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手をつなぐ/特別なことじゃないけれど
「え?」


手に持ったメモから視線を外して、彼女を見た。


「前に確か、友達にフランス人がいるとか、どうとか言ってなかった、島村くん?」


明るく染めた髪を緩く巻いて少し甘いけれど、どこか胸をくすぐられる香りを身につけている、彼女。
一度、そのポーチから転がった手のひらに乗るダイヤモンドカット型のピンク色のボトルを拾った事がある。


「そういえば、そんな話しをしたね、うん。いるよ」


初めて彼女に会ったとき、こぼれ落ちそうに大きな碧の瞳の人がたまに購入する雑誌から出て来たような印象を持った。


「オオガミ教授がどうしてもこの作家の文を引用したいって。でも、原文じゃなくて日本語がいいらしいの。すでに出版されている翻訳があるんだけど気に入らないらしくって・・・。母国語がフランス語で、日本語が堪能な人に翻訳し直してもらいたいって言われて・・」


彼女から差し出した文庫本。
艶やかに少しのばした爪がベージュピンクにグラデーションしている。
研究室にくる女子大学生に囲まれていたときに、不意に耳に入った情報から、 ネイリストという職業の妹さんがいるらしい。

個人情報を無意識に収集する癖は、どうしても避けられない。けれど、それが悪い事ではないと意識できたのは、会話のない空気にちょっと息が詰まりそうになったときの使用したときだった。

私はいつも妹の練習台なのよ!と、困ったように笑いながら答えていた。
”ネイルサロン”なんて店と、ネイリストという職業ががあることを初めて知った日になった。


「また色が変わってる」
「あ、うん。昨日もまた妹の練習台になったの。最近はスカルプやジェルをしたがって、困ってるの」
「?」


コズミ博士を通して紹介されたバイト先。
雑用係のアルバイトとして週2回、火、木曜日に訪れる都内の大学。
最近はジョーが雇われている研究室の多忙により、ほぼ毎日通っている。


水沢美奈子は緩く巻いた髪を撫でるようにして耳にかけながら、クスクスと微笑む。
目の前にいる彼の反応が新鮮で面白いからだ。


「・・・・それで、ええっと...?」


解析するのも戸惑う単語が出てきたのでジョーは話を戻す。


「ええ、っと、そうそう。・・・もしも島村くんの、知り合いのフランス人の方が日本語に不自由ないのなら、お願いできないかな?」
「・・・日本語はばっちり、話せるけれど、翻訳となると・・・大丈夫だとは思うけれど」


美奈子が座っていたデスクから立ち上がったので、彼女のお気に入りのベビードールの香りがふうわりと、ジョーに届いた。


「周りに、なかなかいなくって・・・そんなかしこまったものじゃなの。いくつかの翻訳をみてもらって、それらをよりオオガミ教授好みに仕上げてもらう、みたいな形で。だから、ねえ、島村くんのお友達にお願いできない?」
「・・・」
「?」


両手を顔前で合わせて、片目を閉じて”お願い”の仕種。


「・・・うん、聞いてみるよ」
「よかった!」


満面の笑みで微笑んだ美奈子は、ジョーの服の袖を掴んで次の資料の整理に必要な備品をリストアップする事を頼んだ。






####


間を空けず、フランソワーズは短く「Oui」と、答えた。


ギルモア博士も反対することもなく、どちからと言えば、フランソワーズがそれを引き受けたことを喜んでいるように思える。

その日のうちに研究室の秘書である、水沢美奈子の携帯電話に連絡を入れた。教授のスケジュールに合わせた、翌週の火曜日。


フランソワーズを連れての大学出勤となったジョー。
普段は電車とバスを使うが、ジョーは車でいくことに決めていた。


ギルモア邸の正門前に書庫から出された車を目にして、フランソワーズは少し驚いていた。


「あら、電車じゃないの?」
「車でいくんだよ」
「どうして?私、ちょっと楽しみだったのに・・・」
「楽しみ?」


助手席のドアを開けながら、ジョーは不思議そうにフランソワーズを見る。


「”通勤ラッシュ”で、ぎゅうぎゅうされるの!カーブのときに、こう、押されて、もうっ痛いじゃないっ、近づかないでよっおじさん、鞄がじゃま!!新聞読まないでよ、迷惑だわ~!なんて思うのよ?」
「・・・フランソワーズ・・・ドラマの見過ぎだよ、それ」
「残念ね、せっかくの日本なのに・・・・違うの?」
「いいから、早く乗って」




