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おやすみが言いたくて/京都・嵐山2泊3日の旅・2
保津川で出会ったオオガミにフランソワーズは誘われて、初めての温泉にチャレンジすることになり、ジョーも同じく宴会(夕食)前に湯を楽しむことにした。

誰しも同じ考えらしく、湯は学生たちで賑わっていた。



隣の湯にいるフランソワーズの方もそうなのかもしれない。と、ふと、不安になる。




フランソワーズにとっては、初めてのパブリック・バス。
海やプールとはまた違う。


脳波通信で、彼女に声をかけようか、ジョーは迷う。


なるべく緊急でないかぎりは、この旅で”サイボーグ”である能力は使わないでいようと、旅に出る前に彼の中で決めていた。
そういう小さなことが、きっとフランソワーズのためになる。と、信じて。







1人、室内の湯に浸っていたジョーに、後から入って来た同室であるセミナー生の岸辺が露天の方へいかないか、と誘われた。
その誘いに頷いて、移動する。


「おお、島村!」
「あ、湯田さん・・・」
「噂をすれば!だな」
「噂?」
「隣に、来てるだろ?アルヌールさん」
「え?」


ジョーはさっと、露天風呂のまわりに視線を走らせた。
無造作に岩で囲われて、自然のままの状態に極力手を加えないように作られた露天風呂。
山の傾斜から護るように竹の柵で囲ってあるのみで、空の青を隠すものはない。

全体的に楕円の形をしていると思われるが、その中央を分断されて小枝で隙間無く編まれた簾が立ち、、アルファベットのDの文字のような形に見える。


「・・・ここ、もしかして・・元々はひとつの湯です・・か?」
「みたいだな、こっちとあっちをわけているのは、あの簾で・・、小枝を使って編んだもんなんて、粋だなあ・・・」


『トロッコ列車?』
『そうよ、そこにほら、見えるかしら?』


「フラン?!」
「よく聞こえるだろ?」


湯田が笑う。


足を進めて、湯田の前に腰をおろしたジョーは耳を澄ます。と、オオガミと一緒に温泉を楽しむフランソワーズの声が聞こえてくる。
向こうはこちら(男湯)ほど人がいないらしい。

聞こえてくる声は、フランソワーズとオオガミの2人。


「さっきまで、水沢や稲葉、に原、と・南川とか、けっこう居たんだけどな」
「そうなんですか?」
「みんな宴会前にひと風呂って考えるのは一緒みたいですね。でも、島村さん遅いですよ!」


露天へと誘った岸辺が言う。


「そういう、お前もだろ?」
「遊覧船を1つ乗り過ごしちゃったんで」
「なんだ、出てたのか?」
「ええ、こっちに友達がいるんです」
「へえ、地元こっち?」
「中学まで」
「そうだったのかあ・・・でも関西弁じゃないな?」
「使い分けれるんですよ!関西人は」


湯田と岸辺の会話を聞きながらも、ジョーは簾の向こう側から聞こえてくるフランソワーズの声を意識する。
聞き取り辛い音量であるが、”人”でない彼にとってはさほど問題ない。


その会話の様子から、彼女からは昼間のホームシックの名残はなく、こころからオオガミとの湯を楽しんでいるように聞こえて、ほっとする。


『亀岡までのんびりと列車に乗って、そこから川を下ってこちらまで戻ってくるのよ、川下りしたことある?』
『川下り・・・』



どうやら、湯から眺めることができる列車に興味を持っている様子で、オオガミが細かくフランソワーズに説明している。
トロッコ列車専用の嵐山駅から亀岡まで。そして亀岡から保津川下りをすることを進めていた。


『そう、川下りよ!』
『・・・・似たような経験は・・・・・』


フランソワーズの解答に、思わず思い出すミッションでの出来事。
それとは全く違う!と、突っ込みたくなる、ジョー。

川を下ったんではなく、あれは川に飲み込まれて・・・。と、こころの中で呟く。



「島村?」
「・・あ、はい!」
「なに、ニヤニヤしてんだ?」
「え?!」


ごまかすように、両手で湯を救い上げて顔にかける。


「ははあ~ん・・・」


湯田が意味有り気に笑う。


「な、なんでもないです!」


そんな2人のやり取りに割って入る岸辺。


「極新空手の黒帯有段者の、湯田さんはわかるんですけど、島村さん、いい体してますねえ・・」
「え・・・、そうかな?湯田さんに比べたら・・・」


ジョーは鍛え上げられた、湯田を見る。


「うん、島村の躯はいいなあ・・・お前のは、オレのと鍛え方と違うって言うか、無駄な筋肉がないなあ、何かスポーツをしていたのか?水泳とも違うし、体操競技とかそっちとも違うよな?」


湯田は腕を伸ばして、ジョーの二の腕を掴むと、押すようにして、彼の背を見る。


「・・・・モータースポーツを少し」


首だけを湯田にむけて言った。


「モータースポーツ?」
「F3で、見習いドライバーをしていた時期があります」
「ドライバー・・・へえ、初耳だな」
「ここにいるってことは、才能がなかったってことです・・・。それにほんの少しの間でしたし」


躯の向きを元に戻しながら微笑み、ゆっくりと露天の湯に躯を沈めながら、過去、夢中になったその世界のことを思い出す。
戻ろうと思えば戻れたが、拘束される時間とその自由が利かないスケジュール、そして、補助脳がはじき出した”危険性”のパーセンテージに素直に従うことにした。


「車、好きな理由はそこか」
「運転も好きですけど、・・・いじるのもですよ」
「改造しまくってんもなあ、お前の」
「あ、わかります?」
「叔父夫婦が整備工場経営してるって言わなかったか?高校時代はバイトしていたから」
「そうでしたね!・・・なんて言うか当時の名残で、・・トレーニングは続けてるんです、なんとなくですけれどね」
「元レーサーか・・・いろんな意味で、・・・モテるはずだな」
「は?!」


