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バイバイ/一方通行な、正義。

例年よりも遅く、パリにも夏がやってきた。
乾いた石畳に跳ねる日差し。
セーヌ河を自慢のカメラを片手に進んでいく観光客にむけて、にこやかに愛想を振る子供たち。
夜の浅い日が始まり、開放的になった道へと大きくせり出したオープンテーブルに明かりが灯るころには、子供たちは遠い夢の世界を飛び回っている時間。

真夏の夜の夢からの招待状を丁寧にお断りしたのは、初舞台を踏んだ日だとフランソワーズは記憶している。
夜の社交界へのエスコート役は、もちろん・・フランソワーズの兄、ジャンだった。





傾けた常温のワインを冷たく感じる喉が、コクリ、コクリと気持よさそうに音を立てることを抑えられない。
解放的な雰囲気のせいか、頬を寄せてささやき合う声が少しづつ大きくなって、一石投じられた泉のごとく時間の経過とともに広まっていった。
隣りのレストランとの境目がわからないほどにテーブルとテーブルの間の会話が馴染み始めたころには、楽しい夜は明け始める。
太陽の光に露にされた目の下の濃くなったラインを気にしながら、帰宅を急ぐ女性たちが微笑ましい。



パリの夏は往々にして忙しい。

そんな忙しい合間を縫って兄から届いたディナーの招待に、お気に入りの薄紫色ベースの小花模様が散ったワンビースでお洒落したフランソワーズは、周りから兄離れができない女の子と観られて当然だった。

ジャンは、きっと兄離れできないでいる妹を思う良き兄、と思われているだろう。
もう彼を”シスコン”と揶揄する人はいない。
なぜなら、彼には夏の夜には欠かせないパートナーとなるべき女性がいるのだから。


フランソワーズはその背中にブラコンのレッテルを貼りつけても、どうせ”大人”にはなれない容姿なのだから。と、開き直ったネがティブ評価を自分に与えてしまう。
今のフランソワーズのこころがそういう状態だから、仕方がない。




「日本へ?」


ジャンが招待してくれた「FIOLA」は、親子4代続く、・・・最近、5代目候補の誕生に賑わう地元密着型のレストランだった。


「うん・・・最後に”診て”もらってから大分経つもの。・・・・とても心配してくださっているし・・そろそろかなって思ってるわ」


予約した客のみがオーダーできる、牡蠣のパイ詰めオゼイユソースがテーブルにやってきたタイミングでフランソワーズは切り出した。


「別になんともないんだろう?」


ジャンがエヴァとの婚約を公にしてからは、何かとすれ違う日々が多くなってきた、兄妹。
このタイミングで久しぶりにとる兄と二人きりのディナーは、フランソワーズにとって恵まれたチャンスだった。


「前にも説明したでしょう?・・・そろそろかな、って思うのよ」


男ばかりが寄り集まるテーブルから投げかけられる視線に、警戒しつつも自慢の妹を見せびらかすような得意げな表情だったジャンの顔が、レストランの陽気な雰囲気に似合わないテレビドラマの探偵役のような、凛々しく引き締まった真面目な表情を載せる。


「だから、・・・カラダは・・その、病気っていうか、故障・・・・・っていうのか、そういう問題があるわけじゃないのに、必要なのか?」


フランソワーズとよく似た亜麻色を短く刈った髪が、セーヌ河から抜けた風に揺れる。
河の流れが、切れ目のない声と声を縫い合わせるように埋めていく。


「健康診断ってあるでしょう?それと同じなの。・・ただアタシを診ていただけるお医者様が、ギルモア博士だけで、日本にいらっしゃるってこと」


フランソワーズは努めて明るく振舞う。


「わかる、けど・・。なあ、・・それならオレも一緒に行くっていうのは?」
「ええ?!どうして?アタシはもう”保護者”が必要な子どもじゃないわ!」


クスクスと心からおかしそうに笑ってみせた。
日本へ行く”目的”が健康診断だけだと言わんばかりの口ぶりで。


「・・・その、ムッシュ・ギルモアやお前の”仲間”って人たちに一度きちんと挨拶しないといけないってずっと思っていたからさ」


兄の取り皿にオゼイユソースの香り豊かなパイ包みの牡蠣を取り分けながら、フランソワーズは笑顔を絶やすことなく首をはっきりとした意思を持って左右に降った。


「・・・エヴァがいるじゃないの、彼女を一人にするつもり?」
「”が”じゃなくて、エヴァ”も”だよ、フランソワーズ」
「あら、ごめんなさい!」
「彼女は日本になら喜んで行くさ、バカロレア前1年(高校2年)のときに交換留学生で2ヶ月ほど、ォッカイドーに居たって聞いたろ?」
「”ほっかいどう”よ、兄さん、”北海道!”ほっ!”HO!”」
「・・・うるさい!」


