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名前を呼ぶだけで/京都・嵐山2泊3日の旅・3
湯田は携帯電話から、嵯峨野トロッコ列車(嵐山駅)の発車時刻などを調べた。

トロッコ嵐山駅から亀岡駅へ。
連絡バスに乗り換えて保津峡川下りの舟場に辿り着くまでの時間、そして、船が出るスケージュールをさっと計算すると、10時05分発のトロッコ列車に乗るのが一番スムーズにいくと湯田は言った。

そのために、ゆっくりと朝食をとっている時間はなく、朝食はトロッコ列車の中で。と、言うことになり、嵐山駅に向かう途中に通る商店街の一角にあったベーカリーに駆け込んだ6人。

メンバーは、ジョー、フランソワーズ、湯田、美奈子、りか子、そして、千里。

朝食のパンと、飲み物を手に取り込んだ列車は5両編成。

最近新しくなった機関車次位のSK300形は、「ザ・リッチ」と称した、側板や床まで素通して作られた5号車のみの「特別車」。
指定券は前売りされず当日販売のみ。その上、雨天時には運行されず、気温の低い日も同じであったが、運が良いのか観光運に恵まれてたのか、もしくは、6人の中に”晴れ男,女”がいたのか。

天候に恵まれ、厚手のコートだと汗ばむような気温の今日。
観光シーズンでもなく、朝も早いことも幸いし、特別車の指定席を買うことができた。


「前に乗ったときは、なかったなあ、特別車なんて・・」
「前っていつですか?湯田先輩」
「・・・ええっと、大学入ってすぐかな?」
「何”十”年前ですか、それ?」
「原、朝からいい感じで爽やかだね」
「ありがとうございます」


「フラン、寒くない?」
「大丈夫よ、今日はコートもいらないくわいだわ!」
「特別車は、むき出しの状態みたいだから・・・寒いよ、きっと」
「素敵ね!」
「えっと、ああ・・特別車?」
「ジョー、落ちたら駄目よ?」
「落ちるって・・列車から落ちるの?」
「ええ、そうよ。興奮して、落っこちないでね?」
「そっくりそのままのセリフをキミに返してあげるよ・・・」
「あら、アタシはそんな子どもじゃなくてよ?」
「・・・・・・ボクはフランより大人なつもりだけど」
「子どもだわ!だって、パンを半分こしたくなくて、独り占めしたいなんて!」
「いや、・・・普通だし。自分の分だし。半分にして食べないといけないのが、変だし」
「子どもね!」
「・・・・・・・・・・・・・いいよ、もう。子どもで・・・」


