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恋の味。
舌が落ち着きをなくして歯列を左右になぞった感触が胃へと落ちた。
手に抱え込んでいたファイルから視線を外し見上げたリビングルームの壁。

「5時前・・か・・」

アンティーク調の四角い1から12までの数字を指す針は、中途半端だった。
夕食はそういう規則があるわけでもないけれど、いつも7時過ぎくらい。なので、あと2時間ほどまたなくてはならないと思うと、意識したがゆえに胃が確実な食物を訴えはじめる。


小腹が空いたというやつだ。


空腹感を埋めるものは何がいいかと考えながら、リビングルームのソファに沈み込ませていた姿勢を正した。

「・・ジュースくらいじゃ、間に合わないかな・・・」

口がなにか甘いものを欲している。
胃のあたりに手を置き空腹具合を確認しながら”甘いもの”のイメージをいくつか頭に浮かばせた。

「そんなに都合よく、冷蔵庫に・・・」

チョコレート、チーズケーキ、そして(そのときどきのフルーツを使った)ショートケーキ。
チーズはレアよりもスフレタイプの口の中でふわりと消えていくようなのが好み。

「ケーキなんて・・・」

それら3つのケーキはフランソワーズがよく焼いてくれる。
昼食のあと、ほどよく時間が経過し喉の渇きを覚え始めるころに声がかかる。
「今日もね、どうかしら・・?」と。

ドルフィン号の中でも、材料があるとき。そしてミッションが遂行されてさえいなければ、フランソワーズはいそいそとキッチンで甘い香りを漂わせていた。

それは属に”三時のおやつ”だと思う。





「ないよな・・・」

キッチンでドア開けた冷蔵庫の心地良い冷気が全身を包む。
オレンジ色の輝く室内に礼儀正しく並んでいる新鮮で美味しそうな食物たちには申し訳ないため息をジョーは吐いた。
膝を折って屈んだ姿勢のまま視線を冷蔵庫内を漂わせる。すぐに口に放り込めそうな甘いものはないかと考えながらも、未練たらしく写真のような2D映像のケーキをふわふわと浮かばせて。

小腹が空いたから、甘いもの。=ケーキとは。
どうやらかなりフランソワーズの影響を受けているようだ。


「そういえば・・今日は食べてない・・か」

いろいろな種類のパウンドケーキにパイ、クッキー、蒸しプリン・・エトセトラ、エトセトラ。
甘いものに困った記憶がない。

「当たり前だけど」

低く唸る冷蔵庫の動作音が、ドアを開けっ放しにして逃げていく冷気など気にせず考えるジョーに抗議しているようだった。

「・・・ヨーグルトくらいしかないなあ」

さほど甘いものに興味がない自分であっても、毎日折り目正しくお茶と一緒に出されるそれらが当たり前になっていたことに気づいた。
なんだか胸の斜め上あたりがむず痒い。


ーーー早く帰ってこないかなあ、フランソワーズ。


腕を伸ばして手に取った、ずっしりと重いヨーグルト。450gはまだ誰も手をつけていない真っ新な重さ。

「いやいやっ、別に・・」

仲間がみんな邸を出ているのにも関わらず”フランソワーズだけ”を思い描き、誰もいないキッチンでひとり、ヨーグルトを手に否定する。


ーーーフランソワーズだけってわけじゃっ・・・。

「そうだよ、みんなに早く帰ってきてほしいよっ僕はっ」


頭の中ですべてを否定すればいいのに出来ず、口にだしてしまっているジョーの動揺具合が測ることができる。

勢いよく折っていた膝を伸ばして立ち上がる。
照れ隠しに対する八つ当たりに近い勢いで閉めた冷蔵庫のドアが、誰もいないキッチンを超えてダイニングルーム全体に響いた。

「留守番役なんてっ・・・・引き受けるんじゃなかったっ!」

作業台の上に乱暴に置いたヨーグルトの蓋を勢い良く開ける。付属している砂糖を避けて、白いセロファンのカバーをベリベリと取った。
裏側についているヨーグルトのため手にセロファンらしくない重さを感じる。それをそのままゴミ箱に入れるわけにはいかないので、躯を反転させて流しへと放った。
いつもなら、ちゃんと食べたい分量だけ器に移すのだけれども、反転させた躯の勢いに載せて素早く動き、食器棚の引き出しからスプーンを取り出した。
ヨーグルト容器にスプーンを突っ込み、避けていた付属の砂糖が入った袋を開けると、それをすべていれてグリグリとかき回す。
夕飯前に450gのヨーグルトを食べきれるのか。なんて考えはジョーの頭に今はない。

「あああっもうっ!!」

頭の中に居座っているフランソワーズを振り払おうとすることだけで精一杯。
仲間なのだから、彼女のことを思い浮かべても何も問題ない!と頭の端っこではわかっている。

「あああああっっ」

ジョーのヨーグルトの中に入れた砂糖を混ぜ合わせる動きはまるで、頭の中のフランソワーズをも一緒にかき混ぜて消してしまおうという動き。

「っ・・・・・」

手を止めたと同時に持ち上げたスプーンを口に投げ入れた。
冷たい甘さよりも酸っぱさが目立つヨーグルトの味は、どこか胸に響いた。

「・・いっ、今の僕はっ・・そのっお腹が空いてるからさっ・・ふっフランソワーズの”ケーキ”が食べたいってことだよっうん!」

ゆっくりと口からスプーンをだして、またヨーグルトの容器へ。
二度三度とジョーの口と容器とを往復し、ゆっくりとヨーグルトを持ったままキッチンから出て行った。



ジョーの頭の中のフランソワーズは、いまだ可憐に微笑んでいる。








end.