再び、にやにやとした笑いに変わる、湯田。


「島村さん、格好いいですもんね・・元ドライバーなんて、モテるネタが増えましたね・・」
「そんなことないよ、普通!!」


はあ・・・と。深く溜め息をついて見せたのは、岸辺。


「いいなあ、島村、・・・その顔に、その体に・・・」
「!」


2人の視線がジョーの顔から徐々に下がっていき、湯に隠れた・・・。


「どこ見てっ!っ見るのはあっちっ!!!!」


ジョーは京の山々を指差す。が、誰一人そちらへ視線を向ける者はいない。


「お前、ハーフだったな?やっぱそこは日本人してないんだなあ。ご両親に感謝しろよ!!」
「!」

ばしばしと、ジョーの背を叩く湯田の力具合がいつもより強く感じたのは、ジョーの気のせいではない。


「いや、ぼくから言えば、湯田さんも島村さんも同じくらいにムカつきます!!」


色白でひょろりとした体系の岸辺が文句を言う。
気がつけば、隣の湯からいつの間にかフランソワーズの声が聞こえなくなっていた。














***


「フランソワーズ?」


湯からあがって荷物を置きに一度部屋へ戻ると、部屋前に湯上がりのフランソワーズが居た。


「ジョー!」
「どうしたの?・・・なんでここに、せっかく温泉で温まったのに冷えるじゃないか!」
「見て!着せていただいたのっ」
「オオガミ教授は?」
「お座敷へ行かれたわ!」
「なんで、キミも一緒しないんだよ?」
「・・・・・・・だって」
「廊下にいたら風邪引くよ!」
「大げさだわ、ジョー」


女性用の浴衣に薄桃色の丹前を着て、いつものカチューシャ姿ではなく、バレッタでひとつにまとめた髪。
後れ毛がまだ濡れていて、真珠色の細い首に流れている。

いつもと違うフランソワーズにたいして、心臓が五月蝿い!と、自分で自分を叱る勢いが、そのままフランソワーズに向かってしまう。


「大げさじゃない!ちゃんと髪渇かした?」
「も!アタシは子どもじゃないわ」
「キミが風邪引いて怒られるのは、ボクなんだから!」
「大丈夫よ!」


2人のやり取りを聞きながら湯田は笑いをかみ殺し、ジョーに足りない言葉を足す。


「アルヌールさん、よく似合うよ、温泉浴衣。可愛いね」


ジョーの斜め後ろに立っていた湯田、そして岸辺に、気づいていなかったのか、フランソワーズはびっくりした様子で、ぱちぱち。と、瞬きすると、湯上がりの頬をほんのり染めて微笑み、両手をぱっと胸元によせ、その手に顔を隠すようにして上目遣いに湯田を見る。


「あ。ありがとうございます・・」


なんとも可憐なリアクションに、湯田の頬が弛み、岸辺の顔が茹で上がった。
女心がわかっていないジョーを湯田がさりげなく肘でつつく。


「フラン、ボクだって浴衣だよ?」


湯田に褒められて恥ずかしがるフランソワーズの反応に、少しばかりジョーはむっとする。


「・・・張り合ってどうするんだ?島村」


褒めてやれ!と、言う意味を込めた肘が、またジョーの腕をつつく。
岸辺はくくく。と、鈍いジョーに対して笑った。
彼のこういうところが、同性からみても面白いと思えた。

セミナー生である岸辺は、ジョーがどれほど大学内でモテるのか知っている。
その彼にどれだけの女生徒が憧れていることも、そして、さりげなくアピールをしている場面にも何度も遭遇していた。
しかし、結局、ジョーはジョーで、その人の良さと朴念仁具合が同性内では受けていた。


「ジョーは似合って当然だわ!」
「どうして?」
「だって日本人ですもの!」
「日本人でも、半分だよ。似合わないかもしれないだろ?」
「大丈夫よ、ジョーだもの!」
「だから、どうしてそうなるんだよ?」


2人の会話が続く中、部屋の鍵を開ける湯田。そして、それに続く岸辺。
同室である、もう1人のセミナー生の姿はなく、ドアを開けると、そのままジョーも岸辺に続き、フランソワーズも部屋へと入って行く。


「ね」
「なに?」
「いつするの?」
「何を?」
「ほら!」
「?」
「御代官様!」
「は?」


ジョーは突然出て来た単語に、目を白黒させて、フランソワーズを見た。


「ご無体な!あ~れ~!!くるくるくるっって!」
「?!」


手に持っていた衣類を畳に落とす。


「な・・・に・・…?」
「だって、”しないと駄目”なんでしょ?」


フランソワーズの発言に、湯田、岸辺が2人を、いやジョーを見る。


「島村さん・・・そういうことを教えてるんですか・・」
「いやあ・・人の勝手だけど、一歩間違ったら犯罪だぞ?・・・そうかあ・・・そういう趣味があったのかあ、いや、あれは一種のロマンだがなあ」
「違うっ!ちがっ!!!!フランっそんなこといつ覚えたんだよっ!?ボクは言ってないしっ!って言うか、なんでそんなこと知って?!」
「あら、温泉で浴衣を着たら、絶対はやらないといけない儀式だって・・・・だから、ちゃんとジョーにしてもらいなさいって・・・」
「「島村(さん)・・・」」


湯田と岸辺の呆れた視線がジョーに刺さった。


「ボクが言ったんじゃないっ!!してもらえって?!誰がキミに言ったんだよっ!」


必死で汚名を晴らそうとする、ジョー。
彼の頭にはある人物がのニヤリと嗤う顔が浮かんでいる。


「アルベルトよ!」
「!」

当ったこと自体が泣きたいくらいに、腹立たしい。
いつ、どこで、ドイツに居る彼がそんな情報をフランソワーズに与えたのだろうか。


「してもらえなかったら、今度ちゃんと誰かがしてくれるように頼んでくれるんですって」
「っ!!!」
「ジョーがイヤならいいわ、他の人でも問題ないみt」
「イヤとは言ってないっ!!!!!」
「やっぱり、そうか・・・・島村、恥ずかしがらなくていいぞ・・・そういうプレーが好きなんだな・・・うん。そうかあ。新発見だ」
「島村さん、いいですよ、ここだけの話しにしておいてあげますから」
「ちがあああううっ」
「も!するの?しないの?」


