーにまかせる」
「彼女?」
「・・・いい顔をしている。幸せそうだ。これがオレたちの未来だと、思う。」


ジョーが受け取ると、そのままジェロニモはジョーの部屋から去っていく、その背を見送りながら、渡された封筒を開く。


「っな・・・・・っっ、ジェロニモっっ!!!なんでっ・・・・これっ・・・・!!・・・ジェロニモっ」


階段の手すりに手を置いたジェロニモが、ふと、ジョーの声に足を止めて、彼らしく微笑んだ。


「いい顔だ。オレの写真の腕もなかなかだと、思う。」


ジェロニモは昨夜、イワンの個人宛メールアドレスに”撮った”写真を送った後、それらをCDに焼き、朝食後に邸から一番近い駅前の写真屋へと赴き、写真にプリントしてもらってきたのだった。














ジョーの手の中にある写真たち。
それは全て自分と、”彼女”フランソワーズのみ。


寄り添い、眠る、自分とフランソワーズの写真。




「・・・写真なんか、撮るかよ・・・・普通・・・・・・」


見られていたのは仕方がない。
リビングルームのような、誰もが通る場所で眠ってしまった自分が悪い。


ドア口に立ったまま、写真を見る。その中の1枚だけ、フランソワーズの寝顔がアップになった写真をみつけた。

フランソワーズのくちびるが寄せられた色は、自分の髪と同じ色。


「人間とサイボーグの恋は・・・・叶えられる、のか?」






ーーーサイボーグ同士よりも、・・・・簡単に?


1枚だけを残して写真を封筒にしまい、部屋の中へと戻ると、ジョーは本棚の下段左端に置いていたフランス語の辞書にはさみ、元に戻し、選んだ一枚の写真を手に、ベッドサイドに置かれていた、赤いプラスティックの欠片のようなモノと、一緒に置いた。


「・・・これも、早く渡さないとな」


欠けたままのカチューシャを、髪に飾ることなく、大切に持っていることを知っているから。








キミの欠片を、持ち続けている。













コンピューター・デスクの上に置かれていた、ジョーの携帯電話が震えだした。


「・・・・004?・・・・動いた?・・・・いや、こちらはまだ、彼女の返事待ちだよ」


ジョーの視線の先に、眠るフランソワーズがいる。


「多分、石川と会うなら、002、007が向かうだろう、そこで2人に別れてもらって002だけで石川を追ってもらう。007は篠原さえことして、彼女の弁護士に会ってもらわなくてはいけないんだ・・・・」











ーーー俺は・・・


”・・・いい顔をしている。幸せそうだ。これがオレたちの未来だと、思う”







ーーー俺の未来に・・・・・フランソワーズは、いないよ・・・・











「アルベルト、・・・」
『どうした?』
「・・・・いや、気を付けて。彼女の返事が得られたら、また連絡する」





















=====66へと続く



・ちょっと呟く・

らぶ・・止めないと、ミッション進まないよ?
・・・・・・いい加減にしないとっ(゜O゜)☆\(^^;)

さえこさんは、急な出張があるので、車には常に1週間分の着替えを用意しています!
本文のどこかに入れる予定だった・・・(汗)









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Envy


熱くなるエンジンの揺さぶりに、人工の熱が車体を覆う。
耳を潰さんばかりの轟音が、空気との摩擦に時間の壁を作っていく。


目の前に見えるのは、ただ一つ。
走り続けるための道。


信じられるものは、握りしめたハンドル。
踏み込むアクセル。

感覚。




速さだけを追い求めて。
1人で乗り込むマシン。











走り抜く。






誰よりも、速く還りたい。
彼女が、待っている・・・・・・。






速く、速く、速く。






彼女の元へ、速く、速く、速く・・・・。





















キミは俺のものだ、と叫ぶために。





























国から国へ。

レースからレースへ。

F3ドライバーをしていたジョーは、日本で所属していたチームのテクニカル・ディレクターからの推薦により、テスト・ドライバーとして参加したイギリスチームに実力を認められ、2ndドライバーの席を得た。


100人以上の仲間たちとの大移動。

午前中にM国に入国し、そのままホテルへ向かって用意されていた部屋にいた。
シャワーを浴び、備えてあったバスローブを適当に羽織ったままベッドの上に横たえた躯。
滲み一つ無い白い枕カバーがジョーの濡れた髪から水気を吸い取ったカバー。枕自体にうっすらとプリントされた、どこかのブランドのマークが浮かび上がってくる。
ベッドサイドにある棚に置いた、貴重品類のひとつ・・である、携帯電話を手に取った。




M国に入国する前日、彼女の携帯電話の番号を押した。

1度だけ鳴ったコール音を聴いて我に返り、慌てて電話を切って時計を観た。
補助脳を使わなくても、すぐに計算できる日本との時差。
ちょうど彼女はバレエのレッスン中の時間帯。

胸に溜まった緊張の息を躯から吐き出した。
レッスン中、彼女は携帯電話をマナーモードにしているために、気づかない・・はず。









逢いたい。


今すぐに。



キミに触れたい。



















5:07pm


勢いよく上半身を起きあがらせ、スーツケースの中から適当にTシャツとジーンズを取り出して着替えたとき、ホテルのドアのチャイムが鳴った。



夕食の誘いは断ったはずだった。

ジョーは無視するつもりであったがしつこくチャイムは鳴らし続けられた。
その行為に誰がドア前に立っているのか容易に判断がつく。





肩で吐き出した息が部屋の空気に馴染むより早くジョーは部屋のドアを開ける。


「・・・腹は減ってない、よ」
「とか言って!ルームサービス取るんでしょ?」
「腹が減ればそうするけど」


夕日色。と、言えばいいのか。
見事な赤毛を腰まで流したアビー(アビゲイル)。その彼女の兄である、同じ赤毛にひょろりとした長身、そばかす顔が愛嬌良く微笑む、PR・マネージャーのエイデンの2人が立っていた。


「疲れているのに、申し訳ないんだけれど・・・参加してもらえないかな?」
「例のに?」
「今回のことで、スポンサー関係者にね、次ぎのレースのことを考えても出ておいて欲しいんだ、やっぱり」
「・・・用意する、よ」
「ジーンズ、スニーカーは禁止だから」
「面倒だな」
「こういうのが苦手なのを知っていて、お願いしてるんだよ」








インタビュー嫌い、写真嫌い、サービス嫌い。人嫌い?

本業はレーサーであるけれども、レース関係以外の仕事は人気商売の芸能人となんら変わらないことをさせられる。
ジョーと同じチームのドライバーであるディランは、エンターテイメント性に長けたユーモア溢れる性格だったので、自ら進んでPRや撮影を精力的にこなす。が、彼とは正反対のジョーは、できる限りの露出を控え、断れるものはすべてを断っている状態だった。

チームが運営している公式サイトのプロフィールも最低限にしか載せていない。
写真など、レース中のものがほとんで、ヘルメットをつけた状態のもの、もしくは後ろ姿など、正面からはっきりと彼の顔がわかるものは、ない。
なのにも関わらず、噂が噂を呼び、ジョーのミステリアスなプライベートと、そのルックスが受けて、今では新人レーサーにも関わらず、F1界一の注目を浴びていた。




ジョーは無言でスーツケースの中を漁る。
アビーは部屋に入っていき、湿ったバスローブが置かれていたベッドの上に飛び乗るようにして座った。

濡れた枕にそっと手を伸ばす。
その感触に、胸がどきどきと高鳴った。


「アビー、ジョーは着替えるんだ、出なさい」
「いいじゃない、みられても困らないでしょ?」


ふふんっと笑い、兄の言葉を無視するアビー。
彼女は去年から大学を休学してエイデンと同じPRのメンバー。ジョーの所属するチーム専属のレースクイーンの一員として働いていた。


「・・・・・・これでいい、か?」


部屋のドア口に立つエイデンに向かって見せた濃紺のジャケットと同じ色のスラックス。


「十分だよ」
「ネクタイ、も?」
「嫌ならいいよ。そこまであらたまった席じゃないんだ。入国しました、的な挨拶と、今回もがんばりますって言う一言が欲しいだけだから」
「助かる」
「ほら、アビー出るんだ」
「・・・は~い」


マイクロミニスカートを着たアビーは、長い足をわざとらしくジョーに見せつけるように伸ばした。ゆっくりと立ち上がって”みせる。”
開かれたスーツケースの中の物たちに、自然と視線を向けてしまうアビー。
次ぎに視界に入ったベッドサイドのミニチェスト。
そこに置かれた貴重品類の中に、紛れ込んでいた一枚の白いカードのようなものが妙に気になった。

エイデンがジョーに話しかけたことによって、彼らは自分を見ていない。
アビーはそれを手に取った。
指に伝わった感触からカードではなく写真であることがわかる。
裏を向けておかれていた写真を、くるり。と、かえして、現像された”絵”に、アビーの瞳は驚きに見開いた。


写真の中で、恥ずかしげに微笑んでいる女性は、うっとりとするような輝くハチミツ色の髪を風に靡かせていた。
薄桃色の花びら舞う空の下、レースのような長い睫に縁取られた、こぼれ落ちそうに大きな瞳は優しさに満ちたアクアマリン・カラーが輝いてる。
真珠色のなめらかな肌に調った鼻。チェリー・カラーのふっくらとした形良い口元は・・・誰かの名前の頭文字を表す形で開かれていた。ピンク色のカチューシャが、可愛らしい。


「・・・・誰?」


アビーの低く掠れた声に、ジョーとエイデンはアビーの方へと振り返った。
ジョーはアビーが手に持っている写真に気づき、少しばかり驚いたような表情を見せたが、それは一瞬のことだった。


「こらっ!人のものを勝手に触るんじゃないよ、アビー!」


そう言いつつも、興味があるのか、エイデンは好奇心に勝てなかった足が進んでアビーに近づき、妹が持つ写真をのぞき込んだ。


「!!!!!!っっすっごい・・・・・美人・・・・・・うわあ・・・・・・・」
「・・・・」


エイデンの感嘆の言葉に微笑しつつ、ジョーは無言で写真を返してくれと言う風にアビーに手を差し出した。
手首に、男物にしては細すぎる白銀色のブレスレットがキラリと光る。
アビーの瞳に映るそれは、腕時計さえもつけないジョーが唯一身につけるもの。
彼が、それをハズしたところを見たことがない。


「・・・・誰?」
「Francoise」
「誰?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が・・」


ジョーは言いかけて、言葉を飲み込んだ。
アビーから写真を受け取って、そこに映された彼女を見つめた。


微笑む、彼女は動かない。


「この世で、ただ1人・・・・俺が愛している人」



































5;16pm


タクシーのドアが開き、運転手とフランス語で言葉を交わしている、愛らしい涼やかな女性の声。


日本からM国へのダイレクト便はなく、一番近い国際空港はフランス領のニース、コートダジュール国際空港。
一度、故郷であるパリを経由して、エアフランスを使いニースへ飛び、ニースからM国へ。
日本との時差はマイナス8時間。現在はサマータイムに入っているのでマイナス7時間。






チームから届いた招待状に返事を出したとき、滞在するホテルの予約が必要か?と、Eメールが届いた。
NO.と一度は書いたが、変更してYES.と返信した。














パリからニースへの乗り換え時間が短く、かなりヒヤヒヤしたが、無事に乗り継ぐことができて1時間15分でニース空港に着いた。そこからギルモア邸に電話を入れ、ギルモア博士のお小言を訊きつつ、空港内のATMで降ろしたお金を持って、タクシーを使いM国のホテルへ。

旅の疲れ云々よりも、1分1秒でも早く、ベッドの上で手足を広げて眠りたかった。
ベタベタし始めた、髪も気になる。

荷物はショルダーバックと、小さなトランクケースが1つ。





愛想の良いタクシーの運転手との会話も、普段なら楽しめたはずだったけれど、今は少しでも早くホテルのフロントへ行きチェック・インを済ませたい。と、言う気持ちは正直に、引きつり始めた笑顔。














今週末のレースを最後に1stドライバーを務めるディランが引退するため、シーズン中ではあるが、試合後、チームとその関係者を集めた身内だけのパーティが開かれることになっていた。そのためにジョー・シマムラの”家族”の元へと、M国レースのチケットと招待状が届けられた。


「・・・電話で何も言ってなかったから、知らないのよね。そういうのって報告されないのかしら?」


長旅を終えたフランソワーズは、ジョーがいるであろうホテルを見上げる。


「驚くかしら?ジョー・・・。興味ないんでしょうね、こういうことに関して」


エントランスに立つホテルのドアマンが、笑顔でフランソワーズを迎えた。



























5;44pm


エイデン、アビーに連れられて向かった場所は、同ホテルの広間の一つ。
それほど広いとは思われなかったが、関係者のみの会場にしては贅沢であり、ビュッフェ形式のディナーに多くの人で賑わっている。


「ジョー、こちらが今期からスポンサーに加わって下さる・・・」


チームにジョーが加わって以来、エイデンが何かとジョーの個人マネージョーのように面倒をみていた。
アビー以外にも3人の弟妹を持つ、長男気質がそうさせるのか、本人でないとわからないが、今ではエイデンの行動はチーム内でも”それが当然”のごとく、ジョーのスケジュール管理や、その他の雑事など、彼が取り締まっている。


「光栄ですなあ、こういう社交の場には滅多にお出にならないと聞いてましたから、Mr.simamura」


色んな意味でジョーはどこへ行っても注目を集めてしまう。が、本人はいたってマイペースに、エイデンに紹介されるままに、スポンサー、関係者、そのまた関係者・・と、覚えきられないほどの人々と必要最低限の挨拶を交わし、社交辞令程度の対応をしながら、無難に物事をやり通す。







「何か、食べないの?」
「・・・・・・・落ち着かない」


さすがに、名前も顔も知らない(あくまでもジョーが覚えていないだけ)人間と普段滅多に使うことのない言葉を使ったために、疲れから不機嫌になっていくジョーを、なんとか、この会場に足を留めさせておこうと、努力するエイデン。
彼から少しでも目を離せば、テレポーテーションでもしたかのように、消えてしまうためだ。



「適当に詰めてもらえるから、後で部屋に持って行けばいいよ」
「・・・・・・・・・面倒だ、よ」
「ジョー、君はマシンと走ること以外、本当に何もかも面倒そうだね」


エイデンは苦笑しながら、手に持っていたワインを飲んだ。


「・・・・それ以外のために、ここにいる目的なんてない、よ」
「う~ん・・・PRとしては、君のその魅力的なルックスを全面に押し出して、より多くのスポンサーを得たいんだけどねえ・・・もっとファンも増えそうだし、ファンクラブあるの知ってる?・・・もっと拡大させたいんだけど?」
「・・・・・・・好きなだけ、なんでもやったらいい、よ。エイデン。仕事である以上はやる。けれども契約時に願い出たことを越えるようなら、引退、だ」
「ジョー・・」
「なに?」
「若いのに・・・なんでそんなにはっきりと簡潔してるんだい?日本人って曖昧さが売りだろう?」
「・・・・・・オレは半分」
「あ、そうか。そうだったね・・・・でもさ、滅多にいないよ?そんなに白黒はっきりさせてる人間って」
「はっきりしてる、か?」
「ああ、もう!とりつく島もないくらいに、すっぱり、さっぱり、ハラキリだね!」
「・・・・・潔いって言いたい?」


