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Day by Day・65
(65)





目が覚めた。

意識を失っていたのは、ほんの4,5秒だったという感覚。
起こそうとした躯は、心地よい温もりから離れ難く、言い訳するように瞳を瞬かせた。


気絶しそうなほどに、驚き。
一気に爆発する、心臓。
恥ずかしさと、自分の時間の感覚のなさに、熱く全身の血が燃えて駆けめぐるのにたいして、冷たく凍る背中。


躯を彼女から離すと、支えを失って倒れてきた彼女を膝で受け止める。



カーテンが引かれていないガラス戸から太陽の光のラインが、海と空との境界線を造りだそうとしていた。


そのまま彼女が眠っていてくれることを祈ったが、通じなかった。

ジョーの膝へと倒れた衝撃に、瞼が重たげに開かれて、長い睫が後を追いかける。
碧の中に浮かび上がる、自分の姿。


「・・・・・?」


フランソワーズは今、自分がどういう状態であるのか、把握できないらしく、何度も瞬きを繰り返し、細く長い指先で目を擦る。

数秒間、それらを繰り返した後、のぞき込まれている人物は夢の中の人でなく、自分の後頭部に感じるのは、ソファではなく、人の膝の感触に跳ね起きた。

反動も付けずに背筋と腹筋の力だけで上半身を起こした、フランソワーズの動きを読むことができなかったジョーは、フランソワーズをのぞき込むような姿勢だったために、彼の額に、ごん!と、朝の挨拶の代わりとばかりに、フランソワーズはジョーに、朝のキスではなく、頭突きをひとつ。



「いったあい・・・」
「っ・・・・、急に起きあがるな、よ・・・フランソワーズ・・・・」


お互いに額を抑えながら、お互いを睨む。
瞳と瞳があった瞬間、どちらともなく笑い出した。




















「よく眠れた?」


リビングルームのソファに座っていたのは、同じ学院生であるピュンマ、夕食のときに紹介されたジェロニモ、張々湖、寮のルームメイトであるジョーが揃っていた。


「・・・・ピュンマ」


当麻の方へと振り向いたピュンマを呼び、自分の方へと注意を向けさせる、ジョー。


「彼女次第だ」
「と言っても、考えている方に向かうと思うからこそ、アルベルトを行かせたんでしょ、ジョーは」
「それだけ、とは言わないけれど。・・・そうであって欲しいと言う望みは捨てていない」
「ジョー、今日中に話すアルか?」
「今、様子を見に行ってもらっている。できれば、考える時間をあげたいけれど」
「時間はいらない。いくら悩んでも答えはひとつ。Yes.かNo.のみ。」
「・・・けれど、追い詰めるようなことはしたくない。ピュンマは博士のところへ、ジェロニモ、動くときは君にガードを頼む。張大人はここで・・・」


「・・・・」


リビングルームのドアを手にしたまま、立ちつくしてしまった当麻。
中に入るべきなのか、立ち去るべきなのか、悩む彼にジョーは視線を向けた。
張大人は、それだけでジョーの意図することを読み取り、頷く。


「以上」


短く言った言葉が、彼らの会話の終わりを告げる。


ジェロニモ、張大人は立ち上がってダイニングルームへと向かい、ピュンマは再びドア口に立ちつくしたままの当麻に話しかけた。


「どうしたの?入っておいでよ。よく、眠れた・・・?」
「あ、ああ・・・。お早う」
「お早うございます!篠原先輩。・・・・朝食は・・」


ピュンマがジョーを観た。
いつもならフランソワーズが用意しているはずである。
しかし今、彼女はゲストルームに泊まっている、篠原さえこの元へ行っていた。


「大人が、用意するだろ・・・」
「そうだね、僕たちもまだだし」
「・・・何か飲む?」


ジョーが当麻に話しかけた。


「当麻さん、お早うございます・・・」


背後からの声に、ジョーの言葉に応えたようと開いた口をそのままにして、振り返ると、そこに、母さえことともに、マリー/フランソワーズがいた。


「通るのよ、当麻。どきなさい」
「お、お早う、マリー・・・・さえこさん」
「・・お早う、当麻・・・・・目が赤いわよ?」


リビングルームに入り、ドアをホールドしたまま2人に道を譲った当麻の横を通り過ぎながら、さえこは言った。


リビングルームに姿を現した、さえこに向かってジョーは日本風に少し頭を下げるようにして言葉をかけた。


「おはようございます。・・・・朝食の後、訊いて頂きたいことがありますので」
「・・・なんでも訊くわよ、逃げやしないわ。電話もした・・・。私が報告しなくても知っているのかしら?」


