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Day by Day・68
(68)





人であったころ。
中華料理店を経営していたと話してくれた張大人に、アメリカ先住民の、今は消えてしまったある部族の生き残りである、ジェロニモと買い出しの荷物をキッチンへと運び終えた後。
リビングルームにおかれている、海外輸入家具をメインにしている店でも滅多に売っていないだろう。と、その大きさに驚かされる、白い皮作りのソファに、子猫のように自分のひざに顔をうずめてしまい、ぴくり。とも動かない母のそばに、恐る恐る近づいていく。

母の、初めて見る弱りきった姿に、どう声をかけてよいのか解らず、ソファの端に立ちつくす当麻。黙って同じソファに、さえことは距離を開けて座る、イギリス人に当麻は席を勧められた。
ジェロニモとリビングルームを通るとき、独り言のように、母に話しかけている姿を当麻は先刻目撃している。


「初めてましてですかな?・・・篠原当麻くん」
「・・はい」
「我輩は、グレート・ブリテン。007とも呼ばれている、役者です」
「や、くしゃ?」


当麻の言葉に、にっこりとグレートは笑い、頷いた。


「酒を飲め。こう悲しみの多い人生は眠るか酔うかしてすごしたほうがよかろう。byオマル・ハイヤーム。当麻くんも、いっぱい飲むかい?」


グレートの言葉にぎょっと、驚き。その手にカラメルカラーの液体が、カッティングの美しいグラスに1/3ほど注がれて、ルームライトにキラキラと光る氷が宝石のようにみえた。


「仕事、仕事、で満足にこれを口にする暇がなくてねえ、少し休め。と、リーダーが言ってくださったので、休ませてもらっているのさ・・・。母上にもオススメしたんだが、ふられてしまった」


へへへ。と、はげた頭を撫でながら、手に持つグラスから一口、舐めるように液体を口に含むと、氷がからん。と、耳に心地良い音を鳴らした。
当麻は、そろそろと、ソファの端に腰掛けながら、さえこの様子を伺うが、彼女はまったく反応を示さなさない。


「我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ」


当麻は、グレートの言葉に再び彼の方へと視線をむけた。


「・・・・生まれた国のことわざだよ。ジョーが・・・。うちのリーダーをあとで殴ってやらなきゃなあ、・・・返り討ちにあうかもしれんが、一発なぐらなきゃ、我輩の気が治まらん」
「島村を、殴る?」
「そうだとも!か弱き女性を守るのが男っ、麗しく薫る花を手折ることは、誰にもでできること、善悪の見分もけつかない、性別の何たるかも知らない、坊やじゃないんだからなあ。こぼされる朝露の光が消えるまで、そばに居てこそ、男だと思わないかい?」
「・・・・島村が、何か・・母に?」


グレートは手に持っていたグラスを、音を立てずに硝子作りのテーブルに置いた。


「代わり、に。謝っておくよ・・・。ジョーが、すまんなあ・・・。前はこんな風に女性を放っておくようなヤツではなかったんだが、アイツも今いろいろと、がんばっているんでな。・・・・冷たくしちまったのは、こころに余裕がないからで」


当麻は、再び視線をさえこに戻した。
すると、さえこは当麻の視線を感じたのか、連続写真を撮るかのように、もどかしいほどに、ゆっくりと体の強張りを解いて顔を上げ始めた。


「我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ」


さえこの動きをじっと見つめながら、グレートは再びつぶやくように、同じ言葉を口にした。


「我々は泣きながら生まれて、文句を言いながら生きて、失望しながら死ぬ・・・・・・・・・。失望しながら死ぬってのは、聞きようによっては、失望するほどの”何か”があったってことだと、思うんだなあ、我輩は。素晴らしいじゃないか!失望するということは、その”何か”に果敢に挑戦した末のことだ。生きた証に、大いに失望しようじゃないか」


