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You are the reason
このお話は、大地くんに出会う前。
フランソワーズ・香奈恵さんの通うバレエスクールの移転前のお話です。ので、ジョーはまだフランソワーズにたいして”逃げ腰”なヘタレ満開な彼です。





街を行き交う人々の服装が夏なのか、秋なのか、曖昧である。
どちらとも言えない曖昧な季節だけれども、自然はゆっくりと秋へと移り変わっているのを証明するかのように、木々を彩る緑が紅へと美しく染まっていく。


「ジョー!」

いつものように、いつもの場所で。
茜さす日の昏れに色映す栗色の髪を、風が遊ぶ。
ジョーはガードレールに腰掛けて、珈琲缶を手にフランソワーズを待つ。
彼女から電話かメール、もしくはジョーに仕事がない限り。彼は1秒の狂いもなく、いつものように、いつもの場所に現れる。

フランソワーズはバレエスクールのエントランスから素早くジョーの姿を見つけ、軽やかに走り寄り、両手を広げて彼の胸に飛び込んでいく。フランソワーズが一歩ビルの外へ出た瞬間、ジョーの視線は、彼の視界はすべてフランソワーズにだけになる。

夕映えの街の中を一際輝く彼女は眩しく、一直線で自分へと足を運ぶフランソワーズにジョーの胸は安堵する。いつも、彼はこの瞬間を言葉には言い表せないほどに緊張を強いられるからだ。
自分の胸に飛び込んできた、レッスン後のシャワーを浴びたフランソワーズからほのかに香る石けんの香りにこころ擽られながら、彼女をそっとその腕の中に閉じこめる。

通りすがりのOLらしき女性達は、そんな彼らを目にしてキョロキョロと辺りを見回した。ドラマかCMか・・・何かの撮影かと勘違いをしているのだ。

フランソワーズを追いかけるように歩き、ドラマのような日常を演出している2人を”現実”へと引き戻すのは、いつも彼女、香奈恵の仕事になってしまっていた。


「はいはいはいはいはいはいっ!毎度、毎度、懲りないわね!!あんたたちはっここは日本!公共の場!いちゃつくのは自分の家!自分の部屋!それ以外はホテルか、どっかの裏路地か、車を山奥にでも走らせなさいな!!」


「ごめんなさい、ジョー・・・遅くなっちゃったわ」


フランソワーズは、ジョーの胸に埋めていた顔を上げて申し訳なさそうに謝った。
ジョーは優しく微笑みながら、首を左右に2,3度振った。
香奈恵のお小言が始まる前に、ジョーはフランソワーズを自分の腕から解放するが、フランソワーズはジョーに甘えるようにその胸に躯の体重をかけたまま、またその胸に顔を埋めてしまった。


「?」


ジョーはフランソワーズの様子がおかしいことに気がつく。気がつかない方がおかしい。


「あらら、あんだけ強気だった癖にっ、いざ島村のヘタレっちを前にして、それじゃあやっぱり口だけじゃないっフランソワーズってば」


呆れたように、けれどもそれが面白いとばかりに、香奈恵はフランソワーズを笑い飛ばす。


「・・・・・だって」
「・・・?」


フランソワーズは香奈恵に文句を言いたいようだが、ジョーの胸から顔を上げることができずにいた。
ジョーはその腕をもう一度フランソワーズの背にまわして、優しく撫でる。


「しっかりしなさいよっ!ヘタレっち!!そうじゃないとフランソワーズを取られちゃうからね!」
「・・・・取られる?」
「告白されたのよ!フランソワーズっっ相手は、うちのスポンサーの息子よっこれがまた、いい男なのよ~。私的にはオススメね、フランソワーズも一度はああいう”大人の事情”を知り尽くした男に可愛がってもらうと女があがるってもんよ?」


香奈恵は自分のことのように自慢げに話して訊かせる。
全身の血が逆流し始め、心臓が早鐘を打つ。背中に流れる汗を感じながら自分の動揺を必死で隠し、腕に抱くフランソワーズにそれが伝わっていないことを願う。


「・・・・よくあることだろ?フランソワーズだから・・・」
「んままままあああああああ!それを知っていて、あんた何にもしないわけ?さすがヘタレね!」
「・・・・・」
「ひどいわっ香奈恵さんっっ!!言ってしまうなんて・・・・。それにちゃんとお断りしたもの!!」


ジョーの胸に躯を預けたまま、フランソワーズは香奈恵に非難めいた言葉を投げた。


「あんた、その様子じゃあ、言わないつもりだったんでしょ?」
「・・・・・ちゃんと言うもの、ジョーには隠し事なんてしないもの」
「じゃあ、ちゃんと言いなさいよ”あのこと”もね」
「香奈恵さん!!!!」
「じゃっっ!帰るわっ!またね~~~~」


香奈恵は今にも泣きそうなフランソワーズの視線を軽く交わして、2人から飛ぶように離れていった。


「・・・・あのこと?」
「・・・・・」
「フランソワーズ、あのことって何?」








####

夕食後のギルモア邸で、張大人が淹れた珈琲を手にジョーとフランソワーズそして、ギルモアがソファに座ってフランソワーズの話しを訊いていた。


「モデル?」
「・・・・・ええ、宝生グルーブが今度ウェディング産業に関わるらしくって、それで・・・都内に新しくホテルと提携して建てたウェディングガーデン・チャペルのプレゼンテーション用の写真のモデルを頼まれたの・・・」
「宝生グループ・・・フランソワーズのバレエ団の筆頭スポンサーじゃのう?」
「・・・・・そうなの、だからお断りするのが難しくって」
「・・・・・」
「儂は、特に問題ないと思うんじゃが、プレゼンテーション用ということは一般には出ないのじゃろう?」
「ええ、会社内と取引先、もしくはグループの会員にお知らせ用のパンフレットくらい、と訊いてます」
「どうして、フランソワーズが?」
「ジョー、何を今更言ってるんだ!」

グレートと張大人がリビングに顔を出し、そのまま3人の話しに参加する。


「艶やかに甘く輝く、ハチミツ色の髪に、寒水石のごとく白き肌に色さすはジューンブライドの時期に咲き誇るイングリッシュ・ローズ。緑風に揺られる長い睫に縁取られた、奇跡に光る海の宝石・・・日本女性よりも慎ましやかなその仕草を表すかのような撫子色の唇・・・・・フランソワーズをひと目見て、彼女以外の誰にモデルを頼むってんだよ、まったく!ジョーっっお前はフランソワーズのどこを見てるんだ?」


グレートは大げさな身振り手振りをつけて、どれほどフランソワーズが美しい女性であるかを、彼独特の言い回しで表現し、張大人は、香ばしい薄焼きのセサミ・クッキーをテーブルに置いた。

ジョーはグレートに言われて、自分の隣に座るフランソワーズを真剣に見つめた。


「え・・・やだ!! そんな風に見ないで・・・恥ずかしいわ!!」


フランソワーズは間近で感じたジョーの視線に、顔を朱色に染めて俯いた。
グレートの言う、艶やかに甘く輝くハチミツ色の髪が、さらりと肩から流れて幕となり、ジョーの視線を遮った。


「・・・・・・その宝生グループの人に告白された?」



香奈恵の言葉を思い出し、彼女の言葉をなぞるようにジョーの口から零れた。

グレートの絶叫と、張大人のアイヤ~~~~!と言う、誰もが想像してしまう中国人らしいリアクション、そしてギルモア博士の、フランソワーズは自慢の娘だから、モテて当たり前じゃ!と意味のない自信の言葉が邸中に響き渡ったがために、邸にいた全員に知られてしまった。



誰もいなくなったリビングルーム。
フランソワーズはジョーの頭をその胸に力いっぱいに抱きしめる。ジョーはフランソワーズにされるがままに、彼女の柔らかな胸から聞こえる作られた心臓のリズムを数える。


「愛してるわ」




本当に?