エイデンはにっこりと微笑みながら、会場を見渡してジョーに尋ねた。


「そういえば、家族の人は?放っておいていいのかい?」
「?」
「え?・・・返事をもらってホテルの予約を取っ」


エイデンと会場の隅の方に寄って話していたところに、ジョーでも、その顔を忘れてはいけない人物が近づいてきた。


「ジョー!お前が今日の主役じゃなかったか?」
「違います」


1人はチーム・マネージメント・ディレクター、マーカス。と、ジョーのパートナーと言うべき、テクニカル・エンジニアのスペンサー。


「・・・・父さん、ジョーにディランのようなことを求めても、無理だよ」


マーカスは息子、エイデンが手に持っていたワインを取り上げて、飲み干してしまった。


「エイデン、お前が甘やかしすぎなんじゃないのか?こいつをもっと表に立たせて、バンバン金を稼がせろっ。次のレースからは、ジョーが引っ張ってくれなきゃ困るんだぞ!ジョー、早く走りたきゃ、金も要るんだ。最近、カレンダーとか、そういうのがそこそこ儲かるらしいじゃないか?ジョーならカレンダーでベストセラーも夢でないっ」
「スペンサー・・・・確かにジョーのファンは純粋なF1ファンじゃない女性が多いけど・・・売れるだろうけど、すっごいプレミアとかがついて・・・ファンクラブの特典にしたら・・・年会費をつり上げても・・・・カレンダーより限定写真集?」
「・・・エイデン・・止めろ」
「まだ所帯ももたない上にフリーだろ?出来ることはやらせてしまえ!」


恰幅の良い体を震わせながら、仕立ての良さそうなスーツをジャストフィットで着こなすスペンサー。一目見ただけでは彼がオイルにまみれて、部下を怒鳴りつけながらマシンを調節する職人気質な人物には、全く見えない。


「残念!!ジョーにはちゃんと”いる”よ・・・・・しかも・・・言葉には言い表せないくらいの美人・・・・」
「なにぃっっっ?!」
「ほうっジョー・・・・聴いたことないぞ?・・・・契約上のこととはいえ、恋人がいるかいないかくらい、教えて欲しいなあ。エイデン、お前は2年前に振られたハンナ以来いないのか?」
「っ父さん!」
「ジョーのケツの世話ばっかり焼いてるからだ。お前の年を考えると・・そろそろ孫が欲しいなあ・・・お、アビーも来てたのか?ちょっとあっちに行ってくるぞ」


マーカスは空になったワイングラスをエイデンに押しつけて足早にアビーの方へと向かう。
3人はそれを視線で追った。アビーは父親が近づいてきたことに気づいて、さり気なく距離を取って逃げようとするが、時すでに遅く、しっかりとマーカスに捕まってしまった。


「年って・・・僕はまだ33だよ?!」
「・・・童顔だな。エイデン」
「ジョーには言われたくないっ!!!!」


そういう時期なのか、どうか、アビーは父であるマーカスを嫌っているわけでもないけれど、なるべくは関わらないようにしていることを周囲の誰もが気づいていた。が、マーカスの人懐っこい性格と温厚な物腰に、人望は厚く・・・アビーがどこへ隠れようとも、様々な方面で協力を得て、アビーはマーカスから逃れることができない。
ほのぼのとした父娘の絵に周囲はより一層和やかな雰囲気になっていく。


「・・・・写真ないのか?」


ジョーの腕を肘で軽く突いて、スペンサーは呟いた。


「ジョーの部屋にありました!見ました!紹介して欲しいよっ彼女の友達でフリーの子いないのっ?」


父親の言葉にムッとしながら、エイデンがスペンサーの代わりに答えつつ、ジョーを睨む。



「よし!明日のミーティングに持ってこいっ」
「嫌です」


即答で返事を返すジョーは、あくまでも自分のペースを崩さないが、不機嫌なのは変わりない。


「なっっ!!いいか、ジョー、ドライバーとエンジニアは一心同体でなければならないんだぞ?どんな些細なことでも分かり合えるほどに以心伝心、つーかーの仲だ・・・・・お互いの信頼がよりマシンの性能を高めてだな・・・お前の好みの女を知ることで、オレはよりマシンをそれに近づけて、だ・・・そりゃあもうっ熱く燃え上がるっ!!・・・・お前、けっこうそっち、凄そうだもんなあ・・にひひっ。大人しいヤツに限って、ハンドル握ると変わるようによ!」
「・・・公私混同です」
「冷めたヤツだな!お前はっっ・・・酒の席だっ!遠慮するなっ!!」
「・・・遠慮します。ついでに酒の席ではないです、仕事中」
「みんながお前の周りを嗅ぎまわんのはなっ、変に秘密にしたりっ、隠したりするから気になるんだっ!男なら、こうっ!!ば~~~~~~~っっっんっ!!!!!!とっ胸を張って全てをおおっぴらに曝しだせっっ!コーナーでの踏み込みの良さをここでいかせっ!ハンドルさばきの良さで、あとは煙に巻くんだよっ!」
「無理です」
「か~~~~~~~っ!どうしてお前はそうっ!!若いのによっ!!もっとこうっほれっっ!!燃えるもんっつうのはないのかっっ!枯れてるぞっっ」


酔いのせいなのか、いつもよりもリアクションが大きいスペンサーは、地団駄を踏む。


「・・・こんなところで燃える意味がわかりません」
「ジョーっ溜まってるんだなあ?っっ彼女には黙っていてやるからっお前なら、その辺の女2、3人連れ込めるだろっ!!どかんっと発散してこいっついでにエイデンの分も見繕ってやれ!」
「・・・どうして、そういう話しに・・・もう、とっくに卒業しました、よ」
「?!」
「なにっ?!」




「女を拾うのも、拾われるのも、・・・抱くのも・・抱かれるのも・・・飽きた・・・から、ね」


広間のシャンデリアがキラキラと輝き、金茶色に近くなったジョーの髪に光をこぼす。
長い前髪に隠れた左の瞳が、同じアンバー・カラーかどうかは確かめたことがない。
男だと、わかっているが・・・見惚れてしまうほどに、東洋と西洋の色がバランス良く混じった神秘的な顔立ちは、あまり表情豊かとは言えないジョーを、魅力的に演出する。

濃紺のジャケットの下に着たのは、ただの黒いシャツ。
この広間の中で一番カジュアルな装いにもかかわらず、彼が一番目立ち、そして格好が良い。
離れた場所から送られる女性達の熱い視線の数々は、ジョーに向けられているにもかかわらず、側にいるエイデンの方が、それらの視線を意識してしまい、意味もなく心臓を高鳴らせてしまっていた。

視線に気づいていないのか、それが日常的に送られてくるものであるがために慣れてしまっているのか・・・いつもと変わらないマイペースぶりを披露するジョー。




エイデンは会ってみたい、と強く思った。


「・・・・そんなジョーなのに、彼女がいるんだ?」


エイデンの呟きに、固まってしまっていたスペンサーが、興味深くジョーを見つめた。


「・・・・・・・フランソワーズを、その辺の女と一緒にするな、よ」


スペンサーは、バンバンバンバンっっ!、ジョーの背中を力任せに叩き続け、叫ぶ。


「よおおおおおおしっ!今日はオレが許すっ!飲むぞっ、そして語ってもらおうじゃないかっ!お前の女についてよっ!!!!!!!」
「嫌です」


即答で返事を返したジョー。
ジョーよりも3,4倍は体格の良い、スペンサーに力任せに背を叩かれても、ビクともせず、涼しい顔で立っているジョーに、エイデンは初めこそ驚いていたが、今はもう慣れたように、2人のやり取りを見つめながら、途中で止められた会話を戻した。


「ところで、ジョー。さっきの続きで・・・君の日本の家に招待状を送ったら、返事が来て、君の家族の1人がここに来るから、ホテルの予約、僕がしたんだけど・・・・知らないの?」
「・・・・・俺の家族?」





















6;23pm


フロントからルームキーと一緒に受け取ったメッセージ。
チームからの”welcome”のメッセージ・カードと、今夜開かれているビュッフェ式のチーム親睦会への招待状だった。


手早く部屋のシャワーを浴び、バスローブに身を包み、もう一度メッセージ・カードを読み直した。


「・・・こういうの、ジョーは苦手なはずだけど?・・・・いるのかしら。お仕事に入るなら、いるのでしょうけけれど・・・」


ホテルにジョーがいるのならば、確実に脳波通信が届く範囲に入っている。
けれども、せっかくここまでジョーに知られることなく、やってきたフランソワーズは、出来るなら”サプライズ’をしたい気持ちが強いらしい。


部屋のオレンジがかったルームライトのために、一段濃い色になった髪を、ホテのマークが入ったタオルで雫を拭う。


「お腹空いたわ・・・、ケーキ、たくさんあるかしら?」


メッセージ・カードを、ベッドサイドのミニチェストに置いて、再びバスルームへと戻っていくと、ドライヤーの熱風に髪を靡かせた。





























7;01pm


ほどよく会場が賑わい、盛り上がってきたころ。
ジョーはスペンサーから解放されることはないが、そのお陰で余計な”仕事”に連れ回されずに済んでいた。


「・・・何かの間違いだろ」


”フランソワーズ”について聞き出そうと、スペンサーは必死になっていたが、意識的に会話を徐々にレースの方へと、ジョーによって誘導されていることに気づかないままに、今期のマシンについて、酒にほどよく浮かされた舌で語り始めていた。




父、マーカスから逃げてきたエイデンの妹、アビーも加わり、会場の中央から外れた壁際に立つ4人。


会場の細波のようなざわめきも、一番最後に届けられた。


「なに?・・・有名人でも来たのかしら?」
「・・・・・今日は、チームと、そのスポンサー、その関係者、に、その家族に・・・と、ほとんど身内だよ、プレスも遠慮してもらっているし・・。まあ、身内が有名人なら、いるかも。ジョー、ちゃんと返事はもらったし、同じこのホテルに部屋も取ったんだ」


アビーの言う”有名人”らしき人物は、並べられているビュッフェの一番端、4人が立つ位置近くへと歩いているらしく、人のざわめきも一緒に移動してくる。


「・・・・エイデン、誰かほかのヤツと勘違いしてないか?」
「うっっはあああああああっ・・・美人ちゃんっ!あの娘のせいだなっ!!ほら、見ろよっ、さっそくウチの若ええのが、頑張ってるぜっっ!!はてさて、誰が”お持ち帰り”するかなあ?っと、エイデン、お前も加わってこい!応援してやるからっ!」


ジョーの問いに答える暇もなく、いち早く”有名人”らしき人物を見つけたスペンサーによって、感歎の声を上げる彼の手は、エイデンをぐいっと、ざわめきの中心となっている人物の方向へと押しやった。


「この僕が勘違っっっ・・・・・・・・スペンサーっ!僕はジョーと話してっっ・・・え・・・・ええ・・・・え・あ・・あれ?」


絹糸のように、艶やかに輝くハチミツ色の髪が靡き、こぼれ落ちそうに大きな、アクアマリン・カラーの瞳を縁取る、レースように繊細な長く整えられた睫が、瞬くまぶたに重たげに後を追いかける。その瞳がまっすぐにエイデンへと向けられた。と、想った瞬間。


アビーの手の中にあった写真の、動かない女性。と、重なった。










「・・・・・・・フランソワーズ」

























7;03pm

愛おしい人は両手を広げ、彼の名を呼ぶ。




「ジョーっ」



























風は彼女を捕らえて、離さない。
















「逢いたかったの・・・・・・」
「・・・・・・・逢いたかった」





























2人の声だけが、ここに存在する。

























「・・・逢いたくて、逢いたくて、・・・・・夢じゃない、よな?」
「夢じゃないわ、ジョー。・・・・・・ここに、いるわ。私は、ここに・・・」



抱きしめた、体温。

抱きしめた、香り。

抱きしめた、愛おしい人。



「夢じゃない、と・・・・証明しろ、よ」







腕の中に閉じこめた、その人を見つめて、少しだけ力を緩めた。


























7;07pm

フランソワーズはジョーの首に腕を絡め、
踵のあるヒールを履いているのにも関わらず、トウで立つように、背伸びをする。








ジョーは少しばかり顔を傾けて、瞳を閉じた。






「我が侭、・・・・ね・・・ジョー・・・・」













触れ合う柔らかさに、深くのめり込む。























息する暇を与えられないほどに、美しく。
瞬く間を惜しむほど、魅力的に。













切り取られた空間に生きる2人を、誰もが瞳に焼き付けていく。
































「・・・・・夢じゃ、ない」



離された熱から、零れる微笑みに紛れた言葉。


「・・・・・・・それは良かったわ。私ケーキが食べたいの、お腹ぺこぺこなのよ?」
「・・・食べてないの?」
「機内食で、満足出来ると思う?」
「・・・・機内食って・・・・思わない、よ。いつこっちへ?・・何がいい?」
「2時間まえくらいかしら?・・・・・・ジョーは食べたの?」
「・・・・いや、こういうところでは」
「食欲ない?・・・・ジョーが出席してるなんて、思わなかったわ!」
「・・・・・・仕事、って言われてさ。キミが食べるなら、食べる・・・食べさせて、よ」
「・・・・・我が侭ね」
「・・・いいだろ?」
「今日だけよ?」
「いやだ」
「ジョーって我が侭っ」


くすくす。と、笑いながら、フランソワーズはジョーの首に絡めた腕に力をいれて、羽のような軽いキスを1つジョーの頬へと、贈る。


「あとで、もっと・・・な?」


フランソワーズの耳元で甘えた声を出す。


「ほんと、ジョーって我が侭なんだから!」
「・・こういうのは、我が侭って言わない」
「じゃあ、なあに?」


フランソワーズは腕を解き、ジョーは腕の中から、フランソワーズを解放しながらも片腕は彼女の背に残す。


「・・・確実に実行されるミッションの確認」


009の顔で、言われた。


「いやよ」
「キミに拒否権はない、よ」
「っもう!」


ぶうっと、膨らませた愛らしい頬に、そよ風のようなキスを1つ、贈る。


「さっさと、食べてしまってくれよな?」
「・・・・いやよ」
「だから、キミに拒否権はない」


ジョーの腕から、するっと逃れて、フランソワーズはデザート皿ではなく、メイン用の大皿を手に、デザート用のテーブルに並ぶケーキを乗せ始めた。


「・・・ケーキから?」
「もちろん!」


ふと、エイデンとジョーの視線が合った。


「・・・ああ、エイデンが言っていた”家族”は、フランソワーズのこと、か」
「ねえ、ジョー。手伝って!」


声をかけられて、フランソワーズへと歩み寄る。

フランソワーズが会場に入ってくるな声をかけ、集まっていた男達が、蜘蛛の子を散らすかのように去り、2人の周りには誰もいない。
遠巻きに見つめられる、好奇の視線に居心地の悪さも何もない。



