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Day by Day・56
(56)







楽しい夕食、とは言い難い。

ジェットとピュンマの部屋にいたジョーは途中で自室によった。それについて行った2人は、ジョーのルームメイトである篠原当麻と鉢合わせし、ピュンマはさきほどの009の会話の内容から、篠原当麻と懇意にし、情報を得るべきだと判断した上で、ジェットのような”邪な”考えなく、008として、篠原当麻をカフェテリアへと誘った。

当麻は何も疑問を持つこともなく、ピュンマに誘われるままに、学院内で唯一、学生達が羽を伸ばせる、紫微垣の1階にあるカフェテリアへ、ジョー、ジェット、そしてピュンマとともに赴いた。


楽しい夕食にならない理由は3つある。



1に、ジョーが始終黙ったままなので、篠原当麻が気にし始めたこと。

2に、篠原当麻が、3人の雰囲気に慣れてきたのか、マリー/フランソワーズについて話し始め、彼女について質問が多くなってきたこと。

3に、当麻が語る、篠原邸でのマリー/フランソワーズについて、ジェットが悪のりし、ギルモア邸での彼女の様子などを話して、よけいにジョーの気分を害していること。






「バレエか・・・うん。彼女の動きとか、すごく優雅で・・・。姿勢もいいし」
「・・・・」
「3,4歳くらいから踊っていてよっ、なんか色々な賞とかとってたらしいぜ?」
「すごいなあ!・・・・見てみたいよ。飛び級した上に、インターンで日本留学して、才色兼備だなあ・・。その上、料理も出来るし、とても心地よかったんだ。彼女といると・・」


マリー/フランソワーズのことを思い出すかのように、箸を止めてしばし自分の世界に浸る当麻を横目に、ジェットはイヒヒ、と意地悪い笑みをジョーに投げた。
ジョーはジェットのそんな含みある視線を無視し続けている。


ーーーここで、邸の浴室みたいな大穴を開けられたらったまらいよおおおっ!



ピュンマは隣に座るジョーの様子をチラチラと見ながら、忙しなくナイフを動かして、今夜のメイン・メニューのひとつだった、チキンソテーを口に詰め込んだ。


「そういえばマリーは、御菓子の中でも何が好きだっけ?」


長い前髪に顔を隠して、自分たちの半分も取らなかった夕食を、静かに口へと運ぶジョーへ、何かしら会話を振ろうと、ピュンマは早口に言った。


ジョーの手が止まり、ゆったりとピュンマを見た。
ジェットと当麻の視線がジョーへと向けられる。


「・・・・・え?・・マリー?」


きょとん。と、二重のはっきりした目を不思議そうに見開いて、ジョーはいったい、誰のこと?っと言いたげな表情でピュンマを見る。
そんなジョーに、ピュンマは拍子抜けしてイスから滑り落ちそうになった。


「おめえ、話し聴いてのんかよっ!」
「・・・・ああ、ごめん。ちょっと考え事してたから、・・・なに?」


ジョーは何ごともないように、ジェットに聞き返した。
ピュンマは改めてジョーを観る。


ヤキモチ(009、浴室大穴事件)の原因。
フランソワーズに好意を持つ、当麻。



恋敵。






目の前で、ジェットが与えるフランソワーズの情報に、彼は何も感じないのであろうか?




ーーーいったい、何を考えていたんだよ・・・・ジョー・・・。


ピュンマは、はあっと短い溜息をこぼした。







「マリーは御菓子の中でも、何が好きなのかな?って、話していたんだよ」


当麻が何かを察して、ピュンマのの代わりに、もう一度ジョーへ同じ質問を繰り返した。


「さあ・・・。特別好きなものって、訊いたことない、よ。飲み物だったら、甘くしたカフェオレだろ?」


確認するように、ピュンマとジェットに視線を送り、再びジョーは自分の目の前に置かれた夕食、1/4lbのチキンソテーのサイドに添えた、マッシュポテトをフォークで掬った。


ジェットの様子に、彼がジョーへ投げかける視線。そして、ピュンマの溜息。



”ずっと、先延ばしになっていた約束もあるの”



電話口で、マリー/フランソワーズは言った、その声は、何か思い詰めたような、哀しみを含めた声色だったにも関わらず、耳が擽られるような甘さも混じっていた気がする。

マリー/フランソワーズが自分の誘いを断った原因は、忙しいのでなく、”ザッハー・トルテ”を焼くため。ではないか、と、当麻は思い始めていた。




”・・・・・・美味しい、ケーキ屋にでも連れて行って、好きなだけ食べさせる”



当麻は、ジョーの様子を見ながら、胸に刺さった小さな棘が、自分の思い過ごしであることを願った。
マリー/フランソワーズのことを語ったときの、ジョーの微笑みが、忘れられない。




マリー/フランソワーズがホームステイをしている間、インターネットを使って一生懸命にレシピを集めていた。出かけるたびに、製菓用の店を見つけては覗き、珍しいチョコレートを見つけては、ビターの板チョコを買い、味見する。

彼女が甘みのないビター・チョコレートを選んでばかりいたので、当麻はマリー/フランソワーズはそれほど甘党ではない、と思っていたが、外食する先々で必ずケーキを注文し、時には2個も頼むために、すぐに、その考えは消え去った。