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新しいルール /幸せのカタチ

「ジョー。風呂、あいたぞ。」

肌触りの良いコットンパジャマの色は、落ち着いた濃藍色。
縁取りに白いラインが入っているそれは、「welcome back home」の言葉と一緒に日本滞在組がジェロニモにプレゼントしたパジャマだった。

「了解」

風呂に入ることを促されたジョーはフランソワーズとダイニングテーブルに隣り合って座り、アルバイトの帰りに必ず出ているだけの数をまとめて買ってくる新聞紙を読んでいた。
乱雑に広げられた新聞紙の上にはフランソワーズが淹れた冷たい麦茶にジェロニモの視線が留まる。

「オレもいいか?」

室内の温度よりも冷えていたためガラスコップに水滴をつくり、新聞紙を濡らしてインクを滲ませていた。けれどジョーは全く気にしていないらしく放って置いている。

「うん・・、どれでも持っていっていいよ」

通勤電車でよく見かける八つ折りにして手に持っている新聞以外は全て読み終えているようだ。今のジョーにとって読み終えた新聞紙たちは揚げ物を作ったときに使う油取り用の紙に等しい。

「ねえ、ジェロニモ」

首にかけていたバスタオルをはずし、麦茶の入ったグラスを繊細な手つきでそっと持ち上げ、グラスの周りについた水滴を拭り、テーブルに置き直した。

「なんだ。」

ジョーの隣りで手作りのブックカバーを施した薄い文庫本サイズの本を手にしているフランソワーズが、彼を避けるように前かがみに躯を倒した。片方だけで頬杖をつきジェロニモを見上げる。

「甘いモノが嫌いになったの?」
「?」
「あー・・そういえば、ジェロニモ、最近はデザートをいっつも残してるよね」

ジェロニモは首をかしげながら、思い出す。
今日の夕食だったメニューはトロトロふんわぁり卵が絶妙かに玉。そしてワンタンスープとほうれん草とモヤシのナムル。他には飲み物くらいで”デザート”と呼ばれる食品が並んでいた記憶はない。
しかし、ジョーの言い方では夕食毎に何かしらデザートがあるようだ。

「今日は、イチゴなんだけど・・もしもジェロニモが食べないなら私がもらっちゃってもいいかしら?」

イチゴ?と、フランソワーズの口から出た果物の名を反復しながら、ジョーの”いつも残している”が胸にひっかかった。
ジェロニモJr.こと005がアメリカ・アリゾナ州から日本へと引っ越して来て片手以上の月が過ぎた。けれど、夕食に”デザート”が出てきた記憶はない。

「ジェロニモはイチゴ嫌いだったかい?」
「いや。好きだが。・・・」

ジェロニモは不思議そうにジョーとフランソワーズの顔を見比べる。

「甘いものが嫌いになってしまったの?」
「なっていない。」
「そうだよねえ、・・・おやつは僕らと普通に食べてるしさ」

すこしばかりジョーが頭を傾けた。
その仕草がどこかフランソワーズのそれに似ている。

「もしかして・・ダイエット中・・だったり、かしら?」

ジョーが傾いだ頭を避けるように、フランソワーズも彼の背後で同じように頭を傾けた。

「していない。」

あどけなさを残した顔立ちの二人が向けてくる視線とソックリな仕草を見て、ジェロニモは二人がどれほどの時間を”一緒”にいるかを把握する。

「胃腸の調子は?」
「すこぶる快調だ。」

これだけ仲睦まじい二人であるにも関わらず、なぜまとまらないのか。
ジェロニモはこっそりと胸の中でだけため息をついた。

「今日はイチゴ気分じゃないからかしら?」
「気分で食べる食べないは決めない。」
「昨日だってデザートの喜九屋さんのアイスクリームも残してたんだっけ・・?」
「アイスクリーム?」

昨日のデザートがアイスクリームだったとは、ジェロニモにとって初じめて知った。

「帰ってきて以来ずっと夕食の後のデザートに手をつけてないんですもの・・何か不満でもあって・・?」

何かジェロニモの機嫌を損ねるようなことがあってデザートを食べないのか、と不安になったフランソワーズは、少しばかり座っていた椅子から体重を移動させた。ジョーに寄り添う位置からジェロニモの様子を窺う。

「それはない。」

隣合って座っていたけれど、さらに近くにフランソワーズを感じられたジョーの喜びは素直に顔に出ていた。上唇がむずがゆさを我慢するように巻き込まれて、絵に書いたように鼻の下が伸びたニヤケ顔。なんとか意識的に我慢しようとしている表情筋の奇妙さがジェロニモに笑いを誘う。

「ジェロニモ、本当に?」
「本当だ。遠慮なぞしていない。・・ところで、だ。」
「「?」」

質問が止まったタイミングで食卓に並んでいなかったと確信している見覚えのない今夜のデザートであるイチゴの行方を尋ねた。











***

いつの間にそんなルールができてしまっていたのか。
ミッション、メンテナンス、年末年始などの短期滞在では気付かなかった。多分、その時々に応じてデザートを食べるタイミングは違っていたのだろう。

