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White day / I have never been tried before.




「いっらっしゃいませええっ」と、自動ドアが左右に開くと同時に反射神経のよさを比べている印象の尖った甲高い声。少し遅れて数人の声が「ませー」とエコーがかかったように、聞こえた。

普段聞き慣れないそれらの声に負けないように、ずんっと一歩踏み出す。

視線を低くしていたために視界に入った、店内の白いライトのせいでいつもよりも薄汚れているようにみえるスニーカー。
由緒正しい高級洋菓子店として多くの雑誌などに名を載せ、載せない方がおかしいと言われるほど常連となっているその店の雰囲気とイメージにそぐわない気がした。

手に持っている、無色透明な傘も。


けれど、いまさら背をむけて店を出て行くことの方が勇気が必要だと思い、そのままもう片方の足先を見つめながら、店内奥へと進んで行った。


「いらっしゃいませ」

ウィンドウケースに規則正しく配置された自分たちは、とっても可愛らしくて美味しそうでしょう?と訴えているようにみえる、ケーキたち。
このケーキたちの思いに答えるためにも、ウィンドウケースにおでこを貼付けながら、あれがいい、こっちが美味しそう、いやこれの方がと、迷うべきなのかもしれないけれど。


ごめん。
もうすでに買うべきケーキは決まっているんだ。




「・・・これを、1つ・・・お願いします」

ウィンドウケースを挟んだ向こう側にいる店員の、”誰か”に向って言った。

「お一つでよろしいですか?」

メゾソプラノと言うには、少し低い、けれどアルトに加えるには、可愛らしい声が対応してくれた。


「はい」


指差したのは、ウィンドウケースの中央1番上に置かれた、真っ白なケーキに、紅い宝玉が一つ乗った定番のケーキ。
定番の名の元に作られたケーキであるにも関わらず、その値段を主張するだけの価値がある、ケーキ。


「ありがとうございます、こちらは、1600円+消費税で・・」


手のひらに乗るくらいの小さな四角い白いケーキに載せられた、イチゴの価格が2/3を占めていると思う。
カットサイズのケーキとは別に、ウィンドウケースの一番下に並ぶホールケーキの値段を見比べたながら、支払いをすませた。


「お待たせいたしました」と、メルヘンな装飾をほどこされた箱を受け取りながら、あと400円足せば買えていた4号サイズのスフレチーズケーキが視界に入って名残惜しい。




「ありがとうございましたー」とアルトではなく、完全なメゾソプラノボイスで見送られて、店を出る。







どんよりと重くたれ込めた鉛色の空から落ちて来る雫は、元気よくアスファルトを跳ねて、僕が何を買ったのか気になる様子で、僕に触れて来る。
洋菓子店前に立っている僕だから、きっと美味しいケーキを買ったのだろうと、味見を催促されているように思えた。



ごめん。
これをあげる相手は、もう決まってるんだ。




誰へ?
誰に?と、ジーンズの裾にしみ込んで僕の後を追いかけて来る。

誰だよ、名前くらい教えろよ。と、せっつく雫をビニール傘で上手くかわしながら、小さな箱を大切に抱え込んで早足で帰宅を急いだ。









「ジョーが出て行ってから急に雨が降り出して・・心配していたのよ。傘を持って行った様子がなかったから」


玄関のドアを開けると、彼女がスリッパを鳴らしながらやってきた。


「傘はコンビニで買った」


買った無色透明なコンビニ傘は玄関には持ち込まず、観音扉のうち使わずに鍵をかけっぱなしの方に立てかけておいた。


「そう。寒かったでしょう?紅茶がいいかしら?それとも、珈琲?」
「珈琲」


彼女は、にっこりと微笑んで僕のリクエストに頷いた。そのタイミングで僕は、靴も脱がないままに、まるでUFOキャッチャーのクレーンのように、ウィーンっと機械的な腕の動きでフランソワーズへとイチゴのショートケーキの入った箱を突き出した。