彼女が一生懸命に、チョコレートや杏ジャムを探していた理由は、ネット・サーフィンの内容を訊いたことにより、ハッキリとした。


”ネット・サーフィン?”
”つい、色んなページに飛んで較べてしまうわ”
”較べるって何を?”
”私が知っているレシピとは、どれも少しずつ違うんですもの・・・。どれが1番、美味しい”ザッハ・トルテ”のレシピか・・・”
”ザッハ・トルテのレシピを?”
”・・・ええ、別にそれでなくてもいいんだけれど、美味しい、甘さを抑えたビターなチョコレート・ケーキを作りたくて”
”あれ?マリーは、甘い御菓子が好きだったんじゃあ・・・”






藍色に染まる世界は、蜃気楼のように、もう一つの世界を作り上げていた。
カフェテリアの高い天井につり下げられた、近代的なデザインの、計算された間隔で整列する。
時間が経つに連れて、カフェテリア内にいた学生たちの姿が消え始め、話し声も、壊れ変えたラジオのように、途切れ、途切れに聞こえる。





「島村って、マリーと親しい・・・のか?」


当麻の胸に浮かべた疑問が、そのまま口に出てしまった。
ジョーは、その言葉に顔を上げて当麻を見た。


「いや、色々知ってるみたいだから、前から交流があったって言っていたし・・さ」
「・・・・俺より、ジェットとピュンマの方が、f・・マリーと付き合いが長い、よ」
「そうなのかい?」
「・・ああ、そうだ、よ」


当麻が、ジョーへ質問するために、打ち急ぐ心臓にブレーキをかけようと、息を飲み込んだと、ほぼ同時にピュンマは立ち上がって、叫んだ。


「海っっ!!!!!!!!!」


ピュンマの声に、カフェテリア内にいた全員の視線がピュンマに集まり、そして、彼の視線の先にいる、津田海へと向けられた。


磨かれた床に、左足を抱え込んで倒れた海に、ピュンマは駆け寄っていく。
続いてジェット、ジョーもついていく。当麻はすぐに叫んだ。


「誰かっ寮監と保健医を呼んでっっ!!!」
















####

誰もいないグラウンドで、1人メニューをこなす。
津田海の午後は、毎日同じ基礎トレーニングをこなすことから始まる。


心配だから、と。グラウンドについて来たピュンマ。
グラウンドに行く、と言った海を何度も引き留めたが、彼はそんなピュンマの言葉を無視するように、いつも通りにグラウンドへ向かった。


昨夜、カフェテリア内で倒れた海は、すぐに保健医である石川とともに、医務室へと運ばれ、今朝、何ごともないように、海は教室に現れた。


「心配しなくても、大丈夫だって!・・・今日は無理できないしね」
「今日は。じゃないだろうっ!!その足でっ」
「まさか、肉離れなんてもんになるとは・・・」
「当分は大人しく、グラウンドじゃなくて図書館だよ」
「飛びたくても、飛べないからね、この足だとさ」


海は松葉杖を突きながら、笑った。













ジョーが出席するクラスはちょうど、グラウンド前に建てられた、2階建ての校舎だった。
この校舎でジョーは英語で、フランス語の授業を受けていた。
高等部は、全ての授業が英語で行われるためである。
長く、仲間と接しているうちに、英語は補助脳を頼らなくても話せるようになっていたために、自然と、補助脳の言語翻訳機を使わなくなっていた。
そのことを知っているのは、ジェロニモと、アルベルトの2人。
彼らは、ジョーが補助脳を使わなくなったころに、ジョーに訊ねてきたために、2人には補助脳の言語翻訳機なしで、話していると打ち明けた。

ほかのメンバーに、わざわざ知らせるようなものでもない、と、ジョーは考えているために、アルベルト、ジェロニモ以外は、ジョーは日本語以外話せない。と、思ったままである。


窓から、グラウンドで松葉杖を突いて歩く、津田海とピュンマの姿を見つけることができた。
2人をじっと見つめていたジョーへ、007から脳波通信が送られてきた。


<よ、009・・・。見てきたぜ>
<007?>


1匹の天道虫が、机の上に広げられていたテキストの上に飛んできた。


<ギルモア邸のメイン・コンピュータと008が突き止めた、”マクスウェルの悪魔”の使っていると思われる、コンピューターが、”紫微垣”の地下にあったぜ。あそこは多分、表向きは倉庫になってんじゃないのか?壊れたコンピューター関連機器がゴロゴロあったぜ、そうかと思えば、新しく購入したと思われる、プリンターやスキャナーとか、そういうもんを仕舞っておく場所みてえだ。管理しているのは、石川らしい。ヤツが鍵を持っているのを確認した。他はまだわからんなあ・・・。アイツは寮監督っつても、ここ、”紫微垣”の管理人って言った方がいいみてえだ>
<データは?>


ジョーは窓から視線を外して、机の上の天道虫を見下ろした。


<ばっちしコピーした。しかし・・・。”景品”やその他のcyborgに関するもんは見つからんかったぞ・・・。ゲームのそれらしいもんもなかった。見つけたのは、大量のメールアドレスの記録に、オンライン・ゲーム参加者と思われるやつらのメールアドレス、だ。その中に、009、002、004が使用しているメールアドレスを見つけた。あと・・起きたイワンが、参加したんぞ>
<参加?・・・博士と一緒にと、以前に頼んだけど・・・、003のメンテナンスがあったから、そのままになっていて・・・・。”マクスウェルの悪魔”の目的がはっきりしたし、僕にコンタクトを取ってきたから、001には、オンライン・ゲームがこれ以上、広がらないように、ゲーム自体を中止に追い込むよう、妨害を頼んだんだけど?>