それならば、これが彼らの通常モード・・(暖かい季節の)デザートの食べ方なのだろう。



「あんまり遅くなると起きられなくなるわよ?」
「んー・・んっ!次のチャプターまで読めたら行くよ。そういうフランソワーズは?」

今夜のデザートは旬の苺、しかも贅沢な”ブランド苺”だと教えてもらったジェロニモは、ジョーとフランソワーズの二人が座るダイニングテーブルの向いに座っていた。

「あ、アタシは・・」
「苺、今食べよっか?」

ジョーがテーブルの上にある本からチラリと視線を上げて、ジェロニモが口に運んでいたルビーのように紅く美味しそうな苺を見た。

「いやーよぉう。お風呂上りの方が絶対に美味しいわ♪ねえ、ジェロニモ?」


そういうことのようだ。




新しいルール。

暖かくなった季節の夕食後のデザートはお風呂上りに召し上がれ。





ジェロニモはこの間に食べた苺の味よりも深く甘さが充実した今日の”ブランド苺”の味に満足しながら、一人で納得する。
火照った躯に冷たいフルーツやアイスは最高に美味しい。

「暖かくなったことだしね、冷たいデザートはやっぱりさ」

湯上り後に適したデザートはきっと秋口くらいまで続くのだろう。
何度か夏に邸へ帰ってきたこともあるが、そのときはデザートだと言って夕食のテーブルに並んでいたのだけれど、その時にはなかったルールなのだろうか。

「ジョーはお風呂が長いんですもの、早く入った方が良くなくて?」

フランソワーズは手を伸ばしてジョーが新聞の後に手にとった本を見る。
広辞苑のような部厚い本に軽くため息を吐きながら次のチャプターまでのページを確認した。

「まだ大分あるわ」
「すぐだよ、こんなの」
「すぐじゃないわ、あと1時間はかかるわよ!」
「かからないって・・・先に入っておいでよ」

入浴時間が長いジョーに合わせるために、フランソワーズは少し遅らせて自室の部屋でシャワーを浴びるのだと、二人の会話から推測して知る。

「・・湯冷めしちゃうわ」
「そんなに待たせないって」

自室にユニットバスがついているので、フランソワーズはあまり1階の浴室を使用しないのは以前と同じ。風呂温度もフランソワーズが好む温度よりも高めなのが可哀想だけれど、家族全員に尋ねた適温を平均した設定になっているので、仕方がない。

「ジョー、お風呂長いって自覚してちょうだい」
「普通だよ、普通」
「1時間以上入ってるのは普通じゃないわっ、お風呂でいったい何をしているの?」

二人のやり取りを耳にしながら、ジェロニモは静かに苺を味わった。

「なっ何って別に、普通っ・・フランと同じだよっ」
「えー・・・信じられないわ~・・」
「なんだよっ、その疑いの目はぁっ!」
「だってぇ・・ねえ?」
「ごちそうさま。」

ねえ?と、会話をフランソワーズから振られたと同時に、ジェロニモは立ち上がる。

「美味しかったかい?」
「ね!お風呂上りのデザートっていいでしょう♪」

立ち上がったので、二人を見下ろすジェロニモはゆっくりと頷くだけにしておいた。

「また明日を楽しみにしている。」

ジョーとフランソワーズ。
”二人”でお風呂上りにデザートを食べる。は、絶対のルールのようだ。
そのルールに辿り着くまでに、色々二人の間に”もどかしい”遠回りな遣り取りが想像できて微笑ましい。
そして、そのルールに何も言わずつきあっている日本滞在組の家族ちの努力も涙ぐましく思う。



洗面台で歯磨きをしながら、鏡に映る自分の顔にむかってジェロニモは思う。

「世間の型にはまった”男女(恋人)”じゃなくても、二人が幸せならそれで、いい・・・か。」




片思い、恋人、夫婦・・・呼び名に縛られた”イメージに囚われずに・・。


「ジョーとフランソワーズ。・・いい響きだ。」






二人は二人の世界(ルール)で幸せになれ。


















end.


*お風呂上がりにデザートを出してもらったときの感動は、忘れられない思い出です*
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partager un parapluie
「フランソワーズ?」

囁くような擽ったい感覚で鼓膜が揺れた。あまりにも近すぎて緊張し過ぎた躯は頭と上手く繋がらず、聞こえていただろうことが上手く言語変換できなかった。

「聞こえてる?」
「え・・・」

先ほどよりも大きめに出された声に反射して、前に進むべき片足が後ろに下がった。慌てた彼の足が止まる。

「どうしたの?」

心配そうにこちらを窺うってくる彼のせいでさらに触れている面積が広がった。
肩を寄せ合わなければならない小さな傘の下、きゅっと猫のように丸く縮こまる。胸に抱え込むように庇っている紙袋ががさりと鳴った。

