RSSリーダー
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
Little by Little・25
(25)




ルームライトを消すよ?と、声をかけられていつものように答えた。

ピュンマの部屋に運び込まれた、シングルベッドはメンテナンスルームにあったもので、元はドルフィン号に積んでいた予備の折りたたみ式。
ピュンマの使うベッドの隣に、人が一人分通れる隙間をあけて置かれた、それがギルモア邸で用意された海用のベッド。

病院のベッドと変わらない印象のそれに付属してきたシーツなどは、本当にそれらしくシミ一つない、白さだった。
ゲストルームを使わなくなり、ピュンマの部屋に居候が決まった翌日。さっぱりとした若草色の裾に、独特なロゴを組み合わせた、ダブル・ラインが入ったシーツでベッドメイキングをしたのは、フランソワーズ。


「おやすみ」


ルームライトが消える。
明るさに慣れていた目は闇に覆われてしまい、その闇になれるまでは完全な黒を写し取る瞳。
耳にhあピュンマのはいているスリッパが、ひたひたと忍ぶようにベッドへと戻ってくる音と、彼がたどり着いた先で、マットレスのスプリングを鳴らした、音。


「あのね、ピュンマ」
「・・うん」


布同士が刷れる音が聞こえて、海は黒い天井を見上げながら、ゆっくりと瞼を閉じて自分の声に集中した。


「言わなかったんだけど」
「・・・うん」
「ぼくさあ」
「・・・うん」
「・・・・・・・・・・聴いてたんだ」
「・・・うん」
「一昨日に、ね」
「・・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・」


ごくん。と、のどを鳴らした音が耳に響く。
ピュンマにも、聞こえていただろう。


「・・・フランソワーズさんが」
「・・・うん」
「ここ(2階の)階段前のスペースで・・話してるのを聴いちゃったんだ、ぼく」
「・・・・・ジョーと?」
「一緒にいたのは、・・・アルベルトさんだった」
「そっか。・・・それで、・・・何を聴いたの?海は・・」


一昨日の夜のことなら、ピュンマも覚えていた。
夜中にトイレに起きた海がなかなか部屋に帰ってこないので、心配して様子を見に部屋を出たときのことを。

海がちょうどとジェットの部屋のドアと、アルベルトの部屋のドアの間の壁の間に背を預けて、首だけを明かりがついている方向へとむけていた。


「・・・・聴いちゃ駄目だって思ったんだけどさ」
「うん」


海が見ている先にいる人物が誰と誰であったのかも、海に言われなくてピュンマにはわかっている。
2人の話しに聞き耳を立てている海を注意するでもなく、かといって誘ってその輪に入ることなく、ピュンマは部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。


「・・・・・・・さくら・・ちゃ、さん、がさ」
「うん」


彼が何を聴き、何を思うか、興味があった。
さくらの失恋やけ食い(酒込み)に一晩中につきあった海は、さくらとジョーそして、フランソワーズの関係を知ったために。


「・・言ってたフランソワーズさんのこと、聴いていたときにはピンとこなかったけど、今ならちょっとわかる」
「・・・・へぇ」


そこに海がいることを、気づいていないアルベルトであるはずがなく、その”004”が何も言わずに海にそこにいることを許しているのだから、ピュンマは自分が口を挟む必要はないと判断したのが、その日。


「・・・・・・・ぼく」
「うん」


おろしていた瞼をゆっくりと押し上げた海は、闇になれた瞳が、カーテンから滲む月明かりのおかげで浮かび上がる室内の輪郭を確かめるように視線を動かし、躯をのっそりと寝返り打つように、ピュンマのベッドの方へと傾けた。


「女の子をあんな風に悩ませるのは、男としてどうかと思ったんだ。・・・フランソワーズさんの優しさにつけこんだ、篠原の甘さなんだよ。欲しいおもちゃが手に入らないって駄々をこねてるようにしか、みえなくなったんだ」
「言うねえ・・」
「でも・・・明日。・・・・篠原に謝るね。おやすみ、ピュンマ」


海はを体を反転させ、ピュンマに背を向けた。


「・・・海はさ」
「?」


中途半端にしか乾いてない、海の髪が流れている方向を確認するように彼の後頭部を見つめながら、ピュンマは尋ねる。


「本当に、・・・本当に、今はもう恨んでない・・?」
「・・・・・」
「足のこと」
「・・・・・・・・乗り越えたつもりだけど、・・まだちょっとどこかに、そういう気持ちが残ってるって・・感じてる」
「・・実験台にされたことは?」
「それは、違うよ。篠原は関係ない、ぼく自身が自ら選択して石川先生の言葉に頷いたんだから、篠原は関係ないよ・・・」
「・・・・」
「そうやって考えたら、足を切断されるようなことになったのは、あのときのぼくの判断が間違っていたからで。・・・・あのとき、ぼくは篠原を助けようとするんじゃなくて、大声を叫ぶなり、走って学院に戻るなり、車のナンバー控えるなり、飛び込んでいくんじゃなくて”大人”の助けを呼ぶべきだったんだ」
「・・・・海が取った行動は、正しかったと思う」
「・・・ありがとう、ピュンマ」
「・・・・・おやすみ、海」
「おやすみ・・・」


海は再び体を動かして、いつものように体をうつぶせにした。








####

つなげられているブラグが送電し続ける音が、静かに寝息が規則正しく拍をとる部屋に響く。


『・・・今後は、篠原当麻に必要以上に近づくな』


アルベルトの声が響いた。


『接するならフランソワーズとしてでなく、003の態度で接しろ』


ささやくように話す、フランソワーズの声が答えた。


『003も、同じ、私よ?・・変だわ』



それらはまるで、ちゃんと作曲されている譜面通りに演奏されているかのように、乱れる事なく波音と合奏されて、海をなだらかな丘(現実)から、滑るように夢の世界へと連れていった。




『変じゃない』
『変よ』
『割り切れと、言っているんだ。振られた男と、振った女が一つおなじ屋根の下に居る以上、はっきりとそうなった以上は、区切りをつけろ。それは・・ジョーにたいするお前さんの確かな”気持ちの証明”にもなるだろう?恋人として』


アルベルトから、ジョーと両思いになったと示す言葉を口にされたフランソワーズは、恥ずかしさに身をよじり、見ている側の方が羞恥心に身を焦がされるような仕草をみせた。


『・・、私たちっ、はっ・・・別にっ。そんなっ』
『そうえいば、まだ、言ってなかったな・・・。おめでとう、・・と』
『!』
『よかったな、出会ったときからずっと憧れていた009が、いつも好き好き光線でおいかけていた、あのジョーが、これからは”恋人”だ』