「美奈子、どうしたの?」
「ちょっと怖いんだけど・・・この、特別車って・・だって、壁が・・」
「だから、通路側!でしょ?」


高所恐怖症。と、言うほどではないけれど、できれば高い場所は避けたいのが、美奈子の本音。


指定席は、チケットを購入していった順番に勝手に決まっていった。
チケット窓口で、湯田がさきにフランソワーズ、ジョーに訊ねた。

指定席の図面を指差す。
ほとんど真っ白の図面だっために、好きな場所が選べた。

ジョーはフランソワーズの指差した場所とその、正面を購入。

車内は左右2席ずつが向かいあって4席で1ブロックになっていた。
湯田はレディ・ファーストとばかりに、美奈子に図面を見せる。

フランソワーズが、見ていた。
美奈子は迷う。



美奈子の本音は、ジョーの隣の席を取りたかった。
いつもなら、さらり。と、その席を取っていただろうけれど、なぜか、こころが、体が固まった。


「4席で1つになってるんじゃ、2人あぶれちゃうのね?」


りか子の声に美奈子は、困ったように微笑む。
ジョーとフランソワーズを2人にして、4人で通路を挟んだ反対側に座った方がいい。

そんな、逃げ腰な声が美奈子の頭に響く。


「稲葉、仕方ないよ、こればっかりは」
「湯田先輩。美奈子、高いとこ駄目だから彼女は通路側で御願いします」


りか子が、ジョーの隣を指差した。
そのままの流れで、湯田がフランソワーズの隣を。
そして、りか子、千里の2人は、その後ろの2席のチケットを買った。









####

向かい合わせに座る、ジョーとフランソワーズ。
ジョーの隣に、美奈子。の、正面、フランソワーズの隣に湯田。

壁のない、安全バーに囲われただけの、列車内。
今日の気温が暖かいと言えど、冷えた空気はトロッコ列車の作り出す風に晒されてしまって、寒い。


「結構、寒いなあ・・・」
「フラン、大丈夫?」


動き出した列車の景観に魅入っていたフランソワーズは、ジョーの言葉は耳に入っていないらしい。けれども、しっかりとジョーの手からパンを受け取って口に運ぶ。

昨日の夕食をあまり食べていなかったフランソワーズだから、お腹が空いていたのかも?と、あっと言う間に食べ終わってしまったハムサンドロールの後、彼女の手にチョコレート・クロワッサン・デニッシュをペーパー・ナプキンに包んで渡した。

コロッケサンドを頬張りながら湯田が、正面に座る美奈子へと視線を移動させる。と、美奈子は、通路側挟んだ、空席の方の、2人を見ないように、逆の方向へ首をめぐらせていた。


「水沢さん、寒くない?」
「あ・・・・ええ。大丈夫です」


美奈子の膝におかれたまま、口に運ばれる様子のないアジアゴ・チーズベーグル。


「水沢さん、それだけ?」


ジョーがベーカリーで買ったカフェオレのカップにストローをさす。


「ええ、朝はいつもこんな感じよ」


ジョーが話しかけたことによって、美奈子とジョーの会話が始まる。
湯田はフランソワーズ越しに、景観を見ながら四角いパックのリンゴジュースにストローをさして飲んだ。

安全バーに寄りかかるようにして、流れゆく秋の終わり、季節の移り変わりを伝える景色に魅入るフランソワーズの手には、すでにチョコレート・クロワッサン・デニッシュは消えていた。


美奈子と会話をしながらジョーの手が、フランソワーズにむけてストローをさしたカフェオレのカップを差し出す。と、フランソワーズはそれを知っていたかのように、ジョーの方へ見る事もなく受け取る。

その後に、ジョーは自分の分の缶コーヒーのプルトップをあけた。


トロッコ保津峡駅でたぬきの焼き物(置物)が並んで迎えられて、えらくそれが気に入った様子のフランソワーズは、聞き慣れない名前の、多分、かれらの家族の誰かに似ているとはしゃぎ、どこで売っているの?と、真剣にジョーに訊く。
そんなのは邸に合わない!とジョーは答えたけれども、小さいのだったら大丈夫よ!と言い、リビングルームと、ダイニングルームと、・・・と、どうやら彼らの邸の部屋すべてに置く様子で指を折り始めた。


「邸の定番はイルカ!たぬきじゃないよ」
「イルカ???」
「あら、そろそろ”ドルフィン”以外のでもいいんじゃなくて?」
「家に定番キャラクターが存在するのか???」
「まあ・・そんなところです。なんか、”イルカ”に縁があるっていうか、なんというか・・・・・でもフランソワーズ、モンブランがあるから、十分だよ」
「モンブランとイルカあ?・・・島村の家って・・・」
「モンブランなんか置いたら、みんな間違って食べちゃうわ!!」
「お菓子の方をなら、間違うよ・・・」
「アタシ、いまいち解らないの、あれはモグラじゃないの?なのにモンブラン?」
「実は、ボクも・・思ってたけど、まあ、いいんじゃない?」
「いや、訊いているこっちの方が混乱するんだけどさあ・・・・一体、どんな家に住んでるんだ?」