当麻は、黙ってグレートの言葉を聞きながら、考えた。


「失望することさえできない、人間もいるんだよ。文句を言いながら生きようじゃないか!だから、我輩はジョーを殴り、文句を言うんだ。母上は、人生の何に失望なさるかな?」


さえこの瞳がグレートを捉えるのに、どれほどの時間がかかったのか、壁にかけられた時計をみていなかったために当麻にははっきりとした時間を言うことができない。が、正確に時を刻み続ける病身の音が、耳障りに感じるほどに、長くかかったことだけは確かだった。


「・・・・・・・失望?・・・・・・・失望し続ける、人生よ」
「それは、お見事!母上の失望の人生に、乾杯っ!」


テーブルの上においたグラスを勢いよく手に持つと、それを高々と上げて立ち上がり、カラメルカラーの液体を一気に飲み干した。


「わからないわ」
「人生に、迷いはつきものですぞ?・・・その迷いを楽しみ味わうことが、我々を神から遠ざけていく。神から遠ざかるほど、人は迷い、苦しむ。あなたは、人なんですなあ、羨ましい」


力なく、グレートはソファに崩れるように座り、手に持つ、氷だけになったグラスを、からん。からん。と鳴らしながらグラスをまわして遊ぶ。
さえこは、少しばかり首を傾けるような仕種をみせたそれは、グレートに言葉の意味を問う。


「我々は、神を裏切ったものの手によって作られた、産物。存在すること自体が罪・・・、害あるものでしかない・・・。止められた時間は流れることもなく、体は土に還ることをゆるされず。悩み、苦しみ、迷いながらも、曖昧に生き続ける兵器なんですなあ」
「そんな・・・」
「あなたは」


当麻とさえこの言葉が重なった。
さえこは言葉を続け、当麻が口を閉じる。


「何に失望するの?・・・・サイボーグの躯に?」
「・・・酒、に・・ですかな?・・・これで、手に入れた地位と名誉を失い、体を失い、そして今、・・・・自然の土に抱かれて咲き誇る美しき花を、移しかえようとしているのですからな」


グレートは、手の中にあったグラスを両手で包み込む。
じんっと、冷たさが手のひらの熱を刺して、一瞬の戦いの間に、グレートの熱が勝ち進んで氷を溶かす。



「酒は人を魅する悪魔である。うまい毒薬である。心地良い罪悪である。アウグスティヌス、だったかな?」



そう言ったグレートは、ぴく。と、躯を不自然に揺らした後、腰を浮かせて携帯電話を取り出した。
女子高生がつけていそうな、彩り豊かなキャラクターを象った携帯ストラップがじゃらりと、ぶら下がっている。
ジェットの携帯につけられたストラップたちよりも重たそうだ。


「どうやら、全員集合らしい。・・・・・その前に、我輩は一仕事終わらせておきたいのですがねえ、・・・母上殿。大切なご子息のために用意なさったものを、受け取りに向かいたいのですが?」
「あなたが?・・・行くの?・・・・・できる、の?・・・・」
「失望してください、多いに失望してくださって結構ですよ。大根役者の名にかけて、見事ここにお望みのものを持ち帰ってきたあかつきには、ひとつ、このブリテンと、グラスを合わせてくださるのなら、ねえ・・・・、いかがでしょう?」
「・・・とにかく、今はそれを手に入れてきて」
「はは~・・・わが命に代えましても、必ずや!」


芝居がかった、中世の騎士が女王に任務を仰せつかったシーンを演じるかのように床に膝をつき、恭しく頭を下げた。
さえこは、短く弁護士とのやり取りの内容を伝える。
当麻に聞かれても支障がない言葉を使うが、十分にさえこの意を得ることができたグレートは、リビングから退場するときも、役者として、女王に使える誠実な騎士としての、役柄を演じきった。


