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Day by Day・52
(52)




「これは、これは・・・」


香ばしい珈琲の香り立つ、人数分のマグカップを乗せたトレーを手に、アルベルトはのんびりと大穴が開いた。と、言うよりも、壁一面すべてが吹き飛ばされた、浴室を眺めた。
ちょうど、斜め向かいに、倉庫と、車3台を納めた車庫が見える。


「これだけですんで良かったぜ・・・あいつのリミッターセッティングがlowになってたお陰で、パワーセーブ解除状態で、このくらいですんだんだからよっ!」
「それで、ジョーは?」
「ギルモア博士に連れて行かれて、地下だぜ!へっへ~!!今頃たあああっぷりお説教されてんじゃねえのっっ!」


駆けつけたメンバーたちは、浴室に開いた壁から覗く風景を見ながら、アルベルトが淹れてきた珈琲を手に取った。


「いったい、何があったアルか?」
「知らねっ!真っ赤な顔して走ってきたと思ったら、人のこと思いっきり突き飛ばしやがってよっ!!んで、浴室に飛び込んで・・・次ぎにこれだぜ?オレが訊きてえよっ」
「配水管破裂。修理2週間はかかる。壁はすぐ直せる。」
「見事な大穴だかんなあ・・・ジェロニモ、任せて良いか?オレも暇を見て、ちょいちょい手伝うがあ」
「それなら浴室に窓を付けてよ。換気扇だけだと日本の夏の湿気に間に合うかどうか・・・」
「それなら、換気扇を強化するかあ?ほら、浴室全体が乾燥室になるっつうの、便利だと思わないかあ?ピュンマ」
「あ!!それいいね!梅雨入りしたら、乾燥機1台で、10人分の洗濯は大変かもって・・・ね?フランソワーズ」
「・・・・ええ、そうね」


フランソワーズは、両手に持ったマグカップの、黒い液体を含んだ。




いつの間にか、自室のベッドで眠っていた。
運んでくれたのはジョーだと、知った。



1階から聞こえた、物が破壊される爆音に目が覚めて、飛び起きると同時に”眼”と”耳”のスイッチをいれた。
ぐるり、と。邸全体を見渡して、”敵”からの、そういう類の物ではないことが、わかり、ほっと安堵の息をつき、フローリングの床に見慣れない、紅をみつけた。



部屋に落ちていた、くしゃくしゃになった煙草の箱。
中には2本だけ、煙草がまだ残っていた。

誰の煙草かわからなくて、とにかくそれを拾い上げ、部屋を飛び出し、バスルームへと駆けつける途中、濡れた躯を引きずるようにして、地下へと降りていくジョーの後ろ姿を見つけた。

彼に声をかけようとしたとき、ジェットがそれを止めた。



「煙草をヤツに渡すのはいつでもいいだろ。こっち来てみろよ」
「・・・これ、ジョーの?」
「ああ?そんなヘビーなのを吸うのは、アイツくらいだろっ?・・・なんだ?知らなかったのかよ?」
「ううん、・・・それより、何があったの?・・・・どうして、ジョーは・・・?」
「こっち来て見てみろってっ!」


















####

日が昇りきらない時間。



力無く、ギルモアがすすめたデスクチェアに腰をかけて俯いたジョーは、濡れたまま、バスタオルを頭からかぶり、その表情は見えない。


ギルモアは自分が着ていたガウンを脱いで、ジョーの肩にかけてやり、デスクチェアをジョーの前にひっぱり、そこへと腰掛けた。


浅い眠りだったために、すぐにバスルームへと駆けつけて、自分を目覚めさせた原因がジョーだと、ひと目で解ったギルモアは、有無を言わさずにジョーを研究室へと連れて行った。