ジョーから”篠原当麻に近づくなと言われて以来、フランソワーズは彼の想いとは別にして、距離を取らざる得ない状況をあたえられた。
ゲストルームに近づかせる暇をもたせないよう意図して、002,005、004と立て続けにおこなわれる予定のメンテナンスの手伝いを命じた。



『恋人だなんてっ・・私たちはっだからっ・・別にっ・・・』
『違うのか?』


それでもフランソワーズは、ギルモアが当麻の診察をするときにはかならず付き添い、当麻の回復を祈り彼女ができる範囲の看病をするが、それには特にジョーは何もいわなかった。


『違うわっ何もっ・・だって、っ・・ただ、』
『ただ、なんだ?』


当麻の容態が安定して回復にむかい始めた兆候を認めたギルモアを、ゲストルームを出て見送った後、一緒に診察につきそったアルベルトに誘われて、階段上がり口に広がるコモンスペースに2人、並んで座った。


『気持ちを打ち明けた、だけでっ・・だからっ・・・そのっ・・・ジョーは、私の、気持ちを知っていて、私も、・・だって言うことな、だけよっ・・・』
『フランソワーズ・・・』


恋愛偏差値マイナスの上に、奥手も奥手、信じられないほどの純粋(ピュア)さを見せつけられて、アルベルトは脱力する。

彼は軽く額にかかる、白銀に近い色の髪をかきあげながら考えた。
初めて恋が成就したときの自分はフランソワーズのようであったかどうかと。
遥か遠い昔を思い起こそうとしたが、男と女の違いもあることから過去への詮索を止めて、隣に座る恋愛若葉マーク保持者にむかって、ささやいた。


『落ち着け・・』
『だって、あなたがっ・・変な事をいうんですものっ』


今時の小学生よりも幼い反応を見せる、湯煎にかけたトマトのように色鮮やかなフランソワーズへと腕を伸ばして、その肩を抱いた。


『そういえば・・・、ジョーにも”兄さんの、面影を重ねていたときが、あったよな?』
『っ・・・それは』


抱かれた肩を振りほどくことなく、逆にジョーの”恋人”と言う位置づけをされた恥ずかしさをアルベルトの胸に隠すように、甘えた。


『理由をきいた事があるのは覚えているが、内容をもう忘れてしまったな』
『・・・』
『重ねた相手がジョーのときと当麻と、どう違うか・・・わかるな?』


胸に感じる重みの無防備さが愛おしくも、心配で仕方がないことに、アルベルトは苦笑する。




---”恋人”ができた女が、これだからな・・・。




本人に恋人だと言う自覚がないせいだとは、思えない。
フランソワーズという女性は、根本的な部分はそういう女性なのだと、アルベルトは解釈している。


『・・・兄を想い慕う想いを重ねて見る視線が相手を勘違いさせたとしても、それがそうであると”知って”いながら、お前にアプローチしてきた相手、篠原当麻の問題であって、フランソワーズ、お前自身に落ち度はないんだ』


アルベルトは言いながらもほんの少しばかり、篠原当麻に同情した。
彼がもう少し恋愛経験ある大人であれば、フランソワーズがどういう性質の女性であるかを見抜くことができただろうも、と。


『篠原当麻は、”人間である”ことを、お前が重ねる幻影を利用しようとしただけで、乗り越えようとはしなかった。ジョーは重ねられていた兄の幻影を乗り越えて、・・島村ジョーとして、お前の幻影に勝った・・と、思っている。ジョーは・・・”過去にあった幸せ”を置い続けるお前に、”今眼の前にある現実の幸せ”を・・・。オレが言いたいこと、わかるな?フランソワーズ』


どこに視点をあわせているのかわからない、曖昧な碧を漂わせながら、アルベルトの胸に頬を押しあてたフランソワーズが苦しげに呟いた。


『・・アルベルト』
『なんだ?』
『・・・・・・・・・・・ジョーは、・・当麻さんは、・・・・こんな・・私を、・・・・どうして』
『・・・さあな』
















バスタブに勢い良く流れ出す適温の湯が、ほっそりとした指で、パネルのボタンを押されたことにより、その勢いをぴたりと止めた。

以前に一度、邸の作りの古さが原因となってお湯が出なくなったことをきっかけに、地下のユーティリティ作動制御システムと繋げてしまうという大胆な工事を施した。
その結果、蛇口をひねれば、という動作がフランソワーズの部屋のユニットバスから消えていた。


ゲストルームも同じようになっていなければならなかったのであるが、”ミッション”が始まり、何かと優先させなければならない事柄が増え
たため、1階の共同バスルームとフランソワーズの部屋の後は、リフォームしないままである。


衣服を脱ぎ捨てたフランソワーズは、ゆっくりと利き足からバスタブの中へとおろして、そろそろと湯に身を浸らせた。
足を伸ばして、吐き出した息が全身の緊張を解いていく。
透明な湯にゆらゆらと揺らめき天井に埋め込まれているフローレンスライトが、反射する。

腕を伸ばして2重になっているシャワーカーテンのうち、レースの模様がプリントされている方だけを、引いて、視界の範囲を小さくした。





フランソワーズは徐々に躯を湯へと沈めていく。
みぞおちあたりにあった湯が、彼女の脇下、鎖骨、肩、首もと、を浸食させ、顎下まできた湯をじっと見つめてた。
ゆらめくそれにうっすら映る、自身の顔と見つめ合う。




『・・・・ヒルダさん、なのは・・どうして?』





みつめている湯に浮かんでいたはずの自身の顔が、いつの間にか、篠原当麻へと変わる。


何かを言いたげに、訴えていた瞳。
きっかけを探して迷う、唇。
投げかけられている当麻のこころの声は、フランソワーズに届いていた。







『この女はオレが愛してやるんだ。と、思ったから、・・今もそうしているだけだ』

















フランソワーズはふと思い付いて、ジョーがすることを真似してみることにした。
人工肺呼吸から水中待機用の体内ボンベに切り替えて、すっぽりと縦長のバスタブにはった湯の中へと頭のてっぺんからつま先まで、躯をベッドに横たえるように潜り込んだ。






ジョーの”散歩”は、3種類。

1つは、行き先不明、音信不通になってしまう”旅”と言う名の、散歩。
1つは、本当にぶらぶらと、日光浴を楽しむような、観光のような、ただ歩くだけの、散歩。

最後の1つが、海に1人で潜る、散歩。





日本から遠い南半球の国で、誰もが壁にぶつかって打開策が見つからないミッションに、009が持ち込んだ目から鱗が落ちるような衝撃的な案を出してきた後、聴いたことがあった。

