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7cmの魔法
帳大人の店で手伝い始めたフランソワーズは、嫌がっていたチャイナドレスを嫌がらなくなり、彼女は週3,4日のペースで店に通う。午前10時からランチタイムを挟んで、フランソワーズのシフトは午後4時に終わる。
バイトの返りに街を歩きながら夕食や日常品の買い物をすませて、ギルモア、イワン、そしてジョーがいる家へと帰っていく。街の中ですれ違うフランソワーズと”見かけ”同じ年くらいの少女達。
ショー・ウィンドウには夏物の、フランソワーズの目には大胆すぎる服が並ぶ。

いつの時代も女の子は、女の子。
フランソワーズが生きていた、あの時代も・・・ファッションの移り変わりは激しく、バレエスクールの帰りに友人、カトリーヌと店々を覗いて帰っていったことを思い出す。


「ええ!買ったのっ?!」


突然、フランソワーズの耳に飛び込んできた甲高い声に、思わず振り返った。



「へっへっへえ!バイト代使い切っちゃった!」
「あの角のセレクトショップでしょ?」

制服を着た少女たちが、大きな声で道の真ん中で足を止めて話し込む。その内の1人が交差点を挟んだ向かい側の、小さな店を指さした。

「そ!!ヨーロッパのものをセレクトした店っすっごい可愛いの!!」
「でも高いよ!」
「なんのためのバイト?」
「で、これっいくらしたの?」
「って言うか、私ら超迷惑じゃない?」

少女たちは、何がそんなに面白いのか、その年令独特な黄色い笑い声を道に残して歩いていく。
フランソワーズの視線は、少女の指さした店へと向けられていた。









####



「そんな・・新幹線は今日の夜でしたよね?・・・準備に戻ってる暇ないですよ・・」

ギルモア博士を通したコズミ博士の紹介で、ジョーは○○○大学院の教授であり考古学者、ヨシズミの研究員アシスタントとして働きながら、聴講生として大学に通っている。ヨシズミの愛弟子である大川が今回のヨシズミの関西出張に同行する予定だったが、急遽代理をジョーに頼んできた。

「3泊4日!ただで京都旅行だ!頼むっ!!今回は教授の次回のフィールドワークのスポンサーになる方々との接待みたいなもんだしっな?・・・ほら、ちょっとナーバスになってんだよ、うちのやつ・・・1人で留守番とか・・・臨月だし、さ」

ヨシズミの姪と去年結婚したばかりの大川は、まもなく父親になる。


「・・・わかりました」
「!! 助かるっ!!戻ってきたらなんでも言うこと聴くからっ!」


大川はジョーの背中を、ばんばんっと叩いて小躍りするように研究室から出て行った。
ジョーはため息をつきながら、壁に掛けられているスチール製の時計を見る。ジョー自身がギルモア邸に戻って準備をしていては間に合わないが、フランソワーズが帳大人のバイトから帰ってきている時間である。デスクに置かれている受話器を取り、ギルモア邸の電話番号を押す。4,5回のコール音の後に、フランソワーズの涼しげな声がジョーの耳に届いた。

『はい』
「もしもし・・フランソワーズ?」
『ジョー?・・・まだ研究室?』
「・・・・・・うん・・・実は急にヨシズミ教授の出張にお供をすることになって」
『いつ?』
「今日の8時の新幹線で、3泊4日」
『!・・・本当に急なのね?・・・それで、準備はできてるのかしら?』
「今さっき代理を頼まれて・・・申しわけないんだけれど」
『研究所の方へ届けたらいいのかしら?それとも、駅?』
「研究所にお願いできるかな?・・・多分、教授と一緒に駅に向かうから」
『わかったわ。・・・・6時をすぎてしまうと思うけれど、大丈夫かしら』
「大丈夫だよ・・・ごめん、突然に・・・」
『お仕事だもの、じゃあ大学に着いたら電話をするわ』
「よろしく」
『また後で』
「・・・うん」

受話器を元に戻して、短く息を吐く。
もっと早くに今日の出張のことがわかっていれば、彼女に頼んで”荷物”を持ってきてもらったお礼に、少し早いけれど夕食へ誘えたのにな・・と、時計を見ながら考えた。

毎日が淡々と過ぎていく。
彼女がいて、自分がいて、博士がいて、イワンがいる。
メンテナンスに訪れる仲間達と楽しい時間を過ごし、彼女は帳大人の店でバイトをしながら、バレエ教室へは週一回のペースでレッスンに通う。



