RSSリーダー
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
Day by Day・23
(23)

本格的な春の訪れを告げるように、温かな空気がギルモア邸を包む中、フランソワーズはキッチンに立ち、珈琲サーバーに残った珈琲を空いたマグに淹れてから、リビングに置かれたままだったいくつかのカップを、のろのろと洗い始めた。
昨日、アランと会っていたことを夢のことのように感じつつ・・・彼女の中で、またひとつ過去が思い出になり、そのページが閉じられる。再びそのページを開くとき、優しい思い出としてフランソワーズのこころを温めてくれることを信じるしかなかった。

「・・・さようなら、アラン・・・・・ちゃんとあなたに言わないといけないわよね?」

まだ、やるべきことは残っている。けれども今、彼女は別れの言葉を口にした。

イワンが力を使った後、アランはそのまま意識を失った。
彼を寝室へと運び、ホテルのフロントに電話を入れ、ルームサービスを届けるように頼んだ。
アランが目覚めたとき、すべてが新しく始まるはずである。

フランソワーズは自分の瞳でを確認したかった。
アランの新しい人生を見送るために。そして、彼女が自分の失った人としての人生を・・・・。

「・・・・ちゃんと、あなたに言いに行くわ・・・絶対に」

泡立てたスポンジから、レモンの香りが彼女に届く。
カップが微かにぶつかる音。
フランスは硬水のために、手が荒れてしまい勝ちだったフランソワーズは、いつも手袋をはめて食器洗いをしていたことを不意に思い出した。日本は軟水のために、フランスほど手荒れの心配はないらしいが、フランソワーズの手は水で荒れるようなことはない。

「嬉しいような、哀しいような・・・ね」

「なにが?」

ビクンっと躯を跳ねさせながら、フランソワーズは振り返ってキッチンの入り口を見つめた。
ジョーが、申し訳なさそうに立っていた。

「ごめん・・・珈琲、もうない?」
「・・・あ、残っていたのを、こっちに淹れたの・・・冷めてるから、レンジで温めなおすわ」

フランソワーズは泡のついた手を水で流し、引き出しを開け、ラップを取り出してカップにかける。レンジにの中にカップを置き、タイマーをセットする。
「30秒くらい・・・かしら?」
「完全に冷めてた?」
「いいえ、・・・人肌くらいには温かかったわ」
「・・・・じゃあ、それくらいだと思う」

ピ。と電子音が鳴り、レンジ内がオレンジ色のライトを光らせてカップをまわし、温める。

「・・・・すごいわよね」
「レンジが?」
「ええ。ビックリしたもの・・・初めて見たとき」
「・・・・・そう」
「ジョーが生まれたときには、電子レンジはもうあったのかしら?」
「高級品だったけどね」
「・・・・・そうなの」
「よかったんだね?」
「え?」

フランソワーズは、ジョーの言葉が何を意図して言るのか読み取れずに、ジョーをみた。

「・・・・・ちゃんと、キミから訊きたい。これで、本当に良かったんだね?」
「・・・ジョー・・・」

真っ直ぐに、ジョーはフランソワーズの空色の瞳を見つめた。

「キミは、これで・・・全部終わったと思う?」
「・・・・」
「俺は思わない」
「・・・・・・」
「・・・・・お兄さんのこと」
「・・・え?」
「キミは思い出せた?・・・お兄さんの声を」
「・・・・ええ。イワンのお陰で、イワンのテレパスを通して・・・アランが覚えていたジャンの声。ジョーも聴いたでしょ?」
「本当に?」
「?」
「・・・・・本当に、あれはキミが聴きたかったお兄さんの声だった?」
「ジョー・・・」
「今も、思い出せる?キミが聴きたかったお兄さんの声」
「・・・・・思い出せないわ、イワンを通して聴いたのは、ジャンの声だって・・・わかったの。でも、わかっただけだったわ・・・・人の記憶も曖昧ね?・・・きっとアランが聴いた兄の声と、私が聞き続けていた声とは少し違うのかもしれないわ・・・でも、同じなのよ、きっと。」

ジョーはフランソワーズに近づいて、より強く彼女の瞳を見つめる。

「会いたいなら、早いほうが良い」
「?!」
「時間は、待っていてくれないよ・・・会いたいなら、怖がる必要はない。会いに行くべきだと思う・・・・アランは言っていただろ?・・・・・キミの兄さんは、今でも同じアパルトマンでキミの還りを待っている。って」
「・・・・嘘かもしれないわ」
「彼が嘘をついているようにみえた?」

