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Little by Little・1
(1)





日本国外で育った真鍋さくらは帰国子女として、この秋から私立女子大学へ通うことが決まっていた。
親元を、住み慣れたイギリスを離れるさくらにたいして、彼女の両親が出した条件は、ただ一つ。

大学が始まるまでは、父親の友人であるコズミ氏の元にいること。


年が明けてすぐに、生活になれるためにと、コズミ邸で下宿生活を始めた、さくら。
日本での生活も半年が過ぎて、季節は本格的に夏を迎えた。
まもなく世間は”夏休み”を迎えるだろう。


帰国子女のプログラムは秋学期から始まる。
コズミ邸から大学へは通えない距離ではないが、不便なのは確かである。そのために、大学付近にマンションでも探して、そろそろコズミ邸を出るための準備をすべきかもしれない。と、考えるが、その気になれないままに日々は過ぎて行った。



---もしも、ここ(コズミ邸)を出たら・・・。



さくらが瞼に浮かべるのは、輪郭部分がにじみ始めた人物。
詳細に思い出せた、彼の顔のディテールが長く会っていない時間の分、水彩画のように淡く頼りないものになっていた。


彼との出会いは、コズミ博士の親友であるギルモア博士が日本に定住することが決まったことから始まる。
年寄り1人に、通いのお手伝いさん1人の家に住む事になった、10代の少女にときおり訪れる年近い彼は格好の”お友達”候補であった。
長く日本を離れていたために、そして、知人らしい知人もいない彼女の生活に潤いをもたらせる理由にならないわけがない。
素っ気なく、口数少ない彼であったが、その態度はさくらを避けているのではなく、ただそういう人なのだ。と、いうことだった。

名前だけ知る、ギルモア博士の研究員として彼はコズミ邸を訪れては、少しばかりさくらの話し相手になり帰って行く。さくらの胸に新しい恋の芽がひょっこり顔を出す頃に、名案を思いついたとばかりに、コズミ博士が紹介してくれたのは、彼と同じギルモア博士の研究員、さくらと年近い女性。

必要ない、と。さくらははじめは断ったが、そのことがきっかけに前よりも彼に近づくことができた。



今は、仕事が急がしいらしい。
携帯電話のメールだけのやり取りが続いていたが、3週間ほど前から返信の感覚が空いていき、ある日を境に連絡が途絶えた。
何度か、彼と共通の友人にメールや電話をしたが、こちらも、同じ時期を境にして、連絡がつかなくなっていた。


彼から受け取ったメールは、さくらが望んでいた内容から遠いもの。

”気持ちは変わらないから。友達以上には思えない。”
”今は、みんな仕事が忙しい。”
”ありがとう”
”嬉しいし、こんな自分にそこまで思ってくれて、ありがとう。けれど、さくらの気持ちを受け止めることはできない。”
”今でも、未来でも、気持ちは変わらないと思う。”
”メールで申し訳ないと思うけれど、会っても同じことを言うと思う。何も変わらないよ。”




何度も一方的に贈り続けたメールにやっと返信してきた内容に、瞼を腫れさせて朝を迎えた。


”ごめん。気づいていると思うけれど、・・・・俺の気持ちは同じ邸にいる彼女にある”


その3日後、に彼と共通の友人ジェットからメールが届いた。

”sorry! 何かと忙しかったっ!”


偶然にも、2通の招待状が届いた同じ日だ。



1通はコズミ宛。
そしてもう1通は、さくらの父が受け取ったものを、さくら宛に送り直したものだった。





私立、月見里(やまなし)学院主催のチャリティ・イベント”あやめ祭”の招待状。


「おじさまも招待されたのでしょうっ?だったらギルモア邸のみなさんも誘うのはどうかしら!!チャリティ・イベントだし、大勢の方が楽しいと思うの!!」


---二人きりで会いたいけど・・・。




片思い。

彼にはさくらの気持ちを伝えてあるけれど、その彼からは色よい返事どころか・・・。
自分以外の女性に片思いをしている、彼。


さくらの目から観て、彼の片思いは、片思いではない。
本人同士に、彼らにどんな”障害”があって、そんな状況に陥っているのか、さくらには関係なく、関わろうとも思わないが、彼が思う女性にたいして攻撃的になる理由となっていた。


想い合っているにも関わらず、伝えない。
なんてバカなことだろう。

相手を思ってそうしているのだ。と、そんな2人を庇う”親友”の声。
けれども、さくらには理解できないでいた。



伝えないなら、その気がないのと同じ。
想うだけで満足なら、見えない神に一生祈りを捧げるシスターのように、生き続けていけばいい。


想うだけでは何も変わらない。
行動するからこそ、自分を自分でコントロールし、自分がイメージする道へと進んで行く先に近づける。


自信があるわけじゃない。
彼のこころが簡単に変わらないことも、わかっている。
それでも、さくらは諦めない。

彼らが行動に出ないかぎり。
自分にはチャンスがあると、信じている。


誰でも、人というものは、望みがないからこそ憧れて手を伸ばしてはみる。
けれども、そんなことをしても駄目だ。と、限界をしれば、手が届く場所にあるものに目をむけて、自分の領域にある、手が届くものを手にする。


それが私であればいい。




だからこそ、携帯電話を手にとりメールを打つ。
登録されたアドレス。


片思いの相手の名前は、島村ジョー。
その彼が想う相手は、フランソワーズ・アルヌール。



「さくら、チャリティの2日目なら時間があると返事があったぞ・・・」












####


あやめ祭の準備が着実に進む月見里(やまなし)学院は、当日の2日前、全学院生を寮から追い出した。

3日間行われる”あやめ祭は、参加者(シニア)、実行委員(代表会)以外の生徒は自由参加であるために、学院は1週間の休校。そのために寮はすべて閉鎖されるのである。

コズミ博士が持ち帰った、”サイボーグ”に関する資料から始まり、辿って行った先にあった事件を通して、002,008,009は月見里学院に生徒として滞在することになり、すでに1ヶ月が過ぎた。








