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Scent of Love
通路の角を左へ曲がったとき、ふわりと鼻先をかすめた芳香(かおり)にたいして、眼球を左右にきょろきょろと振った。

陸海空移動可能な戦闘機「ブラックファントム」を改めてドルフィン号と命名された機内の通路に不似合いな、と、頭で考える暇もなくそれは消える。

左右の足の運びが濁ったことに003が009の左斜め背後で小首を傾けた。
素早く感じた微かな疑問に歩調を取り戻すことで、彼女のささやかな問いをなぎ払う。
003はそれ以上の動きをみせることなく、沈黙を009への信頼の証といわんばかりに唇を一文字に引き締め、自分の心肺運動の極限に挑戦するかのように、淡(うす)く淡(うす)く鼻からすすり泣くように息を吸って吐き、009の後に続いた。

21世紀の技術力の進化を嘲笑するような戦闘機内の廊下を、009は幼少時にたった一度だけ訪れたことのある大学病院の、何も入ってない四角い不透軽な筒を横倒しにしたような無機質にシンと静まりかえった廊下と似ていると思った。
いったい、どんな素材でできているのか理解(わか)らないブーツは、遠慮のない体重移動にも音を立てることがなく、地上から数万メートル上空を飛行中のドルフィン号は、空圧の変化による鼓膜の耳詰まりも与えない上に、鉄の塊らしさひとつ見せることがなかった。

目的のコンパートメントの扉前まできて足を止めた009は、自分が指を差し出すよりも早く003の指がタッチパネルに触れるのを、出しかけた指を腰の光線銃(レーザーガン)の柄を撫でることでごまかしながら、また、鼻先をかすめた芳香(かおり)に反応した眼球を、瞬きすることでその動きを制しながら観ていた。

ここが戦闘機内でなければ、どこかの花瓶にでも花が生けられるのだろう。と云う発想が自然に起こり、視界(ビジュアル)でその芳香(かおり)の元を確認するようなことはしない。




---いったいどこから、・・香ってくるんだろう・・・・。



不似合いかつ、あり得ない環境だからこそ、気になった。





タッチパネルから送られる単純な命令に従じることしかできない扉に心傾けることなく、室内に足を踏み入れた009に続いた003の背後で扉が閉まった。


軍事用戦闘機に相応しく、適した物品が保管されている室内で、またあの芳香が009の鼻孔を擽り、彼がここまで足をむけた目的をからかうように、消えていく。


「009,私はこっちを探すわ」


背後にいた003が009と並び、彼の前に立って彼の利き腕と同じ方向を指さしたけれど、そちらには興味がないとばかりに003が指さした方角へは視線を向けず、指さしている003を見た。


「009?」


首だけ左肩に顎を乗せるような動きで固定していた003が、一度自分が指さした方向へと首を振り、今度は、腰をひねらせて009の様子をうかがうように振り返った。


「ああ、見つけた」
「え?どこにあるの?」
「ここ」


つんっと、タンバリンの皮のように張りつめていた皮膚を、やんわりと緩めながら、009は003の肩にぽん。と、軽く手をのせた。


「!」


いつでも009の緊張が、初冬独特の冷たさに肌を痺れさせるような感覚で伝わってきていた。
009の面立ちには必要のない眉間の皺の線に、長く斜めにかかった前髪に隠された瞳はそのぱっちりとした二重の形は狡猾に自分のキャリアを計算する新人俳優のような不安定さにつり上がり、今の自分には必要不可欠な道具(アイテム)だと言いたげで、それらを手放すことを固く拒んでいるようだった。


「003だったんだ」


そんな彼が、いま、少しはにかむように唇の端っこをあげ、いままで気付かせることがなかった見事な頬骨の高さを強調し、目元を緩ませたときの瞳の反射を変えたことによってみられた褐色から金茶色に煌めいた眼差しで、花が咲きこぼれたように、微笑んでいた。


「・・・・・は、い・・・・・・」


噛み合っていない会話にたいして、009が何を指してものをいっているのかもわからないが、003は009がそういったのなら、そうなのだろう、私なのだろう。と、伝令のために大地を蹴り上げてかける早馬でさえ追いつけない勢いで心臓をかきならしていた。


初めてみた、009の笑顔に。












「003,って、時折、花のような香りがするんだね」


















初めてかわした、ジョーとの会話に。



end.