ジョーの着る、鶯色の丹前の裾を引っ張るフランソワーズ。
彼女がその”本当の意味”を知った時が、怖い。そして、それを自分が説明しないといかない状況が、ジョーにとっては拷問に近い。


「フランソワーズっ・・・・・・・・あとで、ね。あとで、ちゃんと説明するから、今は・・・・勘弁してくれる?」


なんとかその場を納めて、少し不満顔のフランソワーズを、夕食の料理について話すことで頭を切り替えさせた。



---アルベルト・・覚えとけよっ!!














***

座敷には半数ほどの生徒が集まっていた。
きょろきょろとあたりを窺い、ある人物を探す。


その姿が座敷にないのを確認すると同時に、彼と一緒にいると思われる女性の姿も見当たらず、胸が痛む。
脱衣所ですれ違ったとき、彼女はオオガミ教授と一緒であった。

湯からあがった、美奈子、りか子、千里の3人は時間まで宴会(夕食)まで、気楽に女同士で過ごしていた間、一度オオガミに連れらえて、湯上がりのフランソワーズが部屋に戻って来たが、すぐにオオガミとともに部屋を出て行った。

その後、彼女がどうしたかは知らない。

3人が座敷にやってきたときには、すでにそこにオオガミがいた。
宴会(夕食)の準備を進める仲居たちを見ながら、ときおり楽しげに会話していた。



「アルヌーボーさん、オオガミ教授と一緒じゃないのね?」
「みたいですね」
「・・・多分、一緒なのよ」


美奈子、りか子、そして千里は隣あって、膳の前に座る。


「いい?美奈子、アルヌーボーさんが居たとしても、ちゃんと声をかけてこっちへと誘うのよ!!」
「そうですよ!」
「とにかく、近くにいることが大切なんだしっ!そして、宙ぶらりんになったままの、明日の予定、ちゃんと一緒に行動するようにしないと!」
「この夕食で約束を取り付けないと、明日1日、結局アールヌーボーさんと2人きりにさせてしまいますよ?」
「・・・ええ、わかってるわ。でも、・・・ね。島村くんはどうせ・・・彼女と行動するのよ?だから・・・」
「だ~か~ら~!!私たちがアルヌーボーさんを誘うわよっ!」
「そうですよっ!どうせりか子先輩は湯田さんを誘えないし!」
「ちょっ・・・私だってっ!!」
「いえいえ、わかってますよ、りか子先輩・・・無理な事くらい」
「ち~さ~と~ちゃ~ん・・・・」


りか子の手が伸びて、千里の首を閉めようとする。


「ここは水沢さんに集中するんですよね!ね!友情ですっ!!りか子先輩は友情に熱い!」


その手から逃げるようにして、千里は美奈子に助けを求める。


「告白、しようかなあ・・・」
「「!」」
「どうせ駄目なら、早い方がいいもの」
「駄目って決まってないでしょ!」
「・・・でも、2人きりなんてチャンスないわよね」
「あるわよっ!」
「ありますよ。そんなのたくさん!」


そんな会話をひそひそと続けているとき、湯田が座敷に姿を現した。
続いて、岸辺。

岸辺は、同じセミナー生の友人を見つけると、そちらの席へと進んで行く。
湯田はきょろきょろと座敷口に立ち、全体の様子を眺め、上座に座っていたオオガミ・サガミ両教授を見つけて挨拶のために言葉を交わし、その間にジョーとフランソワーズが座敷に姿を現した。


そのフランソワーズの手が、ジョーの丹前の裾を握っているのが、美奈子の目に飛び込んでくる。


座敷に入り、湯田に続いて両教授と挨拶を交わしながら、ジョーはオオガミにフランソワーズと湯に入ってくれた礼を言った。
フランソワーズも花のような笑顔で、礼を言い、サガミに挨拶をする。

60に手が届く年齢のサガミは、まるで孫娘を迎えたように目尻を下げてフランソワーズの浴衣姿を褒めた。



そんなやり取りの間に、ふと、湯田の視線がフランソワーズの同室の3人に止まる。
彼の視線がこちらへ止まった隙を逃さず、千里が軽く手を挙げると、りか子も千里に習って手を振った。
すると、湯田がジョーに何事かを囁き、ジョーの視線が3人へと向けられると、美奈子がジョーに答えるように、遠慮がちに小さく手を振った。


ジョーが美奈子にむかって微笑む。
それだけで美奈子の体がふんわりと浮く感覚。




りか子の手が、おいで、おいで。と振られて、美奈子のとなりの空いた席を指差した。
湯田が先に、動く。

すると、ジョーもそれにならって3人の元へと移動すると、りか子、千里は視線でやった!と、合図する。



「隣いいのかな?」
「どうぞ。温泉いかがでした?」


湯田が美奈子に話しかける。


「よかったよ。なあ、島村」


振り返って話題をジョーに振りながら、美奈子の隣の席をさりげなくジョーに譲る。
湯田は美奈子がジョーに気があることを知っているために、だ。


そして、その隣にフランソワーズが座ったのを確認して、湯田もフランソワーズの隣の席についた。





「揃ったわね!じゃあ、適当に楽しんで、適当に勉学に励んで、適当に有名になって、この恩をしっかり返してちょうだい、以上!乾杯っ」



座席に用意された膳に合わせて人が埋まったところで、オオガミが音頭を適当に取ると、笑い声と一緒に、「かんぱ~い!!!」っと26人の声が座敷を響く。



膳にならぶ、秋草やほどよく色づいた柿の葉などをつかい、秋らしさをほどこした八寸。熱々の煮物椀に、牡蠣しんじょうのみぞれ仕立て。お造りに湯葉蒸しと、揚げたての活車エビ、むかごにショウガ汁が香ばしくかけられていた。
落ち葉焼きと言う、京野菜を包みやこんで和紙に敷かれた焼き物に、、牡蠣ご飯、かにミソ炊き、松茸ご飯、の3種のご飯が、紅葉に象られて並ぶ。
そして、デザート皿に柿と梨が並び、小皿に栗羊羹。