ジョー、ジェット、ピュンマはギルモア邸に戻り、加えて篠原当麻、そして、津田海が身を寄せている。
昼間にコズミからの電話を受け取ったギルモアが、その内容を夕食の席で伝えたために、場は微妙な空気が漂った。


「・・・1日目のオークションさえ来なければいい。後は問題ない。3日目夜からの後夜祭はオークションにかかわった関係者と学院生、その家族のみだ。コズミ博士によると、招待状はそちらに関するものではないことが確認されているし、制服着用は義務づけられてないから、ごまかせるだろう。連日でくるつもりはないだろうしね。博士、いつでもいいので、・・・2日目なら、と。返事しておいてもらえますか?」


009の言葉に一同が頷き、落ち着きを取り戻したダイニングルーム。
張大人が用意した四川中華料理がテーブルいっぱいに並べられた席で、再びその味を楽しみ始めた。

食事中ではあったが、早々に立ち上がってリビングルームに向かい、置いてある子機からコズミ邸へと電話する、ギルモア。
ジョーの携帯電話が揺れたのとほぼ同じタイミングだったが、ジョーはそれを無視した。

ピュンマの隣に座っている海は、ひそひそと、”さくら”という名前の子の素性をピュンマに訊ね、同じようにひそひそと、簡単に”さくら”について説明した。


「・・・・彼女は無関係の人間だから、言葉に気をつけて欲しいな」


そんな様子を見ていたアルベルトが、ゲストである2人、当麻、海にむかって口添えた。

篠原当麻、津田海の両名は、さきのミッションを通して知り合った。
そして、今、ダイニングルームにそろうギルモア以外の全員が”サイボーグ”であることを知っている。
言葉は優しいが、その音に他言無用の意を含んだ力が込められている。
当麻と海は、真剣に頷いた。


「んでよ!ジョー、オークションの準備はできてんのかよっ!」


重くなり始めた雰囲気を取り戻すかのように、ジェットはごくん!と口に詰め込んでいたものを飲み込むと、ジョーにむかって握っていた箸で彼を指して言った。


「?」


テーブル越しに挟んだジェットへと視線を返して、きょとん。と、首を傾ける姿は009ではない。


「衣装は用意できてんのかよ?」
「衣装?」
「僕と海はね!」


間髪入れずに、ピュンマが声を出した。が、それを遮る。


「聞いてねえヨッ!」
「聞いてよっ!」


隣あって座る2人を交互に見ながら、ジョーは不思議そうにつぶやいた。


「・・・・衣装?」


左に向かって、フランソワーズ、当麻、ジェット、ピュンマ、海と、テーブルにつき、続いて、ギルモア。海の正面にジェロニモが座り、右に向かって、アルベルト、グレート、ジョー、そして、一番キッチンに近い位置に、張大人。

大家族。の、夕食風景である。


「島村、ぼく、言わなかった・・・かな?制服でオークションには出ないんだよ。それぞれが衣装を用意して”芸”を、というか、なんでもいいから3分未満の、パショーマンスをするんだけど?」


当麻の言葉に固まった、ジョー。
009の癖に、なんで”そこの”情報がすっぽり抜けてんだ!?っと、不思議に思いつつも、面白そうに見守る00メンバーたち。もちろん、彼らは事前にそのことを002と008から報告を受けていた。

会場となる予定の講堂へは、その本来の目的以外の意図があるためにか、”オークション用の招待状”を手に入れない限り、オークション参加は学院生でもできないが、しかし、身分証明さえすれば当日、会場に入る事はできると言う。


「・・・・ウソだろ?」


ジョーの手が止まり、じっと当麻を見つめるが、ジョーの期待できるような返事が帰ってくる事もなく、当麻は困ったような笑いを浮かべるだけである。


「えっと、ウソを言っても仕方ないし・・・」


はっきりといえば、009である彼にとって、表から参加する必要もなく、いくらでも会場への潜入方法はあるのだが、ギルモアが彼の参加を促したのだ。


---”もしもの事態を考慮に入れて、参加者である院生の身が一番安全であり、怪しまれんじゃろう?違うか?---



促されつつも、ぎりぎりまで参加を拒否していたジョーだけに、その情報が伝わっていなかったのだ。




「オークションだしな!ったりめーじゃんっ」
「いや、・・・関係ないと思う、学芸会でもないし・・・」


男子のみの全寮制、私立月見里(やまなし)学院が年に一度開催する、”あやめ祭”は、地域交流や、社会貢献を目的とし、3日間学院を解放して一般のお客様をお招きしながら、学院をお披露目しつつのチャリティ・イベントを行う。

一般の学校とはかなり違った教育システムを組んでいるために、”あやめ祭”は文化祭・学園祭のようなもの。と、言うのが一番近いイメージである。が、その内容と規模は”学校”の域を超えてしまっている。


「チャリティだしね!」
「いや、そういう問題でも・・・」


今年のあやめ祭のテーマは、”地雷の犠牲になった子どもたちに義腕、義足を”だった。
月見里学院には、イベントのメインの一つに、学院生(高等部/シニア・ジュニア)が参加するオークションがあり、後夜祭に開かれるパーティーを、Senlor prom (Promenade)代わりとし、参加した学生はオークションで競り落としてもらった相手をパートナーとして参加する。
このオークションで集まった資金はもちろんすべて寄付される。


「シニアは強制参加だから逃げられないよ、ジョー!一番高値をはじき出した人は、プロム・キング。で、払った人がプロム・クイーンっって知ってた?」(Day~54)
「・・・・逃げないけど・・それも知ってるけど・・さ」


