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Day by Day・11
(11)









日曜日の前は土曜日。

ギルモア邸へサプライズに行ったのが2週間前の水曜日。
それ以来、さくらはギルモア邸の住人と会っていなかった。

彼らはそう頻繁にここへは訪れない。
最近、彼らが訪れていた理由は、さくらが世話になっているコズミ博士が
客員教授として勤める大学で大きな学会発表が行われるためだった。

そのために、コズミ博士は色々な仕事に忙殺される日々で、さくらのことを心配して年令も近く同じ女性同士ということもあり、ギルモア邸に住むフランソワーズを紹介された。

彼女に会う以前から、ジョーとアルベルとには面識があった。ジョーは必ずギルモア博士の運転手としてコズミ邸へとやってきていた。

コズミ博士の仕事も落ち着いて、さくらも一通りの日本で暮らすのために必要な物を揃え、ギルモア邸へ行く理由も、彼らにお願いするような用事もなく日々が過ぎていく。

”お礼”と言う理由をつけて、サプライズだと言い訪れたギルモア邸だったが、さくらの予想に反した内容だった。
しかも、帰りはきっとジョーが自分を見送ってくれると思いこんでいた、さくらだったが、話しの流れでジェットと2時間近くも狭い車内で過ごすことになってしまったのだ。ジョーと2人きりになるチャンスを逃した。


それは意図的に?
それは偶然に?

最後に言ったジェットのジョーク。
ーーージョーと相思相愛は、これのオレだ!ーーー

思い出すたびに笑いがこみ上げてきていたのは3日前まで。


邪魔されてる?
何か、これ以上・・・近づいてはいけない?

コズミから教えてもらった電話番号を押す指が、頼りなく感じる。

逢いたいと想う気持ちは、好きだと言う証拠。
声が聴きたいという衝動は、好きだとう言う理由。

知人の知り合い、ではない。
私は彼らの友人。
友人なら、用もなく電話をかけても・・・。

さくら自身はじめての積極的な自分からのアプローチ。
待っているだけではこない。
なら、少しぐらいは強引に推し進めなければならない。
海外(向こうで)友人達と打ち明け合った、女同士の恋のテクニック。
知識だけはある、それを裏付けるように、女友達は意中の彼を手に入れた。

あとは、自分次第。
あとは、自分の行動。

呼び出し音が鳴る。
機械音が、心臓の音と重なる。

少しだけ、自分の心臓の音の方が早い。
いや、早くなっている。

『はい・・・』

その声は、聞き覚えのある声。








####

土曜日の夕暮れ時。
キッチンからフランソワーズがクリームシチューを作っている美味しそうな香りが漂ってくる。
日本のレトルトのルーに、その数に、彼女はスーパーでとても驚いていたことを想いだした。


「日本って、なんでも簡単・便利にしてしまう時間短縮の名人ね!」


彼女はレトルトが並べられた棚をひとつ、ひとつ確認しながら歩く姿はどこにでもいる・・・いや、ここ極東に位置する島国の、単一国家民族の中では彼女のその、際だった容姿は普通とは言えなかった。
彼女に送られる数々の視線に本人はまったく気づいていない様子で、周りにいる人間の方がはらはらと気持を焦らせるばかり。

フランソワーズと一緒に行動することが、いることが当然なのだ。

それが彼らの日常。
それが彼らの生活。
それが彼らの仲間。

誰1人として欠けることは許されない。


電話がなった。

リビングに置かれている親機が2度コール音を鳴らす。
その後に続くように、ダイニング、地下、に置かれた子機が合唱を始める。


「はい・・・」


取ったのは、ダイニングでテーブルを布巾で拭いていた、ピュンマ。


『もしもし?あの・・・私、さくらです』
「ああ!さくらちゃん、ピュンマだよ、元気?」
『ええ、ピュンマも元気?』
「うん!・・・どうしたの?」
『いや~、また遊んで欲しいな~って思って!・・・まだ学校始まらないし、当分』

ーーー寂しいんだろうな。

それがピュンマの、さくらにたいするシンプルな感想だった。

さくらが通う予定の大学が始まるまでに、まだ3ヶ月以上も時間がある。
日本には、誰も友達が、知り合いがいないと訊いている。・・・長かった海外生活と自分が日本人でありながら、日本人らしくないと思い込んでしまう、コンプレックスのようなものを抱いていることが、手に取るようにえみた。

