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Envy


熱くなるエンジンの揺さぶりに、人工の熱が車体を覆う。
耳を潰さんばかりの轟音が、空気との摩擦に時間の壁を作っていく。


目の前に見えるのは、ただ一つ。
走り続けるための道。


信じられるものは、握りしめたハンドル。
踏み込むアクセル。

感覚。




速さだけを追い求めて。
1人で乗り込むマシン。











走り抜く。






誰よりも、速く還りたい。
彼女が、待っている・・・・・・。






速く、速く、速く。






彼女の元へ、速く、速く、速く・・・・。





















キミは俺のものだ、と叫ぶために。





























国から国へ。

レースからレースへ。

F3ドライバーをしていたジョーは、日本で所属していたチームのテクニカル・ディレクターからの推薦により、テスト・ドライバーとして参加したイギリスチームに実力を認められ、2ndドライバーの席を得た。


100人以上の仲間たちとの大移動。

午前中にM国に入国し、そのままホテルへ向かって用意されていた部屋にいた。
シャワーを浴び、備えてあったバスローブを適当に羽織ったままベッドの上に横たえた躯。
滲み一つ無い白い枕カバーがジョーの濡れた髪から水気を吸い取ったカバー。枕自体にうっすらとプリントされた、どこかのブランドのマークが浮かび上がってくる。
ベッドサイドにある棚に置いた、貴重品類のひとつ・・である、携帯電話を手に取った。




M国に入国する前日、彼女の携帯電話の番号を押した。

1度だけ鳴ったコール音を聴いて我に返り、慌てて電話を切って時計を観た。
補助脳を使わなくても、すぐに計算できる日本との時差。
ちょうど彼女はバレエのレッスン中の時間帯。

胸に溜まった緊張の息を躯から吐き出した。
レッスン中、彼女は携帯電話をマナーモードにしているために、気づかない・・はず。









逢いたい。


今すぐに。



キミに触れたい。



















5:07pm


勢いよく上半身を起きあがらせ、スーツケースの中から適当にTシャツとジーンズを取り出して着替えたとき、ホテルのドアのチャイムが鳴った。



夕食の誘いは断ったはずだった。

ジョーは無視するつもりであったがしつこくチャイムは鳴らし続けられた。
その行為に誰がドア前に立っているのか容易に判断がつく。





肩で吐き出した息が部屋の空気に馴染むより早くジョーは部屋のドアを開ける。


「・・・腹は減ってない、よ」
「とか言って!ルームサービス取るんでしょ?」
「腹が減ればそうするけど」


夕日色。と、言えばいいのか。
見事な赤毛を腰まで流したアビー(アビゲイル)。その彼女の兄である、同じ赤毛にひょろりとした長身、そばかす顔が愛嬌良く微笑む、PR・マネージャーのエイデンの2人が立っていた。


「疲れているのに、申し訳ないんだけれど・・・参加してもらえないかな?」
「例のに?」
「今回のことで、スポンサー関係者にね、次ぎのレースのことを考えても出ておいて欲しいんだ、やっぱり」
「・・・用意する、よ」
「ジーンズ、スニーカーは禁止だから」
「面倒だな」
「こういうのが苦手なのを知っていて、お願いしてるんだよ」








インタビュー嫌い、写真嫌い、サービス嫌い。人嫌い?

本業はレーサーであるけれども、レース関係以外の仕事は人気商売の芸能人となんら変わらないことをさせられる。
ジョーと同じチームのドライバーであるディランは、エンターテイメント性に長けたユーモア溢れる性格だったので、自ら進んでPRや撮影を精力的にこなす。が、彼とは正反対のジョーは、できる限りの露出を控え、断れるものはすべてを断っている状態だった。

チームが運営している公式サイトのプロフィールも最低限にしか載せていない。
写真など、レース中のものがほとんで、ヘルメットをつけた状態のもの、もしくは後ろ姿など、正面からはっきりと彼の顔がわかるものは、ない。
なのにも関わらず、噂が噂を呼び、ジョーのミステリアスなプライベートと、そのルックスが受けて、今では新人レーサーにも関わらず、F1界一の注目を浴びていた。




ジョーは無言でスーツケースの中を漁る。
アビーは部屋に入っていき、湿ったバスローブが置かれていたベッドの上に飛び乗るようにして座った。

濡れた枕にそっと手を伸ばす。
その感触に、胸がどきどきと高鳴った。


「アビー、ジョーは着替えるんだ、出なさい」
「いいじゃない、みられても困らないでしょ?」


ふふんっと笑い、兄の言葉を無視するアビー。
彼女は去年から大学を休学してエイデンと同じPRのメンバー。ジョーの所属するチーム専属のレースクイーンの一員として働いていた。


「・・・・・・これでいい、か?」


部屋のドア口に立つエイデンに向かって見せた濃紺のジャケットと同じ色のスラックス。


「十分だよ」
「ネクタイ、も?」
「嫌ならいいよ。そこまであらたまった席じゃないんだ。入国しました、的な挨拶と、今回もがんばりますって言う一言が欲しいだけだから」
「助かる」
「ほら、アビー出るんだ」
「・・・は~い」


マイクロミニスカートを着たアビーは、長い足をわざとらしくジョーに見せつけるように伸ばした。ゆっくりと立ち上がって”みせる。”
開かれたスーツケースの中の物たちに、自然と視線を向けてしまうアビー。
次ぎに視界に入ったベッドサイドのミニチェスト。
そこに置かれた貴重品類の中に、紛れ込んでいた一枚の白いカードのようなものが妙に気になった。

エイデンがジョーに話しかけたことによって、彼らは自分を見ていない。
アビーはそれを手に取った。
指に伝わった感触からカードではなく写真であることがわかる。
裏を向けておかれていた写真を、くるり。と、かえして、現像された”絵”に、アビーの瞳は驚きに見開いた。


写真の中で、恥ずかしげに微笑んでいる女性は、うっとりとするような輝くハチミツ色の髪を風に靡かせていた。
薄桃色の花びら舞う空の下、レースのような長い睫に縁取られた、こぼれ落ちそうに大きな瞳は優しさに満ちたアクアマリン・カラーが輝いてる。
真珠色のなめらかな肌に調った鼻。チェリー・カラーのふっくらとした形良い口元は・・・誰かの名前の頭文字を表す形で開かれていた。ピンク色のカチューシャが、可愛らしい。


「・・・・誰?」


アビーの低く掠れた声に、ジョーとエイデンはアビーの方へと振り返った。
ジョーはアビーが手に持っている写真に気づき、少しばかり驚いたような表情を見せたが、それは一瞬のことだった。


「こらっ!人のものを勝手に触るんじゃないよ、アビー!」


そう言いつつも、興味があるのか、エイデンは好奇心に勝てなかった足が進んでアビーに近づき、妹が持つ写真をのぞき込んだ。


「!!!!!!っっすっごい・・・・・美人・・・・・・うわあ・・・・・・・」
「・・・・」


エイデンの感嘆の言葉に微笑しつつ、ジョーは無言で写真を返してくれと言う風にアビーに手を差し出した。
手首に、男物にしては細すぎる白銀色のブレスレットがキラリと光る。
アビーの瞳に映るそれは、腕時計さえもつけないジョーが唯一身につけるもの。
彼が、それをハズしたところを見たことがない。


「・・・・誰?」
「Francoise」
「誰?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が・・」


ジョーは言いかけて、言葉を飲み込んだ。
アビーから写真を受け取って、そこに映された彼女を見つめた。


微笑む、彼女は動かない。


「この世で、ただ1人・・・・俺が愛している人」



































5;16pm


タクシーのドアが開き、運転手とフランス語で言葉を交わしている、愛らしい涼やかな女性の声。


日本からM国へのダイレクト便はなく、一番近い国際空港はフランス領のニース、コートダジュール国際空港。
一度、故郷であるパリを経由して、エアフランスを使いニースへ飛び、ニースからM国へ。
日本との時差はマイナス8時間。現在はサマータイムに入っているのでマイナス7時間。






チームから届いた招待状に返事を出したとき、滞在するホテルの予約が必要か?と、Eメールが届いた。
NO.と一度は書いたが、変更してYES.と返信した。














パリからニースへの乗り換え時間が短く、かなりヒヤヒヤしたが、無事に乗り継ぐことができて1時間15分でニース空港に着いた。そこからギルモア邸に電話を入れ、ギルモア博士のお小言を訊きつつ、空港内のATMで降ろしたお金を持って、タクシーを使いM国のホテルへ。

旅の疲れ云々よりも、1分1秒でも早く、ベッドの上で手足を広げて眠りたかった。
ベタベタし始めた、髪も気になる。

荷物はショルダーバックと、小さなトランクケースが1つ。





愛想の良いタクシーの運転手との会話も、普段なら楽しめたはずだったけれど、今は少しでも早くホテルのフロントへ行きチェック・インを済ませたい。と、言う気持ちは正直に、引きつり始めた笑顔。














今週末のレースを最後に1stドライバーを務めるディランが引退するため、シーズン中ではあるが、試合後、チームとその関係者を集めた身内だけのパーティが開かれることになっていた。そのためにジョー・シマムラの”家族”の元へと、M国レースのチケットと招待状が届けられた。


「・・・電話で何も言ってなかったから、知らないのよね。そういうのって報告されないのかしら?」


長旅を終えたフランソワーズは、ジョーがいるであろうホテルを見上げる。


「驚くかしら?ジョー・・・。興味ないんでしょうね、こういうことに関して」


エントランスに立つホテルのドアマンが、笑顔でフランソワーズを迎えた。



























5;44pm


エイデン、アビーに連れられて向かった場所は、同ホテルの広間の一つ。
それほど広いとは思われなかったが、関係者のみの会場にしては贅沢であり、ビュッフェ形式のディナーに多くの人で賑わっている。


「ジョー、こちらが今期からスポンサーに加わって下さる・・・」


チームにジョーが加わって以来、エイデンが何かとジョーの個人マネージョーのように面倒をみていた。
アビー以外にも3人の弟妹を持つ、長男気質がそうさせるのか、本人でないとわからないが、今ではエイデンの行動はチーム内でも”それが当然”のごとく、ジョーのスケジュール管理や、その他の雑事など、彼が取り締まっている。