「・・・・迷惑、だったかな」

ドラム替わりに傘を楽しげに叩く雨。

「あ、・・ごめんなさい・・考え事をしていて・・・・もう一度言ってもらえるかしら?」

苦笑交じりな彼の、隠れていない片眉だけを見た。

「なんでもないよ」
「その・・・・ありがとう。駅まで迎えにきてくれて・・・」

もうこの時間にはバスがないからね。と言った彼の声に疑問を描く。
雨なんだから、車で迎えに来てくれればいいのに。なんて、贅沢な疑問を。

「歩かない?」
「・・・・・」

止まっていた足を動かすと、透明なビニール傘も移動する。
空から躯を寄せ合って歩く姿が恥ずかしいほどに丸見えになっていた。

「・・・・なんで車じゃないんだろうって考えていた?」
「!」
「顔に書いてあるよ」
「?!」

そんなことあるわけがない、とは言い切れなかった。実際に考えたのだから、書いてあったとしても否定できない。

「迎えに来てくれたのに傘が一本だけ、ともね」
「あ・・・、」

そういえば。と言われて初めて気がついた。

「・・・ど・どうしてなのかしら?」

彼が持ってくれている傘が揺れて、雨水がさあっと不自然に流れ落ちた。
揺れたことを誤魔化すようにちょっとだけこちら側に寄せられて傾いた傘。

「・・・」


狭くて窮屈でちょっと斜めに偏った傘の下、寄り添う腕が同じ歩幅に歩くのとお揃いのテンポ。
冷えた空気に、どうしてかと訊ねた答えをもらなかったために続かなくなった会話が宙に漂ったまま、濡れたアスファルトを辿っていった。


なぜ今まで気付かなかったのだろう?と考える。
そんなの当たり前だ、と答えは簡単に出た。

連絡をいれてもいないのに、彼が駅で待っていてくれたから。
携帯電話の普及で今はその存在を忘れられてしまったかのように、駅構内の端っこに二機だけ並んだ公衆電話の三機目となって透明な傘を持った彼が静かに立っていた。

瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる絵。






彼の瞳が誰かを探していた。




「・・・夕飯、食べた?」


彼が、私を、探していた。


「・・いいえ、」


私を。



「・・あ、でも・・軽く・・・中途半端な時間に。だから、そんなにお腹は空いてないわ・・」

調子が外れた心臓の音は、元気に傘を叩き続ける雨の真似をするように跳ね続ける。
雨の音なのか、自分の内側から叩かれる心臓の音なのか。

どちらがどちらなのか、考えるだけで頭がクラクラしてくる。深い海に潜ったときのように、息苦しい。
息苦しさから逃げるように、何か楽しい、なんでもない会話を続けなければと、酸欠になりそうな頭を無理に動かしてみる。

「本は・・買えた?」

溺れかけていたところを差し出された声に助けられる。

「ええ!・・書店に取り寄せていただけて良かったわ。・・・教えてくれてありがとう」
「・・・ネットで通販なら確実に手に入ったんだけど・・」
「しょうがないわ、こればかりは。・・・まだ”アドレス”がないんですもの」

腕に抱き込んでいた紙袋。その力を緩めて重みを感じてみた。
母国語の雑誌2冊と、ハードカバーの本が1冊。
雑誌は大きな書店なら取り扱っていたりするけれど、ハードカバーの本が問題だった。

「・・・もうすぐだよ。不安定な天気の日に、わざわざ遠出しなくてもいいようになる」
「私は別に・・雨が嫌いな・・ことはなくてよ?・・・その・・・」

サプライズ的に駅まで迎えに来てくれたり、今みたいにあなたに寄り添って歩けるから。

「僕も嫌いじゃない・・・・・・理由は、キミと一緒かもしれない」

雨足が急に衰えた気がした。

「そうだと、嬉しいな」

ぽつぽつと灯るナトリウム灯のオレンジの光が滲んで空に浮いているように見えていたけれど、アスファルトに沿って直立している姿が現れる。

「・・雨が嫌いじゃない理由を聞いてもいいかな?」
「それなら、迎えに来てくれるのに傘がひとつだった理由も、・・・聞いて、いいかしら?」

体温が移った紙袋を再び強く抱き込むとカサカサと音が鳴る。先程よりもどこか力なく感じたのは、湿気を吸ってしまったからだろうか。

「・・・・フランス語ではなんて言うのかな?」
「?」
「こういう”こと”」

手に持っている傘を少しだけ持ち上げて、強調させた。

「え?」
「・・一本の傘を二人が使うこと」

視線を彼の手にとめて、頭に並んだ文字をさらっと読み上げた。

「partager un parapluie」
「・・・もう一回、いいかな?」

耳慣れない音に、一度では聞き取れなかった。

「パルタジェ アン パラプリュイ・・」
「ぱるたジェ アン パラぷリュイ・・?難しいなあ・・・」

彼のフランス語の発音を頭の中だけで採点してしまった。

「日本語では、どう言うのかしら?」
「相合傘」

何度か今知ったばかりの単語を口の中で転がしていた彼が、スラリと答えた。

「あいあい・・”あいあい”傘?」
「そうだよ・・アイアイガサ。簡単だろう?」
「アイアイ傘・・響きがとっても可愛いわね?」
「・・・・・そんな”可愛いこと”ができる雨の日が、嫌いじゃないんだ。・・・キミは?」

顔を窺われているのがわかる。いつもなら仕草でなんとなく話しの流れを変えることができるけれど、できない今。動かすことができる顎を引いて足先へと視線を落とした。

濡れた靴の先。

耳が熱い。





あなたに寄り添って歩いているから。
”今は”雨が嫌いじゃない理由を反芻した。

傘が一本しかない理由。そして、雨が”嫌いじゃない”理由。


同じよ、と素直に?
それとも他の答えを?

会話の流れを変えてしまう?