「いいね!またどっか行こうよ、どこか行きたいところがあれば、メールかまた電話しておいでよ、ボクもきいておくよ」
『・・・今日、ジョーはどうしてるの?』
「ジョー?さあ、邸にはいると思うけど・・・何?話したい?」
『うん、来週の金曜日とか車を出してもらえたらな~って・・・』

ーーーあ、それ無理だ・・・。

「ジョーじゃないとダメかな?ボクもジェットも運転できるし」
『ジョーは予定があるの?』
「うん、多分出かけると思う」
『そっか、その日じゃなくても別にいいんだけど・・・』
「そう?・・・あ!ちょっと待ってて!」

桜が耳に当てていた受話器の向こうから、衣摺れるの音。
ピュンマが子機を自分の胸に押し当てて、会話がさくらに向こう側の会話を聞こえないようにしている、音。
さくらは耳に集中する。
少しでも、”向こう側”を知るために。

途切れ、途切れに聞こえる頼りない会話の内容。
どうやら、ピュンマがジョーを見つけて、呼び止めたようだ。
彼の名前が耳に入ってきた。

ピュンマがジョーの名前を呼んだ声を聴いただけで、ぎゅううっと受話器を握りしめている自分に、さくらは驚く。こんなに胸が苦しくなるような想いは、どこからやってきたのだろうか、と。








####

ジョーは地下に繋がる階段を上がり、廊下を抜けて夕食の支度をするために”クリームシチュー”の固形ルーの箱と睨めっこしているフランソワーズの姿が目に入った。

お玉を手に持ったまま、彼女の良く見えすぎる瞳には必要のないように思われた仕草。
フランソワーズは箱を上に掲げて、片眼を閉じてウィンクをするような様子で、少しだけ眉間に皺を寄せ、固形ルーが入っていた箱に表記された細かい注意事項や、作り方が表記された文字を一生懸命に読んでいる。
彼女が補助脳で文字をスキャンをし、自動通訳機を通すことで知らない国の言葉を自由自在に聴き、話し、読み、書くことが出来る。それは00サイボーグ全員がもつ機能である。けれども、彼女はそれを不思議なほどに、特に日本語は読み間違え、書き間違え、とんちんかんな勘違いをしてみせた。
ギルモアなど、一度は開頭手術をして何か不備があるのか真剣に調べたいと言っていたぐらいに。生活や戦闘にまったく支障が出ないために、フランソワーズ自身が、大げさです。の一言で、それは却下された。

「・・・あら?この字・・・なんて読むのかしら?」

フランソワーズの唇から零れた言葉を拾ったジョーは、彼女に声をかけようとしたとき、ピュンマに呼び止められた。

「ジョー、電話だよ」

ーーー電話?

ジョーはその目線を一度フランソワーズにむけてから、ピュンマから子機を受け取った。目で「誰?」とピュンマに問う。彼は声に出さず唇で「さ く ら ちゃ ん」とジョーに知らせた。ジョーに子機を渡すと、彼の代わりにキッチンで思い出せない漢字と格闘するフランソワーズに声をかけた。

ジョーは子機を手にダイニングルームへ移動する。
キッチンから、ピュンマが「え~、これくらい読めてよ~!」と言う声が聞こえた。

『もしもし』

ジョーが口を開く前に、耳に当てた受話器からさくらの声。

「もしもし」
『ジョー!!あら、ジョーなのね?』
「そう、僕だよ」
『ピュンマったら何も言わないで替わるから、ビックリしちゃった!』
「どうしたの?」
『・・・う~ん、またみんなと一緒にどこか行きたいって言いたかったの』
「そう。そうだね。暖かくなってきてるし、どこかへ出かけるのはいいかもね」
『来週の金曜日とかは?』
「ああ、ごめん。その日はもう予定があるんだ」