ジョーはテーブルにそろう、家族の揶揄が含む顔をさっと見渡して箸を置き、出されいるジャスミンティーを飲んだ。


「楽しみだ。」
「いや、ジェロニモ・・本来の目的を忘れてもらったら・・」


ミッションはすでにコンプリートされていたが、その事件の後処理に追われる00メンバーたち。


「なんなら、吾輩がシェイクスピアの一節を伝授いたしましょうか?リーダー殿っ!」
「・・・グレート、なんでここにいるんだよ?」


学院で開かれるにも関わらず、学院生はほとんど何も関わらない。
高校3年生(シニア)と、希望者の2年生(ジュニア)のみが、学院名物の”シニアオークションに参加するか、もしくは姉妹校である聖ヘレナ女学院の生徒会と通じている代表会に関わる生徒のみ。


「なんだあ!しっかりお勤めをこなしてきた、我が輩に向かって!」


007は、当麻の母、現・月見里学院理事である篠原さえこの護衛役を続けている。が、最近は、まるでごく普通のサラリーマンのように、朝に出勤し、夜には帰ってくる。
あやめ祭が終わるまでは、24時間態勢でさえこの護衛を指示した009だったが、さえこと007は勝手に彼らの中でルールを決めたらしい。
009は報告を受けていないが、許容範囲であるために黙認していた。


問題なくミッション前の日常を取り戻しつつある、ギルモア邸の住人たち。
以前と違うといえば、月見里(やまなし)学院に滞在する3人が週末にしかギルモア邸に戻ってこないことだろう。


「あいやあ!衣装はチャイナ服で良ければ、ワタシがすんぐに調達してくるアルヨ?」
「スリットがごっそり入ったやつかよ!!」


そして、彼らの素性を知るゲスト(篠原当麻、津田海)が訪れることも、含まれる。


「バカか?」
「男の足、興味ない。」
「そりゃあ、女性物だぞお、ジェット」


ぼそ。と、つぶやいたジェロニモの言葉に、それぞれが、頷き合った。


「でもよっ会場には女子校の生徒会だの、なんだのが来るらしいぜ!」
「・・・だから、なんなんだよ?」
「チャリティだかんな!!しっかり”値をつり上げるためじゃんっ」
「で?」
「俺は脱ぐぜっ」


ジェットの言葉に、食べていた物を詰まらせ、口に含んだお茶を吹き出し、箸をテーブルに落とし、箸置きを発言者に向かって投げつける、などのリアクションがダイニングテーブルに巻き起こる中、深い溜め息を吐きながら早々に食器を重ねて、華やかに賑わうダイニングルームから離れて行く、ジョー。






あやめ祭の本当の目的。
それは、B.Gの科学力の一旦を担っていた”サイボーグ技術”の公開。

津田海の左足にあったそれはもう、ない。












リビングルームでコズミ邸への電話を終えたギルモアと視線が合った、ジョー。


「なんじゃ、夕食はもういいのか?」
「はい」
「今、話しをしての、2日目で大丈夫じゃろうとのことじゃ以外に遠いしのう・・・」
「明後日から3日間はホテルですしね、ボクらも」
「予約は大丈夫かの?」
「はい、問題なく・・・」


ギルモア邸から、月見里学院へ連日通うことは不便なために、駅で言えば3つほど離れた街のホテルに全員が部屋を取った。
あやめ祭の時期だけに、異国の人間が団体でホテルを取っても怪しまれることはないと思うが、念には念をいれておく。ホテルを2つにわけて、ホテルと言えばすぐに名を挙げられる有名なチェーンホテルに、ギルモア、001、005、006、008が部屋を取り、あやめ祭に訪れる予定の津田海の姉たちの部屋も、ギルモアが手配した。

同じ街の、さほど離れていないビズネスホテルに、002,003、004、009、そして篠原当麻が部屋を取った。
007は篠原さえこと行動する。


「多分、学院で待ち合わせずに、ホテルで落ち合うことになると思うんじゃ」
「わかりました。ホテルは博士がお泊まりの、ですよね?」
「うむ。そうなるじゃろうな」
「イワン、ギルモア邸のセキュリティの最終チェックを、君にたのめる?」
<みるくガ先>


今朝方に夜の時間から目覚めたばかりのイワンは、ふああ。と、あくびをしながら、ベビーベッドからふわりと浮き上がった。
目覚めたと言えど、まだ眠気がはっきりはれているわけでないらしく、うつらうつらと、まどろんでいる。

ジョーの腕に抱きとめられたイワンを観ながら、ギルモアは言った。


「儂がミルクを持ってこようかのう、さっき大人が用意しとったのが、キッチンにあるでな」












####


ソファに座ってギルモアから受け取ったミルクをイワンに飲ます、ジョー。
以前、キャップがしっかり閉まっていなかったことから、”ミルク漬け”になったジョーは、わざと、その原因を作ったイワンの目の前でボトルのキャップがしっかり閉まっている事を確認してみせてから、彼のディナーにつき合う。

満足げにミルクを飲み終えたイワンを、ジョーは慣れた手つきで立て抱きにする。
肩に置いたタオルがずれていないかを確認しながら、とん、とん。と、優しくイワンの背をたたくと、盛大な空気が音となってイワンの口から鳴った。


「・・・あ。分量多かった?」
<・・・・ミタイダネ>
「解っていて、欲張ったんだろ?・・・起きてすぐは量を心持ち少なめにって・・・・忘れてた、ごめん」
<イイヨ。作ッタノハ張大人。オ腹、空イテイタンダモン。作ッタノハ006ダシネ>


イワンを膝に抱き直し、汚れたタオルを丸めてテーブルに置いたとき、フランソワーズがリビングルームへと入って来た。
背中にあてられたジョーの手が熱くなったのを感じたイワンは、同時にジョーのこころが乱れたのを敏感に感じ取る。


「もう、飲んでしまったの?」
<ゴチソウサマ>


ゆったりと、ジョーの座るソファに、その隣に腰掛けるフランソワーズから花の香りが舞う。
ジョーの心臓がどっきん!!と跳ねて、その音がイワンの躯を揺らした。

フランソワーズは躯を折って屈むような姿勢で、ジョーの腕の中にいるイワンの頬に優しくキスを1つ。
ジョーの視界に亜麻色の髪がきらり、きらり。と天使の輪を作って輝き、見惚れてしまう。

