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Day by Day・32
(32)


珍しく朝食の時間に起きてこなかったピュンマ。の、代わりのように、ジョーが朝食のテーブルについていた。


「珍しいな、ジョーと朝食とは・・・今日は食べるのか?」


アルベルトはリビングから飲みかけの珈琲マグを手にダイニングテーブルについた。
テーブルには、張大人、グレート、ジェロニモ、そしてジョーがいた。


「ジョーは朝起きても、食べたり食べなかったり・・・躯に悪いアルよ!・・・朝食は1日を始める大切なエネルギーになるネ!しっかり食べるヨロシ!たくさんあるからお代わりするネ」


帳大人が朝食の作った中華粥をアルベルトのテーブルに置き、ジョーの食事の進み具合をみる。


「・・・・ありがと。でも、これで十分だよ」
「フランソワーズは・・・寝坊か?」


熱い粥を掬ったレンゲの湯気から放つ香りを楽しみながらアルベルトは言った。


「ピュンマもだなあ、2人とも遅かったのかもしれんな。ま、そういう日もあるさ」
「フランソワーズは起きている。」
「フランチョワーズの部屋のバスルーム、お湯が出ないネ」
「故障か?」
「見てみないとわからない。」


ジェロニモは、張大人に3杯目のお代わりを頼みながら答えた。


「シャワー浴びたいって、今1階のバスルーム使ってるネ」
「ゲストルームの方も故障してるのかあ?」

グレートも2杯目を催促するように食器を張大人に渡した。


「そうだ。」
「・・・・・1階は大丈夫なんだね?」
「使えてるみたいだ。」

張大人はグレートとジェロニモの食器を持ってキッチンへ向かおうとしたとき、ちょうどフランソワーズがリビングルームとは反対側にあるドアからやってきた。このドアの奥にバスルーム、トイレ、そしてコモンルームにイワンの子ども部屋スペースと続き、ギルモア、ジェロニモ、張大人の部屋がある。


「・・・フランソワーズ?」


フランソワーズの様子が不機嫌そうに見えたので、ジョーは声をかけた。


「・・・・お湯が途中で水になったわ」


フランソワーズはジョーの声に、ぼそり。と、呟いた。
タオルを肩に羽織るようにかけて、濡れた髪から落ちる雫を受け止める。
ゆったりとした部屋着用の、襟の付いたノースリーブのシャツワンピースは、細かな白と黒のチェック柄。


「それはしっかり目が覚めただろ?」
「・・・・・おかげさまで」


フランソワーズの声は抑揚がなく、感情も何も含まれない、意思を伝えるだけの音。
テーブルに着く全員が、フランソワーズの機嫌が相当悪いことがわかった。フランソワーズは滅多に自分の機嫌の善し悪しを表に出さないタイプだが、男には判りづらい小さなことで、彼女の機嫌は斜めどころではなく、地の底を低空飛行する。



それは突然に何の前触れもなく訪れる。


「朝ご飯、出来てるアル・・・」
「・・・・髪を乾かしてくるわ」
「待ってるネ・・・・あ、温かく、て、か、躯、温まるネ・・・・」
「・・・・髪を洗っている途中で水になったから、ちょうど良かったわ」


恐る恐る声を掛けた帳大人の言葉に、いつものようにフランソワーズは微笑みながら応えているが、テープレコーダーに録音されたアナウンスのように、冷たい。


「風邪引くぞ、さっさと乾かしてこい」
「・・・・・・ええ」


いつもよりも重く感じるフランソワーズのスリッパの音がダイニングルームから遠のいていき、グレートが大げさに溜息をついた。


「はあああああああああああ~~~~~~~~~~~~・・・・・姫、怖い・・」
「態度も、表情もいつも通りだが、声だけがあれだ・・・相当機嫌が悪いぞ、きっと」


アルベルトが苦笑した。
さすがの彼も今の状態のフランソワーズとはあまり関わりたくはないらしい。


「すぐ、直す。」
「いつまでもあれじゃあ、たまらんぞい!ジェロニモ、我が輩も手伝うぞ」
「お代わり、もってくるアル!!すぐネ!」


帳大人は走るようにしてキッチンへ行き、美味しそうな香り含んだ湯気を再びダイニングルームに届けた。


「王子様は何もしないのか?」
「・・・・・・誰が王子だ、よ」
「みかけで言えば、お前だろ」
「・・・・・ご馳走様。張大人、美味しかったよ」
「ジョーっもういいアルか?!」
「・・・・・うん」
「珍しいことは続くな」


