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Awareness
「フランソワーズ・・」


見送りはいらないと言われたから、別れは呼び寄せたタクシーを背に終わらせた。
一度、タクシーに乗り込んだ彼女が、窓を開けてためらうように機内持ち込み用の手提げバックから取り出した小さなオルゴールの箱を、受け取った。


『これ・・・もらってちょうだい。とても良い音なの・・』


フランソワーズからは一度たりとも、「さようなら」の言葉も、「またね」と次の出会いを約束する言葉も、もらえず。
去り行く者の背を見送ることに慣れてしまっていたジョーは、ただ「気をつけて。何かあったらすぐに連絡するように」と、お決まりの台詞しか言えなかった。


「寂しくなるのお」

走り去って行ったタクシーを見送り、邸の玄関をくぐったとき、ジョーにではなく、腕に抱いていたイワンへとしみじみと呟いたギルモア博士の声に、頷くこともせず、ジョーは手渡されたオルゴールの箱を持ったまま、主を失ってしまった部屋のドアを開けた。


タクシーが出す排気ガスの匂いがまだ鼻腔の奥に残ったままのジョーの手で開けられたそれは、きっちりとネジが巻かれていて待ってましたとばかりに勢い良く音色を響かせる。

生活していた後を残さない、片付けられた部屋に響く音色は、完璧すぎて冷たく感じた。


「・・・?」


傾けたオルゴールから流れ出る音に不似合いな、ちりん。と、耳をかすめる安っぽい鈴の音。
爪の先ほどの大きさの、見覚えのあるスイカ模様の衣装を着た、クマ..の頭にひっついていた。




「・・・・これ・・?」


見覚えあるような、ないような。
不確かな記憶を一生懸命にさかのぼる。


























***

近くの雑木林で、朝の挨拶をかわす鳥たちの鳴き声が、昨夜から変わることのないリズムで謡い続ける波音と合奏を始めた。
ダイニングルームのカーテンの隙間からこぼれおちる朝日の白さがすっと線を引いて、フランソワーズの肩に触れている。
その温かさが、彼女のおぼろげだった意識をこちら側へと導いてくれる。

「・・・」

フランソワーズは自分の頭の重さにしびれた腕から、顔をあげた。
ずっと同じ方向に傾けていたせいか、首が痛く、一晩中同じ姿勢を強いられた躯は固くこわばっていた上に、疲れを訴えられて自分が思うようにはすぐに反応してくれない。

「・・・また、帰ってこなかったのね」

顔をあげてすぐに目に入ったのは、薄暗いダイニングルームに、かすかに光をはじくサランラップから、こぼれてフランソワーズの鼻腔にとどく・・彼が好きだと言ったハンバーグ。
ソースはトマトベースにして、とろりとしたチーズをかけたイタリアンハンバーグだった昨夜の夕食は、食べてくれるだろう人を想いながら作ったけれど。

その、想い人に食べてもらうことができないまま朝がきた。

「・・・もったいない」

けだる気な動きで椅子から立ち上がり、腰を左右に大きくひねると、骨がなる。
椅子を蹴るように後方へ押して、スペースを作ると、その場で軽くストレッチを始めた。

視線は常にテーブルにある、昨夜の夕食。

ストレッチの最後に、思い切り腕を天井へと伸ばし、足先はつま先だって躯を伸ばせるだけ伸ばした。
そこで、やっとテーブルの上にある食べてもらうことができなかった料理から目を離した。

「・・・ハンバーグ・・お昼にサンドイッチにしちゃおうかしら?」

フランソワーズは皿を手に取り、キッチンへと向かった。






『えーー・・・ハンバーグだったのっ?!僕のは?・・残してくれてないって、どうしてさ!!』







朝食にシンプルなトーストよりも甘い菓子パンを好み、ボリュームのある食事をするフランソワーズであるけれど、朝からジューシーな引き肉のハンバーグ・サンドを食べる気分にはなれない。
必然的に、それは昼にまわされる。