大学の慰安旅行に出される膳には考えられないほどに贅沢さに、歓喜の声があがり、みな口々にオオガミを讃えた。


しかし。
旅費のほとんどが今夜の宴会(夕食)につぎ込まれており、明日、明後日の食事は出ない。
それは事前に、秘書である水沢から伝えられていた。




「とっても美味しいわね?」
「4食分だしね」
「そんな言い方だと、せっかくのお料理のムードがなくなっちゃうわ!」


隣にジョーがいる。
彼は暑いと言って早々に丹前を脱いだ。


大雑把に着た、浴衣の襟の合わせが広くなっている。
普段見る事が無い、優しい顔立ちからは想像できない逞しさに、美奈子は逆上せていく感覚に、コップに繋がれたビールを飲むピッチが早くなる。


湯田と会話するフランソワーズ。
ジョーは静かにその会話を聞いている。時折、焦ったように、フランソワーズの言葉を訂正する様子が、可愛らしく美奈子の目に映る。




大学で、ときどきだがジョーとランチを一緒する美奈子。
たまに隣合って座る事もある。

何に緊張する必要があるのか、なかなかジョーとの会話が弾まないままに夕食が進んでいく。
りか子と千里が、そんな美奈子を応援するかのように、会話をジョーに振るが、美奈子の口数少ない様子に、話しは盛り上がる前に途切れてしまう。


「小食だね?」


そんな湯田の声が、美奈子の耳に届いた。


「猫舌なんですよ」
「へえ、そうなんだ・・・」


湯田の言葉にフランソワーズではなく、ジョーが答えた。
美奈子の視線がフランソワーズの膳に向かう。
確かに、彼女が手をつけた皿は熱を持たない皿ばかりだった。

りか子、千里も首を伸ばすようにして、会話に参加する様子をみせた。


「まだ熱いかな?」
「ん~・・・・」



フランソワーズの手が動いた。


「はい♪」
「あ・・」


フランソワーズの箸が、揚げたての活車エビを割って、ジョーの口へともってくると、絶妙なタイミングで出されたそれを、ぱくんと、口の中に。


「「「!!!!」」」
「慣れてるなあ・・・」


のんびりとした、湯田の声。


「熱い?」


もご。と、ジョーの口が動く。
秋の紅葉が染まっていく様子を早送りで見るかのように、彼の頬から耳へ、首へと染まって行くと、口元を押さえて目を伏せる。


「・・・ふら・・・・・・ん・・・」
「ね、まだ熱いかしら?」
「・・・・・・っm」


恥ずかしい。
かなり恥ずかしい。
一体、何人の人間に今のを見られたのだろうか。






たまに、ごくたまに、あること。

食事中にフランソワーズは、誰彼かまわずに食べさせる事がある。
彼女はそれを”恥ずかしい”とは思っていない。

食べさせる方よりも、食べる方が恥ずかしいのだ。
それを解らせようと、彼女へ食べさせればいいのだ。と、思うが、それを実行できないままでいた、ジョーが、食べさせる方も恥ずかしい。と、わかったのは、ごく最近での邸での出来事。


「まだ熱いかしら?」


ジョーの様子を覗き込むように窺う。


「・・・・・・・・食べられると、思う」
「そう?本当に?・・・ねえ?」


2、3回噛んだだけで、ごくん、と、飲み込んで頷いた。
味も何も解らない。



美奈子はただ黙ってフランソワーズとジョーを同じ視界の中に入れてみている。


「んふふ♪じゃ、大丈夫ね!」


ジョーの答えにフランソワーズは機嫌良く、箸で牡蠣しんじょうのみぞれ仕立てを掴むと、ぽんっと口に放り込んだ。


「フランっ!違っ、え?!エビじゃないの?!」


ジョーが慌てる。


「ぅ・・!!!」
「ああっ!、そんな固まりっ、そっちは熱いに決まってるよっ!」


箸を持ったまま両手で口をおおい、はあっ、はあっっと口を開けて熱を逃がし、口の中の牡蠣のしんじょうを舌でころがす。


「出して!」


イヤ!と首を振って抵抗するフランソワーズ。
団子になっている実を噛めばましになるかと、噛むと、中からじゅ!っと熱い汁が出てきた。


「ふぅううんんっっ!!」
「!」


フランソワーズの背に腕をまわし、彼女の両手を払いのけてジョーの左手がフランソワーズの口を覆った。
その熱さに耐えられずに、ジョーの手に吐き出す。
フランソワーズの口元にあてられていた手が、離れていくと、湯田が慌てたように、ジュースが入ったコップをフランソワーズへと渡す。

コップを手にフランソワーズは涙目で口にジュースを流し込み、ジョーは手にあるそれを、近くの盆にのせられていた布巾を取った美奈子から受け取り、包む。


「熱いわっ!!ジョーの嘘つきっ」
「エビを食べろよ!!」
「だって熱くないって!」
「それはエビ!」
「だって、このお団子が食べたかったんですもの!」
「だったら、そっちをボクに食べさせたらいいだろ?!」
「ジョーはエビが好きなんですもの!」
「いや、好きだけどっ!熱いかどうかを確かめさせたいんだったら、自分が食べたいのを、確かめさせろって!」
「口の中痛いっ!」
「あたりまえだよっ」