「・・・スミマセン、博士」
「気にすることはない。たかが邸に穴が開いたくらいじゃ。お前がその気だったら、儂はもう空の上の住人じゃ」
「・・スミマセン」
「どうした?・・・・ジョー・・・お前らしくないな?」
「・・・・・スミマセン」
「学院では、こういうことが命取りになるんじゃぞ?・・・・リミッター・セッティングを日常ではlowにしてあるが、いつ、何が起こるかわからん先に行くんじゃ、ジェット、ピュンマ、お前はリミッター・セッティングを解除、full状態にする・・・。儂の言いたいことは解っておるな?無意識でパワーセーブを解除するなど、絶対にあってはならんことじゃ。得にジョー、お前は、だぞ。あの2人は、空と海でこそ、その力を発揮するように作られとるが・・・・。ジョー、お前は・・・・・この地上において最強なのじゃ。ひとつ間違えば・・どうなるか、わかっておるな?絶対に、己を見失ってはならん。力があるからこそ、力をもっているからこそ、己を常に冷静に見極め、生きていかなければならん。どんな感情にも振り回されることなく、だぞ?・・・・・009。それが、009である勤め、じゃ。むやみやたらに力を暴走されるような幼稚な人間に、この力は預けることはできん。そして・・・・儂の助手を務めることも許さん。・・・・儂はお前と言う人間を、誰よりも信じているんだぞ?」
「・・・・・・」
「何が、あった?どうした?・・・・最近、様子がおかしいと、張大人が心配しておったぞ?食事も満足に取っておらんときいたぞ?儂よりも地下にいるじゃろ?寝ておるのか?・・・・いいか、ジョー。こころの不安定さは、躯にも現れる。普通の人間なら、気分が優れなかったり、病気になったり、そういう症状が出る・・・・。むしゃくしゃした気分を晴らすために、色々と・・・・。しかし、お前は、違う・・・・・違うんじゃ、ぞ・・・・。009である限り・・・」
「・・・・・・」
「・・・人として、まだまだ、成長過程のお前は”大人”じゃない。息抜きが必要なときもある・・・。スマンと、思っておる・・・・。申し訳ない・・・・・。スマン、ジョー・・・・。本当に、スマン・・・・。こんな、風にしたのは、儂じゃ・・・・儂なのにな・・・。何もかも、背負わせてしまって、お前が、それに応えられるだけの、優秀な人間であった所為で・・・甘えてしまっておる・・・」
「・・・・博士、の。博士が謝るなんて、そんな・・・、必要ありません・・・俺が、悪いんです」
「ジョー・・・」
「・・スミマセンでした。今後、二度と、こういうことはないと、誓います」


しっかりとした、声だった。
けれど、ジョーは俯いたまま、その顔をバスタオルの影に隠したままだった。


膝に置かれていた、ジョーの手をギルモアは強く握った。
ジョーはその手の大きさに、温かさに、躯がびくり。と跳ねた。


「サイボーグが、人を好きになって、何が悪い?誰も悪いとは思わん。それは本人同士の問題じゃ。それなら、サイボーグがサイボーグと愛し合っても同じことじゃと、思わんか?」


ギルモアの言葉に、ジョーはゆっくりと俯いていた顔を上げた。
バスタオルの影から覗くように見たジョーは、まだ幼さ残り、青年と少年の間の、なんとも言い難い憂いに充ちた、とても綺麗な顔だった。


「なぜ、サイボーグか。優秀な戦闘用兵機なら、本当の意味で”人”を改造する理由などないじゃ。・・・儂らが夢を持ったのは、”人”の持つ”計算”では庇いきれない”可能性”にかけたからじゃ・・・・。機械に感情なぞない。人工頭脳に擬似的感情を持たせることはできるが、あくまでも、それは”インプット”された計算上での感情じゃ。”人”のこころは、計算じゃあ、ない。感覚、なんじゃよ。その場、その場で感じるものを、自分の経験に合わせて、取り入れて成長する、こころ。計算でも、プログラムでも、追いつかん・・・・。それが”人”じゃ。・・・時には、狂い、時には、冷静さを失う。それも”人”である証拠・・・・。だが、お前は、そうも言っておられん。お前の躯は・・・兵機・・・・じゃから・・・。スマン。本当に・・・・・スマン・・・・・スマン・・・。スマン・・・・・ジョー、スマン」
「・・・博士」


ギルモアは、ジョーの手を両手で握りしめ、デスクチェアから崩れ落ちるように、床に膝をつき、ジョーの膝の上に頭を垂れて、涙を流す。


「好きなんじゃろう?・・・フランソワーズのことが、好きなんじゃろう?」


ジョーは深く息を吸いこんだ。


「・・・・・はい」


ギルモアの耳に届いた、ジョーの返事。


「サイボーグ、じゃからか?・・・サイボーグであるから、か?」


ギルモアの涙は、留めなく流れていく。


「・・・・・」
「儂のせいじゃな・・・・。儂のせいじゃ。恋の1つも・・・お前たちに叶えさせてやることが出来んのか?サイボーグ同士で何が悪い?・・・・サイボーグを理由に、お前は諦めるのか?・・・あの娘を諦めとるのか?・・・そうなのか?」


