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こぼれおちる・こぼれおちた

「009、・・・て呼ぶの、ちょっと困るんだ、けど?」 戸惑った口調で呟いた009。 ギルモア邸と呼べる、帰る家ができて1ヶ月ほどたったころだった。 朱の季節が終わりに近づいて、白の季節が始まろうとした季節。 しんしんと冷え出した空気は、湿気大国日本ならではに、身をしみるような寒さ。 邸が海沿いにあることも手伝って、吹きすさぶ冬の潮風は、簡単に003と呼ばれた 彼女から体温を奪っていく。 「・・・だから、名前」 薄暗いオレンジ色のフィルター越しに見える夕暮れが、冷えきった体温を 温めていく気がしたが、耳に届いた声がそれさえも遮った。 「その・・・・・・スーパーとか街中とかで、009って呼ぶの、どうかってこと」 人がやっと歩けるほどの幅に白線が引かれただけの車道を2人縦に並んで、歩く。 003と呼ばれた異国の少女は、両手に買い物袋を下げて歩く後ろを、 一目見ただけでは日本人かどうか、判断しずらい青年が歩く。彼の手にも同じように、 前を歩く少女の倍の買い物袋が両手にぶら下がっていた。 通りすぎる車もなく、街灯もぽつり。ぽつり。と、距離がある感覚に設けられている、 淋しい道を歩く2人。 「・・・ごめんなさい」 謝る必要がないのに、彼女の口からこぼれ落ちた、言葉。 右肩にくちびるを寄せるようにして、少しだけ振り返ってみる。が、003は後ろを歩く 009の顔ではなく、彼の手にある買い物袋を見て、再び視線を邸へと繋がる道へと戻した。 海風にさらわれてしまいそうなほど、細い声だったが、ちゃんと009の耳には届いていた。 そして、その単語を聴いて、009は溜め息をひとつ零した。 「べつに、・・・・003が悪いわけじゃないんだけど・・・」 言い訳する。 少し口調がきつかったか?と、反省するが、買い物先での出来事を思い出すと、 どうにも口調が荒くなってしまう。 それも003が悪いわけではなかった。 夕方の買い物ラッシュのスーパーで、大声で”名前”を呼ばれただけのこと。 名前。 「009っ!」 まだ馴染めないでいる日本での生活の中で”日本人である、009を頼るのは自然な事。 009も別に迷惑だとか、何も思ってはいない。 ただ、状況とその名前が場にそぐわなかっただけである。 「ごめんなさい」 003は前を向いたまま、こぼす。 その声もちゃんと、009の耳に届いている。 ごおおっと、強い海風が海岸から2人を襲う。 003の足が止まり、その強風に耐えるように少し膝をまげた。 亜麻色の髪が右側へと靡き、彼女の髪に飾られていたカチューシャが、外れた。 あ。と、003の短い声に、009の視線が飛ばされたカチューシャを追う。 かつん、と、アスファルトに叩き付けられて、それ跳ねる。そして、風に煽られて 2人よりも早く邸に続く道を走った。 「ごめんなさい」 誰に、何を謝っているのだろうか?と、009は003を見た。 彼女は慌ててカチューシャを追いかけて行く。 がさがさと両手に持つ荷物を揺らして。 ただ、走って行く003の姿を見ながら、彼女を追うこともせずに歩き続けた。 どうせ戻る邸は同じだから、と。 数メートル先で、003は立っていた。 大きなカーブを曲がったところで、やっと009の視界に003を捕らえる事が出来た。 003も、009の姿が見えたのだろう、彼女は確認するように少しだけ首を傾ける。と、 背の低いガードレールとその崖下、そして009を何度か視線だけで往復してから 再び歩き出した。無言で歩き続けていたら、いつの間にか009は003と数歩ほどの 距離にまで近づいていた。 何事もなかったように、003の後ろ姿を見ながら歩く。 まもなく、邸へと続く私道が見えてくる。 ** 帰り着いた邸の玄関先で、どかどかと、食料品を詰め込んだ袋をおろしていく。 温められた邸の空気がじんじんと、冷たい風に晒されていた素肌を攻撃していく。 とたんに、人工皮膚がかゆみに似た感覚と一緒に温まったいき、同時に、 頬が、耳が、ぽ。と、燃えるように熱くなった。 はあ、っと。寒さに凍えていた肺が、緊張を解いてその役割通りの空気量を取り込んだ。 