フランソワーズの顔をのぞき込むような仕草をする、ジョー。

「・・・・」
「もう一度言うよ。時間は流れ続けるだけで、待っていてはくれないんだ。会いたい気持ちが少しでもあるんだったっら、迷う必要はない。会いに行くべきだよ・・・・後悔しないうちに。彼が・・・生きてるうちに」
「あ・・・・」

空色の瞳に浮き上がってきたそれを、彼女はジョーから顔を逸らして堪えた。

ピーー。と、タイマー終了を知らせる音がキッチンに響く。
ジョーはレンジの扉を開けて、熱くなったカップを平気で手に持った。

「便利だけど、哀しいね・・・。フランソワーズ、躯はサイボーグかもしれないけれど、こころは、キミの兄さんが愛したファンションのままだよ・・・」

「・・・・・ありがとう」

ジョーはカップを手にキッチンから出たが、引き返し、顔だけキッチン内をのぞき込むようにしてフランソワーズを見た。

「会いに行く気持ちが固まったら、言って欲しい。あと・・・・礼なら昨日の夜に言ってくれたから、いいよ、もう」
「?」

ジョーが去り、フランソワーズは再びシンクの中のカップを洗い始めた。

ーーー昨日の夜?・・・私、お礼をジョーに言ったかしら・・・?

服は昨日のままではあったけれども、きちんと自室で朝を迎えていた。
久し振りに深く眠れたような、スッキリした目覚めだった。
とても、幸せな夢を見ていた気がするが、いったいどんな夢を見ていたのかフランソワーズは思い出せなかった。

####

2階の廊下で、自室から出てきたピュンマとすれ違う。

「・・・調子悪いの?・・・ジョー」
「・・・?」
「・・・まあ、色々あったせいもあるんだろうけど、さあ・・・」
「・・・・そうだね」
「ゆっくり休んだ方がいいよ・・・珈琲じゃない方がよくない?」
「・・・・いや、今はこれがいいから」
「ふうん」

ジョーは廊下を曲がり、最奥にある自室へと入っていった。

「なんかあったら呼んでよ!」

ピュンマの言葉を耳にしつつ、ジョーはドアを閉め、珈琲が入ったカップをサイドテーブルに置き、躯を仰向けにしてベッドの上に倒れ込んだ。

聞き間違いかもしれない。


はっきりとは聞こえなかった。
”ありがとう”という礼の言葉はしっかりと聞こえたが、問題はその前の単語だった。
彼女は、寝言で自分の名前を呼んだ。
そして、部屋を出て最後に聞こえた言葉は”ありがとう”との間に、彼女は言った。

ーーー・・・・・好・・・・き・・・・・・・・・・・・

彼女を想う。
胸が焼かれるように痛み出す。

彼女の髪の感触を
彼女の肩の震えを
彼女の腕の柔らかさを
彼女の指先の繊細さを
彼女の頬の温かさを
彼女の唇の甘さを

フランソワーズを想う。
痛みの後に襲う・・・恋しさ。愛おしさ。

頬を流れ落ちる熱。
濃くなったアンバー色の瞳が、開け放たれたカーテンの陽の光よって、瞳を覆った熱が光る。

天井を見上げるが、涙で濁った視界はただの白い固まりにしか見えない。
両腕で顔を覆う。

真っ暗な闇。
胸に溜まった、焼けこげた息を吐き出す。
補助脳が壊れたかのように繰り返し、繰り返し、フランソワーズの声を再生する。

数十分後、部屋から穏やかな寝息が聞こえ始め、サイドテーブルに置かれた珈琲は飲まれることなく、冷たい黒い液体となった。

ーーー好き?・・・・って言ったんだ・・よ・・・ね?

####

日が長くなりつつあることを感じながら、リビングのカーテンが閉められて電気が灯る。
リビングでは、夜の時間のイワンがベビーベッドに寝かされて、ジェットがソファに寝ころび雑誌をパラパラとめくり、ピュンマがノートパソコンを開き、なにやら一所懸命に画面を睨む。アルベルトが単行本を読み、グレートは特番の”可愛いペット大集合!”を観ている。ジェロニモは、新しく拾ってきた木片を手に、テレビに映る玉乗りする猫に複雑な表情を浮かべ、博士の声に反応した。