ジョーの膝の上で、泣き続けるギルモアの背を、ギルモアに握られていない方の手でそっと、嗚咽で揺れる背を、撫でた。


ギルモア博士のような、こころ優しく、まっすぐに自分の道を歩き、間違った道を進んでも、その道から、自分の力で新たな別の道を切り開く、強さのある人が、父だったら・・・・・。と、ジョーは、膝で、手で感じる温もりに、どこの誰かも解らない、見知らぬ父の姿を重ねる。


「博士、フランソワーズに出会うことができたのは、俺が009だから。サイボーグだから、と・・・言うことを忘れないでください・・・・。彼女に出会えたのは、ギルモア博士のおかげなんです、よ」



もしも、フランソワーズに出会わなかったら。
人を好きになる。と、言うことを知らずに生きていたと思う。

もしも、サイボーグにならなかったら。
大切な者を護る、と言うことを知らずに生きていたと思う。


護りたい人がいる。
自分には、ある。


捨られるだけだった、自分に。
何もなかった自分に。



躯を引き替えに得たものが、どれほど自分が欲しかったものか・・・・・。




仲間、家族、そして、護りたい、日常。





「・・・・俺は二度とフランソワーズを003として、戦いの世界に連れて行きたくないんです。ずっと、平和な・・・世界で笑っていて欲しい・・・それが、俺の・・・夢なんです・・。だから、彼女が幸せになるためなら、なんだってします。・・・・好きだから、フランソワーズのことが好きだから・・・」





だから、耐えろ。




彼女が誰に愛されても。






彼女が誰に抱かれても。










耐えなければ・・・・・・。












キミの幸せのために、キミのために、キミに触れるのは・・・俺じゃない。










だから、耐えろ。






















人のこころがある、だから恋をした。
だから、フランソワーズを好きになれた。





苦しい。





狂うことが出来れば、どんなに楽・・・・だろう。




















####

浴室の大穴はジェロニモの応急処置が施され、当分の間は2階、ゲスト・ルームのユニットバスを使うことになった。

何ごともなかったように、時間が過ぎていく。


誰も、何もジョーに浴室の大穴について、触れなかった。
ギルモアが、ジョーを地下へと連れて行き、彼と話した。それで十分であると、判断したからである。


それぞれが、それぞれにミーティングで話し合った業務へと動き出す。







学院への編入は月曜日。
入寮は火曜日。


私立、月見里(やまなし)学院


高等部、第2学年 短期・留学生

ジェット・リンク(アメリカ)
ピュンマ・ギルモア(ムアンバ共和国)

入寮予定・アルタイル寮・room#Aー502 2人部屋。




高等部、第3学年 短期・留学生

島村ジョウ(アメリカ・日本国籍)

入寮予定・デネブ寮・room#Fー608 2人部屋(同室生・篠原当麻/RA)








「と、当麻さんとジョーが・・・同室って・・・・」
「アイヤ~。フランソワーズは知らなかったアルか?ピュンマがちょちょいと、入り込んでそういう風ににしたアルヨ。向こうに不都合があれば、変更されるかもネ」
「ジェット、週末はこっちに帰ってくるんだから、そんなもの置いていきなよっ!!」
「うっせ~!!オレのジェニファーを置いていけるかっ!」
「そんなの見つかったら僕が恥ずかしいよっ!」
「けっ!こんなもんで恥ずかしがってんじゃねえよっ、この間お前に見せた・・・」
「うわあああああっっあああああうああああああっっ!!」
「煩いぞっ、黙ってパッキングしろ・・・。遊びに行くわけじゃないんだぞっ。・・・ジョーは?パッキングしないのか?」


フランソワーズの部屋とゲストルームに挟まれる形で2階用の7.8畳ほどのコモンスペースがある。

丸い珈琲テーブルを端によけ、ヘーゼル・カラーのカウチ・ソファを壁際に寄せて、2つトランクケースを並べてピュンマとジェットの入寮準備を手伝う、フランソワーズと張大人。賑やかな声に自室に居たアルベルトが部屋から出てきた。


「ジョーは、もう終わってるアルネ。彼のトランクケースは1階の玄関に置いてアルヨ」
「・・・・見習ったらどうだ?」
「換えのYシャツは・・・3枚かあ、もう少し買ってもよかったかな?」
「マメに洗濯しないと駄目ね」
「オレもかよっ!」
「ジョーも、ピュンマも、同じ数ネ!」
「・・・噂をすれば。ジョー、忘れもんはないか?」


