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Day by Day・24
(24)

珈琲サーバーをセットしたのが、7時50分。

キッチンへ向かう途中でリビングのテレビをつけた。
いつの間にか毎日、同じ局のニュースを観る週間ができてしまった。
あと15分もすれば、NH○にチャンネルをかえる。
偶然見てしまった朝の連続ドラマは、その後が気になり仕方がなく見続けている。
キッチンで珈琲を淹れ、戻ってきたところで壁の時計は8時04分を指す。

アルベルトは、珍しい先客分の珈琲をテーブルにおいた。
今朝の新聞を膝に置き、珈琲の香りを胸に流し込む。

「早いじゃないか・・・」
「珈琲、ありがと」

ジョーはアルベルトが淹れた珈琲を一口飲んだ。

「色々、お前さんも気を揉んだ・・・な。今回は」
「まだ終わってない、よ・・・」

アルベルトは ばさり と新聞を広げた。
新聞の紙とインクの香りが、珈琲に混じってジョーに朝らしい雰囲気を伝える。
リビングのカーテンはすでに開き、春らしい日差しがリビングを陽の色に明るくする。
微かに聞こえる穏やかな波の音が心地よい。
テレビの音量は最小にされており、ときどき聞こえるアナウンサーの滑舌良い声が波に絡まる。

ジョーはテレビを観るでも、何をするでもなく、ただソファに座っていた。
テーブルにおかれた湯気が立つマグを手に取る。

「終わってない・・・か。で、あのお嬢さんの願いを聴いてやるのかい?」

新聞の文字を追いながら、アルベルトは訊ねた。

「彼女の問題だからね。・・・それで彼女が・・・終わらせられるなら」
「やれやれ。・・・優しいだけじゃ、女に振り回されるだけだぞ?ちゃんと手綱をひいておかないと、後で後悔することになる・・・。これは経験者からのアドヴァイスだ」
「振りまわされて、後悔したんだ?」
「昔は色々とあったさ、オレにもな?」

アルベルトは、彼らしくニヤリと口角を上げて笑う。
ジョーは珈琲の香りを吸い込んだ。

「・・・・・別に、アルベルトが考えているようなことは、ないよ?」
「最近の子どもは素直じゃないのが流行かい?」
「・・・生まれつきだよ、俺は」
「余計なことは、言わんが・・・・ちゃんと支えてやれる位置にいたら、もっと楽だったろう?」
「・・・・」
「お嬢さんも、お前も、な」
「・・・・そう?」
「もっと、堂々と対応できただろ?あんなに悩ませなかったさ。男の胸に一晩抱かれりゃ、何もかも忘れて夢をみる。夢を見続けさるのが男の勤めさ・・・可愛いやつに、現実はいらん」
「・・・・そうかな?」
「そういうもんだ」

8;14amをニュースの画面が表示する。
アルベルトは新聞をテーブルに置き、チャンネルを変えた。

「・・・・無理だよ」
「自信がないか?」
「・・・・ないね。そんな夢を見ているだけで幸せになるような女じゃない、だろ?」
「一筋縄ではいかないか。・・・男として乗りこなしがいがあるだろ、じゃじゃ馬は魅力的だな」
「・・・馬なんかにたとえんなよ」
「じゃあ、花はどうだ?そろそろ満開らしいぞ?・・・両手に花。色男は大変だな?」
「・・・・・両手?」
「両手だろ?yesもnoに言ってないんじゃ、な?」
「・・・・・・・勝手に」
「だったらはっきり言えばいいじゃないか、自分の気持ちを」

アルベルトは珈琲を飲んだ。

「・・・・」
「恐いか?女を傷つけるのが」
「・・・・・そうじゃない」
「じゃ、なんなんだ?」
「・・・・なんだろう?」
「オレが訊いてるんだが?」
「断ったことないから、かなあ」
「?!」
「・・・・・今まで、断ったことないんだよ」

ジョーは少し困ったよう答えた。

「来る者拒まず・・・か?」
「理由なんてないよ。ただ・・・・・1人が嫌で、さ。誰でも良かった」
「今もか?」
「・・・・・・よくわからない」
「そっちの道は、お前さんの方が詳しいかもな?」
「アルベルトには、負けるよ」
「よく言う・・・・」

