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Day by Day・49
(49)





寮の方に電話がかかってきた。
久し振りに聴いた、母親の声。


急に1、2週間ほど留学生を迎える事になった、と。
学校のことはいいから、面倒をみてくれ、と。



大切なお付き合いある方に、御縁がある人だから、と。








用件だけを伝えて電話は切れた。



これが、親子の会話なのだろうか?

いまさら、そんなことを思ってしまったのは何故だろう?
・・・・初めてあった、顔も名前も知らない父の、・・ぼくの祖父にあった所為だろうか?

とても温かくて、素敵な人だった・・・・・。
もう1度、会いたい。
















「当麻さん、明日は学校へ戻られるの?」
「はい。けれど夕方には戻ってきますね」
「・・・・そんなに気を遣ってくださらなくても」
「さえこさんから言われてますし、中学からずっと寮暮らしでしたから、”通学’って言うのが新鮮なんです。なので、気にしないでください、マリーさん」
「・・・・・本当に?」
「本当ですっ」


当麻は心配そうに自分をのぞき込むマリー/フランソワーズに向かって、柔らかく微笑んだ。
フランソワーズは、その微笑みが、自分のよく知る彼にどこか似ている。と、思ってしまう。









2日目の夜。
篠原邸で与えられた部屋で携帯電話を確認し、ピュンマが用意し持たせてくれたフランソワーズ用のラップトップ・コンピューターを立ち上げる。
邸では滅多にさわることがなかった、コンピューターを使って色々なウェブを見ては楽しみつつ、日本語の勉強をしながら、約束の時間を待つ。




日付が変わる5分前。

ギルモア邸から一緒にやってきた、フランソワーズのお友達。
耳が異様に長い短い毛の”ウサギさん”の、その長い耳に隠したケーブルを引きだして、携帯電話に繋いだ。

フランソワーズの携帯電話が彼女の手の中で震え始め、ウサギさんのお腹が薄く光る。



<・・・はい>

フランソワーズは携帯電話に出た、が声を出さない。
ただ、携帯電話を通話状態にし、耳に当てることなく手にもったままの状態で”脳波通信”で会話する。


《・・・・f・・・fra・・・・・フランソワーズ?・・・僕だよ、聞こえるかな?》
<ええ、聞こえるわ。ピュンマ>
《ヤッタ!!成功だねっっ!!この距離でここまで聞こえたら十分だね!》
<すごいわ、この距離で通信できるなんて!・・・でも、1対1でしか使えないの?s>
《え?あ・・ああ。うん!まだまだ実験段階だからね。今は僕とフランソワーズのを繋いでるだけ。他の誰かと繋ぐ時は、もう1度個人のチャンネルに合わせて設定し直してから、携帯電話をかけ直さないと駄目なんだ。それにフランソワーズの方は”受信”しかできないしね。こっちからじゃないと”チャンネル”を替えること出来ないし。それでも普通にインターネットや携帯電話を使うよりも安全なんだよ。僕たちの通信は暗号化されている上に、傍受されたとしても、ただのノイズにしか聞こえないからね。補助脳の中に組み込まれているデータがないと解析不可能だし!今回の実験は成功だね!》
<んふふ。本当に凄いわ!>


フランソワーズは、手にもっている携帯電話に繋がれたケーブルを辿って、ウサギさんを見つめた。
ラップトップ・コンピューターの隣に、ちょこん。と座っている。
薄く光るお腹の部分は、ウサギさんがちゃんと”お仕事”していることを表している。