頬杖をついて、溜息交じりに言った。


<妨害も、何も・・・001は昨日からゲームし続けてるぜ?>
<し続けるって、どうやって?・・・イベントをクリアするごとに、”マクスウェルの悪魔”から、次のゲームのURLを送ってもらわないと・・・001がイントロでつまずくはずないだろ?>
<細けえことは、吾輩はノー・タッチだ。とにかく、001はゲームをし続けているせいで、003の機嫌が悪い、悪い!>
<・・・・>


007の言葉に、機嫌の悪いフランソワーズの姿が目に浮かぶ。
極上の、とろけるような微笑みに、録音されたアナウンスのような、抑揚のない冷たい声。
さぞかし周りはフランソワーズに気を遣っていることだろう。


<ま、詳しくは邸に戻ってきてからだあなあ、明日だろ?>
<・・・・・・いや、そのことなんだけど、僕はここに残る>
<残る?!>


小さな赤い天道虫が、ジョーの真っ白なノートの上で狼狽えた。


<週末は寮監督が1人でいいらしく、今週、石川は当番じゃないから、学院には残らない。以前に調べてくれた学校関係の人間の中で、彼だけがはっきりとした身元がわからなかったしね>
<そりゃ仕方ねえ、もともと私生児らしいからなあ、養子縁組も海外でしたみたいだしよお・・・>
<・・・007、すぐに調べてほしいことがある、トーマス・マクガーの行方不明の息子。中井・マクガー・T・アンドリューを、追ってくれ・・・。彼も大学は篠原さえこ、久保絵里子、そして、石川斗織と、同じだ。在学中に行方不明になっている>
<息子をか?>


天道虫が2本足で立ち上がった。


<・・・・・頼む。恩田がトーマス・マクガーと一緒に調べていただろう?その続きを頼みたい。養子先までわかっていたはずだし、ね。2人が捜査を中断した理由は、篠原さえこ、当麻が現れたからだろ?孫と一緒に息子に会えると思っていたんじゃないかな?・・・でも、会えなかった。篠原さえこは、恩田に、”恋人であり、当麻の父親でもある、アンドリューを捜し続けていたから、トーマス・マクガーと、恩田が、同じ人物を捜していることを知ることができた”。と、言ったが、002と004の調査で、篠原さえこが、探偵や、そういう道の人間に行方不明者を捜す”依頼”をしたという形跡は見つけられなかったと言っていただろ?警察にも失踪届を出していない。養子先の家からも・・・。おかしいと思わない?いくら離れて暮らしているとは言っても・・・。親子だろ?・・・・・・よくはわからないけど>
<・・・・009>
<彼が失踪していなかったら?>
<?!>
<失踪した、ように思っているのは”他人の目”からみた、状態だったら?トーマス・マクガーの息子は、近くにいるんじゃないのかな?・・・cyborg設計図と一緒に・・>
<・・・突然だなあ。ま、009がそういうなら、調べよう。・・・・余計なお世話かもしれんが・・・ジョー、いいのか?>
<・・・・・cyborg技術は、まだ世に出るには早すぎる。あんな中途半端なものでも、危険なんだ・・・・>
<わかっている。そんなことくらい、みんなわかっているさ。1枚でも、1パラグラフでも、世に送っちゃならねえ。だからこそ、逃がさねえように、取りこぼすことがねえように、もどかしいくらいに、慎重に、慎重に今までやってきたんだ、ここで取り逃がすようなこたあ、したくねえ、けどよ・・・なあ・・。言いたくねえが・・。フランソワーズが用意してるんだぞぉ?>


天道虫がもぞもぞと、言いにくそうに羽を出したり、引っ込めたりしだした。


<・・・・・・>
<フランソワーズが、お前のためにケーキを焼くんだろ?・・・16日がお前の誕生日だったのに、何もしてやれんかった。って、博士が残念がってたからなあ。「ジョーからリクエストをもらったケーキを3人が邸に帰ってくる、金曜日に焼きますから」と。博士を励ますつもりで、フランソワーズが言ったらしくてなあ、「秘密ですよ」て念を押されていながら。博士はなあ、何かお前にしてやれるって言うことが、嬉しかったみたいで・・・。「秘密じゃぞ!」と言って、邸にいる全員に・・その、ま。そういうことだあなあ!>
<・・・・・・・・それ、秘密になってない、よ>
<全員が、博士から”秘密厳守!”と、言われて口を閉ざしてる状態だ>
<・・・・・・・・・・・・・・で、全員が知っている、と>


ジョーは右手に持っていたシャーペンの先で、天道虫の躯をぴんっ!と弾いた。


<あたたたっ!>


ころころころ、とノートの上で転がる、007天道虫。


<・・・・・・兎に角、僕は残る。002、008が残るかどうかは、彼らに任せる。以上だ>
<フランソワーズに、なんて言うんだあ?吾輩は、嫌だぞ・・・。ただでさえ、イワンのことで機嫌が悪いのに・・・>
<・・フランソワーズが機嫌が悪いのは、僕のせいじゃない>




ーーー金曜日に帰ることができないのも、俺のせいじゃ、ない。











天道虫が、窓の外へと飛んでいく。
その羽音に、その存在に誰も気が付かない。

フランス語を教えている教師が読み上げる、"Bonjour Tistesse"。
作者、Saganの1stネームが”Francoice”であったのを思い出し、ジョーは溜息を吐きつつテキストを閉じて、ピュンマと海がいるグラウンドに視線を戻した。
