上手く日本の地名を発音できず、歳離れた妹から小さい子のように言い直しを促されてしまったジャンは男として少し傷ついた。


「・・・兄さん、エヴァの体調はどう?」
「ああ、夏風邪っぽいらしいんだ」
「・・・・・風邪?・・・それなら、今夜はキャンセルでもかまわなかったのに」
「心配ないよ。お前が気を使ったり、伝染したら申し訳ないっていうだけさ」


苦笑交じりのため息は、今夜ここへ来る前に一悶着あった様子を伺わせる。
本来なら、今夜はエヴァも同席しているはずだったのだ。
週の半分はエヴァのアパルトマンで過ごすようになったジャンに、彼女は何かとフランソワーズに気遣い心配する。


「兄さん、エヴァは・・・・、本当に夏風邪?」
「ん?」


妹に分けてもらった牡蠣の香りを楽しんだところで、首を傾けた。


「ううん、・・・なんでもないわ!」
「風邪だろう?熱っぽいらしいし」


風邪意外の可能性を、ジャンは婚約者にたいして思い浮かばないらしい。


「・・・・そんな、エヴァを一人にしておいて私とディナーなんて・・・愛想をつかされても知らないわよ?」


年齢もそれなりに達した婚約者の妹に対する気遣いとしては、過剰だと思われるエヴァの気遣い。それは、フランソワーズが”行方不明”となっていた過去が原因であることは明らかだった。


「行けって言ったのはエヴァだし、ここの予約も彼女だし・・せっかくだし、なあ?」


ジャンとエヴァが知り合ったきっかけがフランソワーズが行方不明になったからだったとも、言える。


「まあ!なんて不精なフィアンセなのかしら!アタシはいったい誰の妹なのかわからなくなるわ!!」


エヴァの父親も、フランソワーズのようにある日突然、姿を消してしまい消息不明のまま今にいたっている。
二人が出会ったのは、”行方不明者”を身内に持つ家族の情報交換会だった。


「アイツはこの時期いっつも体調を崩すんだ。明日くらいにシプリアン(エヴァの従兄弟の開業医)のところへ行くし、お前とのディナーをキャンセルしたってことの方が逆に愛想をつかされる!」


怖い怖い!とおどけたジャンの、フランソワーズよりもグレイがかった瞳が幸せそうに細められた。


「エヴァは・・・本当に優しい人よね」


無意識にこぼれた言葉の中に意図しない刺が含まれてしまい、フランソワーズの頬がかすかに引きつった。


「彼女は”ちゃんと”お前と”腹を割った”家族になりたいんだよ、それだけさ」


兄はそんな妹のこころを読み取り、気にはしない。フランソワーズのことは世界中の誰よりも理解していると自負している。


「・・・・そっか・・」


流されてしまった刺に、安心しながらも寂しさを感じるのはなんだろうか。
フランソワーズはワインを一気に煽って、グラスを空けた。
先ほどからワインばかりが進み、彼女の皿の上のナイフとフォークは置物のようにキラキラとテーブルの上のロウソクに照らされている。


「フランソワーズ、だから、さ。やっぱり・・まだダメ、か?嫌か?・・その、・・エヴァもフランソワーズの家族なんだから、さ」


妹の空いたグラスに注ぎ足しながら、手にしているボトルと同じものをウェイターに頼んだ。


「ねえ、兄さん・・・・・、」
「んー?」
「私はエヴァに”家族”だからこそ話さない、話したくないの。本当なら、兄さんにだって・・知られたくなかったわ。できるなら、誰にも知って欲しくなんてない、・・危険だから」
「フランソワーズ・・」