イワンから顔を上げてジョーへと視線を移すしたフランソワーズは、彼にむかって柔らかく花のように微笑む。
その微笑み返す余裕もなく、イワンを乱暴に抱き直した。


なんなの?ジョーのこの心拍数と体温上昇、それに・・・・。と、イワンはジョーとフランソワーズを交互に見る。と、焦るジョーのこころにイワンの意識が引きずられて、自分が眠りについていた間のことをジョーの、009の目線で知る。
赤ん坊らしからぬ嗤いをしてみせるイワンを、ジョーはフランソワーズに抱き渡そうと、躯を動かした。

隣あってソファに座る、2人。

フランソワーズは何も言われなくても、ジョーの躯の動きで彼が何をしようとしているのかを理解し、イワンを抱き受ける途中、不意に、訊ねようと考えていたこととは違う考えが浮かび、言葉を飲み込んだ。

小首をかしげて浮かび上がってきた思いにしばし頭を巡らせる。

当たり前のようにジョーの隣に座り、ジョーに話しかけようとしている。
緊張もなく、戸惑いも、不安も、胸の高鳴りに心臓が早鐘を打つことなく、時を刻む針と戯れるほどにおだやかに落ち着いていた。

泣き出したいほどに焼け付く痛みも何もない。
フランソワーズは自分に問うが、答えはすぐには見つからなかった。









「フランソワーズ?」


ぼうっと、自分の世界に入ってしまったフランソワーズは、ジョーに名前を呼ばれ、そして腕に抱くイワンの重みに我に返る。


「あ、・・・あの」
「?」

しっかりとフランソワーズがイワンを抱きとめたことを確認して、ジョーは腕をイワンから離した。


「・・お、オークション、どうするの?」
「・・・・・適当にする」


その話しか。と、うんざりするような溜め息と一緒に答えが返って来た。


「いくらミッションと言っても、チャリティだもの。参加するならそれなりにきちんとした方がいいと思うの。どんな形でも、・・・・その・・・」
「どんな形でも、戦いに巻き込まれた子どもたちのためになる、から・・・?」
「・・・・ええ」
「それでもさ、衣装なんて適当でいいと思うんだけど?・・・問題はパフォーマンスで・・・」


はあ、と。再び深い溜め息を吐いて、ソファのに背を預けたジョーは、天井を見上げながら、何故に自分はオークション参加を決めたのか。と、過去の自分に後悔する。
腕の中にいるイワンを優しく包み込んであやしながら、フランソワーズはじっとジョーの横顔を見つめて、不思議そうに呟いた。


「どうして?」
「どうしてって・・・?」
「歌はないの?ジョー」
「!!」


ジョーの背がソファから離れた勢いに、長い前髪に隠れたアンバーカラーの双眸が見えた。


「私はてっきり、・・・ジョーは歌うのだと思ったわ」
<僕モ>
「な!」


フランソワーズとイワンは顔を見合わせた。


「ドルフィン号で、ときどき歌ってたわよね?」
<タマニ、僕ガ夜ノ時間ノ時ノ夢見ガ悪イとき、歌ッテクレテモイタヨ?>
「英語の歌だったわ」
<子守リ歌ニハ少シ不向キダケドネ>
「・・・・・き、いて、たのっ?!」
「いいえ、聞こえて来たのよ?」
<僕ニハ聴カセテクレテイタンダヨネ?>


ジョーは無言で、さっとソファから立ち上がった。
フランソワーズからは見えないが、彼の顔は紅い。


「ジョー?」
「・・・・・・・絶対に、言ったら駄目だよ、フランソワーズ」
「え?」
「誰にも言ったら駄目だよ・・・絶対に」
「・・・・・・・ごめんなさい」
「!」
<手遅レダヨ>



ばん!っと、ダイニングルームに続くドアが開いた。


「ジョーっ!飯喰いおわったからよっ!!今ギター持って来るぜっ!練習すんぜ!当日はオレとデュオだぜっ!」


そういうと、そのまま自室に向かって走り出したジェット。を、呆然と見送るのはジョー。
続いてダイニングルームからピュンマと海がリビングルームへと現れた。


「ジョー、僕知らなかったよ!聴きたいなっ!」
「カラオケに言って練習する?今からでも行かない?ね、ピュンマ駅前にあったよね?」
「・・・・・・・・フランソワーズ」
「ごめんなさい、ジョー・・・あなたがダイニングを出た後に、つい・・・・言ってしまったの。ジョーがオークションで何をすればいいのか、みんなで決めてあげないと、って盛り上がって・・・それで・・”夜の時間のイワンに、よく歌ってくれたりする”って言ったの、私・・・」
「・・・・・それじゃ・・」
「ごめんなさい、・・・。でも、すごく上手だと思うの、とても綺麗な声だもの」
「っ・・・・・・きれいって」


ジョーはソファに座って、申し訳なさそうに視線を落としたフランソワーズを見下ろした。


「黙って聴いていて、ごめんなさい・・・」
「べつに、それはいいんだけど・・・・・・・、人前で歌うなんて出来ない、よ」


ジェットが戻ってくる前に雲隠れすることを決め込んだジョーは、フランソワーズに自分は出かけた、と言ってくれと頼み、同じことをリビングルームに現れた2人に言った。が・・・。


<無駄ダヨ、じょー、きっと逃ゲ切キレナイ>


イワンの言う通りに、このギルモア邸の住人がジョー(の数少ないおもしろネタ)を見逃すわけがなく、今すぐ、この場では歌はなくてもいい事を条件に、あやめ祭オークションの舞台では”絶対に”歌う事。を、ギルモアから”命令”された。