「ジョーはどうしたんじゃ?」

キッチンでは帳大人とフランソワーズが夕食の準備をしている。地下から上がってくる途中で2人に声をかけたギルモアなので、確認済みだった。

「部屋にいるみたいですよ、博士」

ピュンマは画面から目を離さずに答えた。

「ふむ・・・何かと忙しかったしのう、どこか不調を言っとらんかったか?」

全員に尋ねるようにギルモアは言ったとき、ピュンマ以外のメンバーはそれぞれに”聴いてません”と反応を見せた。
彼は報告した方がいいのかどうか迷ったが、もし”本当”に調子が悪ければ、素直に自分から博士に相談しているだろうと思い、余計な心配をさせるのもどうか?と考えて黙っていた。

「もうすぐメシだしよっ、オレがちょっと呼んでくるぜ」
「いや・・・、時間が来たら降りてくるじゃろ」
「今、行ってくるぜ!」

ジェットは躯に反動を付けて上半身を起こし、足早にリビングを出て行った。

「人の話を訊くってのは、犬や猫でもできるんだけどなぁ」

画面に映る子犬たちの初めての”お手”の練習風景を観ながら、グレートは呆れたように言う。

「訓練が必要。」
「幼少時に躾られるもんじゃないのか?」

ふんっと鼻を鳴らして、アルベルトが呟く。

「・・・次回のメンテナンスで、補助脳にでも”人の話を訊く”とインプットしなきゃならんかのう・・・」

冗談とも本気とも取れる博士の言葉に、その場にいた1人を覗いて全員が目を丸くした。

「博士、どうせやるなら”完璧”に改造しなおしてください」

アルベルトは本気で訴えた。

####

ジェットは階段を駆け上がり、自分の部屋を過ぎて廊下を曲がる。最奥ピュンマの隣に位置するジョーの部屋前に立ち、乱暴にノックした。

「お~~~~っい、ジョー!メシだぜっ」

右手で休みなくドアをノックし続けながら、大声でジョーを呼ぶ。

「おおおおおいってばよっ!ジョー!!!いねえのかよっ!」

短気なジェットは、ダンっとドアを1発、強めに叩いてから「入んぞ!」と、部屋主の返事も聴かずにドアを開けた。

電気が付けられてない暗い部屋。
開けられたカーテン。
夜の色に染まった窓。
ヒンヤリとしたフローリングの床。
ジェットはの耳に聞こえるのは、一定のリズムを正確に刻む寝息。

「・・・・・寝てんのかよ」

ジェットはルームライトに手を伸ばしかけたが、その手を自慢の赤毛に移動させてくしゃくしゃと髪を掻きむしる。短く息を吐いてベッドに近づき、寝ているジョーを見下ろした。
ジョーは横向けに躯をくの字に曲げて、膝を抱え込むように丸く、小さくなって眠っていた。

ジェットは、こういう体制で眠る子どもたちを多く観てきた。

ジェットがNYで暮らしていた頃。道ばたで生活する子どもたち、ジェットが自分のチームで保護した子どもたちは、みんな「母親の胎内に戻りたい」と、訴えているかのように、躯を小さく、小さく、丸めながら膝を抱えて眠るのだ。
チームで一時期的にであるが、面倒をみた2人の姉妹も今のジョーのように眠っていたことを思い出す。チームの1人だったレイモンドの女は、その姉妹をいつも背中から包み込むように抱いてやっていた。と、思い出した。

護って欲しい。
抱いて欲しい。
温めて欲しい。

アイシテホシイ。

淋しい。

「・・・・・あ~・・ったく・・・009とこいつが同一人物なんて、誰が信じんだよ?」

寝食を長く00サイボーグの仲間として過ごしてきたジェットは、何度も009が寝ている姿を目撃している。狭いドルフィン号では、女である003以外は相部屋だったために、嫌でもお互いの寝起きを見ることになった。
009は大概、寝返りを打つ以外はメンテナンス中か?と疑いたくなるほど、真っ直ぐに仰向けで眠っていたのだ。

ジョーの安らかな寝息は、彼の眠りがとても深いことを告げている。
ジェットはそのままジョーの部屋を出て行き、リビングを通り過ぎてダイニングルームへ向かう。キッチンから顔を出したフランソワーズを捕まえて、ジェットは言った。

「・・・ジョーがちょいと気分が良くねえらしいんだ、様子を見にいってやってくんねぇか?」

ジェットの言葉に驚いて、フランソワーズは慌ててジョーの部屋へと走り出した。
フランソワーズが駈けだしていく姿を見ていたジェットに、どこで聴いていたのか、超大人がお玉片手にジェットへと詰め寄る。