ジョーとフランソワ-ズの会話にさりげなく参加して、楽しむ湯田。しかし、美奈子は耳を傾けているだけで会話に参加することはなかった。

膝の上の朝食、アジアゴ・チーズベーグルを無理矢理、お腹に押し込む事で、やるせない気持ちを誤摩化す。






昨日までは自分が思っていた以上に平気だった。
ジョーと一緒にいる、フランソワーズ。
フランソワーズと一緒にいる、ジョー。




あの、一言を訊くまで。

”島村の片想いだってさ、・・・・・・・けっこう前かららしいよ”






今朝も平気だった。
けれど、2人の会話を耳にして、2人の姿を目にして、2人が、当たり前のように、2人でいることが、時間が経つにつれて、美奈子のこころを鉛色に塗り替えていく。

その色に見合っただけの重さもくわえて。


態度に、顔に、言葉に、それらが出ないようにするだけで、必死な美奈子。



湯田はその様子を黙ってみていた。












####

景観を楽しみながら朝食が6人の胃に納まったころ、20分間のトロッコ列車の旅が終る。

トロッコ列車の最終駅、亀岡に到着。
列車が駅に入った後、ほおおっと、フランソワーズは溜め息をつき、席から立上がったりか子は、偶然にその姿を目にした。


「どうだった?アルヌールさん」
「すごく・・・すごく、綺麗!こんな列車があるなんて・・・何度でも乗りたいわ!!」
「気に入ったんですか?アルヌールさん」
「ええ、とっても!!」


春のような淡い光を放つ笑顔につられて、りか子、千里が微笑む。


「日が落ちた後は、ライトアップされるらしいよ」


パンフレットを広げながら、トロッコ列車を降りて行く湯田の言葉に、瞳を輝かせてジョーを見る、フランソワーズ。


「時間があったらいいけど、・・・今からは川下り」


先に列車を降りると、振り返ってフランソワーズが列車を降りるの助けるように、ジョーは手をフランソワーズへと手を差し出した。

それは、いつものこと。
身に付いてしまっている当たり前の習慣。

見慣れてしまっている、邸の誰も何も言わないために、それらの行動が他人からどう見えているかなど、ジョーの頭にはない。

フランソワーズの後ろにいた美奈子。
せっかくジョーのとなりに座れて、いつもなら・・・。と、消極的になっている自分に小さな溜め息をトロッコ列車内に残した。


「フラン・・」


名前を呼ばれて、ジョーが伸ばした手を取り、ふわり。と宙に浮くようにして列車を降りたフランソワーズからブーケットの香り。
ジョーが嬉しそうな、憧れの眼差しでフランソワーズを見つめる表情(かお)を彼の近くに立ってみていた湯田は苦笑する。

そして、そのジョーの手がフランソワーズから離れて、自然に美奈子に伸ばされた。


「水沢さん、足下気をつけて・・・」


自分に伸ばされた、ジョーの手に驚く美奈子。
そんな様子の美奈子にかまうことなく、ジョーは美奈子の手を取り、彼女が段差のある列車から降りるのを、フランソワーズを助けたのと同じように助けた。


「・・大丈夫?これから川下だけど・・・・」


美奈子は自分の体が重力を感じることなく、浮かんだ感覚に驚くの眼差しのままジョーをみつめた。
昨夜の、浴衣姿の少し開いた襟裳からのぞいた逞しい胸を思い出す。


「大丈夫!景色は素敵だったけれど・・列車の壁がなくってちょっと怖かっただけだから」


火照っていく頬に慌てながらも微笑んで、ジョーの言葉に応えた。
たった、それだけのことで、美奈子の胸を占拠していた鉛色がはがれ落ち、軽くなる。


先に降りていた、りか子、千里は、フランソワーズに話しかけながら、美奈子とジョーをその場に残すかのように駅を出て行った。
歩きながら、ちらり。と、振り返り、数回瞬きを繰り返すことで、フランソワーズは何度も経験ししている痛みを和らげる。

