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Day by Day・44
(44)




「本当に申しわけありません・・・。突然に」


長旅で少しばかりくたびれたグレイのスーツだったが、長身で肩幅のある彼にピッタリと合っていた。スーツを着こなしている雰囲気から、そして話す仕草や物腰が、彼の育ちの良さを伝えてくる。

ブラウン・カラーの髪は柔らかく、さっぱりと切りそろえられて、緑かかった瞳の色は穏やかに、鼻筋が通り微笑んだ笑顔は、優しい。コズミ博士から聴いていた実年齢よりも幼く見えた。



銀色のスーツケースは2つ。

ピュンマの手によってゲストルームへと運ばれた。








クラーク・リンツは、予定していた来日の日程を急遽変更してギルモア邸へ訪れた。
何も連絡を入れずに、滞在予定であるギルモア邸への了解も得ずにやってきたことを、何度も詫びる。

事前にコズミから知らされていた住所を頼りに、1人、空港からタクシーに乗り込んで、片言の日本語でなんとかギルモア邸まで辿り着くことができた。と、ジョーに申し訳なさそうにしながらも、辿り着いた安心感からか、顔から安堵の笑みがこぼれる。

人懐っこいその笑顔に、少しばかり戸惑いつつも、長旅の疲れのことを思いやって早々にゲストルームで休んでもらうことにし、クラークのことはピュンマにすべてを任せた。
ジョーは部屋から様子を伺っていたアルベルトと少しばかり話してから、再び地下へと降りていった。











地下のメンテナンスルームのドアを開けようとしたジョーの手が、ドアノブに触れる前にドアが開いた。


「よおっ、もういいのか?」
「・・・・長旅だったろうから、さっさとゲストルームで休んでもらった、よ」
「明日だな、全部」
「・・・うん」


ジェットはフランソワーズの方へと振り返った。


「んじゃあな、オレは部屋に戻るぜっ。フランソワーズ、考えとけよ!」
「?」


ジェットの言葉に、フランソワーズは何も返事を返さなかったが、ジェットは気にする風もなくジョーの横を通り過ぎて自室へと戻っていく。その背を見送ったジョーは、メンテナンスルームに置かれた寝台の上で上半身を起きあがらせたまま、固まったように動かないフランソワーズを見つめた。

ジェットの最後のセリフが気になったが、あえてそれには触れずに、ジョーはフランソワーズに話しかけながら、彼女に近づいていく。


「”眼”も”耳”も当分、スイッチは入れてはいけないはずだった、よね?」


少し、厳しさを含めた口調で言った。


「・・・・・つい」
「”つい”じゃ、言い訳にならない、よ。・・・・気を付けないと」
「ええ・・・。ごめんなさい」
「・・・・・・・休んだ方がいい、よ。驚いたろ?」
「・・・・1人で大丈夫よ。ジョー、部屋に戻って」


寝台の傍に立ち、ジョーはフランソワーズを横になることを促しながら、彼女と繋がったコード類の先にある、フランソワーズの体調を表す計器類に視線を走らせた。
フランソワーズは素直に躯を寝台に横たえたが、ジョーとは先ほどから視線を合わそうとしない。


「・・・・キミが眠ったら、ね」
「・・・・」
「・・・俺がいたら、気になる?」
「・・・・」
「・・・これを、アルベルトから借りてきた」


ジョーがポケットから取りだしたのは、コットン地のシンプルなアイマスクだった。


「・・・これなら、部屋が明るいままでも少しはマシ、だろ?・・・ルームライトはつけたままにしておく、よ」


フランソワーズはジョーの手からアイマスクを受け取り、そこではじめて、ジョーと視線を合わせた。


「・・・・ありがとう」


微笑んでから、フランソワーズはアイマスクでジョーを視界から消した。が、フランソワーズの”耳”が、近くにあったイスにジョーが座ったことを確認する。

こぼれそうになる涙を、アイマスクが隠してくれた。
フランソワーズはジョーに背を向けるようにして、躯を動かす。

ジョーはただ黙ってイスに座ったまま、フランソワーズの規則正しい寝息が聞こえ始めるのを待ち、彼女が眠ってしまったことを知っても、座ったイスから離れることはなかった。








この腕の中にいたはずの、キミがとても遠くに感じる。

こんなに近くにいるのに。

遠い。


とても遠い、よ。
















####

クラーク・リンツがギルモア邸に訪れた翌日の早朝に、急遽00サイボーグ達の間でミーティングが開かれた。
各自、報告を短く済ませて今後の打ち合わせをする。

当分は脳波通信を使っての情報交換を主とし、重要なことはメールで。と、言うことに決まった。
長くてもクラーク・リンツの滞在は、約1週間。
コズミからの紹介と言うことで、00メンバー達はクラーク・リンツに対し、それほど強い警戒心を持ってはいない。