フランソワーズがいる。
それだけが、ジョーのすべて。






「・・・それで?なんで、キミはここにいる?」
「招待状を頂いたの、一度はジョーの新しいチームを見ておいで、って博士が許してくださったのよ。私以外は、みんな1度はレースを見に来ているでしょう?今、日本にはアルベルトが来ているから、留守を頼んだわ」
「・・・・・俺は、どうして知らなかった?」
「さあ、どうしてかしら?」
「・・・・・・・・・・報告義務を怠るな、よ」
「ごめんなさ~い」


反省の色が見えないフランソワーズの手から皿を取り上げた、ジョー。


「フランソワーズ?」
「だって・・・・」
「だって、何?」


甘えるように見上げてくる瞳に、負けそうになりながらもジョーは厳しい態度を崩さない。


「人生はハプニングがつきものでしょ?」


最高の微笑みは愛らしく、悪戯に光る瞳は、イキイキと輝き、消えかけた新色のルージュの色残す、形よく整ったくちびるから、紡ぎだされた言葉に、ジョーは脱力する。


「フランソワーズ・・・」
「だって、刺激がない日々よりも素敵でしょう?驚いたジョーの顔好きよ、可愛いもの。ジョーの小さい頃の顔が想像できて、好きなの」
「・・・・・いくらでも驚いてみせる、よ。キミが好きと言ってくれるなら」
「jy・・・ま・・・」


ケーキを乗せた皿を手にしながら、器用にフランソワーズを抱きしめて、キスをした。


「・・・飢え死にさせる気か、よ。 こんな美味しそうなデザート目の前にして、待たせる気?」
「我慢して?」
「できないから、これは部屋で食べろ、よ」
「我が侭なんだから!」


009の命令は絶対で、003に拒否権はない。

























7;23pm

ハリケーン・ジョーの恋人、M国・某ホテルに現れる。






「・・・・・ジョーの部屋の写真の人」


目の前で見せられたキス・シーン。に、エイデンは呆然と立ちつくし、アビーは完全に石化。
スペンサーは、1人納得する。

「いやああ、いいもん見たなあ!うむ、あれは、すごい。いやあ、プレスの奴らいなくてよかったのか、いたほうが、よかったのか、むう・・・なあ?」






















彼らは知っている。
ハリケーン・ジョーを。



彼らは知らない。
”フランソワーズのジョー”を。
















そして、
伝説的ハリケーン・ジョーの”奇跡”がすべて、
フランソワーズの一番好き。の座をかけた、ケーキと彼との戦いであったことを。




未だ誰も知らない。




























10;32am


”突然現れたハリケーン・ジョーの?!”の噂が広まってしまった。が、それがチーム内で押しとどめられたのは、エイデンの一言が効いたためだった。

「ジョーのプライベートは口外しない、触れないこと。彼の個人的な情報全てを保護することが契約に入っているから、護れなかった場合は、それを冒した人物に違約金を含めて責任を取ってもらうことになっているから!」








「お迎えかい?エイデン」


シャトル・バスが停められている駐車場へ向かう途中、ちょうど前方を歩いていたカールが、エイデンに気づき、足を止めて振り返る。
エイデンと同じように、カールもチームで働く1人である。シャトル・バスの運転は契約社員の仕事のひとつだった。


「・・・なんだか緊張するよ。昨日は挨拶もそこそこに、ジョーが・・・だし。」
「あの、”ハリケーン・ジョーの・・・”だもんなあ!驚いたぜっ・・・しかも・・・なあ、あれだし」
「そうなんだよね・・・・ビックリしたよ、本当に。ジョーは彼女が来るのを知らなかったようだし・・・あ!!!それよりこのことは!」


エイデンの勢いから逃げるように、歩き出したカール。


「解ってるよ、エイデン。1stドライバーになったヤツの違約金なんて・・一生かかっても払いきれねえよっ。馬鹿な真似するヤツなんていないさ、オレを含めてな!・・・いつもながら、仕事が速いな~・・でも、プレスやゴシップには気をつけないとな、あいつらの耳はすげえし」
「・・・・・・・人の口には戸を立てられない。からね」


苦笑する、エイデン。
上手くそれらのゴシップもコントロール出来れば、問題ないが、今は何かと都合が悪い。


「ジョーは女に一切興味がない、硬派で通ってただろう?どんなに見目麗しい美女達が言い寄っても振り向きも、見向きもしない。一時期なんて同性愛者説まで出てたし・・・・。まさか、あんなすんげえええええええええええええええええっ美人、隠してたなんてな!」


カールは握り拳をつくり、声にめいいっぱい力を込めた。


「これで、同性愛者説は消えるね、驚いたよ・・・ジョー本人はまったく気にしてなかったけどね」


エイデンも本気にはしていなかったが、”そうだったとき”の対策として、頭の中では一応の”会見”のシュミレーションは行っていた。


「彼女、紹介してくれないかなあ、ジョー・・・。日本には”ゴウコン”って文化があるらしいぜ?」
「なんだい、それ?」
「前の、日本GPの時に教えてもらったんだけどさ・・・って、あれ?ジョーじゃないのか?もうケンドリックのシャトル、ついてんのかよっ!」


カールがくいっと顎で示した先に、エイデンが視線をむけた。
シャトル・バスのドアが開かれたまま、重なる2つのシルエットが、歩み寄っていくエイデンとカールに気づく。


「あ、ジョーだね」


歩く足を速めていくエイデン。


ジョーはしっかりとフランソワーズの腰に腕をまわし引き寄せて、天使の輪を持つ亜麻色の髪に、ゆったりとキスを繰り返し、何ごとかをフランソワーズの耳元で囁いては、再び、キスを彼女へと贈りながら、視線はエイデンを捉えていた。


「おいおいおいおいおい、あれが、ハリケーン・ジョーか?!」


フランソワーズは、長く、レースのように繊細な睫に縁取られた目蓋を閉じて、すべてをジョーの腕の中にあずけている。


「・・・・なんだか、雰囲気があるって言うのかな・・・なんだろう・・・すごく自然だね、ジョーと・・彼女」
「空気が同じ・・って言うか・・ジョーってあんなヤツだったか?もっとこう・・・なあ?」
「・・・・・うん」


カールが何を言いたいのか、言葉にしなくてもエイデンは解っていた。








2,3メートルほどまでに距離が縮まると、ジョーの腕の中でフランソワーズの目蓋がゆっくりと開かれた。
M国の空よりも、海よりも、明るく澄んだ・・・アクアブルーの瞳。
エイデンが写真で見たそれよりも、美しい。


「悪いな。エイデン・・・・」
「い、いや・・・気にすることないよ、ジョー。これも僕の仕事だし」


カールの視線が、フランソワーズに向けらている。


「はじめまして。・・・フランソワーズです」


その視線を受け止めて、フランソワーズは美しく色とりどりに花が咲き揺れるように、微笑んだ。
エイデンとカールは、その微笑みに1秒も狂いなく、同時に心臓をおおきく跳ねさせた。


「俺の」
「それって物みたい」
「・・・俺の、だろ?」
「言い方があるでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある?」
「も!ひどいわっ」


ぷうっと頬を膨らませて、フランソワーズはジョーを見上げると、その頬にジョーはキスをひとつ、贈った後に言葉を添えた。


「カール・・・と、エイデンだよ・・・カールは色々なことを頼まれてくれる。エイデンは、昨日、会ったよな?」


確かに、エイデンは昨夜のパーティでフランソワーズに会っているが、彼女がビュッフェから選んだものは、いつの間にか部屋に持ち帰る用に詰めてもらったジョーは、「部屋に戻る。」と、一言報告にきた”ついでに”手早く紹介されただけで、言葉を交わすのは、今が初めてである。


「お早うございます。改めて、フランソワーズ・アルヌールです。よろしく、エイデン。彼がお世話になってます。・・・ジョーは、エイデンにたくさん我が儘を訊いてもらっているのね?」
「キミがいない分、迷惑をかけている」
「我が儘で甘えん坊で、だだっ子な泣き虫ジョーがいつも大変ご迷惑をかけてしまって、申しわけありません」
「・・・フランソワーズ」
「本当のことでしょ?」
「・・・」


フランソワーズの言葉をジョーは誤魔化すように、彼女の色鮮やかなチェリー・カラーのくちびるに軽くふれるだけのキスをして、愛おしげに微笑んだ。


「もう、しゃべるな」




エイデンは、自分の目が信じられなかった。
本当に彼は・・・・僕たちの仲間の・・ハリケーン・ジョーなのだろうか?


「ジョー・・・・・お前、笑えたんだな・・・・」


カールは呟いた。































12;44pm


ゆったりとした優雅な動きと、周りに花が咲くような明るい微笑みに、しばしフランソワーズを見つめている、スペンサーとディラン。
面白くなさそうに、ムスッとした顔のアビー。


スペンサーとアビーは昨夜のパーティで、すでにフランソワーズと面識があったが、昨夜遅れてパーティに参加したディランは、2人に会う機会を逃したため、今、初めて会う。
彼はM国のレースを最後に引退が決まっており、次回のレースからは、ジョーが1stを走ることになっていた。


「ジョー、最後の最後に、こんなに可愛らしい女性を紹介してくれるなんて、今まで独身を通してきたかいがある、ありがとう」
「・・・・・ディラン、これ俺のだよ」


昼食を一緒に、とフランソワーズがエイデンを誘うと、知らない3人もついてきた。
ジョーはフランソワーズさえいれば良いらしく、人数が減ろうが増えようが、まったく気にしない。





ジョーが所属するチーム自慢のトレーラー・レストラン”samurai”
そのネーミングから、よく日本食に間違えられるが、イギリスの田舎料理と創作を交えたオリジナル料理メインの店であり、なぜ”samurai”なのかと言うと、シェフ、レオナルドが黒沢ファンだからだと言う。

メニューは外に出された看板に書かれたものが、その日のメイン。
あとはメニューにない”メニュー”となる。



トレーラー前に設置されている、囲いのない広々としたスペースに置かれた沢山のテーブルにイス。のうち、5人がけの丸いガーデン・テーブルに席を取り、側のテーブルにあったイスをひとつ足した。
ディランが、アビーのイスをひき、フランソワーズのイスをジョーがひいた。

女性2人が席についたのを確認してから男性3人が席について何を注文するか簡単に話し、ジョーが代表してトレーラの角に立つボーイに料理のオーダーを頼みに行く。
席を立ち上がるとき、ジョーの隣の席に座るフランソワーズの肩にそっと手を置いた。
フランソワーズは立ち上がったジョーを見上げて微笑む。


「ケーキは後で」


一言、囁くように言うと、くすっとフランソワーズが笑う。


「食べられるのなら、どっちでもいいの」


フランソワーズの言葉にジョーは頷いて、彼女の陽に輝く、少しばかり元気のない髪を撫でてから席を離れた。


「いやあ・・・・・信じられねえな・・・」


スペンサーがニヤニヤとした笑みを崩さないままに呟いた。


「僕もだよ、スペンサー・・・・・あんなジョーを初めてみるよ」
「あんな、ジョー?」
「ただでさえ甘ったるい面してるのに・・・・・さらに甘くしやがって、こりゃお嬢ちゃんが居る間、カメラの餌食にされるなあ・・・・」
「そうなるとジョーは、こんなところでランチなんてしなくなるだろうね」


フランソワーズは黙って男達の会話を聴いている。
アビーはテーブルに頬杖をついて、ボーイと話しているジョーに視線を向けていた。


今日は走らない。
ミーティングと先レースでの反省点や、その他の雑用をこなし、明日から週末のレースに向けて動き出す。言えば、オフらしい時間は入国した日である昨日と今日くらいしかない。


「人気商売ってわけじゃないが、プレスに愛想を振りまくのも、仕事のひとつなんだけよ・・・チームのオリジナル商品には、サインしまくってるみたいだけど・・・。エイデン、ジョーが腱鞘炎にならねえようにしてくれよ?前の時なんて乗るギリギリまでやってたんだからなっっああいうのは今後は止めさせてくれっ!」
「仕方ないよ、それは。彼がクラブ・バスのお得意様との写真撮影を拒んだんだからさっ!少しはディランを見習って欲しいよっ本当に。ディランが抜けた後を考えたら、胃が痛い・・・。次の2ndのノーマンにかける・・・」
「惜しいよな、アイツがその気になれば・・・それこそジョー個人にスポンサーが付くだろうし、取材にCMなんかでがっぽりだぜ?」


ディランの柔らかなウェーブがかったナチュラルブロンドの髪に、ときおり遊びにやってくる風に靡いて、きらきらと眩しい。
フランソワーズよりも濃い、ターコイス・ブルーの瞳。鼻筋通った、ギリシャ彫刻のような調った顔は、精悍に逞しく、シャツから映る鍛え上げられた筋肉は、見事なものだった。
彼の口から流れ出るイギリス英語は、言葉遣いは普通なのにどこか品がよい。
みかけ、30前半に思えるが、もうすでに彼は40に手が届く年令である。

ジョーがチームとの契約をすませ、公の場で発表が行われたとき、意地の悪い記者は”ドライバーも顔で選ぶ時代がきた”などと書かれたりもした。
それはまだ、F1で走ったことがないジョーへの、”日本人”への中傷のようなものでもあったが、確かに、ディランとジョーが並んで立てば、ファッション雑誌か何かの撮影の現場にやってきたような感覚に陥ってしまうほど、2人は絵になる。


「ディランが言うんなら、本当にそうなりそうだよね・・って、ディランっ君はそれ以上お金儲けしてどうするんだい?」
「趣味だよ、趣味。それなりに楽しいことも多いんだよ、そっちの世界は・・・・色々とね・・・・」


ディランはフランソワーズの方へウィンクをしてみせた。フランソワーズはふふっと口元で笑う。


「ジョーの同性愛者説が出たときゃ~、オレはヒヤヒヤしたんだぞ?・・・時代が時代だとはいえよお・・・そっち方面にもF1をアピールできて良いって、代表は笑い飛ばしてやがったけどよ、オレはかなり本気に信じちまって、なんせアイツのゲストと言やあ・・・やっかましい長っ鼻の赤毛のアメリカンに、銀髪、青眼三白眼のドイツ人。ムアンバの白い歯キラリな、物知り坊やに・・・・、あの禿げたシェークスピア、アイヤ~って言う中国人に、モヒカン巨人。そして、でかっ鼻のジーさんに、生意気そうな赤ン坊だ。あと前にジョーが所属していた時のチームメイトか?」