  

「どうかしたの?」
「いいえ・・・・これから、バスですか?」
「ええっとですねえ、パンフレットには・・・・」
「舟乗り場まではここから連絡バスに乗って行くんだよ、アルヌールさん」


りか子、千里、フランソワーズの3人のすぐ後ろを歩いていた湯田が答え、1mほど離れた後ろに、ジョーと美奈子が談笑しながら、歩いている姿がりか子は嬉しそうに頬をあげた。








####

亀岡駅からバスに揺られて保津川下りの舟場へ。
定員17名の船にジョーたち6人と、2家族と船に乗ることになった。
その中に、お年ごろ?らしい3人の兄弟がいた。ちらちらと向けられる視線はジョー、湯田といる女性陣へと向けられる。

その視線がいつの間にか、フランソワーズに固定されてしまっていたことに気づいたジョーは、さりげなく、彼らの視線を遮る立ち位置に立った。


「ジョー?」
「なに?」
「なんだか、変よ?」
「別に」


美奈子と一緒にいたジョーが突然、自分との距離を縮めて近づいてきた。
そのジョーから感じる、ぴりっとした空気に、思わずフランソワーズは今まで使わなかった脳波通信を使う。


<気になることでもあって?何か、・・問題でも?>


脳波通信に驚いて、ジョーは隣にいるフランソワーズをみつめ返した。
そこにいる、フランソワーズのあまりにも美しい真剣な表情に、息を飲む。

何度も見慣れているはずの003なのに。普段の彼女とは同一人物とは思えない。003の、フランソワーズ。


「あ・・そのっ」
「・・?」


勘違いさせてしまった。


「違う、違うよ・・・別に、本当に、なんでもない!・・・・ただちょっと、ほら、川の流れが、思ったより早そうだし、さ」


その理由も、他の男がじろじろとフランソワーズを観ているから、彼女には“ボク”と言う男がいるんだ、と威圧する気持ちで立っていたその空気を、009のものと受け取らせてしまった。


「・・・・・本当に?」
「本当だよ、何もない」


フランソワーズにむかって、彼女を安心させるように微笑んだ。けれど、彼女の表情は固くなったまま。


「・・・・・・・」
「なんでもないって!」
「・・・隠してなくて?」
「隠してないって・・ごめん、本当に、本当だから!」
「なら、いいのだけど・・」


ふいっと、視線をジョーから外し、フランソワーズはりか子、千里の2人の方へと進み、会話へと参加した。
りか子、千里は、楽しげにフランソワーズと話す。

まだまだ”友達”とは言い難い空気と会話であるけれど、フランソワーズから積極的に彼女たちに関わろうとしている姿が見えて、淋しいような気もしないではないジョーであるが、ギルモアが心配することの一つ、フランソワーズに同年代の同性の友人がいないこと。が、解決されそうで、ジョーは彼女の世界が”邸”と”ドルフィン”だけでなくなるきっかけになりつつあることを、素直に喜んだ。


先に船に乗り込んだ2家族の後に、受付をした湯田の名前が呼ばれる。
湯田がその声に返事をし、初めに船に乗り込んだ。
続く、りか子、千里、そして、フランソワーズ。の後に、美奈子、最後にジョーが乗り込んだ。
4人が一列に並んで座り、ちょうど美奈子の前で席がなくなり、美奈子、ジョーの2人は4人の背後の席に着くことになった。


りか子は、ちらり。と、美奈子へと振り向いて意味ありげなウィンクを飛ばす。
続いて、千里もにんまりと、笑った。


もう!っと視線だけで抗議するが、その頬は恥ずかしさと嬉しさに高くなっている。
フランソワーズは一度もジョーの方へは振り返らないまま、船頭のかけ声とともに船が川を下り始めた。