さえこは堂々と白いL字型のソファに座った。


フランソワーズはそのまま、そのままダイニングルームのドアへと向かう。
キッチンへ行くのだろう。

当麻はフランソワーズを追いかけるようにして、ダイニングルームへと向かって歩き出した。
2人がリビングルームから出て行ったのを、ドアが閉まる音で知る。


「・・・うちの当麻は、お宅のお嬢さんに夢中なのかしら?」
「本人に確認されてはいかがですか?」
「息子の恋愛に口を出すわけないでしょ?そんな野暮ったい母親にみえる?」


にっこりと、さえこは微笑んでみせた。


「そうですね、あなたはご子息の幸せだけを望んでいらっしゃる、それがどんな形であっても、・・・ですよね?」
「・・・・相手がサイボーグだって、当麻がそれでいいのなら、私は何も言わないわ」


さえこの言葉に心臓を跳ねさせたのは、ピュンマ。


「彼女を利用、するような意味で、でしたら・・・」
「そんなことをしたら、日本が消えそうな勢いね?・・・・そんな瞳で言われなくても、解っているわよ」


弾指の間に射抜かれた細く鋭い針の視線は、深くさえこの心臓を貫き、さえこに無意識の恐怖を植え付けていく。


逆らえない。
強い言霊を持っているのではない。

あの瞳。





あの瞳は危険。












ジョーはソファから立ち上がる。


「朝食まで自由にしていてください」


それだけを言い、ジョーはダイニングルームのドアへと消えた。


「あなたたちって、とんでもない爆弾を抱えているわね?・・・彼が正義のヒーローの”リーダー”だなんて・・・間違ってると思わないの?」


リビングルームに残されたさえこは、静かにソファに座っているピュンマに話しかけた。


「別に僕たちは”正義のヒーローでもないし、好きでサイボーグになったわけでもない。それに、ジョーだって”リーダー”になりたくて、なったんじゃないんで・・・」
「ちゃんと”計画的に”選ばれたんじゃないの?」
「・・・・違います。僕たちは”プロトタイプ”と呼ばれます。言えば、量産型のサイボーグを作るための、特殊能力だけを特化させた、実験体ですから」
「どうして、あなたは?」
「・・・・戦争で、死にかけていたところを、助けられた。と、言うよりも、都合よくその辺に、転がっていた”たまたま生きていた”人間だったから」


さえこは絶句する。


「みんな、似たり寄ったりですよ・・・。ランダムに誘拐、拉致、連れ去られて、ある日突然”君たちは選ばれた戦闘用サイボーグ”に生まれ変わった。さあ、人を殺しなさい”だったから」


さらり。と、話すピュンマ。
もちろん、その言葉はさえこを脅すために言ったものではない。


「そういう世界が存在するんです。この世には・・・・。あなたは、そんな世界に自ら進んで行こうとしているんです。僕たちは、そんな世界に生きてきたからこそ、止めたいんです。もう、これ以上・・・僕たちのような思いをする人を造ってはいけない・・・。ジョーは”たまたま”一番最後に改造された”最新のサイボーグ”、それだけで”リーダー”なんです」


ピュンマはさえこを見ずに、話しを続ける。
彼の視線が何を捕らえているのかは、わからないが、一定方向に視線を固定したままであった。が、突然、ピュンマはさえこの方へと振り向いた。


「僕、学校に通うのが夢だったんです!!」
「・・・・」
「僕の生まれた村は小さくて学校がなくって、毎朝、3時間かけて、大きな村にあるボランティア団体が午前中に読み書きや計算を教えてくれる、2,3時間の授業に出かけていくんです。僕、大好きで!そこのボランティアの人が、”一生懸命勉強したら、お金を出してくれる人を見つけてくれて、町の学校へ行かせてあげる”と言ってくれたんです」
「・・・・そ、う」
「がんばって、毎日通って・・・・でも、内戦はひどくなる一方。学校どころじゃなくて、気がついたら、僕はこんな躯にされてました。でもっ!悲しいけれど、不幸じゃない」
「・・・・サイボーグにされて、人を殺すように言われて不幸じゃ、ないの?」
「はい。僕たちは誰1人、不幸じゃないです。なぜだかわかりますか?」