「お疲れさまアルネ」 物音を聞きつけて、玄関までやってきた張大人。 「・・・メモにかかれていたものは、一応全部買えたよ」 「それは良かったネ。・・・寒い中、ありがとさん!」 「みんなは?」 「まだ、戻ってこないね。やっぱり、車が1台じゃ不便アルなあ・・・」 「そうだね」 張大人は、床におろされた袋を持てるだけ持って、ダイニングルームへと向かう。 靴を脱いで、009も再び荷物を持つと、それに続いた。 あ。と、外で聴いたのと同じ声が溢れた。 その声に振り返った009は、自分が持つ分がなくなって戸惑う003を見た。 「・・・これで全部だから」 「ごめんなさい」 003のそんな言葉に返事もせず、黙ってダイニングルームへと足を進めた。 リビングルームを抜けて、ダイニングルームへ。 キッチンとダイニングルームを隔てるのは、カウンターテーブル。 そのテーブルの上に荷物を置くと、張大人が再び、お疲れさんやったネ。と、ジョーに 声をかけて、熱々の紅茶を出してくれた。 「あれ、フランソワーズはどうしたネ?」 「さあ、部屋じゃない?」 「外は寒かったネ。あんな薄着で、フランソワーズは風邪引くアルヨ・・」 張大人はぱたぱたと、スリッパを鳴らしてダイニングルームから出て行く。 2階へ通じる階段から声が聞こえた。 「フランソワーズ!温かいティーいれたネ、こっちくるヨロシ!!」 その声から、10分経ち、30分経ち、1時間経っても003こと、フランソワーズは 姿を見せず、人が住めるようになってきた邸をさらに快適にしようと出かけていた、 外出組が帰って来ても、夕食の席にも彼女は姿を現さなかった。 「何かあったのか?」 フランソワーズの兄的存在である、アルベルトがジョーに訊ねた。 「別に、普通」 「普通、か?」 「・・・。買い物いって、帰って来ただけだけど?」 ジョーの話しを聞いて、アルベルトはふう、と溜め息を吐いた。 テーブルには張大人が愛情一杯栄養満点の夕食が並び、きちんと、フランソワーズの分も そこに並んでいた。 「またジョーがきつい事いったんじゃないの?」 ピュンマが眉間に皺を寄せた。 「なんで、ボクが・・・」 「疲れただけだろお・・きっと。やっぱ不便だぜ?1台で、この人数じゃあよお」 面倒臭そうにジェットが言った。 ジェロニモがゆっくりとその巨体を動かして椅子から立ち上がると、 ダイニングルームを出て行く。それを視線の端にテーブルにつくそれぞれが捕らえているが、 何も言わない。話題は彼女のことから離れて行った。 10分ほどして、ダイニングルームに戻って来たジェロニモの姿に、テーブル についている人数×2の視線がジェロニモに注がれた。 「ジョー、本当に何もなかったか?」 「え?」 彼は再び椅子に座りながら、訊ねた。 「009」 「ああ・・・。スーパーでそうやって呼ばれたから、・・・・それはちょっと、って話しを少し」 「なんだい、マドモアゼルはそんなことで叱られて部屋に閉じこもっているのかいな?」 グレートが、呆れたように呟いた。 その呟きに、ジョーは同意する。 ジェロニモは、それ以上何も言わない。黙ってダイニングテーブルの席に座り直したので、 なんだよ?と、ジョーは胸の中で呟きながらも、さっさと夕食を済ませてしまった。 ** 吐き出した空気が濃い白で、目で確認することができる、朝。 捨てられていた自転車をジェットとピュンマ、3人で使えるように手を入れた。 それを走らせて駅前のコンビニで出ているだけの新聞を買いに出かけるのが、 いつの間にかジョーの日課になっていた。 新聞の束を脇にかかえて、舗装されていない、砂利道のギルモア邸に続く道らしくない道を あがって行く途中、にゃあ。とジョーの足に絡まった。 「?」 どこからやってきたのか、薄汚れた白い子猫がにゃあ、なあ。と、甘えた声を出して ジョーの足にすり寄った。 ジョーの意識が子猫に向かうと、にゃああ、にやあ、なあ。と、足下にいる子猫と 輪唱するように、別の場所から鳴き声が聞こえはじめた。 持ち上げていた自転車を降ろして横倒しにし、その上に買って来たばかりの新聞紙の束を置き、 足に絡まる子猫をひょいと手の平に乗せて、輪唱する声の元へと歩いていった。 