「アルベルト、人を好きになるって・・・・どういう気持ちなんだろう?」


「訊けばいいじゃないか・・・春だしな」


####

ギルモアがコズミ博士に連絡を入れ、ジョーの提案は喜んで受け入れられた。
メンバーを変えながら、の予定で、明日から2週間コズミ邸とギルモア邸と別れて暮らすことになる。
コズミ邸へ向かう前日の夜。
遠足にでも行くかのようにはしゃぐジェットを筆頭に、コズミ組のミーティングが始まった。
ミーティングとは名ばかりで、今まで繰り返し確認してきた、自分たちがサイボーグとして気をつけなければいけない注意点などの復習のようなものだった。

「それで、メンバーチェンジはいつだ?」

ギルモアの頼みで、”お目付役”としてコズミ組に加わったアルベルトは不満そうに言った。

「・・・いつでもいいんじゃねぇか?」
「その、メンバーチェンジは、アルベルトだけなの?」

フランソワーズは紅茶を飲まず、両手にティカップ包みながらその温かさを楽しんでいた。
紅茶はグレートが淹れたくれたフルーツフレーバーが入った紅茶だった。フランソワーズに届けられるピーチの香りが、明日からのことを思うと沈みがちな気持ちを優しく励ましている。

「なんだよ、イヤなのかよっ」
「・・・そうじゃないわっ、2週間もいたら・・・イワンの昼の時間が来るじゃない・・・」
「あ、そうだったね。いつだったかな?」
「ちょうど今日から11日後あたり・・・でも最近は周期が乱れてるから・・・なるべく2日前には・・・」

ミーティングはダイニングルームで行われていた。
夕食の後片づけも済み、テーブルにつく5人はジョー、ジェット、ピュンマ、フランソワーズ、そしてアルベルト。
それぞれに、出された紅茶だが、どうやらピーチの香りがするのはフランソワーズのもののみらしい。

「フランソワーズが全部イワンの面倒見る必要なんてねえんだぜ?ここに残るやつらだってできんだからよっ」
「そうだけど・・・・」
「メンバーチェンジは、アルベルトから順にローテーションしていこう。1人2,3日ずつ入れ替わっていけばいいと思う」

口調は009のそれらしきニュアンスを含みながら、ジョーはテーブルに頬杖をつき、面倒臭そうだった。

「それがいいな」

両腕を組んで、深くイスに腰掛けながらアルベルトがジョーの意見に賛同する。

「ちょっとまてよっ!つーことはっジョー、てめぇもかよっ」
「もちろん」
「却下!却下却下!きゃ~~~~~かっっ!意味ねぇじゃんっ」

どんっ、とジェットはテーブルを叩いて立ち上がった。

「意味・・・?」

ジョーはジェットを睨む。

「そうだよっ!とにかくっお前はダメだっ!あと、フランソワーズっ!前も言ったぜっ!!女1人の留守の家に見慣れねぇ男が3人も4人もっ出入りしてたらっ近所の目ってもんがあるだろうよっ!」
「うん・・・確かに。ジェットが珍しくまともな事、言ってるね?」

ピュンマが深く頷いた。

「そんなにイワンが心配ならっアイツが昼の時間になるころにっイワンもコズミ組でいいじゃねぇかっ」
「無茶言わないでっ・・・・さくらさん、イワンのこと知らないのよ?」
「え?!マジっ???」
「・・・・お前・・・極力イワンは一般人に関わらせないって決めただろ?前に」

呆れたようにアルベルトは言い放った。

「そうだっけ?・・・んでもよっ!!イワンの世話はフランソワーズじゃなくってもデキんだからっなっ!!」
「とにかくっ!最低でも3日間はこの5人でってことで、後はこっちのメンバーの様子とで変わっていけばいいんじゃないかな?初めはアルベルト、君が誰かと変わればいいし、ね?」
「そうしてくれ、こんなことくらいで話し合う時間がもったいない」
「っっだとぉぉぉっ!」
「明日の11時にここを出る、今回は車じゃないから・・・」

ジョーがイスから立ち上がり、念を押すように言いい、彼が立ち上がったことで話しは終わりを意味した。

「フランソワーズ、ちょっといいか?」

ぶつぶつ文句を呟くジェットを横目に、ジョーはダイニングルームを後にする。
アルベルトはジョーを追うようにリビングへ向かおうとした足を止め、何かを考えるように顎に手をあてて、フランソワーズを呼び止めた。フランソワーズはみんなが飲んでいたいティカップを片づけながら頷いたが、イワンの様子を見に行くから、とダイニングの奥にある、1階のコモンスペースへとアルベルトを誘う。そこがイワンのための”子ども部屋”のスペースとなっていた。