晴れた5月の清々しい朝に、疲れていたはずの体が反応する。
重たい目蓋を開けてみれば、見慣れない天井にしばし考え込んでしまう。



ーーーああ、ここはアイザック・ギルモア博士のお宅だった。



クラークは昨晩のことを思い出しながら寝返りをうつ。
自分を邸に招き入れてくれたのは、黒人の青年だった。

通された応接室にやってきたのは、東洋人にしては目鼻立ちが、その瞳の色に、髪の色に違和感を感じさせる、不思議な雰囲気の青年だった。


ーーー彼が、”ジョー・シマムラ”だったな。


クラークはもう一度寝返りを打った。


ーーー東洋人って、なんであんなに可愛いんだろう?


ジョー・シマムラの顔をよく思い出そうと集中する。
なんとなく、特徴的な部分は思い出せるが、その他の細かい部分がなかなか思い出せずに、ぼやけた印象でしか閉じた目蓋に映像として映し出されない。


はっきりと思い出せないイメージに、苛々してくる。


ーーーミツヒロと、全然タイプが違うなあ・・・。







クラークが再び意識を柔らかなベッドに沈めてしまい、次ぎに目を覚ましとき、長くなり始めた陽が傾き始めたころ・
張大人の作る”歓迎”のための美味しそうな香りに誘われて、恐る恐るリビングルームのドアを開けた。


初めて見るギルモア邸のリビングルームに、息を飲むほどに美しい女性が、立っていた。
女性の理想が高すぎる!と、言われ続けるクラークでも、今、目の前に立つ女性の持つ、美しさを理想としたことはない。


真っ直ぐに背筋を伸ばした姿勢。
華奢で線は細いが、女性らしい柔らかさが空気に触れる二の腕でわかる。
色が白いのではなく、陶器のように艶のある輝きが光を弾く。

ルームライトの光を受けて淡く天使の輪をつくる、絹糸のようにしっとりとしたハチミツ色の髪が揺れて、クラークに振り返る。

戸惑い気味に瞬いた、目蓋を縁取る長い睫がゆったりと揺れて、パライバトルマリンも色褪せるような、神秘的な蒼い瞳がクラークを映す。

潤い弾けるような、ふっくらとした形良いくちびるが動いて、涼やかな愛らしい声がクラークの耳に届いた。


「・・・ジョーを呼んでくるわ」












ソファに座っていたピュンマが立ち上がると、リビングルームにいたアルベルト、ジェット、そしてグレートがクラークに注目した。

フランソワーズは手に持っていたトレーから、人数分の珈琲を置いてダイニングルームへと向かう。
その背をクラークは視線だけで後を追った。


「Mr.リンツ、ようこそギルモア研究所へ」


ピュンマの声にクラークは我に返って視線をピュンマにむけると、にっこりと微笑んだ口元からのぞいた白い歯がきらり、と光る。

リビングルームにいた4人と、クラークは簡単に挨拶を交わして自己紹介を済ませたとき、ダイニングルームへと続くドアが開いて、昨夜、不思議な雰囲気の印象をクラークに残したジョーが、フランソワーズと共にリビングルームにやってきた。


ピュンマに進められて座った白いソファ。その前にある硝子作りの珈琲テーブルに香ばしい香りの珈琲が、細く小さな、フランソワーズの手で置かれた。
クラークはフランソワーズに短く例を言うと、それに答えるよう微笑んだフランソワーズの、花が咲くような明るい笑顔に、引き込まれそうになる。

フランソワーズの手がクラークの前から離れていき、その動きを追っていくと、フランソワーズは次ぎに、パーソナルチェアに座ったジョーの前にも同じように珈琲を置く。


「・・・博士、は?」
「お呼びしたのだけど・・・。もう1度、行ってくるわ」


フランソワーズは立ち上がって、トレーと共に再びダイニングルームの方へと歩いて行った。


「ゆっくりお休みになられましたか?」
「昨夜は突然、何も連絡せずに押しかけてしまって申しわけありませんでした。・・・あらためて、初めまして、Mr.シマム。ラクラーク・リンツです。コズミ博士からお話は伺っています」
「・・・・長旅、お疲れ様でした・・・。聞いてもいいですか?」
「・・・・予定を繰り上げてこちらに伺ったことですか?」
「はい、差し支えなければ」
「・・・格好良く言うと、1日でも早く自由を手に入れたくて・・・。正直に言うと、逃げてきたんです」