「光栄ですなあ、こういう社交の場には滅多にお出にならないと聞いてましたから、Mr.simamura」


色んな意味でジョーはどこへ行っても注目を集めてしまう。が、本人はいたってマイペースに、エイデンに紹介されるままに、スポンサー、関係者、そのまた関係者・・と、覚えきられないほどの人々と必要最低限の挨拶を交わし、社交辞令程度の対応をしながら、無難に物事をやり通す。







「何か、食べないの?」
「・・・・・・・落ち着かない」


さすがに、名前も顔も知らない(あくまでもジョーが覚えていないだけ)人間と普段滅多に使うことのない言葉を使ったために、疲れから不機嫌になっていくジョーを、なんとか、この会場に足を留めさせておこうと、努力するエイデン。
彼から少しでも目を離せば、テレポーテーションでもしたかのように、消えてしまうためだ。



「適当に詰めてもらえるから、後で部屋に持って行けばいいよ」
「・・・・・・・・・面倒だ、よ」
「ジョー、君はマシンと走ること以外、本当に何もかも面倒そうだね」


エイデンは苦笑しながら、手に持っていたワインを飲んだ。


「・・・・それ以外のために、ここにいる目的なんてない、よ」
「う~ん・・・PRとしては、君のその魅力的なルックスを全面に押し出して、より多くのスポンサーを得たいんだけどねえ・・・もっとファンも増えそうだし、ファンクラブあるの知ってる?・・・もっと拡大させたいんだけど?」
「・・・・・・・好きなだけ、なんでもやったらいい、よ。エイデン。仕事である以上はやる。けれども契約時に願い出たことを越えるようなら、引退、だ」
「ジョー・・」
「なに?」
「若いのに・・・なんでそんなにはっきりと簡潔してるんだい?日本人って曖昧さが売りだろう?」
「・・・・・・オレは半分」
「あ、そうか。そうだったね・・・・でもさ、滅多にいないよ?そんなに白黒はっきりさせてる人間って」
「はっきりしてる、か?」
「ああ、もう!とりつく島もないくらいに、すっぱり、さっぱり、ハラキリだね!」
「・・・・・潔いって言いたい?」


エイデンはにっこりと微笑みながら、会場を見渡してジョーに尋ねた。


「そういえば、家族の人は?放っておいていいのかい?」
「?」
「え?・・・返事をもらってホテルの予約を取っ」


エイデンと会場の隅の方に寄って話していたところに、ジョーでも、その顔を忘れてはいけない人物が近づいてきた。


「ジョー!お前が今日の主役じゃなかったか?」
「違います」


1人はチーム・マネージメント・ディレクター、マーカス。と、ジョーのパートナーと言うべき、テクニカル・エンジニアのスペンサー。


「・・・・父さん、ジョーにディランのようなことを求めても、無理だよ」


マーカスは息子、エイデンが手に持っていたワインを取り上げて、飲み干してしまった。


「エイデン、お前が甘やかしすぎなんじゃないのか?こいつをもっと表に立たせて、バンバン金を稼がせろっ。次のレースからは、ジョーが引っ張ってくれなきゃ困るんだぞ!ジョー、早く走りたきゃ、金も要るんだ。最近、カレンダーとか、そういうのがそこそこ儲かるらしいじゃないか?ジョーならカレンダーでベストセラーも夢でないっ」
「スペンサー・・・・確かにジョーのファンは純粋なF1ファンじゃない女性が多いけど・・・売れるだろうけど、すっごいプレミアとかがついて・・・ファンクラブの特典にしたら・・・年会費をつり上げても・・・・カレンダーより限定写真集?」
「・・・エイデン・・止めろ」
「まだ所帯ももたない上にフリーだろ?出来ることはやらせてしまえ!」


恰幅の良い体を震わせながら、仕立ての良さそうなスーツをジャストフィットで着こなすスペンサー。一目見ただけでは彼がオイルにまみれて、部下を怒鳴りつけながらマシンを調節する職人気質な人物には、全く見えない。


「残念!!ジョーにはちゃんと”いる”よ・・・・・しかも・・・言葉には言い表せないくらいの美人・・・・」
「なにぃっっっ?!」
「ほうっジョー・・・・聴いたことないぞ?・・・・契約上のこととはいえ、恋人がいるかいないかくらい、教えて欲しいなあ。エイデン、お前は2年前に振られたハンナ以来いないのか?」
「っ父さん!」
「ジョーのケツの世話ばっかり焼いてるからだ。お前の年を考えると・・そろそろ孫が欲しいなあ・・・お、アビーも来てたのか?ちょっとあっちに行ってくるぞ」


マーカスは空になったワイングラスをエイデンに押しつけて足早にアビーの方へと向かう。
3人はそれを視線で追った。アビーは父親が近づいてきたことに気づいて、さり気なく距離を取って逃げようとするが、時すでに遅く、しっかりとマーカスに捕まってしまった。


「年って・・・僕はまだ33だよ?!」
「・・・童顔だな。エイデン」
「ジョーには言われたくないっ!!!!」


そういう時期なのか、どうか、アビーは父であるマーカスを嫌っているわけでもないけれど、なるべくは関わらないようにしていることを周囲の誰もが気づいていた。が、マーカスの人懐っこい性格と温厚な物腰に、人望は厚く・・・アビーがどこへ隠れようとも、様々な方面で協力を得て、アビーはマーカスから逃れることができない。
ほのぼのとした父娘の絵に周囲はより一層和やかな雰囲気になっていく。


「・・・・写真ないのか?」


ジョーの腕を肘で軽く突いて、スペンサーは呟いた。


「ジョーの部屋にありました!見ました!紹介して欲しいよっ彼女の友達でフリーの子いないのっ?」


父親の言葉にムッとしながら、エイデンがスペンサーの代わりに答えつつ、ジョーを睨む。



「よし!明日のミーティングに持ってこいっ」
「嫌です」


即答で返事を返すジョーは、あくまでも自分のペースを崩さないが、不機嫌なのは変わりない。


「なっっ!!いいか、ジョー、ドライバーとエンジニアは一心同体でなければならないんだぞ?どんな些細なことでも分かり合えるほどに以心伝心、つーかーの仲だ・・・・・お互いの信頼がよりマシンの性能を高めてだな・・・お前の好みの女を知ることで、オレはよりマシンをそれに近づけて、だ・・・そりゃあもうっ熱く燃え上がるっ!!・・・・お前、けっこうそっち、凄そうだもんなあ・・にひひっ。大人しいヤツに限って、ハンドル握ると変わるようによ!」
「・・・公私混同です」
「冷めたヤツだな!お前はっっ・・・酒の席だっ!遠慮するなっ!!」
「・・・遠慮します。ついでに酒の席ではないです、仕事中」
「みんながお前の周りを嗅ぎまわんのはなっ、変に秘密にしたりっ、隠したりするから気になるんだっ!男なら、こうっ!!ば~~~~~~~っっっんっ!!!!!!とっ胸を張って全てをおおっぴらに曝しだせっっ!コーナーでの踏み込みの良さをここでいかせっ!ハンドルさばきの良さで、あとは煙に巻くんだよっ!」
「無理です」
「か~~~~~~~っ!どうしてお前はそうっ!!若いのによっ!!もっとこうっほれっっ!!燃えるもんっつうのはないのかっっ!枯れてるぞっっ」


酔いのせいなのか、いつもよりもリアクションが大きいスペンサーは、地団駄を踏む。


「・・・こんなところで燃える意味がわかりません」
「ジョーっ溜まってるんだなあ?っっ彼女には黙っていてやるからっお前なら、その辺の女2、3人連れ込めるだろっ!!どかんっと発散してこいっついでにエイデンの分も見繕ってやれ!」
「・・・どうして、そういう話しに・・・もう、とっくに卒業しました、よ」
「?!」
「なにっ?!」




「女を拾うのも、拾われるのも、・・・抱くのも・・抱かれるのも・・・飽きた・・・から、ね」


広間のシャンデリアがキラキラと輝き、金茶色に近くなったジョーの髪に光をこぼす。
長い前髪に隠れた左の瞳が、同じアンバー・カラーかどうかは確かめたことがない。
男だと、わかっているが・・・見惚れてしまうほどに、東洋と西洋の色がバランス良く混じった神秘的な顔立ちは、あまり表情豊かとは言えないジョーを、魅力的に演出する。

濃紺のジャケットの下に着たのは、ただの黒いシャツ。
この広間の中で一番カジュアルな装いにもかかわらず、彼が一番目立ち、そして格好が良い。
離れた場所から送られる女性達の熱い視線の数々は、ジョーに向けられているにもかかわらず、側にいるエイデンの方が、それらの視線を意識してしまい、意味もなく心臓を高鳴らせてしまっていた。

視線に気づいていないのか、それが日常的に送られてくるものであるがために慣れてしまっているのか・・・いつもと変わらないマイペースぶりを披露するジョー。




エイデンは会ってみたい、と強く思った。


「・・・・そんなジョーなのに、彼女がいるんだ?」


エイデンの呟きに、固まってしまっていたスペンサーが、興味深くジョーを見つめた。


「・・・・・・・フランソワーズを、その辺の女と一緒にするな、よ」


スペンサーは、バンバンバンバンっっ!、ジョーの背中を力任せに叩き続け、叫ぶ。


「よおおおおおおしっ!今日はオレが許すっ!飲むぞっ、そして語ってもらおうじゃないかっ!お前の女についてよっ!!!!!!!」
「嫌です」


即答で返事を返したジョー。
ジョーよりも3,4倍は体格の良い、スペンサーに力任せに背を叩かれても、ビクともせず、涼しい顔で立っているジョーに、エイデンは初めこそ驚いていたが、今はもう慣れたように、2人のやり取りを見つめながら、途中で止められた会話を戻した。


「ところで、ジョー。さっきの続きで・・・君の日本の家に招待状を送ったら、返事が来て、君の家族の1人がここに来るから、ホテルの予約、僕がしたんだけど・・・・知らないの?」
「・・・・・俺の家族?」





















6;23pm


フロントからルームキーと一緒に受け取ったメッセージ。
チームからの”welcome”のメッセージ・カードと、今夜開かれているビュッフェ式のチーム親睦会への招待状だった。


手早く部屋のシャワーを浴び、バスローブに身を包み、もう一度メッセージ・カードを読み直した。


「・・・こういうの、ジョーは苦手なはずだけど?・・・・いるのかしら。お仕事に入るなら、いるのでしょうけけれど・・・」


ホテルにジョーがいるのならば、確実に脳波通信が届く範囲に入っている。
けれども、せっかくここまでジョーに知られることなく、やってきたフランソワーズは、出来るなら”サプライズ’をしたい気持ちが強いらしい。