---だから、車なんだよ。あんな電車になんか乗せられないって・・・・。




フランソワーズを助手席に押し込んで、早々にアクセルを踏みジョーは車を走らせた。









ハンドルを握る手が意味の分からない緊張で汗ばみ、気持ちが悪い。
何度も膝のジーンズに擦りつけて拭う。



”おでかけ”
”初めての大学”
”プライベートにいく知らない街”に、フランソワーズのこころは浮き立っている。


助手席で調子が外れた鼻歌を歌いながら、車窓から見る街に大きな瞳をさらに大きくして好奇心に輝かせた碧。
まるで子猫が初めて猫じゃらしで遊んでもらったような、昂揚感に満ちている。

お気に入りのワンピース(シフォンの薄い藤色がかった、ふわふわした感じの裾に小花が散った)を着たフランソワーズは、すごく可愛いい。と、ジョーは目を細めて彼女を見る。

自分が胸に秘める感想を、邸に住んでいる仲間たちはいとも簡単に言葉にしてフランソワーズへと贈り、彼女を喜ばせた。が、まだ一度も、そのワンピースを着たフランソワーズにたいして、ジョーは言葉をかけたことがない。



「ねえ、ジョー・・どうしたの?気分でも悪いの?」


いつもなら車中で何かしら話しかけてくるはずのジョーが、20分ほど車を走らせているにも関わらず、一言も声をかけてこないのでランソワーズは不安になった。


「別に、悪くないよ」
「変なの。・・・・朝ご飯、足りなかったのかしら?」
「別に、変じゃないよ」
「ねえ、大学構内を案内してね?私、日本の大学なんて知らないもの!」
「時間があったらね」
「あるわよっ!ね?絶対にね?ね?ね?」
「・・・忙しくなかったら」
「も!意地悪ねっ」


ぷい。と、フランソワーズは再び窓の外の世界へと、こころを移す。





信号が赤に変わった。
アクセルから足を離して、ブレーキに乗せる。

ちらり。と、助手席に座る、フランソワーズに視線を送ると、いつの間にか自分を見つめられている碧に心臓が跳ねる。



「熱は、ないのよね?」



のびてきた白の、柔らかな手の感触が長い前髪を揺らすことなく、するりと滑り込んでジョーの額にあてられた。



車内に満ちるのはフランソワーズと言う名の香り。
このまま大学なんかにいかないでどこかへ隠してしまいたい。


「運転できないからっ」
「あ、ごめんなさいっ」





---どうして今日、そのワンピースを着るんだよ?







####


1時限目に間に合うように、急がなければならない学生たちの遅刻が決定する。
原因は、朝の陽の光を弾き綺羅めく蜂蜜色の髪の人のせい。


「広い!すっごく広いのね!!」


両手を広げてくるくるっと、回ってみせる彼女。
ふうわり、とスカートが広がり、膝下長い芸術的な足がジョーの目に飛び込んできた。


「・・・フランソワーズ、声大きいっ、スカートっっ・・・」


そんな彼女を追いかけてジョーは彼女の隣に立って注意する。
ジョーのお小言右から左に聞きながしながら、落ち着かない様子のフランソワーズ。


「ね、お昼は”学食”に連れて行ってね!!ね?」
「そんな単語、いつ覚えたの?」
「月9!」
「・・・ああ、グレートが中古で引き取ってきたビデオのだっけ?」
「大学と言えば、学食よ!」
「いや、勉強でしょ?」


