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オレが好きになった人は島村ジョーの彼女だった

年離れた兄夫婦が念願のカフェをオープンして3年になる。
オレは兄を頼って上京し、2浪してやっとこさ希望の大学へ通う日々。
都合の良い人材+勝手気ままに働ける気軽さから、カフェを手伝い始めて半年。


いや・・・本音を言うとそれだけじゃない。


カフェで働く前は、ほんの暇つぶしと兄が自慢する
新作ケーキやらパンなどを目当てに、たまに顔を出す程度だった。

家でも会えるのに、わざわざ店に行くのは自分の腹を満足させるため。
義姉さんはそんなオレを「無銭飲食!」と非難するが、その瞳はいつも優しく、
「身内」だからこその甘いサービスをしてくれる。



ランチタイムを過ぎて、ゆったりとした空気を感じられるようになった午後。

白と淡い黄色で統一された暖かな色調の店内は、大きなフレンチスタイルの出窓に、
白いレースのカーテンが光に揺れている。

テーブルに飾られているのは、花ではなく、ライムグリーンの鮮やかな観葉植物。
男1人でこういう雰囲気のカフェでお茶を楽しんでいるのは、端から見てどうなんだろう?
身内の店と言う立て前はあるものの、ふとコーヒーから目線をはずして
店内に目を向けると、女性客が目立つ。

あとは男女のカップルだ。



近くにできた新しいビルに、名のあるバレエ団が一般向けのスクールを始めたらしく、
それも手伝ってか、日に日に女性客が増えていくらしい。
凄く綺麗で愛らしいフランス人お客さんととても親しくなったと、義姉さんは嬉しそうに
報告してきたのはいつだったろう?





カフェのドアが開く。

ちりりんっと耳に心地よいチャイムの音。
鈴の音に誘われて、オレは入り口に視線をむける。
接客用の義姉さんの「いっらっしゃいませ」と言う声は、何度聞いても慣れない。


「また、来ちゃいました」





涼しげで、柔らかく、愛らしい声の主にオレは一瞬で恋をした。



細身で華奢な躰、すらりと伸びた手足に、砂浜に打ち上げられた

貝のように輝く白い肌。小さな顔に整った鼻と、サクランボのような艶やかな唇。

長く クルリ とカールした睫に縁取られた大きなエメラルドグリーンのこぼれ
落ちそうな大きな瞳は、光の加減によっては深い碧色に見えるときもある、
トルマリンのような色彩。

絹糸のような光り輝く柔らかな亜麻色の髪はゆったりと彼女の肩にそっと寄り添うように、
彼女が歩くたびに ゆらり と靡く。

それらを顔の邪魔にならないように、
彼女の魅力的な瞳に近い緑色のカチューシャでとめていた。シンプルなペールピンクの
ワンピースに、薄手の7部袖のカーディガン。


そして、細い手首に巻かれ白銀色のとても繊細なプレスレットは、
彼女が唯一身に付けているアクセサリー。









少し恥ずかしそうに義姉さんと話す彼女の日本語を聴く限り、絶対にその容姿からは
予想できないほど綺麗な発音だった。

じっと彼女をみつめるオレの視線に、「カン」の良い義姉さんは何かを感じたらしく、
オレの隣の席に彼女を案内した。




「フランソワーズさん、こっちは旦那の弟で「大地」って言うの。」


彼女が席につくなり、義姉さんはオレに彼女を紹介する。
行動派の義姉さんは、いままで「彼女」らしい「彼女」を持ったことがないオレに、
何度かこうやって店に来る「お薦め」の女性を紹介する。


止めてくれ!と、何度か頼んだが一向に止める気配がなく・・・


けれどもこの時ばかりは義姉さんの「お節介」にこころから感謝した。




「まあ、初めましてフランソワーズです・・・「大地」さん?とても素敵なお名前ですね」


彼女の微笑みはとても華やかで、オレは慌ててその笑顔を眼に焼き付けた。
頭の中でカメラのシャッター音が聞こえた気がする。











こんなに綺麗な人が、この世にいていいのだろうか?















その日から1週間後。

オレはカフェで客から注文を取り、意味不明なケーキの名前を覚え、接客用の
愛想笑いを覚えた。
兄は自分の後輩の高田さんと2人、常に厨房にいる。
接客は義姉さんと2,3人のバイトと、姉の友人の美恵子さん。
彼女の場合は従業員と言ってもいいかもしれない。




フランソワーズさんは、週1、2のペースでここへ来る。
どうやらスクールへ金曜日と土曜日の午後に来ている様子で、時々席には着かずに
焼き菓子やクッキー、ケーキなどをお持ち帰りする。
その数はいつもバラバラで、ケーキの場合2個だったり、6個だったり・・・12個
だったり・・・。

義姉は高校時代から接客業をしているので、客の「後ろ」が見えるらしい。

いわゆる「どういう生活」をしているか。
カフェに来る客なんて常連の親しい人以外は、一期一会と言っていい。
多くの人と接していくうちに、義姉さんは義姉さんなりの人を視る眼が養われたと言う。
けれども不思議とフランソワーズさんだけは「視えない」らしい。
まったく読めないからこそ、義姉さんはフランソワーズに惹かれていき、つい声を
かけてしまったと言った。



ドアのチャイムがちりりんっと鳴る。
オレの気持ちを弾ませるように。



「あら、お手伝いなさってるの?」


彼女はオレを覚えていてくれていた。



「んふふ、先週にお義姉さまから教えていただいたの、新作のケーキが今日からだって」


嬉しそうに、ちょっと恥ずかしそうに彼女は言った。



「この間のチョコレートムースが・・・・、包んで頂けるかしら?」


彼女は小鳥のように首を横に傾ける仕草が、どれだけオレのこころをかき乱すか知らない。




「とっても紅茶に五月蠅い知り合いがいるの。きっとこれなら気に入るわ!」


世紀の大発見のように、はしゃぐその姿がオレの胸を鷲づかみにする。




彼女が店に入ってくる前から、オレは彼女を捜す。
彼女の姿を店の窓から見えた瞬間、オレは彼女しか見えなくなる。


兄貴も義姉さんもそんなオレをからかうことない。
ここ最近、オレは彼女専用になっている。

義姉さんは、さりげなく彼女の「視えないプライベート」な情報を仕入れてくる。
やはりバレエスクールで彼女を知らない人は居ないらしく、何より聞き出し上手な
義姉さんは、さりげなく情報源の女性達にサービスをして、このオレを応援してくれる。





・・・・おもしろがってる風に思えないこともないけれど。













「フランソワーズさんは、ここから1時間ほどの所に住んでいて、親代わりの方と、
その方が引き取ったと言う赤ちゃんのお世話をしているんですって。

日本人のハウスメイトが居るみたいで、日本語を教えてもらったようよ。

意外と車に詳しくって、カーレースを見に行ったらしいわ、この間。

お兄さんがいたんだって。

バレエは3歳くらいから始めたそうよ。

大学は電子工学を専攻していたけれども、卒業はしなかったらしいわ、頭良いのね~。

フランス語に英語、日本語、そしてドイツ語なんかも話せるらしいわよ?

親代わりの方を博士って呼んでいるそうよ。人の出入りが激しいらしくって、家事が
大変だ~!って言ってたって。

デパートでよくお買い物をするんですって、日本のサイズがあわなくって、探すのに
苦労してるそうよ。

お誕生日は1月24日ですって。」








義姉さんは夕飯の時にオレに自慢げに彼女の情報を披露する。
お陰で、「今日のフランソワーズさん」と言う時間が出来てしまった。








恥ずかしいことに、義姉さんのそういった行動から、あっという間にバレエス
クールに通う”情報源”のお嬢さん方に、自分がフランソワーズさんに片思いで
あることがばれてしまった・・・が、別に嫌じゃなかった。
彼女を好きだと思う気持ちに何も偽りはないし、隠すつもりはない。

義姉さんがちょっとしたサービスをするためか、「頑張って!」と情報提供者
たちが応援してくれているような気がしないでもない。

ここは勝手に「応援してくれている」と思っておこう。



ここ最近のフランソワーズさんは、
かならず「チョコレートムース・ビターかホワイト」を1つか2つ買っていく。
それを買って帰る時のフランソワーズさんは、宝物のようにそっとチョコレート
ムースの入った袋を、腕に抱き帰っていく。
その動きや、去っていく後ろ姿を見つめながら、自分が彼女の隣に立ち、並んで
く姿を想像して変に気恥ずかしくなってしまう。



「観た~?!」
「観た観た! 昨日来てたでしょ! 噂の車の人!!」
「すっごいカッコイイよね~~~~~! その辺のタレントやモデルなんかよりも!」
「ねえ、絶対うちのスクールの関係者に知り合いがいるのよ、
彼があそこに車を停めてる時、スクールがオーバーナイトの時じゃない?!」
「あら、ナナ子も気づいたの? 彼女を待ってるのかな~、えええ、嫌だな~。」
「彼女がいるとしたら、誰??ねえ、誰だと思う~??」
「弓ちゃんが遠くだからだけど写メしたって!後で送ってもらおうよ~」



今日は一段と声が大きく、はしゃいでいるな・・・。



土曜日のバレエのレッスンを終えて、必ずケーキを食べに来る3人の少女たち。
彼女たちはフランソワーズさんのクラスの生徒らしく、主な情報はここから流出している。



「あらあら、何の話?」


彼女たちに紅茶のお代わりをサービスしながら、話題に入っていく義姉。
上手い。


そのとき、
ちりりんっと入り口のチャイムがなる。

一瞬、店中の空気がピンっととまり、女性客の視線が、入り口に立つ人物に
集中する。
賑やかだった店内が、急に静かになったかと思うと、ひそひそとした異様な
囁きが響き始めた。




なんなんだ?