みんな、頭をうんうんと悩ませている間に、ちょっと気分転換に散歩に出ると行って、丸1日。
潮の香りが取れない彼に、珈琲を頼まれたときだった。


『009・・。散歩って海に、潜ること?』
『・・うん』
『何か、特別な意味でも、あるの?』
『別に・・。水の中ならどこでもいいんだ』
『水の・・中?』
『ヨガとかああいうメディテーションは苦手でさ。簡単にそれに近い感覚が得られるのが水中だから、かな』
『・・・それで、海に?』
『海だとプールと違って無料だし、街でいくつか・・スポーツジムを見つけたんだけど、会員にならなくちゃいけなくって、さ。』
『街にも、行ったの?』
『散歩だから』
『・・そう、ね・・・』
『体験なんちゃらっていうのがあったんだけど、後に色々勧誘されても面倒だし。そういえば、書類に書き込むアドレスに、”ドルフィン号”なんて書けないことに気づいて。身分証明所みたいなのも、持って出なかったし』
『書類をもらったの?』
『一応目を通してみた、・・・結局戻って来て、海の中になったんだけ』
『・・それで、・・一日中』
『うん』
『ご飯も何も食べずに、1人で耐圧ギリギリの深海まで・・潜って?』
『・・・・003・・”視てた”んだ?』
『ごめんなさい・・。』
『・・・・』
『一度、ドルフィンに戻って来たでしょう、・・・そのときに・・009があまりに深く・・怖くなって。ごめんなさい、プライベートなことなのに、今後は気をつけるわ・・・・」
『・・003、・・博士には内緒にしていてくれるなら、許すよ』
『え?』
『・・・実は、僕自身気づかないで本当に”危ない”ところまで潜ってて・・、ちょっと”ボンベ”がね・・』
『?!』
『だから、内緒にしておいて』
『駄目よっ!』
『え・・』
『許してくれなくっていいわ!うんっと私を怒ってちょうだいっ!!だからすぐに博士に観てもらってきてっ』
『・・・・・博士に怒られるから・・ミッションの後でいいよ』
『009っ!』
『・・・・・・ごめん、わかったから・・・。珈琲の、お代わり・・お願いしていいかな?』


009は苦笑しながら、ギルモアの元へと行くのを先延ばしするための時間稼ぎをするように、珈琲のお代わりをねだった。












---・・・ジョー。




海の中ではないけれど、バスルームのバスタブの中でだって、きちんと”水(湯)中”。
湯の中で聴く音の奇妙さが、頭の中の”ジョー”と言う言葉に反響し合う。


---当麻さん・・・。


固く閉じた瞼に浮かばせた当麻が、ジョーが、仲間が、自分に投げて来る視線。
脳内のヴィジョンのために、効果がないとわかりつつもフランソワーズは固く、固く瞼に力をいれた。


『・・解っていると思っていて、敢えて言うが、お前さんの”兄さん”は当麻じゃない。・・たとえ、当麻との縁が切れても、まだ実在する”本物”の兄さんとの縁が切れてしまうわけでは、ないんだぞ?』


どれくらいの間、湯の中で耐えられるのか、自動的に補助脳が数字にしてねじ込んでくる情報。
それらと重ねてゆく様々な声を鳴らし続けた。


『それと・・。同情は恋愛感情の一つに数えられる、だが、・・・それは先が続かない代物だ』


008は水中用サイボーグとして特化され、最長約144時間は水中内ですごすことができると、報告されている。
彼の次に水中内で活動できる時間が長いのは、007、そして、009。
003は搭載されている人口肺が別種であるため00ナンバーの中でも極端に短い。



頭の中のタイマーが心音よりもあきらかに早く回っていく。


<フランソワーズ?>


意識を自分の内側へ内側へと閉じ込めていしまっていたために、003でありながら”耳に届いていた音”に気づかなかった。














『篠原当麻に何を求めていて、それとおなじものを、なぜジョーに求めない?』









####


すでに、部屋で休んでいると思われる時間。


「フランソワーズ・・・、少し話しがあるんだけど・・・」


軽く握った拳の、人差し指の代に間接を使ってドアをたたいた。


「・・・」


反応がない室内に、もう休んでしまっているのかと思った。
けれど、ドアの隙間から証明を落とした廊下にこぼれる明かりが、とても休んでいるようには思えず、そして自分の応答に答えてくれない理由もわからないために、彼は再びドアをノックした。


「・・・・フランソワーズ?」


---静かすぎる。眠っているのなら、ルームライトがついているのは・・おかしい。


ジョーはさっと顔を右へとむけて、ゲストルームのドアを睨んだ。
近づくな。と、言ったことを忠実に護っている彼女が、まさか。と、疑った自分に罪悪感を胸に淀ませながら、ジョーは決心した。


「ごめん、開けるよ?」


”もしも”部屋で彼女が倒れていたり、するのなら。これは009の判断だ。と、言い訳しながら、ゆっくりとドアノブをまわしてフランソワーズの部屋のドアを開けた。


「・・・?」


目に入ったのは、ベッドと、その近くにおかれたスチール製の丸いテーブルに、同じく1脚の折りたたみ用の椅子。
そして、開け放たれたクロゼットに、顔を見せているスーツケース、のみ。

部屋にフランソワーズの姿はなかった。

引っ越してきたばかりのころと何一つ変わらない、簡素な部屋。
変わったとすれば、少しばかり物が増えて生活感があるように見えることくらい。


---フランソワーズ?


夜のイワンの就寝前のおむつは、張大人が替えていた。

地下はメンテナンスルームに篭る、ギルモアと002,005しかいなかった。
キッチン、ダイニングルーム、リビングルームを通ってきたジョーだから、今、フランソワーズの部屋のドアを開けるまで彼女の姿は見つけられなかったということ。


<フランソワーズ?>



最終手段。
脳波通信で、呼びかけた。


「j・・っs」


ジョーの声が脳内に突然響き、バスタブの湯の中に沈んでいたフランソワーズは驚いて、思わず通信であるにも関わらず、”声”で答えようと湯の中で口を開けてしまい、大量の湯が肺に勢いよく流れ込んできた。
そのまま人工肺内のボンベを使用していれば、口や鼻から器官内にはいってきた湯を処理されて苦しまなくてよかったが、深く自分の中に入っていたフランソワーズは冷静な状況判断ができず、言葉を発しようとして人工肺内のボンベから通常の肺呼吸循環機能へと切り替えてしまった。


「フランソワーズ!?」


ばしゃああん!と、砂浜を打ち付けるような水音と同時に、苦しげにむせ返る咳がジョーの耳に届いた。と、ほぼ変わらない時間差でフランソワーズの部屋のバスルームへと飛び込んだ。


「なにをやってっ!」


レースの模様がプリントされた、シャワーカーテン越しに見える、バスタブの渕にしがみつく細い腕にすべての体重を預け咳き込む姿。

ジョーはカーテンを引きちぎるように払いのけ、フランソワーズをバスタブから引き上げた。
肺や器官に入り込んだ湯を吐き出そうとする激しさに、苦しむフランソワーズを抱えてジョーは彼女をベッドへと運ぶ。