「ほんとアルか?ジェット!!」
「ジョーのヤツ、ぐっすり寝てやがった」
「フラチョワーズを騙したアルかっ!」
「だ~か~ら! 寝てやがったけど、オレには”気分が優れない”風にみえたんだよ!・・・それだけだっ」
「・・・・微妙にセーフね・・・でもデザート半分ね!」
「なんでだよっ!」
「彼女に余計な心配させた分ネ!」

####

ジョーの部屋のドアは開けられたままであった。
フランソワーズは、開かれたドアを2度ほどノックしてから、滅多に入ることがないジョーの部屋に、些か緊張しつつ、ルームライトが付けられていない部屋に入った。

ジョーの寝息がフランソワーズの耳をくすぐる。
フランソワーズはベッドまで近づき、小さく丸くなりながら、膝を抱えるようにして眠るジョーをのぞき込んだ。

「・・・ジョー?」

遠慮がちに声をかける。
フランソワーズが見る限り、彼の寝顔や安定した寝息はジェットが言っていたような”気分が優れない”ようには思えなかった。
フランソワーズは柔らかな栗色の髪にそおっと触れてみる。
いつもは長い髪で隠れてしまっているジョーの顔が、目蓋を閉じたままではあるが、その両目を見ることができた。

寝顔は小さな男の子の表情。
東洋人は幼く見える。と、言うが寝顔はさらに幼さを強調するようだ。
ジョーは普段、特に年令よりも幼い印象を人に与える。整った顔立ちだが、少し下がり気味に見える眉に、しっかりとした二重にアンバー色の瞳。”甘い顔立ち、優男”と、メンバーに言われていたことがあったが、フランソワーズには、どちらかと言うと”優しく、少し困った風な顔立ち”の印象がある。
眠っているジョーの顔は”下がり気味に見える眉”が下がり、普段は判らないが、ジョーの長い睫はしっとりと頬にかかり、明るい場所で見れば影を作っていただろう。少し開いた唇は、拗ねているかのようにちょっとばかし突き出すような形をして、静かな寝息を立てていた。

長い時間を一緒に過ごしてきた。
009として、メンバー最後の希望、最強の戦士として出会った。
戦いの日々は、毎日の小さな出来事を特別にしていく。


ーーー小さな事を積み重ねていく日々の中で・・・いつから彼を想うようになったのかしら?


サイドテーブルに置かれたデジタル時計が、8;34pmと映し出しす。

イタズラな考えがフランソワーズの胸をくすぐる。
これだけぐっすりと寝ているなら、大丈夫かもしれない。

彼女の唇に甦る感触。

ーーーどうして、キスしたの?

ジョーのベッドに片膝をついて、体重を乗せる。
フランソワーズの躯の重さに沈むマットレス。
両足がフローリングの床から離れた。
両腕で自分の躯を支えながら、フランソワーズの瞳に、眠るジョーの顔が近づいていく。

日本人にはその習慣がないのだから、仕方がない。
だから、眠ってしまっているうちにお礼のキスを・・・

キス?



ーーーキス?!

フランソワーズは自分の頭に浮かんだ言葉に冷静さを取り戻し、今からしようとしていた行動にパニックに陥った。近づけていた上半身を勢いよくジョーから離したために、バランスを崩したフランソワーズはベッドの下へと背中から落ちた。

どんっ!と人が床に落ちる音。
ジョーは音に敏感に反応し、瞬時に部屋の様子を確認。
フローリングの床に不思議な体制で倒れているフランソワーズに驚いた。

「フランソワーズ?!」

ジョーの部屋で勝手に床に倒れている自分を、ベッドの上からジョーが見下ろしている。フランソワーズの羞恥心の針はすでに限界を振り切っていた。
ジョーはベッドから降りてフローリングに倒れているフランソワーズを助け起こす。