ギルモア邸の、リビングルームに繋がる庭にざっくりと毛糸で編まれた赤いカーディガンを 羽織った裾長いナイティを着たフランソワーズが居た。 冷えた大地に座り込んで。 膝に1匹。足下に2匹。 親猫と思われる、猫の喉を撫でてやり、膝の上にいる子猫にキスをして、落ちていた小枝を手に、 足下にいる2匹と遊ぶ。 なあ、にやあ。にゃにゃあ。なああん。と、子猫の戯れる声に紛れて、フランソワーズの くすくすとした、笑い声が混じる。 「んふふf、こっち、ほおおら・・・こっちよ?・・・ね?」 親猫から手を離し、膝上の子猫を撫でる。と、親猫は甘えるように、膝上の子猫と同じように フランソワーズの膝に乗ろうとしたので、小枝を持ったまま膝上の子猫を抱き上げて、 親猫を膝にのっけると、片手で子猫胸元で抱きしめた。 そのまま再び小枝を使って2匹の元気な子猫と戯れ始める。 「ここまで飛べるかしら?」 小枝をイタズラに子猫たちの頭3つ分ほどの高さで揺らす。 1匹の猫がひょん、と仁王立ちになって、枝にパンチ。 「あら、ずるいわ、立つなんてずるっこよ?」 ふふふ、っと笑って、また少し小枝の位置を高くした。 「ね?これならどおかしら?」 なあああっ!にゃおん。と、からだを伸ばす、子猫たち。 「飛んでごらんなさいな、ほおら、ここまで届くかしら?」 ジョーの手の平に乗っていた子猫の瞳にフランソワーズの揺らす小枝が 映り興奮したように、鳴いた。 なゃおおおんっ! フランソワーズの、手が止まる。 は!と、息を飲んで自分が遊ぶ子猫たちとは別方向から聞こえた子猫の声に振り返った。 ジョーは腰を屈めて子猫を地に降ろしてやると、薄汚れた白の子猫は走って 2匹の子猫に戯れついた。 「ご、ごめんなさいっ」 ジョーの姿を見て、フランソワーズは胸に抱いていた子猫を降ろし、膝の上の親猫も 同じように膝から降ろして立ち上がって慌ててリビングルームへと駆け込んで行った。 にゃああお、なああおん!と、残された猫たちが鳴いた声が、ジョーには自分を責めているように 聞こえたけれど、それよりも、彼女のくすくすとした笑い声が耳から離れないで、 ジョーの胸奥におちた。 「どうした、いつものは?」 張大人のお手伝いに、キッチンからトレーに朝食をのせて運ぶフランソワーズを見て アルベルトが珈琲を飲みながら彼女に尋ねた。 「え?」 「いつものは?」 トレーをテーブルにおいて、しばし考える。と、アルベルトが指で右耳から左耳にかけて 頭の上に線を書くように往復させてみせた。 「あ・・・うん。いつもの、ね?うん・・・そうね、どうしたのかしら?」 「答えになってないぞ?」 トレーの上のハムエッグの皿に焼きたてのトーストを積み上げた皿をテーブルにのせて、 うん、そうね、うん。と、1人で相づちを打ちながらキッチンへと引っ込んで行った。 そんなフランソワーズを見ながら、アルベルトは手にもっていた珈琲を飲み干して、 おかわりもらえるか?と、キッチンカウンターから見えたフランソワーズに声をかけた。 新しい珈琲マグに注いで、フランソワーズはそれをアルベルトに運ぶ。 「で?どうした?」 「あ、うん。はい・・・」 「ああ、ありがと・・・。それで?」 ええ、そうなの。うん。を、繰り返し空になったアルベルトのマグと一緒にキッチンへと 再びひっこんでしまった。 なんだありゃあ?と、ぼやくジェットに、そんなやり取りを見つめていたジョー、グレート、そして キッチンに張大人。 意図せずにしてアルベルトと視線があったジョーは、あ。と、昨日のことを思い出したが、 何も言わずに自分の分のハムエッグの皿を引き寄せる。 それから1週間。 彼女の髪にカチューシャは飾られたことがない。 たかだかヘアアクセサリーひとつ。 ジョーは何も気にしないが、ジョー以外の仲間たちは気にしている様子だった。 ** ジョーは毎朝、自転車を走らせる。 昨夜、夕食を終えてうとうとしていたら、そのまま朝を迎えてしまったらしく、早い時間に 目が覚めたジョーは、気にする事無く、いつもよりも1時間早く、駅前のコンビニへ 自転車を走らせた。 「・・・003?」 ガードレールから身を乗り出して、崖下の海を覗き込んでいる、人。 