「フランソワーズっ!!!」


苦しさに涙しているのか、それが、髪からしたたる湯のせいなのかわからない。
湯から引き上げた状態のままベッドに寝かされて、みるみるリネン類が湯をしみ込ませる。
ジョーの眼の前で咳に揺さぶられる裸体は、苦しげにくの字に折られていたが、器官を確保する体勢へとジョーの手の誘導された。


「人工肺内のボンベに切り替えろっ、息を吸うなっ」


げほげほと、飲み込んでしまった湯のすべてを吐き出さんと咳き込むフランソワーズを抱え込みながら、ジョーは叱責する。


「大丈夫だからっ、切り替えるんだっ」


苦しい思いをしながら、言われた通りに、喉をくっと詰めるように肺機能を、体内ボンベに切り替えた。



「フランソワーズ、落ちついて・・そのまま、・・で、・・・そう、まだ肺呼吸に切り替えないで・・ボンベ使用中は、人工肺に異物(水や有毒ガスなどを含む)が入って来ても、影響を与えないように別器官になてってるから・・」




許して・・欲しいの・・・。
サイボーグになってしまったこと、を・・もう、おなじ”兄妹”でない、躯をっ・・・。






兄さんっ!!
許してっ許してっ・・・許してっ・・・・ゆるし・て・・。

















兄さんと何一つ、兄妹であることを示すことのない、・・躯の、妹を、・・妹と、認めてくれますか?






「フランソワーズ、・・・大丈夫。・・大丈夫だよ・・・。人工肺に切り替えて・・・・。ゆっくり吸って、・・そう、ゆっくり・・、薄く・・、・・・・・・・・吐いて、・・吸って・・・うん、大丈夫、もう大丈夫だ・・」






---ジョー・・・。




「ご・、・n・・n」
「お風呂で溺れる・・なんて、・・・」


咳の激しさに固く閉じていた瞼の力が抜けて、うっすらと開かれるころ、ジョーの両手がフランソワーズの頬を包み、彼女の様子をうかがった。


「ご・めんな、・・sあい」
「まだ、話さないで・・・・苦しかったろ?けっこうな量のお湯を・・」


咳が治まり、フランソワーズの呼吸が整いはじめて、彼女自身が再び通常の肺呼吸へと切り替えたのを知ると、ジョーは安堵の息を吐きながら、濡れてしまっているかけ布団だけれど、自分がおかしな気分になってしまう前に晒されている魅力的な裸体をぐるっと包んだ。


「・・・ご・、え・・ん、なさい」
「大丈夫だよ、Fanchon・・」


ジョーはしっかりとフランソワーズの裸体を掛け布団の中に隠してから、そっと、彼女を布団越しに抱き締めた。


「・・・・Fanchon」


耳に入って来た単語に、フランソワーズの思考が何もかもが一瞬にして、風船が割れた衝撃に似た感覚で、真っ白になった。

















====26に続く。






ちょっと呟く
>なかなか動かなかったのが、やっと動くぞ!!ブラコン卒業しようね、3!!
スポンサーサイト
web拍手 by FC2
今日もどこかのコンビニで。



24時間営業中。



煌々と光る白いライトは、夜行性となった人々の憩いの場でもあり、日中は機能停止状態の人々にとって闇の中のオアシスとなっていた。


大きいとも言えず、小さいとも思えない駅に最終電車が駆け込んでくる前後が、駅前にある青い看板が目印のコンビニエンストアにとって一番忙しい時間帯なのかもしれない。
駅前バスロータリーに設置されている電光時刻表と絶妙に連携しているが、その日の交通通量と運転手の気分によって、若干の”すれ違い”があるハプニングに振り回される人々は、昨今当たり前になった街角の24時間ストアに集まってくる。


手にある携帯に”迎え”を頼む声もあれば、家に帰るなと言うお印なのかもしれないと、呼び出せる友達に手早くメールを打って、連絡待ちの姿もある。

それぞれがそれぞれのニーズに備えて”買い物”よりも身の置き所を求めて足を向ける先だったりもする、24時間あなたの味方なコンビニエンスストア。



「DNAにも記録されている生体活動のリズムをつぶしてしまう敵役でありながらも、愛おしいわ」
「・・・ものすごい言い方」


運良く最終電車に乗り込んで、目的の駅までたどりつけたものの、それで運を使い切ってしまったのか、最終バスの乗り継ぎに失敗してしまった男女が、ふらりと足をむけた先は、例によって例のごとく、駅前のコンビニエンスストアだ。


「それで・・・、どうするの?」
「そうだね・・」


バスロータリーの端っこにあるタクシー乗り場には、同じく最終バスを乗り過ごした人の列。
雑誌が陳列する棚の前に立ち、ガラス越しに確認する。
壁一面がガラスとなっており、店内の様子をうかがうことができる作りであるのが、ちょっとした24時間営業の共通点。


「タクシー、なら並ばないといけないんじゃなくて、ジョー?」
「寒いだろ?」
「・・・歩いて帰るの?」
「同じ。寒い」
「・・・・・じゃ、どうするのよ?」
「さて、どうしたものか・・・」
「ここに居てもなにも解決されないのよ?」
「まあ、確かに・・でも、寒くないよ?」


「いつからそんな寒がりになったの?もうすぐ春なのに」と言った彼女は、3日3晩降り続いた雨の後に空気がひえきってしまっている今日だけれど、明日はきっと今日購入したばかりの、いつもよりもちょっと短めのスカートを切る事が出来るくらい温かくなると信じていた。

お買い物でお気に入りをみつけ、それを手に帰宅する女の子の心うきうき具合は、寒さなんてへっちゃらちゃに吹き飛ばす。など、ジョーは知らない。


「早く帰って試着したいの」
「・・さんざん店でしたじゃないか」
「お店じゃ、今着ているトップスとしかあわせられなかったでしょ?クロゼットの中の他のトップスともあわせたいのよ」


コンビニ店内を物色しながら、ゆっくりと歩く2人。


「自分の持ち物くらい把握してるだろ?・・必要ないよ」
「イメージと実際に着てみた印象って違うんだから!」


たまに品を手に取っては、それらの感想を言い合うが、商品は棚に戻されてばかり。


「バスは最終でちゃったし、タクシーは当分捕まえられないだろうし・・」
「迎えに来てもらうのは?」
「今日は日曜日だよ、疲れてる2人をわざわざ呼ぶのは・・申し訳ないだろ?僕らは遊びに行ってただけだしさ」
「もう!じゃ、どうするのよ?」