お互いの気持ちは通じ合っている。

その気持ちをフランソワーズにむけて言葉にしたことはないけれども、自分の気持ちはちゃんと彼女に伝わっていると信じていた。彼女が自分にたいしてどのような気持ちを持っているかも、しっかりと感じて受け止めている。と、思う。


仲間達から心配気味の冷やかしの声が聞こえてくる。



ーーー”009”のお前だったらな、フランソワーズも・・・







ジョーはその声を振り払うかのように強く左右に首を振ってから、もう一度受話器を取り、ヨシズミに電話をすると、大川の代理で自分が出張のお供をすることを伝えた。






####


慣れない大学校内で、フランソワーズは何度もジョーの携帯電話を鳴らすが電話に出ない。
ジョーからの電話を切った後、大急ぎで3日分の着替えや必要と思われるものを彼のスポーツバッグに詰めてギルモア邸を出た。ジョーが通う大学までは片道1時間近くかかる。乗り継ぎが上手くいき6時前にはジョーの通う大学へと着くことができた。

フランソワーズは仕方なく、校内の案内掲示板から研究所のある校舎を見つけて歩き出す。”視れ”ばすぐにでもジョーを見つけることができる。使ってしまいたい衝動に駆られながらも、人であるために、人らしく生きていこう。と、ジョーとの約束のような言葉を思い出して踏みとどまった。

研究所のある校舎までたどり着き、もう一度ジョーの携帯に電話する。
イヤと言うほど聴いたコール音が耳に響く。


ーーー駅だったかしら?


急に不安になったフランソワーズは、無意識に眼のスイッチを入れようとしている自分に驚いた。


ーーー・・・ダメね、まだ。


コール音が留守番電話サービスへと切り替わる。
フランソワーズは深い溜息を吐いて校舎を見上げたとき、彼女の携帯電話が震えた。慌ててフランソワーズはそれを取る。


『ごめん!!!フランソワーズっ』
「ジョー・・・」

ジョーの声にほっと安堵の息を吐く。

『教授が突然、交流会のスピーチなんか引き受けてしまって・・・今、それで過去の資料とかをひっくり返しるんだ、ずっと地下にいたからっ電波が届いてなくって!!』
「・・・研究所のある校舎前にいるの」
『え?!・・すぐに行くよっ本当にごめん・・・・』
「ジョー、大丈夫よ?」
『すぐにそっちに行くからっ待っていて!』
「ええ、待ってるわ」

今日から3日間はジョーに会うことはできない。
ひと目でも彼の顔を見ておきたかったフランソワーズは、ジョーに会えることに小さな喜びを胸に感じ、校舎入り口を見つめながらジョーを待つ。5分ほど経ってからようやくその扉が開いた。


ジョーではなく、女性が1人校舎から出てきた。


期待していただけに、過剰に反応してしまう。
時間的に、まだ多くの人がこの校舎に居るのだろうから、ジョー以外の人間が出入りするのは当然である。が、ジョーが出てくると思いこんでいたフランソワーズは、恥ずかしくなった。

女性はストレート・ロングの黒髪を靡かせて、短めのタイトスカートと合わせたジャケット。
バレエを踊るフランソワーズにとって、ハイヒールは足を痛めるために避けていたもの。を、優雅に履きこなしていた。踵が高い靴を一度は履いてみたいと思いつつも、買う機会がなく、踵のない靴ばかりを選んでいるフランソワーズには、その女性が履くヒールが10cmはあるように見える黒いエナメルのシンプルなピンヒールに自然と視線が流れていく。


とても綺麗な靴。
そしてそれを履きこなす”大人の女性”。

自分はこれ以上、姿形は成長しない・・・。
”大人”にはなれない。






校舎から出てきた女性はまっすぐにフランソワーズに向かって歩いてくる。フランソワーズは周りを見回して、自分以外の人を探すが、誰もいない。女性はフランソワーズの目の前で足を止めて微笑んだ。


「あなたが島村くんのお家の人?」

フランソワーズは一瞬 ”島村”と言う響きに躊躇したが、すぐに女性に向かって微笑み頷いた。

「はい・・あの、ジョーは?」
「彼、忙しいから私が渡してあげるわ」
「え?」
「荷物」
「・・・あ、あの・・・ジョーは・・・」
「時間がないのよ、まったく・・・教授も人が良すぎるわ、断ればいいのに・・・いつも尻ぬぐいは私たちにまわってくるんだもの、ねえ?」