イワンのオムツを変え始めたフランソワーズは、話しを切り出さないアルベルトに痺れを切らせて、彼女から話しかけた。

「なにかしら?アルベルト」

アルベルトは静かに聞き返した。

「・・・・・・・会いに行くんだってな?アランに」
「・・・まだ、日程が決まってないから、みんなには言ってないんだけど。。009から訊いたの?」
「いや、悪い。偶然・・・聴いてしまってな」
「そう。・・・いやね。その時に声をかけてくれればよかったのに」

フランソワーズはくすっと笑ってアルベルトを見る。
彼はコモンスペースにある出窓に腰を下ろして、フランソワーズを見ている。
カーテンが引かれた出窓から、夜の冷気がアルベルトの背に沁みる。

「会ってどうする?記憶は差し替えてあるんだぞ?」
「・・・言いたいの、一言」
「何を?」
「・・・・さよなら」
「言ってどうする?イマサラ」
「一度も・・・・ちゃんと彼に言ってないの・・誰にも、言ってないんだもの」
「・・・・誰にも、言う暇なんかなかっただろ?」
「だから、よ。だから・・・・言えるチャンスがあるなら・・・言いたい」
「”本当のところ”はどうなんだ?」
「・・・なあに?」
「お前さんの気持ちはどこにある?」

前に水族館で買ってきたブランケットを、イワンを包むようにかけながら、フランソワーズは ふくふく としたイワンの頬にキスをひとつ。

「・・・・良い夢をみるのよ・・・イワン」

アルベルトはそんな2人を少しばかり頬を緩めて見守る。

「ねぇ、アルベルト・・・訊いて良いかしら?」
「なんだ?」
「・・・・あなたは帰るの?」
「様子を見ているが、そうだな。この調子じゃあ、折を見て博士に相談して・・・帰るな、故郷へ」

フランソワーズは背もたれのない飾りイスに座り、揺りかごのように左右へ揺らすことができる、ベビーベッドをゆっくりと押した。

「時間は戻らないのよ・・・もう、同じ街じゃないわ」
「そうだな」
「帰っても、誰も・・・私たちに気づかない」
「気づいても・・・信じないだろう、な」
「それでも、帰るの?」
「それでも帰るさ」
「・・・・・いないのよ、あなたが愛した人は・・・もう・・・・」
「言われなくても、自分がよく知ってるさ」
「・・・・ごめんなさい」

フランソワーズは唇を噛み、俯いた。
肌身離さずアルベルトの首にかけられた、金色の鎖に通された細い指輪。
しゃらり と、その鎖を服の下から取り出して、アルベルトは愛しそうに指輪を握った。
時折、ベビーベッドが揺れに軋む、音。

「わかっているから、帰るのさ・・・国にはあいつが愛した全てがあるから、な・・・・」
「ジェットは、どうするのかしら」
「帰るだろうな・・・アイツの場合、実はこっそり帰ってるかもしれんぞ?」
「・・・飛んで?」
「ああ、飛行機代もいらんだろ?」
「ふふ、ジェットらしいわね?」
「お前さんは、どうするつもりだ?・・・・さよならを言って、全てと別れる覚悟があるのかい?」
「わからないわ」
「・・・生きているんだろ?」
「アランが言うことが、本当なら・・・」
「イワンにも、聴かれたろ?」
「・・・・009は知っているんだろ?・・・・なんて言ってる?」
「会いに行った方がいいって。早いうちに、後悔しないように・・・・時間はまってくれない、から・・・」
「その通りだ・・・時間は流れ続ける」
「アランは、変わっていたわ」
「時間は人を変える・・・変わらないのは、そうだな・・・・・思い出か?」
「思い出も、時間とともに薄らいでいくわ・・・・」
「もう、アランのことは、このままにしておいたらどうだ?生きていく中で、触れずにすむならそれでいいこともある」
「アルベルトは反対なの?それとも・・・」

フランソワーズはベビーベッドから手を離し、真っ直ぐにアルベルトを見た。

「反対すると思ったかい?」
「ええ、その話しだと思ったわ」
「反対したら、会いに行くのを止めるか?アランに”さよなら”を言わなかったら、会いに行くのか?・・・・兄さんに」
「・・・・どうしたらいいの?」
「答えはお前さんの中に出てるんじゃないのか?」
「・・・・」
「・・・ジョーは支えになってないのか?」
「え?」
「ジョーじゃ、お前さんを支えるには役不足・・・力不足か?」