ぶるっと躯を震わしたフランソワーズをちらっと視線だけを投げて見る、ジョーは、用冷蔵の棚から彼女を遠ざけるように、早足に通りすぎた。


「走ってもいいけど、せっかくの戦利品が駄目になるしさ」
「当然ですっ」


カップ麺と、お菓子コーナーの棚にはさまれて。


「・・・・面倒くさいなあ」
「もうっ!」


狭い通路は2人並ぶせいで、買い物通行客の邪魔になったりもしつつ。


「カラオケでも、行こっか?」
「家に帰るのとカラオケ行くのと、何が違うの?」
「だってカラオケはこのビルの上だし」


ビルの上。と、人差し指で天井をさした、ジョーの動きにフランソワーズの芸術的なラインの顎がくっとあがる。と、ジョーは思わず、衝動的に彼女のその顎へと手が伸びそうになる。


「もう!カラオケなんて、行ってもどうせ歌わないじゃない、ジョー、上手なのに!」
「歌うよ。歌いたい曲がなかなかないだけで・・・ねえ」


・・が、どうにかこうにか、のばした手をフランソワーズの耳元あたりにあった、スナック菓子を取る事でごまかした。



「なあに?」
「・・音痴って直せないの、ここで?」


ジョーは、不意に足を止めて、フランソワーズのおでこをつん。とつついた。


「・・・・・なおせるものなら、なおしてるわよ」
「ふうん・・」


唇を尖らせて頬をむくれさせる、フランソワーズに音痴であると言う自覚が彼女にあることがわかり、ちょっと驚きつつ。お風呂場で気持ち良さそうに遠慮なく大声で歌う声を思い出して、くくっと喉で笑った後、ジョーはぐるっとコンビニ店内を見回して言った。


「レジで、・・あったかいなにかを買ってタクシー乗り場にならぼうか?」
「じゃあ、からあげさんと、ピザまんと、」
「夕飯食べたのに・・」
「じゃ、ジョーはいらないのね?」
「激辛カレーまん、と、・・ええっとそうだ、じゃがりこチーズ」
「サラダ!」
「先週サラダにしたから、今回はチーズ」
「・・・じゃあ、デザート・ポッキーのショコラフロマージュね?」
「駄目、プリッツのバター味」
「それならチップスは・・」


お菓子の棚のまえで、ああだ、こうだと良いながら、選ぶちょっと髪色のカップルを横目に通りすぎる人々は、2人のやり取りに今日の疲れを癒されたのか、はたまた苛つかせられたのか。


「のりしお!」
「コンソメ!」


2人は同時に自分が食べたいと思う味を棚から手にとり、まるでカードゲームバトル漫画のように、ずいっとそれらを相手にむかって差し出した。


ふらりと入ってきた独身サラリーマンは、冷たい視線をジョーの方に投げかけながら、嫌みのように、フランソワーズが言った、コンソメチップスを手に去っていく。

その胸に、「この間もいたよな、この2」と、思い出しながら。


「ほら!誰もが愛するコンソメなの♪」
「関係なしっ」


結局2人は、1時間ほどコンビニストアにてああだ、こうだと言い合いながら選んだお菓子を手にタクシーに乗って帰宅する。


「ねえ」
「なあに?」
「来週は、映画にしようか」
「特に観たいのがないって言ってたじゃない」
「映画館とは言ってないよ」
「じゃあ、家で?」
「そ」
「来週には温かくなってるかもしれなくてよ?」
「じゃあ、駅前のコンビニまで散歩して、部屋で映画」
「おでかけしたいわ、せっかくのスカートなんですもの」
「着ていけば?コンビニに」


ぶうっとふくれたフランソワーズの頬を、人差し指でつつきながらジョーは笑った。


「じゃ、コンビニでカラオケで、部屋で映画?」


来週末の予定にたいして、フランソワーズは頬をつついていたジョーの人差し指をきゅうっと握って不満そうにつぶやいた。


「・・同じ家から出て、帰る場所も一緒で・・・なんだかなあって思うわ」


今更何を、と、言いたい言葉をぐっと飲み込んだ、ジョー。

まもなく邸近くのバス停留所に近づくタクシー。
大きなカーブをゆるやかにまがり、運転手の手が握るハンドルが左へとまわされたのとをみて、ジョーが「ここでいいです」と声をかけてタクシーを停めた。


「待ち合わせとか、そういうのがしたいの?」
「もー、ジョーったら、また遅刻?」
「・・・」
「いっつも遅れるんだから、やんなっちゃう」
「・・・・」
「でも、いつもよりも遅いわ、メールも・・ないし、どうしたのかしら?」



先にタクシーを降りたフランソワーズは、支払いをすませるジョーを待ちながら、脳内に描いたシチュエーションにそって棒読みで自分の台詞を読んだ。


自動で閉まるドアの音を背中で聴き、アクセルが踏まれて去っていくタクシーの排気ガスをかすかに吸い込みながら、ジョーフランソワーズが手に持つ荷物をすべて引き受ける。


「で。僕はどうして”いつも以上に”遅刻したわけ?」
「昨夜、どうしても断れなかった飲み会に出席しして、べろんべろんに酔ったの」
「・・へえ」


ジョーは荷物を確認してからゆっくりと歩き出す。


「それでね”お持ち帰り”していたことに大パニック」
「何を?」


フランソワーズは、ジョーと並んでいたが足を早めて、彼から距離を取った。


「お持ち帰りって言ったら、決まってるじゃない」
「・・工事現場の看板とか?」


フランソワーズの背中を見ながら、ジョーは言った。
柔らかな布にオリエンタルな柄がはいったロングスカートに、ウェスタン・ブーツとフォークロア・ミックスカジュアルにチャレンジ中のフランソワーズ。

こつ、こつ。と、彼女のブーツがアスファルトを心地よい音で響かせる。


「女よ、女!」
「はあ?」


ふわりとスカートに空気を含ませて振り返ったフランソワーズは、ふん!と胸を張って宣言した。


「ジョーは前からアプローチされていた女性に負けたの。♪酔った勢いに連れて帰って、さあ大変♪フランソワーズがアパート尋ねて、鉢合わせ♪」


聞き覚えのあるフレーズに載せて歌いだす、フランソワーズ。


「どんぐりころころ、・・・?」
「それえが、恋愛ドラマよねー♪」
「・・・ばか」


ジョーは疲れきった溜め息をついて、フランソワーズの隣を通りすぎる。


「ね?」


ジョーを追いかけて隣に並んで歩くフランソワーズが、彼を覗き込む。
荷物を持っている手など気にせずに、腕を組んだ。
ジョーはくまれた腕に持っていたいた荷物を、片方へと移動して、フランソワーズだけにする。