「私が悪いんじゃないわ。連絡もなくて、帰ってこないジョーが悪いんだから」

連絡もなく帰ってこなかった日は、これで何度目だろうか。
そんな何度目かの、経験が頭の中に浮かぶ。そして、きっと言うだろう、彼の言葉もリアルにフランソワーズの耳元に響いた。
まるで、今ここにジョーがいるように、だ。

「早く処分しないとせっかくのハンバーグが痛んじゃうもの」

フランソワーズは、お皿のラップを取り除き、ハンバーグとサイドに添えたサラダをわけた。
サラダは朝食と一緒に食べてしまおうと考えて。

「ずっと、待ってたんだから・・・・」

けだるさのとれない躯を意識して、フランソワーズは頬を膨らます。
怒りをぶつける相手がいない今、彼女は頭の中に存在する彼にむけた。

「待ってたのに・・」

胸いっぱいに吸い込んだ空気を、その勢いのまま吐き出した。

「・・・・バカ」

吐き出しきった空気をしぼるように、口にした言葉を耳にして、瞼が熱くなる。
もう慣れっこになっているはずの事、なのに。

慣れてしまったことに、慣れない、自分がいる。
それは、必ずといって食べてもらえなかった夕食を片付けているときだ。
そして、きっと次に泣き出しそうになるのは、昼食を食べ終えて「美味しかった」と満足した後の、・・・予定のない1日の始まりに。

「私も・・・帰ろうかなあ」

フランソワーズはそれが自分に課せられた義務であるかのように、食べなくても別に死んではしまわない、朝食の支度を始めた。





---フランスに、・・・日本にいる意味なんて、わかんないもの。

















***

朝食を終えて、持て余してしまう時間に追い詰められないよう、何かしら躯を動かす用事を自分でみつけては邸内をぱたぱたと走り回る。
いつも地下の研究室に閉じこもりっぱなしのギルモア博士を、無理矢理に地上へと引っぱり上げて昼食を食べさせて、イワンと一緒に3人でお散歩へとでかける。

そんな時間を過ごしていると、フランスへ帰ったら誰がこの”2人”の面倒を見るのだろうか?と、気持ちは日本のこの邸に居なくてはという気持ちにさせられてしまう。

けれど、それは1日の中のほんのつかの間の時間。


イワンのミルクを終えて、おむつを替え、一通りのお世話を終えた後に取りかかった夕食。
ギルモア博士に声をかけたけれど、ちっともダイニングルームに姿を見せる様子は伺えず、昨日も、おとついも、そのずっと前も、その前も、夕食は地下へと運び、済んだと思われる頃に、食器を下げて、食後のお茶とお夜食と取り替える。
研究室内に置かれている小型の冷蔵庫を開けて、その中に補充が必要なものがないかを確認していると、ギルモアが「オレンジジュース」と、フランソワーズへは目もくれず、自分が欲しいものを呟く。

その人並みはずれた集中力と研究への情熱が、彼を一流にさせたのだろうと、素直に思えるようになったのはこのごろの話。
昔はお小言をこぼし、健康によくないと、年を考えてほしいと言ったものだけれど、最近は、そんな言葉を小さなため息一つにして終わらせてしまう。

トレーを手に地下からあがってくると、フランソワーズの耳に、飛び込んできた音。




それがどんな物音でも、こころに満ちてくる愛おしさがフランソワーズに彼が奏でるノイズであることを伝えてくれる。
他の人間が作り出すそれと何が違うのかと問われても、それらの違いを口に出して説明することなんてできない。ただ、愛おしいのだ。

どんなに拗ねて、いじけて、もうフランスへ帰ろうという気持ちになって、今日こそは、今日こそは、と、その寂しさや苦しみ、ただ”待つ”だけの日々の恨み言を口にしようと、決意をしても。