ジョーの瞳の色が009の光を放つ。
そのばに居たアルベルト、ピュンマ、ジェット、グレートはそれを見逃さない。


「・・・逃げて、きたんですか?」
「はい、色々なことから・・・・。でも、一番の原因は婚約破棄。逃げてきたんですよ、結婚から」


予想していなかったクラークの意外な言葉に、ジョーは瞬きを繰り返し、狼狽する。


「婚約破棄、たあ・・・・また・・」


グレートが呟いた。


「親、親族に多大な迷惑をかけてしまいました。・・・すべてをやり直したくて、もう1度自分の気持ちに正直に生きたくて・・・。日本への留学をコズミ博士に無理を承知でお願いしたんです。決まったと思ったら、落ち着かなくて・・・向こうでやるべきことを、さっさと済ませて、飛行機に飛び乗ってきたんです」


クラークは珈琲カップを手に取り、ミルクも砂糖も加えずに飲んだ。
時差呆けのために霧がかかっていた頭がスッキリと冴えてくる。


「・・・・今日、明日あたりは、お疲れでしょうからゆっくり休んでください。すぐに夕食の準備ができますよ、腹減ってませんか?」


クラークはアルベルトの言葉に頷いた。


「もう、すっかり夜なんですね・・・。当分は時差呆けですね、この調子だと」
「フランソワーズのヤツはよぉ、博士1人呼ぶのに、何ちんたらしてんだろうなっ」
「・・・・フランソワーズ?」
「そういえば、彼女の紹介がまだですね?」
「さっきの、あの・・・とても綺麗な女性・・・ですか?」


ピュンマはクラークの言葉に嬉しそうに頷いた。


「彼女以外にもまだ、他の研究員がいるんです。夕食の席で全員揃いますから」
「コズミ博士から、8人いらっしゃると伺っています」
「多分、びっくりされると思うんですけど・・・」
「みなさん、お国が違われるんですよね?」
「僕は、ムアンバから。ジェットはアメリカ。グレートはイギリス」
「オレは、ドイツです」
「・・・シマムラと、言うから、日本の方ですよね?」
「・・・・・・・半分ですが」


クラークはジョーの返事により、東洋人とは言い難い容姿に納得した。クラークの自分を値踏みするような視線に、居心地悪そうに少しばかり眉を寄せたジョーの表情に、クラークは苦笑する。


「すみません。あなたがとっても魅力的で、可愛らしいから・・・つい。アジア人の男性はとてもセクシーですから・・・。先ほどの女性、フランソワーズさんでしたね?彼女も信じられないくらいに綺麗でしたが、あなたはもっと違った意味で美しいですよ。本当に・・・可愛いですね、Mr.シマムラ」


クラークの言葉に、ジョーは背筋に冷たいものを感じ、アルベルトはクラークの言葉を聞き流すことに決めた。ピュンマは呆然と口を開けて固まり、グレートは顎に手をあてて唸って、ジェットは脳波通信を飛ばす。


<ジョーを可愛いって言いやがったぜっ!!>
<魅力的で、セクシー・・・・魅力的でセクシー・・・・可愛くて魅力的でセクシー・・・・で、美しい・・・セクシーで可愛くて魅力的で美しい・・・>
<ピュンマ、繰り返すな。聞き流せ、意識するな>
<モテるなあ、ジョーは・・>
<セクシーで、綺麗で、可愛くて、魅力的・・・・可愛い・・・ジョーが可愛い・・・>
<・・・ピュンマ、落ち着け>
<これで、ミツエが言ってたことが証明されたぜ・・・>










####

「・・・・いやいや、長旅お疲れじゃったのう、Mr.クラーク。・・・・・おや、みんなどうしたんじゃ?」
「初めまして、ギルモア博士。お会いできて光栄です!」


ほどなくして、ダイニングルームから姿を現したギルモアに、クラークは勢いよく立ち上がって握手を求めた。好意的なクラークの態度にギルモアは頬が緩みつつ、いつもと違う面持ちでソファに座っている5人の様子を不思議そうに眺めた。


「・・・お食事の用意ができましたの、ダイニングルームの方へいらしてください」
「おお、そうか。そうか・・・」


ギルモアの背後から、涼やかに愛らしい声が聞こえた。


「挨拶が遅れて申し訳ない。初めまして、クラーク・リンツです。Miss.フランソワーズ」


クラークの自己紹介の言葉に、ギルモアは左に避けて、クラークとフランソワーズを合わせた。
2,3歩クラークの方へと歩み寄り、フランソワーズは笑顔で差し出されたクラークの手を取り握手する。


「こちらこそ。ご挨拶もせず失礼しました。フランソワーズ・アルヌールです」
「・・・・お美しい」


感嘆の溜息を吐きながら、フランソワーズの白くて柔らかな手を自分の方へ引き寄せて、彼女の手の甲に優しくキスをした。


「ほっほっ。儂の自慢の娘じゃよ・・・」
「こちらにうかがえたことを、感謝しなければいけませんね。こんなに愛らしいお嬢さんにお会いできた上に・・・素敵な方々とお知り合いになれたんですから」