自室から出てきたジョーが、廊下の角を迂ったところで、アルベルトの視界にとまった。


「ちょうど良かった。アルベルト、ネクタイってどう結ぶんだっけ?」
「・・・・おい」
「教えてくれ、よ」
「前に結んでやったとき、覚えなかったのか?」
「まさか、こんなのが必要になるなんて、思ってなかったから、ね」
「ジェットとピュンマは、知ってるのか?」
「はっ!ったりめ~だろっ」
「うん。ちゃんと練習してるよ!ネットで結び方は調べたから!」


ジョーの手にあったカーディナル・レッド色の、ネクタイをアルベルトは受け取った。


「どれがいい?」
「どれ?・・・て?」


アルベルトは、面倒臭そうに溜息を吐いた。


「プレーンノットは、基本。ダブルノットは、プレーンノットよりも結び目にボリュームを持たせたものだ。スモールノットは結ぶ目が小さく、プレーンノット変形は、結び目を先に作る。ウィンザーノットは結び目が大きく幅広でボリュームがある。セミウィンザーノットは、細いタイをあまり細長い印象を与えたくないときのもの。クロスノットは、結び目を主役にしているから、柄物じゃなく、こういうタイに向いている。ブラインドフォールドノットは、この間、お前さんがバレエ公演に行くときにしてやった結び方だ。学校には向いてない・・・が、いいんじゃないか?目立って。それなら、ノンノットか・・。結び目が個性的で、シャツの裏側に隠れた結び目を見せるようにするんだ。・・・で、どれがいい?」
「「・・・・」」
「・・・・基本でいい、よ」
「僕は、ウィンザーノットが制服に合うと思うんだ、一応、基本はマスターしたけどね!ジョーは無地の方を選んだの?僕はストライプ柄を買ったんだよ、たまに交換しようね!」
「当麻さんは、ダブルノットだったと思うわ・・・。結んでいるところを見たことがないから、正確にはわからないのだけれど・・・」
「それじゃ、ジョー、お前は基本と、クロスノットを覚えとけ」
「・・・なんでもいい、よ。結べたら・・・」


アルベルトはジョーの正面に立ち、彼の首にネクタイを掛けて、初めに基本を結んで見せた。


<ジェット、あんたはどれアルか?>
<・・・・・んなもんっネクタイっつったら結び方はひとつだろっ!?・・・そんなに種類があるなんて知らなかったよっ、たかがネクタイによっ!!>
<教えてもらったらどうアルか?ついでネ。
<けっ!!いいんだよっ、どうせピュンマが知ってるだろっ>
<えっ?!ヤダよっ。男にネクタイを結んでやるなんて!>
<ああ?!・・・今アルベルトがジョーにしてやってるじゃんっ>
<僕には、僕なりのルールがあるんだよっ!>


フランソワーズは、じっとアルベルトがジョーの首にネクタイを結ぶ様子を見ていた。


「え?・・・ね、アルベルト、それじゃ、シングルだわ。ダブルにしないの?それだと、ブライドフォールドノットに・・・」
「今のは基本だ。まだクロスじゃないから・・・。詳しいな、フランソワーズ・・・」


意地悪くアルベルトの片方の広角が上がる。


「なんだあ?フランソワーズ、昔の男に毎朝結んでやってのかよ?ネクタイ!!」
「違うわっ!!兄さんがいたからっ!」
「っとか言って、なんでもかんでも”兄さん”を言い訳にしてんじゃねえのっ?!」
「ジェットっ!」
「・・・・・・アルベルト、これが基本?ありがと。わかった」


結ばれたネクタイを解いて、ジョーは静かに言った。


「次はクロスだ」
「いいよ、基本ができれば。地下に用があるから」


ネクタイを手に、ジョーは足早に1階へと階段を下りて行く、その後をフランソワーズは追いかけて行った。
















####

「待って、ジョーっ」


リビングルームのドア前で、フランソワーズに呼び止められた。
出来るなら、しばらくはフランソワーズとは距離を保って接したかったために、ジョーは、意識的に彼女と2人にはならないようにしていた。