####

007は月見里学院の裏門から、少しばかり離れたところで元の姿に戻り、ギルモア邸へと向かう途中、篠原さえこが乗る車が学院の裏門から出て行った。

いつも運転手付きの高級車に乗っている彼女にしては、珍しく、さえこ自身が車のハンドルを握り、助手席には、石川斗織らしき男が座っているのが見えた。


「あちゃ~・・・。なんてタイミングの良いこったで・・・。こりゃ009の読みが大当たりだ!」


007は臍のスイッチを押して、鳩に変身すると、すぐさまシルバー・カラーのtoyoma、エステマを追いかけていった。





007が邸に戻ってこない。と、連絡があったその日の夜。
009は002と008の部屋で、携帯電話を002の目覚まし時計、ピコチュウに入れた脳波増幅装置に、携帯電話をつなぎ、脳波通信で004と会話する。
002と008はチャンネルを009に合わせることによって、彼らの会話を訊くことができたが、改良途中の、それは会話を聴くのみの状態だった。

009の指示で、翌日の昼まで待ち、それでも007から何も連絡がない場合は、捜索するように、と告げた。

007に話した内容を告げた後、001のゲーム参加について、009は004を訊ねた。


《心配ない、あれはあれで、完全な”妨害”だ・・・。001の好きにさせてやってくれ。001がゲーム参戦した後、BBSの書き込みは荒れ放題。管理人も出てこない。十分に001は009の指示に従っている》
<・・それなら、いいけど、ね>
《招待状の文面から言うと、ゲームの続きみたいな感じがするが・・・》
<返事は出した>
《そうか、で?》
<まだメールを見ていないが、そう時間はかからずに返事が来ると思われる。001が現れて、そっちに集中するようなら、僕の読みは外れたことになるけれどね>
《・・・なんて返信したんだ?》
<適当に、・・・短気なんだよ、俺>
《そういう風には、見えんな・・・・えらく暢気に思えるが?それともあっち方面だけが気が長いのか?》


アルベルトの言葉に、部屋にいる002と008が嗤いがこぼれた。


<・・・・・金曜日には、002がそっちへ戻る。戻らないと、困るらしい。こっちは008と一緒に、石川の周りを徹底的に調べる。007のことが気になるけれど、今報告したように、彼にも指示を出しているから、兎に角、明日まで待ってみよう>


009がさらり、と言った言葉に、004は言葉を詰まらせた。
004が何か言いたそうな気配を感じるが、009は何も言うつもりはない。

《・・・・・・・そう、か・・・仕方ないな。了解・・・》


少しの間を置いて、004が答え、話題を変えるように言葉を続けた。


《ああ、あやめ祭だが、かなり有名らしいぞ?》
<・・・そう>
《生徒をオークションにかけて、プロム・パートナーを決める、か。面白いな。しっかり楽しめよ、当日は一般人も自由に出入りできるらしいからな・・・》
<・・・・それまでに、終わらせる。こっちの動きに感づかれて”あやめ祭”に乗じて逃げられては意味がない>
《感づかれる、ような動き方はしてないが?》
<向こうもバカじゃない・・・。B.Gが滅んだ”原因”が存在することくらい、cyborg設計図を扱っているんだ、気づかないはずないだろう?>
《・・・・もしかしたら、そんな”バカ”を相手に、オレたちは慎重に、周りを詰めていっているのかもしれんぞ?》
<・・どういう、こと?>
《裏に、無知な人間ほど、大胆なことができるんじゃないかと、思ってな・・・。001が言うには、ゲームの参加者に、政府関係者がいるらしい》
<・・・・・政府?>
《B.Gさまさまに、世話になっていた奴らも多くいるんだ。少しでもそれらしい動きが見えたら、様子を探り、狙うだろう?》
<・・・動いたのか?>
《まだ、だ》
<・・・・・他にも調べておきたいことがあるんだけど、ね・・。今後のことも考えて>
《今回は、えらく慎重に事を運ぶな?》
<・・・・シロウト相手だから、かな?>


004が笑ったような気配を感じた。


《何かあるのか?》
<・・・・・・古すぎるんだ、研究資料が>
《それで?》
<逆に、だからこそ簡単に、手に入れられたのかもしれない・・・・。けれど>
《009・・》
<B.Gの持つ研究は、Cyborg技術だけじゃないんだ・・・。それに、研究所なんて一体どれくらい持っていたと思う?>
《・・・・数え切れんな》
<今後は・・・・戦闘能力よりも、情報だ・・・。情報収集能力がものを言う。その上で迅速にまわりを詰めていき、1人でも関係者を逃さないようにしないと・・・・。逃した、たった1人が、進化するネットワーク、携帯・・・それらを使い、得ていた情報を次へと繋いでしまう。・・・・見えない電子世界の中での情報、裏社会戦争・・・>
《まったく、そこまで見越して動いていたのか?》
<・・・壁を破壊する腕力があっても、ボタン1つで送信された、世界中を戦争へと引きづり込む情報を、どうやって止める?ボタンを壊したところで、意味がないんだ、よ。情報そのものを、その情報を知るものを、根本から破壊しないと・・>
《・・・・・たしかに》
<だから、だよ。ボタンを押される前に、近づき、それを消去する。それだけでは不十分だ。その情報が辿ってきた道、関わった物、人、すべてを、だ。>
《・・・・》