熱さで痛む咥内に、再びジュースを流し込む。
空になったコップを見て、湯田がきょろきょろとジュースを探す。


「ぅ~・・・ん・・熱いのいや・・」
「・・気をつけてよ・・・・びっくりするから」
「・・・じゃ、このお野菜もまだ熱いのね?」


落ち葉焼きと言う、京野菜を包み焼いた、和紙に敷かれた焼き物をフランソワーズは視線で指すと、ジョーが包まれていた秋の葉をよけた。


「包んだままだと、熱は逃げないままだよ?もうしばらく、このままにしてたら食べられるよ・・・」
「ジュースより、お水の方が・・・取ってくるわ、隣の準備室にあるはずだから」


美奈子が立上がる。と、ジョーがそれを止めた。


「いいよ、水沢さん座っていて、ボクが行ってくるから」
「ついでにビールの数も確認してくるわ、そろそろ足した方がいいと思うから・・・」
「じゃあ、一緒に行きます。持ってくるなら、男手がいるでしょう?」
「でも・・・」


美奈子の視線がフランソワーズへと向かう。


「行ってこいよ、島村。水頼むな」
「はい」
「じゃあ・・・」


ジョーも立ち上がり、美奈子について歩き出す。


「フラン、待ってて」


フランソワーズの背に向かって呟き、美奈子と一緒に座敷を出て行った。
その姿に、小さくガッツポーズを取るりか子と、うん。と、納得する千里。

「・・・」


熱さで涙が滲む瞳がジョーを見送る。
まだ、彼女が、どこの誰か知らないときに、見た、2人が瞬きする瞼の裏に思い出す。



「大丈夫ですか?」


ジョーと美奈子がいなくなったために、千里とりか子の姿がフランソワーズの視界に入る。


「・・・ごめんなさい」
「謝ることないわよ、熱かったんでしょ?」


千里の背後から、りか子が見えた。


「・・・・」


こくん。と、小さくフランソワーズは頷いて答える。


「仲いいんですね・・・、普通、あんな風に手でなんてしませんよ、ねえ?」
「?」
「ああ、まあ・・・それが、島村なんじゃないか?」


湯田がビールの注がれたコップを人差し指と親指で摘むようにして持ち上げて飲んだ。


「いっつもそうなの?」
「?」
「あんな感じなの?」
「?」
「島村君って」
「そうです・・・・」
「ふうん・・・そうなんだ」
「島村だから、なあ」
「湯田先輩、それなんなんですか?”島村だから”って・・・」
「いや、そのまんまだよ、原」


空になったコップに手酌でビールを注ごうとすると、フランソワーズが湯田の手にあるビール瓶に手を添える。


「お、スミマセン」


ビール瓶を受け取って、フランソワーズは無言のまま湯田のコップにビールを注いだ。
その動作がとても絵になる上に、場所が場所だけに雰囲気も良く見えた。


千里の視線が、りか子へと向かう。
言葉にしなくても、彼女が自分に何をいいたいのか理解する。


”ああいうのが出来ないと!りか子先輩!!”


「未成年なのに、変に慣れてるのね?」
「え?」
「男の人に食べさせたり、お酒注いだり・・・家でそういうことしてるの?」
「稲葉」
「自然過ぎて・・・びっくりするわ」
「・・・あの」
「ああ、ああ、気にしなくていいよ、アルヌールさん、稲葉は少し酔ってるだけだから」


湯田がフランソワーズを庇う。
それが、なんとなく気に入らない。

先ほどから、ジョーよりも湯田の方がフランソワーズと会話が弾んでいた。
美奈子のことを考えれば、その方が都合がいい。

現に今、ジョーと美奈子が2人きりで準備室にいることが出来ているのは、湯田の一言のお陰だ。


「フランスって、自由恋愛の国って言うし、男の人にたいして、そういうのが当たり前で自然に身に付くの?」


ジョーと仲が良い湯田であるからと理解しているが、なぜ湯田が?と、言う疑問は消えずにりか子の胸を引っ掻く。
昼間のこともそうだ。と、思い出す。

湯田は昼食時も、その前も、フランソワーズに気遣い、庇っていた。


「稲葉は、もう飲むのは止めた方がいいみたいだなあ・・・」


千里がそっとりか子の膝の上に手を置いて揺ったことで、はっとりか子の曇った視界がクリアになった。


「・・・・兄との夕食には、必ずワインをあけてましたから」


ついっと、湯田に注いだビール瓶を持ったままフランソワーズは立ち上がり、席を離れる。
湯田がどこへ?と訊ねると、にっこりと微笑んでオオガミ教授に。と、呟いた。


千里が視線でフランソワーズを追う。
フランソワーズはオオガミの隣に座り、ビールを注ぎ、談笑しながら、サガミ用に用意されていた熱燗を手にお酌した。


「稲葉ぁ・・・?」
「すみません・・・」
「やっぱり、飲み過ぎだなあ・・・疲れてるか?この間、論文あげたばっかだからな」


湯田はりか子を叱ったりはしないが、かわりに4つ分離れた席から、体と腕を伸ばして、空になったコップを差し出した。


「注いでくれ、それで許してあげよう」










***

準備室の冷蔵庫を開けて、2?のボトルに入った水を2本取り出す。
積み上げられた、ビールケースと、日本酒の瓶。
それらを数えて、のこりを確認する。


「26人で、これって多くないかな・・」
「おつまみの方が先になくなりそうね。でも、飲めなかった分は払い戻しにしてくださるから、大丈夫なの」
「そうなんだ」
「島村君、お水だけでも重いでしょう?誰かに・・・」
「いえ、水と・・・」


ここにあるビールケースくらいなら、余裕で運ぶ事が出来るが、よく考えて答え直した。


「1ダースくらい、平気かな・・・。日本酒の、それくらいも足してもいけるはず」
「無理しないでいいのよ?また取りくればいいんだし」
「これだけ運んで、あとは飲みたい人が各自で、でいんじゃないかな?」
「そうね・・・」