スペンサーは骨張った太い指を折りながら、ジョーに紹介された国際色豊かな”家族”を思い出す。
フランソワーズがよく知る人物の、特徴捉えたスペンサーの表現に、フランソワーズはクスクスと笑った。


「大切な彼女が、一番最後にレース観戦に来て、その上本人はその彼女が来るのを知らなかった。って言うが・・・・。なんかジョーらしいって言えば、ジョーらしいと思わないかい?マイペースの極みっぽい」


そこへ、炭酸水とミネラルウォーターの瓶を持ったジョーが戻ってきた。彼の後ろに氷の入ったグラスをトレーに乗せた青年もついてくる。
服装からコックの1人のようだ。

青年はテーブルに人数分のグラスを置いて、トレーを手に再び仕事場へと戻っていく。ジョーは手に持っていた水を置いて、それらをグラスに入れていった。


「フランソワーズさんもガス入りはダメなんですか?」
「ええ、他のジュース類もまったくダメで・・・・でも、ジョーも?知らなかったわ」


フランソワーズはジョーの手からミネラルウォーターの入ったグラスを受け取りながら、イスに座ったジョーに問いかけた。


「買わないだろ?普段・・・・・。コーラとかはいいけど、ね。味がない炭酸水って変だろ?」
「水ですもの!基本、味がないのは当たり前よ?」
「・・・だから、それが炭酸だから、変」
「甘い炭酸水の方が変だわ」
「・・・それがジュースだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変なジョー」
「どこが?」
「炭酸のジュースが飲めるなら、大丈夫でしょ?」
「だから、味がない」
「やっぱり、おかしいわ!」
「・・・炭酸入りは全部だめな、キミに違いは解らない、よ」
「それでも、変よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ケーキを先に注文すれば良かった、よ」


やれやれ、と言った感じでジョーはグラスを持ち上げて一口、水を飲んだ。


「後で、って言ったのはジョーなのに・・」
「・・・・・・・後悔してる、よ」
「どうして?」
「ケーキを食べているときは、その口は余計なおしゃべりなんてできない、だろ?」
「も!」


ぷうっと膨らませた頬をジョーの長い指が伸びて、つんっと突ついた。
フランソワーズは顔をぷいっとジョーの座る席とは、反対側の方へ背けてしまう。フランソワーズの隣に座るエイデンは、間近で見た、レースのように繊細な睫に縁取られた、こぼれ落ちそうなほどに大きなアクアブルーの瞳と目が合ってしまい、どきんっと心臓を跳ねさせた。

ジョーの指はフランソワーズの少しばかり紅くなった頬を追いかけて、むにっと彼女の頬を摘んだ。


「そっちじゃなくて、こっちむけ、よ」
「イヤよ」
「ほら、・・・痛くなる、よ?」
「や」
「・・・・・ふうん」


ジョーはフランソワーズの頬に触れていた指を離し、その手をフランソワーズの背にまわして彼女のイスの背もたれに置いた。少しばかり躯をフランソワーズの方に寄せて、彼女の耳元に唇をよせる。


「他の男なんて、見るな。オレだけを、みてろ」


甘く息を吹きかけるように囁いてから、フランソワーズの頬にキスをひとつ贈る。ジョーを挟んでフランソワーズとは反対側の席に座っていたアビーは、ジョーの背にかくれて、何が起こったかわからなかったが、彼が言った言葉だけが耳に残った。



アビーが夢の中で願い、想像していた言葉を、現実で彼が、彼女に向かって囁いている、現実。



先ほどジョーが料理のオーダー時に話していたボーイが、ジョーたちが座る席の番号を読み上げたので、ジョーはイスから立ち上がった。
ジョーに阻まれていた、フランソワーズの姿がはっきりとアビーの目に現れた。


「おいっっっっっ!!!!!!!アイツはいったい誰だっっ?!」
「・・・ジョーですよ・・・・本人です」
「違うっっジョーにあんな風な会話がっっっっ!!」
「できるみたいですね」
「嘘だろっっ!女にあんなベタベタとっ」
「できるみたいですね、昨日もしてましたよ」
「みたかっっチューしたぞっっチューっっ!!ハグだって嫌がるんだぞっっ、奴は!日本人だからってエクスキューズに使いやがるようなジョーがっ」
「できるみたいですね、昨日もしてたの忘れたの、スペンサー?」
「忘れてねえよっ!昨日は嬢ちゃんが来るのを知らなかったし、こうっ恋人同士の再会の、特別なもんでよっ今回は違うだろお!」
「指をさすなんて失礼だろ、スペンサー・・・」


エイデンがリズム良く、漫才の相方のようにスペンサーの言葉に合いの手を入れていく。
ディランがまるで丸太のように太い、興奮気味に出した手を彼の隣に座るディランが、そっとテーブルの下へと降ろさせた。


「うおっスマンなお嬢ちゃんっつい!」
「いいえ」
「・・・ジョーっていつも、その・・・ああいう風なんですか?」
「・・・・・?」


フランソワーズはエイデンの質問に小鳥が首を傾げるように愛らしく、首を傾けて大きな瞳をぱちぱちと数回瞬かせた。目蓋の動きに長い睫が少しばかり遅れて、その動きについていくために、スローモーションのように見える。


「料理が、出来たみたいだな・・手伝いがいりそうだ・・・・」


ディランが席を立って、トレーラーの方へと向かう。
睨むような視線をフランソワーズに投げかけるアビーに気がついたエイデンは、妹に向かって兄らしい注意を促した。


「アビー・・・空腹で不機嫌なのはわかるけど、もう少しだから。ね?」







空は高く、雲は心地よい風にすべてをまかせて旅を続ける。
からりと乾いた空気に、太陽の光は惜しみなくそそがれて、色鮮やかな青は深く、トレーラーの磨かれた白は眩しく反射する。

遠くに聞こえるエンジン音は、レースのためのものかどうかは、わからない。

駆け抜けていく人の声。

専門用語のために、辞書で引いても出てこないかもしれない。
昼食の時間には遅すぎるせいか、トレーラー・レストランには先ほどまでミーティングに参加していた見知ったクルーの顔をみかける程度。


美味しそうな香りをかぎつけたイタズラっ子な風が、その香りを空腹なフランソワーズへと届けて、彼女は、昨日はビュッフェで選んだデザート類しか食べておらず、今朝は今朝で、ジョーの乗る予定のシャトル・バスの時間ギリギリまで寝ていたので、朝食を取る暇もなkったことを、いまさらながら思い出した。


「・・・・」


フランソワーズは視線をジョーへと向けた。
両手に抱えたトレーには美味しそうな料理が並ぶ。重そうな仕草ひとつ見せずに、軽々とそれを抱えてテーブルにやってくる。その後ろにディラン、そして先ほど氷入りグラスを持ってきた青年が続く。










ーーー彼はいつも・・・・・・・・・。





「・・ジョーは・・・・・いつも、我が儘で、甘えん坊で、だだっ子な泣き虫さんで・・それで、とっても可愛い人」


M国の空よりも美しく、高く、澄み切った、魅力的な空色の瞳を潤ませて、世界中の夏を独り占めしたかのような、永遠に忘れられない笑顔を、エイデンの胸に残した。



「だ~~~~っはっはっははっはh!!!そりゃ~っ良いこと聞いたぜっっ!!”あの”ジョーが我が儘、甘えん坊、だだっ子、泣き虫!!可愛いってかっ」
「ええ、とても可愛いんです」

スペンサーが目尻に涙をためながら笑う。
エイデンとディランもスペンサーほどではないが、声をあげて笑い、アビーは鳩が豆鉄砲でも食らったかのように、目をまんまるく見開いた。


「・・・・・何を言った・・?フランソワーズ・・」


男たちの笑い声に、ジョーの顔が歪む。
テーブルに近づいて、フランソワーズを軽く睨んだ。


「とっても美味しそうな香りね!」


にっこりと微笑むフランソワーズは、ジョーのそんな視線になんて動じない。


「あははっs、甘えん坊らしいね、ジョーって・・・そういえば、さっきもそう言ってましたよね?フランソワーズさん」


エイデンがニッコリとジョーに向かって笑顔を向けた。


「フランソワーズ、さっさと喰えよ・・・話さなくていいから」









大皿に盛られた料理がテーブルいっぱいに並べ、それぞれが好きな料理を皿に取って食事をすすめていく。


ジョーが勝手にフランソワーズの皿に盛っていくものを、ぱくぱく、ぱくぱく。と、線の細い華奢な躯のどこに入るのか・・・見ていて気持ちが良いほどに、フランソワーズは料理を次から次へとふっくらとした形良いくちびるへと運んでいく。


「・・・噛んでる?」


こくん。と頷いて、M国自慢の魚介類をふんだんに使ったハーブパスタをぱくり。と食べた。


「アビーも見習ったらどうだあ?」
「・・・いやよ」
「んな、ちび~~~~~っとしか喰わなくって水ばっかり飲んで、それで炎天下の中、立ってる体力あるのか?」
「・・・・フランソワーズと較べたらどんな子でも小食に見える、よ」


白身魚のナスとパプリカのトマトソースを和えをフォークに刺した状態で手が止まり、上目遣いでジョーを観る。ジョーはふっと口元で笑い、手に持っていた焼きたてのガーリックパンを小さく千切ってフランソワーズのくちびるの前まで持っていく。フランソワーズは、それをぱくっと食べた。


「誰かさんのせいで、朝食を食べ損ねたんですもの!」


フランソワーズは再び手を動かして、トマトソースたっぷりの白身魚をぱくん。っと口に放り込んだ。
ジョーは空っぽになった取り皿のひとつに、フランソワーズがまだ口にしていない、グリーンオリーブとガーリックのレモン漬けを数粒乗せた。


「・・・俺のせい?・・・・ウソはだめだよ、フランソワーズ・・・。きn」


フランソワーズの顔が、イタリア直送の赤々としたトマトよりも紅くなり、小皿にあったグリーンオリーブをぱぱぱっとジョーの口の中に詰め込んだ。

くくくっっと嗤いながら、口の中のグリーンオリーブを胃に流し込むジョーは楽しそうに、イチゴ色に染めたフランソワーズをのぞき込む。


「・・・・なあ、おい・・ジョー」
「?」
「お前、そんなヤツか?本当はそうなんだなっっ?」
「・・・・何が?」
「ジョーはつくすタイプだったんだ・・・」
「・・・・・つくす?」


ジョーは、スペンサー、エイデンの声に答えながらも、俯いてしまったために、さらりとフランソワーズの肩から流れ落ちた亜麻色のカーテンを耳にかけてやりながら、視線は紅くなったフランソワーズの横顔を見つめ続ける。


「ディランも真っ青だね?」
「・・・ああ、いくらオレでも、ジョー、君みたいにはできないな・・・人前で・・・・・」
「お前、偽もんだろっ!!実はジョーの双子の弟とかあっっ!!」
「オレも大概、女性とは色々と・・・あるけれども、ジョー・・・オレはお前ほど人を恥ずかしい気持ちにさせることはないぞ?」
「・・・どういう意味?」


問いながらも、ジョーはフランソワーズの耳元にくちびるを寄せて、短く言葉をかけた。


「ジョー・・・・今の君を見てると、こう・・・なんて言えばいいのかなあ・・ディラン」
「・・・・難しいな、エイデン・・・・・なんと言うか、見てはいけないものを見てしまった?」
「そうだね。すっごく隠しておきたい嬉しい、恥ずかしいような想い出が甦ったような?」
「初めて女の子とデートした感覚っつうのかっっっ!!」
「スペンサー、それもう少し捻って・・・」
「親と一緒に見てしまったラブシーン・・・のような気恥ずかしさ?」
「惜しいっっ!なんか近いけれど、違うと思わないかい?ディランっ」
「・・・・まだ回数を重ねてない相手とのセックス前の緊張と恥ずかしさに高まりつつある、甘い高揚感」
「それだ!」
「アビーっっ!!なんてことをっ」
「アビー、ナイスっっ!」
「・・・・へえ」
「ジョー」
「・・・・・ん?」
「サラダ取って?」
「・・・このかかってるチーズ、食べられる?」
「ちょっとだけなら」
「・・・・・今の聴いてた?」
「ジョーだもの」
「?」


ジョーはオリーブを乗せていた取り皿にサラダを乗せて、フランソワーズの前に置いた。


「そういう風に思われるってことは、ジョーの頭の中は車とHなことしかない証拠ね?」
「・・・」
「はっは~~~~~!!ジョーっお前は俺より単純ってこったなあっっ、それじゃあ!」


スペンサーがさも嬉しそうに、鶏肉と7種類のハーブ焼きを口に頬張る。


「・・・私のハリケーン・ジョーじゃないわ」


小さく呟いたアビーの声は、スペンサーの笑い声に、真っ青な空へと消えていった。


















2;51pm

ランチの後。
スペンサーはフランソワーズをピット見学に誘い、ジョー、ディラン、を含めた4人でのんびりと歩きながら、ピットへと向かう。


「ジョーにmiss.フランソワーズのような存在がいたなんて、誰も知らなかったし、気がつかなかったな。・・・隠していたんだろ?ジョーのことだしさ」
「え?私、隠されていたの?」
「・・・・・そんなことした覚えはない、よ。理由がない」
「理由はいくらでもあるだろう?ジョー・・」
「ない」
「・・・・色々、騒がれることを避けてるじゃないか?」
「別に」
「・・・・・来たの、迷惑だったかしら?」


ディランとジョーとのやり取りに、フランソワーズはジョーを見上げた。


「迷惑じゃない」
「隠していたんでしょ?」
「・・・隠してない、よ」
「騒がれるの、嫌でしょ?」
「”走る”こと意外の話では、ね。・・・・でも、悪い気はしない」
「・・・」
「フランソワーズが俺のだって、騒がれるのなら、悪くない」
「嫌よ。そんなの」
「?」
「だって、まだ私はあなたのものじゃないわ!」
「・・・・俺のだろ?」
「ええ、そうよ。でも”まだ”よ!」
「なんだよ、それ?」
「だってジョーはまだ、私を手に入れる条件を満たしてないもの!」
「・・・・・あれ?」
「そう、あれ!」


フランソワーズは、ちゅっと音をたててジョーの頬にキスを一つ。
ジョーは、少しばかり不機嫌そうにため息をついた。








ーーーーだって兄さんが、私は世界で一番綺麗で可愛い妹だから、
嫁にやるなら、世界一の男じゃないと駄目だ!!!ってずっと言っていたんですもの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気で」

「・・・参ったな・・・それ、かなり難しいよ?」

「ジョーなら大丈夫よ」

「買いかぶりすぎ」

「あら、私が欲しくないの?」

「欲しい」

「じゃあ、世界一最速の男になって私を手に入れて」

「もう、世界一だと思うけど?」

「私、贅沢なの」

「・・・そうなの?」

「ええ。そうなの。だから世界中の人が私の男は世界一なんだって知って欲しいの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気よ。大声で言いたいの。ジョーは私のものよ!って」

