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partager un parapluie
「フランソワーズ?」

囁くような擽ったい感覚で鼓膜が揺れた。あまりにも近すぎて緊張し過ぎた躯は頭と上手く繋がらず、聞こえていただろうことが上手く言語変換できなかった。

「聞こえてる?」
「え・・・」

先ほどよりも大きめに出された声に反射して、前に進むべき片足が後ろに下がった。慌てた彼の足が止まる。

「どうしたの?」

心配そうにこちらを窺うってくる彼のせいでさらに触れている面積が広がった。
肩を寄せ合わなければならない小さな傘の下、きゅっと猫のように丸く縮こまる。胸に抱え込むように庇っている紙袋ががさりと鳴った。

「・・・・迷惑、だったかな」

ドラム替わりに傘を楽しげに叩く雨。

「あ、・・ごめんなさい・・考え事をしていて・・・・もう一度言ってもらえるかしら?」

苦笑交じりな彼の、隠れていない片眉だけを見た。

「なんでもないよ」
「その・・・・ありがとう。駅まで迎えにきてくれて・・・」

もうこの時間にはバスがないからね。と言った彼の声に疑問を描く。
雨なんだから、車で迎えに来てくれればいいのに。なんて、贅沢な疑問を。

「歩かない?」
「・・・・・」

止まっていた足を動かすと、透明なビニール傘も移動する。
空から躯を寄せ合って歩く姿が恥ずかしいほどに丸見えになっていた。

「・・・・なんで車じゃないんだろうって考えていた?」
「!」
「顔に書いてあるよ」
「?!」

そんなことあるわけがない、とは言い切れなかった。実際に考えたのだから、書いてあったとしても否定できない。

「迎えに来てくれたのに傘が一本だけ、ともね」
「あ・・・、」

そういえば。と言われて初めて気がついた。

「・・・ど・どうしてなのかしら?」

彼が持ってくれている傘が揺れて、雨水がさあっと不自然に流れ落ちた。
揺れたことを誤魔化すようにちょっとだけこちら側に寄せられて傾いた傘。

「・・・」


狭くて窮屈でちょっと斜めに偏った傘の下、寄り添う腕が同じ歩幅に歩くのとお揃いのテンポ。
冷えた空気に、どうしてかと訊ねた答えをもらなかったために続かなくなった会話が宙に漂ったまま、濡れたアスファルトを辿っていった。


なぜ今まで気付かなかったのだろう?と考える。
そんなの当たり前だ、と答えは簡単に出た。

連絡をいれてもいないのに、彼が駅で待っていてくれたから。
携帯電話の普及で今はその存在を忘れられてしまったかのように、駅構内の端っこに二機だけ並んだ公衆電話の三機目となって透明な傘を持った彼が静かに立っていた。

瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる絵。






彼の瞳が誰かを探していた。




「・・・夕飯、食べた?」


彼が、私を、探していた。


「・・いいえ、」


私を。



「・・あ、でも・・軽く・・・中途半端な時間に。だから、そんなにお腹は空いてないわ・・」

調子が外れた心臓の音は、元気に傘を叩き続ける雨の真似をするように跳ね続ける。
雨の音なのか、自分の内側から叩かれる心臓の音なのか。

どちらがどちらなのか、考えるだけで頭がクラクラしてくる。深い海に潜ったときのように、息苦しい。
息苦しさから逃げるように、何か楽しい、なんでもない会話を続けなければと、酸欠になりそうな頭を無理に動かしてみる。

「本は・・買えた?」

溺れかけていたところを差し出された声に助けられる。

「ええ!・・書店に取り寄せていただけて良かったわ。・・・教えてくれてありがとう」
「・・・ネットで通販なら確実に手に入ったんだけど・・」
「しょうがないわ、こればかりは。・・・まだ”アドレス”がないんですもの」

腕に抱き込んでいた紙袋。その力を緩めて重みを感じてみた。
母国語の雑誌2冊と、ハードカバーの本が1冊。
雑誌は大きな書店なら取り扱っていたりするけれど、ハードカバーの本が問題だった。

「・・・もうすぐだよ。不安定な天気の日に、わざわざ遠出しなくてもいいようになる」
「私は別に・・雨が嫌いな・・ことはなくてよ?・・・その・・・」

サプライズ的に駅まで迎えに来てくれたり、今みたいにあなたに寄り添って歩けるから。

「僕も嫌いじゃない・・・・・・理由は、キミと一緒かもしれない」

雨足が急に衰えた気がした。

「そうだと、嬉しいな」

ぽつぽつと灯るナトリウム灯のオレンジの光が滲んで空に浮いているように見えていたけれど、アスファルトに沿って直立している姿が現れる。

「・・雨が嫌いじゃない理由を聞いてもいいかな?」
「それなら、迎えに来てくれるのに傘がひとつだった理由も、・・・聞いて、いいかしら?」

体温が移った紙袋を再び強く抱き込むとカサカサと音が鳴る。先程よりもどこか力なく感じたのは、湿気を吸ってしまったからだろうか。

「・・・・フランス語ではなんて言うのかな?」
「?」
「こういう”こと”」

手に持っている傘を少しだけ持ち上げて、強調させた。

「え?」
「・・一本の傘を二人が使うこと」

視線を彼の手にとめて、頭に並んだ文字をさらっと読み上げた。

「partager un parapluie」
「・・・もう一回、いいかな?」

耳慣れない音に、一度では聞き取れなかった。

「パルタジェ アン パラプリュイ・・」
「ぱるたジェ アン パラぷリュイ・・?難しいなあ・・・」

彼のフランス語の発音を頭の中だけで採点してしまった。

「日本語では、どう言うのかしら?」
「相合傘」

何度か今知ったばかりの単語を口の中で転がしていた彼が、スラリと答えた。

「あいあい・・”あいあい”傘?」
「そうだよ・・アイアイガサ。簡単だろう?」
「アイアイ傘・・響きがとっても可愛いわね?」
「・・・・・そんな”可愛いこと”ができる雨の日が、嫌いじゃないんだ。・・・キミは?」

顔を窺われているのがわかる。いつもなら仕草でなんとなく話しの流れを変えることができるけれど、できない今。動かすことができる顎を引いて足先へと視線を落とした。

濡れた靴の先。

耳が熱い。





あなたに寄り添って歩いているから。
”今は”雨が嫌いじゃない理由を反芻した。

傘が一本しかない理由。そして、雨が”嫌いじゃない”理由。


同じよ、と素直に?
それとも他の答えを?

会話の流れを変えてしまう?


透明な傘を視線だけでチラリと見上げた。
ぽつぽつと傘に乗る小さな雫はかすかなオレンジに照らされている。
雨音は先ほどに比べて大人しくなっていた。その囁かな音がまるで、途切れがちな会話に遠慮してくれているように思える。


肩を寄せ合う傘の下。
彼と私と雨の世界は、静かだった。



心地良い静けさを荒らすような勇気はまだ、ない。



「雨が止みそう・・・・。残念だわ・・」

まだ邸まで距離がある。
きっと邸に着く前には止んでしまうだろう。

「次の雨の日を楽しみ待ってるよ・・また、そのときは相合傘の相手を・・ヨロシク」






しばらくして雨が止むと、彼はビニール傘を畳んだ。



end.















*雨のように素直に落ちちゃえばいいのに、・・・恋に♪ 素直じゃない二人でした。*
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