部屋のオレンジがかったルームライトのために、一段濃い色になった髪を、ホテのマークが入ったタオルで雫を拭う。


「お腹空いたわ・・・、ケーキ、たくさんあるかしら?」


メッセージ・カードを、ベッドサイドのミニチェストに置いて、再びバスルームへと戻っていくと、ドライヤーの熱風に髪を靡かせた。





























7;01pm


ほどよく会場が賑わい、盛り上がってきたころ。
ジョーはスペンサーから解放されることはないが、そのお陰で余計な”仕事”に連れ回されずに済んでいた。


「・・・何かの間違いだろ」


”フランソワーズ”について聞き出そうと、スペンサーは必死になっていたが、意識的に会話を徐々にレースの方へと、ジョーによって誘導されていることに気づかないままに、今期のマシンについて、酒にほどよく浮かされた舌で語り始めていた。




父、マーカスから逃げてきたエイデンの妹、アビーも加わり、会場の中央から外れた壁際に立つ4人。


会場の細波のようなざわめきも、一番最後に届けられた。


「なに?・・・有名人でも来たのかしら?」
「・・・・・今日は、チームと、そのスポンサー、その関係者、に、その家族に・・・と、ほとんど身内だよ、プレスも遠慮してもらっているし・・。まあ、身内が有名人なら、いるかも。ジョー、ちゃんと返事はもらったし、同じこのホテルに部屋も取ったんだ」


アビーの言う”有名人”らしき人物は、並べられているビュッフェの一番端、4人が立つ位置近くへと歩いているらしく、人のざわめきも一緒に移動してくる。


「・・・・エイデン、誰かほかのヤツと勘違いしてないか?」
「うっっはあああああああっ・・・美人ちゃんっ!あの娘のせいだなっ!!ほら、見ろよっ、さっそくウチの若ええのが、頑張ってるぜっっ!!はてさて、誰が”お持ち帰り”するかなあ?っと、エイデン、お前も加わってこい!応援してやるからっ!」


ジョーの問いに答える暇もなく、いち早く”有名人”らしき人物を見つけたスペンサーによって、感歎の声を上げる彼の手は、エイデンをぐいっと、ざわめきの中心となっている人物の方向へと押しやった。


「この僕が勘違っっっ・・・・・・・・スペンサーっ!僕はジョーと話してっっ・・・え・・・・ええ・・・・え・あ・・あれ?」


絹糸のように、艶やかに輝くハチミツ色の髪が靡き、こぼれ落ちそうに大きな、アクアマリン・カラーの瞳を縁取る、レースように繊細な長く整えられた睫が、瞬くまぶたに重たげに後を追いかける。その瞳がまっすぐにエイデンへと向けられた。と、想った瞬間。


アビーの手の中にあった写真の、動かない女性。と、重なった。










「・・・・・・・フランソワーズ」

























7;03pm

愛おしい人は両手を広げ、彼の名を呼ぶ。




「ジョーっ」



























風は彼女を捕らえて、離さない。
















「逢いたかったの・・・・・・」
「・・・・・・・逢いたかった」





























2人の声だけが、ここに存在する。

























「・・・逢いたくて、逢いたくて、・・・・・夢じゃない、よな?」
「夢じゃないわ、ジョー。・・・・・・ここに、いるわ。私は、ここに・・・」



抱きしめた、体温。

抱きしめた、香り。

抱きしめた、愛おしい人。



「夢じゃない、と・・・・証明しろ、よ」







腕の中に閉じこめた、その人を見つめて、少しだけ力を緩めた。


























7;07pm

フランソワーズはジョーの首に腕を絡め、
踵のあるヒールを履いているのにも関わらず、トウで立つように、背伸びをする。








ジョーは少しばかり顔を傾けて、瞳を閉じた。






「我が侭、・・・・ね・・・ジョー・・・・」













触れ合う柔らかさに、深くのめり込む。























息する暇を与えられないほどに、美しく。
瞬く間を惜しむほど、魅力的に。













切り取られた空間に生きる2人を、誰もが瞳に焼き付けていく。
































「・・・・・夢じゃ、ない」



離された熱から、零れる微笑みに紛れた言葉。


「・・・・・・・それは良かったわ。私ケーキが食べたいの、お腹ぺこぺこなのよ?」
「・・・食べてないの?」
「機内食で、満足出来ると思う?」
「・・・・機内食って・・・・思わない、よ。いつこっちへ?・・何がいい?」
「2時間まえくらいかしら?・・・・・・ジョーは食べたの?」
「・・・・いや、こういうところでは」
「食欲ない?・・・・ジョーが出席してるなんて、思わなかったわ!」
「・・・・・・仕事、って言われてさ。キミが食べるなら、食べる・・・食べさせて、よ」
「・・・・・我が侭ね」
「・・・いいだろ?」
「今日だけよ?」
「いやだ」
「ジョーって我が侭っ」


くすくす。と、笑いながら、フランソワーズはジョーの首に絡めた腕に力をいれて、羽のような軽いキスを1つジョーの頬へと、贈る。


「あとで、もっと・・・な?」


フランソワーズの耳元で甘えた声を出す。


「ほんと、ジョーって我が侭なんだから!」
「・・こういうのは、我が侭って言わない」
「じゃあ、なあに?」


フランソワーズは腕を解き、ジョーは腕の中から、フランソワーズを解放しながらも片腕は彼女の背に残す。


「・・・確実に実行されるミッションの確認」


009の顔で、言われた。


「いやよ」
「キミに拒否権はない、よ」
「っもう!」


ぶうっと、膨らませた愛らしい頬に、そよ風のようなキスを1つ、贈る。


「さっさと、食べてしまってくれよな?」
「・・・・いやよ」
「だから、キミに拒否権はない」


ジョーの腕から、するっと逃れて、フランソワーズはデザート皿ではなく、メイン用の大皿を手に、デザート用のテーブルに並ぶケーキを乗せ始めた。


「・・・ケーキから?」
「もちろん!」


ふと、エイデンとジョーの視線が合った。


「・・・ああ、エイデンが言っていた”家族”は、フランソワーズのこと、か」
「ねえ、ジョー。手伝って!」


声をかけられて、フランソワーズへと歩み寄る。

フランソワーズが会場に入ってくるな声をかけ、集まっていた男達が、蜘蛛の子を散らすかのように去り、2人の周りには誰もいない。
遠巻きに見つめられる、好奇の視線に居心地の悪さも何もない。



フランソワーズがいる。
それだけが、ジョーのすべて。






「・・・それで?なんで、キミはここにいる?」
「招待状を頂いたの、一度はジョーの新しいチームを見ておいで、って博士が許してくださったのよ。私以外は、みんな1度はレースを見に来ているでしょう?今、日本にはアルベルトが来ているから、留守を頼んだわ」
「・・・・・俺は、どうして知らなかった?」
「さあ、どうしてかしら?」
「・・・・・・・・・・報告義務を怠るな、よ」
「ごめんなさ~い」


反省の色が見えないフランソワーズの手から皿を取り上げた、ジョー。


「フランソワーズ?」
「だって・・・・」
「だって、何?」


甘えるように見上げてくる瞳に、負けそうになりながらもジョーは厳しい態度を崩さない。


「人生はハプニングがつきものでしょ?」


最高の微笑みは愛らしく、悪戯に光る瞳は、イキイキと輝き、消えかけた新色のルージュの色残す、形よく整ったくちびるから、紡ぎだされた言葉に、ジョーは脱力する。


「フランソワーズ・・・」
「だって、刺激がない日々よりも素敵でしょう?驚いたジョーの顔好きよ、可愛いもの。ジョーの小さい頃の顔が想像できて、好きなの」
「・・・・・いくらでも驚いてみせる、よ。キミが好きと言ってくれるなら」
「jy・・・ま・・・」


ケーキを乗せた皿を手にしながら、器用にフランソワーズを抱きしめて、キスをした。


「・・・飢え死にさせる気か、よ。 こんな美味しそうなデザート目の前にして、待たせる気?」
「我慢して?」
「できないから、これは部屋で食べろ、よ」
「我が侭なんだから!」


009の命令は絶対で、003に拒否権はない。

























7;23pm

ハリケーン・ジョーの恋人、M国・某ホテルに現れる。






「・・・・・ジョーの部屋の写真の人」


目の前で見せられたキス・シーン。に、エイデンは呆然と立ちつくし、アビーは完全に石化。
スペンサーは、1人納得する。

「いやああ、いいもん見たなあ!うむ、あれは、すごい。いやあ、プレスの奴らいなくてよかったのか、いたほうが、よかったのか、むう・・・なあ?」






















彼らは知っている。
ハリケーン・ジョーを。



彼らは知らない。
”フランソワーズのジョー”を。
















そして、
伝説的ハリケーン・ジョーの”奇跡”がすべて、
フランソワーズの一番好き。の座をかけた、ケーキと彼との戦いであったことを。




未だ誰も知らない。




























10;32am


”突然現れたハリケーン・ジョーの?!”の噂が広まってしまった。が、それがチーム内で押しとどめられたのは、エイデンの一言が効いたためだった。

「ジョーのプライベートは口外しない、触れないこと。彼の個人的な情報全てを保護することが契約に入っているから、護れなかった場合は、それを冒した人物に違約金を含めて責任を取ってもらうことになっているから!」








「お迎えかい?エイデン」


シャトル・バスが停められている駐車場へ向かう途中、ちょうど前方を歩いていたカールが、エイデンに気づき、足を止めて振り返る。
エイデンと同じように、カールもチームで働く1人である。シャトル・バスの運転は契約社員の仕事のひとつだった。


「・・・なんだか緊張するよ。昨日は挨拶もそこそこに、ジョーが・・・だし。」
「あの、”ハリケーン・ジョーの・・・”だもんなあ!驚いたぜっ・・・しかも・・・なあ、あれだし」
「そうなんだよね・・・・ビックリしたよ、本当に。ジョーは彼女が来るのを知らなかったようだし・・・あ!!!それよりこのことは!」


エイデンの勢いから逃げるように、歩き出したカール。


「解ってるよ、エイデン。1stドライバーになったヤツの違約金なんて・・一生かかっても払いきれねえよっ。馬鹿な真似するヤツなんていないさ、オレを含めてな!・・・いつもながら、仕事が速いな~・・でも、プレスやゴシップには気をつけないとな、あいつらの耳はすげえし」
「・・・・・・・人の口には戸を立てられない。からね」