「愛してる」






サイボーグ同士だから?




「好きよ」









キミがサイボーグでなくても?












「ジョー・・・だけよ」





俺がサイボーグでなくても?







「アイシテル」









こんな形でしか出会えなかったのに?








こんな形だから、キミは俺をアイシテクレルの?
こんな形でなかったら、キミは俺をアイシテクレテいないだろ?


ジョーは少し乱暴にフランソワーズの包容を解き、今度は彼女を自分の腕の中に閉じこめた。







「ジョー?」

小さな線の細い、フランソワーズの躯はすっぽりとジョーの躯の中に包まれる。
この世の誰も、フランソワーズを見つけられないように。








たった一言。










自分の気持ちを、自分のものだと、フランソワーズのこころに刻みたい。

喉を押し上げる、灼熱の息。
胸を痺らせる、不安な未来。









フランソワーズは事も無げに、ジョーが言えない言葉を星の数ほどに彼の胸に光らせる。
ジョーはまだ一度も、フランソワーズの胸に、その星を輝かせたことはない。


「・・・・・・どんな男(ひと)?」



ーーーキミに相応しい人?
   キミがサイボーグでも、キミをアイシテクレル人?
   キミがサイボーグでも、キミがアイセル人?



「スポンサーの息子さんで、小さい頃にバレエを習っていたらしいの・・・それだけ」




ーーーソレダケ? もしも君がサイボーグではなかったら・・・答えは違った?




「ドレスも着るし、お化粧とかいろいろするから、印象が変わってしまうと思うわ」


撮影当日、香奈恵も「面白そうだから!絶対に行くわよ~!」と、理由でレッスンを休んでフランソワーズに同行することにした。ジョーもフランソワーズに頼まれて彼女を撮影現場のガーデン・チャペルがある、都心から少し離れた街へ、朝未きの路に車を走らせた。


「・・・・帰るの?」
「・・・・関係者じゃないし」


車をガーデン入り口で停める。


「・・・・1人は・・・いや」
「香奈恵さんが先にいるんだろ?」


助手席に座ったまま、シートベルトも外さない、フランソワーズ。


「ジョーは、一緒にいてくれないの?」
「部外者だから」
「だったら、香奈恵さんもよ?」
「彼女はバレエ団の人間だろ?」
「同じよ」
「・・・・・」
「ジョーも来て」
「・・・・・」
「来て」
「・・・・・」
「お願い」


ジョーへは視線を向けず、カーウィンドウの外に並ぶ車を数える。


「・・・・・」
「今日は何もないんでしょう?」
「・・・・・うん」
「・・・・私を1人にしないで」
「香奈恵さんがいるだろ?」
「宝生さんがいるもの。彼、モデルが本業なの、今回も・・・・」
「・・・・・・断ったんだろ?」
「だから・・・・そばにいて・・・・」
「・・・・・」



ーーーそばにいたいよ・・・・。






「・・・・断る?」
「もう無理よっ・・・だから、お願い・・・ジョー」
「・・・・・・」


こういうときこそ、フランソワーズを抱きしめて、その髪を撫で、彼女を安心させるために頬にキスすればいい。

頭ではわかっている。



彼女の視線がそれを求めていても…。







「わかった。一緒に行くよ・・・」






そういうのが精一杯だった。







####

秋色風が心地よく舞い上がり、整えられた色とりどりの花たち。
まだ日が昇らないうちから多くの人が、今日の撮影のために広いガーデンを右往左往に走る。


3台が寄せ合うように止められた大型のバン。
外に投げ出されるように積み上げられた、黒い箱。
伸びる黒いコード、黒い布に覆われた機材たち。

自然豊かなガーデンに、異質なそれらを横目に捉えつつ、フランソワーズは不安げにジョーの手を握ったまま、ある人物を捜していたが、フランソワーズが見つける前に、聞き慣れた声が2人の耳に届いた。


「こっちよ!フランソワーズ!!とおまけの島村っっっっっちっ!!」


元気な香奈恵の声に、2人は振り返る。
長い黒髪を靡かせて、早足で2人に近づくと2人の繋がれた手を見てニヤニヤと、彼女の大きな口が左右に引っ張られた。


「おーおー、仲がよろしいことで!」
「こんにちは!香奈恵さん」
「時間通りね!フランソワーズ、それにおまけの島村っち!」
「・・・・ち?」


ジョーは眉間に皺を寄せて、それが自分を指しているのか?と顔で聞き返す。


「いやねえ、さすがに見ず知らずの他人の前で”へたれっち”とは呼び辛いわよ~・・・だから省略してみたのよ、島村のヘタレっちイコール、島村っちよ!ヘタレが治ったら、愛を込めて・・・そうね、・・・なんて呼ぼうかしら?」
「・・・ジョーが島村”っち”?」
「・・・・・」


フランソワーズは隣に立つジョーを見上げる。
ジョーはきょとん。と、香奈恵を見ていた。
今までジョーはニックネームとは無縁な人間だっただけに、なんと対応していいかわからずに戸惑っている。
フランソワーズは”島村っち”ともう一度呟いてみたとき、ジョーは困ったようにフランソワーズを見た。
その顔がフランソワーズはおかしかったらしく、彼女はガーデンに咲き誇る花たちよりも鮮やかに笑った。


「”島村っち”!ふふふふっっ素敵ね!!ジョー、が島村っちって呼ばれるなんて、みんなに教えてあげなくちゃ!」
「・・・・・・・フランソワーズ」
「私のネーミングセンスは抜群よ~!ね!!」


香奈恵とフランソワーズは楽しげに笑い出す。
ジョーはただ、立ちつくしてそんな2人を見ているしかなった。が、自分たちに向かって歩いてくる人物を彼の目は捉えた。


すらりとした長身の、ジェットよりも少し高いくらいだろうか?
少し長めの黒い髪を丁寧に撫でつけて、岩緑青色のスーツを着こなし、背筋の良く見栄えのいい男が近づいてきた。整えられた鼻筋に、口元は微笑みを象っている。


「よくいらっしゃってくださいましたね、アルヌールさん。お待ちしていましたよ、今日はよろしくおねがいします!・・・それにしても楽しそうですね?」
「あら。宝生さん!まだ準備してませんでしたの?」
「男よりも、女性の方が時間がかかりますからね。女性の後でも十分に撮影に間に合いますよ」


男は親しげに香奈恵と会話を交わす。




ーーー宝生 忠?・・・・この男が?




ジョーはフランソワーズに目線を落とす。
フランソワーズはジョーの手を強く握り、彼に目線を合わせて静かに微笑んだ。


「宝生さんは、初めてですよね?彼が”噂”の島村ジョーさんですわ」


香奈恵は朗らかに微笑みながら宝生にジョーを紹介する。


「ああ、やっぱり! 初めまして宝生 忠(ただし)です。あなたのことは色々とバレエスクールで・・・有名ですからね、あなたは」
「・・・・・・・・有名?」


ジョーは訝しげに”有名”と言う言葉を聞き返しながら、宝生が求めてきた握手に答えようとしたとき、ジョーの手の指と指の間に絡める、フランソワーズの手。




そのために、一緒にフランソワーズの手もついてきた・・・。


彼女はしっかりとジョーの手を握ったままで、どうやら離すつもりがないらしい。
4人の視線が、宝生の差し出したまま宙に浮いた手と、その前に出された握られた2つの手に注がれる。