リビングルームに再び静寂が訪れて、当麻は考える。
















人生はジェットコースター。と、誰が言ったのだろうか?
人生は小説より奇なり。この言葉もよく耳にする。

Life is like a box of chocolate .
これは、映画で有名になった台詞だったと記憶している。


人生はチョコレートの箱、開けてみるまで解らない、という意味。
味わってみないと、わからないではないのか?と、ぼくは思った。




人生は全て次の二つから成り立っている。したいけど、できない。 できるけど、したくない。と、ゲーテは言った。







まるで、今のぼくにぴったりの言葉だ。

したいけど、できない。=知りたいけれど、知ることができない。
できるけれど、したくない。=自ら進んで、今の現状に身を投下させることは簡単だと思うけれど、その一線を越えたときに、ぼくはぼくでい続けられか自信がなかった。

後者の言葉から見ると、前者の、したいけど、できない。=知りたいけれど、知ることができない。の意味が少しばかり変わってくる。



島村は言った。


「彼が”勝手に得た情報は、知りませんよ?・・・・あなたがた”親子の問題”に、我々も関わるつもりはありません。従って、彼が何をしても我々は無関係です」(63)


母は、それに納得していた。
”彼ら”も、ぼくに何を訊かれても、答えてるつもりはないだろう。
それは昨日、”サイボーグ”についていくつか質問をしたときのピュンマ・ギルモアの答え方で知ることができた。


本気では、ないからだろうか?
いや、ぼくはぼくなりに”本気だった。


知りたい、と強く胸を衝きあげる、焦りに似た衝動を抑えることは、意外と簡単なものである。
”知らない”と、言う免罪符を手に、いい逃げることができるからだ。


心地よい響きだ。
知りたいと願うけれども、それを誰も許してはくれなかった。


ふと、思う。
島村は、ぼくにチャンスをくれたのだろうか?
そこまで、彼はぼくのことを考えてくれているのか?


知ろうと思えば、知ることができる環境に身をおきながらも、そこへと踏み込みことができない溝が、・・・・・・・フランソワーズとの埋まらない距離なのだろうか?












開けてはいけない。と、言われた箱を開けるような、好奇心が勝つようような人間ではない。
どちらかといえば、開けてはいけない。と、言う理由を求めて、納得さえすれば、そのままその箱を忘れてしまうことができる、人間だ。




母が、必死で隠していることは、多分・・・・ぼくの出生について。では、ないかと思う。
そして、それが今回のことに関わっているかもしれない。と、予想している。
母がぼくに触れて欲しくないことと言えば、それくらいのことしか、思い浮かばない。

確認したくても、確認できない。=したいけれども、できない。


留学生だった父と、母の一時的なロマンスの末の子ども。
父親は、誰かと尋ねても答えてくれないことが解っていたために、一度も母に訊ねたことなどなかった。が、ある日、突然父方の祖父が訪ねて来たから、会いにいけ。と、母に言われた。


気にしていないフリをしていても、母は気づいていたのかもしれない。

母は、そういう人だ。
突き放しながらも、どこかおどおどとした弱さで、ぼくをかまう。


そして、祖父に会ったことにより、母がつき通そうとしている嘘に、安堵したことを知っている。
知ったところで、何が変わるのか、わからない。
知ったことによって、何が変わるのが、知りたくない。





当麻は、手を伸ばせばとどく距離に座るさえこをちらりと、盗み見る。
さえこは再び膝に抱いていたファイルを開き、それを眺めながら、右手親指の爪をきりっと噛んだ。








ジェットコースターはゆっくりと、ゆっくりと、傾斜の激しいレールを、機械音をきしませながら、上へ上へと上っていく。
どきどきと、高鳴る心臓。
次にやってくるだろうと、予測する、快感と、刺激と、恐怖に。肌を打ち震わせて、喉の渇きにごくりと、生唾を飲み込む。
手に汗をかきながらも、ぎゅっと安全バーを握りしめる”時間”が用意されている。




ぼくには、用意されていたのだろうか?
それとも、ぼくの人生はすべてが今日、この日を迎えるために昇り続けていたのだろうか?