透明な傘を視線だけでチラリと見上げた。
ぽつぽつと傘に乗る小さな雫はかすかなオレンジに照らされている。
雨音は先ほどに比べて大人しくなっていた。その囁かな音がまるで、途切れがちな会話に遠慮してくれているように思える。


肩を寄せ合う傘の下。
彼と私と雨の世界は、静かだった。



心地良い静けさを荒らすような勇気はまだ、ない。



「雨が止みそう・・・・。残念だわ・・」

まだ邸まで距離がある。
きっと邸に着く前には止んでしまうだろう。

「次の雨の日を楽しみ待ってるよ・・また、そのときは相合傘の相手を・・ヨロシク」






しばらくして雨が止むと、彼はビニール傘を畳んだ。



end.















*雨のように素直に落ちちゃえばいいのに、・・・恋に♪ 素直じゃない二人でした。*
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雨は降り続く
一昨日も昨日も、そして今日も雨だった。
つけっぱなしのまま誰も注目しないTVはスピーカーの役割を押し付けられて、雨音を遮るためのBGMを求められていた。


細々と流れる男性のウェザー・リポート。
当分このまま雨の日が続くらしく、各家庭の洗濯の心配をしてくれていた。




雨の日の朝は落ち着いている。
気怠さと紙一重の空気はしっとりと邸内を浸していた。
ときおり、光を鈍らせる雲の厚さに朝も昼も感覚がわからなくなることがあるが、今はお腹の空き具合で朝だと確認できた。

空気の重さも香りに影響するのだろうか。
キッチンを満たす毎朝の珈琲の香りが湿っている気がした。買い置きの豆が痛まないのかと、珈琲にこだわりのある一人に尋ねた。

「これくらいで痛むほどの影響はない。管理を怠ってないからな」

どのくらい長くダイニングテーブルを占領し、今口にしているマグが何杯目なのか聞く気にもなれない。
とにかく彼の珈琲好きは見事なものだった。おかげで、インスタント珈琲が”不味い”と感じてしまう贅沢な舌になってしまった責任を取って欲しい。
自分で手軽に珈琲を飲めなくなったのだから。

「自分で美味しく淹れられるようになってみたらどうだ?」

上手く淹れられないから困っている、と言い返したかったが止めておく。練習あるのみ、と言い返されて飲ませてもらえなくなるのはさらに困るからだ。

「1杯、もらっていくよ」
「ああ」







「潜るのかい?」

雨なのに。と言う言葉はつけなくても、顔に表れていたのだろう。

「雨だろうが槍だろうが、海の中は関係ないからね♪」
「いや、さすがに”槍”は問題じゃないかな・・・」

雨の日の海はまた、晴れた日とは違った趣があって好き、だそうだ。

「目の前が海なんだから、最低でも2日に1回は潜らないと息が詰まるような感覚に落ちいるんだよ」

嬉々として地下研究所へと向かおうとする彼は競泳水着姿。耳に聞こえる雨音と気温にまったくマッチしていない。

「ちゃんと着用してるね」
「まあ、女性の”目”もあるって言われたら仕方ないよ。僕は気にしないのだけど?」
「・・・・してくれよ、さすがにその辺りは」
「あ、でも今は気にしなくて、いいよね?」
「365日24時間、気にしていて何も問題ないから」

海沿いに立つ邸であっても、完全に隔離されているわけではない。私有地から一歩でれば、国道が通っており、数は多くないが日に何度かはバスが往復する。

「見られても恥ずかしくないモノなんだけどなあ」
「自慢したいのは分かるけど、・・・・大衆にむけては必要ないと思うよ」

小さなアジア圏内の島国だと、彼の容姿は否応なく目立つ。その上に生まれたままの姿で堂々と海岸に立っていた、なんてことになれば、・・。頭が痛い。
たとえ人が寄り付かない浜だとしても、行き交う車から目撃されては”どんな煙”が立つか想像するだけでも、アルコールを一気に煽りたくなる。
今、手に持っているのは珈琲だけれど。

「着ない方が楽なんだけど・・・・開放的で」
「解放しないでくれるかな。・・・・・風呂場以外では」

ピュンマの真っ白な白い歯を輝かせながら、笑う。

「難しい世の中だよな、人が人らしい姿をさらせないなんてさ」
「文句があるなら、リンゴを食べたアダムとイブに言って欲しい」







「雨の中、ご苦労さんなこったで」
「最低、2日に1回は海に潜りたいみたいだよ」

地下研究所へと向かう海パン男の背を見送ったのは、一人だけではなかった。

「おはよう」
「ああ・・・いい香りだなあ」

顎を突き出して、鼻をひくひくと動かした。
熱さを失いつつあるマグの中の珈琲だったが、十分に魅力ある香りを振舞うことができた。

「まだ口つけてないよ、飲む?」
「んー・・・せっかくの申し出だが、今は吾輩の口は濃い目のイングリッシュ・ティーを求めておるんでな」
「何かつくるの?」

朝食は各自好き好きに。それが共同生活を始めたときに自然とできたルールの一つだ。

「喰ってないのか?」
「まあ・・珈琲があっただけラッキー・・だったかな?」
「なんだあ・・そうなのか?」
「コーンフレークが品切れ中」
「あちゃー・・お前さんはまったく・・じゃあなんだ、コーンフレーク組は朝抜きか?」