「言ったらいいよ、今でも」

「まだ駄目よ、ジョーは泣き虫だもの」






”世界一最速の男になって”

















ディランはフランソワーズに向かって尋ねた。


「”あれ”って・・・?」
「んふふっ。ジョーはね」
「・・・・フランソワーズ、それは俺との約束だろ・・言う必要ない、よ」
「あら、でもディランさんは、あなたと一緒に走るパートナーでしょう?」
「・・・・・・・・・ディランは、今回で引退ななから、いいんだよ。言わなくて」
「引退記念に教えてくれよ、ジョー」


魅力的な微笑みをディランはジョーに向けるが、ジョーには通じない。


「・・・なんでもかんでも引退記念?勘弁してくれよ」
「どうして言ってはいけないの?」
「・・・いいから」
「変なジョーね?」
「・・・・うるさい」
「あのね、ディランさん、ジョーはっ」


背にまわされていたジョーの手を振り解いて、フランソワーズはディランの前に立った。
見上げられた、こぼれ落ちそうな大きな空色の瞳にディランは吸い込まれそうになる感覚に陥る。


「・・・フランソワーズっ!」
「あのねっ!っっあ、だめよっっ邪魔しないでっ」


ジョーはすぐに腕を伸ばし、フランソワーズの手を取り自分の方へ引き寄せようとしたが、その手は、ふわり。と、かわされる。
フランソワーズはジョーの手から逃れ、ディランの隣にジョーから隠れるように立った。


「・・・・っ言うなよ」
「だって、訊かれたんですものっっ!!」


ディランの後ろにまわったフランソワーズをジョーが追いかける。
くるりと、ディランのまわりを1周したところで、ジョーの手がフランソワーズを捕まえて、形良い愛らしい、おしゃべりなくちびるを手で覆った。


「・・・・おしゃべり」


くすくすと笑うフランソワーズは、一生懸命にジョーの手から逃れようと身を捩りながら、自分のくちびるを覆う彼の手に、自分の手を重ねた。

くちびるを覆ったジョーの手のひらに、たくさんのキスをする。
手のひらに感じた、そのキスに答えるように、背中から抱きしめたフランソワーズの耳裏にキスをした。

目の前で幸せそうに微笑み、フランソワーズに口づけるジョーの姿に、ディランは言葉をなくす。


「・・・・本当にジョーか?」
「さっきから、なんなんだよ?」


腕の中にフランソワーズを抱いたまま、ジョーは面倒臭そうにスペンサーを見た。
ランチの時にも、何度も聞いた”本当にジョーか?”と言う、質問の言葉にフランソワーズは不思議そうにジョーを見上げた。


「ジョー、あなたはいつも、どういう風なの?」
「・・・普通」
「そお?」
「変わらない、よ」
「「ぜんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぜん違うッっっっっっっっっっ」」


スペンサーとディランの渾身の力が入った言葉が、辺り一面に響き渡った。



























3;26pm

「おい、見ろよ・・・、ジョーと一緒にいる子」
「あれが、か?アレが噂になった、ジョーの?」
「だろうぜ?見ろよっ」
「すっげ、可愛い!!」
「やばっ美人じゃんっ!!」


「・・・・・・・・・嘘だろ?」
「見たか?!オレだけじゃねえよなっ!!」
「見た!!見たぜ!!」
「うあっまたあっっ!!」
「・・・ジョーが笑ってる・・・・・」
「いや、いくらジョーでも笑うだろ?」
「そうかあ?いつも、こうやって・・ふっと口元くらいしか動かさないよなあ?」
「そうそう!・・・なんだ、あの甘ったるい笑いは~!!」
「レアだ!!誰か、カメラ持ってねえの?!」
「売れそうだな!」
「おい、忘れてんじゃねえよっ!ジョーの違約金なんて払えねえだろっ」
「げ・・そうだった・・て。アレまじで?」
「あのくそ真面目なエイデンが言ってんだぜ?親もバックについてんだしよ」



「ショック・・・」
「ショックよね・・・」
「彼女いたのね・・・」
「どんな美女が近寄っても、見向きも振り向きも、挨拶さえもしなかった硬派だったのに!」
「アビーってば、何も言ってなかったわよ!!」
「っていうかあ、誰よあの娘!見たことないわよ?」
「だよね?今日が初めてよね?」
「ってことはさあ、日が浅いんじゃないの?付き合って」
「ねえ、誰が”彼女”って言い出したの?本当に彼女?」
「でも、ほらあ・・あんなにひっついて・・・悔しい!」
「これ見よがしよねえ?ちょっと酷くない?こっちは仕事中だっていうのに!」





「だあああああああああああああああああっ!!!!お前らっっ仕事しろっっ!!いいかっ!ジョーだって男だっ!女の1人や2人いたぐらいで騒ぐなっ!!!」
「・・・フランソワーズしかいない」
「そこで突っ込むなよ、ジョー・・・」




フランソワーズを連れてジョーがピット入りしたとき、現場が色めき立った。
細波のように途切れることなく囁かれる、会話。それらの全てが音の波となって、フランソワーズの意志とは関係なく聴こえて来る。

本人には聞こえていない。と、思いこんだ話しの内容。
それほど悪意のある会話は聞こえてこなかったが、聞いてしまうことは、あまり気持ちの良いものではない。


フランソワーズの瞳が一瞬だけ苦しそうに、瞬く。
ジョーはその一瞬を絶対に見逃さない。




<・・フランソワーズ、俺だけに集中してろ>


抱きしめられて、脳波通信で言われた言葉。
頭の中に残るジョーの声。
羽のように軽いキスをフランソワーズのくちびるに残して、フランソワーズのジョーから、”ハリケーン・ジョー”へ。










離れていく、ジョーの背を見送る。










ギルモア邸で。

空港で。

ドルフィン号で。

戦場で。






見送る。

還ってきて、と思いを込めて、見送る。




彼の背を。


009の背を、島村ジョーの背を、そして今。


ハリケーン・ジョーの背を見送る。










「・・・・・・ジョー・・・」






















「そこにぼおっと立ってたら疲れるでしょう?それに邪魔よ、あなた、こっちにいらっしゃい」
「・・・・?」
「だ~いじょうぶよ!取って食べたりしないわよっ。そんな泣きそうな顔しないで?電話でエイデンに頼まれたの。彼が案内する予定だったでけど、急な仕事が入ったから、私がピンチ・ヒッターよ。フランソワーズよね?ジョーがフリーになるまで、面倒みてやってくれって。初めまして、私はリンジー・クロフォード。ピット裏エリアの責任者の1人よ。」
「初めまして」
「ここにいたら、煩いわ、オイル臭くなるわで大変よ?いろいろと案内してあげるわ。その頃にはジョーも終わってるわよ」


リンジーに半ば強引に、現場から連れ出される途中、フランソワーズは視線をジョーに走らせた。


<・・・後で迎えにいく>


何人かのクルーに取り囲まれたジョーは、人の隙間からフランソワーズの姿を見つめる。


刹那に絡み合った視線。





それだけでフランソワーズは笑顔になる。



ピット裏。と呼ばれる、ドライバーやチーム関係者が使用する、チーム内の人間にとっては”サーキットの社交場。そこへリンジーはフランソワーズを案内した。


「あ、これはあなたのね」
「・・・?」
「午前中に用意できなくて、スミマセンでした、ですって。エイデンからよ。あなたにって・・・招待されたんだから、ある程度の席は確保されてるけど、さすがにパドックまではね」


リンジーから差し出されたカードには、首から提げられるようにホルダーがついており、ジョーが所属するチーム名が刺繍されていた。


「パドックパス。ここまでは自由に入れるの、観戦もすぐこの上でできるわ・・・知らない?」
「知りませんでした。色々と違うんですね」
「あら、そうなの?ジョーの彼女なんでしょ?・・・エイデンが慌てて用意したの、理解できた気がするわ」


リンジーの言葉を聞きながら、渡されたパドックパスを、大切に、大切に胸に押し当てるようにして持ち、フランソワーズはこころの中でエイデンに感謝した。


「・・・・・ありがとうございます」
「これも私の仕事だから、気にしないで。パスがない人間をいくら”ジョーのスペシャル”でも入れるわけにはいかないから。関わる人間が多いし、危険もあるの・・・だから、徹底したルールが必要なのよ。例外を許していたらキリがないのよね」
「・・・すみません」
「やだ、あなたの分のパスはちゃんとこうやってあるんだから!!スペンサーやジョーだって、私が駄目だって言ってもあなたを絶対に入れていたわよ。・・・ジョーなんて”走らない”って言い出しかねないものね」
「え?」


フランソワーズはリンジーの言葉に大きな瞳ををさらに大きくして、驚いた。



「ぞっこんなんですって?あの無愛想で、くそ生意気で、何をやらしても曖昧にしか返事しない上に、嫌なことだけは、ハッキリNO。と言い切る、”ジョー”が!私にも同じ年ごろの息子がいるんだけど・・・。まったく、あんなに意地っ張りで強情な、可愛くない男なんて滅多にいないわよ?・・・よく付き合ってられるわね?」
「・・・・可愛くない?」


そういう風に見えているのか、と。フランソワーズはリンジーについて歩きながら、彼女が持つジョーの印象にたいして少しばかり疑問に持つが、彼女の物言いから、それらにたいして悪意がないことが解るので、そのまま聞き流す事にした。


「ええ、ええ!そうよ!まったく、こっちの身にもなって欲しいわよ。サービス精神が0よ、0!愛想も何もあったもんじゃない。パスを購入されたお客様にたいしてのジョーの行動や態度に、いっつもヒヤヒヤさせられっぱなしで・・・。なんとか言ってくれないかしら?これじゃあ、ディランの引退後を考えると、胃が痛い・・・」
「・・・はい」
「ほんと、1stと言えばチームの花よ!花!・・・・・・よおく、よおく、言っておいてね・・・。せめて、”笑え”と。そして、にこやかに、サインと握手に写真撮影はこなして・・・。お得意様だけでもいいから・・。次から1stって言う自覚をもて!とっ」
「・・・・1st?って、そんなに、すごいんですの?」
「はあ?!」


リンジーは目を見開いて、飛び上がらんばかりに驚いて、体をのけぞらして足を止めた。



「・・・私、カーレースのことほとんど知らないから」


フランソワーズは、自分の無知さを俯いて恥じた。
その仕草がなんとも可憐で、愛らしく。かといって、純粋無垢な聖女と言うには、ほっそりとした首元から漂う香りは、女性であり、そのアンバランスさに、同性でありながらも目眩を起こしそうになる。


「彼氏の職業でしょっ?!興味ないの?!」


リンジーは、同性であり、年甲斐にもなく沸き起こった感情を誤魔化すように、少しキツイ口調でフランソワーズに訊ねた。


「興味ないっていうよりも、彼がやりたいことをやっているなら、それでいいんです・・・」
「すっごいことよお!!1stなんてっ。今ね、F1界全体がジョーの走りを見て、引退する選手続出中・・・。世代交代の時期なのかもしれないんだけどね。でも、それを作ったのは”ハリケーン・ジョー”よ。・・・もうすぐよ。絶対に、彼の時代が来るわ!」


ほのかに汗ばみ、高く感じる体温に動揺しつつ、早口に、そして、興奮気味に話しながらリンジーは手慣れた様子でフランソワーズをピット裏の隅々まで案内する。
ジョーの話題をサカナに、女2人は打ち解けあって話しが弾み、気が付けばスペンサーからリンジーが持ち歩く無線で呼びだされることになった。





























5;49pm


ハリケーン・ジョーであり続ける、彼の周りに張り巡らされた見えない壁は、誰もが感じていた。
彼の壁にむかって一歩踏み込む勇気など、命知らずなヤツなど、このチームにはいない。

親しく付き合っているスペンサーでさえ、自身が気づかず無意識の内にジョーとは距離を取っているときがある。
親しき仲にも礼儀あり。と、言うような距離ではなく・・・。

社交的で、誰の懐にも難なく入り込んでしまうディランも、彼とはプライベートな付き合いまではいたらずに、あくまでも”ドライバー”としての付き合い。
ディランがそうしたのではなく、そうしなければならない。と、気づかないうちに擦り込まれていた。


プライベートな彼に、1番近いと思われるエイデンさえ、本当の彼を知らない。
”ハリケーン・ジョー”である彼、しかしらない。



彼がピットで、仕事で、”島村ジョー”でいることは、ない。

優しげな顔立ちは、東洋と西洋の血がバランス良く混じり合い、神秘的な印象を与える。栗色の柔らからな風は微かな風にも遊ばれて、長い前髪に隠した瞳は琥珀色にまっすぐに前だけを見つめる。


彼の瞳に映るのは、人ではない。
彼の瞳に映るのは、風。

100mをおよそ1.2秒で駆け抜けていく、世界。で、彼は生きる。




彼の生きる時間、がそうさせるのか。
誰にもわからなかった。








しかし今日は・・・。

なんとなく、いつもより口数が多く。
なんとなく、いつもより微笑んでいる。と、思わずにはいられない。

その微笑みが、その年令に相応し無邪気さを含んでいた。
その微笑みが、クルーたちを驚かせ、そして・・・その原因が”噂の人”のせいだと、誰もが思う。


突き放したような物言いもなく、相づちを打つ回数も多い。
真剣な表情で話しを聴きながら、その態度は柔らかい。

短い言葉の中に、今までに見えなかった彼が見えて、いつもなら近づきすぎないように気を付けるのに、今日は意外とそばにいくことができるような気になってくる。




普段の彼は、インタビュー嫌い、写真嫌い、サービス嫌い。人嫌い・・・・。

ときおり見せる、困ったように浮かべる曖昧な微笑みが、彼がまだ、幼さを残す青年であることを思い出させる唯一の表情。
可愛げがなく、生意気に思われても仕方がないように思える彼の態度だけれども、妙に年配の人間からは慕われて、かわいがられているのが、不思議に思う若いクルーも多い。

だからと言って、チーム内でコミュニケーションを取れていないわけではなかった。








1度。










たった1度だけでも彼の走りを見た者は、彼にのめり込んでいく。
彼の走りが、すべてを彼に染めていく。


彼だから。
ハリケーン・ジョーだから。

それだけで彼は人を魅了し、引きつけて放さない。



















6;06pm


スペンサーの視界に、人影が映る。


「ジョー!!」
「連れてきてあげたわよっ!もう終わったんでしょ?」


ピットに響いた、2人の女性の声。
1人は、口うるさくジョーに、ああしろ、こうしろと命令しつつ、彼が本当に嫌な事は文句を言いつつも、最終的には折れてしまう、面倒見の良いリンジーと、噂の人。


「迎えに来るって言ったのはジョーなのに!」


ジョーは2,3歩、2人の方へ足をすすめ、両手を広げてみせると、ふうわりと風にゆられた羽が彼の元へ。
抱きしめたフランソワーズのおでこに、くちびるを寄せる。


「・・・・ごめん」
「ジョーが言ったのよ?」


ジョーを見上げるフランソワーズの頬はぷっとふくれる。


「・・・これで許して、よ」


少しばかり下げた眉が、幼さを強調する表情を作り出した。


「?」


フランソワーズの両方にキスをひとつずつ贈り、そして、彼女の白い右手をとると、2人がよく知る英国紳士の物真似をするように、手の甲に恭しくキスをした。


「・・・・今夜、ワタクシと食事をしていただきたいのですが、マドモアゼル」


唖然とジョーを見つめて固まるリンジー。
場所と衣装さえ調っていれば、映画のワンシーンだな。と、感想を持ったディラン。
スペンサーはにやにやと、別人の”ジョー”を楽しみ、ピット内に居合わせたクルーたちは、自分たちの目と耳が信じられず、時を止めた。


フランソワーズは微笑みながら、ジョーの申し出を受ける。



「光栄ですわ、”ハリケーン・ジョー”と食事ができるなら、喜んで。・・・・今夜なら」
「・・・今夜だけ?」
「メールが届いていたの、Audreyの新作ケーキが金曜日に出るそうよ、だから、帰らないと!」


愛おしい人は興奮気味に言い、ジョーは彼女の手をとったまま、膝から崩れ落ちた。


「・・・マジで?」
「マジで!」
「・・・・・嘘だろ?」
「いいえ、嘘じゃないわ」
「・・・本気?」
「ええ!本気よ。だから、メールをチェックした後に、飛行機のキャンセルと、新しくチケットを買い換えたの!」



スペンサーの笑い声が盛大にピット内に響き渡る中、リンジーは、「あれ、誰?」を連発する。
























2 days later.


