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Day by Day・30
(30)


「私はジョー、あなたが好き」
「・・・・・・」
「好きよ、好きな気持ちは簡単には変えられないもんっ!!ね?・・・それに、ジョーの気持ちが変わらない保証もないわ。私の想いが通じないっていうことも含めて、よ!!」
「・・・・・・」
「ちゃんと、見ていてね?私はジョー、あなたが好きよっ!だ~~~い好き!」


コズミ邸の開け放たれた玄関から、心地よい爽やかに香る新緑の香りが吹き込んでくる。
桜も大体が散ってしまい、その後に瞳にも鮮やかな葉桜が青い空に映える。


「・・・おやまぁ、近ごろの子は素直でいいのう」
「本当にねぇ、センセっ気持ちがいいくらいの告白ねえ・・・さくらちゃん、格好良いわあっ」
「・・・・さくら、ってめぇっメールで秘密にしとけって送ってきやがったくせによっ!!!」
「速攻で、みんなに言ったの・・・誰だよ・・・ジェット・・・」


予定よりも3日早く帰国したコズミを空港までジョーは迎えに行った、その翌日。ジョー、ジェットそしてピュンマの3人は公共機関を使ってギルモア邸に戻る。
見送りのために、コズミ、ミツエ、さくらは正門前で3人に留守役の礼を言い、別れの挨拶を済ませたとき、さくらは堂々とジョーに今の自分の気持ちを、告白した。

すっきりとした今日の青空に負けないほどに、晴れ晴れとした笑顔を向けられてしまったジョーは、無言で立ちつくす。


「・・・・・さくら」
「なあにいい?」


にこにこと笑顔のまま2人を眺めるコズミとミツエ。
はあ、っと苦い顔しつつも、この状況を楽しんでいるように見えるピュンマ。
ニヤニヤとジョーが何を言うかを期待している、ジェット。きっとこのことは、あっという間にギルモア邸に伝えられるのだろう。


「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして!!」
「・・・でも、ごめん」


小さな声だったが、はっきりとした言葉。


「お、おいっジョー」
「え?・・・ジョー??」

ジェットは慌ててジョーの肩を小突いた。が、遅かった。
ピュンマもジェットも、ジョーのことだから無言でこの場をやり過ごしてしまうと考えていた。が、ジョーはその予想を見事に裏切った。さくらの顔が一瞬にして崩れる。

「返事はいらないっt・・」
「俺はさくらのこと、好きだ、よ」
「?!」
「・・・・多分、好きだと思う」


ジョーは穏やかに微笑んだ。


「・・・・・”想っている”女性がいる・・・・その気持ちは変わらない、よ。・・・・・変わらないと、思う。今は、俺・・・・その・・・・それだけしか考えられないし、その人は・・・」
「誰かなんて訊きたくないわよ!・・・・・それでも、私はジョーが好きよ」
「ありがとう・・・正直に、嬉しいよ・・・・でも、ごめん」


ジョーはすっと顎を引いて頭を下げた。
日に日に強くなっていく日差しが、彼の柔らかな栗色の髪を金茶色に輝かせた。


「・・・・今はでしょ?」
「・・・・・・え?」
「ジョーの”今の俺”の気持ちでしょっ!!」
「・あ・・・ああ」
「私は今は訊いてないのっ!今を話してるんじゃないのっ!今から始まる未来にむけて言ってるんだもんっ!!関係ないわっ」


黒い瞳を潤ましてさくらは叫んだ。


<そういうことに、しておいてあげなよ・・・ジョー・・・>


ピュンマから脳波通信が入る。
ジョーは長く息を吐きながら小さくそのピュンマのアドヴァイスに頷いた。


「・・・・それが、今の俺の・・・気持ち」
「また、会えるわよね?会ってくれるわよね?」


さくらは甘えるような声で訊ねた。


「もちろんだよっさくらっ!!ジョーは運転手だしねっ」


ピュンマがジョーの肩に腕をまわしてにっこりと、いつもより強く白い歯を輝かせて笑った。
ピュンマとは反対側にジョーを挟んでジェットが立ち、彼の髪をジェットの大きな手でわしゃわしゃっとかき乱した。

「ったくよおおおっ世の中にはこいつ以上に、さくらに相応しい男がいるっつうのにっ!!!やっぱお前、眼科に行った方がいいぜっ? なあ、ジーさんにミツエ」


コズミは大げさに手を顎に当てて悩んで見せた。

「むううう・・・島村くんには、男も一目置く、妙な色気と言うか・・・魅力と言うか・・・人を引きつける何か・・・こう・・なあ、ミツエさん」
「母性本能を擽るのよねえ、島村くんって・・・かまってあげたくなる、というんでしょうかねえ?なんていうのかしら、放っておけないというか・・・・・でも・・」


ミツエはずいっとジョーに近づいてジョーを下から上までじっくりと見た。
ジョーは黙ってその視線に堪える。

すらりと伸びた身長に日本人離れした手足の長さに、信じられないほど高い位置に腰がある。
骨格良い躯は着やせするタイプらしく、ミツエが寝起きで廊下を歩いていたジョーとすれ違ったとき、ランニングシャツ1枚のジョーの鍛えられた躯に驚いた。
幼さ残る愛らしい顔立ちは、西洋的な色合いを帯びながら、日本人らしさを失っていない神秘的な顔立ちに、琥珀色の瞳と良く合う栗色の髪は明るい日差しの中で柔らかく金茶色に変化する。

ミツエと目が合い、困ったように微笑んだジョーに、ほうっと年甲斐もなく甘い溜息を吐きつつ、ミツエは言った。


「なんだかかんだ言っても・・・やっぱり、いい男は、いい男よねえ・・・・すべてをひっくるめて、島村くんって・・・いい男なのよ。・・・・・逆に、同性にモテるんじゃなくってえ?」


ミツエの言葉にジョーの肩に置いていた腕を素早く外して距離をとったピュンマ。ジェットもつられてジョーと距離をとった。


「・・・ジョーっっ!!ボクは君のことっそういう風にみたことないよっ!」
「オ、オレもだぜっ!!!オレはっ女しか興味ねえかんなっっ!!!」
「・・・・・・・変なコト考えんな、よ・・・」


