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cute, cuter, cutest!




「ねえ、今日のビーフストロガノフは」

夕食の後片付けをしているときだった。
スポンジにたっぷりとディッシュソープを垂らして、念入りに泡立てるためにキュッキュと揉み込む手に集中していた私は、彼の視線がその部分を凝視していたことに気づかなかった。

「前よりもグッと味が濃厚になったね」
「そうでしょ?」

ワンプレートで済ませられた今夜の夕食は、シンクに積まれる食器の数が寂しくさせて、洗いがいがない。
いつもと同じ分量のディッシュソープでは勿体無かっただろうか。

「今夜のはもちろんだけど、前のときのも十二分に美味しかったよ」

私の隣りに立つ彼の手には準備万端という形で、ディッシュ用のタオル。

「あら、嬉しい」

手早く4人分の白のラウンドプレートにスポンジに滑らせる。
鍋の中にはまだ2人分ほどの残っているので、そのままにしておく。

「美味しいビーフストロガノフのお礼にさ」
「なあに?」

手にしていたスポンジを100円ショップで買った、ぺたっとシンクにひっつく吸盤がついたプラスティックのケースに泡を落とさないままに置いた。

「髪、切ってあげるよ」

小さな滝に泡だらけのラウンドプレートをくぐらせた。
冷房の効いた部屋でも真夏日が続いているので、水の感触は心地良い。

「・・・・髪を?」

丹念に泡を洗い落としたラウンドプレートを、隣りの彼に渡した。
同時に言葉も返した。

「そう、キミの髪をね」
「アナタが?」
「僕が」

4枚分のお皿越しに交わした交渉は、一方的に成立させられた。

「僕がカットしてあげる」







おやすみなさい。の言葉を2つ灯して自室に引き上げた。
バスルームで食器を洗うときよりも倍のソープを使い、時間をかけてスポンジを躯と合わせた。
意識したわけではないけれど、いつもよりも5%は多くシャンプーを使い、コンディショナーを使った時間も昨日よりも長かった。

タオルドライをしながら、鏡に映る自分の髪を観察する。

「あら・・・」

手では感じられない感触を瞳で捉えた。

「色が・・抜けて・・・」


引きちぎられて、でもなく、焼けてしまって、でもないために、毛先は縮れてはいなかった。
それは後ろ髪、右側に跳ねる癖がついた、一部分。
亜麻色と言われる色で生まれて、そのまま今も変わらない髪色が不自然に変色していた。

「剥げてしまったペンキみたいね」


いや、それよりも。
ビーズ手芸で使う、ナイロンコードワイヤーやテグスのような・・透明な。


人形の、それだ。


部屋つきのバスルームから出てナイトスタンドの明かりだけをたよりにベッドへと滑りこむ。
ドライヤーで乾かすことに躊躇した髪は生乾きで、首に触れると気持ち悪かった。だから、逆さまになった姿のような髪型にした。


「・・・気にしてくれたのね」



腕を伸ばしてスタンドライトを消した。
そのままの状態で面白くもなんともない天上を眺めながら考える。



ーーー髪を切る。



生きている限り、いったい何回その行為を繰り返すのだろうか。
数えたことはないけれど、2,3ヶ月に一回に散髪したとして、人生が80年。

1年は12ヶ月で、5~6回。×80=約400~500回


「意外に少ないわね」

女性なら、もう少し多いだろう。
イベントなんかも加わって、回数も職業で変わってくる。

枕に敷いたタオルが首に直接当たる。
いつもと違う感触に顔を傾けて鼻を近づけると、お気に入りのシャンプーの香りがした。







ちょっとだけドキドキする。
髪を切るという行為は久しく体験していない。



ーーー本当に切るのかしら?