店中の視線を一身に浴びているその人物は、何事もないようにレジに立つオレに
心持ち早足で近づいてくる。


薄茶色の褐色の髪は、とても自然な色で、それによく合う甘いベージュがかった瞳。
日本人・・・だと思うが、純粋な日本人と言うには彫りが深く、ハッキリとした顔立ちだが、
作りは愛らしく、古い小説の科白を使うところ、「甘いマスク」と言うのがピッタリに思える。

オレがそんな顔なら、鬱陶しそうな長い前髪なんか切ってしまって、自慢するところだけれども。
オレよりも幾分背が高く、手足の長さが・・・

同じ人間かと疑いたくなるくらいに長い。
その上、腰の位置も高い。(嫌な奴)華奢な優男なイメージを持ったが、レジの前まで来た、
「彼」を間近でみると、スポーツか何かで体を鍛えているとすぐに解った。
男のくせに、睫が長く陰をつくっているのが不思議でならなかった。



「・・・・自宅用に包んでもらえますか?」


ナチュラルな優しいテノールの声が、その容姿とあまりにも似合いすぎていて、嫌味を
通り越している。

彼の第一声に店内がまた、異様な空気につつまれる。


ああ・・・「彼」の所為なのか、とイマサラながらに気づいた。
たしかに、カッコイイ。

その辺では滅多に観られない、見栄えのいい奴だ。




「はい。お決まりでしたらおっしゃって下さい」


機械的に接客をする。
テーブル席から義姉さんがものすごい勢いでやってくる。
「彼」を近くで観たいのだろう。



「いらっしゃいませw」


彼の背後から、普段よりもまた一段と丁寧な造った声を出した。
さっと、義姉とレジを替わる。
男の接客なんて、しないですむならそれに越したことはない。



「・・・えっと。」



彼は、ポケットから携帯電話を取り出して、メールをチェックしはじめる。
そして一字一句間違えずに、ケーキの名前を事務的に読み上げた。



「”オレンジとシトラスのミントな出会い”
・・・”淡い春はイチゴとフランボワーズのタルト”
・・・・・?”ブルーベリーの囁きに添えたケーキ”
・・・・・・・?”NYはチーズケーキの思い出”?
?・・・・・・・・・・・”恋心はチョコレート気分”?
・・・・・・?・・・・・・・・”出会いはきっとレモンパイ”・・・?
・・・・?・・・・・・・・・”君の頬のように柔らかシフォン・・・・・?
”恋の始まりはアップルパイ”・・・・・?」



彼の声が小さくフェイドアウトしていくのがわかる。

そして、彼に同情してしまうオレ。




この店のケーキのネーミングは、パティシエでもある兄貴に一任されている。
オレは未だに兄貴のそのセンスを理解できないでいるが、一部女性には絶大なる
人気があると、義姉は言う。が。オレは信じてはいない。

義姉さんは慣れたように、読み上げられたケーキを箱に詰めていく。
は~っと軽いため息をついた彼は、携帯を元のポケットに押し込む。
彼の手首から キラリ と光るもモノが目に飛び込んできた。



とても細い白銀のブレスレット。
男物のアクセサリーにしては珍しく感じた。




「以上でよろしいでしょうか?」


義姉は心持ち弾んだ声で訊ねた。



「あ、それと、チョコレートムースのビターとホワイトを」
「・・・はい、かしこまりました、少々お待ち下さいね」



耳慣れない曲が突然流れ出す。
彼は、小さな声で「失礼」と言い、電話に出た。




「・・・うん、そうだよ。・・・・・君の言った店にいるよ・・・」


とても落ち着いた、柔らかく囁くような話し方。
絶対にもてるんだろうな・・・こういう人って。




「言われた通りの・・え? ちゃんと言ったさ、ケーキの名前・・・見せてないよ、
メールは・・・」



電話の相手は、どうやらこの店のケーキをお願いした相手のようだ。




「ドライアイスの方はいかがなさいますか?」



電話で話している彼に、遠慮がちに義姉は問いかけた。




「あ・・・ちょっとまって、・・・スミマセン。お願いします。・・・・切るよ?
・・・あとで。」



彼は、店内で携帯を取ったことをさり気なく謝った。
気にしないで下さい、と義姉は笑顔で対応した。




「それにしても、よくご存じですね?当店のケーキの名前って常連のお客様くらいしか、
覚えて下さってないんですよ?」


精算のためにレジを打ちながら、話しかける。
テーブル席に呼ばれることがないので、そのままオレは、義姉さんの隣に立って、
2人のやりとりを聴いていた。




「ああ・・・家の者がよく買ってきてくれるので。でも、・・・・・ケーキの名前は
・・・今日初めてしりました」



ほんの少し口角を上げただけの笑みだったが、その表情は男のオレから観てもとても印象深い、
・・・魅力的なものだった。




「あら、それじゃあ、うちのお得意様なのかしら?」
「・・・・とてもよくして頂いてるみたいで。」
「・・・?」
「客として通っているのに、まるで”お友達の家へ遊びに行ってるみたい”だと、
きいてます」



オレは彼のその言い方で、もしかしたら、義姉さんがよくサービスをするバレエ
スクールの家の人かと思った。


義姉さんは不思議そうに彼の顔を見る。そして、少し不安な色をした視線をオレに
ちらりと寄越した。
オレは義姉さんのそんな視線を気づかずに、失礼がない程度に客である彼を観ている。




「・・・あの、差し支えがなければ、そのよくいらしてくださるお客様のお名前を
伺ってもよろしいかしら?」



先ほどよりも少し声色が下がっている。




「・・・・彼女の名前はフランソワーズです、いつもよくして頂いて、ありがとうございます」



オレは、自分の耳を今日ほど信じられなかったことはない。
彼の口から出た、オレの想い人の名前。
彼女の笑う顔が思い浮かんだ。


義姉はオレの動揺を隣で、肌で感じたようだ。
確認するように、目の前にいる少し恥ずかしそうに口角を上げて微笑む、
魅力的な笑顔を見せる彼に訊き返した。




「フランソワーズさん?あの、バレエスクールの?」
「はい。・・・・今日は所用でこちらに伺えないので、僕が代わりに」
「まあ、そうでしたの。またご来店頂くのこころからお待ちしています、とお伝え下さいね」
「はい、ありがとうございます」



彼はケーキを受け取り、軽く会釈して去っていく。
















ドアのチャイムがちりりんっと鳴る。
なんて冷たい音なんだろう。














彼が店を出たのを確認すると、例のお嬢さん達がきゃ~!っと悲鳴を上げた。



「今日はすっごくラッキー!!!!」
「こんなに近くで会えるなんて!」
「みんなに自慢しよーね!ね!ね!」
「声聴いちゃった!声! すっごく素敵!想像以上だわ!」
「いや~ん、もうあの立ち姿、横顔、すべてがパーフェクト!」



きゃー、きゃーと騒ぐ黄色い声は、どこか遠い国の出来事のようで。
彼女の一番のプライベート知った喜びどころか、一番知りたくなかったコトを知って
しまった気がする。




「何、呆けているのよ! 彼は”家の者”って言ったのよ。親戚かもしれないし、私らみたいに
義姉弟かもよ?まだ彼女の恋人とは決まってないわよ!」


義姉は バン!!っとオレの背中を叩いて、オレを現実世界へ引き戻した。



「さ!働いた、働いた!」


テーブル席には、レジでの会話が聞こえてなかったらしく、さっそく”彼女たち”は
義姉さんにむけて手を振って呼び寄ていた。




















夜。

自室のベッドにもぐり込み、難く目を閉じれば、
フランソワーズさんの笑顔しか思い浮かばない。


彼女がオーダーするときに、癖のように左手の人差し指をとん、とん、っと2回。
彼女の綺麗に象られた顎に添えられる。


彼女のテーブルにハーブティーを運ぶと、彼女は、胸をいっぱいにハーブティの香りを吸い込み、
甘いため息をつく。


彼女のお気に入りのケーキは3種類。

常に新作のケーキはチェックしていて、定番は’”七つの恋のタルト・季節の予感”
”恋の始まりはアップルパイ”を温めてヴァニラアイスを添えたもの。
”キスの甘さを味わうムース(ホワイトチョコレートのムース)”
ちなにみ、彼女がよく買うチョコレートムースのビターの名前は、
”君を想う・恋はビター”だ。




・・・・彼女の名前はフランソワーズです、いつもよくして頂いて、ありがとうございます。










彼の嫌味なほど清々しい声が、頭の中でBGMのように繰り返し、綺麗な
フランソワーズさんの姿とかぶっていく。
一度も観たことがない、2人が2人で寄り添って歩く姿を、安易に想像
できてしまった自分が腹立たしく、ムカついて、ワケの解らない苛立ちに、
ノドがヒリヒリと痛み出す。
普段意識していない筋肉が、びりびりと硬直していく。








悔しい。



誰だよ、あいつ!

何者なんだよ!何様だ!

胸が痛い。

情けない。

オレは一体、どうしたいんだ?!



フランソワーズさんは、笑う。
キラキラと不思議な瞳の色を輝かせて。
大好きなケーキを頬張って、うん!っと納得する仕草。











ああ、本当にオレは彼女が好きなんだ。

オレ、本気なんだ。


本気で・・・フランソワーズさんのこと好きだ。












知りたい。

もっと彼女を知りたい。

一緒に歩きたい。

話したい。

触れたい。

あの笑顔をオレだけのものにしたい。




オレのものにしたい。
オレだけ人になって欲しい。


もっと近くに。
もっと、彼女を感じたい。


何度も、何度もフランソワーズさんの笑顔を思い出す。





























名前も知らない、フランソワーズさんの”家の者”である彼が店を訪れた翌週。





土曜日の夕方4時。


少しずつ春が過ぎ去ろうとした季節。
じめじめとした梅雨の訪れを待つ、突き抜けた青空が茜色に染まろうとしていた。


ドアのチャイムがちりりんっと鳴る。
少し切なく、胸に響いた。




「あら、いらっしゃいませ」



義姉が、フランソワーズさんに明るく挨拶をする。




「こんにちは。」



厨房で賄い?らしきものを食べていたオレは、彼女の声が聞こえたのと同時に、
食べかけの賄い?らしきものを片づけずに店へと飛び出した。
兄貴は「大地!」と叱咤した声をかけるが、諦めたようにテーブルのそれを
片づけてくれる。

年の離れた弟は可愛いようだ。










今日は彼女1人ではなかった。

一瞬、オレは奴が居ると、身構えたが違った。
何度かこの店にも来て下さったことがある、女性だった。




「い、い、いらっしゃいませ」


彼女が笑うと、周りに花が咲いたように輝く。


「そちらのお席へどうぞ」


義姉は2人を窓に近いテーブル席へ案内して、オレの方へ歩いて来る。
すれ違いざまに、ぽんっ と易しく背中を叩かれた。

その勢いに乗って、彼女たちのために水とおしぼりを用意して、あたふたと、
テーブルへむかう。


「こんにちは、大地さん。」
「こんにちは、フランソワーズさん」


オレは、彼女の側にコースターを置いて、グラスを乗せる。
オレが出来る最大級の笑顔をここで使わなくて、いつ使う!