演技がかった彼の仕草に頬が上がる。

「そうなるかもね」

つるりと輝く頭を掻きながらため息をつく姿が、絵になる。と思っていても本人を目の前にしては素直に言えないことだ。

「仕方ない、吾輩が腕をふるってしんぜよう。出来たら呼んでやるよ」
「え、いいの?」
「たまにはな。姫樣(プリンセス)がいない今、王子様(プリンス)の健康管理に目を配るのも騎士(ナイト)の役目ってもんだろさ」
「誰がプリンスだよ、誰がっ」

キッチンへと向かうグレートの足が、スキップを踏む。

「本格的なブリティッシュ・ブレックファーストを王子様(プリンス)にお召し上がりいただこう~♪」







”本格的”と言う声を聞いて、どれくらい時間がかかることか不安になりつつ、リビングルームでゆっくりと珈琲を楽しんでいたときだ。

「食え。」
「?!」

頭上から降ってきた、トマト・・

「コーンフレークがもうなかっただろ。」

・・は膝上にストンと落ちた。

「雨なのに、ハウスに行ってたんだ?」

邸の西側に彼が手塩にかけて作った畑とビニールハウスがある。

「世話は毎日するものだ。サヤエンドウもある。糖度が高いから生でいけるぞ。」

ジェロニモの小さな王国。

「ありがとう・・」

膝上に落ちた赤い宝石は指先をジンっと痺れさせるくらいに冷たく、ずっしりと重かった。

「?」

ソファの後ろに立つ彼を、見上げるために大きく頭を仰け反らせる。

「グレートが朝食作ってくれてるんだ」

逆さに見るジェロニモはルームライトを背負い、眩しかった。

「そうか。それは良かった。」

逆光になってしまい、表情はよく見えないけれど。
姿勢を正して、正面を向くと観ていなかったようで観ていた番組がCMに入った。次はどっかの街の商店街をリポートするコーナーらしい。

「・・・美味しい!」

手に持っていたトマトを、口に運ぶ。
プツリと弾けた皮からなトマト独特のゼリーみたいな実が口に飛び込んでくる。

「珈琲には合わないがな」

ソファの背後にいたはずなのに、いつの間にか移動してダイニングルームのドア前にいた。

「買い出しに行かないと・・」

二口目を頬張りながら、薄いレースのカーテンが引かれたままの庭へと通じる窓を見る。
波音が雨音に負けてしまって聞こえてこない。
TVの画面がどこか知らない街を映しだした。






半分ほど勢い良く食べたトマトが途中で手を止めた隙にそれが消えた。・・・訂正。
手を止めた隙に、奪われた。

「うおっ・・・旨いっ!」
「だろ?」

半分になったトマトを追いかける視線の先にいたのは、”美味しそうな匂い”を嗅ぎつけてやってきた、スラっとした鼻の持ち主。

「もらっていいか?」
「・・・手より先にそっちを聞きたかったよ」

食べられてしまったことに対して怒るつもりはない。そういう男だと知っているからだ。

「お前のモノはオレ様のもの」
「ジャイアンかよ」

少しだけ残っていたマグの中の珈琲を飲み干した。
たしかに、トマトと珈琲は微妙な組み合わせだった。口の中に違和感のある不思議な味が広がる。

「frosted flakeが切れてただろ?腹減ってんだ、恵んでくれ」
「いいよ。僕はグレートに朝食を作ってもらってるから」
「なんだと?!」

グレートにはまだ呼ばれてはいないけれど、マグの中の珈琲がなくなったのでソファから立ち上がった。

「羨ましい?」
「朝食のために指揮権の無駄使いかっ」
「命令なんかしないよっ、彼の好意に甘えただけだ」

トマトを口一杯に頬張ったジェットが、キッチンへと足をむけた僕についてくる。
多分、彼の分もあるだろう。







雨は降り続く。
強弱をつけて降り続く。

風に晒されながらも降り続く。


空を塗り潰した重たい雲から降り続ける雨の日は、静かだ。
晴れた日と何も変らない時間が過ぎているのにも関わらず、空気が違うだけで、こんなにも静かだ。

陽の光が薄らいで、明るさが足りない邸を照らすルームライトが、静かだ。


舐めるように一文字も漏らすことなく端から端までゆっくりと新聞を読むアルベルトが手を伸ばした先に、あるはずの珈琲カップの感触を得られず、眉をしかめた。
伸ばした手に渡されたのは、熟したトマト。

「飲み過ぎだ。いい加減にしろ。」

渡されたトマトを凝視したアルベルトの隣りに座るグレートが、紅茶を奨めた。

「珈琲は躯を冷やすんだぞ?それ以上冷たくなってどうするんだ?ええ?アルベルト」

笑えないジョークだ。

「トマトも同じじゃねーの?夏野菜だから、違ったか?」

本格的なイングリッシュ・ブレックファーストのメニューは、ワンプレートで出てきた。
缶詰のベークドビーンズをジェロニモのトマトと一緒にさっと炒めたもの。目玉焼き。厚切ハムを焼いたのが2枚に、スライスされたマッシュルームが散っていた。皿からはみ出すように薄くてペラペラな塩味が効いたホットケーキ3枚。
オレンジジュースと紅茶が並び、とって付けたように、大皿に洗われたサヤエンドウがざっくりと置かれてる。
ジェットはそれにオートミールにブランシュガーを入れて足した。