ピュンマの言った通りに、彼は予定がある。
さくらは、別にピュンマを疑っているわけではなかったが、ちゃんと自分で確かめたかったのだ。

『予定?』
「うん、夕方から出かける」
『お仕事か何か?』
「いや、バレエを観に行く」
『ば、・・・・・・・バレエ?』
「ああ、運良くチケットが手には入ったから。バレエのチケットが高くて驚いたよ」
『誰と行くの?』
「フランソワーズと」
『!?・・・・彼女と、ジェット?それともアルベルトやピュンマと一緒に?』
「いや、キャンセルされた予約チケットが2枚だけだったから、2人で」
『そ、そうなんだ!ジョーってバレエに興味があったなんて知らなかったわ!』
「僕は一度も観たことないよ。フランソワーズが行きたそうだったから」
『・・・・優しいね、みんな。すごくフランソワーズさんにたいして、ビックリするくらい優しくするから、時々すごく羨ましくなっちゃう』

それはさくらの本音だ。

何度か一緒に行動している間。
彼らはさくらと話し、さくらに気を遣っていてはくれたが、その視線や行動には常にフランソワーズを配慮したものが見えた。

「?驚くほどのことかな・・・」
『ええ、私はそんな風にされたことがないくらいよ!』
「彼女は、フランソワーズだから」
『・・・何よ、それ。ジョー、それ、意味解らないわよ、そんなの』
「そう、解らないよね、ごめん」

見えない壁がある。
今、その壁が、動くはずのない壁が、さくらのほうへ近づいてジョーとの距離を広げた。

数秒の沈黙。

「もしもし?」
『あ!! 変なの!謝ることないの、に。ジョーは。・・・じゃあさ、その日以外ならいいのかな?・・・私とも遊んでよ!』
「そうだね、その日以外なら・・・みんなにどこへ行きたいか訊いておくよ」

ーーー”みんな”にどこへ行きたいか訊いておくよーーー

『うん・・・・・・また電話してもいいかな?』
「ああ、もしも行きたいところがあったら電話して」

ジョーの口調は優しい。
ジョーは優しい。
ジョーは私にも優しい。
ジョーは、フランソワーズさんにも優しい。

それは同じ優しさ?
それとも・・・?

「じゃあね、さようなら」

ーーーそれだけ?

用件はすんだとばかりに、電話を切ろうとするジョー。

『う、うん。さようなら』

その彼に何も言えなくなった、さくら。

ーーージョーが好きなのはフランソワーズ?
   フランソワーズが好きなのはジョー?

さくらは自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
彼女は恋愛に振り回され、人生がすべて恋や愛を中心で生きていた子をバカにしたことがある。そんなものは、ゲームみたいなもので、振り回されるなんてバカな子っと罵った。さくらは、こころの中でその子に謝る、ごめんなさい、と。

さくらは寝ても覚めてもジョーのことばかりを考えている自分がいる。

今までこんなに1人の人に夢中になったことはあるだろうか?


フランソワーズさん、あなたが・・・。















####

電話を切って立ち上がり、ダイニングの壁に飾り棚があり、その上に置かれた受電機に子機を置く。赤く光っていたランプがグリーンに変わった。

「お、電話か?」

ジェットの正確な腹時計がそろそろ五月蠅くなり出す頃、彼はダイニングに姿を現した。

「ああ、さくらから」
「! へ~、なんか久し振りに聴いたな、その名前」
「どこかへみんなと出かけたいらしい」
「・・・ふ~ん、で。どこだよ?」
「まだ、決めてないみたいだった」
「・・・で、言ってないよな?モチロン」
「何を?」
「何をって、おいジョー、来週のほら、お前とフランソワーズが!」
「言ったけど? ・・・彼女がその日に予定がないか訊いてきたから」
「んあああ!それで正直に”フランソワーズとバレエを観に行く”なんて言ったのかぁ?」
「ああ、・・・問題あるのか?」

きょとん、として不思議そうに、いったい何が問題なのか?と言いたげにジェットの引きつった顔を眺めているジョーにたいして、ジェットは深く、深くため息を吐いた。

「お前・・・火に油を注ぐような真似すんなよ・・・」
「そんな危ないことはしない」
「・・・してるじゃん、したじゃねぇか!今!!」
「バレエをフランソワーズと観にいくことを、さくらに言うのが?」
「おう! ・・・って。気づけよ・・・お前、マジで気づいてないのかあ?あれだけアピールしてるのに・・」
「何に?」