「あら、いつの間に仲良くなったの?」
「ふふ。香奈恵さんが、公演で忙しくしていらした間によ」
「やだ、意外と手が早いのね!」


香奈恵の言葉に、フランソワーズは目を見開いて驚き、「ひどいわ、
そんな言い方しないで!」っと
拗ねてみせた。


ーーーすごく可愛い・・・。


そんな彼女たちのやり取りをウットリと観ていたオレ。
香奈恵と呼ばれる女性の視線を感じて、自分の気持ちを隠すように少し
ひっくりかえった声でオーダーを尋ねた。


「ご、ちゅ、ご注文はおきまりですか?」


香奈恵さんは、なにかニヤニヤとした笑いを浮かべ、意味ありげな顔で
オレを見上げ、そしてフランソワーズさんを観た。
彼女は香奈恵さんのそんな視線にまったく気づかずに、メニューを真剣に観ていた。


「!!新作が出てるのね!」


メニューに貼った今月の新作の部分を指をさす。
細くて白い、女性らしいフランソワーズさんの手。


「はい。今月は3つ」
「あら、じゃあ、3つとも持ってきて、それと私はオレンジ・ペコ」
「香奈恵さん!3つも食べるの?!」
「フランソワーズの分も入ってるのよ!1人で食べるわけないわよ。どうせ
3つとも味見したいんでしょ?あなた」


香奈恵の言葉に、嬉しそうに恥ずかしそうに、にんまりとした笑顔。


「私はアップル・ティをお願いします。」
















彼女たちのオーダーした物をテーブルへと運ぶ。
どんな会話をしているのか、ものすごく気になった。

オレのそんな気持ちを察したのか、お節介虫がむずむずと動き出したのか、
彼女たちのテーブルへむかった義姉。


「久し振りね~香奈恵さん、公演で北の方をまわってたって訊きましたよ、お疲れ様。」
「あら、こんにちは。またここへ寄らせてもらうわね!」


香奈恵は義姉にむかって慣れたようにウィンクする。


「ええ、ええ、いつでもいらしてね、大歓迎よ!もうすぐしたら、夏用のランチに
替わるから、いらして!そうそう!フランソワーズさん。先週はいらっしゃらなかったから、
体調を崩されたのかと思ったわ」


香奈恵の次ぎに、フランソワーズへと話を持って行く。


「先週は香奈恵さんの公演の打ち上げやパーティで色々と忙しかったんです。
でも、毎週末いただいていたケーキを急に食べられない!って思うととっても
寂しくなっちゃって・・・」


「お家の方が代わりにいらっしゃたのよ」


そう言って、義姉さんは香奈恵の方を観る。


「フランソワーズもとうとう、島村っちをパシリに使うまでに成長したのね!」
「ええ!」


香奈恵の言葉に飛び上がらんばかりに驚くフランソワーズさん。
しっかり義姉は、”島村”と言う名前を聞き漏らささずにそれが誰なのか詮索する。


「島村さん? 先週店にいらして下さった方かしら?」


フランソワーズの顔が一気に紅くなっていく。


「モデルや芸能人顔負けの、とってもハンサムな憂いのある、母性本能を擽らせる
男の人だった?」
「香奈恵さん!」
「ええ、先週来て下さった方は、本当に素敵な人だったわよ、もう店中の女の子たちが
夢中になってたもの」
「やっぱり、島村っちじゃない」


イヒヒっと大きな口を左右に引っ張ってイタズラッ子のように笑う。


「か、か、彼が、少し早く迎えに来てしまったってメールが来たから、
だったら待ってる間に、お、お願いしたのよ。彼もここのケーキのファンだもの!」
「ほ~!島村っちは、甘党なの?」
「ここのオレンジピールのクッキーと、コーヒー・紅茶のゼリー(夏季限定)それと、
チョコレートムース」


香奈恵さんが思うほど甘党ではないってこと言いたかったようだが、それは
逆効果だったようだ。


「あららら、よくそんなにスラスラと言えるわねえ?」


からかうように言う香奈恵にたいして、間をおかずに反撃するフランソワーズさん。


「家のみんなの好みは全部言えるわ!ジョーだけじゃないわ!」
「ふ~~~~~ん」


香奈恵さんはテーブルに両肘をついて、少し尖った顎を長い両手に包み込む
ように乗せて、じいいいっとフランソワーズさんをみつめた。
フランソワーズさんは、なるべく香奈恵さんと目を合わさないようにしている。
また何を言い出すか解らない。


そんな2人のやり取りを、さも楽しそうに訊いている義姉さん。
彼女に香奈恵さんは言った。


「何か参考になった? 他に訊きたいことは?私も協力するわよ?」


香奈恵さんの言葉に驚く様子を見せることなく、にんまりと笑う。


「そうなの?じゃあ、参加させてもらってもいいかしら?」


そう言うと、近くでサーブしていたバイトの1人に、


「私、休憩ね!ダージリンと、”恋する気持ちはいつでもイチゴ気分”持ってきて!」
「ねえ、萌子さん、それってショートケーキでしょ?」
「うちのショートケーキは”恋する気持ちはいつでもイチゴ気分”な味なのよ?」


オレは義姉(萌子)さんが彼女たちの席に座り込んでいるのを観て、不安になった。
自分の気持ちを自分で言う前に、フランソワーズさんに知られてしまうんじゃないか?
いくら大切な、お世話になっている義姉さんでも、そこまでしてもらう必要はない。




オレだって男だ!
ちゃんと決めるときは、自分でと思っている。




そんなオレの気持ちを無視すかのように、彼女たちのテーブルから華やかな話し声と
笑い声が聞こえてくるが、内容まではさっぱり。

もっと耳がよければ・・・・っと彼女たちのテーブルを通り過ぎるたびに、胸が
不安の波に襲われた。


彼女たち3人の会話は3時間も続いた。
もう義姉さんは”休憩”ではなくなっている。



彼女たちの話しが止んだきっかけは、フランソワーズさんの携帯が鳴ったからだ。


「いけない!もうこんな時間!! お夕飯の支度が・・・」
「も~、主婦は大変ね・・・ってたまにはいいじゃない?遊んだって」
「でも・・・だめよ。もうそんなに・・・一緒にいられないもの・・・・・」
「いつだっけ?」


香奈恵とフランソワーズの会話についていけない萌子は、2人の顔を交互に見ている。


「もうすぐ。・・・まだ正式に発表してないだけで、もうほとんど決まったようなものなの。
発表されたら、一年の半分以上は海外(向こう)よ・・・・」




フランソワーズは電話をかけ直してくると言って、店から出る。
残された香奈恵と萌子は目を合わせる。


「何の話?」
「島村っちの話」
「何してる人なの?」
「レーサー」
「レーサー?!」
「そう、Fワンって訊いたことあるでしょ?」
「ええ。響きだけは知ってるわ。一時期凄かったわよね?」
「そ、島村っちは、F3ってとこで走ってるレーサーで、実力が認められて
F1ってところに出世するんだって。チームが替わるらしいから、日本には
いられないらしいの。私も詳しくはわからないんだけどね」
「・・・一緒に住んでるのよね?」
「そう。親代わりの人が同じ”博士”なんだって。他にも何人か一緒に住んでるらしいわ」
「・・・でも、恋人同士ではない」
「はっきりと訊いたことはないわね、フランソワーズは、あの通り」
「でも、フランソワーズさんは島村っちを好き」
「ええ、観たとおり、話したとおりに、訊いたとおり」
「で、肝心の島村っちは?」
「・・・確認したことないけど、それはそれは、蝶よ花よ、お姫様よって扱ってるわよ、
彼女のこと。島村っちにはいつも上手くはぐらかされちゃう。意外と慣れてるわよ~、女の扱い。
人は見かけによらないって言うのの見本みたいな人」
「妹?」
「・・・っぽい時もあるけど、フランソワーズが姉っぽいときもあるし、普段の口ぶりでは、
母親?・・・」
「母親!?」
「なんか、色々ワケ有りなんだって、彼。」
「可愛い義弟のためとはいえ・・・。ちょっと難しいわね。彼が上手く海外に出て、その寂しさを
埋めるって言う古典的な手しか思い浮かばないわ」


そんな2人の会話の内容も、何も知らずに席に戻ってきたフランソワーズは、
少し恥ずかしそうに「ジョーが迎えに来てくれるっていうの」っと報告した。


「無理っぽい?」
「努力はしてみたら?」












香奈恵とフランソワーズさんが精算しようとしたけれども、萌子は楽しかったからと、
やんわりと断った。2人は素直に義姉さんの気持ちに感謝する。





島村っち、ことジョーは、思いの外早くにカフェに着いた。
店の外から彼の車を見つけるや否や、走るように外へ出るフランソワーズさん。

ウロウロとレジの前に立っていた大地は、カフェの目の前に停められたスポーツカーに驚いた。
義姉である萌子に促されて、フランソワーズと香奈恵を見送るために、外へ出る。

義姉さんはは、そっと囁くようにオレに早口で言った。


「彼はあなたのライバルよ!詳しくは家でね」










ちりりんっとドアのチャイムが”さようなら”っと鳴る。
客はフランソワーズさんと、香奈恵さんが最後だった。

オレは店前に停められた派手(?)なスポーツカーに威圧された。
フランソワーズさんは助手席の窓を コン コンっと2回ノックする。
ウィンドウが卸され、車の中の人物と短く言葉を交わすと、運転席のドアが開いた。








ーーー奴だ。











彼は、エンジンを切ってこちらに向かって歩いてくる。
やはり、腹が立つほどに格好良く、ジーンズに長袖のTシャツと言う、ラフな服装にも
かかわらずスポーツカーに乗ってるいるのが、背伸びでもなんでもなく、似合っていた。





「久し振りね~!島村っち!!元気そうじゃない」


香奈恵さんは、大きな声で奴に挨拶した。
島村(っち?)って言うのか、と変に納得したオレ。


「お久しぶりです」


奴は、少し戸惑ったように、笑った。香奈恵さんは少し苦手なのかもしれない。
そして、義姉とオレの方に向き直し、頭を下げた。


「フランソワーズがお世話になりました。お茶などをごちそうして頂いたそうで・・・。
夜遅くまでお邪魔してしまって・・・、申しわけありません」
「そんな、フランソワーズさんはうちのお得意さまですもの!!今日は、お客様として
いらしてもらったのに、引き留めたのは私なんですから」
「ありがとうございます。今後もフランソワーズがご迷惑をおかけすると思いますが、
よろしくお願いします」


島村に促されて、フランソワーズさんも倣うかのように、ペコリと頭を下げた。


「ごちそうさまでした!とても楽しかったです」


義姉との会話を訊いて、オレは少し自分が情けなく感じた。
目の前にいる”島村”は、オレよりも幼く見えるが、見えるだけで、オレよりもオトナだった。



ーーーオレは、同じような立場になったときに、こんな風にちゃんとした態度を取れるのか?
挨拶できるんだろうか?