「そうなって欲しいわけ?」
「そうならないって、自信があるから言ってるの」
「ならないんだ」
「なりようがないじゃない」


ジョーは邸へと続く私道に入る前で、歩いていた足を止めた。


「なんで?」
「・・・なんでって・・?」


隣に立つ、フランソワーズの深い夜の色を映しした瑠璃色の瞳を覗き込んだ。


「わからないよ・・いつ、何がどうなるか、今のままの僕たちで居続けられるっていう保証は、ないんだから」




















週末の午後。

明るい日差しの白さがまどろみに似た優しさを含み、肌を包むような温かさをのせた風がフランソワーズの頬をなでた。


「こんなに良いお天気だもの、カラオケをやめて街に出ましょうよ!」
「街に出たら、映画(DVD)の時間がなくなる」


店のマークがはいった自動ドアが、かろやかに左右に開くと、「ぃらしゃませー」と独特な挨拶をかけられる。


「観られるわよ」
「・・・・僕にはわかってるんだ。キミの目当ては”靴”だろ?」


レジに立つ3人の店員にむかって丁寧にお辞儀して答えるフランソワーズの手を引っ張るジョーは、コンビニ店員の目からフランソワーズを隠すように、商品だなの一角へと滑り込んだ。


「すごいわっ名探偵009ね♪」
「・・・・・・・持ってる靴が先週に買ったスカートにあわないって嘆いてたの、どこの誰?」
「だめ?」
「靴だけならいいけど、・・・」
「あっあと!」
「・・・靴だけじゃなくなるから、だめ」
「えー・・・ねえ、いいでしょう?」



24時間営業中。
昼までもしっかり店内を明るく照らすライトは健在の、コンビニエンス・ストア内で、今日も2人は買い物をする。




















end.










*・・・何も”ドラマ”がないけれど、今ある単調な毎日こそが、幸せ。・・みたいな。






web拍手 by FC2
White day / I have never been tried before.




「いっらっしゃいませええっ」と、自動ドアが左右に開くと同時に反射神経のよさを比べている印象の尖った甲高い声。少し遅れて数人の声が「ませー」とエコーがかかったように、聞こえた。

普段聞き慣れないそれらの声に負けないように、ずんっと一歩踏み出す。

視線を低くしていたために視界に入った、店内の白いライトのせいでいつもよりも薄汚れているようにみえるスニーカー。
由緒正しい高級洋菓子店として多くの雑誌などに名を載せ、載せない方がおかしいと言われるほど常連となっているその店の雰囲気とイメージにそぐわない気がした。

手に持っている、無色透明な傘も。


けれど、いまさら背をむけて店を出て行くことの方が勇気が必要だと思い、そのままもう片方の足先を見つめながら、店内奥へと進んで行った。


「いらっしゃいませ」

ウィンドウケースに規則正しく配置された自分たちは、とっても可愛らしくて美味しそうでしょう?と訴えているようにみえる、ケーキたち。
このケーキたちの思いに答えるためにも、ウィンドウケースにおでこを貼付けながら、あれがいい、こっちが美味しそう、いやこれの方がと、迷うべきなのかもしれないけれど。


ごめん。
もうすでに買うべきケーキは決まっているんだ。




「・・・これを、1つ・・・お願いします」

ウィンドウケースを挟んだ向こう側にいる店員の、”誰か”に向って言った。

「お一つでよろしいですか?」

メゾソプラノと言うには、少し低い、けれどアルトに加えるには、可愛らしい声が対応してくれた。


「はい」


指差したのは、ウィンドウケースの中央1番上に置かれた、真っ白なケーキに、紅い宝玉が一つ乗った定番のケーキ。
定番の名の元に作られたケーキであるにも関わらず、その値段を主張するだけの価値がある、ケーキ。


「ありがとうございます、こちらは、1600円+消費税で・・」


手のひらに乗るくらいの小さな四角い白いケーキに載せられた、イチゴの価格が2/3を占めていると思う。
カットサイズのケーキとは別に、ウィンドウケースの一番下に並ぶホールケーキの値段を見比べたながら、支払いをすませた。


「お待たせいたしました」と、メルヘンな装飾をほどこされた箱を受け取りながら、あと400円足せば買えていた4号サイズのスフレチーズケーキが視界に入って名残惜しい。




「ありがとうございましたー」とアルトではなく、完全なメゾソプラノボイスで見送られて、店を出る。







どんよりと重くたれ込めた鉛色の空から落ちて来る雫は、元気よくアスファルトを跳ねて、僕が何を買ったのか気になる様子で、僕に触れて来る。
洋菓子店前に立っている僕だから、きっと美味しいケーキを買ったのだろうと、味見を催促されているように思えた。



ごめん。
これをあげる相手は、もう決まってるんだ。




誰へ?
誰に?と、ジーンズの裾にしみ込んで僕の後を追いかけて来る。

誰だよ、名前くらい教えろよ。と、せっつく雫をビニール傘で上手くかわしながら、小さな箱を大切に抱え込んで早足で帰宅を急いだ。









「ジョーが出て行ってから急に雨が降り出して・・心配していたのよ。傘を持って行った様子がなかったから」


玄関のドアを開けると、彼女がスリッパを鳴らしながらやってきた。


「傘はコンビニで買った」


買った無色透明なコンビニ傘は玄関には持ち込まず、観音扉のうち使わずに鍵をかけっぱなしの方に立てかけておいた。


「そう。寒かったでしょう?紅茶がいいかしら?それとも、珈琲?」
「珈琲」


彼女は、にっこりと微笑んで僕のリクエストに頷いた。そのタイミングで僕は、靴も脱がないままに、まるでUFOキャッチャーのクレーンのように、ウィーンっと機械的な腕の動きでフランソワーズへとイチゴのショートケーキの入った箱を突き出した。


「え、なあに?」


突き出された箱に、大きな青い瞳を驚きに見開いて、僕と箱を往復する。
なあに?と尋ねられて、素直に『ホワイトデーだから』と口から出て来ない。
ホワイトデーと言っても、すでに今日は16日。今さらなイベントなだけに、なにをどう言えばいいのか逡巡した視線がフランソワーズの驚きの色と重なったときに、さらっと飛び出した、そのまんまな単語。


「ケーキ」


そのまますぎる、3つの音に自分自身が驚きつつ、靴ひもを解かずにスニーカーを脱いで、彼女とは色違いのスリッパに足をいれた。
冷えきっていたスニーカーの中では気づかなかった靴下の足先が少しぬれている感触を得て、スリッパから足を抜いた。


