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Day by Day・27
(27)

ジョーは書庫で、アルベルトからジェロニモの伝言を受け取った。

ーーー009ではなく、ジョーとして迎えてやれ。



これはミッションでもなんでもない。
彼女個人の問題であることを再認識する。

ジョーはアルベルトに向かって静かに頷き、冷静に自分の考えを言った。


「ルールとしては、単独行動をするときは必ず連絡が取れる状態にしておくこと、だ。できるだけ行き先などをメンバーの誰かに伝えておく。というのは各個人に任せてある。今回は行った先が○○市とはっきりわかっているし、・・・ミツエさんがフランソワーズに頼んだ店も・・・」
「さっき、ミツエさんから聴いたよ」


ジョーはピュンマの報告に頷いた。


「それに、彼女が行った先の検討もついてる、だろ?アルベルト」
「ああ、・・・会いに行ったんだろうな」
「・・・・うん」
「彼女の携帯から、居場所を確認後・・・・僕が行く。行き先が、行き先だから・・・念のために」
「電話しても、留守番電話サービスにしか繋がらないんだよ・・・」
「・・・移動中なのかもしれない、ギルモア邸には?」
「連絡済みだ、電源が入っていなくてもわかるが、少し時間がかかるかもしれん」
「居場所さえわかれば、今はそれで十分だろう・・・ミツエさんに言ってあると言うことは、遅かれ早かれ、僕たちが気づくことも、彼女はわかっていたはずだ」
「・・・それもそうだ、な」
「大げさに考えない方がいいよね」
「一応のことは考えて、動けるようにはしておいた方がいいと思うが・・・ギルモア組の方が動きやすいだろう」
「”誰か”が追いかけるだろうと思ってさ、ついでにコズミ博士の車、借りられるようにしておいたよ?」

ニッコリと笑い、彼の白い歯がきらりと光る。
ジョーは、微苦笑して頷いた。

「足があるのは、助かる」








####

今朝早くから降り続く春の雨の中、ミツエに借りた小さな赤い折りたたみ傘を手に、バスと電車を乗り継いで、以前に訪れたことのある場所へと戻って来た。

雨の中を歩く街のアスファルトを弾く雨音。
すれ違う人々の傘は色とりどりに薄暗い街に鮮やかに浮かび上がる。傘の中から覗いた空は、薄い灰色を含んだ乱積雲に覆われていいた。さらさらと降る細かな雨が、フランソワーズの傘を滑り落ちて道に吸い込まれていき、小さな水たまりに映った赤が目に飛び込んでくる。
いつもより車道を走る車が遅く感じる。フロントガラスを右へ左へと移動する車のワイパーが、フランソワーズに手を振っているかのように見えた。

ーーーもう一枚、何か羽織ってくれば良かったわ・・・。


ショー・ウィンドウに映る、蜃気楼のような街並みの中も色鮮やかな傘が行き交う。
足を止めて、フランソワーズはそこに映る自分の姿を見る。フランソワーズは落ち着いたシアン・カラーのコットンのアンサンブルに、膝丈よりも少し短めの黒のボックススカート、足下は踵の低いパンプスを履いていた。背中を通り抜ける冷たい風が、フランソワーズをぶるっと震えさせた。


ミツエの思いこみによって今、○○市にフランソワーズがいる。



朝食の支度をしているときに、昨夜遅くにグレートから届いたメールの内容が頭から離れなかったフランソワーズは、ミツエが話しかけられていることに気がつかなかった。ついフランソワーズの口から出た、ホテルの名前をミツエは拾って、訊ねた。


「フランちゃん?」
「・・・・・あ!なんですか?」


フランソワーズは、自分が茶碗を持ったまま固まっていたことに気づいて、慌てて炊飯器の蓋に手をかけた。ぼうっと立ちつくしていたフランソワーズをのぞき込むように、ミツエはフランソワーズに話しかける。