ふと、オレは島村の隣に立つフランソワーズさんを観た。
彼女はほんのりと頬をピンク色に染めて、紺碧の潤んだ瞳で、じっと島村を見つめている。



ーーー・・・彼女は、フランソワーズさんは島村が好きなんだ。






その瞳は明らかに、オレに告げている。
フランソワーズさんは、オレを見るときあんな瞳をしない。

胸に重たい鉛のようなものが埋められた気がした。
肩が妙に張って痛い。




ーーー・・・島村は?





オレは彼の真意を探るようにみたが・・・何もわからない。


「香奈恵さん」


フランソワーズさんの声で、オレの考えは途切れた。


「ジョーが家までお送りしますって」


フランソワーズさんの言葉に、島村は、香奈恵に向かって微笑んだ。




ーーー島村ジョーって言うのか・・・気障な名前。




香奈恵さんは、ジョーの申し出を受けて、3人で帰っていった。

フランソワーズさんを乗せた車が見えなくなるまで、オレと義姉さんは、外に居た。


「・・・ねえ、大地、頑張るの?諦めるの?」
「・・・・なんだよ」


オレは投げやりに答えた。


「私、色々訊いたのよ。諦めるなら、教えない。頑張れるのなら、話すわ」
「・・・・あんな奴ただの気障な坊ちゃんだろ?親の金だろ?どーせ!」
投げやりに悪態をつくおれの態度に、ふふんっと面白そうに、自慢げに胸を反らす義姉さん。
「レーサーなんだって」
「?!・・・レーサー・・・?」
「プロのF3っていうところで運転していて、今度は出世してF1レーサーになるんですって」




レーサー?!
F1!!!




「そういう専門雑誌に、たくさん彼は載ってるらしいわよ。有名人なんだって」


翌日、書店が開店すると同時に、オレがF1関連の雑誌を買い占めたことは、当然の行動だった。












そして、オレは大学受験に失敗したときよりも、落ち込んだ。








周りにもそれとなく、「ハリケーン・ジョー」を知ってるか?と訊いた。
10人中7人は知っていた。
F1を知らないのにも関わらず、知ってると言った女2人。









プライベートは一切公表しない、日本人期待の新人レーサー。
一体彼は何者だ!謎の日本人レーサー、ハリケーン・ジョー
プライベートは謎!モデル顔負けのルックスのレーサー。













来期にF1進出か!と大きく特集を組まれている。
ああ、確かに有名人だ。こりゃ。
ざ~~っと広げたのは、カフェのスタッフルーム。



義姉さんは、オレの買ってきた雑誌たちを見ながら、「ま~!へ~!! すご~い!」と
感嘆の声を上げている。


オトナだよ、オトナ。


オレはやっとこさ苦労して大学に入った上に身内のカフェで思いを寄せる女性に会うため(だけ)に、
バイトを始めた一般人。



















ドアのチャイムがちりりんっと鳴る。
いつも、いつも同じ音でオリジナリティがない。






「ま~、島村っちの正体を知って落ち込んでるの?」


出会い頭早々に、何を言うんだ・・・この香奈恵さんって言うひとは!

香奈恵さんをテーブルに案内した。オレは機嫌が悪い。
よくない態度と思いつつ。オレの気持ちも知ってる相手だし義姉さんの友人だから許されると
決めつけた。


「島村っちなら、どんなに不機嫌でも辛くても、そんな態度は取らないわ」


香奈恵さんのその一言に、ガツン!っと頭を殴られた。


「彼は、どんな時でもそつなく対応するし、社会を知ってるわよ」
「・・・」
「スポーツカーを乗り回して、F1で期待されるヒーローだものね。」
「・・・」
「私、今日はレモネードね、それと”午後の甘い口づけ”のクッキーセット」
「・・・かしこまりました。少々お待ち下さい」


オレと入れ違いで義姉さんが、香奈恵さんのテーブルへ近づく。


「いらっしゃいませ、香奈恵さん」
「昨日はありがとね」
「いえいえ。こうやってまた足を運んで下さる大切なお客様ですもの。でも・・・
あまり可愛い義弟を虐めないでくださる?私の楽しみを奪わないで?」
「あはは。そうね、あまりにも拗ねてから、つい・・・まあ、お詫びといっちゃあなんだけどさ。
私ね今度正式にバレエ団のプリマになるの」
「まあああああ!すごいじゃない!すごいじゃない!おめでとう!!!」
「それでまあ、たいしたことはしないつもりなんだけどさ。小さいバレエ団だし。それでも
形だけでもお披露目パーティを関係者を集めて行う予定でさ。大げさにしたくないし、だから、
ここでランチ形式のパーティできないかな?」
「!!??うちで?!」
「ここからだと色々便利なのよ、バレエ団のオフィスは、あのビルに移動したし、人も
入れ替わり立ち替わりで、・・・友人くらいよ、長居するのは。昼間だけだけど、前日の
夕方から当日丸一日、○日の金曜日なんだけど?」
「用意するのは?」
「乾杯用のシャンパンはこっちで用意するし、いつもの美味しいランチを立食用に数を
作ってもらって、あとは自慢のケーキをお腹一杯味わえたらいいわ!」























香奈恵さんの祝賀会とお披露目パーティの日までにあっという間だった。
フランソワーズさんは、香奈恵さんのお願いで今回のパーティを準備するお手伝い
のために、頻繁にカフェに訪れるようになった。










嬉しい誤算。
香奈恵さんに感謝!





彼女と今までのカフェのウェイターとその客では出来なかった話しをする。









彼女をもっと好きになった。
彼女をもっと知りたくなった。
彼女ともっと一緒にいたい。









彼女の好きな物は、甘いお菓子。
彼女の好きなのは、バレエと、イワンと言う赤ちゃんのほっぺ。
彼女が好きなことは、朝のカフェ・ラテを作る時間。
彼女が好きな場所は、家近くの海岸を、砂浜を歩くこと。
彼女が今がんばっていることは、日本食の”さしすせそ”をマスターすること。
彼女が好きな日本食は、甘めの親子どんぶりに、
最近ちょっと食べられるようになった卵かけ納豆半パック御飯。









オレすげー!

オレ、がんばってると思う!








今日、言うんだ!

彼女と一緒に出かけたいから。
大丈夫、彼女は断ったりしない。








もう作戦は立ててある。












「フランソワーズさん」

最後の打ち合わせにカフェに訪れたフランソワーズさんに声をかけると、
満面の笑みでオレを迎えてくれる。以前よりも親しくなった証拠だ。


今日も彼女は綺麗だった。



もうオレの頭からは島村なんて二文字はとっくの昔に抹殺されている。








「なにかしら?」
「あの・・・せっかくなんで香奈恵さんに何かプレゼントをしようと・・・それで・・・
よかったら一緒に何かプレゼントをしませんか?」
「そうね!素敵ね、そうしよかしら?・・・お花を送ろうかと思っていたの、私。でも、
多分当日は沢山頂くんでしょうから、何か記念になるものだと、素敵ね?」
「それで・・・一緒に買い物へ、もし明日お時間があれば・・・」
「明日?午後からは空いてるわ、でもそんなに遅くまでは・・・」
「いえ!ほんとに、プレゼントを買うだけなんで!」
「そお?なら大丈夫よ!じゃあ、○駅のデパートでいいかしら?あのデパートは香奈恵さんが
いつも買い物に行かれる所なの!きっと素敵なプレゼントが見つかるわ!」








もう、こんなに幸せでいいんでしょうか?

オレ・・・。

初めてフランソワーズさんと、デートって言ってもいいんだよね?

























フランソワーズさんとの約束は、午後二時半に○駅前のデパート正面入り口。
待ち合わせ時間よりも10分ほど早く着いたのにも関わらず、もうそこに彼女が居た。

細身で華奢だけど、すらりと伸びた姿勢の良いフランソワーズさん。
薄い水色のワンピースの裾は、透けるようなレースから、彼女の長くほっそりとした足。
小さな足には、いつもより踵が高い白い靴、ストラップがキラキラと光っていて、留め具の
部分にビーズの花がついている。
ハイウェストの切り替えのせいか、いつもより・・・胸が強調されているように感じる。
襟ぐりも、鎖骨がしっかりと出るほどに大きくひらいていて、彼女の首周りがはっきりわかる。
パフスリーブと言われる袖で、肩口でふんわりと膨らんでそのままおおきく、ゆったり彼女の
二の腕を包んだ袖口から、彼女の白い腕がすらりと出ている。


ワンピースとお揃いの色のカチューシャが、彼女らしい。



そして、いつものように細い手首に巻かれ白銀色のとても繊細なプレスレットは、今日も
彼女が唯一身に付けているアクセサリーだった。









彼女がオレをみつけて、左手を振る。
きらり とブレスレットが光り、さらり と彼女の手首から腕に移動した。




ーーーどうしよう。本当に、彼女はなんて素敵なんだ。






「すみません!お待たせしたみたいで!」
「いいえ、道が空いていたから、思いの外早く着いてしまったの」


浮かれるオレは、彼女の言葉にさほど気にしなかった。


「えっと・・・あの、ここからは、お願いしてもいいですか?改めて考えると、何を
プレゼントしたらいいか・・・まったく解らなくて・・・・」


オレは正直に言った。
彼女とのデートにこぎ着けるために、香奈恵さんを使ったんだ。
けれども、香奈恵さんにはこんなにフランソワーズさんと一緒に過ごす時間とチャンスを
もらったから、お礼も兼ねたプレゼントにしたかったけれど、ハッキリ言って何を贈ったら
いいのか、検討がつかない。


「ええ、もちろん!実はいくつか候補があるのよ。一緒に見て、決めましょう!」


オレは改めて、彼女に惚れる。

惚れ直す。









好きで、好きで、好きで。











この気持ちを貴女に伝えたい!