002と008は、黙って009の言葉を聴いていた。
2人が見つめる009の瞳は鋭く、未来に起こりえることをふまえて、今を生きていることに、002は鳥肌がたち、008は背筋が伸びて、ごくり。と、生唾を飲んだ。


<何も知らない無知な人間でも、簡単に”裏”の世界を往来することが可能な世界。それが現実に起こりえるようになったんだ。オンラインゲームが、その証拠だ・・・。子どものおもちゃ箱に、各ミサイル発射ボタンを隠すみたいな、感じだね>
《・・・それで、まだ準備は調っていない、と言うのか?》
<・・・・・もうすぐだ、よ>



















####

ギルモア邸、地下にあるメイン・コンピューターが置かれている部屋は、メンテナンスルームに作った隠し部屋にあった。

メイン・コンピューターを通しての009との報告を終えた004は、1階のリビングルームにむかった。
009の指示でオンライン・ゲームの妨害を始めたイワンは、与えられた”新しいおもちゃ”に嬉々として、様々な方法でゲームを妨害しはじめ、それに夢中になってしまった。
寝起きが悪かったイワンの世話に振り回されていたフランソワーズは、やっとイワンから解放されて、ひと息吐くだろうと思われたが、今度はイワンがオンライン・ゲームに夢中になりすぎてしまったことに、フランソワーズの機嫌が悪くなる。


「はい、お疲れ様」


地下へ通じる階段を上がり、ダイニングルームへと入ったアルベルトに、想い湿気を含み始めた空気を払うような、さっぱりとしたミント・アイスティをフランソワーズは用意していた。


明日には、正確には、今日、学院へ侵入している3人が戻ってくる。
そのせいか、昨日よりも幾分か機嫌が良いらしい。

ちらり、と覗いたキッチンに、いくつかの製菓用の調理器具が置かれていたのを目にしたアルベルトは、深く息を吐きながら、グラスに注がれたミント・アイスティを、キッチンカウンター越しに受け取った。


「何していたんだ?」
「ちょっと、時間がかかるから・・・買ってきたチョコレートを削っていたの。邪魔になるでしょう?食事の準備のときに」
「・・・・フランソワーズ」
「なあに?」
「・・・いや、アイスティが上手い季節に、なったな」


アルベルトの言葉に、フランソワーズはくすっと笑った。


「日本の”梅雨”ってとっても有名ですものね。湿度とか・・・・。とっても素敵。移り変わっていく四季が、肌で感じられるんですもの。春と夏の間の季節。その曖昧な時期もちゃんとある、今まではこの曖昧な時期をゆっくりと感じるなんていう、感覚なんてなかったわ」


同じ毎日など、言葉だけ。
連続した時間が、同じであるように思わせるだけ。



「・・・・・・フランソワーズ」


冷たいアイスティで喉を潤す。
喉を滑り降りた後味に、ミントの香りが口の中に残った。


「なあに?」


こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳を縁取る、レースのような繊細な睫が瞬いて、きらりと、輝かせた空色の瞳。


「すまん。帰ってくるのは、ジェットだけだ・・・ピュンマと・・・・ジョーは理由があって、学院に残る」


ーーーなぜ、オレが謝らねばならんのだ・・・。



胸の奥で小さく舌打ちをつきながら、この礼は高くつくぞ。と遠く離れた地にいる、ジョーに向かって言葉を投げた。


「・・・ええ。そうみたいね」


予想していない言葉がフランソワーズから返ってきたために、グラスが手から滑り落ちそうになり、慌てた。


「!・・・・・・知っていたのかっ?」


柄にもなく、アルベルトの声が大きくなる。


「午後に・・メールが届いたの」
「知っていて・・・・それで、なんでケーキを焼くんだ?」
「・・・・べつに、ジョーのためだけの、ケーキじゃないもの・・・。ただジョーからリクエストがあったから、・・・久し振りに」
「オレに言い訳をしてどうする、フランソワーズ。・・・・ジョーは帰ってこないから、必要ないだろう?すぐに腐るもんでもないんだ、材料は・・・」
「いやな人ね。言い訳なんてしてないわ・・・・」


フランソワーズは、くるり。と、背を向けて作業にもどる。
デパートで購入した、ブロック売りのチョコレートを丁寧にナイフで削っていく。


「フランソワーズ、ジョーは明日、帰ってこないぞ」
「・・・知ってます」
「なら、もういいだろう?」
「だから、別にジョーのためだk」
「だいたい判っていたが、博士からしっかりと聴いたぞ」


フランソワーズの手が止まる。
揺れていた、亜麻色の髪も止まる。

アルベルトは、キッチンカウンターに持っていたグラスを置いて、カウンターの高さに合わせた4脚あるうちの1脚に座った。


「・・・・・・」
「・・・・博士はこどもと一緒で、嬉しいことは言いふらしたいタイプだと、知らなかったのか?」


フランソワーズの亜麻色の髪が、再び揺れ始めると、しゅっ。と、ナイフがチョコレートを深く削った音が聞こえた。


「また、作れるもの・・・。もうとっくにジョーのお誕生日は過ぎてしまったのよ、だから、・・・これは、ジョーのお誕生日のケーキでも、ジョーがリクエストしたケーキでも・・・ないの。私が作りたいから、作る、ケーキなの」
「あんまり、遅くなるなよ・・・、イワンのことで疲れてるだろう?」
「これが終わったら部屋に戻るわ」
「・・・・Gute Nacht」
「おやすみなさい、アルベルト」


アイスティを飲み干して、イスから立ち上がり、リビングルームへと続くドアの前に立ったとき、キッチンへと振り返った。ドアからはフランソワーズが作業する、キッチン奥を覗くことはできない。