恋いに酔う=香りに酔う・・・扉を開ける(3)、踏み込む(9)=がっつり3のハートに忍び込み♪気づくのです♪(おいおい)。

恋が始まるきっかけを書くの・・好きです(←いまさら言う事かい?)。
*
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恋心に科学の進歩は役立たず?
メールを書くよりも、葉書や手紙の方が好きなの。

紙の上に描く言葉に修正をいれるのはあまり見栄えのよいものではないし、心地よく文字の上を春風のようにさらりと触って欲しいから。

間違いがないようにね、手書きのものには必ず下書きをするの。

頭の中で思い描いたままにペンを走らせることは、とても楽しいわ。
それはまるで、懐かしいアルバムを押入の奥から引っ張り出してきたときの、嬉しいようで恥ずかしく、愛おしい感覚にとても似ていると思うの。


メールってそういう必要がないでしょう?
もちろん、言葉を伝えることに、書く方法や内容が手紙とメールとで違ってしまうことはないのよ。
メールの方が書くのも、相手に届くことも、”手書き”よりも早くて便利なのは十分に理解した上で、考えた結果なの。


急用か緊急事態でない限りは、メールよりも葉書か手紙をって、ね。
昔から、筆まめな方だったから。(この日本語の”まめ”って使い方が好きよ。可愛いわ!)


手紙を書くのには、十分な準備が必要なのをわかっていて?
レターセットを選ぶところから始まって、使うペンに、下書き用のノート。(これは前回何を書いて送ったのかを忘れたときに、とても便利なのよ。他にも色々と役立つの。ページが進めばちょっとした日記になって、面白いからお薦めよ。)

レターセットも相手の雰囲気や好み、こちらの季節や、今好きなものとか、色々と相手に伝えたい言葉以外の伝達方法でもあって、選ぶのにたくさん時間がかかるし、お店を何軒も廻ったり大変なんだから。
その大変なことが楽しいのよ。

葉書も同じね。

手紙を出すほどのことではないけれど、伝えたい言葉があったらその場でさらり。と、書けるのが気に入っているわ。
葉書自体に切手代が含まれているのはとても便利なのだけれど、できるだけ手帳に切手シートを挟んで持ち歩くように心がけているの。アナタへ送るには追加料金が必要ですものね。

いつか、そんな葉書がアナタの手に届くことだと思うわ。



住所は日本の住所よりもずっと簡単で、すらりと覚えることができたわ。だけど、手帳の中の、アナタが書いてくれた少し癖のある字をみなくていいというのが、せっかく書いてくれたのだからと言う気持ちもあってね。覚えてしまったにも関わらず、手帳を開いてアナタが書いてくれた住所を見ながら宛名を書いてるの。

アナタのこの字をみていると思い出すわ。
これを、私の手帳に書いてくれたときの、アナタを。

ジェットからのヘルプに答えて訪れたNYの「おみやげだよ」と云って、ラッピングもなく目の前に置かれた、真新しいブランドものの手帳(大きさから言えば、私にとっては日記帳なのだけれど)。
買い出し用のメモを取っていた私の手からするっとペンを引き抜いて、手帳の”持ち主”が書き込むべきインフォメーション・ページの部分に、アナタの未来(現住所)を書いて渡してくれたわね。


聞いたのよ、ジェットからね。
私が好きそうなお店があるってアナタを連れて行ったのだけれど、バッグがメインの店なのに、なんにも面白くもないでっかい手帳を買ったことに呆れた、って。
アナタにはまったく(女性への)プレゼントのセンスがない!のですって。

ケイト・スペードってというお店のなのね?
私はアナタが手帳を選んだことよりも、ジェットが女性が好むブランドに詳しいこと、そっちに興味を持ったわ。

明るい色の組み合わせに、大胆なデザインでいてとてもすっきりとしいて活用的なカバンをウェブサイトで覗いたわ。私はどちらかといえば、カバンよりも靴の方が気になったかしら。


「次回のNYのおみやげに楽しみにしているわ」なんて言ったら、アナタはプレッシャーに感じてしまうかしら?

