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名前を呼ぶだけで/京都・嵐山2泊3日の旅・3
湯田は携帯電話から、嵯峨野トロッコ列車(嵐山駅)の発車時刻などを調べた。

トロッコ嵐山駅から亀岡駅へ。
連絡バスに乗り換えて保津峡川下りの舟場に辿り着くまでの時間、そして、船が出るスケージュールをさっと計算すると、10時05分発のトロッコ列車に乗るのが一番スムーズにいくと湯田は言った。

そのために、ゆっくりと朝食をとっている時間はなく、朝食はトロッコ列車の中で。と、言うことになり、嵐山駅に向かう途中に通る商店街の一角にあったベーカリーに駆け込んだ6人。

メンバーは、ジョー、フランソワーズ、湯田、美奈子、りか子、そして、千里。

朝食のパンと、飲み物を手に取り込んだ列車は5両編成。

最近新しくなった機関車次位のSK300形は、「ザ・リッチ」と称した、側板や床まで素通して作られた5号車のみの「特別車」。
指定券は前売りされず当日販売のみ。その上、雨天時には運行されず、気温の低い日も同じであったが、運が良いのか観光運に恵まれてたのか、もしくは、6人の中に”晴れ男,女”がいたのか。

天候に恵まれ、厚手のコートだと汗ばむような気温の今日。
観光シーズンでもなく、朝も早いことも幸いし、特別車の指定席を買うことができた。


「前に乗ったときは、なかったなあ、特別車なんて・・」
「前っていつですか?湯田先輩」
「・・・ええっと、大学入ってすぐかな?」
「何”十”年前ですか、それ?」
「原、朝からいい感じで爽やかだね」
「ありがとうございます」


「フラン、寒くない?」
「大丈夫よ、今日はコートもいらないくわいだわ!」
「特別車は、むき出しの状態みたいだから・・・寒いよ、きっと」
「素敵ね!」
「えっと、ああ・・特別車?」
「ジョー、落ちたら駄目よ?」
「落ちるって・・列車から落ちるの?」
「ええ、そうよ。興奮して、落っこちないでね?」
「そっくりそのままのセリフをキミに返してあげるよ・・・」
「あら、アタシはそんな子どもじゃなくてよ?」
「・・・・・・ボクはフランより大人なつもりだけど」
「子どもだわ!だって、パンを半分こしたくなくて、独り占めしたいなんて!」
「いや、・・・普通だし。自分の分だし。半分にして食べないといけないのが、変だし」
「子どもね!」
「・・・・・・・・・・・・・いいよ、もう。子どもで・・・」


「美奈子、どうしたの?」
「ちょっと怖いんだけど・・・この、特別車って・・だって、壁が・・」
「だから、通路側!でしょ?」


高所恐怖症。と、言うほどではないけれど、できれば高い場所は避けたいのが、美奈子の本音。


指定席は、チケットを購入していった順番に勝手に決まっていった。
チケット窓口で、湯田がさきにフランソワーズ、ジョーに訊ねた。

指定席の図面を指差す。
ほとんど真っ白の図面だっために、好きな場所が選べた。

ジョーはフランソワーズの指差した場所とその、正面を購入。

車内は左右2席ずつが向かいあって4席で1ブロックになっていた。
湯田はレディ・ファーストとばかりに、美奈子に図面を見せる。

フランソワーズが、見ていた。
美奈子は迷う。



美奈子の本音は、ジョーの隣の席を取りたかった。
いつもなら、さらり。と、その席を取っていただろうけれど、なぜか、こころが、体が固まった。


「4席で1つになってるんじゃ、2人あぶれちゃうのね?」


りか子の声に美奈子は、困ったように微笑む。
ジョーとフランソワーズを2人にして、4人で通路を挟んだ反対側に座った方がいい。

そんな、逃げ腰な声が美奈子の頭に響く。


「稲葉、仕方ないよ、こればっかりは」
「湯田先輩。美奈子、高いとこ駄目だから彼女は通路側で御願いします」


りか子が、ジョーの隣を指差した。
そのままの流れで、湯田がフランソワーズの隣を。
そして、りか子、千里の2人は、その後ろの2席のチケットを買った。









####

向かい合わせに座る、ジョーとフランソワーズ。
ジョーの隣に、美奈子。の、正面、フランソワーズの隣に湯田。

壁のない、安全バーに囲われただけの、列車内。
今日の気温が暖かいと言えど、冷えた空気はトロッコ列車の作り出す風に晒されてしまって、寒い。


「結構、寒いなあ・・・」
「フラン、大丈夫?」


動き出した列車の景観に魅入っていたフランソワーズは、ジョーの言葉は耳に入っていないらしい。けれども、しっかりとジョーの手からパンを受け取って口に運ぶ。

昨日の夕食をあまり食べていなかったフランソワーズだから、お腹が空いていたのかも?と、あっと言う間に食べ終わってしまったハムサンドロールの後、彼女の手にチョコレート・クロワッサン・デニッシュをペーパー・ナプキンに包んで渡した。

コロッケサンドを頬張りながら湯田が、正面に座る美奈子へと視線を移動させる。と、美奈子は、通路側挟んだ、空席の方の、2人を見ないように、逆の方向へ首をめぐらせていた。


「水沢さん、寒くない?」
「あ・・・・ええ。大丈夫です」


美奈子の膝におかれたまま、口に運ばれる様子のないアジアゴ・チーズベーグル。


「水沢さん、それだけ?」


ジョーがベーカリーで買ったカフェオレのカップにストローをさす。


「ええ、朝はいつもこんな感じよ」


ジョーが話しかけたことによって、美奈子とジョーの会話が始まる。
湯田はフランソワーズ越しに、景観を見ながら四角いパックのリンゴジュースにストローをさして飲んだ。

安全バーに寄りかかるようにして、流れゆく秋の終わり、季節の移り変わりを伝える景色に魅入るフランソワーズの手には、すでにチョコレート・クロワッサン・デニッシュは消えていた。


美奈子と会話をしながらジョーの手が、フランソワーズにむけてストローをさしたカフェオレのカップを差し出す。と、フランソワーズはそれを知っていたかのように、ジョーの方へ見る事もなく受け取る。

その後に、ジョーは自分の分の缶コーヒーのプルトップをあけた。


トロッコ保津峡駅でたぬきの焼き物(置物)が並んで迎えられて、えらくそれが気に入った様子のフランソワーズは、聞き慣れない名前の、多分、かれらの家族の誰かに似ているとはしゃぎ、どこで売っているの?と、真剣にジョーに訊く。
そんなのは邸に合わない!とジョーは答えたけれども、小さいのだったら大丈夫よ!と言い、リビングルームと、ダイニングルームと、・・・と、どうやら彼らの邸の部屋すべてに置く様子で指を折り始めた。


「邸の定番はイルカ!たぬきじゃないよ」
「イルカ???」
「あら、そろそろ”ドルフィン”以外のでもいいんじゃなくて?」
「家に定番キャラクターが存在するのか???」
「まあ・・そんなところです。なんか、”イルカ”に縁があるっていうか、なんというか・・・・・でもフランソワーズ、モンブランがあるから、十分だよ」
「モンブランとイルカあ?・・・島村の家って・・・」
「モンブランなんか置いたら、みんな間違って食べちゃうわ!!」
「お菓子の方をなら、間違うよ・・・」
「アタシ、いまいち解らないの、あれはモグラじゃないの?なのにモンブラン?」
「実は、ボクも・・思ってたけど、まあ、いいんじゃない?」
「いや、訊いているこっちの方が混乱するんだけどさあ・・・・一体、どんな家に住んでるんだ?」


ジョーとフランソワ-ズの会話にさりげなく参加して、楽しむ湯田。しかし、美奈子は耳を傾けているだけで会話に参加することはなかった。

膝の上の朝食、アジアゴ・チーズベーグルを無理矢理、お腹に押し込む事で、やるせない気持ちを誤摩化す。






昨日までは自分が思っていた以上に平気だった。
ジョーと一緒にいる、フランソワーズ。
フランソワーズと一緒にいる、ジョー。




あの、一言を訊くまで。

”島村の片想いだってさ、・・・・・・・けっこう前かららしいよ”






今朝も平気だった。
けれど、2人の会話を耳にして、2人の姿を目にして、2人が、当たり前のように、2人でいることが、時間が経つにつれて、美奈子のこころを鉛色に塗り替えていく。

その色に見合っただけの重さもくわえて。


態度に、顔に、言葉に、それらが出ないようにするだけで、必死な美奈子。



湯田はその様子を黙ってみていた。












####

景観を楽しみながら朝食が6人の胃に納まったころ、20分間のトロッコ列車の旅が終る。

トロッコ列車の最終駅、亀岡に到着。
列車が駅に入った後、ほおおっと、フランソワーズは溜め息をつき、席から立上がったりか子は、偶然にその姿を目にした。


「どうだった?アルヌールさん」
「すごく・・・すごく、綺麗!こんな列車があるなんて・・・何度でも乗りたいわ!!」
「気に入ったんですか?アルヌールさん」
「ええ、とっても!!」


春のような淡い光を放つ笑顔につられて、りか子、千里が微笑む。


「日が落ちた後は、ライトアップされるらしいよ」


パンフレットを広げながら、トロッコ列車を降りて行く湯田の言葉に、瞳を輝かせてジョーを見る、フランソワーズ。


「時間があったらいいけど、・・・今からは川下り」


先に列車を降りると、振り返ってフランソワーズが列車を降りるの助けるように、ジョーは手をフランソワーズへと手を差し出した。

それは、いつものこと。
身に付いてしまっている当たり前の習慣。

見慣れてしまっている、邸の誰も何も言わないために、それらの行動が他人からどう見えているかなど、ジョーの頭にはない。

フランソワーズの後ろにいた美奈子。
せっかくジョーのとなりに座れて、いつもなら・・・。と、消極的になっている自分に小さな溜め息をトロッコ列車内に残した。


「フラン・・」


名前を呼ばれて、ジョーが伸ばした手を取り、ふわり。と宙に浮くようにして列車を降りたフランソワーズからブーケットの香り。
ジョーが嬉しそうな、憧れの眼差しでフランソワーズを見つめる表情(かお)を彼の近くに立ってみていた湯田は苦笑する。

そして、そのジョーの手がフランソワーズから離れて、自然に美奈子に伸ばされた。


「水沢さん、足下気をつけて・・・」


自分に伸ばされた、ジョーの手に驚く美奈子。
そんな様子の美奈子にかまうことなく、ジョーは美奈子の手を取り、彼女が段差のある列車から降りるのを、フランソワーズを助けたのと同じように助けた。


「・・大丈夫?これから川下だけど・・・・」


美奈子は自分の体が重力を感じることなく、浮かんだ感覚に驚くの眼差しのままジョーをみつめた。
昨夜の、浴衣姿の少し開いた襟裳からのぞいた逞しい胸を思い出す。


「大丈夫!景色は素敵だったけれど・・列車の壁がなくってちょっと怖かっただけだから」


火照っていく頬に慌てながらも微笑んで、ジョーの言葉に応えた。
たった、それだけのことで、美奈子の胸を占拠していた鉛色がはがれ落ち、軽くなる。


先に降りていた、りか子、千里は、フランソワーズに話しかけながら、美奈子とジョーをその場に残すかのように駅を出て行った。
歩きながら、ちらり。と、振り返り、数回瞬きを繰り返すことで、フランソワーズは何度も経験ししている痛みを和らげる。

  

「どうかしたの?」
「いいえ・・・・これから、バスですか?」
「ええっとですねえ、パンフレットには・・・・」
「舟乗り場まではここから連絡バスに乗って行くんだよ、アルヌールさん」


りか子、千里、フランソワーズの3人のすぐ後ろを歩いていた湯田が答え、1mほど離れた後ろに、ジョーと美奈子が談笑しながら、歩いている姿がりか子は嬉しそうに頬をあげた。








####

亀岡駅からバスに揺られて保津川下りの舟場へ。
定員17名の船にジョーたち6人と、2家族と船に乗ることになった。
その中に、お年ごろ?らしい3人の兄弟がいた。ちらちらと向けられる視線はジョー、湯田といる女性陣へと向けられる。

その視線がいつの間にか、フランソワーズに固定されてしまっていたことに気づいたジョーは、さりげなく、彼らの視線を遮る立ち位置に立った。


「ジョー?」
「なに?」
「なんだか、変よ?」
「別に」


美奈子と一緒にいたジョーが突然、自分との距離を縮めて近づいてきた。
そのジョーから感じる、ぴりっとした空気に、思わずフランソワーズは今まで使わなかった脳波通信を使う。


<気になることでもあって?何か、・・問題でも?>


脳波通信に驚いて、ジョーは隣にいるフランソワーズをみつめ返した。
そこにいる、フランソワーズのあまりにも美しい真剣な表情に、息を飲む。

何度も見慣れているはずの003なのに。普段の彼女とは同一人物とは思えない。003の、フランソワーズ。


「あ・・そのっ」
「・・?」


勘違いさせてしまった。


「違う、違うよ・・・別に、本当に、なんでもない!・・・・ただちょっと、ほら、川の流れが、思ったより早そうだし、さ」


その理由も、他の男がじろじろとフランソワーズを観ているから、彼女には“ボク”と言う男がいるんだ、と威圧する気持ちで立っていたその空気を、009のものと受け取らせてしまった。


「・・・・・本当に?」
「本当だよ、何もない」


フランソワーズにむかって、彼女を安心させるように微笑んだ。けれど、彼女の表情は固くなったまま。


「・・・・・・・」
「なんでもないって!」
「・・・隠してなくて?」
「隠してないって・・ごめん、本当に、本当だから!」
「なら、いいのだけど・・」


ふいっと、視線をジョーから外し、フランソワーズはりか子、千里の2人の方へと進み、会話へと参加した。
りか子、千里は、楽しげにフランソワーズと話す。

まだまだ”友達”とは言い難い空気と会話であるけれど、フランソワーズから積極的に彼女たちに関わろうとしている姿が見えて、淋しいような気もしないではないジョーであるが、ギルモアが心配することの一つ、フランソワーズに同年代の同性の友人がいないこと。が、解決されそうで、ジョーは彼女の世界が”邸”と”ドルフィン”だけでなくなるきっかけになりつつあることを、素直に喜んだ。


先に船に乗り込んだ2家族の後に、受付をした湯田の名前が呼ばれる。
湯田がその声に返事をし、初めに船に乗り込んだ。
続く、りか子、千里、そして、フランソワーズ。の後に、美奈子、最後にジョーが乗り込んだ。
4人が一列に並んで座り、ちょうど美奈子の前で席がなくなり、美奈子、ジョーの2人は4人の背後の席に着くことになった。


りか子は、ちらり。と、美奈子へと振り向いて意味ありげなウィンクを飛ばす。
続いて、千里もにんまりと、笑った。


もう!っと視線だけで抗議するが、その頬は恥ずかしさと嬉しさに高くなっている。
フランソワーズは一度もジョーの方へは振り返らないまま、船頭のかけ声とともに船が川を下り始めた。







####

丹波の国「亀岡」から、京の名勝、平安時代に貴族たちに愛された別荘地でもある「嵐山」までの16kmの川の旅。
トロッコ列車の山間をかけて見下ろす景観も素晴らしいが、時代変われど、保津川の流れは千年経った今でも、平安貴族たちが愛でた景観を彩っている。

明治から始まった保津川下りは、夏目漱石の『廬美人草』をはじめ多くの文学作品に登場し、愛されてきた。


一つの船に3人の船頭が乗り込む。
前方(船首)に、棹さしといって棹で水底を押して 船を進める人。の後ろに、艪(ろ)を漕ぐ人。後方(船尾)に船のハンドルを取る、舵取りが1人、計3人で船を進めて行く。と、説明したのは、艪(ろ)を漕ぐ人、だった。

「船頭と言っても、上は大ベテランの78歳、下は高校卒業したばっかりの18歳までいますよ。今日は、そんな中でもジョニーズ事務所的に言えば、少年○の位置にいる3人ですっ」

と、言い・・・船頭のたちの自己紹介を終えて、保津大橋背後に、船は旅に出た。
出発して間もなく、京都の最高峰と言う愛宕山(あたごやま)を目にする。


同乗した2家族は、船頭の話術によって少しずつ口が柔らかくなる。
どうやら、フランソワーズに見とれていた3兄弟の従兄弟の女性がここ、嵐山で式を挙げるらしい。
ついでに観光も楽しもうと、と、花嫁の母親が船頭に嬉しそうに説明した。

湯田は人の懐と言うか、するりと違和感無く和に入っていくのがとても上手い。
いつの間にか、自分たちが東京の大学院から来た学生であることを説明し、仏式の結婚式に関する、彼らしい(職業病?)豆知識も披露しつつ、船頭と2家族と、和気あいあいと川下りの旅を楽しみ始めていた。


フランソワーズがその容姿からは想像できないほどに、流暢な日本語を話すのを訊いた3兄弟の長男が何気にちらり、ちらりと、振り返っては女性陣の話しの和に加わっていた。

下り始めたばかりの船は、川の流れも穏やかに、みなそれぞれにその揺れを楽しんでいた。


「小春日和ね」


きらきらと川面の波が陽を弾き、眩しげに美奈子が目を細めた。
トロッコ列車は高所が苦手と言う事もあって、景観を楽しむ余裕がなかった美奈子は今やっと 晩秋の保津川渓谷と嵐山の紅葉を楽しむことができた。

「思ったよりも・・・多く紅葉が残っていて綺麗だね」


ジョーの呟きに、船頭が答えた。


「今年はこの分だと12月初旬まで紅葉が楽しめると思いますよ!今年は色づくのが例年より遅かったですからね」


その言葉に、ジョーは微笑む。
偶然に、ジョーと言葉を交わした後の船頭と、フランソワーズの視線が会った。


「どちらのお国からいらっしゃっらはったんですか?」
「フランスです」
「いやあ、日本語上手ずやねえ、外国からいらしはったお客さんも多く乗船してくれはるんやけれど、いやあ、びっくりやねえ。それに偉いはんなりさんで、見慣れてしもうた景観より、お嬢さんたち見とった方が、楽しいですわあ!」


しきりに関心して、女性陣を褒める船頭にりか子、千里、フランソワーズはクスクスと笑い合い、日本は長いんです。と、フランソワーズは付け加えた。

楽しい会話の中に、要所の説明が入る。
乗船所を出発して約15分、亀岡盆地をのんびり下り、山々が囲む保津峡の入り口が見えてくる。


「あちらに見えるんが、保津川の氏神であり守り神でもある請田神社です、この神社はとても保津峡とゆかりが深く重要な関わりが多いんですよ」


乗船する全員がそちらへと首を巡らして行くさまを、一番後方に座るジョーは眺めていた。


「流れが・・」


小鮎の滝にさしかかり、船頭が、第一の急流場所と説明する。
不動尊像を目にして、滝を超えるときに、おお!うわ!!きゃあ!っと声があがった。

跳ねた水しぶきの冷たさに、縁に座る湯田の肩が跳ねた。


川の流れの早さに、船頭たちの腕がためされる。川の流れとその激しさをあざけり笑うかのように、突然、なんでこんなところに?と、自然の不可解さを唱えてしまう岩が現れる。

それらを何も問題ないとばかりに、自然界から挑戦された障害をさらりと交わしながら、船を進めて行く。






耳慣れてしまった、海の波音とは違う、音。


押しては返す刹那に、静寂の間を感じる波音とは違い、永遠にその流れを止めることがない川は、音も途切れることなく変化をつけて謡いつづけていく。
岩を叩きつける、激しさを見せたと思えば、獅子ヶ口を抜けた、激流の後の清流にささやくような、せせらぎの音。

目で自然の美しさを知り、音で厳しさと同時に穏やかさを体感する。
船頭の口から流れるように語られる話しの中に、歴史や読まれた歌などがまじる。


「千年前も今も、繰り返し、繰り返し、人は変わっても、時代は変わっても、もっと長い、長い目で観れば、ちいっともかわってないんやないかなあ、って、大きさの尺度に限界なんてあらへんのですねえ」


川下りの名所としてあげられる、女渕、竿の跡、綱の跡、と、船は流れて旅を進める。
ひょうぶ岩、蓮花岩と、自然の形に人が”そう見得る”と、名付けた岩を眺めて、川の揺れにもなれたころ、りか子は腕時計に視線を落とした。

川下りの楽しさに、美奈子の様子を窺うことを忘れがちになっていた。
何気に振り返ると、川の優しい流れに乗って、研究室で交わされるのとは、雰囲気が違うジョーと美奈子の談笑が耳に届く。

美奈子とジョーは2人きりで、船の後方に座る。
その後ろに少し距離をあけて、舵取りの船頭。

さっと、鞄からデジタル・カメラを取り出して、体を捻る。と、2人が気づかないうちに、かしゃ、かしゃ!と数枚の画像を捕らえた。


「りか!一言くらい言ってよ、絶対に今の変な顔だったっ!!」
「大丈夫だって!美奈子はどんな顔でも美人!」
「もうっ」
「じゃ、取り直してあげるから!」


今度は、しっかりと体を2人の方へと捻ってカメラを構えてみせた。
舵を取る船頭が、にっと笑う。

りか子は、きちんと船頭もいれて、ジョーと美奈子の京の旅のツーショットを納めた。
りか子がカメラを取り出したことから、思い出したかのように千里も持っていたカメラを取り出す。なんで今まで忘れてたんだろう!と、湯田は大げさに携帯電話を取り出した。


「はい、美人さん3人で!」


湯田は、隣に座っていた、りか子、フランソワーズ、千里にむけて携帯電話のレンズをむけた。
そちらに向かって3人が笑う。


モオオオオオオォォォ・・・。







カシャ。と、シャッターを切る歯切れ良いサウンドか、もしくは、聞き慣れた電子音が鳴ると思われていた。のに、反した、間延びした牛の声。


「え?」
「ゆ、だ・・先輩?!」
「イケてる男は、流行先取り!ってことで、来年の干支の牛さんにしたんだな♪」


どっ、と笑いが船内から溢れた。


「カメラ・・・なんて、すっかり忘れてた」


笑いながらジョーが呟いた。


「持ってきてないの?島村くん」
「旅に、そういうのって、・・・うん、忘れてた。習慣ないから」
「習慣がないって?」
「なんて言うか・・・」


少しだけ、困惑したように言葉を濁す。


---戦いの旅に、カメラは、記念撮影なんて、あり得ないし。



ドルフィン号での旅、以外の旅は旅行と言うよりも”移動”であり、ミッションの一貫。
ついでに、と、立ち寄った先があったとしても、そこで写真を撮るようなことはなく、何か土産らしきものを購入する程度。

モオオオオオオォォォ・・・。と、再び湯田のカメラが鳴いた。
ぼうっと物思いに耽っていたジョーは、無意識にフランソワーズの後ろ姿を見つめていた。そんなジョーをしっかり写真に捕らえた鳴き声。


「湯田さん、何撮ってるですか!」


頬をもみじ色のごとく鮮やかに染めて、ジョーは湯田を睨んだ。


「いいねえ、光源氏の・・・藤壷への焦がれって今の島村っぽいな!」
「?!」

ジョーは湯田が何を言っているのか、理解できずに一瞬困惑する。


「京都に、紅葉、藤壷と言えば、紅葉賀ですか?」
「お、知ってるのか?稲葉」
「それくらいは・・・あさきゆめみしファンとしは、外せないシーンですから!」
「ちょっと違うけど、紅葉色に・・・ってやつだなあ。まあ、京都だし、そういうことで!」
「そういうことって、変なこと言わないでくださいっ!湯田さん」


りか子と湯田の会話に、補助脳に頼らずとも義務教育でかじった知識を呼び出したジョーは、さらに戸惑った。


「変なことか?」


にやり。と、湯田は笑い、携帯電話をジョーの前にむかってひらひらと降ってみせた。
まるで、ここに”証拠がある”と言わんばかりの態度。





桐壺帝と光源氏の間に挟まれた、藤壷。

想い、思われ、愛し、好かれて。
紅葉色に胸を燃やして、鮮やかに。



この色はあなたへの想いそのものです。と、・・・。



舞台は、懐妊した藤壺の女御の為に、桐壺の帝の意向で行幸の試楽が催され、鮮やかな秋染めの紅葉舞う中で光源氏はこの袖ひと振りでも、 萌える紅葉のごとくあなたを思っている。
その想いが藤壷へと届くようにと願いを込めて踊る。


帝の御前であるために。
交わることのない想いの視線と、言葉。




「ジョー・・・」


振り返る風に、絹糸のような、しっとりとした蜂蜜色の髪が舞い、川面に弾かれた光を集めて纏うように綺羅めく。
秋晴れの青をそのまま映し出す、宝石。

もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや (光源氏)





乗船してはじめて、フランソワーズが後方に座るジョー、美奈子へと振り返った。



ふったのは袖ではないけれど。と、湯田は考えながら、原文の一節を思い出した。

” かざしの紅葉いたう散り過ぎて、”とあったことを。



---しっかりしないと、源氏のように儚く想いが散ってしまうぞ?









「あ、な、なに?」


フランソワーズが”光源氏”を知っているかどうかなんて、ジョーは把握していない。
今の言葉で、自分の気持ちが彼女へ伝わってしまったのかと、急流で跳ねた船のように、心臓がぐらぐらと不安定に脈打つ。



「ローラー・スケート、ジョーは得意なの?」
「へ?」
「でも、メンバーに藤壷さんって人はいなかったと思うのだけど?」
「は?」
「げーのー人とかの、そういうのは。”生もの”って呼ばれているらしいわ!藤壷さんと、誰のカップリング?」
「な?」
「「・・・・」」

何の話し?と、ジョーが首を傾げる。
フランソワーズが何の話しをしているか理解できたのは、美奈子と千里だけだった。


さらに、さらに、混乱していくジョーを救うかのように、船はライオン岩近くに辿り着き、売店船が近づいてきた。
話題は代わり、行商船を楽しんだ後、船はゆっくりと進んで行き、見覚えある橋の姿を捉え始める。


渡月橋だわ。と、フランソワーズの声とともに、6人は保津川下りの船旅を終えた。



















旅行編へつづく・・・


『名前を呼ぶだけで』は、2つにわけて書きます・・・。
気分的にその方がいいみたいで、進まないのをなんとかしようと言う、あがき(笑)です。



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名前を呼ぶだけで/京都・嵐山2泊3日の旅・4
船を降りて、同船していた2家族と船頭に別れの挨拶をすました。
3兄弟のうち、積極的に3人(千里、りか子、フランソワーズ)と話していた長男が、社用の名刺に携帯電話の番号を書いて、別れ際にさっとフランソワーズに渡した。
東京で小さなアパルルト系の会社に勤めていると、千里はチェック済み。


「・・・・」
「モテますね!」
「・・・・・・・・・・」


「気が向いたら。でいいから、よかったら、電話してくれると嬉しいな」と、言われた。
断ろうと、名刺を返そうとしたけれど、千里はにっこりと笑って、「今度、みんなで遊べたらいいですね!」と声をかけてきたために、返しそびれてしまったのだ。

名刺を持つ手が、自然と震えてくる。


「そんなに真剣に考えなくてもいいと思うけど?」


手にもつ名刺に視線を落としたままのフランソワーズを窺うように、りか子が声をかけた。
湯田とジョー、そして美奈子の3人は、次はどこへ行こうかと、少し離れた場所で話し合っている。

昼時だけれど、と、時間を確認した湯田。


昨夜の宴会の席で大体の今日1日の予定は決めていたものの、”なんとなく”だったので、話し合いながら、じょじょに下船した場所から離れて行く。
ずっと立ちっ放しで話していても仕方がないので、とにかく、メインの大通りに出る事にしたようだった。


渡月橋を背にして、一番近い石階段を使用し川沿いからあがろうと、足を進める。
追いかけるようにして、千里、りか子が続いた。
フランソワーズも、2人に続く。



気がつけば、美奈子とフランソワーズの位置が入れ替わっていた。
ジョーの隣に美奈子がいる。
彼女の友人のりか子、千里と一緒に、フランソワーズがいる。



保津川のせせらぎと観光客の雑踏が鼓膜手前で一つになり、003の耳に記録される。
名刺をどうすればいいのかわからないままに、手に持ったままとぼとぼと歩き出した。



出会いは偶然ではなく必然。
その出会いを大切に繋ぎ止めるのも、切ってしまうのも、自分次第。



切る事など選択肢になかった出会いの相手はどうなってしまうのか?




009。と、呼ぶ。
”ジョー”と呼ばずに、009と呼ぶと、こころは締め付けられることなく、重く歪むこともない。


















やっぱり、そうなんだ。
009と、003なんだわ。









自然と足が止まった。
名刺に印刷されていた名字が見慣れない、聞き慣れない珍しいものだった。


補助脳が助けてくれる。
フランス人で、日本語に全く不便を感じないのは、補助脳があるから。

やっぱり、私は003だわ!と、納得する。


名刺から視線をあげた。


「!」
「・・・・・・どうかした?」


覗き込んでくる、瞳。
フランソワーズはまったく気づいていなかった。


足を止めたとき、ジョーが振り向いたこと。


名刺をもらったとき、ジョーが観ていたこと。
千里がフランソワーズの代わりに、名刺を渡した男性にむかって答えた声を聞いていたこと。

船を降りながら、男性が四角いカードに何かしらを書き込んでいる様子を、ジョーは観ていた。






それが、誰に渡されるのか。
まさか、フランソワーズじゃないだろうな?と、不安になって。

受け取るなよ!と、願いながら、受け取らないよね?と、無言でフランソワーズを観ていた。






受け取ってしまい、その名刺に視線を落としたままのフランソワーズ。



何を考えてる?
何を思ってる?




こんなとき、イワンになりたい。と、頭が万能な赤ん坊を思い出させる。



「なんでもないわ!ちょっとフラフラするのよ?」
「・・・・ずっと船に揺られていたからね」
「みんな平気なのね!」
「まあ、これくらいなら・・・そんなにフラフラする?」
「いいえ、今は大丈夫」
「・・・・・・・」


にっこりと微笑む、いつものフランソワーズ。
彼女の視線が自分を通り越して、背後でこちらの様子を見ている5人に送られているのがわかた。


そのまま瞳で「待たせたらいけないわ!行きましょう?」と促された。
フランソワーズは、持っていた名刺を隠すように、サックス・ブルーのダッフルコートのポケットにしまう。

その手の動きをスローもションのようにジョーの目がとらえた。
口が勝手にへの字に歪み、無意識に眉間に皺がよった。



ちゃんとした物語は知らない。
けれど基本的な話しの流れは知っている。


光源氏は、自分の父親と再婚した女性、藤壷に恋をする。
恋い焦がれて、結ばれた後でもその想いははっきりとは、受け入れられたと感じられなかった。はず・・・。そのために、彼は藤壷の幻影を追いかけるかのように、さまざまな女性と関係して、恋愛を楽しむ。



その源氏が藤壷に恋い焦がれる姿が、自分がフランソワーズに想う気持ちと重なると、湯田は言いたかったのだろうけれど。





初恋の君を思い愁えながらもあっちに、こっちに、恋愛していく光源氏と自分は違う。
ボクは、彼女だけ。


---フランソワーズ。


彼女の名を呼ぶだけで、こころが震えるほどに愛おしくて、空にいくつ彼女への想いを乗せた溜め息を放っただろうか。




いつの頃からか。
彼女は003でなくて、フランソワーズだった。
綺麗な、キレイな、きれいな、003よりも、未だによく理解できないフランソワーズが・・・・。




「ジョー?」


彼の名前を呼ぶ。








009もジョーで、ジョーが009。
解っている。


頭でも、こころでも、ちゃんと解っているのにも関わらず、”ジョー”と名前を呼ぶだけで。

息苦しいほどに、傍に居たい。
窒息してしまいそうに、胸が痛いのに、この痛みがあるから傍にいたい。





大好きなの。でも、怖い。
このままでいられなくなるのが怖い。

この距離でいるかぎり、アタシは彼と一緒にいる時間を安全に共有できる。









「フランソワーズ、・・・・あの・・さ」


彼女の名前を音にする。




好きだ。と、彼女に言ってしまえばいいのかもしれない。
でも、それによって失ってしまう何かがあるような気がして、怖い。
何かが変わってしまう”変化”を受け止めるには、まだ自信がない。


だけど!