リビングルームに続くドアの方へ向いて、アルベルトが呟いた声と重なるようにして、ジェットが大欠伸とともにダイニングルームに入ってきた。


「めしぃ・・・」
「早起きだなぁ、ジェット・・・こりゃ雨だわ、今日は」


グレートはダイニングルームのカーテンが開けられた窓から外を見た。
5月の爽やかな青い空には雲一つ無く、海との境目を見極めるのが難しいほどに輝いた自然が広がっていた。


「フランソワーズ、がよおお・・」


がしがしと赤毛の髪を掻きながら、ダイニングテーブルについたジェットはだらしなくイスに沈み込む。
まだ眠いのか、言葉に覇気がない。


「・・・・朝の挨拶もしやがらねええんだぜぇええ?・・・・ったく、なんであんなに機嫌がわりぃんだよ?ジョー、てめぇ・・・なんかしたのか?」
「・・・・・・なんで、俺が・・・なにもしていない」
「姫はなあ、バスルームのお湯が出なくて機嫌が悪いんだわ、ジェット」
「お湯ううう?! っけ・・・なんだよそれ・・・それより、大人・・めし」
「すぐ用意するアル、まってるネ」
「ピュンマは?・・・・もう喰い終わっちまったのか?」
「・・・・・起きてこない、よ」
「ま、そりゃそうかっ・・・・・寝たのさっきだもんな」
「また徹夜か?」
「・・・・・おうよ」
「何をしているのか知らんが、ピュンマをお前の”遊び”に巻き込むな」
「・・・・・・・・わかってるっつうのっ・・・ジョー」
「・・・・なに?」
「コズミのジーさん、いつ来るんだったっけ?」
「・・・・・・明後日」


予定していたよりも早く日本に戻ってきたコズミは、その原因を空港まで迎えに来てくれるように頼んだジョーに伝えていた。
学会に参加していた先の交流会で提示されたトピックが・・・危険なものだったのにも関わらず、それらを嬉々として話し、現実になったときの恐ろしさを考えない浅はかな若い学者たちに嫌気がさした、と。怒りを表すよりもその落胆振りをジョーは思い出す。
その内容をどうしてもギルモア博士に伝えたい。が、内容が内容なだけに現地からの郵送や、インターネットを使ったメールは信用が出来ないと避けて、コズミ博士は自身がそれを運び、直接ジョーの手を通ってギルモア博士の手に渡ることを望んだために、アルベルト、そしてフランソワーズはそれらの資料とともに、ジョー、ジェットそしてピュンマよりも3日ほど早くギルモア邸に戻ってきたのであった。


「交流会のときに使われた資料は、ギルモア博士がイワンと調べているんだったな?」


ジョーはアルベルトの言葉に頷いた。


「・・・・闇市(ブラックマーケット)に出てしまった一部だと思われるけれど・・・ギルモア博士から何も返答がないから、まだ動く必要はない・・・・けれど・・・」
「どんな内容だったんだ、ジョー・・・その交流会で出た内容ってのは?」


グレートが最後の粥を啜って、器をテーブルに置いた。キッチンからジェットの分の朝食を手に張大人が戻ってくる。


「・・・・詳しくは聴いていない、が・・・それを使うことによって、一時的にではあるけれど、どんな痛みも完全に断つことができるらしい・・・」
「ふうん・・・で、ギルモア博士の返事待ちってことなんだな?今は・・・アチっ」
「気をつけるネ、熱々アル!」
「痛みを感じない、か。危険だな・・・どんなに強い麻酔を使っても感じてしまう痛みがあるのが・・・重要だからな」
「・・・・・可能性として、俺たちに使われたものかも、しれない」
「改造中にか?」
「・・・・・・・・俺には、術後の痛みも拒否反応による・・・そういったものはなかった」
「羨ましいぜっ・・・・・・・オレらは散々っ苦しんだぜ~~~・・・うあっアチっ」
「ジェット、よくふ~、ふ~、するアルね!!・・・・ジョーが改造される頃には、色々な面で技術が発達してたアルネ」
「・・・・・・・・そんなに、酷かったのか?」
「あったりめぇよっ・・・・アルベルトも相当だっただろ?・・特にフランソワーズは・・」
「ジェット!」