「どうしたの?・・・○○○ホテルに用事?」
「え?!」
「ここからだと、ちょっと時間がかかるから出かけるなら早いほうがいいわよ?外は雨だしねえ、イヤねえ、天気が崩れやすい時期だけど・・・。○○○ホテルだと○○市よね?」
「ええ・・・そうです」
「ね、ちょっと頼まれてくれないかしら?」
「?」
「乗り換え駅の△△駅にね、新しい和菓子屋さんが出来たのよ・・・なかなかそこまで行かないから、まだ一度も試したことがなくてねえ、センセといっつも話してたのよお?関西では珍しくないんだけど、関東にはまだお店がなくってねえ」


さも残念そうに溜息交じりに言うミツエに、フランソワーズはくすっっと笑った。


「・・・・帰りでもいいですか?」
「お願いできる?ふふふっセンセには悪いけど、先に味見させてもらいましょうね!」


ミツエはフランソワーズが○○市へ出かけるものと思いこんでいた。
フランソワーズは途中で訂正することもできたが、ミツエの言葉を通りにでかけることに決めた。


アランに会いに行く。


その意思は009と004のみが知っていたが、他のメンバーにはまだ、伝えていない。コズミ邸での2週間が終えてから話しを切り出そうと思っていたが、グレートのメールでアランのフランスへの帰国が5日後に変更されてしまったこと知り、フランソワーズは焦っていた。

ーーーメンバーの誰かに自分が出かけることを伝えないと・・・。


フランソワーズはメンバー内で決めたルールを思い出す。が、まだジョーが起きてくるのには早い時間であった。”メンバーの誰か”と思いつつも、彼女の頭に浮かんだのはジョーの姿。慌ててその映像をフランソワーズは打ち消して、彼は009だもの!っと一生懸命に自分で自分に言い訳をする。


単独行動をする場合は常に連絡が取れる状態であること。
目的地がはっきりしている場合など、できるなら行き先をメンバー内の誰かに伝えること。

ミッションではない。
アランのことではあるが・・・イワンの力を信じている。
調べた限り、現段階でアランがB.G、もしくはその他の組織的なものと関わっているとは思われなかった。

ミツエが、行き先を知っている。
フランソワーズは朝食を済ました後、早々にコズミ邸を出た。





ショー・ウィンドウに映る自分を見て、にっこりと笑う。
だいじょうぶ。と、コズミ邸を出てから呪文のように繰り返す。

灰色かかったのっぺりとした雲におおわれた空。道の隙間から見える高層ビルたちは、写真を切り取って貼付けたような印象で、フランソワーズの前に建つ。そのひとつが、フランソワーズが目指す目的地であった。








####


ホテルのエントランスを抜けて、左手に宿泊客以外も楽しめる広々としたホテル自慢の喫茶室がある。
ゆったりと席と席の間があけられて、チェアに座れば深く躯が沈み込んでいく。ウェイターも訓練に訓練を重ねたであろう、洗練された動きと言葉遣いで、フランソワーズから注文を取る。

紅茶を頼んでから”眼”を使ってアランの姿を探す。
今日のアランの予定を知っていたが、それは彼の帰国予定が変更される前のスケジュールである。もしも変更がなければ、フランソワーズがいるこの喫茶室で、バレエ専門誌のインタビューを受けることになっていた。が、アランの姿は見あたらず、フランソワーズは深く溜息をついた。

ーーー勢いだけで行動するな、ある程度の予測をして時間が許す限り調べろ。遠回りに見えて、それが一番の近道なんだぞーーーー


いつだったか、004が002に怒鳴るように言っていたことを思い出してしまい、まるで自分がしかられているように感じたフランソワーズは、”でも、来ちゃったんだもの・・・”と、こころの中にいる004に文句を言った。彼は眉間に深く皺を寄せ、困ったような、それでいて少しだけ口角を上げてフランソワーズを見た。

ーーー見かけに騙された・・・とんだお嬢さんだーーー



フランソワーズが注文した紅茶が運ばれ、その香りと温かさに彼女の思考は一時中断された。
雨の中を歩いて冷え切った躯がじんわりと温まる。
もう一度、”眼”のスイッチを入れてみたとき、となりの席から携帯電話にむかって怒る女性の甲高い声が聞こえてきた。


「そんなんっ!困るって・・・イマサラどうしろっていうんよ?私が英語とか話せるわけないやんっ!ちょー・・・まってえやあ・・・もう来はるねんで?1人でなんて無理やわっ!あ!!ちょっ、切らんとってよっ!!ちょっ待ちぃよっ自分のミスやろっっ私に押し・・・」

