RSSリーダー
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
Day by Day・21
(21)

この邸で徹夜をして朝を迎えない限り、ジェロニモよりも早く邸のキッチンに立つ者はいなかった。
ジェロニモは朝一番にコップ一杯の水を飲んだ後に、日本茶を淹れる。
少し濃いめに淹れるのが、彼好みだ。

「?」

キッチンシンクに昨日の夜のものとは思えない水滴。
珈琲サーバーの電源は切られていたが、そこにはまだ暖かい珈琲が残っている。

「・・・・行ったのか。しっかり前にすすめ、フランソワーズ。」

コンロにかけたポットがひゅううっと鳴り始めたところで、火を止めた。

「ったく、一言くらい挨拶して出かけやがれっ!!」
「痕跡を残さないように、バスと電車を使うって決めたじゃないか。ここからだと、かなり時間がかかるんだよ?・・・2人は気を遣ってくれたんだよ、朝早いから・・・ジェットは絶対に起きられない時間だしね」
「起きられなくてもよ~、起きてたぜ?絶対」
「・・・・徹夜?」
「おう!・・・今日はお前も徹夜になるぞ?」
「・・・・(なんだかよくわからないけど)昼寝しておくよ」

「・・・うむ。イワンも一緒に出かけたようじゃのう」
「イワンは連れて行かないって言っていた、姫だったんだがなぁ」
「009だな、説得させたんだろ003を」
「我が輩としては・・・だな、別なことで3人で出かけて欲しかったなぁ・・・絵になるぞお」
「信じて待ってるアルね・・・きっと笑顔で帰ってくるネ」


ドアのインターホンに取り付けられているチャイムが鳴る。


アランは、フランソワーズが腕に抱く赤ん坊など存在しないかのように乱暴に腕を伸ばして、愛しい女性を抱き寄せようとしたが、その腕は見事にジョーによって丁寧に払いのけられた。

「・・・彼女は赤ん坊を抱いているんです、無茶しないでください」

フランソワーズとの包容を邪魔されて、アランは鋭くジョーを睨みつけたが、ジョーの発した”赤ん坊”と言う言葉に冷たいものがアランの胸に流れ落ちた。

ドアを開けた時に、飛び込んできた美しいき思い人の姿は、今、ジョーの背中に隠れてしまってアランはその姿を確認することができない位置にいる。

アランは慌てて2人を、いや3人を部屋に入ることを促した。


セミ・スイートの部屋に設えられたリビングの、躯が沈み込みすぎる白緑色のソファに緊張と不安が入り交じった面持ちで座るフランソワーズの隣に、ジョーは座る。
今はジョーの腕にイワンは抱かれている。
そんな3人を真正面から見たアラン。だが、それは一瞬のことで、今は彼の眼が、全身が、フランソワーズただ1人に向けられていた。彼の視線はフランソワーズの足下からゆっくりと舐めるように観察する。
もうすでに、”赤ん坊”のイワンの存在も、ジョーの存在さえも彼の目に入っていない。

サイボーグになった自分を見る研究者から投げかけられた、物のように”実験体”を見る視線。
フランソワーズがサイボーグだと知った人間の好奇と、恐れが入り交じった”人でないもの”を見る視線。
そのどちらもフランソワーズの胸を苦しめ、逃げ出したい衝動に駆られたが、アランのその視線は・・・それ以上にフランソワーズの胸を痛め、追い込んでいく。

「・・・まず、これをお返ししておきます。」

ジョーはイワンに注意しながら、テーブルの上に受け取った手紙とチケットが入った封筒を置いた。
アランはジョーの言葉も、その封筒さえも反応を示さなかっった。

「改めて、彼女の名前は・・”マリー”です。あなたが仰る女性とは、関係ありません」
「・・・・・嘘はいい、彼女はフランソワーズだよ」

ジョーの言葉に返事を返したが、その視線は”マリー”であるフランソワーズに注がれたままだった。

「・・・何を根拠に?」
「見れば、わかる!!!!」
「あなたの仰る、”フランソワーズ”の年令を考えてみてください・・・現実ではあり得ない」
「私を馬鹿にするなっ!」

