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捕われの身の上
モニター画面の白い光だけが煌々と部屋の中で光るころには、薄暗くなった窓から涼しい潮風が部屋に紛れ込んでくる。


陽が落ちる時間が長くなり、夜が恋しいと思う季節。
夏の突き抜けるような爽快感と、長く保たれる明るさにこころ浮かれることがない。と、言えば嘘になるけれど、どちからと言えば、陽が短くなり始め、オレンジが駆る夕暮れに忍び寄る濃藍色の挟間がしっくりと肌に馴染むと、考えた。

利き手に持つマウスを動かして、画面をスリープ設定に切り替え、立ち上がって伸びをする。
固まっていた背がのばされて、左右に躯をねじり、背骨を鳴らした。


文章を書くことはキライではないけれど、今回頼まれた内容には、ほとほと手を焼いていた。が、時間を決めて、珈琲をデスク脇に置き、無理矢理にでも書き始めた1行目から、今。一気に書き上げることができた。と、満足気にふううっと、全身で息を吐き出した。

デスクトップ・コンピュータのスリープ機能が働いて、部屋の中が一段と暗くなる。
ドア口にある、ルームライトに手を伸ばすのを止めて、逡巡した視線はドアノブに手をかけた動きよりも早く、ジョーにあることを思いださせた。


一応の予定では、すでに愛車を走らせているはずだった。


部屋に入り込んできた冷たい風にさらされた、寂しさに、強く首を振ることで意味のないネガティブな思考をなぎ払う。
なぎ払う・・・が、それは風のない日でも変わることなく漂う波のように、ジョーの胸の中を押しては引いて、彼を翻弄していった。



こんなことは初めてだ。と、ひとりごちた。

好き。と言われる事には、正直うんざりするほど慣れていた。
それは、彼が持つ過去の経歴のためもある。
派手に世間をにぎわせるための、それなりの条件が勝手に揃ってしまう職業についていたために、彼の周りには受け止めきれないほどの多種多様な意味を持つ”好き”が、氾濫していた。

今回のそれは、その中に一切含まれない意味のものだ。と、ジョーは考えた。
もしかしたら類似した。いや、今回とまったく同じ意味を相手が持って訴えて来ていたかもしれない。けれど、受取り手であるジョーにその意味を汲み取る理解力に欠けていた上に、そんな余裕など彼にはなかった。


冷たい感触のドアノブが、ジョーの体温を真似てぬるくあたためられていく。
その温もりがジョーの体温よりも熱く感じ始める前に、彼はドアノブから手を離した。

フランソワーズを迎えに行くために、愛車を空港へ走らせていなければならなかった時間を、自室にて迎える。

3日前の電話の内容で、特に迎えに行くとは口にしていないけれど、彼女が乗る飛行機が国際空港へ着く時間を報告されているジョーにとって、それは、当然の予定であり、多分、彼女もいつものように、ジョーが迎え来てくれるものと、思っているのかもしれない。



いや、思っていないだろう。









数ヶ月前の別れ際に、聞かされた「仲間」以上の想いがあるとの台詞が原因だ。



「ずっとこのまま、胸に閉じ込めていたら、私が私でなくなってしまいそうなの。だから・・・聞いてくれる、だけでいいの。解放して・・・私を・・・あなたが好きだと想う気持ちから、私を、解放して・・・」











どういう、意味・・?













「好き・・・です、009。私、は、あなたが好き・・好きなの、みんなのことも好きよ。大好き。でも、私のこの気持ちは、009・・あなたを”仲間”として好きなのとは違う、まったく別な、気持ちなの」





ドア前で立ち止まった足が、鉛のように重く、少しずつ感覚を失っていく。
自分の足が、足でなくなったように。
自分の躯が、躯に感じられない。

今更になってきっちりと思い出して反芻させた003の言葉に、鈍い衝撃をうなじ部分に捉える。殴りつけられたような痛みではなく、重力が増して立っていることが辛くなる感じだった。

彼女が故郷のフランスに帰ってから、数回あった電話での会話。
好き。と、言う告白を受ける前と後の差は、そこには何もなかった。





解放された。と、言う事の証拠であるかのように。





立ち尽くしたドア前から、彫刻のように固まったジョーが反応した。
ベッドの上に投げ置かれていた携帯電話が、震え始めたためだ。
のろのろと首をそちらへと巡らせて、ぼやけた視界に液晶画面が映し出した文字を読んだ。

非通知。





普段なら非通知の受信に対応することはない。









よろけるようにして、もつれる足でベッドへと駆け寄り、携帯電話にむかって相手を確かめる事もせずに、003と、彼女だと決めつけた。
非通知の相手は、彼の応答にたいして驚くこともなく、押し殺したような声で一息に言われた。