フランソワーズの手を離さずに、クラークはジョーの方へと視線を投げかけて、微笑んだ。


<ありゃあ、素敵な”方々”じゃあなくて、素敵な”ジョー”だなあ?>
<魅力的で可愛いいセクシーなジョーは、美しくて素敵・・・>
<でもよっ野郎、ベタベタとフランソワーズの手を握ってやがるぜえ?気障ったらしいヤツ!!>
<リンツ氏にとっちゃあ、両手に花な環境かもなあ?片手にフランソワーズ、もう片方にジョーってかあ?>
<婚約破棄した理由が”それ”なら、なんであんなに、ベタベタしやがんだよっ!フランソワーズに!!>
<おもしろいな・・・・。ピュンマ、夕飯だ。そろそろ正気に戻れ>
<可愛いくて、美しくてセクシーで魅力的で素敵なジョー・・・・・・>
<あ、駄目だなあ、ピュンマはこういう方面の免疫がないっぽいぞお?>











####

ダイニングルームに集まった、ジェロニモ、そして夕食を整えた張大人とも自己紹介を終えたクラークは、張大人の歓迎の意を込めた中華料理に舌鼓を打ち、研究者としてギルモアと会話を楽しんだ。時折、視線をジョーに向ける。
勤めて冷静でいようとしつつも、ぎこちない仕草のジョーが、クラークにはたまらなく可愛く感じる。
からかうように、彼のために並べた賛辞の言葉は、ダイニングルームを心地よいほどに冷たい空気に染め上げたが、その空気にまったく動揺を見せなかったのは、唯一フランソワーズだけだった。


夕食後、ジョーは逃げるように自室へと戻っていくのを、誰も止めない。
ギルモアとクラークは話しが盛り上がり、終わりそうもない会話は場所をダイニングルームからリビングルームへと移した。


ギルモアも初めはクラークのジョーに対する態度や言葉に面食らっていたが、もう慣れてしまった様子で何も気にしていない。
クラーク自身も隠す気はないらしく、自分は男も女も変わりなく平等に”恋愛”できる。と、言い切った。
2人と一緒にリビングルームに席を得たアルベルトとグレートは、張大人が気を利かせて並べてくれた酒とツマミを楽しんでいた。


「本当に、アジア人の男の子は可愛い!」


ほどよく酒がはいったクラークはご機嫌に言い切った。


「ほお・・アジア人ですか?」
「Mr.シマムラはとくにですよっ!!可愛いなあ・・・。あの少し背伸びした感じの、うん。容姿も美しいが、なんというか、あの雰囲気がねえ・・・・セクシーです!」
「・・・・突っ込んだことをききますがあ、ねえ。その婚約破棄の・・原因ってのは、おたくの”それ”ですかいなあ?」
「あ、やっぱり気になりますか?」
「興味はありますね」


クラウンロイヤル(ライ・ウィスキー)をトワイス・アップ(氷なし・水とウィスキー1対1割)でグラスに注いだ。
グレートが空になったグラスをアルベルトに差し出す。


「・・・Mr.ハインリヒ、あなたもとても素敵ですよ?」
「アルベルトでいいです。そうですか?ありがとうございます。でも、Mr.リンツの好みではない。そうでしょう?」
「どうぞ、クラークと呼んで下さい。ええ、その通りです。どうも・・・、好みのタイプは”可愛い”感じになりますね。Miss.フランソワーズも本当に・・・。あんな女性がいたなんて。感動ですよ」
「・・・・ジェットやピュンマ、ジェロニモは違うんですかい?」
「Mr.リンクも、良いですねえ・・・。でも、彼の場合は自分と好きになるタイプが似ていると思うので、あり得ないですね。Mr.ジェロニモ・・・ウットリするような素晴らしい体の持ち主ですね。でも、自分のタイプではないんで・・・Mr.ピュンマ!彼もいいですけれど、自分のような人間にまだ、免疫がないような気がしますから、ここは黙っておきますよ」


アルベルトは、グレートにウィスキーを炭酸水で割った、ハイボールを作って渡した。


「ピュンマに免疫がないと、わかるんですか?」
「わかりますよ!!長く、こういう恋愛をしてますからね。色々と”普通”では味わえない経験もしています。・・・気になるのはMr.シマムラです。やっぱり。彼は自分と同じ方向で”恋愛”していそうな気がしたんですが、違うみたいですね。おかしいなあ・・・自分がそういう”感”で間違うことはないんですけど」
「ヤツはそこそこに遊んでますからね」