ジョーはビールケースの上に、水のボトルを置いた。


「島村君」
「はい?」
「・・明日は、どうするの?」
「明日は・・・・トロッコ列車と川下りをして・・・・あとはその辺を回ろうかと・・・ここに来るまでに人力車を見ていて、興味があるみたいだし・・そうだ!」


美奈子の気持ちが沈む。
ジョーの予定は、すべて彼女のための予定。


「抹茶と、小豆と、きな粉に・・・栗だったかな?」
「なあに、それ?」
「ソフトクリーム」
「ソフトクリーム?」
「京都限定のを全部食べないと帰れないって言って・・・・」


困ったような笑いを浮かべる。


「まだ売ってるかしら?夏ならわかるけど・・・」
「この辺になかったら、河原町とかに出たらあるかな?」
「繁華街なら売ってそうね」
「そこまで出ると・・・どこをまわったらいいのかなあ・・・定番だと、八坂神社に円山公園と・・清水寺に七年坂かな?」
「・・・・島村君って」


美奈子は準備室の流し台にもたれて、室内用に用意されているスリッパを足先で揺らす。


「?」
「なんでも、アルヌールさんね?」
「え?」
「私は、・・アルヌールさんの予定を聞いたんじゃなくて、島村君の予定を聞いたんだけどなあ?」
「あ・・・え?・・・・でも」
「明日も、一緒なのね?」
「え・・っと、・・・・はい、でもそれが?」
「・・・・当たり前なのね?」
「ええっと、・・・そういう風に言われたの、初めて」
「初めて、なの?」
「・・まあ・・・・・フランソワーズだし」
「どういう意味なのかしら?」
「意味・・・と言うか、意味なんて、なくて・・・ただ、フランソワーズだから・・・」


ジョーの解答が美奈子を混乱させる。
”ただ”なんなのだろう?と。


「一緒したら、迷惑かしら?」
「え?・・・水沢さんは、稲葉さんと予定とかあるんじゃ?」
「毎年だもの、それに、K大学で何かあるたびに来てるし、行きたいところはだいたい見てるのよ。だから、みんなと一緒の方が、楽しいかなあって思ったんだけど・・・それに、私はまだ”川下り”未体験なのよ!」












***


「戻って来た、戻って来た!」


座敷にジョーと美奈子が戻ってくると、そこに何人かの学生が集まって手にビール瓶を抱える。
すると、美奈子が「あとは飲みたい人が自分で準備室から取って来てね!」と声をかけた。


ジョーは水のボトルを手に、席へと戻る。


「・・・大丈夫そうでよかった」


オオガミと楽しそうにしている様子を視界の端に捕らえて、ほっと安堵する。


「遅かったな」
「けっこうな数がありましたよ・・・」
「それで1ダーズだけしか運んでこないとは・・・その躯は見た目だけか?」
「じゃ、湯田さんはどれくらいいけます?」
「ん?・・3はいけるな。4は・・・どうだろうな?」


それを聞いて、ジョーは今後の一応の参考にする。


「プラス水2本と2升瓶だったんですけど?」
「なら2ダースはいかないとな」


美奈子も席に戻ると、ジョーをよけるようにして、湯田が声をかけた。


「おつかれさま、あとは好き勝手にって感じかな?」
「慰安旅行ですもの、秘書もお仕事から解放されて慰されたいです」


ジョーは隣に座っていたフランソワーズの膳を見る。
自分が席を立ったときと何もかわっていない。


「・・・・」
「心配性だなあ、島村」
「・・・・・・・・ボクだけじゃなく、邸にいる全員がです」


湯田は自分のそばにキープしているビール瓶を持ち上げて、ジョーのコップに注いだ。


「まあ、飲めよ・・・・。何かあるのか?」
「・・・・色々ですよ」


注がれたコップを手に持って、苦みを舐めるように飲む。


「お兄さんがいるらしいなあ、彼女」
「誰がっ言ったんですっ?!」


ジョーの驚き具合に、2人の会話に耳を傾けていた美奈子、りか子、千里がジョーに注目する。
湯田の酔いが醒めそうなほどに、ジョーの瞳が険しくなった。


「いや・・・・どうした?・・会話の流れで、アルヌールさんが・・・」


湯田の言葉に継ぎ足すように、りか子がジョーの背中にむかって言った。


「”兄との夕食には、必ずワインをあけてましたから”って言ったの、彼女が・・・・」


りか子の台詞に、ジョーの視線が湯田から、上座にいるオオガミの隣に座って笑っているフランソワーズへと向けられた。


「フランソワーズが・・・・・・」
「彼女のお兄さんも、一緒に住んでいるのか?」


まっすぐに、フランソワーズを見つめるジョーの横顔を美奈子が、湯田が見る。
湯田の質問に、首を左右に振っただけで答える。


「・・・・・・彼女は二度と、会わな・・会えないんですよ・・・・・二度と」
「お兄さんに、か?」


複雑なんですよ。と、呟いて、ジョーはビールを一気に飲み干した。


「・・・・夜中に、1人で泣くから・・・・」
「?」
「毎日、笑っているのに、・・・・・普段は声を押し殺して黙って1人で泣くんですよ、彼女・・・”兄さんがいない”って」
「いない、か・・・・お兄さん子か?」
「彼女が物心ついたときには、両親が事故でって聞いてます。・・・こっちに来るまではずっと兄妹2人きりで」
「・・・そりゃ、お兄さん子だな」
「今日みたいに、いつも泣いてくれたら・・・。我慢強いっていうか、・・・なんというか」


はあ・・・っと、ジョーは深く溜め息をついた。
空になったジョーのコップにビールを注ぎ足す、湯田。


「博士・・っと、・・養父(ちち)が言うには、フランソワーズには同性の友達がいないせいだ!て、心配してるんです。今回の旅行も、一つは、邸にばかりこもって、外に出ない彼女に、女の子の友達が出来たらって・・・・」