車の中でのジョーは無口で、機嫌が悪いのだと思っていたフランソワーズだったが、今はいつもの彼である様子に、ほっと安堵する。


「あら、ご飯は大切なのよ?お腹がすいたら勉強できないもの!」
「アイスクリームはないよ?」
「それは多いに学生たちの勉強の意欲を削いでしまう、重大な問題だわ!」


ぷうっと、頬を膨らませて真剣に抗議する姿にジョーは微笑んだ。


「別に、アイスクリームを食べなくても勉強できるよ、アイスぐらいで勉強ができなくなる方が問題」
「できなくなるわ!」
「フランソワーズが、だろ。それってさ」


ジョーの目に、フランソワーズの背に純白の小さな翼が見える。
重力なんか感じさせない、不思議な歩き方。

踊るように、優雅に、ゆったりと、しなやかに。



フランソワーズへと送られる多くの(異性からの)視線に、その視線の先の人は、まったく気にしていない様子。

フランソワーズと一緒にいる限り、それらの視線を避けることも、逃れることもできない。
彼女が、彼女であるゆえに。
そして、そんな彼女の隣を歩くために。




気づいていないのだろうか?と、ジョーは不思議で仕方がないが、”慣れている”のだろうか?とも、思う。


「・・・・フランソワーズ、大丈夫?」
「なあに?」


今にも歌い出しそうなほどに、ご機嫌なフランソワーズ。とは、逆にジョーの機嫌が斜めになってくる。



---なあに?じゃないだろ・・・。
   


社会(マナー)を知らない学生のアカラサマに投げつけてくる、”意味”のある視線が、自分のこころの奥底にかくして気づかない”ふり”をしている、それを無理矢理こじ開けようとする。

先ほど自分たちとすれ違った男子学生の言葉。



”うおっすっげっ!!外人っ”
”やりて~っ、あんな子と一回でいいから、やってみてえよな!”




003である彼女が、聞こえてないはずない。












「ジョー?・・・具合が悪いのじゃなくて?」


急に黙りこんでしまったジョーを見上げてたフランソワーズは、歩みを止めて軽やかにジョーの正面に立つ。
細くて折れてしまいそうな、踵のあるサンダルにも関わらず、トウで立つように、精一杯背伸びをした。

見惚れるほどに美しい動きで、ジョーの両頬を捉えると、引き寄せる。
ジョーのおでこに、こつん。と、あてられたのは、フランソワーズのおでこ。



「ん~~・・・ちょっと熱いかしら?」



フランソワーズの碧の瞳しかない世界。








「え?ええ、えええ?ええええっ?ジョーっ?!」



”人間”なら、病院送りになってるかもしれないほどに、ジョーの体温が一気に上昇。






キミがあまりにも、可愛くて。
キミが花のように、微笑んで。



そのワンピースが似合いすぎるんだよ。



だから、さ。
なんて言うか・・・。



くっそっっっ!
ボクはさっきのヤツラと、ちがっっっ・・・・。






・・・・・う。勘弁してよ・・。











まったく・・・。
迷惑なくらい可愛いんだよ、キミは・・・・。





奇妙な男の独占欲。
お洒落をして、いつも以上に可愛い彼女だから。








それもこれも似合いすぎる、そのワンピースのせいだ!!
普段ボクとでかけるとき、それ、着ないくせに。


他のメンバーとなんて、ちょっと駅前に。でも、着ていく癖にさ。


「離れろって・・・こんなところでっ」
「ジョー・・・大丈夫???」


フランソワーズの気遣いなど無視してジョーは早足に研究室へと歩き出した。







####


「世の中には本当にお人形のような人がいるのね・・・びっくりちゃった。それに、島村君のお友達が、女の子だったのも、ね」
「え?」
「男の人だと思ってのよ。・・だって、島村君、一度も彼女の名前とか話し、したことないじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうよ、・・・一度もないわ、秘密だったのかしら?」
「いや、別に・・?」
「でも、どこで知り合ったの?フランスの女の子なんて」


水沢美奈子にフランソワーズを紹介した後、彼女は教授の部屋へと案内された。
オオガミ教授が”男”でなくてよかった。と、今更ながら思いつつ、ジョーはいつものように、研究室の雑用に精を出す。


頭を切り替えるには、ちょうどいい。





研究室の秘書である水沢に頼まれて、大量にコピーした書類を14枚1パックにする作業が続いている。
テーブルに並べた書類を一枚ずつまとめて、それを地道にホッチキスでとめていく。