「・・・彼女にとって1番はケーキで・・・・・俺はいつも2番、だよ」


ジョーは深い溜息を全身で吐きながら、くちびるを尖らせるようにして呟いた。
聞き耳を立てていたクルー達の動揺と驚きにピット内が震える。が、すぐさま、膝から崩れ落ちて、今にも泣きそうな顔で恋人を見上げていた”貴重なハリケーン・ジョーの素顔”を思い浮かべた人間は、多い。










あの”ハリケーン・ジョー”がケーキに勝てない!?













「・・・・本当に、ケーキに勝てないの?」


傍らでジョーとスペンサーのやり取りを訊いていた、エンジニアの1人が思わず口にした呟きに、ジョーは深く、そして真面目に頷いた。


「本当に。ケーキに勝ったためしがない、よ・・・」
「なあ、おい・・・ジョー。マジで今日、お嬢ちゃんは帰ったのか?」
「朝、空港に送っていった」
「・・・理由はやっぱり」


「フランソワーズのお気に入りのカフェが、・・・・・新作ケーキを出すから」


ディランは必死で嗤いを噛み殺しながら、ジョーへと近づいてくる。


「噂じゃあパーティで、それは、それは、ドラマチックな再会をしたそうなのにな?レースも見ずに帰るとは思わなかったよ、いやあ、すごい情熱だ」
「・・・・・・レースは俺の世界で、自分はよくかわらなから、とにかく、いっぱい走って、たくさん優勝して。・・・・・だと」
「だ~~~~~~っはっはっっはっはっははっっはっっはっははh!!!!いいねえ!いっぱい走って、たくさん優勝っ!」
「ディラン・・・」
「なんだい、ジョー?」


ディランはケーキに可愛い彼女を取られた、可哀相な相棒を愛しげに見つめる。


「・・・・・今回のレースだけど、俺、狙っていく、よ」
「・・・」


11;32am

ジョーの言葉に真顔になる、ディラン。
























M国レースにて、
引退するディラン・ロングウッドに花を持たせることなく、ジョー・島村は、ポールポジション取得、ポールトゥーウィンで、優勝。




すべては、フランソワーズのために。
彼女に相応しい男になるために。

手に入れるために。




フランソワーズのものになる自分は、”世界一”でなければならない。























6;09am At the airport.


「・・・・信じられない」
「まだ、言ってるの?」


空港ロビーで、フランソワーズの背に腕をまわし、ジョーは溜息を吐く。
ホテルから空港までレンタカーした車を運転している間も、ジョーはずっと溜息ばかりついていた。


「・・・せっかく来たのに、帰るかよ?たかがケーキで・・・」
「ジョーは解ってないわっ。季節限定じゃないの、食材限定なのよっ、売り切れたらそれっきりなの」
「・・・・・とっておいてもらえばいいだろ?大地に頼んで」
「そんな我が侭なこと、言えません!私はジョーじゃないもの!」
「俺以上だよ?」
「うそ」
「・・・・・・F1開催国に来て、ドライバーの”身内”として招待されたのに、レースを見ずに帰るk・・・y」










隣を歩いていた、彼女が足を止めた。
ジョーはフランソワーズへと振り返ると、彼女の白い両腕が伸びくる。


アンバー・カラーの瞳は驚きに見開かれたまま。






















噛みつくような、キス。が、彼を襲う。




















愛らしい少女の中に眠る、女。






「私を手に入れてっ・・・・ジョー、私を早く、早く、・・・あなただけのものにしてっ」







彼女が吼える。






マシンに、嫉妬する。
チームに、嫉妬する。

ジョーの周りにいる、全てに嫉妬する。













”世界一最速の男になって”

言った言葉は、真実。








これは、ただの女の我が侭。




「欲しいのっ、ジョーが欲しいっ・・・ジョーっ、早くっ私だけのあなたになってっ・・・」










逢いたくて、

逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて・・・・・。






逢えば、離れられなくなるのが、解っていたのに。
彼を独り占めしたくなるのは、解っていたのに。









狂いそうになるくらいに、あなたが好き。
壊れそうになるくらいに、あなたが好き。

あなたの全てを手に入れたくて、私は我が侭になる。

















私の知らない彼の、世界だと、
私のいない彼の世界だと、知っていたのに。
















キスをしてくれても。
抱いてくれても。
愛を囁かれても。






ここは、私の知らないあなたの世界。





私ばかり、あなたが好きで、好きで、好きで。
私ばかり、あなたを愛している。







それでよかった。
ここにくるまでは、それでよかったのに・・・・。






「・・・・・・・新作ケーキは嘘?」


離れていこうとするフランソワーズの躯を、ジョーは力いっぱいに抱きしめた。


「本当・・・・」


フランソワーズの言葉にふっと、口元で笑う。


「フランソワーズ、俺はいつだってキミが欲しい。キミのもの。キミだけの俺・・・。でもキミは違う」
「うそ、よ」
「・・・・嘘じゃない」


ジョーの腕の中で激しく否定の意味を込めて首を左右に振り、その動きの後を追うフランソワーズのハチミツ色の髪から舞う光を手の平に集めるように、彼女の後頭部を押さえると、すべての想いを叩きつけるようなキス。
















「・・・・キミの1番は、いつもAudreyのケーキで、俺はケーキにポールポジションをとられ続けている、情けない男だ、よ」





ーーーケーキに嫉妬する、世界最強の・・サイボーグ戦士009なんだ、ぜ?








求められている、喜びを胸に。
ジョーはフランソワーズが乗った飛行機を見送った。









熱くなるエンジンの揺さぶりに、人工の熱が車体を覆う。
耳を潰さんばかりの轟音が、空気との摩擦に時間の壁を作っていく。


目の前に見えるのは、ただ一つ。
走り続けるための道。


信じられるものは、握りしめたハンドル。
踏み込むアクセル。

感覚。




速さだけを追い求めて。
1人で乗り込むマシン。











走り抜く。






誰よりも、速く還りたい。
彼女が、待っている・・・・・・。






速く、速く、速く。






彼女の元へ、速く、速く、速く・・・・。





















キミは俺のものだ、と叫ぶために。




ーーーフランソワーズ、後悔するなよ?俺だけのものになる。と、言うことを。





















11;32am

ジョーの言葉に真顔になる、ディラン。


「・・・・フランソワーズには、さ」
「?」
「世界一最速の男、が相応しいと思わない?・・・・それなら、ケーキにだって負けない、だろ?」







ジョーは満面の笑みで言う。その瞳は少年のように、夢に輝く。


「羨ましいよ、まったく・・・・」


ーーー君は君が望むもの、全てを手に入れるつもりだろ?








近い未来に、夢は現実になる。











































After ward.

エイデンがクルー内で隠し撮りされ、没収した”フランソワーズと一緒にいるジョー”の、彼のみを加工した画像が会員限定で公開され、一気に会員数が膨れあがり、ジョーの嫌がる”取材の申し込みが増え続けた。

アビーは相変わらず、ジョーの周りをウロウロするが、ジョーの知らない間に、日本へふらりと、フランソワーズを訪ねて来たりする仲になっていた。
スタイルを維持するために、日々努力を重ねる彼女は、大地と犬猿の仲となり・・・。
それはまた別の話し。

スペンサーはフランソワーズを気に入って、何度もレース観戦に招待するが、彼とフランソワーズが会う時はオフシーズンのみ。
フランソワーズがレース観戦に訪れるようになったのは、1年と半年後。
彼らが正式に婚約してからである。

伝説的ハリケーン・ジョーの”奇跡”がすべて、フランソワーズの1番好き。の座をかけた、ケーキとの戦いであったことを、引退後、チームの広告塔(PRメンバー)となったディランは、ジョーが婚約発表した後、受けたインタビューでバラした。
















end.
F1ジョーのイラストはコチラです

























・言い訳・

こちら。・・・里さまの939番キリリク・リクエスト。
”F1レーサー島村っちの観戦にできかたお嬢さんに、
いつもと違う島村っちを目にするジョーのチームメイト達!!”でした。


大変、長くお待たせしてしまいまして・・・(汗)
F1ジョーはいつか!っと思っていた矢先のリクエストに、燃えた私。
けれども、F1?

F1って???


(?-?) エトォー・・・ヾ(°∇°*) オイオイ・・・。




頭の中の妄想と、現実の知識は追いつかず・・・。
考えたキャラたちの性格を掴みきれず・・・。
立てていたプロットは、変更に変更を重ね・・・。
書き出したストーリーは、
異様に長くなる(連載モノの~20話近くまでの量を書いておいて、9と3が出会わなかった・・・(°θ°;) ナニー)のに、
ストーリーは進まない・・・。



削る作業をしていたら、大地くんチのジョーからかけ離れ・・・。
(・_・ヾペペーン マイッタネー


と、ダメダメな私・・・。


F1ジョーのばか~~~~っ!!と、叫んで、はっ!と気がついた。
大地くんの呪い?!

・・・最近”連載モノ”ばっかり書いてるしなあ・・・(≧≦) ゴメンヨー
今回も君の出番を作っていたのに、削ったしねヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ



なんとか、まとめてみたものの。

タイトルが思い浮かばないっΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン



予定では5月16日のお誕生日に出す予定だったんですっ!
M国だしっ!

予定は未定・・・。と、言うことで・・・。


なんとか、セフォラを彷徨いて、香水コーナーで見つけた有名どころから
タイトルを取ってきました(笑)



・・・里さま。
長くお待たせした上に、・・・・こんな風になってしまいまいた。
こんなのじゃな~いっ!とお思いでしたら、ご一報下さい。

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Day by Day・66
(66)








ただ、もう一度飛びたかっただけ。








設定されたバーの高さはあくまでも、高く、高く、より空へと近づくための、切符。
バーを越える瞬間、開放される重力。

ぼくだけの時間。
ぼくだけの空。

ぼくだけの世界。








もう一度、空へ近づきたかったんだ。
自分の、足で。















地下のメンテナンスルームで、じっと津田海は、ピュンマの養父と紹介された、ギルモアの話を聞いていた。

自分のことだとわかっては、いた。
自分の足について、こと細かに、専門知識のない自分にも理解できるように、噛み砕いてゆっくりと、英語で今の状況を説明するギルモアの言葉。そして、その人柄は、嘘をついたり、自分を騙そうとしているような、そういう”悪い”人物には思えなかった。

何よりも、じっと自分のそばに居て、同じようにギルモアの言葉を真剣に、言えば、自分よりも真面目に話を聞いている、ピュンマを疑いたくはなかった。





事故から目覚めたとき、石川斗織は入った。


「君に、新しい足をあげよう。篠原グループが全総力を挙げて、作り出した最高の足を・・・・・」


「津田、いいかい?わたし以外の人間が、こんな技術を持っているとは、考えられない。そのために、多方面のあらゆる人間から狙われても仕方がないんだ」


「具合はどうだ?・・・・素晴らしいだろっ!!」


「・・・・・・・忘れるな、絶対に忘れるんじゃない。このことは、誰にも言ってはならない。もちろん、君の両親にも、だ。津田はただ、事故にあった。いいね?」













「約束できるなら、すべてをわたしに任せて、協力してくれるなら、もう一度君は跳べるんだ」
















手に入れた足は、今までと何一つ変わらなかった。
ただ、2週間に1度の検診と、自分が過去に記録し続けてきたデータと、同じように、新しい足のデータを取り続けること意外。



飲み続ける薬は、苦しかった。
季節の変わり目や、天候によっては気を失うことさえも許されないほどに、激しい痛みを伴った。

それでも、飛べる喜びには代えられない。












「高校入学していらい、公式戦には出てないと聴いておったんじゃが、なんでじゃ?」



今まで話の流れを塞き止める、突飛な質問に海は目を瞬かせた。


「でも、この夏・・・都大会には出るんだよね?」


ギルモアの質問に、ピュンマが新しい質問をかぶせてくる。


「・・・・石川先生が、出てみろって」


海は小さく答えた。
出たくない、わけではない。
けれど、自分の中で出てはいけない。と、言う声が聞こえたから。



フェアじゃない。



「理由を聞いていいかのう?・・・言いたくなければ、いいんじゃが・・・・・・・。やはり、”人の記録”ではなくなるからかのう?」
「・・・・」
「あの足で踏み切れば、オリンピック選手どころか、一躍時の人じゃったろ?・・・・飛んで、見たことはあるのかのう?」


海は、自分の体をすっぽりと覆っているシーツを、胸元あたりで握り締めた。


「・・・1度だけ、飛んで、自分の下に・・・・校舎の屋上が見えて・・・・」
「なんじゃとっ!それりゃやりすぎじゃわいっ!・・・・・あんな作りでは、筋組織がぶち切れるぞっ」
「・・・・・・左で、跳んでみせて欲しいといわれたから。ぼくは普段、右足で踏み切るので・・」