それとも、なんて図々しいんだって、呆れてしまう?
ねえ、どっちかしら?



















ねえ、ジョー....





















移動の多い、アナタへはメールにすべきなのかもしれないけれど。
簡単に書いてしまえるでしょう?
指をキーボードに走らせるままに、メールは簡単に私の思いを書き込んでしまうの。
それで、気持ちのままに書き殴ってしまった文章を、もしもうっかり送信ボタンを押してしまったら?



「うっかり押してしまうハプニングがあればって本当は、願っていたりするのだけど」



フランソワーズは、手帳(日記帳)から視線をあげて、手帳に文字を書くために斜め前に移動させた13incのラップトップコンピュータへと視線をおいた。
設定されている通りに、HDの中のフォトアルバムからランダムに写真を選択するスクリーンセーバーは10分ほどでスリープ機能にかわる。

黒いウィンドモニタの下、中央に、コンピュータがスリープ中であることを知らせる円いランプがゆったりと点滅していた。
ペンを持ったままに腕を伸ばして、タッチセンサプレートの上に指をおき、優しく撫でた。けれど、それではスリープ機能は解除されず、フランソワーズの人差し指はすっと移動してreturn キーをダブルクリック。


エア・ネット回線で繋げたブラウザ内に、彼の手によって持つことになったフリー・メールのアカウント。
新規メールの内容文に、書きかけの文章が現れる。





『ジョーへ。

日本は春に別れを告げて、夏の準備に入りました。
梅雨入りまでの、季節と季節の境目にいる今は、お天気は不安定で熱かったり寒かったり。まるで壊れたトースターみたいよ。』



キーボードを操作して、いくつかフォントを変えてみた。
そして、同じ文章を、左手を添えて押さえているページに書いた。
















『ジョーへ。

日本の春は過ぎ去って、梅雨入りまでの季節と季節の境目にいる今のお天気は、不安定で熱かったり寒かったり。まるで壊れたトースターみたいに感じるわ。』







フランソワーズは、ペンをおいて、国語の教科書でも音読するように 手帳を手にとり、コンピュータ画面に映る文章と読み比べた。














「.....私、何をやっているのかしら」


不満そうに呟いた後、フランソワーズはコンピュータも手帳も閉じて、テーブルの上に突っ伏すように重ねた腕に頭を埋めた。


「手紙よりも葉書よりも、メールよりも、何よりも.....一番なのは、声を聞くこと、それよりも、」




会いたい。

会いたい。








会いたくて、声が聞きたくて。









会いたい。



笑って欲しくて。
その笑顔が見たくて。



だから、会いたくて。














ジョー。

呼びたくて、



フランソワーズ。

呼んで欲しくて。

















直接、言いたくて。















電話でも、いいけれど。
電話だと、タイミングがわからないの。










「.....もう、3ヶ月以上も」


アナタがくれた手帳いっぱいに、アナタに伝えたい言葉を書き続けてる。
その下書きを、清書させた手紙は1枚も仕上がらなくて。

メールフォルダの下書きには、書きかけのアナタ宛へのメール。
二桁から三桁になろうとする保存数を表す数字が太字でマークされている。

ジョーが旅立ってから取ったコミュニケーションと言えば、”私たちだからこそ”の、連絡。それに使用したいくつかのメールの最後に彼が心配しないように書き足した、1,2行の挨拶文。と、送って欲しいと頼まれて荷物にいれた、カードと邸のまわりの風景写真。(自分の写真をその中にいれるなんて、できないの。)


重ねた腕の中は、フランソワーズが吐き出すため息でいっぱいになり、なま暖かく、二酸化炭素過多で、少しばかり息苦しさを感じる。

腕とテーブルの間にある隙間から入り込む空気では、フランソワーズが吸い込み吐き出す量に追いつかないようだ。
彼女の腕の中の狭い空間は、彼女の胸に支えている悩みと同じ色と重さと、息苦しさを再現していた。