《使用時間が10分未満って言うのが残念だけどね。・・・それにさ、携帯電話が必要だし、携帯電話だけじゃあ、僕たちの”通信”は通らないからなあ・・・。ウサギさんの中に隠した脳波増幅装置もねえ、ちょっと不便だから、色々と改良が必要だよ》
<それでも、十分よ>
《今はね。・・・・メールを見たよ、明日から動くんだって?》
<ええ、昨日今日は学校がないからって当麻さんがすごく気を遣って下さって・・・。ずっと一緒に行動していたから、時間を作ることが難しくて。でも、そのお陰でこの辺りの状況と邸内はしっかり把握できたわ、母親のさえこさんにはまだ会えてないの>
《ああ、”さえこさん”は、今日はホテルだよ。なんかパーティだったらしくて、そのまま泊まって仕事に向かった。彼女のスケジュールはこれからマメに送った方が良さそうだね?・・・・焦っちゃ駄目だよ、フランソワーズ。みんな心配してるんだから!》
<ふふふ。メールをみればわかるわ!>
《あはは、誰が一番多く送ってるの?》
<秘密よ。私からのメールはみんなに一斉送信されてしまうから、個人宛に返事が出せないけれど・・・・。みんなにヨロシクね。あと、イワンのことも!それに、博士はちゃんと>
《わかってるって!みんなもそうだけど、フランソワーズも心配性だよ!》
<そうかしら?>
《ちゃんとこっちはこっちで頑張ってるから、心配しないで!アルベルトが、しっかり”コントロール”してるしね。帰ってきたら、見せてあげるよ!僕たちに配られた”家事当番表”と、掃除、洗濯のルールブック!》
<アルベルトが作ったの?!>
《そうだよ!彼って・・・・本当に怖いんだ・・・・。ぼくが洗濯で”仕分け”をサボったら、やり直しさせられたんだよ!バスタオルと靴下を一緒に洗って何が悪いんだろ?》


参った。という風に深い溜息が聞こえてきそうなピュンマの言葉に、フランソワーズの頬が上がる。


<私が戻っても、そのままにしてもらおうかしら?>
《ええ!!それは困るよっ!ジェットなんて、調査に支障が出るくらい”やり直し”をさせられている上に、ペナルティがついて、大変なんだよっ!》
<ペナルティ?>

《あ!!!う・・あ、!!!えっっと、うん、まあ、あ!!時間がもうないねっ!!そうだっ明日からは、009と連絡を取り合ってね。彼から指示があると思うからっ》
<・・・009、から・・・・>


フランソワーズは、ウサギさんの手に触れた。
短い毛の肌触りの良さ。
胴体部分の綿は事情で抜かれてしまって、柔らからを楽しむことができないが、手足は変わりなくふかふかとした感触のまま。


《・・・・なんだか、元気がない返事だなあ・・・どうかしたの?009じゃ嫌かな?》


先ほどに較べて明らかにトーンダウンした、フランソワーズの様子に、ピュンマは心配そうに声をかけた。


<そんなことないわよ?ただちょっと・・・・・、疲れが出てきたみたい>
《そっか。今日はもう寝た方がいいね。・・・・大丈夫?》
<ええ、大丈夫よ>
《無理はしちゃ駄目だよ、博士がすごく心配してるし、絶対に”もしも”のことがあったら、いけないんだから。ちゃんと帰ってきてね!》
<ええ。ありがとうピュンマ、またメールで>
《お休み、フランソワーズ》
<お休みなさい、ピュンマ>


ピュンマとの通信が切れて、フランソワーズは手に持っていた携帯電話の”通話”を切り、繋げていたケーブルを”ウサギ”さんの異様に長い耳の中に隠して、ラップトップ・ウィンドウで開き、虫眼鏡マークの部分に”チョコレートケーキ”と、ゆっくりと時間を掛けながら、日本語で打ち込んだ。


ーーー明日からは009と・・・。


声が聞ける。
彼の声が、聞ける。


それだけで、ウェブページに表示された漢字がスラスラと読める気分になった。















####

週末を利用して月見里(やまなし)学院から戻ってきていた当麻は、マリー/フランソワーズが居る間、自宅から通学する。

邸内はハウスキーパーが3人。
住み込みが1人。通いが2人。
住んでいるのは、篠原秀顕、妻、祐里子、さえこ、そして当麻である。が、秀顕はほとんどを愛人宅で過ごすので本宅である、ここへは帰ってこない。妻である祐里子は、海外旅行に出たままで、日本に戻ってきてもホテルに泊まるため帰ってくることはない。当麻の母であるさえこは、夜中に邸に帰ってきては朝早くに出かけ、週末は帰ってこないために、普段、週末の土日しかこの邸に帰ってこない当麻とはすれ違いの生活が続く。
そのために、住み込みのハウスキーパーであるメイ子の、独り暮らしのような篠原邸であった。