「湯田さんっ、水沢さん、稲畑さん、原さん!!スミマセンっここからはボクら別行動しますっ!!!」
「!」


フランソワーズのコートのポケットにしまわれた、小さなカードが気になって、気になって・・・その苛つきと、焦りがジョーを突き動かした。





ごめんなさい。と、謝る。
ギルモア博士、すみません・・・。
せっかくフランソワーズに、女の子の友達が出来そうだったのに。


今日一日、みんなと一緒にいれば、もっと、もっと彼女の世界を広げてあげられたと思うんです。









いつも、このタイミングの、このチャンスを自分は逃していたと言うか。
怖じ気づいてしまって、前に進めていなかったんだと思うんです。

彼女のポケットの中のあのカードが、ボクに挑戦しているんです。
003である、フランソワーズを護るのは、ボク、009ですよね?
敵(ライバル)を倒さなくちゃいけなくなりました。




ジョーは4人に向かって90度の角度で頭を下げた。
昨夜、自分から今日、フランソワーズと自分につき合って観光して欲しいと頼んだだけに。



「スミマセンっっっ!」


ジョーの声が、保津川の流れを一瞬だけ止めた。
湯田の、のんびりとした声が川の流れに乗る。


「いいって、いいって、時間も昼ちょいくらいだし、午後は別行動ってことでオッケー!」


湯田の返事にりか子はもの言いたげに湯田を見るが、りか子のそんな視線を物ともせず、湯田はぶんぶん!!っと手を振る。その動作はジョーをとっととその場から追い払うようにさえ見えた。

ジョーが深々と下げていた頭を上げて、早足に4人から離れて行く。
湯田たちと向かっていた方向とは逆、渡月橋をくぐった先にある石階段を使って、川沿いからあがるようだ。


遠ざかって行くジョーとフランソワーズ。
それを黙って見送っている美奈子に、りか子よりも千里が先に声をかけた。


「水沢さん・・・?」


千里の声に、引き攣った笑みを浮かべながら溜め息を深く、ついた。



「・・・・・・あれくらいの勇気、私にもあれば・・ね?」
「追いかけましょうよ!」


千里の声に、すぐに首を左右に振って否定した。


「だって、島村くん・・・アルヌールさんと2人で観光したいんだもの」
「でも!一緒して欲しいって頼んだの、島村さんですよ?!」
「・・・・だから、ちゃんと誤ってくれたじゃない?」


今度はちゃんと引き攣らすことなく、千里へと微笑んだ。
湯田と、りか子が美奈子へと近づく。


4人は小さくなった2人に視線をむけた。


「・・・・湯田さんって、どっちの味方なんですか?」


りか子よりもストレートに千里は言葉を舌にのせた。


「島村の味方・・・だし。って言うか気づいてるんだろ?自分らだってさ・・・水沢には悪いけど。彼ら両想いだってこと」
「湯田さん!」
「・・それでも、いいかなあ、って思うの変ですか?」
「「!」」


美奈子は湯田を見上げた。


「変じゃないさ。まだ”片思い”してるんだろうからさ、島村自身は・・・」



水沢美奈子は、モテる。
高嶺の花と勝手に思われて、勝手に諦められてしまうけれど。
それを乗り越えて、告白され、つき合いが始まっても、結局は誰の1番にもなれない。

だいたい、同じ理由で美奈子は振られる。


『いても、いなくても、美奈子にとって別に、・・・変わらないみたいだし・・よくわかんないんだよ。俺って美奈子にとって彼氏なのに、さあ・・・友達と変わんなくね?』








彼女が、彼女らしく、彼女でいるために、つき合った人はみんな、完璧な”美奈子”に自分を受け入れてもらえていないと勝手に判断する。
そんなことない!と、いくら不定しても・・・。





島村ジョーは、そんな彼らとまったく違う角度で、美奈子をみた。


『水沢さんは、ちゃんと自分があって、その中できちんと自分の中に上手に・・・なんて言うのかな、同じ小説を読んでも、”そのまま”受け取らずに、自分風にアレンジして、”そのまま”で良い部分も大切にしながら、自分用に噛み砕いて取り込んで行く、姿勢・・が、すごくいいなあって・・・。ボクは、”そのまま”も自分風にも、まずは、否定してしまう癖みたいなのがあるから・・・・そういうの、いいなって思うから。見習いたいなって・・・』



その言葉を言った昼食の席に、湯田もいた。
島村を憎めないところは、そういう部分だなあ。と、胸でジョーにたいする感想を呟きつつ。


片思いの相手の親友になんとなく思われている節を感じているために、彼女たちの友情を疑うわけはないが、結局は好きな相手とその友人を思って、なんとも曖昧な立ち位置にいる。



島村の味方をすることで、自分の都合を隠していた。

稲葉りか子に対する湯田の気持ちは、好感を持つ、面倒みたい後輩。良き、女友達。
原千里にたいしても、稲葉りか子に対する気持ちとなんら大差ない。


水沢美奈子に大しては、全くの別もの。

けれど、それを押し出していくほど、恋愛に使うエネルギー量があるわけでもなく、がむしゃらになれるほど熱しやすい、子どもでもない。

ただ、黙って時期をはかっていた。
動く、タイミングをつくる時期を・・・。


まだまだ先は長そうだ。っと、溜め息を隠して。



「夕食は一緒しようって、夕方あたりにメールして誘うよ・・・、島村と観光できなかったお詫び」


惚れた女の願いならば。・・と、動いてしまう自分の人の良さに呆れながらも、それはそれで楽しんでいる自分の”悪い部分”を湯田は自覚している。

恋愛に大しては、武道家のイメージを壊す自分に自嘲した。



千里は、そんな湯田にむかって言う。


「結局み~んな春なんですね?私も恋したいなあ~・・・」
「「「!」」」


いつもの湯田らしからぬ、驚きの色を浮かべた目にむかって意地悪く笑った、千里は、確信はなかったが、今までの流れや湯田の態度で感づいていたようだ。


---参ったな・・・一番の曲者だぞお・・・・。


苦笑しながら、ジョーとフランソワーズが消えた方向とは逆の、足を進めていた石階段へと歩き出した、千里にならって、4人は歩き出した。


「昼ご飯は、湯田先輩がおごってくださいね!知っていて、島村くん行かせちゃった罰ですから!!」


湯田の背後から、とげのある声。
美奈子は本気でりか子が怒っていることに笑った。

好きな人相手でも、まっすぐに自分をぶつけていく。それがどうして”告白”に繋がらないの?と、疑問に思うが、そこがりか子の可愛いところだよね?と、美奈子は親友の肘をつついた。


「店は、どこにするんだ、稲葉?」
「足湯のある旅館、嵐○閣の、ランチ!!」
「高過ぎるぞ!!しがない、学院生に何を・・・」
「このまま行けば、”教授”職ですよね?」
「それと、どう関係があるんだよ、稲葉!」
「おそばはどうですか?先輩!」


千里が、優等生のようにはい!と手を挙げて意見した。


まあ、蕎麦なら?と、返事をして、後悔する事になる。

千里が3人を連れていったのは、 石臼で挽くそば職人の店「嵐山よ○む○」だった。嵐山を一望しながら食事を楽しめる贅沢な場所に見合った値段。だったが、まあ、それくらいならギリギリ。と、湯田は首を縦に振る。

ウェイトレスがやってきて、あっと言う間に甘味ものまでオーダーされたときの湯田の情けない顔3人は、明るい笑い声を店内に響かせた。









旅行編・・・に続きます。


*と、言う事でした!
 ここは『りとる』か!?っと、自分で叫びそうでしたが。予定外・・・に絡めてますね。
 好きなのかも・・?こういう展開?・・・新発見。
 
 フランソワーズ→←ジョー←美奈子←湯田←りか子。千里→?
 初めて絵文字を取り入れてみた(笑)


 言っておきます。
 93意外のラブ関係は書かないです。(当然ですが)
 9と3と、美奈子あたりまでで、あとは放っておきます。
 りか子が、湯田がどうなろうと知りません!(笑)
 ネタとして、その後・・出す可能性あるかも?くらいです。・・・書くの?!
 ちらっとね!ちらっと!でも美奈子さんが振られた後は知りません・・・。


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ギルモア邸は今日も平和です。
「ワタシは別に気にしないアルヨ~」
「吾輩も、役者たるもの、どんな役柄でも完璧に演じてみせる!」
「グレート、役じゃないって・・ただのさ・・・・でも、フランソワーズがせっかくね?」
「うっせ!こんなのほほんとした生っちろいのをなんで着なきゃいけねんだよ!!」
「・・・・・悪いが、今回ばかりは、ジェットと同意見だ」
「アルベルトがか?珍しいのお・・・」
<僕なんて、全身な上に、耳と尻尾もついているんだよ?>
「特注だ。着なければ、礼に反する」
「ジョー、けっこう似合うよね!」
「ピュンマ・・・・もう、着てるの?」
「これいいよ!温かいし、可愛いじゃないか!」



12月31日、夕食後。
邸に集まった家族たちは、もらったクリスマスプレゼントを手に、地下の会議室にいた。



「どこがだよっ!どこの世界にっ牛さん耳つきフード・牛柄パーカーっをっっペアルックならぬっ!!イレブンルック!!(お揃い)でっ除夜の鐘叩きに行くサイボーグがいんだよっっ!!」
<ここにいるじゃない♪>


クーファンの中から、上半身起き上がらせたイワンは、すごく可愛かった。


「・・・・ジョー」


それは、アルベルトも認めている。
赤ん坊の、仮装系衣装は、凍てついた冷たいこころを持つ男でも、一瞬弛んでしまう不思議な力がある。


「なにかな?」


イワンににっこりと微笑み、可愛いね。似合ってる♪と声をかけながら、ジョーはアルベルトに返事する。


「すべて、お前の責任だ」
「え?」




***

時は、クリスマス前にさかのぼる。
クリスマス・プレゼントを買いにでかけた先で、新しいベビー用品店を見つけた。
輸入ものが多く、それらはフランソワーズを多いに喜ばせ、同伴していたジョーは、その小さな服や手袋、靴下・・・などを手にしてフランソワーズと一緒になって楽しんでいた。


「赤ちゃんのって、なんでこんなに小さいのかな・・・、可愛いね」
「ジョーも赤ちゃんのころは、これくらいのサイズだったのよ!」
「信じられないなあ・・・、フランソワーズが赤ちゃんだったころは、想像できるけどね♪」
「どうして?」
「ん?可愛いって想像できるから、いいんだよ」

---フランソワーズそっくりな女の子の赤ちゃんが欲しいなあ、なんて、口が裂けても言えない。想像しているなど、絶対に言えないよお。


「きっとジョーも可愛かったわ、赤ちゃんのころのジョーに会ってみたいなあ♪」


---ジョーそっくりな可愛い赤ちゃんが・・・なんてね!きゃあああああああああああああああっ!!



顔を真っ赤に染めたまま店内をウロウロとしていた2人の前に、アニマル・パジャマシリーズ。と、書かれたワゴンが現れた。
ジョーとフランソワーズは、そのワゴンに釘付けになる。


「みて!猫ちゃん!!」
「ライオンだよ、ふわふわの毛がいっぱい」
「イワン・ベアなんて、可愛いわよ~!!」
「フラン、うさぎがあるよ!うさぎ!!!」


勢いもついていた(?)ために、キャッキャと興奮気味に盛り上がる2人にすすすっと近づいて来た店員が一言、言い添えた。


「可愛いでしょう?去年はネズミさんだったんですけど、今年は牛さんだから、こちらがとっても人気なんですよ?」
「?」


フランソワーズは顔に?マークを描く。
それを観て、ジョーが、ああ。と、納得しながら、脳波通信で、さっと”干支”について簡単に説明した。


その日。
ジョーが持つ買い物袋のひとつに”牛さん”アニマル・パジャマが含まれていた。







***

「別に、ジョーのせいじゃ、ないじゃろう?フランソワーズが買ったんじゃし・・・」


ギルモアは自分の分のそれに袖を通した。
内側がモヘア素材のために、ふわふわと包まれる感触で温かく、意外にしっかりと作られている。
内ポケットも2つ。外に2つ。黒い柄部分と白い柄部分に、左右つけられていて、お洒落な感じ。

ちょっぴり、気に入った様子のギルモア。
しっかりと着て、胸前のチャックもきちっと首もとまで引き上げる。付属のフードも冠って、イワンを抱っこしたピュンマは幸せそうな牛さん親子と化していた。
張大人も袖を通し、ギルモアと並べば、何かの組合イベントにみえる。
グレートも着てみると、ふざけて、牛が、牛柄パーカーを着た姿に変身し、どこから取り出したのか、牛乳瓶でミルクを一気のみしても見せる。

無言でジェロニモも羽織る。
意外と似合っていた。そして、自分でもそう思うらしく、妙に嬉しそうだった。


「残るは、ジェットとアルベルトだけだよ?」


ジョーは持っていた自分の分を、着ようとする。が、ば!っと牛さんパーカーを彼の手から奪い取った、ジェット。



「あ!」
「お前はそれでいいのかよっ!!!」
「別に、だって・・・何がそんなに嫌なわけ?」
「牛だぜ!牛!」
「だって・・・丑年だし・・・・」
「虎やヒョウや、ゼブラならまだしもなあ!オレさまに牛を着せるのかよっっっ!!!」
「・・・・・・・虎は来年だもん、来年まで我慢してよ・・」


むっと口を突き出すように文句を言い、ジェットから自分のパーカーを奪い返すと、その勢いのまま、着た。
その場にいた、全員がジョーを見る。


そして、一番似合っているのは、ジョーだ。っと、誰もが認めた。
イワン(赤ん坊)に勝った男、島村ジョー。


「・・・・・ジョー」
「諦めて着てよ・・・フランソワーズが帰ってくるよ?今日はバレエ団のニュー・イヤー(カウントダウン)パーティを断ってこっちに帰ってくるんだしさ。楽しみにしてるんだよ、・・・ペアルックじゃない・・・」


<「「「「「イレブン・ルック」」」」」>


牛さんチームが声を揃えた。


「野球チームか?サッカーチーム、アメフトチームのつもりか?!」


苛々とアルベルトが吐き捨てるように言い切った。
自分が座るテーブルの前に置いた、牛柄パーカーを苦々しく睨みながら。


「ボクたちがそんなの作ったら、フェアじゃないよ・・・サイボーグだし」
「真面目にに答えんでいいアルよ、ジョー・・」
「アルベルト、貰った時、ありがとうってフランソワーズに言ったんだから、受け取ったらちゃんと一度は袖を通さないと失礼だよ?」


イワンの牛さんコスチュームと言っていい、パジャマのチャックにつけられているベルが、可愛いと、ちりん。ちりん。鳴らしながらピュンマが言った。
彼は本当にこころから、喜んでいるようだった。


「虎ならいくらでも着てやらああああああああ!牛はオレのセンスにあわねえ!」
「牛肉好きなくせに!!!!」
「ああっ?!それとこれと、どう関係あんだってんだよっ!!!!!」
「感謝しなよ!」
「なんでだよっっ!!」

がたん!っと、ジョーが椅子から立上がった。


「フランソワーズが選んだんだよっ一生懸命探したんだからな!」


ジェットも勢い良く立上がり、ジョーに食いつく。


「てめえはなんでも、フランソワーズ、フランソワーズって!!それでも男かよっ!!女のケツに敷かれてやがって!!」
「五月蝿いっ、フランソワーズになら、いくらでも敷かれるしっ!!そっちの方が楽なんだ!」


ピュンマが、ぱ!っと、イワンの耳を塞いだ。


「「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」」


売り言葉に買い言葉と、この場合は言えるのだろうか?
眉間をぴくぴくと痙攣させながら、アルベルトの口元が歪む。


「ったく、そんなこっただからなあっ!フランソワーズにナメられんだよっ!」
「彼女がいないジェットに言われたくないっ!ナンパが成功しなくて溜まってるからって、さ!!」
「ああああ?!ウッセー、そっちこそ、週1なんて、そろそろやべえんじゃねえの?マンネリ化して、飽きてんだぜ!」
「ボクたちには、ボクたちのペースがあるんだ!なんでもヤって回数こなせばいいなんて、野蛮だよっ!!」
「それともっフランソワーズに飽きたってか?なんなら、何人か上手いダチ紹介してやろうか?」
「っっフランソワーズはっすごおおおおおおおっく上手いんだよっっっっs!週1くらいのペースじゃないとっお互いに日常生活に支障が出るからっ」


かちゃ。と、聞き慣れた音。
は!っとジョーとジェットを残して、みな床に伏せた瞬間に5つの銃口からぶっ放された・・・。


「いい加減にしろ・・・。話しがそれているぞ」


壁に、綺麗にジョーとジェットの姿を切り抜いた跡。


「「・・・・・・は、い・・・・・・・」」
「しかし、だ・・・ジョー」
「何?」


ぎぎぎ。と、オイルが切れたからくり人形のように、首を動かしたジョー。


「いいのか?」
「?」













####

バレエ団のニュー・イヤー(カウントダウン)・パーティを抜け出して帰って来たフランソワーズは、すぐに自室で着替えを済ませた。


「可愛いね、フランソワーズ」
「ジョーも、可愛い♪」


ほのぼのとした、カップルが1組。
リビングルームで牛さんたちに見送られた。







黒のハイネックセーターに、牛さん柄のフレアスカート。トレードマークのカチューシャも牛さん柄。
コートも黒で、ブーツも黒。
牛さん柄以外はシンプルに黒で統一。
ジョーも、ジーンズと牛さん柄のパーカー以外は、彼女に合わせて黒で揃えた。



「ゆっくり行っておいで、帰ってくるまで適当にしておるからのう」


フランソワーズの贈った牛さんの耳(よくみれば角もあった)つきフード・牛柄パーカーを着た、全員に見送られてご機嫌に邸を出て行くジョーとフランソワーズ。
ぶすっとソッポを向いたままのジェットは、パーカーの袖には遠さなかったが、牛さんパーカーを肩に羽織り、顔を隠すようにしてフードを目深にかぶってソファに座っている。


アルベルトは。
膝に”それ”をかけた状態で、ウィスキーをロックで楽しんでいた。
ジェットだけでなく、ピュンマは気に入った”牛さんルック”で出かけられず、機嫌が悪いことがしっかりとわかる。むっつりとシングルソファの肘掛けに肘をついて、顎をのせて、玄関の扉が閉まる音と同時に言った。。


「”009”に誰が口答えできるんだよ!」













アルベルトが言った一言。


「イレブン・ルックでもいいが・・・、それじゃ、誰が誰の”彼氏”かわからんな・・・・・悪いが、そういう風になっても文句言うなよ?」
「どういう・・意味?」
「・・・・お揃いだからな。そういうつもりかもしれん・・・・・・・変な意味はないが・・・。別にフランソワーズが最近・・・・・・いや、これは関係ないか」
「?!」


どうとでも取れる、意味深な言葉に、にやり。と、口角を上げて挑戦的に嗤いを浮かべた、だけ。






それだけで。
ジョーはさっさとフランソワーズの携帯電話に電話して、あれこれとフランソワーズと言葉を交わす(泣き落とす)事約41分。


2人きりで除夜の鐘を聞きにでかけることを成功させた。
そのかわり、邸で全員牛さんルックでお正月を過ごすのを条件に。
・・・毎年家族が集まれば撮る記念写真も、今年は牛さんルックと決まった。


「邸の中なら、”着なくても”なんとでもなるからな」
「はじめっから!そうしろやっ!」
「・・・・・・ジェット」
「んだよっ!」
「似合っているぞ、ある意味ジョーよりな」
「?!」


実はひっそりとみな、口には出さないでおたものの、ジョーとは別の意味で似合っていると、思っていたのだ。


「アメリカと言えば牛だろう、・・・一時期闘牛士のバイトしてたらしいじゃないか・・・牛の気持ちはお前が一番わかるんじゃないのか?」


おお!っと、膝をうつ一同。


「うるせえっうるっせっ!!うるせえええええええええええええええええええええっっ!!!」


ギルモア邸に響き渡る、ジェットの雄叫び。


硝子作りのローテーブルの上にあった缶ビールを握りつぶさんばかりの勢いで手に取ると、乱暴にプルトップをひき、一気に飲んだ、瞬間、ぶうううううううううううううううううううううううううううううううっ!っと吐き出した。


<牛さんのミルク♪>


一緒に出かけられずに、機嫌が悪かったのはどうやら、ピュンマだけではなかったらしい。
缶ビールの中身が牛乳に代えられているなど知りもせず、ビールだと思い込んでいたために(いや、ビールであるが)、口に含んだ予想外の味に驚いて霧噴射機のごとく吐き出したジェットの・・・を、しっかり頭から浴びた、アルベルトは無言でその場から去って行った。

きちんと、牛さん柄パーカーを手に・・・。










去年にさようなら、昨日にさようなら。
新しい今年に、よろしく。



相変わらず・・・・。
ギルモア邸は今日も平和です。



end.












*全員で着物より、牛さん柄パーカーってありかなあ?って、ふと・・・。
 アルコールっていいですね。
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そんなところが好き/京都・嵐山2泊3日の旅・5
突然ジョーが頭を下げた。
少し離れた場所にいた、4人に向かって。


「湯田さんっ、水沢さん、稲畑さん、原さん!!スミマセンっここからはボクら別行動しますっ!!!」
「!」


フランソワーズはただ、呆然とジョーを見る。
湯田の声がフランソワーズの耳に届く。と、ジョーがなんとも言えない緊張を解かないままに息を吐いた。
その息が、温かな晩秋の空気に染まっていく。と、同時に、さっとフランソワーズの手を取り、彼女に説明も、何もなままに、4人とは逆方向に歩き始めた。

ジョーの歩く早さと広い歩幅に、フランソワ-ズは無言のまま足場の悪い川辺を、つま先ががまんまるな、白のアンクルブ-ツで小走りに付いて行く。


渡月橋の下をくぐるとき、橋下の影に感じた肌寒さが心地良かった。


20段ほどの石段をのぼると、渡月橋脇の歩道に出る。
勢いを止める事なく、一気に石段を駆け上った。
突然表れた青年と少女の姿に、歩行者の何人かが驚いたように足を止めかけた。が、そのまま視線だけを彼らに残して通り過ぎて行く。


11月の、金曜日に、ここ、嵐山は人で溢れていた。
東京と比べれば、ゆったりとした流れだけれども観光地としては十分な込み具合である。


石段を上りきったところで、大自然に慣れていた目が、いきなり文明開化(観光地化)された街を映し出し、その差にたじろいだために、ジョーの勢いが止まった。
彼に掴まれていた手首をフランソワーズはそっと外して、遠慮がちにジョーを見上げた。


「あ・・・・え、あ、ええっと。その・・・・・」
「・・・・・・」


フランソワーズは何も言わない。
ただ、じっとジョーを見つめる。


「その、ね?・・・・・・あの,,ええっとさ・・・・そういう・・・・ことに・・なった?みたいな?」


何も言わないのではなく、言えないが、正解。


「なんて、いうか、まあ・・・そういうことだから、さ」


ジョーの傍らに立ち、まっすぐにただ彼だけを見つめる、フランソワーズ。
その視線をまともに受け止めて、彼女と視線が合う事を避けるように、通りの向こう側の歩行者を目で追う。


---何をどう・・・って、いえば、って言うって・・・???




しどろもどろに言葉にならない説明をする、ジョーを見上げていたフランソワ-ズは、彼の視線の先へと瞳を移動させた。


「!」


唐突に、車が行き交う車道を絶妙なタイミングで横断しはじめたフランソワーズ。


「h、あ、え?!えええっちょっ危ないってっっフランッッ!!」


すぐに追いかけたジョーだが、耳を塞ぎたくなる急ブレーキと、クラクションを鳴らされた。


「うわっ!ごめんなさい!」

と、一緒に両手を合わせて、秋の陽射しに反射したフロントガラスで顔が見えないドライバーに謝った。
何事かと、人々の注目を浴びながら車道を渡り終えたら、そこにフランソワーズの姿がなかった。


「フランソワーズ!?!」


左右に首を振る。
ぐるりと体を反転させてまた同じ動作。そして、意味も無く上下に首を振ってから360度にぐるりと躯を回したら、そこに魔法でも使ったように、フランソワーズが現れた。


「何してるのっ!ジョーっこっちよ!!」
「フランっそっっ・・・・」


今度は、ジョーがフランソワーズに引っ張られて行く。
彼女の白くてほっそりとした指が、ジョーの手に絡まって、人が歩く波に逆らう。

握られている手の、フランソワーズのその手の力があまりに弱くて、不安になるジョーは、彼女の手を強く握り返したのと同時、フランソワーズの足がある店前で止まる。


「ここっ!」
「・・・あ」
「ふふ♪ネットで観たお店よね!!」
「・・・・・あ、うん、ここ、だったんだ・・・・・・」


車道の方をちらりと振り返ると、ちょうど斜め先に、先ほど上った石段が見えた。

四角く整った道の角に、控えめに掲げられた紺色の旗に白で店の名前が漢字4文字で書かれている・・・ようにみえた。
風がない今日は釣られている棒にしんなりと絡みついていて読む事は困難だ。

無意識に、さすが003。と、褒めてしまう。そして、その”好きなもの”関して常に反応するアンテナに、ジョーは苦笑した。





「ね!そうよね!」


店前ではしゃぐフランソワーズの隣を、くすくすと微笑ましい眼差しで通りすぎて行った4人の女性たち。彼女たちが店に入って行ったので、フランソワーズも続いて店に入ろうとした。


「駄目だよ」


繋いでいた手でジョーがフランソワーズを引き止めた。
まさか、止められるとは思っていなかったフランソワーズは歩き出した勢いのままに、くん!っと後ろに、ジョーの方へと引っぱり戻された。

フランソワーズの肩が、ジョーの胸で受け止められる。とん。と、触れ合った部分が今朝つけられた朱痣に響いた。


「どうして!ここにはっ」


抗議するようにすぐさまジョーと向かい合う形で頬を膨らませた。


「わかってます、嵐山限定、抹茶ソフトクリームあんみつに、季節のオリジナル・アイスクリーム。他にキミが食べたいスイーツどころがそろっている店ってわかってます・・・けど、お昼食べてないよ?」


いつもの自分だ。と、ジョーはフランソワーズに注意しながら、ほっとする。


「お昼ご飯なんて食べてたら、入らないもの!」
「お菓子を昼ご飯にするなんて、駄目だよ。軽くでもちゃんとしたご飯食べたい」
「喫茶室があるわ!」
「甘いのしかないよ、ボクはちゃんとしたのがいい」
「もう、我が侭ねえ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どっちが?」


---いや、フランソワーズの言う通り、ボクか・・・な?






名残惜しそうに店を離れるフランソワーズ。
お昼を済ませたら戻ってくると約束した上に、お土産(フランソワーズ用)をジョーが買うことを”約束させられた”。

再び、メイン・ストリートとされている大通り、渡月橋まで戻ったジョーとフランソワーズ。けれど、どこで昼食をとれば良いのか、決めてはいない。


人の流れに乗って散策しつつ、通りに建つ多くの土産物屋に興味を示すフランソワーズは、ときおり足を止めて店の中へとジョーを誘った。歩きながら携帯電話で”嵯峨野・嵐山/美味しいものグルメ・ナビ”を見つつ、ジョーは旅行前にネットで観た店たちを思い出した。


観たページのレイアウトから、店の名前、住所、電話番号まですべて詳細に思い出せる。


こういうときだけ、サイボーグで、”補助脳”なんて物が頭に詰まっていてなんて便利なんだろう。と、都合の良いように考えてみたりする。

持っている機能を使用したらいけない、なんて規則(ルール)はない。
戦うための兵器として開発されたけれど、戦う必要がなくなった場合は、持っている能力をそれなりに戦いのない世界環境に順応させるのが正しい生き方だ。と、言い訳(?)していたのは、ジェットだったか、グレートだったか、仲間の誰だったか思い出せないジョーだけれど、絶対に2人の内のどっちかだろうと、決めつけた。


「フラン、お昼に何が食べたい?」
「嵐山限定抹茶ソフトクリームあんみつに、あずきの白玉パフェ、栗づくしア・ラ・モー・・」
「・・・わかりました。ボクが決めます」


フランソワーズが行きたがっている店からあまり離れない方がいいと思ったとき、ちょうど点滅信号機が目にはいったので大通りの反対側へと渡ることにした。

通りの反対側で、いくつか食事ができそうな店の看板も目にしていたこともある。
混んでさえなければ、その内のどれかでもいいな。と、ジョーは手に持っていた携帯電話をジーンズのポケットにしまった。

手から携帯電話が消えた。が、いつの間にか離れてしまったフランソワーズの手をとるのに、どうもきっかけがないと難しいな、と。何もない持たない手を淋しく感じる。


「決めたの?」


信号待ちの間に、フランソワーズはコートのポケットに手をいれようとしたのがみえた。


「だいたいね。フランが行きたがった店の近くがいいと思ってさ・・・向こう側に渡って、ちょっと戻ろう」


彼女の手がポケットに滑り込む前に、その手をジョーは握った。


「・・・・」


フランソワーズのコートのポケットにしまわれたままの、たった1枚の紙切れ(名刺)が、まだある。
それに触れて欲しくない。と言う、意識が勝手にジョーの躯を動かした。のと、先ほどから、彼女の手を握ってないない手が淋しく痛かった。


「渡るよ、ほら」


車道には、残念な事に白線はシマシマに描かれていなかった。
白い部分だけを踏んで渡ることができなかったけれど、ジョーが手を繋いでくれた。と、その嬉しさが自然とフランソワーズの頬の位置を高くする。


「嵯峨野亭って言うところのランチのお弁当が美味しいって、ネットで見たの思い出して・・。ちらっとこっち側の道の角にそれらしい店が見えたんだ、確かめてみないとわからないんだけど、そこがいいかなって・・・どう?」


信号機が点滅し青から赤に変わる前に、ジョーは言った。
一緒に大通りを渡った人たちが、左右に別れて行く。彼らは、フランソワーズの左手側、再び、渡月橋にむかって歩き出す。


「日本のお弁当って楽しいから好きよ♪」
「楽しいの?」
「ええ!楽しいのっ。だって、綺麗な箱にたくさん色々入っているし、一つ一つがとっても可愛らしく細工されていて、まるで宝石箱みたいなんですもの!!」


ぴょん。と、フランソワーズがスキップすると、離れそうになった手にジョーは慌てた。


くすくすと笑いながら、フランソワーズが羽のようにふわふわと重力を感じていないかのように歩く。


「あのね、お弁当の中身がわかっていててもね、ふたをあける時、どきどきするのよ?」


すれ違う人はみな2人を観て自然と微笑む。
可愛らしい国外からのお客様。に、お供をする青年に。


「プレゼントの箱をあけるみたいな感じ?」
「ええ!それに美味しいわ!熱くもないし♪」


嵯峨野亭につくまでに、見つけた数件のお土産屋さんを覗き込みながら、目的の店に辿り着く。
ちょうど昼食時と言う事もあり、少しばかり待たされたけれど、ジョーは嵯峨野弁当、フランソワーズは渡月弁当を頼むことができ、運良く裏通りの窓側の席から、のどかな京の小径を眺めながらの昼食となった。

メニューに載っていた写真と説明から、お弁当の中身はわかっていたけれど、フランソワーズが言った通りにテーブルに置かれたお弁当をみて、胸の奥にちょっと”ウキウキ”した自分を確認したジョー。


お弁当を前に、2人は自然と瞳を合わせる。
笑いあって、お互いに口にだして、「いち。に。のさん!」で、ふたをあけた。


「素敵っ!!」
「美味しそうっ!!」


本当にささいな、小さなことを、特別にしてくれる。


「「いただきますっ♪」」


埋もれてしまった、忘れていた、気持ちを救い上げてくれるのは、いつもフランソワーズ。


「すごく美味しいよ、これ」
「ねえ、ジョー・・・この黄身色っぽいのなあに?」
「湯葉じゃないかなあ?」
「湯葉?」
「・・・多分」
「食べてみたらわかる?」
「もらうよ?」
「どうぞ♪」
「フラン、これは食べたことある?」
「なあに、それ?」


お互いのお弁当の中身をくらべて、お互いのお弁当にお互いの箸が往復した。











####

楽しく昼食をすませ、土産物屋を1つのぞいてから目的のスイーツの店へ。

どの土産物屋でも、とても嬉しそうに品々を手に取るが、購入する気配のないフランソワーズに少し不思議に思いつつ、別におかしな様子もないために、そのまま店に向かった。


漢字4文字の固いイメージだった店名とはかけ離れた、和洋折衷のシンプルな店だった。
店内は売店と、喫茶室と別れており、2人が席に案内されたとき、店奥から和菓子職人らしき壮年の男性がおおきな木の箱を抱えて店から出て行った。

念願の嵐山(使用している抹茶が特別らしい)限定・抹茶ソフトクリームあんみつを頬張り、ジョーはその店オリジナルのお茶セットを美味しくいただいた。

・・・上に、栗と柚子のアイスクリーム、一口の季節・ミニ和菓子6種類とみたらし団子(ジョーと半分にするつもりだったけれどほとんどフランソワーズが完食することになる)を追加オーダーし、お土産用に箱菓子や日持ちする和菓子を選び、郵送してもらうことにした。

さらに、「昼食前の約束をまもってね!」と、会計前に、ショー・ケースから食べるのがもったいないくらいの和菓子職人の腕が魅せる綺麗な和菓子をいくつか選び、そして。店を訪れなければ買う事ができない”チョコレート・あられ”6袋入り。を、ジョーに買ってもらった、フランソワーズ。

まだ食べるの?と、言う驚きの顔を必死で押さえるために、ひきつる笑顔。



---あられに、チョコレートコーティング・・・。この間のポテトチップスに、チョコレート・コーティングとどっちが・・・。そういえば、柿の種にチョコレートもあったっけ?