アルベルトが意味深に片方の口角を上げて嗤った。


「嫌われてしまったかな、自分は。さっさと自室へ戻られたようですし・・・」
「ジョーはそんなことで、人を嫌ったりするような器の小さい男でないぞ、心配しなさんな。ちょっとばかし戸惑っておるだけじゃろう。ああ見えてテレ屋でのう。あんな風にみんなの前で褒められて恥ずかしいんじゃろうて」
「いやあ、やっぱり可愛いなあ・・・。ミツヒロもそうでした」
「ミツヒロ?」
「・・・・・元・ルームメイトで、自分が日本に来た、婚約解消した理由です。そして・・・」


クラークは手に持っていたグラスのカラメル・カラーの液体を一気に飲み干した。
カラリと溶け変えた氷が鳴る。


「あなた方が知りたがっている、”交流会”を始めた人物と暮らしていた、男ですよ」










####

ふと、集中力が切れてパソコン画面の端に表示されている時間を見ると、すでに2時をまわっていた。薄く開けたままだった窓を閉めて、カーテンを引き直し、喉に感じた乾きを潤すために1階のキッチンへと向かう。

リビングルームのドアから煌々と明るいルームライトが漏れている。
ドアを開けると、安楽椅子に沈み込んだギルモアの高鼾が聞こえ、グレートが硝子作りのテーブルとソファの間で酒瓶を胸に抱いて転がっている。
ソファの上でごろり、と寝転がって気持ちよさそうな寝息を立てていたのは、クラーク・リンツだった。


足音を忍ばせ、リビングルームを抜けてダイニングルームへのドアノブに手をかけたとき、ドアのむこうから話し声が聞こえた。


「・・・ジェットのヤツ」
「2人に、国に帰る意志があることは前にも聞いたわ、でも」
「あいつはいったい、何を考えてお前にそんなことを言ったんだ?」
「・・・・ジェットだもの。彼は自由に行きたいとこへ行って、帰りたいときに帰ってくるの」
「それに、お前を巻き込む必要はないだろう?」
「わかっちゃったのかしら?」
「何がだ?」
「・・・・・・ここから逃げ出したいって、思ったことを」
「フランソワーズ・・・」




ーーー逃げ出したい?

ドア越しに訊く、フランソワーズの言葉に肩が揺れた。



「いつも、私は逃げることしか考えてないの、それをジェットは・・・」
「逃げたいなら、なぜ逃げない?」
「・・逃げる勇気もないの」
「ここに居る方が、逃げるよりも勇気がいるだろう?」
「・・・・そうかしら?」
「そうだと、思うぞ?」
「フランスへ行く勇気もない。1人でメンテナンスルームへ向かう勇気も、耐える勇気もない。平和を楽しむ勇気も、戦いに戻る勇気も、自分の気持ちに素直になる勇気も・・・・なにもないの」
「・・・・・・じゃあ、どうしてここに居続けられるんだ?」
「・・・・・・・・・明日があると、信じさせてくれる。から・・・」
「明日?」
「そう、明日。明日が来て、明日が今日になって、また、明日が来るのよ」




ーーー明日・・

2人の会話に耳を澄ませながら、フランソワーズの言葉を、ゆっくりと噛みしめ・・・以前、彼女に言った言葉を思い出す。






「・・・それで?」
「それだけ、よ。それだけ・・なの」
「意味がわからないぞ?」








ーーーキミがいる明日ーーー
”人で在り続ける限り、仲間である限り、フランソワーズが・・・キミが生きるている明日が続いていく限り。”









いつだったか、コズミ邸から帰る車の中で、ジョーがくれた言葉。
ずっと、私を支えてくれている言葉。



毎日が、ジョーと同じ明日に向かっているから、ここにいるの。
それがどんなに・・・・辛くても。













「んふふ、判らなくて良いの!・・・・・繰り返す明日が”ここ”にあるから、私はどこへも行きたくないの」
「・・・・フランスにも、か?」
「・・・・フランスにも、かもしれない」
「かもしれない?」
「・・・勇気がないの、よ。逃げてるの」
「勇気がない、なんて口だけだな。002が一番付き合いが長いと言うが、実は一番、お前さんのそういう強さを知らないんじゃないのか?」
「・・・・強くなんてないわ・・。泣いてばっかりよ、最近は」
「泣けるようになった、いいことだ。泣けないよりもいい。・・・特に、誰の前で泣くか。が重要だが?」


フランソワーズの心臓が、とくん。と、小さく鳴る。
それは、淡く、優しく、ジョーを思い出させた。


「・・・だめよ。泣いたらだめ・・・・・絶対に。甘えてしまうわ。迷惑をかけるもの」
「誰が、いつ駄目だと言った?迷惑だと思われていないだろう?そして、甘えられて嬉しいはずだ」
「いやなの。・・・そんな資格、私にはないもの、ないの」
「・・・思い込みだ」





ーーー誰の、こと?