苦笑する、エイデン。
上手くそれらのゴシップもコントロール出来れば、問題ないが、今は何かと都合が悪い。


「ジョーは女に一切興味がない、硬派で通ってただろう?どんなに見目麗しい美女達が言い寄っても振り向きも、見向きもしない。一時期なんて同性愛者説まで出てたし・・・・。まさか、あんなすんげえええええええええええええええええっ美人、隠してたなんてな!」


カールは握り拳をつくり、声にめいいっぱい力を込めた。


「これで、同性愛者説は消えるね、驚いたよ・・・ジョー本人はまったく気にしてなかったけどね」


エイデンも本気にはしていなかったが、”そうだったとき”の対策として、頭の中では一応の”会見”のシュミレーションは行っていた。


「彼女、紹介してくれないかなあ、ジョー・・・。日本には”ゴウコン”って文化があるらしいぜ?」
「なんだい、それ?」
「前の、日本GPの時に教えてもらったんだけどさ・・・って、あれ?ジョーじゃないのか?もうケンドリックのシャトル、ついてんのかよっ!」


カールがくいっと顎で示した先に、エイデンが視線をむけた。
シャトル・バスのドアが開かれたまま、重なる2つのシルエットが、歩み寄っていくエイデンとカールに気づく。


「あ、ジョーだね」


歩く足を速めていくエイデン。


ジョーはしっかりとフランソワーズの腰に腕をまわし引き寄せて、天使の輪を持つ亜麻色の髪に、ゆったりとキスを繰り返し、何ごとかをフランソワーズの耳元で囁いては、再び、キスを彼女へと贈りながら、視線はエイデンを捉えていた。


「おいおいおいおいおい、あれが、ハリケーン・ジョーか?!」


フランソワーズは、長く、レースのように繊細な睫に縁取られた目蓋を閉じて、すべてをジョーの腕の中にあずけている。


「・・・・なんだか、雰囲気があるって言うのかな・・・なんだろう・・・すごく自然だね、ジョーと・・彼女」
「空気が同じ・・って言うか・・ジョーってあんなヤツだったか?もっとこう・・・なあ?」
「・・・・・うん」


カールが何を言いたいのか、言葉にしなくてもエイデンは解っていた。








2,3メートルほどまでに距離が縮まると、ジョーの腕の中でフランソワーズの目蓋がゆっくりと開かれた。
M国の空よりも、海よりも、明るく澄んだ・・・アクアブルーの瞳。
エイデンが写真で見たそれよりも、美しい。


「悪いな。エイデン・・・・」
「い、いや・・・気にすることないよ、ジョー。これも僕の仕事だし」


カールの視線が、フランソワーズに向けらている。


「はじめまして。・・・フランソワーズです」


その視線を受け止めて、フランソワーズは美しく色とりどりに花が咲き揺れるように、微笑んだ。
エイデンとカールは、その微笑みに1秒も狂いなく、同時に心臓をおおきく跳ねさせた。


「俺の」
「それって物みたい」
「・・・俺の、だろ?」
「言い方があるでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ある?」
「も!ひどいわっ」


ぷうっと頬を膨らませて、フランソワーズはジョーを見上げると、その頬にジョーはキスをひとつ、贈った後に言葉を添えた。


「カール・・・と、エイデンだよ・・・カールは色々なことを頼まれてくれる。エイデンは、昨日、会ったよな?」


確かに、エイデンは昨夜のパーティでフランソワーズに会っているが、彼女がビュッフェから選んだものは、いつの間にか部屋に持ち帰る用に詰めてもらったジョーは、「部屋に戻る。」と、一言報告にきた”ついでに”手早く紹介されただけで、言葉を交わすのは、今が初めてである。


「お早うございます。改めて、フランソワーズ・アルヌールです。よろしく、エイデン。彼がお世話になってます。・・・ジョーは、エイデンにたくさん我が儘を訊いてもらっているのね?」
「キミがいない分、迷惑をかけている」
「我が儘で甘えん坊で、だだっ子な泣き虫ジョーがいつも大変ご迷惑をかけてしまって、申しわけありません」
「・・・フランソワーズ」
「本当のことでしょ?」
「・・・」


フランソワーズの言葉をジョーは誤魔化すように、彼女の色鮮やかなチェリー・カラーのくちびるに軽くふれるだけのキスをして、愛おしげに微笑んだ。


「もう、しゃべるな」




エイデンは、自分の目が信じられなかった。
本当に彼は・・・・僕たちの仲間の・・ハリケーン・ジョーなのだろうか?


「ジョー・・・・・お前、笑えたんだな・・・・」


カールは呟いた。































12;44pm


ゆったりとした優雅な動きと、周りに花が咲くような明るい微笑みに、しばしフランソワーズを見つめている、スペンサーとディラン。
面白くなさそうに、ムスッとした顔のアビー。


スペンサーとアビーは昨夜のパーティで、すでにフランソワーズと面識があったが、昨夜遅れてパーティに参加したディランは、2人に会う機会を逃したため、今、初めて会う。
彼はM国のレースを最後に引退が決まっており、次回のレースからは、ジョーが1stを走ることになっていた。


「ジョー、最後の最後に、こんなに可愛らしい女性を紹介してくれるなんて、今まで独身を通してきたかいがある、ありがとう」
「・・・・・ディラン、これ俺のだよ」


昼食を一緒に、とフランソワーズがエイデンを誘うと、知らない3人もついてきた。
ジョーはフランソワーズさえいれば良いらしく、人数が減ろうが増えようが、まったく気にしない。





ジョーが所属するチーム自慢のトレーラー・レストラン”samurai”
そのネーミングから、よく日本食に間違えられるが、イギリスの田舎料理と創作を交えたオリジナル料理メインの店であり、なぜ”samurai”なのかと言うと、シェフ、レオナルドが黒沢ファンだからだと言う。

メニューは外に出された看板に書かれたものが、その日のメイン。
あとはメニューにない”メニュー”となる。



トレーラー前に設置されている、囲いのない広々としたスペースに置かれた沢山のテーブルにイス。のうち、5人がけの丸いガーデン・テーブルに席を取り、側のテーブルにあったイスをひとつ足した。
ディランが、アビーのイスをひき、フランソワーズのイスをジョーがひいた。

女性2人が席についたのを確認してから男性3人が席について何を注文するか簡単に話し、ジョーが代表してトレーラの角に立つボーイに料理のオーダーを頼みに行く。
席を立ち上がるとき、ジョーの隣の席に座るフランソワーズの肩にそっと手を置いた。
フランソワーズは立ち上がったジョーを見上げて微笑む。


「ケーキは後で」


一言、囁くように言うと、くすっとフランソワーズが笑う。


「食べられるのなら、どっちでもいいの」


フランソワーズの言葉にジョーは頷いて、彼女の陽に輝く、少しばかり元気のない髪を撫でてから席を離れた。


「いやあ・・・・・信じられねえな・・・」


スペンサーがニヤニヤとした笑みを崩さないままに呟いた。


「僕もだよ、スペンサー・・・・・あんなジョーを初めてみるよ」
「あんな、ジョー?」
「ただでさえ甘ったるい面してるのに・・・・・さらに甘くしやがって、こりゃお嬢ちゃんが居る間、カメラの餌食にされるなあ・・・・」
「そうなるとジョーは、こんなところでランチなんてしなくなるだろうね」


フランソワーズは黙って男達の会話を聴いている。
アビーはテーブルに頬杖をついて、ボーイと話しているジョーに視線を向けていた。


今日は走らない。
ミーティングと先レースでの反省点や、その他の雑用をこなし、明日から週末のレースに向けて動き出す。言えば、オフらしい時間は入国した日である昨日と今日くらいしかない。


「人気商売ってわけじゃないが、プレスに愛想を振りまくのも、仕事のひとつなんだけよ・・・チームのオリジナル商品には、サインしまくってるみたいだけど・・・。エイデン、ジョーが腱鞘炎にならねえようにしてくれよ?前の時なんて乗るギリギリまでやってたんだからなっっああいうのは今後は止めさせてくれっ!」
「仕方ないよ、それは。彼がクラブ・バスのお得意様との写真撮影を拒んだんだからさっ!少しはディランを見習って欲しいよっ本当に。ディランが抜けた後を考えたら、胃が痛い・・・。次の2ndのノーマンにかける・・・」
「惜しいよな、アイツがその気になれば・・・それこそジョー個人にスポンサーが付くだろうし、取材にCMなんかでがっぽりだぜ?」


ディランの柔らかなウェーブがかったナチュラルブロンドの髪に、ときおり遊びにやってくる風に靡いて、きらきらと眩しい。
フランソワーズよりも濃い、ターコイス・ブルーの瞳。鼻筋通った、ギリシャ彫刻のような調った顔は、精悍に逞しく、シャツから映る鍛え上げられた筋肉は、見事なものだった。
彼の口から流れ出るイギリス英語は、言葉遣いは普通なのにどこか品がよい。
みかけ、30前半に思えるが、もうすでに彼は40に手が届く年令である。

ジョーがチームとの契約をすませ、公の場で発表が行われたとき、意地の悪い記者は”ドライバーも顔で選ぶ時代がきた”などと書かれたりもした。
それはまだ、F1で走ったことがないジョーへの、”日本人”への中傷のようなものでもあったが、確かに、ディランとジョーが並んで立てば、ファッション雑誌か何かの撮影の現場にやってきたような感覚に陥ってしまうほど、2人は絵になる。


「ディランが言うんなら、本当にそうなりそうだよね・・って、ディランっ君はそれ以上お金儲けしてどうするんだい?」
「趣味だよ、趣味。それなりに楽しいことも多いんだよ、そっちの世界は・・・・色々とね・・・・」


ディランはフランソワーズの方へウィンクをしてみせた。フランソワーズはふふっと口元で笑う。


「ジョーの同性愛者説が出たときゃ~、オレはヒヤヒヤしたんだぞ?・・・時代が時代だとはいえよお・・・そっち方面にもF1をアピールできて良いって、代表は笑い飛ばしてやがったけどよ、オレはかなり本気に信じちまって、なんせアイツのゲストと言やあ・・・やっかましい長っ鼻の赤毛のアメリカンに、銀髪、青眼三白眼のドイツ人。ムアンバの白い歯キラリな、物知り坊やに・・・・、あの禿げたシェークスピア、アイヤ~って言う中国人に、モヒカン巨人。そして、でかっ鼻のジーさんに、生意気そうな赤ン坊だ。あと前にジョーが所属していた時のチームメイトか?」