アランはジョーに殴りかからんばかりに、その身を乗り出した。

「落ち着いてください・・・あなたがそこまで言うのなら、何か証拠を提示してもらえませんか?僕は”マリー”のそばにずっと居るんです。あなたの言うフランソワーズでないことは、いくらでも僕が証明してみせます。けれど、あなたは彼女が”フランソワーズ”だと言い張り、彼女を怖がらせてばかりだ」
「怖がらせる?」

荒くなった呼吸を整えながらフランソワーズの目の前に座り直し、自分をじっとりと鉄を溶かすような赤黒い炎を込めた目で見る壮年の男が放つ、媚びるような視線に混じる、ねっとりとした隠しきれない男の欲望を含んだ熱気。に、フランソワーズの背に悪寒が走る。思わずフランソワーズは隣に座るジョーの腕に手を伸ばし、そのシャツを握りしめた。

「フランソワーズが、私を怖がるわけがないじゃないか?私たちはパートナーなんだよ?お互いを信頼し合って初めてできる難しいパ・トゥ・ドゥなどをこなしてきたんだ。それに、Mr.シマムラ・・・君が何者かわからないが・・・私よりも君の方がよっぽど・・・彼女を怖がらせているんじゃないか?」
「どういう意味です?」
「人前に堂々と出られる・・・とは言い難い、みたいだね?」
「調べたんですか?」
「全て、フランソワーズのためだ。悪いが・・・私は君が彼女と一緒にいるのが不満だよっ」

アランはジョーの腕のシャツを握っているフランソワーズの手を睨み付けた。
その視線は、銃で撃たれたかのように熱い痛みをフランソワーズの手に残したが、それでも彼女は手を離さなかった。

「僕の生まれや育ちが悪いと・・・仰るんですか?」
「君は、彼女に良い影響を与えるとは思えない。そして・・・似合わないよ・・・相応しくないね、君のような人間はっ」
「似合う、似合わないで・・・勝手に他人の交友関係に口を挟まないで欲しいですね」
「・・・フランソワーズと、どこでどう出会ったのか知らないが・・・ああ、同じ学校だったね?嘘はいいから・・・。そんなすぐわかるような嘘をついてしまう理由って言うのも、興味ないからね。もう十分だろう?君にはさ。とにかく、もういいよ、君のような人とこれ以上一緒に居ても、フランソワーズのために何もならないからね、今日からは彼女は私と一緒に行動するから」

ジョーはその瞳の奥で瞬時に009として、アランの言葉の端々から感じる何かに反応した。が、腕の中でもぞもぞ動き、ジョーの注意を引いたイワンのテレパスが頭に流れ込む。

<心配ナイ、009。彼ハ君ノ事ヲ 簡単ニ調ベタ結果、003トノ接点ト 君ガ電話デ 話シテイタ事ノ 矛盾ニ気ガツイタ ソレダケダ。>

ジョーはイワンの言葉に頷くかわりに、彼の背中をそっと撫でた。

「どういう意味ですか?」
「そのままだよ、フランソワーズは私と一緒にツアーをまわってフランスへ帰るんだ」
「誰が決めたんですか?」
「もちろん、私だよ?ああ、ジャンに連絡しないとね?」
「・・・・・・・・ジャン」
「そうだよ!!君の兄さんのジャンだよ!懐かしいだろう?」

フランソワーズがようやくジャンの名前を出したアランの言葉に反応した。
彼女からの反応があったことに喜びを隠せないのか、勢いに乗ってアランはフランソワーズに話しかけようとした。が、フランソワーズの一言でアランは次の言葉を飲み込んでしまう。

「知りません」

アランは目を見開いてフランソワーズを見つめた。

「ジャンと言う方がどなたなのか・・・私には兄はいません。いないんです。・・・・なぜ、なぜ、私はあなたと一緒に行動しなければいけないのです?意味がわかりません。・・・・あなたと、その”フランソワーズ”はどのような関係だったんですか?バレエのパートナーだったんですよね?・・・・今、彼女があなたのそばにいないのは、彼女があなたのそばにいたくない理由があるからじゃないですか?」

グレートに言われたことを、忠実に守りながら言葉を紡いでいく。
あくまでも”マリー”として、フランソワーズの情報をできるだけ得ること。フランソワーズと”マリー”としての自分の接点を出さないように会話を進めること。そして、出来る限りジョーを通して話すこと、だったが
アランはジョーの何を調べたのか、彼は完全にジョーを見下した態度で会話する。そのアランの態度がフランソワーズは腹立たしかった。こうも人を軽く視ることができるのだろうか?アランはそんな人間であったのだろうか?と、フランソワーズが知るアランを思い出そうとする。