「・・・参ったなあ」


苦笑しながら、その手を自分の体に引き下ろした宝生と、呆れた顔でフランソワーズとジョーを見る香奈恵。


「・・・・フランソワーズ?」
「・・・・ごめんなさい」


ジョーは少し咎めるように彼女の名前を低く呼んだが、それでもまだ手を離さそうとしないフランソワーズが、愛しかった。繋がれたままの手は温かい。


「ちょっと!!失礼にもほどがあるわよ!!!」
「・・・・ごめんなさい」
「まあ、まあ・・・龍さん・・・・」
「スミマセン」
「いえ、そんな・・・あ!!ほら。そろそろフランソワーズさんは支度に行かないと、時間が・・・」


宝生は腕に付けていた時計をわざとらしく見て、大げさに言った。


「じゃあ!行くわよ!!」


ジョーの手を握っていない方のフランソワーズの手を取って香奈恵は歩きだそうとしたが、ジョーの手を離さないフランソワーズのせいで、3人は連なって歩くことになる。足を止めて香奈恵はフランソワーズを嗜めた。


「フランソワーズ!島村っちに”着替え”やメイクも付き合ってもらう気?」
「・・・・・ダメ?」
「はいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?あ、あ、あんたっっなあああに考えてんの?」
「大丈夫よ、ジョーは見慣れてるもの」
「そういう問題じゃない!!!」
「・・・・・だめ?」
「っっっんとに、もう!!!いったいぜんたい!どうしたって言うのよ、今日は!」


ジョーは優しく、フランソワーズの手を離した。
フランソワーズは離れていくジョーの手を追いかける。ジョーはその手を取り軽く握る。


「”今日は”ここに、いるよ」


そして、ゆっくりとフランソワーズの手を離した。


「よし!じゃあね!宝生さん、島村っち!」


香奈恵に引きずられるようにしてチャペル内に連れて行かれるフランソワーズは、何度も振り返りながらジョーを観ていた。


「ぼくが、入り込む余地なんてないなあ・・・本当に・・・噂通りなんですね?」
「・・・・噂?」
「あ、・・・ぼくの方がよっぽど失礼ですよね。すみません」
「・・・・・・いえ」


男2人、朝明けのガーデンに立ち香奈恵とフランソワーズの姿が消えるのを見送る。


「あなたの存在は知っていたんですが・・・アルヌールさんのことが好きです。自分の気持ちをこのままなかったことにしたくなくて、彼女に告白しました。1秒の間も開けずに・・・断られました。気持ち良いくらいにはっきりと、です」


宝生は、香奈恵とフランソワーズが消えた方向を真っ直ぐに見据えたまま、落ち着いた声でジョーに話しかける。ジョーは宝生を見ずに足下に咲く、名前のわからない白い花を見ていた。


「・・・・あなたに、どんな魅力があるんですか?アルヌールさんがあれほどまでに・・・想われる、あなたはいったい・・・・・。男のぼくには、きっと理解できない何かがあるんでしょうね、羨ましいですよ」





ーーーこの男との違い・・・サイボーグということ。が、俺の魅力?







「・・・・でも、今日は申し訳ないが、彼女の隣に立つのは僕だ」
「?」


宝生は硬い表情で、ジョーの瞳を真剣に見た。
ジョーはその目を自然と受け止める。
宝生はジョーの表情から、何も感じられず思わず眉間に皺を寄せて訝しんだ。


「・・・・ご存じないのですか?」
「何を?」
「今日はウェディングの撮影で、ぼくが新郎役なんですよ・・・」
「・・・・・そうなんですか?」
「・・・ええ。・・・・・・彼女のウェディング姿の隣に立つのは・・・あなたではなく、ぼくなんですよ?」
「・・・・・それが?」
「・・・・あの、・・・なんとも思わないんですか?」
「どうしてですか?」
「仕事でも、頼まれたことでも・・・愛する女性が自分以外の男と結婚式の真似事をするんですよ?・・・・・平気なんですか?」






ーーー教会でドレスを着て、写真を撮るだけだろ?









「・・・・・・写真を撮るだけでしょう」
「っだけ・・・・・て・・・・・・嫌じゃないんですか?」
「・・・・・」
「ぼくだったら、絶対にこんなことさせませんよ?・・・・・・自分以外の男とウェディングドレスを着せるなんて」





ーーーこんな機会でもなければ、彼女がウェディングドレスを着られないのだったら?









「・・・・・よく、わからないから」
「は?・・・・わからないって」











ーーーわかるもんか・・・・・結婚なんて・・・・・












「・・・・・・夫婦というものを知らないから、俺」
「え?」
「親を知らない人間に、結婚とか言われても・・・・ね」



ジョーは微笑んだ。



曙光降る中に、柔らかく琥珀色の髪が風光る。
東洋と西洋の血が混じり合った、魅惑的な顔立ちに陰ができる。
褐色とアンバーの曖昧な色加減が、ジョーのこころの揺れを見せているかのように感じるが、その不安定に揺れ動く色合いが、宝生を引き込んでいく。


ジョーの瞳の奥に ゆらゆら と ゆらゆら と、危うげに揺れる色。

ゆらり、ゆらり、と揺れる影。















「宝生さん!そろそろ着替えて下さい!!」



ジョーに飲み込まれる一歩手前。
撮影ののアシスタントである女性が、大声で宝生を読んだ。


男に見惚れてしまっていた気恥ずかしさから、彼は逃げるようにジョーの前から去っていく。
去り際に、慌てて宝生を呼びに来たアシスタントの女性に「彼は大切なゲストだから、みんなに言っておいて・・・あと頼むよ」と、囁いた。


女性は頷いて、ジョーのそばに行き挨拶をする。



「私、今回の企画のアシスタントで大倉と言います」
「・・・・・島村です」
「アルヌールさんのお連れの方ですよね?」
「・・・・・・そうです」
「やっぱり!」
「・・・・・・・噂ですか?」
「ええ、噂でした!」













####

「ひゃあああああああああ!さっすがフランソワーズ!!! 綺麗よ・・・って言うか、綺麗って言葉しか言えないのが、恥ずかしいけど、綺麗って言葉はあんたのためにあるようなもんだわ、これ!」
「・・・・やだ、大げさだわ、いつもの舞台衣装よりちょっと派手なだけよ?」
「馬鹿!これウェディングドレスよっっ!舞台衣装と較べるなんて馬鹿よ!・・・・ったく、これが見せたくて島村のへたれ野郎をここまで連れてきたんでしょ?」
「別に、そういうわけじゃないわ・・・それに、私が汗まみれのレオタードを着ようと、今日のようなドレスを着ようと、彼は何も変わらないわ」
「なっっ!馬鹿なこと言うんじゃないわよっ!どの口が言うのよ!」


チャペル内に用意された、花嫁のための控え室。
12畳ほどある広々とした部屋に、着替えるための個室が2つを備えられていた。
温かなアプリコット色から白へのグラデーションを効かせた色調の部屋の、南向きの壁一面に広がるように飾られた姿見は、花々を象った白のフレームに縁取られていた。

腰の低い背もたれがないチェアに座り、鏡に自分の姿を映すフランソワーズ。
舞台衣装を着慣れ、パーティ時に頻繁にドレスに袖を通すために、慣れているとはいえど・・・真珠色に輝くドレスはやはり特別である。

香奈恵はフランソワーズを鏡越しで見ていた。
碧瑠璃の瞳は美しく、とろり と艶やかに輝きながらも哀しい色だった。



「・・・・だって、ジョーは・・・ジョーだけが」



ーーー本当の私を知ってる・・・。




どんなに綺麗に着飾っても、この手に握ったスーパーガンが命を奪ったことは変わりない。
どんなに容姿を褒められても、作られた皮膚の下に脈打つのは人の温かさのない人工心臓が流す人工の血。
人でないサイボーグ。