さえこは、首を左右に振る。
ピュンマは、満面の笑みをたたえて、白い歯をきらり、とみせる。

「生きているから。僕たちは、お互いを必要とし、お互いを思いやり、仲間として、家族として、生きている。人を愛することが、人を護ることが、そして、こうやって出会う人たちと、時間を重ねていくことができる。生きているんです。辛いことも、悲しいことも、痛いことも、たくさんあるけれど、それは不幸じゃない」


ギルモアが言った言葉がさえこの胸に甦った。


「ね?生きているからこそ、悲しくて、辛いって言えるんです。この世に不幸があるとすれば・・・、それは・・・、命を軽く見て、もてあそばれた時、です」







ピュンマは、生まれついての戦士じゃ。
彼ほど自分を冷静に見極め、高い志を持って生きている青年はおらんぞ。
まっすぐに自分の信じた道を歩いていく強さ、忍耐力、プライド、どこを見ても、彼ほどの男は見つけられん。










「学院が、好き?」
「はいっ!まだ1週目だけど、とっても面白いですっ」


そう言ったピュンマの顔は、自分の息子と変わらない、学院に通う生徒たちと、同じだった。


ピュンマは学院で受けた授業の印象やカフェテリアの話しを嬉々として、さえこに話し始めたころ、ダイニングルームから朝食が運ばれてきた。



















####


リビングルームにさえこと、ピュンマを残して立ち去ったジョーが、ダイニングルームへと足を踏み入れると、以前、彼が叩き割ったテーブルはそのままの状態で放置されていた。粗大ゴミとしてジェロニモが片付けないのは、多分、イワンの力で直すことになっているためであろう。


キッチンカウンターの足の長いイスに座る当麻が、ダイニングルームに入ってきたジョーにいち早く気づいた。

ジョーは無言で、キッチンの入り口を覗くと、張大人とフランソワーズが朝食の準備に取りかかっていた。


「ジョー、どうしたアル?」
「珈琲を、ね」
「今、紅茶を運ぼうと・・・」
「ああ、リビングルームにピュンマと篠原さんがいるから、持って行って」


当麻は3人のやり取りをカウンター越しに見つめている。


「朝は一日の始まりネ!一番大切なエネルギーになるから、食べないの駄目アルヨ?!」


フランソワーズがジョーに珈琲用のマグを渡す。
それを受け取って、自ら珈琲を注ぐ、ジョー。


「博士のところへ行かないと・・・後で、適当にするから、気にしないで」


香り良い珈琲を、ひと口、飲んでから答えた、ジョーの前に差し出されたのは、ガラスの器。


「これくらいなら、食べられるでしょう?」


果物用の小さなグラスの器の中に、リンゴのウサギが3匹。
ジョーはフランソワーズの手にある、それを見て微笑んだ。


「・・・さすがに”うさぎ”を食べるのは、可哀相だよ?」
「大人に教わったの、可愛いでしょう?」


楽しげに器の中の”うさぎ”を見るフランソワーズ。


「食べてもらえない方が、”うさぎ”が可哀相アルヨ!」
「・・・・珈琲とリンゴって、変じゃない?」
「いまさら何言ってるネ!食べ合わせに拘る、ジョーじゃないの知ってるアルヨ」


グラスの器から、ジョーは1匹だけ手づかみで”うさぎ”を取った。


「・・今は1匹で十分」


キッチンから出て行き、リビングルームではない方のドアへと向かうジョーを視線で追う当麻。


「もう少ししっかり食べないと、いざと言うときに、力が出ないアルヨ・・・まったく。フランソワーズもちゃんとジョーに言わないと駄目ネ!甘やかしちゃ駄目アルヨ、ジョーのためにならないネ!」
「ジョーはちゃんと、自分で必要量は摂取している、って言うし。そうだと思うわ・・・ただ、”食事する時間”が少し、人とずれているだけだと思うの」
「それは、ただの我が侭アルヨ!」
「食べたくない人を無理に食べさせても、美味しいって思ってもらえないわ」
「もちろん、その通りアルヨ。でも、ジョーの場合は放っておくと、倒れるまで食べない気がして心配アルヨ!」
「まあ・・・。そこまでジョーは、子どもじゃないわ。お腹が空けば、ちゃんと食べると思うの’、大人は心配し過ぎなのよ」
「心配になるアルヨ。あんなに食の細い子知らないネ」
「・・・・そんなに食が細いようには、思わないのだけど・・、むらっ気があるだけで」
 

台所を預かり、邸に住むみんなの健康に気を遣う張大人は、ジョーのことになると、人一倍心配する”クセ”がついてしまっている。


当麻は冷えかけた紅茶を飲む。





世間から隠れるように、街はずれに立てられた、海沿いの洋館。
国籍バラバラ、年令バラバラの住人。

サイボーグに改造された人間の家。
それなのに、自分の知るどの家よりも、どの家族よりも温かく感じるのは何故だろう?