「コピーしたのをそのまま自動でパッケージにしてくれるのがあるんですって、次回の予算で買ってくれないかしら・・・」


ポーチから取り出したハンドクリームを手の甲に出して、薄く伸ばす。
そんな美奈子の仕種を見ながらジョーの手は動き続けた。


「それで、彼女とはどこで知り合ったの?」
「・・・共通の友人が多くて」
「ふうん・・・。そうなんだ・・・、お友達、なのよね?」
「・・・うん、まあ、・・・そうか、な・・・」


ホッチキスが、ぱちん。と、鳴る。

重ね上げられていく書類を目にして、壁にかけられている時計を見上げた。
まだ、フランソワーズが部屋に行って15分ほどしか経っていない。


ばちん。と、美奈子のホッチキスが鳴る。


「可愛い人だったわ。きらきらしてて」
「・・・そう?」


心の中では、ジョーは大きく頷くが、それを顔に、態度には出さない。


「目がとっても大きいし、綺麗な・・・ずっとちっちゃいころ、兄のビー玉があまりにも綺麗な碧色だったの、それが欲しくて仕方なくって、・・・そんなこと思い出しちゃったわ」


ぱらぱらぱら、と、まとめた紙が全部そろっているかチェックする。
再び、ばちん。と、ホッチキスが、鳴る。


4階にある研究室前にある、視聴覚室に2人きり。
ジョーは美奈子から仕事を頼まれることが多く、2人で作業することが少なくない。


「顔から落っこちそうだよね」
「!」


ジョーの発言に驚いて手に集めていた紙から視線を上げ、笑った美奈子。


「よく目にゴミが入るって、こするんだ、駄目だって言うのに・・・」


瞳をこする仕草のフランソワーズが、ぽん。と、ジョーの目の前に現れて、にやけそうになるのを、我慢する。


「・・・よく会ってるの?」


ジョーの表情が、柔らかくなったことを見逃さない。


「会ってるっていうか・・・」


美奈子の言葉がジョーの頭に、ウィキペディアで調べた”同棲”の言葉を思い出させた。
慌ててその言葉を、ジョーは掻き消す。


「どうしたの?」


ジョーの手の動きが止まったのを、不思議そうに見た、美奈子。
こころなしか、彼の頬が紅い。


「う・・ん、と、あの・・・・・まあ、お世話になってる人がいて」
「ああ、島村君をこの研究室に紹介してくれた、コズミ博士?」
「の、友人がボクの身元保証人、みたいな人で、・・・彼女も同じなんだ」
「え?」
「日本に彼女にいるのは、そういうことで、それで、ボクと同じ人とお世話になっているから、その・・・」
「?」
「そういうこと、なんだよ」


ジョーの手が、止まっていた分を取り戻すかのように、動き出した。


「ふうん・・・、なんだか意味深」


美奈子はそれ以上、ジョーを追求するようなことをしない。


「べ、別にっ・・・・そんなことないよっ・・ちょっと複雑なだけ、かな?」
「複雑、ねえ・・・複雑・・・・」


ばちん。と、ホッチキスが鳴る。


パッケージとなった書類を箱に収めて、それを手に視聴覚室を出る。
研究室内の美奈子のデスクに、作業前にはなかったカラフルなポストイットが、大量に張られていた。


「その箱は、間違えないように、その棚に置いておいてくれる?」
「メモしておこうか?」
「う~ん、使うのは午後、すぐだから」
「メモしておきます」
「あはは、お願いね」


ぺぺぺっっと、張られていたポストイットのメモを取り目を通す。


「忙しいなぁ・・・」


美奈子は、ふうっと、溜め息をついて、デスクに座る。


「もう、こんな時間なんだ・・」
「お昼までに、やらなくちゃいけないのは・・・」
「午後の会議に出す珈琲の用意?」


箱にマジックでキュキュっと簡単に印をつけたジョーは、それを棚にしまいながら訊ねる。


「それもだけど、さっきのパッケージと、スライドモニターに、ビデオデッキ・・・、北館の会議室は古いから嫌なのよねえ・・・あと・・・」
「PCは使うのかな?」
「聞いてないわ・・今日はいらないと思うのだけど」
「一応、確認しておきます」
「発表するのは、ウノ教授と、サガミ助教授に・・・」
「お見えになられるゲストの方が使われるのなら、用意して置いた方がいいかもね。それだと、北館だから、プロジェクターを運ばないといけないと思うけど・・」