「・・・フランソワーズ、どこから落ちた・・・の?」

フランソワーズの手を取り、背中に腕をまわして彼女の躯を支えながらジョーは訊ねた。

「あ、あ、あ、・・・あ、あの、ジェ、ジェっ」
「あ?ジェ?」

フランソワーズはまともにジョーを観ることができず俯いてしまい、恥ずかしさに舌が上手くまわらない。

「気分!」
「・・・・・・気分?」
「じぇ、ジェットが、気分!・・・だから、様子を・・・それで・・」
「・・・・・・・ジェットが気分だから様子?」
「そうなの!・・えっと、あの、ジェットが、気分がすぐ、すぐれてないって」
「・・・・・・・ここ、俺の部屋だよ?ジェットの部屋は・・・」
「違う!ちがっっ・・違うの!!あの、ジェットが言ったのよっ」
「・・・・・・何を?」
「ジョーが、き、き、き、気分が、ジョーの気分が、その・・よ、よ、よくないっから・・・よ、様子を見て、見てこいって・・・・」
「ジェットが、俺の気分が良くないと言ったから、キミが様子を見に来てくれた?」
「・・そ、そう」
「・・・・・少し、気分が冴えなかった」
「・・・・・!」

ジョーの言葉に俯いていたフランソワーズは、顔を上げた。

暗い部屋の中。
床に座り込んだフランソワーズの背中を支えるジョーの腕。
紅い顔で恥ずかしがっていたフランソワーズだが、ジョーの言葉に彼女の瞳が心配げにジョーを観る。

ーーーフランソワーズ

「フランソワーズ・・・」
「・・・?」
「・・・・フランソワーズ・・」
「ジョー?」
「・・・・・・・ごめん、もう少し1人でいてもいい?」
「あ・・・ご、ごめんなさいっ私・・・」
「いや・・・・ごめん。大丈夫だから、気にしないで」
「・・・・・お夕食は?」
「今日は、いいよ・・・」
「・・・・ジョー?」
「ちょっと、疲れが出たか・・・な」

ジョーは力無く笑った。

「起こしてしまって・・・ごめんなさい」
「気にしないで。心配してくれてありがとう」
「・・・博士には?」

ジョーは首を振って断る。

「それほど、じゃないよ・・・」
「・・・・何かあったら言ってね?・・・いつもジョーに迷惑をかけてばかりで、こんな時くらいは・・・」
「迷惑じゃない。思ったことも、一度もない」
「・・・・ごめんなさい」
「謝る理由もない、よ」
「・・・でも」
「・・・・迷惑じゃない、から」

ジョーの笑顔。

「・・・・・私、行くわ」
「・・・・・うん」

ジョーはフランソワーズの背中に腕をまわしたまま、彼女が立ち上がるのをリードし、ドアまで彼女を見送る。

「・・・みんなには寝ているって伝えておくわ」
「・・・ありがと」

フランソワーズは心配そうにジョーを見つめる。
ジョーは彼女に心配させまいと、笑顔を崩さない。
フランソワーズは部屋から一歩出て、ジョーの正面に向かって立ち、背伸びをする。

「早く、気分がよくなりますように、と・・・」

彼女の優しい空色の瞳がジョーの琥珀の瞳に近づく。

「色々と・・」

背伸びで不安定になった躯を、ジョーの胸元のシャツを握ることで支えた。

「ありがとう、ジョー」

ジョーの頬にキスをひとつ。

「?!」

頬に、フランソワーズの唇のあたたかな感触。

「・・・・日本風のお礼ってどうすればいいのか、わからないの」

フランソワーズはジョーのシャツを離し、くるりと背を向けて廊下を走るようにジョーの部屋から去った。
ジョーはフランソワーズの背中を見送る。
彼女の姿が消え、ジョーは膝からその場に崩れ落ちた。

「フランソワーズ・・・・」

ーーーキミは、誰を・・・想って・・・好き・・・だ・・と・・・言った・・・?

彼女の気持ちを、あの言葉を、確かめるための勇気はなかった。

#####

昨日の午後から今朝までジョーは自室で休んでいたために、1日遅れでアランの件についての報告を兼ねたミーティングが昼食前に開かれることになり、全員がリビングに集まったことを確認した後、009は昨夜のミーティングがキャンセルになったことを詫びたが、誰も009を責める理由がなく、ミーティングは穏やかに始まった。

「イワンの力のお陰で、私は”フランソワーズ”の娘、マリーということになってるのだけど・・・その、グレートのお気に入りの漫画がベースだって・・・どういうお話なのかしら・・・」
「ぜひ、読んでくださいいいいいっ!姫!!うむ、ジョーっお前の目の付け所はさすがだなあ、うん!ではっっ我が輩が簡単にあらすじを、んん、ああああ~、、ん。ゴホンっ え~・・・」