コズミ博士が声を出して笑った。


「老若男女問わずか!さすがじゃの~~~!!うむ!さすが島村くんじゃっ!」


ぴょんっと跳ねるようにして、ジョーに近づいたさくらの身長は、ちょうどジョーのみぞおち辺りに彼女のつむじがくる。
空を仰ぐようにジョーをさくらは見上げた。


「あなたは私を好きになるわ」






とても美しい、笑顔だった。




ジョーは素直に、まっすぐに、ストレートに自分を好きだと言ってくれるさくらを、好きになれたら。と、思った。


あくまでも、その笑顔に思った。だけ。



さくらが、宙に瞬く星と同じだけジョーに甘い愛の言葉を囁いたとしても、それらに彼のこころ奪われることはない。


ジョーが求めるものはひとつ。
手に入れることをができない、奇跡。











「おかえりなさい!」


亜麻色の髪から花の香り。
こぼれ落ちそうな大きな瞳を縁取る長い睫、それを重そうに瞬かせながら、優しい瞳は晴れた空色。
愛らしく形良いチェリー色のふっくらとした唇から涼やかな、声。


ギルモア邸に近づいてくる声と足音がフランソワーズの”耳”に届いた。3人が玄関の扉を開ける前に、フランソワーズは彼らよりも一足早く扉を開けて、花が咲きこぼれるような明るい笑顔で帰ってきた3人を出迎えた。

「ただいま!フランソワーズっ」
「よっ!帰ったぜっ」
「・・・・・ただいま」
「お疲れ様!もうすぐお茶の時間だけど・・・?」


小鳥が首を傾げるように、フランソワーズは訊ねてきた。


「おうっっ!!オレ珈琲なっ腹減ったっ!」
「コズミ邸でお昼を食べたじゃないかっジェット!」
「うるせえ!減ったもんは、減ったんだっ!」
「フランソワーズ、ボクは紅茶がいいな!今日のおやつは、なに?」
「ピュンマァっ!お前だって腹減ってるんじゃんかよっ!」
「フランソワーズの御菓子は別だよっ!久し振りだもんねっ」
「シフォンケーキを焼いたの。帳大人が卵の黄身だけ使うって言うから、紅茶のシフォンケーキを作ったの」
「シフォンケーキってあのしっとりふわふふわのやつ?」
「ええ、そうよ」
「っっけえ!そんな食ったかどうか、わかんねえようなヤツじゃあ、腹の足しになんねえぞ!なぁ、ジョー!!」
「・・・・足しになる、よ」

玄関から吹き抜けの広間を歩き、2階へと続く階段下でジェットは振り返ってジョーを観た。


「やかましいやつらが帰ってきたなあ」

吹き抜けの広間から見上げると、ちょうど2階廊下の手すりが見える。
その手すりに身を乗り出すようにして4人を見下ろしていたのは、グレート。


「おつかれさんだったな、ジェット、ピュンマ、ジョー・・お茶の時間ですかな?姫、我が輩が淹れますぞっ」
「お願いしますわ、ブリテン伯爵」
「うむ!」

グレートは胸をはって仰々しく2階から階段を下りてくる。

「なんだい?その”伯爵”って・・」
「あら、ピュンマは読んでないの?」
「”七色の愛”の番外編”レモン色に囁いて”に出てくるだろぅ?ピュンマ、勉強不足だなあっ」


階段を下りてきて4人に合流したグレートが呆れながら答えた。


「あ!!ブリテン伯爵って・・・・」
「そうよ、ジョシュアの唯一の味方で逃避行する手助けをなさった、大叔母さま”コンスタンス”のこころの恋人!エドワード・ブリテン伯爵。ね?」
「おっフランソワーズも読み始めたのかっ?」
「まだ、ちょっとだけ。・・・日本の漫画って絵もお話も一緒に読まないといけないし、大変なのよ・・・コマがどこに繋がっているのか、時々迷うし・・・本編は長いからショートストーリーの番外編集を少し読んだの」
「おまえら、荷物を先に部屋に置いてこいや。積もる話しは、我が輩の淹れたお茶に姫のケーキと一緒になぁ!」


親指を立てて くいっ と2階を指したグレートを押しのけるようにして、2階へバタバタと駆け上がっていくピュンマとジェットの姿。


「そうだね!まず荷物を置いてくるよ」
「っだな!」
「まったく、ほんとうにやかましいヤツらが、戻って来たなぁ・・・ギルモア邸の平和が・・・」


2人の背を眺めながら、ふうっと肩から溜息をつきつつも、声はどこか嬉しそうな響きが含まれているグレートに、フランソワーズはくすくすと笑う。


「・・・フランソワーズ」
「お、ジョー・・・・おつかれさんだったな、お前も荷物おいてこいやぁ」

ジョーはグレートの言葉に頷きながら、持っていたカバンからラッピングされた四角く平べったい物を取り出した。


「・・・・これをキミに」
「?」
「・・・先にお茶の準備をしとくかなぁっと」


禿げた頭をさすりながら、さささっとリビングへと足早に向かったグレートは、リビングのドアを完全には閉めず、隙間から2人の様子を探るようにドアにへばり付いたところを、ジェロニモに襟足を摘まれてぽいっと放り投げられた。


奇妙な悲鳴がリビングから聞こえたために、フランソワーズは反射的にリビングルームの方を振り返った。


「・・・・ミツエさんから、預かってきた」
「ミツエさんから?」


ジョーの声にフランソワーズはジョーが差し出したものに視線を戻す。


「・・・・キミにプレゼントだよ。ミツエさんから」
「え?」

フランソワーズはジョーの手から、ピンクに小さな花の絵が描かれた包装紙にラッピングされた四角いものを受け取った。


「・・・・頂いていいのかしら?」
「・・・お礼の電話をしたらいい、よ」
「なにかしら?」
「・・・・あけてみたら?」
「そうね、でも、今はいいわ。あとでゆっくりと・・・お茶の用意もあるもの」
「・・・そう?・・・今すぐみたいって顔、だけど?」
「意地悪ねっ!」
「・・・・あけないの?」
「・・・・・・・あとでいいのっ」