耳に届くのは、一定のリズムを乱すことなくチョコレートを削る音。




ーーーケーキくらい、喰いに帰ってきてやれ・・・1時間でもいいから。


ミッション中であることを理解していながらも、そう思わずにはいられなかった。
帰ってくるのがジェットではなく、ジョーであったら、とも思いつつ、009である以上、彼自身が動きたいのであろう。それもよくわかっている。



そして、フランソワーズの気持ちも、003としての立場も。








ドアノブを捻って、リビングルームへと足を踏み入れた。ドアが閉まる音。と同時に、フランソワーズの手からナイフが離れた。
フランソワーズは、エプロンのポケットに閉まっていた携帯電話を取りだして、今日の午後に届いた、ジョーからのメールを読み返す。



ーーーケーキなんて、いつでも作れるの・・・。いつでも。そう、今日のは練習だと思って・・。  
   ジョーがいないんだもの、甘くしちゃったらいいわ。予定よりも、ずっと甘く・・・・・






チョコレートを削る。と言う手間のかかる作業を終えたら、部屋に戻る予定だったフランソワーズは、考え事をしながら手を動かしているうちに、久し振りに作る本格的な御菓子作りにのめり込んでいき、気が付けば、ギルモア邸で一番朝が早いジェロニモに、甘い香りを届けることになった。


「朝からか?そんなに好きか。」


キッチンの入り口に立ち、ジェロニモが笑う。

生地に挟んだ杏ジャムの残りを水に加えて、軽くとろみがでるまで煮詰めた。
それをスポンジの上にかけたあと、焼きあがげた生地の形を整えるために、切り落とした余分な生地と、水を加えた杏ジャムを混ぜて、パレットナイフを使い、凹凸を埋め込むように生地の表面に塗り込んでいく。
最後にもう一度、水を加えた杏ジャムを受けから垂らすようにかけた。

一連の作業をフランソワーズの背後から見つめつつ、冷蔵庫から500mlの水のボトルを手に取った。



「・・・・とまらなくなっちゃったの」
「徹夜か?」
「だって、楽しくって・・・・」
「楽しい。いいことだ。散歩に出る。」


飲料水のボトルを手に、ジェロニモはキッチンから出て行く。
それを見送りながら、フランソワーズは仕上げ用の上がけチョコレートをボールに入れて、湯煎で溶かし始めた。












「アイヤ~!・・・・お早うさん、フランソワーズ!」
「え?!・・・もうそんな時間?」



念入りにチョコレートをテンパリングしていたフランソワーズの後ろから、張大人の声。
集中していたフランソワーズは、彼がキッチンに入ってきたことにまったく気が付いていなかった。


「ずっと、ケーキを作っていたアルか?!」
「・・・・・夢中になっちゃって、つい・・・・」


返事をしながらも、フランソワーズの手は止まらない。
ほどよい温度まで下げたチョコレートをボールに移し、スプーンで掬って落とし、堅さを確認する。


「・・・どんな感じネ?」
「ごめんなさい、大人・・・あと、これを生地にかけて整えたら終わりなの・・」


フランソワーズが申し訳なさそうに、張大人の方へと振り返って謝った。


「気にしない、気にしないネ!慌てる必要ないアルヨ」


自分がここに居てはフランソワーズが集中できない。と、すぐさまキッチンから出て行った。
ジェロニモ、張大人はまだ、ジョーがギルモア邸に戻ってこないことを、知らない。
彼らがそれを知ったのは、007がギルモア邸に戻り、フランソワーズがザッハ・トルテを作り終えて、昼までしばし眠ると、自室に戻った後の、リビングルームである。



「いやはや・・・まあ、なんといいますかなあ・・・009の読みは当たっておりました。と、いうことだあなあ・・・」


リビングルームのソファにぐったりと躯を預けて、張大人が入れた冷たいジャスミンティを一気に飲み干した。グレートが戻ってきたことを、張大人は、001、004,006に脳波通信で呼び出し、携帯電話で月見里(やまなし)学院にいる、002、008,009へと報告した。


「それで?」


004が話しを促した。


「まだ状況証拠っつうか、目に見える確かなもんはねえんだが・・・。ひと休みして、向こうに報告しに行くぜ・・・まったく、今回は吾輩ばかりが活躍して申し訳ないねえ」


004が何かを考え込むように腕を組み、ソファに背を預け、005はじっと004を見つめる。
007は禿げた頭を力無くさすりながら、006にグラスを差し出して、ジャスミンティのお代わりを頼んだ。006は、007から差し出されたグラスを受け取りながら言った。


「アンタ行く必要ないネ、003が代わりに行くアルヨ。あっちに”届け物”がアルからちょうど、いいネ!だから、アンタが見てきた、聴いてきたもの、全部すっきり綺麗に話すヨロシ!」


ギルモア邸にはジェットしか戻ってこない。と、聴いた張大人は、今朝、ケーキを作っていたフランソワーズの姿を思い出して、胸がつんっと痺れたと同時に、ぱっと浮かんだアイデアを口に出して、立ち上がり、キッチンへと向かう。フランソワーズの作ったケーキの大きさを確認して、自室へと走った。