フランソワーズはふいっと顔をアルベルトから逸らした。

「どうしてそこでジョーの名前が出てくるのよっ」
「おいおい、今まで散々ジョー、ジョーって頼ってたじゃないかい?」

ニヤニヤと嗤い出したアルベルトを、フランソワーズはぷうっと頬を膨らませて睨む。

「彼は・・・彼は009だものっ!今はちゃんと報告する義務があるんだからっ」
「それで、ちゃんと自分の気持ちは報告したのかい?」
「自分の・・・報告?」

ぴたり。と、フランソワーズの顔が凍った。
アルベルトは立ち上がり、フランソワーズの頭にぽん、と手を乗せてその亜麻色の髪を撫でた。

「素直な女は可愛いぞ?・・・どんな女でもな・・・たとえ男勝りなじゃじゃ馬でも、な」
「失礼ね!」

アルベルトの独特な口角を上げて嗤う表情が、優しい。

「オレは反対しない。好きにしろ、フランソワーズ。・・・ただな」
「?」
「時間が戻らないように、死んだ人間も・・・戻ってこないんだ。生きているときにぶつかっておけ・・・・・・アランだろうが、兄だろうが・・・ジョーにもな?」

「・・・・アルベルト」

ルームライトに反射する金色の鎖が、アルベルトの胸元で きらり と、輝いて揺れた。

「Gute Nacht」

フランソワーズの頬に、自分の頬を合わせるようにしてオヤスミのキスを贈る。
アルベルトの後ろ姿を見送りながら、フランソワーズは再びベビーベッドを揺らした。


「蹴られっぞ?」

ダイニングを通り過ぎようとしたとき、キッチンからアルベルトの背に聞き慣れたウルサイ声。

「たまには、蹴られてみるさ・・・」
「オヤジは治りが遅いんだぞ?」
「まあ、オレはここまで、だ」

缶のプルトップを開ける音が聞こえ、ぬっと長い手がアルベルトの前に伸びた。

「オヤジ、つきあえよ」
「オヤジ、オヤジと言うが・・・オレはまだ30だぞ?」

ビール缶を受け取り、ジェットを見るアルベルトは、呆れてはいるが怒っている様子はない。

「外、行こうぜ」

自分の分の缶のプルトップを開けながら、顎でリビングを指した。
2人は、リビングのガラス戸から庭へ出る。

明るい月の光は滲み、暈がかかっている。
星は柔らかく光り、夜空は広がる。
風のない海の波は穏やかに、なく。

春らしくなった季節、上着を着なくても外はそれほど肌寒くない。

「で、何を話してたんだよ?」
「・・・・蹴られるって言ってなかったか?」
「カンがあたっただけだ」
「・・・・・お前・・・・」

ジェットは ぐびっと、美味しそうに喉を鳴らしてビールを飲む。アルベルトも黙ってビールを飲んだ。

「恋しいか?」
「・・・ビールは、やっぱりな」
「オレは帰るぞ」
「・・・・わかってる、同じだ・・・遅くても来年にはな」
「オレは夏を過ぎたらって考えてたぜ」
「そんなに早くか?」
「ちんたら、仲良しこよしで群れてんのはっ性に合わねぇ・・・」
「よく言う、ブルー・ローズ団のリーダーが」
「・・・あいつらとは群れてねぇよ、ただそこに居たんだ」
「どっちも一緒だ」
「うるせっ!」

ジェットは、一気にビールを飲み干して、ぐしゃり。と、缶をつぶした。

「焦っても、仕方ないんだぞ?・・・お前の勝手なお節介で、余計におかしくなってしまったら意味がない」
「サイボーグでなかったらっっあいつらとっくにジジィとババアになっちまってるぜ?!・・・お互いの気持ちが通じ合う前になっ」
「ふんっ、そりゃあいいな。究極の純愛じゃないか?」
「バカだぜっ」
「いいか、余計なことはするな。そして・・・・・お前も・・・少しは素直になったらどうだ?」
「何がだよっ」
「お前だって・・・・」
「・・・あ?!」
「・・・いや、そうだな。お前の方が素直だな。バカな分」