ドアノブにおいたまま固まっていた手に力が入ったために、ドアが、かちり。と音を立てて開いてしまった。


アルベルトがドアへと振り返る。
フランソワーズの躯が、びくん。っと跳ねた。










「・・・まだ、起きてたんだ?」


ジョーはドアを開けて、ダイニングルームへと入っていき、キッチンカウンターに座るアルベルトに向かって話しかけた。


「・・・・・・ああ、リビングルームの、見たろ?」
「・・ごめん。邪魔した、かな?」


ジョーはキッチン側に立っているであろう、フランソワーズに向けて声をかけた。
キッチンカウンターの上に象る、ランソワーズの黒いシルエットが首を左右に振って、ジョーの言葉に応えた。


「いや、無駄話をしていただけだ。ジョーこそまだ寝ないのか?」
「・・・ちょっとね」
「大丈夫なのか?」
「なに?」
「・・・・心配していたぞ、張大人がお前の食がいつになく細くなってるってな」
「気のせい、だよ」


ダイニングルームのルームライトはついておらず、キッチンのライトのみ。


「ジョー?」


フランソワーズが、とても小さな声でジョーを呼んだ。


「・・・なんでもいいんだけど」


その声に、ジョーは答える。


「・・・眠れなくなるわ」
「まだ、続けたいから」
「・・・・・でも」
「濃い紅茶でもいいけど・・」
「すぐに用意するわ」
「・・・お願いしていい?」
「ええ」


影しか見えないフランソワーズと会話をしながら、キッチンカウンターに座るアルベルトの方へと近づいていく。
アルベルトは、2人の会話を耳にしながら、短い溜息を吐いた。



ーーー名前を呼ばれただけで、フランソワーズが何を訊いているのか判るのか・・・お前は・・・・。




キッチンカウンターの、アルベルトの隣のイスに腰を下ろして、ジョーはフランソワーズの背を見つめた。

フランソワーズはポットに飲料水を注いでコンロにかける。紅茶の葉のチョイスはフランソワーズにまかせるために、何も言わない。
フランソワーズもジョーが何も言ってこないので、いくつかの紅茶缶を取りだして、渋みのある葉を選んだ。


アルベルトは、フランソワーズを見つめるジョーの横顔を、カウンターに肩肘をついて眺めた。
ジョーが今、どういう気持ちでフランソワーズを見つめているのか、アンバー・カラーに淡くなった瞳の色から読み取れる。





ーーー恋をしている。
   だからこそ、クラークの瞳にジョーが魅力的に見えたのかもしれない。
   恋愛することで、変わるのは・・・・女だけじゃない。








「ジョー、恩田光弘を知っているな?」


不意に、アルベルトは話しかけた。


「・・・・ああ」


ジョーはアルベルトが出してきた名に、その瞳の色が009のものを含んだ。


「彼からも話しを聞いた方がいいかもしれん」
「理由は?」
「・・・・・”交流会”を開いたのは、大学教授だった”トーマス・マクガー”。その彼の家に世話になっていたのが、恩田光弘。クラークは、トーマス・マクガーの勉強会に参加するために、家に通っていて恩田光弘と知り合ったそうだ」
「教授?・・・トーマス・マクガーが?・・・どこの大学?」
「クラークが居たところだ、イギリスのC大学院。長くはいなかったらしいが、かなり学生たちからは慕われていたようだ。それが今の”交流会”に繋がる」
「今は、誰が”交流会’を?」
「・・・それが、だ。クラークもわからないらしい。昔と違って規模がでかくなっていき、怪しいやつらの出入りが”交流会”に見え隠れするようになって、クラークは嫌になったらしい。そこにコズミ博士と出会って、だ」
「信じられる、話し?」
「今のところは、だ」
「怪しい奴らって?」
「それを探ろうとしたのがバレて、危なかったらしい」
「・・・・気になる、な」
「今は、そこには手を出さない方がいいだろう・・・。”設計図”の方が重要だと思うが?」
「もちろん。”交流会”の方に、このゲームが知られてないことを祈るよ・・・。008が調べてくれたゲーム参加者は日本人が多かったけどね。・・・英語版もあるようだから」
「008に頼むか」
「・・・005に、”交流会”の流れを探ってもらう」
「トーマス・マクガーの足跡が追えそうだな?」
「・・・・もっと話しを聞き出そう?」
「クラークはなんでも話すぞ。それが条件でコズミ博士に留学の世話をしてもらったから、と。かなり律儀なやつだ」
「・・・こっちに興味を持たれては厄介だよ?」
「それはないだろう。{”ギルモア研究所”の研究が盗まれて、どこに流れてしまったか}を調べている。と、言う理由で十分に納得していた。それに・・・」
「なに?」
「クラークは、お前さんがいたくお気に入りらしくてな、デートをしてくれるなら、なんでも協力するらしいぞ?」