美奈子は、ポストイットをデスクの上のスケジュール表に張り直しながら、微笑んだ。


「助かるわ・・ホント。島村君の前の人は機械類まったく駄目だったから、そういうことまで頭まわらなかったのよね・・・」
「運ぶのに、人手がいるかも」
「セミナーの学生が手伝ってくれるわ」
「聴講できるんだ」
「ウノ教授のグループだけね」
「へぇ・・・」
「興味あるなら、島村君も参加して大丈夫よ?」
「いや、フランソワーズがいるから、今日は・・・」


美奈子は、じっとジョーを見た。
ジョーは美奈子のデスク前に立ち彼女の視線を受け止める。


「?」
「アルヌールさん」
「?」
「アルヌールさん」
「え?・・・」
「私の名前は?」


きょとん、と。何度か瞬きを繰りかえした、ジョー。


「・・・水沢さん、ですよね?・・・・え?」
「そうよ、水沢です。だから、アルヌールさん」
「え?・・・」
「女の子のファースト・ネームを呼び捨てで、お友達なの?」
「え・・・・ええっと、・・え?」
「じゃあ、私のことせめて”美奈子さん”でもいいわよね?」
「あの、でも、それは・・・彼女は、その・・・」
「美奈子、でもいいんだけどなあ・・・」
「!?」


上目遣いに、ジョーを見る。
固まったジョーに小さく溜め息をついた美奈子はデスクの上にある、スヌーピーが赤い屋根に寝そべっている、時計に視線を移した。


「お昼前には終わるって、言ってたから、そろそろ”アルヌール”さん、戻って来ると思うけど?」


美奈子の言葉の30分後にフランソワーズはオオガミ教授の部屋から出て来た。
ちょうど、ジョーは美奈子とともに、午後に必要と思われる機材のチェックをしていたときだった。


「ジョーっ」


彼の名を呼びながら、まっすぐに駆け寄ってくるフランソワーズの姿を視界に捕らえて、ジョーを見ていた。


「おかえり」


ほっと、したような。嬉しそうな。
照れたような、笑みを浮かべて、ジョーはフランソワーズを出迎えた。


「ただいまっ!」


フランソワーズが研究室に入って来た途端、いつも薄暗く感じる部屋が天井を吹っ飛ばして、春のような柔らかくあたたかな陽の光を部屋中に満たしたように思えた。


「おつかれさま」
「フフッ♪変な気分だわ」


ぴょん、と、跳ねるようにしてジョーの前に立つ。と、躯の向きをフランソワーズに向かい合うように動かした、ジョー。
美奈子の視線がジョーから、フランソワーズへと移った。


「変?」
「だって、いつもと立場が逆だもの!」
「ん?」
「そうでしょう?いつも、私が”おかえりなさい”で、”おつかれさま”でしょう?」
「ああ、そういえば・・・そうかもね」
「で?」
「で、なに?」
「それと?」
「それと・・・?」
「おかえりなさい、おつかれさま、それと?」


おねだりでもするように、ジョーに次の言葉を催促するフランソワーズ。


「ああ、そっか。どうだった?ちゃんとできた?またトンチンカンな事を言ったりしてない?教授にご迷惑をおかけしていないか、心配で、胃が痛かったんだけど?」
「違うわ!!それにっ”トンチンカンな”は余計なのっ・・・・・」


口紅も、グロスもつけていないくちびるだけれども、愛らしいチェリーカラーをつん!と尖らせたが、すぐに、顔色を変えて、こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳を悩ましげに、瞬かせた。
彼はくすくすと笑いながら、ぽんぽん、と、フランソワーズの肩、というよりも二の腕を撫でるようたたいた。