「あれ?・・・いないの、かな」

彼が作り出す物音を耳にするだけで。
彼がこの”邸”にいるのだと、感じられただけで。

すべてが潮が引いた後のようにこころ穏やかに、さっぱりとした彼への愛情だけがそこにぽつりと残るのだ。
ぽつりと残ったその愛情をわざと拾わずに通りすぎる事もできるだろう。

けれど、人はどうしても目にした貝殻にこころ奪われる瞬間があり、無意識に手を伸ばして拾いあげる習性があるがごとく、フランソワーズも、毎回そうして拾いあげてはそっと頬に寄せて慈しんでしまう。


「フランソワーズ?」


飽きてしまはないのか。
そうやって持ちかえり、貯めてしまった消化できずに行き場を失いずっと、タンスの奥にしまわれ続けている。
引き出しの収納スペースに限界があるように、目に見えないこころの許容量に気づかないふりをし続けている。


「おかえりなさい」


恋とはなんて厄介なものだろう。
どんな苦しみも悲しみも、孤独も、・・・、その人が存在すると、気づきだけですべてが花園の中で深呼吸するかのように満たされるのだ。

「ただいま」
「・・・・・遅かったのね?」
「うん、ごめん」
「お夕食は?」
「ある?」
「あると思う?」

ダイニングルームとキッチンを仕切るカンターテーブル。
4脚お行儀よく並んだ脚の長い細身のチェアに腰をかける、その人を横目にキッチンへと入って行った。

「あると思う、だってフランソワーズだからさ」
「なに?それ・・」
「そのまんま」
「・・・ないわよ」
「うそ」
「嘘じゃないわ、今から作るんですもの」

フランソワーズが冷蔵庫を開けた。
そのドアを挟んでちらりと投げた視線の先に、苦笑まじりに下がった眉根が不満そうに見えた。

「帰ってくるっていう保証はなかったんですから、用意してなくて当然だわ」
「嘘つきは泥棒の始まりって知ってる?」
「知りません」
「どうして、嘘をつくのかな?鼻がぐーんと伸びて、大変なことになるよ?」
「伸びてないわよ、見てわかるでしょう?」

冷蔵庫のドアを閉めて、フランソワーズは後ろ手に・・・彼の分のチキンとホワイトソースのマカロニグラタンが入った容器とチーズの袋を隠した。
たっぱに入っているそれを、皿を移し替えてチーズをたっぷりとかけて、オーブンで焼き上げるだけの状態だ。

「手は洗ったの?」
「・・・今洗うよ」

カウンターのスチールチェアから降りたジョーがキッチンへと入ってくる。
フランソワーズは躯をひねり、持っていたタッパをさっと自分の前に持ってくる形で、ジョーの目から隠すようにキッチン内の中央にある作業台に置いた。

ジョーが流しに立ち、蛇口のバーをくいっと上に持ち上げる。
背中合わせに、フランソワーズが作業台に立つ、彼女は用意しておいたグラタン皿にそれをさっとうつした。

広がるホワイトソースの甘い香り。
2種類のチーズを自分が食べる量よりも多めに盛りつけながら、背中越しに、ジョーが出す水音と、彼が石けんを使い手を泡立てている音が聞こえる。

とても静かだった。
そして、背中が・・・ふれあっているわけでもなく、彼の存在を確かに感じて安心していた。

「ありがとう、やっぱり用意してくれてたんだね」
「・・・作り置いたのではないの、・・・インスタントよ」

嘘はあまり巧くない。

「焼き上がるまで待っていてね」

手の泡をさっと水で流して水を止めると、抜群のタイミングでフランソワーズがジョーにハンドタオルを手渡した。
受け取りながら、ジョーは眠たげな顔に見間違えるような困った顔をしてみせた。