リビングルームで、張大人の言葉に賛成するように、006は004に向かって頷いた。


「007、003に行かせよう・・・。もしかしたら、003の能力が向こうで必要になるかもしれないからな」


004の言葉に、007はにんまりと笑う。
彼もまた、キッチンから漂う香りがなにであるか。に、気が付いていた。


「そうしてくれるか?助かるなあ・・・。こっちでも確実な”証拠”を見つけたいんで、手伝ってくれよ004、005。偶然、学院から出てきた篠原さえこを追って・・・」


007は姿勢を正して、慎重に話し始めた。














####

最寄り駅から月見里(やまなし)学院専用のシャトルバスが出ているが、14時を過ぎた今、次のシャトルバスが駅に着くのは16時30分。
仕方なく、駅前からタクシーを使い、20分ほどで学院の正門前に到着する。



威厳漂う重々しい正門がゆったりと重々しく開かれて、1人の男がフランソワーズに訪問理由を尋ねた。短く、フランソワーズが男の問いに答えると、警備室と思われる、駅の待合室程度の大きさの建物に招かれ、そこで待つように言い渡された。


「・・・こちら、正門前、担当、近藤です。シニアの島村ジョウ、ジュニアのピュンマ・ギルモア、ジェット・リンクに訪問者です。ええ、・・・今日の訪問者リストには名前が載っていなかったので・・・こちらの・・・・・・あ、そうですか。わかりました。いえ、スミマセン。はい。失礼します」


正門の警備員である近藤が持つ訪問者リストに、フランソワーズの名前が載っていなかったために、電話をかけて確認をとったのである。

男は一度電話を切って、フランソワーズを見ると、微笑んだ。


「ごめんね、もう少しまってくれるかい?・・・これも仕事でね。入れてあげたいんだけれど、リストに載っていない人は、規則で駄目なんだよ」
「・・・・今朝、家の者が電話を入れたんですが」


白い箱を持つフランソワーズの手に力が入る。


「今朝、か・・・。一応、面会日予定の、2日前までに学院へ連絡を入れるようにっ、て。なっているんだけど、知らなかったかい?」
「・・・・はい、彼らが編入したのは今週の火曜日で・・・、初めての訪問で・・・」
「ああ、あの3人か・・・。覚えているよ、珍しい時期に編入してきたからね。今、確認を取っているから、少し時間がかかるかもしれないけれどね、座ってまっていてください」


大きく魅力的な瞳を寂しげに瞬かせて、肩先でゆれる亜麻色の髪が、華奢な彼女の肩からこぼれおち、イスに座る。という、日常の何でもない動作に、近藤は魅入られてしまっていた。

膝の上に置かれた白い箱が、フランソワーズの膝を冷やす。


数分ほどして、警備室の電話が鳴る。
俯いていたフランソワーズの顔がぱっと、跳ね上がり、こぼれおちそうに大きな瞳が電話を捕らえた。
近藤が電話に応対する。


「はい、こちら正門。担当、近藤です。・・・・・はい、・・・・ええ・・・・そうです。彼女の名前は、フランソワーズ・アルヌール・・。はい、ギルモア氏の代理で・・・・はい。そうですか、わかりました。では、彼女を通します。はい、ありがとうございます、失礼します」


電話で話す近藤の言葉を耳にして、フランソワーズは立ち上がり、彼の次の行動を待った。
近藤はゆっくりと受話器を元の位置に置いて、フランソワーズへと振り返ると、自然とつられるように笑顔になった。
目の前にいる、稀に見る美しい異国の少女が破顔して、大きな瞳をきらきらと輝かせながら、自分をみつめているのである。
彼女の嬉しさが、その笑顔が、無機質な警備室に彩り溢れる華やかな雰囲気に染め上げていく。


「よかったね。・・・・・・アルヌール様、ようこそ月見里学院へ。ギルモア様の代理とお伺いしております。生徒との面会は学院本館、応接室となっております、そちらへご案内させて頂きます」






警備室から外に出て、近藤に本館への道を説明してもらう。


「ここから、本館まで少し距離がありますが、1本道です。迷うことはないと思います。本館へ入られまして、左手に事務所がありますので、そこで面会受付の手続きをお取り頂くことになります」
「はい、ありがとうございます・・」


フランソワーズは笑顔のまま、日本風に深々と頭を下げた。








「・・・・雨が降るかしら?」


両手に抱えた白い箱。

初めて歩く道を進みながら見上げた空。
風が出てきたために、雨の匂いが躯にまとわりついてくる。
太陽がすっかり雲の中に隠れてしまい、木々に覆われた路を歩くフランソワーズの周りが影に覆われるが、雨が降る前のじっとりとした熱さに躯が火照るため、手に持つ箱に詰め込んだドライアイスの冷気が、歩くたびに首元に届いて心地よかった。


正門警備員の近藤は、少し。と言った。
これのどこが少しなの?と、フランソワーズは疑問に思う。

正門からずっと丘を登るように、なだらかな坂道が続く。木々に覆われた森の路。と言って良いほどに、自然豊かな環境に、自分が日本にいるとは信じられない錯覚に陥る。

グレートがギルモア邸を出る前に説明してくれた月見里学院は、小説や映画に出てくるような、ヨーロッパ調の、ボーディングスクール。そんなイメージしかフランソワーズに与えなかった。
グレートは少しばかり物事を大げさに言う癖があるので、彼の話を50%ほどにしか聴いていなかったフランソワーズだったが、学院本館を前にして、グレートの言葉は大げさではなく、謙虚な物言いだったことに驚かされた。