スペンサーは骨張った太い指を折りながら、ジョーに紹介された国際色豊かな”家族”を思い出す。
フランソワーズがよく知る人物の、特徴捉えたスペンサーの表現に、フランソワーズはクスクスと笑った。


「大切な彼女が、一番最後にレース観戦に来て、その上本人はその彼女が来るのを知らなかった。って言うが・・・・。なんかジョーらしいって言えば、ジョーらしいと思わないかい?マイペースの極みっぽい」


そこへ、炭酸水とミネラルウォーターの瓶を持ったジョーが戻ってきた。彼の後ろに氷の入ったグラスをトレーに乗せた青年もついてくる。
服装からコックの1人のようだ。

青年はテーブルに人数分のグラスを置いて、トレーを手に再び仕事場へと戻っていく。ジョーは手に持っていた水を置いて、それらをグラスに入れていった。


「フランソワーズさんもガス入りはダメなんですか?」
「ええ、他のジュース類もまったくダメで・・・・でも、ジョーも?知らなかったわ」


フランソワーズはジョーの手からミネラルウォーターの入ったグラスを受け取りながら、イスに座ったジョーに問いかけた。


「買わないだろ?普段・・・・・。コーラとかはいいけど、ね。味がない炭酸水って変だろ?」
「水ですもの!基本、味がないのは当たり前よ?」
「・・・だから、それが炭酸だから、変」
「甘い炭酸水の方が変だわ」
「・・・それがジュースだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・変なジョー」
「どこが?」
「炭酸のジュースが飲めるなら、大丈夫でしょ?」
「だから、味がない」
「やっぱり、おかしいわ!」
「・・・炭酸入りは全部だめな、キミに違いは解らない、よ」
「それでも、変よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ケーキを先に注文すれば良かった、よ」


やれやれ、と言った感じでジョーはグラスを持ち上げて一口、水を飲んだ。


「後で、って言ったのはジョーなのに・・」
「・・・・・・・後悔してる、よ」
「どうして?」
「ケーキを食べているときは、その口は余計なおしゃべりなんてできない、だろ?」
「も!」


ぷうっと膨らませた頬をジョーの長い指が伸びて、つんっと突ついた。
フランソワーズは顔をぷいっとジョーの座る席とは、反対側の方へ背けてしまう。フランソワーズの隣に座るエイデンは、間近で見た、レースのように繊細な睫に縁取られた、こぼれ落ちそうなほどに大きなアクアブルーの瞳と目が合ってしまい、どきんっと心臓を跳ねさせた。

ジョーの指はフランソワーズの少しばかり紅くなった頬を追いかけて、むにっと彼女の頬を摘んだ。


「そっちじゃなくて、こっちむけ、よ」
「イヤよ」
「ほら、・・・痛くなる、よ?」
「や」
「・・・・・ふうん」


ジョーはフランソワーズの頬に触れていた指を離し、その手をフランソワーズの背にまわして彼女のイスの背もたれに置いた。少しばかり躯をフランソワーズの方に寄せて、彼女の耳元に唇をよせる。


「他の男なんて、見るな。オレだけを、みてろ」


甘く息を吹きかけるように囁いてから、フランソワーズの頬にキスをひとつ贈る。ジョーを挟んでフランソワーズとは反対側の席に座っていたアビーは、ジョーの背にかくれて、何が起こったかわからなかったが、彼が言った言葉だけが耳に残った。



アビーが夢の中で願い、想像していた言葉を、現実で彼が、彼女に向かって囁いている、現実。



先ほどジョーが料理のオーダー時に話していたボーイが、ジョーたちが座る席の番号を読み上げたので、ジョーはイスから立ち上がった。
ジョーに阻まれていた、フランソワーズの姿がはっきりとアビーの目に現れた。


「おいっっっっっ!!!!!!!アイツはいったい誰だっっ?!」
「・・・ジョーですよ・・・・本人です」
「違うっっジョーにあんな風な会話がっっっっ!!」
「できるみたいですね」
「嘘だろっっ!女にあんなベタベタとっ」
「できるみたいですね、昨日もしてましたよ」
「みたかっっチューしたぞっっチューっっ!!ハグだって嫌がるんだぞっっ、奴は!日本人だからってエクスキューズに使いやがるようなジョーがっ」
「できるみたいですね、昨日もしてたの忘れたの、スペンサー?」
「忘れてねえよっ!昨日は嬢ちゃんが来るのを知らなかったし、こうっ恋人同士の再会の、特別なもんでよっ今回は違うだろお!」
「指をさすなんて失礼だろ、スペンサー・・・」


エイデンがリズム良く、漫才の相方のようにスペンサーの言葉に合いの手を入れていく。
ディランがまるで丸太のように太い、興奮気味に出した手を彼の隣に座るディランが、そっとテーブルの下へと降ろさせた。


「うおっスマンなお嬢ちゃんっつい!」
「いいえ」
「・・・ジョーっていつも、その・・・ああいう風なんですか?」
「・・・・・?」


フランソワーズはエイデンの質問に小鳥が首を傾げるように愛らしく、首を傾けて大きな瞳をぱちぱちと数回瞬かせた。目蓋の動きに長い睫が少しばかり遅れて、その動きについていくために、スローモーションのように見える。


「料理が、出来たみたいだな・・手伝いがいりそうだ・・・・」


ディランが席を立って、トレーラーの方へと向かう。
睨むような視線をフランソワーズに投げかけるアビーに気がついたエイデンは、妹に向かって兄らしい注意を促した。


「アビー・・・空腹で不機嫌なのはわかるけど、もう少しだから。ね?」







空は高く、雲は心地よい風にすべてをまかせて旅を続ける。
からりと乾いた空気に、太陽の光は惜しみなくそそがれて、色鮮やかな青は深く、トレーラーの磨かれた白は眩しく反射する。

遠くに聞こえるエンジン音は、レースのためのものかどうかは、わからない。

駆け抜けていく人の声。

専門用語のために、辞書で引いても出てこないかもしれない。
昼食の時間には遅すぎるせいか、トレーラー・レストランには先ほどまでミーティングに参加していた見知ったクルーの顔をみかける程度。


美味しそうな香りをかぎつけたイタズラっ子な風が、その香りを空腹なフランソワーズへと届けて、彼女は、昨日はビュッフェで選んだデザート類しか食べておらず、今朝は今朝で、ジョーの乗る予定のシャトル・バスの時間ギリギリまで寝ていたので、朝食を取る暇もなkったことを、いまさらながら思い出した。


「・・・・」


フランソワーズは視線をジョーへと向けた。
両手に抱えたトレーには美味しそうな料理が並ぶ。重そうな仕草ひとつ見せずに、軽々とそれを抱えてテーブルにやってくる。その後ろにディラン、そして先ほど氷入りグラスを持ってきた青年が続く。










ーーー彼はいつも・・・・・・・・・。





「・・ジョーは・・・・・いつも、我が儘で、甘えん坊で、だだっ子な泣き虫さんで・・それで、とっても可愛い人」


M国の空よりも美しく、高く、澄み切った、魅力的な空色の瞳を潤ませて、世界中の夏を独り占めしたかのような、永遠に忘れられない笑顔を、エイデンの胸に残した。



「だ~~~~っはっはっははっはh!!!そりゃ~っ良いこと聞いたぜっっ!!”あの”ジョーが我が儘、甘えん坊、だだっ子、泣き虫!!可愛いってかっ」
「ええ、とても可愛いんです」

スペンサーが目尻に涙をためながら笑う。
エイデンとディランもスペンサーほどではないが、声をあげて笑い、アビーは鳩が豆鉄砲でも食らったかのように、目をまんまるく見開いた。


「・・・・・何を言った・・?フランソワーズ・・」


男たちの笑い声に、ジョーの顔が歪む。
テーブルに近づいて、フランソワーズを軽く睨んだ。


「とっても美味しそうな香りね!」


にっこりと微笑むフランソワーズは、ジョーのそんな視線になんて動じない。


「あははっs、甘えん坊らしいね、ジョーって・・・そういえば、さっきもそう言ってましたよね?フランソワーズさん」


エイデンがニッコリとジョーに向かって笑顔を向けた。


「フランソワーズ、さっさと喰えよ・・・話さなくていいから」









大皿に盛られた料理がテーブルいっぱいに並べ、それぞれが好きな料理を皿に取って食事をすすめていく。


ジョーが勝手にフランソワーズの皿に盛っていくものを、ぱくぱく、ぱくぱく。と、線の細い華奢な躯のどこに入るのか・・・見ていて気持ちが良いほどに、フランソワーズは料理を次から次へとふっくらとした形良いくちびるへと運んでいく。


「・・・噛んでる?」


こくん。と頷いて、M国自慢の魚介類をふんだんに使ったハーブパスタをぱくり。と食べた。


「アビーも見習ったらどうだあ?」
「・・・いやよ」
「んな、ちび~~~~~っとしか喰わなくって水ばっかり飲んで、それで炎天下の中、立ってる体力あるのか?」
「・・・・フランソワーズと較べたらどんな子でも小食に見える、よ」


白身魚のナスとパプリカのトマトソースを和えをフォークに刺した状態で手が止まり、上目遣いでジョーを観る。ジョーはふっと口元で笑い、手に持っていた焼きたてのガーリックパンを小さく千切ってフランソワーズのくちびるの前まで持っていく。フランソワーズは、それをぱくっと食べた。


「誰かさんのせいで、朝食を食べ損ねたんですもの!」


フランソワーズは再び手を動かして、トマトソースたっぷりの白身魚をぱくん。っと口に放り込んだ。
ジョーは空っぽになった取り皿のひとつに、フランソワーズがまだ口にしていない、グリーンオリーブとガーリックのレモン漬けを数粒乗せた。


「・・・俺のせい?・・・・ウソはだめだよ、フランソワーズ・・・。きn」


フランソワーズの顔が、イタリア直送の赤々としたトマトよりも紅くなり、小皿にあったグリーンオリーブをぱぱぱっとジョーの口の中に詰め込んだ。

くくくっっと嗤いながら、口の中のグリーンオリーブを胃に流し込むジョーは楽しそうに、イチゴ色に染めたフランソワーズをのぞき込む。


「・・・・なあ、おい・・ジョー」
「?」
「お前、そんなヤツか?本当はそうなんだなっっ?」
「・・・・何が?」
「ジョーはつくすタイプだったんだ・・・」
「・・・・・つくす?」