アルベルトの言葉に、ジョーは苦々しく眉を顰めた。


「・・・・・ふざけるな、よ」
「いや、クラークは真剣だ」


キッチンの奥で、湯を沸かしていたフランソワーズの肩が小刻みに揺れている。
その肩の揺れから、彼女が笑いを堪えているのがはっきりとわかる。


「・・・・そんなに面白い?フランソワーズ」
「ご・・・ごめんなさい・・・だって。・・・だって・・・ね?アルベルト」


コンロの火を切って、紅茶の葉をティポットに入れようとしていたが、揺れる手のせいでなかなか紅茶葉を掬うことが出来ない。


「アジア人の男は魅力的で、可愛いらしい。ジョー、・・・クラークはお前を自分と同じ”バイ・セクシャル”だと思っていたらしいぞ。一応は訂正しておいたから、心配するな。・・・でも、そうなら、スマン。余計なことをした。とにかく、一緒に街に出て買い物をしたいそうだ」
「・・・・・・何がしたいんだい、彼は・・・」


溜息交じりに呟いたジョーの声。
フランソワーズは、必死で笑いを堪えつつ紅茶の用意を調えて、トレーにティポットとティカップを乗せて、キッチンカウンターの上に置いた。
トレーの上には、それ以外に市販の焼き菓子が添えてあった。


紅茶の優しい香りが3人を包み込む。
静まりかえった邸内に、ゆるやかな時間が流れていく。


「・・・・驚かないんだ、ね?彼のそういうことを知っても」
「バレエ学校に通う男性の80%以上は、同性と恋愛できる人だったもの、慣れてるわ」


フランソワーズはくすくすと、笑い続ける。
笑うフランソワーズを、ジョーは可愛いと思いつつも、彼女が笑っている内容が、内容だったので、はっきりいえば、おもしろくない。


「笑い事じゃないぞ、フランソワーズ。クラークはお前さんでもいいって言ってる。できれば、ジョーとフランソワーズの3人で遊びたいらしい」
「?!」
「小さい頃に欲しくてたまらなかった、なんとかって言う、人形作家の作った人形がずっと忘れられなくて、理想の女性がすべて、その作家が作っていた人形の容姿になってしまったらしい。フランソワーズ、お前さんは理想以上に理想の女の子らしいぞ?お前に服を買ってやりたいと、叫んでいたな」
「私はお人形じゃないわ」


形良いふっくらとした、くちびるを尖らせて講義する。
そんな仕草で魅せるから、余計にクラークが手を出したくなるんだ。と、言いたい気持ちをアルベルトは抑える。


「・・・・おもちゃじゃない、よ。俺もフランソワーズも」
「もう決まったことだ」
「・・・・・決まった?」


ジョーは片眉を上げてアルベルトを睨んだ。


「明日は・・と、もう今日か?今日はもう無理だろうから、・・・明日だな。クラークは恩田光弘に会いに行きたいらしい。そのときには付き合って欲しいそうだ。初めての日本で、日本語も片言だしな。だから、ジョー、そしてフランソワーズ、お前らが一緒に行くことになっている」
「私、も?」
「・・・勝手に決めるな、よ」
「都合がいいだろう?一石三鳥だ」
「・・・・まだ街には」


ジョーはフランソワーズへと視線を向ける。
フランソワーズは自分のこととはいえ、どう答えて良いのか判らずに困った様子でジョーと瞳を合わせた。


「ギルモア博士も似たようなことを言っていたが・・ジョー、お前が一緒ならと承知した」
「・・・・・博士」


ジョーは大げさに溜息を吐いた。


「そういうことだ。フランソワーズ」
「・・・・でも、私は」
「これもミッションだ」


ミッション。と、言われてしまってはフランソワーズは反論することができない。
イスから立ち上がって、ジョーはフランソワーズが用意したお茶を乗せたトレーを持ち上げた。


「・・・ありがと、これ。・・・とにかく詳しいことは、また陽が昇ってから、だ。いいね・・・」
「部屋に戻るのか?」


ジョーは頷く。


「フランソワーズも、部屋に行け。片づけは済んだんだろ?俺はリビングルームの酔っ払いたちを風邪ひかないようにしてから、戻る」


キッチンのライトがアルベルトの手によって消された。
リビングルームでアルベルトと別れ、階段を上りきったところで、ジョーとフランソワーズもそれぞれ自室へと戻る。


「お休みなさい、ジョー」
「・・・・うん、お休み。・・・・いまさらだけどあまり夜更かししない方が、いいよ?」
「・・・・・・ええ。わかっているのだけど、嬉しくって、つい・・・。ずっと地下だったから」
「気持ちはわかる、よ・・・。でも、心配だから」
「・・・ごめんなさい。・・・ジョーも無理しないでね?お休みなさい」