ジョーは髪をちゃんとカットできるの?
そんなことをするよりも、博士にお願いして新しい髪を・・。







『僕がカットしてあげる』


心臓が、彼の声に反応している。
今のドキドキと似た経験を、薄くなった記憶の中から拾いあげてみた。

兄と同じ散髪屋さんから卒業した日のことだ。
お友達と二人で手に手をとって訪れた、初めての美容室。
椅子の坐り心地の良さと楕円形の鏡の大きさ。オシャレなお店の内装に、雑誌に出ている人そのままの美容師たち。
交わされる会話に耳を大きくしながら、何について話しているのかさっぱり理解できなくて、同じフランス語のはずなのに、それは宇宙語のようだった。

鏡に映った自分は背伸びしていた。その場所に似合った人であろうと懸命にすましている。
そんな懐かしい私を、私は眺めていた。











朝食を済ませた途端に、彼は逃げるようにダイニングルームから出ていった。
その素早さは、後片付けのお手伝いを言い渡される前に。と、いう感じが出ていて微笑ましい。

私は一度だって朝食の後片付けを”手伝って”とお願いしたことはないのに、ね?



ダイニングテーブルを拭き終えて、使った布巾を洗って専用のハンガーにかけた。
これで”朝”の一仕事が終了する。
エプロンは使わないので、一仕事を終えた勲章のような水しぶきが服についていた。

朝食の後片付けの後は、2日に1度の洗濯へととりかかるのだけれど、今日は2日に1度の洗濯をしない日。
そういう日は、クイックルワイパーか掃除機か。
最近放ったままの客間も気になる。
玄関前の広間もそろそろ手を入れなければ、と今日のスケジュールを考える。

そうやって後片付けを終えたキッチンにぼーっと立ち、コンロの1つに意味もなく視線を合わせていた。
コンロ周りは食器洗いの後にいつも拭き掃除を忘れないので、綺麗だ。


ーーー換気扇のフィルターを交換したほうが・・


視線をついっと上にあげたことで、吸い込みの悪さが気になっていたことを思い出す。

「フィルターの交換なら、僕がしておくさ」
「ジョー?」
「リビングの掃除機も午後に僕が引き受けるし、玄関の打ち水も、・・・キミが今日することの半分は僕が引き受けるから」
「どうしたの?」

いつの間にそこに居たのだろう。
こころの中で言ったはずの言葉に返事が返ってきたので、驚いて少し心臓が痛かった。

「どうしたもこうしたも、準備ができたから呼びに来たんだよ」

スキップでも踏みそうな軽快な足取りで、彼はコンロと私の間に立つ。

「準備って?」
「やだなあ、忘れたのかい?昨日言っただろう?」

深い二重まぶたのジョーの瞳がより近くなった。

「忘れてはいないけれど・・本当に切るの?」
「そうだよ」

超がつくゴキゲンな彼の笑顔が、私を仄かに不安にさせる。

「ちょっと揃えるだけだから」

私の手を握った彼の手の強さは、”断る権利”がないことを示していた。

「任せてよ」











スキップを踏みそうなほどに軽快な足取りの彼に引っ張られていく私の足は、重たいと言うほどではないけれど、気後れしてしまい鈍かった。


玄関を出て、裏庭と呼んでいる車庫がある方角。海側ではない森林側へと引っ張られて行く。
今の時間はちょうど屋敷が日差しを遮り大きく影が伸びていた。

潮風が屋敷を避けて様子をうかがいに来ると、邪魔するように木々の枝が大きく揺れて、光の斑点がパラパラと屋敷の影に溢れる。
長い時間、影になっているだろう位置に、客間にあるロココ調のシングルチェアが一脚置かれていた。
同じ部屋から連れてこられたと分かる、引き出しの中は空っぽのままにしてあるために飾り棚と呼ぶに相応しい、部屋全体のバランスを考えて置かれていただけの腰くらいの高さの細いチェストがあった。
客間の椅子から正面に2人分弱ほど空けて置かれている。
その上に霧吹き、ハサミ、櫛、など髪を切るのに必要だと思われるものが並べられていた。

「ようこそ、島村美容室へ」

敬々しく、お姫様でもエスコートするような紳士的な振る舞いをする彼に促されて、椅子に座った。

「全部アナタが用意したの?」

急に改まった物言いをする彼がこそばゆい。

「もちろんです。・・・今日は、毛先を揃えるくらいでよろしかったでしょうか?」

くすぐったくて肩をすぼめて私は震えた。

「では、首にタオルを巻きますので、苦しかったらおっしゃってください。・・失礼します」

空っぽなはずのローチェストの一番下から新品のスポーツタオルを取り出した。
そんなことくらいで、私は魔法を目にしたように思えた。

「苦しくないですか?」

彼の手が、慣れているんだよ、と言うように私の首に絶妙な力加減でタオルを巻きつけた。
私は口は一文字に結んで擽ったさに堪えながら、彼の声には微笑むことでしか返事できない。
首に巻かれたタオルから新品の香り。