ジェットは倒れ込むようにダイニングの椅子に座り、テーブルに突っ伏した。

「オレは今、すっげ~009に会いたいぜ・・・」
「009?・・・俺じゃないか」
「じゃあ、なんでそんなバカなことしたりすんだよ、009の時のおお、あの状況判断の良さや先読みのセンスなんかが、なぜここに活かされねえええんだよ!」

「何に活かすって?」

ダイニングで話すジョーとジェットの会話に、大きなトレーにパンが入ったカゴ、スプーンやフォーク、取り皿などを積み上げたものを軽々と持ってテーブルに置いたピュンマ。

「訊いてくれ!ピュンマ!」

ピュンマの声に弾かれたように顔を上げたジェット。

「なんだい?」
「こいつは!こいつはさくらに、来週のこと言っちまったんだよ!」
「・・・マジで?」

ピュンマは驚いた顔でジョーを凝視した。ジョーはむっとした表情でピュンマを見返した。
ピュンマもジェットが先ほど漏らしたため息と同じ種類のものを深く、深く吐いた。
その様子を見ながら、ジョーはジェットの隣に座る。

「何がいったい問題なんだよ?」

ピュンマに説明を求めるジョーだが、彼がさっさとトレーの上の物をテーブルに移すとキッチンへ引っ込んでしまった。そしてまたトレーに色々なものを乗せて戻ってくる。

「問題は、キミが優柔不断だって言うことだよ」

ピュンマは一言だけ残して、またキッチンへむかう。
彼の言葉が引っかかったようで、ジョーはイスから立ち上がり、キッチンへと彼を追いかけた。多分、そこにはフランソワーズがいるだろうから、彼女にもジェットやピュンマと同じ意見なのか訊こうと思ったのかもしれない。
ピュンマの後にキッチンへ入ったジョーだが、そこにフランソワーズの姿はなかった。

「フランソワーズなら、さっきイワンに呼び出されて彼の「ママ」になってるよ」

ピュンマは彼のこころを読んだかのように、言った。

「・・・別に。それより優柔不断ってなんだよ」
「その通り、だよ。ふらふらしてないで、おさまるところに、おさまったら、こんなにボクもジェットも、みんなも心配する必要なんてないんだもん」
「・・・おさまるって、なんだよ?」
「やだよ。自分で考えてよ、009・・・ボク蹴られたくないから」
「蹴られる?」
「そう、痛いんだよ。蹴られたら」
「誰に蹴られるんだよ?」
「決まってるじゃないか!! 馬だよ!」








####


フランソワーズはイワンを抱いて、地下のギルモアの書斎に置いてある安楽椅子に座っていた。
彼の小さな背中を一定のリズムで優しく撫でるようにたたきながら、その体を左右に揺らす。

イワンがスムーズに長い15日間の眠りに入りやすいように、彼女なりに色々試してみた結果、薄暗い部屋。書籍独特の紙とインクの香りに囲まれた、ここが彼にとって一番安心して眠ることができる空間であることがわかった。
フランソワーズが夕食用のクリームシチューを味見したとき、自分がホワイトソースから作る物と同じようでいて、まったく違う日本の味にとても驚いた。ピュンマにも味見をしてもらって確認する。彼の感想は「日本!って言う味だね!」だった。本当に素直にそう思ったのだろうけど、フランソワーズはもう少し違う意見が聞きたかった。

書斎には時計が置いておらず、彼女がここへ来るときは必ずメンバーに渡されている携帯を持ち込み、そこに映し出されるデジタル時計で、いつも時間を確認していたのだが、呼びだされた時はキッチンに居たのと、夜の時間までまだ3日も早かったことから、何も準備せずにイワンを抱いて、この書斎に籠もった。

ーーー今、何時ぐらいなのかしら?

ずっとイワンを抱き続け、彼の背中をあやし続けている。
夕食の配膳などをピュンマに任せたきりである。もうすでに夕食を終えて食後のデザートか珈琲あたりを楽しんでいる頃だろうか?それとも・・・もうすでに自室にみな引き上げたころだろうか?