「......お誕生日、おめでとう」



彼の、誕生日まで一週間を切った。
手紙でも、葉書でも、最速便を使っても、16日に届けるためのリミットは明日の午後。
メールでなら、時差を計算してもまだ十分に間に合うけれど。






「私からのお祝いなんて、いらない......かも?」


彼が旅立ってから、個人的に連絡をもらったことなどない。
こちらに暮らしている”みんな”と一括りにされた、荷物のお礼のメールや、博士宛に必要な連絡の最後に添えられた、彼らしい簡潔な近況報告。


先週に、向こうでは手に入らないらしいいくつかの日本食品と一緒に、”みんな”で選んだ、彼へのプレゼントをすでに贈ってはいたのだけれど。













ジョーの誕生日というきっかけがあれば。
今度こそちゃんと。




「.....手紙でも、メールでも、なんだって送れると思ったのに.....」


フランソワーズは、ゆっくりと頭をあげた。
腕に押しつけていた額のせいで、前髪が変な風に歪み、前髪にはりついた。


「もう.....」


額にはりついた前髪のせいで感じる痒みを払う。
そのまま前髪をかきあげて、フランソワーズのトレードマークであるカチューシャを、はずした。
耳に触れないでいた髪が、押さえをなくして、耳に、頬に、カーテンをひくようにさらりと流れた。


「もう、いっそのこと、当日に電話しちゃった方が、潔いのじゃないの、フランソワーズ」


フランソワーズは、テーブルに閉じて置いていた手帳を、カチューシャと交換するように手に取ってインフォメーション・ページを開いた。
そこにある、ちょっと癖のある字で書かれた、自分の名前と、ジョーが暮らしているアパートの住所と電話番号。



手紙か葉書、カードは明日の午後がリミット。
メールか電話なら、時差を計算した当日まで。



「.....電話でも、なにを話すか決めておかないと..........」



フランソワーズは、手帳を開いて、新しいページに日付を書き込んだ。



5/16

手紙を送れなかったら、絶対x100電話かメールをすること!

電話で話すこと。
1.お誕生日おめでとう
2.近況を聞く
3....








end.