「僕は・・・、キミの機嫌を損ねるような何かしたかな?」
「損ねるようなことをした自覚があるのかしら?あるなら、そうかもしれないわね」
「・・・・」

幾分かフランソワーズよりある背丈をなくそうと、首を深くかしげてフランソワーズの顔を覗き込む。

「20分よ」

フランソワーズは器を持ち上げて、躯を移動させることでジョーの視線から不自然なく逃れた。
一人分のために、3段になった大きなガスオーブンを使うよりも、電子レンジの方がいいのだろうけれど、焼き上がりのチーズの香ばしさはガスには適わない。焼く直前に、パン粉をかけて、香草を1つまみ、皿の中央に載せた。

ガスコンロの下に備えられているオーブンの扉を腰を屈めていたのを伸ばした。

「お茶でも淹れるわ」
「フランソワーズ」
「何が良いかしら?冷たいのなら、麦茶を作り置いてあるけれど?・・温かいのなら紅茶かハーブティになるわ」
「フランソワーズ、・・・」
「いらないの?」
「・・・・・・・」

冷蔵庫の扉を開けて、作り置きの麦茶を入れた1ℓ容器の瓶を取り出した。
台の上に置いたけれど、ジョーが反応しないために、フランソワーズはそれを冷蔵庫にしまった。

「紅茶でいい?」

冷蔵庫からジョーを避けるようにしてコンロへと足を進めたフランソワーズへ、彼独特な身軽さで追いかけた。

「フランソワーズ、ただいま」
「・・・・ええ、おかえりなさい」

乙女心の理解(わか)らないヤツだ。と仲間にいわれて、その通りだと自分でもちゃんと自覚している。

「その、・・ただいまっ」
「だから・・・お帰りなさい・・?」

そんなのが理解できなくても不自由しないで、今までそれなりに生きてこられたし、それなりに女の子とも問題なくつき合ってこられた。





今。



なんだかよくわからないけれど、フランソワーズがいつものフランソワーズでないことは判る。


「手・・洗ったよ」
「そうね。でも、今度からは言われる前に洗ってね?」


「ただいま」なんて誰かに向かって言う習慣がなくて、そういう相手がいることに慣れなくて、なんとなく言わないでいた自分ではなくなった。
ちゃんと、フランソワーズを前にして、彼女の瞳を観ながら「ただいま」が言える。


「・・・うん」


外出から帰ってきたら手を洗うなんて、施設にいたころでしかしてなかったことだ。
面倒臭いから、洗ったよ。と、澄ました顔でやり過ごしていた日数の方が、きちんと手を洗っていた日より多い。


「ジョー、お湯を沸かすから、どいてくれる?そんなところに立っていたら・・ガスオーブンの熱でジーンズが痛んじゃうわよ?」
「・・・・う、うん」


言葉を続けられくて、ジョーは滑り込ませた躯を巻き戻したテープのように、同じ動きでガスコンロから左に滑るように退いた。








「お、おみやげ!」
「!?」










躯を移動させたけれど、突っ込んでいたポケットから素早く抜いた、手だけを、その場に残した。
フランソワーズの目の前に突きつけるように出した拳。
予想外のことに思わず背中をそらしてジョーの拳を警戒した。

「・・・じゃないけど、・・・あげる」

ジョーの汗ばんだ手の中からぽろっと姿を現したものが、ちりん。と、安っぽい鈴の音を鳴らした。

「・・・なあに、これ?」
「・・・・・コンビニで飲み物を買ったら、もらったんだ」
「これがお土産なの?」
「・・じゃないけど、その・・・外出から帰ってきてものをあげるってことはそういうことになるんじゃないかと思ってそう言ったんだけど、なんというか・・・」

ジョーの手の汗にちょっと湿ったヒモにつながられた、なんとも言えない、大量生産故に着色が微妙に塗られるべきポイントからズレてしまっている、小指の爪くらいの大きさの・・・。

「スイカ、・・・よねえ?」
「・・・・・いや、これは・・スイカ模様の衣装を着た、・・・クマ」
「クマなの?」
「うん」
「どうして、クマがスイカ模様の服を着てるの?」
「もう、夏だし・・・可愛いからだと思う」
「・・・ふうん」