アルベルトには珍しく大声を出してジェットの話しを遮った。空気がぴしり、と凍る。


「・・わりい」
「上手かった。修理にかかるぞ。」
「わ、我が輩もいくぞっ!」

重くなったダイニングルームの空気を取り払うように、ジェロニモは立ち上がったので、グレートも席を立った。2人はダイニングルームを出て行き、帳大人はテーブルに置かれた2人の器を持ってキッチンへと向かった。


「・・・・・・・特にフランソワーズ、は?」


ジョーの言葉に、アルベルトは溜息を吐いてジェットを睨む。
ジェットは何も知らないとばかりに、粥を頬張った。


「オレたちは第一世代だ。言えば・・・・多くの実験体の中で運良く、機械と相性が良く生き残った・・・だ。・・・実験に実験を重ねて、改良を重ねられた・・結果の拒絶反応で眠らされた。痛み云々は朝飯と変わらん、と言うことだ」
「・・・・・・・・特にってどういう意味?」
「・・・・改造部分の違い、性能の違い、だ。わかるだろ、ここまで言えば」


アルベルトは立ち上がり、キッチンへと向かう。


「ジョー、終わったことだ。よけいなこと言うな、聴くな、そして、考えるな」
「・・・・・・・・」
「ジェット、お前もだ」
「・・・おう」








####


昼食を準備するころには、フランソワーズの機嫌もそこそこに戻り、ジェロニモとグレートのお陰で2階のバスルームから再びお湯が出るようになっていた。
修理の間、フランソワーズは2階のコモンスペースにあるヘーゼル・カラーのカウチに座り、昨日購入したカードからミツエに送るカードを1枚選び出した。そこには、フランソワーズの”自らの字”で書いた日本語のメッセージが書かれており、封筒にしまわれている。


「・・・問題は住所よね・・・こんなに漢字がいっぱいで、無理よ・・」


コズミからもらった名刺に書かれた住所を見ながら何度も練習したが、何度書いても人が”読める字”にならない。書けない部分は平仮名を使えばいいのだが、漢字が読めないために平仮名で書くことさえできなかった。
言語翻訳機を通せば簡単に読むことができるが、フランソワーズはあくまでも”人”には”人”として接したいと思いが強く、補助脳の機能は使わない。と、自身で決めていた。
メンバーの誰かに住所を解読してもらう。と、言う手もあるが、メンバーが補助脳を使うのでは、自分がそれを使わない意味がなくなってしまう。


「・・・・日本語が話せる人に、訊くしかないのよ・・ね?」


ギルモア邸内で補助脳を使わずに日本語を話せるのは、ジョーだけである。素直に聴きに行けばいいのだが、それが出来ないためにフランソワーズは先刻から悩んでいた。昼食も張大人が用意すると言い、その言葉に甘えてフランソワーズは、じっとメッセージカードと、コズミ博士の名刺とにらみ合っている。


「訊くくらい、いいじゃない・・・」


ジョーはフランソワーズが日本語を勉強していることを知っている。彼ならば、こころよくフランソワーズの頼みも聞いてくれるだろう。けれども、それが出来ない。


さくらの声が邪魔をする。



どんな小さなことでもジョーと接する全てにたいして、さくらの声がフランソワーズを責める。

応援はしない。
けれども、邪魔はしない。

それだけのこと。
家族として、仲間として接することに何も影響しないはずである。





見えない影がフランソワーズを責める。

ジョーが想いを寄せる人。
もしかしたら、ジョーの恋人かもしれない人が存在する・・・。


ジョーに、迷惑をかけてはいけない。
彼の優しさに甘えてはいけない。



あくまでも家族として、仲間として接することに徹すること。



「・・・・住所を訊くだけよ」


何度も繰り返す言葉。
けれども、フランソワーズはカウチから立ち上がることが出来ずにいた。
少し遅くなってしまうが、明後日にはコズミ博士がギルモア邸を訊ねてくる予定である。その時にでもコズミにお願いして、ミツエに渡してもらうこともできる。