2時間ほど2人でデパート内を歩き回った。










ああでもない、これでもない。
香奈恵さんの、好みじゃない。
香奈恵さんらしくない。














プレゼントは、シルバーのフォトフレームに、彼女の名前と彼女がプリマとして
正式に迎えられる日。
3日後のパーティの日付を入れてもらった。

オレの予定していた予算よりも大幅に越えてしまったけれども、それが一番のプレゼントだと、
フランソワーズさんと一緒に納得したので、満足だった。

綺麗にラッピングされて、メッセージカードも添えた。

彼女は大切にその紙袋を腕に抱えている。

うちのカフェでチョコレートムースを買って帰る時のように。







「それ、オレが持って帰りますよ、当日、フランソワーズさんも来られるんでしょう?」
「ええ、もちろん。私は関係者ですもの」
「・・・あ、失礼しました、フランソワーズさんは大切な、大切なパーティの係でしたもんね」
「そうよ!もう、香奈恵さんのために走り回ったのよ、私。忘れられたら困るわ!」





オレの失言に拗ねるフランソワーズさん。


嬉しい。普通の何気ない会話が、本当に、嬉しくて、嬉しくて!

このまま帰るのは、もったいない。


オレは、ちらり と時間を確認する。まだ5時前。
ずっと歩きっぱなしで、正直ノドも渇いているし、足も疲れた。



ーーーお茶に誘ってもいいだろうか?








「ねえ、まだ少し時間があるから、どこかでお茶しましょ?」


どきり。 とオレの心臓が跳ねた。
フランソワーズさんが、オレと同じことを考えてくれていたんだ!


「ええ、そうですね!」
「あんなに美味しいお料理やケーキをいつもいただいてる大地さんだから、どこへ
行けばいいのかしら?」
「ど、ど、どこでもいいですよ?!」
「そお?・・・なんだか緊張しちゃうわ。でも、このデパート内でもいいかしら?」
「ええ、もちらん」
「じゃあ、8階に行きましょう!コーヒーがとても美味しいって友人が教えてくれたの。
その人はちょっと五月蠅いのよ、コーヒーに!!」


















フランソワーズさんが案内してくれた珈琲店は、世界各国の豆が買える店の奥にある、
とても小さな喫茶室だった。





メニューを見てオレは戸惑った。

珈琲だけで、この数!・・・一体どうしたら・・・。
フランソワーズさんは、オレの動揺に気づいたらしく、オレに顔を近づけて囁いた。


「私もね、美味しいって言うのはわかるのよ、でも一体、何が何の豆で、どうしたら
いいのかわからないの。だからいつも「水出し珈琲をホットで」って云うって教えて
もらったのしか頼まないのよ? だから一緒のでいいかしら」


今までに経験したことがないほどに至近距離にあるフランソワーズさんの顔。

なんて睫が長いんだろう。

蒼味がかった碧色と言うか・・・小さい頃にはまった石図鑑で見た、「パライバ・トルマリン」
と言う宝石に近い色。
吸い寄せられるように、オレの視線は、彼女の愛らしい形・・・







いつもよりピンク色が濃くなった唇に・・・・。









「ご注文はおきまりですか?」


ウェイトレスの声にオレは、慌てて彼女から離れる。


「ええ、水出し珈琲をホットで2つ。それと・・・オリジナルバナナケーキもお願いします」




ーーー本当に甘いものが好きなんだ・・・。









店中に漂う珈琲の香り。
その中で、ときどき場違いなほどフローラルな香りに気づく。
フランソワーズさんが、手で髪を後ろに凪がす時。


その香りをもっと、もっと味わいたい。

楽しい。

珈琲は生まれて初めて飲んだもののように美味しくて、帰ったら絶対に兄貴に
教えてやらないと!っとオレは息巻いた。
ときどき、フランソワーズさんが彼女の小さなショルダーバックの中の携帯をチェック
している姿が気になったが、遅くなることは出来ないと言っていたので、時間を見ているのだろう。

正直に言うと、時間なんか忘れてしまって欲しかった。
このまま彼女と夕飯でも行きたかった。








できたら、このまま・・・健全な男子が想像するのは、ひとつ!




その前にきちんと自分の気持ちを伝えるのは、もちろんだけどさ。





ーーーまずは、夕食に・・・。










「あの・・・」
「?」

オレが彼女をディナーに誘おうとしたとき、彼女の携帯が鳴った。















時間は6時11分。

フランソワーズさんは、ぱっと携帯を手に取って、「ごめんなさい」とオレに謝り、
慌てて店から出て行った。

勢いがそがれてしまったと当時に、不安が胸を突き上げる。
彼女の携帯に電話をかけた見えない相手に、無償に腹が立った。


そういえば・・・オレは彼女の携帯の番号を知らない。


不安は寂しさにすり代わった。



何が、デートだ。
何が、夕食だ。
何が、健全な男子だ!



その前に、携帯の番号が先だろう?
今後のためにも・・・。






1分もしないうちに、彼女はぱたぱたと席へを戻ってきた。


「ごめんなさい」
「いいえ!大丈夫ですよ・・・」
「あの、さっき大地さん何を・・・」


彼女は自分の電話のために僕の会話を遮ったことを気にしていたのだ。


「いや、大したことじゃないんです!えっとなんだったかな???」






オレは、乾いた笑いでさっきの会話をごまかした。
なぜそうしたのか解らなかったけれど、とにかくフランソワーズさんの電話の相手が気になった。
抹殺したはずの二文字が、頭の中をぐるぐる回っている。


「それより・・・電話、大丈夫ですか?あの・・・時間を気にしてるみたいだったから」


オレの言葉に彼女は俯いて、そして少し小さな声で言った。


「・・・・あの・・・ジョーがここに来るの、このあと少し家の買い物をして帰りたかったから、
荷物があると大変でしょ?だから車で来てもらうように、お願いしたの」











メガトン級のハンマーがオレの頭を直撃した。




オレのデートはもしかして、「家のお買い物」と同レベル?

そして今頃になって待ち合わせの時に言った彼女の言葉を思い出した。









ーーいいえ、道が空いていたから、思いの外早く着いてしまったのーー









「あのお・・・今日の行きしなも?送ってもらったんですか?」


フランソワーズさんは、ゆっくりと顔を上げる。
その顔は彼女の白い首から耳までピンク色に染めている。
照れている・・・、彼女は明らかに、島村について話すことに照れているのだ。




フランソワーズさんは、ゆっくりと こくん と頷いた。


「今日は、バレエのレッスンもなかったし・・・。電車で行くと言ったんだけど、
買ったばかりの新しい靴で、いつもより踵が高いから・・・て。ジョーは心配性だから、
時間が許す限り、送り迎えをしてくれるの・・・。車の運転が好きだし」





ーーーああ、ああ、そうですよね。





車好きっすよね?
運転嫌いじゃ、F1レーサーなんてなれませんものね!












オレは思いっきり毒づいた。これは、フランソワーズさんに対してではなく、完全に島村にたいしてだ。


「あの・・・ごめんなさい」
「え?!」
「せっかく誘って頂いたのに、勝手に予定を入れてしまったから」


まさか、そんな風に謝ってくるとは想像もしてなかったので、慌ててオレは否定した。


「遅くなってはダメだって言ってたじゃないですか!もう6時も過ぎたし、予定通りですよ?!」



オレの言葉に安心したのか、ほっとした表情をみせた。





・・・そんな顔をされると、この後にもオレが予定をいれても良かったんではないだろうか?と、
変な期待をしてしまった。



そんな邪な考えをしたときに、島村は店に現れた。
彼は店内を見渡すような動きもなく、まっすぐにフランソワーズさんとオレの席へとやってくる。


「こんにちは」
「あ・・・はい、こんにちは・・・」






島村はオレに頭を下げて挨拶をする。







ーーーバカ丁寧な奴だ。









「ジョー、何か飲む?」


フランソワーズさんは、席を隣に移して彼に座るように促す。島村はそれに従うが、
彼に気が付いたウェイトレスに何も要らない。と、
言う動作を見せた。


「今日の買い物って、食料品がメイン?」
「なぜ?・・・そうね買いたい物は少しあるかしら、でもイワンのミルクが一番ね」


島村はごく自然に、フランソワーズさんに出された水の入ったグラスに手を出して、一口飲む。
それが当然というような動作で、2人が隣り合って座る姿をみるのが辛い。


「帳大人から連絡があって14人のディナーの予約が突然キャンセルになったらしい」
「あら、ひどいわね」
「それで、材料もいいのがそろってるから、みんなで食べにこいって」
「久し振りね、お店でいただくの」
「さっき、博士やみんなを帳大人のところへ送っていった」
「そう」
「ごめん」
「それじゃあ仕方ないもの。気にしてないわ、こうやって大地さんがお茶につきあってくれていたし」


フランソワーズさんは前髪で隠れた、島村の顔を見ようと少しのぞき込むような仕草をした。
島村は、フランソワーズさんの方へ首を傾けて、微笑んだ。


そして突然、オレに向かって言った。





「今日はありがとう、フランソワーズに付き合ってもらって・・・大変だったでしょ?」
「え・・・?!」
「彼女、買い物し出すと、我を忘れて歩き回るから・・・」
「いえ・・・そんな・・・そうでもないですよ。はい。」


オレはなんでこんなに緊張しているんだろう?