ジョーの手から、そっとスイカ模様を全身にまとったクマの、安っぽい鈴をつけた携帯ストラップを受け取った。

「・・・私、携帯電話なんてもってないのだけど」
「え、あ・・・うん、あ、・・・うん、そうだったね・・・」
「ありがとう」
「え、あ、はい、ううん。・・別に・・」
「お茶を淹れるわね。向こうでまっていて」
「あ、ああ、うん、・・・」
「紅茶でいい?」
「な、なんでも、なんでもいいよ」

ジョーは初めての試み(フランソワーズにプレゼントをあげる)に、その場から逃げるようにカウンターテーブルではなく、ダイニングルームの大テーブルの一番キッチンから遠い席に座った。





「スイカの柄のクマさん・・ね」

フランソワーズは、スイカ模様に包まれた可愛いとはイマイチ感じられないクマにそっとキスを一つ贈った。
好きな人からの、初めてのプレゼントにしてはちょっとどうかな?と思うかもしれない。
けれど、それがどんなものであれ、ジョーから贈られたものであれば、たとえ道ばたの石っころでさえ、世界で一番価値のあるダイヤモンドよりも何よりもフランソワーズの中での一番はジョーからもらった石っころになってしまう。





フランソワーズが大切にスカートのポケットにしまったそれは、フランソワーズの今一番大切なモノの席に座った。


ぴーっと、ポットが鳴る。
フランソワーズが紅茶をトレーに載せて、ジョーの元へやってきたとき、チン♪と、オーブンが鳴った。


「美味しそうな匂いだね」
「・・・デザートもあるけれど、足りないなら何かサラダを用意するわね」










そうして同じ日々がまた始まる。
同じ想いと日々を繰り返し、繰り返す悲しみも寂しさも孤独も、喜びも、くるくると同じ場所を回り続けて、少しも上にも下にも、右も左へも動く様子がなく。

どうにかしようとして、空回りする行動と気持ちにフランソワーズのため息は深くなるばかり。
とうとう、重ねた変わらない日々の重みに耐えられなくなり、仲間と同じように故郷に帰ることを決めた。













***

「・・・・なんで・・・・・」

ジョーは涙する。
流れる涙の量に、どれだけ自分がフランソワーズへの想いを抱えていたのかを今更ながら気づかされた。

その存在が消えてから初めて気づかされるのだ。

当たり前だと思っていた日々が、どれほど”当たり前”でなくて”特別”に幸せであったことかを。
失ったからこそ気づかされるなんて、と、どこかで読んだことのある小説の主人公と同じことを思う。



フランソワーズが生活していた跡を残さない、片付けられた部屋に響いているオルゴールから流れ出る音色は、完璧すぎて冷たく感じた。
冷たく完璧すぎるその曲が、「別れの曲」というタイトルがついていることなど、ジョーは知らない。







「・・・?」


傾けたオルゴールから流れ出る音に不似合いな、ちりん。と、耳をかすめる安っぽい鈴の音。
爪の先ほどの大きさの、見覚えのあるスイカ模様の衣装を着た、クマ..の頭にひっついていた。


「・・・・これ・・?」


爪の先ほどの大きさの、見覚えのあるスイカの柄の、クマ..。


まるで、昨日の出来事のように思い出すことができた。同時に、それは昨日手に入れたように奇麗なまま、だった。

結局、後にも先にもフランソワーズへのお土産は、これが最初で最後だった。
彼女へプレゼントしたモノも、これ以外に何も思い浮かばない。

ぎゅっ。と、ちっぽけな飲み物とおまけ的景品をその手に握り込んだ。







使われなかった携帯ストラップ。理由は、ただ、彼女が携帯電話を持っていなかったからだ。





「博士!博士!!」




なぜ、どうして今になって、こんなモノを自分に返すのか。
オルゴールの方が本当に渡したかったモノで、”これ”は、偶然入っていただけだろうか?
それとも、抜き忘れていたのか、オルゴールとにいれていたこと事態、忘れていたのだろうか?