そうだわ。

確か、いただき物のタオルセット。
まだ取り替えるには早いとバスルームの脱衣棚に仕舞っていたものだ、と思い出した。

「前を失礼いたします」

同じ引き出しから取り出されたのは、ビニール素材と思われるケープだった。
いったい屋敷のどこに美容室で使われるようなケープがあったのだろう?

私はあっという間にてるてる坊主のように、すっぽりと椅子ごと首から上だけを残して包み込まれた。

「暑い?」

包まれたところで、ふと”いつもの彼”が顔を見せた。

「大丈夫よ」

いつもの彼に、固くむすでいた唇が解ける。

「よかった、暑くなったら言って」

ケープをうなじよりも低い部分で留めた彼は、再び”島村美容室”の美容師となって、チェストの上にあった櫛で髪をときはじめた。











外されたカチューシャは、チェストの一番上の引き出しに宝石商のような勿体ぶった手つきでしまわれた。
彼が手にしているガラス瓶タイプの霧吹きは見覚えがある。
見覚えがあったけれど、どうして屋敷にそれがあるのか深く考えたことはなかった。

霧吹きのシュッシュッと言う音が気持ち良い。
濡れていく毛先を支える彼の手は触れてはいないけれど、優しいことがわかる。


肩甲骨にかかるかどうかの長さで、肩にあたって右側に流れて跳ねる癖がある以外、何も特別なことのないストレートの、私の、・・・髪。



霧吹きから離れた手が、チェストの上に並べられていた鋭く光るシルバーの髪切りバサミに届く。

「大丈夫だよ」

私の視線の動きを読んでか、彼がわざわざ耳元まで近づけた唇でささやいた。

「切りすぎたりなんてないし、不恰好にガタガタになったりもないから」

ジョーの自信満々な声に、切りすぎたり、下手すぎてガタガタな髪になってもいいような気分になった。
そうなったら見兼ねた博士が、きっと”新しい髪”に取り替えてくれるだろう。

「お客さま、僕の”腕”を信用してください」

心を読まれてしまったみたいだ。
ケープに包まれて首から上だけの存在になっている私は、真面目な顔で深くうなづいた。

「フランソワーズ、リラックス、リラックス・・・ね?」

ハサミを持っていない方の手で私の肩を撫でた。
ケープの中で大人しく固まっている両手両足は1mmと動いていないのも、気づかれた?
ふうっと胸に溜めていた息を吐き出して、初めて背もたれがある椅子だったことを思い出す。

「3cm・・いや、もう少し切った方がいいみたいだ、ですね」

シャキっとした音は、ハサミの切れ味の良さを表す良い音だった。



櫛で整えながら長さを図る。

彼の手の動きに迷いはないと、ハサミが刻むリズムでわかる。
さすがにプロの美容師のようなハサミの動きではないけれど、”プロ”の美容師がどんなふうにハサミを運ばせていたのか、思い出せない。

動かないで下さい、と言われたので、固定されてしまった視界に映る面白くもなんともない見慣れた森林と左端に映る車庫にはすぐに飽きた。

鏡があれば、髪を切る彼の様子をじぃっと観察できたのに。
これだけの準備を整えてくれていながら、姿見は用意してくれていないなんて、わざとだろうか?
チェストの上を躯を動かさずに視線だけで何度か確認してみたけれど、そこに鏡は置かれてはいなかった。


ーーー切り終わってからの、お楽しみってこと?