「ジョーひどいわ、私そんなに無理させてないわ、大地さんに!ジョーと一緒だと見つから
ないような、素敵なプレゼントを大地さんとみつけたのよ、ね?」


彼女は怒ったように、オレに同意を求めるが、オレは、どう返事して良いのか、わからなかった。
この島村を前にして、オレはいったいどのようにふるまえばいいのだろうか?
店ならば、ウェイターとして・・・毅然とした態度で彼に接することができる。







でも今は・・・
ただのオレ、ただの、井川大地だ・・・。なんて頼りないんだろう。


「彼を脅したら、ダメだよ?困ってるじゃないか・・・」
「脅してなんかいないわ!」
「夕飯どうする?帳大人の店?それとも他に行く?」


フランソワーズさんは、島村の「他に行く?」という言葉に、ぱっと顔が輝いた。
それは当然、彼も気が付いている。


「じゃあ、コレに履き替えて。買い物を済ませて一度荷物を置いてから出かけようか。
大人には電話してくるから」


島村は、手に持っていた白い紙袋をフランソワーズさんの膝に置いた。
薄い金色でブランド名が書かれているが、読めない。


「靴擦れ、痛いだろ?・・・・で、大地さんはどうする?一緒に夕飯食べに行く?そうすると
・・・・また、フランソワーズの買い物に付き合ってもらうことになるけれど?」


フランソワーズさんは、「あ・・」と小さく声を出す。
そんな彼女を無視するかのように、彼は店を後にする。
手にはいつもまにかフランソワーズさんの携帯を持っていた。


「フランソワーズさん?・・・どうしたんですか?靴擦れって・・・?」


オレは彼が店を出てからようやく、まともに口が回り始めた。
フランソワーズさんはじっと、紙袋の中を見ている。


「・・・今日の靴、新しいから」


消えそうな声で呟いた彼女。
オレは思い出した、さっきの会話を・・・。









ーー買ったばかりの新しい靴で、いつもより踵が高いから・・・て。ジョーは心配性だからーー











「靴を・・・持ってきてくれたんですか?」


彼女は目線を紙袋から外すことなく頷く。
ぱらり と 彼女の肩にかかっていた髪が彼女の横顔を隠した。



そしてもそもそと、紙袋から、踵の低い・・・オレも見覚えのある銀色の・・・彼女が
普段履き慣れている靴を取り出し、新しい白の、踵の高い華奢な靴から履き替え、紙袋にしまった。


「バレエでトウシューズを履いてるし、すぐ傷だらけになっちゃうから・・・靴擦れなんて
気にしなくてもいいのに・・・ねえ?」

フランソワーズさんはやっとオレの方に顔を上げた。











その表情は、今日一日一緒にいた中で、一番綺麗な・・・笑顔だった。



悔しい。




ぎゅっと胸を捕まれた。
それは天使の矢がささったのと同じ痛み。
だけれども、天使はこんなに切ない気持ちを与えたりはしないだろう。

オレは恋をしている。
この美しいフランス人女性に、本気で恋をしている。
でも、彼女にはすでにオレではない想い人がいる。


フランソワーズさんは靴を履き替えてから、「行きましょう」とオレを促した。
彼女がレシートの紙を持ったので、慌ててそれを取り返そした。


「ここはオレが!」
「そんな、ここくらい私にお願い。だって、いつもいつも大地さんのお義姉さまに
よくしていただいているし、たくさんサービスしていただいてるのよ?ここは、私に、ね?」
「けど・・・フランソワーズさん、ここは・・・」
「じゃ、間をとって」


いつの間に側にいたのか ふわり、とオレとフランソワーズさんの手にあったレシートを
魔法でも使ったのかのように、島村は奪ってすたすたとレジへ進んでいった。
呆気にとられてみていたオレは、慌てた。
けれども、間に合わず・・・島村のさりげない、オレにはない行動が






・・・・どんどんオレを追いつめていく。








悔しい。













店から出てきたオレとフランソワーズさんを待っていた島村。
レジで精算していたはずの奴のほうが、早く店を出てるってどういうことだよっ!



そんなオレの気持ちも知らず、島村はおれに問いかけた。



「・・・・で?」
「え?・・・なんですか?」
「一緒に飯喰いに行く? そうなると、買い物にも付き合ってもらって、
一度家まで行かないといけなくなるし・・・遅くなってしまうけど・・・」
「あ・・・」
「そんな誘い方失礼だわ、ジョー!!お夕飯をご一緒するなら、帳大人のところへ
行きましょうよ。今日のお買い物はまた明日出直せばいいもの・・・」
「・・・・電話したよ?さっき」
「またかけ直せばいいコトよ?」
「じゃあ、君がかけなよ?」
「あら、どうして?」
「・・・・・」


正直言うと、とても魅力的な誘いだった。
島村から言い出したのは、腹が立つけれど・・・もう少しフランソワーズさんと一緒にいたかった。
邪魔者はいるけれど。
興味もあった、もしかしたら彼女の住む家に行ける!
これで住所は解ったようなものだし。



それよりも、オレは・・・島村とあと数時間も一緒にいるのかと思うと、とてつもない疲労感に
襲われた。


「今日は・・・いいです。店の片づけを手伝うって約束もあるし・・・誘って下さって
ありがとうございます」

オレは固まりつつある脳みそをなんとか動かして、それだけを言い切ることに集中した。


「じゃあ、送っていくよ」
「そ・・・そんな!大丈夫です!!・・・まだ買い物をされるんでしょ?僕も店に帰る前に
寄りたいところもあるから・・・ここで・・・」


自分を褒めてやりたい。
本当にこころの底から、今日の自分を褒めたかった。


「・・・大地さん、気になさらなくてもいいのよ?車の方が楽よ?」
「いいえ、大丈夫ですよ、フランソワーズさん。今日はどうもありがとうございました。この
プレゼントは、ちゃんとお店の方で預かっておきますから・・・」


オレは手に持った、2人で買った香奈恵さんへのプレゼントをこれ見よがしに、自分の胸に抱え込んだ。
フランソワーズさんは笑って、「お願いします」と言った。




ーーーやっぱり可愛い。




「・・・じゃあ、また。フランソワーズがお世話になりました・・・あと、これを・・・」


そう言って、オレとフランソワーズさんが初めて一緒にお茶した店のロゴが入った袋を
オレに持たせた。


「この店のオリジナル。珈琲マニアなドイツ人の友人が、これに目がなくってね・・・美味しいから、
よかったら飲んでみて」
「あ・・・そんな・・・」
「いつも君のお義姉さんにはお世話になってるから・・・気持ち程度でわるいけど」
「・・・・ありがとうございます」


彼の行為を断るのは・・・大人げないと思った。
オレの隣に立っていたはずのフランソワーズさんが、いつの間にか島村の隣に立っていた。



「それじゃあ、気を付けて帰って下さいね?今度お会いするのは、香奈恵さんのパーティね!」
「そうですね」
「さようなら!」
「・・・サヨウナラ」


オレは、2人がエレベーターに乗って、その扉が閉まるのを見送った。
フランソワーズさんと島村は今から、地下の食料品売り場と、イワンという名の赤ちゃんのために、
ミルクを買い、一度、彼らの家へ帰って、荷物を置いて・・・もしかしたら、島村は彼女の靴擦れが
ヒドイから外ではなく、家で食べようと言うかもしれない。
キッチンに立とうとするフランソワーズさんを宥めて、彼が作れるくらいの・・・想像しかできないけれど、
朝食のような夕飯を2人で食べるのかもしれない。

もしかしたら・・・2人には行きつけの店があって、レーサーになるくらい運転好きな島村と、
ドライブがてらちょっと遠くへ行くのかもしれない。














オレは泣いた。


自分が泣いてるなんて、気がつかなかった。
ぽろぽろ ぽろぽろ と、オレの気持ちに反して涙が出てくる。

止まらない。
そして、その涙を拭うことも億劫で。
人がオレを見てるのは知っていたけれども、そんなことはどうでもよかった。




ただ

オレは泣いた。















好きなんです。
フランソワーズさん。
















貴女が、好きで。好きで。好きで。どうしようもないんです、オレ。












持って帰った珈琲は、もう二度と飲みたくないほどに美味しかった。


























香奈恵さんのパーティ前日の夕方。

フランソワーズさんが・・・・カフェに来た。
当然のように、島村のあのスポーツカーに送られて。

電話で済んでしまうような、小さな確認と、小さな、小さな変更内容だったのにも関わらず。
フランソワーズさんは、これから明日の準備で大変だろうからと、夕食につまんで下さいと、
お弁当を差し入れてくれた。





彼女の手作りの日本食のお弁当だった。


「まだまだ修行中で・・・ジョーに味見してもらわないと変になっちゃうんだけど・・・
プロの方に食べて頂くのは・・・どうしようっと思ったけれど、これから準備が一番忙しいし、
お夕食はしっかり食べた方がいいと思って・・・」


フランソワーズさんの手に持てきれない分を島村が運ぶ。
準備のために、10人ほどスタッフが居たけれど、それでもフランソワーズさんが作ってくれた
お弁当の量は、十二分な量だった。





義姉さんは、すごく、すごく喜んだ。


「今日はピザでも頼もうかって話してた所なの、嬉しい!ありがとう!!助かったわ~!!」


義姉さんは感動のあまり、フランソワーズに抱きついた。
一緒にいた女性スタッフも一緒になってフランソワーズさんに抱きついた。




ーーーついでにオレも抱きつきたかった・・・。









フランソワーズさんのお弁当は5種類の具違いのおにぎりに、炊き込み御飯。
おかずは、それぞれがタッパに入っていて、だし巻き卵、トリの唐揚げ、お煮染め、レンコンの
甘辛煮、ほうれん草のおひたし、昆布巻き、大根の煮物・・・。
まるで、遠足か花見のような・・・とても豪華なお弁当だった。

ちゃんと取り皿として、紙皿にお箸、紙コップにウーロン茶2literが3本。

そして何より、美味しかった。




「・・・日本人の私より日本食上手いかも・・・」
「・・・私、お煮染めとか作れないよ?だし巻きって・・・知らない・・・作り方」


義姉さん以外の若い女性スタッフが ぽつり ぽつり と呟いた。
男性陣は「あんな嫁が欲しい~~~~~~~~~!」と雄叫びを上げる。




オレもここは一緒に叫んでみた。



「なあ、大地・・・お前本気であのフランソワーズさん・・・ゲットできね?」


兄貴が義姉さんのいないところでオレに頼んだ。





オレだって出来るならゲットしたい!
出来るなら・・・まだ諦めてないんだよ!


諦めきれるもんか!


こんなにすごい女性は、一生に一度でも出会えるかどうか解らないくらい、貴重なんだ!
そのチャンスがオレに巡ってきたんだから。手放すなんてバカだ!!





