ミツエからのプレゼントを大切そうに抱えて、フランソワーズは階段を上がる。ジョーはフランソワーズの後について階段を上がり始めた。


2階の階段を上がりきると真正面に、フランソワーズの部屋とゲストルームに挟まれる形で2階用の7.8畳ほどのコモンスペースがある。そこにヘーゼル・カラーのカウチソファに数脚のデザインが異なるイス。そして丸い珈琲テーブルが置かれ、2つのガラス戸付きの本棚には、アルベルトとグレートが古書店で買い集めてきた本が埋まっていた。壁のほとんどが大きく刳り貫かれた窓には、ステンドグラスが取り付けられており、午後の日差しを受けては色とりどりの模様を邸内に映す。
そのまま部屋に戻ると思っていたランソワーズが、コモンスペースのカウチソファに座り、もらったプレゼントの包装を開け始めた。ジョーは微苦笑しつつ、フランソワーズの座るソファ近くにあるイスに座った。


「・・・・あとでって言わなかった?」
「ちょっとだけ、よ」
「・・・・・ふうん」
「ジョーも気になるでしょ?」
「・・・・・・別に」
「気になるって、顔してるわ!」
「・・・・・本、だろ?」
「どうしてわかるの?」
「・・・・・・見えてるよ」


フランソワーズが開け始めた包装紙の隙間から見えた部分。そこから本だとわかる。
それは1冊の絵本だった。


「私より、先に読まないでね?」
「・・・・・読まないよ」
「言わないでね?」
「・・・・・・・・うん」


かさかさと紙が擦れ合う音。
丁寧に止められたテープをそおっと外して、綺麗に包装紙を広げて中に包まれていた絵本を取り出した。

落ち着いた色合いに、愛らしい2匹のウサギの絵。


「ええっと・・・」
「・・・?」
「ジョーっだめよ!言ったらだめっ!」
「・・・?」

両膝頭をきちんと合わせた膝の上に絵本を置いて、ほっそりとした指先で絵本の題名をなぞっていく。


「し、ロ、い、ウ、さ、ギ、と、・・・・く、ロ、い、ウ、さ、ギ・・・」
「・・・・フランソワーズ?」
「ね?そうでしょ?」
「・・・・・・・キミ・・え?」


00メンバーは言語の問題がないように補助脳に言語翻訳機がある。普段はギルモアのために全員が英語で会話するようにしているが、気を許せば好き勝手に故国の言語で話し始める。ドイツ語で怒られて英語で言い訳をし、中国語で夕食の買い出しを頼まれて、ムアンバ語で了解し、フランス語で頼み事をされて、日本語で何処へ行きたいのかを訊いて車を出す。それが彼らの日常である。


「すこ、しタケ。はなスこと、でき。ま、す」
「・・・!?」


突然、片言の日本語を口にしたフランソワーズにジョーは驚いた。
フランソワーズは恥ずかしげに俯いて、上目遣いにジョーを観た。頬がほんのりと紅い。


「だめね・・・・日本語って本当に大変だわ・・・平仮名と、片仮名と・・漢字を少し覚えたのよ・・・大分読めるようにもなったの。・・・でも、発音がやっぱり変なのよね」
「・・・・いつから?」
「日本に住むことが決まってから・・かしら?」


思い当たることがあった。
言語翻訳機を通すことで知らない国の言葉を自由自在に聴き、話し、読み、書くことが出来る。それは00サイボーグ全員がもつ機能であり、フランソワーズにも搭載されている。にもかかわらず、日本語を読み間違え、書き間違え、とんちんかんな勘違いをしてみせることがあるフランソワーズに、ギルモアなど、一度は開頭手術をし何か不備があるのか調べたい。と、真剣に言っていたことを思い出した。


「・・・・・・・どうし、て?」
「ずるいでしょ?・・・普通はこんなの頭の中になくて・・・・みんな一生懸命に勉強して、その国の言葉を、文化を、生活を・・・ね?」


フランソワーズは少し寂しげに自分の頭部を指さした。

世界中の言語を翻訳するだけではなく、ジャンル、フィールドに関係なく、膨大な情報を異常な早さで処理、保存する、機械の脳。


サイボーグとして戦うために必要とされて作られた、脳。


元々メモリに記録されていたデータの量は未知数であり、00メンバーが意識して記録し直すことなどは現時点であまりない。彼らの耳から入ってきた情報は彼らの意識なく補助脳の記録装置がデータを処理し、メモリ内に保存される。ストックされたメモリ内から必要な情報をキーワードによって検索することができるようになっていた。
特に、003であるフランソワーズの補助脳は00サイボーグの中で最新の補助脳が搭載され、それはギルモアの手によって常に新しい物へと交換され続けている。フランソワーズがコールドスリープから目覚めてまず行われたことは、補助脳の交換であった。
彼女が持つ補助脳は009であるジョーの補助脳よりも、メモリ量、情報処理能力は優れていた。003が持つ”眼”と”耳”の能力には欠かせない機能であるために。彼女が”視る””訊く”して得たものの情報量は、いくらメモリを増やしてもメンテナンス毎にそれらを整理していかなければ追いつかない。そのためにも003の補助脳は常に誰よりも優れた物でなければならなかった。
本体が”機能停止”に陥らない限り、それらは永遠に00メンバーたちの頭の中で作動し続ける。


「・・・・日本語、難しい?」
「とっても!初めて翻訳機を使わずにジョーが話してるのを訊いて、あまりの早さに目眩がしたもの」
「・・・・え・・・いつ?」
「・・・・・・前に、コズミ邸でお世話になっていたときに、コズミ博士とジョーが日本語で話していたから、興味本位で翻訳機を切ったの。その時は、・・・日本語なんて何もしらなかったけど・・」
「・・・・・・今は?」
「今もっ日本人は話すのがとっても早いわ!」
「・・・・・・・・どれくらいの早さなら、聴き取れる?」
「すごくゆっくりなら」
「・・・・・・翻訳機なしで、話して・・みる?」
「ダメよ!!まだ・・・・恥ずかしいわ!」
「・・・・・話さないと、上達しない、よ?」
「そうだけど・・」
「・・・・・どうぞ」
「?!・・・・・・そんな風に言われたらっ無理よっ」