電話を途中で切られたらしい濃紺のスーツを着た化粧気のない女性は、もっていた携帯電話を反対側のチェアに放り投げて、溜息とともにチェアに倒れ込んだとき、女性はフランソワーズと目が合った。
フランソワーズはどう反応していいのかわからずに、困ったように微笑んで目をそらしたが、女性は食い入るようにフランソワーズを見つめる。


「日本語、わかるん?」


女性は躯を起こし、チェアから身を乗り出すようにしてフランソワーズに話しかけた。


「・・・はい、でも・・・・・・」
「ああ、私は東京人やないねん、ここには仕事で来てて・・・関西弁あんまし聴いたことないん?」


耳慣れない日本語に、頷くフランソワーズ。


「ま、日本語を教えるときに、関西弁で教える教科書なんかないもんなぁ・・・」
「・・・」
「どこから来たん?」


女性は愛嬌ある顔でフランソワーズ微笑んだ。


「・・・・日本です」
「あっ!そうなんやっっ!・・・・あははっごめんなぁ。つい、アジア人らしい容姿やないと、勝手に思い込んでしまうんよ、ごめんなさい・・・日本育ちってこと?ここで生まれたん?」


女性の質問に、フランソワーズはかねてより”打ち合わせ”してある”身分”を名乗った。
生きていく上では、仕方がない”嘘”をつく。


「・・・・はい。両親はともにフランス人ですが、父の仕事の関係でずっと日本で育ちました」
「フランス?・・・じゃあ、フランス語、を、話せ・・・たり...するんか、なぁ?」


探るような物良いをする女性に、少し警戒しつつもフランソワーズは素直に答えた。


「はい、話せますけど・・・」
「英語とかはどうなんっ?」
「英語も、大丈夫です」
「うっわ~~~~~!!神さまはっいはるんやなぁ!!!!」
「!?」


嬉々として女性は大声をだして立ち上がった。フランソワーズは驚いて立ち上がった彼女を見上げる。
女性はフランソワーズの席にあるチェアに座って彼女の前で、ぱんっと手を合わせて頭を下げた。


「なあっ!人助けやと思って、ちょっとつきあってくれへん???」
「・・・え?」
「もちろんっバイト代払うし!時間も短いねんっうちみたいな地方雑誌なんて、30分くらいしか時間くれへんしっ困ってるんよ~!!・・・頼んでた通訳の子が突然キャンセルしてきはってなっ私、英語もフランス語も話せへんし、今から話せる子探すなんて、地元やったらどうにかなってたかもしれへんけど、こっちの方に知り合いなんておらへんくて・・・」
「・・・通訳ですか?」
「そうやねんっ」
「ここでですか?」
「ここや!」
「・・・フランス語でいいんですか?」
「相手はフランスの人やしなっ!」
「どれくらい、時間がかかりますか?」
「2時間もかからへんっ!むこうさんが、ちょっと時間が押してて来るのが遅れてんねんけど、さっき連絡があって30分もすればここに来はるしっ」


女性は必死でフランソワーズに頼み込む。
フランソワーズは”眼”のスイッチを入れ直し、ざっとホテル内を視たが、やはりアランの姿はどこにもない。


「いいですよ、特に私も用事がないので・・・」
「ありがとおお!!あ、私は保津川桂子(ほずかわ けいこ)です、はじめまして」


保津川は自分が座っていた席に置いていた鞄をとって、中から名刺を探し出してフランソワーズに渡した。フランソワーズは笑顔で名刺を受け取り、自分は”マリー”だと簡単に自己紹介をする。

保津川が勤める出版社が関西圏を中心に発行する総合芸術(アート)誌"ReMark”、週刊誌でも月刊誌でもなく、年4回のみのシーズン誌だと言う。主に海外で活躍する日本人の特集を組み、国内での公演、イベント、ギャラリーなどのスケジュールを載せ、主に関西圏のローカルアーティストを紹介していると、フランソワーズに冬に発刊した雑誌を見せて説明した。