作られた躯。


物。


でも、私のこころは人。


私は人なの。


彼だけが、ジョーだけが・・・私が人である証拠なの。
私が人であり続けられる理由。

私はジョーを愛してる。

彼を愛し続けることが、私が人である証拠。
彼を想うだけで、私のこころは、魂は震えるの、熱く、熱く、強く震えるわ。

愛してる。

私は人を、彼を、ジョーを愛することができる。

彼だけが、知ってる。
本当の私。

彼だけが知ることを許されている、本当の私。


彼は私の魂の証明。








ーーージョー・・・。








瞳を閉じて、フランソワーズは愛しい人の名前を唱える。
胸に広がる甘く、熱く、強く、清らかに、フランソワーズの胸を喜びに包む。










ーーー愛してるわ。











ゆっくりと長い睫を微かに揺らしながら、目蓋を開ける。
ごくり。と、香奈恵は生唾を飲み込んだ。

フランソワーズの瞳は綺羅星のごとく、美しく幸せに輝いていた。







アイシテルワ。






言葉が、フランソワーズの声が、ジョーの胸に優しく舞い降りる。
彼女が着替えをすませてきたのかと、周りを見渡したが、フランソワーズの姿は見えなかった。


「どうかしました?」


ジョーのためにと、大倉が気を使って撮影風景が見やすい位置にイスをすすめていた。


「・・・・・・いえ」


ジョーはすすめられるままに、イスに座る。


彼女が耳に付けているイヤホンは、腰のレシーバーに繋がっている。時折不愉快な雑音が、ジョーの耳に入る。彼は無意識にそれらに脳波通信を合わせてしまうのだ。
けれども、先ほどの・・・フランソワーズの声は、明らかに脳波通信から伝わってきたものではない。





こころで聴いた。







そう言った方が正しいが、ジョーは自分を自嘲の笑みを浮かべる。


ザザっ。とレシーバーが通信を拾う。


『花嫁役のアルヌールさん支度完了!そっちに向かいます』
「島村さん、彼女さんっお見えになりますよ!!絶対に綺麗ですよ!」



大倉が興奮気味にジョーに伝えた。








陽が昇り始め、空は青さを増していく。
優しい温かさがジョーの頬を撫でる。



数人の女性スタッフに囲まれ、フランソワーズの隣を歩く香奈恵は、彼女がまるで自分の娘のように、自慢げな足取りでやってくる。


すでに着替えを済ませて、カメラマンやスタッフと談笑していた宝生は、シルバーに近いライトグレーのタキシードに身を包み、その胸に花嫁役のフランソワーズが持つブーケとそろいのコサージュが風に揺らせる。
彼らも、フランソワーズの姿に気がついて、彼女に熱い視線を送った。








ジョーの耳にグレートの言葉が甦る。









“艶やかに甘く輝くハチミツ色の髪に

寒水石のごとく白き肌に頬色さすは

ジューンブライドの時期に咲き誇るイングリッシュ・ローズ

緑風に揺られる長い睫に縁取られた、奇跡に光る海の宝石・・・

日本女性よりも慎ましやかな、その仕草を表すかのような撫子色の唇・・・・・”









真珠色のウェディングドレスは、プリンセスライン。
ウェストを絞り込んで、羽のようなデザインの幾重にも重なりあった柔らかなスカートは、チューリップのようにふっくらと膨れあがり、彼女が一歩足を進めるごとに、優雅に舞う。肩を剥き出しにしたベアトップはのカッティングは大きくひらき、彼女の美しい肩胛骨を見せて、胸元に繊細に飾られたスワロスキーのビーズが陽に光る。ほっそりとした腕に、二の腕までの長さのレースで仕上げたグローブをつけ、小さな白い薔薇で作られたブーケを持っている。
細い首に、真珠で作られたチョーカー。
髪は高く、フランソワーズの前髪も一緒に結い上げられていた。
前髪をおろしていないフランソワーズは、見慣れていないせいで別人に見える。
繊細に編まれたレースのベールは彼女の頭から柔らかに覆い、後ろに流れ、女性スタッフの1人が、ベールの裾を両腕に抱えてフランソワーズについて歩く。





宝生は、花嫁役のフランソワーズを手を差し出して迎えたが、フランソワーズの瞳はジョーを捉えていた。




ジョーが驚いている。


彼の褐色の瞳が陽の光に照らされて、薄い琥珀色に変わっている。
大きく目を見開いて、彼は息を止めているように見えた。





くすり とフランソワーズは微笑んだ。



<ジョー?>


宝生の賛辞を耳にしつつ、フランソワーズはジョーに脳波通信で読んでみる。


<ジョー??>


彼は答えない。


<・・・ジョー・・・?>


フランソワーズは胸に不安が広がる。
咄嗟に”眼”のスイッチを入れる。
まるでジョーの腕に抱かれている時のように、彼の顔を見ることができた。

フランソワーズの様子がおかしいことに、気づいた香奈恵は彼女の腕を引く。


「どうしたの?」
「あ・・・ジョーが」
「ああ、島村のヘタレっち?」


香奈恵の言葉に、宝生が驚いた。


「ヘタレっち?」
「あ、・・・・ま、そういうことです」


ニヒヒと愛嬌良く笑う香奈恵。


「ジョー?」
「ちょっと、何処行くの?あんたは仕事!」


今にもジョーの元へ走り出しそうなフランソワーズを思いとどまらせた。


「で、でも・・・ジョーが!」
「ったく、甘やかすな!アイツを!」
「でも、ジョーが!」
「はい、はい、はい!あのヘタレがまた変なこと考えて、あんたから逃げようとしてるのね?」
「逃げる?!」


宝生が香奈恵の言葉に驚きの声を上げる。


「宝生さん、フランソワーズをお願いしますね?この子、あのヘタレを目にすると飛んで行って公共わいせつ罪すれすれのことをしてしまうの」
「・・・・・こ、公共わいさつ罪」


香奈恵は彼女にできる最高の笑顔と甘えた声で、宝生に有無を言わさない迫力で迫った。



「いい、フランソワーズ?あんたは仕事!頼まれたことを一度引き受けたら、フィールドは違えどプロに徹しなさい!島村っちは、私が一発殴ってくるから、撮影が終わるまでは逃げないわ!いいわね?・・・まったく、なんであんたのウェディング・ドレスを見て逃げ腰になんのよ!!ヘタレも超特大級ね!」


香奈恵はジョーに向かって歩き出す。
彼女の後を追いかけようと、フランソワーズが足を踏み出したとき、その腕を宝生が優しく捉えた。


「だめですよ、アルヌールさん・・・香奈恵さんが言っていたでしょう?ぼくは彼女が恐いから、あなたを彼の所へ行かせることはできませんよ?」
「・・・宝生さん」
「アルヌールさんと彼がどういう関係で・・・その、お付き合いしているのかわかりませんが、まだ、ぼくにチャンスがあるんでしょうか?・・・彼、”嘘”でも、この状況に興味がないみたいですしね・・・普通は嫉妬しませんか?自分の彼女がこんなに美しくウェディングドレスを着て、自分以外の男の隣に立つんですよ?・・・親を知らないから、夫婦を知らない、結婚なんてわからないなんて・・・言い訳ですよ。アルヌールさん、彼は君に相応しくない・・・」
「・・・・言い訳じゃないわ」
「え?」
「彼は、本当に知らないの。彼は・・・。何も知らないのよ・・・、人に愛された”記憶”がないんですもの。今まで、親も兄妹にも・・・関係なく、ずうっと1人で生きてきたから・・・」
「・・・まさかっ!」
「いるのよ。宝生さん、この世の中にはあなたが知らない、いいえ・・・・知っても信じられないことがたくさんあるのよ?・・・あなたはとても恵まれた人だわ、だから・・・それを大切になさってね?」


フランソワーズはにっこりと微笑んだ。


ーーーあなたは目の前にいる、私がサイボーグだと知っても信じないでしょう?