「当麻さん、リビングルームの方へ行きましょう、朝食をそちらに運びますから」


何故だろう。



ーーーマリーと居れば、同じ温かさをぼくも手に入れることができるだろうか?
   いや、違う。


「手伝うね、”フランソワーズ”」
「え?」
「手伝うから、どうしたらいい?・・・フラン・・・って呼んでいいかな?」


張大人は持っていた皿を落としそうになった。
















####

朝食を終えたころ、地下に居たジョーが1階リビングルームに姿を現し、ピュンマはジョーと入れ替わるようにして、地下のメンテナンスルームへとむかった。

地下のメンテナンスルームには、津田海が、いまだにイワンの力によって意識を取り戻すことなく眠らされている。

津田海は数回にわけて、石川斗織が手に入れた、”サイボーグ技術”によって造られた”義足”を完全に取り外す手術を受けた。


「儂は絶対に、何があっても二度と、お前達以外の”サイボーグ”の手術はせん。それが、たとえ失われた足のためであってもじゃ・・・・、事故で失ったなら、それが運命と受け止めて、今現在の・・義足を使うべき・・・・・。この子だけが”特別”になるようなことはせん」
「・・・・海は、自分の足がサイボーグの、義足であることは知っているんだよね?」


ピュンマはイワンに確認をするように、訊ねた。


<知ッテイルヨ>
「海には、僕たちのこと言うべき?」
<009 ハ ナンテ?>
「・・・・必要ならって」
「ピュンマ。とにかく彼は自分の足が義足じゃとは知っていたんじゃ、まずはそこから。気持ちを先回りして読むなぞ、そんなことはせんでええ。彼が思った、その時その時をしっかり受け止めてやりなさい」


ギルモアはピュンマを労るように、彼の肩を力強く抱いてやる。


<ジャア、起コスヨ?>



イワンがふわふわと浮く、クーファンの中から津田海の意識を浮上させていった。


「お早う・・・海。気分は?」




















<009、津田海ヲ 起コシタヨ。彼ハ 問題ナイ ぴゅんまガ 傍ニ ツイテイル カラネ>


イワンからのテレパスが、直接ジョーの頭の中に響いた。
ジョーは今後、津田海に関してはすべてピュンマに任せるつもりである。

石川についての情報。
手術に関わった人物、場所。
ある程度はさえこから聞き出していたが、津田海本人からの話しも聴きだしておきたかった。

そして、彼が2度とサイボーグの足を得ようとしないように。




イワンからテレパスを受け取ったとき、リビングルームでさえことジョーは2人きりだった。
篠原当麻には一切、話しを聞かせない。関わらせない、と。さえこは頑な当麻を”篠原”そして”石川”から遠ざける。
そのためにリビングルームにいた、篠原さえこ、当麻のどちらかに部屋を移動してもらはなければならなかった。


ジョーがリビングルームへと姿を現したとき、ピュンマは地下のメンテナンスルームへと向かい、張大人は片付けのためにキッチンに立ち、ジェロニモはすでに外出していた。

当麻はジョーの姿を見ると、フランソワーズに向かって話しかけた。


「天気もいいし・・・。海岸へ出てみない?フラン」


ーーーフラン?


眉間を寄せるようなにして、ジョーは彼の言葉を聞き間違えたのかと思う。
テーブルの上のティカップを片付け始めたフランソワーズが、当麻を見る。そして、その視線がジョーへと移り、彼が手に持つファイルを確認する。


彼と海岸まで出て行ってもいいのか?と、訊ねている、彼女の視線は003のもの。



危険はない。

ここに篠原当麻がいることは、知られていない。
003が1人で篠原当麻の”護衛”についても何も、問題はない。






「・・・・フランソワーズ、行っておいで・・、ここは大人に任せたいい」
「島村の了解がないと、・・・フランは出かけられないのかな?」


当麻の言葉よりも、彼の視線に棘があるように感じる、ジョー。


「そう言う、意味じゃないわ、当麻さん」
「・・・キミが行きたいなら。の、話しだよ。こっちは今の所、何もないから」


<さえこさんに、話しがあるのでしょう?>
<・・・キミたちがここにいるなら、2階のコモンスペースか、ゲストルームの方へ移動する、よ>


短い脳波通信でのやりとり。
そこへ、キッチンにいた張大人がリビングルームにやってきた。


「フランソワーズ、買い出しに出かけるアルヨ。よかったら付き合って欲しいネ!当麻君も荷物持ちで来るアルか?」
「ちょうどよかったわ、張大人。私も欲しい物があったの」


