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gateau d'anniversaire
おろした瞼のスクリーンが映しだしたのは、最後に眼にした物体の輪郭。
鈍く点滅するその輪郭を追いかけて、耳奥が思い出した声。
じんわりと胸に広がった懐かしさに乾いた唇をゆっくりと巻き込み、一文字に線をひく。

「どのgateau d'anniversaireがいい?」

光る午後の輝きがあまりにも明るくて、見上げた人の姿はシルエットのみ。
けれど、その人があたたかく笑っていることを、私は知っている。

「かわいいの」

冷たいショーウィンドウのガラスにくっつけた鼻先のせいで、躯がぶるっと震えた。
吐き出す息の温かさに、ウィンドウが白く曇ってその先に広がるとっても素敵なお菓子たちがよく見えない。だから、めいいっぱいに顔を押し付けた。

「あらあら。そんなにくっついたら駄目よ」

すみれ色をしたスウェードの生地。
縁に白いファーがついている手袋をつけた手が、私の肩に置かれる。

大きくなったら絶対にちょうだいね。と、何度もおねだりしたのことを覚えている。
持っていた赤い毛糸のボンボリがついた手袋も、大好きでお気に入りだったけれど、ほっそりとした5本指にわれているお姫様のような白いふわふわのファーがついたそれは、特別だった。

「大きくなったらお古じゃなくて新しくてもっともっと素敵な手袋を買ってあげるわ」と、おねだりするたびに言われたけれど、私はそれがよかった。

母のお気に入りであるその手袋が欲しかった。

「gateau au chocolatがいいよ!」

声変わりするまえの甲高い声は女の子よりも可愛らしく、高音がよく響く。
学校のコーラス部に何度も誘われているけれど、毎週末にある練習で、友達と自転車で遊べなくなるのが嫌だからと断った。・・の、本当の理由は、”音痴”だったせい。

「ジャン、それはアナタが食べたいケーキでしょう?」
「フランソワーズも大好きだよ!!僕が好きなものは、フランソワーズも好きなんだから!」

連れて行って。とお願いしても自転車が乗れないことを理由に、一緒に遊びに連れて行ってくれなくなった、兄、ジャンを追いかけたくて、一緒に遊んで欲しくて、大好きな雑貨屋さんに並べられたピンクのチュチュを着たバレリーナのお人形ではなく、自転車が欲しいと願った。

まだ私に自転車は早過ぎると言う母に、ジャンよりも私の方が運動神経が良いから、ジャンよりもずっと早く乗りこなせるはずだ。と、父が買ってくれると約束してくれた。




暖炉の火は温かくオレンジ色に踊る。

キッチンから調子が外れたバースデーソング。と、一緒にケーキを運んできた母を父が笑う。ジャンは耳を塞いで私にむかってウィンクをひとつ。
音痴なのは”僕ら”のせいじゃない。と言っているように見えた。



ろうそくの火がゆらぎ、ルームライトが暗くなる。

父の膝上に抱かれた私はろうそくの数と同じだけキスをもらう。
一緒に、チクチクとした感触。
父自身は気に入っていたけれど、母とジャンに不評だった、”口ひげ”。
キスをするたびにチクチクっとしたヒゲの感触が好きではなかったけれど、口ひげをした父のキスばかり思い出す。


「さあ、フランソワーズ。目を瞑って願いごとを胸に描いてごらん」



くすぐったい。



「いい?ふーってするのよ、ふーって。」
「おかーさぁん、ろうそくが一本足りないよっ!」
「えぇ?」



嬉しくて、恥ずかしくて。
ドキドキして。





父に、母に、・・・兄、みんなに注目されていることに照れている私の頬が赤く、鼻よりも高くなってしまって。
お願いごとを胸に描くためにとじた瞼の奥に映るろうそくの火が、やわらかく揺らぐ。