####

丹波の国「亀岡」から、京の名勝、平安時代に貴族たちに愛された別荘地でもある「嵐山」までの16kmの川の旅。
トロッコ列車の山間をかけて見下ろす景観も素晴らしいが、時代変われど、保津川の流れは千年経った今でも、平安貴族たちが愛でた景観を彩っている。

明治から始まった保津川下りは、夏目漱石の『廬美人草』をはじめ多くの文学作品に登場し、愛されてきた。


一つの船に3人の船頭が乗り込む。
前方(船首)に、棹さしといって棹で水底を押して 船を進める人。の後ろに、艪(ろ)を漕ぐ人。後方(船尾)に船のハンドルを取る、舵取りが1人、計3人で船を進めて行く。と、説明したのは、艪(ろ)を漕ぐ人、だった。

「船頭と言っても、上は大ベテランの78歳、下は高校卒業したばっかりの18歳までいますよ。今日は、そんな中でもジョニーズ事務所的に言えば、少年○の位置にいる3人ですっ」

と、言い・・・船頭のたちの自己紹介を終えて、保津大橋背後に、船は旅に出た。
出発して間もなく、京都の最高峰と言う愛宕山(あたごやま)を目にする。


同乗した2家族は、船頭の話術によって少しずつ口が柔らかくなる。
どうやら、フランソワーズに見とれていた3兄弟の従兄弟の女性がここ、嵐山で式を挙げるらしい。
ついでに観光も楽しもうと、と、花嫁の母親が船頭に嬉しそうに説明した。

湯田は人の懐と言うか、するりと違和感無く和に入っていくのがとても上手い。
いつの間にか、自分たちが東京の大学院から来た学生であることを説明し、仏式の結婚式に関する、彼らしい(職業病?)豆知識も披露しつつ、船頭と2家族と、和気あいあいと川下りの旅を楽しみ始めていた。


フランソワーズがその容姿からは想像できないほどに、流暢な日本語を話すのを訊いた3兄弟の長男が何気にちらり、ちらりと、振り返っては女性陣の話しの和に加わっていた。

下り始めたばかりの船は、川の流れも穏やかに、みなそれぞれにその揺れを楽しんでいた。


「小春日和ね」


きらきらと川面の波が陽を弾き、眩しげに美奈子が目を細めた。
トロッコ列車は高所が苦手と言う事もあって、景観を楽しむ余裕がなかった美奈子は今やっと 晩秋の保津川渓谷と嵐山の紅葉を楽しむことができた。

「思ったよりも・・・多く紅葉が残っていて綺麗だね」


ジョーの呟きに、船頭が答えた。


「今年はこの分だと12月初旬まで紅葉が楽しめると思いますよ!今年は色づくのが例年より遅かったですからね」


その言葉に、ジョーは微笑む。
偶然に、ジョーと言葉を交わした後の船頭と、フランソワーズの視線が会った。


「どちらのお国からいらっしゃっらはったんですか?」
「フランスです」
「いやあ、日本語上手ずやねえ、外国からいらしはったお客さんも多く乗船してくれはるんやけれど、いやあ、びっくりやねえ。それに偉いはんなりさんで、見慣れてしもうた景観より、お嬢さんたち見とった方が、楽しいですわあ!」


しきりに関心して、女性陣を褒める船頭にりか子、千里、フランソワーズはクスクスと笑い合い、日本は長いんです。と、フランソワーズは付け加えた。

楽しい会話の中に、要所の説明が入る。
乗船所を出発して約15分、亀岡盆地をのんびり下り、山々が囲む保津峡の入り口が見えてくる。


「あちらに見えるんが、保津川の氏神であり守り神でもある請田神社です、この神社はとても保津峡とゆかりが深く重要な関わりが多いんですよ」


乗船する全員がそちらへと首を巡らして行くさまを、一番後方に座るジョーは眺めていた。


「流れが・・」


小鮎の滝にさしかかり、船頭が、第一の急流場所と説明する。
不動尊像を目にして、滝を超えるときに、おお!うわ!!きゃあ!っと声があがった。

跳ねた水しぶきの冷たさに、縁に座る湯田の肩が跳ねた。


川の流れの早さに、船頭たちの腕がためされる。川の流れとその激しさをあざけり笑うかのように、突然、なんでこんなところに?と、自然の不可解さを唱えてしまう岩が現れる。