ジョーは、美奈子、りか子、千里の方へと振り向く。


「水沢さんと、少し話して・・・昼間にはまだ決まってなかったですよね?・・・何も予定がまだなかったら・・・・なんですけど」












***


ほどよく酒がまわってきたころには、未成年も成人も関係なくビールに日本酒を煽っていた。
賑やかな笑い声に、話し声。


宴会が盛り上がる。


オオガミとサガミの元で、フランソワーズは楽しんだ。
ビール瓶が座敷に転がり始める頃には、小さなグループが少しずつ大きな輪を作りはじめる。


視界の端で、ジョーが座敷に戻って来たことを知っている。
美奈子と一緒に。


”耳”の良い彼女は少しそちらへ意識を集中させただけで、会話を聞くことができた。が、わざと自分の中からその部分を消した。


ジョーの視線が、自分にむかったとき。
彼が何かに気づいたことを、悟った。




邸の中で、いつの間にか”禁句”となっている、兄、ジャンのこと。







サイボーグにされた躯。
身内がサイボーグだと知られたとき、兄にどんな危険が降りかかるかわからない。
兄妹だけの生活に、新しい変化があったことを境、フランソワーズは兄(たち)と二度と会わない、関わらない。と、決めた日から、ずっとフランスへは帰らずに日本にいる。

そのことがきっかけとなって、無意識に”外”とは関わらないようになった。
日本に住み始めたころには通っていたバレエ教室へも、足が遠くなっていき、いつの間にか辞めていた。







ジョーが心配する。
彼は優しいから、本当に心配してくれる。








だから、泣いたら駄目なのに。
彼の前では・・・泣いてはいけない。










優しいから。

平気なの、アタシは平気。



アタシは大丈夫。
だから、ね?

心配しないで。
心配しないでちょうだい。













ジョー・・・・。
兄さんみたいに、心配しなくていいの。










アタシは一人でも平気なの。















「じゃあ、そろそろ行きますかあ!」
「オオガミ教授?」
「本館に戻るわ、そろそろ。明日は朝が早いのよ。それにサガミ教授が船をこぎ出す前に戻らないと、ね!」


オオガミの声に、程よく紅く色づいたサガミが笑う。


「べっぴんさんにおぶってもらえんのかのお・・・」
「甘えていたら、あっという間に足腰立たなくなりますよ!これもサガミ教授のためですっ」
「はっはっは、相変わらずじゃなあ・・嫁に行き損ねてるのはソコだと思うぞ?」
「嫁に行くんじゃなくて、嫁が欲しいんですよ、私は!」


オオガミはさっと立上がると、サガミの腕をぐいっと引き上げる。
フランソワーズはくすくすと笑って同じように立ち上がり、サガミの隣に立った。


「玄関まで御見送りしますね」


サガミの垂れ下がった目尻がさらに下がる。


「いいねえ、いいねえ・・・どうかなあ?個人的に私の秘書にならないかい?」
「いいえ、そんな予算はありません!アルヌールさんは私の専属通訳者なんですから、駄目ですよ!」


座敷を出る前に、オオガミが振り返って学生たちに言う。


「ほどほどにね!何かあっても私たちは一切責任は取らないからっ後始末くらい自分たちでつけてちょうだい!以上っ!!」


オオガミらしい挨拶にどっと、笑いが起こり、酒に酔った機嫌良い返事が返ってくると、オオガミが手を挙げてそれに答えて座敷を出て行く。

フランソワーズの視界に、ジョーが自分を見ている視線を捕らえた。
捕らえただけで、彼女は何も言わずにそのままオオガミ、サガミと座敷を出て行った。






フランソワーズが出て行った後、すぐに、ジョーが立上がろうとしたので美奈子が彼を呼び止める。


「島村くん、準備室へ行くの?」


違うことなど、解りきっているが、あえて聞く。


「・・・・・あのままきっと部屋に戻ると思うから、ベッドメイキングはプロみたいに上手いけど、”布団”はね・・」
「くるくる御代官様しないとなあ?」
「湯田さんっ!・・・・・・・忘れてください」
「ま、今日じゃなくても明日もあるし♪」
「酔ってますね?」
「いえいえ、まだまだいけますよお・・・。つうか、アルヌールさんがこっちに戻ってこなかった理由わかってるかあ?」
「・・・」
「で、なんで島村は彼女のそばに行かずにここに居続けたのか、オレは謎だぞ?」
「・・・・・たまに、避けるんですよ、ボクのこと」
「ほお!」
「警戒されてる間に近づくと・・・もっと離れて行くから・・・・そういうときは距離を取るんです」
「へえ!」


心配そうに見上げている美奈子に向かって、ジョーは笑う。


「女の子って不思議だよね?」
「え・・・」
「謎すぎる」
「そうかしら・・・男の人の方が私には謎なんだけど?」
「男は単純、ですよね?湯田さん」


湯田がうん。と、力強く頷いた。


「どこが単純なの?」


りか子、千里が次のジョーの答えに耳を傾けた。


「・・・・・なんでもフランソワーズになってしまうから」


ついっと立上がって、ジョーが早足に座敷から出て行く。
固まってしまった美奈子に、湯田が一言。


「島村の片想いだってさ、・・・・・・・けっこう前かららしいよ」











***

フランソワーズはオオガミ、サガミを見送ったその足のまま、玄関先に出て、ほんのりと白くてまあるい提灯の薄灯りの下、秋の夜空を見上げていた。




足下を照らす、豆電球が、まるで蛍のように見えた。
しかし、実際にフランソワーズは蛍火を目にしたことはない。
いつだったか、テレビのニュースで放送していたのを見たのだ。


一定間隔で光るそれは、なだらかに下って本館へと繋がっている。
少し先を歩いて、石段を数段下ると、本館の灯が見える。

さあっと冷えた風が、フランソワーズに棟へ戻る事を促すが、ぶるるっと躯を振るさわせてもう少しここにいる。と、主張した。
自然のままに残されて草木が、藍色に染まり、足下を照らす灯りが届く範囲の色が幻のように彩ることを許されている。