どんなに短い時間でも。




「・・・なに?」


呼び止められて、無視することも出来ずに、フランソワーズの声に返事する。

「当麻さんと、同室って・・・。どうして?彼は”マクスウェルの悪魔”ではなかったのに?」


フランソワーズの口から”当麻”と言う言葉を聞く度に、喉奥に苦いものがせり上がってくる。


「複製したマイクロフィルムに抜け落ちているファイルがあった。足りなかったファイルの一部が”マクスウェルの悪魔”が送ってきた”景品、だと思われる。これはもう、90%以上の確率で、だ。ファイルが納められていたアタッシュケース内、そしとマイクロフィルムには、一切、篠原当麻の指紋など、ついてなかった。だから、彼がキミにあのケースを開けていない。と、言ったことは事実だと判断した」


009として、言葉を並べる。


「だったら・・・」


フランソワーズとは、視線を合わせないように、彼女の足下を見る。

「学院のコンピュータの使用形跡などを見ても、彼がオンラインゲームを作成できるほど、それらを使っているようには思えない。”一応”彼を除外して考えているけれど、彼が”マクスウェルの悪魔”ではなくても、その協力者としての可能性は消えていない。トーマス・マクガーの孫。マイクロフィルムの所有者。それだけでも十分に彼をマークする必要がある、ただ、それだけだ」
「でもっ」
「・・・・他に、なにかある?」
「彼の母親である、さえこさんも、あのケースの所有者よ?」


苛々と、ジョーの言葉が早口になっていく。


「それについても、調べている。マイクロフィルムには3人の指紋があった。1つはトーマス・マクガー。それは無くなった赤十字病院で確認できた。そして篠原さえこ。中身を確認したときについたものか、どうかわからなけれど、彼女はあのマイクロフィルムに触れている。そして、もう1人。男の指紋だ。それは篠原当麻のものではなかった。その指紋を警察庁、法務省入国管理局のデータバンクから調べている・・・。とにかく、オンラインゲームは続いている。そして、彼らの目的も少しずつだけれど、見えてきている。・・・・篠原当麻の周りで、だ」


最後の言葉に、ジョーは語気を強めて言った。


「・・・・・ジョーは、当麻さんを疑っているのね?」
「疑う、疑わないじゃなく、事実、彼がもっていたファイルは・・・。できれば持ち帰った時点で複製せずにこちらで保管したかった、よ」
「それをしなかったのは、当麻さんを疑っているからでしょう?」
「・・・あのファイルが消えたことで、疑われるのはキミだ。そして、狙われるのも」
「その方が、早いわ」


フランソワーズの言葉に、怒りに近いものが胸の奥底から沸き上がってくる。


「・・・フランソワーズっ」
「そうでしょう?大事なファイルが消えて、慌てた”誰か”もしくは”マクスウェルの悪魔”は調べるわ。そして私を捜し当てる。そうしたら、彼らはっ」
「リスクが大きすぎるっ。ここを知られて、俺たちが彼らの求めている”者”であることが解ったらどうするっっ!恩田でさえっギルモア博士の名前を知っていたんだぞっ!!相手がどこまでB.Gの情報を得ているのかっまだはっきりと解ったわけじゃないんだっ!ミッションにたいして個人的感情を含めて物を見るなっ!仲間を危険に晒すつもりかっ?!」


怒鳴る。ことはしなかったが、ジョーの怒りが含まれた語気の強さと、最後の言葉に、フランソワーズの躯が跳ねて、ぐっと力が入る。


「っ・・・・・個人的・・感情?」


フランソワーズは、オウム返しに、最後の言葉を呟くように繰り返した。

深く、深く、ジョーは息を吸み、荒れる胸に、冷たい空気を送り込む。
話しの間、1度もフランソワーズの顔を見ずに、視線を合わせずに、言葉を続けた。
意識して、言葉をゆっくりと紡ぐ。


「・・・・・とにかく、キミのすべきことは、今はない。向こうに言ってからの、定期連絡は、007と・・・キミに使っていた方法で連絡を取るから・・・・。篠原当麻は、あくまでも”マクスウェルの悪魔”ではない。だけで、最重要人物であることには、代わりないんだ。彼のことで、他に、知りたいことがあれば、訊いてくればいい」
「・・・当麻さんに、・・・別に・・・・・何も・・・。何もジョーから訊かなくてもっ彼に直接聞くわっっ!!!」