危ないな・・。と、胸の中で呟いて、薄明るい空の下を下りの道をさあああっと自転車で かけ行こうとしたが、無視する事もできずに、きい。と、急ブレーキをかけて、靴底で踏ん張って 自転車を止めた。 「!」 「危ないよ・・・勘違いされてしまうと思うけど?」 「あ、・・・」 崖下を覗くようにガードレールに身を乗り出していた人を、見間違えるのは少々難しい。それは、 ここが極東の島国であるせいかもしれない。薄白い濁る朝でも、彼女の亜麻色の髪は きらきらと光るために。 「こんな朝早く、何してるの?」 「あ・・・の、ごめんなさい」 「・・・・謝るの好きだね?」 「ごめんなさい」 「・・・ミッション中と、キャラ違うよね?」 「え、あ・・ごめんなさい」 「聞き飽きたから、なんか他の言葉ない?」 「・・・・・スミマセン」 「・・・・かわんないよ?」 「・・・」 自転車にまたがったまま、見る003。 何も言わずに押し黙ってしまった彼女に、取りつく島はなく、そして、009もそれ以上の会話を 繋げる努力をする理由もなかったので、ペダルに力を入れようとしたときに、細い声が 009の耳に届く。 「お、・・・お願いしたいことが、あるの・・・だけど・・」 進行方向へ視線を向けていた、009が003へと視線を戻す。 「お願い?・・・何を?」 「・・・・・・この、下の・・・下に、落ちたの・・」 003は視線を背後のガードレールに振り向くようにして、不安げに言葉を続ける。 「何が?」 「・・・一度降りてみたのだけど、岩と岩の間に・・・腕を伸ばして取ろうとしたらもっと奥の、 溝に入りこんで・・岩を動かすか、壊すか・・・・しないと・・」 「だから、何が?」 溜め息まじりに聞いた。 「…・・・・・カチューシャ」 「落としたの?」 「・・・はい」 「拾いたいんだ?」 「・・・はい」 「もっと早く言えばいいのに・・・どこ?」 009は自転車から降りて、自転車をガードレールにたてかけた。そして、003の隣に立ち、 さきほど003がしていたようにガードレールから身を乗り出して、崖したを見下ろした。 「あの、大きな岩と中くらいの岩の間に・・隙間があるでしょう?」 003は指をさして、波にさらされている岩のひとつを指差した。 「あれ?」 「ええ・・・。あの下に入り込んでしまって」 「視えるの?」 隣の003を見る。009に言葉にこくん。と頷いた。 「あそこまで降りたんだ?」 「・・・ええ」 崖下には足場らしい足場などない。 岩がむき出しになってより固まっているだけである。 「人が来ないように、見てて」 「・・・はい」 ひらり。と、ガードレールを飛び越えて、 十数メートル下へと軽々と着地する。 ぐらぐらっと揺れる岩から、岩へと飛び移り、指差された、軽自動車ほどの大きさの岩の下に できていた空間に片手を突っ込むと、ぐっと力を入れた。 地鳴りのような、岩と岩がこすれ合う音。 持ち上げた岩を、乱暴に押す。 波に逆い岩はどおおおおおおん!と、海へと投げられた。 視線を自分がどかした岩があった場所に戻すと、眼にしている自然の色に不釣り合いな赤、が 目に飛び込んで来たので、それを無造作に腰を折って拾ったとき、ぺき。と、軽い音がした。 「あ・・・」 引っかかっていたことにl気づかなかった。 プラスティックのそれは、2/3の部分だけ、003の手に戻って来た。 「009、ごめんなさい・・」 残りの1/3は潮風に煽られた波にさらわれて、ぐっしょり濡れた服のまま、朝の日課は キャンセルするしかない。 ごめんなさいは、こっちのセリフだろ?と思ったがその言葉を飲み込んで、黙って邸まで自転車を 押して003と邸に戻った。 すぐにシャワーを浴び、ベトベトした潮から解放されて1階のダイニングルームで朝食を。と、向かう。 ジョーの姿がダイニングルームに現れると揃っていた仲間が一斉に「新聞は!」の声。 キッチンでいつものように張大人を手伝っていた003は、そっとキッチンから出て行きながら エプロンを外して、玄関へ向かう、その行動を視界の端で彼女を追いながら、ジョーは答えた。 「今からだよ、寝坊したんだ・・・すぐ買ってくるから」 003を追うようにして009がダイニングルームを出て行く。 