ジョーは、スペンサー、エイデンの声に答えながらも、俯いてしまったために、さらりとフランソワーズの肩から流れ落ちた亜麻色のカーテンを耳にかけてやりながら、視線は紅くなったフランソワーズの横顔を見つめ続ける。


「ディランも真っ青だね?」
「・・・ああ、いくらオレでも、ジョー、君みたいにはできないな・・・人前で・・・・・」
「お前、偽もんだろっ!!実はジョーの双子の弟とかあっっ!!」
「オレも大概、女性とは色々と・・・あるけれども、ジョー・・・オレはお前ほど人を恥ずかしい気持ちにさせることはないぞ?」
「・・・どういう意味?」


問いながらも、ジョーはフランソワーズの耳元にくちびるを寄せて、短く言葉をかけた。


「ジョー・・・・今の君を見てると、こう・・・なんて言えばいいのかなあ・・ディラン」
「・・・・難しいな、エイデン・・・・・なんと言うか、見てはいけないものを見てしまった?」
「そうだね。すっごく隠しておきたい嬉しい、恥ずかしいような想い出が甦ったような?」
「初めて女の子とデートした感覚っつうのかっっっ!!」
「スペンサー、それもう少し捻って・・・」
「親と一緒に見てしまったラブシーン・・・のような気恥ずかしさ?」
「惜しいっっ!なんか近いけれど、違うと思わないかい?ディランっ」
「・・・・まだ回数を重ねてない相手とのセックス前の緊張と恥ずかしさに高まりつつある、甘い高揚感」
「それだ!」
「アビーっっ!!なんてことをっ」
「アビー、ナイスっっ!」
「・・・・へえ」
「ジョー」
「・・・・・ん?」
「サラダ取って?」
「・・・このかかってるチーズ、食べられる?」
「ちょっとだけなら」
「・・・・・今の聴いてた?」
「ジョーだもの」
「?」


ジョーはオリーブを乗せていた取り皿にサラダを乗せて、フランソワーズの前に置いた。


「そういう風に思われるってことは、ジョーの頭の中は車とHなことしかない証拠ね?」
「・・・」
「はっは~~~~~!!ジョーっお前は俺より単純ってこったなあっっ、それじゃあ!」


スペンサーがさも嬉しそうに、鶏肉と7種類のハーブ焼きを口に頬張る。


「・・・私のハリケーン・ジョーじゃないわ」


小さく呟いたアビーの声は、スペンサーの笑い声に、真っ青な空へと消えていった。


















2;51pm

ランチの後。
スペンサーはフランソワーズをピット見学に誘い、ジョー、ディラン、を含めた4人でのんびりと歩きながら、ピットへと向かう。


「ジョーにmiss.フランソワーズのような存在がいたなんて、誰も知らなかったし、気がつかなかったな。・・・隠していたんだろ?ジョーのことだしさ」
「え?私、隠されていたの?」
「・・・・・そんなことした覚えはない、よ。理由がない」
「理由はいくらでもあるだろう?ジョー・・」
「ない」
「・・・・色々、騒がれることを避けてるじゃないか?」
「別に」
「・・・・・来たの、迷惑だったかしら?」


ディランとジョーとのやり取りに、フランソワーズはジョーを見上げた。


「迷惑じゃない」
「隠していたんでしょ?」
「・・・隠してない、よ」
「騒がれるの、嫌でしょ?」
「”走る”こと意外の話では、ね。・・・・でも、悪い気はしない」
「・・・」
「フランソワーズが俺のだって、騒がれるのなら、悪くない」
「嫌よ。そんなの」
「?」
「だって、まだ私はあなたのものじゃないわ!」
「・・・・俺のだろ?」
「ええ、そうよ。でも”まだ”よ!」
「なんだよ、それ?」
「だってジョーはまだ、私を手に入れる条件を満たしてないもの!」
「・・・・・あれ?」
「そう、あれ!」


フランソワーズは、ちゅっと音をたててジョーの頬にキスを一つ。
ジョーは、少しばかり不機嫌そうにため息をついた。








ーーーーだって兄さんが、私は世界で一番綺麗で可愛い妹だから、
嫁にやるなら、世界一の男じゃないと駄目だ!!!ってずっと言っていたんですもの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気で」

「・・・参ったな・・・それ、かなり難しいよ?」

「ジョーなら大丈夫よ」

「買いかぶりすぎ」

「あら、私が欲しくないの?」

「欲しい」

「じゃあ、世界一最速の男になって私を手に入れて」

「もう、世界一だと思うけど?」

「私、贅沢なの」

「・・・そうなの?」

「ええ。そうなの。だから世界中の人が私の男は世界一なんだって知って欲しいの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気よ。大声で言いたいの。ジョーは私のものよ!って」

「言ったらいいよ、今でも」

「まだ駄目よ、ジョーは泣き虫だもの」






”世界一最速の男になって”

















ディランはフランソワーズに向かって尋ねた。


「”あれ”って・・・?」
「んふふっ。ジョーはね」
「・・・・フランソワーズ、それは俺との約束だろ・・言う必要ない、よ」
「あら、でもディランさんは、あなたと一緒に走るパートナーでしょう?」
「・・・・・・・・・ディランは、今回で引退ななから、いいんだよ。言わなくて」
「引退記念に教えてくれよ、ジョー」


魅力的な微笑みをディランはジョーに向けるが、ジョーには通じない。


「・・・なんでもかんでも引退記念?勘弁してくれよ」
「どうして言ってはいけないの?」
「・・・いいから」
「変なジョーね?」
「・・・・うるさい」
「あのね、ディランさん、ジョーはっ」


背にまわされていたジョーの手を振り解いて、フランソワーズはディランの前に立った。
見上げられた、こぼれ落ちそうな大きな空色の瞳にディランは吸い込まれそうになる感覚に陥る。


「・・・フランソワーズっ!」
「あのねっ!っっあ、だめよっっ邪魔しないでっ」


ジョーはすぐに腕を伸ばし、フランソワーズの手を取り自分の方へ引き寄せようとしたが、その手は、ふわり。と、かわされる。
フランソワーズはジョーの手から逃れ、ディランの隣にジョーから隠れるように立った。


「・・・・っ言うなよ」
「だって、訊かれたんですものっっ!!」


ディランの後ろにまわったフランソワーズをジョーが追いかける。
くるりと、ディランのまわりを1周したところで、ジョーの手がフランソワーズを捕まえて、形良い愛らしい、おしゃべりなくちびるを手で覆った。


「・・・・おしゃべり」


くすくすと笑うフランソワーズは、一生懸命にジョーの手から逃れようと身を捩りながら、自分のくちびるを覆う彼の手に、自分の手を重ねた。

くちびるを覆ったジョーの手のひらに、たくさんのキスをする。
手のひらに感じた、そのキスに答えるように、背中から抱きしめたフランソワーズの耳裏にキスをした。

目の前で幸せそうに微笑み、フランソワーズに口づけるジョーの姿に、ディランは言葉をなくす。


「・・・・本当にジョーか?」
「さっきから、なんなんだよ?」


腕の中にフランソワーズを抱いたまま、ジョーは面倒臭そうにスペンサーを見た。
ランチの時にも、何度も聞いた”本当にジョーか?”と言う、質問の言葉にフランソワーズは不思議そうにジョーを見上げた。


「ジョー、あなたはいつも、どういう風なの?」
「・・・普通」
「そお?」
「変わらない、よ」
「「ぜんっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぜん違うッっっっっっっっっっ」」


スペンサーとディランの渾身の力が入った言葉が、辺り一面に響き渡った。



























3;26pm

「おい、見ろよ・・・、ジョーと一緒にいる子」
「あれが、か?アレが噂になった、ジョーの?」
「だろうぜ?見ろよっ」
「すっげ、可愛い!!」
「やばっ美人じゃんっ!!」


「・・・・・・・・・嘘だろ?」
「見たか?!オレだけじゃねえよなっ!!」
「見た!!見たぜ!!」
「うあっまたあっっ!!」
「・・・ジョーが笑ってる・・・・・」
「いや、いくらジョーでも笑うだろ?」
「そうかあ?いつも、こうやって・・ふっと口元くらいしか動かさないよなあ?」
「そうそう!・・・なんだ、あの甘ったるい笑いは~!!」
「レアだ!!誰か、カメラ持ってねえの?!」
「売れそうだな!」
「おい、忘れてんじゃねえよっ!ジョーの違約金なんて払えねえだろっ」
「げ・・そうだった・・て。アレまじで?」
「あのくそ真面目なエイデンが言ってんだぜ?親もバックについてんだしよ」



「ショック・・・」
「ショックよね・・・」
「彼女いたのね・・・」
「どんな美女が近寄っても、見向きも振り向きも、挨拶さえもしなかった硬派だったのに!」
「アビーってば、何も言ってなかったわよ!!」
「っていうかあ、誰よあの娘!見たことないわよ?」
「だよね?今日が初めてよね?」
「ってことはさあ、日が浅いんじゃないの?付き合って」
「ねえ、誰が”彼女”って言い出したの?本当に彼女?」
「でも、ほらあ・・あんなにひっついて・・・悔しい!」
「これ見よがしよねえ?ちょっと酷くない?こっちは仕事中だっていうのに!」





「だあああああああああああああああああっ!!!!お前らっっ仕事しろっっ!!いいかっ!ジョーだって男だっ!女の1人や2人いたぐらいで騒ぐなっ!!!」
「・・・フランソワーズしかいない」
「そこで突っ込むなよ、ジョー・・・」




フランソワーズを連れてジョーがピット入りしたとき、現場が色めき立った。
細波のように途切れることなく囁かれる、会話。それらの全てが音の波となって、フランソワーズの意志とは関係なく聴こえて来る。

本人には聞こえていない。と、思いこんだ話しの内容。
それほど悪意のある会話は聞こえてこなかったが、聞いてしまうことは、あまり気持ちの良いものではない。


フランソワーズの瞳が一瞬だけ苦しそうに、瞬く。
ジョーはその一瞬を絶対に見逃さない。




<・・フランソワーズ、俺だけに集中してろ>


抱きしめられて、脳波通信で言われた言葉。
頭の中に残るジョーの声。
羽のように軽いキスをフランソワーズのくちびるに残して、フランソワーズのジョーから、”ハリケーン・ジョー”へ。