「おおきにぃ~ありがとうございましたぁ」


黒い紙袋に金文字で小さく店の名前がプリントされた紙袋を手に、フランソワーズは店を出てぐーんっと伸びをした。

目の前に車道が通り、多くの人が車、バスが行き交う店前。
けれど、店内は長細く奥まった作りから、これらの雑踏は店内で一切聞くことがなかったために、時間の感覚や、自分たちが今、京都・嵐山に来ていることを忘れさせられていたことを感じる。


一歩店を出て、突然動き出した時間。
視界にとらえた川と、渡月橋に、ここが暮らし慣れた街ではない妙なリアルさに、ほうっと溜め息をついた。


「さて、と?」


フランソワーズの傍らに立ち、まるでそうすることが当たり前のように、紙袋を持っていない方の手を、繋いだジョー。


「嵐山と言えば竹林散策!・・・なんでしょう?」


けれど、照れは確実にあるらしく、フランソワーズの方は見ずに、遠くを眺めるように歩き出した。


「歩いて行く?それとも話していたように、人力車?」
「加速装置?」
「ええ?!」
「ふふ、冗談よ、そんなに驚かないで」
「・・・・・・う・・ん、でも、”アリ”なのは、確かだね」
「せっかくのお菓子が燃えちゃうわ」
「景観をみるくらいなら、問題ないよね・・・あと、目的地までの時間短縮ができる、か・・」
「・・・時間短縮なら、ジョーよりアタシの方が優秀よ、”視える”もの全部」
「・・・・・でも、フランは”そこ”にいるわけじゃない・・・し、ボクは視えないから、置いてけぼりなわけ?」
「そうね、アタシだけになっちゃうわね」
「そんなの・・”旅”じゃないよ」
「・・・でも、視えるんですもの」
「視えても、美味しくないだろう?お店に入らないと、食べられなかったよ?」




今朝から数えて、5度目の渡月橋前。

流れゆく人たちは、誰も2人の会話を気にもとめず、街も、車も、川も、山も、紅葉に、空も、・・・2人がサイボーグであることなど、知らない、気にもしない。

気にしているのは、自分たちだけ。



「フランソワーズ」
「なあに?」
「・・・・・歩こうか」


さきほど昼食をとった店のある方向に並ぶ人力車。
何人かの俥夫が呼び込みをしている姿を何度も目にしている。


「人力車なら、それらしいところを歩いていればすぐに捕まえられるしね、歩こうよ、そんなに遠いわけじゃないし」
「迷子にならないでね?」


なるわけがないと、わかっている。 


「なったら、なったで、いいんじゃないかな?」
「どうして?」
「・・・・道に迷うって悪い事ばかりじゃないよ、きっと。面白いよ」
「迷子になることが面白い?」
「うん。面白いかもしれない。ちょっとゲームみたいでさ。・・・自分の足で、歩いて、観て、・・・。そして、さ、たくさん話そう。邸で待っていてくれるみんなに、いっぱい今日のことを話そうよ。もしも迷子になったとしても全部、ね?大冒険だったんだってさ」
「・・・」
「写真も、いらないね。ボクたちが話せばいいだけだしさ。ちゃんと”体験”したことを、ここで感じた事と一緒に残った風景を、郵送してもらったお菓子とお茶と一緒にさ、美味しいお茶、いれてくれる?」


”ここで”の、部分で、ジョーは自分の心臓部分をさした。じん。と、近くにつけられた朱痣が熱くなる。












つん。と、フランソワーズの胸奥が痺れた。
















「いっぱい歩いたら、疲れちゃうわ」


少し拗ねたような言い方になった。


「そのための温泉だよ」


ジョーはそんなフランソワーズの言い方に微笑する。


「お腹もまた空くのよ?」


顔を俯かせて、視線だけをジョーにむけて上目使いに彼の様子を観る。


「・・・・・好きなだけ、食べたら良いよ。駄目って言わないから」


ちょっと呆れたように眉が下がったけれど、にっこりと笑う。


「ジョー」


ほんの、1、2時間前にのぞいた土産屋の前を通り過ぎた。



「なに?フランソワーズ」


バス停の近く、見落としてしまいそうな細い脇道に、竹林参道、野宮神社へは→。と、書かれた標識を見つけた。
2台の人力車が、からからとおおきな車輪の音を鳴らしながら、ジョーとフランソワーズの前を通り過ぎた。


「アタシは迷子になりたくないわ」
「・・・フラン?」



4本の指を揃えて、重なり合っていた手のひらが少しずれた。


「だから、迷子にならないように手を繋いでいてね・・・・」


5本の指の間に、そこが、彼女の指が納まる形に作られていた。と、言いたいくらいに、ぴったりとはまる。


「視えないから、聞こえないから・・・手を離さないでね?」
「・・・うん」


---1人で平気。なんて、・・本当はなりたくないの・・・よ・・・・・









####

昼食中に、この後どうするかを4人は話しあった。

それぞれに行きたい場所があるなら、バラけるか?と、湯田が言った。が。夕食にあの2人を誘うなら、どこか先に店を決めて予約でもした方がいいのではないか?と、言う。


「それなら、やっぱりこの辺になるってことよね?」

抹茶ケーキをつつきながら、りか子が言った。
見晴らしの良いおおきな窓からの眺める京都の晩秋は美しい。

「勝手に決めていいのかしら、・・・先に、島村くんに訊ねた方が?」
「ここを出たら、電話するよ大方決めていた方が、誘いやすいと思うよ」


美奈子の疑問に、湯田が答えた。


「私、嵐山はだいたいまわってるんですよ、できたらどっか他に出ません?せっかくの京都だから、ここだけで終わってしまうのも、なんだと思いますよ?島村くんたちだって夕食だけでもここから離れるのってアリんじゃないですか?そっちの方が乗ってきそうな感じ」
「アリだな、原のアイデアは。候補の店しだいだろうけど」
「昨日たっぷり京都のお膳はいただいたし、今晩も?」

りか子が少し不満そうに言った。
美奈子は、白玉あんみつを食べながら、笑う。


「別に美味しかったらどこでもいいんじゃない?」
「お昼、島村くんたち、何食べたんでしょうね?」


抹茶パフェをほとんど食べ終わった千里が、硝子の器の底をすくった。


「やっぱ、それらしいのじゃないかあ?・・・ってことは、だ。別に”京都っぽい”料理じゃなくてもいいんだと思うぞ?」


食べ終わった、’そばがき’が気に入ったのか、追加オーダーしたのを待っている湯田。


「店さえ決まっていれば、現地集合もありですもんね」


ちらり。と、湯田の隣の席に座るりか子に視線をおくった千里。
その視線に、りか子は気づかないふりをして、最後のおおきなケーキの固まりを頬張った。

「お、きた」

追加オーダーした、そばがきをウェイトレスがテーブルに置く。
美奈子はサービスの緑茶を頼んだ。


「じゃ、どこでもいいから店決めて、予約入れる前に、島村に連絡でいいかな?」


話しがまとまった。














####

異世界へ紛れこんだと言うよりも、時代をタイムスリップした。が、正しい。





土と竹の香り。

のんびりとした冬の訪れを感じさせる冷たさに、凛とした風が、ささやかに竹林を揺らす。
小径の両側を竹林の壁に沿って、ゆっくり、ゆっくりと、歩いて行く。


芝の垣根の向こうは終わりのない、青緑の世界。


ジョーとフランソワーズが、小径に入ったとき、再び1台の人力車がかけていったのみ。
小径に取り残されたように、2人だけ。




竹林の影におおわれて、すとん。と、気温が下がる。
午後の陽の光がときおり竹の合間を塗って、こぼれおちて、土に触れる。


言葉なく、耳を傾けて。
静寂の中で竹林浴を楽しんだ。





竹林の小径の途中、嵯峨野めぐりの起点「野宮神社」。
近くなると、聞こえて来た会話と、人々の姿に”現代”へと戻る。


大きく膨らんだ路の端っこに並んだ人力車。
ジョーの言った通りに、乗ろうと思えばいつでも乗れると、フランソワーズは微笑んだ。


「ここが、神社?」
「ん、有名なね。あの、ひ・・」


光源氏。と、言葉にしようとして、止めた。
彼女は”あの”光”とこの”光”を区別できていない様子であったため。

自分でも名前くらいしかしらない”昔のアイドル”を、なぜ知っているんだ?と言う疑問は、邸に帰ってから訊く事に決めた。


「どうかした?」
「いや、別に。行ってみる?」


そして、ここが有名な”縁結び”の神社であることも黙っておいた。一応、学問も含まれているが、”縁結び”の野宮神社の方が強い。


「あら、車でもこられるのね!」


黒木鳥居の前の、拳ほどの段差しかない石段を上りながら、フランソワーズが振り返った。
そこに、1台のタクシーが止まる。


「ほんとだ。・・・へえ、いいんだね」


そして、タクシーの中から、晴れ着姿の小さな女の子が、母親に手をひかれて出て来た。


「可愛い!!」
「・・・・・あれって、七五三かな?」


七五三の行事をこなした記憶はジョーにはない。ただ、その年齢に神社仏閣にお参りする文化があると、知っている程度。お正月に除夜の鐘を108つ聴く、御参りするのと同じ感覚でしか知らない。


「七五三?」
「問題なく大きくなりますように、って御願いするんだよ、3、5、7歳の時に」
「なぜ、7からなの?」
「・・・どうしてだろう?あ。千歳飴は」


ふと。施設で7歳のときに千歳飴をもらったことを思い出した。


「ちとせあめ?」
「元気に長く生きられますように、って言う飴をもらった、うん。7歳のときに」
「・・とおおっても長く生きられのは、叶ったのね?」
「・・・・・だね」
「若いままだし」
「・・・・うん」
「人100000???倍、怪我には強いし」
「飴を食べたせいじゃないと思うけど・・・」


---飴を食べたらみんな、サイボーグなんて、変だしさ・・。


そんな会話で足を止めていた2人の横を、晴れ着姿の、うっすらお化粧をしてもらった女の子と、手をひく母親、その両親らしき初老のとろけそうな笑みを浮かべた夫婦が通り、ジョーとフランソワーズよりも一足先に黒木鳥居の中へと吸い込まれて行った。

鳥居は小柴垣に左右を囲まれて、その先がどうなっているのかフランソワーズはわからない。





今日は。
・・・・今は、視えない、聴こえないから。















「アタシたちも行きましょう!」


今日は特別な日。と、幼いながらにわかっているのか、着物姿が嬉しいのか、輝くような笑顔の女の子が可愛らしく、少し羨ましかった。


「あ、うん」


黒木鳥居をくぐり、フランソワーズは思う。


---今日はアタシにとっても特別な日なのよ・・・。




ジョーが予想していた通り、フランソワーズは”縁結び”の”縁”を、”良き人々との出会いにご縁があること”と、大きく捕らえて、それらの”縁”に恋人、生涯の伴侶探しが含まれていたりすることまで考えつかないようだった。




境内に入り、手水舎で手を清める。どうして?とフランソワーズに訊かれて、みんなしてるから。と、しか答えられなかったジョー。

人が向かう方向にしたがって、本殿へ進む。
本殿の端っこに小さく二拝拍手一拝と書かれていたのに気づいたので、それに倣う。
フランソワーズもジョーを観て、真似た。


「何をお願いしたの?」
「内緒」


離れた手がごく当たり前にもどり、繋がる。


「けち!」
「じゃ、フランは?」
「アタシ?ん~・・・ジョーには教えないの!」
「え?なんで、ボクには?じゃ、他の誰かには教えるの?」
「ん~~・・・、そうかもしれないわ!」
「ええっ・・なんで?」
「なんでも!・・・・でも、お願いが叶ったら?叶うかもしれないときがきたら?かしら・・その時に教えてあげるわね」
「それなら、フランソワーズの願いが叶いますように、ってお願いもしておくんだったよ」
「3つ御願いしたの」
「3つ?」
「その内の1つなら、教えてあげるわ」
「なに?」


ジョーは立ち止まってフランソワーズをのぞきこむようにみた。


「・・・ずっと、みんな(仲間)と一緒にいられますように、この縁が切れませんように」


視線を前に戻して、ゆっくりと歩き出す。


「・・・・・神様なんかにお願いしなくても、切れないよ。フランソワーズが泣いて嫌がっても、ずっとみんなフラソワーズと一緒にいるよ、ボクたちの”縁”がそんなに柔に出来てると思ってるの?」
「・・・」


フランソワーズは、観光客らしきグループの方へと視線を送ると、そのグループに紛れた家族に視線が止まった。
赤ん坊を抱いた母親に、父親に手を引かれた、蝶ネクタイをつけた男の子。さきほど目にした”七五三”の女の子と同じ理由でここにいるのだろう、家族。


「心配しなくていいよ」


きゅ。と、繋いだ手に力をいれたジョー。
フランソワーズの視線の先にいる家族に、ジョーは気づく。


兄と妹。

なんとなく、ジョーは3つの内の2つ目のフランソワーズの願いがわかったような気がした。





フランソワーズの願い。

ジャンに、ジャンの家族に、自分がサイボーグであることによる災いがふりかかることなく、婚約者のエヴァと、娘のフランシーヌの3人、幸せに深く縁ある家庭を、と。





二度と会わないと誓った理由。

ジャンとフランソワーズはもう、2人きりの家族ではなくなっていた。
新しい家族を”もしも”の危険を遠ざけるために、フランソワーズはエヴァに自分がサイボーグであることを告白しないと決めた日に、ジャンと(その家族に)一生会わないと誓い、それからずっとフランスへ帰ることなく日本で暮らしている。





別々の人生を歩み出した。と、言い。
ジャンはもう”アタシのジャン”じゃない。と、言い。




もう、いない。と、”いない人”と決めた。






---最後の一つは・・・?



力を入れて握られた手に、フランソワーズは笑った。


「壊れちゃうわ!私の手がっ!!」
「え?!」


慌てて手の力を抜いて、ごめん!と謝りつつ、ジョーは自分の願いを反芻した。


---家族(仲間)の幸せと、フランソワーズの幸せを、・・できれば、彼女の幸せをボクの手で・・・がんばります。だから、






フランソワーズは弛んだジョーの手を、逆にきゅうっと握りしめた。


---ジョーと・・・ずうっと一緒にいたいです。だから、・・・・お願いしてもいいですか?












この縁をもっと強く、永遠のものにしてください。
誰も切る事のできない強さと、終わりのないものにしてください。




フランソワーズが、好きです。
ジョーが、好きです。








この気持ちを伝えても、大丈夫ですか?


彼女が、彼が、受け入れてくれなかったらと考えると、怖いです。
今の関係が壊れてしまうかもしれないと、考えると、怖いです。
この縁が切れてしまうかもしれないから、怖いです。







フランソワーズとの縁をもっと、もっと強いものにしてください。
ジョーとの縁を切れないものに、永遠に繋がったものにしてください。

















長い月日、参拝客になでられ続けて、つるっつるになった「お亀石」にフランソワーズは笑いながら触れた。心地良い石の感触が気に入った様子だったけれど、ジョーはその磨かれた様に苦笑していた。

足をすすめて移動し、絵馬を興味深く観察。
日付を観て驚き、内容が”恋愛”が多い事に首をひねったので、ジョーはフランソワーズを引っ張るようにその場を離れた。境内はあまり広くなく、素朴な風情で、清々しい空気に包まれていた。

手に入れたパンフレットを手に、奥へ奥へと入ってすすむ。




じゅうたん苔と呼ばれる、一面の緑の苔の庭園に2人は時間を忘れて見入り、同じ境内に白福稲荷大明神、大山弁財天があるのを知った、フランソワーズは首を傾げる。


「日本の神様っていっぱいね?」
「・・・まあ元々仏教はキリスト教と同じように布教された宗教で、神道が正式な日本のなんだけど、なんていうか、ちょっと信仰の発想がギリシア神話的な感じだと、思います・・・って、あのさ」
「?」
「日本人だけど、そんなになんでもかんでも知ってるわけじゃないからね?」
「でも、だいたいは答えてくれてるわ」


おみくじをひいてみる?と、訊ねると、元旦の初詣まで待つわ!と返事が帰ってきた。
お守りは?と訊くと、神様(お守り)を持ち歩いて無くしたり、壊したりしたら、アタシずっと後悔するわ!と、答えた。
ジョーは、お守りなんてそんなものだよ。と、言い、クリスチャンがクロスを持っているのと、同じようなものだよ?と、説明する。興味深げにお守りが並んだケースを見ていたけれど、フランソワーズはそれを購入しなかった。


再び黒木鳥居をくぐって、竹の香りと色に包まれる。


「あ!」
「どうしたの?」


道案内の標識を観て、ジョーはしまった!と、声を出した。


「世界遺産の”天龍寺”飛ばした」
「飛ばした?」
「道順的に、・・・天龍寺で、野宮神社だったんだよ、確か・・・。天龍寺にいくと、一旦もどることになるのかなあ?」
「野宮神社の次はどこなの?」
「ええっと、この矢印だと、大河内山荘だね」
「世界遺産を飛ばすなんて・・・」
「いや、途中までは覚えていたんだ、ああ。ここだって、ほら、大通りを歩いていたら、開けた場所があったよね?」
「ええ、あったわ。おおきなお寺へ通じているみたいで、たくさん人がそっちへ行ってたわよね?ちゃんと”天龍寺”って掘られていた石を観たわ」
「・・て、フランソワ-ズ、気づいてたらちゃんと教えてよ」
「あら、私はフランス人だもの!」
「理由になってない、なってない・・・」
「でも、そこが散策の始まりだなんて、知らなかったもの!」
「・・う~ん、どうする?」
「世界遺産、と大河内山荘?ねえ、大河内山荘はなあに?」
「有名な日本の映画スターの山荘」
「・・・・・・・・・・世界遺産じゃなくて?」
「とってもいいらしいよ?それに、その先に、ええっと・・・」

ジョーの補助脳が動く、と、それを止めるかのように、道しるべの標識の前に立つ2人にむかって1人の俥夫が声をかけてきた。


「よかったら、この地図どうぞ。それと、お急ぎになった方がよろしいですよ。ここは盆地やから、日が暮れるのも早いですし、拝観されはるんでも、だいたい今の時期どこも5時までですからねぇ」


その声に、ジョーはジーンズのポケットから携帯を出して時間を確認する。
2時56分を表示していた。


「よろしかったら、こういうのどうですか?」


差し出した地図の上を。俥夫が人差し指でなぞった。


「乗ってくれはったら、拝観なさりたいお好きなところで降ろしてさし上げますし、私の勝手なおすすめですが、このまま竹林の道をすすんで、落柿舎をまわって、二尊院、少し道を戻りまして、常寂光寺と続きます。お話なさっていた大河内山荘、ここの山荘は拝観料に、御抹茶、お菓子が付きますから、ここでゆっくりなさるか、この前の常寂光寺で。ここは紅葉もまだまだ見頃で素晴らしいですよ。ですが、長い石段を上るので時間を考えますと、やっぱりおすすめは、大河内山荘ですね。こちらまで御連れいたしますから、あとは、お時間をみはって、天龍寺に行かれるもよし、亀岡公園で夕暮れの嵐山を見はっては?眺めがよく、トロッコ列車が通るのを見られますよ。ライトアップされた列車で亀岡まで行かれはってもいいですねえ。往復券を買われて同じ列車でこちらへ戻ってもこられますし。・・・今からですと、どこも拝観なさらないのでしたら大河内山荘まで40分以内には着きますよ」


完璧だった。


「オルゴールとかお好きですか?たしか今週末は、イベントで夜の8時まで開館してはりますよ」


紺色の短いエプロンのような前かけについているポケットから、嵐山・オルゴール館と描かれたカードを出してフランソワーズに渡した。親切にそんな情報までくれる。


ジョーとフランソワーズは視線で会話し、微笑みあった。
自分たちの足でも、十分にそれらをこなすことができるだろう、ちょっと一目をさけて”ズル”をすれば、飛ばされた祇王寺、滝口寺、化野念仏寺、もまわれるだろう。けれど・・・、


「それじゃあ、そのおすすめをお願いします。でも、まだどこでかは、決めかねてますので、一応・・・」
「はい、御決めになられましたら言って下さい、それで結構です。一応はご説明させていただいた、大河内山荘まで。と、させていただきますが、よろしいですか?」


俥夫は、さっとコースの値段などを説明する。


「いいよね?フラン」


ジョーの声に、にっこりと微笑み、そして大きく頷いたとき、ジョーの携帯電話が震動した。












旅行編へ続きます・・・。

*も!はりきって続いちゃお!・・・・・・すみません(涙)
 『そんなところが好き』も分けます。多分、上手くいって2つ・・・伸びたら(汗)
 ・・・さっくり、すっきり進もう!を呪文のように唱えながら書きます。

 ちなみに、天龍寺・・・毎回、飛ばしてしまうんですよ・・。
 今回こそは行くぞ!と言いつつ・・・気がつけば行ってないが、毎回のパターンで(汗)
 なぜ忘れるのか謎。
 友人が生まれも育ちも”嵐山”で、遊びに行く機会は山とあったのに・・・・。
 一度も行けないままでした(笑)
 ちなみに友人は、嵐山観光自体したことないし、トロッコ列車も川下りもしたことないそうです。 
 猿山もやねん!ってきいたときには、驚いたです。そんなもんですかねえ・・・。
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まったく理解できない/2009年は丑年です
リビングルームから響いて聞こえてくる、なんとも間の抜けた鳴き声。
観て!見て!っと、フランソワーズがはしゃぐから、どうしようもなく”しょうもない”それで遊ぶのにつき合う。

遊ぶ。と、いうのかな・・・?



それは、買い出しの商店街で集めた(正確には、張大人の店の分をわけてもらった)福引き券で当てた。(ボクが!ね・・・)景品の1つ。
他にも、図書券1万円分。お正月新作映画の試写会ペアチケット。みかん5箱。まる餅10kgに、ポケットティッシュの山(これはフランソワーズ)などを引き当てた。

自分では気づかなかったけれど、どうやらボクはくじ運がいいらしい。

おおきな物(特賞のマレーシア5日間の旅、一等の国内30万円分旅行券)とかは引き当てないけれど、そこそこの物は引き当てる。




『・・・このくじ運の良さでサイボーグになることも引き当てちゃったのかな?』


買い物から帰って来てから、引き当てた景品にはしゃぐ家族(全員集合中)の前で言ってみた。

思ったよりもウケなかった。

・・・と、言うよりも、そこで運を使うか?!と、呆れられたり、失笑をかってしまった。
ボク的には、いい感じなジョークだったと思ったのだけれど。


向いていない事は言う(する)べきじゃないな。と、さっそく新年の注意事項に書き込んだ。


「ジョー、ね!ね!もう一回よっ」


やっぱり、くじ運はよかったんだ。と、思う。


「・・・見てますから、どうぞ」


彼女のその、くじ運の無さが003となってしまったことも、同じように。


「ふふふ、いきます♪」


でも、ボクはこのくじを引き当てたことで、今、幸せだったりする。
色々あったけれど、今後も色々とあるだろうけれど。


「・・・楽しい?」


それでも、ボクにとっては”特賞”以上の当たり。

フランソワーズに出会えた。
ボクは彼女に出会うと言う、最高の運を引き当てた。


「とおおおっても!!」


彼女が笑う。
フランソワーズが笑う。


ボクに笑ってくれる。






目の前にいる彼女が003だなんて、未だにちょっと信じられない。
でも、その前は、003が彼女だなんて、信じられなかった。

とっても、不思議な女の子。





たくさんの秘密が、まだまだあるんだろうな。
今のボクはどれくらいキミを知ってるんだろう?





「見ていてね!」
「はい」


ボクとフランソワーズは、ソファには座らずに、毛足の長い、ふかふかのカーペットに並んで座っている。


「えい!」


桜貝色の爪をしたほっそりと長い、フランソワーズの指がつん。と、突く。
面倒臭そうに揺れて、ぼてん。と倒れる。と・・・・。






もおおおおおおおぉぉぉぉぉx~~~~~~~~~ん・・・・。







牛乳パックが牛の鳴き声をあげる。


「可愛いっっ!!可愛いのおおおっ!!」
「・・・・・良かったね」
「ね、もう一回!ね?ね?」
「・・・・・・はい」


倒れた”それ”を起こすのが、どうやらボクの役目らしい。



リビングルームの硝子作りのロー・テーブルの上に置かれた、高さ10cmの白と黒の牛柄模様の牛乳パック。

尻尾なんかついている。



その牛柄牛乳パックのおもちゃを、かなり気に入ったフランソワーズと、すでに1時間くらい・・・こんな風に過ごしている。


途中まではテレビを見ながらだったけれど、集中して!と怒られて、今は静かなものだった。
初めはおもしろがった家族たちも、5分も見れば、飽きてしまってそれぞれしたいことをしに、リビンフルームを去って行った。



何が、そんなにおもしろいの?
まったく、ボクには理解できないんですけれど・・・・。



指先で、さっさと起こした牛柄牛乳パック。
底に”牛の鳴き声”の細工があるのか、少し重たい上に倒れやすいようにアンバランスな平均感覚。

パックには”もぉもぉ牧場MILK”とまるっこいもじで書かれていた。
本物の牛乳パックを見立てて、可愛らしくアレンジしてある。

パックの柄が牛柄と言うのが”おもちゃ”の証拠みたいな。
牛の尻尾がついているのは、女の子にむけて”可愛いでしょ?”とアピールしてる?


「ふふ、素敵ね!」
「・・・・・・・そお?」


こんなに遊んでもらえるなんて、作った人は想像していただろうか?
と、言うか、どんな目的があって作ったんだろう・・・?
このアイデアが出た時、商品化をするミーティングで誰も意義を唱えなかったのか?


「ジョー、これ、アタシがもらっていいの?」
「ん?ああ、もちろんいいよ」
「本当に?」
「うん、本当に」
「ありがとう!!!」


フランソワーズの花のような愛らしい満面の笑み。
・・・・作ってくれた人に感謝しなくては、なんて思ってしまった。




再び、桜貝色の爪をしたほっそりと長い、フランソワーズの指がつん。と、突く。
面倒臭そうに揺れて、ぼてん。と倒れる。






もおおおおおおおぉぉぉぉぉx~~~~~~~~~ん・・・・。







牛乳パックが牛の鳴き声をあげる。




「ふふふっ。もおおって言う前にちょこっと”む”が入るの!!」
「・・・・ね?」
「可愛いのっ」
「だね」


今年一年、ずっとフランソワーズの隣にいて、彼女が笑っていてくれたら良いな。と、願う。
できれば、牛柄牛乳パックのおもちゃなんかの手を借りないで。と、付け加えておきたいけれど。






でも、これがあとどれくらい続くのかなあ・・・。
さすがに、”これだけ”だと、いくらフランソワーズと一緒でも・・・。


「今度はね、一緒に、ね?」
「ん?」


フランソワーズの手が、だらりと、膝上にあったボクの手を両手で包むと、人差し指だけ残してあとの指を軽く握らせる形をつくってくれた。
彼女の小さくて、白くて、ふっくらとした、柔らかな手が、重ねられて。


「いち、にの、さん!」








もおおおおおおおぉぉぉぉぉx~~~~~~~~~ん・・・・。







牛乳パックが牛の鳴き声をあげる。
ボクの手を握ったまま嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。



一生このまま、この”しょうもない”おもちゃで遊んでいてもいいかも、と思う。
せめて、干支がかわる来年まで。


フランソワーズの手をボクは握る。
リビングルームの毛足の長いふわふわの絨毯に並んで座って。


「もう一回?」


手を繋いだボクたちは、もうしばらくの間邸のリビングルームに牛の鳴き声を響かせた。


「ええ、もう一回!ね?」
「うん」




今年一年は、すごく良い年になりそう・・・かな・・・。

手を握るまでの緊張におののく、壊れそうなほどに五月蝿い心音にも大分慣れてきたし。と、言うか、そういのうがなくなった。
ボクが・・・こうやって何も理由なく手を握っていても彼女は大丈夫みたいだし。
フランソワーズからも手を繋いでくることもあって、そういうのに動揺することもなくなった。



「フランソワーズ」


・・・・昔の自分は、こんなボクをどう思うんだろう?
きっと理解できないんだろうな。


「なあに?」
「これってさ、牛だけなのかな?」
「?」
「他の動物あるのかな?って」
「ないわ!」
「即答だね」
「だって牛乳パックにシッポだもの」
「え、そこなの?」
「ええ、牛乳パックにシッポがポイントだから、ないの!」
「猫とかは?鳴き声可愛いと思うけど?」
「ミルクなのよ?」
「じゃ、ヤギ」
「チーズだわ!」
「チーズがさ、めええ、って鳴くのは?」
「・・・・・・・・・・」
「どお?」
「ジョー・・・」
「なに?」
「解ってないわ、まったく、ぜんぜん”可愛い”を理解してないし、この、おもちゃの素晴らしさがちゃんとわかってないわ!!」
「ええ?!」
「も、駄目、ちゃんと見て!遊ぶのっ!!!!」
「は、はい!」


きゅうっと、強く手を握られて。
怒っている、フランソワーズも可愛い。なんて、思う、ボクなのでした。












*おまけ*

家族たちは、なんとなくリビングルームを避けて、いつの間にかダイニングルームに集まっていた。まもなく、夕食の時間。

「・・・あれからどれくらい経つのかの?」
「4時間43分53、54、55、・・・・・」
「そこまで正確にはからんでもいいアルよ」
「いや、でも・・・興味深いよ。ジョーの忍耐力の強さは知っていたけれど」
「あの、おもちゃが壊れるか、フランソワーズが飽きるか、ジョーの我慢の限界が来るか、どれだあ?」
<おもちゃハ壊レナイヨ・・・。僕ガ起キテイルカギリネ>
「にしても、だ。手を繋いだはいい。それなりに”去年”より進展があったことは認める」
「おお、アルベルト珍しいな」
「・・・・・・・だが」
「言うんじゃない、アルバルト、みなまで言うな!」
「「「「「「<博士>」」」」」」


よよよ、と。時代劇風にダイニングルームの床に崩れ落ちた、G博士。


「手を、手をじゃぞ・・・ジョーから、ジョーから繋いだ、それだけで儂は・・・しかも、あの、あのフランソワーズの嬉しそうなことといったら!!!どうじゃっ」


天井をあおぎ、その感動を訴えた。


ピンスポットがG博士にあたる。
懐中電灯を手にしたグレートによって。



<確か、前は孫だ、娘だと騒いでいた。>
<だよね?・・・僕も覚えてるよ>
<博士、苦労されてるんだな・・・張、グレート、お前たちは普段、何してるんだ?>
<これでもちゃんと2人のこと応援してるアル!>
<吾輩も!それなりに進展するよう、日々精進しておるぞ!!>
<それで、これ。か?>
<ジェロモっ!意地悪ネ>


「そうじゃ!」


すっくと唐突に立上がったG博士。


「ジョーが倒れたら、もおおおぉぉぉぉ・・・!と、アレと同じ鳴き声を出す機能をつけるんじゃ!」
「「「「「「「!!」」」」」」」

握りこぶしを作り、に。と、イワンに笑いかけたG博士。


「そうすればじゃ!フランソワーズは嬉々としてジョーをベッドに押し倒しまくるぞ!!!」


きらきらと燃える瞳は科学者の情熱。


「儂が生きておるうちに、孫じゃ!!ウェディング・ベルじゃ!!行くぞ、イワン!早速準備じゃ!!」
<オウ!>

注)イワンは面白ければなんでもいい主義です。






その場にいた全員が想像する。


戦闘中の009、攻防の激戦を繰り返す。
一瞬の隙が命にかかわるほどの強敵。


「きゃあ!」


敵の目に触れない位置に動くな、と命令して安全を確保させていたはずの、003の悲鳴が聞こえた。


<フラン!!>


その声に、009の意識が彼女へと向かった刹那の隙を敵は見逃さない。


「うぐっっ!」


敵からの一撃を受けて倒れた!







もおおおおおおおぉぉぉぉぉx~~~~~~~~~ん・・・・。










と、鳴った009。











邸が壊れんばかりの大爆笑。
ギルモア邸、笑いの角に福来る。今年一年も平和だな。と、笑い合った。



リビングルームの2人がその笑い声に驚く。


「なあに、いったい・・・???」
「なんだろうね?」
「すっごく笑ってるわ」
「ほんと、何かあったのかな?」
「苦しそうなくらい、笑ってるわね」
「「・・・・」」


2人は、目の前にあるおもちゃを見つめる。
つん。と、ジョーがそれを突いて、倒した。



もおおおおおおおぉぉぉぉぉx~~~~~~~~~ん・・・・。




ダイニングルームがさらに激しい笑いの渦に包まれる。






「ふふ、やっぱり、これだからいいのよ!みんな解ったんだわ!これの良さが!」
「う~ん・・・」





***

地下にかけこんだ、G博士とイワン。
メンテナンスルームのドアが開き、あ。と目を見合わせた。


「そうじゃった!002の身体検査中だったんじゃ!!」
<うっかりシテタネ!>


ジョーとフランソワーズが買い出しから戻って来たことを知り、お茶に呼ばれたために、ほんの10分ほどの休憩が、・・・・。


「ふむ・・・・」
<チョウドイイカモ♪>
「じゃな!ジョーの前に、002で試してみるかの?」








end,



*・・・・その後、改造されたのか。002の運命はいかに!(笑)
 酉年まで、放っておかれたりして・・・。

 昔、昔にそういうおもちゃありましたよね?
 牛乳パックをひっくりかえすと、鳴くんです。
 欲しかったけど、親に「しょうもない!」と買ってもらえなかった記憶が・・・。

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そんなところが好き/京都・嵐山2泊3日の旅・6
フランソワーズが持っていた鞄と和菓子の入った紙袋を、俥夫が預かり、それを人力車の後ろ、幌(ほろ)の下に取り付けられている、荷物箱に入れると、車軸にひっかけてあった踏み台のための木箱を出した。

俥夫が手を貸して、先のジョーが車に乗るのを助けた。見た目よりも高さのある人力車に、ジョーは少し驚く。
野宮神社前にとめられていた人力車のため、通りかかった多くの人がフランソワーズが人力車に乗り込むところを眺めた。

先に乗った、ジョーが手を伸ばす。
踏み台にとん、と、足をのせて俥夫が出した腕に手をそっと添える。ジョーが伸ばした手にむかって、左手を伸ばすと、ふうわりと、車に吸い込まれた。


「まあ、とっても高いのね!」
「同じ景色なのに、ぜんぜん違うように感じるね?」


2人が車の席につくと俥夫が、おおきな1枚の紅い膝掛けを2人の膝にかけた。


「車をおこしますから、少し揺れます。どうぞ背を後ろにあずけてリラックスしてくださいね」


俥夫の背に、車屋の屋号がプリントされていた。
左手に梶棒(人力車の車体から伸びる棒であり、引き手が操作する棒でもある)を握り、俥夫の前にある支木(縦に二本伸びる梶棒を繋ぐ横棒)を右手で握る。

ゆっくりと地と平行になっていく梶棒に従って、自然と背もたれによりかかる姿勢になっていった2人。


「では、竹林の道がつづきまして、落柿舎へ向かいます」


同じ屋号の仲間から「行ってらっしゃい!」と声がかかった。
その声と同時に車が動き出すと、人々の注目が集まる。


「・・なんだか、恥ずかしいわ」


ふふ、と口元で笑い肩をすくめて、ジョーをみる。
むけられた視線を意識しないようにと。


「・・初めだけだよ」


そう言ったジョーの頬が少しだけ赤らんでいる。



---やっぱり、カメラ用意した方がよかったかも・・・。



2人はなんとない気恥ずかしさに微笑み合う。
その姿が絵に描いたような可愛らしい恋人同士の姿に映っているなど、本人であるがために気づかないまま・・・。


心地よい風が、すっとした清々しい凛とした竹の香りとともにまう。
今まで見ていた同じ竹林風景でありながら、視界の高さがかわっただけで、まったく別の世界を作り出した。

左右でくるくるとまわる車輪の音が耳心地良く、リズム良く駈ける俥夫の足音。


「いいね、人力車って」


俥夫が作り出す揺れの感覚が安定したとき、ジョーがそっとささやいた。


「ジョー」
「なに?」


寄り添ってすわる座席はとても柔らかく、予想していたよりも直接的には震動が伝わってこない。


「・・・・・あのね」
「うん」


竹林の道が終わろうとする。


「アタシ、・・・・とっても甘えん坊なの」
「へ?」


人力車が開けた路に出ると、ジョーの方へと曲がった。
躯が自然とそちら側へとよる。

フランソワーズは、微かにかかった重力の助けを借りて、するっとの自分の腕をジョーの腕に滑り込ませ、その腕をきゅうっと抱いた。


「ふ・・っ」


曲がりきった車から去った重力。
けれどそのまま、ジョーの方へと体重を預けて、彼の肩に頭をあずけた。


「すごく、すごく・・・甘えん坊で、困らせてたの」
「!」
「・・・・・たくさん甘えたのよ、そして、甘えさせてくれたの」
「・・・お・・・兄さん・・・?」
「ええ・・。いっぱい、いっぱい、お姫様みたいによ・・・」



たくさんの家族を見た。
なぜかジャンの顔が先ほどからちらつく。


幸せな家族を、旅先のここでなくても、いつもの街でも見慣れているのにも関わらず。


昨日、ホームシックにかかったせい?と、フランソワーズは自分に問う。
胸奥に隠している涙を誘う感情が、まだその時期ではないのにも関わらず、溢れ出しそうになってくる。




きゅうっと、胸が切なくちぢこまる。
きゅうっと、ジョーの腕を抱く力が強まった。


「フランソ・・・ワ-・・・ズ?」


からからと車輪が鳴る。
車輪の上方を覆う、銀色の泥除けが傾き始めた陽を弾いて眩しい。



「・・・たまに、ごく、本当に、ごく、ごく、たまに、ね?・・・・あの時のように甘えたくなるの」
「あ、の・・とき?」
「・・・2人きりで暮らしてた、日本なんて、・・名前くらいしかしらなかった時」


---サイボーグに、なる前だね?