フランソワーズは当麻に向かって微笑んだ。


「張大人と買い物に行きますわ、私。当麻さんも、ご一緒しませんか?」


フランソワーズが当麻に尋ねているとき、ジョーと目があった張大人が、彼にむかってウィンクしてみせた。
ジョーはどうしていいのかわからずに、視線を逸らす。
そんなジョーを張大人は微笑ましく思いながら、フランソワーズに近づいて、珈琲テーブルの上に置かれたティカップなどを片付ける手伝いを始めた。


「・・・・当麻、学院に戻るまでは、ここにいることになると思うわ。着替えとか適当に見ていらっしゃい」


さえこの一言で全てが決まる。















「当麻と仲が悪いのかしら?」


さえこはジョーから受け取ったファイルに目を通しながら、訊ねた。


「仲が良い、悪い、と判断されるほどの付き合いはまだ、していません」
「急に”男”になられても、淋しいわ」
「・・・・その資料から見てもおわかり頂けるように、秀顕氏のワンマン経営も限界にきています」
「そんなの、私が一番良く知っているわよ、ねえ。このファイルもらっていい?父親の方へ送った部下の報告書よりも、素晴らしいわ・・・。島村君が作ったの?」
「・・・石川は、あなたの知らないところで動いてますよ」
「そうみたいね」


見ていたファイルを閉じて、さえこはそれを膝の上に乗せた。


「石川のバックには、あなたの父、秀顕氏がついておられる。そうですね?」
「・・・・・みたい、ね」
「僕たちは、秀顕氏のコネクション、そして、”篠原’の力を見過ごすわけにはいきません。石川が関わっている以上、そして彼が”サイボーグ”に興味を持っている以上、動かざるを得ません」
「潰すの?」
「・・・・・そうなるか、どうかはあなた次第です」
「潰さないの?」
「決めるのは、あなたです」


まっすぐにアンバー・カラーの瞳がさえこを見つめる。
数時間前に見た、同じ瞳とは思えないほどに力強く、包容力のある瞳だった。

そこには、さえこの胸奥を凍てつかせるような冷たさも、鋭さも、何もない。



ただ、信じている。
混じりけのない、本物の純粋さを持って、人を信じている瞳だった。






そして、それはさえこ自身にだけ、向けられている。







安心できる。

彼さえ、自分のそばにいれば、何もかもがすべて上手くいく。
彼の言うことを訊いていれば、何もかもがすべて上手くいく。


支えてくれる。
受け止めてくれる。

彼さえいれば、大丈夫。



「・・・・そんな瞳をしちゃ駄目よ、島村君」
「え?」
「そんな瞳で、見たらいけないわ・・・女を」
「・・・どういう意味です?」
「勘違いさせるわよ?」
「・・・・・そんな、つもりはないです、よ」
「させる、あなたがいけないのよ」


長い前髪に、ジョーは”いつもの”ように表情を隠した。


「勘違い、したんですか?」
「しそうに、なったわ。年甲斐もなく。そんな瞳で・・・・。島村君って正義のヒーローにむいてない、キャラクターよね?」
「・・・・正義のヒーロー?・・・現実にいると思います?」
「今、私の目の前にいるじゃない、009さん」
「・・・・・それこそ、勘違いだ」
「訊いていいかしら?」
「・・・・」
「何人くらいの女を、・・・人間を、の方がいいかしら?・・・信じて、頼って、利用して、裏切って・・・・傷つけて」
「騙されて、捨てられて・・・ですか?」
「・・・」


さえこは、膝の上に載せたファイルに肘をつき、頬杖をついて俯き加減のジョーを興味深げにのぞき込む。


「・・・サイボーグにされてからも、あったし・・・人生のすべて。と言っておきます」
「なのに、どうしてあなたはそんなに、綺麗なの?」
「綺麗?・・・・俺が・・?」


口元で自嘲の笑みを浮かべた。


「ええ、あなたは綺麗すぎるのよ、だから女は・・・人間は、あなたが妬ましくて、この手で汚したくなるのよ。この手で傷つけたくて、ウズウズするわ・・・。あなたがあまりにも純粋すぎて」
「・・・こんな話しをするために、ご子息を遠ざけたわけではないんですが?」
「島村君が落ち込んで、傷ついて・・・・泣いて、地を這ってもがく姿は、魅力的だと思うわ・・・。天からの贈り物よ。私たち人間の醜さや愚かさを、あなたは一心に背負うためにやってきた天使ね」
「・・・・・冗談」
「じゃあ、あなたは自分がされたことを、人にしたこと、ある?」
「いくらでも」
「・・・嘘」
「探偵でも雇って、俺の過去を探らせればいい・・。驚きますよ?」
「調べて良いの?」
「どうぞ。けれど、調べるだけにしておいてくださいね」
「楽しみね。・・・・時間をくれるのかしら?」