アルベルトは飲みかけのビール缶をジェットに渡した。

「ビールは故郷のが一番だな・・・日本もアメリカも薄くて口に合わん」

####

フランソワーズは1時間ほどイワンのそばにいた。
ベビーベッドから彼を抱き上げて、その腕に、膝の上に乗せて、温かな赤子の体温に躯を、こころを癒す。
イワンから香ってくるミルクの香りが、フランソワーズの胸の中にあるわだかまりを解きほぐしていく。

「・・・イワン、あなたなら答えてくれるのかしら?」

アランにあった後、会いに行ってよかったと、こころの底からフランソワーズは思っていた。
思っていたはずだった。
ホテルでのアランの告白は、フランソワーズにとって時間は確実に流れていたという確認のような、ものだった。それ以上でも、以下でもなかった。フランソワーズ自身が知ることができない、時間に起こったことだったのは事実。
彼女が過去に戻ることができたとしても、それを防ぐことは不可能だったと思われる。
アランの告白を受け入れてさえ入れば、変わっていたかもしれないけれども・・・。

アランから真実を知れば、今以上に苦しむと思っていたフランソワーズは、彼の告白を聴いた後、不思議なほどに胸の中に何もなかった。自分の胸の軽さ、何もないこころに戸惑ったことを思い出す・・・が、時間が経つにつれて、胸に広がる違和感はなんなのだろうか。

アランは偶然、B.Gと居合わせた。
偶然、フランソワーズの写真を持っていた。

偶然が重なった、だけ。

それだけのために?

それだけのために、私はサイボーグにされたの?

それだけのために、兄さんと離ればなれになったの?

それだけのために?


アランを憎み、恨む気持ちはない。
彼も犠牲者なのだ・・・と、自分に言う。

私の代わりに生きてきた。
私の代わりに踊り続けた。

私の代わり?


違う!!


そんなことを、望んでいたわけじゃない。


じゃあ、何を彼に望むの?
謝罪の言葉?

アランに失われた、サイボーグとして生きてきた時間の分を謝罪の言葉で埋められても、フランソワーズのこころにある違和感は消えない。


自分のことを忘れて、アラン自身の人生を生きて欲しかったのは事実。



私の人生は、私のもの。
誰のものでもない、私の自身のもの・・・失われた時間も、サイボーグとして生きた時間もすべて、誰も代わることができない。




私の代わりなんて、いない。


誰も私の代わりなんてできないっ

勝手だわ・・・!
何がっ何がっあなたにわかるのっ!!

踊っていたくせに!
私が踊るはずだったアメリカでっ!

人としてっダンサーとしてっ生きていたくせにっ!!

あの時っ
あの時っ!

あなたは、私に何をしたかっ・・・・あの時・・・・。

もしも・・・もしも、あなたを受け入れていれば・・・私はここにはいなかった?

幸せだった?

人であった?

兄さんと離れずにすんだ?

サイボーグにならなかった?

仲間に出会わなかった?



ジョーに・・・出会えなかった・・・・。



フランソワーズは、そっとイワンをベビーベッドに戻して、コモンスペースのライトを消した。
ダイニングルームのライトもつけられたまま。
彼女はキッチンに入り、戸締まりの確認をする。
ダイニングルームのライトを消して、リビングルームへ。

誰もいない、ライトが消えたリビングルームのソファに倒れ込むように座る。



誰も私の代わりはできない。



私の代わりに生きた。と言うあなたを、視たくなかった、訊きたくなかった・・・
あなたの中にいる、作られた私を消したかった・・・のかも、しれない。




何もできない。
何も変えられない。
変えられたのは、人の記憶だけ。


私はアランじゃない。
アランも私じゃない。


あなたに、さよならを、言いたい。
言わなければ、いけないと思う。


・・・さよならを。
人であった、私にさよならを。
すれ違った気持ちに、さよならを。
過去に、さよならを。

アランに、さよならを。

私の代わりに生きた・・という、罪にさよならを。


彼が求めるものを、フランソワーズは答えられなかった。
プロを諦めて、違う道へ進んだ時期もあったが、踊ることは諦めなかった。
ただ、踊ること。

踊り続けることが、全てだった。

人であった間、異性に・・・こころ惹かれることは、なかった。


不意に、アルベルトの言葉を思い出す。

ーーージョーは支えになってないのか?ーーー

「・・・・ジョーはずっと、支えてくれているわ・・・初めて会ったときからずうっと・・よ?」

好きなの。
初めて会ったときから。

009のときも、ジョーのときも、ずっと。

サイボーグになって初めて知った、人を好きになるという気持ち。
人であったときには気づかなかった、人が人らしい気持ち。
躯を奪われたからこそ、気づけたこと。

サイボーグであっても、こころは人でありたいと願う・・・。
人として生きていきたいと願う。
人として・・・。

胸に居座り続ける違和感は、アランのせい?
もう・・・・これ以上、彼に関わっても何もないのに・・・?