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BELIEVE @ニアピンキリリクver,2!/水無月りらさまからいただきました。
BELIEVE ライン 腕に抱き寄せた温もりにしがみついて、左の頬を規則正しく時をきざむ音にすり寄せた。 「どうしたの?」とささやく声が天空(そら)から空気に舞う綿毛のように、頬に触れる。 「どうしたの?」と、ふわりっと僕の頬に触れていた、それが今一度舞い上がった。 「...別に」 彼女の胸の中で、首を左右に振った。 すると、規則正しかった音が少しだけリズムを乱し、つんのめるように、一拍早く僕の耳に届いた。 「..そう、」 遠慮がちに、彼女を拘束する僕の腕に添えられていた羽毛のように、軽く感じられていた手が、 次第に重さをましていき。僕の二の腕から、肩へ、背へ、髪をわけいって、大胆に僕に触れ始めた。 僕はいま一度、彼女を抱き直した。 「別に」 静かな波音に紛れて、僕の誕生日を”理由”に飲みあかす声が階下から響いてくる。 「何も、ないよ。、...今日、この日にそういう気分でいることが、少し、難しい..だけだから」 僕からは、彼女がどんな表情(かお)で僕を観ているのかは、わからない。 「気にしないで、毎年の、ことだから」 「...」 僕に触れている手と。 僕に触れられている、躯と。 舞い降りてきた、キス。 彼女の息づかいといっしょに、やわらかな温もりを頭のてっぺんに感じた。 「十月十日..」 「...」 「ジョーも、私も、みんなも、...世界中の人が、同じように愛されていた」 「.....」 「体もこころも、すべて愛されていたの。それは絶対に揺るがない、変わらない、真実よ」 「.....」 「ジョー、が、ここに在(い)る。それが、....すべて」 「.....だけど」 「信じないと駄目よ」 「しんじ、る?」 「そう...ジョーが信じないで、いったい誰が、...信じるの?」 「.....何を、信じればいい?」 「ジョーが、ジョー自身のこころを信じていれば、それが...すべて。真実よ」 「.....キミは信じているの?」 「もちろんよ」 「キミは信じてくれる?」 「ええ、..ジョーを」 「こんな、..僕なのに?」 「愛しているわ」 「.............」 愛しているわ、ジョー。 ---信じて、・・・ ジョー、私の大切な、大切な.....。 kiririku-63393_nakijoeup2.jpg --- 信じる...?--- 「...僕の、お母さんってどんな人だったんだろう...」 「...ジョーが信じているような方よ、そして..」 「?」 「......きっと癖っ気の髪に苦労した人だったんだわ」 泪で滲んだ視界は、彼女がどんな顔でそんなことを言ったのか、よくみえなかった。 ---別に、...そこは似てなくてもいいけれど--- 見上げていた顔を、彼女の胸へと戻して、瞼を閉じた。 ---そうだと、...本当は、....いいかも、..嬉しいかも、れしない,,,---- 「....あと、泣き虫さんなところ、とか、かもしれなくてよ?」 彼女が、3回目のキスを、僕の頭のてっぺんに贈ってくれたとき。 僕は、僕が僕の”お母さん”とひとつだったときを、思い出そうとした。 「ジョー,,,」 ---ジョー.... フランソワーズの、声が、僕が押し付けている頬に響いた。 懐かしい、と、思ったのは、どうして、だろう.... 「ジョー.....愛してるわ」 ---愛してるわ。 「僕も、だよ...」 「産まれてきてくれて、ありがとう」 ---ありがとう... 「ジョーを産んでくださったジョーのお母さんを、私はジョーと一緒に信じてる、...愛してるわ」 ーーー信じる,,,よ、...僕の愛を--- 彼女は、波打ち際に打ち上げられた貝のように、白くほっそりとした指で、僕の涙に、触れた...。 愛してるわ、ジョー,,, o21.jpg end. ライン joe-banner2.jpg 水無月りらさまからイラスト”ニアピン・キリリク”でいただいたのとは 別バージョンの「瞼を閉じたジョー」を一緒にいただいてました。 「温かい泪であってほしい」と願って ジョーの泪を描いてくださった、水無月さんへ。 彼の泪は、 自分を愛してくれる人のために、 その愛してくれる人を愛するために、 そして、自分を愛し、信じるからこそ、記憶にない、母も信じよう。 愛し、愛されていた、と。 自分が、腕に抱く人を愛しているから。 ”愛する”ことができる人間であったから。 過去の冷えきった自分を、この泪で温めてほしい。 まずは、素直に自分の中の”母”を信じて。と、いう気持ちで。 素敵なイラストを本当にありがとうございました!! 背景・イラスト素材/ふるるか
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映画のようにはいかない現実
とつとつと、降り出した雨が窓をノックし始めた。
邸の中で一番にそのノックに気づいたフランソワーズは、急ぎ足に部屋から出ると、二階から一階への階段をすべるように駆け下りて、リビングルームのガラス戸を左右に開いて天空(そら)を見上げた。

「まあ、・・風もでてきたのね」

降り出した雨粒の大きさに、慌てて庭用のサンダルに足をとおした。

「シーツ類は明日にして正解だったわ」

午前中に干した日常の衣類は、まだ”完璧”とは言えないまでも、手に触れてみて湿気を感じなくなっていたことに一応のOKサインを出す。手早く用意しておいた洗濯カゴに衣類を放り入れて雨から救出した。

「・・・雨が降るのはもう少し、後だと思ったのに」

”午後の”降水確率を朝のニュースでチェックしていたけれど、フランソワーズの予想よりも早く雨雲は邸の上空へとやってきた。
駆け足気味にスリッパをならしながら手に持った洗濯カゴの中の衣類を、押し入れを改装したランドリールームに置いた後、髪やブラウスにしみ込んだ雨色の香りをキッチンで用意する紅茶で消す。