それらを何も問題ないとばかりに、自然界から挑戦された障害をさらりと交わしながら、船を進めて行く。






耳慣れてしまった、海の波音とは違う、音。


押しては返す刹那に、静寂の間を感じる波音とは違い、永遠にその流れを止めることがない川は、音も途切れることなく変化をつけて謡いつづけていく。
岩を叩きつける、激しさを見せたと思えば、獅子ヶ口を抜けた、激流の後の清流にささやくような、せせらぎの音。

目で自然の美しさを知り、音で厳しさと同時に穏やかさを体感する。
船頭の口から流れるように語られる話しの中に、歴史や読まれた歌などがまじる。


「千年前も今も、繰り返し、繰り返し、人は変わっても、時代は変わっても、もっと長い、長い目で観れば、ちいっともかわってないんやないかなあ、って、大きさの尺度に限界なんてあらへんのですねえ」


川下りの名所としてあげられる、女渕、竿の跡、綱の跡、と、船は流れて旅を進める。
ひょうぶ岩、蓮花岩と、自然の形に人が”そう見得る”と、名付けた岩を眺めて、川の揺れにもなれたころ、りか子は腕時計に視線を落とした。

川下りの楽しさに、美奈子の様子を窺うことを忘れがちになっていた。
何気に振り返ると、川の優しい流れに乗って、研究室で交わされるのとは、雰囲気が違うジョーと美奈子の談笑が耳に届く。

美奈子とジョーは2人きりで、船の後方に座る。
その後ろに少し距離をあけて、舵取りの船頭。

さっと、鞄からデジタル・カメラを取り出して、体を捻る。と、2人が気づかないうちに、かしゃ、かしゃ!と数枚の画像を捕らえた。


「りか!一言くらい言ってよ、絶対に今の変な顔だったっ!!」
「大丈夫だって!美奈子はどんな顔でも美人!」
「もうっ」
「じゃ、取り直してあげるから!」


今度は、しっかりと体を2人の方へと捻ってカメラを構えてみせた。
舵を取る船頭が、にっと笑う。

りか子は、きちんと船頭もいれて、ジョーと美奈子の京の旅のツーショットを納めた。
りか子がカメラを取り出したことから、思い出したかのように千里も持っていたカメラを取り出す。なんで今まで忘れてたんだろう!と、湯田は大げさに携帯電話を取り出した。


「はい、美人さん3人で!」


湯田は、隣に座っていた、りか子、フランソワーズ、千里にむけて携帯電話のレンズをむけた。
そちらに向かって3人が笑う。


モオオオオオオォォォ・・・。







カシャ。と、シャッターを切る歯切れ良いサウンドか、もしくは、聞き慣れた電子音が鳴ると思われていた。のに、反した、間延びした牛の声。


「え?」
「ゆ、だ・・先輩?!」
「イケてる男は、流行先取り!ってことで、来年の干支の牛さんにしたんだな♪」


どっ、と笑いが船内から溢れた。


「カメラ・・・なんて、すっかり忘れてた」


笑いながらジョーが呟いた。


「持ってきてないの?島村くん」
「旅に、そういうのって、・・・うん、忘れてた。習慣ないから」
「習慣がないって?」
「なんて言うか・・・」


少しだけ、困惑したように言葉を濁す。


---戦いの旅に、カメラは、記念撮影なんて、あり得ないし。



ドルフィン号での旅、以外の旅は旅行と言うよりも”移動”であり、ミッションの一貫。
ついでに、と、立ち寄った先があったとしても、そこで写真を撮るようなことはなく、何か土産らしきものを購入する程度。