ジョーは薄く、くちびるを噛んだ。
拳を強く握る。
手のひらに食い込む、爪の痛みが、胸を剔るように突き刺さったフランソワーズの言葉を冷静に受け止める。


「・・・・・・・だね。そうだね、直接・・・彼から訊けばいい、よ。同室と、言っても週末は彼をマークできないから、ね・・・・・」
「?!」
「週末にキミが会うなら、それはそれで問題ない。危険がないように、できれば行き先は事前に教えておいて欲しい。あと・・・夜は、外泊になるなら、ギルモア博士が心配しないように、キミから言っておいて欲しい。キミのことは娘のように思っているから・・・」
「っな・・・・・・」


フランソワーズの顔が一気に紅く染まる。
感情も、抑揚もない、冷たい機械的な音で話しを続ける、ジョー。

「不自由だと、思うけれど・・・このミッションが終わるまでは、ゴメン。言いたくないこともあるだろうけれど・・・・なるべくはキミのプライベートを護るように、気を付けるよ」
「わた、・・・私と当麻さんは・・・・・別に・・・・」
「・・・・そういうのは、009としては管轄外だから、言わなくていいよ」


リビングルームのドアを開けて、1度も、フランソワーズの顔を見ることなく、一方的に会話を終わらせて地下へと向かった。


「・・・・・・私と、当麻さんは・・・・・ただ、の・・・何でもないわ」


フランソワーズの呟きはジョーには聞こえていない。
その声は、コモンスペースにいた、ジェット、ピュンマ、張大人、そしてアルベルトに届いていた。

2階のコモンスペースは、踊場のようになっており、壁もドアも何もなく剥き出し状態である。
階段を近くにある、リビングルームのドア前で話していてた、フランソワーズとジョーの会話は、筒抜けであった。

4人の深い、深い、溜息が重なった。




その日から、009と003である時以外、ジョーとフランソワーズは言葉を交わすことがないままに時間は過ぎていき、月曜日。
ジョー、ジェット、ピュンマの3人は、コズミ博士、と天道虫に変身した007とともに学院へ編入手続きのために赴いた。


翌日の午後、入寮のためにギルモア邸を出る。

















####

眠れない夜が続く。
幼い頃から、眠る。と、言う行為に不安がある。と、ジョーは生まれて初めて、人に、ギルモアに打ち明けた。


「捨てられる、と言う不安があるんですか、ね・・・・。夜になると、誰かが来て、自分をどこかへ、捨てに行くと・・・」


そのために、いつ頃から眠れなくなったのか。と、問われてもハッキリとは応えられなかった。
ここ最近の不眠の原因についても、応えろ、と言われても、自覚無くだんだんと、眠れない時間が増えていく。眠っても1,2時間で目が覚める。そういう風にしか応えられなかった。


「悪循環。施設を出て、独りで夜、眠ることができなくて、街へ出て、似たような奴らと過ごし、寝る暇もなく、学校へ行き、バイトをして、また夜が来て・・・街に出る。日が昇ると、街が騒がしくなって、その音に安心して・・・。そうすると学校へ行かなくなって、バイトだけの生活が、いつの間にか”夜”の生活になって・・・です、よ」


ギルモアは、ジョーのために睡眠薬を調合した。
眠りが深すぎては、”もしも”の時に対応できないために、眠りを誘導する、眠りの入り口へと導くような、とても軽いものをジョーに渡した。


「少し怖いです・・・。同室が、”人”ですから・・・・。ドルフィン号でみんなと同室だったころは、平気だったんですけど、ね」


自嘲気味に嗤う、ジョーの姿が痛々しかった。

サイボーグであっても”脳”は”人”と変わらない”生身”であるために、”脳が”求める”睡眠=脳の休憩”はサイボーグであっても必要なことである。




メンテナンス・ルームで、入寮前にギルモアの手によって、ピュンマ、ジェットと続いて健康診断的な検査を行い、最後がジョーだった。

捨てられた記憶と、サイボーグとなってB.Gに連れ去られた記憶、そして戦いの中で何度か的から受けた”催眠”の経験によって、自我を失って戦っていた記憶。などが、”夜、眠ることが怖い”という心的外傷(トラウマ)になっているのかもしれない。と、ジョーが、”寄宿制”のために”寮”に入り、多くの”同じ年”の生徒達と”団体行動”する。と言うことにたいして、”施設”にいたころを思い出し、本人の自覚はないようだが、ジョーにとってそれが、ストレスになっているように、ギルモアは感じていた。