「何が無理なんだい?」

部屋に荷物を置いて、楽な部屋着に着替えたピュンマが不思議そうに階段脇に立っていた。


「っなんでもないのっ!!」


フランソワーズは跳ねるようにカウチソファから立ち上がり、絵本を両手で大切そうに胸に抱いて自室に入った。絵本をベッドの上に置いて部屋から出てくると、そのままの勢いで階段を走るように駆け下りていく。
フランソワーズが鳴らすスリッパの音が遠ざかってから、ピュンマはニヤっとした笑いを含んだ顔で観た。


「お邪魔しちゃったかな?」
「・・・・・・残念だよ」
「え?!」
「・・・・・・・・・もう少しだったんだけど、な」
「っ本当に邪魔しちゃったの!?・・・そんな風な感じじゃっ」

ジョーは足下に置いていた荷物を手に持ってイスから立ち上がり、慌てるピュンマの横を通り過ぎる間際に、彼の肩をぽんっと叩いて溜息をワザと付いて見せた。

「・・・・・・・・聴きたかった、な」
「えええ~!!なにをっ?!え、まさかっ!ご、ごめんっ!!」
「・・・・・・・・・フランソワーズの日本語」
「ええええっっ・・・・・・・・え?」
「・・・・・すぐ下に行く、俺の分は珈琲で頼む」


呆然と立ちつくしたピュンマに背を向けて、ひらひらと手を振り自室へと歩いていくジョー。に、ピュンマは怒る。


「~~~~~~っ!なんだよっそれ!!」


ピュンマの声とかぶるように、ジェットの部屋のドアが開いた。ドスドスと力の入ったピュンマの足音がリビングへと向かっていく。

「うおっ!」
「・・・・・」


ジェットの部屋の前を通り過ぎたジョーに、彼はは大げさに驚いて見せた。


「ジョーっニンジャじゃねえんだからっちったあ、足音なりっ気配なりっさせて歩けよっ!ここは邸だぜっ!!」
「・・・・消してるつもりない、よ」


黒Tシャツに、どこで買ってきたのか深緑のジャージはサイドに2本の白いライン。ジェットはウェストを絞るためのヒモをだらりと下げている。


「んあ?まだ部屋に荷物置いてねえのかよ?」
「・・・・・すぐ、置いてくる」
「待っててやろうか?」
「・・・・いらない」
「オレさまの親切をっ無駄にするのかあっ!」
「・・・」


ジョーはジェットを無視して廊下を右に曲がり、ピュンマの部屋を通り過ぎて自室のドアを開けた。


「・・・・待っていてくれなくてもいいし、付いてきてくれなくてもいいんだけど?」


ジョーは振り返ってジェットに言った。


「ついでだ。っで、ついでに言っておいてやるぜ」
「・・・・・何を?」


ジョーは自室に入り、ライティング・デスクのイスの上に置いてカバンを開ける。中から洗面具や着替えに使ったものなどをベッドの上に放り投げてカバンの中を空にしていく。
ジェットは部屋のドア口に立ち、肩で壁にもたれかかりながら両腕を組んだ。


「ああいうプリンセス・タイプはな、欲しいもんが手にはらなくって駄々を捏ねるんだぜ?ダメだって言うと燃えるタイプだ。さくらの話しっぷりから、あいつ、今まで落とせなかった男いねぇみてえだし。・・・ま、可愛いしな、モテてあたりめぇだしよっ。・・・初めて落ちない男に出会って、燃えてんだぜ?・・・変に女のプライドを揺さぶっちまってっおまえ・・・今日のあれ、かなり本気だぜ?・・・お嬢さんだからな、変にプライドがたけえからよっ、人のもんには手を出さねえっ・・・いい加減にまとまれよなっ」
「・・・・・・・・言ったけど」
「あんなの言ったうちに入らなねっつーの!」
「・・・・・・・・断った、よ」
「意地でも食い下がってきてんじゃんかよっ」
「・・・・・さくらのために?・・おかしいだろ・・・それ」
「いいじゃねえかよっ!一席二乗だろっっ!!」
「・・・・・一石二鳥」
「一緒だろうがっ!」
「・・・・・・・・違う」
「いいんだよっんなこたああっ!・・・・いいかっ?さくらはお前の中に自分を見てんだぜっ?しかもっあんまりいいもんじゃねっそれはっ」
「・・・・・・あれ、だろ・・・・産みの母親がさくらを1人アパートに置き去りにして、失踪したって言う・・・・父親が迎えにくるまでの間・・・3、4歳の女の子が長い間1人で待ってた・・」
「・・!?」
「・・・・・コズミ博士から聴いた」


ジョーは空になったカバンをクロゼットに仕舞い、ベッドに置いた物を整理していった。


「なんで、・・・コズミ博士が、お前にそんなこというんだよっ」
「・・・・・謝ってきたから・・コズミ邸に行く前日に電話で」
「はあ?」
「・・・・・・・さくらが、迷惑をかけているんじゃないか、心配して。色々とあるだろ・・・俺たちは。・・・俺のことを博士に聴いていたみたいだし、な。博士から見ると・・・・俺も、さくらも・・・同じ種類の人間に見えるらしい、それも心配された、な」
「・・・・・そこに、さくらが惹かれてるってか?・・・わかってんじゃん、ジョー」
「・・・・・・・・・・さくらは、幸せだよ。そういう人間たちの間で過ごした経験が、ない。・・・だから知らないんだ・・・・それがどれほど・・・・無意味で・・・バカなことを繰り返すか・・・」
「それでもっ上手くいってるヤツだっているぜ?一概に言えねえだろっ?」
「・・・・相手が俺じゃ、な」


ジョーは自嘲気味に嗤った。
ジェットは躯を廊下側に少し後ろに引き、塞いでいたジョーの部屋の出入り口をあける。ジョーは廊下に出て部屋のドアを閉め、そのままジェットの前を通り過ぎた。ジェットはジョーの後ろを歩きながら話しを続ける。