####

あやめ祭前日。

ギルモア邸に移り住んで以来初めて、邸が空になる。
住人全員が邸を出払ったことを考えた上で、新しく作ったセキュリティの実験も兼ねた”外出”である。

すでに津田海は姉に会うために、ギルモア、001、005、006、008とともに邸を出た。
007は今朝早く篠原さえこの元へと”出勤”し、邸に残っているのは、002,003、004、009とそして、篠原当麻。


「ったく、何に手間取ってんだよ!」
「苛つくな、ジェット。さっきエラーが出たと言っていただろ?」


正門前で、2台のタクシーが縦に並んでいる、傍らにかたまって立つ3人。


「んだよっイワンが最終チェックしてオッケーだったんだろっ?!」
「だから、問題なんだろう・・・。黙って待っていろ、そこの坊やを見習え」


アルベルトは、顎で当麻をさした。
ジェットは隣にいる当麻を見る。
当麻は突然会話を振られて、ジェットを見返した。


「そういえばよ、センパイ大人しいじゃんかよ」
「大人しい?」
「気になんねえの?」


ジェットが何を言っているのか、わかっている。
当麻がフランソワーズに気がある事など、一目瞭然であり、当麻もそれを隠す気は全くないらしい。
事件に関する情報の代わりに篠原さえこが00メンバーに出した条件として、篠原当麻の護衛申し出た。それを受けて篠原当麻は事件から今日までの間、学院に滞在する002,008,009と行動を共にし続け、同じく津田海もその身柄の安全を護る意味で、ここ1ヶ月ほど週末はギルモア邸に滞在していた。

その間に、当麻は一目を憚ることなく、フランソワーズをデートへと誘い、何度か2人きりで外出することに成功している。
デートと言っても、邸近くの海辺の散歩や、駅前、食品の買い出しなど、日常生活の”ついで”のようなものであったが、当麻は無理強いすることなく、フランソワーズとの関係を築こうとしていた。

そのゆとりある、誠意ある行動を、当麻の人柄を知れば知るほどに、00メンバーたちは彼のフランソワーズにたいする真摯な気持ちを感じ、彼女が”サイボーグ”と知ってからも変らない態度でフランソワーズに接する強さに、感動しつつも複雑な心境で見ていた。


もしも、フランソワーズの胸に誰もいなければ。
その人物が、00メンバーの”誰か”でなければ。
フランソワーズが想いを寄せる人物が、同じように、フランソワーズへと想いを寄せていなければ。

本来なら両手を上げて応援していただろう状況に、ただ黙っているしかない、00メンバーたち。
フランソワーズの幸せのために、どちらが相応しいのか、それは001/イワンにさえも判断できない。


「気にならない、って言えば嘘になるけれど、彼女は今003としているんだし・・・だから009の彼と行動しているのに、焼きもちを焼いても仕方がないことだと、思わない?」


さらり。と、当麻は答えた。
優等生な解答に、ジェットは面白くねえな!と、呟きつつも、当麻のフランソワーズがサイボーグ003であることに、すべてを受け入れた上で好きだと言っていることを、改めて思い知らされた。


温室育ちの純粋なおぼっちゃん。
当麻の印象は変わらないジェットであるが、”純粋”に、常識を超えた事実をまるご受け止められる、そのキャパシティに、ジェットを感嘆させつつも、不満でもあった。

あまりにも出来すぎた人間、に思えてならない。
こういう人間だからこそ、”危ない”気がする。


自分の感なぞ、あまりアテにならねえがな!と、こころの中で呟きつつも、当麻の余裕の姿に、ジョーに同情してしまう。


---なんで付き合いが長い、両思いのはずのジョーがアップアップしてやがってよ、横恋慕のコイツが余裕なんだ?!





同じ疑問を003と009の関係を知る仲間は思っているに違いない。
けれども、それもこれも、あやめ祭が終われば。と、思う。


篠原当麻は人。
ジョーとフランソワーズはサイボーグ。

皮肉なことに、009と003は同じサイボーグであり、仲間であり、そして、同じ時間を生きる事が許されている。
同じサイボーグであることが、関係を進められないでいる理由でありながらも、2人を永遠に2人でいる理由でもある。


「大丈夫なのか?」


重い観音扉がばたん。と、閉まった音が3人の耳に届く。
見上げた視線の先に揺れる亜麻色の髪の女性が向かってくる、その後ろに栗色の髪の青年。

開けられたままの正門が、がしゃん。と、栗色の髪の青年の手によって閉められた。


「どうなんだ?」
「・・・ああ、博士が下のセキュリティロックを新しいのを使わず、古いコードを使ったのが原因」
「古いままでもロックできたのか?」
「上と下をバラバラでならね。でも、3つ同時の場合は一番新しいのに合わせて作ったのにしてもらわないと、問題有り。まだ少し改良が必要だ」
「で、行けんのかよ!?」
「待たせた、ね」


当麻は、そつなく車内の運転手にむかって言葉をかける。
ドアが開くと、一番先にフランソワーズを車へと乗り込ませた。ついで、自分が乗り込む。と、アルベルトが続いたので、ジェットとジョーは自然と後方の1台へと足を向けて乗り込んだ。


そんな行動に、ジェットはにやり、と笑う。


---口ばっかで、しっかり焼きもちな行動に出てんじゃんかよ!