時間が経つにつれて次第に風の入らないケープの中に熱が篭もり始める。
熱を逃そうとしてちょっと躯を揺らして両手でケープを少し浮かせて風を通すように試みた。

「失礼します」

彼は敏感に私の動きに反応する。
手にしていたハサミと櫛を、チェストの上に置いてさっとケープを外す。落ちた髪を払うために外しました、というパフォーマンスをつけてくれた。

バサっ!と彼がなびかせた、ケープ。の、音と一緒に、突然、雷が耳元で落ちたような音量で蝉が鳴き始めた。
追いかけてくるように、波の音。
近くの国道を通る車のエンジン音も、遠心力に似合った強弱をつけて聞こえ始める。

ずっと朝から耳にしていた、慣れたBGMが、今のいままで忘れていた。

私は自分が思っていた以上に緊張していたようだ。

強く吹いた潮風がとても気持ち良い。
両手を上げて、躯をほぐすように伸びをした。






「ジョー?」

”終了”の声を聞いていないので、まだ終わっていない。と、思う。

「?」

ケープをかけなおしてくれるどころか、いつの間にか彼の気配が背後から消えていた。
固定されて疲れた腰を鳴らすようにひねって振り返る。
彼の姿はそこになく、ぽつり。と、椅子に座って首にタオルを巻いた私だけだった。
使われていたケープは椅子の背に遠慮がちにひっかけられている。

「え?・・・なんでいないの?」

椅子から立ち上がろうとして、久しぶりに伸ばした膝が言うことをきかなくて、情けないことに少しよろけた。

「フランソワーズ!」

その姿をバッチリ彼に見られてしまった。
手にしていたグラスが大きく揺れる。けれど、そこは彼らしく、中身の液体をこぼしてしまうような事は起きなかった。

「・・黙っていなくなるんて、びっくりするわ」

彼が戻ってきてくれたことで、よろけた躯のまま椅子に座った。
早足に近づいきたジョーが私の正面に立って、腰を曲げて顔を覗き込んでくる。

「ごめん、ごめん・・・暑かっただろうと思ってさ」

今朝、私が作って冷蔵庫にいれていおいたレモネードが彼の手にあった。

「はい、どうぞ」

私が用意すればアイスキューブとミントの葉に、輪切りのレモンの端っこに切り目を入れてグラスにひっかける。
ストローも忘れず一緒に。

「ありがとう」

手渡されたグラスは、ちゃんと冷たかったけれど、シンプルな薄い黄色の液体だけだった。











私が飲めなかった分を、彼が引き受けてくれた。
狭いチェストの上に空っぽのグラスが加えられる。

「気分転換に、前髪も少し短くしてみませんか?」

休憩終了。と、再びケープに包まれたときに、彼は秘密めいた声で、誰にも聞かれないように注意を払う姿勢でささやいた。

渇いてしまった髪に霧吹きを吹きつけられている間に、考えた。
蝉の鳴き声が増えた気がする。

「少しってどれくらい?」
「瞼がはっきりと見えて、時折眉も覗けるくらいがいいと思います」

今の長さは、二重のラインにぴったりと合っている。眉は前髪を掻き上げない限り、お披露目する機会はない。
シャキっとした音が聞こえ始めたので、ハサミが動き始めたと分かった。




シャキっ、ミーンミンミン・・・シャキっ、ミーンミンミンミン・・・

ザザー・・ミーンミンミン・・・シャキっザザー・・ミンミンミーン・・・。


パッパー・・と、クラクション。





「お任せします」
「じゃあ、・・切ろう」

太陽が移動して、屋敷の影の形が変わっていく。
だんだん影の部分が狭くなってきて、明暗のラインがハッキリ引く線が近づいていた。

私の正面に、とは言いがたい斜め前に立った彼が、残りすくなくった霧吹きの中の水を確認するように振ってみせた。

「水が顔にかかります」
「はい」

そう言いながらも、前髪をそっと手に取り、極力水がかからないように配慮してくれる。

「切っている間は目は閉じておいて下さい。危ないですから」
「はい」

冷たい霧がジョーの手をくぐりぬけ、風にのって降り注ぐ。
私は閉じた瞼の上にかかった霧だけを意識した。

後ろの髪をといてくれた時よりも慎重で、ゆっくりとした動きで櫛が上下する。
濡れた前髪から滴る雫で頬が濡れると、彼はどこからか取り出したハンカチを顔に押し当てて拭ってくれた。

いったいこのハンカチはいつのものだろう?