女性は手を出して、フランソワーズが持つスポーツバッグを受け取ろうとした。
フランソワーズは彼女には渡したくない。と、無意識に思った気持ちが、態度に出てしまったのであろう、女性はくすり と嗤ってそんなフランソワーズをにこやかに見つめた。

「島村君、とってもステキよね?優しいし、華奢な割に男らしいのよ・・・・・よく学生の子がのぞきに来るわ、彼、有名なのよ?事務の子も電話で済ませられる用事をわざわざ、研究室まで彼に会いたくてやってくるのよ」
「・・・・」
「彼ってば何も話してくれないのよ?自分のこと。・・・まさか、あなたみたいな人がいるなんて・・・家族って言っていたわ、同じ養父にお世話になってるって・・・」
「・・・そうです」

女性はフランソワーズの足の先から値踏みするように、視線をゆっくりと上へと上げていく。

「恋人じゃないの?」
「・・・・」

女性の視線に黙って堪えていたが、フランソワーズは手に持っていたスポーツバッグを怖ず怖ずと彼女に差し出したとき、校舎出入り口に見覚えのあるシルエットがフランソワーズの瞳に飛び込んできた。校舎の扉が閉まる音に、女性は後ろを振り返る。


「・・・あら、島村くん?」









####


ジョーは地下からの階段を駆け上がって急いで校舎を出ると、すぐにフランソワーズの姿と・・・もう1人、同じ研究室で働く柳本を見つけた。


「フランソワーズ」

ジョーの声にフランソワーズは柔らかく、微笑んだ。胸がすっと軽くなる。

「ごめんっごめんね・・・待たせて、ごめんっ」
「・・・・大丈夫よ・・これ、はい」
「ああ・・・ありがとう。本当にごめんね・・・」

フランソワーズは持っていたスポーツバッグをジョーに渡した。ジョーはそれを笑顔で受け取りながら、謝った。

「3泊4日って言うことは・・26日には帰ってくるのかしら?」
「夜は遅くなるから・・・・待ってなくていいよ」
「電話くれる?」
「向こうに着いたら、かならず。あと、新幹線乗る前にでも・・・時間があればできるだけ連絡入れるから」
「・・・気を付けて」
「うん、博士にヨロシク」

一通りフランソワーズと話したジョーは柳本を見た。

「・・・柳本さん?」
「忙しそうだったから気を利かしたつもりだったんだけど、よけいなお世話だったかしら?」
「・・・・い、いいえ。すみません、ありがとうございます」
「戻らなくてもいいの?」
「先に戻ってもらえますか?」
「・・・・・・・・駅まで私も行くことになると思うわ、いつものことよね。ヨシズミ教授らしいわ・・・」
「・・・・多分、間に合わないですよ、メールで続きを送ってもらうことになると思います」

2人の会話にフランソワーズは、自分が長居してはいけない。と思い、ジョーの服の袖口を引っ張った。

「忙しいのでしょう?・・・私、行くわ」
「・・・いや、大丈夫だよ・・」

遠慮がちにジョーを見上げてくる空色の瞳に、たった3日間でもこの瞳を見ることができないと思うと、淋しさがジョーの胸に募る。柳本は、ジョーにむかって「先に戻るわね」と声をかけて校舎へと戻っていった。


「・・・・どうしたの?」
「え?」

じっと柳本の後ろ姿を食い入るように見つめるフランソワーズを不思議に思い、声をかけた。

「何か・・・あった?」
「・・・何もないわよ」
「・・・・・元気がない・・・ね?」
「・・私が?」
「うん」
「・・・・だって、ジョーが来てくれるって言ったのに、彼女が・・」
「ああ、ごめん。荷物を頼んだキミが待っているからって抜け出すことを伝えたから、気を使ってくれたんだよ」
「・・・親切な人ね」
「いつもお世話になりっぱなしだよ。・・・・それより、僕がいない間、気を付けて」
「大丈夫よ」

フランソワーズはにっこりと微笑んだ。
ジョーはその笑顔が愛しくて、そっと壊れ物を扱うかのようにフランソワーズの手を握った。

「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい・・・」

フランソワーズはジョーに微笑む。
握られた手が温かく、優しいが・・・フランソワーズの胸には、それ以上のことを望んでしまう気持ちが正直にあった。



柳本の「恋人じゃないの?」と、言う声が、フランソワーズの耳から離れない。




お互いの気持ちは通じ合っている。と、フランソワーズは思う。

ジョーからは”好き”も、”愛してる”とも言われたことがないけれど、ジョーの瞳を見れば、自分をどのように想っていてくれているのか、わかる。日常生活の中で、彼に大切に護られていることを肌で感じている。自分の気持ちも、彼はちゃんとわかってくれている。