ポットで湯を沸かしている間、キッチンとダイニングルームをわけるカウンターに置かれたデジタル時計をチラリと確認する。

「・・・・んー・・」

同時に、頭の中に描いたレシピと、フランソワーズ専用の”棚”の中に隠している”それら”と、”それら”を形にする時間を逆算する。

「始めちゃってもいいかしら?」

湯にかけていたポットが、沸騰したことを報せる音を、ぴーっと鳴らした。
それはまるで、フランソワーズに”開始”の号令を出すように。




雨脚が強まって、ばらばらと読めないリズムが邸の窓ガラスを叩く。
空の色が薄く引き延ばされた布に覆われて、薄暗く、昼間だと言うのに、リビング、ダイニングのルームライトが煌々と光る。

「ええっと、・・・・ドライイースト・・は・・」

キッチンでお菓子作りをしているときは、ダイニングルームの壁に埋め込まれたTVは付けずに、ラジオで適当なクラシック曲を探し、音量を最小メモリにセットして聞くのが常だったけれど、今は、最近になってようやく自分好みなサウンドチョイスが整った、ラップトップ内のミュージックソフトを、ランダムにかける。

キッチンカウンターは何かしら場所を使うので、ラップトップはダイニングテーブルに置く。
作業を手に止めなければ、聞こえない最小ボリュームは、ラジオをかけていたときと同じ。
そんな彼女の”好み”を理解できない誰かさんの手によって、専用の”スピーカー”を購入された。けれど、その小さくて持ち運び便利なピンク色のスピーカーは、コンピュータと一緒にダイニングテーブルの上に乗るようになっても、特に音量は変わらなかった。



作業と作業の合間の雨の音に紛れたサウンドは、切れ切れにフランソワーズの耳に届く。
聞き慣れたフレーズにあわせてメロディを口ずさめば、耳から音が消えてしまう。

キッチンの中央に移動式の作業台があり、その上に常備されている物と、買い足しておいた物を並べ、デジタル式の計りで必要分量をパーフェクトに取り分けた。

強力粉に薄力粉、グラニュー糖に、..特別に手に入ったブルターニュ産の塩バター。
洋菓子専門の輸入ショップでもなかなか入荷されないそれをみつけたとき、興奮のままカゴに納めたときのフランソワーズの様子を見ていた彼が言った。


『たかだか・・・バター・・を、そんなに嬉しそうに買う人って初めてみた』


苦笑しているのか、呆れているのか、なんとも微妙な眉の下がり具合を思い出して、くすっと微笑んだ。
その嬉しくてたまらずに購入したバターもきちんと計り、すべての下準備を整えたころ、フランソワーズは手を止めて視線をダイニングルームへとむけた。





風に翻弄される雨音と、スピーカーから流れる軽快なサウンドのミスマッチさが浮き彫りになる、静かな邸の中。
離れたガラス窓に映ったキッチンカウンター奥にいく自分にむかって、フランソワーズはにんまりと微笑み、再び作業に戻った。


粉をふるい、牛乳は一度沸かしてから冷ます。常温に戻しておく必要のあるバターを、ちょっとだけズルをして、早めにそうなるようにしむける。

ドライイーストを混ぜて、ブリオッシュ風の生地を作り、1時間ほど寝かせて発酵させる。


ティーコゼーの中でぬくぬくと保温されているティーポットから、二杯目の紅茶を滝れて、ダイニングルームへと移動し、リビングルームに置かれているマガジンラックから家族の誰かが適当に買って来る雑誌のなかから、読めそうなものを選び出す。
「今こそパワーアップ!/あなたが求めているエネルギーがここにある!」という国内の”パワー・スポット”特集があった雑誌と一緒にリビングルームに戻り1時間かけて隅々まで読んだ。