深い溜息を吐きながら、カウチに置かれたクッションを膝の上に置いて ぎゅうっ と両腕に抱きしめた。ほどほどの大きさに、柔らかく、肌触りの良いクッションはとても抱き心地が良く、顔を埋めてしまう。


「どうした?」

頭の上から降ってきた、冷静で単調な声。
クッションに埋めてしまった顔を上げなくてもわかる、アイスブルーの瞳に銀色の髪の主。
自室に向かう途中なのだろう、フランソワーズには階段から上がってきたアルベルトの足音が聞こえていた。

アルベルトは、無言のままのフランソワーズに近づいて、テーブルに置かれたカード類や紙に書かれた練習したのだろう”日本語”を見て、ふっと口元を緩めた。


「大分、書けるようになったんじゃないか?」
「・・・・」
「物好きだな」
「・・・・」
「すぐに諦めると思ったんだが・・・」
「・・・・」
「教えてもらえばいいだろう?簡単なことだ」
「うるさいわ、アルベルト」
「機嫌が悪いのはなおってないみたいだな」
「・・・・・ねぇ」
「なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・帰らないで」
「・・・・・・何のために?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・置いていかないで」
「誰を」
「私を」
「・・・・弱気だな、珍しく」


ヘーゼル・カラーのカウチソファに座るフランソワーズの隣に腰をかけて、アルベルトはフランソワーズの柔らかく光る亜麻色の髪を撫でた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いやよ、ずっと一緒だったじゃない」
「甘える相手を間違えているぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジェットとイワンに・・・ずっと一緒に居たのに」
「オレはまだ、予定の話しをしたまでだ」
「・・・・・・・・・・ウソ。予定は実行するためにあるんでしょ?」


フランソワーズの言葉にアルベルトは苦笑した。


「そんなに可愛い気のない、意地っ張りで頑固になったのは、お前さの兄さんのせいだけじゃなく、オレらのせいかもしれんな・・・女は素直に男に甘えるもんだぞ?」
「だから、帰らないでって言ってるわ」
「甘える相手を間違っている。と言っている」
「アルベルトじゃなかったら、ジェット?」
「・・・・ヤツでもいいが、そうじゃないだろう?」
「博士?」
「甘えてみろ、喜ぶぞ。博士なら」
「・・・・・ジェロニモ」
「黙ってお前の話しを訊いてくれるだろうな」
「・・・・・・グレート」
「笑いたいときに、とっておけ」
「張大人」
「太るぞ・・・泣いてからにしろ、腹が減るだろ?」
「ピュンマ」
「・・・・・・・これ以上、ピュンマを悩ませるな。ま、喜んでお前を助けるだろうがな」
「イワン」
「自分が世話する赤ん坊に甘えるのかい?」
「・・・・・・」
「そこで、ヤツの名前が素直に出てこないのが、不思議だな」
「・・・・・・」
「なんとも思ってないのなら、言えるだろう。普通は」
「・・・・・・言えるわ」
「甘えられるはずだ」
「・・・・・・・・・・・」
「”オレたち”と同じように、甘えられないのが問題なんだがな」


アルベルトは立ち上がり、フランソワーズの頭にキスをひとつ贈る。


「Meine kleine schwester・・・・フランソワーズ、”我慢”する必要はないんだぞ」
「・・・・・・我慢なんてしてないわ」
「じゃ、言ってこい」
「何を、どこへ?」
「シャイな日本人の胸に飛び込んで、愛の告白をしてこい。お前さんが育った国はそういうところだろ?」