一度だけキスをした。
誕生日の夜に。

プレゼントとであるペンダントを、ジョーがつけてくれると言った。


「どんなペンダントかは、つけてからのお楽しみ」


ジョーはフランソワーズに「瞳を閉じて」と、お願いする。

誰もいなくなったリビングのソファに、2人は向き合う形で躯をよじる。
瞳を閉じたために、耳が、肌が、フランソワーズの全神経がジョーを捕らえる。触れてもいないのにジョーの体温の温かさを感じて、フランソワーズは落ち着かない。

フランソワーズの左頬近くにジョーは顔を寄せながらうなじをのぞき込み、小さなペンダントの留め具部分を繋げた。



ジョーは目蓋を閉じたフランソワーズの横顔を、見つめる。


空色の瞳を隠した目蓋。
間近に見るフランソワーズの頬に、・・・・くちびる。


ジョーの吐息が耳元にかかる。
一瞬、ジョーがなにかに迷っているような・・・そんな感覚の後に・・・。


ちょっとだけ、くちびるが触れ合う・・・柔らかな、くすぐったいキス。




「おめでとう、フランソワーズ・・・」

紅い顔をして、はにかみながら彼は俯いてしまった。










お互いの気持ちは通じあっている。

日本人はシャイだもの。
私が生まれ育った国の感覚で考えていたら、ダメよ・・・。





フランソワーズの瞳に焼き付いた美しい靴。
大人の女性らしい、甘くて少し刺激のある香水を身に纏い、細くて折れてしまいそうなピンヒールを優雅に履いて歩く。

夜眠りにつく前に、ふと、柳本とジョーが並んでいる姿が脳裏をよぎった。
自分がジョーの隣に立つよりも、・・・彼女の方がジョーの恋人らしい。と思ってしまい、フランソワーズは息苦しさを感じた。
















いつだったか・・・・



街中ですれ違った少女たちが話していた”セレクトショップ”。

京都へ行ってしまったジョーからは京都へ着いた。と、言う電話を最後に連絡が来ない。バイトもなく邸での家事も終えたフランソワーズは、不意にその店のことを思い出して街へ出た。見つけた、その店の中でフランソワーズの瞳を捉えたのは、一足のハイヒール。

足先に艶消しされた白い皮のカメリアがあしらわれ、足首に巻く細いストラップ。
そして、今まで履いたことがない高さの踵。
輸入をメインにしているため、一点ものが多いと店の店員は言う。サイズが合わなければ諦めなければならなかったが、それはフランソワーズの足にピッタリと合った。

トウシューズで立つように、フランソワーズの姿勢は伸びて、普段よりも高い位置から見る世界。
鏡の前に立って見る、この靴を履いた自分なら・・・ジョーに似合う女性になれる?

鏡の中にいるフランソワーズは、いまだに幼さ残る”少女”と言われても仕方がない容姿。改造された年令を考えても・・・自分は少しばかり幼い印象のある顔立ちだと、思った。



フランソワーズは今月のバイト代のほとんどをその靴に使った。







####

京都から戻る新幹線の中で、ジョーはフランソワーズの携帯電話にメールを入れた。ヨシズミ教授は大阪に住む妹夫婦の家で週末を過ごしてから戻る。と、予定を変更したために、ジョー1人が東京へ戻ることになった。ジョーは持っていた新幹線のチケットを金券ショップで売り、早い時間のものと買い換えた。昼過ぎには東京駅に着く予定である。

今日はフランソワーズのバイトがない日。と、知っている。
少しでも早く彼女に会いたくて、ジョーは東京駅に着く時間をメールで知らせ、フランソワーズを夕食に誘った。
デートに誘ったと言った方がいいのかもしれないが、そういうことを面と向かって言うことが出来ないジョーは、フランソワーズから了解のメールが届いたことを確認し、3日間の殺人的スケジュールをこなした躯を指定席のシートに深く身を埋めて眠りについた。

新幹線を降りて約束の場所へと向かう途中で大川から連絡が入る。その電話のために約束した時間よりも10分ほど遅れてしまった。
待ち合わせは、張大人の店近くのショッピングモール、正面入り口。ジョーはビルの壁にもたれるようにして立つフランソワーズを見つけた。