「お前、さくらのこと、どう思ってんだ?」
「・・・・・良い子だし、魅力的だね。正直・・・悪い気はしない、よ。はっきりストレートに言われて、・・・・・・だろ?」


ジョーは自分の後ろを歩くジェットに振り返った。その表情は009でも”今の”島村ジョーでもない。ときどき彼が見せるその表情に何が含まれているのかを知っているのは、屋敷内でも彼の”過去”に似通った経験のあるジェットくらいなものだろう。


「ほおっ!評価たけえじゃん」
「・・・ジェットもだろ?・・・仲がいい。俺よりジェットとの方があってる、よ」
「オレはただの”ダチ”だからなっ、お手軽なんだよっ。・・・もう、遊ばねえのかよ?」
「・・・・・・さくらで、埋める気もなければ、受け入れる気もない・・・・・もう昔のような・・ことはない」
「っじゃ、あいつは?」
「・・・・・・・そういう対象じゃない」
「あいつは聖女でも、女神でもなんでもねぇ、さくらとも、今までお前が遊んできた”女”と同じだぜ?」
「・・・・・・違う」
「ちがわねぇよ」
「・・・・・・・・ジェット」
「ジョー、あいつん中にちょっと機械が入ってるだけで、あとは普通のちょっとうるせえ・・・見かけばっかりのフランス女だ。なんもかわりゃしねぇよっ!」
「・・・・・・」
「・・・取られっぞ?・・・・・あいつのことちゃんと見てんのかよ、お前」
「・・・・誰に?」
「ああ?!」
「・・・・・誰が、彼女を?」
「っっんなもんっいっぱいっその辺にうじゃうじゃっと!!」
「・・・・・・ジェットは・・」
「なんだぁ?」
「・・・・・・・いや、なんでもない」


ジョーは俯いて、その表情を長い前髪に隠した。

2人は1階へ続く階段手前で立ち止まっている。ジェットは胸に並べた言葉をジョーにぶつけたかったが、すんでの所でそれらを全て飲み込んだ。言ってはいけない。それは自分が言う言葉ではない、と。


「フランソワーズをしっかり耳の穴かっぽじって見てりゃ、わかるだろっ!!ちゃんと見てやれやっ!!この色男っ!!」


ジェットは手すりに飛び乗り、滑り台を滑るようにして1階まで降り、リビングルームへと入っていった。


「・・・・耳の穴をかっぽじって見る???」


今までの話しがジェットの一言で吹き飛んで仕舞い、ジョーはある意味、真剣にジェットの補助脳のメンテナンスをギルモア博士に頼んだ方がいいのでは?と思った。

ジェットがリビングルームへと消えた後、階段正面のコモンスペースの隣、ちょうどジョーが立っている位置からフランソワーズの部屋のドアに視線を移した。その部屋には依然として家具は揃えられていないまま、何も変わっていない。


「・・見てる、さ・・・・」


全身の空気を抜くように深い溜息を吐いて、足を左に向けて数歩足を進める。
ジョーはフランソワーズの部屋のドア前に立ってみた。
何度、このドアの向こうにあるベッドに眠る彼女を抱きかかえて行っただろう。


「・・・・・見てるよ、いつも・・・・・彼女だけを、見てる・・・・彼女だけ・・・それでも・・・」



ジョーの腕がフランソワーズの重さを今でもはっきりと覚えている。


柔らかな感触。


彼女を抱き上げるときに触れる、背中、ウェスト、膝裏、肩・・・。
胸に押し当てられた、彼女の頬。
彼女の耳が捉えてしまうことを恐れる、爆発しそうな程に緊張して早鐘を打つ鼓動。


メンバーに知られてしまうほど、自分は彼女を追いかけている、求めている。
彼らがジョーの気持ちを知った上で会話する内容は、まるで・・・・。



そう、まるで・・・



ーーーフランソワーズも、俺と同じ想いでいるような、言い方。




「・・・・・そんなはず、ないだろ?」




仲間は信じている。
信頼している。



けれど、これだけは違う。




ーーー彼女が俺なんかを相手にするわけがない・・・彼女にはすでに・・・








リビングのドアが開く音が聞こえた。
ジェロニモの頭がぶつかりそうになる、リビングの入り口を少しだけ腰を屈めて通り抜ける。
見上げると吹き抜けの広間にある階段に繋がる二階の廊下が見える。コモンスペースを右手に、そしてフランソワーズの部屋のドア・・・の前に立つ青年が1人。


ジェロニモはじっと青年を見つめる。

小さい頃から、ジェロニモは部族内の中でも”命を見る”力に長けていた。部族の誰しもがそれを見て、感じることが出来たが、ジェロニモは誰よりもそれが強かった。そのためか、族長であった父はジェロニモの将来をひどく心配していた。


「今の世の中に人の見えないものを見る力は、時に人から蔑まれる原因になる。もしくは・・強すぎる力は、”よくないもの”を呼び寄せる力ともなる。生まれてくる時代を間違えたのだな、お前は・・・いや、今だからこそ、お前のように見る力を必要としているのかもしれんが・・・それを受け入れてくれる世界は、もう・・・」


父の膝の上で、たくさんの命、精霊、先祖、動物たち、世界の理を謳うように聴かされた。
覚えきれないほどの話しを。


「覚えきれなかった話しは、守護して下さる先祖が覚えていて下さる、だからこころで話しの色を見極めるだけでいいんだ・・」


自分が自然の理からかけ離れた躯になったとき、父が何をそんなに嘆いていたのかを知った。
強すぎた”自然”の力は、行き過ぎた”科学”に呼び寄せられた。
人の”欲望”に満ちた結果。
作られた、戦うための機械。


父よ、それでもオレは後悔していない。
オレには、オレにしかできない役目がある。
それが、この躯であるならば、それをよろこんで受け入れよう。


父よ、大いなる大地に支えられ、宙とともにある、父よ。

大切は家族、大切な仲間である彼は・・・何を迷う?

父よ、あなたにはジョーの何が見える?