フランソワーズが当麻に紹介されたメイ子は、小柄で口数少ない、60歳の女性。
その年の女性にしては珍しく英語を話せ、その理由はご主人の仕事のためにずっと海外暮らしをしていたためだと、フランソワーズが淹れた紅茶を飲みながら朗らかに微笑みながら語った。


当麻が学院に戻っている間、1日置きに入れ替わりでやってくる通いのハウスキーパーを含め、メイ子とフランソワーズの3人だけとなる。
当麻が学院へ通学する明日から、本格的に調査を始めることを携帯電話のメールから00メンバーへと報告する。






出会ってまだ3日しか経っていないのにも関わらず、フランソワーズと当麻は自分たちが予想していた以上に仲が良くなり、打ち解けて色々な話しをするようになった。
そうやって、当麻と一緒に過ごす時間を楽しむ中、祖父であるトーマス・マクガーが西洋人であるために、当麻は1/4(クォーター)。その外見にジョーと重なることが多く、フランソワーズはときおり当麻が見せる仕草に戸惑ってしまう。

祖父である、トーマス・マクガーの血を色濃く引き継いだように、日本人離れした顔立ち。
ブラウニー・カラーの髪。
優しげな瞳は色素が薄いシナモン・カラーで柔かい印象を与える当麻。
彼からはジョーのように独特な、人を引きつけて飲み込んでしまうような引力を感じない。

当麻は、夏の日に心地よく吹き込む風のように軽やかに、さりげなくそばに立ち、フランソワーズにかける言葉は、緩やかに流れる小川のように穏やかだった。



少し変わった家だけれど。と、説明を始めた当麻の瞳に、ジョーに似た孤独の色をみつけたフランソワーズの胸は、少しばかりリズムを乱す。

当麻から訊かされた家族については、とても簡潔なもので、フランソワーズが一番驚かされたことは、彼が自分の母親である、篠原さえこのことを”さえこさん”と呼ぶことだった。
寄宿制の学校へ入学し、当麻は母のさえこ自身から名前で呼ぶように、と指示されたと言う。
それにたいして、訳を問う事もなく従う当麻自身にも驚いたフランソワーズだが、当麻の母である、さえこの行動を、フランソワーズは理解することができない。


父親に関しては、少しばかり言いよどみながら、「さえこさんからは”優秀な医学生だった”と、しか訊かされていない。」と、遠い瞳で、顔も名前も知らない父親に思いを馳せる横顔を、フランソワーズは見つめていた。


「おかしいな・・・。すみません、変なことまで話ししまって・・・・。不思議ですね、マリーさんには何もかも、こころの中にあるものを素直に話すことができてしまう。こんな話し、おもしろくないのに」


微笑みながら、当麻は眉根を寄せてマリー/フランソワーズに謝りながら、オーダーしたアイスコーヒーを飲んだ。


「お父様のことは・・・。本当に、何もご存じないの?」
「・・・・・何も、と言うわけではないんです」



当麻が学院から帰ってきてすぐに、彼はマリー/フランソワーズを連れ出して、篠原邸近くの駅ビル内にある小さなイベント会場へと誘った。家に置かれたままになっていた、”日本の空、世界の空、写真展”のご招待チケットが今日までだと言って。


2人は2時間ほど会場をゆっくりとまわり、駅ビル内のカフェにいた。


「・・・どういうことですの?」
「突然、父の・・・ぼくの祖父だという方から連絡がきて。今年の2月くらいに・・・。ぼくの顔、少し日本人っぽくないでしょう?祖父はイギリス人だったんです。さえこさんは知っていたみたいだけど・・・。会いたいって連絡が来て、・・・本当は、会うつもりはなかったんですけれど、さえこさんがどうしてもって言うし、もしかしたら、父のことを訊けるかなあ?って・・・。もしかしたら・・・」
「会える、かも。と、お思いになったのね?」