「ちっちゃいし、部数もそんな多くないから、今回みたいに海外のアーティストにインタビュ-するんって、ばんばん珍しいことでな、ほんまに・・・東京出張なんて響きはええけど、かなんわ・・・」
「あの・・・それでどなたのインタビューを?」
「あ、ああ今回はな・・・・あ!!!ちょうど来はったわっあの人やねん、今一番旬な、振り付け師のアラン・モルディエさんっ!!」


保津川は立ち上がり、エントランスの方へ向き頭を深々と下げてお辞儀した。


偶然は偶然を呼ぶ。





日本語で言う”縁”と言うものを、フランソワーズは肌で感じた。

保津川のインタビューの相手。
彼女が出版社に勤めていると聴き、芸術雑誌の取材であると説明された時点で、フランソワーズの脳裏によぎった”まさか”と言う言葉。


現実は小説より奇なり。


ピュンマが持っていた”日本語ことわざ事典”から、教えてくれた言葉も一緒に思い出した。

ーーーこれってボクたちのことを言ってるみたいだよね?


平和に生きる人々の中で、”サイボーグ”はあくまでも小説や、ドラマ、映画の世界の話し。





「マリーさん、彼がアラン・モルディエさんでバレエの振り付け師なの」

保津川が、マリー/フランソワーズの耳に囁いた。
フランソワーズは、こちらへ向かってくる2人の男性を改めて見る。

アランは明るいグリーンのスーツをラフに着こなし、保津川の日本人らしい挨拶に苦笑しながら、ぎこちなく頭を下げて歩み寄ってくる。隣に居た男性が小走りに保津川の方へ近寄って来た。
保津川とフランソワーズは立ち上がって小走り自分たちへとむかってくる、男性を迎えた。


『ええっと、●○●出版の方ですか?』

きちっとグレーのスーツを着こなし、落ち着いた紫紺色のネクタイを締めていた、男性が訪ねてきた。保津川はとっさにマリー/フランソワーズに振り向く。


『はい、彼女が●○●出版の保津川です』
『ああ、良かった・・・遅れて申し訳ありませんでした。アランのスケジュールが急に変更になったので、できるだけ今、詰めているんです・・・』
『お忙しいんですね』
『まあ、予定ではまだ1ヶ月近く居る予定でしたし・・・仕方ないんですけれど』


フランソワーズの言葉に苦笑する、グレーのスーツを来た男は年齢30台後半と言った感じだったが、フランソワーズが見る限り、彼はダンサーではなく、アランのマネージョーらしき人物であると考えた。3人が話しているところに、アランは明るく微笑んだまま、保津川にむかって小さく手を振りながら歩み寄って来た。





ーーーアラン・・・・







保津川は笑顔で席までやってきたアランに、堂々と日本語/関西弁で挨拶をしたので、物思いに耽る暇もなく、フランソワーズは慌ててフランス語で彼女の言葉を伝えた。
アランはそこで初めて、フランソワーズの存在に気がついた様子をわざと見せた。彼はホテルの入り口に入ったときから、すでにフランソワーズを見つけていたのだ。けれども、あえてそれを出さなかった。
フランソワーズはにっこりと微笑んで、通訳を担当します。と、短く答えた。アランの隣に立つグレーのスーツの男性がにこやかにフランソワーズに挨拶をする。

震える手を、激しく緊張する心臓の音を意識しないように、必死になってエリオットと保津川に集中する、フランソワーズ。



『初めまして、マネージャーのエリオットです』
『初めまして、マリーです・・・・フランス語でもかまいませんので・・・』

フランソワーズの申し出に、エリオットは少し驚いた様子を見せてから、英語ではなく、フランス語で話しはじめた。


『フランスの方なんですか?』
『両親は・・・ですので、フランス語で大丈夫です』
『ほとんど、英語での取材だったので・・・それは嬉しいなあ!』

エリオットは嬉しそうに笑いかけたが、アランはまじまじと、”マリー”と名乗ったフランソワーズを見つめていた。その不躾な視線を注意するように、あきれたようにエリオットは苦笑し、マリー/フランソワーズの美しさを褒めた。


『あなたが、あまりにお奇麗のでアランは我を忘れてしまってますよ・・・芸術家なだけあって、美しいものには目がなくて・・・・あなたの美しさに酔ってしまったようですよ?困りましたねえ、これから大切なインタビューなのに、あなたのことで、頭がいっぱいらしい』