「あー・・・けっこう濡れてる」


片足を上げて靴下を脱ぎ、脱いだ足をスリッパにつっこむ。
もう片方も同じように、靴下を脱いだ。


「あの・・ジョー・・・?」


邸に暮らしている人数分のケーキがその小さくて軽い箱に入っていない事が明らかで、戸惑っているのがわかる。


「ケーキだよ、・・ショートケーキ」
「あ、ええ・・そ、そう」


スリッパに履き替えた足を、すすめてフランソワーズの横を通り過ぎる。


「・・・食べて良いよ」
「え?」
「1個しかないから。それの処分は003に任せる」


数歩、足を進めるとフランソワーズも僕を追い掛けるようにくるりと方向転換した。


「え、・・あ・・」
「了解?003」






ファッション雑誌のオマケ冊子のテーマであった、”春先取りショートケーキ100選”を見ながら、うっとりとした声で「食べてみたいわ」と言った。
そんなフランソワーズがじいっと見つめる写真のケーキ。を、忘れることができなかったのは、彼女じゃなくて、僕。








「・・・了解ぃ」


戸惑いながらも、小さな箱から微かに香る甘い生クリームの香りに、”私だけだなんて、”と言う遠慮の言葉を押さえ込んで素直にこくりと頷いた、フランソワーズ。


「じゃ、珈琲の用意ヨロシク」


フランソワーズはキッチンへ。僕はそのまま足を進めてランドリールームにむかった。
靴下を洗濯機に放り込んで、バスルームへと移動し手を洗う。

ケーキを無事にフランソワーズへ贈れたことにたいして、鏡に映っているにやける自分の顔を直視できないでいたとき、キッチンでお茶の準備をしているフランソワーズの、歓喜の声がバスルームまで届いた。

彼女がケーキの箱を明けた事を知って、さらに顔がにやけてしまう。


「ジョーっ!!」


フランソワーズが僕の名前を呼びながら走り込んくる足音を聴きながら、必死で頬が高くなる顔をコントロールする。


「ジョーっ!ジョーっ!!ケーキっあのケーキってっ!!」
「なに、どうしたの?」
「あのっ苺のケーキ!!」
「・・・ショートケーキがどうしたの?」
「あれっ」
「お茶の準備はできた?」
「!! いますぐっ」


バスルームに飛び込んで来たと思えば、僕の言葉に反応よく、またキッチンへと飛ぶように引き返して行くフランソワーズの姿が、瞳に焼き付いた。





「ジョーっほんとうに?!ほんとうにっ私っ私が食べていいのっ?!!」


彼女は気づかないかもしれないけれど、それはそれでいいと思う。


「嫌なら別に無理しなくても・・」
「嫌じゃないわ!!私がきちんと処分しますっ!!」


産まれて初めてのホワイト・デーは、二日遅れになってしまったけれど、悪くないな。と、感じた。



l-d026.jpg







end.










写真/chroma


あとがき
なんだこの9は(笑)なんか新しいのが出て来ましたよ。
なぜ二日遅れか。アップした日が今日だから(笑)14、5日は、釣りにでも出ていたということで。


web拍手 by FC2
2009年のラストカウンター・ゲッターでした♪@Critical Mach Number.さま


ワカバ屋さまに描いていただきました♪♪♪
ライン

009_1003134.jpg


banner93cake.jpg
illustration:ワカバ屋さま /管理構成 :celicaさま

ライン


タイガー島村・調教師(タイガー・島村専用)フランソワーズ嬢の
鞭が床をぴしぃぃぃぃんっ!と跳ねる。


「さあ!乗るのよっ玉乗りよっ!!」
「・・・えー・・ださいよぉ」

ぴしぃぃぃぃんっ!ぴしぃぃぃぃんっ!(あくまでも床)
「うわああっ~乗りますっ乗りますっ乗せていただきますっっ」

ぴしぃぃぃぃんっ!(音を鳴らしているだけです)

「ジョーっがんばって!『加速装置火の輪潜り』だけじゃっ『五つ子空中ブランコwho is who?あたったら100万円!』に『死神薔薇ダーツショー/そのバラを手にしたお嬢さんに膝ぱっくり芸』、『タネも仕掛けもないジェット噴射空中芸・3分きっかり僕とランデブー』『水中脱出ショー/マーメイドP』『どこまでジャンプ?放り投げられて成層圏超』『お口でキッチン・ザッタン人丸焼き食べ放題』『人体スカルプチュアー』『頭がとれても僕はしにましぇーん!』『今日のサリーちゃんのパパ(一人漫才)』なんかに負けちゃうわっ」

「・・・負けていいよ」
「?!」

ぴしぃぃぃぃんっ!びしぃぃぃぃんっ!(鞭さばきで芸ができるんじゃと、タイガージョーは3のコントロール具合を観て思います)

「駄目っ!春用のニューコスチュームはジョーとお揃いの虎柄なのっ!!新技を披露して素敵な舞台にしたいのっ!」


今日かもしれない、明日かもしれない。
春、あなたの街にBGサーカス団!がやってくるっ!!!かもしれない。

ぴしぃぃぃぃんっ!ジョーが乗る予定の玉を打つ)

「さあっ乗って!!乗るのよっジョーっ」
「あ・・・あ、あとは勇気だけだっ!っっえいっ!!」
「そうよっ!がんばってっ!!!」


ぴしぃぃぃぃんっ!


練習ではうまくいっていた玉乗りタイガー島村(笑)
ですが。
本番前の通し練習。
新コスチュームを着て現れた、フランソワーズのために玉から落下。
後ろに頭から落ちて、気を失ってしまいましたとさ。

フランソワーズの膝上で気がついたタイガー島村。
膝枕された状態で見上げる泣き顔チックな虎柄ブラのフランソワーズ・ビューは一生忘れられない思い出となったそうです。


脳内妄想はまだまだ続く・・・。
書いていて妄想突っ走って、突っ走りまくって・・もう誰もついてこれないところまで突っ走って・・・。
SM女王を超えて(笑)突っ走って、・・・ました。

ライン


Critical Mach numberさま企画の ラストカウンター・をゲットしましたっ2009!年最後!素敵ハプニングっ!
「ビバっ2009年!!!さようなら2009年っ」

と言う事で、
なにか”スペシャル”なのをっ。
。。。と、欲張りまして(苦笑)
あれこれ悩んで色々と書いたものの。
最終的には”もうおまかせ”で、「お祝い」してください。

結局それかい!って裏手突っ込みが入りそうな
リクエストをさせていただきました。
「お祝い」っていうのは、『LOVExぜろ9』が2/14/20102周年ということで。です!
ふふふ♪


自分でお祝い品をおねだりいたしました(汗)
また、キリ番を踏めるようにがんばりたいと思いますっ。

来年の干支であるバニー島村をゲットできるように・・・!!
ウッシー。タイガー。ときたら、バニーで、干支勢揃い♪目指したいです。

最後になりましたが
ワカバ屋さま
素敵なタイガージョーと
虎柄ブラがまぶしいフランソワーズをありがとうございましたっ!!