フランソワーズは、ティカップに浮かべたレモンをティスプーンでそっと掬いだした。


「・・・・とても素敵な人でした。トーマスさんは、昔、大学で動物生理学の方で教鞭をとっていたとか、それで・・・」


当麻は嬉しそうに、フランソワーズにトーマスと出会ったときのことを詳細に話し始めた。
彼はこころからトーマスに会えたことを喜んでいた。それらは彼が話す言葉から、表情から、自然に伝わってくる。
当麻の口から流れ出る、トーマスと出会った時の感想や、2人で過ごした時間のエピソードに、家族の話しになったとき、当麻がフランソワーズに見せた、冷たく影をさしたシナモン・カラーの瞳は、今、きらきらと輝いていて、あたたかい。。
フランソワーズはその瞳の輝きを飽きることなく見つめ、当麻の話に相づちを打ち、当麻の話しに耳を傾ける。

当麻と一緒に過ごす時間を重ねる中、不意に、当麻が”マクスウェルの悪魔”であるはずがない。などと、私的な感情が入ってくることにフランソワーズは自分を律しながら、003としての能力を篠原邸で、少しずつ使用し始めた。












日本人でありながら、少しばかりアジア人よりも西洋人の血の色が濃く見えるからなのか、無意識のうちに、ジョーと当麻はを重ねては較べてしまう。


ホームステイの許可をギルモアに訊ねに行った先で、ジョーが言った言葉を。


彼の腕から解かれながら訊いた、言葉を。





ーーー何があっても、・・・距離なんて関係なく、絶対に護るから。ーーー













00時5分前。

携帯電話とウサギさんを繋げてから、1,2分してから震えだした携帯電話の通話ボタンを、緊張で動きが鈍くなった親指で押した。


<・・・009?>
《・・・・・うん。003、何かわかった?》
<トーマス・マクガーから”自分が生きた証”として、持っていて欲しい。と、言われて受け取ったものがあるみたい>














####

どちらかと言えば、部屋に私物はあまり置いていない。
学院の寮の方が、自分の部屋らしく感じる当麻は、篠原邸の自室のドアを開けるたびに、ここが自分の部屋であるかどうか、一瞬だけ不安に胸を焦らせる。

毎週末、家に戻り自室で休むが、気分は”親戚の家”に泊まっている。そんな感じである。
”親戚の家”と例えてみたが、当麻は生まれてから一度も”親戚の家”などと遊びに行ったことも、まして泊まったこともない。それ以前に、自分に”親戚”と言うものが存在するのかも疑わしい。


緊張したこころを深く吐く息で紛らわし、シングルベッドの上にうつぶせに倒れ込んでから目を閉じると、マリーが当麻にむかって微笑んでいた。

自分が話す、マリーにとって何にも役にも立たない、興味もないであろう、自分の話しを彼女は真剣に、何度も相づちを打ちながら、ときに微笑んで、ときに優しい言葉で当麻のこころを温めてくれる。






マリーには、なんでも話せた。

素直に、何も拘ることなく。

あの、宝石のように輝く、深く色鮮やかに澄み切った蒼の瞳に、広い空を、深い海を思い出して、すべてを受けとめてくれる。そんな気持ちにさせられて、当麻は何もかも、訊かれるままに、促されるままに気持ちを音にして、マリーに話した。