終わるの。
彼にさよなら、を言えさえすれば、すべて終わる・・・。


え?



・・・・何が終わるの?
何も始まっていないのに・・・?



フランソワーズは立ち上がり、混乱する思考をそのままに自室へと向かい、熱いシャワーを浴びて明日に備えた。



ーーーアランに再会して・・・私は・・・・

####

翌朝の10時ごろ、荷物と共にリビングへ降りてきたジョーは、フランソワーズが用意した朝食を食べるためにダイニングテーブルへ着いた。表面をバターで焼いたホット・チーズサンドに、ポテトサラダ。プチトマトが添えてあり、デザートのイチゴはガラスの器に盛られ瑞々しく、ジョーの目を楽しませる。

「珈琲はもう少しまってくれるかしら?」

朝に用意した分がなくなったらしく、フランソワーズは紅茶をジョーに出した。

「ありがと。紅茶でも十分だよ」
「あとは、ジェットだけね」
「まだ、寝てる?」
「多分・・・そうじゃないかしら?・・・も!ピュンマかアルベルトに起こしてもらわないと!!」
「・・・・昨日・・」

ジョーは、不意にダイニングルームでアルベルトがフランソワーズを呼び止めていた声を思い出した。

「?」
「・・・・・いや、昨日はよく眠れた?」
「ええ、・・・・眠れたわ」
「そう。今日は車じゃないし・・・時間もかかる、人数もね・・・荷物もあるから」
「少し困ったわ」

眉を下げて溜息をついたフランソワーズを、ポテトサラダを掬い取った手を止めてジョーは見る。

「どうした?」
「・・・・いったい、何日分を用意したらいいのか・・・一応1週間を予定して用意したのだけど」

フランソワーズの女の子らしい悩みに、ジョーは思わず頬が上がる。

「多くても、俺が持つから心配ない」
「そんなに多くないわ・・・」
「気にしないで、持って行きたいだけ持って行けばいいよ?・・・男が4人もいるんだから」

ジョーはポテトサラダを口に運び、ぱくぱくと空っぽだった胃を満たしていく。
フランソワーズはジョーから1席あけてイスに座った。

「そうもいかないわよ・・・イワンのことが心配だから、やっぱり私は1週間くらいで戻りたいわ」
「・・・・そんなに心配?」
「ええ、もちろん!起きたばかりのイワンがどれほど機嫌が悪いか、ジョーは知らないのよ!」
「機嫌、悪いの?」
「とおおっても!」
「ふうん・・・」

フォークにプチトマトを刺して、口へと運ぶ。
フランソワーズは壁にかかる時計をちらりと見て、溜息交じりに呟いた。

「・・・・それにしても、ジェットは時間に間に合うのかしら?低気圧で朝が弱いって可哀想」

ジョーは ぴたり。と 手を止めて、目を丸く見開きフランソワーズを見た瞬間、彼の肩は大きく揺れた。

「・・・・・・ふ・・・はははっ!ち、違うよ、それっ」
「え?」

突然声を出して笑い出したジョーに驚き、戸惑うフランソワーズ。

「あはははっ・・・・ふ、フランソワーズっっっ・・・」
「え?ヤダ・・・・なに???え?」
「はははっ・・・フランソワーズっっはっっ!!違うよっ」
「え?なに?・・・なにがそんなに可笑しいの?やだ、ジョーっなによっ?」
「ごめん、ご、ごめんっ」

ジョーは短い深呼吸を繰り返し、息を整えて笑うのを堪えるが、どうにも彼のツボにはまったらしく、まだ肩は揺れ続けている。そんなジョーにだんだん腹立たしくなってきたのか、フランソワーズは、ぷうっと頬をふくらませた。