『頭がとれても僕はしにましぇーん!』=スカール『今日のサリーちゃんのパパ(一人漫才)』=ボグートです。
web拍手 by FC2
ReSET



窓から色を消しに差し込んでくる夕闇の時間を躯が覚えて
しまっていたのに、いつもの時間ではなかったことに、
気づかなかった。

モニターの青白い人口的な光だけが灯り、静かな室内で1人
キーボードを打つ音が浮き上がっては消えていくのを繰り
返し聴いていた。
ナイル川の川底に落ちたような色を肌で感じたとき、やっと
視線をおいかけていた記号の羅列から視線を外して、デスク
チェアから立ち上がる。

「陽が、」

ふと視界に入った右上のデジタル時計の時間と、室内の明るさが
釣り合わず、感覚的に決めていたスケジュールがずれていた。

「……長く、なってきてる」

立ち上がって部屋の窓へと近づく。
奇妙なグラデーションに染まる空は、夕日の色をオレンジだと
塗ったクレヨンが間違いだったことに今頃気づかせられる。


一時も同じ色を保つことができない飽きっぽい性格らしい空。

空気がぬくもりを含み始めたことに過敏に反応し、流行物に敏感な
年頃の女の子のように変化する。


「・・・」


日本の空の色は乳白色に淡くて優しい色だと言った人がいる。

長いまつげを淋しげに揺らしながら、閉じた瞼に入った二重の
ライン。
そのラインの形が、自分が走り書きしたメモを強調するために
ひいた下線によく似ていた。

僕は、その閉じた瞼の瞳に映る空を観ることができないことに
たいする苛立ちを、自分の意思もなく、風にながれるままに、
流されていく雲のように、その場の空気に流してしまっていた。









その空をキミは…


キミは、諦めない。







二度と観る事ができないことを知っていながらも、求めて。

帰ることができない時間に恋して。


愛する者がいない、故郷へと帰っていった。



「フランソワーズ」








こぼれ落ちたキミの音を、耳にするたびに僕は見上げる
空が憎くて仕方がないんだ。

キミをとらえて離さない、空の色を僕は観る事ができない。
知る事ができない。

手を伸ばすことさえ敵わない、キミの空に僕は嫉妬する
どころか。



キミが焦がれる以上に、焦がれている。
キミをとらえて話さない、空に恋い焦がれて。



今日が、終わっていく。









「ジョー、飯の支度ができったってさあ」


部屋のドアがノックされて、答える暇を与える事なく
ドアノブがまわされた。
部屋に入り込んでくる廊下の光が、頼りなく淡くて、
役立たずであったことが切ない。

「なんだ?・・どうした」

窓辺に立つ僕を観て、心配そうに眉を下げて首をのばす
グレートに振り返る。

「別に……」
「…博士はもう食べ始めてるぞ、早くな」
「…うん」

グレートは言葉言い切った後、視線で僕の様子をうかがい
、短く息を吐き出してドアから離れた。
彼の手が一度ドアノブへとのばされたが、途中で止まる。

「……なんで止めなかったんだ?」
「………さあ……どうして、だろうね」

口からではなく、鼻から吐き出した息の圧力は、かすれる
音を作り出す。
その重さが、グレートの不満を正直に僕に伝えた。



視線をグレートから外して、再び窓の外の海とも空とも
境界線のない世界へと投げた。
ドアが閉められる音は聴こえないままに、廊下を去って
いくグレートの足音が聴こえる。


その、彼が踏みならすスリッパの音に、僕は溜め息をついた。







彼女の、軽やかになる音じゃないから。







『ジョー、お夕飯ができたわ。一緒しましょう』






どこで覚えた言い回しなんだろうか?


「………一緒しましょう」


彼女は好んでそのフレーズを使った。





お茶を一緒しましょう。
おやつを一緒しましょう。
買い物を、一緒しましょう…

映画を、図書館を、デパートを……散歩を………夜を、


迎える明日を………








共有した時間の長さが、キミの瞼の奥に描いた空に
勝てなかった。



伝えられた言葉に、彼女はお気に入りのフレーズを
続けることなくエア・チケットを買った。



「………フランスへ一緒しましょう」













一緒、に、”    ”しましょう。

動詞の前に来る、目的語が抜け落ちた、日本語。
わざとキミはその部分を入れないようにしていた?



断言しない言葉使いがキミらしい。
出身国のイメージからはっきり物事を言うと思っていた、
ステレオタイプの印象が崩された。




「……違う、言わなかったんじゃない、言えなかったんだ」


目覚め手以来、たとえどんなに小さなことでも、キミは
常に僕にどこかしら距離を置いていた。


「言わせなかったのは、……僕だ」









……深い海の底に眠る人に遠慮して。









「一緒に、来て欲しいって………僕はちゃんと、言ったじゃないか」




一緒しましょう。





「連れて行ったのが、僕なら……また、帰るときだって僕は、一緒に………」




一緒に。









「できなかった、僕は、キミを待つしか………ないのかな…」


キミが待っていてくれたように、僕も、同じ時間を
同じ想いで。











離れているこの距離を、一緒しよう。
一緒に、この距離を埋めていこう。














見上げる空が、キミと僕の瞳に同じ色で映る日を、
願って。


一緒しようね。







一緒の空を描こうね。

フランスでも日本でもない、2人だけの、空を一緒に
作ろう。











目の前に広がる空の色が深みを増していく。
深みが増していくのを見つめながら、同じ色に
染まった世界で眠っている人に、言葉をかける。




「君と、一緒……に…は……い(逝)けなかった」





ごめん。


………ごめんね。

守ることもできず、救うこともできず、一緒に
旅立つことできなかった。

















”一緒しましょう”



「フランソワーズが、一緒がいいって言うからさ……」




ブラインドをおろす、細い紐へと指をかけた。

天井近くで、その位置を固定している金具を指に
かけた紐を左へと引っ張ることで外す。
ざああっとプラスティックがぶつかり合って、
紐が金具に吸い込まれて。

今日の空を隠した。







「僕も、…………一緒がいいんだ」







開け放されたままのドアを抜けて、階下へと降りる。

リビングルームに入ったら、美味しそうな夕食の香りが
部屋を占領していた。




「どうしたの?今日はごちそうだね」
「新メニューのお試し会アルよ!さあさあさあ!食べるネ!」






フランソワーズ




また、キミと、夕食を一緒する日を………
待ってる。







僕は、…………待ってるよ。








「ジョーや」
「はい。なんでしょう、博士」
「ちょっと使いを頼まれてくれんか?」

















end.







ライン
背景素材/ふるるかさま



				
web拍手 by FC2
| home |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。