そんなエリオットの言葉に、アランは慌ててフランソワーズにむかって自己紹介をする。


『すみません・・・は、初めまして。アラン・モルディエです・・・・』
『はじめ・・・まして・・・・マリーです』


アランの視線に耐えきれず、思わずフランソワーズはうつ向きかけたたとき、保津川の遠慮がちな声に助けられた。


「あの・・・」

フランス語で話し続ける3人に、どうしたらいいのかわからずに、保津川はおろおろとマリーに助けを求めるような視線を送りながら、「あの、その・・・」と口ごもる。
フランソワーズは保津川の方へ向く前に、一度だけ大きく息を吸い込んでからはっきりと言った。



「保津川さん、インタビューを始めてください」

フランソワーズは花が咲きこぼれるような、艶やかな笑顔を保津川にむけた。
一瞬、彼女の明るさに保津川は目眩を覚えた。





####

4人は席につき、保津川は用意してあったデジタル・レコーダーを取り出し、手帳とペンをもつ。
もう一度改めて自己紹介をし、ウェイターに飲み物を注文した後に保津川はアランに向かって、はっきりとした口調で質問し始めた。フランソワーズは集中して保津川の言葉を訊いてから、それをアランとエリオットに伝える。
質問内容は、主に今回のツアー内容と、バレエ界の未来についてや古典とコンテンポラリーの表現の違い。古典を新しく解釈し振り付けし直すことにたいする周りの反応など、であった。

アランは、マリー/フランソワーズの言葉に頷き、そしてまっすぐに保津川を観て、彼女の質問に丁寧に答えていく。
フランソワーズは保津川の言葉をアランへと伝え、アランの言葉を保津川へと伝えながら、アランをみる。イワンの力を信じてはいたが、実際にアランと会い、あらためてイワンの力のすごさに感嘆し、そして少しだけ淋しさを覚えた。







####


インタビューは仕事人間な保津川と、自分のバレエに対する情熱を直接的にぶつけてくるアランのやり取りで、スムーズかつ、とても熱い場を作っていく。
マネージャーのエリオットは、感情的になりやすいアランの言葉を冷静に、誤解を生まないようにフォローして言葉を足していく。




インタービュ-中、鬼気迫る勢いを感じさせる、真剣にバレエについて語るアランは、昔のフランソワーズのよく知るアランだった。




喫茶室に飾られていた大きな柱時計が、カチッと音を止めて止まった。



秒針がカチリっと、1秒だけ後退する。



もう1秒、カチリっと。左へ進む。





左へ。


左へ。


左へ・・・・。



かちかちかちかち・・・・。
カチカチカチカチ・・・・・・・・。


勢いをつけて逆に回り始めた時計の針は、ぐるぐると時を戻していく。
フランソワーズの瞳に映るのは、彼女のよく知る・・・・若き日のアラン。

ぐるぐると。
ぐるぐると。



フランソワーズとアランは、懐かしき街へと還る。



フランソワーズの胸に残る思い出と記憶が、鮮明に甦る・・・・・・。



レッスン後に練習中のミスや踊りの解釈を話し合っては、意見がぶつかり人目を気にせずに怒鳴りあった。
オペラ座の公演後にいつものカフェに寄り、いつかあの舞台へ!っと2人で話し込んでしまい、カフェの閉店時間すぎても長居した。そんな2人はカフェの店主の覚えもよく、店の席に着けば勝手に飲み物が運ばれてくる。が、かならず、フランソワーズには「今日はどのお菓子?」と訊ねる。


朝から晩まで、1日も休むことなく踊り続けた。
たまの休みも2人で出かける先は、バレエ公演やカンパニーのリハーサル。






初めてペアを組むことになったとき、フランソワーズにとって憧れていた先輩ダンサーだったアランとのレッスン初日は、極度に緊張してしまい、巧く踊れなくて泣き出しそうになった彼女を見て、アランは言った。