「なんなのっ!!」
「・・・・低血圧だろ?・・・て・い・け・つ・あ・つ」
「だからっ!ジェットはっていきあ・・・つ・・・・・・!!!」

自分の間違いに気づいたフランソワーズは、一瞬にしてその顔をテーブルの上のイチゴよりも鮮やかに紅く染めて、両手で顔を覆い隠した。

「低気圧じゃなくて、低血圧だよ・・・っっははっ・・・」
「も!やだっっっっ!!そ、そんなに笑わないでよっ酷いわっ」

くるり、とジョーに背を向けてイスから立ち上がりつつもジョーに抗議する。

「ごめんっでも、つい、さ」

くくくっと笑いをこらえつつ、ジョーは謝った。

「も!!」

テーブルに置いたトレーを乱暴に手に取り、フランソワーズはキッチンに向かうその背に、ジョーの声が聞こえた。

「可愛いね・・・」

独り言のように呟かれた言葉を耳にして、フランソワーズは どきん。と、大きく跳ねた心臓の音に弾かれて、反射的にジョーの方へ振り返ってしまった。
フランソワーズが振り返ったことで、つい口に出てしまった言葉に気がついたジョーだが、言ってしまった以上、どうしようもなく、はにかむんだ笑顔でフランソワーズを観ながらもう一度、その言葉を繰り返した。

「可愛いね、フランソワーズは」

ジョーのはっきりとした言葉を聞き、フランソワーズは持っていたトレーで顔を隠し、慌ててキッチンへと逃げ込んだ。

ホット・チーズサンドを口に運び、じゅわり。とパンに染みこんだバターと、とろり。と挟まれたパンから出るチーズを味わう。紅茶が入ったティーカップを持ち上げたとき、ジョーは自分の手のひらが汗をかいていることに気づき、小さく舌打ちを打つ。フランソワーズとの会話にどれけ自分が緊張していたかを改めて自覚したとたんに、手が震えだし、膝の上紅茶をにこぼしてしまった。
ジョーは小さく溜息を吐く。

ダイニングルームの窓から見える空は高いが、少しだけ開けられた窓から、部屋に流れ入る澄んだ空気が花冷えする今日を伝えていた。

####

時計が11時を10分前を指していても、部屋から出てこなかったジェットは、ピュンマとアルベルトの2人がかりで叩き起こされることになり、ジェットが出発間際に適当に詰め込んだ荷物は一体何が入っているのか、スポーツバックを歪に膨らませていた。時間は予定より1時間も遅く、コズミ邸の最寄り駅に着いた。そこからジョーがコズミ邸に連絡を入れる。通いの家政婦であるミツエが対応し、ジョーは遅れていることを詫びて、駅からはバスではなくタクシーを捕まえてコズミ邸へ向かうことを伝えた。

「遅かったのう、珍しい」

タクシーがコズミ邸正面門に着いたとき、コズミが門前に立って5人を出迎えた。

「すみません、コズミ博士。・・・こいつが例によって例のごとくっ」
「ああ!? いって・・・っおいっ手っ離しやがれっ」

アルベルトはジェット自慢のつんつんと跳ねる赤毛の頭を乱暴に掴んで、ぐいっと下に押しつけて日本風に謝らせた。

「いやいや、車じゃないと聴いておったしな、いいんじゃ、いんじゃ。無理を言ったのはワシじゃからの?いやいや、よく来てくれたな、アルベルトくん、ジェットくん、ピュンマくん、島村くん、それにフランソワーズさん」

コズミ博士は1人ずつの顔を見ながら、名前を呼び礼を言う。

「センセっ!みなさんお疲れでしょうから、さっさと上がってもらって下さいな。ねえ?さくらちゃん」

さっぱりとした物言いの、細身な初老の女性がさくらと共に、玄関に立つ。

「いらっしゃいっ!久し振りねっ!!元気だった~?」

さくらは小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせながら、5人を出迎えた。


「あ、それはそのままでいいのよ?」

通されたコズミ邸の客間で、いつものように歓迎を受けた。
出された桜餅に、塩漬けされた桜の葉を剥がして食べようとするジェット、ピュンマ、フランソワーズをミツエが止めつつ、楽しい時間が過ぎていく。

「ミツエさんはジェットくんと、フランソワーズさんは初めてだったのう?」
「ええ、さくらちゃんからお話は伺ってますけれどねぇ、お会いするのは初めてですわ。手伝いのミツエです、もうここには、そうねえ、20年近く通ってますかしらねぇ、センセ?」
「もう、そんなになるかの?」
「ええ、2,3年ほど私の我が侭でお暇を頂きましたけれど」

00メンバーたちがコズミ邸に身を寄せていた時期に、ミツエの姿がなかった。その時期、ミツエの3女が不慣れな海外での出産を助けるために、日本を離れていたことは訊いていたs。