<人ハ 時間ノ流レノ中 デ いくらデモ 変ワルンダ。彼ハ、モウふらんそわーずガ 知ッテイル時ノママノ彼デハ イラレナカッタンダ。人ガ人ヲ変エルンダ。僕タチハ沢山見テキタハズダヨ? ソウヤッテ”変ワッテシマッタ”人間タチヲ>
<イワン・・・> 

フランソワーズはアランを間近で見た瞬間に、彼女自身の瞳で理解した40年の時の重み、と、流れ。
アランはその顔に、フランソワーズがよく知るアランの面影を残しつつも、彼ではなかった。
ポスターに載っていたアランの写真をみつけたとき、バレエ公演の舞台に彼が立ったとき、そのどちらもアランであったが、フランソワーズの胸に突き上げた衝撃と哀しみ、自分が人でない姿でこの世にいる憔悴感に、彼女の思考は過去に絡め取られて、今現在のアランを見ていなかった。

環境が人を変える。

イワンのテレパスで送られた彼の言葉から、流れ込んでくる003として出会った人々との記憶。

人が、人によって変わっていく。
人が、人によって変えられていく。

B.Gとの戦いの中で、いきすぎた科学力に、その悪魔のような兵器に魅入られた人たち、その家族。そしてそれらによって翻弄され、自分を見失った人。失った時間、失った人としての躯。

人は変わる。

アランも例外ではない。
そして、フランソワーズも・・・。

同じ空でも、違う青。
同じフランソワーズでも、彼女はアランの知る過去のフランソワーズとは別人である。

同じ海でも、違う青。
同じアランでも、彼はフランソワーズの知る過去のアランではなく別人であった。


「ああ、フランソワーズ、可哀相に・・・知らないふりや、嘘をつく必要はないんだよ?やつらに何をされたかしらないが、私はちっとも気にしてないよ?私たちはちょっとした気持ちのすれ違いはあったけれども、お互いを理解して愛し合っていたじゃないか?」
「・・・・やつらって誰ですか?」

ジョーにたいする態度とは180度変えて、アランはフランソワーズに話しかけるが、ジョーは彼の言葉に食いついていくために、アランはジョーを疎ましく思い始めていた。

「君が一番よく知ってるんじゃないのかっっ!!・・・まったく、嘘ばかりついて、本当にろくでもないな、君たちは!!いい加減にしてくれっっ」
「僕が・・・よく知ってる?・・・いったい何の話です?」
「ウルサイな!!私はフランソワーズと話していたんだっっ!黙っていろ!自分が加わっている組織だろっっ」
「!!」
「何の組織だとおっしゃるの?」

ジョーの言葉を取り合わないアランに、フランソワーズが改めてアランに聞き返した。

「・・・・・・・フランソワーズ、君が・・・君を連れ去ったやつらだよ・・・すまない・・・本当にすまなかった・・・・私には何も力がなくて、君を見つけ出すことも、何もできなかった・・・やっと掴んだのは、君を連れ去ったやつらが”ブラックゴースト・死の商人”と呼ばれる、とてつもない大きな組織だったってことだ・・・私は何も知らなかったんだ、まさかあの時に話した相手が・・・」
「・・・・・話した、相手?」
「そうさ、あの日・・・・・偶然に、話しただけさ」
「・・・誰とお話なさったの?」
「あいつらさっっっ」

憎々しげに吐き捨てた言葉、そしてアランはその視線をジョーに向けて睨み付けた。

「・・・・・」

ジョーはただ、黙ってアランの視線を受け止める。
何か、ジョーたちが思っていた、予想していたこととは違う糸が見え始めていた。

<・・・・・・ジョー>

フランソワーズはアランのジョーにたいする態度が気になり、脳波通信で話しかけた。

<気にすることないよ、ろくでもない生まれで・・・人に偉そうにいえるような事をしてきてない人間だっていうのも、本当だしね・・・・・>
<そんな・・・そんな風に言わないで・・・・・>
<僕のことはいいから、話しを進めて・・・僕が彼から聞き出すことは無理みたいだから>
<・・・・>
<続けるんだ>