張大人が、朝ご飯の後でもいいアルネ。と声をかけるが、すぐだから。と、振り返る事なく返事する。 仲間たちは、何事もなかったように、003がキッチンから出て行った事もさほど気にする様子もなく、 いつもの時間に朝食をとり始めた。 ** 玄関を出て、ジョーは彼女を、003を呼び止めようとした。 003!と、声を出そうとするよりも、先に躯が動いた。 邸を出て私道の砂利道が、舗装されたアスファルトに変わる、一歩手前。 彼女の手首を掴んだ009。 ひきとめられて、振り返った003のの頬が赤く染まる。 その反応に、009は目をまんまるにして驚いた。 「・・・あ、あ、手・・・009、あのっ・・・手・・・手・・・」 上擦った、003の声。 「新聞はボクが買いに行くから、フランソワーズ」 ぼん!と003が、フランソワーズが噴火した。 「フランソワーズ?」 「あ。・・あ、あの・・・あの、し、し、しん、しんぶ、しんぶっhnは・・」 「自転車で行った方が早いから、フランソワーズは朝飯食べた?まだだろ?」 耳も首も真っ赤になって大きな瞳がさらに大きく見開かれて、顔からこぼれ落ちないのかなあ? と、のんびりと考えながらフランソワーズをみる、ジョーは、ふと。初めて面とむかって 彼女の名前を呼んだ気がした。 今まで、”仲間たち”の前ではその名を口にしたことはあるが、彼女本人にむかっては 呼んだことはない。 自分が彼女の名前を言っている事は、003であるから、どこかで聴いてはいただろう。 もしかしたら。と、思う。 「フランソワーズ、ってボクが呼ばないから、キミは009って呼ぶの?」 忙しなく瞬いていた瞼がとまった。 「そうなんだ?」 視線を逸らした。 「・・・・キミが先に呼んでくれたらいいのにさ?」 視線が彼に戻った。 「・・・・・呼んでも、いいの?」 「え?」 「だ、だって・・・にほ、日本の、日本の男の人の、ファーストネームを呼ぶのって、 ・・・その、特別、なんでしょ?」 「は?」 「あ、の・・その・・日本は、ファミリー・ネームで・・・呼び合うって・・・その、し、親しい、 間柄の、・・・ボ、ぼ、ボーイフレンドとか、そういう・・の、だって、聴いたから・・」 「え・・?だから、009なわけ?」 再び、視線をそらしたフランソワーズに、ジョーは質問を続けた。 それは、最近ずっと考えていたこと。 「じゃあ、なんでいつも謝るの?・・・キミは悪くないのに、さ」 「・・・そ、それは・・、その・・ま、前に・・だって」 「前?」 「前・・あの、・・・す、素直に、・・あ、謝ることが、出来ない子なんて、って。は、 話しを・・してた、でしょ?」 「?」 「ま、前の、ミッションで・・・そ、の・・・」 ああ・・・。 え?・・・それって、確か・・・・。 「ジェットの元カノの話し?・・・ヨーロッパの子はプライドが高くて、意地っ張りで素直に 自分の非を認めないから、面倒だって・・・言う、え?・・・っと・・」 だから、ごめんなさい? それって・・・・。 それって、さ・・・・。 彼女の手首を握っている009の手が、汗ばんでくる。 上昇する体温に、逆上せきっている彼女の、フランソワーズの体温に。 ファーストネームで呼び合うのは、ボーイフレンド・ガールフレンドの関係と 思っていた、フランソワーズ。 振られた彼女に対するジェットの不満をそのまま信じ込んでしまったヨーロッパに属する、 フランス出身の、フランソワーズ。 「いつも言うごめんなさいの理由が、それ?・・・そして、ボクを009って頑に 呼び続けていたのが・・」 思いつき、もしくは、男の感。 こころに浮かべた言葉がこぼれ落ちる。 「ボクのこと、好きだったりして?」 逸らされていた視線が、再びジョーに戻ってくる。 顔からこぼれ落ちてしまわないか心配なほどに、大きな、大きな瞳は、瞬きもせずに 空色の双眸に涙がたまる。 「え・・・・・。本気(マジ)で・・・・?」 「・・・ご、めんな、さい・・・・・」 こぼれおちたのは、涙。 こぼれおちたのは、ごめんなさい。と・・・・ こぼれおちたのは、ボクへの気持ち。 その涙を、その言葉を、その気持ちを、拾い上げるのに、ボクは大変な思いをした。 