ーーーできるわけ、ないじゃない。




「大胆に愛を語り、愛し合うのがフランス流儀じゃないのかい?」
「・・・・それって偏見だわ。ステレオタイプって言うのよ?」


フランソワーズはクッションから顔を上げて、アイスブルーの瞳を見上げた。
片方の口元をだけを上げて嗤うアルベルトがいる。


「・・・・・・お腹空いたわ」
「朝食を食べなかった、お前さんが悪いな」








####


昼食の準備を手伝うために2階から降りてきたフランソワーズは、リビングルームでギルモアに頼まれた資料を整理するジョーとジェロニモに声をかけた。


「何か、飲み物でもいれましょうか?」
「・・・頼んで、いい?」
「ええ、何がいいかしら?」
「・・・・・・珈琲を、ジェロニモは?」

ジェロニモは黙ってジョーの言葉に頷いた。


「珈琲ね?すぐに用意するわ」


キッチンへと向かうフランソワーズの背が見えなくなるまで、ジョーは彼女をみつめた。ジェロニモは微かに苦笑して、わざと手に持っていたファイルを音を立ててめくる。その音に我に返ったジョーは慌ててテーブルに置いてある書類の一枚に、チェックを入れる。


「ジョー、それはもうチェックした。」
「え?」

手元の書類に二重に重なった赤いボールペンのライン。


「ジョー」
「・・・なに?」
「緑茶に変えてもらえるか。」
「・・・・・・言ってくる」


乱暴に書類をテーブルに置いてジョーは立ち上がった。
リビングルームに残ったジェロニモは、テーブルに置かれた書類を見つめて、二重になったら赤いラインに微笑んだ。


キッチンでコーヒーミルに豆を入れようとしていたところに、ジョーがキッチンへとやってきた。


「・・・・ごめん。ジェロニモが緑茶にしてくれって」
「そう?・・・でも、ジョーは珈琲でしょ?」
「・・・・面倒だろう、同じものでいいよ?」
「昼食後にはみんな飲むもの、今入れても同じだから」
「・・・・・・大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。緑茶と珈琲ね?」
「・・・・帳大人は?」
「ギルモア博士のところよ。昼食にここまで上がってこないだろうって、博士の分を持って地下へ行ったわ」
「・・・・・そう」
「用意が出来たら、持って行くわ」


フランソワーズはにっこりと微笑んで、ジョーに背中を向けた。
先ほどのアルベルトの会話のせいで、まともにジョーの顔を見ることができない。リビングでも、なるべくジェロニモに意識して視線をそちらへと向けていた。


「・・・・ありがと」


ジョーの足音がキッチンから遠ざかって行く。その音にほっとしたように胸の中に溜まった緊張を吐き出した。珈琲豆の入った袋を開けると、濃厚な香りがキッチン中に広がる。ミルに豆をを入れて手動でゆっくりと豆を引いた。

コーヒーサーバーにひき終わった豆をセットして、お湯を急須に入れたころに帳大人が地下から戻ってきたが、彼はキッチンを通り過ぎてリビングルームへと足を運んだ。


「ジョー、博士が呼んでるアル」





地下へ降りていったジョーは昼食の席に姿を現さなかった。



####


ミルクの時間になり、地下の研究室からフランソワーズの元へとやってきたイワンは、彼女の用意したミルクを勢いよく飲む。いつものミルクの時間よりも2時間も遅かったので相当お腹が空いていた様子だった。

フランソワーズはイワンを膝に抱いて、いつもより少しばかり多くしたミルクを飲ませた、その後に、フランソワーズは肩に用意したタオルを置いて縦にイワンを抱いて、その背中をトン、トン。と背中を優しくたたくと、イワンは満足気にけふっと、可愛らしく胃に溜まった空気を吐き出した。