翌日の午後1時。

香奈恵さんのパーティが始まった。







何社かバレエ専門誌の記者やカメラマンも来ていて、オレが想像するよりもずっと派手だったし、
彼女のためにお祝いに駆けつけた人予想していた人数を遙かに超えていた。
店内から溢れるように、オープンカフェスペースにも人が集まっている。
今日は、空も香奈恵さんをお祝いするように、清々しい暖かな風と突き抜けるような青空。







気持ちのいい日だった。









フランソワーズさんと島村は、予定時間よりも少し早くカフェへ来た。
彼女の姿を見つけたスタッフは、口々に昨日のお弁当のお礼を言う。

彼女は頬を桜色に染めて、


「まだまだ、勉強しないと味付けに自身がなくて、1人だと・・・不安なんです」


と、謙虚な姿勢だった。
そんな彼女を遠目に見ながら、オレは考えたくもないことを考えてしまった。




ーーー・・・あの弁当は全部、島村好みの味付け・・・



準備や訪問客への接待、食事や飲み物の補給などをこなしていく。

満足にフランソワーズさんと話しが出来ない。
一緒に香奈恵さんとプレゼントを渡したいのに。









そんな思いを抱えながら、時間はどんどん進んでいき、気が付けば・・・店内はオレでさえ
見たことのある人たちばかりで、関係者か、香奈恵さんの友人と思われる人達ばかりになっていた。





















時間は4時を過ぎたところ。

店内とオープンスペースを見たが、フランソワーズさんの姿がなかった。
もう帰ったのか?っと思ったが、彼女が何も言わずに帰るはずがない。
この後、今回の準備にかかわったスタッフと香奈恵さんの友人で、ディナーの予約を取っていると
言っていた。



そこにもフランソワーズさんは参加する予定のはず。






島村は知らないけど!









オレがきょろきょろと挙動不審な動きをしたのを目に留めた義姉さんが、っぽん!っと
オレの肩を叩いた。


「お疲れさま!がんばったわね。もうほとんどスタッフか、彼女の友人だから休んで良いわよ」
「・・・うん、あのさ」


義姉さんは、オレの訊きたいことをオレの口から訊かなくても解る。と、いうカンジで答えた。


「フランソワーズなら、裏じゃない?島村っちが煙草を吸えるとこないか?って訊いてきたから、
彼女も一緒なんじゃない?」
「煙草~?!」


いつの間に義姉さんはフランソワーズさんのことを「さん」なしで呼ぶようになったんだろう?
島村っち・・・て・・・。




そんなことよりも、島村は煙草を吸うのか?
フランソワーズさんに変な煙草の臭いがつくじゃないか!







オレは慌てて厨房を抜けて、裏口のドアの前にたった。
厨房にはもう、誰もいない。
兄貴も高田さんもすでにパーティの一員になっている。
ドアを開けるのに少し躊躇った。2,3回深呼吸をしてドアノブを回した。









ーーーゆっくりと、そ~っと・・・。










何もこそこそする必要ない、はずのオレだけれど。
ただフランソワーズさんにいつ、プレゼントを渡すのかを訊くためだ。
ついでに、島村の煙草の害から彼女を護りたかった。


ドアの開く音に気を付けながら、オレは外の様子を伺った。

兄夫婦のカフェはは5階建ての小さなビルの1階のスペースに作られている。
けっして大きくはないけれども、カフェには十分の広さだと思う。
2階から上は、どんな人たちがそこを借りているのかよくは知らない。
兄貴と義姉さんはちゃんと把握しているに違いない。

裏は、これが非常階段か?と解らないようなお洒落な作りになっていた。
ゆったりと螺旋を描き、階段の幅も狭い。広さは十分に取られていて、手すりには計算された感覚で
花を植えたプランターがぶら下がっている。
オレは花の名前なんて知らないが、そこには色とりどりの小さな花が咲き乱れていて、裏路地に
面しているのにもかかわらず、隣り合ったビルのゴミ置き場が見えるのにもかかわらず、とても
長閑な雰囲気を保っていた。





ドア越しから乗り出すように体を外へと向ける。



声が聞こえてきた。
次ぎに、彼らの姿が。






階段からこちら側のドアは見えないようになっているはず。
設計上の防犯のためだ。
けれども2人の姿はオレから見ることができた。
ちょっと無理な姿勢をしなければならなかったけれども。


島村は、フランソワーズさんが自分の隣の位置に腰掛けようとしているの制していた。





「せっかくの、服が汚れるよ?」
「だって、まだ吸うんでしょ?」
「・・・苦手なの、知ってるだろ?」
「じゃあ、後から来たら良かったのに」
「二度手間になるから」
「私は電車でも良かったのよ?」


この明るい空の下、島村の煙草を吸う姿はあまり似合わない。
いつものカジュアルな格好ではなく、彼は濃紺のスラックスに白いシャツ、そして
ジャケットを着ていたが、それは何処かへやってしまって、今は袖をまくり上げ、
シャツのボタンを3つほど開けて男の癖にえらく綺麗な鎖骨と整った筋肉が ちらり 
と見える。無骨な鍛えられた腕から伸びた手、その指に煙草が挟まれていた。


彼はフランソワーズさんに煙草を持っていない方の手を差し出す。
彼女はその手を取った。







「きゃあ!」と彼女の小さな悲鳴が、オレの体を一瞬にして緊張させた。


島村はぐいっと力任せに彼女を引き寄せて、軽々と彼女を抱いた瞬間にフランソワーズさんは、
島村の膝の上に座って、彼の腕の中に納まった。


煙草を持ったままでそういうことをするのは、とても危ない!
オレは、彼女が火傷や、彼女の綺麗なドレスが焦げなかったか心配してしまった。





けれども、それは大丈夫だったようで・・・。
島村がフランソワーズさんを抱く姿は、まるで世界中のすべての目から彼女を隠すように見えた。




「も!ビックリするじゃない!」


彼の膝に抱かれながらフランソワーズさんは、島村の突然の行動に抗議するが
その声は・・・嬉しそうに思えた。


「服、汚さなくて済むだろ?」
「煙草の臭いがついちゃうわ」
「あとで、シャワーを浴びれば?」


気にすることなく島村は ふうっ と、煙を吐き出す。
彼女に煙がいかないように配慮した動きが見える。


「この後に、今回のパーティのスタッフと香奈恵さんのお友達とレストランへ二次会
(打ち上げ)に行くんだもの」
「君も行くの?」
「・・・香奈恵さんにぜひって誘われているの」
「そう」
「・・・ジョーも誘われているのよ?」


フランソワーズさんの言葉に「困ったな」と苦笑いをする。


「何杯飲んだ?」
「・・・3杯」
「ウソはダメだよ?」
「ウソじゃないわ」
「ワインは、だろ?」
「・・・お祝いだもの!」
「それで?何杯飲んだ?」
「うう・・・・シャンパンを2杯、赤を2杯、白が・・・1杯」
「もうダメだからね」
「!?」
「それ以上はダメ」
「だって、レストラン!」
「だめ」
「ジョーは車で、自分が飲めないからって!」
「俺?酒は飽きるほど飲んでるよ、いつも。でも君、今日はおしまい」
「ひどーい!」
「酔ってるね?」


彼は再び、煙草を口に含んで ふう っとはき出した。
そんな風に煙草を吸う彼の姿をみつめるフランソワーズさん。


「これくらいじゃ、酔わないわ・・・・。じゃあ、もうここでは飲まないから煙草、それで
終わりにしてくれる?」
「ヤダ」
「なにそれ」
「いやだ」
「ジョーって我が儘!」


フランソワーズさんは怒ってない。
面白そうにクスクスと笑っている。
島村の膝の上で、彼の腕の中で。
彼女は彼の胸に自分の頬を押しつけるようにもたれかかっている。
甘えている。島村に全身で甘えていた。




「俺は我が儘です。知らなかったの?イマサラ・・・」
「知ってるわよ」
「じゃあ、我が儘ついでに」
「なあに?」














「一緒に来いよ」




フランソワーズさんの笑顔が凍った。
時間が止まった。
オレの息も止まった。





世界中が・・・島村の言葉に足を止めた。


彼は、最後の煙を吐き出すと、階段にそれを擦りつけて火を消す。




「イギリスに決まった。契約に来月行く・・・1週間くらい。年明け早々に、向こうで生活を
始める。グレートが色々助けてくれる。こっちへは・・・上手くいって2,3ヶ月に1度、
2週間くらい・・・かな。戻ってこられるのは。オフシーズンにならないかぎり難しい。」



フランソワーズさんは、腕を伸ばして彼の首にしがみついた。
その動きがなんとも優雅で綺麗で・・・とても危うかった。
彼女の背に両腕をまわして、抱きしめて、あの美しい亜麻色の髪に顔を埋める島村。














「一緒に来い」


苦しそうに、喘ぐように、切なそうに、絞り出した声。


そのまま2人は動かなかった。





どれくらい時間が過ぎただろう、不意にフランソワーズさんの声が聞こえた。
耳を凝らさないと、街の雑音に消えてしまうくらい小さな声。











「・・・・行かない」


「・・・行こう」


「行かないわ・・・・私」


「一緒がいい」


「・・・行かない」


「来てよ」


「・・・だめ」


「・・・・泣くよ、俺」


「泣けば?」


「・・・・そばにいて」


「いるわ、ずっとジョーのそばに」


「一緒に行こう」


「・・・・だめ。でもずっと一緒にいるのよ、私」


「泣くよ、ウソじゃない。キミがいないと眠れない」


「泣いたらいいわ、少しくらい寝なくても平気よ」


「息が出来なくなる」


「それくらい平気でしょ?」


「キミがいないと・・・生きていけない」


「私は死なないわ、生き続ける。だからジョーも生きていける」


「俺を苛めて楽しいかよ?」


「苛めてなんかないわ。信じてるの」








ゆっくりとフランソワーズは、島村の首から腕を放し、
真正面から彼の顔をまっすぐに見つめた。


「この躯も髪もこころも魂でさえ、この世にただ1人の島村ジョーを愛してる私、
フランソワーズ・アルヌールの全てがあなたのものよ、ジョー。私の気持ちは常にあなたと
一緒にあるの。私が還る場所は永遠にあなたの腕の中以外ないわ。同じ地球にいるのよ?
大気圏外じゃないわ。日本とイギリスなんてとても近いじゃない。私はあなたの夢を信じてるの。
ジョーが夢を叶えたときに、私を迎えに来て」