####

「しっかりその瞳に焼き付けなさいよっフランソワーズのウェディングドレス姿!」
「・・・・・」


香奈恵がジョーのそばに来たとき、彼は立ち上がって無言でイスを香奈恵に譲る。
その”慣れた”自然な動きに、香奈恵はよけいに苛立たしさが増す。
香奈恵はどっかりと堂々イスに座る。
ジョーは無言で彼女の横に立った。







撮影が始まった。


カメラマンの指示で、色々なポーズを要求される。
宝生はプロのモデルとして、フランソワーズをリードする。
ダンサーとしてポスターなどの撮影会に参加したことがあるフランソワーズは、さほど緊張も見せずに、リラックスして幸せな花嫁役を演じる。

2人は腕を絡め、寄り添いながら・・・微笑みあい、見つめ合う。
温かな日差しは、彼らを祝福するように、自然光での撮影に協力的であった。
真新しいチャペルの白が、初々しさを際だたせる。
宝生は、想い人であるフランソワーズを堂々と自分の方へ抱き寄せて、まるでジョーに見せつけるようにポーズを取っているかに感じられた。演出上、とても効果的なポーズである。

淀みなくリズムを刻むシャッター音が、彼らの撮影がスムーズに進んでいることがわかる。



「まあ、まあ、まあ、宝生さんってば・・・意外と大胆なのねえ?あんたが彼氏だっての知ってるのにぃ、島村っちより、根性あるじゃない?あんたがヘタレってわかって、フランソワーズのこと、諦めないのかしら?」


香奈恵はジョーを見上げる。
ジョーは何も言わない。
彼が無口であることは、重々承知している香奈恵である。
ふうっと短い溜息を吐いて、香奈恵はフランソワーズを見る。
嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに微笑みを絶やさずにカメラの前に立つフランソワーズは、宝生にリードされて、香奈恵の目には本物の結婚式をあげる恋人同士だと、錯覚しそうになる。


「・・・・香奈恵さん」


ずっと黙っていたジョーが声をかけた。が、すぐにそれがジョーのものだとは、香奈恵は気づかなかった。


「・・・香奈恵さん?」
「あ?・・・あら?何?」
「・・・・・香奈恵さんも、いつかああやってドレスを着たい?」
「当たり前じゃない!女に生まれてそれを夢見ない女なんて”男になりたい”女性くらいよ!」
「そう。・・・じゃあ、フランソワーズも?」
「・・・・・・あんた、何をイマサラ・・・・当たり前でしょ!!!!!!!!」
「そっか・・・・・・・・フランソワーズは、結婚したい?」
「・・・・はい?・・・・・・それ、私に聴くことじゃないでしょ?!」
「・・・・・・・そう?」
「あんた、馬鹿?」
「・・・・・・・結婚って何?」
「・・・・・」
「夫婦って、何?」
「・・・・・・島村っち?」
「幸せになる権利?・・・・・結婚して、夫婦にならないと・・・・彼女は幸せになれない?」
「・・・・・・・幸せに権利なんてないわよ!結婚しても、不幸な人生が待ってる場合だってあるわよ!あんた、離婚って言葉知ってる?件紺は人生の墓場って聞いた事ないの?」
「・・・・・じゃ、なんで夫婦になる?・・・・結婚するの?」
「あんた、それ・・・鶏が先か、卵が先かって聴いてるようなもんよ?・・・ちょっと違うけど」


呆れたように言葉を切った香奈恵は、ジョーを見上げた。


ジョーは、愛おしそうに、眩しそうに、優しく、包み込むような愛情を瞳に浮かべてフランソワーズに魅入っていた。
香奈恵は驚いて、ジョーを食い入るように見る。









諦めるの?


そんな単語が、香奈恵の脳裏を掠めた。


彼女が幸せなら、幸せになるなら、あんたはそれで満足して身を引くの?
自分の幸せは?
自分が・・・彼女に幸せを与えないの?

一緒に幸せになる道を探さないの!?




ーーーフランソワーズが望む本当の幸せに、いい加減気づきなさいよ!!





腹の底から怒りが噴出しそうになる香奈恵は、怒気の籠もった声で言った。


「超弩級のヘタレっっ!!!あんたはヘタレ島ヘタレーに改名しちまいな!」


香奈恵の怒りの罵声と同時に、ジョーは009の鋭さを込めた瞳で周りをサーチした。



ぐらり。と地面が横に揺れる。

どんっと突き上げる縦揺れが連続して地面を揺らす。



広がる悲鳴。



「地震だ!気を付けろ!機材!!」



誰かが叫んだ。


009は、イスにしがみつく香奈恵の周りに危険物がないことを確認する。
撮影は外のために、照明などのセットを組んでいない。上から物が落ちてくる危険はない。
積み上げられた機材周辺に視線を走らせる。


ーーー大倉さん!



取材用機材を積んだバンが数台駐車されている辺りは、室内での撮影用機材類を入れた黒い箱が無造作に積み上げられている。
彼女は、次の室内の撮影で使われる機材の確認をしていた。


ーーー加速は無理だっ


揺れる地面に足を取られることなく、009は素早く大倉の元へ辿り着き、手を引いて機材類から離れさせようとしたとき・・・・。
















フランソワーズは、地面の揺れを感じた瞬間に”眼”のスイッチを入れてジョーを、009を追った。
彼がバンが並んで駐車され、機材類が積み上げられた場所に立つ女性を、加速せずに助ける姿をみつける。が、そのとき・・・。


地鳴りととも、先ほどよりも大きな縦揺れの地震が3台並んで止めていたバン同士がぶつかり合い、中に何も乗せていない、軽くなった一台が、ジョーと女性側に倒れた。







サイボーグの躯。

ジョーは咄嗟に大倉の体を突き飛ばす。
地震の揺れに一瞬バランスを崩した躯が、影に飲み込まれる。






サイボーグの躯。

バンが009の上に倒れ込んできても、彼は軽々とそれに堪えられる。
バンは損傷し、009は傷一つない・・・多くの人の目の前で。





ーーーそれだけは!




009は最低レベルに抑えて加速装置を押した。影を抜けきった瞬間にそれを戻す。服の多少の損傷はごまかせる。
大倉が蹲る隣に膝をつく。揺れがおさまった。が・・・。

黒い箱のひとつが009の背中に降る。
ぎっしりと詰め込まれた照明類のそれが、おもちゃのように、彼の背中に落ちた。

「っ・・」



ぱきり。と、不気味な音。





フランソワーズの”眼”は見ていた。

009の背に落ちてきた箱の角が、彼の肩にめり込むようにぶつかる。
堅い躯がその箱を押し返し、箱は簡単に軌道を変えて009の背中に擦るようにして移動し、地面へと落ちた。







一瞬のこと。


人の”眼”には、
バンの近くに立つ2人の影が倒れてきたそれをギリギリによけたが、そのすぐそばにあった箱が2人をめがけて倒れ、男は“運良く”ぎりぎり、箱とは接触から免れた。と、見える。





「大丈夫か!」
「誰か!けが人はいるか!!」

口々に叫び、撮影現場は混乱に陥る。





ーーーサイボーグの躯で良かったのか、悪かったのか・・・





当たり所が悪かった。それだけだった。
肩の接続部分の部品のどれかが・・・破損したのだろう。
小さなネジ一本でも損傷があれば、009の躯は動きに制限が出る。





右肩が動かない。



大島は恐怖で地面に蹲ったまま。
ジョーは動かない肩をばれないように気を遣いつつ、左手で、大島の肩に手を置いた。




「大丈夫だよ・・・君は無事だ、大丈夫・・・もう恐くないよ?」


大島はジョーの言葉にゆっくりと強張った体の緊張を解くと、ジョーの優しい瞳に、胸に溜まった恐怖を吐き出した。涙で咽せる大島を、小さい女の子のように慰める、ジョー。


「・・・・・島村っち。あんた、何やってんの?」


香奈恵は地震のショックよりも、ジョーの、大島にたいする態度の方がショックだった。
これほど大きな地震があり、彼女であるフランソワーズの安否を確認する以前に、なぜ今日出会ったばかりの女性を優しく慰めているのだろうか?いくら女性が危険な目に遭い、それを彼が助けたとしても、だ。