「イワン、だいじょうぶ?」
<ウン。ダイジョウブ>
「また、研究室に戻るのかしら?」
<ウン・・・ふらんそわーず>
「なあに?」

フランソワーズはイワンをクーファンの中に寝かせてから、彼の口周りなどを綺麗に拭う。

<・・・次ノ 昼ノ 時間。君ノ めんてなんす ヲ 考エテ イル。今ヨリモ、負担ヲ 軽クスル タメノ、新シイoptic nerve、oculomotor nerve、trochlear nerve、abducens nerveの ケーブル を、開発 シタ>
「必要ないわ。今で十分よ・・・問題ないわ」
<今ハね。前ニ 取リ換エタ 補助脳ノ メモリへの 受信・送信 の 信号ニ 少シバカリ 誤差ガ 出テルヨ、ソレニ今ノ optic nerve接続部分 ガ 古インダ>
「・・・開頭する上に、神経をさわるのね?」
<デキタラ、auditory nerve モ 新シイモノ ニ シタイ。蝸牛神経節の チェックも 必要 ナンダ。視覚系 ノ 方バカリ 新シクナッテ ハ、003 ノ 能力バランス に 乱レ が 出ル し、通常値設定 ノ 他 ノ nerves system ニ負荷 ヲ 与エル・・・・君ハ cranial nervesノ 改造 ガ 誰ヨリモ 進ンデ イルンダ・・・誰ヨリモ 繊細ニ >
「そして、誰よりも人間から遠いでしょう?」
<・・・・003.君ガ 一番 改造度 ガ 低イ>
「”躯”はでしょう?サイボーグに改造されて、人であることを証明する、自分が自分であることを司る・・・生身である”脳”のほとんどを・・・誰よりも私は・・・誰よりも・・・生身の躯にコンピューターの脳・・・みたいなものね?・・・・・・イワン・・あなたにミルクを飲ませていた私は、プログラミングされた私?・・・この脳は、もう・・本当は私・・・・・・」
<ふらんそわーず、君ノこころハ君のモノ。ふらんそわーず ノ 脳ダ。誰ノモノデモナイ、君自身ノ モノダヨ・・・nerves systemハ 脳カラ送ル信号、アクマデモ 君ノ 躯カラ 脳ヘ 脳カラ 躯へ ノ 伝達能力ヲ 高メル、負荷ヲ 減ラスコト ナンダヨ。ソレダケダヨ>
「・・・・ええ、そうよね。ごめんなさい、イワン・・・神経系を全体的に取り替えるようなメンテナンスは、ずっとなかったから、少しナーバスになっただけよ」


フランソワーズはにっこりと微笑んで、イワンの額にキスをした。


<・・・・>
「イワン、地下へ行ったら、ジョーにお腹が空いてないか訊いてもらえるかしら?」
<・・・ウン>


透き通るような空色の瞳に向かって、イワンは小さな白い紅葉の手を伸ばすと、フランソワーズはその手を優しく包み込むように手を握った。


「・・・神経系だから・・・どれくらい、かしら?」
<通常 ノ 生活ニ 戻ル マデ 2,3週間 ハ カカル>
「・・・・長いわね」
<・・・・ウン>
「仕方ないわ!・・・ヨロシクお願いね、イワンっ。夜の時間が来たら、あなたがちゃんと休めるように努力するわね?それが自分のために繋がるもの」


フランソワーズは笑顔のまま、イワンがクーファンに乗って地下の研究室へと戻るのを見送った後、全身で深い溜息を吐いた。












「どうした。」


リビングルームに立ちつくすフランソワーズに突然、そっと優しく温かい大きな手が彼女の肩を包んだ。


「・・・あ、ジェロニモ」
「・・・・・まだ機嫌が悪いか。お湯はもう出るぞ。」
「ええ、知っているわ。直してくれてありがとう」


いつの間にジェロニモはリビングルームにやってきたのか、気が付かなかったフランソワーズは、慌ててジェロニモに向かって微笑んだ。


「いいか。フランソワーズ。」
「?」
「笑いたい時に笑え。自分を誤魔化すな。」
「・・・なあに?・・・そんな、突然・・・誤魔化したりしてないわ」
「本当の笑顔は温かい。」
「・・・・」
「スマン。それでも言う。ウソの笑顔でいられるよりも。怒っていた方が良い。悲しんでいた方が良い。悩んでいた方が良い。泣いてくれた方が・・・温かい。本当の顔を隠した笑顔のお面はいらない。」
「・・・・・・・」
「オレたちは家族だ。遠慮するな。」
「・・・ジェロニモ」
「後は、リーダーにまかせる。メンバーのメンタル面もサポートできなくては困る。」
「え?」