グレートはソファから立ち上がり、全員が見えるように庭先に抜けるガラスドアの前に立った。
春の心地良い陽の光が、ライトのようにグレートに降り注ぐ。

「時は、戦後まもないころ、フロレンシアは身分違いの恋の相手、ジョシュアとの仲を幾度となくはげしいいいいいいくっっ邪魔をされ・・・彼のために身を引く決意をかためたフロレンシアは!!!!
1人、アメリカに旅立つのである・・・。
ジュシュアは、同じようにフロレンシアを愛するマックスにより、フロレンシアの旅立ちを知った日はっ!
皮肉にもっ幼なじみの婚約者サラとの婚約発表パーティの夜っ!
サラを妹のように愛し慕いつつとも、愛するフロレンシアとともにアメリカへ!
希望の大地へと愛する者同士が手と手を取り合って旅立つ・・・が!!!!! 
不運にも船舶事故でジュシュアは帰らぬ人となりっ、記憶を失ったフロレンシアは、愛するジュシュアとの結晶フローラを産むのであ~る!!! って、まあ、こんな感じの話しでなあ・・・ふっふっふ。ここから面白いんだ!」

感情を込めて語ったその”漫画”のあらすじに、フランソワーズは絶句する。
なんとか気持ちを立て直し、ジョーに真剣な面持ちで訊ねた。

「・・・・ジョー・・・」
「なに?」
「・・・これを、どうやって?」
「フランソワーズはずっと慕い続けていた”結ばれるには障害がある恋の相手”が、留学直前にランソワーズを迎えにくる。彼と一緒に全てを捨てて、日本で暮らし”マリー”を産んだ。と、言うことにイワンはしたんだ。・・・イワンはフランソワーズとその相手は旅行中の不慮の事故で亡くなったために、親友であった学者の家に養女となっている、と付け加えたよ・・・あ。これはアランが知らない設定だね・・もしもに備えてだ」
「・・・・あの短時間で」
「だから、007に感謝しないと、ね?」

ジョーはにっこりと微笑みながら珈琲を一口飲んだ。
何度も自慢げに頷きながら、グレートはソファに座る。

「それで、今後はどうするっつうんだよ、009」
「アランは一時的にB.Gと接触したことが明らかになった。その後、B.Gがアランの動きに気づいて、彼に忠告の電話を入れている。その時の内容から、フランソワーズが”年を取っていない”可能性を知ったようだ。B.Gの知識がある程度あった彼だ、彼女が”年を取らない”状態であることに、何も疑問をもたなかったのはそのせいだと思って良いだろう・・・」
「飛行機の件は?」

008が訊ねる。

「16日のキャンセル・・・それは」
「・・・B.Gの息がかかっていたとしても、現在(いま)に何も繋がらないわ・・・だから」
「003がそういうなら、そのままがいいアル」

しかしジョーは引き続き調査は続けることを提案した。

「・・・僕としては・・・どんな小さなことでもクリアにしたい。できれば、飛行機の件はB.Gとは関係なくても、はっきりさせておいた方がいいと思っている。引き続き調査はしたい」

009は006と、003の2人を見る。
003は戸惑いながらも009の言葉に頷き、005は003が009の言葉に賛成した態度に、彼も009の意見に賛成の意を表した。

「アランが現在、B.Gか彼らに関係している組織と繋がりがあるかはまだ判らない。今回のことで、彼の記憶を操作した矛盾点が、どのように影響するかも未定だ。アランが日本に居る間は、定期的に彼を見張ることにしよう。ツアー中であっても、だ。僕らがここで初めて接触した人間だからね。当分は注意が必要だろう」
「留学の件。」

005が問う。

「それも、もう・・・B.Gが、私がいなくなった穴を埋めるために・・・アランにしたようなものだわ。もしくは、アランへの情報と口止め料、ね?B.Gが仕組んだことだわ。それこそ調べる必要はないと思うわ。いまさらよ・・・」
「それで気持ちの整理はつくのかい?003?」
「ええ、大丈夫よ、004・・・・会ってよかったと思うの。考えていても堂々巡りだったもの・・・ちゃんと向き合えた。そして・・・色々とわかったもの。恨むなら、アランじゃない。B.Gよ。彼もB.Gの犠牲者だったの・・・」

全員がフランソワーズの表情から、彼女が本心でそう言っているのかを探ろうとした。が、彼女の顔からは微塵も不安や、迷いなど、彼らが心配するような要因は何も見えない。00メンバー、そしてギルモアはここで初めてアランの件に関しての問題を80%クリアしたことに、安堵した。
それは、あくまでもフランソワーズの”プライベートな問題”を知らない00メンバーとギルモアの思う、数字である。