兄に会いたい気持ちが溢れ出した夜に、彼女は1人で泣いている。
知ったのは、去年の、まだ桜の季節には少しばかり早く、肌寒さ残る季節だった。


「ずっとなんて、無理だし・・・ジャンだってね、・・・(サイボーグにされることなくアタシと)暮らし続けていても今みたいにエヴァとフランシーヌと家族になってたと思うの、でもね・・・」
「でも、何?」


ジョーはまっすぐに前を向いていた視線を、フランソワーズを見る。
フランソワーズは、ジョーの視線が自分にむけられたことに気づき、彼の腕に顔を隠した。

押し付けられる感触が強くなると、ジョーの鼓動が人力車が走る早さを少し超える。


「・・・ごめんなさい」


頭に浮かんだ言葉をわざわざ言葉にするのが辛く、振り払うように頭を左右に振る。
ジョーの着ているコートとフランソワーズの蜂蜜色の髪がすり合った。


「変な話しをして・・・だって、・・・アタシは”同じ”じゃないでしょう?違うもの。離れている間にかわっちゃったの・・・。わかってるのに、・・・ごめんなさい」


様々な想いがフランソワーズの胸の中をまさぐり、望んでも仕方が無い過去のイメージが脳裏を駈ける。


人力車に乗ったことに少し後悔した。


歩いていれば、躯を動かしていれば、それなりに気が紛れる上に、自分からジョーとの物理的に距離をあけることができた。
気持ちを切り替えるために、なんでもできた。

けれども今は・・・。

通り過ぎていく風は古都の香り。
耳に届くゆるやかな時間の流れをつげる、車輪の音。
道は細く京都独特なうねりに、人力車は心地よいリズムを作り、フランソワーズのこころを揺らす。
身を任せる少しだけ古びた座椅子に座る、隣には・・・・触れ合い、絡めた腕がとけない距離に、ジョー。

自然と、大好きな彼に甘えたくなる。
普段よりも、ずっと、ずっと。ずうっと強く。

一緒に居たいと言う気持ちが、好きと言う名前に代えて、ジョーとは違う方向にあったジャンへの気持ちとない交ぜになって、強くなる。
突き上げるような、熱を持ってジョーに甘えたくて、素直に躯がフランソワーズの気持ちに動いた。



「・・・謝らなくていいよ。言わなくても・・・わかるから。・・・・・ありがとう」


1人で泣いちゃ駄目だ。と、言った。

淋しいとき、泣きたいときはそばにいる。と、ジョーはフランソワーズに言ったけれども、彼女は相変わらず、淋しさも、苦しさも、苦く重たい、喉にそれらを通す辛さに耐えて何もかも全てを飲み込んでしまい、彼女の哀しみを映し出した深い濃紺の空のカーテンに隠れて、星のように静かに涙をまたたかせる。

その日は、ジョーも眠れない。

彼女の部屋のドアをノックする、勇気がなく、・・もしかしたら、1人でこそ、彼女の、それらを”乗り越える”儀式なのかもしれない。と、踏みとどまってしまう奥病な自分に言い訳して、フランソワーズのドアに背を預けて夜を明かす。


「?」
「嬉しい」


ジョーの腕に埋めていた顔をあげる。


「キミから、・・・”あの夜”みたいにでなく、泣かずに、ちゃんと・・・お兄さんの話しがきけて、そして、ボクに話してくれて嬉しいから」


微笑む、ジョーの瞳の色がお日様のように温かく、柔な木漏れ日よりも優しくフランソワーズを見つめた。


「・・・・ありがとう、ボクに話してくれて」
「ジョー・・」
「それに・・いいと思う、よ?」
「?」
「いいよ。甘えて・・・・。旅の間くらい、・・別にそれ以外でも、・・毎日だって、さ。迷惑じゃないし、大丈夫だから。あ、・・・甘えてよ、ボクでよか・・たら・・・だ。けど・・・」


---・・・迷惑どころか・・・・・嬉しいし。


耳がじんじんと熱い。
ジョーは緩やかに通り過ぎる風景へと視線を流し、顔をフランソワーズからそむけた。






”・・・・ありがとう、ボクに話してくれて”


ジョーの優しさが染み込んでゆく。
こういう人なんだ。と。あらためて、彼を知る。

何度も、何度も、彼を知る。

自分とは関係のない、他人のことでも、まっすぐに、そのままのことを、そのままの状態で彼は受け止められる、強い人。
ただ受け止めただけじゃなく、それを、彼らしい思いで包んでくれて・・・不安を悲しさも、辛さも、淋しさを、ゆっくりと溶かしてくれる。


包んで温めてくれた新しい思いを、手のひらに置いてくれるときに言うの。




『大丈夫だよ・・・』




だから、みんなアナタに恋をしてしまうのよ。

アタシも、その1人だから・・・わかるの。


009になる前も、そうだったのでしょう?
昔は”それなりにジェットに負けない悪”だった。なんて、口ばっかりなんじゃなくて?


アナタは、そういう人だもの。











次第に、ジョーの視界がゆるゆるとスピードを落とした始めたとき、俥夫が2人の会話が止んだ間を逃さずに、話しかけてきた。


「京の田舎風景がこれから続きますよ。大分人がはけてきたみたいで、・・・静かですねえ、ここが落柿舎ですよ」


2人の目の前に、広がるのんびりとのどかな、時間の流れを感じないほどに”のどか”と言うことばが似合う風景があった。


「落柿舎は元禄の俳人で芭蕉の門人の向井去来の遺跡でして、庭の柿を売る契約をしたあとに、柿がすべて台風で落ちてしまったことから、落柿舎と呼ばれているそうです・・拝観なさりますか?」


「いいえ、このまま御願いします」
「はい、では・・・目の前の田んぼをぐるりと一巡しまして、次へ参りますね」


俥夫は、振り返り、ジョーの言葉に応えた。
他にもたくさん歴史的な案内の言葉を勉強してきたが、彼らには基本的なことだけで十分だと判断したのか、それ以上の言葉をかけずに、いつもよりも足を遅めに進めた。

四角く区切られた田んぼの刈り取られた稲の色と、周りの薄まった緑に色射す秋が、日本独特な空気に深くフランソワーズは深呼吸する。
ほのかに吸い込んだ紅葉の色に胸が温まる。


「・・・いいの?アタシ甘えても・・・?・・・・・すごおおおおい、のよ?」


フランソワーズは、こぼれ落ちないかと余計な心配してしまうほどの宝石を、きらり。と、嬉しさを隠して、いたずらに光る。


「覚悟はできてます」


神妙な顔で頷き答えたジョーにたいして、くすっとフランソワーズが笑う。


「ふふふ♪じゃ、遠慮なく・・・今だけ、兄さんみたいに、ね?」


声の感じから、彼女の気持ちの揺れが落ち着いたことをジョーは感じた。
腕により強くフランソワーズを感じる。

フィジカルに感じる、その部分にどんどん血が溜まっていくのを必死で命令して流す。
これも”サイボーグ”であったからできることなんだろうか?と、くだらないことを考えながら、フランソワーズのある単語にひっかかった。


「・・・兄さん”みたい”にじゃなくて、さ」
「なあに?」
「兄さん以上に、でいいよ」
「え?」
「・・・・・・・それくらい、100倍、1000倍大丈夫だよ。千歳飴、しっかり食べたしさ」


不思議そうに瞼をまたたかせて、フランソワーズは先ほどの会話を思い出した。


「そうね!ちとせあめ食べた009は強いものね?アタシが甘えたくらい、へっちゃらね!」
「違う」
「あら?どこが違うの?」
「009じゃなくて、”ボク”」
「・・・・・・え?」
「009に甘えるんじゃなくて、ボクに、その・・ボクにさ、甘えてくれる?」


からり、、からり、、と、なる車輪。
どの角度から見ても、同じ風景を目にしているにも関わらず、2人の目には、360度全てが新鮮だった。

ジョーの腕にからめて体重を預け、彼の肩に頭をのせ、見上げるようにしてジョーの横顔を瞳にうつす。





この、角度。と、こころで呟く。






優しい光をたたえた琥珀色の瞳に、影を落とした頬。
まっすぐな視線に、彼の優しさと知的さを表す、顎のライン。

お日様の機嫌を窺うように色を変える、髪の色は、昼間は金茶色に輝いていたけれど、今は落ち着いて、栗色にかわりつつある。

なに?と、問いかけるように、フランソワーズの視線に答えた。


「ほんとに、静かね?」


---アナタのそんなところが、好きになったの。


「うん・・・」


---アナタの、そんな全てが好きなの。


「・・・・ジョー」
「ん?」


---甘えてもいいの?・・・・・あの人の前でも?


「なんでもないわ・・」
「そう・・・」









####


「じゃ、そういうことでな」


湯田が持っていた携帯電話を切った。


「大丈夫なんですか?」


りか子が訊いた。


「今、野宮神社で、そこから人力車でぐるっとまわってくるらしい。その後は公園かオルゴール館、もしくは土産屋をまわるってさ」
「・・・しっかり観光ですね」
「人力車降りたら、電話くれるってことだ」


JR嵐山駅の、改札口から離れた待合室に4人、湯田、りか子、千里。そして、美奈子がいた。


「1日しかないからなあ。そんなもんじゃないか?」
「8時半、でよかったですか?」
「頃合いなんじゃないか?食事して、展望台よって・・・こっちに戻ってくるだろ?遊覧船の最終が11時15分、だから、それには遅れないようにしたいしなあ、で。稲葉、原、水沢はどうするんだ?」


湯田は、平安神宮、京都国立博物館、美術館に行くと言い、彼にはすでにお気に入りのコースがあるらしい。
話し合い、店に連絡して予約をした後に、ジョーに連絡をいれたのは、たった今。


「・・・時間的にも人力車でまわるコースなんて決まってるからなあ。夕食前に合流しようと思えばできるぞ?」


なんとなく美奈子の顔色を読みとって湯田が言った。


「はいっ!」


昼食の店の候補を上げたときのように、ぴしっと手を優等生のごとく挙げた、千里。


「はい、原」


それを教師のようにさした、湯田。


「それでもいいんですけど、私は目的の店があってできればそこ行きたいです」
「どこだ?」
「二澤頒布の店」
「ああ・・・名前はきいたことあるぞ」
「京都に来たら、寄れるときは寄って買ってるんですよ、友達に頼んだり」
「へえ」


その年ごろの女の子たち代表!のような流行最先端を絵に描いたような千里、から、以外な言葉だった。


「好きと流行(はやり)は別ですからね」
「そうですか・・・。1人でも大丈夫なのか?」
「あの辺はばっちり。それに、待ち合わせが京都タワーホテル内のレストラン、で。どうやって迷子になるんですか?100人訊いて100人とも道を知ってますって」
「それならいいが・・・」


千里と話しながら、湯田の視線が、りか子、そして美奈子へと向かう。


「どうする、美奈子?」
「りか・・は・・・」
「千里ちゃんと一緒に、そのお店言ってもいっかな~って。なんかよさそうだし?」


そういって、りか子は千里を見る。


「前に、りか子先輩が、褒めてくれた鞄、あれがそこのなんですよ」
「!そうなんだ。ほら、美奈子も言ってたの」
「あのシンプルな手提げトート?」
「そうですよ」


美奈子が興味を示す。
美奈子、りか子も、大学関係、プライベートも合わせても、京都の旅は片手以上の回数を有に超えている。

嵐山はとくに、”オオガミ”のコネクションが強いために、毎年と言っていいほど来ている。
美奈子は学会、出張などにつき合う度に、も、付け加えておく。


「別に、こっちでもいいんだけど?」


湯田がにっこりと笑う。
美奈子はりか子を見る、彼女は美奈子に選ぶ権利を委ねているのか、首を傾げて美奈子を見ている。

どうしたいの?と、心配気にこちらを見ていた。

りか子のことを考えれば。湯田についていったらいいのかもしれない。
みんなで先に千里の目的の店に行き、そのあと湯田のコースに進むのは?と、考えた美奈子。
それくらいしか、思い浮かばない。


答えなければ。と、焦る。
焦れば焦るほど、なぜか”島村くん”の顔が浮かんでくる。


関係のない、ことばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。


---今までこんなことはなかったのに・・。


こんなにも、彼のことが・・・・好き・・。
”彼女”の存在を知らなかった頃にはなかった、感情が胸に渦巻いている。


「どこか行きたいところあるんですか?」


千里がのんびりと、訊ねた。


---行きたいところ


イコール 気になる 人の ところ。
会いたい。と、思う。


今までに経験したことのない息苦しさ。
重く沈むんだ鉛色だった胸が今は、きりきりとこれ以上は無理!と悲鳴をあげているにも関わらずに、ネジをまわして締上げる。


恋と言うネジ。
島村くんへの思いで形作ったネジ。


「今はみんなで、ぱあ!っとの方が、今夜のためには良さそうだなあ・・・」


美奈子の様子から、湯田は千里にむかって言った。
彼女も美奈子の様子と、湯田の言葉で理解したらしい。


「恋の病は医者なんとやら、ですけれど、友達はヴァイタミン剤くらいの効果はありますからね!アルヌールさんってとっても興味深いですけど、恋の応援は先に水沢さんを応援するって宣誓してますからね」
「宣言?」
「女が単独で行動するときは自分のためだけです。あとは群れをなすので、そこをどう上手く世渡りするかなんですよ」
「・・・怖いな、原」
「そういう勉強してます」
「原の論文発表、楽しみにしてるよ」


美奈子はゆっくりと、りか子、千里、そして、湯田を見た。
自分の気持ちを知っている3人。
そして、島村くんの気持ちも同じように。

あの彼女の気持ちもほぼ100%わかっている。


「・・りか子は、どうしたい?」
「私?」


再び、隣にいるりか子を見る。


「私のことは気にしなくていいから、りかは?」
「美奈子がしたいことにつき合うわ!」
「そうじゃなくて」
「だって、見てらんないんだもん!」


湯田が、美奈子、りか子から離れた場所のベンチに腰を下ろした。
2人の会話がぎりぎり聞こえるか、聞こえないかの距離。


湯田なりの配慮がうかがえた。


「りか・・」
「美奈子と友達になって初めてなんだもん、美奈がさ、自分から”好きみたい”って私に相談してきたの”島村”くんが初めてでしょ?あとはみ~んな相手からだしさ」
「・・・・」
「だから、ちゃんと応援するのっ。いい?美奈子は自分からこんなに恋愛で行動したのって今まであったの?」
「・・・・」


千里も、”親友”である2人の会話なために、ちらり。と、湯田に視線を走らせると、そっとその場から離れて、駅構内の売店へ向かった。


「美奈子ってばさ、いっつも妄想の中の王子様を、だったでしょ?」
「空想って・・」
「・・・ま、いいけど。実際に彼氏がいたって、やめなかったし」
「別にっ!・・そんなの・・・関係ないでしょ」
「一緒よ!ふられた理由だって、そういう”妄想”視点でみてきたせいもあるって気づいてる?」
「りか・・・」
「空想の彼はいいよねえ、痛くも切なくもなくて、自分の”理想”だもん」
「・・・何がいいたいのよ、りか子!」
「嫉妬してるでしょ?アルヌーボーさんに」
「!」


りか子の言葉に、ぎくり。と、肩が跳ねた。
自分の胸の内を見透かされた驚きと、そんな感情が伝わっていた恥ずかしさの入り混じった瞳で、りか子凝視した。


「焼きもちやいてるでしょ?」
「・・・彼女は島村くんの・・」
「家族?でも、島村くんは、そう思ってないんだけど?」
「だけど」
「片思いだって、湯田さん言ったでしょ?はっきりと」
「でもっ」
「見ているかぎり。・・・美奈子は気づいてないかもしれないけれど、ね、アルヌールさん、美奈子と島村くんが一緒にいるところを、なるべく見ないように、見ないようにしてるのよ?」
「え?」
「・・・旅で緊張してるんじゃなくて、初めての旅館とか、そういうのよりも、どっちかっていうと美奈子のことで気が張ってるじゃないのかなあって、千里ちゃんとね」
「そんな話しを?」
「けっこう飲んでたでしょ、美奈、寝るの早かったし、私と千里ちゃんは宵っ張りなのよ?アルヌールさんも、疲れてぐっすり眠っていたし・・・」
「・・・」
「アルヌールさんも島村くんのこと好きみたいだけど、プラトニックには両思いでも、行動に出てないのよ。行動に出られない”何か”があるかもしれないんじゃない?」
「何か?」
「千里ちゃんと話していて、やっぱり、同じ養父にお世話になっているんだし”兄妹”ってことが邪魔してるとか・・・」


ううむ。と、眉間に皺を寄せて、数年前に流行ったドラマの名刑事役の推理をする仕種を真似たりか子。


「ドラマの見すぎよ・・・」


ふっと、口元で美奈子は笑った。


「とにかくですねえ・・・・。美奈子は今まで通りに動いたらいいと思うの!遠慮してないで。ちゃんと気持ちを伝えないで終わっていいなら、いいわよ、それで。でも、それが納得いかないから、島村くんがアルヌールさんを好きで、”両想い”なんて訊かされても、諦めきれないんでしょ?」
「・・・」


りか子はまっすぐに、美奈子を見た。


「でしょ?告白して振られたら、辛いけど、落ち込むけど、意外といいもんよ?相手に自分がそういう風に見てるって、伝えられるし」


人差し指で、美奈子の肩を3回、スペルと一緒につついた。


「そ、れ、に!」
「?」
「島村くん絶対に気づいてない」
「え?」
「彼、絶対に、わかってない。そういうのにとおおおおおおおおっても鈍い。その辺は湯田さんに訊かないと駄目だけど、・・・きっと爪のあかほどにも美奈子に想われている。なんて、考えないよ」
「まさか・・・、だって」
「美奈子は美奈子なりに、積極的にがんばってたの知ってます。普通ならもうとっくにつき合ってるかなんらかの”反応”があってもおかしくないと思うのだけど・・・まあ、美奈子のアプローチに問題がなければ、の話しだけど・・・。普通さあ、考えてよ!周りがみ~んな美奈子の行動に気づいてんのによ?」
「・・・」
「肝心なところではぐらかされてるって言ったわよね?それってきっと違うわ、気づいてないから、そういう風にさらっとながせるのよ!アルヌールさんだって、数回?しかあってないのに、美奈子の気持ちに気づいてるっぽいのに、本人の島村くんはぜんぜん。そこに問題があるのよ!!」
「りか子・・・」
「いつものパターンよ!」
「?」
「”まさか、水沢さんが○○”よ、多分、島村くんもそうじゃないの?」


りか子の言葉に、そうなのかもしれない。と、振り返る過去。


「湯田さんに2人が両思いでもってさらっと言ったときの美奈子、私好きよ」
「りか子・・・」
「堂々としてたし、それが本音なんだから。そんでもって、美奈子らしくない!」
「私らしくない?」
「東京からこっち、どうしたのよ?どんどん暗~くなっていってさ!ほんと別人みたいよ?」
「そう・・・かしら?」
「ダメダメ!しっかりしなさいって、その胸は飾りなの!?」
「り、りか子!!」


むにゅ。と、りか子の指が美奈子のDカップをつついた。のを湯田が見ていた。


「稲葉って男前だよなあ・・・ある意味」


りか子は興奮してしまっているのか、声が大きくなっていたため、彼女たちの会話はしっかり湯田に届いた。
遠慮して移動した意味がない。と、苦笑する。


「島村が好き。か・・・。オレもそうだもんなあ、好みが似てるってことかあ・・・・」


うん。と、1人納得する。


「水沢さんが告白したら、島村・・・」


と、そのシーンを1人妄想してみる。


「・・・・・・それはそれで、うん」


再び、1人で頷いた。


---今は水沢さんより、島村の方が気になるなあ・・・。


なんて言う考えが浮かんで、ちょっと別の意味で自分を心配したりもした。


---別の意味で可愛いからなあ・・・・。


「・・原」
「?」


売店から戻って来る千里に気づいた湯田は、手招きするように千里を自分側に呼んだ。


「オレは自分の恋愛よりも友情を優先させるようだ」
「?」
「男の友情」


うん。と、頷いてから、なぜか千里にむかって謝った。


「水沢の応援よりも、本来通り島村の応援をします。すみません・・・」
「・・・先輩」
「なんだ?」
「自分のためじゃなく?」
「今は自分の恋愛云々はそれほど重要じゃないらしい・・。ま、今はその程度の小さいもんっだってことかな、まだ」
「・・・・」


千里は湯田に背を向けて、話しが終わった様子の2人に手を振った。


---りか子先輩、まだチャンスありあり!!









####

からり、からりと、普段のペースよりもゆっくりと車を走らせた。
走らせる、と言うよりも歩ませる。が正しかった。


「・・・御連れ様、・・・眠ってしまわれたんですか?」


寝付きの良さは、の○太くん以上かもしれない。と、懐かしいアニメーションのキャラクター名を使い、こころの中で呟いた。


「・・・スミマセン」
「いえ・・・どうなさいますか?」


予定していた、大河内山荘にたどり着き、足を止めた俥夫。

おしゃべりな彼女が珍しく大人しいと、思ったら、会話が途絶えて10分ほど経つと、健やかな寝息が人力車の車輪の音と絶妙なハーモニーで聞こえてきたのだ。ジョーの腕にしっかりと捕まって、眠ってしまったフランソワーズの髪からの花の香りを吸い、ふうと溜め息をひとつ。


「あの、何時までですか?」


ジョーの問いに、首を傾げそうになるが、すぐにその言葉の意味を理解して返事を返す。


「車を走らせるのは、6時までとなっております」
「・・・どこでもいいんで、彼女が起きるまで、時間までいいですか?」
「あの、それでよろしいんですか?」
「はい・・・休憩とかってどうしたら・・?」


今から6時までは2時間以上もある。いくら仕事とはいえ、ずっと人力車を引き続けさせるわけにはいかない。


「このペースでしたら、・・・まったく平気です、休憩はいりません。せやけど」
「どのコースでもお好きに歩いてくだされば、それで・・・。彼女が起きた場所で降ろしてください。・・・時間が、6時になったら起こします。それまでは、いいですか?」
「お客様がよろしいんでしたら、私もそれで・・ですが、貸し切りとなりまして・・・1時間が最長ですので・・2回分の貸し切り料金が足されてしまいますけれど?」
「かまいません。大丈夫です」
「かしこまりました、では、私が好きに歩いてよろしいんですか?」
「はい」


俥夫はゆったりと頷き、車を歩かせ始めた。


「・・・」


止まっていた人力車がゆうるりと動く。
ジョーのすぐ顎したで、すう、すうと。可愛らしい息づかい。


---甘えるって・・・寝てしまうこと???


フランソワーズらしい、と、言えば、フランソワーズらしい。


---理解なんて一生できないよ・・・特に、フランソワーズは・・・・・。


人がいない路をゆく。
暮れゆく空がオレンジ色を含ませて、言葉では説明し辛い色にかわる。
少し目を離してしまったら、2度と同じ色には出会えないような気がして、ジョーは空と街から目が離せないでいる。

飽きるどころか。
これならずっと楽しんでいられる。


「・・・ん・・、」
「フラン?」


少しばかり身じろいだフランソワーズに、起きるかな?と彼女に声をかける。
けれど、聞き取れない言葉を発して、再び耳慣れてきた寝息にかわった。

安心しきって、自分に身を預けてくれるフランソワーズの体温が高くなっている。
陽が傾いて冷え出した空気だけれど、寒くない。


「明日は、今日よりずっと寒くなるて言うてはりましたよ」
「・・・そうですか」


からり、からり、と人力車が京都の細道を、長くなりはじめた影が追いかける。


---甘えてくれているんだよね?


濃くなった蜂蜜色の髪、彼女のつむじがありそうな場所に、そっとくちびるを寄せた。











フランソワーズを起こさないように、気をつけながら携帯電話を取り出す。
電話をかけると、話し声で起こしてしまうと思い、メールにした。

メールを打ち終わって送信した後、俥夫に声をかける。


「渡月橋の、船乗り場にむかってもらえますか?」
「はい、かしこまりました」
「・・・急いでませんから」
「はい」








旅行編へ続きます・・・。

*さくっといきます。(宣言)
 「1」を読んでくじける。
 書き方と話しの建て方かわってる・・・し、さ・・・(涙)。
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おでこ、合わせて/京都・嵐山2泊3日の旅・7
「アルヌールさん、大丈夫なのか?」
『微熱程度ですし、・・・ただちょっと疲れただけだと思います。さっき旅館に戻って来たんですよ・・』
「ああ、それで・・・。メールもらった後に、電話をかけたんだが繋がらなくってなあ」
「すみません」
「いや、遊覧船乗ってるときは繋がんないからなあ・・。微熱か、初めてづくしの旅行で疲れたんだろう」


---色々と。


湯田は携帯電話でジョーと話しながら、自分から離れた場所で土産物屋の店を眺めている、同じ大学の後輩2人と、文化人類学科研究室の秘書、水沢美奈子をちらりと見た。


『あの・・・それで誘ってくださったレストランのことなんですけれど・・』
「そっちは心配しなくていいぞお。・・・それより、やっぱ駄目か?」
『このまま、休ませようと思ってます』


と、ジョーがきっぱりと言った後ろで、可愛らしい抗議の声が聞こえた。
湯田の耳にざざざ。と、物がすれあう音が聴こえたと思うと、丸くこもったジョーの声。


『”駄目だよっ!大人しく寝てて!!それ以上熱があがったら博士に連絡するよ!”』
『”たわわちゃんっ!!”』
『”いいから、ほらっ。寝ててよ・・・。今、電話中なんだから、駄目だよ、布団から出たらっ”』
『”いやあ~んっ!ジョーっ!”』


---おお?


「島村ぁ・・・襲うなら電話切ってからにしてくれないかあ?」
『!ちがっ。フランがそっちに行くって言ってきかないんで・・・こらっ!なんでコート着てるんだよっ』
『”たわわちゃんで、ご飯だものっ”』
「・・・島村、その”たわわちゃん”ってなんだ?」
『なんか、京都タワーのイメージキャラクターらしいですっ。ちょっ・・・フランっ熱があがったらどうするんだよっ!!』
「・・・・元気だなあ」
『薬のお陰ですっっ!フランっなんで言うこときかないだよっ!!』
『”だってたわわちゃんっ!!ジョーの意地悪っ、オルゴール館だって行ってないのにっ!!”』
「行ってないのか?」
『人力車に乗ってるときに、フランソワーズの熱に気がついて、そのまま帰ってっ来たんでっ、まてっフランっ!!』
『”ああんっ!離してっ”』
「おうい、島村・・・だから、襲うなら電話切ってからに」
『解りましたっ!』
「おお、解ったのか、じゃ襲うんだ?」
「!!っ・・違いますっ!とにかく、レストランは無理ですっ誘ってくださったのにっすみませんっ!!じゃっ、後でかけ直します!』
『”たわわちゃあああああああああああんんっ!”』
『フランっ!ボク、本気で怒るよっ!?”』
『”怖くないもんっ!”』
『っ怒るk』
「じゃ、島村がんばれよ~」


ぷつん。と、通話を切った湯田はぶはっ。と吹き出した。


「湯田さん?」

くくくっと、笑いながら、美奈子、りか子、千里が眺めている土産物屋へ入って来た湯田の不気味な一人笑いに、3人は眉を寄せ合う。


「いやあ、面白い事になってるみたいで、あっちは・・・」
「面白いって・・アルヌールさんが体調を崩したって、それが面白しろいんですか?」
「思ったよりも・・・元気、みたいだよ」
「じゃ、夕食は大丈夫なんですね?」


りか子は言葉を残して、縮緬生地のがま口財布を手にレジに向かう。
藤色と紅色と悩んだけれど、結局両方買うようだ。

レジに向かうりか子を見ながら、湯田は首を振って彼女の言葉を否定した。


「予定変更、レストランはキャンセル」
「ええ?」
「そんなに具合が・・?」
「いや、アルヌールさんは予想以上に元気、元気、そっちよりも島村が心配」
「島村くん・・?」
「意外な島村一面が見られるかもなあ?」
「「?」」


ニヤニヤとした笑いを浮かべる湯田に、さらに眉間を寄せて湯田の言葉の意味を探ろうとする美奈子と千里。
レジからご機嫌な様子で戻って来たりか子。


「稲葉、買い物はすんだか?」
「あ、はい・・すみません、おまたせして」
「いやいや。じゃ、これからの予定を言うぞお」
「「「?」」」」










####

「も!ジョーは博士以上だわ!!」
「熱出したの誰だよ?!」


ジョーは人力車に乗っているときに、気がついた。


「もう熱、ありませんっ」
「それは、博士が持たせてくれた薬のお陰なだけだよっ。またいつ熱があがってくるかわからないから、今日はゆっくり休むんだ!」


眠り込んでしまったフランソワーズが、ただ”眠ってしまった”のではないことに、ジョーはその体温の高さと、寝苦しそうについた熱い息に気がついた。


「行くのっ」
「フラン~・・・・興奮すると熱が上がるから、大人しくする!ほら横になるっ”ふわ”っしてあげるから!」


俥男に頼み、行き先を渡月橋の船着き場に変更してもらった。
そのまままっすぐに旅館に戻ってきた。
熱のせいで、ぐったりと胸の中で紅い頬をしたフランソワーズは幻だったのではないか?と、その復活の早さにジョーは喜びたくとも、正直、喜べない。

熱い息に混じった声で呼ばれた自分の名前。
病人にむかってそれは失礼かもしれないけれど、はっきりと言うと普段のフランソワーズからは想像できない”色”を持っていた。否応にも自分が”雄”であることを自覚する。


「”ふわ”は、昨日したもんっ」


布団に寝かせて、すぐに博士が持たせてくれた薬を飲ませたあと眠ったフランソワーズは、ジョーの携帯電話の震動で目覚めた。


「今日もしてあげるから・・・」
「だってっっ」


さきほど、”京都タワー”へ行くと言うフランソワーズと、それを引き止めるジョーの間であった”どたばた”騒ぎのために、乱れてしまった布団の上で、フランソワーズは自分のコートを抱きしめていた。


「明日、時間があったら京都タワーにはのぼれると思うから」
「・・・」


フランソワーズの傍らに胡座をかいて座るジョーが溜め息をつく。
こんなに元気なら。と、思えなくはないけれど、もしも明日、熱を出して心配した周りが”病院”と言い出すのを避けたかった。


「ごめん・・・」
「・・・」
「オルゴール館も、京都タワーホテルの食事も、たわわちゃんも、・・・ごめん」


ジョーの”ごめん”の言葉に、フランソワーズは抱きしめていたコートに顔を埋めた。


「ごめんね、フラン・・・。でも、キミの体調が一番だから・・・・・・ごめん」



ジョーのせいじゃない。
熱を出した自分が悪い。

無理をして”もしも”のことが起きてはいけないことも、理解している。





「ジョーが謝るの、間違ってるの・・」
「フラン・・・?」
「ごめんなさい・・・。熱を、出したのアタシだもの・・・、ジョー、行きたかったでしょう?だって、ジョーの・・お友達の・・みなさんからのお誘いだったんですもの。・・・ジョーが行かないの、行けないの、アタシのせいだもの・・・・・・」
「フランソワーズ、気にしなくてもいいんだよ?」
「ごめんなさい。熱を出して、ジョーをここに戻ってこさせることになって、・・ごめんなさい」



---そんな・・・ことを、気にして・・・?