どうやら前の”GW”のための特集らしい。

「・・沖縄、かあ・・・ハイビスカス・ティってどこかで買えないかしら?・・あ、この紫芋アイスクリーム食べてみたいわあ」

フランソワーズが注目したのは、パワー・スポットの”おまけ”のようなご当地食だった。







「・・・いい感じね」

4杯目の紅茶にため息をついた後、フランソワーズは再びキッチンへと戻り、作業を再開した。

ここからが、手間なのだ。と、独り言を呟いて。

さくっとしながらも、しっとり重めにバターの甘さを感じられるのは、これからの”練り込み”にかかっている。

ひんやりと冷えた生地にむかって、フランソワーズは両手を会わせてお菓子の神様に祈る。


「どうか・・成功しますように・・・」







作業台の上に、大きめの木のまな板をおき、ローリング棒を手に取った。

一辺が25~30cmくらいの正方形に伸ばし、織り込み用に用意していたバターを15cmくらいの大きさで四隅から包み、バターと生地をしっかりと密着させてローリング棒で伸ばし、三つ折りにさせて、冷蔵庫で冷やす。を、二回(計三回)繰り返した。

生地を冷やしている時間が短いので、その合間に次の行程の準備をする。
雨の音は止むことなく邸の窓を叩き、時間の経過が解らなくなるような感覚に陥るのを、うっすらと流れる曲順がそれを妨げてくれた。







焼くための”型”作りをしながら、そっと耳を澄ませて二階の様子をうかがい、カウンター・テーブルの上のデジタル時計を睨む。


「・・・お昼食べないつもりなのね?」


”声”をかけない限り、忘れられちゃう。なんてことは、いつものことだけど。と、ため息をつく。
用意できた”型”と、繰り返した作業の合間に、やってくると思っていた人は、フランソワーズのちょっとした期待を裏切った。


『あれ?・・今日は何を作ってるんだい?』


覗き込んできては小さな子どものように、背中にひっついてキッチン内に居座る彼が、好き。


『ふうーん。そうやって作るんだ・・・って、なに?その砂糖の量!えっ...そ、そんなに入れちゃ駄目だよ..少し減らしてよ..お願い、ちょっと、入れ過ぎだよっ』



毎回、投入する砂糖とバターの量に同じリアクションで慌てる彼が、好き。














「もうちょっと・・ね」


にまにまと、唇の両端が引き上がり、頬を高く高くしながら、手に調理用の霧吹きボトル。
軽く吹きおえた後は、約1時間、温かい場所で発効させる。






紅茶でたっぷりふくれたお腹には、”お昼ご飯”は必要ない様子。そして、二階の人も、どうやらこちらに来る気配が伺えないので、発効している間、ランドリールームでアイロンがけをして過ごすことに決めた。







***

リビングルームから、ダイニングルームへ。
つけられっぱなしのコンピュータから淡(うす)く流れる曲を耳にして、くすっと微笑んだ。

カウンターテーブル越しにみるキッチン内に人影はなく、そのまま足をすすめてキッチンの中に入って行く。


「・・・これが今日の昼ご飯?」

キッチンの作業代テーブルに綺麗に並べられたパンのような、何か。
カウンターテーブルの上のデジタル時計を観れば、おやつの時間から30分過ぎている。
キッチン内に漂う甘い芳香(かおり)を考えれば、これは”ご飯”というよりも”お菓子”だと考える。

まだ焼かれていない”パンみたいな”それを眼の前に、うっかりしていたお腹がぐうっと鳴った。

「・・・何かないかな?」

キッチン内をぐるっと見渡せば、まだ片付けられてない使われた器具たちが我が物顔で居座っている。

「ない、・・な・・・。フランソワーズも食べてないのかな?」

キッチンから出て、左右に首を振る。
右手に、リビングルーム。
左手側はから、やっと鳴り止んだ雨音に似た音で近づいて来る、彼女がみえた。


「ジョー!」
「やあ」

フランソワーズは、少しだけ唇を尖らせて自分のご機嫌がいつもよりも斜めであることを示すが、彼はのんびりと微笑んで、まるで町中で出会った同級生にむかって交わす挨拶のように、片手をあげて、彼女のご機嫌斜めを軽くそらした。