誰にも話したことがない、気持ち。
誰にも話す価値もない、気持ち。


家族のこと。

トーマスのこと。

学院のこと。

寮のこと。

友人のこと。


仲の良い保険医のこと。


寮に入るために手放した、愛犬、タロウのこと。

見知らぬ父への想い。




将来のこと。




出会った瞬間に芽生えた、マリーに言えないでいる気持ちだけを隠して、彼は話し続けた。




目蓋の裏に捕らえたマリーの映像をそのままに、当麻は彼女との残り少なくなりつつある時間を数える。
予定では1週間の滞在。
マリーが住む予定だった家の都合で、もしかしたら2週間。
当麻は、マリーのためにも早く予定していた家へ移った方がいい。と、考えながら、本音は、あと、1日、あと2日、どうせなら、もう1週間伸びてくれたら。と、思うようになってきていた。





家へ帰ってくることが楽しくて、嬉しくて、生まれて初めての気持ちに当麻の胸は躍る。

それは、マリーがいるから。

彼女が出迎えてくれるから。


お帰りさない、と。
今日学校は、どうでしたの?と。


マリーが用意してくれた、紅茶と御菓子を楽しむ時間が、永遠に続けばいいと願う。





同じ寮生である友人達との会話で訊く”家”への思い。
当麻にとって、家。とは、ただ週末に戻らなければいけない、箱。
それが一般的に想像される家と自分の家が”ズレていることが、当麻にとってはコンプレックスの1つであった。



父がいない。と、言うことに何も思わない。
母がいる。と、言うことが当たり前のように。


自分を産んだ人の名前はさえこ。
同じDNAを持つとされる人は、父と呼べるが、未だに会ったことがない。

さえこの父である、当麻にとっての祖父、秀顕は篠原グループの新年パーティの時に、挨拶するのみ。
さえこの母である、当麻にとっての祖母、祐里子とは、もう5年ほど会っていない。


初めて、家族と感じた人は、会ったことも、名前さえも知らない”父”の”父親”。
祖父が本当にイギリス人だと知って、信じられてなかった。と、そのときの話しをマリーに話して、彼女は形良いくちびるから、愛らしく涼やかな声で笑った。


「イギリス人でなくて、アメリカ人だと思いこんでいたんで、勝手に」
「どうして?」
「・・・・普通そうじゃないですか?」
「そうかしら?」
「日本人は西洋人=アメリカ人、って言う公式があったりして・・」
「そうなんですの?」
「トーマスさんは、イギリス人だってことをすごく強調するんで、・・・その」
「?」
「・・・どんな会話をすればいいのか、解らなくて、つい・・・紅茶はどのブランドが一番ですか?って訊いてしまって・・・・・それで、その・・・」
「なんてお答えになられたの?」
「・・・。紅茶は嫌いだって・・・」
「・・・イギリスの方なのに?」
「そう!イギリス=紅茶!!そう思って・・・そしたら、トーマスさんは怒ってしまって、大変だったんですっ。こんなヤツ孫じゃない~!って・・・」
「まあ!それでどうななさったの?」








もっと自分を知って欲しくて。
もっと彼女を知りたくて。






「当麻さん、その中には・・・何が・・・」
「開けてないんです、なんだか怖くて」
「怖いんですか?」
「ええ、・・・まだ自分には受け止められないような気が、それにこれは・・・本当は・・・」
「お父様にお渡ししたかった、はず。だと思っていらっしゃるのね?」
「・・・そうなんです。いつか、もしかしたらって・・・・」
「当麻さんがそうなさりたいなら、それが1番良い方法だと、思いますわ」
「・・・・・・・・ありがとう、マリー」







もっと自分に近づいて欲しくて。
もっと彼女に近づきたくて。







「コンピューターは学院では使うけど、ここでは滅多に触らないんだ。もともとそんなに好きじゃないから」
「私は留学前に初めて”自分用”を用意したのだけど、楽しくて!」
「ネット・サーフィン?」
「つい、色んなページに飛んで較べてしまうわ」
「較べるって何を?」
「私が知っているレシピとは、どれも少しずつ違うんですもの・・・。どれが1番、美味しい”ザッハ・トルテ”のレシピか・・・」
「ザッハ・トルテのレシピを?」
「・・・ええ、別にそれでなくてもいいんだけれど、美味しい、甘さを抑えたビターなチョコレート・ケーキを作りたくて」
「あれ?マリーは、甘い御菓子が好きだったんじゃあ・・・」
「・・・・・色々、試してみたいの」
「この間、作ってくれたクッキーがすごく美味しかった!また作って欲しいな」
「次は、クリーム・パフに挑戦してみたいの。日本の生地は本当に柔らかくて、美味しいんですもの!あんな風に作れないかしら?」
「この間食べた、ピコちゃんのほっべ、みたいな?」
「そう!でもカスタード・クリームだけだったのが残念。生クリームと半分ずつが美味しいと思うの」