フランソワーズに答えるような隙を与えない動き。
すぐさまジョーから引き離す行動。
しかし、それをすんなりと見届けて、自分と一緒に後方のタクシーに乗り込むジョーに溜め息を吐く。
アルベルトはなぜその席をジョーに譲らないのか?とも思うが、ジェットはわざわざそんなことを口で言うつもりはない。


「ったくよ、ジョー、センパイや、アルベルトみてえに動けねえのかよ?」
「たかがタクシーだろ?」
「そういう問題じゃねえっつうの!」
「一緒に乗りたかったの・・・?」
「てめえがだろ?!」
「別に、タクシーだよ?・・・運転するのが俺なら、そりゃね・・」
「・・・お前よお・・・いいのかよ、そんなのでよお・・・」
「いいも、何も・・・何が言いたいんだよ?」



ジョーがジョーであることに、何も変わらない。

004と005からジョー/009が”フランソワーズが好きだ”と公言した。と、報告されていたが、仲間たちが期待するようなこともなく日々は過ぎて行く。
それは、それでいいと思う。
今までが今までの2人なために、ジョーの気持ち一つで劇的に変わるなら、もっと早く何かしらの変化があったはずだと、考えられたからだ。

問題は公言してからのジョーが以前にまして奥手になっていることである。
何気に0009として003と行動を共にすることはあっても、それ以外のプライベートな部分では、どう考えても、以前の方が親密度が高かったと、いえる。


公言しておきながら、それか!と、何度仲間内で脳波通信で突っ込みを入れまくっていることか。


当麻と比べてジョーの方が何十倍もリードしているようにみえて、実は、当麻の方が、そうなのかもしれない。と、ジェットは深く溜め息を吐く。
そんなジェットの気持ちなど微塵も読み取ることもできないジョーは、鬱陶しい溜め息ばっか吐くなよ。などとボヤく。


<なあ、オッサン>


運転席と助手席の間から覗く、フロントグラスに、前を行くタクシーが見える。
大きなカーブをうねりながら進む2台のタクシーは、離されることなく縦に並んで走り行く。


<なんだ、トリ>


アルベルトが、振り返るようにして一瞬だけ後方のタクシーを見た。



<オレよ、・・・まとまってから帰ろうと思ってたんだぜ?オッサンから”報告”されてよ、これが終わるころにゃ、ケリが着くって踏んでたんだぜ?>
<それで?>
<・・・・100年経っても帰れねえ>
<万年だろ?>
<は?>
<亀なみだ>
<鶴になんねえのかよ?せめてよお・・・>
<トリ同士だろ、なんとかしてみろ>


ちらり。と、ジェットはジョーを見る。
窓の外を眺めていると思いきや、すうっと、静かな寝息。

ホテルまでの移動時間を使って仮眠を取っているのだろう、深く寝入っているようには見えない。
その証拠に、瞼が眼球の動きに合わせて動くのをジェットは見ている。


ジョーが不眠の気があることを仲間に知られたのは、彼がフランソワーズへの気持ちを公言したときと同じ日。
睡眠を誘導するギルモアが調合した薬の手を借りつつ、彼は自分の睡眠をコントロールしつつあった。

一定時間に長く、深い眠りを拒む傾向があるジョーは、ちょっとした時間に仮眠を取り、睡眠の時間を散らせる事でバランスを取り始めていた。




眠たいときに、眠る。
食べたいときに、食べる。


あまり食べない印象のジョーであるが、食が細い訳ではない。
食べたい時間に、食べたいだけである。
それはジョーの気分次第。


夕食の時間にそれがかっちり合えば、ジェットと同じ量をぺろり。と平らげる。


ドルフィン号での生活では見られなかった、ジョーの、009の、本性/我が侭が見え始めたのは最近のこと。
それは大なり小なり、ジェット自身を含めた仲間たちにも言えることであった。

見え始めたのではない、以前からそうだったかもしれない。
ただ、ジョーのそういう部分を理解できなかっただけなのかもしれない。

戦いだけに集中していたころには不必要な情報であり、そこまで一個人に深入りする必要もなかった。
戦うための”仲間”が、日々を分かち合って暮らす”家族”になっていく証のように思える。



イワンはその足で立った。
一生赤ん坊のままだと決めつけていたジェットは、その成長をさりげなく見守っていたジョーに驚かされた。


アルベルトは変らない。と、思っていた。
第一世代とされる自分とフランソワーズ、アルベルト、イワンは、つき合いが長い。
けれども、アルベルトの吸う煙草の銘柄を知ったのは日本で暮らし始めてから。そして、彼が音楽大学まで出てピアニストを目指していたと知ったのも、ジェットが購入したアコースティック・ギターを目にしたアルベルトから語られた話し。
ドルフィン号にもジェットはギターを持ち込んでいたが、それを目にしてもアルベルトは一言も自分が音大生であった過去など口にしたことはなかった。

昨夜、ジョーにオークションで何を歌うかを訊ねたアルベルトは、その選曲に何かしらアドバイスを送っていたことを思い出す。
そして、彼が買い求めるレコードは全てクラシックであることも、いつどこでジェットは知ったのか、思い出せないほどにすんなりと情報として持っていた。

イギリスの交流会の件に関して、ドイツへ帰る希望を出している彼がメインに動くため、あやめ祭が終わり次第に日本を離れるだろう。



邸に移り住んだばかりの頃のフランソワーズは、物思いに耽り、どんな苦しい戦いの中でも花のような明るさをたたえていた微笑みが失われつつあり、仲間たちを心配させていたが、彼女の部屋にある唯一の女の子らしいぬいぐるみが置かれてから、変っていった。
そのぬいぐるみがジョーからのプレゼントであることを、ジェットは知っていた。
それを購入しているジョーを見ていたのは、他ならぬジェットであったために。イワンへの土産だと思い込んでいたが、それをフランソワーズの部屋で見つけたときの、驚きは今も新鮮に思い出せる。

”アラン・モルディエ”と言う、フランソワーズが人であったころを知る人間が接触してきたことにより、彼女がバレリーナとして有望なダンサーであったことを知った。その上、大学で電子工学を専攻していたなどの余計な情報まで手にしたお陰で、X島で出会ったフランソワーズが、当時の科学者が口にする専門用語に耳を傾けて、何かしら次の実験の予想を口にしていたことを思い出し、それらが補助脳だけに頼ったものではないことが裏付けられた。

お菓子作りや、洗濯にそうじ、家事が好きなど、そんな女の子らしい女の子であるなんて、戦いの中では気づかなかった。
男ばかりのメンバーの中で1人しかいない女の子。だから、そういう部分が浮き彫りにされてしまうだけだと、思っていたが、実際に彼女はこころから楽しんで、広いギルモア邸を切り盛りしている。