「フランソワーズ」



機械の躯なのに。と、ジョーは思う。
フランソワーズに対する想いに反応する、心臓が握りつぶされたように痛むのだ。

敵から受けた”物理的”な痛みとは違う、痛み。
そして、背中の下側からつきあげてくる衝動は、制御不能と点滅するエラーを嘲るかのようにジョーの躯を動かそうとする。

分析不可能な”人のこころ”が生み出す行動は、”機械”には真似できない。
恋愛はまさしく、”人”である証拠。


ボクが人である証拠は、フランソワーズを好きだという気持ち。


「そんなたいしたことじゃないよ。食事くらい・・」


熱は、まったく知らない人の中での、緊張と疲れのせい。と、ジョーは考える。
それが”ストレス”になったのかもしれないと、邸に帰ったらギルモア博士に報告する必要があると判断した。


「でも、ジョーの・・大学の大切な・・お友達たちが誘ってくださったのよ。ジョーは行くべきなの」


人と関わることを恐れるようになった彼女の原因を根本的に解決しないと・・・。と、考えたけれど、もしもその”原因”が解決した時、彼女はギルモア邸を恋しがり、”ホームシック”にかかることもなくなり、フランスへ帰ってしまうのか?と、うなじ部分に鈍い衝撃を受けた。

フランソワーズがいないギルモア邸を、ジョーはもう想像することも、思い出すこともできない。





「アタシは、1人でも大丈夫なの、ジョーの言う通りに大人しく寝ているわね?」






1人で大丈夫。と、言っても、ジョーは優しい人だから。

きっと彼はここにいる。

自分のそばにいてくれる。と、フランソワーズはジョーの行動を読む。
だからこそ、”自分も行かないと”。と、躍起になった。けれど、今のジョーの様子では絶対に無理だ。と、判断する。


「ね?」


フランソワーズはコートに埋めていた顔をあげて微笑んだ。
アタシは大丈夫、平気よ。と言う想いをこめて。


「熱もお薬のお陰でひいているわ、アタシが行けなくても、ジョーは行けるでしょう?せっかくの京都タワーに展望レストランなのでしょう?・・・今からでも湯田さんにお電話すればきっと間に合うわ」
「熱を出したキミを置いていけると思う?」


フランソワーズの想像通りのジョーの言葉に、嬉しさを噛み締める。
甘えて良い。と、言ってくれた言葉を思い出しつつも、ちらつく”あの人”の顔がフランソワーズのこころを固くしていく。


「大学の方々との”おつきあい”は大切にしないといけないって、博士が常々おっしゃってるわ」
「それは・・・”飲み”とか、そういうのだろう?また違うよ」
「違うことないわ。ね?・・・行ってちょうだい」
「フラン・・・」


手に持っていたコートをフランソワーズは置いて、膝立ちになった彼女は乱れてしまった布団をととのえ始めた。


「ここで待ってるわ」
「だから、フランソワ-ズ・・断ったんだよ、もう」
「でも、約束していたのは8時半でしょう?今からでも大丈夫よ、湯田さんにお電話してちょうだい」


ジョーの口がへの字をつくる。
フランソワーズの見えない手が、ジョーの躯を押して距離を取ろうとしているように思えた。


「心配性ね、アタシは003よ?」


機嫌が斜めになってくれた方がましだ。と、ジョーは思う。
今みたいに取りつく島を与えないように突き放す、こういうときに”003”でいようとするフランソワーズをジョーは嫌う。


「フランソワーズ」


掛布団の端っこを手にもち、軽くはためかせてねじれをなおす。
宙に浮いた掛布団からふうわりと起こした風が、ジョーの長い前髪をはらうと、彼の琥珀色の双眸があわられる。

ととのえた布団に潜り込むと、躯をジョーの方へと寝返り打ち、にこ。っと笑った。


「ね?・・・・・・平気よ、アタシは1人でも平気なの、009の言う通りに大人しく寝てるわ」
「・・・・」


ジョーの利き手が伸びてフランソワーズの前髪をよけ、おでこにあてられた。
フランソワーズは瞼を閉じて、ジョーの手の感触にそっと溜め息を吐く。

ジョーの手が移動して、フランソワーズの頬にあてられれ、左手も同じように。
フランソワーズは頬を包まれて、閉じていた瞼を開くと、ジョーの琥珀色の瞳の中に映る自分と目が合った。


ジョーのおでこと、フランソワーズのおでこが音も無く触れ合う。


「・・・」


呼吸するための空気を奪い合ってしまう距離に、フランソワーズは息を止める。


「・・・さっき暴れたから、また少し熱があがってるよ・・・。でも、フランソワーズは薬を飲んだしね、これはボクの熱かも・・ってことで、フランソワーズと一緒に休むことにする!」


フランソワーズのおでこから離れたジョーは、そのまま畳の上、フランソワーズの布団の隣にごろん。と、俯せに寝転がった。


「ジョー!」
「ああ、くらくらする。多分、ボクも熱があるんだ」


ねかせていた躯を起こしてフランソワーズはジョーを睨んだ。


「嘘っ!!」
「嘘じゃない、ボクの顔、紅いよ・・・熱のせいだ」


確かに、ジョーの顔はフランソワーズよりも明らかに紅い。
それは”熱”のせいじゃないことなど、本人が一番わかっている。


「ほら、寝るよ!」
「も!!」
「病人は寝るもんなんだから!」


ぐいっと、フランソワーズの腕をひいて、彼女を再び布団に寝かせた。


「はい、お休み!」


フランソワーズが起き上がらないように、腕を押さえて、顔はフランソワーズの方へむけたままジョーは瞼を閉じた。


「・・・・・痛いのよ?」
「勝手にたわわちゃんに会いに行かれたら困るから」


瞼を閉じたまま紅い顔で答えた。


「・・・」


仰向けに布団に横になったフランソワーズは、掴まれた腕を動かした。


「!」


さらに、ジョーの顔が紅くなる。


「こっちの方がいいわ、寝やすいもの」


フランソワーズの言葉にジョーは答えない。
電気がついたままの、明るい部屋。
遠い、川のせせらぎが聴こえてくるほどの静寂が部屋に訪れた。



「・・・・・ジョー、ごめんなさい」
「・・・フランソワーズのせいじゃない。」


ジョーは繋いだ手に力をいれた。


「ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・・今度言ったら、怒るからね?」
「怖くないわ、ジョーが怒っても」
「でも、怒るから」


フランソワーズは顔をジョーの方へと動かして、じっと、瞼を閉じたジョーを見つめる。


「ねえ」
「・・・・・・・・・」
「ジョーは・・・」


フランソワーズの言葉の続きを待つ。
けれど、先が続かないために、ジョーは片目を開いた。


「なに?」


フランソワーズの胸前あたりで繋いでいた手が、顔前まで移動した。
すると、仰向きだった躯をフランソワーズはジョーの方へと向けた。


「・・・・甘えていいの?」
「・・・・・・いい、って・・言ったよ・・昼間」


機械の心臓に牧場などない。
競馬ゲームのデータを取り込んだ補助脳が暴れ馬を買ってしまった方が、まだ正しい表現であるかもしれない。


「手、繋いだままでもいい?」


あけていた、片目の瞼をおろした。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・イチイチ訊かなくて良いよ。手くらい、いつだって、いつまでだって繋ぐよ」


ぶっきら棒に答えた。


「いつでも?」
「いつでも」
「明日も?」
「明日も」
「明後日も?」
「明後日も」
「・・・・・・・ずっと?」
「ずっと、どんなときでも、つなぎたいときに、つなぐ」


ジョーは自分の体温がどんどんあがっていくのを感じて、それに素直に反応する皮膚組織の優秀さに舌打ちをつきながら、フランソワーズの方を向いていた顔を、繋いでない方の腕にのせて隠した。


フランソワーズはジョーと繋いだ手を見つめた。その先にぼやけてみえる、栗色の髪。



自分の手よりも大きな手。




---ジョーはアタシと手を繋いでくれているのよ・・・。







瞳で捕らえる繋いだ手。
その手の温度に、感触に、京都旅行が決まったときから感じていたすべての不安が溶けていく。

初めて出会った人たちに囲まれた緊張も、何もかも。


京都駅で再び目にした水沢美奈子の、姿も。



フランソワーズが知らないジョー。

水沢美奈子と一緒いいるときのジョー、湯田と話す時の、稲葉りかこと、原千里と、・・・フランソワーズの知らない人々と接する、フランソワーズが知らないジョーも、ジョー。

手を繋いでいてくれる、ジョーと同じ人。





自分の知らないジョーがいるって、もしかしたら素敵なことなのかもしれない。
まだまだたくさんの”ジョー”に出会える。





その全部のジョーを知ることができたら・・・。






きゅ。と、指に力をいれると、それに答えるかのように、ジョーの指にも力が入る。
ゆっくりと瞼をおろして、フランソワーズは再び眠った。


---ジョーに、好きって言っても大丈夫?










####

湯田が泊まる部屋は、泊まる別棟の玄関に近い部屋。
その部屋に、同室のジョーどころか、岸辺、橋本の姿もなく、真っ暗だった。
あっちか。と、湯田は呟く。


「ここじゃないなあ。ま、当然か?」


買った荷物を放り投げるように部屋に置くと、部屋の入り口に立つ3人に言った。


「アルヌールさんを寝かせるならここじゃないですって」


当然!と言う感じでりか子が言った。
手に持つ戦利品とともに、フランソワーズとジョーがいるであろう部屋に向かった。


千里が部屋の鍵をあける。

かちゃり。と、ドアに鍵が差し込まれた瞬間、ジョーは迷いなく瞼をあけた。


その気配が、何者ものであるかを確認すると同時に、さっと空気さえも振動させることなく身を起こし、手をつないだ、隣に眠る大切な人の安全を確認する。


「・・・帰っていらしただけ」


静かに、フランソワーズが瞼をあけることなくジョーに言葉をかけた。


「あ。うん・・・・、そうみたいだ、ね」
「朝もそれくらいちゃんと起きて欲しいのだけど・・・」


青の宝石があらわれて、あくびを噛み殺すかのように深呼吸しながら、フランソワーズは呟いた。


「いや・・・なんと言うか状況が、色々と・・・違うし、さ?」


うにゃうにゃと言い訳するジョーに、ふふ。と、布団に潜ったまま笑う。





「どうだあ、島村、アルヌールさんの具合は」
「薬のお陰で彼女の熱はもう・・」


鍵をあけた千里のすぐ後に、湯田がジョーに声をかける。
続いて、りか子、美奈子と続いた。


「せっかく誘ってくださったのに、すみませんでした・・・」


4人が手に持つ、荷物のがさがさとした音に消えてしまいそうなフランソワーズの小さな声。


「気にしない、気にしない。疲れたんだね・・・もう大丈夫かな?」
「具合どうですか?」
「顔色はいいみたい、ね、美奈子」
「・・・喉はかわいてない?お茶か・・お水がいいかな?いれわね」


ゆっくりと布団から起き上がったフランソワーズに4人それぞれに、反応し、視線はフランソワーズに寄り添うジョーの膝上に一瞬だけ集中したことに2人は気づかなかった。


「すごい荷物ですね・・・それに・・・」


夕食をすませて戻ってくるには、戻ってくるのが早いと思われた。


「予定を変更したんだ」
「・・・すみません」
「いやいや、これはこれで、なかなかいいぞお!夕飯喰ってないんだろ?」


千里が行きたがっていた二澤頒布の店に行き、それぞれに気に入った品を手に店を出た直後、湯田の携帯電話にジョーからメールが入った。

メールを読み、すぐに湯田がジョーの携帯に電話をかけたが繋がらなかった。その後30分ほどして、旅館に着いたジョーの方から湯田の携帯に電話がかかり、ジョーからの電話の内容を聞いた後、4人は予約をいれたレストランをキャンセルし、河原町まで出ると、その土地でなければ食べられないもの。を、合い言葉に、たくさんの食料(すぐに食べられて調理不要)のものを手当り次第に購入し、旅館へと戻って来た。


「これも旅の醍醐味だあ!島村、地酒!”つき○桂”に”古○千年”に”松○みどり”!!ビールはまだ準備室に残ってるみたいだからなあ、取りにいくぞお」
「!」
「あとは冷やでだ!」


にんまり。と、ジョーに笑いかける湯田。


「食べ歩きって、けっこう”量”はこなせませんし」
「人数が居た方がいいですよね、味見がいっぱいできて!」
「嵐山にきたらこれ、食べないと!」
「「どらサ○ヤ!!」」
「りか、千里ちゃん、それはデザートよ」
「!」


二間ある部屋の、大きな木造りのテーブルの上にどかどかと並べられる”戦利品”たちを、ジョーとフランソワーズは呆然とみつめた。


「島村くん、アルヌールさん、ボウッとしてるとなくなるわよ?私たちお腹空いてるんだから!」


ちゃきちゃきと、りか子が2人をテーブルにつくように呼ぶ。


「気分は?」
「・・お腹空いたわ」
「・・・・」


昼間あれだけ食べたのに?と、呆れながら、ジョーはフランソワーズと繋いだままの手に視線を一度、落とす。
その視線に気がついて、フランソワーズは手の力をぬいて、手を離そうとしたけれど、ジョーは逆にしっかりとフランソワーズの手を握った。


「ジョー?」
「・・・別に、ただ、・・まあ・・・ずっと?」
「アタシはいいけど・・・あのね」
「なに?」
「ジョーは俯せだったでしょ?」
「うん」
「アタシは仰向けだったの」
「うん」
「ジョーは背中を向けたまま食べるの?」
「あ・・・」


ジョーの膝上の繋がれた手はともに左手で繋がれていた。


「なんだあ?島村、アルヌールさんじゃなくて、お前が熱あるんじゃないのかあ?」
「いえっ!!」


湯田の声に、くすくすと笑うフランソワーズは、そっとジョーの手から自分の手を離して言った。


「ご飯のときは無理よね!」
「・・・・・・そうですね」


紅い顔で、素直に頷いておく。













####

6人分、を遥かに超えて広げられた”ご当地”もの。
テーブルについたジョーは、改めてスケジュールを変更させてしまったことを謝り、そして、フランソワーズと一緒に、並べられた夕食に礼を言った。

熱を出していたとは思えないフランソワ-ズの食欲に、ジョーは安堵するも、逆に”食べ過ぎ!”と心配する姿に笑いが起こる。フランソワーズは”これもデザートに”と、ジョーに買ってもらったチョコあられをテーブルに並べた。

フランソワーズのことを気遣い、早めに夕食を切り上げる。が、酒に、十分なおつまみも残っているので、フランソワーズの体調を見つつ、一度温泉にいき、続きはその後で。と、湯田はジョーを温泉に誘った。

”飲み”なら女性陣の部屋でなくてもいいために、フランソワーズを早めに休ませるなら、会場移動予定である。


「迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「ええ」


フランソワーズもお風呂でさっぱりしたいと言ったので、同室の女性陣も話しの流れ的に温泉へむかうことになった。


「しんどかったら、無理しないですぐにあがるんだ、いい?」
「わかってるわ」
「気分は?」
「大丈夫よ」
「長湯は駄目だからね」
「気をつけるわ」
「昨日みたいに待ってなくていいから、湯冷めしたら意味ないんだから」
「風邪をひいたわけじゃないのよ?」
「わかんないだろ?・・・だから、すぐに部屋に戻って布団の中にいるんだよ?」
<そうだ!出るときは一言、通信してくれる?それなら、タイミングをあわせられるから>
「も!」
「いいね?」
「・・・」
「温泉からあがったら水分補給だよ?」
「・・・」
「わかってる?」
「・・・」
「返事は?」
「・・・」
「聴いてる?」
「・・・」
「アルヌールさん、お風呂って意外と体力消耗するから、水分補給は大切だよ。気をつけてね?」
「はい、気をつけます」
「・・・・・・・・・湯田さんには素直なんだ」
「ジョーがしつこいの!」
「しつこいって・・・」
「子ども扱いしないで!」
「してないよ、ただちゃんと確認を・・・」
「それが子ども扱いなの!」


くくく、と湯田が喉で笑う。
りか子はその”心配性”具合に呆れて、千里は別に気にする事無く、温泉の入り口、男女にわかれる前の廊下で、ジョーとフランソワーズのやり取りを見物。
美奈子は、部屋からここまでの廊下の間、親友のりか子とも何も言葉を交わすことなく無言であった。
フランソワーズからではなく、ジョーから繋がれた手を、その瞬間を目にしていたために。


「悪化したら困るから、言ってるんだよ?」
「しないわ!博士のお薬飲んだもの!」
「薬は万能じゃないよ、知ってるだろう?」
「自分のケアは自分でできるの」
「・・・・熱出したの、どこの誰ですか?」
「それとこれとはお伽の国よ!」
「別っていいたいんだね?」


にっこり。と、花が咲くように愛らしく笑ったフランソワーズに、もうジョーは何も言えない。


「ジョー」
「なに?」
「そんなに心配なら、アタシそっちに入っても良いのよ?」
「「「「?!」」」」
「おお、それは嬉しいなあ。なあ、島村」
「だって、ジョーのh」
「ふらああああああああああああああああああんっ!!!」
「ふぽrkなんt、mんrtrmno!」
(躯なんて、見慣れてるもの!)


フランソワーズの口をジョーは力任せに塞いだ。


「温泉!フランソワーズ、ここは邸のお風呂じゃないんだからっ」
「家では一緒に入っているのか・・・島村?」
「nm~!」
「違いますっ!!フランは勘違いしてるんですっ、邸だと風呂は1つだしっ男女共有でしょ、別れないし!!」
「ああ、なるほどね!」


りか子が納得する。
千里はふうん。と、頷き、湯田は納得しているものの瞳は明らかに疑っていた。


「じゃ、行きましょう・・・」


美奈子は、微笑みながら温泉に入る事を促した。


<出る時はちゃんと言ってよ、いいね?>
<も!わかりました!!>






夜の露天風呂は、その周りを灯籠の灯に囲まれてほんわりと浮かび上がる紅が幻想的であり、濃紺の夜空にくっきりと浮かぶ下つ弓張と星の穏やかなまたたきに、深く、深く躯中の空気を吐き出した。


「そんなに、好きか?」


特にこれといった会話がなくとも、湯田とジョーは各々に湯を楽しんでいた。
ジョーにとって、自分が”サイボーグ”であることを意識することも、何もなく、ただ”友人”として同じ空間にいることができる湯田の存在は大きい。


「はい」


そんな湯田の唐突な言葉に、照れることも隠す事も無く、ジョーはきっぱりと言い切った。
湯田にはすでに、フランソワーズにたいする自分の気持ちを打ち明けている上に、彼女と自分が持つ”複雑”さも、肝心な部分は隠して、話している。


「島村は彼女のさ、どこが好きなわけだ?容姿とか、それはナシな?誰が観ても文句無く美少女だから、それはカウントされないぞ?」


男側の露天の湯には、湯田とジョーの2人きりだった。
ジョーは肩までしっかりと躯を沈めて、瞼を閉じた。


部屋にいたときよりもはっきりと聴こえる川の流れに、波音が恋しくなる。


「・・・フランソワーズが好きなことが、好き。なんです」
「?」
「彼女を好きでいることが、・・・そんな自分が嬉しいんです、ただ・・、うん。・・・どこが好き、とか、そういうのよく、わからないんですけれど、フランソワーズを好きだなあ、て感じるときが、好きなんです」
「・・・そうかあ」
「人を好きになったら、・・・・・・”損”をするって思っていたのに」
「損?」
「言いましたよね?ボクは・・・施設育ちで親の顔も知らないって」
「ああ」
「・・・・・・怖かったんですよね、好きになっても”捨てられる””別れる””嫌われる””受け入れてもらえない”・・
なんでも人間関係、”どうせ俺なんて”って言う投げやりな・・・ネガティブに全部ナナメで物事を捕らえていたんですけど」
「今の島村じゃ、信じられないなあ」


ざばあ。と、湯から上げた湯田の手が拳をつくり、ジョーの肩を突いた。


「かなり・・荒れてましたよ?」


当時を思い出したのか、ジョーは恥ずかしそうに、苦笑した。


「毎回、その話しをきくけど、いまいちピンとこないんだなあ・・・まあ、それはそれで、おもしろいけど。そんときに会ってたらどうなってたかなあ」
「・・・会わなくてよかったです。湯田さんにぼっこぼこにされてたと思うんで・・・」
「ははは!そうかもなあ」
「フランソワーズって・・・そういうの考える暇を与えないっていうか・・・・彼女と一緒にいると・・・・、必死になれるんです」
「必死に?」
「生きることに、幸せになろうってことに・・」


どぼん。と、ジョーは湯に頭を沈めた。
そのジョーの答えを機に会話は消え、川の流れの音だけとなった。


「そこまで言うなら、誰も・・・・・・島村の気持ちを変えるなんてできないなあ・・・・」


ざば。っと、湯から出て来たジョーにむかって湯田は笑った。


「なあ、島村」
「はい」

ぬれた長い髪をなでつけるように、かきあげると、滅多に見ることがないジョーの双眸が湯田の前にあらわれた。


---いい顔してるよなあ・・・前髪で顔半分隠してなかったら、今の1000倍持ててるぞ・・・?


「お前が好きだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとうございます」
「女でなくて、悪かったなあ」
「いえ、湯田さんは男上等です」
「いやあ、・・・オレが女だったら、アルヌールさんに勝てるかなあっと、こう、勝負師としては・・・」
「勝てるわけないですよ」
「おおっと?」
「相手はフランソワーズですよ?誰が勝てるんですか?」
「すごいな・・・言い切るか?」
「知らないんですよ、湯田さんは・・・彼女のすごさ」
「のろけか!」
「いや・・・のろけとかじゃなく、本気で・・・すごいんですから・・・・・」


そこで溜め息をつくか?と、湯田はジョーをのぞきこむ。


「島村、その”すごい”はどれだ?」
「・・・・・・・・・・・いろんな意味で、です」


そこには”言えない”もう1人の彼女の姿。


「今朝の起こし方とか?」
「たわわちゃんとか・・・」
「ああ。そういえば、前に・・・女の子の好きなものって何かぶつぶつ言ってたなあ?」
「今回だって、家族用の土産の”和菓子”しか買ってないんですよ・・・、行く前にあれだけリサーチしていたのに・・・品を目の前にして手に取るだけで・・・・」
「そういうこともあるさ。・・・なんだ、そんなこと気にしてたのか?」
「気にします」
「でも、しっかり”食べてる”からいいんじゃないか?島村さあ、心配性というか、過保護と言うか、過干渉は嫌われるぞ?」
「そうでもしないと、・・・・・彼女、隠すんです」
「隠す?」


ジョーは躯の向きを少しだけ女湯との境界となっている簾の方へとむけた。


「放っておくと、なんでもかんでも・・・自分のせいにして、・・・・・他人のことも自分のことのようにして、捉えるから、彼女のこころが壊れてしまうんじゃないかって・・・・」
「こころが壊れるねえ・・・」
「ボクは昔”遊んで”たから・・・それなりに自分の息抜きって言うか、”誤摩化す”ことを知ってるけど、フランは・・・」
「そんな風には見えないけどなあ・・・」
「上手いんですよ、だから・・・怖いんです」
「怖い?」


遠くで、人の声が聴こえた。


「今回のこの旅で彼女はどれくらい傷ついたのかって考えてしまうんです」
「傷つく?なんでだあ?」
「・・・熱を出してしまうくらいに、何か思い詰めてしまうことがあったのかって、ボクの知らない間に」
「その原因が自分にあるって思わないのか?」
「え?」
「・・・・・・・・・あのさあ、島村」
「はい」


室内湯のほうに数人の学生がやってきた様子だ。


「彼女のためにも、もう少しちゃんと周りを見ろ。まわりの人間(女性)にもほんの少しでいいからアルヌールさんくらいに、注意を払え。それが、彼女のためになるから」
「・・・・湯田さん?」
「誰にでも優しい、みんなの”島村くん”でいられないときだってあるだろう?平和主義なのはわかるが、それだけじゃ世の中渡って行けないぞ?」
「・・・」
「解らないなら、解らないでいいけど、そんなに好きな子なんだったら、その子のためにもしっかり人間磨かないとな!」


ジョーにむかってぴゅう!と湯田は湯鉄砲を飛ばした。
綺麗に弧を描き、ジョーの肩に命中する。


「湯田さん」
「おう、なんだあ?」
「ボクも好きです」
「そうかあ・・参ったなあ・・・・ペアリングはどこのにする?」
「・・・クロ○ハーツあたりでどうですか?」
「ロイ○ル・オーダーでもいいぞ?」
「おまかせします」
「クリスマス・プレゼントはそれでいいか?」
「じゃ、ボクは・・・・ケーキ焼きますね」
「いいよ、ケーキは・・・ホテル予約しておくから」
「そんな!それじゃ湯田さんにばっかり・・・・」
「いいって、いいって・・・島村のためなら、さ」
「湯田さん・・・」


露天へと移動しようとした学生たちが、その入り口で息を顰めて立ち尽くしてしまった様子を知り、ジョーと湯田は大声で笑いあった。











####

<ジョー、アタシ出るわね>
<フランソワーズ、大丈夫?>


ジョーと湯田が楽しそうに笑い合う声に、数人の学生たちの声が混ざり、フランソワーズは通信を送ることに躊躇うが、言われた通りに、身支度を整え終えた後、報告をいれた。

<大丈夫よ>
<じゃ、ボクもすぐに出る>
<いいの・・・・・。ジョーはゆっくりして?笑い声がこっちまで聴こえたわ!楽しんで・・・。ね?>
<気にしなくて良いよ、人数も増えたし、これ以上ここにいたら長湯になるし>
<長湯じゃない、ジョー>
<そうだけど、ゆっくり入るのはもう無理だよ。だから出る>


フランソワーズから脳波通信を受け取り、ジョーも温泉から出ると、湯田とジョーの”ジョーク”であったと知ったあとでもぎこちない様子の学生たちに告げた。
湯田はもうしばらく湯を楽しむといい、湯に残った。


「疲れた?・・・元気がないけど・・・・・」
「そんなことないわ!・・ちょっと喉が渇いたの」
「温泉で何かあった?」
「何もないわ!」
「・・・また隠す」
「隠してなんかなくてよ?」


温泉前に別れた場所と同じ廊下で会い、ジョーはフランソワーズの手をとり、行きと同じように手を繋いでフランソワーズの泊まる部屋まで歩く。

湯であがったジョーの体温が、さらにあがる。
この旅から帰ったら、博士に検診してもらう必要があるかも。と、ジョーは自分の人工心臓の耐久力がどれほどのものか、自信がなくなりつつあった。



「ボクに言えないようなこと?」
「別に、そういうのじゃないわ!・・・ただ、やっぱりアタシはって・・・・・思ったの」
「やっぱり?」


フランソワーズは足を止めて、ジョーを見上げる。
フランソワーズを待たせたくなくて急いで出て来たために、髪はまだ濡れたままで、肩にタオルをかけていた。


「怒らないでね?」
「怒るようなこと?」
「いいえ」
「じゃあ、怒らないよ」
「でも、もしかしたら・・ジョー、大学にいずらくなったり・・・」
「ええ?どうして???」


フランソワーズの言葉に、ジョーは驚く。
自分が大学に居られなくなるようなことが、このほんの3、40分ほどの間にあったとのか?と。そうなると、ジョーが思い当たる原因は”サイボーグ”である何かが知られてしまったことしか思い浮かばない。


「・・・・アタシの肌に、シミも、ホクロもないの」
「!」


ジョーも同じことを言われたことがあるのかしら?と、言う疑問もあり、フランソワーズは言われた言葉を口にした。
どんな小さな事が”サイボーグ”と言うことに繋がってしまうか、解らない。
009であるジョーには報告の義務がある。


「ホクロ1つないのね、って・・・忘れていたわ、そういうの・・・」
「そんなの誰も気にしないよ」


なんだ、そんなことか。と、ばかりに緊張した躯の力を抜いた。
ジョーの脳裏に浮かんだ状況とはまったく比べものにならないほどに、フランソワーズの口から出た内容は小さなことだった。


「産毛なんて、戦闘に必要ないもの、ね?」
「・・・・・欲しい?」
「わからないわ。でも、それがあるのが”当り前”でしょう?」
「・・・他は?」


ジョーは、部屋にむかって歩き出した。
その歩みに従うかのように、フランソワーズは先ほどの会話を思い出すように、口にした。


「他は、あんなに食べて、太らないの、とか。・・・・手足の長さに、プロポーションとか、胸の形とか、色とか・」


それらの内容に、覚えがある。
施設育ちのジョーは、思春期の”女の子”たちのリアルな会話を耳にしていた経験がある。
女の子は、結局いくつになっても、話す内容は変わらないんだな。と、男だって似たようなものだと言うことを棚にあげた感想を持った。


「隣の芝は青い。隣の隣りの糂味噌。隣の宝を数える。隣の花は赤い・・・だよ、気にしないで良い」
「なあに、それ?」
「他人ばかりがよく見えるってこと。まず、サイボーグ以前に、フランは”日本人”じゃないしね、日本人は欧米人体系コンプレックスってあるんだよ。それにさ、今の世の中、レーザーとか審美医療とか、すごい大金払ってシミ・ホクロ・産毛なんかを除去する世の中なんだし・・・。羨ましいんだよ。ただそれだけ」
「・・・・」
「昨日、オオガミ教授と一緒だったとき、そんなこと言われなかっただろ?」
「そうだけど・・・」
「みんなが、同性の子が羨ましいくらいに、綺麗なんだよ、フランソワーズは。改造されたって言ってもさ、整形したわけじゃないんだよ。前のまんまなんだし。それは”同じ”ボクがよくわかってるよ、ボクは男だから、細かいところまで、そんな風に気がつかなかったけど・・・・。フランソワーズがすごく可愛くて綺麗なのを、ただ羨ましくてそういうことを言ってるだけだと思う。だから、逆に自慢してもいいよ」
「ジョー・・・?」


お酒が入っているせいなのか、温泉の効能か、湯田とあのような話しをしていたためか、それともここが”旅先”のためなのか、これらが混じり合った結果であるためか、さらり。と言葉にしていることに、気がついていない。


「なに?」
「アナタ、熱があるんじゃなくて?」
「ないよ?熱なんて」


フランソワーズはジョーの前に立ち、彼の歩みを止めた。
じっと自分を見つめる大きな、こぼれ落ちてしまわないかと心配してしまうほどに大きな青の宝石。


「ジョー?」
「心配しなくても、ボクは熱なんてないよ?」
「・・・・・気にしなくて、いいのね?」
「気にしなくて良い」
「サイボーグって気づかれてなくて?」
「誰もそんなことくらいで”サイボーグ”になんて結びつけないよ・・・」
「・・・・ジョーが大学を辞めないといけないなんてことに、なったりしない?」
「絶対にないよ。辞める事になったとしても、それはフランソワーズのせいじゃない」
「本当に?」
「本当に」
「絶対に?」
「絶対に!」


フランソワーズはジョーの手を引っ張るようにして、部屋へと急ぎ足に進めた。


「ジョー」
「なに?」
「みなさんがいらっしゃらない間に少しだけ、アタシも飲んでいい?」
「地酒?・・そういえば飲んでないね、フラン」
「17歳だもの!」
「あ・・・・そうか。今度から20歳って言ったら?」
「ま!アタシってそんなに老けていて?」
「老けて・・て・・・それ、絶対に他の女の人の前で言っちゃ駄目だよ?」
「ジョー、急いで!!飲めなくなっちゃうわ!」
「別にみんなが居ても、飲んでもいいと思うけど?」
「未成年に飲ませた罪で、ジョー大学いられなくなったら困るし、警察に捕まったらどうするの?!博士にご迷惑を置けするし、イワンはまだ夜の時間なのよ?」
「・・・・・・大げさです」
「早くっs!!」
「わかったって、走らなくて良いよ、また熱が出るよ?・・・って、飲んでいいの?」
「お酒は百薬の長!」
「グレート・・・・」








####

「人の体のこと、あんな風に言うものじゃないと思う、千里ちゃん」
「すみません・・・つい。だって本当に綺麗だったし・・・作られたみたいに、完璧で・・・・」


援護を求めるように、りか子へ視線をむけた。


「まあ、確かに、あれは見事としか言いようがないわ!興奮してしまうのも、同性ながらに理解できる」
「でも、怖がらせたら駄目よ」
「あとで、アルヌールさんに謝ります」
「それがいいわ・・・彼女が気にしてなかったとしても、ね?」


りか子は、美奈子の様子が”いつも”の彼女過ぎて逆に不自然に思った。
手をつないでいた2人にたいしても、彼女は変わらない。

昨日と今日の昼食までの彼女の方が”自然”だった。


「美奈子、どうしたの?」
「なに、りか子?」
「・・・・・・なんか、ねえ」
「なんか、なによ」


湯からあがり、身支度を整えながら、脱衣所の壁に設えられた大きな鏡つきの洗面台の前に立つ3人は、鏡越しに視線を合わせる。


「今の心境を訊きたいなあって・・・美奈子の」
「・・・・・・よく、わかったわ」
「なにが?」


腕を伸ばして取った、備え付けのドライヤーのスイッチを入れる手を、止めた美奈子。


「嫌なくらいに、もう、見たくも訊きたくもないくらいに、島村くんが、アルヌールさんのこと大切に思ってるってことよ!」
「・・・・・・」


千里は洗面台に広げていたポーチの中身をささっとしまい、そこから離れて、カゴの中の荷物を手に持つと、”お先です”と、脱衣所をあとにする。まだ、彼女は化粧水さえつけていなかった。

からからから、と。スライドさせたドアが、ぱたり。と閉まったとき、美奈子はぽろぽろと涙をこぼしはじめた。


「だって、好きなんだものっ。どうしようないじゃない、・・・急にそんなっ、”はい、島村君はアルヌールさんが好きなのね、わかったわ。アルヌールさんも島村君が好きで、両思いなのね、それじゃあ私は出る幕ないわ、あきらめます。”って部屋の電気をつけたり消したりするみたいに、簡単に切り替えられると思う?!」
「・・・・・・・」
「急になんて無理っ!好きなんだものっ!!」
「・・・・・・うん」
「私はロボットじゃないし、パソコンみたいにdeleteを押して、この想いを簡単になかったことになんか、できないっ!」
「うん」
「好きなんだもんっ好きなのっ!失恋したってわかったわよっ」
「・・・」
「告白もしてないままよっ?島村くん、私の気持ち知らないのにっ!!両思いでもいいって言うしか仕方ないじゃないっ、そうでしょっ、だって好きなままなんだからあっ」
「うん」
「りか子の馬鹿!」
「うん」
「りかのせいだからね!!」
「うん」
「もう、全部、ぜええええええんぶ、りか子のせいっ」
「うん・・・」
「もう一回、温泉はいるっ」
「・・・・・1人がいい?」
「りか子もよっ」
「うん」
「好きなの、今はまだ、好きって言う気持ちの方が強いのよっ。頭でわかっても気持ちがついていかないの!」
「・・・・・・それで、いいんだと思うよ。美奈子は間違ってない。人を好きになるのは自由でしょ?好きでいてもいいいのよ、誰にもそれを、美奈子が島村くんを好きな気持ちを咎める権利なんてないから!」



着たばかりの浴衣を脱いで、再び露天の湯に戻った2人が、部屋に戻ったのは、それほど遅い時間でもなく、湯田が最後の地酒を開けようとしていたときだった。










####

「気分を悪くしたんじゃないかって・・言われて」
「あの、気になさらないでください」
「ごめんね」
「大丈夫ですから」


部屋にジョーとフランソワーズの後に戻って来た千里は、フランソワーズにむかって、美奈子に注意されたことを素直にフランソワーズにむかって謝った。

千里が悪気があって言った事でないことは、すぐに理解できた。そして、それを注意した美奈子に、その言葉に同意してフランソワーズに詫びる千里に、そして、りか子、湯田を思うと、自分は人に恵まれていると、気持ちが温かくなる。


「そんなに、かあ?」


けれど、酒の席。
話しは見事におかしな方向へと進む。


「すんごいです!」
「して、それはどのように?」
「湯田さん!?」
「島村、見るわけじゃないんだし、原の口くらい許せ!」
「信じられないくらい、くびれてますっ」
「ほお!」
「色白いし、シミないし、ほんのり光ってるみたいでつるっつるだしっ、華奢だし、手足長いし、高○留美子マンガみたいな感じで」
「ラムちゃんかあ?」
「どっちかっていうと、ら○ま女版」
「御見事!」
「同じ人間だと思えないくらい、線が細いのにっ」
「細いのにっ?」
「ちゃんと胸が、お尻があるっ」
「どんな風か、言ってみよう!!」
「ぼん!なお椀型のトップは若さなのツンと上向き、きゅーとキュートなくびれについた、芸術は立て臍っ!が、ぷるるん・ゼリーな桃!でしたっ」


湯田が千里にむかって盛大に拍手する。


「アタシって、そうなの?ジョー?」


自分の躯のことでありながら、確認するようにジョーにむかって、小首を愛らしく傾げて訊ねたフランソワーズは、自分の躯が人とかけ離れて”変”ではないことが確認できたようで、嬉しそうだった。