「え、なあに?」


突き出された箱に、大きな青い瞳を驚きに見開いて、僕と箱を往復する。
なあに?と尋ねられて、素直に『ホワイトデーだから』と口から出て来ない。
ホワイトデーと言っても、すでに今日は16日。今さらなイベントなだけに、なにをどう言えばいいのか逡巡した視線がフランソワーズの驚きの色と重なったときに、さらっと飛び出した、そのまんまな単語。


「ケーキ」


そのまますぎる、3つの音に自分自身が驚きつつ、靴ひもを解かずにスニーカーを脱いで、彼女とは色違いのスリッパに足をいれた。
冷えきっていたスニーカーの中では気づかなかった靴下の足先が少しぬれている感触を得て、スリッパから足を抜いた。


「あー・・・けっこう濡れてる」


片足を上げて靴下を脱ぎ、脱いだ足をスリッパにつっこむ。
もう片方も同じように、靴下を脱いだ。


「あの・・ジョー・・・?」


邸に暮らしている人数分のケーキがその小さくて軽い箱に入っていない事が明らかで、戸惑っているのがわかる。


「ケーキだよ、・・ショートケーキ」
「あ、ええ・・そ、そう」


スリッパに履き替えた足を、すすめてフランソワーズの横を通り過ぎる。


「・・・食べて良いよ」
「え?」
「1個しかないから。それの処分は003に任せる」


数歩、足を進めるとフランソワーズも僕を追い掛けるようにくるりと方向転換した。


「え、・・あ・・」
「了解?003」






ファッション雑誌のオマケ冊子のテーマであった、”春先取りショートケーキ100選”を見ながら、うっとりとした声で「食べてみたいわ」と言った。
そんなフランソワーズがじいっと見つめる写真のケーキ。を、忘れることができなかったのは、彼女じゃなくて、僕。








「・・・了解ぃ」


戸惑いながらも、小さな箱から微かに香る甘い生クリームの香りに、”私だけだなんて、”と言う遠慮の言葉を押さえ込んで素直にこくりと頷いた、フランソワーズ。


「じゃ、珈琲の用意ヨロシク」


フランソワーズはキッチンへ。僕はそのまま足を進めてランドリールームにむかった。
靴下を洗濯機に放り込んで、バスルームへと移動し手を洗う。

ケーキを無事にフランソワーズへ贈れたことにたいして、鏡に映っているにやける自分の顔を直視できないでいたとき、キッチンでお茶の準備をしているフランソワーズの、歓喜の声がバスルームまで届いた。

彼女がケーキの箱を明けた事を知って、さらに顔がにやけてしまう。


「ジョーっ!!」


フランソワーズが僕の名前を呼びながら走り込んくる足音を聴きながら、必死で頬が高くなる顔をコントロールする。


「ジョーっ!ジョーっ!!ケーキっあのケーキってっ!!」
「なに、どうしたの?」
「あのっ苺のケーキ!!」
「・・・ショートケーキがどうしたの?」
「あれっ」
「お茶の準備はできた?」
「!! いますぐっ」


バスルームに飛び込んで来たと思えば、僕の言葉に反応よく、またキッチンへと飛ぶように引き返して行くフランソワーズの姿が、瞳に焼き付いた。





「ジョーっほんとうに?!ほんとうにっ私っ私が食べていいのっ?!!」


彼女は気づかないかもしれないけれど、それはそれでいいと思う。


「嫌なら別に無理しなくても・・」
「嫌じゃないわ!!私がきちんと処分しますっ!!」


産まれて初めてのホワイト・デーは、二日遅れになってしまったけれど、悪くないな。と、感じた。



l-d026.jpg







end.










写真/chroma


あとがき
なんだこの9は(笑)なんか新しいのが出て来ましたよ。
なぜ二日遅れか。アップした日が今日だから(笑)14、5日は、釣りにでも出ていたということで。


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