時間の感覚を失って、地下の書斎でイワンと2人。
フランソワーズは、イワンの寝息が先ほどから規則正しいリズムを生み始めていることに気がついていたので、イワンの背中で続けていたその手の動きを止めてみた。
イワンは何も反応せずに、同じリズムで寝息をたてている。
フランソワーズは、体を左右に揺らすことも止めてみた。
同じく、彼は静かだった。

「おやすみなさい、イワン。素敵な夢をみるのよ」

フランソワーズはそおっと彼の柔らかな髪と、ふくふく とした頬に休みのキスをした。

彼が起きないように注意しながら、書庫を出る。
イワンが寝ている間は、オムツとミルクの世話をする以外は常に、ギルモアと同じ部屋で過ごす。
博士が異動すれば、彼も移動することになるために、博士の寝室、研究室、リビング、ダイニングそれぞれにイワン用のベッドが置かれていた。
昼の時間のイワンとさほど替わらないように聞こえるが、フランソワーズがちゃんと目を光らせておかなければ、誰もが夜の時間のイワンのオムツも、ミルクの世話も忘れがちになってしまうのである。それがストレスとなって、彼の強力なSPが爆発されたら、大変な事件となってしまう。

地下にある書庫からゆっくりと階段をあがり、イワンをギルモアの寝室にあるベビーベッドへと連れて行く。ギルモアはまだ研究室に籠もっていることは解っていた。
イワンをきちんと寝かして、寂しくないように、とデパートへ行ったとときに見つけた、肌触りの良いタオル地のクマの縫いぐるみを、イワンの手が触れられ場所に置く。
あのイワンにそんなものが必要あるのか?と、例によってジェットに言われたが、イワンはこのクマの心地よい肌触りが気に入っていることをフランソワーズは知っていた。

もう一度、フランソワーズは愛らしいイワンの頬にキスをして、部屋を出た。
ダイニングルームに入ったとき、壁にかけられたいた時計を見て、フランソワーズは驚く。
もう明け方の5時前だ。彼女は夕食前から一晩中、イワンをあやしていたのだ。

時間を意識したとたに、フランソワーズは急な空腹感に襲われた。
お腹を押さえて、自分しかいないダイニングルームにもかかわらず、あたりをきょろきょろっと見回した。

キッチンに入ると、綺麗に食器が洗われていて、シチューを作った時に使った鍋も片づけられていた。冷凍庫を開けると、残ったそれがきちんと冷凍してあった。

ーーーさすがピュンマ!

思わず笑みが零れる。

朝から夕食用に作ったシチューを食べるのは少し重たい気がしたために、彼女はミルクパンに牛乳を入れて温める。濃いめに煮出した紅茶を混ぜてミルクティを作る。珈琲を飲んだ方がいいのかもしれないが、みんなの朝食を作った後に仮眠を取ることを考えると、今は飲みたいとは思わなかった。

食パンを2枚取り出して、トースターへ放り込む。彼女の好きな洋なしのジャムを冷蔵庫から出す。もうそろそろなくなりそうだったので、キッチンに置いてある買い出し用のメモ帳にそれを書き足した。



人が住んでいないような、静かな邸。

キッチンも、ダイニングも、まだ日の光が入らずに薄暗い。
カーテンが引かれた室内は、地下の書庫とそんなにかわらないような気がするフランソワーズは、多分、イワンはあの書籍独特な香りが好きなのでは、と思った。


小ぶりのトレーに簡単に用意した物を乗せてダイニングテーブルに置く。
座ったときに、軽い目眩に襲われた・・・が、それは今まで意識していなかった疲れと、睡眠不足、そして空腹のためと解っているので、淹れたばかりのミルクティをぐいっと喉に流し込んだ。
いつもよりも1さじ多めに砂糖を入れたミルクティは、甘すぎるような気がしないでもないが、今の自分には必要な糖分量、と自分に言う。ジャムよりも薄くバターを塗ったトーストの方がよかったかもしれない、とも考えた。が、もう立ち上がるのも億劫なので、残ったジャムを使い切ってしまうつもりに、たっぷりとトーストに乗せて口に運んだとき、リビングに繋がるダイニングのドアが開いた。

「大丈夫? そのジャムすごく甘いよ?・・・こんな朝から・・・それって」

ジョーの声と同時にドア近くにあるダイニングの電気がオンになる。
ぱあっと明るくなった室内に、大口を開けてジャムで盛り上がったトーストを頬張るフランソワーズの姿。彼女は振り向くことも、動くこともできない。

ーーーなんで?! なんで、こんな時間に?!