こんなモノに、意味を見いだそうとしている、自分は間違っているのかもしれない。





「ギルモア博士!!!」


ジョーはフランソワーズの部屋jから飛び出して、リビングルームでイワンのおむつを替えていたギルモア博士に殴り掛からんばかりの勢いで飛びついた。

「な!なんじゃ!!脅かすんでないわい!!」
「博士!フランソワーズっフランソワーズをっ」
「お、落ち着かんかい!!バカもんっ」
「僕っフランソワーズを連れ戻します!!」
「はあ?!」
「博士っ!!だからっ連れ戻してきます!」
「何を言っとるんじゃっ、落ち着け、落ち着きなさい!」

ギルモア博士はリビングルームの壁時計を見上げる。

「もう飛行機は・・・」 

フランソワーズは早めに邸を出たと言っても、すでに税関を抜けて搭乗口ゲートにいるだろう。
航空券のない者がそこまで入って行けるわけはない。その上に、今からでは離陸に間に合うはずもない。
加速したとしても、だ。

いや、”プライベート”なことに加速装置を使用しようなどは、言語道断。
サイボーグではなく人として生きて行くことを常に口酸っぱく言っている、ギルモアの信条を覆す事になる。

「イワン!僕が行くまで飛行機を停めてろ!離陸させるんじゃない!命令だっ」

中途半端におむつを着せられた、と言うよりも、おむつの上にのったままと言った方が正しいイワンにむかってジョーは身勝手な命令を出す。

「無茶を言うでないっ!ジョーっ」

ギルモアは、若さゆえにと思われる勢いを止めようと、イワンに食いつくジョーの躯を押し戻すように、イワンを背にジョーの前に立ちふさがり、その肩を強く掴んだ。

「無茶もへったくれもなんでもいいんです!!間に合わないならっドルフィンで先回りしてフランスへ行ってっ!!!」
「これっ、待ちなさいっ!!ジョーっ、そんなことでドルフィン号を出すなんて認めんぞ!!とにかくじゃっ。とにかくフランソワーズが乗る空港会社はどこじゃ・・空港に電話を入れて、フランソワーズに乗らないように、こちらに戻ってくるように言いなさい!戻ってくるかどうかの判断はフランソワーズに決めさせなさい!無理矢理に連れ戻すことは認めん!そんな権利はいくら009でも持たせておらん!」
「博士っ!それでフランソワーズは戻ってくるんですか!?」
「知らんわい!!フランソワーズの気持ち次第じゃ!イワン、悪いがフランソワーズの乗る航空ゲート直通の電話番号をジョーに教えてやってくれんか?」
<イッソ僕ガじょーを空港ヘ飛バシタ方ガイインジャナイ?>
「頼む!」
「これっイワン!それじゃいかん!!」
<大丈夫。一番近イ、男子トイレノ個室ニ飛バスカラ。じょー、トイレヲ出テ右ニ3m。ゲートナンバー39番>
「了解!」
「いかんぞっ!!もしも人に観られっジョーっっっ!!!」

ジョーの”了解”の言葉とかぶったギルモアの声だけが、消えた相手の耳に最後まで聞き受けられる事無く、空しくリビングルームに響いた。

<博士、・・・タマニハ良インジャナイ?>
「・・むう・・・・・」

渋い顔で眉間にしわを寄せるギルモア博士にむかって面白そうに、くっくっと笑うイワンの笑みは、赤ん坊らしさの欠片もない。

<ソレヨリ、てーぷトメテヨ。イクラ僕デモ、恥ズカシインダケド?>
「自分でテープくらい留められるじゃろ、・・・ジョーを空港へテレポートさせたんじゃから、それに比べれば簡単な事じゃ」
<・・・ハイハイ>
「まったく・・・乙女心というものをわかってないというか、なんというか、・・・フランソワーズを”また”傷つけるだけなのではないか?」