兄の困ったときの眉毛の下げ方が、フランソワーズに日本にいる”彼”を思い出させた。


「もちろん、兄さんはそうやって”隠される”ことが一番嫌だっていうことを知っていて言ってるのよ?ごめんなさいね!」


思い出したせいで自然とした微笑みがこぼれてしまったフランソワーズの、テーブルについてやっと見せた”本物の笑顔”に、ジャンは困惑の表情を露にする。


「・・・それで、いつ発つつもりで、向うにどれくらいの間、居るんだ?」


以前は彼の眉毛の下げ方に、兄をみていたのに。と、日本にいる人を目裏に浮かばせた。


「どれくらいかかるか・・まだわからないの。博士に診ていただいてからじゃないと・・状態によって長くなったり、短くなったりよ!出発は、”近々”としかまだ言えないわ!」


どうしても重くなりがちな内容を、明るく努めて何事もないことのように話す妹の姿が愛おしい。
聞き出したいことはエッフェル塔よりも高く積み上がっているが、無作為に踏み込むことができないでいる。ジャン。


「なんだそれは?」
「なにせ、”秘密の”戦闘集団ですもの♪その辺りは男の人の方がよおおおく理解できるんじゃなくて?ね?」


今度は、自分の意思で”居なくなって”しまうのではないか、と恐れて。

帰ってきた最愛の妹に以前と変わらない接し方ができていないと、毎日のように婚約者の胸の中で嘆いていた。
やっと取り返した最愛の妹を壊れ物を扱うような状態である自分に、どうにか突破口を見つけようと右往左往とする日々。

愛おしく思えば思うほど、大切であればあるほどに、ジャンはフランソワーズを意識し過ぎた。
そんなことも、これから”一緒に”過ごす時間が解決してくれると、信じている。


「・・・食べろよ、フランソワーズ、せっかくの料理が覚めてしまうぞ?」


すべてを妹のグラスについだ後のワインボトルの軽さがジャンの手に残っていた。

今の自分と妹との関係のようで怖くなる。
ジャンは新しくウェイターの手で栓が抜かれた、白ワインのボトルを見つめる。


「美味しい!」


ジャンにすすめられてから、やっとフランソワーズの皿の上で置物となっていたナイフとフォークが動き出す。
ワインボトルから視線を離して、ジャンも握りこんでいただけで動かしていなかったフォークにささっていた牡蠣を口に放り込んだ。


「そういえば、お前、いつの間にそんなに”飲める”ようになったんだ?」
「兄さんがご馳走してくれるんでしょう?それなら遠慮しないに決まってるじゃない、それだけよ!!」



ーーーそれだけ、よ。


「酔っ払っても安心だもの♪」
「程々にしとけよ!」


飲めるようになった理由。


「ふふふ♪」


そして、一緒にいなかった時間の間に培われた兄が知らない”自分”に触れられたくなくて、フランソワーズはひたすら楽しそうに振る舞い、笑い続けた。


「次は肉だっけか?」
「ね、コースで予約したの?・・・デザートは追加できるのかしら?」


笑っていられる日々がある。
兄の前で、傍で。


「・・・全部食べ終わった後で考えてくれないか?」
「はーい♪でも、追加するわね?ダメなら帰りにチョコレート買ってね?」


愛するパリで。
・・・それももうすぐ、終わるのね。














***


兄妹水入らずのディナーの翌々日。
フランソワーズが昼食用のフォカッチャサンドをオーダーしているときに、エヴァの”夏風邪”の正体が”もう一人の家族”だと言う報らせ受け取った。
エヴァのかかりつけの医者から直接聞いたのだから、間違いないんだ!と興奮しきったジャンの声に、フランソワーズは笑う。


「家族が増えるんだぞっ!フランソワーズっ!!」


「ただの夏風邪で、この時期はいつもそうなんだ」と、言いながらも心配でホームドクターのところまで一緒に出向いていたジャンにたしいてフランソワーズは明るく笑う。


「おめでとうっ兄さん!」


祝いの言葉を口にしながら、頭の端っこで浮かんだ文字を読む。


ーーージャンの家族は私だけじゃない、私、意外にも存在する。



喜ぶべきことなのに。
胸を突き上げる悲しみに飲まれないよう兄をからかい声だけで上手に笑った。
ジャンのはしゃぎぶりに相反してフランソワーズの心は冷たく凍っていく。
今日は夏一番の最高気温を記録するだろうと言われているのに、フランソワーズの躯は寒さに震えていた。