ぼくは今。

人生のジェットコースターが、最大加速で落ちようとしている。
小説よりも奇なり、・・・な、サイボーグとなった人たちと出会い、1人の女性に特別な気持ちを抱いてたために、開けたチョコレートの箱に埋まっているであろう、濃厚に口どけるカカオの苦味を感じている。
淡く甘い砂糖の舌触りをじっくりと深く味わう前に、ぼくの気持ちに答えてくれることなく、さらりと溶けて、苦味しか残っていないから。

そして、人生は全て次の二つから成り立っている。したいけど、できない。 できるけど、したくない。と、言ったゲーテの言葉のほかに・・・、いや、これはヘッセだったかな?
・・・馬で行くこと、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。だが、最後の一歩は自分ひとりで歩かなければならない。と言っていた。
それは、どこかの文章に引用されていたもの。



最後の一歩は自分で歩かなければばならない。

結局は、人生のすべては、したいけれど、できない。できるけれど、したくない。と、自分勝手で放漫なこころを持ちながらも、岐路に立たされたときに選択するのは、他人ではなく、自分自身でしかない。と、言うこと。


他人に決めてもらう、ということでさえ、自分がそのように決めたと、言うこと。



ぼくは人生に、失望したことがあっただろうか?
失望することができるような情熱を、掲げて生きてきたことはあっただろうか?





・・・フランソワーズが島村にいった言葉は、ぼくにも勇気をくれた。

昨日のぼくは、今日のぼくではない。

マリーと出会ったぼくは、彼女に強く惹かれていく。
好きだという気持ちは、変わらない。

マリーでも、フランソワーズでも、彼女は彼女だから。
サイボーグであるかどうかなんて、今のぼくにとって重要なことなんだろうか?

そして、今のぼくにとって、何も知らされていないこの状況の中で何を、すべきか。




フラン、島村が言う君の強さをぼくに少しだけ分けてほしい。










グレートは、さえこから得た情報を手に、ギルモア邸を出て行く前、キッチンに立つ張大人に向かって2時間以内には戻ってこられないかもしれない。と、報告した。が、遅れて戻ったギルモア邸では、”2時間後に邸で”と、指定した本人が姿を現さず、急いで戻ってきたグレートは2発は殴る!と、作った拳にはあっと!息をかけた。














頭上から、ぱあああ、とクラクションを鳴らすバスの音。
カーブの多いうねる車道走る、対向車に注意を促す。


「・・・と、言うことでだ。さえこ殿が望まれたものは、すでに邸。彼女の手にある。・・・・殴っていいか?」
「・・・・後で」
「忘れるなよ、009」


大型車独特のエンジン音が鳴り響き、肌に触れるかふれないかの、ささやかな潮風に混じった排気ガス。
ギルモア邸最寄のバス停に、海岸へ降りる階段が、素人目に見ても、ひどく歪なものが設けられている。

海水浴のシーズンでもなく、影に身を休ませる場所のない海岸では、次第に強まる陽射しと暑さに身を投じる人はなく、時間的にも階段下に集う9人の姿を目撃する人はいなかった。




報告される出来事を、黙って聞きながら短く返事を返す、009と呼ばれる青年、と言うには幼さが残る見栄えのよい顔出ちの、彼が、グレートの報告を聞き終えた後に、ふうっと、息を吐いて考えをまとめる。