冷え切っていた、人の住む匂いがしない家に、マリーがいるだけでなんて温かく、優しい光が満ちるのだろう?




いつの間にか、住み込みのハウスキーパーである、メイ子と一緒に台所に立つようになり、部屋に少しずつ生命の息づかいを感じ始めた。


花が飾られて。
閉めきられていた部屋のカーテンが風に揺れて。

光が満ちる。
季節の香りが満ちる。





音が聞こえる。

声が聞こえる。

笑い声。

話し声。

あたたかな音。




特別な気持ちでマリーを見つめ始めていた当麻は、その気持ちを素直に、感じたままをマリーに向けていたが、上手く彼女には伝わっていないらしいことは、無防備に自分に接してくるマリーの態度からわかる。しかし、そんな彼女にもどかしく思いながらも、マリーを見つめる当麻は、シナモン・カラーの瞳に想いを込める。



ときおり、マリーが意識的に自分から視線を外す仕草を、数えるようになっていた。



彼女は、気づいている?
気づき始めている?



ぱっと視線を外すマリーの戸惑いに、何かを期待にせずにはいられない。
何かを思い詰めたように、何かを感じてくれている、気がして・・・・・。









ぼくはあなたと、このまま、”さよなら”はしたくない。
















####

住み込みのハウスキーパーであるメイ子は、午後にならなければ起きて来ない。
マリー/フランソワーズがホームステイをすることになり、当麻もそれに合わせて自宅から学院に通学することにしたため、いつもは昼近くまで眠っているメイ子が、朝早く起きなければならなくなった事をフランソワーズは知ると、朝は自分に任せて、今まで通りの生活をして欲しい。と申し出た。
その言葉に甘えて、今まで通りに午後になるまでメイ子は起きてこない。

通いのハウスキーパーも、午後から篠原邸へやってくるため、午前中の間、邸はフランソワーズの自由となる。

自宅を利用している”さえこ”とは未だに接触することなく、今日からは北へと出張のため、3,4日ほど自宅へは帰ってこないことを、昨夜、携帯メールから連絡が入った。



透視を繰り返し、隅々まで篠原邸を探り続けて、当麻がトーマスから受け取ったと言う”茶色の鍵付き・アタッシュケース”を探し続け、やっとそれらしい物が見つけたのは、昨日のこと。
当麻の祖父、秀顕の書斎であり、現在はさえこが使用している部屋の扉続きにある、資料室という名の部屋に置かれた、金庫の中に保管されていた。

その場所だけが、篠原邸の表のセキュリティと同じで、ドアを開けた回数、時間、すべてが記録されてしまうようになっていた。
003はメールで自分が今、眼にした物のことを携帯電話で報告する。














マリー/フランソワーズが篠原邸を訪れて5日目の朝。







当麻は、毎朝マリーが淹れてくれるカフェオレを飲むのが、楽しみになっていた。

学院までの通学に、電車とバスを乗り継いで2時間と少しかかる。
そのため、朝が早い当麻であるが、マリーは当麻が起きるよりも早く起きて、メイ子の代わりに当麻の朝食を用意する。
当麻が家を出るときに玄関先まで一緒について行き、「いってらっしゃい、当麻さん」と、声をかける。
そんなマリー/フランソワーズの行動に慣れない当麻は、恥ずかしげに頷きながら、「行ってきます。」と短く答えた。