「そうだ・・約束の、学食に連れて行ってあげるよ?ちょうどいい時間だし、今日の分はこれで、終わりだからね」
「!」


確認するように、美奈子をみたジョー。



「あ、島村君」


ジョーの肘に伸びた美奈子の手。


「アルヌールさんを紹介してくれたんだもの、お昼、ごちそうするわ。学食じゃなくて外へいきましょう?」


美奈子は手をジョーの腕に添えた。


「・・・フランソワーズ・・に、学食に連れて行くことを約束していたんです、彼女も・・」
「でも、せっかく来てくださったのに、学食なんて。お礼もしたいの。・・ほら!この間、大塚さんたちと行ったレストランはどうかしら?」
「えっといつの?」
「この間よ!」
「この間って・・しょっちゅう大塚さんたちに昼ご飯を連れて行ってもらうからなあ・・・」
「もう、島村君っ!ほらあ、すごく美味しいランチセットがある、日替わりのよ!」


困ったなあ、思い出せないよ。と、笑うジョー。
美奈子はジョーの服を引っ張るようにして、なんとかしてジョーが思い出すように、色々なアイテムを投げかける。

フランソワーズの視線が、ジョーの腕に甘えるように巻き付いた、彼女の手に、向かったと同時に、早口に言う。


「じゃあ、私は学食行くから、ジョーは外へ行って来たらいいわ!」
「っフランソワーズ」
「お昼を食べたら、そのまま帰るんだもの!別行動しましょ!どうせジョーは午後もお仕事でしょう?」


花が咲くようにわらってみせた。


「・・・今日は午前中まで、ってお願いしてる。から、仕事はないんだよ」
「え?・・・島村君、午後は戻ってこないの?」
「聞いてませんか?」
「いえ、知っていたけど・・・あの、準備を手伝ってくれるのかと思っていたのよ・・・その・・・」


美奈子の視線は碧の瞳を不安げに見つめた。
”おかりなさい、ただいま”を言う合う関係と知って、美奈子の胸は穏やかではない。





美奈子の視線から、嫌でも女である、”感”が働く。


---つれて帰る?どうして?どこへ?なぜ?貴女と彼は?


そんな必要あるの?








ないわよ、別に・・・。
ジョーが私を子ども扱いしてるだけだもんっ。





フランソワーズは投げかけられた視線から逃れるように、そろり。と、一歩、後退して、研究室から出て行こうとする。


「ドコヘ行くの?」


ジョーは美奈子にむけていた視線を、フランソワーズへと戻し、振り返って腕を伸ばし、彼女の手を、しっかりと握ることで、捕まえた。

美奈子の腕を振りとくようにして。


「学食っ」
「どこにあるか、知ってる?」
「聞くわっ」
「誰にさ?」
「誰でも、大学内の人だったらみんな知ってるでしょ?」


ジョーに握られた手が、嬉しいけれど、イヤだった。
水沢美奈子に見られている。


嫌でたまらない。








「ありがとう、水沢さん。その気持ちだけフランソワーズと一緒に受けとっておくよ」
・・・ジョー?

美奈子はジョーの言葉に驚きの視線を、フランソワーズの双眸とほぼ同時にジョーへとむけた。


「学食へ行くのを楽しみにしていたし、約束していたから。それに、午後の準備はこれで十分だと思う。セミナーの人たちが助けてくれるなら、ボクの出番はないし。・・・申し訳ないけれど、予定通りに帰らせてもらいます。ちゃんとフランソワーズを家までつれて帰らないと。彼女をここまで連れて来たのは、ボクだから」


そうだろう?と、フランソワーズに問いかけの視線を投げかけて、微笑んだ、ジョー。
少しだけ、さっきよりも力を入れて握られた、フランソワーズの手。

そっと、ジョーの手を握り返したフランソワーズは、こくん。と、頷いた。
温かくて、強い、しっかりと握ってくれている手が、009のものでなく、ジョーである、彼の、手。



頷いたまま、頭を上げることができない、フランソワーズ。




「ん?・・・大丈夫だよ。心配しなくてもちゃんと、邸まで送るから。そのために、車で来たんだよ?フランソワーズを1人にさせるようなこと、しないから」
・・・・そうよ、ね


小さく呟いた。


美奈子が、納得したかのように、緊張をといた。
彼女は、ここまで連れて来た”責任感”から、自分の誘いを断ったのだと思う。




---ジョーは009だもん、優しいもの・・・・・・だけど。


---キミを1人で大学内を歩かせるなんて、誰がするもんか!・・・・それに。



















それに?