「今のフランソワーズに足りないのは、美味しいショコラだね!女の子はみんな、ショコラでハッピーになれるんだからっね?」






彼の顔に刻まれた皺。
重力に負け始めた、目尻。


声はあの頃よりも、少し低く空気を含む。





今、目の前に彼がいる。

憧れていた、バレエ学校の先輩としての出会い。
ペアを組み、コンクールに出場し・・・レッスンの辛さも、怪我の苦しみも、
プロのダンサーを諦めたときの、悔しさも、踊り続ける喜びも・・・・。


フランソワーズのバレエ人生の中には、彼がいた。








いまさら・・・・・・気がついた。






幼かった自分の気持ち。
バレエしか、バレエしかみることができなかった、自分。





気がつかなかった。


あの、あこがれの気持ちは・・・・









いつの間にか、見失っていた気持ち。
バレエで認められれば、認められるほどに自分に欲張りになっていった。


自分のことに精一杯で、あなたが見えていなかった。




見失っていた気持ちを、思い出す。





『・・・おいっ、アラン・・・』

エリオットがアランの腕を肘でつついた。
フランソワーズを挟んでいたが、保津川とアランの話しどんどんヒートアップしていくばかりで、エリオットが注意を促し、彼の茶色の皮ベルトの時計を人差し指で とんっとんっと叩いた。
保津川も、そのエリオットの仕草に気づき、自分が熱中して話していたことに気づいた。


「いややわ~!!私っつい話し込んでしもうたわっ!!」
『すみませんっ!今までのインタビュ-は壊れたレコードみたいに、同じことばかり聞かれて・・・ちょっとフラストレーションが溜まっていたんです・・・保津川さんの話しや質問が素晴らしくて、つい熱が入ってしまいました・・・・すごく楽しかったですよ!」

アランは笑顔で保津川の手を握った。
保津川は、慌てたようにその手を握り返していいものか、どうかに迷い、マリー/フランソワーズに助けを求めた。
フランソワーズが微笑んで頷くと、保津川は彼女が言わんとしていることを知ったように、おずおずとアランの手を握り返した。



『いや、本当に・・・保津川さん、記載される雑誌が日本語なのが残念ですよ』

エリオットは自分の仕草が失礼であったことを詫びながらも、次の予定の時間が迫っていることを告げながら、アランの後に保津川に握手を求めた。エリオットに差し出された手を、アランで慣れたのか、保津川は先ほどよりも堂々と笑顔で握手に答えた。


『マリーさん、ありがとう。こんなに保津川さんと意思の疎通ができたのは、あなたの通訳のおかげですよ!』

アランは、嬉しそうにマリー/フランソワーズに満面の笑顔で微笑んだ。
屈託なく、無邪気に笑うアラン。
ちょっとだけ、鼻先が下がる笑い方。



ああ!



アラン!!!!







懐かしいアラン!!




アランの、無邪気な笑顔にフランソワーズの胸が高鳴り、熱く込み上げてくるものを必死で押さえ込んだ・。

喉がぎゅうっと締め付けられる。



『・・・・実は、あなたにお会いしたとき、驚いたんですよ。とても良く似ていたから』
『誰にだよ?』


エリオットがにやにやと、冷やかすように話しを催促した。

『私の2人目のパートナーだった、とても素敵な少女に・・・・彼女は才能ある、素晴らしい踊り手だんだんですよ?1度は諦めたダンサーの夢をつかむために努力したのにも関わらず、バレエよりも女性としての人生を選んだ・・・・・・・ぼくの初恋の人に!』

アランは、テレ隠しのように大声で笑った。
保津川は、彼が何を言っているのかはわからなかったが、勝手に成り行き上、通訳を頼んだ美しいこの少女を”恋多きフランス人”らしく、口説いているのだろうと思い込んで、いそいそと帰り支度の用意をする。


『・・・・アランさんに想われていたなんて・・・・幸せですね・・・その女性は・・・・』
『マリーさんは、本当によく似てますよ・・・・彼女が私に会いに来てくれたのかと、初めは思ってしまいたっ・・・彼女は私よりも3つ年下だけなんだから、そんなはずないのにね!』
『・・・・・そう、ですよね』
『・・・・・似てます、本当に。その・・・・・亜麻色の髪も、空色の瞳も・・・・』