まっすぐに、慈愛に満ちた優しい瞳でギルモアは、寝台の上にいるジョーを見つめた。


「データ的に不眠が影響を及ぼしてるようには思えん。それならすでに、どこかに現れているはずじゃしな。眠っている間は、電子信号を最低出力に抑えておきなさい。神経系ケーブルは過敏じゃからの、少しでもお前さんの高揚が伝われば、筋肉などに刺激を与えてしまうからの。渡したクスリを飲んでさえいればいい。目覚めても、少しばかり躯の反応に違和感があるじゃろうが、リミッターなしの、お前じゃ、そんなもん関係なかろう・・・。なんじゃ、結局、寝坊介なのはジェットか。ジョーの場合は朝方にならっんと眠れんから、昼近くまで起きてこない。か・・・スマンかったな、ジェットなんかと一緒にして」


ジョーは口元を微笑んだ。


「今夜、飲んでみなさい。それで具合が良くなければ調合しなおそう。007が届けてくれるじゃろうて」
「・・・博士」
「なんじゃ?」
「・・・・・・今夜は、ここで眠っても良いですか?」
「ここでか?・・・・部屋の方が寝心地がいいじゃろ?」
「・・・ここで、お願いします」
「・・・・まあ、お前がそういうんなら、のう、構わんが・・・」
「ありがとうございます」
「じゃあ、儂は部屋に戻るぞ」
「・・はい、ありがとうございました」
「・・・・・ゆっくり休みなさい。明日、何時じゃ?誰かに起こしに来てもらうかのう?」
「明日は、9時に・・です。誰でもいいので、僕がここにいることを伝えてもらえますか?」
「わかった。お休み、ジョー」
「オヤスミナサイ」


ギルモアがメンテナンス・ルームを出るときルームライトを、消した。
ジョーは、すぐに眼を暗視モードに切り替えた。


渡された錠剤を1つ、水もなく飲み込み、躯を寝台に倒す。








なぜ、あんなことをフランソワーズに言ったのだろう。と、後悔する。
後悔しているけれども、それを今更どのように謝ればいいのか、ジョーはわからない。


篠原当麻との仲に嫉妬して言いました。などと、絶対に口が裂けても言うことはできない。

感情的に、個人的感情で物事を見ているのはフランソワーズじゃない。






暗視モードを切って、暗闇に身を置いた。


低く静かに唸る冷却装置のモーター音が、サキュバスが唱える眠りの詠(うた)に聞こえてくる。


ジョーが思っていたよりも、クスリの効果は早く訪れて、重く閉じた目蓋の闇が心地よく感じ始めた微睡みのころ、メンテナンス・ルームのドアを誰かがノックした。

眠りの入り口に立った躯は思うようには動かずに、ジョーは寝台に躯を横たえたまま、薄く持ち上げた目蓋から、霧雨のような濁った視界だけを頼りに、ドアに意識をむけた。

ここちよく導かれる誘惑に、意識を委ねて応えたいと思いつつも、ドアをノックした人物が気になった。








ドアをノックした、のは、誰だろう?





誰だろう?




だれだろう?










ダレ?





だ、れ、だ?








耳に届いた声が、嬉しかった。
自分の名前を呼ぶ声が、愛おしかった。




誰?




花が咲きほころぶように微笑んで。
明るい空色の瞳が、眩しい。
レースのような、長くしっとりとした睫が心配げに揺れる。




誰だ?






肩から流れ落ちた、ハチミツ色の髪から香る、花。
ふっくらとした、形良いくちびるが言葉を象る。







キミは、誰?












鉛のように重い腕を伸ばしてみた。









ほっそりとした、長い指に触れた。
震える手に力が入らず、腕は重力に負けて落ちた。





その手の上に、重ねられた温もりが、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。









ずっと、そのままでいて欲しい。





お願い、手を離さないで。
お願い、そのままでいて。



お願い、そばにいて。







お願い、独りで・・・眠るのは怖い・・・・・。












独りの夜が、嫌い。


独りは、イヤだ。























だれ?