ーーー今ここを離れたら、・・・・。


使い終わった空き瓶のような、”妹が居た”という形だけしか残らなくなってしまわないか。














『来るべくして、そうなるべくして、・・時がきたから事は起きたのよ』


オーダーしたフォカッチャサンドは、タンドリーチキンとフレッシュなレタスにトマト、そしてすりつぶしたカレーペースとがマッチした、フランソワーズのお気に入りランチ、ベスト5入りする一品。

持ち帰ったそれをキッチンに置いて食べないまま、私室へと向かった。
ベッド下に隠していた箱のいくつかを取り出して、ダイニングとリビンがひとつになった部屋に戻ってくると、買い足した椅子のために二人用のテーブルが、ちょっと狭い三人用に姿を変えている、その上に置いた。

部屋から一緒に持ちだしたペンと2枚のカード。
一つは、可愛らしいウサギのイラストがゆりかごに乗って飛び出すようになっていた。


住み慣れたアパルトマンに戻ってきて以来ずっと座り続けた椅子に浅く坐り、スラスラと新しい命を宿したエヴァへ祝福の言葉を紙の上に走らせる。
淀みなく走るペン先を見下ろす青は、冬の湖の底のように冷たい色に見える。



「あとは、兄さんに・・・」

2枚目のカードはジャンに当てて。
それはカードではなくレターセットに書き留めるべきだと思うけれど、簡潔に書くために敢えてカードを選んだ。


フランソワーズがお茶に誘われた先月の終わりにエヴァと会った時、医者よりも、本人であるエヴァよりも、誰よりも早くサイボーグ003であるがゆえに、その耳と目の性能の良さで気づき、準備を進めてきた。

今度は、それらを実行するだけ。



自分が引いた線(ルール)に従わなければいけない。



私室として使っていた部屋はすでに整理されていた。

常に”そうなるだろう”予測が頭から離れず、私物が困るほどに増えるということは起きなかった。
日本に送るための荷造りも終えている。あとはジョーがメールで教えてくれた住所に郵送するだけになっている。

ジャンには言っていなかったけれど、フランソワーズは身動きが取りやすようにと、失踪する以前のようなバレエ学校には通っていなかった。
レッスン生にはならずに一般公開型のオープンクラスのみの受講だけを続けていた。
それはバレエ経験者が、躯を動かすためのエクササイズ程度のクラス。
バレエを再開することを”当然”のことと思い込んでいた兄への、妹が整えた精一杯の誠意ある”形”。

バレエを愛しているからこそ、サイボーグ化した躯で踊ることに抵抗がある。
その思いを兄に吐露することはできなかった。


もう、”私だけ”の兄ではない。
エヴァという存在に加えて、兄にはもう一つ、守らなければならない存在ができたのだから。






パリ滞在中に選んだ仕事は英語、フランス語、日本語、ドイツ語をメインにした翻訳。
フリーではなく専門の事務所に所属しないかと誘われたことは何度かあったが、フリーでいることを貫いた。


”切り”が良いように。
”跡”を残さないように。

ジャンが婚約パーティを開く計画をフランソワーズに打ち明けた日から、軌道に乗り始めたせっかくの仕事量を減らしていった。
エヴァの中に育まれた存在を知ってからは一身上の都合のためと新規の依頼は引き受けていない。
引き受けていた仕事を畳み掛けるように終わらせていったフランソワーズだけれども、2,3日本へ持っていかなければならなくなった仕事がある。
上手くスケジュール調整をつけられなかった自分の甘さにため息が出るけれど、やり取りはすべて電子メールで済ませられるので、パリでこなしていた時と大差がなく、日本での生活に影響はない。










『ジョー?

私のこと、忘れちゃったなんてないわよね?

フランソワーズです!!


ふふふ、そんなに驚かないでよ!・・・元気?

・・ええ、とっても元気よ!ジョーは?

そう、みんなは?変りなくて?



ふふ、電話なんて久しぶりね!いつもメールだものね!!

それでね、報告があって。



心配しないで、そういうことじゃないのよ。

それでね、・・・今週末の便でそちらに戻ることにしたの。

え?
急すぎるって・・みんないつもそうでしょう?

何もないわよ?
何も、本当によ、毎日とっても楽しいわ!!

