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映画のようにはいかない現実
とつとつと、降り出した雨が窓をノックし始めた。
邸の中で一番にそのノックに気づいたフランソワーズは、急ぎ足に部屋から出ると、二階から一階への階段をすべるように駆け下りて、リビングルームのガラス戸を左右に開いて天空(そら)を見上げた。

「まあ、・・風もでてきたのね」

降り出した雨粒の大きさに、慌てて庭用のサンダルに足をとおした。

「シーツ類は明日にして正解だったわ」

午前中に干した日常の衣類は、まだ”完璧”とは言えないまでも、手に触れてみて湿気を感じなくなっていたことに一応のOKサインを出す。手早く用意しておいた洗濯カゴに衣類を放り入れて雨から救出した。

「・・・雨が降るのはもう少し、後だと思ったのに」

”午後の”降水確率を朝のニュースでチェックしていたけれど、フランソワーズの予想よりも早く雨雲は邸の上空へとやってきた。
駆け足気味にスリッパをならしながら手に持った洗濯カゴの中の衣類を、押し入れを改装したランドリールームに置いた後、髪やブラウスにしみ込んだ雨色の香りをキッチンで用意する紅茶で消す。

ポットで湯を沸かしている間、キッチンとダイニングルームをわけるカウンターに置かれたデジタル時計をチラリと確認する。

「・・・・んー・・」

同時に、頭の中に描いたレシピと、フランソワーズ専用の”棚”の中に隠している”それら”と、”それら”を形にする時間を逆算する。

「始めちゃってもいいかしら?」

湯にかけていたポットが、沸騰したことを報せる音を、ぴーっと鳴らした。
それはまるで、フランソワーズに”開始”の号令を出すように。




雨脚が強まって、ばらばらと読めないリズムが邸の窓ガラスを叩く。
空の色が薄く引き延ばされた布に覆われて、薄暗く、昼間だと言うのに、リビング、ダイニングのルームライトが煌々と光る。

「ええっと、・・・・ドライイースト・・は・・」

キッチンでお菓子作りをしているときは、ダイニングルームの壁に埋め込まれたTVは付けずに、ラジオで適当なクラシック曲を探し、音量を最小メモリにセットして聞くのが常だったけれど、今は、最近になってようやく自分好みなサウンドチョイスが整った、ラップトップ内のミュージックソフトを、ランダムにかける。

キッチンカウンターは何かしら場所を使うので、ラップトップはダイニングテーブルに置く。
作業を手に止めなければ、聞こえない最小ボリュームは、ラジオをかけていたときと同じ。
そんな彼女の”好み”を理解できない誰かさんの手によって、専用の”スピーカー”を購入された。けれど、その小さくて持ち運び便利なピンク色のスピーカーは、コンピュータと一緒にダイニングテーブルの上に乗るようになっても、特に音量は変わらなかった。



作業と作業の合間の雨の音に紛れたサウンドは、切れ切れにフランソワーズの耳に届く。
聞き慣れたフレーズにあわせてメロディを口ずさめば、耳から音が消えてしまう。

キッチンの中央に移動式の作業台があり、その上に常備されている物と、買い足しておいた物を並べ、デジタル式の計りで必要分量をパーフェクトに取り分けた。

強力粉に薄力粉、グラニュー糖に、..特別に手に入ったブルターニュ産の塩バター。
洋菓子専門の輸入ショップでもなかなか入荷されないそれをみつけたとき、興奮のままカゴに納めたときのフランソワーズの様子を見ていた彼が言った。


『たかだか・・・バター・・を、そんなに嬉しそうに買う人って初めてみた』


苦笑しているのか、呆れているのか、なんとも微妙な眉の下がり具合を思い出して、くすっと微笑んだ。
その嬉しくてたまらずに購入したバターもきちんと計り、すべての下準備を整えたころ、フランソワーズは手を止めて視線をダイニングルームへとむけた。





風に翻弄される雨音と、スピーカーから流れる軽快なサウンドのミスマッチさが浮き彫りになる、静かな邸の中。
離れたガラス窓に映ったキッチンカウンター奥にいく自分にむかって、フランソワーズはにんまりと微笑み、再び作業に戻った。