ジョーは宵っぱりで、朝がとことん弱い。
用事がない限りは滅多に朝食を食べずに大概昼食前に起きてくる。



ジョーはそのままキッチンへ向かう。
フランソワーズはジョの足跡がキッチンへ消えてたのを聴き、慌ててミルクティで口の中のものを流し込んだ。キッチンからコーヒーサーバーが動いている音が聞こえ始めた。

「フランソワーズ、トーストってまだある?」

朝の5時を少し過ぎたダイニングルームで朝食を取る、フランソワーズとジョー。
ジョーは自分で珈琲を淹れて、トーストを3枚焼いた。
冷蔵庫からマーガリンをそのままテーブルの上に置き、使う。
フランソワーズが用意したならば、きちんとジャムもマーガリンを小皿に取り分けて使うが、フランソワーズ自身が、ジャムの瓶をテーブルに置いて、瓶から直接ジャムをパンに乗せて食べているので、ひとこと言いたいが言えない状況だった。じぶんは全部食べきってしまうけれども、ジョーの使っているマーガリンはまだたっぷりとある。
冷蔵庫からそんな大きな固まりでテーブルに長く置いておくと品質が・・・、と言いたげな目線を感じたジョーは、「はいはい」と独り言を呟いて、トーストを置いたお皿の端っこにマーガリンをたっぷり乗せて、冷蔵庫へそれを戻した。

「わ、わ、私なにも言ってないわ」

戻ってきて席に戻ったジョーに言った。

「うん、口ではね」
「・・・ごめんなさい」
「気にすることない、よ。キミもそういうことするんだって、わかったし」

ジョーの目線がフランソワーズの前に置かれた、瓶とトーストいっぱいに塗られたジャムを面白そうにみた。

「こ、これは・・・もう少しで・・・なくなるから使い切ってしまおうと・・」

言い訳ではない。
フランソワーズは本当に、そう思い、そうしたのだ。

「そう。じゃあ食べないと、トースト冷めるよ?」


会話のない食卓。

フランソワーズは ぐるぐる 混乱する思考回路に振り回されていたので、ジャムの味も、ミルクティの味も、パンをちゃんと租借して食べているのかも、何も思い出せなかった。
ジョーはぺろっと3枚のトーストを食べてしまい、キッチンで2杯目の珈琲をサーバーから注いで、再びダイニングテーブルに戻ってきた。フランソワーズはやっと2枚目のトーストを半分食べたところで、そこからが食べにくかった。
なぜなら、ジョーはちびちびと珈琲を飲みながら、じいっとフランソワーズを見ているのだ。ただ、見ている。
そんな視線のせいで、パンを頬張ることを躊躇させれた。

「ずっと起きてたの?」

ジョーはフランソワーズがトーストに手を付ける様子がないのをみて話しかけた。

「あ、ええ、そう・・・。書庫には時計がないから、気がついたらこんな時間に」
「昨日の夕飯前から?」
「ええ。なかなかイワンが・・・」
「そう。・・・じゃあ今から寝るんだ?」
「いいえ、みんなの朝食の準備をしてから。昼食までは少し休むつもりだけど」
「みんな、朝食くらい勝手につくるよ?」
「そうだけど・・・」
「寝た方がいいと思う」
「・・・・・」
「来週、観に行けなくなるかもよ?倒れたりして」
「・・・・・だいじょうぶよ、来週だもの」
「わからない。キミのことだから、今から見張っておかないとね」
「そんな、私・・・こどもじゃないわ」
「こどもの方がよかったかも」
「?」
「こどもだったら、ちゃんと、言うと思う。怖いときは怖い。嫌なときは嫌。しんどい時はしんどい。辛いときは辛い。・・・・無理しないから、ね。好きなことも、そう」
「・・・・・・だから、私はもうこどもじゃないもの」
「こどもじゃないんだ」
「そうよ、違うわ」
「うん」

会話をしながら、フランソワーズが少しずつ俯いていった。
いつの間にかそれらを、御飯を作り、掃除をし、洗濯をする、ことをフランソワーズは自分の仕事と思いこんでいた。フランソワーズが何もせずに放っておいても彼らは、彼らでやれるだろう。
全員それなりにちゃんと生活ができる大人だから。フランソワーズがわざわざ、全員のそれらをする必要もない。誰にも頼まれていない。勝手に自分が、フランソワーズがやっているだけのこと。