『・・・会えないわ』















離陸していく飛行機の中で、秒刻みに後悔した。
フランスから日本までの直行便のチケットを買った自分を恨めしく思った。

いつもなら、フランスと日本の距離に、泣きたくなるほど切ない気持ちにさせられたけれど、今回は違った。
その距離に感謝しながら、フランソワーズは数回事務的な用件のために電話をいれなければいけない場所へと、数字を並べた。

受話器を握る手が湿気のないカラリと乾燥した空気の街に不似合いなほど、汗をかく。
部屋の隅に置かれた鏡台の鏡に映る自分を睨みながら、言葉を選んでいく。


「予定されている、私のメンテナンスのことなのだけど・・・都合がつきそうだわ。期間は短いのだけれど、来月初めにそちらへ行けそうよ、009」


伝えたら、もう煩わされる事がないと思った。
振り回される事がないと思った。

1度目の電話は、ギルモア博士が電話をとった。
009が応答すると気負っていた分、気持ちがほっとほぐれて、009に代わると申し出た博士の言葉に素直に頷いてしまったけれど、気持ちを打ち明けた前と後との彼の対応になんら変わりない様子をする事ができたので、意味もなく浮かれてしまったために、その電話は気持ちよく終えることができた。

2度目の電話は、予想通り009が応答した。
数日前から、彼が答えるであろう言葉を何度もシュミレーションしていたお陰と、手短な事務的用件だっために、何も問題なくその電話を終える事ができたのにも関わらず、あっけなく、切れた電話に意味のわからない不安と寂しさを覚えた。

3度目の電話で、フランソワーズは日本への訪問の日時と空港到着時刻、搭乗する飛行機のフライトナンバーを、報告した。


『了解、気をつけて・・・』






回線が切ったときの、ぷつん。とした音が、まるで自分と009の関係が”それだけ”であるかを強調しているかのようだった。
受話器から、回線が相手に繋がっていないことを示すデジタル信号の音。
一定のリズムを繰り返す、途切れた短い音の往復を一晩中聞いていた。


この向こうにいたはずの009の存在にしがみつきたい衝動を、受話器をおろす事ができないでいる手があらわしている。

受話器を握りした自分が鏡台の鏡に映し出されていた。
愛読したおとぎ話のような、純粋に綺麗なこころのヒロインにはなれない自分が、そこにいた。


夢物語だ。と、涙が溢れ出す。

ひいていたカーテンの隙間から、部屋のルームライトよりも明るく鮮烈な白が覗き込む。
嫌みなほどのその清々しい光にむかって、手にしていた受話器を投げつけたけれど、窓に届くほどの力はなく、躯がビクンっ!と跳ねてしまうほどの大きな音を立てて床に落ち、カバーが外れて、単三電池が無造作に床に転がった。


解放されるはずが、さらに複雑にフランソワーズのこころに絡み付き、それは以前にはなかった刺を持った。

好きな人に好きと伝えた後の、高揚感など微塵もない。
苦しいだけの恋に、終わり迎えることを望んでいたはず。

返事を求めなかったのは、彼の手を煩わせる事なく、自分の手で幕を下ろし、終わらせるためだった。
ひとかけらの望みを持つこともなく。





急ぎ足に飛行機を降り、すぐに公衆電話を探した。
迷う事なく、ギルモア研究所へ繋がる数字ではく、009個人が持つ携帯電話の数字を指が選んだ。

コール音が鳴り続ける。
運転中かしら?と、こころによぎった言葉に、自嘲した。
運転中かしら?の前にあった、迎えにきてくれるために。の、文字はあえて触れない。そして、その考えの前に勝手に指が彼個人の携帯電話の数字を選んだことも。

そんなフランソワーズの不意をついて、『003』と呼ぶジョーの声がフランソワーズの鼓膜を大きく揺らした。


「・・・会えないわ」


動揺に震える声を誤摩化すように、一息に言い切るつもりであった言葉は意図していた内容のものとはまったく違うものとなてこぼれた。



ツー。ツー。ツー・・・と、繰り返されるトーン音が、デジャブする。
握りしめている受話器は、トーン音を一定のリズムで繰り返し、フランソワーズにそれが繋がっていない事を伝え続ける。
瞳を開けていられないほどの鮮烈な陽光がフランソワーズの思考に飛び込んでくる中、彼女は、その場に膝から崩れ落ちた。

壁に沿って並ぶ4台の公衆電話。

フランソワーズの右側、1つあけて会話中だった男が、思わず会話を中断して彼女へと声をかけたが、フランソワーズの耳にはその声は届かない。
その場に座り込んでしまったフランソワーズを不振に思った人々のざわめきが広がる。何かあったのかと、急ぎ足に駆け寄ろうとした空港職員がいたが、彼らの足は一陣の風に止められた。