両腕を組んで、寒さに耐えるように躯を強張らせた。

17歳と、答えたために。
それがオフィシャルな年齢のためにアルコールは一切口にしなかった。

邸なら、ほどほどに楽しんでいたはず。
そして、実年齢ならば、何も問題なく、コップに注がれるアルコールを喉に通していた。



見上げた空は澄んだ空気にさらされて、星がどれほど美しく瞬くかを競い合っているように見えた。
遠くに賑やかな声が聞こえる。


まだまだ宴会は続くのだろう。



明日はどうしたらいいのか?と、フランソワーズの頭をよぎる。
きっとジョーは昼まで寝ているだろうから、と、決めつける。


朝早くにトロッコ列車に乗って、川下りをしてしまうのはどうだろう?
そして、お昼頃に戻って来て、ジョーが起きた頃に・・・と、考える。

水沢美奈子と、楽しげに話す彼を思い出す。






邸にいるときは、違う笑い方をすることに気がついた。













そういう風にも笑うのね?と、視界の端で驚いた。
見た事も無いジョーがいる。



大学内でのジョーとは、また違った。
邸のときでも、009のときとも違う、フランソワーズが知らないジョーがいた。




ジョーはいるけれど、いない、と。保津川のほとりで彼に言った通りだ。
フランソワーズの知るジョーはいない。

ジョーは同じジョーだけれど、いない。












手足がかじかむ。
どんどん宵に体温が取られていく。

髪をひとつにまとめていたバレッタを外して、髪を下ろしたら、じんっと。頭皮が痺れた。


このまま冷気にさらされて消えてしまったら、楽なのかなあ?とこころに浮かべる。




”素直にならないと、クリスマス・プレゼントはなしだよ!”

突然振ってきたジャンの声に、フランソワーズの躯が跳ねる。





いらないわ・・・・・。
本当に欲しいものなんて、手に入らないもの。









絶対に、手に入らないもの!









「フラン!」
「!」


力強い両の腕が、冷えきった躯を捕らえて引き寄せる。
それは、まだ日付が変わらない、今日二度目の出来事。


「なんでこんなところにいるんだよっ!!びっくりして・・・棟中、走ったよ・・・・ボク」
「・・・・あら、見えなかったの?」
「玄関からだと、ここ曲がり角で見えなかったんだよ!!」


フランソワーズの耳元で、ジョーの盛大な溜め息が聞こえた。


「御見送りしたの!」
「うん、わかってるけど、・・・・それならなんですぐに戻ってこないの?」


ぎゅうっと、ジョーの腕の力が強くなる。
宵の中でなら、少しぐらいの大胆さを持っても、まだ心臓が壊れないと、信じて。


「お部屋に戻ろうと思ったのよ、私も」
「なら、どうして部屋にいないんだよ?」


フランソワーズはジョーの腕に手を置いて、その腕を解いて、彼へと振り返る。


「おやすみなさい、ってジョーに言いたかったの・・・」
「それで?」
「だから、ここにいたのよ」
「・・・・意味わかんないよ」
「だって、ほら、ジョーはここにいるわ!」


ジョーの胸を押すようにして、フランソワーズは両手を当てる。


「うん、キミを探して見つけたからね」
「ね?」
「・・・・解らないです」
「あら?そお?」
「・・・・・・フラン・・・」


いつも飾られているはずのカチューシャがない、冷たくなった髪を撫でる。
その手にフランソワーズは自分の手を重ねて止めた。


「心配しすぎだわ!私は003よ?」
「キミは003で、”視”ることも”聴く”こともできるけど、ボクはできないんだよ」
「そうね」
「そうだろう?だから、・・・・・・お願いだから、ボクが見えるところに居てください」
「・・・・イヤよ」
「フランソワーズ・・・なんで?」
「だって、アタシは・・・・」
「?」
「・・・いなくても・・視えるわ」
「だから、キミが視えてもっ」
「009は、009のお勤めがあるもの!」
「今はミッション中じゃないよ?」
「視てるだけでいいもの・・・・」
「え?」
「おやすみなさい、ジョー!」


ジョーのそばをすり抜けるようにして、棟へ戻ろうとしたフランソワーズの腕を取ってとめる。


「明日、早いよ!」
「・・・?」


その手を、びっくりするほどに冷たくなっていた手を、強く握って、手を繋ぐ。
異様に火照った躯に心地よいほどの冷たさだ、と。ジョーは思う。


「朝ご飯は適当にして、始発って言っていいのかな?トロッコ列車に乗って、保津峡の川下り」
「!!」
「その後は、ソフトクリームを探して、お昼を食べて、人力車でぐるっと嵯峨・嵐山をまわって、夕食はまだ決めてない」
「それで、頼むから・・・・ちゃんと起こしてください」
「いつもの時間でいいのかしら?」
「うん。・・・・・ついでに、”まとも”に起こしてください」
「?」
「・・・・・他の人も同じ部屋にいるから絶対に”アルベルト流”や”ジェット直伝”はやめて」
「あら、それが一番効果的なのよ?」
「・・・・・・・・・・・・ちゃんと起きるから」
「起きなかったときは?」


玄関のドアをからからと開ける。


「・・・・・・御代官様をします」
「ふふ♪ならいいわ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、ボクがされます」
「ジョーがくるくるまわってくれるのね!」
「はい・・・・・・・」




絶対に起きる!と、空高く半月になった月に誓った。



















3の前2.5に続く(笑)。
すっとばして3へはこちらから

*宴会で野球拳やら、王様ゲームやら書く予定だったけれど、大変だったので撤去。
 温泉内での会話はもっときわどいものだった(笑)
 
 御代官様ごっこするかしないか?!
 ・・・・・・・・みたいですかあ?

 っていうか、お題がとってつけたような感じで・・・。次回は”名前を呼ぶだけで”です。
 どうなることだか・・・(汗)
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