「・・・・・そばに、いて・・・・。独りは、・・・・・イヤ・・・だ。・・・・・」



寂しい。
淋しい。





ヒトリハ、サミシイ。






小さな町に住んでいた。


朝がきて、独りで、1日が始まる。
夜が来て、独りで、眠りにつく。

毎日を独りで繰り返し、時間の流れに日々を重ねながら、何も変わらない。



独り。


誰も俺を知らない。




人が住む町に”人”が溢れているのに、誰1人と、俺を知る者はいない。
俺を知ろうとも、しない、町と人。






独り、帰り着いた、誰もいない部屋。
言う必要もない、言葉を呟いてみた。

誰も待つ人のいない、部屋の空気に散った「ただいま」の声。







「・・・・・・・・・・誰か、・・・・・」








狂いそうなほど、人が恋しくて。





夜が淋しくて。
寂しくて。

さみしくて。

サミシクテ。








「・・・・・・・・・・そばに・・・・・」









悔しい。

俺だけが、どうして?

どうして、父も母もそばにいてくれない?

どうして、俺には家族がいない?

どうして、誰もそばにいてくれない?



どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして?



誰もいない?














キミも離れていくんだろ?
俺を捨てるんだろ?



こんなに好きなのに。
こんなに想っているのに。



キミも今まで俺の周りにいた奴らのように、離れていくんだろ?



俺を独りにするんだろ?








行くんだ。





俺を置いて行くんだ。






キミも、俺を振り返らない。

キミも、俺の手を取らない。





キミも、俺を呼ばない。

















キミも、忘れるんだ。

幸せの中で・・・・・・・。




俺を忘れていくんだ。
009である、俺以外・・・・・。











俺は、独り。























強く、手を握られた。
強く、強く、強く、握られた。



独りじゃない。

俺は、独りじゃない。







だれ?











「・・・・・・ジョー、起きて・・・・。ジョー?」

















####

声に、ジョーは飛び起きた。
急に起きあがったジョーに驚いて、のぞき込むようにして近づけていた顔を、ぱっと離した。


「・・・・・・え?・・・・・・」


急な覚醒と、勢いよく状態を起こしてしまったために、軽い目眩を覚えて、ジョーはとっさに躯をくの字に折り、手を動かしたが、その手が何かを掴んでいた。


「・・・・・・・・・なに、これ・・・・・・・・・・?」


力任せに自分の手が握っている、白く小さな手を引き寄せる。と、小さな悲鳴とともに、花の香り纏う、ハチミツ色の髪が靡いて、ジョーの膝の上に倒れ込んできた。


「っっえ?!」
「・・・・・・・・痛い、から・・・離して・・」


ゆっくりとジョーの膝上に倒れ込んでしまった躯を退かしながら、手を強く握られたままのフランソワーズは、弱々しくジョーに訴えた。


「ごめんっ・・・・」


ジョーは自分が握っている手が、フランソワーズの手だと気づいて、ぱっと彼女の手を離した。


「・・・・・もうすぐ、時間だから」


フランソワーズはイスから立ち上がり、寝台の横に置いてある、作業用テーブルの上にあった携帯電話を手にとり時間を確認した。

彼女の言い方が、とても事務的に感じる。


「・・・・あ、ああ。ありがとう。・・・・・起こしてくれて」
「朝食は?」
「・・・・・珈琲だけ、もらえれば」
「珈琲なら、もう用意できてるいるはずよ」
「・・・今、何時?」
「8時15分」
「・・・・そう、部屋に1度戻って支度しないと」
「・・そうね、それじゃあ・・・・」


視線をジョーと合わせないまま、フランソワーズは、自分の用事は済んだ。と、足早にメンテナンス・ルームから出て行った。
彼女を呼び止めることもできず、黙ってその背を見送ったジョーは、作業用テーブルの上に置かれていたグラスに入った水に気が付いた。


昨夜、そこには何も置かれていなかった、はず。

ジョーはグラスを手に取り、冷たさを感じない人肌ほどの温度に温まっていた、水を飲んだ。
フランソワーズが運んできたのだろう。と、思う。



冷たくない水、を?








「・・・・・まさか・・」




まさか、この水は昨日?
昨日、クスリを飲む水を、持ってきてくれた?








夢を観た気がする。
とても、安心した、何かを握りしめて。


彼女の手を?

一晩中?








グラスを持ったまま、簡易テーブルに置かれた、彼用の”クスリ”の入った袋を手にメンテナンス・ルームを出て行った。












====53へ続く




・ちょっと呟く・

はい~、9の準備はokです(何の?)
次回からさくさく、事件に入っていきます。
一気に終わらせたいけれど、恋愛が絡むと吹っ飛んでしまう事件。
難しい・・・。いや、私が余計なエピソードを入れてるせい!

・・・・でも、いっぱい、あそこにも、ここにも入れたいエピソードが!
削るのが、哀しい。


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