ゆっくりと息を吸い込むと、父が好む葉巻の香りに混じって蝋が溶けていく香り。
ならべられた料理がそれらを包みこんで、今日が私の誕生日なのだと、うれしさと叶えられると疑いなく信じた願いで胸がいっぱいになる。

「おもいっきり、ふーっ!」

ジャンが待ちきれずに唇をとがらせる。
促されて、ふくらませて頬から”ふー”っと声を出して息を吐き出した。




すべてが夢のように、当たり前に幸せで。
幸せはずっと続くのだと疑うことなんてなくて。

吹き消すろうそくに、幾度も願った願い。


・・・を、今でも、信じてる。















「003」

明かりの消えた部屋の暗さを跳ね飛ばすような大きな拍手と”おめでとう”の声は、聞こえてこない。

「003・・」

あのとき選んだケーキがチョコレートだったのかどうか思い出せない。

「003、・・・時間だよ」

すみれ色の白いファーがついたほっそりとしたスウェードの手袋。

「・・ナイン?」

上手に自転車に乗れること。

「大丈夫かい?」

バレリーナになること。
王子様と踊ること。

「・・・ええ」




ろうそくの火を吹き消す前に、小さく描いたたくさんの願い。






「疲れているだろうけれど、もう少しだから。・・がんばれるかい?」
「大丈夫よ、ごめんなさい」
「いや・・無理をさせているのは僕だから」

固い椅子に預けていた躯を動かすと、脳からの命令に抗うように強張った。

「・・気分は?」
「さっきよりもずっといいわ。休憩させてくれて、ありがとう」
「すまない。・・ドルフィン号の損壊がひどくて・・キミに頼らなければ今の僕達はどこへも向かうことができないから」
「私に与えられた能力は、そのためにあるのよ。気にしないで・・009」

立ち上がろうとした躯を支えてくれた、009の手は温かく優しい。
コクピット中央の指令席に連れられる間も、ずっと支えてくれている。
席につく間、仲間が私を心配そうに見守ってくれて。

その顔に、私は笑顔で答える。

「ごめんなさいね、待たせちゃって」

いつもよりも少し跳ねるように笑った。
私は大丈夫よ。と、メッセージをこめて。

「エンジン出力確認!」
「了解!」

指令席に座った私のそばに立つ009の手が肩に置かれた。
優しかったその手が、かわる。

「方向確認!」
「北北東へ。この先(海底)にまた同じトラップがないとは限らないし、私の眼だけでは、あのトラップを見つけ出せるかどうか自信がないわ。・・・空へ、出ましょう。追跡されていないわ」
「空から戻るぞ!」
「「「「「「「「了解」」」」」」」」
「ドルフィン号、浮上っ!発進」

海上へと浮上していくドルフィン号。
前方スクリーンに浮かぶ海の色が鮮やかな青のグラデーション。

私は耳をすませ、上空を睨む。
陽が落ちた深い青の闇に挟まれた世界にまたたく幾億の星たち。

「003、」
「問題ないわ、009。このまま進んでちょうだい」

海上へと出たドルフィン号が航空形態モードへと切り替わる。

「・・・?」

瞬く星の輝きを、吹き消すことなんてできないけれど。
私は数秒、まぶたをおろして胸に小さく願いを描いた。

「無事に・・みんなで帰れますように」

ふうっと、唇をかすかに尖らせてため息まじりに吹き出した息。
偶然にタいくつかの星が流れ落ちた。

「帰れるさ」
「・・・このまま何事もないことを祈るわ」
「何かが起きたとしても、だよ。絶対に帰れるさ・・・それに」
「ギルモア博士が私たちの帰りを待っているものね」

いや、それもそうなんだけど。と、言葉の最後を濁した009に、私はただ首をかしげた。


「・・・・無事に帰れたときは、なんだけど。ケーキを買ってお祝いしよう・・・か?」
「大げさよ、009」
「・・・・・・・いや、そういう意味じゃないんだけど、さ」





end.


Joyeux anniversaire!
注意)24日にはアップできませんでしたが、このお話をアップした日付は24日しています。



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