「しっかしまあ・・・よく降るなあ・・・」

リビングルームから続くダイニングルームの窓をトツトツと叩く雨音が強くなっていた。

「ピュンマはどれくらい潜るつもりだろう・・荒れてくるかもしれないなら、その前には戻ってきてくれないかな・・」
「なんだ、ピュンマは潜っているのか?」

読んでいた新聞をアイロンがけしたかのようにキッチリと畳んだ。

「心配ない。海は荒れないだろう。」

それに手を伸ばしたジェロニモが答えた。

「さあって、これから何すっかなあ・・・昼寝か、ゲームか、・・・」

頬杖をついたジェットは、皿に残っていた最後のパンケーキをくるっと巻いてフォークを使わず手で口に運んだ。

「おいおい、朝食を食べながら言う事かぁ?いい若いもんが」
「ずーーーーっと雨だぜ?」
「たかだか3,4日続いただけだろうが?雨でも気にせず外に行けばいいだろうに」
「待機命令だされてんだ、仕方n」
「じゃあ命令解除」

ジェットの声に被るように言った。

「あーっ?!なんだよ今更っ!」
「いいよ、ジェット1人くらい問題なし。外に出るなら買い出したのんでいい?」

ここ最近の中で一番豪華だった朝食に満足したけれど、食後の紅茶は少しカフェインが足りない。しかし今は珈琲を願い出る雰囲気ではなかった。

「それが本音だろっ!」

口に押し込めたホットケーキをオレンジジュースで流し込んだ。

「命令解除が今日なら問題ない。確かだな。」
「そうだが、・・・ジョー、」

トマトを食べることなく、手の中で遊ばせていたアルベルトが不思議そうにこちらを窺った。

「・・・時間はいいのか?」
「え?」

時間と問われて、思わず時計を探す。
オープンキッチンのカウンターテーブルの上に置かれたデジタル時計を。

「ああ、そういや・・2の3の4の・・・24日、今日だったか?」
「ええっ今日が24日っ!?」








一昨日も昨日も、そして今日も雨だった。
つけっぱなしのまま誰も注目しないTVは相変わらず雨音を遮るためのBGMを流すことを押し付けられていた。

甲高い声で流れる新人らしい女性のウェザー・リポート。
当分このまま雨の日が続くらしいと知った朝と同じく、明日も雨だと耳で覚えてから電源を切った。

雨の日の夜は、自然とみんな早々に部屋へと下がる。
今日は旅から帰ってきたばかりの仲間を気遣かってだろうか。夕食後は土産話もそこそこに切り上げて各個人の部屋へと散っていった。




「まだ、気にしているの?」

雨音をBGMに聴く旅の話しは、明日のお楽しみ。

「・・・まさか、この僕がだよ?キミたちが帰ってくる日を忘れていたなんてさ・・」

旅から帰ってきたばかりの彼女の荷解きを手伝いながら、久しぶりに過ごす自室ではない部屋。

「そういうことも、あるわよ」

小さなスーツケースの中から取り出されたお土産は、今朝食べたトマトと同じくらいの重さ。
四角い箱を振ってみると、サクサクとした音が鳴る。
その音と手応えで、綺麗にラッピングされているにも関わらず中身がわかった。

「あったら困る」

中身を見ることなく、僕はクスクスと笑うフランソワーズへと手を伸ばし、彼女を捕まえるとぐっと抱き寄せる。

「・・・・いつもと違う匂いがする」
「向うもね、ずっと雨だったわ」
「・・・雨の匂いなのかな?」

時間の感覚を、日付の進み具合を、降り続く雨のせいで麻痺させられていたようだ。

「ねえ、お土産は気に入ってくれた?」
「あれって・・コーンフレーク、だよね?」
「3種類あってどれをあなたにしようか迷ったのよ。もしも気に入らなかったらそれぞれで話し合って交換してちょうだいね?」
「あとの2つは?」
「決まっているじゃない、ジェットとピュンマへよ」

朝を簡単にコーンフレークで済ませてしまう3人には、見た目も可愛いカラフルなコーンフレーク(1回分3パックセット÷3人)がお土産だそうだ。

「ま、ちょうど良かった、かな?・・コーンフレークが切れててさ」
「買い出しをサボったのね?」

鼻を鳴らすようにして抱きしめる彼女の雨の匂いを肺へと送る。

「ずうっと雨だったんだから、仕方ないよ。晴れたら買い出しに行こうって思っていて・・・・・ああ、そういえば明日も雨だってさ」

耳の裏、うなじから下がって、喉もと。部位によって雨の匂いが変わる。

「お洗濯したいのに・・・・」

足元の片付けていない荷物を気にする仕草が彼女らしい。
今朝のウェザー・リポートの男性も心配していたな、と思い出した。

「雨のおかげかな・・、キミが旅立ってから今日まで、あっと言う間だった。ちょっとタイムスリップしたみたいな感じ」

振り続く雨は止むことなく、流れ続けるBGM。


「ジョーも・・雨の匂いがするわ」








雨の日の朝は落ち着いている。
気怠さと紙一重の空気はしっとりと室内を浸していた。けれど、この気怠さが続く雨のせいではない。

空気の重さも香りに影響するのだろうか。

「おはよ・・先にシャワー使う?」

雨の匂いは消えて、かすかな汗と石鹸の濁りだけが残っている。
目覚めようと寝返り打った彼女が朝の挨拶もそこそこに、振り続く雨に耳を傾けて言った。

「お風呂でシャワーを浴びるのと、外で雨を浴びるの・・一緒よね、海も近いし・・泳ぐのと変らないわね?」
「・・・・今、微妙にデジャブを感じたよ」




end.
