数人のスタッフが彼らにかけよってくる。











フランソワーズは、黙ってその様子を見ていた。
いつもの009。

彼は009として動き、009として女性を助け、慰める。




見慣れた光景。




サイボーグである限り。

サイボーグであり、00メンバーだからこそ。





あと10秒。


フランソワーズは、知っている。





















<フランソワーズ?>






脳波通信でジョーから呼ばれた。


<ジョー、私は大丈夫よ>
<・・・本当に?・・・フランソワーズ>
<本当よ。怪我はないわ!・・・・ジョーの方こそ、肩・・・・>
<・・・・わかる?>
<ちゃんと視てたもの・・・傷む?>
<・・・・いや、動かないだけ。腕が上げられない・・指は動くけど>
<この分だと、撮影は中止よ>
<そうだね>
<良かった・・・・大島さんも怪我はないのね>
<・・・・・・嬉しい?>
<え?>
<ドレス、嬉しい?>
<ジョー・・・・?>
<・・・・・サイボーグでも、諦める必要ない>
<諦め・・る?>
<・・・・・キミが、その・・・・>







ーーー普通の女性として暮らすのは、難しいかもしれない。けれど、キミがそれを望むなら、俺は・・・全力を尽くす。





キミはサイボーグ同士だからといって、俺をアイスル必要なんかない。


キミは自由。


キミがサイボーグではなかったら、キミは俺と出会わなかった。
キミがサイボーグで、俺がサイボーグで。



もしもキミが、人であり続けていたら。
俺が、人で有り続けていたら。

アイスル以前に、出会うことさえなかったんだ。
サイボーグだから、だろ?


キミの幸せを奪った、サイボーグの躯。
キミを不幸にするだけで、幸せになんか・・・できない。





<ジョー?どうしたの・・・?>
<もう・・だめだ、よ>
<ジョー?何?何を言ってるの?>
<俺は、キミに・・・・>
<?>
<キミは、自由だから・・・・>



ーーーサイボーグだからこそ、キミは幸せになって欲しい・・・・。





<ばか>
<・・・・>
<ジョーのばか。香奈恵さんはジョーを殴らなかったのね?も!>
<・・・・>
<ジョー・・・・私、あなたを愛してる。私は自分でちゃんとわかってるわ!ジョー、愛してる。自由なのでしょ?だから、ジョー、好きよ>
<・・・・>













余震のことも考慮にいれて撮影は中止となり、日を改めて撮影を再開することとなり、直ちに解散となった。
大倉は、落ち着きを取り戻し、何度もジョーに礼を言った。

香奈恵は「他人の女より自分の女でしょ!」と散々ジョーに怒りをぶつけたが、ジョーは黙ってその言葉を聞いていたフランソワーズは、香奈恵を宥め「私の方は、安全だったんですもの」と、ジョーの行動は正しい。と、言い続けた。







003としての考えと行動がそこに見える。

宝生は始終彼女の様子を伺っていた。が、彼氏であるジョーの前では撮影時のように堂々とは振る舞うようなことはせず、ジョーは肩を痛めたことを隠していることにも気づくこともなく、タクシーで帰路につくことにしたジョーとフランソワーズを見送った。


何ごともなかったかのように、タクシーの中でもフランソワーズは変わらなかった。


ジョーは黙ったまま、ギルモア邸前に停まったタクシーから降りる。
玄関の戸をフランソワーズは開けながら、”眼”のスイッチを入れてギルモアの姿を探す。
もしもすでに就寝していたのなら「起こさず明日の朝に」と、ジョーに言うつもりであったが、ギルモアは地下の研究室でなにやら書き物に集中している様子が診えた。


「博士は、まだ起きていらっしゃるわ・・・診てもらいましょう?」
「・・・・明日でもいい」
「ダメよ、メンテナンスは明日でも、診てもらうべきだわ!」

フランソワーズは小さな子どもをしかるような口調で言いながら、ジョーの動かない腕にそっと自分の腕を絡めた。


「お願い・・・・心配なの」


フランソワーズに諭されて、ジョーは地下へと降りていく。
ギルモアの研究室のドアをノックし、簡単にコトの顛末を説明した。

ギルモアはジョーからの話しを訊き、メンテナンスルームにジョーを急かして移動する。
009の動かなくなった肩と腕をスキャンし、モニターに映し出した。


「むう・・・この間のメンテナンスでは気づかなかったのかのう・・ここ、この部分の接続する、見えるかジョー?ここに小さな亀裂が入っておったのじゃろ・・・。日常生活などには支障もないし、加速装置を使ってもなんら影響は出んわい。しかし・・・運が悪かったとしかいいようがない。見事にこの亀裂部分が入ったパーツに負荷がかかったんじゃ」


「・・・そうですか」
「うむ。パーツもある、ちょちょっと直すか?」


ギルモアはジョーに近づき肩の様子を診ながら、その手はベッドから伸びるコードにかかる。


「博士、今夜は遅いですし・・・明日でかまいません」
「何、そんなに時間はかからんぞ?・・・利き腕が使えんと、不便じゃろう?」
「一晩くらい、平気です」
「・・・じゃが、フランソワーズが心配するしのう」
「博士の体の方が心配です。どうか休んでください・・・急ぎの予定などありませ、から」
「じゃが、なあ」
「昨日もそう言って徹夜でしたよね?心配していましたよ」
「・・・いいのか?本当に」
「はい」
「いいか、朝一番になおすからな?」
「はい」


ジョーはメンテナスルームの寝台から立ち上がり、脱いだシャツを手に取る。


「しかし・・・誰もけが人が出なくてよかったのう・・・地震が多い島国じゃから仕方ないが・・・」
「・・・・」
「フランソワーズも、災難じゃな・・・せっかくのウェディングドレスじゃったのに」
「・・・日を改めて撮影し直すそうです」
「おお!そうかっ、それはよかったのう・・・どうじゃった?フランソワーズの花嫁姿は?綺麗じゃったろう・・・写真が出来たら見たいのう・・・できれば」


ーーーお前と一緒に並んでいる写真がよかったんじゃが・・・


ギルモアは自分の目の前に立つ009,島村ジョーという青年を見上げた。
いつから2人が”恋人”のような関係になったかは、はっきりとはわからない。
003,フランソワーズがいつ頃からか009を他の仲間達とは違う接し方をしていることにギルモアが気がついたのは、他の00メンバーに較べて早かったようにギルモア自身は思っている。
ジョーがフランソワーズのことを、どう思っているのかが判らず、ギルモアは娘のように可愛がるフランソワーズのために、何度その口からジョーに”気持ち”を訊ねようかと悩んだ日々に、他のメンバーは何度もフランソワーズに、「009はやめておけ」と忠告されていることを思い出した。


ーーージョー、幸せになりなさい。フランソワーズも、お前も幸せになる必要があるんじゃ。


「綺麗、でした」


物思いに耽っていギルモアの耳に、ジョーの声が届き現実へと引き戻された。


「・・・ジョー」
「フランソワーズ、綺麗でした。博士・・・」
「そうか、そうか・・・・綺麗じゃったか」
「はい・・・とても綺麗でした、よ。ドレス姿・・・」
「うむ、うむ。あの娘は何を着ても似合うじゃろうが・・・ウェディングドレスは特別じゃ。女の子なら、一度は着たいと思うものじゃしなぁ」
「・・・・・」
「お前が幸せになってくれんと、困るぞ」
「え・・・?・・・フランソワーズじゃ・・・・」
「お前が、じゃ」


ギルモアは、優しくジョーの動かない肩に触れた。
そして、しっかりとジョーの瞳をのぞき込むようにして言った。


「お前がフランソワーズを幸せにするんじゃよ」





ーーーお前が幸せになって、はじめてフランソワーズは・・・な・・・。



俺が、フランソワーズを幸せに?