当麻が正門を抜け、2、3ブロック先で道を迂り、邸の玄関から完全に姿が見えなくなった後、フランソワーズは”眼”を使って確認した。そして、邸の周囲を”耳”で聴き、”眼”で邸内の様子を探った。


<009,008、大丈夫よ>


003の脳波通信に、2人からの返事が聞こえた、と思うと、突然、003の目の前に現れたのは、加速装置を使用した009が、篠原邸の玄関内003の背後に立ったため、突然の人の気配に003は咄嗟に身構える。



「・・・久し振り。て、言うほどじゃないか、な?」
「っ・・・あ・・・・・」
「驚かせるつもりはなかったんだけど・・・・」


通信ではなく、直接”耳”で訊く009の声。
躯から強張りが抜け落ちていく。


5日振りに見る、009の、ジョーの、姿を目にして、フランソワーズの足下からくすぐったいような、さきほど味わったものとは、まったく別の”緊張”に襲われた。


「008、は・・?」


柔らかな栗色の髪は相変わらずのくせっ毛に、長い前髪がジョーの片眼を隠している。


「外で待機している。それほど時間もかからないだろうから、ね」


加速装置をしようしたにも関わらず、痛みのないジョーの服に、フランソワーズは疑問を持つ。
その視線に気が付いて、ジョーは微笑んだ。


「・・・学院で行動するのに、いちいち”防護服”では目立つから・・・今、改良中。今日は”これ”のテストを兼ねているんだ」


ジョーは着ている白シャツの胸元を摘んだ。
フランソワーズは頷き、微笑みながらジョーを見つめる。


ジョーよりも背の低いフランソワーズだから、ときおり覗くことができる長い前髪に隠れた、アンバー・カラーの両瞳。

落ち着いた、テノールの声が低音をすこしばかり強調して、いつもよりも小さめに声を出す。



ジョーがいる。
ーーーフランソワーズが、いる。




たった5日間、会わなかっただけ。
会わずとも、三日前から毎晩、ウサギさんさを通して邸内の様子を009に報告していたので、正直に言えば5日間も会っていなかったと言う感覚がない。


ーーーキミの声を、毎日聴いていたのに・・・・




それでも、淋しかった。



それでも、会いたかった。



それでも、恋しかった。



それでも、夢に見れば・・・・胸が痛んだ。




声だけでは、足りない。










声だけでは、不安。












声だけでは、感じられない。











ーーーキミに逢いたくて
あなたに逢いたくて

そばに居て欲しいと、強く、強く、強く・・・感じ続けた日々。














「・・・・元気そうで、よかった」


優しく、甘く、囁かれた声に、フランソワーズの胸が高鳴った。






003で、いなければ・・・・!と、もう1人の自分が叱咤する声が聞こえてくる。


「・・・・・報告、した通り、今ここにいるのはメイ子さんだけなの。彼女は11時くらいになるまで起きてこないわ・・書斎は、3階の・・」
「・・・・・・・・・」
「知っている、と思うけれど、・・・3階・・・の・・」
「・・・うん。3階の?」
「・・・・あの・・?」


じっと真っ直ぐに見つめてくるアンバー・カラーの瞳に耐えきずに、熱くなっていくだけの頬が恥ずかしくて言葉半ばに俯いてしまった。


「・・・・・・声は聴いていても・・・やっぱり、久し振りだなって思って。あと・・・」
「・・・・あと?」

ジョーはクスっと笑った。


「朝ご飯は、苺ジャムのトースト?」
「え?!」


跳ねるようにして俯いた顔を上げたフランソワーズは、慌てて口元を手の甲で擦った。


「・・・美味しそう。そういえば、ピュンマも俺も朝飯まだだった、な」
「っとにかく、3階の書斎へ案内するわ」
「・・・・・・終わったら、ピュンマと何処かで食べないと、ね。・・・・・出かけても大丈夫そうなら、一緒に行く?003」










====50へ続く


・ちょっと呟く・


こらこら。
こらこらこらこらこら!

ミッション中だからっ!!!
48から今回も調子に乗っている9は次回・・・ふふ。
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