フランソワーズは抵抗する暇もなくジェロニモに抱きかかえられて、ダイニングルームからドアを開けた主に向かって、放り投げられた。

「きゃあああっ」

「?!」


キッチン、ダイニングルームに誰も居なかったのでリビングルームへと向かい、そのドアを開けたとき、ジェロニモの声が聞こえたと思ったら、瞳に飛び込んできたのは宙に浮くフランソワーズ。





ハチミツ色の髪がキラキラとギルモア邸のルームライトに照らされて、空気に靡いた。


躯が動く。
足を大きく一歩踏み出して、両腕を差し出した瞬間に・・・腕に舞い降りてきた愛しい重さ。


香りが舞う。


その小さな顔には大きすぎる空色の瞳を見開いて、ジョーの腕に受け止められたフランソワーズは反射的にジョーの首にその両腕をまわして、しがみつく。ジョーは自分の目の前に立ち、ニヤリと嗤った大男を驚きの色に染め上がった褐色の瞳で睨んだ。


「っっジェロニモっっ!!!」
「うむ。悪い。ジョー。”投稿・ワクワク/どっきりショー”がオレの好きな番組だ。驚いたか。」
「っっ!」
「次回はビデオを用意しておく。」


ジェロニモはドア口に立つフランソワーズを抱きとめたジョーを押しのけるようにして、リビングルームからダイニングルーム奥にある自室へと向かった。


「・・・・大丈夫?」
「・・・・え、ええ」


ジョーはそっとフランソワーズを床に降ろし、フランソワーズもジョーの首にまわしていた腕をゆるゆると解いた。フランソワーズの顔を見ることに躊躇ってしまうために、ジェロニモが去っていった方向へとジョーは視線を向けた。フランソワーズはジョーから躯を離して距離を取ってから、ジョーに向かって話しかけた。



「ジョー、お腹空いたのでしょう?」


フランソワーズは微笑んだ。
それが、ジェロニモが言う温かいものであるのかどうかは、フランソワーズにはわからない。
ジョーは視線をフランソワーズに戻して、頷いた。


「・・・・つい、話し込んでしまって・・・あるかな?」
「ええ。張大人はちゃんと、ジョーの分をとっておいてくれているわ」
「・・・・・・・・・それで、俺はキミの何をサポートすればいい?」
「!」
「・・・・そんなこと、言ってなかった?ジェロニモ」
「さあ、どうだったかしら?・・・・びっくりしちゃって、覚えてないわ」
「・・・・そう?」
「すぐに、温め直すわね・・・リビングで食べる?」
「・・・ダイニングで」
「少し待っていてね」


ジョーの隣を通り抜けてキッチンへとフランソワーズは足を向けたが、その腕を掴んでジョーが引き留めた。


「・・・・・大丈夫?」
「大丈夫よ!・・・・ジェロニモがあんなことするなんて、驚いたわ」
「・・・・・いや、そうじゃなくて」
「?」




ーーー無理に笑ってる、だ、ろ?


口から出そうになった言葉を飲み込んで、代わりの言葉を探す。壁にかけられた時計がジョーの視界に入った。



「・・・・お菓子作りのサポートは、いらない?」






####


ダイニングルームでフランソワーズが温めなおした昼食を取り、食器をさげにキッチンへと入っていくと、オーブンから焼き上がる甘い香りがジョーを出迎えた。オーブンをのぞき込むようにして観ていたフランソワーズは、ジョーの気配に気づいて振り返る。


「私が洗うわ」
「忙しそうだから、いいよ」
「焼き上がるのを待ってるだけだから、いいの」


フランソワーズは手を差し出してジョーから食器を受け取ると、シンクへと置いた。ジョーは冷蔵庫にもたれるようにして立ち、フランソワーズに話しかけた。


「・・・今日は、なに?」
「レーズンとナッツのパウンド・ケーキ!」
「・・・・甘そう」
「?そんなことないわ、少し大人の味よ?」
「・・・・・大人の味?」
「そう、大人の味」
「・・・大人の味って?」
「ラム酒漬けのレーズンを使ったから’大人”の味」
「・・・ラムレーズン?を使っているから、大人?」
「そう!」
「・・・・ふうん」
「食べたことない?アイスクリームとか・・・?」
「・・・そういうのを自分で買ったことがないから・・・な」