憧れが恋に変って行くさまをずっと近くで見てきた。今後も、変らずその想いが叶う日をジェットは変らず見守っていきたいと思うのは、ジェットは自分勝手な子どもっぽい未練だと自嘲する。
時代を超える前の、遠い昔にほのかに想いを寄せた時期があったがために。



アルベルトと同じようにジェロニモも変わらない。と、感じていた1人。

けれども、無口な彼が以外に話し好きであることを知った。
朝の散歩。と言ってでかける先に、散歩仲間がいるらしく、毎朝同じ時間に犬の散歩にやってくる中学生の男の子の英会話の練習につき合ってるらしい。
そういう接触を持っていいものかどうか、ジョーに相談していた。
彼はなんと答えたのかジェットは知らないが、その子との関係は続いているようなので、ジョーは了承しているのだろう。

普段は要点だけをまとめたような、話し方をするが、本来の彼の話し方は、どうやら子どもに寝物語でも聴かせるような感じで、まだジェットは直接耳にしたことはないが、彼の話しを聴きたがる人は多いらしく、週末の朝の散歩に出かけて帰ってくるのが、昼過ぎになることもあるようだった。

いっそのこと、ジェロニモ倶楽部なんて作ったらどうだあ?など、グレートが言ってたのを聴いた事があり、ジェロニモが語る話しのいくつかをネタにしてグレートは戯曲化を考えているらしい。



変らない、と言えば。張大人も、そんな1人に数えられるが、ジェットは知っている。
彼が再び自分の店を構えたいと願っている事を。

さきのミッションで偶然見つけた、主を失ったまま誰にも引き取られことのない中華料理店を見つけた張大人は、その土地を色々調べている上に、グレートを相談相手にして、動き始めたようだった。
書類上の関係で、イワンの手を借りる事となることを少しばかり心苦しく思いながらも、諦めるつもりはないらしい。

今回の件が済み、躯が空き次第、ジェットは手を貸すことをすでに約束している。
何が自分にできるか解らないが、人手がいるらしいことは確かだった。
ジョーも具体的な内容はまだ聞いてはいないようだが、協力することをジェットと同じように約束している様子であり、グレートは共同経営者となることをほのめかしていた。


張大人の店のこともあり、グレートはイギリスへ帰る気持ちはないらしい。
そのことを、酒の席で耳に蛸ができるほど聞いていた、ジェット。
役者であることは、舞台に立たずとも変らない!国は関係ない!と、口癖のように言う。
その通りに彼は小劇場へとこまめに足を運び、グレートが予想していたよりも盛んである日本の演劇界に夢中のようだった。
気に入った劇団がいくつかあるらしく、いそいそとチケットを取っては1人で見に行っているようだ。
邸の誰も誘わずに、1人で行くところがグレートらしい。

張大人を助けながら、好き勝手に戯曲を書き、もしかしたら日本のどこかの劇団に持ち込む気なのかもしれない。
そのうち、舞台に立つグレートを観に、邸を空にする日がくるのだろう。



今日のように、ジョーとフランソワーズが邸のセキュリティにエラーが出た、と。走り回る姿が想像できる。
公演の時間に間に合わない!と、先にみんなを行かせて、2人は邸に残る。
何か進展があるかもしれない。と、遅れて来た2人に期待するものの、結局はそんな期待をする方が悪い。の、繰り返し。


ふっと、手に取るように想像できた、長閑で手短な未来に笑みを浮かべたジェット。






タクシーは、走り続ける。
信号機が赤に代わり、運転手が踏んだブレーキに、タクシーが止まる。

がやがやとした雑踏が、閉められた車窓の外から聞こえてくる。



ジェットが知る時代のNYとはかけ離れた街。

ゴミ一つ、落ちていない。
街に設置されたゴミ箱は、紙、瓶、ペットボトル、など複数に分けられて、街全体がリサイクルを訴えている。

そんな時代があるとは。
そんな時代がくるとは。


ジェットは知らなかった。



第一世代と呼ばれる、時を超えたサイボーグ。
その中でもジェットのナンバーは002。
メンバーの中で一番古いサイボーグである。
001のイワンとはほぼ同時期にサイボーグ化の手術を受けているが、彼が001のナンバーを得た理由は、彼の能力故である。


「・・・高校生か?」


ジェットの視界を同じ服に身を包んだ、団体が通りすぎた。



---邸を一番に出て行くのは、オレだと思ってたんだけどよお・・・。






その役は008である、ピュンマのものとなった。

ピュンマは戦いが終わった後の話しとなると必ず、自国のために自分ができることをしたい。と、常々言っていた。
その考えは変わっていないが、ただ”何が”したいか。という、はっきりとしなかったビジョンが、ミッションのために通う事になった月見里(やまなし)学院が、きっかけとなり、彼の今後が明白に形となり、正式に009からの発表があった。
今回の件が片付いた後も引き続き、008は月見里(やまなし)学院に席を置く。

ピュンマは自国の問題を、外への情報が少ない事、それと同じように外からの情報が少ない事を言った。
産まれたときから、戦うことが当たり前であった彼は、サイボーグになって初めて”外”を知り、世界を知り、そして多くを学び、自国に必要なもの、足りないものを補うために、自分がすべき事は、中からの活動に見合う外からの影響だと、考えている。

その橋渡しをするためにも、彼はより多くの知識を得る必要があると、語る。



誰もピュンマを止めない。
止めるどころか、彼の大きな志に両手で彼の背を力一杯に押すつもりである。




走り出したタクシーは、ひたすら目的の地を目指す。
前を走っていたタクシーの姿が見えない。
いつ、どこで距離が出来てしまったのだろうか。



「・・・ジェット、どうかしたか?」
「いや、・・・なんだよ、起きちまったのか?」


瞼を重たげに瞬かせ、長い前髪を払う仕草。


「・・・・どれくらい?」
「ほんの2.30分くらいだぜ?」


珍しくジョーの双眸を見る。


「そう・・か・・・」
「ま。もうちっと寝てろや」


腕を伸ばして、隣に座るジョーの頭をシートに押し付けたジェット。


「・・・気色悪い」


その手を面倒臭そうに、払い除けながらジョーは呟いた。


「あ?」
「静かなジェットって・・・・ああ、イヤだな、また一波乱ありそうだね」
「はあ?」
「雨か嵐か・・・ジェットが大人しいなんて不気味だよ」
「うっせ!とっと寝ろっ」