ギルモアは何度も首を横に振りながら、溜息を吐く。


「その後は、痛みがひどかったじゃろう?」
「・・・・」
「神経に相当な負担をかけたはずじゃ」
「・・・・」
「新しい足にするために、何度手術を受けたんじゃ?」
「・・・・」
「どれくらい、薬を飲み続けておる?・・・・辛かったじゃろう?足だけじゃない、はずじゃ。足だけの痛みが、徐々に上へと、全身へと広がっておらんかったか?足が痛み出す前に、頭痛が酷くなかったか?心臓が引きつるような、息苦しさは?切断したはずの足は、ひざ下20cm・・・あたりじゃなかったのかのう?事故当時の資料不足で、これらはあくまでも儂の推測でしかないんじゃがの。じゃが今は、膝頭さえ失ってしもうておるのう。手術のたびに・・・じゃな?・・・神経の接続がうまくいっておらんかった。そうじゃな?」
「・・・・・石川先生は、何も教えてくれないので、・・・・知りません」
「自分の足が、どれくらい事故で切断されていたのか、知らんかったのか?」
「・・・はじめは、直視することなんて、できなかった、から・・・でも、膝はあった気がします」
「いい機会じゃ、すべて、知っておきなさい。・・・・自分の体を。そして、自分が与えられていた足について、知るべきじゃ。・・・・逃げていちゃ、いかん。・・・誰のためでもない、自分のためにじゃ」


ピュンマは、ギルモアの言葉に力強く頷いた。


「海、受け入れることから、始まるんだよ。・・・・本当の自分を、自分の体を、受け入れたとき・・・。僕は君に聞いて欲しいことがあるんだ」





























####

部屋にいる009の元に、002とともに石川斗織を見張っていた007が邸に1度戻ると、報告が入る。
007は篠原さえこに変身し、彼女が個人的に雇っている弁護士から、さえこの代わりに彼女が必要とするものを、受け取りに行くために、である。


<イワン、彼女は今・・・どうしてる?>
<僕タチノ 仕事ガ ヨッポド 気ニ入ッタ ミタイ ダネ。 ズット ふぁいる ト ニラメッコ シテル。ズット りびんぐるーむ ダヨ>
<そうか・・・。博士と、008は?>
<彼ラハ 彼ラナリニ 津田海 ト 話シテイル・・・。 時間ガ カカル>
<・・・急がせるようなことは、したくないんだけど、ね>
<こころノ 問題ハ 任セテ、 必要ナ 情報ハ 僕ガ 取リ出ソウ>
<008には、申し訳ないけれど・・>
<物事には、優先順位ガ アル>
<ついでに、ダイニングルームのテーブルもお願いする、よ>


ジョーは、自室のデスクトップの電源を切った。


<浴室ノ壁ノ穴、 僕ガ 直シタノ 知ッテイルノカナ?>
<どうして、欲しい?>
<2ツ、貸シガデキタネ>
<1つ、だよ・・・。この間のお風呂事件はイワンに協力しただろ?>
<ソレト、コレトハ 別>
<一緒だよ>


ジョーはデスクチェアから立ち上がり、薄く開けられていた部屋の窓を閉めた。


<モウ ソレハ 遠イ 昔ノ 出来事ダヨ 009.ダカラ かうんと サレナインダ。ソレニ、”誕生日ぷれぜんと”ヲ アゲタノニ 酷イヨ>
<プレゼント?>
<じぇろにもカラ モラッタ デショ?>
<・・・・・・・イワンが主犯だったんだ?>
<マッタク 勝手ニ じぇろにも ガ アゲルンダモン。僕の断リモナク。マア、ソレハ ソレデ ちゃらニシテオイテ>
<・・・イワン、可愛くないな>
<目ニ ごみデモ 入ッタノ?僕ハ 可愛イ盛りノ 赤ン坊ダヨ?>
<・・・見かけだけだろ?>
<失礼ダネ、じょー。ふらんわーずニ 言イツケル カラ! じょーガ イジメルって!>


ゆっくりと窓から離れていき、部屋を出るために、ドアノブに触れた。


<俺をいじめるのは、イワンだろ?俺の方がフランソワーズに言いつけるよ?イワンが俺をいじめるって、ね>
<僕ジャナイヨ、じょーヲ イジメテ イル ノハ 篠原当麻 デショ?>
<・・・>
<捕ラレテ イイノ?>
<可愛い、赤ん坊だろ?・・・・赤ん坊は、そういうこと言わないよ>
<・・・・じょー>
<何?>
<早ク、終ワラセヨウ。・・・・・練習ノ 成果ガ オ披露目デキル日 ニハ 歩ケルヨウニ ナッテル カモ シレナイ>


ドアを開けて、廊下へ出る。
脳波通信での会話は終わっていたが、ジョーの目元が優しく緩んでいる。




<すぐだよ、イワン。失敗しないように、しっかり練習しておけよ?>







イワンと入れ替わるように送られてきた、007からの通信に答えながら、1階へと向かい、邸に戻ってきた007と、そのまま広間で短く打ち合わせをした後、リビングルームへと入っていった。

リビングルームのドアが開く。
その音に素早く反応したさえこは、ジョーの姿を目にするなり立ち上がり、手に持っていたファイルをジョーに向けて投げつけた。
グレートは驚いて、反射的に蛙のように跳びはねて一歩退く。


「どういうことよっ!!これっ・・・私にっ私にっ・・・できるわけないでしょっ!」
「・・・お話した通りです。そして、あなた次第だといいましたよ、ね?」
「篠原グループの縮小っ、それに伴って”サイボーグ”に関わったすべてを無に返すっ!学院で”サイボーグ”に関わった生徒たちに対する処分っ。それだけだったはずよっ!」


躯にリバウンドして床に落ちたファイルを、ジョーはゆっくりとした動作で拾いあげた。


「・・・僕たちは、”篠原”の存在を甘くはみていません。今後のことを見据えて動いています。組織的な規模からみて、現在の篠原内部で、どこで、どのように情報が漏れているのか、確認するのは難しい。そのためにも、このまま放っておくわけにはいけません」
「それがっ、どうして父を引退させてっ私が!私が父の跡を継ぐのよっ!!そのつもりはないって言ったでしょうっ!!父がいなくなった後、筆頭株主として名前を置いておくだけでいる方針だったのよっ!会社は、すべて今の上役たちに任せるわっ、欲しければ斗織にあげるわっ!!もう、もう、篠原とは縁を切るつもりだったのよっ!!」
「・・・もったいない、ですよ?」
「何がよっ!当麻にも相続を拒否させるっ、あの子が20歳になったら、篠原から切れるのっ、当麻のためにも、今後っ当麻の人生に一切”篠原”が関わらないようにするのよっ!それなのにっ、なんで?!なんで私がっ、私が?!そこまで面倒を見てもらう必要もなければっ 、あなたたちに指示される権利も理由もないっ!」


肩で激しく息をしながら、さえこはジョーを睨んだ。


「・・潰れますよ?」
「潰すんでしょっ!あなたたちの手でっ」
「あなた、次第です・・・・気づいてますか?あなたは、”篠原の娘”という、名前だけの人間ではない。秀顕氏の方が名前ばかりで、・・・・今、篠原を動かしているのは、あなたなんですよ?・・・あなた意外に、篠原グループのトップにたてる人間はいませんよ。・・・たとえ石川でも、少しだけの間潰れるのが先送りにされるだけで、時間の問題です、よ」
「そんなのっ!わからないじゃないっ」
「わかっているはずです、本当は・・・」
「知らないわっ」
「もう少し、時間が必要のよう、ですね・・・・。さえこさん、逃げないでください。いや、もう逃げられません。夢の世界でも、夜の街でも、ない。あなたは”ここ”に生きているんです。そして、あなたはそれに相応しい才能をお持ちです、誰よりも。”マクスウェルの悪魔”であったあなたなら、できますよ」


ジョーはファイルを手にリビングルームへと入っていき、ガラス作りの珈琲テーブルの上に置いた。ジョーに続いて、グレートもリビングルームに入るが、そのままダイニングルームへと続くドアへと向かう。
さえこは黙ったまま、震える肩を抱き、先ほどまでジョーが立っていた位置を睨んでいる。



「珈琲でもいれてきます」


ちらり。と、さえこの横顔に視線を向けて、グレートの後を追うように、ジョーもダイニングルームへと向かう。その背で、さえこの、すすり泣く声が聞こえた気がしたが、ジョーは振り返らない。


誰にも頼らずに、篠原さえこ自信が答えを出さなければいけないから。







「アルベルトがいなくて、助かったよ・・・・きっと彼は反対するだろうからね」
「それより、ジェットだろうなあ、間怠っこしいやり方してんじゃね!ってイライラしただろうよ。だがな、今回はこれでいいのかもしれんと、思うから・・・。何か言われたら、ジョーの見方になるからなあ、我が輩は」


グレートがミルで珈琲豆を引き終えて、のんびりと答えた。


「相手がB.Gなら、問題ないんだ。力づくで潰して、すべてを更地に戻すだけで、良かった」
「そうもいかんからなあ・・・篠原グループは大きすぎて、日本の経済にも影響が出る。ただでさえ長引く不況に、暮らしづらくなってきてるからなあ。ガソリン代の高騰にゃあ、びっくりだぞぉ。経済大国日本は、もう遠い昔の話だなあ。時間の流れを感じるよ、まったく」
「関係ない人々の暮らしを・・・・奪い取る訳にはいかないんだから、ね」
「篠原が潰れれば、傘下の企業も、共倒れ、か?失業する人間が出る。そして、その裏に泣く家族、か・・・」
「・・・・」


珈琲サーバーの電源を入れた、グレートの手が止まり、冷蔵庫にもたれかかるようにして、自分の背後に立つジョーへと振り返った。


「それで、もし彼女が”no”と言ったら、どうなるんだ?」
「想像通りの方法をとる」
「了解・・・。我々は、今2つの道を前にして、立ち往生ってか?」
「僕たちの道は、常に1つだ」
「潔いねえ、ジョー・・・お前の未来もか?もう決まっちまっているのかい?」


温まった湯が、こぽこぽと音を立て始めた。
ミルで挽かれた珈琲の香りとは、また少し違った香りがキッチン内の空気を染めていく。


「未来?・・・・」
「前途有望なる若者よ!もがき苦しみ、そして悩み抜いた末に見上げた空は、何色か?」
「グレート、ずっと外だっただろ?彼女が落ち着いてから、弁護士とのことを詳しく聞くから、少し休んだらいいよ」


ジョーの言葉に、グレートは大げさに両腕を高くあげて伸びをしてみせた。


「久しぶりの我が家よ、安らぎの香り、包み込む静けさ、愛しの我が家よ、今帰ってきたぞおおっ・・・・っと、それで?大人はどうしたぁ、腹減ってんだけど?」
「買い出し」
「姫は?」
「買い出し」
「例の、息子は?」
「買い出し」


心地良く伸ばした腕が肩から、重力に従い、だらんっ。と床に落ちた。
それは、人間では考えられないほどに、縄のように長い腕となって。


「3人でか?・・・ジョーっ!なんでお前こんなところにいるんだ?!」
「いたら悪い?」
「おいおい、ジョー・・・しっかりしてくれよぉお」


冷蔵庫に持たれていた背を離し、ジョーは食器棚から珈琲マグを3つ取り出して、グレートの隣に立ち、珈琲サーバー近くに並べる。


「俺が持っていくよりも、グレートの方がいいかもしれない、ね」
「・・・004の方からは連絡あったのかい?」


透明なガラスに表示されているメモリが、香ばしい香り放つ黒い液体に消されていく。
空気にじんわりと熱が含まれ始めた。
こぽこぽとなる音も、次第に途切れがちになっていく。


「秀顕は、動いていない。・・・・さえこが裏でいろいろと動いていることには、周りの人間から何かしら聞き知ってはいるみたいだ。けれど、興味がないのか、それに関しては何も手を打ってはいない。新しく石川との、篠原技研・・ああ、これはさえこが立ち上げたプロジェクトだけど、表では石川と秀顕となっていて、彼女の名前は出てないね。そっちに夢中になってるよ、津田海の足が公になれば・・・世界が”篠原”を知ることになるから、ね。彼はこのプロジェクトを最後の”花”にしたいんだろうから、何がなんでも成功させたいようだ。石川と、さえこの関係も知っているし、さえこが動いていても痛くも痒くもないんだろう」
「世間にお披露目する場が、”あやめ祭”って言うのは、おかしかないかい?」
「公に出すのは、まだ数年先だそうだよ、はじめは”裏”から、その技術を自分たちが持っていることを知らしめる。そして、それを高く、部分的に切り売りして、さらに進歩を遂げた技術を得る予定らしい。肝心なことは秘密にしておくみたいだよ」
「なんだあ、そりゃ?!」


大げさに驚いて見せたと同時に、腕がしゅるるっと、もとに戻った。


「小出しに技術を売って、それらを周りに競わせるように開発させる。その技術を取り入れて、さらに進化させた義肢を手に入れる。機械の足や手を生身の躯に取り付ける、肝心なことは秘密にしておくから、永遠に、・・・は、おかしいか。当分はこの分野を篠原が独り占めできる」
「は~・・・・ずるいと、言うか、なんと言うか・・・」
「B.Gは完全にこの技術を自分たちのものにしていて、量産型のサイボーグを作り出し、売ったり、自分たちの手足として使っていただろ?そんなこと、実際の企業ができるわけないからね。目的も違うし」
「ある意味、嬉しいがねえ・・・オレたちの体が、ちゃあんっと世の中の役に立つ、しかも良い方法であるってぇのなら」


ぽりぽりと、はげた頭を掻きながら、ため息まじりに言うグレート。


「・・・・・博士は、協力したいんだろうね」


ジョーの呟きにグレートの瞳が揺れた。
静かになった、珈琲サーバーのポットを手に取ると、ゆっくりとそれをマグに慎重に注いでゆく。


「正直、博士は篠原技研に自分が出向いて行き、そのプロジェクトに参加したいんじゃないのかなって思う。津田の足も・・・。口では”2度とサイボーグは作らない、手を出さない。と、言っているけれど、実際は・・・・どうだろう?」
「反対なのか、ジョーは?」
「同じことを繰り返さない。という、保証はどこにある?」
「博士を信じていないのかぁ?」


3つのマグに注がれた、珈琲から立ち上がる湯気を吸い込み、ふと、こころの隙間に触れられたような気がする。


「・・・・・そういう意味じゃない、けど」
「実験のために、誘拐、拉致。・・・人を買うヤツらがいるから、売るようなヤツらも存在するってか?それよりも、自ら志願するヤツの方が多いような気がするなあ」
「誰が、こんな躯に・・」
「ジョー、今の世の中なら、なりたい。と、言うヤツらも出てくるかもしれんぞ?」


グレートは、ジョーが珈琲を注いだマグをひとつ、手に取った。
キッチンのルームライトが移る、それを覗き込むようにして胸いっぱいに香りを吸い込み、深く息を吐き、ずずずっ、と啜るようにして珈琲を飲む、グレート。