「・・・今日は、ここまでだ」

009が全員の顔を見回してミーティングの終わりを告げたとき、張大人とフランソワーズはキッチンへ向かった。
程なくして、夜の時間のイワン以外の9人がダイニングテーブルの席に着き、湯気立ち昇る熱々の飲茶を堪能し始めた頃に、ギルモアが申し訳なさそうに口を開いた。

「・・・・その・・・まだ100%問題が解決したわけじゃあないとは解っておるんじゃがのう・・・じ、じ、実はの・・・コズミくんから連絡があってのう・・・2週間ほどヨーロッパの方へ呼ばれたらしく。それでのう・・・その間さくらちゃんを・・・預かってくれんかとぉ・・・」

「っっっっっんなああああああああんだってええええ?!」
「えええええ!」
「あいやあああああああああああああああ!」
「!」
「むう・・・・」
「あちゃああ、そりゃタイミング良いんだか、悪いんだか・・・博士」
「・・・」
「・・・」

それぞれが、それぞれの個性を生かしたリアクションを披露して、一通り納まったところでギルモアは言葉を続けた。

「・・・通いのミツエさんもいるが、あくまでも通いじゃし。あんな大きな屋敷に若い女性を1人にするのは危険じゃし・・・2週間ホテル暮らしも考えたそうじゃが・・・それはそれで・・・可哀相じゃろ?・・・儂も・・・今回の件がきちんと終わっていないから・・・その、はっきりと断るべきじゃったかもしれんが・・・のう。知っている娘なだけに・・・ちと言いづらくてなあ。いや、こちらが忙しいのを承知の上での話じゃからして・・・」

ギルモアは困ったように、大きな鼻をぽりぽりと掻き、小皿に乗せたエビシュウマイから飛び出したエビを箸で弄る。

「・・・いつからですか?博士」

ジョーは箸を止めて、博士に訊ねた。

「うむ・・・来週末からじゃ」
「アランの件は・・・さっきのミーティングで言った通りです。イワンの力を信じてますし・・・後は細かい不明瞭な点を繋いでいくこと、ですから・・・」

ジョーは自分の向かい側に座るフランソワーズに自然と視線をむけて言った。

「・・・・・ごめんなさい。個人的な問題をここまで引きずってしまって・・・」
「いや!!フランソワーズ!!気にする必要はないんじゃぞ?!・・・B.Gが関係していたんじゃし、最優先すべきはフランソワーズ、お前のことじゃっっっ」

イスを倒して立ち上がるような勢いでギルモアは強くフランソワーズに言った。

「さくらのやつ、やるじゃぁねえか!どっかの誰かさんたちにも、爪の垢を煎じて飲ませてやりてえ行動力だぜ!」

取り皿一杯に自分の好物だけを装った皿を、満足げに箸でつつきながらジェットは言った。そんな彼の右隣に座るピュンマの肘が鋭くジェットの二の腕を突いた。

「・・・反対ですね、オレは」
「アルベルトはいつも反対じゃねえかよっ」

ジェットの向かい側に座ったことを後悔しつつ、反対の意見を述べる。彼が口を開くたびに、色々なものがアルベルトにむかって飛んでくる。

「ホテルでもいいんなら、そうしてもらってください、博士」
「・・・う、うむ・・・」
「どんな小さな不明瞭な点がある限り、気を抜きたくない。アランはあと1ヶ月は日本にいるんだ・・・イワンの力が優れているのは知っていても、だ。注意するに超したことはない」
「過剰反応せず、シンプルにいきたいって言ってたじゃねえかよ、この間はぁぁぁ」
「状況が違う」

アルベルトは取り皿を脇に寄せて、ジェットの口から飛んでくる”もの”から、自分の皿の上に乗る椎茸の包み蒸しを守った。

「そ、そのホテルなんじゃが・・・・もしもその時は・・・その、さくらちゃんが寂しがらないように・・・フランソワーズが、一緒に泊まってくれる気はないかと・・・言われていてのう・・・彼女がダメなら・・・他の・・・・・その、ジョーや・・・ジョーや・・・・ジョーだったり・・・ジェットやピュンマでもかまわないそうだが」