「・・彼女は何か言っていた?」
「預かってきたものを渡したが、何も言ってないねえ」
「今、どこにいる?」
「変わらず、リビングルームだ」


007の言葉に、確認するような仕草で、003がギルモア邸がある方向へと首を傾けた。そして、彼の言葉を固定するように頷いた。


「・・・・・篠原は?」
「一緒アルヨ、会話はなかったネ」


009の視線が003へと向けられる。
その視線に、003はもう一度頷いた。


「話を、しているみたい。・・・聴いていましょうか?」
「・・・いや、何を話しているか想像はついてる。今はいい。終わった後にでも、訊けるしね」


さああ、っと波が押しては引いていく。
誘われては、戸惑いに似た間をあけて、その場にとどまる貝殻たち。


009の、”終わった後”と言う言葉に、全員の瞳が、戦士の色を宿す。


「・・・終わらせよう。秀顕の手に繋げられている糸を断ち切る」
「石川斗織じゃ、ねえのかよ?」
「違う、よ・・・。すべては篠原秀顕が、だよ」
「石川と、篠原秀顕は繋がっていたアルヨ・・・、それはわかっていたネ」
「篠原さえこと連絡がつかない。石川がそっちに連絡を取る。自然な流れだ。篠原秀顕が動くことになる。」
「そもそも、秀顕氏がさえこ殿と石川の動きを知らない方がおかしいからなあ・・・。なんだかんだ言っても、篠原のトップはさえこの父上、現役の秀顕氏だし。それに津田海の足も知っているんだからして・・」
「あやめ祭の企画も、理事長兼経営者である彼が知らないはずないよね、あやめ祭の後にすぐ、篠原グループ恒例の”パーティ”が開かれる。パーティの後、篠原グループは今よりも大きくなるんだ・・・。それは、篠原先輩のお母さん、さえこが会社に入る以前から、ずっと続いてきたことで、そんな成長の仕方は不自然だよ」
「・・・009に送られてきた”8つ目の景品の映像”はどこからか、まだ確認されていないわ」
「好き勝手やってやがる、ワンマン社長なんだろっ!そいつ。・・・そんなヤツが、かよ?そいつが今回の、黒幕っつうのかよ?」
<拾イ集メタぴーすノ中ニハ、タマニ 違ウ物モ紛レ込ンデ イタリモスル。ソレハ 偶然ジャナイ。必要ダカラ、紛レテイルンダ> 
「ここ何年か、篠原秀顕は役立たずな、”名前だけ”の人間に成り下がって、引退の噂もあっただろ?オレたちは確かにマークはしていたが、それほど石川、さえこのように重要視していなかったはずだぞ。・・・・003のメンテナンスを挟んだが・・・オレたちが外を走り回っている間、お前さんは動かずにずっと邸に居続けた。その理由が、そこにあるんだな、009?」


004は短くなった煙草の、最後の毒を吸い上げた。


「みんなを走り回らせて、俺はのんびり邸で珈琲を飲んでいた。と、言いたい?・・・間違ってはないと思うけど」









何本もの”見えない糸”を使って操る。
マリオネットを動かすために。


自分の思い通りのままに。



手、足、腰、首、頭・・・・・・。



それらは上へと伸びていき、操る”人”の指に絡まる。



繋がれている場所は違うが、目的はひとつ。
人形を立たせて、歩かせる。

踊らせる。

部位にばらばらに繋げられていても、実際は、ひとつの”人形”を動かすための1本の糸。



「・・・手短に説明する。真相は本人、秀顕から訊いた方が確実だし、ね」















####


藍色に少しばかりの白を混ぜた、曖昧に濁る空の色はじめじめとした湿気を含み、微かに街に流れる風は、不快感意外のなにものでもない。

ベッドサイドに置かれた安物のデジタル時計の数字が、黄緑色に薄光る。
ルームライトがつけられていない部屋に、徐々に浮かび上がる時間は、その部屋の主、石川斗織を時の檻に縫い止めているようにみえる。


握りしめていた携帯電話を手からやっとの思いで引きはがすことに成功したのは、篠原さえこからの電話を受け取り、彼女の父親である、秀顕に連絡をとった後。


秀顕がプライベートで使用する番号を、初めて使った。
それほどに、石川は切羽詰まっていた。が、彼の不安や焦りなど微塵も気にする風もなく、秀顕は一言だけを石川斗織に残して、一方的に電話を切った。