「生きづらいこの世の中で人間でいることが、何の価値がある?なら、サイボーグになってみよう、そうすれば、人生もっと面白いかもしれない、何かが変わるかもしれないって、な?・・・・ハリウッド映画の世界だなあ、いや、アメリカン・コミックスか?・・・なんにせよ、時代はかわりつつあるってことだ。どちらが表で、どちらが裏か。結局は1枚の同じ紙の上の話しだからな。日のもとにさらしてみれば、透けてみえちまうってな」
「・・・・結局、俺たちがやっていることは、日に透けてしまうような、意味のないこと?」
「日に透けてすべてが、消えてなくなれば、なあああああんって、無理な話だなあ、ま。我が輩の戯れ言だから、気にすんな。・・・・しかしだ、これはジョーが持っていくべきだと、思うだけだ」


グレートは視線で、ジョーの目の前に置かれている2つのマグをさした。


「いつもの”キレ”が鈍っているように思うが、それは平和惚けのせいか、それとも・・・何か判断に迷うことがあるのかい?我が輩のよく知る009だったら、あんな状態の篠原さえこを放っておくなんてこたあ、しないねぇ。彼女のそばにいて、必死で説得しているのが、今までの009なんだがなあ?・・・・それとも、何かい?今は”島村ジョー”なのかあ?」


グレートの言葉に、息が止まる。
そんなジョーの様子をじっくりと、見つめているグレート。


「ジョーの頭には”009”用の脳みそがもう1個あるんだって言うのが、ジェット説だったが・・・どうだろうなぁ?今のお前はどっちかな?009か、島村ジョーか?それとも、両方か?・・・・みんな薄々感じてはいて、口に出しては言わないが、ジョー、お前こそ逃げているんじゃないのか?」
「逃げて、る?」
「そうだ・・・・。今まで通りに、事が運べないことも、理解している。戦う場が、環境が変われば、それなりに手順も方法も変わるってえのが、普通だしよ、しかしだ。思ったよりも時間がかかっている上に・・・・。なんだなあ、消極的に思えてな、受け身と言うか・・・。もしかして、今回のミッションが起こったことで、なんていうかなあ、ショックを受けている、っていうかなあ、動揺しているのは、誰でもないお前自身なんじゃないか?」
「・・・・俺、が?」


グレートはジョーから視線を外し、手の中のマグの中に移る、もう1人の自分と視線を合わせた。


「宙まで行って、命がけで戦ってきた、ジョー、お前が1番、今回のことを望んでいなかったはずだからして、な?」
「・・・今回のような、大きなものではなかったにしろ、終わってからも、色々とあっただろ?」
「あったが、それは009がちゃあんと、こなしてきたからなあ」
「グレート?・・・・・・何が、言いたいんだ?」
「学院で動いたときは、ジョーはちゃんと009でいた。ミッション中、009は、009だ。ジョーにはならなかった。違うか?」
「009も俺も、同じ人間、だ・・・そうだろ?」


グレートの手が揺れて、自分が歪む。


「切り替えができていた、ってことだ、我が輩が言いたい事は」
「・・・」
「戦うことを嫌がっている。とは、思えない。けれど、何か違うんだな、それが何か?と言われて、口でうまく言えない、のが、役者はセリフがあっての者だって、思う。うん。・・・今回はどうも違う気がする。ジョーはジョーで居続けようとしている。切り替えとかじゃなく、ジョーはジョーとして、009でいようとしている・・・そのせいで、今までと違うんだと、我が輩は思えてなあ・・・・・。うまく言えんが、009でいる自分とジョーでいる自分の境界線がなくなってきた、と言うか、・・・・」


語尾に力がなくなり、消えかかるグレートの言葉と、自分のこころの声が重なった。





ーーー003じゃない。フランソワーズはフランソワーズだ。










フランソワーズに向かって言った言葉が、自分にむけられた。
ジョー自身にむけられた。


「・・・・珈琲、頼む」


キッチンから出て行くジョーに向かって、グレートは何も言わない。
ダイニングルームを抜けて、リビングルームを通るときに見たさえこは、ソファに座り、小さくなって、膝の上に顔を伏せたまま、動かなかった。


その姿を目にしても、ジョーは足を止める事なく、リビングルームを出て行く。




ーーー009だったら?













今までの僕だったら?








唇を噛み締めて、早足にリビングルームを出て行く。

















ジョーが去ったキッチンで、グレートは静かに珈琲を口に含んだ。


「やっと、生身のジョーを感じられて、嬉しいんだがなあ・・・・.ついでに、姫以外の女性にむやみやたらに優しくしないところも、気に入っているんだが・・・・。ジョーがジョーであるときに、009の、強さがなぜ消えてしまうのか、わからん。役者がその役になりきると、たまに、奇跡が起きる。一度もダンスを踊った事がない者が軽やかにステップを踏み、生まれて一度もピアノの鍵盤を触ったことがない者が、すらすらと、ピアノを弾いてみせる。・・・あくまでもそれは、”みかけ”だけだけれど・・・・、ジョーは違うんだなあ。本物なんだよ、ジョーは。009でいるときも、ジョーはジョー。・・・・裏も表もない。ただ、009と言う名前を借りて、奥底に眠っていた部分がでてきた過ぎないんだがな・・・・」
「あんさん、何ブツブツ1人で言ってるネ、気持ち悪いアルヨ?」


両手に荷物を下げた、張大人がキッチンの戸口に立っていた。


「帰ってきたなら手伝うヨロシ!荷物はまだあるネ」
「ええっと・・・・、我が輩は、っっと、これを邸のお客様であられる、さえこ嬢に持っていかなければならないのであって、・・・ではではっ!」


グレートは素早く、自分の分とは別のマグをつかみ、キッチンから逃げるように、リビングルームへと向かった。


















####


「あ、島村」


張大人が運転した車を、邸の玄関に一番近い位置にまで寄せて、トランクから買い出しの荷物を取り出していた当麻は、玄関から出てきたジョーに気づき、ジョーは、そのまま玄関を出て、正門を抜け、車が止められているそばに歩み寄った。


「・・・・出かけるのか?」
「少し、ね」


今にも自分がトランクに積まれてしまいそうな体制で、荷物を取り出していたフランソワーズは、当麻の声に、顔をあげる。


ジョーはまっすぐに、フランソワーズを見つめた。。






”ジョー。私が003でなくなったら、サイボーグである私の存在理由がなくなってしまうのよ・・・ひどいわ、そんなの。もう・・・私は人にも戻れない。完全な機械でもない・・・。003でなくなったら・・・。私はいったい誰なの?”







篠原の家へ、ホームステイをする、少し前にフランソワーズが言った言葉。








”ジョーはジョーで、居続けようとして、いる。切り替えとかじゃなく、ジョーはジョーとして、009なんだ”







グレートの言葉。















今まで、どうやって生きてきたんだ?
サイボーグ009、は俺・・・・だろ?

俺が俺として、009でいるのは、当然だ、ろ?







違うのか?




003じゃない。フランソワーズは、フランソワーズ。














違うのか?



















「ジョー?」


立ち尽くして、穴があくほどに自分を見つめてくるジョーの様子に、フランソワーズは不安気に、彼の名前を呼んだ。
名前を呼ばれ、ジョーの瞳が揺れた。が、視線はそのままフランソワーズに注がれている。
当麻は、いつもと雰囲気の違う、ギルモア邸でのジョーとは、また違う彼に、どう声をかけていいのかわからずに、事の成り行きを見守る事にした。


「どうしたの?・・・・何か、あったの?」


優しく穏やかに、語りかけるフランソワーズの声に、ジョーの口からこぼれた音は、形になる。


「・・・・フランソワーズは、フランソワーズ・・・だろ?」


当麻の頭に?マークが浮かぶ。何を言い出すのかと、眉根を寄せた。


「どの私?」


フランソワーズは驚く様子もなく、答える。


「どの・・?」
「ここにいる、私?昨日の私?それとも、去年?一昨年?・・・003の私?戦っているときの私?お料理をしているとき?掃除をしているとき?買い物の荷物が重たいって思っているときの、私?」
「・・・・」
「ずっと前に、ジョーが言ってくれたわよね?・・・・・私は003じゃなく、フランソワーズだって・・・私は、私だって。色々と考えたの。すごくいっぱい、考えたの・・・」


フランソワーズは車のトランクから、買い物袋を順におろしていく、その動きを見て、当麻が黙って手伝い始めた。


「考え、た?」
「そう。ジョーが言う、私って誰だろう?って、改造された、003でいる自分は、誰だろうって?でも、わからなかったわ。改造される前と、後で、私は違う人間になってしまったの?眠らされている間に、時代を超えてしまった私は、もう前の私と違うの?・・・・003じゃないって、ジョーは言ったわ、覚えているかしら?」


当麻に、手にした荷物を渡しながら、ジョーに訪ねると、彼は静かに頷いた。


「ひどいことを言うわ!って、悲しかったの。だって、そうでしょう?・・・・・003でいることを否定されたら、私は誰なの?人間でもない、完全な機械でもない、中途半端な私の存在はいったい、なんなの?誰なの?って・・・。結局、私は私でしかないけれど、今日の私と、昨日の私は同じであって、違う人間だったの」


当麻の手が止まった。


「毎日が、同じ人で居続けることなんて、できないわ。毎日同じ空でも、曇りの日もあれば、雨も降る。同じ”青い空”であっても、昨日の”青い空”ではないのと同じで、風も、そう。同じ”風”でも、吹く時間や方向が違えば、季節が違えば、違うの。吹き荒れるときもあれば、涼やかに穏やかなときもある。でも、それは”風”なのよ。”風は風”であり続けるわ。季節は巡るけれど、必ず”同じ季節”であることはない。去年の春と、今年の春は、同じ”春”と言う名前でも違うわ・・・・。私もそうなのかもしれない、って・・・・。同じフランソワーズでも、今日と昨日の私は違うの。ジョーから見る私もいるけれど、当麻さんから見る、私もいるわ。それは違う、私なのかもしれないし、同じ私かもしれない。すれ違う街の人が見る私と・・・」



フランソワーズは躯をひねり、視線を海側へと向けた。
緩やかな風に乗り、飛ぶ鳥たちの声が波音にまぎれて聞こえてくる。


「あの、鳥たちが見下ろす私は、同じかもしれないし、違うかもしれない、でも、私はフランソワーズでいるの」
「・・・・」
「003でいる私も、私。フランソワーズでいる私の呼び名が、そのときに相応しい形に変わっただけで、でも、ここに私はいるわ・・・・、多分。よく、わからないのだけど、結局私が、私でいるかは、私でしか、わからないのかもしれない・・・、ごめんなさい。何を言っているのか、よくわからないわね、まとまりもないし」


フランソワーズは恥ずかしげに俯いて、再びトランクの中を覗き込んだ。が、ふと、再び顔を上げてジョーを見た。


「・・・・ジョー、私は誰?」
「キミは、・・・・・・・・・・・フランソワーズだ、よ」


ゆったりと、大きな、こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳は長いレースのように縁取られたまつげを揺らし、幾度か嬉しげに瞬きながら、愛らしい口元が微笑み形作る。


「ジョーが、そういうなら、私はフランソワーズなのよ・・・・、ジョーが003と呼ぶなら、私は003なの。いっぱい、たくさん、考えたけれど、答えは出なかったから・・・」



ーーーあなたが、009でいる、ときは、私は003でいるの。






















「俺は、誰?」







キミに、呼ばれたい。







「今はミッション中?」
「・・・・だね」








「サイボーグ、009」












そう、”俺”は、サイボーグ009


キミを、戦いの世界にしか連れて行けないのなら、その戦いを、早く終わらせる。
キミを、戦いの世界にしか連れて行けないのなら、その戦いを、未然に防ぎたい。








逃げていたのは、俺だ。
逃げいていたんじゃない、ちゃんと見ていなかったのは俺だ。


















キミを理由に、逃げていたのかもしれない・・・・・、戦うことから。















ーーー・・・・・・なんのために、俺は戦ってきたんだろう?
    ・・・B.Gは、消えたはずで。この手で、この手で・・・ 確かに・・・・・なのに、また・・・





何も変わっていない?
変わっていないように、思いたかっただけだ。

宙から、還ってきてから・・・・。
そのままであって欲しいと、キミに重ねて思い続けていた。








キミが、俺の”戦いのない、平和の証”だから。




















悪の種はすでに蒔かれている、いつ、いかなるときでも芽を出す可能性を秘めている。
B.Gは滅んでも、消えない。






戦いは続く。


それが、どんな形の戦いであるかは、わからない。














今までと同じじゃない、同じである必要がない。

グレートが言うなら、そうなのだろう。
彼の目に映る、自分は今までの自分と違う。



仲間たちの目に映る、今までの自分と違和感があるのなら、それはそうなのだろう。












自分は、自分で、自分でしかない。
俺は、あくまでも俺で・・・・・・・・。





















そして、フランソワーズが呼んでくれる、俺は・・・・・・





















ジョーが微笑んだ。


「・・・・やっぱり、フランソワーズは、00メンバーの中で1番強い、よ」
「女性に、”強い”って言う言葉は、あまり響き的によくない気がするわ、それも仲間の中で1番だなんて・・・」


再び、フランソワーズは手を動かし始めた。


「・・・・003、少し出る。色々と整理したいことがあるから、回線を切る。連絡は携帯電話で、002、004から連絡があったら、邸に戻るように伝えて」
「時間は?」
「戻り次第、おって僕から連絡する」
「わかったわ」


一歩足を踏み出して、フランソワーズと当麻から離れ、背をむけたとき。


「ジョー、お昼はどうするの?」


呼び止められた。


「さあ・・・どうしよう」
「食べてくれるのかしら?」
「・・・・誰が作るの?」


振り返って答えた。


「お昼は私が作るわ」
「・・・・適当に、残しておいて」
「なくなるかもしれなくてよ?」
「・・・なら、命令しておくよ、リーダーの俺の分を残しておくように」
「了解」













走るようにして海岸へ下る道へと去っていく、ジョーの姿を見送った、フランソワーズと当麻。


「あ、・・・ジョーに車を車庫へ入れてもらえばよかったわね?大人は同じところをいつもぶつけてしまうのですもの」


柔らかく、微笑んだフランソワーズの笑顔が、あまりにも眩しくて、眩しすぎて、傷みとなって当麻の胸に沈み込んだ。


「マ・・・・、フランは、フランソワーズは、島村が好きなの?」














フランソワーズの携帯が、00メンバー全員の携帯が震えた。


『石川が動いた。篠原秀顕に連絡を取った。2』

















====67へ続く





・ちょっと呟く・


47.48のお話の・・・・答えでした。
60最後でも、3と同じ台詞が交わされます、今回は”俺”!

こころを引き締めさせたかったんですっ!
なんか最近、9はゆるゆるだったので。



パソが壊れて、続けて書けなくなったので、
プロットを立てたそのときの高揚感が切れてしまって、難しいです。













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