手頃なチケットが手に入ったからなのよ。
それに・・早い方がいいでしょう?・・・私だけずっとだったし・・・。
体調?いいわよ、何も問題なく過ごしているわ。

そういうことなので博士にお伝えしておいてください。
それから、いくつか荷物を送りたいの、その手配で相談があって、え?・・元気よ!もちろん!!

もうっ!

大丈夫、本当に、本当!
本当によ、本当に、本当の本当なんだから!!

ジョーってば、いつからそんな心配性になっちゃったの?






そうだわ、聞いて!ジョー、ねえ、私ってばとうとう”おばさん”になるのよ!

そうなの!

結婚はしてないわよ?
でも婚約はしてるもの。

なにかおかしいかしら?





お祝い?

いいのよ、気にしないでちょうだい!
まだ”どっち”かわからないのですもの。


空港まで迎えに来てくれるの?
忙しいのじゃなくて?

一人で大丈夫よ、子どもじゃないもの!
予定があるなら、そちらを優先してちょうだい。

もっ!タクシーくらい乗れるわよっ!!
・・・・それで、本当にジョーがいいのなら、・・だけど・・。

ええ、そうね。

わかったわ。
うん。

フライト便はメールで知らせるわね、ええ。


・・・イワンは?
今は夜なの?

起きたときにビックリしてくれるかしら?イワンだもの、ふふふ♪

きっと”もうすでに”わかっているわよ、きっと。


荷物の量は・・ダンボールに2つくらいなんだけれど、重量?
今はわからないわ。

あとで一緒にメールしていいかしら?

・・・ええ、ありがとう。

うん。


博士に、みんな(日本滞在組)によろしくね。




ええ、・・・・。


大丈夫よ、本当に。


ええ、・・ええ・・・。





ご報告するような事なんてありません、009!

ふふふっ・・どうしちゃったの?


アナタの携帯の電話番号?
邸の電話じゃダメなの?・・・あ、そうね!

空港での話しね!

知っていると思うけれど、・・・メールで送ってくれる?
ありがとう。


要件はそれだけなの、・・・それじゃあ、おやすm・・・あら?

こっちは”おやすみなさい”だけれど、日本はお昼なのよね?



じゃあ、こんにちは?ふふふ


また、メールで。



ええ、



ありがとう、ジョー・・・。




もうっ!本当に何にもないってば!!


切るわよ?



いい?




もーっっっ!!!



じゃあ、一二の、三でっ!




いくわよ?

一二の・・・・・三!



・・・・・・・?


・・・切ってないじゃないーっ!!!ふふふっもうっ!大丈夫よっ!

そんなに心配なら、加速装置で迎えに来てくれる?


え?ドルフィンを?!

そんなっもうっ冗談よっ!!



冗談です!

じゃあね!ジョーっ

チケットはあるの!ドルフィンは結構ですっ!!

じゃあね!!本当に切っちゃうんから!!』




















”帰って来られた”だけでもラッキーだと思わなくちゃ。
ジャンの傍で暮らせた、”妹”でいられた、前と代わりのない生活を過ごせたのだから。

帰ってくる前に、自分で引いた線(ルール)を変更することはできない。
これくらいのことで、いちいち変更していたら、アタシは003として生きてはいけないだろう。



「・・・あ・・」

何度も下書きして決めた文章を、カードの上で間違えてしまった。


ーーーBGの存在を感じたら。


「あれ、ぇえ・・?」

滲んでよく手元が見えていないせいだ。


ーーージャンの短かにいる人間が、誰かが”違い”に気づく兆しをみつけたら。


「・・わかっていたことじゃないの」

こぼれた温かな涙が、カードの上に落ちて、滲む。


ーーー兄さんがが結婚、もしくは・・・”幸せになれる”女性が現れたら。


「やだわ・・」

滲みを消そうと、手で擦ってしまい、水性だったペンは汚れて広がった。


ーーーエヴァに知られたら。


「・・・ちゃんと、何度もシュミレーションしてたじゃない、”最後”を」

フランソワーズは浅く腰かけていた椅子から立ち上がった。



ーーー二人に、ジャンに、”新しい家族”が、子どもが、できたら。


「ちゃんと、パリに戻ってくる前に・・っ・・・決めたじゃないっっ!!!!!」




ーーー泣く必要なんてないのよっ!