「そうなのか?」


便乗する湯田。


「そうですよね!」


同意を求める、興奮気味の千里。


「みたことないっ、知らないっ、わかりませんっ!」


湯のみについだ冷酒を一気に煽って誤摩化した。


「それじゃこちらもそれなりに・・」


ジョーの心臓が早鐘を打ち、想像しようとする絵を必死で酒で押し流しつつ、この会話はかなりの”セクハラ”なのでは、とフランソワーズの気分を害しないかハラハラしていたが、フランソワーズは自分の躯が人とかけ離れて”変”ではないことが確認できたようで、嬉しそうである。

昨日よりもフランソワーズの態度が軟化しており、邸でみる彼女らしさがみられるようになってきたことが、ジョーにとっては一番嬉しい事だった。


「なんですか!」
「こちら、とても素晴らしいものをお持ちです」


湯田がテレビショッピングの司会者が今回の目玉商品とばかりに、ジョーを扱った。
かなり悪ノリし始めている。


「湯田さんっ!」
「さすが、ハーフですか?」
「さすがハーフでございます」
「素晴らしいって、ジョー、何をもっているの?」
「・・・・・・・・・・・・・・いいから、聞き流しておこうね?」


これ以上は湯田に飲ませない方が良いと、ジョーの過去の経験が知らせる。


「隠してるのね!」
「・・・・・・フランソワーズ」
「意地悪ね!」
「意地悪じゃないよ・・・」
「ずるいわ!」
「・・・・・・ずるいっていわれても」
「博士に言いつけるから!」
「いや、博士には言わない方が・・・」
「も!ジョーだけなんてずるっこだわ!」
「・・・・・・・ボクだけじゃないって、ボクだけってどうしてそうなるんだよ?」


---キミはボクのメンテナンスの時に、”見てる”って言ったから・・・・知ってると思うんだけど。今までの会話の流れで、どうして繋がらないんだよ・・・。


「原さん、これ以上は湯田さんには駄目ですよ・・・。変わります」
「島村くんしか生け贄はいないですね、ま。いいんじゃないですか?」
「・・・・・・・・・・嫌です」
「国際色豊かな家族構成と訊いてますから、キスくらい!」
「家族と挨拶のキスなんてしません」
「え?そうなんですか?」
「そうなの、ジョーはしないの!」
「アルヌールさんとも?」
「ええ、ひどいでしょ?」
「ひどいですね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいから、・・・・フラン、そろそろ休もう」
「あ、その言い方、なんかやらしいなあ、島村ぁ」
「いやらしいですう、島村くん!」


湯田と同様に悪のりしだした千里のペースにジョーは溜め息をついた。
フランソワーズは自分のペースを乱すことなく、いつもと変わらないことが、すごいとジョーは思う。


「いやらしいの?」
「休もう、なんて夫婦っぽいです!」
「ふーふ?子○まのフーフちゃんがどうしたの?」
「???」


フランソワーズの解答に、目に?マークを浮かべる千里。
ジョーが助け舟を出す。


「・・・・・子○まの”フーフ”って言う絵本があるんだよ」
「はあ・・そうなんですか」


ちょっと外れたフランソワーズのテンポに、千里はときおり戸惑い、ジョーがそれらを補う形が、なんとなくパターン化してきた。


「・・・これが最後の瓶かあ」
「せっかくの地酒、お土産にされてはいかがです?」


ジョーは営業マンのような口調で、にっこり爽やかに湯田に言った。けれど、ちょうど、良い(悪い?)タイミングで美奈子、りか子が部屋に戻ってきたので、2人のために、その瓶はあけられた。

2人が部屋に戻ってくると、がらりの部屋の空気がかわり、ジョーはほっとする。
そして、湯田・原コンビの酒の席は要注意と、しっかりとその優秀な補助脳に叩き込んでおいた。





「フラン、薬・・・寝る前にもだよ、忘れないでね」


酒もつき、おつまみも食べ散らかされ、明日の朝も早いために少しずつ、終宴の雰囲気が漂う。


「ええ、でも・・・」
「ん?」
「ジョー、忘れてなくて?」
「んん?」
「ねえ、忘れてるでしょう?」
「んん・・・・・・ん」


フランソワーズが何を言わんとしているか、わかっているのであるが、言葉が出てこない。


「くるくる♪」
「!」
「明日?でも、朝早くここを出るのでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あの、ですねえ、フランソワーズさん」
「はい?」


隣に座っているフランソワーズに向かってジョーは胡座をかいていた足を正座し、姿勢を正したので、フランソワーズも躯をジョーの正面へと向かい合うように動かし、同じように正座した。


「くるくる♪なんだけどね」
「なあに?」


何事かと、りか子がチョコあられをつまみながら、ジョーとフランソワーズの会話に耳をすました。


「どんな風に、アルベルトから訊いたの?」
「温泉宿に泊まった男女は、絶対にやらなければならない、楽しい儀式(イベント)がまってるってよ?」
「・・・・・・・ある意味、はずれてはいません。でも、”かならず”で、絶対ではないよ」
「絶対じゃないの?」
「絶対じゃない。現に、誰も”くるくる”をしていないだろ?それにそんなこと、誰も言ってない」
「そうねえ・・・変ね、アルベルトが間違ったのかしら?」


湯田は、昨日からの話しの流れをすべて知っているので、面白そうに2人を傍観していた。


「彼はドイツ人だよ、日本人のボクが言ってるんだから、ね?」
「でもね、ジョーは朝起きられなくて、アタシが起こしたわ!約束は約束だと思うの」
「くるくる♪の意味をちゃんと理解してないよね?フランは・・」
「あら、意味ならわかってるわ」
「本当に?」
「ええ!時代劇の名シーンよ?」
「・・・名シーンと言えば、そうかもしれないけど」
「御代官様が、好きな女性を捕まえて来て」


美奈子がいれた熱いお茶を啜る千里は”御代官様”で、やっとジョーとフランソワーズの会話の内容を理解したとき、湯田からの説明がはいった。


「ちょっと違うような気がするけど、それで?」
「セリフは、”よいではないか、よいではないか、そちも楽しめるのじゃから”」
「・・・・・セリフはいいよ」


美奈子はもくもくとお茶をいれて、テーブルを片付ける作業に没頭する。


「それでね」
「それで?」


温泉で、吐けるだけの気持ちをりか子に訊いてもらい、その後、部屋に戻って来た。


「”おやめください、御代官様”で”逃げる出ない、そおおれ”または”ほおれ!”」
「だから、セリフはいいから・・・」


湯田があけた酒の力を借りて、いつもの自分でいられたが、その酒もなくなり、酔いも冷め始めたころから、ジョーとフランソワーズの姿を、声を聞いているのが辛くなりつつあった。

そんな自分を悟られたくなくて、甲斐甲斐しくまわりの世話をやく姿を、湯田は見ている。


「御代官さまが、女性の帯をくるくるくる~って」
「うん」
「”あ~れ~、ご無体な~”で”」
「で?」
「人間独楽ね!」
「独楽?!」


フランソワーズの言葉に湯田は吹き出し、りか子は、異文化交流の難しさを目の当たりにして、その物を知らないという怖さと面白さを同時に知る事となり、千里はジョーの家族、フランソワーズとその周りの人々に興味を抱いた。と、言うよりも、千里はかなりフランソワーズのその言動に注目し始めていた。


「帯を引っ張られて、くるくるまわして、まわされて遊ぶのでしょう?知ってるわ!着物だと高級で御代官様くらいのお金持ちの人じゃないとできない”高貴”な遊びなんですってね?だから、一般人は温泉宿でチープに遊ぶのでしょう?それが一種の温泉宿にたいする”礼儀”で、儀式化した伝統なんだって教えてくれたのよ」
「アルベルト・・・・・」


---どうして”中途半端”に間違ったことを含んだ余計なことをっいつも、いつも、いつもっ!!


「島村くん、それに・・・みんなも・・・・明日は今日よりも早いし、そろそろお開きに・・・ね?アルヌールさんも熱がまたあがると心配だし・・」


限界に近かった。
自分の声が、震えていないことだけに集中する。


「じゃ、こうしよう!水沢さん、くるくるのお手本を島村とがんばってくれ、準備ができるまで、オレらその辺ぶらついているから、電話でよびだしてくれな。行くぞ、稲葉、原、アルヌールさん、冷えたら心配だから、コートもね」
「え?」
「湯田さん?!」
「「!」」
「島村、水沢とよく”話して”な!じゃ!」


りか子はさっと立ち上がり、フランソワーズのコートを取り、次に、自分と千里の分を手に一番に部屋を出た。
千里は、「行きますよ!」とフランソワーズの手をひいて部屋を出た。


「原さ・・フランソワーズっ・・ちょっ湯田さん!?」


フランソワーズは手を引かれるままに、千里と部屋を出る。
一度もジョーへも美奈子へも振り返ることなく、その後ろに湯田が続いた。


「電話しろな!」
「待ってくださいっ、フランっ!」


立ち上がろうとしたジョーを、湯田は止めるように言葉を残した。


「島村!少しは周りをみろ、世界は彼女中心にまわってはないんだぞ、ちゃんと自分の周りをまわってるものにも注意を払え」
「!」
「じゃな・・・心配するな、アルヌールさんのことはまかせておけ」


一陣の風が去った後、部屋に美奈子とジョーだけが残された。


「いったい、・・・・どうし、て???」








####

部屋を出て、湯田はとにかくりか子が向かったであろう先を追う。
玄関先でコートを着た、りか子と千里、そして、りか子から自分のコートを渡されてそれを手に持ったフランソワーズ。


「さて、どうするか。本館の方を覗いてみますかあ」
「・・・」
「アルヌールさん、気分はどうかな?元気そうだったから、こういう運びになっても大丈夫だとふんだんだけど、もししんどいなら、島村とオレの部屋で休んでもらっていてもいいんだけど?」
「・・・」


湯田はフランソワーズの手から彼女のコートを取ると、フランソワーズに着せようとした。


「アルヌールさんの騎士(ナイト)の島村だけど、少しだけ水沢さんに貸してあげてくれるかな?」
「ジョーは、ジョーよ?」
「え?」


フランソワーズのコートを持つ手が、宙で止まる。


「貸す貸さないなんて、間違っているわ。ジョーは、アタシの騎士(ナイト)でもなんでもないの。だってジョーは・・・・」


フランソワーズが、ジョーと美奈子がいる部屋の方向へと首を巡らせた。
その仕種と表情の言葉にしようがないほどの気品と優雅さに、湯田は目を見開いて食い入るように003を見つめて、りか子、千里は、息をするのも忘れるほどに魅入った。


「ジョーは・・・・」



---ジョーは009だもの。



言葉が続かないかわりに、フランソワーズの瞼がしっとりと長い睫をゆらして、2度、またたいた。

”眼”を使えば視える。
”耳”を使えば聴こえる。


ふうっと静かに息をはいて、湯田の手にあるコートに袖を通し、ほっそりとした指でゆっくりとボタンをかけた。


「本館の温泉も、入られるのかしら?」


にっこりと、凛とした目元で、華やかに微笑んだ。


「あ、そうだね、うん。行ってみようか」
「はい」







####

美奈子も、ジョーも、ただ、呆然と部屋にいた。
片膝を立てた状態で固まっていたジョーの呟きに、先に我にかえった美奈子は、湯田の大胆な気のまわし方に、腹が立った。
けれども、すぐに気がついた。

気づかれたのかもしれない。
うまく隠したつもりだったけれど、泣いた事を。

気持ちを伝えないままに失恋した、気持ちを。


両想いでもいいと言った、強がりを。




りか子は2回目の湯の中で言った。


「気持ちを伝えたのと伝えないのとじゃ、その後の気持ちの持ち方が違うよ?成功する、しない関係なく、今の美奈子には”伝える”ことが大切なんだと思うんだけど。宴会のとき”告白しようかな”って言ったのは、どこの誰よ?アルヌールさんの存在くらいで、どうしてそんなに態度が変わっちゃうの?自分は自分じゃない!」







「準備もなにも、・・・くるくる♪はそんなもの・・・何を考えて・・・・・」


ジョーは最後に言われた湯田の言葉を思い出す。



”島村、少しは周りをみろ、世界は彼女中心にまわってはないんだぞ、ちゃんと自分の周りをまわってるものにも注意を払え”



「・・・・・・・・オフのときくらい、フランソワーズだけを考えて見ていたいのに」


はあ、と。溜め息に混ぜて言った言葉に、美奈子の肩がびく!と震えた。


「お、オフ?」


美奈子の声に、は!と、口に出していたことに気がつき、ジョーは慌てる。
立てていた膝をおろして、向かいのテーブルにいる美奈子と向かい合った。


「いや、あの・・っ。家業というか・・・、すみません」
「どうして、島村くんがあやまるの?」
「フランが変なこと言うから、湯田さんやみんなが悪ノリしてしまって」
「お茶、いれなおすわね?」


不自然な態度ではないか、笑顔はひきつっていないか。ひとつ、ひとつを意識して体を動かす美奈子。


「いや、その・・・すぐに呼び戻してきます、時間も確かに水沢さんが言う通りにもう、遅いし、コートを持って出て行ったってことは、フランソワーズを外に出す気みたいだから・・」


ジョーは立上がろうと、テーブルに両手をついたとき、そのうちの片方の手の上に美奈子は腰を浮かせて腕を伸ばし、手を重ねた。

自分の大胆さに驚くが、その行動が”特別に”思えるのはここが旅館で、お互いにお案じ温泉浴衣を着ているためだと美奈子は自分に言い聞かせた。


「待って、電話でいいっていってたし、わざわざ・・・行かなくてもいいじゃない?」


美奈子は胸の緊張をそのまま重ねた手に表した。


「あの、水沢さん?」
「島本くん、少しだけ、・・・少しだけで言いの」
「?」
「話せない、かしら?」
「・・・でも、フランが」
「・・・・・・・そう、よね。アルヌールさんが心配よ、ね・・」


美奈子は、ジョーの口から出た”フラン”の名前に、手をひいた。





”ちゃんと自分の周りをまわってるものにも注意を払え”





「・・・水沢さん・・フランは湯田さんと、それに稲葉さんに原さんとも一緒だし、・・・大丈夫だと思うから・・・話しって?」











旅行編へ続く。

*結局また、2つに分けることにしました。
 お話を長くしてしまう、私を許してください。
 これでもかなり削ったんですよ・・・(涙)さくっといった”つもり”なのに・・・。


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おでこ、合わせて/京都・嵐山2泊3日の旅・8
「結婚を前提に・・・?」


テーブルをはさみ、向かい合わせで座りなおしたジョーの前。

美奈子自身から”話しがしたい。と、切り出し、ジョーを呼び止めた。
自分がそうやって彼を呼び止めた自身の行動に、驚きつつも、そうした行動の裏にある自分の本心に素直になる。



もう少しだけ。


・・・・わかっていても。




もう少しだけの時間を、と。願い。
まだ、簡単にこの想いを消化できるほどの”努力(チャレンジ)”をしていない自分に、チャンスを、と。












「そうなの。妹が、結婚をね・・・考えているみたいなの」


脳裏に浮かんだ、妹の顔。
年子の妹、奈々子のことだった。

そして次に湯田の声。


”もっと気楽に考えて会えばいんじゃないかあ?島村でも誘って、ダブル・デートなんて、おすすめしておこうかな。それなら、1日一緒に行動できて、緊張せずに、彼氏さんの人柄とかみえるだろうし、島村からの意見も参考にしたらどう?”



それは1ヶ月ほど、前のことだった。

それもいいかもしれない。と、考えた。
まだ一度だって”大学”関係外で、ジョーと行動した事がない。

けれど、たった1度だけジョーが大学に連れて来たフランソワーズのことが気になって、誘えないままでもいた。






「妹さんとその、彼氏さんが、お互いに真剣に思っているなら、本人同士の問題だと思うんだけど・・・?」
「・・・・でも、結婚となるとそうもいかないでしょう?」
「ああ・・・そう、だよね。その、なんて、言うか・・ボクは、そういうの・・縁がないと言うか、あまり、家とかそういうのよくわからないから、・・・ごめん。そうだよね、結婚は本人同士の問題と言っても、お互いの家に、家族が居て、・・・簡単じゃないんだよね」


そういう”常識”に疎いジョーは、曖昧に笑いながら、美奈子のいれたお茶をすすった。


「まずは、当人同士の気持ちだけど、・・・それで、奈々子がそれでいいなら、私の意見なんていらないと思ったのだけど」
「・・・会って欲しいと」
「どうしても会って欲しいって、両親に合わせる前に・・・」
「そうなんだ・・」


妹の話しをしている間に、少しずつ落ち着きを取り戻し始めた美奈子は、自分に暗示をかけるように、ここは研究室。と、胸の中で呟き続ける。


「早い方がいいみたいで、でも、私1人で会うのはなんだか怖くて・・・。まさか、奈々ちゃんが、って・・信じられなくて、もちろん。今までに、妹の彼氏に会ったことあるけど、偶然に会ったって言う感じばっかりで」
「今回が初めて、なんだね?ちゃんと”会って欲しい”っていわれたのは」


美奈子は頷いて、正座していた足を崩した。


「・・なんだかんだ言って、先延ばしにしていて、そんなことを湯田さんに、話しの流れでぼやいたの。そしたら、ダブル・デートでもして固くるしい場を設けずに気楽に会えばって言ってくれて・・」
「・・・・・それで、ボクに?」


驚きも混じった声のジョーだったけれど、次の美奈子の言葉に納得した。


「りか子でもいいかなあ、って思ったけど、それだと、奈々子の彼氏さんの方が敬遠しちゃうかな?って、思って、同じ年くらいの島村くんなら、彼も気軽にセッ知られて大丈夫かと思うし、それに、男の人の意見も聴きたいし・・・私にそういう人がいたら、いんだけど・・・いない、から、今、は・・・・」


不安そうに、空になった湯のみを両手に包んで持ち上げたり、手のなかでまわしたりする美奈子の様子を見て、美奈子が思い悩んでいることが手に取るようにわかる。


「いいよ、水沢さん。ボクでよかったら」
「!」
「また、ちゃんとした日を教えてくれるかな?週末だと都合がいいけれど、早めに・・・」
「いいのっ?」
「それくらいなら・・・、ボクでお役にたてるならね。でも、」
「?」


ジョー振り返るようにして投げ出すように置いていた丹前を手に、その袂をまさぐる。


「良かった。くるくる♪の準備とか言って、湯田さんが水沢さんとボクをわざと2人きりにさせないといけないような意図があるのかな、って、すごく緊張しちゃったよ!」
「!」
「もしかしてって」
「もしか・・し・・て?」


どくん。と、ひときわ大きく、鼓動を打つ、美奈子の胸。


「フランソワーズがボクの知らないところで、とんでもない迷惑を水沢さんにかけししまったか何かで、怒られるんじゃないかなあと・・・、今日だって京都タワーの展望台も、レストランもフランのせいでキャンセルにしてしまったし、・・・ね」
「迷惑なんて・・・」


のんきに微笑みながら、取り出した携帯電話に登録してある湯田の番号を押した。


「フランソワーズのことで何かあったら、彼女についての全ての責任をボクが取るつもりだから・・・」


押し寄せてきた哀しみに握りつぶさそうになる、美奈子のこころ。


「島村くんが、・・・どうして?」


震え出した手から湯のみを離し、瞳に浮かび上がった涙がこぼれおちるのを必死で我慢する。
目の縁にたまっていく、それらを散らすかのように、何度も瞬きを繰り返しては、温まっていたはずの体が冷えてしまっていたことに気がついた。


ジョーは呼び出し音を耳に捉えながら、美奈子にむかって言った。


「フランソワーズとずっと一緒にいたいから、当然そういう風に・・・あ・・・湯田さん?・・・・もしもし?島村です」











---駄目だってわかってる。・・・・・・でも、それでも、あと、もう少しだけ・・・、この気持ちを打ち明けるだけの勇気に、思い出が欲しいから。
















ジョーから電話がかかってきたとき、湯田は柄にもなく緊張してしまった。
電話の通話ボタンを押すと同時に、体は自然とフランソワーズから距離を取る。


「終わったか?」
「終わるも何も、ないんですけど?」


ジョーの落ち着いた声が湯田の耳に届く。


「何もない、か・・?」
『湯田さんが水沢さんの妹さんのことについて相談に乗っていたことは、わかりました。ボクも協力します。でも、わざわざ外に出なくてもいいじゃないですか?・・・くるくる♪の準備なんて、どうしろって言うんですか?』
「しまむらあ・・・・」
『とにかく、すぐに戻って来てくださいね、今どこですか?フランソワーズに薬を飲ませて、休ませたいんで・・・』
「・・・・・本館、温泉。今から戻るから、そこにいろよ」


ジョーのセリフは、湯田には宇宙からの意味不明なメッセージと同等のものだった。が、”水沢の妹”と言う単語に、1ヶ月ほど前に美奈子がぼやいていた内容と、自分が彼女に言ったアドヴァイスを思い出した。


---・・・・そうかあ・・・・そういうことねえ・・・・。



湯田の声にすぐに反応したりか子、千里、そして、2人に連れられたフランソワーズの4人は、別棟から徒歩5分ほど下った場所にある本館に来ていた。

泊まり(部屋持ち)の客でない温泉目的の客は入浴用のチケットを購入しなければならない。
時間的に外部からの入浴の受付は終わっており、泊まり客のみの使用となっていたけれど、4人が別棟に泊まっている学生だと言うと、すんなり入浴を許してくれたのは、オオガミの姉である”女将”。


温泉は意外にも多くの泊まり客で賑わっていた。

別棟の温泉を利用していたのは、女子学生8人のみ。
フランソワーズは予想以上の人の多さを目にして尻込みしてしまい、入り口前の待合室と娯楽室がいっしょになった広間で待っていると言った。
一人きりにさせるわけにもいかず、連れて来た責任から湯田もフランソワーズにつきあうことにすると言うと、フランソワーズは、それをやんわりと断って、湯田も本館の温泉を楽しんでください、と進める。


そんなやりとりの合間に、湯田の携帯電話にジョーから電話がかかってきたのだ。
別棟の部屋から出て、20分ほどしか経っていない。

湯田は女性3人から離れて電話を取ったが、その意味もなさないままに話しは終わった。
わざわざ”女将”に温泉入浴の許可をもらったのになあ。と、溜め息を吐きながら、湯田は通話を切ると、3人が座る、庭が眺められる位置に置かれた長椅子へと戻った。

自然をそのままに活かした庭は、秋の終わりにともなって少しばかり淋しさを伴うが、地に這うように添えられた灯籠の灯が、ふうわりと去り際の紅を紺色の空に浮かび上がらせている。

フランソワーズは、ただ黙ってガラス戸を挟んだ向こう側の世界を見ていた、その背にむかって湯田が声をかけた。


「戻っていいみたいだ」
「「・・・・・」」


フランソワーズは湯田の声に、長椅子から立ち上がり、彼と向かい合う。
湯田の様子を窺っていたりか子、千里は顔を見合わせて、視線だけでお互いの口から出ない言葉に頷き合った。
美奈子は”何もアクションをおこさなかった”のだ、と。



美奈子は気持ちをジョーに打ち明けることができなかったのだろう。
何か、都合の良い”話し”で、その場をやり過ごす事にしたのだろう。




事は急だったし。と、りか子は深く息を吸い込んで一度胸にためてから、吐き出した。


---美奈子らしいと言えば、美奈子らしい。けれど・・・・。


「せっかくここまで来たんですからね!入浴許可ももらったし、私は入っていきますから」
「いいのか?」
「いいんです」


---今戻ったら、なんだかまた・・・おせっかいなこと言って、美奈子を追いつめちゃう気がするから。


夕食後の温泉で、たまった美奈子の気持ちを耳にして、決めたこと。
りか子は、もう、美奈子の恋について自分の意見を言わないことにした。ただ、彼女の想いの聞き役に徹する事と。
今会えば。多分、余計なおしゃべりをする口が勝手に動き出すだろうと考えて、少し間をあけた方がいいと考えた。


「りか子先輩がそうなら、私もそうします」
「そっかあ・・、アルヌールさん、ここで待ってる必要がなくなったね。戻ろうか?」
「あの・・・湯田さんは?」
「アルヌールさん1人でかえしたら、島村が怒るだろうからなあ。送って行きます。5分くらいだし、また戻って来ても良い。もしかしたら、あっちの2人もこっちの温泉に入りたいかもしれないから、誘ってみようかと・・」
「電話で聴けばいいじゃないですか?」
「アルヌールさんが入らないんじゃ、島村もだろうからなあ」


湯田の声に、フランソワーズは薄く下唇を噛んだ。。


「わかっていて誘うんですか?」
「アルヌールさんが薬を飲んで休んだ後なら、大丈夫かもってな。心配してたよ、電話で」


フランソワーズは会話を止めるかのように庭へと視線を移した、その横顔に、湯田は励ますつもりで言葉を続けた。


「島村は心配したいんだから、させといたらいいんだよ。島村のアレはもう”癖”のようなもんだなあ」
「く・・・せ・・・?」
「それくらいに、島村はアルヌールさんのことを思ってるんだよ」


千里はフランソワーズの反応をみる。


「それくらい・・・アタシは・・ジョーの、迷惑に、負担になっているのね?」
「いや、そうじゃなくて・・・・」


りか子はフランソワーズの言葉に驚いた。
湯田は逆の意味に取られたことに戸惑いながらも、会話を別の方向へと誘導しながら、フランソワーズの背に腕を添えた。


「・・・・じゃあ、稲葉と原は温泉楽しんでくれな。アルヌールさん、行きますよ。向こうにつくまでにちょっと耳にいれておきたいこともあるし・・・」
「?」


湯田はフランソワーズの背を押すようにして、その場を離れた。
2人が去るのを見ていた、りか子と千里。


「戻った方がいいのかな・・」
「戻った方がいいような・・・」








####

携帯電話の通話を切って、どれくらいの時間が経っただろうか。

部屋のドアのノックが聴こえた。
戻って来たのだろうと、美奈子がドアをあけるために立ち上がると、ジョーもテーブルから離れた。
フランソワーズの荷物が入っているピンクとグレーのツートンカラーであるトートバックのチャックをあけて、中からプラスティック・ケースを取り出すのを、美奈子は視界の端でみていた。


「ジョーっ!!」


部屋に入ってくるなり、フランソワーズは悲鳴に近い声を上げて、ジョーへと駆け寄った。


「フラン?」


ジョーは何事かと、膝を畳から離してプラスティック・ケースを手にフランソワーズの方へと振り返りながら立上がった。


「ジョーっ、」
「どうした?!」


立上がったジョーの胸にフランソワーズが飛び込む。
ジョーの全神経がフランソワーズに集中する。

手から、持っていたプラスティック・ケースが落ちた。


「ジョー・・・っ」
「フラン?!」


胸に飛び込んできたフランソワーズの衝撃を受け止め、腕に抱いた彼女と、その状況を把握する。


「ジョー、ジョーっ・・・っアタシっ!」


フランソワーズが怪我をした様子はない、熱もあがってはいないことは、抱いた躯の温度ですぐにわかった。

この部屋を出ていった時と何も変わっていない。
変わっているとすれば、りか子が持って出っていったコートを、今、彼女が着ていることくらいだ。


「フランソワーズ?!」
「ごめんなさいっ」


部屋に入ってきたフランソワーズと同行していた湯田、そして、その背後にいるりか子、千里の3人へとジョーは何があったのか訊ねるように視線を向けた。美奈子がひどく動揺している姿が同時にジョーの視界にはいる。


「・・アタシっ」


本館にいると言った。
温泉。と、湯田はジョーに言った。



躯のこと、サイボーグ。と、ジョーの脳裏にぐるぐるとまわる”最悪の自体”。

自然に、フランソワーズを抱く腕に力が入る。
とにかく、自分は冷静にならなければ、と、深く息を吸い込み、吐き出した。


「落ち着いて、せつめi」
「説明なんて出来ないわっ、だからっ」


しゅる。と、耳に届いた気持ちよい布ずれの音。


「フラ、ん?」


ウェスト部分に感じていた圧迫が解かれる。


「”逃げる出ない!”なのっ」


どこかで聴いたセリフ。と、同時に腕の中にいたフランソワーズの躯が、手に何かしっかりと持って、右足を大きく後ろにひいた。


「アルヌールさん、思いっきりひっぱれ!」
「”よいではないか♪よいではないかよ!ジョー♪」


解放されたと思った圧迫感が、戻り、さらに強く締上げられた。


「!」
「ご無体な~♪」


003の腕によって、ぐんっ。と引っ張られた。


「なっ何っふっらっ?!」
「”そおおれ!ソチも楽しめるのよ♪”」


引っ張られた方向から逃げるように躯が回転する。


「”そおれ、そおれ♪”」
「っっうわっあああっと、とっとっ」


くるり、くるり、と、温泉宿の短い帯で3回転半。




とめようと思えば、とめられたのにも関わらず。


されるがままに。
なされるがままに。

引っ張られるがままに、ジョーの躯が回転する。


するり。と、帯がジョーから離れてフランソワーズが引っ張った勢いに宙を舞う。
はだけた浴衣から、見事にバランス良く鍛えられたジョーの躯が眩しく歴史ある今日の晩秋の宿に舞う。


どん。と、尻餅をつくように倒れた、ジョーが一言。


「・・・・・・・・・”おやめください、フランソワーズ代官さま”」


満面の笑みで、ジョーの帯を手に持ったフランソワーズが、尻餅をついたジョーの隣にぴょんと、腰を下ろした。


「ソチも悪よのう!」


ぱたん。と、ジョーは後ろに倒れた。


「違う・・・フランソワーズ、間違ってる」


ジョーは仰向けに倒れた状態で、ギルモア邸よりもかなり低い天井を仰いだ。


「誰も助けに来ぬわ、堪忍せい!」
「もう、堪忍してます・・」


ジョーの視界は、花のように愛らしいフランソワーズの笑顔だけとなる。


「この印籠が目に入らぬか!」
「どこにあるんだよ・・・」


セリフと一緒に、ころころと、その表情が変わる。


「天下御免の向こう傷!」
「成敗されるのフランなんだけど?」


だんだん、方向がずれてくる。


「事件は会議室で起きてるんじゃない!」
「・・・ここ、旅館だよ・・・それに、時代劇じゃない」


いつのドラマだよ、と。突っ込みをいれつつ。


「スケ番まではったこの、私がっ何の因果かマッボの手先!」
「まわすけど、ヨーヨーだし。・・スケ番って・・・知らなかったよ」


だんだん頭痛を伴ったように苛ついてきた。


「じっちゃんの名にかけて!」
「名にかけて、まわすの?帯、まわすんだ・・・違うし、それも」


声に張りがなくなってくる。


「立て!立つんだ、ジョー!」
「ジョー違い・・・・・・・フランソワーズ。それ、全部違うから。・・・・・・・・・ついでに、”ご無体な”は、ボクのセリフ・・・」


もう、なんでもありの状態。
似るなり、焼くなり、好きにしろと言わんばかりに大の字に寝っ転がったままのジョー。


「間違ったちゃったのね?」


綺麗にととのっていたフランソワーズの布団が乱れてしまったのを背に感じた。


「・・・はい、ほとんどね」


湯田の笑い声。
千里の、御見事!と言う褒めの言葉。
りか子が呆然とする美奈子に説明するために彼女に耳打ちする。



本館からここへ戻ってくる間に、湯田が、フランソワーズに打ち明けた”作戦”。




”・・・くるくるは不意打ちでがいいと思うんだけど。どうかなあ、心配性の島村を逆手に取って、で?”