ギルモア博士はソファに倒れ込むように座った。

<ソレデモ、ズットじょーノコトヲ好キデイルンダカラ、ドッチモドッチダヨ>















***

「ただいま・・戻りました」

リビングルームにジョーの声が聞こえた。
帰ってくるのを待っていたギルモア博士は、彼一人きりであることに落胆の色を見せるどころか、彼の頬についた立派な平手の後、赤い紅葉を観て大笑いした。

アヒルの様に唇を尖らせて拗ねるジョーに、ヒーヒーっと笑い引きつるギルモア博士はソファの上で笑い転げる。
ぶすっとした顔のまま、何度もフランソワーズからくらった平手の跡をなでる指が、かすかに満足そうであることに気づいているのはイワンくらいだ。

<協力シタンダカラ、ドウナッタノカ結果報告シテクレナイカイ?>

ベビーベッドからジョーの膝へとテレポートしたイワンを、抱き上げて「この通りだよ」と、赤い紅葉のついた頬をみせた。

「・・・・僕が勝手すぎるって、ばちーん!」
<ダロウネ。ソノ頬ヲ見レバワカルヨ。>
「みてのとおり、・・・連れ戻せなかったよ」
<ドウシテカナ?>
「さあ・・・。でも、オルゴールとストラップは返したけどね」
<?>
「なんていうか・・・。”当たり前”すぎて気づかなかったんだよ・・。気づかなくてもいいって思ってたんだ。そうあることが”当然”なんだと思い込んでいた」
<ふらんそわーずガここニイルコト?>
「それもあるけど。・・・ずっと僕のことを想ってくれているんだって、・・・・自信があった」
<ドコカラソンナ、トンデモナイ自信ガ出テクルンダイ?君ハとっても偉イ人間ダッタカイ?さいぼーぐトシテノ性能ノ良サと人トシテノ”出来”ハマッタクノ別モノナノニ>

赤ん坊らしくない口調と、その姿からは想像もできない、ジョーに大して”年上”な態度とのギャップに苦笑する。

「なんて言うか・・、目が覚めた」
<遅イヨ>

笑い転げていたギルモア博士が、いつの間にか息をただして、神妙な顔つきでソファに座りなおしていた。

「・・・・うん、そうだね。遅かったね」
「ジョー、聴かせてもらってもいいかの?」
「・・・・・・・・・はい、・・・。僕は、与えられる事ばかり望んで、飢えていた自分しか見えてなくて・・・、僕と同じように、・・・人はみんな、・・同じように、・・・愛されて、好きだと想ってもらいたい気持ちがあると、・・・・・どんな形であれ、結果であれ、”レスポンス”って・・・大切なんだなって」
「答えられるのかね?ジョー、・・その、・・・フランソワーズの気持ちに、・・今からでも」
「正直・・わかりません。そんなことしたことないから、できるのかもわからないし。・・・だから、頬をたたかれました」
「・・・よくそれで、”連れ戻す”とか言えたもんじゃなあ!」
「僕が願えば、戻ってきてくれるって・・思い込んでました」
<結果、連レ戻セナナカッタンダ。ドウスルノ?・・・コレカラ>


膝に抱いていたイワンを、ギルモア博士に抱き渡したジョーは、にっこりと微笑んだ。


「そうだね、まずは・・・。彼女が携帯電話を買ったら連絡するって言われたから、それまでは待つ、かな?・・・いつも、フランソワーズが僕を待っていてくれたみたいに」














季節はずれの、スイカの衣装をきたクマのストラップを揺らした携帯電話からフランソワーズが電話をかけてきたら。


フランスへ行く。



彼女にまた、頬をたたかれるかもしれないけれど。
たたかれても、僕の頬よりも彼女の手の方がきっと、もっとすごく・・痛いんだろうから。



その痛みを癒すことができるのは、その痛みを与えてしまった僕なんだって、気づいたんだ。







end.
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