握っていたペンをテーブルに叩きつけるように置いた。
目の前にある失敗したカードをビリビリと破く。
散っていく汚れたカードがフラフラとフランソワーズの周りを優雅に舞う。

舞い落ちる紙片を無視でも払うかのように腕を動かすとテーブルの上に置いていた、ジャンとエヴァ、二人の”赤ちゃん”へのプレゼントが、耳を塞ぎたくなる音を立ててテーブルから落ちた。
フローリングの床に跳ねて、形を崩した箱が、涙でさらに歪んでみえる。

残響が止んだ一瞬の静寂の後に、揺れた華奢な肩。


「ぅああああああああああああああああああああああああああっっっnああああっああああああああああああああああああああっっっs!!!」



吸い込んだ息の量に見合わない、吠えるようにあげた声が部屋に響いた。










引いた線(ルール)は、すべて愛する人のため。
大好きなジャンの幸せの、ため。

妹である、私ができること。

守ること。




ジャンの、私の、新しい家族を、守る、こと。













だから。




「あああああああああああああああああっっああっっあああああああああああああああああああああああああああああああっっっわああああああああああああっあああっああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!」」








フランソワーズは泣けるだけ、泣いた。
声も躯もカラカラに干からびた蝉のようになるまで・・・・。











***


ジャンには何も言わなかった。
フランソワーズは初めから出発する日を言うつもりはなかった。
悟られないように、注意して”いつも通りに”出発の日の週末までを過ごす。


空港から、ジャンへと電話をいれた。
それがジャンの声を聴く、会話する最後のチャンス。

何度も描き直したメッセージもちゃんと、プレゼントと一緒においてきたけれど。




「allo?」


スピードダイヤルを押す手が震えている。


「兄さん、フランソワーズです」


耳に届いたのは、フランソワーズが望んでいた主が応答できないようなので要件があれば録音を求める、という機械でつくられたメッセージだった。
瞳の奥が熱くなる。


「急なんだけれど、・・・今から日本へ発ちます。」


フランソワーズが乗るべきフライト便のアナウンスが流れる声をBGMにして話しだした。


声が震えだす。
ぐっと力を入れて、耐えた。


「部屋は片付けておいたわ。いつでもベビールームに改装出来る状態よ。・・・リビングにね、エヴァと赤ちゃんへのプレゼントを置いておいたの、喜んでくれると嬉しいな」


録音できる時間は何秒くらいだったか。


「兄さんは、絶対に女の子って決めていたけれど、私は甥っ子希望よ!・・・・楽しみね、・・予定日は春ごろよね?・・それでね、・もしも、よ、もしも、女の子だったなら、・・・・・・・・」


乗り込みゲートに並ぶ列が、スムーズに進んでいいく。


「・・・じゃあ・・ね、兄さん。・・・・バイバイ」


パスポートと航空券を求められたので、携帯電話を切った。
飛行機に乗り込む寸前に、見つけたトラッシュボックスへともう使う予定がないので携帯電話を捨てた。
ちゃんと、裏のメモリカードとバッテリーを抜いてから。




















もしも、



もしも、・・・・女の子だったら。



ママンと同じ名前の

「フランシーヌ」と、つけてあげて欲しいな。








私が叶えたかった、夢を・・・お願いしていいかしら?



















***

就寝につく前にジョーは必ずメールチェックを怠らない。
その”メール”チェックは必ず地下研究所のコンピュータを使用する。

メールフォルダに、受信の文字が点滅していた。
アドレスをチェックして、一番に開いた内容を確認する。

添付ファイルになっていた写真には、おかっぱの亜麻色の髪に、大きなピンクのリボンを頭の上に”乗せた”こぼれ落ちそうなほど大きなブルーグレイの瞳の女の子が、”4”とかたどった大きなロウソクを目の前にして笑っていた。

写真のロウソクにはまだ吹き消されずに火が点っているにもかかわらず、頬にはすでにケーキのクリームがついている。



ーーー”おばさん”そっくり!