離れていく、ジョーの背を見送る。










ギルモア邸で。

空港で。

ドルフィン号で。

戦場で。






見送る。

還ってきて、と思いを込めて、見送る。




彼の背を。


009の背を、島村ジョーの背を、そして今。


ハリケーン・ジョーの背を見送る。










「・・・・・・ジョー・・・」






















「そこにぼおっと立ってたら疲れるでしょう?それに邪魔よ、あなた、こっちにいらっしゃい」
「・・・・?」
「だ~いじょうぶよ!取って食べたりしないわよっ。そんな泣きそうな顔しないで?電話でエイデンに頼まれたの。彼が案内する予定だったでけど、急な仕事が入ったから、私がピンチ・ヒッターよ。フランソワーズよね?ジョーがフリーになるまで、面倒みてやってくれって。初めまして、私はリンジー・クロフォード。ピット裏エリアの責任者の1人よ。」
「初めまして」
「ここにいたら、煩いわ、オイル臭くなるわで大変よ?いろいろと案内してあげるわ。その頃にはジョーも終わってるわよ」


リンジーに半ば強引に、現場から連れ出される途中、フランソワーズは視線をジョーに走らせた。


<・・・後で迎えにいく>


何人かのクルーに取り囲まれたジョーは、人の隙間からフランソワーズの姿を見つめる。


刹那に絡み合った視線。





それだけでフランソワーズは笑顔になる。



ピット裏。と呼ばれる、ドライバーやチーム関係者が使用する、チーム内の人間にとっては”サーキットの社交場。そこへリンジーはフランソワーズを案内した。


「あ、これはあなたのね」
「・・・?」
「午前中に用意できなくて、スミマセンでした、ですって。エイデンからよ。あなたにって・・・招待されたんだから、ある程度の席は確保されてるけど、さすがにパドックまではね」


リンジーから差し出されたカードには、首から提げられるようにホルダーがついており、ジョーが所属するチーム名が刺繍されていた。


「パドックパス。ここまでは自由に入れるの、観戦もすぐこの上でできるわ・・・知らない?」
「知りませんでした。色々と違うんですね」
「あら、そうなの?ジョーの彼女なんでしょ?・・・エイデンが慌てて用意したの、理解できた気がするわ」


リンジーの言葉を聞きながら、渡されたパドックパスを、大切に、大切に胸に押し当てるようにして持ち、フランソワーズはこころの中でエイデンに感謝した。


「・・・・・ありがとうございます」
「これも私の仕事だから、気にしないで。パスがない人間をいくら”ジョーのスペシャル”でも入れるわけにはいかないから。関わる人間が多いし、危険もあるの・・・だから、徹底したルールが必要なのよ。例外を許していたらキリがないのよね」
「・・・すみません」
「やだ、あなたの分のパスはちゃんとこうやってあるんだから!!スペンサーやジョーだって、私が駄目だって言ってもあなたを絶対に入れていたわよ。・・・ジョーなんて”走らない”って言い出しかねないものね」
「え?」


フランソワーズはリンジーの言葉に大きな瞳ををさらに大きくして、驚いた。



「ぞっこんなんですって?あの無愛想で、くそ生意気で、何をやらしても曖昧にしか返事しない上に、嫌なことだけは、ハッキリNO。と言い切る、”ジョー”が!私にも同じ年ごろの息子がいるんだけど・・・。まったく、あんなに意地っ張りで強情な、可愛くない男なんて滅多にいないわよ?・・・よく付き合ってられるわね?」
「・・・・可愛くない?」


そういう風に見えているのか、と。フランソワーズはリンジーについて歩きながら、彼女が持つジョーの印象にたいして少しばかり疑問に持つが、彼女の物言いから、それらにたいして悪意がないことが解るので、そのまま聞き流す事にした。


「ええ、ええ!そうよ!まったく、こっちの身にもなって欲しいわよ。サービス精神が0よ、0!愛想も何もあったもんじゃない。パスを購入されたお客様にたいしてのジョーの行動や態度に、いっつもヒヤヒヤさせられっぱなしで・・・。なんとか言ってくれないかしら?これじゃあ、ディランの引退後を考えると、胃が痛い・・・」
「・・・はい」
「ほんと、1stと言えばチームの花よ!花!・・・・・・よおく、よおく、言っておいてね・・・。せめて、”笑え”と。そして、にこやかに、サインと握手に写真撮影はこなして・・・。お得意様だけでもいいから・・。次から1stって言う自覚をもて!とっ」
「・・・・1st?って、そんなに、すごいんですの?」
「はあ?!」


リンジーは目を見開いて、飛び上がらんばかりに驚いて、体をのけぞらして足を止めた。



「・・・私、カーレースのことほとんど知らないから」


フランソワーズは、自分の無知さを俯いて恥じた。
その仕草がなんとも可憐で、愛らしく。かといって、純粋無垢な聖女と言うには、ほっそりとした首元から漂う香りは、女性であり、そのアンバランスさに、同性でありながらも目眩を起こしそうになる。


「彼氏の職業でしょっ?!興味ないの?!」


リンジーは、同性であり、年甲斐にもなく沸き起こった感情を誤魔化すように、少しキツイ口調でフランソワーズに訊ねた。


「興味ないっていうよりも、彼がやりたいことをやっているなら、それでいいんです・・・」
「すっごいことよお!!1stなんてっ。今ね、F1界全体がジョーの走りを見て、引退する選手続出中・・・。世代交代の時期なのかもしれないんだけどね。でも、それを作ったのは”ハリケーン・ジョー”よ。・・・もうすぐよ。絶対に、彼の時代が来るわ!」


ほのかに汗ばみ、高く感じる体温に動揺しつつ、早口に、そして、興奮気味に話しながらリンジーは手慣れた様子でフランソワーズをピット裏の隅々まで案内する。
ジョーの話題をサカナに、女2人は打ち解けあって話しが弾み、気が付けばスペンサーからリンジーが持ち歩く無線で呼びだされることになった。





























5;49pm


ハリケーン・ジョーであり続ける、彼の周りに張り巡らされた見えない壁は、誰もが感じていた。
彼の壁にむかって一歩踏み込む勇気など、命知らずなヤツなど、このチームにはいない。

親しく付き合っているスペンサーでさえ、自身が気づかず無意識の内にジョーとは距離を取っているときがある。
親しき仲にも礼儀あり。と、言うような距離ではなく・・・。

社交的で、誰の懐にも難なく入り込んでしまうディランも、彼とはプライベートな付き合いまではいたらずに、あくまでも”ドライバー”としての付き合い。
ディランがそうしたのではなく、そうしなければならない。と、気づかないうちに擦り込まれていた。


プライベートな彼に、1番近いと思われるエイデンさえ、本当の彼を知らない。
”ハリケーン・ジョー”である彼、しかしらない。



彼がピットで、仕事で、”島村ジョー”でいることは、ない。

優しげな顔立ちは、東洋と西洋の血がバランス良く混じり合い、神秘的な印象を与える。栗色の柔らからな風は微かな風にも遊ばれて、長い前髪に隠した瞳は琥珀色にまっすぐに前だけを見つめる。


彼の瞳に映るのは、人ではない。
彼の瞳に映るのは、風。

100mをおよそ1.2秒で駆け抜けていく、世界。で、彼は生きる。




彼の生きる時間、がそうさせるのか。
誰にもわからなかった。








しかし今日は・・・。

なんとなく、いつもより口数が多く。
なんとなく、いつもより微笑んでいる。と、思わずにはいられない。

その微笑みが、その年令に相応し無邪気さを含んでいた。
その微笑みが、クルーたちを驚かせ、そして・・・その原因が”噂の人”のせいだと、誰もが思う。


突き放したような物言いもなく、相づちを打つ回数も多い。
真剣な表情で話しを聴きながら、その態度は柔らかい。

短い言葉の中に、今までに見えなかった彼が見えて、いつもなら近づきすぎないように気を付けるのに、今日は意外とそばにいくことができるような気になってくる。




普段の彼は、インタビュー嫌い、写真嫌い、サービス嫌い。人嫌い・・・・。

ときおり見せる、困ったように浮かべる曖昧な微笑みが、彼がまだ、幼さを残す青年であることを思い出させる唯一の表情。
可愛げがなく、生意気に思われても仕方がないように思える彼の態度だけれども、妙に年配の人間からは慕われて、かわいがられているのが、不思議に思う若いクルーも多い。

だからと言って、チーム内でコミュニケーションを取れていないわけではなかった。








1度。










たった1度だけでも彼の走りを見た者は、彼にのめり込んでいく。
彼の走りが、すべてを彼に染めていく。


彼だから。
ハリケーン・ジョーだから。

それだけで彼は人を魅了し、引きつけて放さない。



















6;06pm


スペンサーの視界に、人影が映る。


「ジョー!!」
「連れてきてあげたわよっ!もう終わったんでしょ?」


ピットに響いた、2人の女性の声。
1人は、口うるさくジョーに、ああしろ、こうしろと命令しつつ、彼が本当に嫌な事は文句を言いつつも、最終的には折れてしまう、面倒見の良いリンジーと、噂の人。


「迎えに来るって言ったのはジョーなのに!」


ジョーは2,3歩、2人の方へ足をすすめ、両手を広げてみせると、ふうわりと風にゆられた羽が彼の元へ。
抱きしめたフランソワーズのおでこに、くちびるを寄せる。


「・・・・ごめん」
「ジョーが言ったのよ?」


ジョーを見上げるフランソワーズの頬はぷっとふくれる。


「・・・これで許して、よ」


少しばかり下げた眉が、幼さを強調する表情を作り出した。


「?」


フランソワーズの両方にキスをひとつずつ贈り、そして、彼女の白い右手をとると、2人がよく知る英国紳士の物真似をするように、手の甲に恭しくキスをした。


「・・・・今夜、ワタクシと食事をしていただきたいのですが、マドモアゼル」


唖然とジョーを見つめて固まるリンジー。
場所と衣装さえ調っていれば、映画のワンシーンだな。と、感想を持ったディラン。
スペンサーはにやにやと、別人の”ジョー”を楽しみ、ピット内に居合わせたクルーたちは、自分たちの目と耳が信じられず、時を止めた。


フランソワーズは微笑みながら、ジョーの申し出を受ける。



「光栄ですわ、”ハリケーン・ジョー”と食事ができるなら、喜んで。・・・・今夜なら」
「・・・今夜だけ?」
「メールが届いていたの、Audreyの新作ケーキが金曜日に出るそうよ、だから、帰らないと!」


愛おしい人は興奮気味に言い、ジョーは彼女の手をとったまま、膝から崩れ落ちた。


「・・・マジで?」
「マジで!」
「・・・・・嘘だろ?」
「いいえ、嘘じゃないわ」
「・・・本気?」
「ええ!本気よ。だから、メールをチェックした後に、飛行機のキャンセルと、新しくチケットを買い換えたの!」



スペンサーの笑い声が盛大にピット内に響き渡る中、リンジーは、「あれ、誰?」を連発する。
























2 days later.