たくさんの経験が必要だった。 放っておく事だってできたのに。 落ちたそれを見てしまったから、放っておけなかった。 まず、新しい赤いカチューシャを探し出してプレゼントした。 そして、”フランソワーズ”とちゃんと彼女にむかって呼ぶ。 少しばかり、時間がかかったけれど、ジョーと、ボクの名前を呼んでもらった。 その後にも、たくさん彼女から、色々なものがこぼれおちた。 それを、必死で一つ残らずに拾い上げた。 絶対に、あの日のカチューシャのように、割らない、壊さないように・・・・。 けれどもたまに、ヒビがはいってしまって、辛くて、悲しくて、痛い思いもしたけれど。 ** 「これ、まだ持ってたの?」 「あ・・・ええ」 フランソワーズの部屋の、ベッドサイドに置かれたミニチェストの一番上の引き出し。 いつもはナイト・スタンドなど灯けず、取り出すためにその引き出しを開けるけれど、買って来た ばかりの箱をしまうために、開けて見つけた。 「欠けてるのに?」 「だって・・・捨てられないわ」 「どうして?」 フランソワーズはベッドの上に浅く腰掛けて、買ってきたばかりの雑誌を膝の上に広げた。 「どうして?」 もう一度訊ねる。 それを引き出しから取り出そうとしたとき、こぼれ落ちそうなほどに大きな瞳を瞬かせながら、 雑誌から視線を離した。 「いいの。持っておきたいから」 「新しいの、いっぱい買ってあげたのに?」 「でも、それは特別なの・・・ごめんなさい」 「?」 「いっぱい買ってくれるのに、持っていてごめんなさい、ジョー」 「・・・?」 「ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなs・・イ」 急に、”ごめんなさい”を連呼し始めた、そのくちびるを塞ぐ。 喉奥で、まだ言い続けるフランソワーズの”ごめんなさい”を、直接飲み込んでいきながら、 紙とインクの匂いが強い、新しい雑誌を彼女の膝から床に落とした。 懐かしいな。と、思い出がこぼれおちる。 フランソワーズの”ごめんなさい”はとまらない。 ベッドに浅く腰かけていただけの彼女の背を押し倒しながら、開けたままになっていた 引き出しを閉めた。 広がるフランソワーズの薫りと、亜麻色の髪。 角度を変えるたびに、ナイト・スタンドの光を集めて輝く。 息継ぎのタイミングを逃さずに、フランソワーズの吐息とともに言葉がこぼれおちた。 「閉まっちゃったの?・・・じゃあ、今日は・・・」 「フランソワーズ・・・・」 「j・・よ・・・オ?」 疑問の声をふさいで続きをうながす。 「あの・・・・カチューシャ,を、見つけた・・・、だから・・・・・さ」 「・・・・え、・・・m?」 「ふ、らんそ・・・フランソワーズ・・・」 名前を呼んでぎゅっと、抱きしめた。 「ごめん、・・・フランソワーズ、あれは今後使わないよ・・・買って損したね」 「!」 言葉としてキミの耳にこぼれおちた、ボクの決心をキミは拾ってくれるだろうか? 「・・・・・返品できるのかしら?」 「ごめんなさい。これからはボクたち、使用しないことに決めましたからって?」 少しの間見つめ合って。 くすくすと、笑い合って。 深く、深く、いつもよりも深く、慎重にくちびるを重ね合わせて。 ジョーは腕を伸ばしてナイトスタンドの電気を消した・・・・その手で、彼女の髪から 赤いカチューシャを外す。 フランソワーズの薫りが、胸にこぼれおちて。 吐息がまじりあって、こぼれちて。 瑠璃色の空の星が、こぼれおちて。 月の光が、カーテンを引かない窓からこぼれおちて。 命が、あふれこぼれおちる。 2人で拾い受け止める。 そんな未来が溢れて。 そんな幸せがこぼれおちた先は、海沿いに立つ洋館の、リビングルーム。 真新しいベビーベッドの上に・・・。 end. ・あとがき・ 告白で終わるのが、私のパターン(笑)なのに! がんばった(?)大人・・・(汗)お、大人? 初93ベビー話(笑) 練習。 たぶん、何かの練習。 妄想で、練習・・・。切ないのが書きたいこのごろだけど、同時に大人もしたいこのごろ。 イラスト/ふわふわ。り

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