「許して、・・・」



ジェロニモの足下に冷気が走った。
驚いて彼は、リビングのドアから離れて階段を2、3段上った。



雪が見えた。


ジェロニモは慌てて2階のフランソワーズの部屋前にいるジョーを見上げた。
ジョーは何も気づいていない様子で、ただじっとフランソワーズのドアの前に立ちつくしたままである。



どさっと雪の上に人が倒れる音。



ジェロニモは音がした自分の足下に視線を映す。
雪の日だと言うのに、コートも何も羽織らずに、1人の若い女性が倒れていた。ジェロニモはすぐに女性を抱き上げようとした。


「・・・・ごめんね、ごめんね・・・・ごめんね・・・許してね・・・・」


女性にジェロニモの姿は見えていない。
抱き上げようとした女性の体は実態ではなかった。



「もう・・・お母さん、あなたを護ってあげられないの・・・ごめんね、ごめんね・・・ゆるして」


女性は腕に抱いた赤ん坊を必死で雪から護るようにその胸の中に抱え込む。


「寒いでしょう?大丈夫よ、お母さんがこうやって抱いていてあげるから・・・大丈夫よ、ジョー。ごめんね、・・・お父さんに会わせてあげられなくて・・・・約束の日まで、あなたを護ってあげられなくて・・・ジョー・・・・忘れないで、忘れないでね?お母さんも、お父さんもちゃんとあなたのことを愛してるの。そばに居てあげられないけれど、もう、こうやって抱いてあげられないけれど・・・愛してるわ・・・ジョー、いい?覚えておいて・・・。ごめんね。ごめんなさいね・・・そばに居てあげられなくて、護ってあげられなくて・・・・きっとあなたのお父さんが、あなたを探し出してくれるわ・・・これを持っていれば・・・きっと、大丈夫よ・・・・・ジョー、幸せになるのよ・・・」


薄れていく女性の意識に、ジェロニモは女性の背後に立つ、人の世に存在しない力を感じた。
彼女を連れて行く力、宙が、大地が、女性を呼んでいる。


彼女の命はつきようとしている。



ジェロニモは無駄だとわかりつつも、女性の手にその大きく浅黒い、太陽の香りがする手を重ねた。
女性はその手の温もりに、はっと顔を上げた。


ジェロニモは女性が反応したことに驚くこともなく、ただ、静かに2階を見上げる。
女性もジェロニモの視線につられるように目線を上へ上げた。


そこに、1人の明るい栗色の髪の青年が立っていた。



「・・・・・ジョー?」
「・・・そうだ。ジョーだ。」
「・・・・・・大きくなって・・・あの子は1人なの・・?」
「違う。家族、仲間がいる。」
「ああ・・・・1人じゃないのね?」
「1人じゃない。」
「どうか、伝えて・・・あの子に伝えて」
「何を伝えたい?」
「・・・ジョーを愛していると・・・愛しているって・・・そばにいてあげられなくて、ごめんなさいって・・父親がきっと・・・ジョーを迎えに、私たちを迎えに来てくれる・・・って」
「・・・わかった。」


女性は胸の中に大事に、大事に抱きしめている赤ん坊をジェロニモに託した。
ジェロニモの腕に赤ん坊の、温かく、生きている重さがずしりと乗る。
男の赤ん坊の首にかけられた美しい細工が施された銀色のロケット。そういうものに疎いジェロニモでも大変価値のあるものだとわかった。


「ジョー・・・あなたの髪の色は・・・お父さんゆずり・・・ね」


ジェロニモの腕に抱かれていた赤ん坊の重さがすっと消えた。
女性は立ち上がり・・・ジェロニモの父と並んで、じっと成長した我が子を見ていた。


「・・・・・ジョー・・・・ごめんなさい・・」
「父よ・・・ジョーは母親の声を聴くことは・・・できないっ」


ジェロニモは悔しかった。
自分だけしか聴くことができない、ジョーが一番欲しているであろう声を、彼ではなく自分が聴いていることが、苦しく、悔しかった。


”聴くことはできなくとも、彼は知ることができる。
聴くことはできなくとも、彼は得ることがきる。
聴くことはできなくとも、彼は与えられることができる。
・・・母からの愛を、父からの愛を、彼は育み、伝えることができる。
彼は信じなければならない、自分の愛を”


ーーージョーの・・・・







「・・・・・ジェロニモ?」
「?!」
「・・・・どうした?」


いつの間にかジョーはフランソワーズの部屋前から、階段を下りてジェロニモの隣に来ていた。
ジェロニモはジョーの声に我に返る。


「・・・・ジョー、何か聞こえたか?」
「・・・?いや、何も・・・どうした、ジェロニモ?」
「うむ。・・・・・・何もない。・・・ジョー、お前に淹れた珈琲が冷める。」
「・・・・・ああ、ごめん、呼びに来てくれたんだね」
「そうだ。」



ジョーは何ごともなかったようにリビングへ入っていこうとしたところを、ジェロニモは呼び止めた。


「ジョー」
「?」
「変なことを訊く。」
「・・・いいけど、何?」
「お前は銀色の何かを持っているか?」
「・・・・・・銀色?」
「持たされていなかったか?」
「・・・誰に?」
「小さい頃、何か持たされなかったか。銀色の楕円形の・・・とても綺麗な細工を施されたもの」
「・・・小さい頃?」
「そうだ。」
「・・・・・・拾われたところは教会でね、出生や身元を明確に記す物以外は全部、養育費の代わりみたいに・・・寄付される仕組みだったよ、そこにから、5.6カ所の施設を移ったから、ね・・・その間にでも値打ち物とわかれば、誰かに売られているよ・・・・」
「スマン」
「・・・・・本当に、変なことを訊くね?」
「スマン、忘れてくれ。」
「・・・・・・忘れる、よ」


ジョーはくすっと口元で笑いリビングへ入って行った。
ジェロニモは大きく息を吸い込んだ。
目蓋に焼き付いた、ジョーが母親に託されていたはずの銀色のロケットはしっかり覚えている。ひと目見れば、それだと気づくだろう。