「年を取ると、物覚えが悪くなるから確認させてくださいな。ええっと、年長のあなたが、アルベルトさんでしたわね?」
「ええ、お世話になります」
「島村くんはギルモア先生と何度もお会いしてるから、覚えてますわ!いい男は忘れないもの、ね?」
「・・・・どうも」
「そして、ピュンマくん、お久しぶりね。あなたがいらっしゃるときは、だいたい買い物中なのよねえ?」
「そうですね、タイミングが合わなかったですね。今日からヨロシクお願いします」

ピュンマの爽やかな笑顔にきらり。と白い歯が光る。

「ハンサムさん揃いで、私がなんだかウキウキしてきますわ!! こちらの・・・ジェットくんね?素敵ねえ、あなたも」
「ミツエ!オレに惚れんなよ?」

ジェットの無遠慮な、マナーも何もない口調に慌てて隣に座っていたピュンマとフランソワーズがその口を塞ぐ。

「;阿hjrgひrqprぎじゃえp」

「す、す、すみませんっっ!!」

代表するかのようにフランソワーズが謝った。が、ミツエはころころと楽しそうにコズミと笑い合う。

「いやねぇ、こんな孫もいるおばあちゃんなんか相手にしないでしょう?でも、惚れるのは私のかってだものねぇ、センセ。いい男がこんなに揃ってたら迷っちゃうわ」
「よかったのう、この2週間は選り取り見取り、楽しんでくれたまえよ、ミツエさん」
「ええ、ええ。センセ。素敵な2週間になるでしょうね、センセは2週間と言わず、もっとゆっくりなさってくださいな」
「・・・それはちっとばかし、淋しいのう?」

淋しいと言いつつも、コズミの顔は笑ったままである。

「それで、お人形さんのように綺麗なあなたが、フランソワーズちゃんね?あら、ちょっと長いわね?」
「初めまして、お世話になります。あの・・フランソワーズと読んで下さい」
「あら、こんな愛らしいお嬢さんを呼び捨てになんてできないわよ・・・そうね、フランちゃんあたりがいいかしら?」
「「「フランちゃん?!」」」

ジェット、ピュンマ、アルベルトの声が重なって、フランソワーズを見た。
その視線を受けながら、フランソワーズはおろおろとミツエにむかって答えた。

「あ、あの・・・どうぞ、ミツエさんが呼びやすいように・・・」
「そりゃ、可愛いのう!フランちゃんかっ!!なんで今まで思いつかんかったかの?」
「へえ、フランちゃんかぁ、ボクもこれからフランソワーズのこと、そう呼んでいい?」
「ええ?!」

ピュンマの言葉に大きなアクアマリン色の瞳をさらに大きく見開いて驚く。

「な、ジョー。フランちゃんでいいよね?」
「・・・・フラン、でもいいと思うけど?」
「おっ呼び捨てかよっこいつっ!」
「・・・”ちゃん”をつける方が・・・・なんか変な感じがするから、さ」
「日本人なのに?」
「・・・・・・滅多に使ったことないよ」
「使ってみたらどうだ?フランソワーズで」

ニヤリ、と口の端で意地悪さを含んだ嗤いをジョーにむける。
ジョーはちらり、とアルベルトを一瞥しただけで、何も答えなかった。

「フランちゃん、よろしくね」
「あ。はい・・・お世話になります」

にっこりと笑顔を向けられて、ミツエの笑顔につられてフランソワーズも花が咲きこぼれるような明るい笑顔で答えた。

さくらは黙ってお茶を啜りながら話しに耳を傾けているだけで、会話に参加する様子を見せなかった。
彼女はジョーを見つめている。
先ほど、他のみんなと変わらない短い挨拶を交わしただけで、何も以前とは変わっていなかった。
ジョーはさくらの告白から初めて合う今日、意識することも、避けることも、恥ずかしがることも、焦ることも。何もみせなかった。

普通すぎて物足りない。

今日の日を迎えるまでに、幾度となく様々に状況にたいしてシュミレーションしてきたさくらは、物足りなさでこころが沈むが。しかし、その態度がジョーがジョーらしく、逆にさくらの胸を優しく痺れさせる。


「ギルモア邸と同じように過ごして下され、留守をヨロシク頼みますな」

翌日の夕方に、コズミ博士は助手が迎えに来たタクシーに乗り込み、ヨーロッパへと向かった。

======24 へ 続 く

・ちょっと呟く・

色々迷ってます・・・。
ちゃんと辿りつけるかなあ(笑)

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