「・・・・・楽しかった?」
「ええ!とっても素敵なくるくる姿だったわ、さすがね?」
「・・・・・・・・・・・・・褒めてくれて、ありがとう」


ジョーは、はだけた温泉浴衣の前を合わせ、左手でそれを押さえながら、ゆっくりと起き上がった。


「湯田さんの言う通り、すばらしい”もの”(躯)ですね・・・」
「みあっただけの”素晴らしい”は隠れてるからな、それは公共の場では無理か、さすがに」
「あの童顔、可愛い系からはちょっと想像し難いけど、それが不釣り合いじゃないのが不思議だわ」


口々に好き勝手なことを言う観客を無視したジョーは、フランソワーズの方へと躯を捻る。


「フランソワーズ」
「ねえ、次はアタシね!」
「フランソワーズ」
「ね?」


ジョーは溜め息を1つ、大げさについてみせてから、むにい。と、フランソワーズの頬を軽く、自分の躯を支えていた右手を使って抓った。


「・・・本気(マジ)で心配したんだけど?」
「あ・・・、でもね、だって・・・ジョー、全然くるくるしてくれる様子がなくて、それで・・・」


摘まれた頬のままフランソワーズは、言い訳をする。


「!」


フランソワーズの頬を摘んだ指に、きゅ。と力が入った。
痛くはない、けれど、フランソワーズは黙ってしまう。


「くるくるなんて、いつでも出来る。・・・あんな風にしなくても、いいだろ?」
「・・・・」


湯田の笑い声が消えた。
千里がりか子をみる。
美奈子は、じっとジョーをみつめていた。
りか子は、そっと美奈子を支えるように、彼女の背にふれた。


「キミに何かあったのかって、何があったんだって、ボクの目が届かない間はボクは何もできない。”視えない”し、”聴こえない”んだから。間に合わないんだから・・・、本当に、後悔して・・しまう・・・・・・怖いから、二度としないで、くれよ・・・」
「・・・ごめんなさい」
「本当に、何もなかったんだよね?」
「ないわ・・アタシは、大丈夫よ」
「キミが大丈夫かどうかは、ボクが判断する」
「ジョー、そんなに心配しないで、それに、・・・これからは迷惑かけないように、ちゃんとあたs」
「迷惑じゃない、どんなにフランソワーズが迷惑をかけた、って思っても、それはボクにとって迷惑なうちにはいらない」


ジョーは、抓っていたフランソワーズの頬から手を離すと、その手を彼女の額にあてた。


「・・・・コート着てる必要ないだろ?脱いで、薬を飲んで、休む。はしゃぎすぎだよ」
「もう、大丈夫なの」
「だから、ボクが大丈夫かどうかを判断する、ほら、布団・・・直すから帯かえしてくれる?」


フランソワーズの手から、帯を受け取ると帯をつける。


「ジョー・・・・怒ってるの?」
「・・・・・・・・・・・どう思う?」


帯をつけたジョーは腰を上げて、乱れた布団を整え始めた。


「あ~~~~・・・島村、なんて言うかなあ、オレがアルヌールさんに」
「湯田さんが言ったとしても、実行したのはフランですから」


ぴしゃり。と、湯田の言葉を遮った。


「ジョー・・・あの」
「ボクが怒っても怖くないんだろ?」
「怒ってるのね?」


ふうっと、吐き出したジョーの溜め息に、フランソワーズは滅多に怒ることのないジョーが、怒っていることを知った。


「・・・・・・・・二度と、するな」


呟いた、低く、擦れた声。



もくもくとフランソワーズの布団を整えるジョーを見つめる、フランソワーズ。
どうしようもなく、その場に固まって立ち止まったままの、湯田、千里、りか子、そして美奈子の4人。


「・・・・・・・・・あのね」
「なに?」


フランソワーズに背をむけたまま、答えた。


「アタシはもっと綺麗にまわれてよ?」


浴衣の袂をつん。と引っ張った。


「・・・・・・・・知ってる、舞台で、まわってるのを観たことあるから」


また、ジョーの袂を、つん。と、引っ張った。


「それでね」
「なに?」
「・・・・・・・・くるくる、ジョーはとっても素敵だったわ」
「それは、どうも」


つん。つん。と、続けて袂を引っ張った、フランソワーズにむかってやっと、ジョーは振り向いた。


「怖くないわ、ジョーが怒っても・・・でも、とっても悲しいわ・・・・それでね」
「・・・」


眉の端をはちの字にみえるように下げて、なんとなく窄められた唇は、溢れ出そうとする1つの感情に耐えていた。
その証拠に、フランソワーズの青が揺れている。





---ちょっと嬉しかったりするの・・よ・・・・・










ジョーは落ちていたプラスティック・ケースを手に取り、フランソワーズに差し出す。


「どうしたらいいの?」
「部屋なんだからコート抜いで・・・」
「ジョー、アタシはどうすればいいの?あなたを怒らせてしまった、アタシは、どうすればいい?」


受け取ったプラスティック・ケースを両手で受け取る。


「・・・・そうだね、次回の温泉では今度、ボクが御代官役だって約束してくれるなら許してあげる」


再びフランソワーズに背をむけたジョー。
その首筋が少しずつ朱色をさしていく。


「今でもいいのよ?」


すうううっと上昇していく朱色。


「それは、・・・無理」
「どうして?」


朱が紅にかわっていく様は、早送りでみる紅葉の染まり具合に似ていた。


「・・・・・1日1回しか駄目なんだよ、くるくるは、そういうルール」
「そうなの?」
「そうなんだよ」


耐えられなくなった湯田の笑い声が再び部屋に漏れ始めた。
その声に、フランソワーズは湯田の方へと振り向く。

その瞳は、”1日1回しかできないの?”と問う。



「その通り。・・・1日1回だけだから、次回はアルヌールさんの番だね。今日はもうこれでお開き!」


ぱんぱん!と、湯田が柏手を打つように、手を叩いた。












「怒るとはなあ・・あれくらいで」
「・・・本気で驚いたんですからっ」

フランソワーズに薬をのませて、彼女が布団に入ったことを確認した後。


「まあ、そういうなって・・・せっかくの旅行なのに、洒落がわからんヤツだ」
「洒落もなにもっ・・・・・、フランソワーズのことを思うと、そんな余裕ないです」


部屋に戻る廊下で、湯田はジョーをからかう。


「余裕ないわりに・・・・、あそこで”次回”の約束、しかも”御代官役、ご指名”とは、上手いもんだ!」
「いや、それはっ・・・ああでも言わないと、フランが・・・」
「言い訳するなって。みんなの前でさすがに、彼女を”くるくる”するのは辛いかあ・・・あの勢いだと、なあ。でも、オレとしてはとてつもなく、惜しいことをした・・・・。原が言うのことが事実かどうか、確かめるチャンスを、奪われたんだからな!」
「っ!見たかったんですか?!」


キッと、ジョーは湯田を睨んだ。
湯田は、負けじと意地悪く睨み返す。


「もちろん、二股かける男なんかにはもったいないからなあ」
「二股?!」


一瞬にして、形勢逆転。
ジョーは湯田の言葉に目を白黒させて驚く。
その表情に、湯田は眼の力を抜いて、真面目な顔で言った。


「水沢に協力しておきながら、アルヌールさんをキープって贅沢だなあ、・・・たらし慣れている」
「た、たらし?!」


ショックだったのか、ジョーの足が止まった。


「それが島村の本性か?」
「二股なんてっ!!!そんなっのっ違いますよっ!!湯田さんの勘違いですっ」


止まった足が、前の歩調よりも幾分早めに動き出す。


「それなら、水沢に期待させるようなこと、するな」


ジョーの背にむかって、今までの歩調のまま言った。


「は?・・・期待って、別に・・・そりゃあ・・その、ボクのような人間に”人を見る目”があるかどうか、と、言われたら自信なんかないですし、どちらかと言えば、水沢さんは湯田さんに頼むべきだとは思うんですけど・・・」
「オレじゃ、相手を怖がらせるかもなあ・・・」
「湯田さんを怖がるなんて、ないですって。・・・だから、ボクはボクなりに、ちゃんと妹さんの彼氏さんに会って、ボクが受けた印象をきちんと水沢さんに報告するんです。旅行中だと言うのに、そのことが頭から離れなくて、元気がなくなるくらいに悩むなんて、本当に妹さんを思って・・・水沢さんは家族思い、妹思いなんですね」
「島村?」
「どうしたんですか?」


ジョーは、湯田と同室である部屋前で、手にもった丹前の袂をさぐる。
そこに携帯と一緒に部屋の鍵が入っているからだ。


「・・・・・オレの言ったこと、全然わかってないよな?」
「あれ、鍵が・・」
「はっきり言うぞ。・・もっと水沢を注意してみろ」
「ん、あった!ありました・・・よかったあ、無くしたのかと・・・」
「聴いてるのか?」
「え?・・聴いてますよ?水沢さんに注意って、そんな必要あるんですか?彼女なら大丈夫ですよ、妹さんのことが気になって色々とあるみたいですけれど、結婚すると言う事自体は、とても”おめでたい”ことなんですし、お姉さんとして、責任を感じてるだけで、いつもの水沢さんと変わりませんって」
「・・・・・・島村・・」
「あ・・もしかして」
「なんだ?」


ジョーは鍵を差し込んでゆっくりと捻る。


「・・・・・もしかして湯田さん、水沢さんのことを?そうなんですか?!」


ドアを開ける手が止まり、湯田を見た。



---どうして、そこだけちゃんと反応できるんだあ?!


「島村って、アルヌールさんと似てるんだな」
「ええ!?」




似ていると言われて、ジョーの本音は、嬉しいような、悲しいような。


しかし、”嬉しい”が勝ったのか、みるみるうちに紅く染まっていくジョーの顔。
そんなジョーの紅を目にしてしまった湯田は、それ以上のことをジョーに言わなかったが、ジョーの方は湯田が水沢美奈子に思いを寄せているのかどうか気になり、なかなか眠れなかった。












####

翌日の朝。

曇り硝子を1枚挟んだような景色だった。
さらさらとした雨は霧がかるように、すべてを濁らせている。
濁らせる、と言う響きよりも、滲ませる。の、方がいいかな?と、乾燥していない部屋の空気をゆっくりと肺に送りながら、寝ぼけた頭で考えた。

目に見える木々の紅に吸い込まれて消えていく繊細さに、本当に雨なのかどうか疑問に思えた。

同室の3人はまだ眠っているために、足音を偲ばせて、そっと開き戸を左から右へと押す。
躯ひとつ通るだけでの隙間をつくって、滑り込ませた。

昨日とはうって変わって冷えた空気が、部屋に入り込む。


縁側に出て、後ろ手に開き戸を閉める。
足を一歩踏み出すと、みかけよりも重い躯に、ぎし。と、床が軋んだ。


気にする事無く、足をすすめて、世界を内と外に隔てる1枚を利き手でそっと左へと押し滑らせた。
からからと鳴る玄関の扉のような音もなく、内と外の境界を無くした。


「・・・滲むより、濁るの方がいいかなあ」


水墨画に色があれば、こんな感じか?と、思うけれど、それなら水彩画?と、1人で突っ込んでみる。


下書きされた線があるような、ないような。
色が枠から濁り出ている。

現実的にはあり得ない。
色は、”形”に載っているものである。その形からはみ出すことはない。


あり得ない事が、見えている。
機械の視界でありながら、”見えて”いる。


現実にはあり得ない。
”形”から濁り、滲んだ、ぼんやりとした絵の世界。


「こんな風に見えるんだ・・・」


腕を伸ばすと、いくつもの雫がジョーの腕に振り降りた。
透けることなく、通りすぎることなく、その腕の上に落ちる。


「雨が降ってる・・・」


腕をひっこめると、雨雫が伝い、肘から縁側の床に落ちた。


「・・・」


確かに湯田の言う通りに、旅の余興であったと思えば、あの場面で機嫌を損ねてしまった自分はかなり大人げなかった。と、反省する。
その場の雰囲気を取り繕うように、最後は湯田のお陰で場は和やかに終わったけれど、フランソワーズにこの旅行が良い思い出になったとは言い難い気がした。


しかし、最終日の今日は一日中、K大学校内。



---今日の講演会はけっこう楽しみにしていたんだけど・・・。



個人的にDr.スティットに興味があるだけだった。

フランソワーズは今回の旅行のゲストで、学生でもないために、はっきりと言えば今日のスケジュールはまったく関係ない。自分も研究室に雇われているとは言っても、雑用バイトであるために抜け出しても問題ないかもしれないと思う。

様子をみて少しの時間でも観光の続きができないかと、考え始めたとき、ドアをノックする音が聞こえたので、ジョーはそちらへと向かった。










####

「怒ってないよ!」


天気が下ったように、フランソワーズの気分も下り坂。


「・・・・嘘」
「本当だよっ」


遊覧船乗り場に、朝、8時30分に集合だった。


「怒ってるわ・・・」
「いや、違うって、たまたま、ほら、雨の音にさ、ね?」


身支度を早めに整えて、フランソワーズは7時30分少し過ぎた時間に、ジョーのいる部屋を訪れた。


「雨の音くらいで起きるの?なら、どうして、いつも起きられないの?」


しかし、ジョーは、フランソワーズに起こされることなく、起きていたのだ。


「なんていうか、眠りが浅かったって言うか・・・」
「まだ怒ってるから、気持ちが高ぶっていて眠れなかったんじゃなくて?」


それをフランソワーズは、昨夜の出来事を未だにジョーは怒ってるせいだと言う。


「朝ご飯、何がいい?」
「お腹空いてないの」
「~~っ。そんなことないだろ?朝は絶対食べる派だろ?・・・ボクは怒ってないって、本当に、怒ってないっ、ごめんっ。昨日はごめんね?」
「・・・・・・・ジョー、怒ってる」
「怒ってない!、ぜんぜん怒ってないっ。頼むよ・・・そんな泣きそうな顔しないで」
「だって、ジョーが怒ってるんだもの」


下唇を押し上げるようにして突き出した唇が、フランソワーズの機嫌が拗ねている証拠。


「だから、怒ってないって、ボクは言ってるんだよ?」
「ジョーを怒らせちゃったの、博士に知られたら、・・・博士、きっとアタシのこと嫌いになられるわ、呆れられて、きっとたくさん叱られちゃうのよ・・・。ちゃんと旅行中はいい子にしてるってお約束したのに、1日目で泣いちゃうし、熱も出しちゃうし、ジョーを怒らせちゃったですもの・・・・」
「ない、絶対にそれはない。・・・逆に、なんでフランソワーズに怒ったのかってボクが博士に怒られるって・・」


いつの間にか雨は止み、その名残が、色の変わった地に残るのみ。


「博士に怒られちゃうのよ、アタシ」
「ない、絶対に、怒らない・・・。心配しなくても、博士には言わない、ボクは怒ってないよ」
「でも、お薬が減ってるし、ジョーも怒ってるの」
「それくらい、なんともでも言えるから、心配しなくていいよ、ね?フランソワーズ。だから怒ってないって」


集合時間を前に、集まった学生たちが2人の様子をちらちらと観ていた。
その中に、りか子、千里、湯田も含まれる。

美奈子はオオガミ、サガミ両教授が泊まる本館に寄っているために、この場にはまだいなかった。


「・・・ジョー」
「怒ってないよ、本当に」
「本当に?」
「ボクが言ってるんだから!」
「本当ね?」
「本当だよっ」
「・・・・じゃあ」


信じられないわ。と、語る青の眼差しを向けたままフランソワーズは、はい。と、フランソワーズは軽くこぶしを握り、小指だけをたてて、ジョーの前にだした。


「指切りね?」
「え?」
「ジョーがもう怒ってませんって、怒ってたら嘘ついたことになるのよ?」


少し使い方を間違っている気がしないではないが、もう、なんでもいい。と、それで気が済むなら、機嫌が直ってくれるなら。と、ジョーはフランソワーズの小指に自分のを絡ませた。


「ゆうび切りー、げえええんまぁあああぁん♪」
「fr・・?!」
「「「「「「「「「「「「「「「「?!」」」」」」」」」」」」」」」」」」


謡いだしたフランソワーズの、調子が外れた。を超えた、いったい何のメロディーなのか、どこかの宇宙人(この場合は、ジョー?)と交信中?と問いたいくらいの新感覚、指切りげんまんソングに、その場にいた全員の視線がフランソワーズに集まった。


「ウソ♪つうううううういたあああぁらぁ♪はりぃ、千ぼおお~おんっ♪ノマスーーーーーーっ!」
「・・・フランソワーズ」
「指切ったの~♪」


ぶん!ぶん!と奇妙なメロディーにあわせて揺れて、繋がれていた小指が離れた。


「・・・メロディー、そんなの、だっけ?違うと、思うんだけど・・ボク」
「んふ♪だって、みんなと一緒なのも素敵だけど、新鮮さも必要と思ったの!日本風なのよ」
「・・・・・斬新だね」
「色々歌ってみて、一番いいのを選ぶのよ」
「・・・・・新しいね」
「ちょっとアタシ音痴なのだけど、これくらいなら気にならないわよね?」
「・・・・・・・(ちょっと!?)うん、気にならないね」


とにかく、フランソワーズの機嫌がよければそれでよし。な、ジョーの姿勢に、湯田は男気を感じて拍手を送りたい気持ちになる。


「あ!」
「どうしたの?」
「今度のくるくる♪の分も指切りしておかなくちゃいけないわ!」
「っ、いいよっ!」
「駄目よっ!」


ほら!と、再び小指を出され、仕方なく、また、小指を合わせた。



「ゆっっっびきいいりいい!!!げんマンっっんんんんん~~♪うそお、うそおうそおおおおうおう、ついたらあああ~xっっぁあああ、はりいいいを、はりいいをハリぃぃぃぃをっっっっおう!飲ますっのよおうおうう♪」
「・・・・・・・・・・・それは、何?どこからきた?・・もしかして逆に才能がある?」





湯田、千里、りか子は、ジョーとフランソワーズがいる位置よりも保津川沿いに近い位置にいた。
その距離は2mも離れていないために、しっかりフランソワーズ作曲の指切りを聴いていた。


「アルヌールさんって、ホームシックといい、くるくる♪といい・・あの食欲に、・・・色々と奥が深いですね・・・。水沢さんがいないから言えるんですけど」
「なに、千里ちゃん」
「・・・・興味が尽きません。私、男だったら夢中になってるかも・・・今もかなり、気になってはいるんですけど」
「ほんのちょっぴり千里ちゃんの意見に同意するわ・・・初めの印象とえらく変わってきたから、慣れてきたってこと?」
「でも、初めの印象とまったく違う事はないし、島村くんがいないと、その容姿のイメージ通りで・・・・でも、なんて言うか・・・」
「島村くんと一緒のときの彼女って、すごく」
「「面白くて可愛すぎ・・・」」


りか子と千里の声が重なる。


「観ていて飽きないよなあ、・・・美人は3日で飽きると言うが・・・あのキャラじゃ飽きさせないなあ」
「それに振り回されている感じの島村くんが可愛いし、研究室の”なんでもオールマイティな親切くん”じゃなくて、あたふたする必死感がなんとも言えませんね、アレはまた新しい女性ファンを増やす要素です・・・・・異常なほどに一途で周りが見えなくなるくらいの純情さも、ポイント高いですね」
「千里ちゃん、そこの部分は言ったら駄目よ?」
「・・・・水沢さん、大学辞めたりしませんよね?こんなことくらいで」
「どっちかと言うと、辞めるなら島村だろ、アイツはそういうの卒なくできそうだしなあ。でも恋愛のすたもんだくらいで辞めるか?普通」
「辞めるんですよ、最近の若者は」
「原・・・若者代表なような原からそのセリフが出るとは・・・・」


湯田は黙ってしまったりか子に視線をむけた
ふっ。と、りか子の瞳が陰ったのがみえた。


誰がどう見ても、美奈子の望む結果は生まれない。
本当に奇跡でも起きないかぎり。


夜中に、りか子の携帯に届いていたメールは美奈子からだった。


”時間がいるみたい。でも、それは諦めるのじゃなくて、ちゃんとりか子が言う通りに、がんばってみる”

妹のことと、彼がその”ダブル・デート”に”妹思いの水沢さんのために”と、引き受けてくれた報告が書かれていた。



まだ一言も、りか子はその事について美奈子と話しはしていない。




「何かを学ばなければいけない時期なんじゃないか?恋愛は人を変える。深くもすれば、浅くもする、良い事へも導けば、悪い方向へも走り出す。複雑に思えて、シンプル。そんな感情の波に揺らされている間に、知らなかった自分の一面が見えてくる・・だろう?この世に恋愛のプロなんていないんだからなあ・・・・。間違っていたってそれが間違っていると言う決まりはない。親友なら、そのまんま応援しておいてやれな?」
「・・・・はい」


集合時間少し前に、オオガミ、サガミ両教授と一緒に美奈子は船乗り場にやってきた。
全員が揃っているか点呼を取り、遊覧船に乗り込む。

K大学人類学部研究会11月例会を兼ねる中で開かれる、ブラウンダイズ・ユニバーシティのDr.スティットの講演会に参加することが、目的でおこなわれた慰安旅行。

講演会の場所は、K大学、総合研究棟1号館、1回小ホール。

阪急線を使い、河原町駅から市バス、K大学正門前まで。
通学ラッシュを運良く抜けきった時間帯だったために、一般交通機関を使っての団体移動であったにも関わらず、河原町まで辿り着く。
さすがにバスは全員一度に乗り切れないだろうと言い、オオガミ研・サガミ研と別れて乗車することになった。




10時から、K大学院生の発表。

12時に終了予定、参加者たちの交流を兼ねた立食会。

2時からブラウンダイズ・ユニバーシティのDr.スティットの講演会。

5時には終わる。




新幹線の時間はのぞみ42号700系博多発、京都駅18時51分着。
終点、東京駅には21時21分到着予定。







####

「指定の新幹線の時間に乗ってくれれば良いから、せっかくの京都だし、アルヌールさんを一日私たちと行動させるのはちょっと可哀相だと思ってね。気にしなくていいから、島村君、どこか連れて行ってあげなさいな!」


オオガミは、渡月橋近くの船着き場でジョーに話しかけた。
それはまるでジョーのこころの内を読んだかのような内容だったので、ジョーは焦る。


「き、教授?」


オオガミからジョーは”京都2人旅!デートするならココっ!ロマンチック古都の旅特集”と書かれた雑誌を渡された。


「昨日は湯田君たちと一緒だったんでしょ?今日は2人だから、迷子になったり、変な店に行ったりしないようにね?しっかりおすすめな所に折り目付けておいたわよ!あと、ね」


ジョーの手から渡したばかりの雑誌を奪い取り、ぱらぱらとめくる。


「新幹線のチケット、キャンセルするなら早い目にね。そのときは一応連絡入れてちょうだい」
「え?・・キャンセル???」


オオガミは、ジョーの疑問など無視する。


「しっかり観て!ここと、ここと、ここが宿としては素敵なのよお!それと、ここね、ここ!!島村君、ほら、この赤マークが、私のおすすめで、青マークがサガミ教授だからね!」


船着き場から渡月橋を渡り、行きに通った道を戻って阪急嵐山線へと向かう団体の一番後ろに、オオガミとジョーは歩く。

「・・・あ、ありがとう、ございます。でも、ボクたちはK大学に行くつもり、なんですけど?」
「駄目よ、満足に観光してないんでしょ?」
「・・・?」
「昨日は早々に戻って来た上に、アルヌールさんが体調を崩した様子だって」
「あ・・」
「それくらい、”女将”が把握してないと思って?仲居さんが、”モデルみたいにカッコいい学生さん”が”フランス人形のように愛らしい女の子”を抱きかかえて宿に戻るの観てるし」
「あの・・それは、言い過ぎ・・・」
「そういう風に報告されたらしいわよ?それで、島村君とアルヌールさんだってすぐにわかったのよ、目立つものねえ、あなたたち!」
「・・・・・はあ」


遊覧船の送迎に毎回出てくる数人の従業員のうち、1人がジョーがフランソワーズを抱きかかえて船を降りた時に、駆け寄って来たことを思い出す。

疲れて眠ってしまっただけだとジョーは説明をした。けれど、赤い顔をしたフランソワーズは観ただけでも熱があるように思われ、心配するその人に、主治医からの常備薬を持って来ていることを言い、休ませて、症状がよくならないのなら連絡します。と、言ったのを、いまさら思い出したのだ。
その従業員はきちんと、”女将”に報告しておいたのだろう。

そして、それがオオガミに伝わったようだ。
当然の事と言えば、当然に思えたが。


「昨日は所用が重なって、こっちに戻ってくるのがかなり遅かったから様子うかがえなくて、ごめんなさいね。でも今朝の様子だと、元気そうだったから安心したわ」
「すみません。ご心配をおかけして・・・・。初めてのことで緊張していたみたいで・・・ちょっと疲れただけだと。昨日は夕方からゆっくり温泉を楽しみながら休んだので、もう大丈夫です」
「みたいね・・・それで。元気そうなら、せっかくなんだし連れて行ってあげなさいな!」
「・・・でも、ボクたちだけ別行動なんて申し訳なくて」
「私もサガミ教授も許可してるんだから。いいわよ!慰安旅行のゲストを退屈な米国のジーさんのレポート聴かせるなんてそっちの方が心苦しいのよねえ」
「・・・・・・教授」
「好きになさい!別にK大学に来たっていいけど、アルヌールさんには退屈なだけよ?」


ばしばし!と雑誌を丸めてジョーの肩を叩いたあとに、それをジョーの手に渡した。


「とろとろ歩かない!さっさと行くわよっ!先頭を歩いてるの誰なのおっ!ちゃきちゃき行きなさいっ!!」


オオガミは最後尾から学生たちをかき分けて先頭へと向かう途中、2人から離れて前方を歩いていたフランソワーズと少しばかり言葉を交わした。


「フラン」


オオガミがフランソワーズから離れたので、ジョーがフランソワーズを呼んだ。
ジョーの声に振り返ったのは、フランソワーズだけでなく、美奈子も視線だけでジョーを観た。

オオガミの声は大きい。
朝が早いこともあり、交通量も少なく、ひんやりと澄み渡った視界の渡月橋の上。
後方を歩いていた学生たちはオオガミがジョーに話していた大体の内容が聴こえていた。


「ジョー、あのね」
「・・・聴こえてた?やっぱり」
「オオガミ教授はお声が大きいものね!」
「どうする?」


ジョーはフランソワーズの隣に並び、彼女の歩調に会わせて歩き始めた。


「あのね、アタシね・・・」










####

「ビミョーだなあ・・・」

京都駅についたのは6時を少し過ぎたころ。新幹線の発車時刻まで1時間弱。
お土産を買いに、京都駅ビルや地下街まで足を伸ばすのがぎりぎりだろう。


「新幹線に遅れなければ、あとは自由!と、帰りは適当にね~。遅れたら自腹よっ。大人なんだからその辺自己責任で」と言い、K大学内で別れた。
サガミ教授は京都駅まで同行したが、大阪方面に寄るらしく、1人JRに乗って行った。

残されたのはO大学院・人類文化学科の学生の団体。
京都駅までは団体で動いていたが、駅に着くとそれぞれ好き勝手に行動し始めた。
それをイチイチ、秘書である水沢は声をかけたりはしない。
新幹線のチケットは団体・指定券で購入してあるので、乗り遅れないかぎりは、新幹線内で再び全員顔を揃える事になる。


「オレはもう、ウロウロせずに、その辺でコーヒーでも飲んでるから、どこか行きたいなら荷物番してるよ」


京都駅正面口の一角、インフォメーションセンターの壁にもたれた、湯田が言った。

美奈子と千里の2人は駅に着くなり早々に京都○勢丹へ走った。
なんでも、そこには東京では入手できなくなってしまったブランド品の在庫があるそうで、千里は絶対に買ってかえる!!と訴えたのだ。
K大学での研究発表中、千里の友人が、「京都にいるならチェックしてみたら?」と携帯電話にメールで送ってきた情報だった。

即効で京都駅ビルと隣接する京都伊○丹にある店に連絡を取った、千里。
美奈子も欲しかった品らしく、千里から聴くなり一緒に買いに行くと言う。りか子先輩は?と誘ったが、どうやら彼女は興味ないらしく、断った。
それよりも、新しく取りかかろうとしていた論文の候補に上げていたいくつのかのテーマを見直さないといけなくなったことの方が気がかりのようである。

千里はフランソワーズも誘ったけれど、彼女はそのブランド自体がわからなかった。


「急げば、たわわちゃんくらい大丈夫だろ、遅れたら荷物だけはオレが持って帰ってやるよ」
「遅れませんって・・・、フラン、行こうか?」
「ううん、いいの。さっき見えたもの」
「いや、見えたけど・・・上らない?」
「だって遅れたら、タワーの次は新幹線の”上”だもの!」
「「新幹線の上?」」
「っ!・・・・ない、ないよっ!そんなの!!」


フランソワーズの発言に慌てて、ははは。と、空笑いしながら否定するが、実際には”ある”ので、微妙。


「でも、アルヌールさん、せっかくの旅行最終日をK大学で過ごしちゃって、最後に京都タワーくらいいいんじゃない?昨日だって午前中にまわったトロッコと川下りに、人力車で景色を観たくらいだったんでしょ?」


フランソワーズはすぐ隣に立つ、ジョーを見上げるようにしてそちらへと向いた。


「なに?」
「ジョー、ありがとう」


ジョーの顔がほんのり紅くなり、前髪に隠すようにして俯いてしまった。


「いや、別に・・・こっちこそ・・・」












渡月橋で・・・。

「あのね、アタシね・・・ジョーがDr.スティットのファンだって知ってるのよ?」
「!」
「ジョーのお部屋のベッドメイキングに、掃除機をかけたり、誰がしてると思っていて?」
「あ・・まあ。でも、本なんてたくさんあるし」
「でも、お気に入りは、ベッドの左側にある車雑誌の上に重ねるでしょ?」
「・・・・・・なんでそんなこと知ってんの?」
「ふふふ、企業秘密」
「・・・・いや、秘密になってないよ、視てる?」
「失礼ね!ジョーがみんなと話している内容を聴いて、そこにある本を見れば今、何が”お気に入り”なのか簡単にわかってよ?」
「あ、そうなんだ・・・」
「楽しみにしていたのでしょう?」
「いや、それほどでも」
「駄目よ?今、鞄の中にある本、カバーかけてあっても、知っているわ!」


隠しても駄目よ?と、得意気になって言うフランソワーズに、隠しているつもりはないけど。と、言いながらも、なんとなく恥ずかしい気がする。


「・・・彼の、考え方とか、捉え方がなんだか、近い気がして・・・ボクはちゃんと言葉にとか文章にできないけど、ああ、こう言えばいいのか。って思わせてくれるところが、好きで・・。ただ、それだけだよ」
「それを、ファンと言うのよ?」
「ファン、まではいかないよ、ただ、いいなあって思ってるだけ」
「その、いいなあ。を、アタシもね、感じたいの」
「え?」
「ジョーがね、興味があって、いいなあ。って思うのがどういうのか知りたくて、・・・来たんですもの」
「え?な、んで・・?」


何度も、毎日、見ているフランソワーズの花のように明るく、愛らしく咲く笑顔に、ジョーの心臓が鼓動を打つのを忘れる。


「読んでも、さああっぱり解らなかったんですもの!だから直接なら、もう少し理解できるかしら?って」
「・・・読んだ?え?!・・・・読んだの?!」
「ええ!ちゃんと1冊買ったわ」
「買った?・・別に、ボクの部屋にあるのなら、言ってくれたら貸すのに」
「それは駄目よ」
「何が?」
「シークレットに知るのが素敵なの!」
「・・・・・・・・ストーカー?」
「そうね、でも、手品の方が近いかしら?」
「・・・いや、わけわかんないよ」
「アタシが知っていたら、びっくりするかしら?って思ったの」
「うん。驚いた・・・・・ああ。だから、手品、ね」


「だから、K大学へ行きましょうね?それが今回の最重要ミッションなんですものっ!」






誰よりも、世界中の誰よりも、たくさんのジョーを知っていれば、少しくらアタシの知らないあなたがいても、へっちゃらになると思うわ。







ボクが興味あることに、フランソワーズが知りたいと思ってくれる・・・・?
理解する、しないの問題じゃなくて。






この旅行の目的は・・・。
ボクのは、ほんの”ついで”のようなもので。

博士が言うように、フランソワーズのために。だったんだけど。



フランソワーズは・・・・。















「甘えて良いのでしょう?だから、ジョーの好きなところへ、ジョーの好きなことを、教えて?」











自然と、フランソワーズと手を繋いだ。
昨日と同じように。
少しばかり、慣れてきたようで、この旅行中に壊れないかと心配した心臓は無事だった。





今後は、彼女の手を繋がない方が不安で、不安に焦る心臓が壊れないか心配するのかもしれない。







####

発車ベルが鳴り響く。
京都駅ビル内の名店街でお土産を買い足し、飲み物などを購入して新幹線に乗り込んだ。


「たわわちゃんはね、次回のお楽しみにするの!!みんなで展望台に上るわ。ね?」
「春が良いね」
「桜の季節ね!」


行きと同じように、ジョーとフランソワーズは隣り合って座席についた。
もちろん、フランソワーズが窓側に座る。


「ドルフィンでみんなを迎えに行こうか?」
「素敵!!ねえ、また嵐山に泊まりましょうね、オルゴール館!に、どらサ○ヤでしょ、また、このお店にも行きたいの」


昨日購入した和菓子の入った袋を、ジョーから受け取り、中から食べるのにはもったいない、色鮮やかな1個ずつプラスティックのケースに入った和菓子を手のひらに載せた。


「拝観できなかった世界遺産もだよ」
「天龍寺ね?また、飛ばしちゃったりしない?」



持っていたスポーツバッグを頭上の荷物台の上に乗せて、ジョーは席についた。
オオガミ・サガミ両教授をのぞいた、計26名、全員が遅れる事無く、東京へと戻る。


「加速装置がついてるから?」


フランソワーズが脱いだコートを、自分のコートと一緒に荷物台にのせるために再び立上がった。


「自虐的だわ」


フランソワーズは視線をジョーから、動きだした外の景色に移した。
ジョーはそっと、自分のコートのポケットからあるものを取り出し、それを、フランソワーズのコートのポケットへと偲ばせて、そこに入れられたままであった”四角いカード”と交換する。


「そうかなあ?・・・実際についてるし、飛ばしたし・・・・面白くない?」


野宮神社で、フランソワーズが木の枝に結ばれた”おみくじ”を眺めているときに、彼女が気づかないうちに購入しておいたもの。


2つで1つになった”縁結び”のお守り。


「面白くありません!ジョーってセンスがないのね?」
「・・・その”センス”っていろんな意味があるし、ボクはフランのセンスがたまに理解できなかったりも、するんだけど?」





春の旅行が実現しますように。
そこに、フランソワーズの”家族”が参加できるように、ボクは努力します。


彼女のお兄さんの家族との”縁”を結んでください。





ジョーのコートの中にあるお守りは、ギルモア博士に頼み匿名でフランスへと送られた。









「あら、だからジョーはセンスがないのよ!」
「・・・・そういうことでいいです」



購入したブラック・無糖缶コーヒーを手に取りながら、軽く溜め息を吐くジョー。


「春の旅行ではジョーの番だから、忘れないでね?」
「え?」


プルトップにかけた指がとまった。


「指切りしたものね♪ちゃんとアタシを、いっぱい素敵にくるくる♪してね?たくさんよ?いっぱいなの!・・・あ。でも、1日1回しか駄目なのよね?じゃあ、毎日してね?そして立派な御代官様になって!」
「!」





ごん。と、ジョーの手から落ちた缶コーヒーは、ごろごろごろとシートの下を転がっていった。

















*おまけ*

---襲ってくれっていってるんだよっそれ!!!!!!
   毎晩っ?!毎晩襲ってくれって・・・っっ。



  
広がる妄想はもう止められない。

襖をあければ、畳に敷かれた一組の布団に並べられた、2つの枕。
温泉の湯であたたまった肌が色づいた温泉浴衣姿のフランソワーズ。


布団を目にして、恥ずかしそうに長くしっとりとおろされた睫が震える。
フランソワーズの前に立ち、そっと優しく抱きしめる。

その手が、ゆっくりと彼女の帯にかかる。

耳に心地よく届く布ずれの音。
彼女の緊張を解きほぐすように、帯をひっぱり、くるり。と、彼女をまわすと回転した躯に、フランソワーズが、クスっと口もとで微笑み、瞳が熱で潤んでいた。


くるり、くるり。と、まわしたフランソワーズから帯が落ちると、締まりをなくした浴衣が開かれ、フランソワーズは頬を染めて両手で胸元を隠すが、はだけた裾が、ほっそりとした芸術的な足を、普段みせる事が無いふとももをさらす。


「・・・ジョー、・・・・・時代劇みたいに乱暴なのは嫌よ・・優しくして、ね・・?」


---うわあああああああああああああああああああああっっ!!!どっからそのセリフがあ?!