「あの~・・・?」


本館入り口を前にして、呆然と建物を眺めていたフランソワーズに、松葉杖をついた1人の男子学生が話しかけてきた。


「え?」


ずっと建物を見上げていたために、顔を声のする方へと向けると、軽い目眩に襲われて、咄嗟に足に力をいれた。
フランソワーズの躯が、不自然に揺れたので、男子学生は思わず手を伸ばす。が、自分が松葉杖であることを忘れていたために、逆に、彼の方が体のバランスを崩してしまった。


「うわっ!」
「っあぶない!!」

フランソワーズは反射的に腕を伸ばして、男子学生を支えたとき、手に持っていた白い箱が地面へと落ちた。


「・・・・あ、大丈夫です、スミマセン・・」
「いいえ、私が驚かせてしまったみたいで」


花の香りが、ふうわりと広がった。
絹糸のような、艶のある髪が男子学生の目の前に靡いた。


自分の体を支えるために、腕を取られて、至近距離で見る、宝石のように輝く碧の瞳にのまれそうになる。


「・・・あ、あ、ありがとう」
「大丈夫ですか?」


早鐘を打つ心臓に、顔が茹で上がる。
慌てて体制を整えて、男子学生はフランソワーズからこころもち距離を取った。

フランソワーズは男子学生が倒れなかったことに、安堵の息を吐き、微笑んだ。
そして、自分の手から白い箱が消えていることに気づき、振り返った先の地面を見つめた。


「・・・c・・・き」


男子学生も、フランソワーズの視線の先にある、地面の上に落ちた白い箱に気が付く。
フランソワーズは白い箱に近づいて、その場に屈み、少々角がへこんでしまった箱を手に取りながら、003の能力で、箱を開けずに中身を確認する。

張大人が頑丈に作ってくれた箱のお陰で、フランソワーズが作ったザッハ・トルテは外に出ることなく、無事、箱の中に納まっていたが、ケーキは、落ちた衝撃そのままの形をえがいていた。


「ごめんなさいっ!!・・・ぼくのせいでっ、中の物、大丈夫ですか?!」


フランソワーズは、松葉杖をついて近寄ってくる男子学生へ視線を向けた。
彼のせいではない。そう言おうとしたフランソワーズの屈んだ位置から、”眼”のスイッチを入れた状態で見た、男子学生の足に、フランソワーズの視線が止まる。


「っっ!」
「大丈夫ですか?」


食い入るように自分の足を見つめるフランソワーズに、男子学生は気づかないまま、声をかけたとき。







「海!フランソワーズっ?!」


ピュンマの声に、松葉杖をつく男子学生、津田海が振り返る。
フランソワーズはピュンマの声をどこか遠くの方で、聴いていた。






003の眼に映るのは、劣化した人工筋肉。
その足が、人間のものでないことは、009のようにギルモアの元で勉強していなくても、わかる。


003だから。
見慣れてしまった人間の体とは、大きくかけ離れた、人工的な内部。










駆け寄ってきたピュンマは、海に微笑みかけながら、フランソワーズの正面、地面に膝をついて、固まった彼女の手にある白い箱を手に取った。


「フランソワーズ、落としちゃったの?・・・・大丈夫だよ、ケーキ自体を地面に落としたわけじゃないし、形が崩れたくらいで、味は変わらないんだから!」


007の代わりに、003が学院に来るという報告を受けたとは別に、ピュンマは各メンバーからメールを受け取っていた。


”何がなんでも、ケーキをジョーに食べさせろ、4”
”一生懸命作っていたアルヨ。ジョーに食べてもらえないって、わかっていても、作りたかった気持ち、わかって上げてほしいアルヨ。張”
”ジョーを想ってつくったもの、届けさせる。そちらでなんとかしてやれ。Jr.”
”吾輩が、届けるよりも、姫の方がいいだろう?頼むぜ、ピュンマ。7”
”フランソワーズをそちらへ向かわせたので、よろしく頼むぞ、G”


フランソワーズが、地面に屈んだまま動かないのは、ケーキを落としてしまったショックのため。だと思いこんでいるピュンマは、フランソワーズを励ましながら、彼女をそっと立たせた。


「ピュンマの・・・あ、今日、言っていたのは、やっぱり彼女のことだったんだね!」
「そうだよ、えっと、彼女は・・・・」



ーーーマリーと説明した方がいいのかな?
   篠原当麻には、マリーだし・・・でも、フランソワーズって言っちゃったよね?




ピュンマは一瞬悩んだが、フランソワーズは海に笑顔を向けて自ら自己紹介した。


「初めまして。マリー・フランソワーズ・アルヌールです」


フランソワーズの、花が咲くように明るい笑顔に、海は舞い上がる。


「は、は、は、は、初めまして!津田海ですっっぼ、ぼ、ぼ、ぼくのせいで、あのっ!」
「お気になさらないで、落としたのは、私ですもの」


フランソワーズはグレートから訊いていた。
ピュンマに、とても気の合うクラスメートできた、と。
ジョーとジェットと過ごす以外の時間は、ほとんど彼、津田海と一緒に行動している、と。



ーーーどうしたら・・・、ピュンマに、どう言えば、いいの・・・・・?

















====57へと続く



・ちょっと呟く・

色々書きながら、反省。
細かく書きすぎて、話しをこんがらがらせてる自分に反省。
今後は、肉をそぎ落としてシンプルに、いきます。

頭をリフレッシュさせたら、あらら、・・・・辿り着かない~!と嘆いたところまで
簡単に辿り着きました(笑)
ミッションすべて、書き直したい衝動に駆られつつ、このまま進みます。

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