粉をふるい、牛乳は一度沸かしてから冷ます。常温に戻しておく必要のあるバターを、ちょっとだけズルをして、早めにそうなるようにしむける。

ドライイーストを混ぜて、ブリオッシュ風の生地を作り、1時間ほど寝かせて発酵させる。


ティーコゼーの中でぬくぬくと保温されているティーポットから、二杯目の紅茶を滝れて、ダイニングルームへと移動し、リビングルームに置かれているマガジンラックから家族の誰かが適当に買って来る雑誌のなかから、読めそうなものを選び出す。
「今こそパワーアップ!/あなたが求めているエネルギーがここにある!」という国内の”パワー・スポット”特集があった雑誌と一緒にリビングルームに戻り1時間かけて隅々まで読んだ。

どうやら前の”GW”のための特集らしい。

「・・沖縄、かあ・・・ハイビスカス・ティってどこかで買えないかしら?・・あ、この紫芋アイスクリーム食べてみたいわあ」

フランソワーズが注目したのは、パワー・スポットの”おまけ”のようなご当地食だった。







「・・・いい感じね」

4杯目の紅茶にため息をついた後、フランソワーズは再びキッチンへと戻り、作業を再開した。

ここからが、手間なのだ。と、独り言を呟いて。

さくっとしながらも、しっとり重めにバターの甘さを感じられるのは、これからの”練り込み”にかかっている。

ひんやりと冷えた生地にむかって、フランソワーズは両手を会わせてお菓子の神様に祈る。


「どうか・・成功しますように・・・」







作業台の上に、大きめの木のまな板をおき、ローリング棒を手に取った。

一辺が25~30cmくらいの正方形に伸ばし、織り込み用に用意していたバターを15cmくらいの大きさで四隅から包み、バターと生地をしっかりと密着させてローリング棒で伸ばし、三つ折りにさせて、冷蔵庫で冷やす。を、二回(計三回)繰り返した。

生地を冷やしている時間が短いので、その合間に次の行程の準備をする。
雨の音は止むことなく邸の窓を叩き、時間の経過が解らなくなるような感覚に陥るのを、うっすらと流れる曲順がそれを妨げてくれた。







焼くための”型”作りをしながら、そっと耳を澄ませて二階の様子をうかがい、カウンター・テーブルの上のデジタル時計を睨む。


「・・・お昼食べないつもりなのね?」


”声”をかけない限り、忘れられちゃう。なんてことは、いつものことだけど。と、ため息をつく。
用意できた”型”と、繰り返した作業の合間に、やってくると思っていた人は、フランソワーズのちょっとした期待を裏切った。


『あれ?・・今日は何を作ってるんだい?』


覗き込んできては小さな子どものように、背中にひっついてキッチン内に居座る彼が、好き。


『ふうーん。そうやって作るんだ・・・って、なに?その砂糖の量!えっ...そ、そんなに入れちゃ駄目だよ..少し減らしてよ..お願い、ちょっと、入れ過ぎだよっ』



毎回、投入する砂糖とバターの量に同じリアクションで慌てる彼が、好き。














「もうちょっと・・ね」


にまにまと、唇の両端が引き上がり、頬を高く高くしながら、手に調理用の霧吹きボトル。
軽く吹きおえた後は、約1時間、温かい場所で発効させる。






紅茶でたっぷりふくれたお腹には、”お昼ご飯”は必要ない様子。そして、二階の人も、どうやらこちらに来る気配が伺えないので、発効している間、ランドリールームでアイロンがけをして過ごすことに決めた。







***

リビングルームから、ダイニングルームへ。
つけられっぱなしのコンピュータから淡(うす)く流れる曲を耳にして、くすっと微笑んだ。

カウンターテーブル越しにみるキッチン内に人影はなく、そのまま足をすすめてキッチンの中に入って行く。


「・・・これが今日の昼ご飯?」

キッチンの作業代テーブルに綺麗に並べられたパンのような、何か。
カウンターテーブルの上のデジタル時計を観れば、おやつの時間から30分過ぎている。
キッチン内に漂う甘い芳香(かおり)を考えれば、これは”ご飯”というよりも”お菓子”だと考える。

まだ焼かれていない”パンみたいな”それを眼の前に、うっかりしていたお腹がぐうっと鳴った。

「・・・何かないかな?」

キッチン内をぐるっと見渡せば、まだ片付けられてない使われた器具たちが我が物顔で居座っている。

「ない、・・な・・・。フランソワーズも食べてないのかな?」

キッチンから出て、左右に首を振る。
右手に、リビングルーム。
左手側はから、やっと鳴り止んだ雨音に似た音で近づいて来る、彼女がみえた。


「ジョー!」
「やあ」

フランソワーズは、少しだけ唇を尖らせて自分のご機嫌がいつもよりも斜めであることを示すが、彼はのんびりと微笑んで、まるで町中で出会った同級生にむかって交わす挨拶のように、片手をあげて、彼女のご機嫌斜めを軽くそらした。