ジョーに背中を押され、フランソワーズはアランに話を促すように言葉をかけた。

「あの・・・、私がモルディエさんが仰るフランソワーズにとても似ていて、モルディエさんが、私のことをフランソワーズだと思われてしまうほどの・・・何かとても辛いことがおありだったのでしょう?これも何かの御縁ですし、言葉にされた方が気持ちも楽になると思いますわ・・・私を、その・・・私をフランソワーズだと思って頂いてもけっこうです・・・今だけなら・・・ですから、よろしければ、話して下さいますか?いったい・・・何があったのか・・・・」
「フランソワーズ・・・そんな言い方しないでくれ」
「・・・・私は、フランソワーズではありません」
「・・・何かを忘れてしまっているのかな?」
「・・・・」
「ああ、きっとそうだね?哀しいことや辛いことがあると、記憶も混乱するだろうしね?・・・いいよ。君が訊きたいのなら、全部私が知っている限りを話してあげよう・・・それで君が満足して、きっと私と一緒にフランスへ帰る気になってくれると思うからね」
「・・・・・フランスへ?」
「そう!!!君の愛するフランスへだ!何も変わってない。君の住んでいたアパルトマンも、部屋もそのままにしてあるんだよっ君がいつでも帰ってこられるように・・・ジャンがそうやって待っているんだから」
「・・・・・・!!」
「さて・・・どこから話そうか・・・」

ーーージャンが、兄さんが待っているの?・・・・私の帰りを、ずうっと?・・・ずうっと待っていてくれているの?あの、あのアパルトマンで、あの部屋で?

ジョーはフランソワーズの動揺を見逃さなかった。
腕に抱いていたイワンを膝の上に乗せて片腕で支える。そして、空いたもう片方の腕で自分のシャツを握っていたはずの、今は力無くだらりと膝の上に置かれた白い手を、強く握った。

冷たくなった手に、震える指先。

アランはジョーの手がフランソワーズの手を取っていることに気がつかない。
ぶつぶつ、と視線をテーブルに落として考え込んでいる。

なにをどこから、どのようにフランソワーズに話そうか考えている様子だった。が、そんな姿がどこかジョーの目に異常に映っていた。

<イワン・・・彼は・・>
<・・・ドコカの配線ガ狂ッテイルカラコソ、人ガ考エツカナイコト ヲ 思イツイテ 行動デキル・・・トテモ彼ハ、真っ直グデ、自分ニ正直ダヨ。何モ疑ッテナインダヨ、自分ヲ。彼は自分ノ世界ヲ持ッテイル。芸術家ダネ、本物ノ>
<・・・・・僕には、理解できないな>
<009ニ、芸術ヘノ理解ヲ求メルツモリハ ナイヨ>

フランソワーズはジョーに握られた手を見つめて、その温もりに甘えてしまいそうになる自分の気持ちを叱咤し、一瞬。ほんの一瞬だけその手を自分から握りかえしてから、ジョーの手から自分の手を離した。
ジョーは何ごとも無かったように、またその手をイワンへと戻す。

「あの日から、ずーっと君の誤解を解く時間がなくてイライラしたまま、つい飲み過ぎてしまってね・・・」

フランソワーズとジョーの手が離れてから数秒後に、アランは視線をフランソワーズに戻して話し始めた。

「そう、・・・君がちゃんと私の話を訊いてくれなくってね・・・疲れていたんだね?あの時は・・・・私も気がつかなくて、悪かったよ・・・・、機嫌が悪いと意地っ張りな君は、もっと意地っ張りになって頑固で、本当に困ったよ・・・」

アランは嬉しそうに、くすくす と笑い出した。
昔の彼がそうだったように、彼の癖のある笑い方は、眉を下げ、目尻が上がった緑がかった瞳は明るかった。

ーーー・・・アラン・・・・・・・・・

今、やっと・・・目の前にいる彼が、フランソワーズの記憶にある彼と重なって見えた。


####

フランソワーズ、君も私と同じ気持ちであると、絶対的に自身を持っていた。
プロのダンサーを諦めて、大学へ進学を決めてからも君は踊ることを辞めなかった。
私のパートナーとして舞台に立ち続ける君を、私以外の人間がどうして理解できるだろうか?
君がアメリカのバレエ団の奨学金試験を受けると訊いたとき、私はひとつも驚きやしなかったんだ。
君が踊ることを諦めていないことは、私が一番良く知っていたからね。

でも、どうしてアメリカなのさ?
なぜ私の居る、フランスで踊らないんだ?
私とのパートナーを解消する?