これ以上はしゃべらん。と、ばかりにシュウマイを2つ無理矢理に口に放り込んだ。

「・・・ジョー狙いじゃないですか!!」

ピュンマが声を荒げて叫んだ。
博士とフランソワーズ以外のメンバーがジョーに視線を送る。

「返事は早い方がいいんですか?」
「うぐ」

ジョーの質問に、博士は口の中のシュウマイを片づけるのに忙しく頷くだけだった。ジョーは溜息を吐きつつ、提案した。

「・・・・・どうだろう、2週間の間はコズミ邸とギルモア邸に別れるのは?メンバーも日によって換わればいいし、ここに彼女を2週間も居てもらうのは、何かと僕たちの生活が不便になるし、色々な面からみてもあまり好ましいとは思えない・・・アランのことも動きに制限が出るのは、大事をとって今は避けたい」

ジョーの提案に今のところ全員が賛成した・・・のを見て、ジェットは勢いよく叫んだ。

「んじゃあ!さっさと決めちまおうぜっ!」
「・・・・今?!」

ピュンマがジャスミンティーを吹き出した。

「おうよ!」
「・・・・今、決めることかぁ?」

ゴマ団子にかぶりつきながら、グレートは眉間に皺を寄せた。

「せっかく、みんな揃ってんだしよっ、ちゃちゃちゃ~~~~~っとぉっ決めちまおうぜっ!」
「結局、そうなるんだな?」

アルベルトが箸を置きつつ面白くなさそうに呟いた。

「てめえ、賛成していたじゃねえかよっっ」
「・・・・まだ本決まりではない様子だったからな」
「っけ~~~~~!これだから、オヤジは面倒臭せええええ!賛成しちまったんだかんよっ男に二言はねえだろおっっ」

ジェットとアルベルトが言い合いをし始めたときにフランソワーズはキッチンへ用事がある”フリ”をして立ち上がったが、その姿をジェットは見逃さない。

「おいっ!フランソワーズっお前はコズミ組だかんな!」
「?!」
「当たりめ~だろ?女1人が留守番する家に、男がぞろぞろ行けるかっつうの!決定な!」
「・・・・・そんなっっ!!邸のことは、イワンのことはどうするのよっ!!」
「そんために、張大人はギルモア組!んでっ、イワンもだろ?」

ジェットはひょろりとした長い指を折りながら考え始めた。

「んで、ジェロニモ、グレートはどっちがいいんだ?」
「「ギルモア組(だなぁ)」」

2人の声が重なった。

「5,6,7ギルモア組、んで、コズミ組は3,9・・・」
「・・・コズミ組、俺が?」
「・・・・ジョー、当たり前じゃないか!!」

隣の席に座るピュンマは両手で、がっっ とジョーの肩を強く掴んだ。

「君は(ホテルの件で)ご氏名だったの、忘れたワケじゃないよねっ?」

にっこりと、白い歯を輝かせながらジョーに笑いかける。

「・・・関係ない。ギルモア邸希望」

ピュンマの微笑み攻撃をかわしつつ、訴えた。

「「却下!」」

ジェットとピュンマにあっさりと断られた。
ミーティングかミッションと関係してないかぎり009の力は発揮されない。

「ピュンマと、オレもコズミ組だろ?」
「・・・そのメンバーはある意味、不安じゃのう・・どうじゃ、ジョーとジェロニモかグレートが代わらんか?大人と、フランソワーズでもいいんじゃが?」

ギルモアは、不安げに意見したが、ピュンマの白い歯が再び輝いて見事に意見を退けた。

「で?アルベルト、お前はどっちだ?」
「もちろんギルモア組だ」
「ならん!!!!!」
「博士?」
「アルベルトはお目付役として、コズミ邸に行ってくれんか?・・・2週間ずっととは言わん、ギルモア組のメンバーと代わる代わるで良いから、のう?」
「・・・・博士、そんなに信用ないですか?ボクたち・・・」
「どんな小さなことにも過信せずに、全力をつくす、じゃろ?」

ギルモアのウィンクが見えないハートの形となり、アルベルトに向かってひらひらと飛んでいく。
結局、ジェット、ピュンマ、ジョー、フランソワーズ、そしてアルベルトの5人がコズミ邸へ向かうことになった。



====24 へ 続 く



・ちょっと呟く・

まだ、モルちゃんは完結してません!引っ張ってみますよ~ん。
お嬢さん、大胆です!これぞ、フランス娘!!
さくらちゃん、お久しぶりね・・・?

ジョー・・・は、やっぱりジョーですから・・・・・(ー'`ー;) ウーン
web拍手 by FC2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。