この俺が?
・・・・・そんな権利があるのか?
俺に、そんなことできるのか?
俺は、彼女を不幸にするだけじゃないのか?


俺が、フランソワーズを幸せに・・・す・・・る?


ジョーは地下の階段を重い足取りで上がる。
電気がつけられていない、ダイニングを抜けて、リビングを通り、2階への階段を上がっていく。



動かない肩。
痛みもなく壊れた躯。








それでも、明日の昼までには何ごともなかったように動くようになる。


サイボーグにならなければ、なかった出会い。
人はそれを運命と言う。


そんな不幸な運命の中で、彼女は本当に幸せになるのだろうか?
同じ不幸な運命の男と一緒になって、幸せになるのだろうか?


フランソワーズの幸せ。
女の子の夢。


バレエ。
恋愛。
結婚。
夫婦。
子ども。
家庭。



ーーーわからない・・・・。




サイボーグであっても、人であっても、俺はフランソワーズを愛している。
それだけだ。





ごめん。





一度もキミに”好き”や”愛してる”と言ったことがないのに・・・・変だろ?







俺と言う男は、そいう男なんだ。



ごめん、フランソワーズ。

戦いの中なら。キミを銃からも、敵からも、与えられたこの躯を使って護ってみせる。
平和の中で、キミを・・・・何から護ればいいのか、わからない。
護る必要があるのかも、わからない。


何もわからないんだ。


俺はサイボーグで、最強の躯をもった009。
こころも・・・誰よりも、機械に近いのかもしれない。


きっと、キミはサイボーグ003だから、俺を好きになったんだよ。






人は人に想う。
サイボーグはサイボーグに想う。


キミのこころは温かく、優しい、”人”なんだ・・・ね?
だから、ちゃんと”人”をアイしたらいい。




簡単に壊れる俺なんて、捨てていいよ。













「ジョー・・・肩の具合はどう?」


翌日の朝、ギルモアが昨夜言っていた通りに起き抜けのジョーを引きずるようにして、地下のメンテナンス・ルームで”治療”を行った。

1時間ほどでジョーの肩は治り、腕を動かすことが出来るようになった。
以前と何も変わらず、傷ひとつなく。

肩をまわし、腕の動きを確認するジョーの隣にフランソワーズは寄り添うように立っていた。
彼の着ていたTシャツを渡す。


「大丈夫」

ギルモアはフランソワーズと入れ違いに、メンテナンスルームを出ていき、自分の研究室に籠もってしまった。


「よかった・・・・・」


フランソワーズの安堵の溜息が、ジョーの髪を揺らす。

不安だったのは、ジョーの肩ばかりではなかった。
昨夜、ジョーが地下から戻ってくるのをフランソワーズは自室から”聴き”、そして彼女の部屋のドア前に立ち尽くすジョーを”視て”いた。





部屋のドアをノックすることもなく。
彼はただ、ドア前に立つ。


フランソワーズはドア1枚隔てた部屋の中でジョーを”視る”。
そのドアを開けてくれることを祈りながら・・・・・ジョーの足音は遠ざかって行くのを”聴いた”。







ドアを越しに”視る”ジョーの表情は、何も表してはいなかった。

フランソワーズは寝台に座るジョーの正面に移動する。
ジョーの視界はフランソワーズの躯に遮られる。
フランソワーズはジョーの頭を腕に、自分の胸に抱きしめた。


「好きよ」


フランソワーズの香り。


「愛してるわ」


フランソワーズの温かな腕。


「・・・・フランソワーズ」


フランソワーズの柔らかな感触。


「ねぇ、お話ししましょう?」


ジョーはフランソワーズの腕を解いて、彼女を見上げた。


「話し?」
「そう。フランス生まれの女の子の話し」
「・・・・」


フランソワーズはジョーの髪を小さな手で触れ、その指で梳く。
無機質な蛍光灯の、目に痛いほど白い光に照らされる、ジョーの栗色の髪がいつもより明るい。


「バレエが好きで、好きで、好きで。自分にはそれしかないと、信じてた女の子は」


ジョーの髪を優しく触れ続ける。


「ある日、自分がマリオネットだったと気がついたの」
「・・・」
「哀しくて、淋しくて、辛くて、踊ることも出来なくて。泣いているのよ」


ジョーは自分の髪を弄るフランソワーズの手首を掴み、その手の動きを止めた。


「ずうっと誰かが助けに来てくれることを、夢みながら、信じていなかったわ」


フランソワーズはそおっと自分の手首を掴んだジョーの手を、もう片方の手で包み、その手を解く。


「ある日、小さな可愛い魔法使いが言ったわ」


ジョーの手を両手で包み、自分の心臓にあてた。


「”運命の人がやってくるよ、フランソワーズ。彼は希望。彼は勇気。彼は未来。彼は光”」


手に、とくん。とひとつ跳ねた心臓の音が伝わる。


「女の子は、諦めた想いを、諦めていた夢を、諦めていた・・・・人であり続けようとしたこころを取り戻したの」



ジョーの手に、とくん。ともう一度、心臓が跳ねた振動が伝わる。
自分の胸にあてているジョーの手から、二の腕。肩。首。顎。頬。へと片手でなぞる。


「その子が、マリオネットだと・・・・・知らなければよかった」
「そうね」


フランソワーズの手がジョーの頬でぴたり。と、止まる。


「知らなければ、哀しみも、淋しさも、辛さも、苦しみも・・・なくて・・・・好きなバレエも続けられた」
「ええ・・・・」
「・・・マリオネットでなければ、その子は、幸せだった」


フランソワーズはジョーの躯を力一杯寝台に押し倒した。


「違うわ!」


ジョーは寝台に仰向けに倒れ、その躯の上にフランソワーズは覆い被さり、抱きしめた。


「ジョーに出会えたのよ、人を愛するこころを手に入れたのよっ」


さらりと彼女の金色に近くなった髪が、ジョーの顔にかかる。


「人であったら知ることができなかった、哀しくて、辛くて、淋しくて、苦しい思いを乗り越える強さを手に入れて、私の魂に共鳴できる人に出会えたのっ」


ジョーはフランソワーズを見上げる形で彼女を見つめる。


「もう、マリオネットなんて、人であるかどうかなんて関係ない。躯は入れ物。私は魂で生きていることを、ジョーを愛する気持ちで生きていることを知ったのよ、素敵でしょ?」


フランソワーズの顔がジョーの顔に近づいてくる。


「素敵でしょ?」


ジョーの額にキスをひとつ。


「その子の幸せはね?」


目蓋にキスをひとつ。


「ウェディングドレスでも、結婚することでも」


右頬にキスをひとつ。


「夫婦になることでも、子どもを産むことでも、家庭をもつことでも」


左頬にキスをひとつ。


「バレエでプロになることでも、踊り続けることでも」


口元にキスをひとつ。


「過去に戻って人生をやりなおすことでも、元の人の体に戻ること・・・・でも、全部違うのよ?」


ジョーは、天井に取り付けられた白い灯に、目を細める。



「私の夢は、あなたがちゃんと言葉で”愛してる”って言ってくれること。
私の幸せは、あなたが永遠にあなたの魂で愛し続けてくれること、もちろん、私だけを」



ジョーの唇に触れるか、触れないかのキスをひとつ。



「・・・・サイボーグの運命を選ぶわ」
「・・・え?」
「あなたに出会うためなら、サイボーグでも、なんでも、・・・あなたが生まれ変わって、またサイボーグになるなら、私もよ?あなたが、どんな風に、どんな姿になろうとも、私たちはずっと一緒に生きていくのよ」