モオオオオオオォォォ・・・。と、再び湯田のカメラが鳴いた。
ぼうっと物思いに耽っていたジョーは、無意識にフランソワーズの後ろ姿を見つめていた。そんなジョーをしっかり写真に捕らえた鳴き声。


「湯田さん、何撮ってるですか!」


頬をもみじ色のごとく鮮やかに染めて、ジョーは湯田を睨んだ。


「いいねえ、光源氏の・・・藤壷への焦がれって今の島村っぽいな!」
「?!」

ジョーは湯田が何を言っているのか、理解できずに一瞬困惑する。


「京都に、紅葉、藤壷と言えば、紅葉賀ですか?」
「お、知ってるのか?稲葉」
「それくらいは・・・あさきゆめみしファンとしは、外せないシーンですから!」
「ちょっと違うけど、紅葉色に・・・ってやつだなあ。まあ、京都だし、そういうことで!」
「そういうことって、変なこと言わないでくださいっ!湯田さん」


りか子と湯田の会話に、補助脳に頼らずとも義務教育でかじった知識を呼び出したジョーは、さらに戸惑った。


「変なことか?」


にやり。と、湯田は笑い、携帯電話をジョーの前にむかってひらひらと降ってみせた。
まるで、ここに”証拠がある”と言わんばかりの態度。





桐壺帝と光源氏の間に挟まれた、藤壷。

想い、思われ、愛し、好かれて。
紅葉色に胸を燃やして、鮮やかに。



この色はあなたへの想いそのものです。と、・・・。



舞台は、懐妊した藤壺の女御の為に、桐壺の帝の意向で行幸の試楽が催され、鮮やかな秋染めの紅葉舞う中で光源氏はこの袖ひと振りでも、 萌える紅葉のごとくあなたを思っている。
その想いが藤壷へと届くようにと願いを込めて踊る。


帝の御前であるために。
交わることのない想いの視線と、言葉。




「ジョー・・・」


振り返る風に、絹糸のような、しっとりとした蜂蜜色の髪が舞い、川面に弾かれた光を集めて纏うように綺羅めく。
秋晴れの青をそのまま映し出す、宝石。

もの思ふに立ち舞ふべくもあらぬ身の 袖うち振りし心知りきや (光源氏)





乗船してはじめて、フランソワーズが後方に座るジョー、美奈子へと振り返った。



ふったのは袖ではないけれど。と、湯田は考えながら、原文の一節を思い出した。

” かざしの紅葉いたう散り過ぎて、”とあったことを。



---しっかりしないと、源氏のように儚く想いが散ってしまうぞ?









「あ、な、なに?」


フランソワーズが”光源氏”を知っているかどうかなんて、ジョーは把握していない。
今の言葉で、自分の気持ちが彼女へ伝わってしまったのかと、急流で跳ねた船のように、心臓がぐらぐらと不安定に脈打つ。



「ローラー・スケート、ジョーは得意なの?」
「へ?」
「でも、メンバーに藤壷さんって人はいなかったと思うのだけど?」
「は?」
「げーのー人とかの、そういうのは。”生もの”って呼ばれているらしいわ!藤壷さんと、誰のカップリング?」
「な?」
「「・・・・」」

何の話し?と、ジョーが首を傾げる。
フランソワーズが何の話しをしているか理解できたのは、美奈子と千里だけだった。


さらに、さらに、混乱していくジョーを救うかのように、船はライオン岩近くに辿り着き、売店船が近づいてきた。
話題は代わり、行商船を楽しんだ後、船はゆっくりと進んで行き、見覚えある橋の姿を捉え始める。


渡月橋だわ。と、フランソワーズの声とともに、6人は保津川下りの船旅を終えた。



















旅行編へつづく・・・


『名前を呼ぶだけで』は、2つにわけて書きます・・・。
気分的にその方がいいみたいで、進まないのをなんとかしようと言う、あがき(笑)です。



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