ジェロニモはゆっくりとジョーの後に続いてリビングルームへと入っていった。






リビングルームから香る紅茶に、珈琲の香り。
シフォンケーキの甘い香りが微かにそれらに混じる。
カーテンが開けられ、青い空が大きな写真のように窓を飾る。

ささやかに聞こえる波音。
遠くを行き交う車の音に、この邸はどこかの世界と繋がっていることを感じる。





それぞれが好きな場所に席を取り、お茶の時間を楽しんでいる。

ギルモアは専用の安楽椅子に座り、イワンはリビング用のベビーベッドの中で食後のひと眠り。
特注のL字型のソファの短い方に、グレートと張大人。長い方にジェット、ピュンマ、アルベルト、そしてジェロニモが座った。ジェロニモが座ったことで、ジェットがL字型の角の部分に移動する。テーブルに食べかけていたシフォンケーキをジェロニモが手に取り、口に運ぶ。立てたばかりの生クリームが、紅茶のケーキの抑えた甘さに良く合った。

ジョーはパーソナルチェアに付属されていた、フットスツールに座っていた。フランソワーズの姿が見えないが、テーブルには彼女の飲みかけの紅茶が置かれている。ケーキ皿の上にはすでに何もない。


ダイニングルームからフランソワーズの軽い、ぱたぱた と鳴るスリッパの音。ジェロニモは視線をそちらに向けた。
小さなトレーに乗せた湯気立つ珈琲。冷めてしまった物を淹れ直したのだろう。
フランソワーズはジョーの前にトレーを置いて、まず、珈琲カップをテーブルに置いた。そして、スプーンで掬い取ったような楕円の形をした生クリームを添えた、紅茶シフォンケーキを乗せたケーキ皿を置く。

ジェロニモは、自分のケーキに添えられていた生クリームの量の違いに気づいた。ふと、ここにいる全員、その量や形が違っていたように思えた。


「・・・・ありがと」


ジョーの囁くような礼に、フランソワーズは微笑む。
その笑顔に、ジョーもまた微笑んだ。

ジョーは珈琲を手に取り、2,3口飲む。
カップをテーブルに置いて、ケーキ皿を手に取って、ランソワーズの紅茶シフォンケーキを口に運んだ。ジョーの隣にあるパーソナルチェアに座って紅茶を両手に包むように持ち、フランソワーズはグレートの新しく考えついたと言う戯曲のアイデアの話しを聴きながらも、その視線はジョーにあった。

紅茶シフォンケーキを一口食べて、添えられた生クリームをフォークの先にちょこっと掬って舐めた。フランソワーズはじっとジョーを見つめる。ジョーは生クリームをケーキにちょこっと乗せて食べ始めた。そこでやっとフランソワーズはジョーから視線をグレートへ向ける。


「・・・ジョー、美味いか?」


ジェロニモは呟くように訊ねた。
少し驚いたような表情を見せたジョーだが、すぐにいつもの彼に戻り、黙って頷いた。



10日ぶりに仲間が、家族が揃った午後、おやつの時間。




グレートの1人芝居に、張大人が飽き始めて文句を言う。

ジェットが大声でコズミ邸での日々をギルモアに語る。

グレートがその話しを織り交ぜて、即興でまた1人芝居を始めたので張大人が、キノコづくしパート2のメニューを考え始めた。

ピュンマは大げさに語るジェットを訂正しながら、読んだ本をギルモアに報告する。ピュンマが読んだ本の題名から、彼が今何に夢中になっているかがわかるが、途中でなんの脈絡もない本の題名が出てきたりするので、ギルモアを苦笑させる。

だんだん専門的になっていくピュンマの話しが面白くないらしく、途中で自分の話に戻そうと声を出したジェットだが、アルベルトがピュンマの読んだ本に興味を持ち、ジェットを抑えて続きを促した。

クスクスっと笑っては、フランソワーズは彼らから求められる意見に答え、それぞれのテーブルを見ては、紅茶、珈琲のお代わりが必要かを訊いていき、パタパタ とスリッパを鳴らしてキッチンとリビングルームを行ったりきたりする。そんなフランソワーズをジョーはときおり心配げに視線を送る。彼は自分で2杯目の珈琲を注ぐために立ち上がった。

少ししてから、フランソワーズが微笑みながらトレーに乗せた珈琲に紅茶を持って、ジョーと並んでリビングルームに姿を現した。ジョーは自分の分の珈琲を手に持ち、歩きながらそれを一口飲むと、すぐにフランソワーズから「座ってからよ」と、注意される。

一言多いジェットが、あまり品が良いとは言えない言葉でジョーとフランソワーズをからかった。アルベルトの一言が飛ぶ前に、フランソワーズの手近にあったテレビのリモコンがジェットの長い鼻にヒットする。見事なコントロールに拍手が沸いた。ジョーは苦笑しつつ、立ち上がってフランソワーズに文句を言おうとするジェットを、視線だけで黙らせた。ピュンマはにっこりとその白い歯を輝かせる。