「22時に、本社へ来い」







石川斗織の口から報告した言葉の1/10にも満たない。
あの、さえこの父親だ。
と、知りつつも、さえこに黙って通じていたが、なんとも情けなくなってくる。


結局は、自分には何も残らない。
そう、何もないのだ。




”篠原”がないと、何もない。






必死でしがみついた。

会うことが願わなかった、父を追いかけるために。
成長とともに枯れてゆく、天才の名を残すために。

自分と言う人間の存在を、認めさせるために。






石川斗織は、”篠原”の闇に近づくために、さえこへと計画的に近づいた。
その束の間の、自分が”アンディ”であった最後の時間を、斗織は一生忘れないだろう。

篠原の正当な一人娘である、利用するためだけの存在であったさえこを、可愛いと思い、彼女が抱えていた孤独にも同情し、こころを砕いて思い寄せ合う中になったために、淡い期待のような、自分の中に見いだした、男として異性に好感を持つ感情に触れた気がした。が、それでも、彼女を”篠原”の娘としてしか見られない自分が、いた。

別の道で自分を見いだしてくれる女性を、さえこから紹介された。
彼女の名前は、美涼。










美涼を一目見た瞬間に、全身で彼女を求める自分に戸惑った。


利用するために近づいたさえこにたいして、申し訳ない気持ちになった自分に驚き、同情以外の好意ある感情が、自分の予想を超えて遥かに深かったことに狼狽したことを、忘れることができない。
その気持ちがあったからこそ、未だに”関係”がある。


”篠原”の娘としての彼女ではない、さえこ。との、関係だ。





それは最愛の人であった美涼への当てつけだろうか?







初めて人を、女を、本気で愛し、今までの人生に勝ち得てきたもの、すべてを捨て、ともに生きようと想いを告げる前に、道は分かれた。

分かれるも何も、はじめから道は、少しばかりの角でふれあっていただけのものだった。






運命は、”篠原”から逃れられない。




いや、篠原秀顕から逃れられない。
それを、運命と呼ぶべきか。


自分が選んだ道である。と、言い切れない力を感じる。
それが、”B.G(ブラック・ゴースト)”の力なのだろうか。



美凉は、さえこと同じ、篠原の血を引く娘であり、我が子と変わりなく深い愛情をそそいで育てくれた養父の会社を、”篠原”に潰されないために、自分とさえこの見張り役として近づいた、女。




さえこは、何も知らなっただろう。
いや、未だに知らないのかもしれない。













自分の彼女への気持ちは、本物だった。
何もない自分だからこそ、自分が持つすべては、自分であることだけだった。

斗織がすべてを捧げた、夜。
白の波間に交換しあった熱が冷める間もなく、告げられた美凉の言葉が、始まりだった。と、斗織は振り返る。








さえこは、何も知らない。


可愛そうな女だ。と、石川は思う。



ーーー今、どこで何をしているのだろうか?


苛立ちや怒りに、頭に血が上っている状態では、感じられなかったこころの動きに、今、気がついた。
とにかく、篠原秀顕と連絡がついたことが、斗織に冷静さを取り戻したのであろう。


さえこのことを考えるたびに、同情は愛情とひどく似た感情であると感じてならない。
”篠原”の全面援助でドイツ留学から一時帰国したとき、交換留学生との間に生まれた息子だと言い、当麻を連れて現れた。