どうしてだい?


こんなにも息が合った踊りを。
こんなにも気持ちが通じ合った私たちを。


君は、私の手を離れては踊れないはずだよ?


私の手を離してはいけないんだよ?


君は、私以外の人間と踊ることはできないんだよ?


君の翼は私が居て初めて風に乗ることができるんだよ?


君がアメリカで踊るなら、私もアメリカへ行かないといけないじゃないか?


行く必要ないじゃないか、アメリカなんて。


私がフランスに、ここに居るのに・・・・何を考えているだい?


さあ、考えを改めて・・・私の元へ来るんだ、フランソワーズ。


君の気持ちも、私の気持ちも一つ。



「・・・・・・・アラン、ごめんなさい、今は。今は私・・・あなたの気持ちに答えることが出来ないわ」

何を言って居るんだい?
私の気持ちに答えるだって?
そんな必要ないよ、ちゃんと私はわかっているんだから。
君が私にたいして、どう想っているか・・・。簡単なことだよ、私も同じ気持ちなんだからさ。

「踊りたいの・・・自分の可能性を広げたいの・・・・だから私はアメリカを選んだのよ。誰も私のことを知らない、新しい世界で踊りたいのっ!・・・・だから、今はあなたのことを・・・そういう風には考えられないし・・・今後パートナーを組むことも、考え直したいの・・・。新しい環境に身を置いて、もう一度バレエをやり直したしたのよ」
「フランソワーズ、君の気持ちはわかっているよ。アメリカのバレエ界は今からだ。今からどんどん伸びてくるからね・・・でも、それと僕の気持ちとは関係ないよ?・・・ずっと君を想っていた・・・これからもだよ、君がアメリカに行ってしまうのは辛いけれど、離れていても僕たちなら大丈夫だよね。すぐに僕もアメリカへ追いかけるから」

バレエスクールは、夏のサマースクールの公開準備に追われて、3日間ほどの休校になっていた。
教室は自主練習の生徒のために開けられていたが、夏休みの”おまけ”のようなこの3日間は、公演スケジュールがないオフ・シーズンの時期だけに、ほとんどの生徒は自主練習を自主休暇にして夏の終わりを惜しむ。今、スクール内はゲストとして海外公演に出かける予定のダンサーたちに、警備員・・・そして留学を控えたフランソワーズ。

トウが床を打つ音やピアノ、手拍子にかけ声、いつも絶え間なく聞こえてくる厳しい声に、少女達の囁き。などが消えてしった人の気配がないクラスや廊下。大きなスクールなだけに、フランソワーズは静まりかえったスクールに響く自分の息と、トウの音。時折壁に取り付けられたバーが古くなったのか、軋む。
大きなガラス窓から差し込む真夏の太陽は、油がひかれた床に照りつけて室内の気温を上げる。
鏡に反射する陽をよけながら、鏡の中で自分の姿勢を入念にチェックしていく。
バーレッスンを初めてまだ1時間と経っていなかったが、すでに彼女の来ているレオタードは汗に濡れていた。

フランソワーズは1人、留学準備に追われながらも必ずスクールにやって来る。
レッスンが入っていないクラスルームでバーレッスンに励み、アメリカに着いても変わりなく踊れるように自分を高めていく。

フランソワーズがバーから離れ、床に置いた水とタオルを手に小休憩を挟んだとき、彼女の先輩にあたり、今ではスクールで幼年部を教えているミレーヌがクラスルームに顔を出した。

「まあっフランソワーズ、今日も来ていたの?」
「こんにちは、ミレーヌ・・・ええ、本当はサボっちゃおうかと思ったんだけど、落ち着かなくって」
「あんまり無理すると、大切な留学前に倒れちゃうわよ?」
「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
「ね、隣のクラスルーム使って良いかしら?今日は特に暑いんだもの・・・風通しの良い部屋に移りたいの」
「どうぞご自由に!1時間ごとに部屋を変えても、誰も文句言わないわよっ」
「あはは、それもそうよね!ね、終わったら一緒にちょっとお茶しない?まだ話しだけなんだけれど、私もちょっとアメリカにご用ができそうなのよ?」
「?!本当に?」
「詳しいことは後でね?いい?誰にも言わないでよ、まだ話しだけなんだから!」
「ええ、もちろんっ」
「じゃ、隣にいるから終わったら声をかけてね」
「ええ、ミレーヌ。後でね」