「?」

ジョーの瞳に、いつもと違う雰囲気の・・・フランソワーズが映る。

甘いハチミツ色の髪にトレードマークのカチューシャ。
明るい水色のパフスリーブのワンピースは、いつも彼女が着るスカートの丈より短い。胸元に光るプラチナのペンダントは小さなリボンの形のペンダントトップ。フランソワーズの誕生日にジョーがプレゼントしたものである。

点滅信号が赤から青に変わり、ジョーは早足で人を すいすい と、よけながらフランソワーズの元へと急いだ。

「またせたね」
「ジョー!!」


たった3日間、されど3日間。

しっとりとした長い睫に縁取られたこぼれ落ちそうなほどに大きな水色の瞳・・・ではなく、いつもの目線の位置に、艶やかに美しい形良いくちびるが、ジョーの瞳に飛び込んできた。久し振り(?)の再会にフランソワーズは花が咲きこぼれるよう笑顔で迎えた。

「・・・どうしたの?」

ジョーは不思議そうにフランソワーズを眺める、その表情にフランソワーズは、訊ねた。

「何か、ちが・・・う?」
「?」

ジョーは真剣にフランソワーズを見つめ、彼女の髪から視線をゆっくりと下げていく。

「?!・・・・・そんな踵の高い靴・・・」

足先につや消しされた白い皮で作られた花。細いストラップがフランソワーズの華奢な足首に巻き付いている。
とても可愛らしい、フランソワーズによく似合った靴・・・の踵は細く、高さがある。
ジョーは驚いた様子でフランソワーズを見つめた。そんなジョーの様子に、哀しげな声でフランソワーズはジョーに訊ねた。

「・・・似合わない?」
「え?・・・いやっっとっても似合うよ!・・・・可愛いけど・・・危なくない?」
「大丈夫よ?これくらい・・・たった7cmだもの」
「7cmっっ!?・・・・それで歩けるの?」
「もちろんっちゃんとここまで1人できたのよ」

フランソワーズはジョーが言った”似合う”と言う言葉が嬉しくて微笑んだ、その笑顔にジョーの胸は、きゅうっ としめけられた。






フランソワーズと歩き出して、ジョーは気づく。



いつもと違う位置に、彼女の空色の瞳。
いつもよりも近い位置に、彼女の空色の瞳。


つい”いつもの視線”で彼女を観るために、フランソワーズの愛らしい艶やかなチェリーカラーのくちびるが、ジョーの瞳に飛び込んでくる。


いつもよりも近い、フランソワーズ。
そっと隣を歩く彼女を盗み見ると、ぱっと瞳と瞳がぶつかってしまう。


ジョーの心臓が、どきり。と跳ねた。


フランソワーズの香りが強く鼻腔をくすぐるので、目眩を起こしそうになるのを必死で我慢する。
姿勢の良いフランソワーズは、踵の高い靴のせいでよけいに、すらりっとして目立つ。



ジョーの心臓は早鐘を打ち続ける。


柔らかく揺れるワンピースの裾は膝丈より短めで、彼女が足を一歩前に出すたびに、いたずらに彼女の太腿をちらりと見せる。バレリーナが夢見る弓のような形の長い膝下に、華奢なハイヒール。




みんなが、フランソワーズを見ている。




み ん な が



僕 が



彼 女 に 魅 せ ら れ る。








たかが、靴。
されど、靴。




たった1足のハイヒールが、フランソワーズに魔法をかけた。





「・・・フランソワーズ?」
「なあに?」
「あ・・・の、ごめん。実は、今からちょっと大学の方へ寄りたいんだ」
「え?」
「さっき電話で・・・・ヨシズミ教授から預かった書類を今日中に大川さんに届けたいんだ」
「・・・お仕事なら、行きましょう・・あ。でも・・・私も行って良いのかしら?」


フランソワーズは不意に、”柳本”を思い出してしまった。


「いいに決まってるよ、・・・渡すだけだから、ごめん。食事の前にどこかへ連れて行ってあげたかったけど・・・」
「ジョーと一緒に外食できるだけで、私は十分に嬉しいわ」