「・・・・きみがいないと無理だよ」

「あなたは出来るわ、私がいなくても」

「俺はそんなに強くない」

「・・・じゃあ、私のために強くなって」

「そばにいてくれないと、強くなれない」

「そんなの本当の強さじゃないわ。私は強い人が好き」

「・・・いじめっこ」



降参・・・っと言うように、彼は彼女に今まで見たことがないような最高の笑顔をつくる。



「だって兄さんが、私は世界で一番綺麗で可愛い妹だから、嫁にやるなら、世界一の男じゃないと
駄目だ!!!ってずっと言っていたんですもの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気で」

「・・・参ったな・・・それ、かなり難しいよ?」

「ジョーなら大丈夫よ」

「買いかぶりすぎ」

「あら、私が欲しくないの?」

「欲しい」

「じゃあ、世界一最速の男になって私を手に入れて」

「もう、世界一だと思うけど?」

「私、贅沢なの」

「・・・そうなの?」

「ええ。そうなの。だから世界中の人が私の男は世界一なんだって知って欲しいの」

「・・・本気で?」

「ええ、本気よ。大声で言いたいの。ジョーは私のものよ!って」

「言ったらいいよ、今でも」

「まだ駄目よ、ジョーは泣き虫だもの」

「・・・・」





ふうっとため息をついた島村。






「待っていてくれるんだ?」

「あんまり待たせないでね? 疲れちゃうわ」

「・・・・努力します」

「ええ、がんばってね!」








フランソワーズさんは ぎゅうううう と島村をその腕に抱きしめた。
彼もそれに答えるように彼女を強く抱きしめる。









「寂しいよ」

「私だって寂しいわよ」

「・・・泣きそう」

「・・・・いいけど? 見られてもいいなら」

「・・・知ってたの?」

「私を誰だと思てるの?」

「・・・はい。よく存じ上げております」






2人はそのまま、動かない。
オレは2人を邪魔することが出来ない。


ただ黙って、変な風に使った筋肉に謝りながら、音を立てないように、細心の注意を払いながら
ドアを閉めた。



その後、2人がどんな会話を交わしたのか知らない。
島村がフランソワーズさんの胸の中で泣いたかどうかも、解らない。








来年、2人は別々の国で生活を始める。

フランソワーズさんは、島村について行かない。
島村は、フランソワーズさんを連れて行かない。








ーーーオレにも・・・チャンスがあるのかな・・・・。






初めからあったのかな・・・・。






























オレが戻ったときには、簡単にではあるがカフェ内の片づけが始まっていた。
明日から2日間、カフェは臨時休業の張り紙を出す。
片づけと、今日のために来てくれたバイトの子たちのために。







フランソワーズさんは島村と一緒に店内に戻ってきたのは、それから10分も経っていなかった。
彼女は、オレを見つけると花が咲いた笑顔で駆け寄ってきた。









・・・微かにオレの鼻に薫った煙草の臭い。












「ごめんなさいね、探してくれたのかしら?」


彼女の言葉に、オレは大げさに首を横に ぶんぶん と振った。


「そうなの? 香奈恵さんの二次会には参加なさるのかしら大地さん?」
「あ・・・うん。そのつもりです。兄夫婦も参加するから一緒に」
「それはよかったわ!プレゼントやお花は今から香奈恵さんのお家に運ぶんですって。でも、
やっぱりちゃんと開けてみて欲しいから、二次会でプレゼントを渡したいの」
「あ、はい。じゃ僕が持って行きますよ」
「ありがとう!!」


フランソワーズさんに寄り添うように、彼女の後ろに立っていた島村。
香奈恵さんは、フランソワーズさんが途中席を外していたことを知っているのか、

「や~っと戻ってきた!」と言って、オレと島村さんを残して彼女をどこかへと連れ去った。






壁際で、バレエ関係者の輪に入る2人を眺めるオレたち。


「・・・大地さん」
「・・・年、そんなに代わらないと思うんですけど・・・」
「いくつ?」
「21」
「・・・そうか、かわらないね」
「だから、大地でいいっすよ」
「じゃあ、僕もジョーでいい。敬語もいらないよ」


さっき聞き耳を立てていた時の話し方とずいぶん印象が違う。


「・・・何か?」

ジョーはじっとオレを見ていた。
睨むとかそういうカンジではなく・・・たまに兄貴がオレをそういう目でみるのにひどく似ている。


「・・・変な話しを聴かせてしまったなっと思って」
「?!気がついてたのかよ!」
「・・・ごめん、でもあの時は・・・こっちの話しを優先したかったから・・・」
「島・・・ジョーが謝るなんておかしいよ、オレが勝手に盗み聞きしたんだし」
「でも、ごめんな」
「・・・・何にたいしてっすか?」
「さあ・・・」


彼の曖昧な微笑みが、オレの胸を剔った。









痛い。










けれども嫌な痛さじゃない。


「ジョーって泣き虫って本当?」



オレは胸の痛みをごまかすように彼に言ってみた。


ジョーは大きな目をさらに大きく見開いて驚いたかと思うと、あっという間に首から耳、そして
顔を真っ赤に染め上げた。
彼は手で口を覆って、ショックを隠そうとするが、その動きが余計に・・・彼の慌て具合を強調させた。


「わ・・・忘れてくれ。それ」


吐き捨てるように言った。





ーーーなんだよ、こいつ。









「よく泣くんだ、彼女の前で」
「!!!!」


オレはちょっと楽しくなってきた。
ニヤリ、とオレは彼を見て笑う。


「どれくらい泣き虫なんだよ?」
「!!!!!!!」




ーーーなんだよ、こいつ。オレよりぜんぜんお子様な反応じゃねーか。





彼の顔はこれでもかって言うほどに紅く。
瞳が恥ずかしさで潤んでいる。
こういう顔が母性本能を擽る、食べちゃいたい顔なのかもな、っと思った。


「やだ!島村っちさんどうなさったの?!」


義姉さんが、オレとジョーが話しているを不思議に思ったのか、兄貴と一緒に俺たちのそばに
やってきたが、ジョーの紅くなった顔に、潤んだブラウンの瞳。
そして狼狽えている姿に、目を丸くして驚いたかと思うと、しっかり母性本能を擽られていた。
そんな義姉さんの様子を兄貴は、「やっぱり顔がいいと得なんだね~」とのんびりとしたコメントをした。


「義姉さん、島村っちさんって何それ?」


意外と、オレはジョーのことが気に入ったかも。


「だって、香奈恵さんが「島村っち」って呼ばれるからつい・・・」


ジョーはなんとか体制を整えようと努力している。


「ジョーでいいじゃんか、フランソワーズさんも「さん」なしになってんだし」


「そうもいかないわよ! また違うもの」












3年後、ジョーはフランソワーズさんと約束した通りに、世界一最速の男としてドライバーズ
ライセンス一位を獲得した。













「一緒じゃん」
「大地、あんたはいつの間に島村っちさんとそんなに仲良くなったのよ」














その2ヶ月後、店に遊びにきたフランソワーズさんの左薬指に特別な指輪が輝いていた。



















「今さっき、すっげー秘密つきで」


オレの言葉に、少しずつ冷静さを取り戻しつつあったジョーは再び元の紅い顔に戻っていった。


「ええ?何?秘密って?」


義姉さんの目が興味有り!とばかりにキラキラと輝いた。























ーーー・・・・オレは訊ねた。


ドアの入り口のチャイムがちりりんっと鳴る。


「こんにちは~!」
「いらっしゃいませ、フランソワーズさん」


彼女は相変わらずここへ週1,2回のペースでやって来る。
フランソワーズさんの婚約者でオレの自慢の友人は、ここ最近ずっと色んなメディアから
追いかけ回されている。


秘密主義で、プライベートに関することを一切公表しなかったハリケーン・ジョーが、F1ドライバーズ
ライセンス一位を取得後、安定した途端にいきなりの婚約発表だ。



オレは彼女に、水の入ったグラスとおしぼりをテーブルに置いた。


「ジョー生きてるの?」
「・・・生きてるけど・・・・泣いてるわ」


その答えにオレは ぶっ と吹き出してしまった。


「だから発表なんてしなくてもいいって言ったのに、私」


彼女は明らかに怒っている。
久し振りに戻ってきた彼と一緒に出かけられないためにストレスが溜まっていると、香奈恵さんが
言っていたのを思い出す。


「でも・・・フランソワーズさんが言ったんでしょ?」
「?」
「覚えてないの?ここのカフェの裏でさ・・・・












ーーーーじゃあ、世界一最速の男になって私を手に入れて。

ーーーーもう、世界一だと思うけど?

ーーーー私、贅沢なの

ーーーー・・・そうなの?

ーーーーええ。そうなの。だから世界中の人が私の男は世界一なんだって
知って欲しいの。

ーーーー・・・本気で?






ーーーーええ、本気よ。大声で言いたいの。ジョーは私のものよ!って。






「!?」
「オレ全部覚えてるよ?あいつのプロポーズ。記者会見で言いたかったんじゃねーの?
フランソワーズは俺のものだ!って大声で。君みたいに」
「やだ!!!!!そんなこと覚えてるの?!」
「しっかりとね。だってオレ、その日に失恋したんだもん」
「・・・あら、そうなの?」
「そうだよ・・・可哀相だったんだぜオレ」
「・・・」










「でもまあ、仕方ないっすな。

オレが好きになった人は島村ジョーの彼女だった、んだかさ」











彼女は出会ったころと全く変わらずに綺麗だ。
その微笑みは世界一の男を虜にして、その上、彼が唯一頭が上がらないんだから。






世界最強なのかもしれない。










「ねえ、あいつちゃんとプロポーズし直したの?」
「気になる?」
「泣きながらお願いしたとか?」
「あら、ジョーは決めるときはちゃんと決めてくれるもの」
「はい、ご馳走様です」
「んふふふ、特別に教えてあげても良いわ、大地さんなら、ね。でも、誰にも言わないでね?」
「もちろん!」













「もう、待てないよ。これ以上は・・・・世界一の次は宇宙一って言い出す前に、君が欲しい」



























end.
				
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