「・・・彼女にとって1番はケーキで・・・・・俺はいつも2番、だよ」


ジョーは深い溜息を全身で吐きながら、くちびるを尖らせるようにして呟いた。
聞き耳を立てていたクルー達の動揺と驚きにピット内が震える。が、すぐさま、膝から崩れ落ちて、今にも泣きそうな顔で恋人を見上げていた”貴重なハリケーン・ジョーの素顔”を思い浮かべた人間は、多い。










あの”ハリケーン・ジョー”がケーキに勝てない!?













「・・・・本当に、ケーキに勝てないの?」


傍らでジョーとスペンサーのやり取りを訊いていた、エンジニアの1人が思わず口にした呟きに、ジョーは深く、そして真面目に頷いた。


「本当に。ケーキに勝ったためしがない、よ・・・」
「なあ、おい・・・ジョー。マジで今日、お嬢ちゃんは帰ったのか?」
「朝、空港に送っていった」
「・・・理由はやっぱり」


「フランソワーズのお気に入りのカフェが、・・・・・新作ケーキを出すから」


ディランは必死で嗤いを噛み殺しながら、ジョーへと近づいてくる。


「噂じゃあパーティで、それは、それは、ドラマチックな再会をしたそうなのにな?レースも見ずに帰るとは思わなかったよ、いやあ、すごい情熱だ」
「・・・・・・レースは俺の世界で、自分はよくかわらなから、とにかく、いっぱい走って、たくさん優勝して。・・・・・だと」
「だ~~~~~~っはっはっっはっはっははっっはっっはっははh!!!!いいねえ!いっぱい走って、たくさん優勝っ!」
「ディラン・・・」
「なんだい、ジョー?」


ディランはケーキに可愛い彼女を取られた、可哀相な相棒を愛しげに見つめる。


「・・・・・今回のレースだけど、俺、狙っていく、よ」
「・・・」


11;32am

ジョーの言葉に真顔になる、ディラン。
























M国レースにて、
引退するディラン・ロングウッドに花を持たせることなく、ジョー・島村は、ポールポジション取得、ポールトゥーウィンで、優勝。




すべては、フランソワーズのために。
彼女に相応しい男になるために。

手に入れるために。




フランソワーズのものになる自分は、”世界一”でなければならない。























6;09am At the airport.


「・・・・信じられない」
「まだ、言ってるの?」


空港ロビーで、フランソワーズの背に腕をまわし、ジョーは溜息を吐く。
ホテルから空港までレンタカーした車を運転している間も、ジョーはずっと溜息ばかりついていた。


「・・・せっかく来たのに、帰るかよ?たかがケーキで・・・」
「ジョーは解ってないわっ。季節限定じゃないの、食材限定なのよっ、売り切れたらそれっきりなの」
「・・・・・とっておいてもらえばいいだろ?大地に頼んで」
「そんな我が侭なこと、言えません!私はジョーじゃないもの!」
「俺以上だよ?」
「うそ」
「・・・・・・F1開催国に来て、ドライバーの”身内”として招待されたのに、レースを見ずに帰るk・・・y」










隣を歩いていた、彼女が足を止めた。
ジョーはフランソワーズへと振り返ると、彼女の白い両腕が伸びくる。


アンバー・カラーの瞳は驚きに見開かれたまま。






















噛みつくような、キス。が、彼を襲う。




















愛らしい少女の中に眠る、女。






「私を手に入れてっ・・・・ジョー、私を早く、早く、・・・あなただけのものにしてっ」







彼女が吼える。






マシンに、嫉妬する。
チームに、嫉妬する。

ジョーの周りにいる、全てに嫉妬する。













”世界一最速の男になって”

言った言葉は、真実。








これは、ただの女の我が侭。




「欲しいのっ、ジョーが欲しいっ・・・ジョーっ、早くっ私だけのあなたになってっ・・・」










逢いたくて、

逢いたくて、逢いたくて、逢いたくて・・・・・。






逢えば、離れられなくなるのが、解っていたのに。
彼を独り占めしたくなるのは、解っていたのに。









狂いそうになるくらいに、あなたが好き。
壊れそうになるくらいに、あなたが好き。

あなたの全てを手に入れたくて、私は我が侭になる。

















私の知らない彼の、世界だと、
私のいない彼の世界だと、知っていたのに。
















キスをしてくれても。
抱いてくれても。
愛を囁かれても。






ここは、私の知らないあなたの世界。





私ばかり、あなたが好きで、好きで、好きで。
私ばかり、あなたを愛している。







それでよかった。
ここにくるまでは、それでよかったのに・・・・。






「・・・・・・・新作ケーキは嘘?」


離れていこうとするフランソワーズの躯を、ジョーは力いっぱいに抱きしめた。


「本当・・・・」


フランソワーズの言葉にふっと、口元で笑う。


「フランソワーズ、俺はいつだってキミが欲しい。キミのもの。キミだけの俺・・・。でもキミは違う」
「うそ、よ」
「・・・・嘘じゃない」


ジョーの腕の中で激しく否定の意味を込めて首を左右に振り、その動きの後を追うフランソワーズのハチミツ色の髪から舞う光を手の平に集めるように、彼女の後頭部を押さえると、すべての想いを叩きつけるようなキス。
















「・・・・キミの1番は、いつもAudreyのケーキで、俺はケーキにポールポジションをとられ続けている、情けない男だ、よ」





ーーーケーキに嫉妬する、世界最強の・・サイボーグ戦士009なんだ、ぜ?








求められている、喜びを胸に。
ジョーはフランソワーズが乗った飛行機を見送った。









熱くなるエンジンの揺さぶりに、人工の熱が車体を覆う。
耳を潰さんばかりの轟音が、空気との摩擦に時間の壁を作っていく。


目の前に見えるのは、ただ一つ。
走り続けるための道。


信じられるものは、握りしめたハンドル。
踏み込むアクセル。

感覚。




速さだけを追い求めて。
1人で乗り込むマシン。











走り抜く。






誰よりも、速く還りたい。
彼女が、待っている・・・・・・。






速く、速く、速く。






彼女の元へ、速く、速く、速く・・・・。





















キミは俺のものだ、と叫ぶために。




ーーーフランソワーズ、後悔するなよ?俺だけのものになる。と、言うことを。





















11;32am

ジョーの言葉に真顔になる、ディラン。


「・・・・フランソワーズには、さ」
「?」
「世界一最速の男、が相応しいと思わない?・・・・それなら、ケーキにだって負けない、だろ?」







ジョーは満面の笑みで言う。その瞳は少年のように、夢に輝く。


「羨ましいよ、まったく・・・・」


ーーー君は君が望むもの、全てを手に入れるつもりだろ?








近い未来に、夢は現実になる。











































After ward.

エイデンがクルー内で隠し撮りされ、没収した”フランソワーズと一緒にいるジョー”の、彼のみを加工した画像が会員限定で公開され、一気に会員数が膨れあがり、ジョーの嫌がる”取材の申し込みが増え続けた。

アビーは相変わらず、ジョーの周りをウロウロするが、ジョーの知らない間に、日本へふらりと、フランソワーズを訪ねて来たりする仲になっていた。
スタイルを維持するために、日々努力を重ねる彼女は、大地と犬猿の仲となり・・・。
それはまた別の話し。

スペンサーはフランソワーズを気に入って、何度もレース観戦に招待するが、彼とフランソワーズが会う時はオフシーズンのみ。
フランソワーズがレース観戦に訪れるようになったのは、1年と半年後。
彼らが正式に婚約してからである。

伝説的ハリケーン・ジョーの”奇跡”がすべて、フランソワーズの1番好き。の座をかけた、ケーキとの戦いであったことを、引退後、チームの広告塔(PRメンバー)となったディランは、ジョーが婚約発表した後、受けたインタビューでバラした。
















end.
F1ジョーのイラストはコチラです

























・言い訳・

こちら。・・・里さまの939番キリリク・リクエスト。
”F1レーサー島村っちの観戦にできかたお嬢さんに、
いつもと違う島村っちを目にするジョーのチームメイト達!!”でした。


大変、長くお待たせしてしまいまして・・・(汗)
F1ジョーはいつか!っと思っていた矢先のリクエストに、燃えた私。
けれども、F1?

F1って???


(?-?) エトォー・・・ヾ(°∇°*) オイオイ・・・。




頭の中の妄想と、現実の知識は追いつかず・・・。
考えたキャラたちの性格を掴みきれず・・・。
立てていたプロットは、変更に変更を重ね・・・。
書き出したストーリーは、
異様に長くなる(連載モノの~20話近くまでの量を書いておいて、9と3が出会わなかった・・・(°θ°;) ナニー)のに、
ストーリーは進まない・・・。



削る作業をしていたら、大地くんチのジョーからかけ離れ・・・。
(・_・ヾペペーン マイッタネー


と、ダメダメな私・・・。


F1ジョーのばか~~~~っ!!と、叫んで、はっ!と気がついた。
大地くんの呪い?!

・・・最近”連載モノ”ばっかり書いてるしなあ・・・(≧≦) ゴメンヨー
今回も君の出番を作っていたのに、削ったしねヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ



なんとか、まとめてみたものの。

タイトルが思い浮かばないっΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン



予定では5月16日のお誕生日に出す予定だったんですっ!
M国だしっ!

予定は未定・・・。と、言うことで・・・。


なんとか、セフォラを彷徨いて、香水コーナーで見つけた有名どころから
タイトルを取ってきました(笑)



・・・里さま。
長くお待たせした上に、・・・・こんな風になってしまいまいた。
こんなのじゃな~いっ!とお思いでしたら、ご一報下さい。

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