ジョーはゆっくりと顔を上げる。
さえこは彼の瞳を探るように見つめた。

変わらず、彼の瞳は美しく、真っ新に生まれたばかりの純粋さをこちらに向けてくる。


「今日中には。それ以上は待てません・・・秀顕氏があやめ祭で、津田海を”披露”する計画も、彼がいないとわかれば・・・・石川を含めて秀顕氏も動き出すでしょうし、ね。そうなっては面倒です。明日には、こちらから動きたい。・・・・石川が未だに、秀顕氏に津田海が行方不明になったことを、報告していないのが不思議ですが」
「ああ、簡単よ・・・。父の前では”完璧”でいたいみたいだから、絶対に隠し通したいはずよ。何せ、・・・・父から”篠原”すべてを譲ってもらうために必死なんですもの」


さえこは、背を伸ばして、白い皮のソファの背に躯を預けた。


「・・・・ご結婚、されると思ってました」
「しないわ。するなら普通、とっくにしてるわよ。私の婚約者はアンディよ。彼は行方不明のままなの、石川斗織なんて男、知らないわ」
「・・・返事しだいでは、ご子息のこと”護りきれない”かもしれません」
「そう言うことがあるかもしれない。可能性は、考えていたの・・・、すでに動いていたわ、あとは当麻のサインが必要なだけ・・。動く前に、私がプライベートに雇っている弁護士に連絡を取りたいのだけど・・?」
「解りました。メンバーの1人が、あなたの代理としてこなします、いいですか?」
「言ったでしょう?”プライベートな弁護士なの、私が行かないと、駄目なのよ」
「今、あなたを石川の手に委ねることは避けたいので、遠慮願います。ご心配入りません。メンバーの1人が”篠原さえこ”として、出向きます」
「・・・そんなこと」
「可能です」




あの瞳が自分だけに向けられている。
それだけで、さえこのこころが、体が反応する。


なんと、女は矛盾した生き物だろう。

彼の力強く逞しい、包容力ある光を求め、独り占めしたく、あの手この手を使って彼を手に入れようとするだろう。
そして、手に入れた後に、彼の綺麗な白さに、混じりけのない純粋さに耐えられず、いや、魅了されて、自分だけの”蹟”を付けたくなる。

自分の手で、彼を汚したい。と、同時に、傷つけられた躯を持て余す彼を、癒せるのは自分だけと、より深く彼にのめり込んで・・・繰り返す。


甘い、甘い、砂糖の過剰摂取はすべてを溶かしていく。
そんな女たちに振り回される。


「大変ね」
「?」
「島村君の彼女になる人は、大変ね・・・。ずっと苦しむことになるんでしょうね?」
「・・・・・」
「あなたが、本気になればなるほど・・・辛くて苦しむんでしょうね」
「・・・サイボーグですよ、俺は」
「サイボーグは”彼女”を持ってはいけないのかしら?」
「・・・」
「そんなはずないわよね?実際に、当麻の好意を無碍に断ってないもの、”サイボーグ”を理由に」
「・・・・そうですね」
「当麻は、島村君をライバルに思っているみたいだけど?」
「母親というものは、息子の恋愛にも首を突っ込むんですか?」
「だから、私ってそんな野暮な母親に見えて?・・・・でも、そうね、変な女に・・・得体の知れない馬の骨に当麻を取られるくらいなら、一生独身でいさせるわよ」
「・・っフランソワーズは、”変な女”でも、得体の知れない馬の骨でも、ない」
「やっぱり、ライバルなの?」
「・・・・”仲間ですから」
「心配して当然?」


ジョーは座っていたチェアから立ち上がった。


「・・・・・・以上です。なるべく早く答えを出していただきたい」
「長い前髪で、片眼を隠しているのは、なぜ?」
「・・・」


無言のまま歩き、ジョーがリビングルームから出ようとドアノブに手をかける。


「あなたの瞳は、こころの中を簡単にさらけ出すものね」
「・・・・見たくないモノが多い、世の中ですから」
「人とサイボーグとの恋。ドラマチックよね?・・・・当麻の幸せがすべてなの、私は」