アランはまっすぐに微笑みながら、フランソワーズを見つめた。
フランソワーズもまっすぐに、彼から目をそらすことなく見つめ返した。


『・・・・・私が恋をした女性は、とても素敵な名前でしてね、Francoiseと言う名前でした』
『・・・・』
『伝えられなかった気持ちが、ずっと胸にあって・・・』




アランは何かを思い出すように、瞳の色を淋し気に曇らせて少し俯いた。が、次の瞬間に、突然大声を出して勢いよくチェアから立ち上がった。



『マリーさん!あなたが彼女に似ているのはっ何かのご縁かもしない!!!』




『!??』
『?!』
「え?!どうたんですか?!」




『ずっと、ずっと、この胸に重たい鉛のような後悔をっ解消したいんですっ!!!だからっ告白させてくださいっマリーさん!!!』


『お、おいアラン!!』


興奮しているアランをなんとか落ち着かせようと、エリオットは立ち上がって彼の腕を引っ張り、座らせようとするが、アランはエリオットのその腕を乱暴に振り払った。

『お願いしますっっ!!!』


保津川は、何がおこっているのかわからずにただ呆然と立ち上がったフランス人男子2人と、マリー/フランソワーズを交互にみる。





『お願いしますっっ!!! ただ、私の言葉を聴いていてくれるだけで良いんです!』







『・・・・はい』

フランソワーズは静かに立ち上がり、微笑んだ。
エリオットは、彼女がアランの我が侭につきあってくれるとわかったので、あきれつつも、国に帰ったら仕事仲間たちに良い土産話ができた。と、おとなしくチェアに腰を下ろした。





見つめ合って立つ、60近いフランス人と、お人形のように愛らしい亜麻色の髪の少女。
アランは、深呼吸を何度も繰り返して、緊張で潤いがなくなったその喉に、テーブルにおいてあった水を乱暴に取り飲み干した。


フランソワーズは、だまってアランを見つめて立っている。

ふうっと、短い息を吐いて、アランはまっすぐに姿勢を正して立ち、フランソワーズのこぼれ落ちそうなほどに大きな空色の瞳に映る自分を見つめた。




『・・・・、ずっと好きだった。君はバレエのことしか頭になくて、生きることに一生懸命で・・・・ぼくが君のこころに入り込む隙なんてないことは、わかってた。けれど、いつか。いつか一緒に同じ道を歩けることが・・・ぼくの夢だったんだ。・・・・・・・好きだ・・・・った。フランソワーズ



『・・・・・アラン・・・・・嬉しい。あなたの気持ちが、嬉しいわ。ありがとう・・・・好きだと言ってくれて、想ってくれて・・・・ありがとう』




フランソワーズは、自分が今できる最高の笑顔をアランへ贈る。





アランの胸に鉛のように重くなって居座っていたものが、フランソワーズの笑顔の中に消えていく。
胸に温かな春の風が吹き込んでくる。

アランはフランソワーズの笑顔に、まぶしさに、目蓋を閉じた。



懐かしい、寒い冬の日に2人で身を寄せ合うようにして飲んだショコラの味が甦る。



亜麻色の髪に、大きな空色の瞳。
輝く白い肌に、愛らしく形よい唇。

花が咲きこぼれるように笑う、甘いものに目がない君が、




ぼ く は、本 当 に 好 き だ っ た よ。






フランソワーズ・・・・・。









Au revoir / さようなら

小さな恋







Merci beaucoup / ありがとう


フランソワーズ















さ よ う な ら / あ り が と う


            ア ラ ン













始まることもなく、終わっていった。
気がつかなかった、見つけられなかった、気持ち。


ごめんなさい、アラン。
何も見えていなかったの・・・・。






幸せになって、アラン。
自分のために、生きて。


あなたの人生は、あなたのために・・・明日へと続いていくの。






















二度と、同じ思いはしたくない。
二度と、見逃してはいけない。




もっと自分のこころを見つめて。
もっと自分のこころに素直に。












何も始まっていないのに、終わっていくなんて・・・。


















私は大切な何かを・・・いつも見落としているわ・・・・



ね、兄さん。












====28 へ と 続 く






・ちょっと呟く・


・・・やっと、ここまできました。
あと少しだけ(え?まだ???)いや、あのまあ、なんと言うか説明?
・・・そして、さくらちゃんにもどります。




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