「いつも、キミの負担になるばっかりで申し訳ないから」
「え・・・」
「出来ることは、自分たちでやるから。だから、無理しないで欲しい。洗濯も、そうじも、食事も、フランソワーズがしてくれることは、とても嬉しいし、感謝してるけど、それに甘えてしまったら、キミに・・・キミの負担になるのが嫌なだけだから」
「・・・・」
「・・・・縛られないでほしい。この邸で、仲間の中でキミが1人だけの女の子だから、だからそういうことを全部しなければいけない、なんてルールも何もないんだ。やりたくないときは、そう言って欲しい。しんどいときも、言って欲しい・・・だから今日みたいにイワンをちゃんと夜の時間のために寝かしつけてくれたキミだから、無理せずに休んで欲しい」
「・・・・ありがとう、そんな風に思っていてくれていたのね?」
「・・・」
「好きなの」
「・・・」
「私は、小さい頃に両親を亡くして兄とずっと2人で暮らしてきたでしょう?だから、洗濯も掃除も、料理も・・・全部。まったく負担じゃないの。むしろ・・・好きなの。そういうのが。だから・・・ね、ありがとう。私は楽しんでるのよ?これでも」

俯いていた顔をゆっくりと上げて、恥ずかしそうに笑うフランソワーズ。
一睡もしていないために、少し疲れた感じはあるが、彼女は白い頬を薄紅色に染めて微笑んでいる。食べていたジャムをちょこっと口元につけて。ジョーに花が咲くように微笑んだ。

「好きなんだ、ね?本当に?」

フランソワーズはジョーの問いに こくん と小さく頷く。

「そう・・・でも、今日は俺の言うことをきいてもらうよ、キミは部屋で休むんだ、いいね?これは・・・009としての命令だから」
「リーダー命令なのね?」
「うん。そうしておかないと、キミは休まない、だろ?」
「・・・・009の、リーダーの命令には逆らうつもりはないわ」

フランソワーズの言葉にジョーは納得したように頷く。
食器を重ねてジャムが入っていた瓶を手に立ち上がろうとしたとき、ジョーは言った。

「俺がやるから、部屋に戻る」
「・・・で、でも」
「これも009としての命令って言ったら?」
「そんな、なんでもに”009の命令”って使うのはずるいわ・・・」
「そうだね、気を付ける。でも今日は聴いておいてくれないかな?」

フランソワーズは態とらしくため息を吐いてみせた。
そして・・・彼女は小さな白い手を ぴし っと敬礼するように自分の額にあてて戯けてみる。

「009、私は部屋に戻ります!あとはヨロシクお願いします」

その仕草が、その微笑みが、その唇が・・・ジョーは愛おしいと思った。

「おやすみなさい・・・ちょっと変ね、朝なのに」

くすくすと笑いながら、フランソワーズがイスから立ち上がると、ジョーも同じように立ち上がった。

一歩踏み出した彼女の腕を無意識につかむ。
ほんの少し自分の方へ引き寄せたつもりが、彼女は不意をつかれたように、大きく体を傾けた。ジョーは両手で彼女を支える。驚いたようにフランソワーズがジョーを見上げた。
空色の瞳が大きく見開くいて、ジョーを、自分の姿を写し取る。

「おやすみ」

ジョーのその褐色の瞳が近づいてくる。
フランソワーズの・・・ちょこっとジャムがついてしまった、甘い口元にジョーの飲んだ珈琲の香りが混じる。音もなく、彼の唇が触れた。

フランソワーズの腕を解放する。
彼女は ぽかん と驚いている。
ジョーはテーブルに置いてあった、彼女が使った食器とジャムの瓶。そして自分が飲んでいたカップを器用に持ってキッチンへと歩いて行く。

遠ざかったジョーの足音。
フランソワーズは、慌てて自室へと駆け込んだ。










=====12 へ 続 く

・ちょっと呟く・

ああ!ダメ!!
まだくっついたら~~!
ひ、ひ、引き離さなければ!
ジョー我慢だ、まだ我慢するんだ!
(3月9日・・・39の日なので、・・・1週間早く出してみました)
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