<イワン、篠原さえこから離れる、彼女から目を離さないでくれ>
















####

「・・・ピュンマ?」
「お早う、よく寝てたね」
「ここ、は・・・、あ。・・・・あれ?ぼ、く・・・?」


海は体を起こそうとしたが、体が鉛のように、重く・・・いつもと違う違和感を下半身に感じる。


「ああ、まだ無理して起きたら、駄目だよ?・・・・ずっと眠っていたから、少し体が硬いだろ?」
「・・・・・ピュンマも、石川先生の・・・?」
「・・・ここには、石川先生はいないんだよ」
「いない?・・・え?・・・でも、そうしたら、なんで・・・?新しい、足は?」
「・・・・足・・」
「訊いて、ない?・・・今の足がもう、駄目だから新しくするって」
「新しく?」


自分の背後に立ち、様子を見守るギルモアへと少しばかり振り返って視線を送る。
彼は頷き、海が横たわるベッドサイドに歩み寄る。と、ピュンマは後ろに下がった。


「初めまして、海クン。アイザック・ギルモアじゃ・・・。2,3質問したいことがあるんだが、いいかね?」


海は不安げに、ピュンマを見上げた。


「大丈夫だよ、ギルモア博士は僕のお義父さん!話しただろ?・・・・すごい人だって・・・。海hあ何も心配ないよ・・・。博士は、石川先生が足下にも及ばないほどに、この道では・・ゆ、・・・・・有名なんだからさ!」
「・・・有名?」
「生体工学を専攻としていてのう・・・。人工臓器なぞを・・・開発するチームの責任者じゃったんじゃ。今は・・・引退して、ここの研究所で細々とやっておる」
「・・・人工臓器・・」
「心配ないよ!海、僕もここにいるからさっ」


ピュンマはニッコリと微笑んで、海を安心させようとする。
海は、ピュンマとギルモアの顔を交互に見るが、まだその表情は硬い。

ギルモアにイスを進めて、座らせてからピュンマは海それ以上、不安にならないように、明るく彼に話しかけ、事前に打ち合わせした”シナリオ”を話していく。

彼が”サイボーグ技術”のどこまでを知っているのかを探るために。そして、石川がさえこにさえ言っていない”研究施設”を知るために。


<009、海が目を覚ましたよ・・・。彼は大丈夫みたい。けれど・・・、海は石川先生に絶対的信頼を寄せてるみたいだから、時間がかかるかも・・・。ここに石川先生がいなのは、やっぱり不自然すぎる>


邸内にいると、思われた009への脳波通信。
けれども008のそれに応答しない。


<009?・・・・009?・・ジョー?誰か、ジョーを知らない?>


ジェロニモは朝食後、すぐに邸を出ている。
張大人、フランソワーズ、そして当麻は”買い出し中”であった。


何度も脳波通信を飛ばす。


<じょーハ 部屋ダヨ>


ピュンマの通信に答えたのは、メンテナンスルームの隣にある、研究室にいるイワン。


<イワン・・・っ!部屋って・・・>
<ウルサクテ 昼寝ガ出来ナイ・・・オ腹モ 空イタヨ>
<なんで、ジョーは出ないの?!>
<知ラナイヨ、直接訊イタラ?・・・・ツイデニ みるく モネ。じぇろにも>
<今、帰った。・・・何かあったのか?>
<ジョーが、・・・009が応答しない。イワンが言うには、部屋に居るらしいけど>
<ピュンマは地下か?>
<海が目を覚ましたんだ>
<・・・・オレが様子を見に行こう。心配するな。>


ほっと、胸をなで下ろすピュンマ。
外出から帰ってきたジェロニモのタイミングの良さに、感謝する。













”ジョー、部屋か。いるのか?”