フランソワーズは水を一口、渇いた喉に含ませた。

窓から見える大通りを挟んだ向かい側は教会があり、広々とした敷地内は一般に開放されていた。
道を彩る生命力溢れる木々を揺らす緑風。

窓を開けてレッスンに励んでいたミレーヌの耳に大通りを歩く人々のたわいない会話に、笑い声が聞こえてくる。時おり、子どもたちの笑い声が夏の香りを乗せた涼やかな風とともにクラスルームを駆け抜けた・・・いつもの穏やかな夏の午後に、フランソワーズの悲鳴が聞こえた。

ミレーヌとすれ違いざまにフランソワーズのクラスルームに入っていったのは、彼女のパートナーだった、アラン。
ミレーヌは教室から飛び出して、隣のフランソワーズが居る教室のドアを勢いよく開ける。彼女の目に飛び込んできた2人の光景に、ミレーヌはガラスが割れんばかりの悲鳴を上げて、先ほどまで彼女が一緒にレッスンをしていたダンサー達の元へと駆け込んだ。

アランは、ミレーヌの声に弾かれたように顔を上げてドアを見る。
堅いトウシューズが、立てることがない音を立てながら廊下を走り行く。

ーーー人が来る?

アランはドアから視線はフランソワーズへと戻す。

床に倒れ込んだ自分とフランソワーズ。
自分の腕が組み敷いたフランソワーズは顔中を涙で濡らしながら、弱々しく否定の言葉を呪文のように繰り返している。じっと、冷静にそんなフランソワーズを見る。

「?」

何度も踊りの中で、彼女の体を支え、抱き上げてきたか・・・・・。
彼女の体の隅々まで、ぼくは知っていたはずなのに。

彼女が足を上げるときの癖。
腕の伸ばすときの視線。

ぼくと彼女の呼吸が ぴたり と合った瞬間に、会場から大きな拍手が波のように襲ってくる。


フランソワーズ、君はこんなに華奢だったんだね。
ぼくの腕の中にすっぽりと納まってしまったよ?
君の香りがいつもより強く感じる。
室内にばかりいるから・・・なんて綺麗な白なんだろう、君の肌は。

子ウサギのように震えて。
大丈夫。ぼくの気持ちは知っているだろう?
ぼくと君は最高のパートナーなんだ。

舞台の上でも、そしてこれらかの未来も。


フランソワーズ。

ぼくの
   フランソワーズ。
私の


私は、何か間違ったことをしたかい?
いいや・・・ただちょっと君が緊張していただけだよね?
想いはひとつ。
離ればなれになる淋しさを・・・君は受け止めてくれるよね?


・・・・・何を、そんなに震えているんだい?

なんで泣いて・・・?

怖がらなくてもいいだよ、ぼくに任せて?

・・・・・・・こんなに愛してるのに!!

悲鳴を上げるなんて・・・・!

これじゃあまるで、ぼくは・・・・・ぼくは!!!!!!!!



アランは、震えるフランソワーズを抱きしめたとき、その肩を強い力で捕まれ、2、3人のダンサーと警備員によってフランソワーズから引きはがされた。
ミレーヌはすぐにフランソワーズに駆け寄り、彼女を抱きしめる。

「大丈夫よ!もう大丈夫・・・・もう、大丈夫よ・・・・・」

震える彼女をしっかりと腕に抱きしめて、泣きじゃくる彼女を慰める姿を最後に、アランはスクールから去ることになった。

それから2日後。
彼はバレエスクールに個人的に呼びだされ、未遂であったこと。フランソワーズ側から通報しないと言うことから、彼自身の今後のことを考えて、バレエスクールから”自主退学”を要求した。
彼の言葉は誰にも届かず、自主退学の書類にサインをさせられた。


=====22 へ 続 く

モルちゃん(アランのコトです・・笑)とフランソワーズの過去が始まりました・・・。
えっと、9はちょっと楽屋で待機です。
凹んでる様子です・・・モルちゃんに色々言われたので。

ま、いいじゃないか。
たまには!
・・・とか言いながら
早く現代に戻りたい・・・(笑)
web拍手 by FC2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。