「”やあ”じゃないわよ、もう。お昼を食べてないからお腹が空いたのでしょう?」
「そうなんだよ、とってもお腹が空いてるんだ」

キッチンの入り口前で、2人は向かいあって立つ。
見上げてくるフランソワーズの視線に、朝食時に”昼ご飯”までには片付くから。と言った言葉を思い出した。
今そんなことを思い出した自分にむかって情けなく眉根を下げつつ、ジョーはフランソワーズに尋ねた。

「・・・”アレ”すぐに食べられるようになるの?」

フランソワーズはふうっとため息をこぼして、小首をかしげる仕草でジョーに問い返した。

「”アレ”を焼くのに、30分はかかるの、待てるかしら?」
「うーん・・お昼ご飯って、・・・」
「別にあるわ」
「そうなんだ・・うー・・・ん、どっちでもいいけれど・・」


キッチンへと顔ごとむけたジョーの横顔。


「...ジョー」
「なにかな?」

ジョーはキッチンにむけていた顔を、フランソワーズへ戻した。

「........今日のランチメニューは、ほうれん草とハムのキッシュと、サラダよ。電子レンジですぐ温めるわ、サラダはできているの」
「いただきます」
「じゃあ、テーブルで待っていて」
「手伝うよ」
「すぐだから、大丈夫よ」





いつものように。とは、ちょっと時間が違うけれど、ジョーの昼食を用意し始めた。いつの間にか、音量が上げられていたスピーカーから、軽やかにアコーディオンの音が流れだす。

フランソワーズとは少しも曲の好みがかぶらないからこそ、どこかで聞いた事のある、と言う感覚がジョーの興味をひいた。
フランソワーズのパソコンのタッチパネルセンサにジョーは人差し指をとん。と、落とした。

モニタの上を覆っていたスクリーンセーバーが消え、代わりにABTのプリマドンナが高く足を上げてポーズを決めた、デスクトップピクチャがジョーの目に飛び込んで来る。

その写真の人物の顔を一瞬でフランソワーズに置き換えた自分を誤摩化すように、ジョーの指がちょっと乱暴に再生中のミュージックソフトを仕舞われていたドックからデスクトップへと出した。

「...ああ、・・」

今流れている曲が、フランソワーズが好きそうだ。と、ついでにレンタルしたDVD(映画)のサウンドトラックであると、知った。

それは、数年前に流行ったフランス映画。


その映画に関するジョーの感想は、映像が綺麗で可愛らしい話しだなだった。

淡泊な感想しか持てなかった映画だった自分だったけれど、サウンドトラックを購入するくらいにフランソワーズが気に入ってくれていたことを知ったジョーは、映画の内容を思い出しながら、モニタから視線を外して、キッチンカウンター奥にいるフランソワーズをみつめた。




映画の最後、主人公の女の子が作ろうとしたお菓子に必要な材料が足りないと気づいたとき、ちょっとした想像力を働かせて、片思いの相手との”素敵な出来事”を頭の中で想像して。

それが”現実に”・・・。





「お待たせ、ジョー」
「ありがとう」

トレーに乗せられてやってきた昼食に、満面の笑みで礼を言う、ジョー。
答えるように頷いて、微笑み、テーブルに並べるフランソワーズ。


雨上がりの空は、淡(うす)く、引きのばされた雨雲の隙間をぬって温かな陽射しを降り注ぎ、葉や草花を飾る雫がきらきらと宝石のように輝き始めていた。


「`アレ`ね、焼きたてが一番美味しいの、この後にも食べられそうかしら?」


流れている曲の6/8のリズムが、今の2人の胸に心地よく跳ねる。


「今日は、何を作っているの?」
「クイニーアマン(kouign amann)よ、知ってる?」
「ん....名前くらいは.............ところで」
「なあに?」
「材料に足りないのなかった?」
「え?」
「...そういうときは、僕がすぐに買い足しに行くから、僕に言うんだよ、いいね?」
「え.......ええ、? そんなときには、お、お願い..し、..ます?」
「うん! いただきます」
「?」









end.





*映画は『アメリ』です。好きです。観ていない方には、解りづらい展開でしたら、すみません。

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