ふあ、と、あくびを1つ。
そうするよ、と。ジョーは再び瞼を閉じた。

両腕を訓で、ドアとシートでできた角に躯を押し付けるようにして眠る。
窓から入る夏の陽射しが、ビルに邪魔されないかぎり、彼の髪は金茶色にみえて、ジェットはそれがフランソワーズの髪色とひどく似ている気がすると、思うが、質感的にいえば、フランソワーズの方が艶があり、しっとりと滑らかに光るように思えた。


瞼を閉じて、ジョーの長い睫が彼の幼い顔をより、幼くみせる上に、寝顔は可愛らしい、と言う言葉がよく似合う。





---コイツに躯をいじくりまわされんのかよ・・今後は。


本格的にギルモアの助手として勉強を始めたジョー。
誰かが、いつかは。と、思いつつも、人であるギルモアに迫る、限りある時間から目をそらし続けていたが、ジョーはその問題を正面から自分の腕で受け止めた。




少しずつ、何かが変わり始めている。
それはサイボーグにされてからの人生で初めての変化かもしれない。

せき止められていた何かが、緩やかに流れ始めている。



流れるままに、流れていいく。


---いつも自分の身の振り方に・・・、昔も今も変わらねえなあ・・・オレはよ!


ちっと、小さく舌打ちをつくと、運転手がバックミラー越しにジェット見る。
視線がぶつかると、慌てて運転手は目をそらした。








####

アルベルト、フランソワーズ、篠原当麻を乗せたタクシーが目的のホテルへ着き、5分遅れてジョーとジェットのタクシーがたどり着いたとき、大鼾をかいて寝ているジェットに、呆れ顔のアルベルトはジョーに同情した。


「貴重な睡眠時間がこのバカのせいでつぶれたのか?」
「ん?・・・そんなことないよ。・・・・まあ、目が覚めたのはジェットの鼾でだけどね」


タクシーの料金を払いながら答えた、ジョー。


「坊やとフランソワーズはロビーで待たせている」
「解った。適当に起こして」


タクシーから降りてぐん!と、両腕をあげて伸びをする、ジョーを横目にアルベルトは頷く。


「了解」


の、言葉と同時に、躯をタクシーへと半身潜り込ませると、ジェットの長い鼻を摘んで捻り上げるアルベルト。


「うが!!」


跳ね起きたジェットをタクシーから引きずり降ろして、彼の荷物を手に持った。


「オレも優しくなったもんだ・・・起きろ、もたもたするな」
「・・・・それで優しい?」
「十分にな」


ばたん。と、自動でタクシーのドアが閉まると、走り去っていく。
残された排気ガスを避けるように、すたすたとホテル内へと歩き始めた、アルベルト。
寝起きの頭でぼーっと地面に座り込んでいるのは、ジェット。そんな彼の腕を掴んで立たせた。


「起きた?」
「よお・・・ハヨ」


頭を振って眠気を振り払おうとするが、彼の寝起きの悪さは誰もが知っている。
焦点が定まっていない瞳をごしごしとこすりながら、ふらふらと、アルベルトの後を追う。


「ジェットの荷物、アルベルトが持ってくれてる、よ」
「おお。すげえ。偽物じゃねえのか・・・・あり得ねえ・・・・」
「・・・・イヤな予感がするよ・・・本気で」


ジェットが妙に大人しい。
アルベルトが妙に優しい。


その上に、何かが起こるとすれば・・と。
ジョーの胸は不安になる。


「かふぇいん」
「・・・・わかってるよ」
「じょー」
「なんだよ」
「いつだよ?」
「何が?」
「告白」
「・・・・・・・・・・今言う事かよ?それより、どうして知ってる?」


ホテル、エントランスの自動扉が開く。
こじんまりとした印象の、さほど広くないホテル内ロビーで、ジェットの寝ぼけた視界が急激にクリアになる。
目に映るフランソワーズと当麻、そしてアルベルト。


「今言うのも後も一緒じゃね?」
「・・・・・・俺はどうして知っているのかを聞いているんだけど」


あそこに居るべきなのは、アイツではなくて、コイツだろ?!と、眠気が覚める。と、大声で叫んだ。


「よおっフランソワーズっジョーがよおっ」
「なっ?!」


慌てたジョーはジェットに飛びつかんばかりにその腕をひいた。


「茶店で珈琲飲みてえってよ!」
「っふざっ!?」
「ああ?ふざけてねえよ、オレはただ珈琲が飲みてえだけだぜ?」


にやにやと、意地悪い笑みを浮かべるジェットに、ジョーの胸はさらに不安が広がったが、そんなジョーの不安などよそに、1日は穏やかに過ぎていく。





「・・・会場の配置は予定通りに、すべての監視カメラ映像と招待客の当日訪れたゲスト・リストを、後日映像と一緒にまわしてもらう。見ておくのは全体的な動きでいい。とにかく、津田海が舞台に立った時、その後の影響と、ネット上のBM(ブラックマーケット)の動きを見逃さないように。篠原さえこ、当麻に何かしらの影響が出るかもしれない、その点も注意しておいてくれ・・・005は1日目のみ、石川斗織がいる、篠原総合病院へ。もしもの事を考えて待機。津田海、008は津田の姉。篠原当麻は003。002は007。俺は篠原さえこに落札される・・・・以上」




明日、あやめ祭1日目、オープニングとしてシニア・オークションが開催される。











====へ続く


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ってことで新章はラブ・メインです・・・・?
3、どうした?!・・・ぐふふ。
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