*…旅に出ていたのはG博、1,3,6です。
雨が続くと、時間の前後や日付けが混乱することがありませんか?・・・気がついたら、あれ今日何日?みたいな。*
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青い鳥と青春のカゴ
失恋の経験値はレベル3。


小学校5年生のときにもらったチョコレートが本命でないと知った、とき。
別々の高校に通うから、と。オレ自身がどうしようもない理由で断られた、とき。




そして、オレが好きになった人が島村ジョーの彼女だった、



とき。







どうしようもない事実とともに走り出した想いは、急ブレーキを踏んだ余韻が残り、きちんとタイヤ跡までくっきりと胸に刻まれたまま、だ。
嫉妬に狂う、ほどではなくても、息苦しさに吐いた息は燃えたように焦げ臭く、真夏の太陽にじりじりと肌を灼かれたような痛みを与えられた。

切ない。と、好きなバンドが歌うが、言葉でなくて、みぞおちの少し上の辺りで、感じる。
兄貴からのお下がりのラップトップを、これまた兄貴のお下がりのM-audioというメーカーのちょっと良いよらしいスピーカーに繋げていた。

音がスピーカーによって何がどう違うかなんて、そんな大層な耳など持ち合わせていないオレは、兄貴がいちいちこだわって買い替えていく道楽に、ただ「へー、すげー。わー。やっぱり良いスピーカーはいいね、兄貴!」と、おだてた。

居候は居候なりに気を使い、兄弟関係の円満をキープしている。




コンピュータのモニターに広がる無数のネット世界から適当な動画サイトを選び出し、”作業用BGM”から”再生時間が長い”を選択した。

それをドックへとしまって、あとは放っておく。
音量を最小までしぼった音楽が、どこぞの誰かが編集した順に流れ出す。



それに何も不満はないけれど・・・・。









ルームライトを消して、デスクランプだけにしている、今。
世界はオレの周りだけが明るい。

あまり気持ちが乗らないが、期限が迫っている課題をクリックしてモニタ画面に広げた。


「あ、・・この曲知ってる」







ささやくような音量が耳に馴染む。

カーテンを閉めた向こう側。
窓に貼りつく夜の空気は、ときおり走り去る車に怯えたように震えていた。


兄貴夫婦は朝が早い。
ふと視線に入ったモニターが映し出した数字を目にして、もうキッチンへ行くことはできないな。と、胸の中でその言葉を書きながら、デスクの傍らに置いていたオレンジジュースが視界に入った。

まだ半分ほど量が残っている事に、満足する。





オレだけの部屋にオレだけの時間。

受験浪人をする前は、親に黙って夜更かししたことをまるで英雄が伝説の剣を指し示した地図に乗る地へと足を踏み入れたような、感動と緊張、分刻みで訪れる未来に心臓を高鳴らせたものだ。




当たり前のように夜の住人となる権利を得た今は、そのときの気持ちを思い出すとくすぐったいというよりも、頬がむず痒くなる。
可愛いな、と思った気になるタレントのラジオ番組を聴くために、が、夜の世界への第一歩だったことを。




広げた真っ白なテキストエディタのテンプレートに、課題のタイトルを打ち込まず、島村ジョーの、彼女である人の、名前をタイプした。










         フランソワーズ・アルヌール














なんて綺麗な名前なんだろう。
語順といい、響きといい、リズム。
舌に乗せたときの感触は、上等なフレッシュ生クリームのようにしっとりとなめらかに溶けていく。



男にしては音域が高い、流れる曲を歌えあげるヴォーカリストは、今にも泣き出しそうな声でオレにささやいた。






『手に入らないから、諦められないんだ。

手に入らないと知っているから、追いかけるんだ。

手に入ると知っていたら、キミに恋なんてしない。





憧れは憧れのままで。
恋は恋のままで。


手をのばせば消える蜃気楼のままで。

キミに翻弄されるボクは、そんなボクのままでいたいと願う。』
















叶えられない恋をごまかす歌だと、今、気づいた。
”ごまかす”という言葉よりも、叶えられない切ない恋に悩む男心とプライド。と、言った方が正しいのかもしれない。


オレは彼女の名前をマウスでなぞり、青のハイライトに包んだ。


ーーーごまか・・す・・?









誤魔化すなんて、できるわけないじゃん。

「誤魔化すかよっバーカ野郎っ!!」





瞳を閉じればそこに。

彼女の微笑みは、そこにある。
彼女の笑い声は、オレの耳に響く。
彼女の揺れる亜麻色の髪は、光をはじいて、オレの瞳を細める。

彼女の香りは、オレの頬に触れる。



彼女が呼んでくれる声にオレは世界中で一番すごいヤツになった気分になる。



彼女がオレの名前を知ってくれたときの感動を覚えているから。
地球の色といってもいい、あの青とも緑ともいえない優しくも強い光に映る自分の姿を見つけ出したときの、・・・・。















堕ちた瞬間を。





















Fall in Love

恋に堕ちた。







「ああ・・・・フランソワーズさん・・・・」











そうして今夜も課題は進まない。
彼女への想いを綴った想いが重なるだけで夜が明ける。






「ってー今日は土曜日!フランソワーズさんの日~♪」



目の下の隈を心配してくれるときの、悩ましげな蒼い瞳がもうっ堪りませんっ!!









end.












*お久しぶりです・・・大地くん♪課題がんばれっ・・留年するぞ(笑)*
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