玄関の扉を閉めて、自室へは戻らずに、そのまま2階のジョーの部屋へと向かったジェロニモは、部屋前で、脳波通信でジョーに呼びかけたが、応答しない。
予定では、彼は篠原さえこと話しているはずであった。

階段を上る途中、ジェロニモがリビングルームを覗くと、篠原さえこは1人、ソファに座りファイルを睨んでは、ブツブツと何ごとかを言いながら、ペンを動かしている姿を見た。


ジェロニモは控えめにジョーの部屋を3回ノックした。
部屋のドアは、部屋の主の声と同時に、すぐに開けられた。


「・・・ジェロニモ?」
「ピュンマが心配している。通信回路がオフになっているぞ。」
「え・・・、あ・・・・・」


ドアを広く開けて、ドアノブに手をかけたまま、ジョーはジェロニモの言葉に酷く驚いた様子を見せた。


「・・すまない。・・・・どうも考え事をしていると、無意識に切ってしまうみたいだ、ね。気を付けるよ・・・」


ジョーはすぐに回線をオンにして、ピュンマへと脳波通信で謝罪する。
チャンネルをジョーに合わせていたジェロニモだったので、その2人のやりとりを聴いている。

短いやりとりの後、ジョーはピュンマとの会話の間に床に落とししていた視線をジェロニモに戻した。


「ありがとう・・・。心配させて、悪かったね。下に行くならオレも行く、よ」
「何を考えていた?」
「色々と整理をしておかないと、いけなくてね・・・彼女の答え次第で、色々と変わってくる。007、002の方は、時間通りに連絡が入っているけれど、004の方は遅れている・・・。少し気になる」


009として、005に言葉をかける。が、005はジェロニモとして細長い封筒を、ジョーの胸に差し出した。


「何?」
「今の、ジョーに必要なものだ。・・・・そして、すまない」
「なんだよ?」
「1人で、見ろ。・・・それを彼女に渡すかどうかは、ジョーにまかせる」
「彼女?」
「・・・いい顔をしている。幸せそうだ。これがオレたちの未来だと、思う。」


ジョーが受け取ると、そのままジェロニモはジョーの部屋から去っていく、その背を見送りながら、渡された封筒を開く。


「っな・・・・・っっ、ジェロニモっっ!!!なんでっ・・・・これっ・・・・!!・・・ジェロニモっ」


階段の手すりに手を置いたジェロニモが、ふと、ジョーの声に足を止めて、彼らしく微笑んだ。


「いい顔だ。オレの写真の腕もなかなかだと、思う。」


ジェロニモは昨夜、イワンの個人宛メールアドレスに”撮った”写真を送った後、それらをCDに焼き、朝食後に邸から一番近い駅前の写真屋へと赴き、写真にプリントしてもらってきたのだった。














ジョーの手の中にある写真たち。
それは全て自分と、”彼女”フランソワーズのみ。


寄り添い、眠る、自分とフランソワーズの写真。




「・・・写真なんか、撮るかよ・・・・普通・・・・・・」


見られていたのは仕方がない。
リビングルームのような、誰もが通る場所で眠ってしまった自分が悪い。


ドア口に立ったまま、写真を見る。その中の1枚だけ、フランソワーズの寝顔がアップになった写真をみつけた。

フランソワーズのくちびるが寄せられた色は、自分の髪と同じ色。


「人間とサイボーグの恋は・・・・叶えられる、のか?」






ーーーサイボーグ同士よりも、・・・・簡単に?


1枚だけを残して写真を封筒にしまい、部屋の中へと戻ると、ジョーは本棚の下段左端に置いていたフランス語の辞書にはさみ、元に戻し、選んだ一枚の写真を手に、ベッドサイドに置かれていた、赤いプラスティックの欠片のようなモノと、一緒に置いた。


「・・・これも、早く渡さないとな」


欠けたままのカチューシャを、髪に飾ることなく、大切に持っていることを知っているから。








キミの欠片を、持ち続けている。













コンピューター・デスクの上に置かれていた、ジョーの携帯電話が震えだした。


「・・・・004?・・・・動いた?・・・・いや、こちらはまだ、彼女の返事待ちだよ」


ジョーの視線の先に、眠るフランソワーズがいる。


「多分、石川と会うなら、002、007が向かうだろう、そこで2人に別れてもらって002だけで石川を追ってもらう。007は篠原さえことして、彼女の弁護士に会ってもらわなくてはいけないんだ・・・・」











ーーー俺は・・・


”・・・いい顔をしている。幸せそうだ。これがオレたちの未来だと、思う”







ーーー俺の未来に・・・・・フランソワーズは、いないよ・・・・











「アルベルト、・・・」
『どうした?』
「・・・・いや、気を付けて。彼女の返事が得られたら、また連絡する」





















=====66へと続く



・ちょっと呟く・

らぶ・・止めないと、ミッション進まないよ?
・・・・・・いい加減にしないとっ(゜O゜)☆\(^^;)

さえこさんは、急な出張があるので、車には常に1週間分の着替えを用意しています!
本文のどこかに入れる予定だった・・・(汗)









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