フランソワーズは微笑んだ。
その笑顔が近すぎて、ジョーは意味もなく緊張してしまう。


距離が、近い。


毎日を一緒に邸で過ごすフランソワーズ。
見慣れたはずの彼女の笑顔。


距離が、近い。



ただ、7cm いつもより フランソワーズ が 近い、だ け な の に・・・・






####

電車とバスを乗り継いでジョーが通う大学へ向かった。
平日の4時、少し前。フランソワーズが大学に訪れたときよりも、多くの学生で賑わっていた。

何人かの学生がジョーに気が付いて声を掛けてくる。
そのほとんどが女性。

始めにフランソワーズを値踏みするような視線を突きつけて、笑顔でジョーに向かって声をかける。丁寧に挨拶を交わしながらジョーは研究室のある校舎へと歩いていく。フランソワーズは女性達が投げかけてくる視線に戸惑いならがもジョーについて歩いた。”耳”のスイッチを入れていなくても、性能良すぎるフランソワーズの”耳”は彼女の意思に反して、女性達の”声”を拾う。耳を塞いでしまいたい衝動にかられながら、ちょっとだけ目線をジョーに合わせるように彼を見ると、すぐにフランソワーズの視線に反応したジョーは、はにかんだ笑顔を見せた。


その笑顔に、フランソワーズは聞こえていた”声”が聞こえなくなった、気がした。

研究所のある校舎に入り、3階まで階段で上がる。
階段の一段目に片足をかけた状態で、ジョーはフランソワーズの方を振り向いて彼女の靴を見た。駅ではエスカレーターだったために、さほど気には留めていなかった。が、この大学の校舎内のどこにもそんなものはない。階段を上がることなく足を止めてしまったジョーを不思議に思いながら、つま先だけで軽々と階段を駆け上がっていくフランソワーズに、ジョーは慌てて呼び止めた。

「危ないよっ」
「え?」

ジョーは素早く階段を駆け上がりフランソワーズの腰に手をまわし、屈んで膝下に腕を差し入れた。


「ええ?!」


フランソワーズの視界が変わる。
転けないように見ていた階段が、ぐるり。と、まわって手すりから壁に、見上げる必要がなくなった天井から、視線はジョーの首筋から耳へ。柔らかな髪が風に揺れて、薄汚れた校舎の天井には蛍光灯が白く灯る。

ふうわり と、風に舞う花びらのように、ジョーは軽々とフランソワーズを抱き上げて階段を駈け上がる。2人とすれ違う学生達は何ごとかと振り返りって好奇の視線で振り返る。ジョーはそんな視線など全く気にせずに、一気に3階まで上った。

普段のジョーは、手を繋ぐのでも恥ずかしいらしく、繋いだら最後、フランソワーズは小走りに歩かなければならなくなる。抱きしめてくれても、フランソワーズが他のメンバーと”ハグ”をする、それよりも遙かに密着度が低い。不意にふれ合ってしまった手や腕、肩に「ごめん」と謝ってくる。



触れるか触れないかの一度だけのキス。



最後の一段を上りきり、研究室に続く廊下の端っこでジョーはフランソワーズを そおおおっ と、その腕から降ろした。彼女の足がちゃんと床に立っているのを確認してからジョーは彼女の背中にまわしていた腕を放した。

「・・・・ジョー、私、階段くらい・・・・・」

蚊の鳴くような小さな声に、リンゴのように紅く染まった頬のフランソワーズ。

「危ないよっ」
「これくらいの高さなんて、トウシューズと変わらないもの」
「・・・・でも」
「・・・この靴・・ジョーはキライ?」

フランソワーズは足下に視線を下げて靴を見た。
少しいつもと違う視線の高さが新鮮で、ジョーがいつもよりもずっと近くに感じられるために、フランソワーズは靴を気に入っていた。フランソワーズと同じように視線を下げてジョーはフランソワーズの足先に咲く白い花を見た。

「・・・・・・・似合ってるよ・・・・可愛いし・・・でも、さ」
「でも、なあに?」
「・・・・・・う。。ん」
「・・・やっぱり、似合わないのね?」
「いやっ違うって・・・ただ・・・・・・あの、さ」
「だから、なあに?」

ジョーの顔をのぞき込むようにして、フランソワーズは彼を見た。
いつもと同じ動きだけれども、いつもよりも7cm、ジョーに近づくフランソワーズ。

フランソワーズのこぼれ落ちそうに大きな空色の瞳。
彼女が瞬いたときに揺れた睫が送る風を、ジョーはその頬に感じるほどに、近い・・・。







ーーー心臓が壊れてしまうっ!








フランソワーズを抱き上げて階段を上がるのは、平気。
それは、彼女が”危ない”と思ったから。

いつも、そう。

009である部分の僕は・・・・フランソワーズが望むことを、恋人らしいことを平気でこなせるのに、”島村ジョー”の僕は、彼女に見つめられるだけで、心臓が爆発しそうになってしまう。
009の僕が平気なら、それなら、僕だって・・・・!