「”やあ”じゃないわよ、もう。お昼を食べてないからお腹が空いたのでしょう?」
「そうなんだよ、とってもお腹が空いてるんだ」

キッチンの入り口前で、2人は向かいあって立つ。
見上げてくるフランソワーズの視線に、朝食時に”昼ご飯”までには片付くから。と言った言葉を思い出した。
今そんなことを思い出した自分にむかって情けなく眉根を下げつつ、ジョーはフランソワーズに尋ねた。

「・・・”アレ”すぐに食べられるようになるの?」

フランソワーズはふうっとため息をこぼして、小首をかしげる仕草でジョーに問い返した。

「”アレ”を焼くのに、30分はかかるの、待てるかしら?」
「うーん・・お昼ご飯って、・・・」
「別にあるわ」
「そうなんだ・・うー・・・ん、どっちでもいいけれど・・」


キッチンへと顔ごとむけたジョーの横顔。


「...ジョー」
「なにかな?」

ジョーはキッチンにむけていた顔を、フランソワーズへ戻した。

「........今日のランチメニューは、ほうれん草とハムのキッシュと、サラダよ。電子レンジですぐ温めるわ、サラダはできているの」
「いただきます」
「じゃあ、テーブルで待っていて」
「手伝うよ」
「すぐだから、大丈夫よ」





いつものように。とは、ちょっと時間が違うけれど、ジョーの昼食を用意し始めた。いつの間にか、音量が上げられていたスピーカーから、軽やかにアコーディオンの音が流れだす。

フランソワーズとは少しも曲の好みがかぶらないからこそ、どこかで聞いた事のある、と言う感覚がジョーの興味をひいた。
フランソワーズのパソコンのタッチパネルセンサにジョーは人差し指をとん。と、落とした。

モニタの上を覆っていたスクリーンセーバーが消え、代わりにABTのプリマドンナが高く足を上げてポーズを決めた、デスクトップピクチャがジョーの目に飛び込んで来る。

その写真の人物の顔を一瞬でフランソワーズに置き換えた自分を誤摩化すように、ジョーの指がちょっと乱暴に再生中のミュージックソフトを仕舞われていたドックからデスクトップへと出した。

「...ああ、・・」

今流れている曲が、フランソワーズが好きそうだ。と、ついでにレンタルしたDVD(映画)のサウンドトラックであると、知った。

それは、数年前に流行ったフランス映画。


その映画に関するジョーの感想は、映像が綺麗で可愛らしい話しだなだった。

淡泊な感想しか持てなかった映画だった自分だったけれど、サウンドトラックを購入するくらいにフランソワーズが気に入ってくれていたことを知ったジョーは、映画の内容を思い出しながら、モニタから視線を外して、キッチンカウンター奥にいるフランソワーズをみつめた。




映画の最後、主人公の女の子が作ろうとしたお菓子に必要な材料が足りないと気づいたとき、ちょっとした想像力を働かせて、片思いの相手との”素敵な出来事”を頭の中で想像して。

それが”現実に”・・・。





「お待たせ、ジョー」
「ありがとう」

トレーに乗せられてやってきた昼食に、満面の笑みで礼を言う、ジョー。
答えるように頷いて、微笑み、テーブルに並べるフランソワーズ。


雨上がりの空は、淡(うす)く、引きのばされた雨雲の隙間をぬって温かな陽射しを降り注ぎ、葉や草花を飾る雫がきらきらと宝石のように輝き始めていた。


「`アレ`ね、焼きたてが一番美味しいの、この後にも食べられそうかしら?」


流れている曲の6/8のリズムが、今の2人の胸に心地よく跳ねる。


「今日は、何を作っているの?」
「クイニーアマン(kouign amann)よ、知ってる?」
「ん....名前くらいは.............ところで」
「なあに?」
「材料に足りないのなかった?」
「え?」
「...そういうときは、僕がすぐに買い足しに行くから、僕に言うんだよ、いいね?」
「え.......ええ、? そんなときには、お、お願い..し、..ます?」
「うん! いただきます」
「?」









end.





*映画は『アメリ』です。好きです。観ていない方には、解りづらい展開でしたら、すみません。

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