ギルモアは嬉しそうに安楽椅子に深く背を預けた。

張大人がイワンのタオルケットをそっとかけ直してやった。

グレートがフランソワーズが淹れた紅茶を大げさに香って褒め称える。

ジェットが、ケーキのお代わりを催促する。

ピュンマはアルベルトが借りてきた本は何があるのかを、訊ねていた。

アルベルトは3杯目の珈琲をフランソワーズから受け取りつつ、ピュンマと話し込む。

フランソワーズがチェアに座り一息吐いて、ジョーは彼女に”お疲れ様”と呟いた。




ジェロニモは静かに、最後のシフォンケーキを口に運んだ。






母の声を・・・
父の声を・・・


聴くことはできなくとも、彼は知ることができる
聴くことはできなくとも、彼は得ることがきる
聴くことはできなくとも、彼は与えられることができる


母からの愛を


父からの愛を


彼は育むことができる。







父よ、そうだな。




形は違えど、オレたちは、みな家族だ。









ジョーも、オレも、みんな、・・・・愛を育む家族だ。








ーーー彼は信じなければならない、自分の愛をーーー










「ミツエさんへのお礼のお電話は、コズミ博士のお宅でいいのかしら?」

隣にいるジョーにフランソワーズは、ぽつりと話しかけた。

「・・・・・ミツエさんの携帯番号は?」
「知らないの」
「・・・自宅、でも・・・かまわないと思う、よ」
「やっぱり、お電話の方が良いのかしら?」
「・・・・他になにかある?」
「カードとか・・・お礼状って日本ではないの?」
「・・・・・・あるけど、そこまであらたまらなくてもいいと、思う」
「・・・日本では違うの?」
「・・・その辺は俺、よく知らない、よ」
「電話もいいけれど、・・・素敵なものを頂いたから、やっぱりカードの方がいいと思わない?」
「・・・・フランソワーズが良いと思う方を選んだら、いいよ」
「そお?・・・・じゃ、やっぱりカードにするわ!・・・私、日本でカードやお手紙を出したことないもの!・・あ・・・」
「・・・・・なに?」
「・・・・住所、書けるかしら・・・」
「・・・・・その前に、メッセージは日本語?」
「あ!」
「・・・・・・使いたくないんだね?」


ジョー食べ終わったケーキ皿をテーブルに置いて、珈琲を手に取りながらフランソワーズに訊ねた。


「・・・・話せるけれど、書くこと読むことは練習中と言うことに・・・なってるの」
「・・・・・・・みてあげる、よ?」
「だ、大丈夫よ!・・・翻訳機を使って書いたものを見て書くから」
「・・・・・・・へえ、そうやって勉強してたんだね」
「ええ・・・適当な文章を日本語に変換して、スキャンした文字を書いて・・・」
「・・・面倒臭いだろ、それ」
「そうかしら?」
「・・・・・ケーキのお礼に、発音もみてあげるよ?」
「そんな、・・・いいわよ、別に」
「・・・・・カードを買いに行くなら、車、出すよ?」
「・・・・ジョー帰ってきたばかりじゃない、ゆっくり休んで・・」
「・・・疲れてないから」
「でも、悪いわ・・・」
「・・・・・気にしなくてもいい、よ」


フランソワーズはジョーの申し出の嬉しさを胸の中に隠す。その仕草にジョーの瞳は淋しさに揺れる。
自分とでは迷惑だろうか。と、ジョーは不安になり、フランソワーズは自分の個人的な都合でジョーに無理をさせるのではないか。と、迷う。


相手を想うがために過剰に反応してしまう、ジョーとフランソワーズ。

もう一歩、踏み込んだ言葉が言えず。
もう一歩、相手に強くでることができす。



小さな我が儘が云えない2人。

”一緒にカードを買いに行いきたい”
”カードを買いに行くなら、一緒に行きたい”





「大人。」
「なにアルか~?」
「買い出し、必要と言っていたな。」
「行ってくれるアルか?そんなにたくさんじゃないネ!行ってくれると助かるアル!!」


「ジョーがフランソワーズと出る。ついでに頼めばいい。」


ジェロニモの言葉にその場にいた全員の視線が2人に集まり、ジョーとフランソワーズの2人は、驚いた顔でジェロニモを見た。ジェロニモはいつも通り平然としている。


「っっんだよっ帰ってきたばっかりでかよっ?」
「気を付けて行っておいで・・・ジョー、運転、気をつけるんじゃぞ」
「じゃあ、ついでに○○のダージリンも頼めますかな?」
「必要なものっすぐに書き出すアル!!準備して待っててネ」
「・・・・・片付けは気にするな。たまにはオレがしよう。出かけるなら準備してこい」
「手伝うよ、アルベルト」



アルベルトの言葉を機に、ジョーは立ち上がった。


「・・・・・・いつもの買い出し先まで出る、他に必要なものは書き出してくれ」
「・・・・ちょっと、行ってきます・・・アルベルト、ピュンマ、片づけお願いするわね?ジョー。私、部屋にカバンを取りに行ってもいいかしら?」
「・・・・ああ、車を表にまわしておくから、書き出したものはキミが受け取っておいてくれる?」
「ええ、わかったわ」

リビングルームのライトのスイッチがある隣に取り付けてある、キーケース棚からいつもの乗用車の鍵を取り、玄関に向かう。フランソワーズもジョーと一緒にリビングルームを出て自室へ向かい、カバンを手に取り、再びリビングルームに戻ってきた。書き出された”買い出し”のメモを張大人から受け取った。


「見つからなかったら、見つからないでいいアルね。いつものスーパーで買えるのは、こっちの紙ネ。グレートのは商店街の店ね、車はスーパーの駐車所に停めたままで行くアルよ?」
「ええ、そうするわ」
「気を付けるんじゃぞ、まあ、ジョーが一緒じゃから心配ないがのう」
「はい、博士。あまり遅くならないようにしますわ」
「少しくらい、遊んでこい」


アルベルトが、テーブルを片づけながらニヤリと嗤った。


「遊ぶなんて!・・・・買い出しよ、ただの買い出しっです!」
「けっ!とっととデートに行ってこいやっ!!チップスはコンソメ!リンツはチェリーだぜっ間違えんなよっ!」
「イヤよ、チェリーなんてっみんなが食べられるのにしますっ」
「っっんだと!」
「姫、ジョーが待っとるぞ、鳥は放っておいて行きなされっ¥」
「行ってこい。」
「ええ、行ってきます」
「気をつけてね!」
「ピュンマ、後はお願いね」


リビングルームを出てフランソワーズは黒のバレエシューズを履き、玄関の扉に手を掛けた。




ーーー2人きりで出かけたりしないでっ!デートみたいなことはっ・・・しないでーーー






さくらの声がフランソワーズの頭に鳴り響いた。










2人きり。
ジョーと2人で出かける。



これはデートじゃない。
ただの買い出し。


家族が必要な物をスーパーまで買い出しに行く。







それだけ。









フランソワーズは頭の中のさくらの声を振り払って、勢いよく扉を開けた。
車はギルモア邸前にすでに停まっていた。










===== 31 へ 続 く


・ちょっと呟く・

ジェロさん!さすが!!
次は・・・へっへっへ(* ̄∇ ̄*)エっヘっヘ
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