斗織が初めて当麻に会ったのは、彼が4歳になるかならないかのとき。
自分の子ではないと知ったとき、安堵するよりもショックだったことを、今頃になって思い出す。





婚約はしてはいたが、その彼女が別の男と子を成したことで裏切られた。とは、思わなかった。
そういう女だ。とは、思った。

孤独と肌寂しさを埋めるのに、一番簡単な方法を彼女はよく知っている。


・・・それ以前に、さえこは子どもが望めない女であることを知っているのは、婚約者の自分だけである。

100%望めない、わけではない。
確率が低く、その数字が”奇跡”と言う言葉を頼るしかない数字であっただけだ。

奇跡が、起きたのだろう・・・・。





今まで考えたことなど、なかった。



「・・・もしも、さえこが産んでないんだったら、誰の子なんだ?」








あらぬ方向へと思考の糸に搦め囚られていた意識を解放させたのは、携帯電話の着信音。

ぎくん。と、体が跳ねて心臓が痛んだ。
液晶画面には、非通知の文字。


行方知れずのさえこでも、津田海でも、ないことは明らかだった。



自分に用件がある内容であれば、メッセージを残すだろうと、携帯電話には出なかった。
数えなかったコール音は、成り続けて、ぷつり。と、切れた。

鳴らなくなった携帯電話を手にして、石川斗織は慌ててホテルの部屋から飛び出した。
時間は確実に歩を進めて、約束の時間を知らせようとしていたために。




飛び乗るようにして運転席に体をねじ込み、キーを差し込み捻る。
こういうときに限って、メーターが赤いラインに触れようとしていために、3ブロック先にあるガソリンスタンドへ寄らなければならなくなった事に、苦々しく舌打ちした。

高速が近くを通っているのと、少しばかり住宅地から離れているためか、スピードを出す車が多く、ホテルの駐車場を出るのにしばし時間を要する。1ブロック先に信号機の一つでもあればいいのでだが、生憎、肉眼で色を確かめることが難しい距離にそれはある。

込み合う時間帯ではなかったが、週末ということもあり行き交う車はなかなか、斗織がアクセルを踏むきっかけを与えてはくれなかった。

ちらり。と、車内のデジタル時計に視線を投げる。
約束の時間には間に合いそうもない。


普段なら焦り、無理にでも車を前進させて道路へ出ようとするが、今夜は変に体内が冷めていた。
ホテルに閉じこもり、必死で篠原さえこ、津田海の行方を探していたために、奪われた体力は熱を作るほどの力が残ってないのかもしれない。


もう一度、渇ききった咥内で舌打ちを打った。
上あごに舌が張り付きそうな感触。

唾液を求めるように、喉に力を入れて、咥内を真空状態にし吸い上げるが、何も得られない。



不意に、自分を絡めていた思考の糸が再び、足首に巻き付いてきたように感じる。



胸をハンドルに近づけて抱え込むようにして、車の往来を確認する。
強く放たれるカーライトに、ときおり白の世界に引きづり込まれるが、瞬息の間に聞くエンジン音と、路面を削り合うゴムの音に、助けられる。


シルバーの国産車が去った後、ひた。と、斗織の前に空間ができた。
その機を逃すことなく、アクセルを踏み込んだ。









ハレーションを起こす視界に、足首に巻き付いていた糸が全身を繭のように斗織を包み込んだ。









何本もの”見えない糸”を使って操る。
マリオネットを動かすために。


自分の思い通りのままに。



手、足、腰、首、頭・・・・・・。



それらは上へと伸びていき、操る”人”の指に絡まる。



繋がれている場所は違うが、目的はひとつ。
人形を立たせて、歩かせる。

踊らせる。

部位にばらばらに繋げられていても、実際は、ひとつの”人形”を動かすための1本の糸。





すべてに、理由がある。









人形を歩かせる、理由が。






糸は1本。
繋がれている場所に、惑わされるな。



あやつる指は、舞台からは見えない。
煌々と輝く表舞台のライトの陰にかくれた指先は、誰のもの?













目的は、サイボーグ。
再び、サイボーグをこの世に作り出そうという動きは、誰の手によって?



























「お目にかかれて光栄ですな、サイボーグ、・・・・00・・・?すまないねえ、誰が何番なのか、分からないんだが・・・まさか”生きていた”とは、・・・失礼。いやはや、この目が老いてしまったものであるがために、疑い深くてね」









====69へ続く





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