「行こうか?それじゃあ、水沢さん、また木曜日に」
「ええ・・・、今日はありがとうございました、アルヌールさん。また日を改めてお礼をさせてくださいね」
「・・・・失礼します」




手を繋いだまま歩き始める。
美奈子の視線がそこへ絡まる。

研究室を出て、校舎の廊下を歩き、キャンパスを、手を繋いで歩く。














だけど?



「おうっ島村っ・・って・・・何だッお前、彼女がいたのかよっ!っひゃ~っ可愛いじゃんっ」
「ぼ、ボク達は別にっ!」
「あ、あの・・っっ!!」

手が離れると思った。
けれど、繋がれた手を、ジョーは自分の背に隠しただけで、離さなかった。


どちらとも、離せなかった。


ちらり、と。ジョーはフランソワーズを見る。
ほぼ同じタイミングで、フランソワーズもジョーを見上げた。








微笑み合って、誤摩化す。
まだ、言葉にする勇気がないために。






---それに、キミと大学へなんて・・・まるで、さ・・・なんと言うか、まあ、よく考えると・・・。



---だけど、リーダーの責任と言うだけじゃないって、少しだけ思ってもいいのかしら?だって・・・。






だって私たち。
手を繋いで・・・大学内を歩いて、まるで普通の・・恋人同士みたい。

手を繋ぐなんて、そんなに特別なことじゃないのに、ね。


「・・・よく似合ってるよ、その、ワンピース」
「!」





手を繋ぎ続けていることを、誤摩化すように早口に言った。


「みんなみたいに、何も言ってくれないから・・・似合わないんだと思ってたわ」
「・・・違うよ」
「だって、何も言ってくれないもの」
「あの、さ・・・」
「なあに?」
「うっ。・・・・・あ、え。うん、あの。」
「?」
「・・・・・・・いいかな?」
「なにが?」
「その、ええっと、あ。の、この、ままでも、さ?」


長い前髪に、紅く火照る顔を隠す。


「変なジョー!」
「あっ!」


繋いでいた手を、ぱっと離して、フランソワーズはジョーの腕を抱きしめた。


「ね!学食で、私ね、カレーうどんなの!」














end.


*おまけ*


「!」
「フランっ」
「ジョー、熱いわ!!朝、調子が悪いみたいだったしっ、具合が悪いの我慢してるのね?!」
「駄目!博士に診ていただかなくっちゃ!!」


抱きしめた腕を引っぱりながら、フランソワーズは車を停めている方向へと歩き出した。


「フランソワーズ!!」


抵抗するジョーの腕を、さらに強く抱きしめる。と、ジョーの顔がさらに茹で上がる。


「ほら!きっとたくさん熱があるんだわっ」






いやっ!!
違うっs!!!
腕にっ。

腕にっ!


そのワンピースって!言うかっ・・・強くっ押しつけっっるっなああああああっ!!




ヤバいっ





腕に、その、感触っ・・・・っ!



やばいんだよっ!!





見かけより、フランソワーズって・・・・、いがいと・・。
ジェットが言っていた通りかも・・・。




って、ちっが~~~~~~~~~~うっ!!



「ジョーっどうしたの?!」




うあっ!
ああああああああああああっっ!!!


やわらっじゃないっ!






”うおっすっげっ!!外人っ”
”やりて~っ、あんな子と一回でいいから、やってみてえよな!”





うっ。





「ねえ?どうしたの?いっぱい痛いの?!」


ジョーの腕にぶら下がるように抱きしめて、見上げて来るフランソワーズ。
胸元が大きく開いたデザインのために、上から覗くような視線は、寄せられた生地の合間に見えてしまった。



桃色レースに包まれた、腕に感じる感触の原因。







まじ、やばっ!!




「や、や、や、やややや、やっぱり、さ!!!学食行こうよ、お腹すいた!」
「ええ?!駄目よっ」
「いいんだよっ!行くよっ」
「デザートは邸に帰る途中、どこかに寄ってね!」
「了解っ!」


---可愛いだけじゃなかったのか・・・。

















*む・・・。なんだかイマイチで、まとまりがないっ。
この前に書いた、”アタシ一人でも平気だもん”に出て来た女は誰だ!?にお答えるために、書いたのですが・・・・。
おまけ。・・・おまけにする必要あるのか?!(笑)。
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