ジョーはニンマリと頬を高くしながら、文面へと視線を移した。




『Cher Monsieur ジョー、

フランシーヌにお祝いのメッセージとプレゼントをありがとう。
フランソワーズからも、届きました。

相変わらず”住所不定”の名前だけです。
まったく誰に似たのだか・・・困ったものです。

妹は元気でしょうか?
フランシーヌは毎日着々とフランソワーズに似てきていて、エヴァはアルヌール家の遺伝力に毎日振り回されていますよ。
ジョーの苦労は、私が一番よくわかると思う!が口癖になりそうです。

そんなエヴァですが、フランシーヌにバレエを習わせると張り切っています。
初めてフランソワーズがバレエ教室から帰ってきた日の興奮に高揚した顔を娘に重ね、今から楽しみです。

フランソワーズは、まだ踊りませんか?
再び、妹が舞台に立つ日を、願ってやみません。

その日がくれば、きっと彼女のこころは私たち家族と一緒に過ごす強さを持ってくれるでしょう。
私たちはこれからもずっと待っています。


がんこで融通のきかない妹を、どうかよろしく

A bientot(また近いうちに)
ジャン・アルヌール』




ジョーはゆっくりと二回読み返してから添付ファイルの写真を専用のフォルダに保存した。















end.















*ジョーとジャンとのやり取りは”京都旅行”編の後から始まりました。&フランソワーズはときおり兄家族の情報をこっそりイワンから聞いています。*
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コメント
切ないですね
ジェロさん物に続いて、思わす読んでしまいました。

もう、ちょー切ないです。フランちゃんがいじらしくて。
きっと、日本に帰るの電話をジョーにしたときから、ジョーはフランの様子が変なことに気が付いていたんでしょうね。肝心なところは気がつかないジョー君ですけど、この人、辛いんじゃないかなとか言うのは先回りして必要以上に感じてしまう人ですものね。(だから、女性問題が多発するのだ!)

でも、最後のメールで救われました。さすが、ACHIKOさまです!
フランシーヌはきっと美人になりますよね。リボンを乗っけた頭が、目に浮かびます。ジャンは絶対親バカですよね。添付写真をみてるジョーの顔はきっと、にやけてるでしょうね。(ああ、だから地下のコンピューターなのかしら?)

いつも感心するんですがACHIKOさまの食べ物の描写がすごくうまいこと!カレー味ペーストのチキンのフォカッチャ、牡蠣、そして大地君シリーズで出てくるさまざまなケーキたち。ギルモア邸での食事などなど。
ついつい食べたくなってしまうじゃないですか!!てなとこで、今日の夕食は牡蠣グラタンに決定!!
ありがとうございましたあっ(=^u^=)
2011/09/26 Mon| URL | ogityarina [ edit ]
こんにちは。
「もじもじ」では少な目な「切ない」ですが、今後増えていきそうな予感・・なお話でした。

ジョーは、おっしゃる通り何かおかしいと気づいていたと思います。
肝心なところとは・・・”恋”ごころですよねー!本当に、そのこところはすっぽりと抜けているジョーです。
自分なんかを好きになってくれる人はいない、と思い込んでいるのでしょうか・・・。
うーん、勿体無い(笑)

ここのジョーとジャンの仲は良好のようです。
多分、ここのジャンとジョーは似た者同士なのかも・・・。
フランソワーズを大切に思う気持ちでピッタリ息が合う感じがしています。
はい、ジャンは親ばかです(笑)ジャン一家のみ、という妄想文も書いてみたいですね。
いつか親子3人で日本へ遊びに来て欲しいなあ・・・と思い始めています。
このコメントを書きながら、思い始めました!(笑)

ご飯描写、美味しそうに感じていただけてよかった~!
食いしん坊なので(笑)リサーチは欠かさず!です。料理本を立ち読みしたり・・・。だからといって料理ができるわけではないんですよ・・・( ・´ω・`)

牡蠣グラタン、食べたことないですーっ!いいなあ、美味しそう!!
牡蠣で美味しかったなあ・・と思ったのは、牡蠣のお好み焼きです。

楽しいコメントありがとうございました。
2011/10/06 Thu| URL | ACHIKO [ edit ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/12/09 Mon| | [ edit ]
コメントをありがとうございました。
S_さん、はじめまして。
こちらの方へ遊びに来てくださってありがとうございます。
お返事が大変遅くなりまして、申し訳ありませんでしたm(_ _)m

CD93の方もご覧くださったんですかΣ(・∀・;) ありがとうございます!
のんび〜ぃりしたブログ・サイトになってしまってますが、またお時間のあるときにでも遊びに来てくださいね(^^♪
2014/05/16 Fri| URL | ACHIKO [ edit ]
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