「っっ!ごめんっちょっと席外すよっフランっっっっっ!!!!!!!!!!」
「?」
「島村、これ落とし・・・」


座席から飛ぶように立上がったジョーに声をかけたのは、すぐ後ろの席に座る、湯田だったが、通路を競歩で去って行くジョーに、湯田の声に答える余裕は無い。


「どうしたんだあ?島村・・・」
「あの、ちょっと・・・」
「これ、島村が落としたのだよねえ?」
「はい。ありがとうございます」


フランソワーズは湯田の手から、缶コーヒーを受け取り、それを両手できゅうっと握った。


---ジョーってば、そんなに京都がよかったのね?・・・それとも、Dr.スティットと会えたことが、今頃ぐっと胸にきたのかしら?ジョーって繊細で、感激屋さんなところがあるから・・・・。ジョーも男の人だものね、泣くなんてこんな公共の場じゃ、辛いわよね・・・。



そっとしておいてあげなくちゃ!




しかし、戻って来たジョーのあまりに紅い顔が心配で、フランソワーズは自分も熱を出したことから、心配でならない。

それが、なんとか冷静を取り戻したジョーに追い打ちをかけることとなった。


「!!!」


ジョーが席につくなり、両手でジョーの顔をつつみ。
こつん。と、おでこを合わせて熱をみる。


「ん~・・・」
「うああっっ!」



再び、駆け出して行ったジョーを、心配でおいかけるフランソワーズ。
2人の追いかけっこが、新幹線のぞみ号内で繰り広げられた。


「何やってんだあ・・・島村は・・・???」


千里に呆れられて。
りか子に、アルヌールさんの保護者失格!と、注意されて。


美奈子から、次の研究室出勤日に、もう少し話したいからランチを一緒して欲しいと言われた。








京都・嵐山2泊3日の旅・完


*反省点が多すぎて・・・(涙)
 間をあけて、他のに手を出して、忘れたころに『9』のおまけをアップしたい。
 おまけはG博士視点/虫カメラ!で(笑)それがないと”もじもじ”じゃないってことですね。

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ただ、それだけ。
いつもは心地よい筈の、波の音が苛々する。
リビングルームに置かれている壁掛け時計の秒針が走る音が、この部屋に聞こえてくるはずもないのに、なぜか耳に押し付けられているかのごとく、しっかりと、はっきりと聴こえる。

何度も右へ左へと軋むシングルベッドのマットレス。
意味もなく水鳥の羽が詰まっているらしい枕をぽんぽんとたたき、ふんわりと形を整えて頭をその上に載せる。

けれど、何がかわるわけでもなく、また右へ左へとマットレスを凹ませて、体重移動。

はあ。と、溜め息をつくと、波の音が聞こえてくる。
眠れないことを責められているかのように。

間もなく日が昇ってくるから、早く、と、急かされている気になって、壊れて閉まらなくなった書庫のシャッターのように、何度おろしても、ぱっと開いてしまう瞼に、舌打ちした。


イライラとした気分はがしがし。と、もう濡れていない髪を掻きむしる。


ちらり。とベッドサイドのデジタル時計をみる。


そして溜め息をつく。






眠れない、と。






加速する必要ない距離。
気配を消す事は、慣れた。

猫よりも身軽に。

足音を立てず。



目指す部屋。










手にかけたドアノブをまわす。
金属が触れ合う音に細心の注意を払う。

ひっかかっている部分。
埋め込まれているパーツ。

かち。っと外れて、ドアを押し開く。



自分の躯のサイズ分だけの隙間から滑り込んで。
開いた時よりも慎重に閉じたドア。








暗い部屋に漂う香りはいつも感じるよりも強い。
シャワーを浴びた後の湿気が微かに残っているのが、一歩進めた足によって触れた空気で感じた。






だんだん近づいていく息づかい。
規則正しく、穏やかに眠る、息づかい。

ベッドの上にある形のなだらかなラインが、その息づかいに合わせて微かに揺れている。




ゆっくりと近づいて。
月の光を写し取った髪を指にからめる。



真珠の肌に、唇を寄せて。
吐き出すことを許されなかった、空気を飲み込んだ。



左右の腕で、彼女の逃げ場を奪う。
きつく、抱いて、束縛する。



抱きしめて。
抱きしめて。
抱きしめて。


きつく、抱いて。
永遠に解けることがなく、解け合って、海に流れてしまえばいいと願い。


願い。






その柔らかさに、温かさに、愛しさに。





やっと眠れる。










「ジョー・・?」
「・・・・・ただ、キミを抱きしめたかっただけ」







キミを抱いていないから。
キミの柔らかさに、香りに、温度を、この腕の中に感じていないから。

だから。



眠れないんだ。




ただ、それだけ。
それだけの理由。


















「!」
「・・・・・ごめん」





キミと一緒に居て・・・・、やっぱり。


”ただ、それだけ”じゃ、物足りない・・・・・かな・・?







「明日は早いのっ・・・・に・・・・・・・・・・・・・・・・」
「責任は、俺が取る・・・・・・・・か・・ら」





一緒に居るだけじゃ、それだけじゃ、物足りなくさせる、キミが、悪い。






end.








*もじ抜けには、ちょっぴり大人がいいかも?
 と、思い・・・・襲ってる~、襲ってるよ~・・・・(汗)
 
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君がいれた紅茶の後に。

2週間ほど前に、その日はあけておいて、と、頼まれていた。


「この日に、どうしても一緒に行って欲しいの」
「いいよ、別に用事も何もないから」



誘われて訪れたミュージアムは、とても愛された女性の家だと、パンフレットに書かれていた。

アート・コレクターとして知られるご主人と同じように、芸術を愛し、多くの芸術家と交流を深めサポートした女性の、その家は、彼女の遺言をまもり、コレクションを飾るミュージアムとして現存されている。



その小さなミュージアムの、ティーサロンに使われていたポットとカップが可愛いっと、彼女は言った。


「見て!ジョー・・すみれよ!」
「・・・そんなのが邸にあったら、すぐに割れちゃうよね?」
「もうっ・・・ジョーったら。・・・・・割れないで、ここの部分がかけちゃうじゃなくて?」


指差した、ティー・ポットのふたの部分。
そこにある花。

紫色の花。


ポットの小さな蓋の部分に咲いていた花は、お揃いのティ・カップにも描かれていた。
そして、カップの取って部分にも、同じ花が咲いている。


「そこも、かけちゃうだろうね」
「食器洗いの当番制って、・・・いいのか、悪いのか・・・ね?」


紅茶を注がずに、両手に包んで持ち上げたカップを見ながら、溜め息をついた。


「お気に入りは、自分で洗うとか?」
「そうね・・・でも、勝手に使われたりするのよ?」
「・・・・僕は使わないよ」
「ふふ・・このカップを使っているグレートは想像できても、ジョーは・・・」
「ジェットよりましだよ」
「そうかしら?・・ピュンマも、アルベルトも、張大人も、意外と似合うわ。そうね、博士も・・・」


家族が、繊細で愛らしいカップを使ってお茶を楽しんでいる様子を想像してみる、彼女を見る。


「ジェロニモだと、おままごとのように見えちゃわね!でも、可愛い♪」
「彼を可愛いって言うのは、キミくらいだよ」
「あら、ジェロニモはとっても可愛いのよ?」
「へえ・・・どこにその基準があるのか、僕にはわからないよ」


頼んだコーヒー・セットのチョコレート・ケーキが美味しかったので、あっと言う間に食べてしまい、コーヒーもドリップ式ではなく、プレス式だったのが、けっこう気に入った。


「食器洗いも、張大人よりもとても丁寧で、きちんとしてくれるわ」
「ふうん」
「ジェットも意外と好きよ、こういうの」
「え?」


彼女が頼んだ、ティー・セットは、5種類の小さな、小さな1口サイズのケーキが並ぶ。



「彼は彼なりのルールがあるの。ジョーくらいなものよ、”使えればなんでも良い”は」
「・・・・・別に花が描いてあろうが、ついてようが、カップはカップだし。コーヒーをこぼさずに飲めるならそれでいいよ」
「もう・・・だから”僕は使わない”なのね?そこらに置いてあるのが、使えれば、それでいい」
「何か文句ある?」
「ありません!大切に保管してあるかぎり、ジョーは割らないってことだけはわかったわ」
「僕が食器当番だったときだって割らないよ」


紅茶が注がれる様子が無いので、僕はポットを持ち上げて、サーブする。と、彼女は小さく礼を言った。


「・・ジョーと一緒にミュージアム、・・・間違っていたのね?」
「どうして?」
「・・・だって」
「別に、絵が嫌いなわけじゃないよ」
「でも、・・・・あの・・」


落ち着かない様子で、サロン内にさっと視線を送った、彼女を真似て、僕も周りを見る。
少し時代をさかのぼったような、店内。
この屋敷で実際に使われていた当時のインテリアを使用していると、パンフレットに説明されていた。


「それの何が悪いのさ?」
「・・・・・・もう、いいわ」


平日なのに、けっこう混んでいるね。と、感想を漏らすと、彼女はさっきとは違う溜め息を吐かれて、なんだかムカついた。


「ジョー、すみれ、・・・よ、この花」
「へえ、すみれなんだ・・・」


ティ・カップを持ち上げた彼女の、カップに添えた唇の色が濃くなった。



「・・・ええ。すみれ、なの」
「ふうん」



僕は、サーブ中に傾けたポットの裏にプリントされているメーカーをチェックして、そのメーカーの名前を記録することに忙しかった。









****

会計は僕がするから。と、先に彼女をサロンの隣にある、ギフト・コーナーに向かわせた。


「あの、・・・ティー・セットに使われている食器なんですけど、どこで購入できるのか教えてもらえませんか?」


会計に立った女性は、よく訊ねられることなんですよ。と、言いながら、指差したのは、フランソワーズがむかった方向。


「隣のギフト・コーナーで取り扱っております」
「!!」


会計をすませて、慌ててフランソワーズを探した。


「残念、すみれはないのね・・・」


言われた通り、ギフト・コーナーの一画に飾られた見覚えのある食器たち。・・・の、前に彼女はいた。



他にも種類があったのか。
欲しいのなら買えば?と、すすめたけれど、結局フランソワーズは買わなかった。


「すみれ、がいいの・・・よ。可愛かったもの、それにね・・」
「あの紫の花のがいいの?まるで”刷り込み”されたヒナ鳥みたいだよ」
「っだって・・」
「どれでもいいんじゃない?」
「・・・・やっぱり、ジョーと来たのは間違っていたのね?」
「間違ってるなんて・・・」
「・・・・・・」


気まずい雰囲気になる。
仕方がない。


そういう風にしたのは、彼女だ。










「もう、二度と来ないよ」
「・・・・・・・誘わないわ」


---涙声?


「今度から、もっと、生活に密接した合理的な場所にするわね!」
「!」
「たとえば、スーパーの特売日とか、かしら?」
「・・・・・・・それっていつもと変わりないよ?」
「ええ、・・・・・いつもと変わらない・・。それがいいのでしょう?」
「まあね」


---気のせいか・・・・・・・・。





















僕は、気づいていなかった。
周りがカップルだらけだったことに。



彼女の勇気に。










アート・コレクションをミュージアムとして家ごと残して欲しいと、遺言を残した女性の結婚記念日だった、今日。
毎年、”恋人”(夫婦・男女のペア)は入場無料になるらしい。


そういえば、入場チケットを購入した覚えがない。



「どうだった、ジョー!姫に”恋人”として扱われた感想は!」
「は?」



そういうイベントに詳しいグレートから、”恋人”として、フランソワーズに誘われたことをからかうつもりが、ひっくりかえって、僕にお説教し始めた。








『もう、二度と来ないよ』
『・・・・・・・誘わないわ』









誘わない?




もしかして、僕は・・・。
いや、深読みかもしれない!!





でも・・・。

もしかして、僕は、フランソワーズを・・振った?!



”もう、来ない”=恋人じゃない、から。



ことになる?!










放心する僕を気の毒に思った007が、緊急会議を開いた。


「当然だろう。」
「そんなイベントの日に、”もう、二度と来ない”、たあ・・・なあ・・・」
「ばっかじゃねえの?」
「まったく・・・しかも、あのミュージアムは片思いの相手と行くと絶対に”恋”が叶うことってこと有名なんだぞ?それで”二度と来ない”なんて言ったら、振られたも同じだ」
「そんなっ!知らなかったんだよっ」
「気づかなかったのかよ!周りがピンクハート飛ばしたバカップルだらけっつうことによ?」
「気づかないっ!平日なのに込んでるなあ?くらいっ。普通っ、子どもとかいないだろ、平日にっ!」
「なんだよ、その基準はよお?」
「ジョー、すぐにでもフランソワーズに謝るネ、知らなかったこと、仕方ないアルヨ!」
「・・・そのう」


ピュンマが、恐る、恐る、手を挙げた。


「何?」
「・・・・・・・ジョー、ごめん」
「そういえば、ピュンマなんでここにいるの?・・・博士とホテルに行く時間はとっくに・・」
「だから、ごめん」
「!?」
「僕が博士に同行する予定だったのを、イワンがほら、予定よりも早く起きただろ?それで、イワンも行くって言うから、フランソワーズが同行するって言う事で・・・」
「!!」
「「「「「傷心旅行・・・」」」」



---振ったつもりなんてない!


ダイニングルームから、彼女の部屋へ一気に走る。


「あ!待ってジョーっ!フランソワーズはっもう」




ノックをする。
指の間接を使って軽く。

いつもなら、すぐに聴こえてくる声がないことに、余計に焦った。


「フランっ!!」


彼女の部屋のドアを、どん!っと叩いた、その手を彼女が可愛いと言った男の手が止めた。


「いない。」
「!」
「明日は早い。博士は空港近くのホテルに泊まると聴いているだろう?ピュンマではなく、フランソワーズがイワンと同行した」
「な!・・・んで、・・・僕は知らないんだよっ?!」
「知らされなかった。が、正しい。」
「っな・・・・・・・・・」
「すみれ。」
「?」
「ジョー、フランソワーズは帰ってきてオレに”すみれ”の絵が描かれたティ-セットを見つけたと言った。」
「すみれ・・・」
「春の花。ジョーの誕生日ごろにも咲く花。そして、初めてジョーからもらった花。」
「ええ?!」
「庭にもたくさん植えてある・・紫、白、黄色、ピンク・・・・。」
「そんなの知らないよっ、初めてって・・・僕、花なんかフランソワーズに・・・・・・」
「003には?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ!」





BGから脱出してすぐのころ。
身を寄せたコズミ博士との関係も、まだぎこちなく、今後のことを考えるにも、脱出したことに興奮した頭ではまとまらなかった。



道ばたに咲く、薄紫の花。
歩いていれば、その色の鮮やかさに目を奪われる。
愛らしく咲く小さな花の群れに、微笑んだ003が、可愛くて、あまりにも可愛くて、可愛くて。

自分の身に何が起こったのか、はっきりと把握できていなかった僕自身のこころの不安を、忘れさせてくれた、あの一瞬に、感謝した。


『道の端っこによく咲いてるよ』
『野の花って好き・・・、久しぶりに、見たわ』
『・・・久しぶり?』
『・・・・・・・・・・・花に・・なんて、余裕なかったもの』


その場で、僕は・・・その花を彼女に。




『これからは、たくさんあるよ。はい、・・持って帰って003の部屋に飾ったら良いよ』






ああ。そうだ、あれが”すみれ”だ。












「どうする?」

ジェロニモの声で、我に返ったジョーは、慎重さのある彼を見上げた。


「決まってる!」


まっすぐに向けられた瞳の強さ。


「急げ。ホテルはマリ○ット・ホテルだ。部屋は、309号室」
「ありがとう!」
「・・・・・もっていけ」
「!」





みんなは加速していかないのか?!と、言うけれど、加速できるはずなかった。



「多年草だ。・・・温かければ、季節がずれても咲く」










受け取って。
フランソワーズ、この花と一緒に。


僕の気持ちも!





「フランソワーズっ好きだよっ!!この花っ、キミがこの花を好きだと思ってる以上に僕はキミが好きだしっ。キミがこの花を大切に思っている以上に、キミを大切に思ってるっ!!」




































####

「・・・・・うそ」
「可愛いって言ったから・・」
「探して、くれたの?」
「まあ・・・ある意味、僕たちの記念の・・みたいなもんだし、さ・・・フランソワーズ、お誕生日おめでとう」


23.jpg



「ジョー・・・ありがとう」
「・・・美味しい紅茶をいれてよ」
「まあ!私が?」
「・・・・・うん」
「私の誕生日なのに!」
「・・・・・・まあ、ね。フランソワーズのがいいよ」
「仕方のない人ね。ふふ、でもいいわ、帰りましょう!」


うん・・・。
君の部屋で、君がいれくれた紅茶を飲んだ後、もうひとつの、プレゼントが待ってるんだから。



「ジョー?」
「ん?ああ、なんでもないよっ!さあ、帰ろう・・」











end.



*3誕生日よー・・・で、かなり・・・2/3削った(涙)それでも間に合ってない。
 ラグビーさんのイラストから興したのでした~。
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(8)









目に染み入る夏の空にどこからか流れて来た純白の雲。
横切った風の熱さに、呆然とジョーを見つめていたさくらを現実に引き戻した。


「どうしようも、ないんだ・・・」


じめじめとした絡み付く梅雨が過ぎて。
からりと渇いた7月の晴れやかな日に、不似合いに流れ落ちる雨滴。

恥ずかしがることもなく、その涙を拭うこともしない、濁りのないアンバー・カラーの瞳から溢れこぼれ落ちていく。


痛いと言って泣く。
自分の気持ちに正直に。


さくらの恋に、自分の恋を重ねて、その痛みを理解して。


「う・・そ・・・。なんで?・・・なんで、泣く・・・の?」
「・・・・・わから、ない・・。けれど、痛い・・から」
「痛い・・って、痛いのは、痛いのは、私っだよっっっ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・う、ん・・」
「好きよ・・私はジョーが好きっ」
「・・・・・・だけど、俺はフランソワーズが好きなんだ」


受け止めてあげられない痛みに涙して。
初めて人と向き合って、自分の気持ちとも向き合って。


ジョーはさくらをそっと、自分の胸から離して1歩半ほどの距離をおいた。
掴まれた両方の二の腕の力を拒むことができないままに、距離を取らされたさくら。
掴んでいたジョーのシャツからも、指の力がするりと抜け落ちて、だらり。と、重力にしたがって落ちた。


ジョーは微かに口元で微笑みをかたどり、優しく細められた瞳から、もう、新しい雫は流れていない。
利き腕の袖で、無造作に光る跡を拭うと、いつもの、彼に戻る。
けれども、その彼はさくらが一目惚れしたジョーではなかった。


「さくらが、俺の何に惹かれたのか、わかる・・・・・・同族依存だよ。・・・・・・同じ経験をしているから、同じ種類の闇を抱えているから、惹かれ合ってしまうのは、自然なことだってわかる、さくらはとても魅力的で、・・・・・でも、それは。・・それだけ」
「それ、だけ?」


会っていなかった間に、ジョーは変わった。


「俺が、フランソワーズを想う気持ちとは、違う・・同じじゃない」
「どう、違うの、よ・・」


言葉にできない、変化。



「・・・・・」
「私と、彼女と、どう違うの?!」



さくらはその変化を恐れていた。



「・・・」
「長くっ長く一緒にいてるから、一緒に住んでいるから!私よりも彼女のことを知ってるから!」


---もう、これで、・・・・・・終わり?



「違う」
「!」




さくらの喉がぐっと締め付けられた。







「・・・違う、よ。さくら、それは違う・・・」

















さくらを見下ろす、ジョーの瞳にさくらは映っていない。
そこには、違う女性がいた。







”おかえりなさい”


BGが放った偵察機が、ドルフィンを隠していた海岸近くに姿を現した。
009は一人で、その偵察機が放たれたBGの基地と思われる研究施設(表向きは工場)へと侵入した。


”・・え?”


潜入捜査を終えて、ギルモアに研究施設内の様子を報告し、部屋を出たときに声をかけられた。


”?・・・おかえりなさい、009”


数日前からドルフィンを隠した海岸近くのホテルに滞在中の00メンバーたち。


”あ・・・・、うん・・・”
”おつかれさま、・・雨、やまないみたいね?”
”あ、ああ・・当分は降ってると思う・・よ・・”
”そう・・。009、躯が冷えたのじゃなくて?すぐに、紅茶を、あ。珈琲がいいかしら?それとも・・”


ジョーは戸惑う。


気がつけば、”サイボーグ”にされて。

最新型プロトタイプ戦闘兵器と、いわれて。
BGという組織から追われる身になりながらも、そのBGを倒すために続ける戦い。


まだ、信頼しているとはいい難い、けれど、今の状況下では、仲間と呼ばなければならない、年齢、出身国バラバラの同じ”兵器”。



---おかえりなさい?・・体が冷えたから、紅茶???




ジョーは戸惑う。
施設を出て以来、”おかえりなさい”など、言われた記憶がない。




---サイボーグなのに、体が冷えるのか?





”・・・なんでもいい、よ”
”・・もう遅いものね、今なら紅茶の方がいいかしら?”
”あるもので”
”駄目よ、009。ちゃんと教えてくれなくちゃ”
”どうして?”
”どうして・・・って・・・・その、あの・・だって・・・・、その、・・・好きなものが飲みたいでしょう・・?”



---好きなもの・・・・。




”・・ありがとう。でも、本当になんでもいいだ”





---・・・・・・帰ってきた、から。おかえりなさい。か・・・。普通・・なんだよな・・?



くすぐったい気持ち。

殺人兵器として改造されたのになあ。と、苦笑してしまった。







おかえりなさい、009。
おつかれさま、ジョー。

おはよう。
おやすみなさい。

気をつけて。
無事に、もどってきて。


大丈夫よ、あなたは009だもの。





無理しないで。










どれが好き?

どっちがいい?










”なんでもいい”じゃ、困るわ!
ちゃんと”島村ジョー”が何がいいのか言ってくれないとっ。

あなたは、あなた、なんですものっ。
みんなと一緒でいい、で、いつまでも甘えないでっ。

ちゃんと、”あなた”を教えてちょうだい。

サイボーグだからって”個性”までなくしたなんて、勘違いしないでっ。
私たちは人よ、生きてるわっ。

諦めていないから、戦っているのっ!


人であることを諦めていないのなら、ちゃんと教えてっ。




”甘いものが駄目なら、駄目って言ってちょうだい!!無理されている方が辛いわっ。”
”・・・たかが、カフェオレひとつで・・サイボーグだの、人だの、もちださなくても・・・003”
”『なんでもいい』、『あるもので』、『適当に』、『同じで』、なんて、自分を諦めてるようにしか聞こえないわっ”
”じゃあ、今後は全部、僕のは無糖で・・”
”そんなのっ甘くなくて美味しくないわっ”
”・・・教えてくれって言ったの、003だけど”
”でもっカフェオレは甘いものだからっ・・”
”・・・・・・・・僕はいったいどうすればいいのかな?”



はじめて、z・・フランソワーズに怒られた日。
はじめて、彼女が俺の想像を遥かに超えた甘党だと知った日。

温かいな、と。感じた日に、彼女はイワンのミルクを嬉しそうに作っていた。




嬉しそうに、楽しそうに、湯を沸かして、ミルク粉をはかり、哺乳瓶を並べて。





きらきらに、輝いて見えた。
いいな。と、思った。
綺麗だな。と、思った。







彼女の中に、欲しくて、欲しくて、欲しくて仕方がなかったものを、見つけた日。

特別な人になった。







「フランソワーズ、だから」
「・・・」



ふっと、口元が弛んだ。次の瞬間、真一文字に結ばれた。



『・・・ぼくは、フランソワーズが好きで、彼女に交際を申し込んでいる』



篠原当麻の存在が、ジョーの”想い”に水を差す。



『友達からゆっくりと時間をかけて、彼女の気持ちがぼくに向いてくれることを望んでいるんだ。
もちろん、彼女の状況も、特殊な環境もすべて理解した上でだよ・・・。
サイボーグだからって、恋愛をしてはいけないなんて、法律もルールもない、そうだよね?・・・009』



今までにも、フランソワーズの魅力に取り付かれた輩は多くいた。
数えていたらきりがない。

そんな彼らは彼女が”サイボーグ”であることに怖じ気づき、逆に、”サイボーグ”であることに、”永遠に変わらない”の容姿に異常な興味を示した。




けれど、篠原当麻、は・・・。




自分と同じ視線で、仲間たちと変わらない気持ちで、フランソワーズを見ている。

彼女を好きだから、気がついた。
フランソワーズを好きな自分だから、気づいてしまった。





「j・・・」





色のない闇がジョーの瞳の奥底で揺らいだのを、さくらは見逃さなかった。


ああ、彼だ。と、さくらは本能でわかる。
自分がずっと隠していたものと同じ。





本当の”島村ジョー”がいる。




さくらはがむしゃらにジョーを抱き寄せた。
その細腕を伸ばし、彼の首にまきつけて、渾身の力を込めて、自分へと、抱き寄せた。


「あの、”彼”でしょう?あの、篠原って人とフランソワーズさんは、同じ世界の人・・・・」


さくらの動きに、ジョーはひきづられた。
ジョーのウィーク・ポイントを、さくらはよくわかる。


自分と同じだから。
僻み、嫉妬、憧れ、永遠のコンプレックス。













捨てられた。
いらない人間。


誰にも必要とされない、いらない子。
表面的にどんなに”同じ”であっても、こころの底にある孤独と憔悴感にのたうった”どうして?”の言葉。



父親に人取られ、養母に愛されて、何不自由なく、人が想像する裕福さを遥かに超えた家庭で、人生のほとんどを過ごしても、常に足首に繋がれた、枷。


忘れられない独りの記憶。
意味のわからない寒さに震える肌は、温めた部屋で肌を重ね合わせても満足することなく、震え続ける。








「よくわかるわ、ジョー・・私は誰よりもジョーを理解できるっ」


つま先立ちになり、ジョーの首に絡めた腕をに触れた彼の髪の感触にさくらの頬は上気する。


「ジョー・・・フランソワーズさんは一生、あなたのものなんかにならない。ううん、無理なのよ、初めから。わかっているでしょう?そんな”奇跡”みたいなこと、起きない。フランソワーズさんがジョーを好きになることなんて、ないんだから・・」
「・・・・・・・・・・さくら」
「もう、無理しないでいいよ、ジョー・・・・・無理しないで、等身大の自分でいいの、私の前では”素”のままのジョーでいいよ」




---素の自分・・・・?



「そうよ、ジョーと一緒だと、私は私で居られるのと同じ!」














####

さあああっと、カーテンを勢い良くひいたような音がフランソワーズの耳に届いた。


ギルモアが泊まる部屋を出て、エレベーターを待っていた。
ホテル内に人気はなく、当麻とフランソワーズだけ静まり帰った廊下に立つ2人。

階数を示すプレートが、2人のいる階をさすように光る。
開かれたエレベーターのドア。
小さな箱へと乗り込んだ当麻は、フランソワーズと向かい合う。


「雨・・・?」


意識せずに、呟いた言葉に合わせて”眼”のスイッチをいれて、フランソワーズは振り返るように躯を捻った。

その瞬間。


二の腕を掴まれて、引き寄せられる。
力なく、抵抗する暇もなく、フランソワーズは当麻の腕の中に納まってしまった。




街は少し傾いたフレームの中に納められて、写真を無造作にカッターナイフで切り込んだような、雨模様。を、隠したのは、閉じていくエレベーターのドア。


隔離された空間に閉じ込められた。


「当麻さん、・・・・・私はサイボーグです」


仲間でも、、009でも、兄でも、バレエのパートナーでもない、人の腕の中。


「知ってる」


簡単に身を委ねてしまったことに、自分のこころの底に張り付いていた気持ちが浮かび上がる。



「そして、生まれたのは、当麻さんが生まれるずっとずっと前・・」
「それもわかってる」






---また、私は・・・・同じ事を、繰り返すの?















ぐっと、腕に力を入れて、当麻の胸を押した。


「離して・・」


当麻は、フランソワーズの言葉に従い、素直に腕を解いた。


「フランソワーズ・・・・」


フランソワーズは当麻から、2歩ほど後退して距離を取った。

警戒しているわけではない。
けれど、再び当麻の腕に捕われることは避けたかった。

背中に感じる壁から何も震動が伝わってこない。
異動先を指示されていないエレベーターは、ドアを閉じた状態のまま、2人を乗せて留まっている。

視線を床に落としたフランソワーズを、みつめる、当麻。








「・・・・009がぼくだったら?」
「え?」


沈黙をを破ったのは、当麻だった。


突然、アルベルトが連れて来たアーティスト、恩田充弘の言葉は当麻に思いがけない人生の選択肢を与え、そして、あの”絵”が追い打ちをかけるように、当麻の胸をかき回した。


イワンが”わざ”と残したと思われる、スケッチブック。
フランソワーズだけを描いた1冊。
ページがなくなり、新しく購入した1枚目に描いてしまった”2人”の絵。



009の島村と003のフランソワーズ。





なぜ。
彼で、ぼくじゃない?







「009がぼくだっt」
「”もしも”はないのよ、当麻さん。009はジョーよ」



---・・・たら、ぼくを想ってくれた?






下に落としていた、フランソワーズの視線がまっすぐに当麻を射す。
濁りの無いその青は、言葉をより強調させた。


「・・・想像できないかな?」
「そんな意味のない想像はしないわ。・・・・仲間について、今現実に生きている世界が、私の全てだもの」


青が深まる。






当麻は今、003といることを、意識した。

ホームステイをした彼女でもない。
ギルモア邸にいる、彼女でもない。


深い、深い、深い、青の瞳を持つ人。


サイボーグであることを知った後に、数回、それもほんの瞬間的にしか出会う事がなかった、彼女。
ああ、彼女が003なんだ。と、当麻はその、凛とした強い眼差しに射抜かれた心臓に、焼き付けた。







世界でただ1人、サイボーグ化された女の子。















「009はジョー、ただ1人よ。誰でもないわ」
「・・・・・・・」


当麻は、フランソワーズにむかって腕を伸ばした。


「1階の、喫茶室でいいかな?」


フランソワーズの左肘あたりにあった、Rと描かれた丸いボタンを押す。




イワンが”わざ”と残したと思われる、スケッチブック。
フランソワーズだけを描いた1冊。


満足いく彼女がかけない間に、ページがなくなり、新しく購入した1枚目に描いてしまった”2人”の絵。


009の島村と003のフランソワーズ。



そこには確かに、003がいた。

ほんのわずかな時間でしかしらない彼女を捉えていた。
それは、その絵を唯一目にした007が認めている。

何度も、何度も描いても納得しなかった、フランソワーズ。
可憐な笑顔の中に、花が咲き溢れる、華やかな微笑みの中に、隠れた強さ。

ぼくの知らない彼女は、003であるフランソワーズ。











ぼくと、島村との差は?

---彼女の中にいる、009である島村を超えるには?




ぼくが知らない、けれど、島村は知っている、フランソワーズを知る事から始めよう。

---彼女の気持ちはわかってる・・・・。焦るな、焦っても仕方が無い・・・・・・、まだ出会ったばかりじゃないか。











エレベーターが1階に到着したと、知らせる音が鳴る。
ちん。と、キィの高いベル・サウンドが1つ。

当麻は先にフランソワーズをエレベーターからおろして、彼女にいつも行く喫茶室へ向かうことを促した。


「・・・・・・ぼくの絵のモデルに、なって欲しいんだ」



エレベーター内で途切れた会話とは、つながりが無い話題で当麻は再びフランソワーズに話しかけた。


「絵の・・・モデル?・・・・・・私、が?」


ウェイターが2人をウィンドウ側の席へと案内すると、ウェイターと入れ違いに、見覚えのあるウェイトレスが、メニュー、水、おしぼりを置いて、2人が座るテーブルから離れて行った。


「恩田さん、だったよね?・・・フランが相談に乗ってくれると嬉しいな・・・・・。今までちゃんと”将来”なんて考えた事無かったから、・・・漠然と、いつかは”篠原”の一員になるんだって思ってたから。でも、その必要もなくなったし」
「それと、絵の、モデルと・・・?」
「・・・何度か出展してみないかって、誘われた事はあったんだけど、・・あくまでも趣味だったから、賞なんかにも興味がなくて・・・」
「・・・」


フランソワーズは、すでに補助脳に記録してしまったメニューを、開いた。
意識しなくても、“眼”から入った情報は、同じものを数回眼ににしただけで覚えてしまう。
時間がくれば、どのように処理されているのか、自分でもわからないが、それは”忘れて”しまったかのように処理されていく。


不必要な情報と判断されてしまうのだろうが、一度メモりされたために、それは外部から強制的に”消去”されないかぎり、本当の意味で”忘れた”わけではない。


「でも、ああやって、アルベルトさんがプロの人を呼んでくれて・・・ちゃんと批評されたの、初めてで、学院にも美術の先生いるけど、・・・誰も、そっちの方へはいかないしね。中等部から他の学校へ移った生徒でなら、いるかもしれないけど」
「私よりも、お母様の、さえこさんにご相談なさった方がいいんじゃなくて?
「さえこさんに?相談する必要なんてないよ、さえこさんなら、たとえ、僕がフランと同じ”サイボーグ”になる。って言っても、反対しない人だから」
「当麻さんっ」


心臓に悪い冗談だと、フランソワーズの顔色が変わる。
冗談に受け止められない。


今回の事件(ミッション)の全貌を知らない当麻であるが、彼は元・BG研究員”トーマス・マクガー”の孫であり、その研究資料を保管していた、月見里学院理事、篠原さえこの息子。
事件の首謀者だった篠原グループ総帥、故・秀顕の孫にあたり、そして、未だに交通事故から意識を覚醒させない、サイボーグ再開発の主犯、石川斗織を実父にもつ。


彼のまわりは、いまだにBGの匂いがまとわりついている。
一歩間違えれば、いつどこで、彼が、フランソワーズが歩く道へとやってくるかわからない。


「・・・・・ごめん、あまりよくない冗談だね。心配しないで、そんなつもりはないから。あくまでも、ぼくは自然に・・・生きるよ。フランがそうであるようにね」
「・・・」
「”友人”として、・・・モデルを引き受けてくれないかな?」






フランソワーズのこころにいる島村を超えるには、009を超えるには、彼の存在を消す事はできなくても、彼とは違う位置立つことはできる。




彼女が望む、世界に生きている”人”である、ぼくだから。


「フランソワーズを描かせて。”今”の、君を描きたいんだ」



















====9 へと続く。


・ちょっと呟く・

・・・まあ9だし(笑)
それにしても、予想してなかった展開(笑)自分で言うか!
さすが、1ヶ月開いただけあって、新鮮な空気が・・・、←入ってない、入ってない

方向的には間違ってない。と、思っておこう!イエイっ!!
(久しぶりなので、ちょっとハイになってます・・・)

今回は”繋ぎ”ですね。
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