フランソワーズは俯いたまま早足に部屋へと入っていった。



ーーーごめんなさい・・・か・・・・・。






手にトレーを持っていなければ、フランソワーズを抱きしめていた。と、思う。

触れない。
キミのために、キミに触れない。



キミに触れたくても、触れない。



誓ったはずなのに、簡単にそれを破ろうとする自分がいる。
せり上がってくる、フランソワーズへの気持ち。
隠し通さないといけない、フランソワーズへの想い。
















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眠れない夜の不安は、朝陽の眩しい白い光が一時的でもかき消してくれる。
ベッドの上に置いた、ティポットはすでに冷え切っていて、中には微かに香りが残った葉がぺたり、と内側に張り付いている。

一口だけ食べてみた、焼き菓子はバニラアーモンドのビスコティ。
苦みの濃い紅茶に合う、ジョーが食べられる甘さだったが、味見程度にしか食べられなかった。


”マクスウェルの悪魔”から、ゲーム参加への招待状としてURLが送られてきたのは、フランソワーズの聴力が戻ったころ。
ピュンマとジェットがまとめた情報から、スムーズにゲームを進めて、すでに6つ目の”景品”の申請を出したが、連絡が来ない。
6つ目の”景品”を待っている間にもゲームを進め、今、7つ目を申請するメールを送ったところで、ジョーはコンピューターの”システム終了”をクリックした。

アルベルトが置きみやげにした、コンピューターウィルスの話題が、チャットルームを賑わせた。
自分のコンピューターがウィルスにかかったことがよっぽどショックだったらしく、ラムダが怒りをぶちまけていた。






昨夜の”呑み”が効いたのか、午後になってもクラーク、グレートそしてギルモアは姿を見せない。
リビングルームでピュンマが不機嫌そうにラップトップをのぞき込んでいる。その隣にジェットが眠そうな目を擦る。


「ラムダの後にトップになった、”J”って、やっぱりジョーなんだね!」
「・・・ゲームの進みが早いのは”景品”を目的のみにしてるから、だよ。他の細かいのは飛ばしてるから。ピュンマ、ジェット、アルベルトは時間をかけて欲しい」
「それでもっ7つ目の申請をしたって・・・早すぎるよっ」
「・・・・コツを掴んだ、それだけだよ」
「このゲームによっコツなんてもんがあるかよっっ!!」
「・・・・・制作者側が意図するものを読み取れば、早いよ」
「それがわかったの?!」
「なんとなく、ね・・・・まだ、俺の”想像”でしかないから、言えない」


風がいつもより強いのか、波の音がざざざああっと勢いをつけて、心地よくリビングルームに伝わってくる。
開け放たれた、壁一面のガラス戸は空と海の蒼を飾る。

淹れたての珈琲の香り豊かな湯気が立ち、陽が差し込んでは、揺れる影。
遠くで犬の散歩でもしているのか、風に乗って数度聞こえた元気な鳴き声に、目元を緩めてしまう。


「腹減ったああ・・・昼飯まだかよおお」
「そう思うなら、手伝ってくればいいじゃないか、ジェット」
「フランソワーズがいるだろっ」
「まだ無理させちゃ駄目なんだよっっそうだよね?ジョー」
「・・・・なるべくね。キッチンにいる?」
「珈琲持ってきてから、こっちに来てねえんだし、そうじゃねえのか?」


ソファから立ち上がったジョーはダイニングルームへと歩いていく。ジェットはそれを横目で見ていた。



キッチンから美味しそうな香りが漂ってくる。そこに居たのは張大人1人だけ。

「ジョー、もうちょと待つアルヨ!」
「・・・・フランソワーズは?」
「イワンの様子を見に行ってると思うネ、そうじゃなかったら洗濯してるネ、けっこう溜まっていたアルからね」
「・・・・・じっとしていられないのかな、彼女は」
「動いてる方が、いいときもアルヨ!」
「・・・あまり、疲れさせるようなことは、させたくないんだけど、ね」
「ジョーが代わりに、家事をやるヨロシ」
「・・・分担、させないと、ね。それぞれに決めようか」
「それはいいアルネ。掃除、洗濯、主婦は大変アルヨ~!」


張大人の戯けた物言いに微笑みつつ、ジョーはダイニングルームを抜けて、バスルームを覗く。
大型洗濯機が静かに動いているが、そこにフランソワーズの姿はない。
バスルームのドアを閉めて向かった、イワンが寝ているコモンスペースにも、フランソワーズは見あたらない。


「・・・・フランソワーズ?」


ジョーは踵を返して、再びリビングルームへと戻った。







=====45へ続く



・ちょっと呟く・

新キャラ、クラークさんでした。
予定より遅れて登場。そしてさらに遅れていくスケジュール・・・(汗)
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