風に煽られた亜麻色の髪を綺麗に飾っていたカチューシャが、外れた。
かつん。と、音を立てて磨かれた床を跳ねる。



公衆電話を使用していた男が、その突風からはじき出されるように、尻餅をついた。








「003」



その小さな日常の中に起きた事件は、切り取られた写真のように、その場から抜き取られる。




「・・・・・・会えないって」




どこから現れたのか、誰にも説明できない。
緋色の長いマフラーが彼の作り出した余韻の風に宙を舞う。

目の覚めるような赤の、一言で言い表せる事ができない服を身にまとった青年が、受話器を手にしたまま、床に座り込む、亜麻色の髪の女性を抱き上げた。





「・・・・・・・・キミは一生僕から解放されることなんて、ない」






そして、消えた。
2人。

















その場は想像通りの騒ぎとなった。
夏の怪奇現象として、さまざまに噂され、空港内は一時期殺到する野次馬とネタに行き詰まった雑誌社などに振り回される事となった。



そこに何かがあったと記すのは、焼き切られた電話のコードと、忘れられた、右端が少し溶けた赤いカチューシャ。




















新聞を広げて、面白くおかしくネタにするイギリス人。
その後の2人を心配する中国人。
インターネットで、噂の出来事を検証するサイトをチェックするアメリカ人。
苦虫をかみつぶしたような表情で報告を受けたドイツ人。
2人からの便りを黙って待つ、ネイティブアメリカ人。
予定のメンテナンスの時期にやってきた人が、のんびりと3流雑誌の記事を手にして言った。


「博士、いいんですか?・・・このままで・・・」
「なあに、心配いらん・・・001が起きんのが、何よりの証拠じゃ」


メンテナンスの前に必ず行うカウンセリングのために、2人は書斎にいた。
007はいざ本人たちを目の前にして、それら”事件’について触れることができないままでいた。
006は元々、口を出す気はないらしい。
008は、日本滞在組がそんな調子なので、情報収集してこいと、海外滞在組から多大な期待を寄せられていた。


「人の噂は・・何日でしたっけ?」
「さあ・・ここまで背びれ尾ひれがついてしまっては、当分続くかもしれんなあ、まあ。それも平和な証拠じゃろう」


ギルモアはデスクに広げた008のファイルをめくりながら、パイプを加えた。


「それで、・・・なんで009は・・その、003とは・・・?」


口からやわらかな白い輪をふわり。と、浮かべたギルモアに向かって、ピュンマは座っていた安楽イスから身を乗り出すように背を離した。


「さあなあ・・・、008には、どう見える?」
「・・・」


瞳だけを上へとむけて、ピュンマはこの数日間のことを巡らせた。

ピュンマを空港まで迎えに行ったのは、ジョーだった。
ゲートを出て来たピュンマに軽く、手をあげて答え、彼なりの歓迎を見せた後、2人は空港内の専用駐車場へと向かう。
夏真っ盛りの気温は、南米にいるピュンマにとってそれほど苦に思うことはないけれど、一度建物から出れば熱気に当てられて、内と外との湿度のギャップにより、一気に旅の疲れを感じてしまい、サイボーグといえど精神的な影響からか躯が重くなるように感じる。

ピュンマの荷物をすべて引き受けて歩くジョーの背を見ながら、冗談半分に「加速装置は使わないの?」と尋ねたことを思い出す。
その手に唯一残った、今自分の膝上にある週刊誌の特集になっている記事について、疲れを吹き飛ばすような気持ちと少しばかりの好奇心から、尋ねたのだ。

ピュンマへと振り向くようにして、その週刊誌へちらり。と、視線を流したジョーは、特に反応を示すことなく、言った。


『間に合うように、邸を出たからね・・・』


まるで、フランソワーズのときは空港までの出迎えに間に合わないから、仕方なく”加速した”と解釈できてしまえる、言い方だ。けれど、話しを引っ張るきっかけには十分な回答だったために、会話を続けようとしたとき、それを続けることができなくなった。


『ピュンマ!』


空港内の駐車場が見えて来たときに、車の中から姿を見せた仲間のせいで。


『え?!・・・・フランソワーズ???』


彼女が、なぜココに?の疑問は目の前で微笑む彼女のあまりにも愛らしい姿に、ピュンマの舌に載ることはなかった。



2つ目の、柔かな白い煙が、ほう。と宙に浮いた。
ピュンマは、その白が消えるのをなんとなしに見送り、呟いた。


「とっても幸せそうですね、・・・フランソワーズよりも、ジョーの方が」




end.









*タイトル・・・、おいおい、タイトル・・・(笑)
英語のタイトルで考えたのは” love held him captive”
どっちもどっちだ。(笑)
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