フランソワーズは、ジョーの胸へと頭を動かし耳を押しつけて、とくん。とくん。とくん。と、作り物の心臓は正しいリズムで動いているのを数えた。


「ジョー・・・・・あなたは、私の半身。もう一つの私の魂。あなたは、私なの」






サイボーグになっても。
サイボーグではなくても。


人でなくても。

機械であっても。


俺はキミの半身。
もう一つの、キミの魂。












ジョーは自分の体の上に乗る、フランソワーズの背に腕をまわした。
ゆっくりと躯を回転させて、体勢を入れ替える。

フランソワーズの背を寝台に寝かせ、ジョーはその躯の上に覆い被さる。
純白のシーズに広がる、明るく光る亜麻色の髪。






ジョーはフランソワーズの額にキスをひとつ。



「・・・・・わからないよ」


左目蓋にキスをひとつ。
右目蓋にキスをひとつ。


「わからない・・」


右頬にキスをひとつ。
左頬にキスをひとつ。


「・・・俺に何ができる?・・・キミのために・・・」


口元にキスをひとつ。


「サイボーグである能力以外、何もない俺に・・・・何が残されている?」
「1だけ、あるわ」








深く、唇を重ねてキスを星の数。
















「愛して・・・私を」























この世界に、”俺を愛してくれているキミ”が生きているから、俺は、・・・・。













####

一週間後に、撮影が再開された。
生憎の雨模様だったその日。外での撮影は中止となり、チャペル内での撮影となった。
多くの照明が、正装した宝生と、5着目のドレスを着たフランソワーズを煌々と照らす。


「ったく、よく平気よね!あんなにライトを浴びたら、火傷しちゃうわよ!」
「・・・・・プロだから大丈夫でしょう」
「面白くないわ、ヘタレっち」


チャペル内に並ぶ、ベンチの一角に座るジョーと香奈恵は撮影風景をそう遠く離れていない位置から見ていた。


「それにしても、フランソワーズは・・・何着ても似合いすぎるわ・・・逆にドレスの選びがいがないって感じよ!」
「・・・・・」
「そしてあんたもっ!無口過ぎて、面白くないわ!」
「・・・・・香奈恵さんが、おしゃべりなだけだから」
「私は普通よ!ふ・つ・う!!」






カメラマンが、叫んだ。






「これがラストっ!! せっかくだから、キスシーンでもお願いしようか!」


その言葉に周囲のスタッフが冷やかし、ピューっ!!っと口笛が飛び交う。


「あら~~~!!ちょっとどうするのっっ?へたれっち!」
「・・・・・」


これは面白い展開!とばかりに香奈恵はバシバシとジョーの腕を叩く。


「・・・・・・どうもしません」
「さすがヘタレね!フランソワーズのあの可愛らしい唇がっ他の男のとぶちゅ~~~~っとふれ合うのよ?もしかしたら、もうちょっと激しいかもよ?宝生さん上手いわよ、キス」
「・・・・・・知ってるんですか?」
「まあ、味見は必要よね?」


ジョーは香奈恵の言葉に、少々呆れながらライトに照らされた、別世界に立つフランソワーズを見た。
宝生は、何かをフランソワーズに話しかけている。
フランソワーズは恥ずかしげに宝生を見つめるて微笑み、その頬は紅く。
それが、ライトのせいなのか、カメラマンの提案のせいなのかはジョーにはわからない。




<ジョー?>


フランソワーズから、脳波通信が届く。






ジョーの脳波通信の回線がoffになる。


宝生は眩しいライトの先に、ジョーを見つけた。
彼は黙って自分たちを、事の成り行きを見守る様子であると、思い込む。


「あなたには、相応しいとは思えませんね、彼」
「え?」
「キスしますよ、前に告白したときと、ぼくの気持ちは変わらない。アルヌールさん、好きです。だから遠慮するつもりも、あなたにキスができるチャンスを逃すつもりはありませんよ、ぼくは」


宝生は、フランソワーズの腰に腕をまわして抱き寄せる。
カメラマンが、調子の良い言葉をかけて宝生を煽る。

ジョーはゆっくりと立ち上がる。
香奈恵はニヤニヤと嗤って傍観する。


「ヘタレなりに、頑張れば?」


フランソワーズは、ジョーが席から立ち上がったのに気がついた。
照明が光り輝く世界から見る、ジョーの世界は闇。

強く殺気を込めて射抜く視線。
その視線の先は宝生ではなく、フランソワーズにむけられている。







ただ、それだけ。










ジョーは何も言葉にしない。
未だに好きも、愛してるも言ってくれない。


宝生の手が、フランソワーズの頬に触れる。
現場にいる全員が2人に注目する。

フランソワーズの腰にまわした腕に力を込めて、2人の体はIラインを描くようにひとつになる。
シャッターを切る音が、数回。




彼は、動くことができない。
それ以上、フランソワーズに近づくことができない。




固まったままの2人。







<キ ミ が 俺 の も の じ ゃ な く な っ た こ の 世 界 を、守るつもり、ないから>





フランソワーズに向けられていた殺気は、宝生も飲み込んでしまっている。
いや、この場を全てを飲み込んでしまっている。





誰もが無意識にジョーへと視線をむけていた。
モデルの2人ではなく、スタジオの端に寄せられた椅子から立ち上がった、”モデルの恋人”に。






空気が澱む。








「やっだ~~~~~!!!宝生さんでもっキスぐらいで緊張して固まっちゃうのねっっっっ!」


香奈恵が叫んだ。

彼女の声に場の空気が一瞬にして和み、笑い声が起こった。
その声に弾かれたように宝生とフランソワーズの体が離れる。と・・・・、ジョーが動いた。




闇から目が眩む光の中に、現れた。
金茶色に変わった髪の人。





フランソワーズの背後から歩み寄った、彼。

腕を伸ばして彼女のウェストへと腕をまわす。
引き寄せられるようにして、彼の胸にフランソワーズの背がぶつかる。

驚いて振り返ったフランソワーズの、顎を上向きに固定した、手。


「キスシーンだろ?」


ベアトップドレスの、むき出しになったフランソワーズの肩に、彼女の背後からキスをひとつ。
流れるように振り返ったフランソワーズ、の、頬に、キスをひとつ。




「こういう姿勢でキスする映画が、好きだったよね?」





フランソワーズの腰を抱き、その背を倒すように逸らさせて、彼女の体重をささせる。
自然に、フランソワーズの左手が、不安定な姿勢にジョーの腕へと伸び、もう片方の腕が、彼の肩に。


床と水平になるほどに、倒された、フランソワーズの体。
彼女の視界には、目が眩むライトの光と、逆光となった、ジョーだけ。














呆然と立ち尽す、新郎の目の前で。
花嫁は、Tシャツ・ジーンズ姿の青年から、”ハリウッド・キス”







カメラのシャッター音が連続して、3回。

















撮られた写真は、本人たちの手には送られることはなかった。


『もしもよ!もしもウェディング・ベルを鳴らす相手がフランソワーズじゃなかったら、超特大サイズに引き延ばして、送りつけてやるのよ♪誰にって?決まってるじゃなあい!!ね♪」






end.















*・・・大地くんでは絶対やらない!ルール(サイボーグしない)をかなり違反した作品(汗)
の上に・・・。なんだか気に入らなかったのです。
手直しに直しを入れて、やりすぎて・・(遠い目)
ホコリをかぶっていた作品ですが、・・・・ずっとファイルの片隅で私のこころを猛烈に悩ませた子(笑)です。アップに踏み切られるところまでになってよかった・・・。
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