ジョーは少しばかり考えてみた。
幼い頃、施設で配給されたおやつにそれほど興味がなく、ほとんど口にしなかったような気がする。施設を出た後でも特別食べたいと思ったこともなかったので、買った記憶があまりない。御菓子やケーキ、スナック類はサイボーグになってから口にすることになったように思う。


「多分、ジョーは好きだと思うわ」
「え?」


視線をキッチンの床に落としていたジョーは、フランソワーズの言葉に弾かれたように顔を上げた。


「きっと、好き。よ」
「・・・・っ」


シンクに水を張り、スポンジで洗剤を泡立てた手の人差し指を立てて、魔法をかけるかのように指を動かした。


「ジョーはラムレーズンが好きそうな顔をしてるもの!」
「・・・・顔?」
「ね?」


花が咲きこぼれるように柔らかく微笑んだ、フランソワーズの笑顔は先ほどとは違い、輝いている。


「・・・・・・・ね?って言われても・・・」
「んふふ、みんなそれぞれに”お気に入り”があるのに、ジョーはないんですもの。このケーキがそうなったら嬉しいわ」
「・・・・お気に入り?」
「そうよ、お気に入り」
「・・・みんな、あるの?」
「あるわ」
「・・・・・・あるよ」
「え?」


ジョーはキッチンのドアまで歩み、フランソワーズへは振り返らずに足を止めて言った。フランソワーズは視線だけでジョーを追う。


「・・・・・・・俺にも、あるよ」
「・・・」
「・・・・・・全部」
「?」
「・・・・・・・・全部だよ。・・・キミが作る、全部がお気に入り」
「!」
「・・・地下にいる」


キッチンを出てジョーは地下へと再び戻って行き、フランソワーズはオーブンのタイマーが切れたと知らせる音を訊いて、慌てて泡のついた手を洗った。





耳に残る、ジョーの声、息、そして・・・温もり。

ジョーに抱きとめられたとき、自然と腕が動いた。
頭で考えるよりも、こころは素直にジョーを求めて躯を動かした。


フランソワーズはそっとオーブンを開けると、熱気を避けて少し横へ移動する。オーブン内から熱気が去るのをしばし待ちながら、ラムの香りに酔いそうになる。
取り出したパウンドケーキは自然に冷めるのを待つ。いつも作るパウンドケーキよりもしっとりとした質感がなめらかに、キッチンのライトに照らされる。


「全部がお気に入り・・・」

ーーー・・・・・・”一番”はないの?





私は、あなたの一番になれない・・・。
あなたの”一番のお気に入り”を作れるのは、きっと、あなたに愛されている人だけ・・・なのね?










腕に残る、フランソワーズの柔らかさに香り・・・耳元にかかった吐息。

ジョーは地下に降りる階段の途中で、崩れるように座り込み、自分の腕に残る温もりをかき抱いた。
目蓋に焼き付いた、空から舞い降りてきた天使のようなフランソワーズの姿。


痛い。
胸の痛みは甘く疼いて、体中を痺れさせる。

息苦しい・・・・。
彼女の声が、何度も何度も繰り返し再生される。



人を好きになる、ことは・・・
こんなに切なく、苦しい、もの・・・?


キミのそばにいたい。そばにいたい、けれど・・・・・・苦しい。


キミは知らないだろ?
ない勇気をどれだけ振り絞って、キミと話しているか。

いつも脳は酸素不足で、じんじんと傷む。
心臓は以上に早く、強化されているはずの人工皮膚さえも壊しそうな勢いで叩く。
震える手をなんとか、誤魔化して。
喉はヒリヒリと痛んで、締め付ける。





キミは知らない。





知って欲しくない。
こんな情けない俺なんかに、気づかないで欲しい。







人を好きになると・・・・・こんなにも・・・





「・・・・・B.Gとの戦いの方が楽だったよ、これじゃあ・・・」










======33 へ 続 く


・ちょっと呟く・

乙女な、ジョー・・・?
ごめんよ、ひっつけたいんだけどさあ、お話しの展開上がんばってね!
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