ジョーは深く息を吸い込んで一気に言葉を吐き出した。

「いつもよりもっ大人っぽくってっ!キミが綺麗だから!!危ないしっ階段とか!・・・っだから、僕と一緒のときだけっだからね、履いていいのはっ!」
「?!」
「ここで待っててっ渡してくるから、すぐ戻ってくるからっ動かないでよっフランソワーズ!」

持っていたスポーツバッグを乱暴にフランソワーズの足下に置いてジョーは駆け出した。その背をみつめながら、フランソワーズはジョーの言葉を繰り返し再生させた。






大人っぽくて、キミが綺麗だから!!





僕と一緒のときだけっだから




僕と一緒のときだけっだからね、履いていいのはっ








僕 と 一 緒 の と き だ けっ   だ か ら ね、


履 い て い い の はっ














大 人っ ぽ く て、 キ ミ が 綺 麗 だ か ら !!




















「おお!帰ってきてたな。今回は助かったぞ、島村・・・って、お前どうした?」
「熱でもあるのか・・・?」
「い、え・・・・」
「顔、紅いぞ?」

飛び込むようにして研究室に入ってきたジョーに、今回の出張の代理を頼んだ大川が出迎えた。


「だ、大丈夫ですっ。大川さん、これ!」

ジョーは預かっていた書類を入れたファイルを勢いよく大川に渡す。

「あ、ああ・・・ありがとさん。島村?」
「は、はい」
「病気じゃないんなら・・・お前は若い!」
「え?」
「手空いてるなら、ちょっと手伝って帰らないか?」
「ええっ!?」
「な?」

大川はジョーに拝むように、パンっと音を鳴らして手を合わせた。

「え・・・・無理ですっ」
「あ、やっぱり病気か?」
「い・・・いえ・・・」
「じゃ、頼むっ!!」

いつもなら、引き受けていた。
でも、今日はフランソワーズがいる。


ジョーはふうっと息を吐いて、静かに言った。

「・・・・・fr・彼女が一緒なんです。待たせてますから、スミマセン」
「島村、彼女がいたのか?!」
「います。そこで待たせてますから・・・今日は無理です」
「いや、いいよ・・・それなら、さ・・・・島村、お前そんなこと今まで一言も言わなかったじゃないか!・・・ああ、これでもう、上手い茶菓子は諦めないとなあ・・・」
「なんです、それ?」
「色々事務の子やらが持ってくる、お前目当ての”差し入れ”がなくなるってことだよっ!」
「・・・そんな・・・彼女たちの親切を、そういう風に言わない方がいいと思いますよ」
「・・・・・お前、そっちのほうが・・ま、いいや。紹介してくれるんだろ?連れてきたってことは」
「え!?」
「だろう?どこだ?」
「あっ・・ちょっ・・大川さんっ」

大川はデスクから立ち上がり受け取ったファイルを無造作にイスの上に置いて、ジョーが呼び止めるのも訊かずに廊下へ出ると、キョロキョロと辺りを見回した。

「?!」

研究室を出て右側にある階段付近に佇む人影。
ほっそりとしたシルエットが、階段の踊場の窓から差し込んだ傾いた日差しに、照らされて浮かび上がる人物を大川の目が捕らえた。


「っうっは~~~~っ美人っ!・・・って、うちの大学であんな子いたっけ・・・・って!!島村っ」

大川の声が廊下に響き、フランソワーズは”島村”と言う単語に反応した。ジョーは大川の後ろに隠れるようにして立っている。

フランソワーズの日差しに明るく輝いた髪が、さらり と流れる。と、不安げに大川の後ろに立つ、ジョーらしき人物に視線をむけた。大川はフランソワーズを凝視した状態で立ちつくしている。ジョーは一歩足を踏み出してフランソワーズに歩みよった。







ーーー心臓がもう・・・・









ただ、フランソワーズに歩いていくだけで緊張する。

手が汗ばむ。

熱くなる。



「・・・fr・・・fら」




舌が縺れる。








ずっと恋をしている。
今日のフランソワーズに、明日のフランソワーズに、ずっと恋をし続ける。
昨日よりも、今日、今日よりも、明日。



今日のフランソワーズに・・・・僕は・・・。



009なんかに、負けないっっっ。







「・・ジョー?」
「・・・・・フランソワーズ、あの・・・」
「?」
「あの人が、大川さん・・・」
「あ、ヨシズミ教授の?」
「・・・・・うん、彼が、その、キミを・・紹介して欲しいって・・・」
「私を?」
「う、うん。」