しっかり彼の臭いが染み付いたハンカチは、ジーンズに入れっぱなしだったのではないの?と不安になる。
ハンカチをいれていたジーンズを洗ったのは、いつだっただろう。

そんなことを考えているうちに、前髪は短くなっていく。


私はジョーに髪を切られることに、慣れ始めていた。
ゆっくりとしたハサミの動きを瞼越しに感じて薄く瞼を押し上げてみる。
震える細い視界に真剣な彼の顔がアップで滲んでいた。
ときおりシャキっと音を鳴らす光る線が邪魔をする。

落ちていく毛先が頬や目尻にひっついて、チクチクと刺さって微妙に頬がひきつった。

「・・・」

シャキっと一刀が入ると、櫛が2回、慎重に上から下へと流れ、その後には必ず彼の小指がさっと落ちた髪を払い、ハンカチが風を作った。
チクチクとした不快感に気づいてくれた彼の細やかさに、私は微笑まずにはいられない。

「笑わないで、動かれると危ないです」
「ご、・・ごめんなさい」

定規を当てたような正確さで進んでいくハサミがゴールを迎えたとき、彼はほおっと深い深い息を吐き出した。
下ろしていた瞼を上げようとすると、まだ待って。の声がかかり、少しだけ我慢する。
顔に切り落とした髪がかかっていないかを丁寧にチェックされて、もう一回ハンカチが顔を覆った。

「お疲れ様でした」

私が目を開けるのとほぼ同時だった。

「終わったの?」

せっかく目を開けたのに、視界に彼を捕らえることはかなわなかった。
彼はさっと私の後ろ側に移動して、後ろ髪に数回櫛を通した後、ケープを外し、首に巻いていたタオルも、間を開けずに外してくれた。

「うん」

くるくるっと適当に丸めたタオルとケープを、無造作に地面に落としてしまう。
もう用はない。と言わんばかりに。
そうした動きと、前髪にハサミを入れるたびに顔を拭ってくれた彼が同一人物であることがとても不思議。

「どうかな?」

ジョーがチェストの2段目の引き出しを開けて取り出したのは、バスルームに置いてある、私のではない”誰か”の手鏡だった。
面を伏せて渡されたそれを、私は胸に抱いた。

「緊張するわ」

手鏡から離れた彼の手が私の首周りを撫でるように、切った髪を払ってくれている。
今日は襟ぐりの大きく開いたワンビースだったので、カットには向いていたのだろうけれど、あまり直接触れらたことがないから、別の意味で緊張が重なった。

彼の手を払うように肩を上下に動かした。
スムーズに動いて凝りは感じない。


私は一度空を仰いだ。
首も肩と同じように凝ってはいないようだ。


私の反応が気になる様子だけれど、彼は素知らぬフリを装ってチェストの上に置いていたものを、手鏡を入れていた2段目の引き出しにしまい始めている。


椅子から立ち上がって屋敷の影から大きく一歩、跳ねるように飛び出した。そして、胸に抱いている手鏡を、そうっと覗き込む。

恥ずかしそうに笑っている、髪が短くなった私が映っている。
肩に乗るか乗らないかの長さは予想以上に切られていた。


こんなに短くしたのは、初めて。
記憶にない、短さだった。




「忘れ物だよ」

外されていれたカチューシャを手に追いかけてきた彼が、手鏡を持っているせいで手がふさがっている私のために、飾りなおしてくれた。

「似合っていて?」

鏡から視線をあげる。
超が3つ並ぶほどゴキゲンなジョーがいた。

「似合ってないわけがないよ」

鏡に映る私の前髪は、こめかみが見えるくらいに短くなって角度によって眉が見える。

「前髪は?」

私はそんな前髪をつまんでみせた。


「前よりもずっといいよ。もちろん、前のキミだって素敵だったさ・・」


彼は言葉を続ける。
私は短くなった髪の、いつもと違う自分でいることを徐々に実感してきたらしく、恥ずかしさが足の裏から沸騰し初めていた。


「素敵だったけれど、今はもっともっと・・・・」


この感覚は、買ったばかりの服を着て、ジョーの前でファッションショーをしているときに、近いようで、似ていない。


「もっと、なあに?」


もっと、もっと・・と、繰り返しながら、力いっぱいに私を抱きしめた。


「最高に可愛いよ!」
















end.









**ジョーはオールマイティーに器用なんです、な感じ。**
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