ジョーはフランソワーズを研究室前に立つ大川のところへと連れて行く。

歩く揺れに、自然に手が触れあう。
触れるたびに、どんっ!っとジョーの心臓が強化されているはずの人工皮膚を叩く。












「・・・・大川さん、彼女は、フランソワーズ、で・・・・僕の・・・僕の大切な彼女です」

























” 僕 の 大 切 な 彼 女 で す ”












「私、ジョーの・・・恋人・・・・なのね?」


フランソワーズが小さな声で独り言のように呟いた。
大川と別れてから大学校内を出てバスを待つ間、2人に会話はない。
作り替えられたばかりのバス停に置かれた、真新しいベンチに座るフランソワーズの隣に、ジョーが座っている。ジョーはまともにフランソワーズの顔を見ることができず、真っ直ぐに目の前を行き交う車を見つめる。


アスファルトとタイヤ擦れ合う音。
エンジン音。
賑やかな学生たちの声。


街の雑踏に埋もれた一角のバス停のベンチに座る2人に、それらの音がどこか遠い。


「・・・・・ごめん」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・迷惑か、な?」
「・・・・・・・・・」


大型車特有のエンジン音が近づいてくる。2つ向こうの点滅信号で止まった。


「・・・・・・フランソワーズ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・僕の気持ちは、迷惑・・・かな?」
「・・・・・・・・・」


バスがこちらに向かってくることに気づいてジョーは立ち上がった。
フランソワーズは立ち上がったジョーの背を見上げる。


「・・・・・・・その・・・・あ・・・好きだ、よ」


風もなく、揺れたスカート。


「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・キミにとって、迷惑、かな?」


音もなく一歩踏み出す勇気をくれたのは、白い花。


「・・・・・・・・僕の・・・彼女って・・・言ったこと・・・」


今日はいつもよりお互いが7cm・・・近い


「私も、ジョーが好き。好きだから・・・・こういうの、迷惑かしら?」
「?!」


背後から伸ばされた、白い小さな手がジョーの肩に触れる。
その手に誘われるかのように、ジョーは振り向いた。





空色の瞳の中にいる自分は、誰でもない、僕 だった。






















バスは2人を乗せずに走り去る。









7cm分、ジョーが近い。
少しだけ大胆になっても、いいわよね?”大人”っぽい、私だもの・・・。

7cm分、フランソワーズが近い。
勇気がなかった僕は、その靴に感謝しなければならない、な・・・・。




7cm


僕と彼女の間にあった距離は、多分・・・たった7cmだったんだ、ね?
キミがその靴をはかなくても、僕はもう・・・この距離を埋めることができるよ。




「バス、行ってしまったわ・・・」
「・・・・・・次のバスがまた、来るよ」


微笑む視線と視線。
繋がれた手と手。

ちょっとだけ上目遣いに見るだけで、フランソワーズはジョーのアンバーカラーの瞳を見つめることができる。いつもは顔を上げないと彼の瞳に出会えない。フランソワーズの視線をいつもよりも近くに感じるジョーは、ぶつかった視線に恥ずかしげに瞳を閉じて、くちびるを重ねた。



7cm分、ジョーを近くに感じながらフランソワーズは、新しく購入したばかりの靴を見た。フランソワーズの足先に可愛い白いカメリアの花が左右に、咲いている。



end.

















・言い訳・

はい!
こちらは939番を踏んで頂いた、「いま・・」さまへのキリリク・ストーリー
「7cmの魔法」でした。


頂いたリクは・・・

テーマは『靴』
フランソワーズがそれまで履いたことのない、「大人」なヒールを履いているのに、にぶいジョーが気付いて、一人うじうじ悩む・・・・。フランソワーズは背伸びしたい年頃で、ジョーの為に少しでも大人な女になろうとした結果。

でした・・・。



ウジウジしてますでしょうか・・・(汗)
お互いの気持ちはわかりつつ、はっきりとはしていない・・・関係?
それで告白なんてもんをさせてみましたけれど・・・ウジウジした告白(笑)

書き始めたのは早かったのですが、今回の2人はモジモジさんでした(笑)
動かない!
・・・珍しく平ぜろ・ジョーを意識してみたんですが、それが問題(?)だったんでしょうか?



いま・・さま、もっとウジウジ~っ!と思われましたら、遠慮なくご連絡下さい・・・。
リベンジいたしますので!




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